アイリ達が翔琉達の住まう世界に訪れ三日が経過した。
アイリはカイとシャティエルと共に自然の中で戯れて過ごしていた。
ラミエルは轟と共に穏便に戦闘を繰り返し、時には滝に打たれたり、大木を背負い山を一つ越える等といった、人外離れした修行を行っていた。
リョウが監視者としての使命を果たすためアリス、ピコを連れこの世界を去ってからは連絡は一切なく、特にアイリとシャティエルはリョウ達の安否に懸念を抱いていた。
翔琉と轟、玉は心配無用と口を揃えて言い 、必ず無事に帰還すると二人を宥めていた。
変哲もない安閑な日々が続く中 、玉桜寺にある一人の男性が駆け込んで来た。
男性の名は尾黒(おくろ)と言い、困り果てた様子で真円と会話をしており、何か嫌な予感を察知した翔琉が合流し話を聞いてみると、怪現象に悩まされているというものだった。
尾黒の住んでいる場所は、山を越えた場所にある小さな村で、その村では数日前から人間には到底行うことのできない不可解な現象が引き続き起こり始めていたため、陰陽師である翔琉に解決してもらおうと遥々やって来たのだ。
事情を聞いた翔琉は家へと戻り、陰陽師白と黒を基調とした狩衣と呼ばれる衣装を身に纏い、頭に黒色の立烏帽子をかぶり、陰陽師として使命を果たすため素早く準備を整える。
家臣である真琴も同行してもらうため声を掛けようと部屋の前まで来たものの、この前の些細な出来事があったため、声を掛けるのに躊躇いが称じたが、使命を果たすのに私情を挟むわけにはいかなかったため、扉越しに今回の件の内容を伝え、先に家の前の庭で待つこととなった。
翔琉「真琴を待っていた筈なのに、何故アイリ達がいるんだか…」
アイリ「美少女天使アイリ、お呼びとあらば即、参上!」
翔琉「決して呼んではない」
聞き耳を立てていたアイリが「笹食ってる場合じゃねえ!」と言わんばかりの勢いでラミエルとシャティエル、カイを庭に召集し、翔琉の陰陽師の仕事を拝見すると共に、万が一何か起こった場合の手助けになれればと思っていた。
翔琉「リョウから異世界にあまり干渉しないように言われてるんじゃなかったの?」
ラミエル「大丈夫だって何もしねぇし翔琉の仕事を邪魔するわけじゃねぇからよ! 俺も陰陽師の実力がどれ程のものか目に焼き付けておきたいからよ」
シャティエル「無理にとは言いませんが、私も興味があります。 リョウさんとの約束を守るのと同時に、翔琉さん達の妨げにならないよう細心の注意を払います」
カイ「カイ、いいこにするー!」
アイリ「翔琉殿…おねがぁい!」
以前リョウに行ったように、潤んだ瞳で翔琉の目を見つめながら胸に手を当て脳が蕩けるような甘い声でお願いする。
翔琉「ま、まぁ、仕事に差し支えなければ僕はぜんぜん構わないよ」
真琴「主、他の女に目移りしてる………」
アイリ「ホいつの間に!?」
アイリは驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げ後方を振り向く。
腕と足が大きく露出した黒と紫を基調とした忍び装束を身に付けた真琴が立っており、嫉妬の念を込めた目で翔琉を見ていた。
だが、昨日のような溌剌とした様子はなく、他の女性と仲睦まじくしている現場を見て、哀傷してしまっているようにも見える。
アイリ「アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
カイ「まことおねえちゃん、かっこいい!」
真琴「ありがとう、カイ。 私って昔から忍術を多様しているから、戦闘着はいつも俊敏に動ける忍び装束にしているんだ」
