ユグドラシルメシア   作:仮面ピコ

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初の一日2話投稿!
最近小説書きすぎィ!


第33話 森林内での激闘 後編

真琴が忍刀を手に勇敢に飛び出す。

翔琉は一枚の呪符を投げ真琴の背中に張り付けた。

淡い光を放つだけで、真琴の体には変化は見られなかったが、現在発動させてある技には変化が著しく見られた。

風の刃の数が倍以上となり、ルシファーの剣の腕を持っていたとしても、全て防ぎきるのは困難を極めている。

ラミエルは後方、翔琉は右に回り込み、共に攻撃を仕掛けようと構えたが、ルシファーは己の体が斬り刻まれるのを気にもせず風の刃を無視し、『ダークネストルネード』を幾つか発生させ追撃を防ぐ。

主に近距離戦を得意とするラミエルは闇の竜巻により接近することができず追撃を頓挫してしまっていたが、翔琉は狼狽えることなく竜巻を見据え、次なる一手を叩き込んだ。

 

翔琉「『多重結界』!」

 

何時の間にルシファーの周辺の地面に貼られた数枚の呪符は輝き始め、一筋の光となり天高く伸びていき、それぞれの光芒を囲むように光の壁が生成された。

壁が出現したことにより行き場をなくした竜巻は壁に直撃し方向転換をし、ルシファーの元へと集中してゆく。

己の技の直撃を受け、ルシファーは空中へと舞い上がり、数秒間、暴風に振り回され解放されると即座に体勢を立て直した。

 

翔琉「行くよラミエル! 『縮地符』!」

 

一枚の札を投げると吸い込まれるようにラミエルの背中へと張り付いた。

瞬きをする暇すらなくラミエルはその場から消え、瞬時に竜巻の被害が及ばない空中へと移動していた。

暫し驚嘆したが、拳に雷を纏わせルシファーが滞空している竜巻の中へと急降下していく。

 

ラミエル「いくぜルシファー! 『滅雷拳』!」

 

電気を溜めた右の拳を突き出しながら急降下していく。

ティルフィングで防ぐも、威力を抑えきれず地面へと足を着けた。

電撃が周囲に迸り、竜巻は徐々に相殺され、地面に亀裂が入り陥没していくあたり、威力の凄まじさが見て取れる。

 

ルシファー「腕を上げたな。 だが、俺はお前の技を熟知してある。 無論、この技の効果も知っている」

 

ラミエル「だから何だってんだ? 生憎と、俺とお前だけじゃないんだぜ」

 

電撃とそれを抑える衝撃が周囲を支配するなか、歯牙にもかけない速度で地を駆ける真琴が視界に入った。

ルシファーの背後に回り込むように駆け走る途中、翔琉の視線に気付き互いに目を合わせる。

1秒にも満たない僅かな時間で目を合わせるだけで意思疎通を済ませ、即座に行動に入った。

 

研鑽した訳でもないのに一抹の間に意思疎通が可能なのは、長年共に戦い続けてきた中で互いの思考を理解し、心から信頼できる絆が顕在しているから。

仲間としての絆、新たに芽生えた愛する者同士の絆があるからこそ可能な連携は、二人の絆が形になったようにも見える。

 

翔琉は手にした陰陽五法独鈷を握り、技を発動するため目を閉じ集中に入る。

真琴は忍刀を手に迸る電撃をすり抜け、体を縦に回転させながらルシファーの背中を目掛け急接近する。

 

真琴「『円月斬』!」

 

妖力が込められた忍刀が縦に一閃した。

ラミエルの拳を受け止めていたため為す術もなく妖力の込められた刃の餌食となり、鮮血が吹き出した。

 

翔琉「魔の者を貫け! 『陰陽魔斬光』!」

 

手にした陰陽五法独鈷が眩い光に包まれ、2尺の長さになる刃と化した。

本来ならば、接近戦に用いる技なのだが、翔琉には真琴の様に俊敏な機動力を持ち合わせてはいない。

電撃が迸る場所に飛び込むのは無茶であったため、基本使用しないであろう荒業、力任せに陰陽五法独鈷を投げ付けた。

物差しで直線を描くように飛んでいき、ラミエルの横腹を掠れる瀬戸際を通り抜け、深々とルシファーの腹部へと突き刺さった。

二人の技を諸に受けたルシファーは苦悶の表情を浮かべ、ティルフィングを持つ手の力が弱まる。

ラミエルは防御が緩まる瞬間を決して見逃さなかった。

右の拳に更に力を加えティルフィングを横に凪ぎ払い、左の拳でルシファーの胸部を殴り付けた。

ルシファーを中心に電気の塊が生成され、火花が散るように小規模な爆発が発生した後、巨大な爆発が起き、ルシファー諸共地面を抉り爆発による衝撃と爆風で吹き飛ばした。

 

