ワールドゲートを通り、天界へと戻ってきた。
数日しか経っていないというのに、郷愁に駆られていたのか、懐かしい感覚に浸ってしまう。
我が家に帰省した喜びも束の間、アイリは玄関に無造作に靴を脱ぎ捨てリビングへ一直線に走り扉を破る勢いで開けた。
リビングには驚いた表情で入室したアイリを見つめるカイと、居る筈のないシャティエル、そして見覚えのない人物だった。
二本のアホ毛が目立つ鮮やかな深紅色のショートヘアーに、前立てにフリルが施され肩が露出した白色のシャツに黒色の短パンを着こなす、同姓であるアイリでも可愛いと思える整った顔と容姿の人物が椅子に座っていた。
カイ「アイリー! おかえりー!」
見知った顔を見て笑顔を咲かしたカイが走り出し、アイリはしゃがみ溌剌とした小さな体を抱き締めた。
アイリ「ただいま。 良かった…無事で良かった…」
カイ「カイはだいじょうぶだよ! アイリ、おつかれさま!」
カイが無事であることに安堵し、二度とカイを危険な場面に直面させないと心の奥にまで染み込ますように誓った。
遠因ではあるが、己の力が及ばず側に寄り添い守護できなかったため、自責の念を感じていたが、カイの燦然な笑顔を視界に入れると、今だけは純粋なカイの温もりに癒されることにした。
シャティエル「アイリさん、ご無事で何よりです」
緩やかな足取りでシャティエルが近寄りしゃがみアイリと視線を合わせる。
アイリ「シャティ……ごめん、ごめんね! あたしが頼りないばっかりに、致命傷を負わせちゃって…!」
シャティエル「気にしないでください。 研究所を任せてある理緒さんに修復され、もう何の問題もありません」
アイリ「でも、でも! 私のせいで…」
カイの件もあり自責の念に押し潰されそうになっているアイリに、シャティエルは手を伸ばし包み込むようにアイリの手に触れる。
シャティエル「アイリさん。 私はアイリさんが、皆さんが笑顔でいてくれるのが、何よりの望みであり、私の幸せです。 もし、私や他の誰かが敵に襲われ危機に陥っていれば、アイリさんは迷わず守るために力を行使して立ち向かいますよね?」
アイリ「え、それは勿論だけど…」
シャティエル「私も同じです。 仲間が負傷し苦しむ姿など、見たくはありません。 ですから、私は大切な存在であるアイリさんが傷付かないために戦っただけです。 単純な理由だと思うかもしれませんが、体が勝手に、自然と動き守りたいと瞬時に回路で計算される程に、私にとっては重要なことなのです。 失いたくないからこそ、全力を尽くせるのです」
アイリ「シャティ…」
シャティエル「今の状態を確認すると、恐怖を乗り越えられたのですね。 アイリさんが無事なだけで、私は満足なので、ですから気にしないでください」
女神のように屈託のない優しい微笑みと、純粋な温もりが込められた言葉に思わず涙腺が緩むも気力を振り絞り耐える。
己の身が削られ不利な状況にあったにも関わらず、拘泥することなく精神が薄弱としていた自身のために身を挺して守ってくれた。
心を持ち、未だに知り得ていないことが数多くある彼女だが、他者を思いやる汚れのない清らかな思いは、人間と変わらない。
アイリ「ありがとう、シャティ。 私なんかのために」
シャティエル「私なんかなどと言わないでください。 アイリさんは自身が思っているよりも魅力的です。 他者を思い行動する点です。 カイさんを思いやる気持ちや、ディーバを守るため危険分子に臆することなく立ち向かい、そして、リョウさんと共に私に心を教えて下さり、世界の美点を教えて下さる、半端な志では為すことはできません。 自身を過大評価してもいいほど、アイリさんには素晴らしい点があるのですから、己の行動を信じてこれからも精進していってください」
アイリ「……うん! ありがとうシャティ!」
感情の籠った激励の言葉に感極まり、アイリはシャティエルに勢い良く抱き付いた。
仰け反ることなく抱擁を受け止めたシャティエルは微笑みながら赤子を癒すかのようにアイリの背中に手を回し撫でる。