シャティエル「くの一と呼ばれている女忍者ですね。 蔵にあった書物に記載されてありました」
アイリ「ドーモ、ハジメマシテ、マコト=サン」
ラミエル「なんだその挨拶?」
アイリ「忍者の絶対の礼儀作法だよ。 古事記にもそう書かれてあるんだから」
ラミエル「…よく分からねぇからスルーしとく」
翔琉「ラミエルはアイリの扱い方が分かってきたみたいだね」
アイリ「そんな扱いされると涙が出ちゃう、女の子だもん。 でもあたしは寛大な心を持ってるから許しちゃうよ。 あたしマジ天使」
真琴「ぷふっ…。 本当にアイリって良く分からない天使だよね。 可笑しいけど一緒にいると何故か楽しくなっちゃうんだよね。 リョウの苦労も理解するところだけど」
アイリ「ちょっ!? 苦労もってどういうことー!?」
アイリが真琴の腕を掴み左右にブンブンと振り回す。
冗談混じりに発言した真琴には先程の哀傷としていた雰囲気はなく、笑顔を浮かべ賑やかにアイリの手を掴み引き離そうとじゃれあっている様子があった。
アイリが真琴の様子に気付き意図的に行動した事なのかはこの場の誰にも分からなかったが、真琴に活気が戻ったことに、様子に気が付いていた翔琉は安堵していた。
翔琉「よし、早速尾黒さんの住む村へ向かおう」
シャティエル「依頼人である尾黒さんという人の姿が見当たりませんが、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
真円「他にすべき事があると言い血相を変えたように早足で行ってしまいおったよ。 翔琉達が村に着く前には自分も村にいると言っておったから、尾黒とは現地で落ち合うことになるじゃろう」
シャティエルが疑問を投げ掛けた時に、真円が腰を押さえながら家の前まで尾黒の伝言を伝えに来た。
真琴「依頼人なのに途中で抜け出すなんて、どういう神経してんのよ。 丸投げにされたみたいで嫌悪感しか沸かないよ」
翔琉「………」
ラミエル「どうしたんだ、翔琉?」
翔琉「いや、何でもない。そろそろ出発しよう」
尾黒が住む村へと向けて翔琉を先頭に歩み始めた。
アイリ達天使は飛ぶことは可能だが、翔琉と真琴は飛ぶ術がないため当然だが徒歩での移動となった。
春の日差しが暖かく、涼しい心地好い風が吹いており、絶好の散歩日和で依頼の事など忘れてしまいそうな程平穏だ。
アイリとカイは元気良く『さんぽ』を歌い、賑やかな雰囲気で着々と村へと歩み進んでいく。
約1時間は歩いただろうか。
アイリ達は尾黒の住む村へと到着した。
周囲は自然に溢れている盆地のような地形で、猛獣等による被害が出そうにもない村だったが、到着した途端にアイリ達全員がある違和感に気が付いた。
静かすぎる。
村に辿り着いてから皆、疑問に思っていた。
畑で農作業をしている者、川で洗濯を行っている者、商売を営んでいる者、無邪気に遊ぶ子供さえも確認できない。
静寂が村全体を支配しており、不気味な雰囲気を醸し出している。
ラミエル「…異様だな。 嫌な予感がするぜ」
翔琉「調査してみないと分からないが、異変が起きたのには間違いはないね」
シャティエル「調査を行う必要はなさそうです。 2時方向の家の裏に何者かが潜伏し私達の行動を窺っているようです」
アイリ「おー! 流石エンジェロイド! …あー、確かにその通りだね。 真琴ちゃんと同じ様な力を感じ取れる」
能力で察知したアイリはカイを守るかの様にして前に立つ。