ラミエル「はぁ、はぁ、はぁ…や、やったか?」

 

脱力したように片膝を地に着け、肩で息をするラミエルはルシファーが倒れている姿を目にし呟く。

 

翔琉「いや、彼はまだ力尽きてはいない」

 

翔琉が札を取り出し警戒を緩めず言う。

言葉通り、ルシファーがゆっくりと立ち上がるのが視界に入り臨戦体勢へ直る。

 

ルシファー「君の電撃はいつ浴びても体の奥底まで痺れる。 衰える様子はない、だが、俺を葬る程ではなかったな」

 

ラミエル「お前も相変わらずタフだな。 ちょっと前のガキの頃に競いあってた頃を思い出したぜ」

 

幼少期の頃の記憶が掘り起こされ、思わず頬が緩んだが、一息つくと真剣な眼差しで敵である友に歩み寄り対峙する。

 

ラミエル「…さてと、お前がどんな心情にあるかは理解した。 でもよ、わざわざ悪魔になる必要なんてねぇじゃねぇか。 天使の活躍を、与えられた使命を人間に知らせてやりたいのなら、良い方法が幾つかあった筈だろ。 人間界に住む政府の連中に対談してみるとか…俺は難しいことを考えるのは苦手だから、助言はできないけどよ…」

 

ルシファー「現代の人間達の住まう世界に、俺達のような存在を知らしめたところで、魑魅魍魎な事柄を信じる者は幾許もない。 先程も言った通り、俺は、恩恵を認められない嫌悪感により諦めただけだ」

 

真琴「時空防衛局に頼むって手があったんじゃないの?」

 

ルシファー「奴等は世界の均衡を保ち、終焉を迎える世界を復興するための支援する団体に過ぎない。 とある世界に住む一人の人間のために活動を行うことはない」

 

何処か儚げに視線を下ろし、腹部に深々と突き刺さった陰陽五法独鈷を躊躇いなく引き抜いた。

傷から血が溢れ出るが、傷を塞ぐことなく陰陽五法独鈷を投げ捨てた。

 

ルシファー「無駄な交渉は終わりだ。 今回は退かせてもらう」

 

ラミエル「おい待てよ。 俺の話はまだ終わってねぇ! なに強制的に終わらせようとしてんだ!」

 

ルシファー「お前の説得を聞いたところで反芻する気は一切ない。 時間の無駄だ。 俺は傷を癒すために帰還させてもらう。 陰陽師の退魔の力は、悪魔族にも有効だったらしい。 想像以上の痛手を負った」

 

知ってか知らずか、陰陽師の退魔の力が悪魔族にも有効だったのは幸運と言えた。

特効である力を諸に受けたにも関わらず、青息吐息を吐くことはなく、弱った片鱗を一切見せていない。

 

ルシファー「後は任せる、尾黒」

 

尾黒「悪魔に命令されるつもりはない」

 

ふと視線を外すと、ラミエルとの戦いで戦闘不能となっていた尾黒が短剣を手にし立ち上がっていた。

傷が完治していないため、足元が覚束ず、戦闘を続行する状態にはとても見えなかった。

 

ルシファー「また会おうラミエル。 いずれ何処かで邂逅できるだろう」

 

ルシファーは地を蹴り跳び上がり、虚空にワームホールを出現させた。

逃亡を阻止しようと翔琉は懐から『魔斬刃』を即座に取り出し投げつけるも、ワームホールに吸い込まれるようにして入っていったルシファーに直撃することはなく、ワームホールは跡形もなく消え空を斬り裂くだけに終わった。

蟠りが解けないまま事が終息し、ラミエルは苛立ちを抑えきれず舌打ちした。

 

真琴「堕天使にも色々事情があるみたいね。 悪魔族に分類される中でも、まだ救いようがある方だわ」

 

ラミエル「…耳を傾けてはいるからな。 まだ奴を取り戻す希望はある」

 

尾黒「貴様達、俺の事を忘れてないだろうな?」

 