リョウ「カイもシャティエルも無事で何よりよ」
入室する機会を伺っていたのか、タイミング良くリョウとピコが入室した。
カイは二人の姿を見ると、再び咲き誇る笑みを浮かべ喜びの表現を具現化するようにリョウの足へ抱き付いた。
シャティエル「リョウさんが負傷した私を研究所まで運んでくれたと伺っています。 ありがとうございます」
リョウ「当たり前のことをしただけよ。 シャティエルがアイリ達を失いたくないように、わし達もシャティエルを失いたくはないからね」
表には出してはいなかったが、損傷した箇所がを多かったため、修理が間に合わず異常が残り後々に響かないかと肝を冷やしていた。
時空防衛局の中でも群を抜いて頭脳明晰で優秀な理緒達研究者の働きにより完璧と呼べる程に修理されており、リョウも安堵し胸を撫で下ろした。
アイリ「リョウ君、どうしようもないあたしに天使が降りてきたよ」
リョウ「お前も天使やろう。 良かったな、二人とも無事で。 アイリも無事に立ち直れたことやし」
アイリ「立ち直れたのはリョウ君達のおかげだよ。 カイ君とシャティが無事でいられたのも、みんなの協力があったからこそだよね。 今度みんなにお礼を言わないと。 べ、別に、リョウ君だけに感謝してるわけじゃないからね!」
リョウ「テンプレなツンデレ、乙」
?「リョウ君!!」
先程まで口を挟まずアイリ達の様子を眺めていた人物がリョウの名を呼ぶなり、駆け足で近寄り満面の笑みで忌憚なく首の後ろに手を回しリョウに抱き付いた。
?「久し振り! 元気にしてた?」
リョウ「わしは相変わらずやで。 アシュリーも変わりはないみたいやね」
アイリ「oh…お熱い歓迎だね…」
誰が見ても美人な系統に入るアシュリーと言う少女が人目も気にせず、懸想な相手に飛び掛からん勢いで抱擁し、円満具足な表情を浮かべている姿を見ると、先刻結ばれた翔琉と真琴の時とは異なる雰囲気に、思春期なアイリは見てるだけで恥ずかしくなり頬を紅潮させていた。
大胆な行動に移っていたことを認識したアシュリーはリョウから離れ仄かに頬を赤く染め顔を綻ばせる。
アシュリー「あはは…恥ずかしいなぁ。 確か、アイリちゃんだったよね? ボクの名前はアシュリー・レッドライト。 リョウ君やアレク君達の友人だよ。 よろしくね」
腕を伸ばし握手を求められたので、アイリは快く応えるためアシュリーの手を取り握手をした。
か細く繊細な指は透き通るようで、白魚の様に美しい。
リョウ「アシュリーが二人をここまで連れてきてくれたんよね?」
アシュリー「うん、そうだよ。 褒めて褒めて♪」
機嫌良く微笑む幼さが残るアシュリーの愛愛しい姿を見れば、世の男性は虜にされるだろう。
下心が一切皆無なリョウは見慣れているからか、特に動じることなく応答する。
リョウ「ありがとな。 手が離せない状況続きやったから助かったよ」
アシュリー「えへへ。 リョウ君のためなら喜んで、だよ! ……あれ? アレク君とアリスちゃんと一緒じゃなかったの?」
アイリ「言われてみたらそうだね。 ワールドゲートを通った時は確かに一緒にいたのに。 オワニモされちゃったのかな?」
リョウ「ワールドゲートを通った時にアリスが間違えて別世界に繋いでたからここにはいないよ。 途中でわしが修正したからわし達は天界に来ることができたけど」
アイリ「どういう間違いなんだってばよ。 でもアリスちゃんなら有り得そう」
リョウ「さっき携帯にメッセージ来たから分かったけど、アレクも巻き添えくらったみたいやわ」
上着のポケットから携帯電話を取り出し、連絡用アプリの通知により画面に表示されたメッセージをアシュリーに見せる。
[悲報]カマバッカ王国に来ちゃった[助けて]
規格外な力を持つ二人ならば天壌無窮に広がるどの世界に降り立ったとしても到底野垂れ死ぬことはないだろうが、流石のアシュリーも今回の件に関しては苦笑いを浮かべる。
アシュリー「た、助けなくても大丈夫かな?」
リョウ「ほっときゃええよ。 一日もせん内に来るやろうしな」