真琴「私と同じってことは、妖怪!? そこに隠れてる臆病者! さっさと出てきなさい! 出てこないと痛い目見るわよ!」
?「やれやれ、粗暴な女狐だ。 痛い目にあいたくはない、素直に従うとしよう」
家の裏にいる何者かがゆっくりとした歩幅で姿を現した。
現れた人物を目にした一同は首を傾げる、驚愕の表情を浮かべると様々な反応を見せた。
翔琉「尾黒さん、やはり村に先回りしていましたか」
ラミエル「こいつが依頼者の尾黒って奴か?」
尾黒「流石は陰陽師。 既に俺の動向を読んでいたのか」
不気味に口角を上げ、腕を後ろに回し余裕綽々たる態度で向き合っている。
周囲の静寂に包まれた雰囲気と尾黒から放たれるオーラも相俟って不気味さが倍増しており近寄り難く、アイリ達は一層警戒を強める。
尾黒がただの村民でない事は一目瞭然だが、翔琉は質問を投げ掛ける。
翔琉「何故僕に依頼を出しこの村へと連れ出した?」
尾黒「さぁ、どうしてだろうな?」
真琴「真面目に答えた方が身のためよ」
凄みを帯びた口調で言葉を発した真琴の手には苦無が握られており、何時何時にでも駆け出し喉を切り裂こうとする気迫に満ちている。
尾黒「本当に粗暴な奴だ。 まぁ教えてやってもいいぜ。 お前達をここまで誘き寄せるためだよ」
翔琉「僕を呼んだ目的を教えてもらおうか?」
尾黒「聞かずとも、既に分かっているんじゃないのかな?」
翔琉「質問で返されるとはね。 目的は僕を殺すためなんじゃないのか?」
尾黒「御名答。 読心術でもあるかのようだな」
翔琉「妖怪の類いの者は陰陽師を葬りたいと行動を起こす輩は少なくはないならね」
人間に害を為さない、人知れず山や森奥で静かに暮らす妖怪には陰陽師という存在は眼中にないという様子であるが、人間を喰らい襲う悪意を持つ者や悪戯好きな妖怪にとって陰陽師は邪魔な存在でしかない。
自らの脅威となる存在を消し去ろうとする妖怪は何百と存在はしているが、強力な陰陽道の力に倒れ伏す者が後を絶たない。
中には年数のいかない未熟な陰陽師を倒したという例は幾つか存在するが、数日と絶たない内に他の陰陽師に撃たれてしまうという話が出回っていたため、妖怪であっても命は惜しいようで、実力に自信があるものでなければ容易に手を出すことができないものが半数以上を表していた。
翔琉は陰陽師の中では未だに未熟とは言え、実力は官僚からも折り紙付きだ。
尾黒は翔琉の実力を知っていたのかは定かではないが、陰陽師を撃とうとする行動を起こすということは、それなりの力を持った妖怪ということになる。
真琴「主の命を狙う? 寝言は寝てから言いなさい」
尾黒「俺の発言が寝言だと思うか?」
ラミエル「てめぇが何の妖怪かは知らねぇけど、この状況で無事に済むと思ってんのか?」
真琴「多勢に無勢、あんたにはこの言葉がお似合いよ」
尾黒一人に対し、此方はカイを除けばこ五人もいる。
並大抵の力ではとても太刀打ちできない。
ラミエルの勝利を確信した表情を見た尾黒は何を思ったのか、薄ら笑いを浮かべた。
尾黒「いやーまったく、面白可笑しい。 お前達の表情が今から崩れ行く様を見られるんだからな!」
翔琉「何を……っ、みんな、その場から退いて!」
アイリ「上から来るよ! 気を付けて!」
何かを感じ取ったアイリ達はその場から大きく跳び上がり四方へ散る。
刹那、先程立っていた場所に巨大な岩石が落下した。
地面に激突する轟音が静寂を引き裂き、砂塵が舞い視界を遮り周囲の状況が確認しづらくなり、一瞬にして戦場と化したことにより緊張感が高まる。
アイリ「あーびっくりした。 カイ君、危ないからあの家の中に隠れてて!」