存在を忘れ去られていたと感じた尾黒は腹を立てており、鋭い牙をガチガチと鳴らしている。

 

翔琉「癒えていない体では僕達に勝つことは不可能だ。 村を滅ぼしたのは君なんだろうけど…本来なら見過ごす訳にはいかない。 でも、下手な争いはすべきじゃない」

 

尾黒「俺を見逃すとでも言いたいのか? 戯れ言をほざくな! 陰陽師は一人残らず俺が殺す…!」

 

翔琉「何故執拗に陰陽師を抹殺しようとする?」

 

尾黒「気に入らないからだ。 人間と妖怪が共存する、夢物語が受け入れられないからだ。 無力で愚かな人間は、強き妖怪の下に跪いていればいいんだ!」

 

翔琉「力で支配する者に、得られるものは何一つない。 無理矢理統一された者は不信感だけを募らせ反感を買い、いつか暴動が起き崩れ去る。 それに、力だけを頼り支配しようとすれば、それより更に強力な力により身を滅ぼすことになる。 良いことなんて、一つもない。 互いの考えを共通し、手を取り合った方が数倍も楽だと僕は思うよ」

 

尾黒「不可能だ! 夢幻にすぎん! 俺は認めない! このような世の中を…玉藻前と酒呑童子が創造した世の中を!」

 

?「私と酒呑が知恵を絞り作り出した案に反対してる輩は、未だに多くいるもんじゃのう」

 

森の奥の方から背丈の低い女性が愚痴を溢すかのように声に出し姿を現した。

 

この世界の三大妖怪の一人、白面金毛九尾の玉。

 

世界を牛耳る妖怪の頂点に君臨する白面金毛九尾の登場に、尾黒は一瞬たじろいだが、鋭い眼光で睨み付ける。

 

ラミエル「なんであんたがここに?」

 

玉「此奴の対処に訪れた訳ではない。 嫌な予感がしたので、私と轟でアイリの保護に参ったのじゃ。 リョウから直々に懇願されたからのう、果たさぬわけにもいかん」

 

翔琉「轟や玉にも頼んでいたのか…アイリの事となると、用意周到だな」

 

尾黒「妖怪の裏切り者が何の用だ。 人間達と仲良しごっこでもしてろ」

 

玉「大勢の妖怪を引き連れ命令を下すより、何一つ縛られることのない今の生活の方が自由で気楽じゃ。 お主も人間という存在を受け入れ、馴染んでみるのも悪くないと思うぞ」

 

尾黒「巫山戯な! 俺は絶対に認めない! 貴様は人間という低位な存在と馴れ合い、頂点に立つ妖怪として羞恥の念はないのか!」

 

尾黒は腹の底から荒ぐように声を出す。

非力な人間は群れを成さなければ力を発揮できない。

妖怪のように特殊な力を固有している訳でもない。

自分よりも非力な存在が、世の中を動かし、国を動かしている。

尾黒はそれが許せなかった。

低俗な種族が世の中を跋扈していることを。

力ある強者のみが世界を支配すればいい、単純だが傲慢な思考を持ち、人間達を滅ぼすため、妖怪の天敵である陰陽師を消し掛けようと企んでいた。

共存の道などあり得ない。

何百年と連綿と続く人間と妖怪の関係が好転することなど未来永劫訪れることなどない。

否、好転することなどさせない。

 

玉「正直、最初は羞恥の念はあった。 三大妖怪である我々が、人間と馴れ合うなどと。 じゃがそれ以前に、我々妖怪を受け入れるとは、不思議な思考をしておると思うた。 翔琉達を、人間と言う種族と交流を重ねる度に、人間の妖怪を受け入れる包容力と、害を与え続けてきた私達を許す慈悲深さを知った。 人間には我々を忌み嫌う輩も多いが、翔琉達のように理解し合える者もいる。 私は、人間達の心情に賭けてみようとすることにしたのじゃ。 そして、今に至る訳じゃが、人間を信用して正解じゃったと心底思うとるから、羞恥の念など一切ない」

 

尾黒「…………」

 

玉「憐憫の目を向けるのは勝手じゃが、可能な限り人間には手出しするでない。 相手によっては会談すれば理解してくれる輩は幾らでも存在する。 皆が皆、お主の敵ではないということを分かってもらえればよいのじゃが」

 

尾黒「…もう、貴様の話すことに耳を傾ける必要はない」

 