呆れたように息を吐き携帯電話を収めると、踵を返しリビングから退室しようと歩きだした。
アイリ「あれ? 何処か行くの?」
リョウ「ピースハーモニアの世界にいるラミエルを迎えに行ってくる。 序にドームの修繕作業が引き続いているなら手伝うつもりやから、少し遅くなるかもしれへん」
シャティエル「私も随伴致しましょうか?」
リョウ「大丈夫よシャティエル。 アイリ達と一緒にカイの面倒を見ててやってくれへんか?」
シャティエル「了解しました。 では、お気を付けて」
アシュリー「えー。 折角久し振りにリョウ君に会えたのに」
菓子や茶を啜りながら他愛のない話をし、安穏な一時を満喫しようとしていたが、出会って数分経たない内に外出してしまうことが気に食わないのか、頬を膨らませている。
リョウ「今日中には帰るから、アイリ達と団欒してティータイムを楽しんでてくれ」
アシュリー「もう、絶対帰ってきてよね。 じゃあ…」
未だに頬を膨らませるアシュリーは約束の厳守を誓うために小指を出した。
アシュリー「約束、守ってよね…?」
リョウ「はいよ。 絶対帰ってくるよ」
必ず帰還することを誓うためアシュリーの出した小指に自らの小指を絡ませ指切りした。
言質を取り満足したのか、可愛らしく笑みを浮かべたアシュリーは想い人を送るようにヒラヒラと手を降る。
アイリ「パインサラダ作って待ってるからね!」
リョウ「おい、死亡フラグ立てんな。 まぁ行ってくるわ」
カイ「いってらっしゃ~い!」
無邪気に手を振るカイに手を振り返し、慣れた手付きでワールドゲートを出現させ、扉から零れ漏れる光の中へ入り、視認できなくなるのと同時に扉は消えた。
アイリ「忙しそうだなー。 いつ帰ってくるかも分からないし、ティータイムに入ろうか」
シャティエル「私が飲み物と菓子を準備致しますので、アイリさん達は席に着いていてください」
アイリ「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。 ありがとねシャティ。 あたしはアイスコーヒーで、カイ君にはオレンジジュースでお願い。 アシュリーちゃんは何にします?」
アシュリー「ちゃ、ちゃん……あ、えっと、ボクもアイスコーヒーでいいよ」
一瞬眉を寄せ言葉が詰まりながらも注文をし終え元々座っていた席へと戻った。
アイリもカイを抱えアシュリーと対面するように席へ座る。
アイリ「アシュリーちゃんって時空防衛局の人なんですか?」
アシュリー「ううん。 ボクは時空防衛局には属してないよ。 でもリョウ君達とはかなり付き合いは長いから、時間や予定が空いているときは手伝ったりはしてるよ」
アイリ「会って早々抱き付いちゃうくらいには仲がいいですもんね」
数分前まで翔琉と真琴の、見ているだけで砂糖を吐き出しそうになる甘すぎる光景を目にし、先刻首に抱き付く美少女を見て耐性が付いてしまったのか、悪戯っぽく微笑む余裕を見せている。
初対面の人間に羞恥な醜態を晒してしまった光景が脳裏を過りアシュリーは再び頬を紅潮させてしまう。
アシュリー「もぉーアイリちゃん、イジワルだよ」
アイリ「あはは、ごめんなさい。 可愛かったからついからかっちゃいました」
アシュリー「か、可愛い…」
アイリ「ん? どうかしました?」
アシュリー「う、ううん、何でもないよ! アイリちゃんって天使になってリョウ君と一緒に行動する時が多いから戦闘する場面にも遭遇すると思うけど、戦闘には大分慣れてきた?」
アイリ「うーん…少しはってところですね。 あたしまだまだ弱いから強くならないと勝てない相手は多いし、守ることもできないから」
リョウや結愛に鍛えてもらった戦闘を含めず実戦だけで言えば、指で数える程度しかない。
数少ない戦闘の中で、自身の持てる力を誇示し、感覚を研ぎ澄まし臨機応変に迫り来る強敵と対峙してきたが、戦闘に慣れたかと言われると、そういうわけではない。
殴打される痛み、刃物で斬り裂かれる痛み、可能ならば一生味わいたくない死の恐怖。