カイ「いや! カイ、アイリといっしょにいる!」
アイリ「あたしは強くないからカイ君を守りながらじゃ戦えない。 カイ君を危険な目に会わせたくはない。 ドームの時みたいに一人で隠れるのは怖いと思うけど、お願いカイ君」
アイリの腕の中でカイは涙目になりながらも頷いた。
体を射ぬくような真っ直ぐな瞳を見て、カイはアイリの守りたいという熱情を感じ取ったようで、アイリから離れ近くの民家へと身を隠した。
カイの安全を把握でき安堵したいところではあったが、敵はそのような暇を与えてはくれない。
砂塵で周囲の状況を確認はできないが、尾黒以外の妖気を多数感知し、今も尚数は増し続けている。
虚空から沸いて出てくるのに焦りを覚える以前に、アイリは他に気になる点があった。
妖怪が発する妖気の中に、邪悪な気配が混じっている。
何度か目の前にした心当たりのある気配。
天使と対を為す存在、悪魔の気配を幾つか感知できる。
尾黒「血祭りにあげろ!」
尾黒の声が聞こえたのと同時に、数人もの声が張り上げられ、地が揺らす勢いで足音を響かせながら走ってくる。
砂塵を払うように現れたのは何度も対峙した相手である悪魔兵だった。
何故この世界にいるのか、検討は大凡ついていたので無駄に考慮する必要はない。
兎に角戦闘に集中する。
無駄な考えが頭を巡ると戦闘の妨げになる。
極普通の戦士ならば戦闘に集中できるのだろうが、アイリの頭の中は基本、現実世界に存在する漫画やアニメ、ゲーム等の知識が宇宙に漂うデブリの様に漂っているため、現在アイリの脳内は…。
『エサヒィスープゥードゥラァーーイ!』
『豚の餌ぁぁぁ!!』
『このアカギにさからららららららら……!!』
『ザーザースwwwザーザースwwwナントカカントカwwwザーザースwww』
『オレノジャマヲスルナラカタイプロポッポデロ!』
『メインブースターがイカれただと!』
『ウ ン チ ー コ ン グって知ってるゥ!?』
様々なジャンルのネタが飛び交い、集中できるものもできずにいた。
アイリ「あーもう! 何でこんな危機的状況でもあたしの灰色の脳細胞はネタばっかり思い浮かべちゃうわけ!? 」
アイリは自身の愚痴を溢しつつガーンデーヴァを召喚し、殺意を剥き出しにし迫る悪魔兵に光の矢を連射する。
砂塵を切り抜け、悪魔兵の体を貫通していき、断末魔を上げながら光の力により消滅していく。
先陣を退け安堵する間もなく新たな敵影を視認できたため、再度光の矢を構える。
悪魔兵とは明らかに違う力、気配を感じ取り、警戒心が高まり額に汗が滲み出る。
赤、青、緑、黒色と言ったそれぞれ違いがある肌の小鬼が棍棒や短剣を片手に怒声を響かせ向かってきていた。
この世界の至る地域に生息する妖怪の一種、天邪鬼だ。
戦闘能力は然程高くはなく、翔琉達陰陽師にとっては眼中にないと言える程貧弱ではあるが、数が多く周囲を囲まれると厄介極まりなく、村民等の一般人にとっては脅威でしかない。
小鬼とは言え平均的な男子中学生と同等の身長なため、油断すると数の多さで襲われ命を落としかねない。
アイリ「今度は妖怪登場か! 妖怪メダルで呼び出された…わけないよね。 あたしの本気を見るのです! 『サンダーボルトアロー』! 」
挙措を失う事を知らないのか、未だ見ぬ新たな敵に慣れないながらもただ走り迫ってくる天邪鬼に躊躇なく矢を放つ。
上空に放たれた矢は稲妻へと変わり、無防備な天邪鬼の脳天に直撃し、絶命した者や体が痺れた者が続々と地へ倒れ伏していく。