手にした短剣を力強く握り締め、精悍な面構えで怒りが充溢する目で玉を睨み付ける。

質疑応答は最早不要と判断し、殺意が体から溢れんばかりに出ている。

 

尾黒「貴様の意見は愚かで聞くに絶えん。 三大妖怪が人間と手を結ぶなど言語道断。 俺は必ず人間達を滅ぼし、妖怪が世を支配する世界にしてみせる!」

 

負傷しているとは思えぬ速さで駆け出した。

最後の力を振り絞り、陰陽師である翔琉だけでも始末しようと企んでいた。

真琴は忍刀を手に翔琉の前に出て迎え撃とうとしたが、尾黒が接近してくることはなかった。

真琴が行動するよりも早く、鉄扇を使用し短剣を受けきっていたからだ。

 

玉「大人しく引き下がれば、看過していたものを…」

 

尾黒「引き下がるか! 退け! 女狐!」

 

玉「威勢だけは認めてやってもよい。 じゃが、勇敢とは言い難い。 無謀じゃ」

 

側にいたラミエルは慄然した。

玉から無限に湧き出る妖気に鳥肌が立つ。

 

玉の表情は一切変わってはいなかったが、目だけは殺意に満ちていた。

小柄な少女にも関わらず荘厳華麗な風貌のままだが、見る者、触れる者を跳ね除ける異様な威圧感が出ている。

 

尾黒「ひっ…」

 

先程までの熾烈な姿勢は消え失せ、玉から感じ取れる妖気の膨大さに恐れ、逃げ腰になっている。

頭に血が上っていたため気付けなかったが、本能的に理解した。

 

体力が万全であっても、彼女に勝利することは不可能なのだと。

 

玉「お主の稚拙な思考は理解した。 じゃが、この世界には不要じゃ。 同族殺しなどしたくはなかったが、致し方ないの…」

 

腰の後ろから九本の尾が緩々と現れた。

毛並みが揃った金色とも呼べる色合いの輝きを見せる尾はゆらゆらと揺れており、美しさと不気味さを感じ取れる。

 

尾黒は自らの命の危機を感じ、武器を収め後方へ跳び上がるように移動し、背中を向け逃走を図る。

着地と同時に足を動かそうとしたが、足の裏が地に着いたまま上がることはなかった。

圧倒的な力の差を感じ取っていた恐怖により足が竦んで動けなかった訳ではなかった。

視線を下に下ろすと、足首に玉の尾が巻き付き動きを封じていた。

 

玉「敗走という選択を許した覚えはない」

 

尾黒「ど、どうか…ご慈悲を…」

 

玉「己が犯した罪を受け入れず、命の危機を感じれば命乞いをして逃れようとするとは…。 愚かな者じゃ。 私は審判を下すような者ではないが、今回は実行させてもらおう」

 

赤紫色のエネルギーを収束させた腕をゆっくりと上げ、静かに言い放った。

 

玉「黄泉の国へ行ってもらおう。 拒否権は、ない」

 

全身の毛が一斉に逆立つ感覚がした。

翔琉と真琴は慣れているせいか、動揺した様子は見せていないが、玉の実力を知らないラミエルは凄まじい妖気にたじろいだ。

この世界の三大妖怪と名高い白面金毛九尾の力量が顕現しており、肌で感じ取れた。

 

三大妖怪の一人である轟とも手合わせをしたが、玉を超える妖力を感じ取れなかったところをみると、相手が手加減していたのだろう。

改めて三大妖怪の底知れぬ力を知り、畏怖の念を抱くと同時に、轟に手加減され手の平で踊らされるようにあしらわれていた事に、忸怩たる思いを抱いていた。

 

尾黒「く、来るな! 殺さないでくれ!」

 

尾黒は必死に懇願するが、玉は歩みを止めることはない。

手に纏った妖気は槍のように鋭い刃の形状になり、行動不能な尾黒の体をいつ何時でも貫こうとできる状態に持ち込んでいる。

 

ラミエル「…なぁ、ちょっと待ってもらっていいか?」

 

様々な念が脳内を交差する中、ラミエルは玉に声を掛けた。

玉はラミエルの方へ顔を向けてはいなかったが、話を聞くかのように歩みを止めた。

 

ラミエル「村を壊滅させて、村民を皆殺しにしたことは決して許されることじゃないけどよ、殺すのはやりすぎだと思うぜ。 罪を償うためにも生かしておくべきだ」

 