どれを挙げても経験したくもない事柄ばかりではあるが、現在はリョウ達の助けにより戦うことができているが、アンドロマリウスの件で転生前の記憶が甦り、戦意喪失するにまで精神が削られてしまった。
走馬灯のように流れる死の体験を思い出すだけで身震いするが、カイや他の知人が致命傷を負ったり死んでしまう方が倍以上に恐ろしい。
アイリ「失いたくないからこそ、あたしは恐くても戦えるんだと思う。 戦わず逃げたら、後で絶対に後悔するから」
アシュリー「…アイリちゃんは凄いね。 元々は現実世界に住んでいた普通の女子高生だったのに」
己の力を信じ仲間を守りリョウの助力のために必死で奸邪な存在と渡り合う勇壮な姿勢は女子高生の一般人とは到底思えない。
真っ直ぐ見据える視線は嘘偽りのない精悍なもので、妄言を吐いている筈がないと断言できるほど。
アイリ「実際に体験してみると怖いことは多いし大変だけど、あたしはファンタジーとかに憧れてたオタク美少女だからね♪」
アシュリー「昔のリョウ君みたいなこと言うね」
アイリ「リョウ君も前はそんなこと言ってたの? それは初耳」
アシュリー(寵愛してはいても、いや、しているからこそ過去の事は詳しく話していないんだね)
アシュリーもリョウの過去の事を知っているようで、本人の承諾も無しに流暢に過去を話したくはなかったため、言える範囲でのみ話そうと慎重に事柄を選び口を開く。
アシュリー「実はリョウ君もアイリちゃんと同じ現実世界出身の人間なんだ」
アイリ「え、そうなの!? 言ってくれれば良かったのに…。 ということは、リョウ君も元を辿ればあたしと同じ一般人だったってことだよね?」
アシュリー「そうらしいよ。 ボクも詳しくは知らないけど、アイリと同じで何かに巻き込まれたせいで異世界に漂流しちゃってピコ君のいる世界に辿り着いてしまったってところまでは聞いてるよ」
アイリ「ピコ君とは旧知の仲だったんだ。 仲が良くてコンビネーションも抜群なのが納得できる。 あとあたしがいた世界のネタに詳しいことも。 ん? アレク君やアリスちゃんもあたしのいる世界の色んなネタに詳しいけど、二人も現実世界出身だったりするの?」
?「それはあの二人が現実世界の漫画等の娯楽が好きだからですわ」
再びリビングにワールドゲートが出現し、中から時空防衛局を束ねる最高責任者、ユンナが悠然と出てきた。
窈窕たる雰囲気を醸し出すスタイル抜群の女性に、同姓であるアイリでも見惚れてしまう。
カイ「ユンナー! おひさー!」
ユンナ「あら、カイ。 お久し振りですわね。 お利口にしてました?」
カイ「うん! カイ、えらい?」
ユンナ「ええ、とても偉いですわ」
時空防衛局で身を預かっていた頃に顔を合わす機会が多かったため、カイはユンナの顔を見るとアイリの膝の上で飛び跳ね喜びを体現していた。
シャティエル「あの、どなたでしょうか?」
頼まれた飲み物を乗せたお盆を持ったシャティエルがキッチンから出てきた。
本来なら侵入した者に対し即座に武装を展開していただろうが、カイの知人なら不審者ではないと認識したためか、警戒はしていなかった。
ユンナ「紹介が遅れてしまいましたわね。 私はユンナ・ヴィクトリア。 時空防衛局の最高経営責任者ですわ」
アイリ「時空防衛局のお偉いさん…トップに立つ人ってことだよね? わぁーお、おっどろきー!」
ユンナ「あなたがアイリさんですね? リョウさんから常々お話を伺っておりますわ。 以後、お見知りおきを」
気品ある挨拶振りに緊張し気が張ってしまい、アイリは深々と頭を下げた。
アシュリー「ユンナちゃん久し振り! 多忙そうだけど、元気そうで良かった」
ユンナ「あらアシュリーさん。 ご無沙汰ですわね。 今日はアシュリーさんはユグドラシルの警護は非番でしたかしら?」
アシュリー「そうだよー。 リョウ君から頼まれ事があってここにいるってところかな」
ユンナ「相変わらずリョウさん一筋ですわね。 例えリョウさんとは言え、珍妙な頼み事に首を縦に振ってはなりませんからね」
アシュリー「えぇー、リョウ君はそんな変なこと頼んでこないから大丈夫だよ」