だが一人では倒しきれる数に限界があり、十数人の天邪鬼は攻撃をすり抜けてアイリを屠ろうと各自武器を振り下ろす。
ガーンデーヴァで防ぎつつ懐に入り込み斬りつけて沈黙させていくが、四方八方から攻撃するよう回り込まれており、避けきれずに棍棒が腰に命中した。
疼痛に顔を歪めるが、怯んでいる隙など許されない。
『シャインアウト』で牽制し、隙ができたところを『光弓三日月斬』で容赦なく斬りつける。
その場を凌ぐことはできたが、新たな悪魔兵や天邪鬼が続々と姿を現し、敵である自分達を屠ろうと迫ってきている。
砂埃が風に流され、周囲の状況を確認できるほどまで視界が晴れる。
各自迫り来る悪魔兵や天邪鬼を相手に戦闘を繰り広げており、民家に被害が被らないよう最大限の注意を払い、場所を変えるため散り散りとなりつつあった。
アイリは翼を広げ空中へ飛翔。
付近にいた翔琉の元へ向かいスーパーヒーロー着地をする。
アイリ「あたし、参上!」
翔琉「元気そうだね。 流石は天使と言ったところだね」
アイリ「いやー一発だけ攻撃を受けて痛い目に会ったばかりだよ」
翔琉「その割には快調な身のこなしをしているね。 おっと、世間話をしている余裕はなさそうだね」
翔琉は懐から文字が書かれた札、呪符を数枚取り出し悪魔兵や天邪鬼に向け投げる。
呪符は意志が籠っているかの様に動き、悪魔兵と天邪鬼達の体の至る箇所へ貼り付いた。
不快に思い呪符を剥がそうとする者もいたが、釘で打ってあるのではないかと思うほど微動だにしなかった。
翔琉「『苦痛撃・炎』」
誰の耳にも届かぬ程の小声で呟いた。
刹那、呪符に炎が灯り、瞬く間に全身へと燃え広がるり、業火に焼き付くされ成す術もなく地面へと倒れて行く。
アイリ「わぁお凄い」
翔琉「戦いに集中してアイリ! まだまだ来るよ!」
翔琉は懐から白色の苦無に似た刃を数本取り出し天邪鬼に目掛け投げつける。
刃は進行方向に直進に飛ばず、誘導されているかのように軌道を変えながら飛んでいき、天邪鬼の体へと突き刺さった。
武器として使用している刃、『魔斬刃』は翔琉が霊力を込めた物で、魔を退ける能力が備わっており、更には魔の者に直撃するまで追尾する効果を付与している陰陽師の間では一般的な武器だ。
アイリも負けじと『ストレートアロー』を連射し悪魔兵達を葬って行く。
接近することさえ許されない状況に痺れを切らしたのか、尾黒自ら駆け出し拳を翔琉に突き出した。
翔琉は決して接近戦ができない訳ではないようで、放たれた拳を華麗に避け、腕を掴み木材が積まれた台へ向け投げ飛ばすと同時に、腹部に霊力を集束させた衝撃波を叩き込んだ。
飛ばされた尾黒は木材に勢いよく激突し、崩れた木材の下敷きとなった。
数秒と沈黙が続いていたが、木材が四方八方へ飛散し、尾黒が姿を現した。
だが、先程までの人間の面影はなく、獣のように悍ましい顔になり、体の後ろからは三本の狐の尾がゆらゆらと陽炎のように揺れている。
アイリ「狐の妖怪!? もしかして、妖狐?」
翔琉「正確には空狐と呼ばれる妖怪だね」
尾黒「さて、正体を明かしたところで、俺も本気でいかせてもらうぞ?」
体の内に秘められた妖気が放出される。
隠し持っていた短剣を手にし、目にも止まらぬ速さで急接近する。
神速。 正にこの言葉通りの意味で翔琉の喉元を斬りつける。
鮮血が飛び散り最悪の結末を迎える、筈だった。
尾黒の速度を超える足運びで翔琉の前に出た真琴の苦無により短剣は受け止められた。
真琴「主の首を掻き切るなんて許さない。 命に変えても守るわ」