殺せば全てが解決するわけではない。

罪を犯した者は、己の罪を認め、自省の念を持ち償っていかなければならない。

一見不良のように見えるラミエルも一応天使の一人としての慈悲の心を持ち合わせているようで、悪鬼羅刹な存在を退け葬るだけでなく、可能であれば罪を償う機会を与え、改心してもらいたいという思いがあった。

 

玉「……ラミエルの考えは決して間違ってなどいない。 筋も通っている。 じゃがな…」

 

右手を前に出し、赤紫色の妖気で数本の針を生成した。

針は意志があるかのように動き、尾黒の体にあらゆる角度から突き刺さった。

深々と突き刺された箇所からは鮮血が飛び散り、雑草が生い茂る緑色の絨毯を赤一色に染めてゆく。

 

玉「お前達と対を成す悪魔と同様、心が穢れた者。 救いを求め、我々が受け入れたと同時に手の平を裏返すことなど容易に想像できる。逡巡など不要…葬るまでじゃ」

 

尾黒「がはっ…!? くそ…裏切り者が! 妖怪の面汚しが…ぐっ!」

 

玉「我らが選んだ道は哄笑されても可笑しくはないが、言葉による打擲されようと、私は動じることはない。 抵抗するだけ無駄じゃ。 せめて、苦痛を感じることなく黄泉の国へと逝かせてやる」

 

尾黒の周辺に赤紫色の妖気が漂い渦巻いていく。

邪悪。正にその言葉が似合う妖気に翔琉達は尻込み身動き一つ取れず敵の命の灯火が消えゆく様を見ることしかできずにいた。

 

地獄の深淵から涌き出るように地から這い出る妖気は絡み付くように尾黒の全身を覆っていき、軈て姿を視認できなくなった。

 

玉「『黄泉の誘い』」

 

妖気が晴れた時には、尾黒の姿は何処にもなく、跡形もなく消え去っていた。

戦闘が終え、辺りは静寂に包まれる。

 

ラミエル「……何故だ。 納得がいかねえ!」

 

静寂を切り裂いたのはラミエルだった。

憤怒の意を露にし玉へと歩み寄る。

幼い子供の身長程しかない玉とラミエルの身長の差は4~5頭身程もあり、身長差は圧倒的なものの、玉は迫る怒気に怯むことはなく表情を一切変えてはいない。

 

ラミエル「あんたの言い分も分かる! だけどよ、納得はいかねえよ!」

 

玉「お主は悪魔に慈悲を持ち接し、罪を償うために生かすことができるか?」

 

手にした扇子を広げ口を隠しながらラミエルに問う。

 

ラミエル「悪魔相手に? あいつらに慈悲なんてものは通用しねえ。 向けたところで無意味だ。 その慈悲すらも利用する小汚い連中だから…あっ」

 

玉「理解したか? 結局は悪魔だろうが妖怪だろうが人間だろうが、考えることなど同じということを。 本来なら穏便に済ませるところなのじゃが、再び過ちを犯す者を野放しにしてはおけん」

 

ラミエル「だけどよ、あいつはお前と同じ類いの妖怪だった筈だ。 躊躇もなく殺すなんてこと…!」

 

感情が溢れ出し熱を帯びていく。

業火の如く怒りの感情が燃え上がっているが、その反面、玉は氷河のように凍てつく冷酷な目でラミエルを見据えている。

 

玉「お主はまだ若い。 天使族は長寿だがお主は生を受けてから間もないと言って良い。 嫌でも生きる者の奥底に潜む闇を目にする。 先程までいた堕天使も、お主と同類の天使族であることに変わりはない。 進む道を誤った同族の者と拳を交え最悪命を奪う事態にもなりうる。 …先刻の私のようにな」

 

表情を読み取られたくないのか、口元を覆う扇子が僅かに上に動いたような気がした。

 

玉「同士とも言える者を討つ覚悟を持て。 生半可な思いで挑めば、自らの命を失うことに成りうる」

 

背を向け暗闇が支配する森の奥へと歩きだし、飲み込まれるように森の奥へ消えていった。

重苦しい空気が充溢していたが、沈黙を破ったのは俯いていたラミエルだった。

 

ラミエル「俺は、あいつのことを理解できてなかったみたいだな。 覚悟もなしに、人間社会に溶け込むなんてこと、生半可な思いじゃできやしないだろうな。 況してや同族殺しなんて、相当の覚悟がなけりゃ無理だ。 俺の知ってる限りじゃ玉は残忍非道な奴じゃねぇしな」