余程リョウに絶大な信頼を寄せているのか、ユンナの発言に対し否定の言葉を言い頬を膨らませている。
ユンナ「確かにアレクさんやアリスさんではないので大丈夫とは思いますが」
アイリ「分かりませんよ~。 リョウ君も男の子だから、猿…じゃなくて狼に変身して色欲が芽生えるかもしれない。 例えばユンナさんの豊満な胸を鷲掴みにしろとかアシュリーちゃんに言うかもしれない」
アシュリー「ふぇ……!?///」
ユンナ「た、例えアシュリーさんでもそれは許せませんわ! それに何故アイリさんは私の胸を凝視しているのですか!」
アイリ「いや、何を食べればそんな立派なメロンに育つのかなって思いまして。 …うん、でかい(確信)」
ユンナ「……はぁ、話を伺ってはいましたが、予想以上にアレクさんやアリスさんと同等の思考をお持ちのようですね」
アイリ「褒めても何も出ませんよ~?」
シャティエル「私が推測するに、貶されていると分析しましたが…」
アイリ「シャティエルに言われると信憑性高い。 あたしもう穴掘って埋まってますぅ!」
乱心した演技をしながら何処からともなく取り出した金色のスコップで床に穴を開けようとしていたが、アシュリーが慌てて止めに入る。
アシュリー「アイリちゃん、落ち着いて、ね?」
アイリ「大丈夫、掘ったりしないよ。 スコップを極めし者であるあたしは先端から波動砲を撃つことだってできるんだから!」
アシュリー「ど、どういうこと?(汗)」
ユンナ「真に受ける必要はなくってよ。 アレクさんやアリスさんが日頃から述べる現実世界のネタでしょうから。 最も、彼等の場合は冗談のつもりでも本当に再現してしまうのが末恐ろしいところですが」
アイリのボケを白眼視しながら優雅な足取りで椅子に着席した。
各々の飲み物が入ったコップを置き終えたシャティエルはユンナの注文を伺う。
ミルクティーを要望し、承ったシャティエルは再びキッチンへと向かう。
ユンナ「リョウさんに御用があったのですが、一緒ではありませんでしたの?」
アイリ「さっきまでいましたよ。 ピースハーモニアの世界に行ったみたいですけど、直に帰ってくると思うのでユンナさんもティータイムを楽しみましょう♪」
ユンナ「あら、入れ違いでしたのね。 まぁいいですわ。 ドームの損害賠償や報告書等の執務が幾つか残っていますが、時には息抜きも大事ということで、御一緒させてもらいますわ」
一時の休息を得て口を抑え微笑む姿も優雅で、容姿端麗美麗な彼女に見惚れてしまう。
美麗な彼女の後ろに映る、喫茶店の店員程に手際良く飲み物の準備を行っているシャティエルに感心しつつ、運ばれたアイスコーヒーに口を付けた。
目線を一瞬だけ逸らしたその瞬間、気付いてしまった。
信じ難い衝撃を目に焼き付け口に含んだコーヒーを吹き出しそうになるも、周囲に飛散しないよう注意を心掛け、カップにコーヒーを吐き戻した。
ユンナ「ちょっ!? アイリさん汚いですわよ!」
アイリ「い、いや……あ、あれは……」
品格のない行為に不快な表情を浮かべ注意をするも、アイリは震える声で一点を注視している。
何事かとユンナとアシュリーが目線を移すと、瞬時にして二人の背筋が凍り付いた。
白色の漆喰の素材で造られた肌触りの良い綺麗な壁。
純白の壁を見ると、小さな漆黒の物体があった。
誰もが同等の経験をした記憶があるのではないだろうか。
ふと何気無く視線を移した時、外出から帰宅した時、深夜に目覚めトイレへ向かう途中電気を付けた時、何処からともなく姿を現す。
『奴』は人間に害を為すことは一切行わないが、禍々しい外見や俊敏な動きに不快感を覚え、身を震わせ戦慄したことだろう。
人間界の嫌われ者であり、害虫の代表格と呼べる昆虫、ゴキブリがアイリ達の家に襲来した。
アイリ「いたぞおおお!! いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
チェーンガンをフルパックしそうな雄叫びが家全体に轟いた。
家で1匹見れば20匹はいるって本当なんですかね?