尾黒「主人を守るためなら己の命をも惜しまない。 泣けてきますねー。 だが、無駄に終わる結末が待っているだけだ。 おい、いつまで隠れてやがるんだ! 出てこい!」
唐突に空に向け大声で叫んだ。
誰しも何事かと思っていると、物陰から紫色の光弾がアイリ達に向け数発放たれた。
間一髪のところで身を翻し回避には成功したが、地面に直撃した衝撃により立て直すことができず地を転がる。
翔琉は素早く態勢を立て直し、吹き飛ばされた真琴を抱き締め受け止めた。
アイリは受け止めてくれる相手がいなかったため、転がり続け民家の壁に顔面からぶつかってしまい、顔を手で覆い痛みに踠いていた。
翔琉「真琴、大丈夫かい?」
真琴「う、うん…ふぇあ!? あ、ああ、主!? 私は大丈夫ですたい!?」
抱き締められ動揺した真琴は慌てて翔琉の腕の中から出ていき呼吸を落ち着かせる。
羞恥心により顔を真っ赤に染め、頬に手を当てている真琴を拝める機会などないため、新鮮なものだと思い翔琉は暫く見惚れてしまっていた。
ラミエル「お二人さん、どうかしちまったのか?」
敵兵を一掃したラミエルが翔琉の側まで歩み寄る。
続くようにアイリの介抱をしていたシャティエルも合流する。
?「やはり娘の付き添いに虫けらが複数いるみたいだな。 監視者がいないのは好都合だが」
一瞬強風が吹き、視界を奪っていた砂埃が空高く舞い上がり飛ばされる。
直感が嫌な気配を感じ取り警鐘を鳴らしている。
この場にいる誰しもが感じ取れるあたりで、只者ではない何かが乱入している。
そして姿を視認できた瞬間、それの存在の脅威を噛み締めているラミエルは大きく目を見開いた。
冥府界の実力者揃い、サタンフォーの頂点に君臨する悪魔、アンドロマリウス。
同じくサタンフォーの一人、ルシファー。
突如現れた二人のサタンフォーにラミエルは動揺を隠せずにいたが、決して戦いを避け逃げ出そうとはしなかった。
翔琉「あれは、悪魔か」
ラミエル「あぁ。 だが、ただの悪魔じゃねぇ。 実力は俺達と互角、若しくはそれ以上のマジでヤバい連中だ。 下手すると、死ぬぞ」
アンドロマリウス「若僧。 貴様には用はない。 大人しく退けば命までは奪わん。 颯爽とこの場を去るがいい」
ラミエル「俺が悪魔に対して敵前逃亡すると思うか? 随分と舐められたもんだな。 悪魔を野放しにするわけねぇだろ」
ルシファー「相変わらず真っ直ぐだな。 天使の使命を果たすためなら命をも投げ捨てるか」
ラミエル「俺は使命だとか、んなもんはどうでもいいんだよ。 テメェら悪魔のせいで誰かが悲しんだり困ったりする人を見たくないだけだ。 天界と人間界、脅威となる奴等は俺の拳で殴り飛ばす! テメェも以前は俺と同じように互いに力を競いあって戦ってただろうが! ルシファー!」
ラミエルは怒りの感情を込めた言葉を敵であるルシファーへ投げ掛ける。
アイリや翔琉達はラミエルの言葉に耳を傾け聞いていたが、ルシファーと言う存在に疑問を抱いた。
シャティエル「彼は、ラミエルさんの知人なのですか?」
ルシファー「その通りだよ、エンジェロイド。 彼とは幼い頃からの友なんだ。 そう、俺は元は天使だった。 今は正真正銘の悪魔だ」
翔琉「堕天使、と言うことか」
ラミエル「何でなんだ! 何で、天界のために、天使のために、人間を魔の手から救おうと尽力していたお前が、堕天しちまったんだ!」
幼少の頃から共に道を歩んできた友が、理由も話さず闇に堕ちてしまった。
堕天してしまう原因があったのか?
何故相談してくれなかったのか?
俺では救えなかったのか?