 

先程までの昂っていた感情は修まり、静謐な気分へと変わっていた。

 

翔琉「玉は無闇に命を奪い取る行為を嫌っている。 尾黒の命を奪ったのは、熟考を重ねて出た決断だった筈だったんだ」

 

真琴「私も狐の妖怪だから玉の気持ちは少なくとも察することはできる。 罪を犯した者とはいえ、命を奪うなんてことしたくないもん。 中には躊躇なく殺す非道な奴もいるだろうけど、私達はそんなことはしない」

 

玉も以前は妖怪達を率いる頭領の一人として君臨し、敵対する人間を容赦なく力で捩じ伏せ、人間や妖怪さえも恐れ戦く存在だった。

数え切れない程の命を奪い刈り取ってきた。

 

人間と妖怪との争いの終止符を打つ戦いで、生き残った玉と轟は翔琉の先祖でもある当時の陰陽師に破れ、殺される筈だった。

だが、陰陽師は二人の命を奪うことはせず、罪を償わせるために生きろと言った。

最初は屈辱しか感じなかった。

低俗な人間に敗北した自らの嫌悪感、羞恥の念、憫然たる思いが募り、死んでしまった方が楽だと思える。

そんな彼等に、陰陽師は二つのことを教えた。

 

一つは、人間の命と妖怪の命、この世に生きとし生けるものは全て平等だということ。

 

もう一つは、命の重さについて。

 

玉と轟は最初は戯れ言だと思い言葉を右から左に流していた。

だが妙に説得力があり、何回か教えを聞く度に、死んでいった妖怪達のことを思い浮かぶようになった。

 

何人の同士が死んだ?

 

五体満足に生き残った者はいたか?

 

戦いの中で幸せに満ちた者はいたか?

 

どれだけの同士が死んだ?

 

どれだけの人間が死んだ?

 

苦痛な妖怪達や人間達の絶叫や怨嗟の声が頭の中に鳴り響き、吐き気を催す。

次第に自らが行ってきた行動に疑問を感じ始める。

 

多くの犠牲者を出した戦いに、何の意味があったのか?

 

人間達を殺し滅ぼし、その後に何が残ったのだろう?

 

多くの同士を減らしてまで成し遂げなければならなかったのだろうか?

 

何日も悩み熟考した。

そして、自分達がしてきた行いが如何に愚かで生きる者として遊離しているのかを知った。

数多の命を奪った償いとして、せめて罰を受けると約束した。

人間達が下した罰は、戦いにより崩れた国を再建することだった。

体罰等の重罰を覚悟していた二人は困惑した。

失礼を承知で何故重罰ではないか尋ねた。

人間達の中にも、無意味に妖怪を傷付けた者も幾人か存在し、戦いとは言え、人間達も同じように妖怪の命を奪ったことに変わりはないという意見があったためだと語った。

人間達は被害者側だと言うのに、自らにも罪があると認容し肯定する姿勢に二人は心を打たれた。

 

以来、二人は妖怪と人間が手を取り合って過ごす世界を目指そうと決意し、現在でも更により良い環境になるよう日々奮戦している。

 

当然だが、妖怪の頭領である人物が突如敵であった人間達と共存する策に反対する者は多く、八割以上の数の者が外れ去っていった。

最初は困惑している者もいたが、人間と共存したいと望み願う気持ちが芽生え、真琴のように人間の助力となるよう活動している者が増え続けており、時間は掛かるが徐々に良い方向へと進んでいる。

 

真琴「玉と轟は数百年以上の時を生きて、一生懸命人間との有効な関係を築こうとしている。 生半可な気持ちじゃ絶対に無理なことなの。 私も妖怪だから分かる。 全てを理解してもらえるのは無理かもしれない。 だけど…!」

 

翔琉「真琴……」

 

真琴は人間に協力する立場上、妖怪は忌々しい存在だと考える人間や妖怪からも忌み嫌われる場合が多々ある。

周囲の目から避けられる運命を幾度となく経験している玉と轟を見ていると、自分も同じ立場にあるようなものなので、二人の思いが理解できる。

辟易しない真琴だが、人間に協力する立場になり始めた頃は、周囲からの目と嫌がらせを気にして呻吟している頃もあった。

 

真琴の過去を知る翔琉は俯き涙が浮かぶのを必死に堪える真琴の気を少しでも落ち着かせようと背中をさすった。

 

ラミエル「ありがとよ真琴。 少なくとも俺は理解したぜ。 あいつらなりに、苦悩しながらも人間と妖怪が共存できる社会を作ろうとしてるんだな」

 

翔琉「……この気配は…!」

 

ラミエル「どうした翔琉?」

 

翔琉が不意に目を見開き後ろを振り向いた。

 

翔琉「強い力を二つ感じ取れた。 一つはアイリのもの。 もう一つは悪魔のものだ。 ルシファーよりも強力だ」

 

陰陽師として邪悪な気には嫌でも敏感に反応してしまう。

感じ取れる気は上級妖怪よりも遥かに上回っており、ひりひりとした力が肌を撫で回す。

行くべきではないと本能が警鐘を鳴らす。

だが見逃す訳には到底いかない。

異世界から来襲した邪悪なる存在を見てみぬ振りなどできない。

陰陽師としての使命、そして、アイリを守るというリョウとの約束を果たすために。

 

翔琉「ラミエル、戦闘続行は可能かい?」

 

ラミエル「例え満身創痍だったとしても俺は行くぜ?」

 

翔琉「頼もしい限りだよ。 真琴、行けるかい?」

 

真琴「うん…私もアイリを助けたい。 涙なんて流してる暇はないよね! それと、心配してくれてありがとう、主」

 

乱雑に涙を拭い、顔を上げ頬を叩き気合いを入れ直し、翔琉にウインクを飛ばした。

彼女らしくもあるが可愛らしい動作に思わず頬が緩むと同時に紅潮していくのが分かり目を背けた。

 

ラミエル「お前らの仲の良さには嫉妬するぜ」

 

翔琉「……さて、気を引き締めて行こう」

 

ラミエルの言葉を華麗に右から左に流し、呪符を取り出し歩み始める。

ルシファーが去った現在、この場で強力な力を持つ悪魔は一人しか存在しない。

 

サタンフォーの一人、アンドロマリウス。

 