友が堕天してしまったのを引き止められなかった自分が情けなかった。
友を救えなかった罪悪感から精神的な苦痛を感じたことも数えきれないほど味わった。
何十、何百年振りかに邂逅を果たした今、必ず友を取り戻す頑強な意思を持ち尋ねた。
ルシファー「愚問だな。 …大層な理由などないよ。 強いて言うのなら、倦怠感と嫌悪感を抱いてしまった」
ラミエル「倦怠感と嫌悪感、だと…?」
ルシファー「縁もゆかりもない他人のために己の力を行使し、使命を果たすのが馬鹿馬鹿しく思った。 見返りを求めていた訳ではなかったが、人間達は天使やエクソシストの活躍により平和に暮らせていることを、感謝の念を忘れ、救われているのが当たり前かのように思っている。 身勝手で恩知らずの種族のために力を果たすことに意味があるのか、そう考えるようになった。 次第に使命を果たす気力がなくなり、天使とは何のために存在しているのか、身勝手で恩知らずの種族のために力を果たすことに意味があるのか、そう思考を巡らせるようになった。 そして、ある日シェオル周辺を単独で巡警していた時に、アンドロマリウスが現れた。 最初は勿論警戒はしたが、アンドロマリウスは俺に悪魔としての戦う意味を教えてくれた。 悪魔に生まれ変わることで、世界を変えられる。 人々の心を変えることで、天使からの恩恵を与えられていることに気付かせ、悪魔が人間界を支配し、天使と悪魔の存在意義を証明させる」
シャティエル「あなたの思考だと、天使と悪魔は人間達を巻き込み戦い合うだけです」
ルシファー「それでいいんだ。 数千年と存続していたあるべき姿だ。 天使と悪魔、対となる存在が争い合う。 太古から我々の存在を知り、時に天使と協力し、時に悪魔と契約を果たし禁忌を犯した人間達にもその行く末を見届けてもらう意味がある」
真琴「馬鹿みたい。 結局は自分達が感謝されてないからって怒るひねくれ者のお子ちゃまじゃん。 更に自分の勝手な考えで人間を巻き込んでるだけだし。 本当に元天使なわけ? 私には到底思えないくらい最低な思考回路の持ち主にしか思えないんだけど」
ルシファー「何とでも言えばいい。 今の俺は悪魔だ。 悪魔らしい思考なのは当たり前のことだろ」
アンドロマリウス「お友達への応答が終わったのであれば、去ってもらおうか。 私達が用があるのは、そこの転生した娘だからな」
尾黒「俺は巫山戯た娘は眼中にはないが、陰陽師を倒せるのなら本望だ」
アンドロマリウスとルシファーはアイリ達が翔琉達の住む世界に着いたとほぼ同時期にこの世界を訪れ、強力な力を持つ妖怪である尾黒に本来の目的を果たし序でに陰陽師を倒すと話を持ち掛け、協力態勢を取り、準備を整えていた。
リョウやアリス、ピコと言った並外れた実力者がいないのは彼等にとっては好都合でしかなかく、反対にアイリ達にとっては危機的状況に陥っていた。
口にはしていないものの、ルシファーにとっては強者と一戦交えることのできない状況に不満を抱いているようだったが、アイリ達は知る由もない。
アイリ「参ったねー。 あたしって人気者だね」
ラミエル「命を狙われてるってのに余裕こいてる場合かよ」
アイリ「これでも内心、焦ってる方なんだからね?」
一見、平然を保っていそうに見えるが、天使も恐れるサタンフォーのうちの二人が同時に現れたとなると、幾らアイリと言えど、心を落ち着かせるのは無理難題で、焦りの証拠に額には汗が滲み出ている。
アンドロマリウス「世界の監視者がいない今、貴様を殺すことは虫を殺すことと同然。 一瞬で片を付けよう」
アイリ「虫は機敏に動き回るから、簡単には落とせないかもだよ?」
ガーンデーヴァを握り締める力が自然と強くなる。
周囲が緊張感に包まれる中、アンドロマリウスは巨大な右腕を上げ、手の平に闇の力を蓄えていく。
アンドロマリウス「己の無力さを身を持って知れ」
棍棒を振り下ろす勢いで振るった右腕が地面を突いた。
闇の力が地を割り、亀裂が波紋のように広がり、地面の裂け目から闇が溢れ出す。
危機を察知したアイリは皆に危険を知らせ翼を広げ宙へ飛ぼうとしたが、行動するよりも早くアンドロマリウスが放った技が発動した。
アンドロマリウス「散るがいい。 『コンティネン卜アンガー』」
闇の力が大地の中で膨張し、眩い光が亀裂から溢れる。
闇の輝きに目を瞑った瞬間、轟音と共に大爆発が起き、村一面が地面ごと吹き飛んだ。
大爆発により村があった場所には巨大な穴が出現しており、辺りには民家の建造に使用していたであろう木材が散らばっている。
アイリ達の姿が視認できずにいたが、力を感じ取ったアンドロマリウスは木々が生い茂る森へと目線を移す。
アンドロマリウス「奴等、森へと身を隠したようだ。 見つけ次第、殺せ」
悪魔と妖怪、本来交わる筈のない二大勢力が、光を飲み込むような暗闇の続く森の中へと向け歩みを進め始める。
最近はやることなさすぎて喫茶店巡りにハマってます