 

~~~~~

 

 

ラミエル達とルシファーが戦闘を行っていた場所より少し離れた森林の中。

木々達の葉や枝が揺れていない、無風地帯となっている場は沈黙が支配しており、太陽の光が葉や枝により遮られているため薄暗く不気味な雰囲気が周囲を支配している。

無音の空間の中、落ち葉を踏み締め歩む音が聞こえる。

草木を掻き分け歩みを進めていた者は、黒色の甚平を着た屈強な男性だった。

 

三大妖怪の一人、酒呑童子の轟。

 

拳には血が付着しており、この場に来るまで戦闘を行っていたことが分かる。

だが付着していた血は轟のものではない。

アイリ達がアンドロマリウスの技で飛ばされた後、玉と共に村へ訪れた際、悪魔兵や天邪鬼、悪魔兵が召喚したヘルハウンドやグレムリンと交戦していた。

玉には先に行くように促せ、轟一人で大軍を相手にした。

数は全体で三百は越えており、数の暴力とは正にこのことだろう。

塵も積もれば山となる、という言葉が存在するが、轟には通用しない。

敵に妖怪がいたため無益な殺生はしたくはなかったが、心の葛藤をかなぐり捨て、圧倒的な力で迫り来る大軍を払い除けた。

ラミエル達と相見えた悪魔兵達が圧倒的に少なかったのは、轟が殆どの数を相手にしていたからだった。

 

轟「はぁ…面倒だな。 何で俺がこんなことをしなくちゃならねぇんだ。 同士を殺してまで…。 だが、他でもないリョウの頼みだ。 しなかったらリョウに殺されちまいそうだし」

 

愚痴を溢しつつ歩みを進める。

玉と同様、妖怪を討つことなど願い下げなのだが、お互い成せばならない目的があるため、致し方なかった。

目的のためならば同士を討ってもいい筈がない。

重々承知なのだが、如何なる手段をもっても心が痛む。

頭で整理できている筈なのだが、辛いものだった。

大きな溜め息を吐き歩みを進めていると、木々が生い茂っていない開けた場所へやって来た。

その中央には幼い少年と少女がいた。

 

轟「よう、玉。 カイの様子は…芳しくないみてぇだな」

 

アンドロマリウスにより飛ばされ一人で行動していたカイの様子を伺い、轟の顔付きが険しいものとなった。

翔琉達と別れここまで辿り着いた玉は扇子で口元を覆っているため表情は視認できないが、轟と同様の顔付きとなっていた。

 

 

カイ「うぅ…が、ぐあああ…ぐうう…!」

 

異常なのは誰が見ても明白だった。

 

腕は垂れ下がり、猫背になっており、下へ俯き唸り声を上げ、口からは血が混じった涎が何滴も滴り落ちている。

普段の朗らかな表情から一変し、おぞましい表情へ豹変していた。

体全体からは赤黒いオーラのようなものが溢れ出ており、陽炎のように不気味に揺れている。

更に異様なのが、彼の周囲の地面に乱雑に散らばっている複数の死体だった。

ある者は手足がなく、ある者は頭部がない。

更にある者は原型が留まらない惨たらしい姿と成り果てている。

地面は死体から噴出した鮮血により深紅に染まっており、凄惨な有り様になっていた。

 

玉「人喰い妖怪だったというのは真実じゃったか。 じゃが、ただの人喰いではないのう」

 

轟「あぁ。 闇を喰らってやがる。 現に体から溢れ出てるしな。 …どうする? 闇を封じ込める事しかできねぇぞ」

 

カイは人喰い妖怪だった事実はリョウから伝えられていた。

玉と轟は瞬時には気が付いたが、妖怪まで喰らうどころか、闇を喰らうとまでは伝言にはなかった。

 

この世界の妖怪ではないとは言え、奇怪な存在だった。

数百年という時を生き博識な二人でも畏怖の念を感じている。

生まれて間もないであろう幼い子供の妖怪が放つ力量ではない妖気を放出している。

 

野放しにすれば、必ず死人が出る。

 

何故リョウと時空防衛局はカイを匿っているのか?

 

疑問が浮かぶが一刻を争う事態なため考慮している暇はない。

いつ何時暴走しても可笑しくはないカイを鎮めなければならない。

 

轟「力ずくだが、仕方ねぇ。 『地打轟撃』!」

 

勢いよく右手で地面を殴り付けた。

カイの真下の地面が盛り上がり爆ぜ砕け散る。

地面が爆ぜる衝撃と砕け散り飛び交う岩石に体を殴打されカイは気を失ったと同時に、溢れ出てる闇は体の中へと戻っていった。

 

轟「驚いたな。 傷一つねぇじゃないか」

 

玉「手加減をしていたとしても、此奴の力が強すぎる故に大した効果はなかったんじゃろう。 リョウめ、凄まじい妖怪を連れて来おって」

 

轟「普段は時空防衛局に預けてるから問題はねぇんだろうが……こいつを時空防衛局本部ではなく、天界とやらに住まわせるようになった理由が何となく分かったぜ」

 

玉「私も合点がいった。 じゃが、得策かと言われると、微妙なところじゃ」

 

轟「手っ取り早くリョウやピコがあの力を使えばいいんだろうが、無闇には使いたくないだろうからな」

 

玉「あの力は下手に使用していい代物ではない。 自然の、運命のままに任せる。 判断は難しいが、正しいことじゃ」

 

玉は取り出した布で汚れてしまったカイの口元を拭き取り体を抱えた。

 

玉「私はカイを連れて戻る。 お主はアイリを助けに行くのか?」

 

轟「いや、俺は行かねぇ。 否、行く必要がない」

 

玉「……ほぅ、たしかにそうじゃな。 私達が出る幕はなさそうじゃ」

 

嫌でも感じ取れた、異世界から来訪してきた『あいつ』の力を。

玉と轟ほどの実力者ならば気が付かない方が可笑しいほどに。

凄まじく大きな力の波濤が肌に直撃する。

 

その力は、アリスに匹敵するほど膨大だ。

 

轟「暫く会ってはいないが、腕を上げたようだな」

 

玉「アリスと並ぶ実力者じゃからのう。 成長速度も異常じゃ。 アリスほど児戯な思惑をしてはおらぬから、心配はないじゃろう」

 

轟「調子に乗ってこの森を丸ごと刈り取られそうな気がしてやまないが…」

 

玉「やめておくれ…思考しないようにしていたんじゃ。 アリスと同様、やりかねんから末恐ろしい」

 

二人が語る『あいつ』の力とアリスの様にお巫山戯を通り越して大惨事に成り得ることに鬼胎を抱きつつ、何事もなかったかのように寝息を立てているカイを連れ帰路に就いた。

 




小説書くのは生き甲斐です
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