皆さんはどうでしたか?
アイリ「その日、人類は思い出した。 ヤツらに家を支配されていた恐怖を…」
ユンナ「何を一人で呟いていますの? 緊急事態ですわよ」
リビングを急ぎ退室し、玄関ホールで緊急の作戦会議が行われていた。
会議と言うほど大層なものではなく、端から見れば大袈裟なのだが、アイリ達にとっては重要以外の他ならない。
闘諍とは無縁なリビングに、突如音もなく忍び寄り、談笑の場を絶叫の合唱に包み込んだ邪悪なる存在を排除すべく案を思考し練っている真っ最中にあった。
アイリ「まさか天界にもゴキブリが存在するなんて思わなかったよ…」
ユンナ「天界にはゴキブリという生物は存在致しませんわ。 恐らくワールドゲートを開いた瞬間、若しくは時空の歪みに巻き込まれ偶然ここに来てしまった、と言ったところでしょうか」
アイリ「それって異世界の生物が来たってことでしょ? 色々アウトなんじゃないの?」
ユンナ「ええ、アウトですわ。 迅速に処理する必要がありますわ。異世界の生物がその世界で繁殖すれば生態系が狂う可能性もあり得ますし、種によっては世界が滅びることもあり得ますのよ」
アシュリー「そうだね。 ボクも殺処分するのに賛成」
余程ゴキブリを忌み嫌っているのか、元の世界に戻す案や時空防衛局で保護する案を出す前に、揃いも揃って殺処分する意向となった。
罪のないゴキブリを殺す罪悪感や哀れみの感情が浮かばない殺伐とした雰囲気にある最中、シャティエルが質問を投げ掛けた。
シャティエル「一瞬しか目視できていないのですが、そのゴキブリという生き物は、皆が恐れるほどの脅威となる存在なのですか?」
アイリ「脅威でしかないよ! コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実に脅威だよ! どれだけ薄い隙間だろうが入り込むしゴミ箱からも出てくるし長い触覚に脂ぎった羽や無駄に動きが素早くって気持ち悪いの他ならない! それだけじゃなく繁殖能力も高いし家で一匹見掛けたら数十匹いるとも言われている! 薄っぺらい体のくせに無駄に頑丈でしぶといし体内に居る微生物のお陰でたんぱく質が乏しくても生きていけるけど飢えていると人間の髪や垢なんかも食べる雑食っぷり! 清潔感なんて一欠片も感じさせない外見はこの世のものとは思えない! 火星に送り込んだら人間サイズにもなるし宇宙人の正体がバカでかいゴキブリだったりもするんだよ! 唯一許せるのはウルトラビーストであるあいつだけでそれ以外はあたしは許さないハイスラでボコる! 慈悲など必要ない天使の名において一匹残らず駆逐してやる!」
饒舌に早口で吐き出されるように忌み嫌う存在を語るアイリの目は血走っている。
過剰な反応を示す様にユンナとアシュリーは苦笑し若干引いており、カイに至っては何のことか分からず首を傾げている。
シャティエル「アイリさんが必死になり、皆さんが血相を変え部屋の外へ逃走した理由に納得がいきました」
ユンナ「シャティエルさん、殆どの内容が戯れ言なので真摯に受け止めなくても大丈夫ですわ。 それで、誰があの虫を退治いたしますの?」
ユンナの問いに、アイリとアシュリーは挙手することはない。
精神的に受け付けない忌み嫌う生物を相手に自ら進んで行いたくはないのは誰でも同じであろう。
況してや、アイリとアシュリーは虫が苦手で触れることができない。
対するユンナは虫を触ること自体は問題ないが、自主的に触るほど抵抗がないわけではないため、可能ならば他人に任せたいのが本音だった。
アイリ「よ、よーし、あたしが一番手を行くよ!」
震える声で虚勢を張り、跋扈する小さな侵入者を倒すため立ち上がる。
数センチ程の特に害のない昆虫に怖じ気付いていては、到底悪魔と対峙することなどできない。
戦うことの恐怖心を克服した己の新たな試練として、嫌悪する存在を相手にすると決意した。
シャティエル「アイリさん、大丈夫ですか? 恐ろしい相手なのですよね?」
アイリ「見るだけでも嫌な相手だけど、今のあたしなら大丈夫…と思う。 対抗策ならしっかりあるから!」
懐から取り出したのは、二本の殺虫剤。
器用にくるくると回し両手で握り特撮ヒーロー宛らのポーズを決める。
カイだけが無邪気に笑みを浮かべ拍手をし反応してくれていたが、ユンナの艶然とした表情を見て気恥ずかしくなり咳払いをして誤魔化した。
アシュリー「頼もしい限りだね♪」
アイリ「でもやっぱり怖いけどねー。 いざとなったらガーンデーヴァを使わないと…」
シャティエル「家が破損だけで済まなくなります。 リョウさんに後で怒られてしまうのでは?」
ユンナ「フォオン様が用意して下さった豪邸ですわよね? リョウが激怒する姿が想像できますわ」
アイリ「………やっぱり殺虫剤だけで頑張ろう。 フレフレ、あたし! ファイトだよ!」
~~~~~
賑やかだったリビングには誰一人存在せず、蛇口から微少に滴る水滴がシンクに落ちる音だけが響き、変哲もない普通のリビングの筈なのに、不安を促すような不気味な雰囲気に陥る。
怯懦になりながらも必ず倒すと気を奮い立たせ、重々しい足を動かし発見した壁へと迫る。
アイリ「大佐…目標を確認した」
恐怖を誤魔化すため独り言を呟き、テーブルの下に匍匐前進で接近し遂に視界に捕らえた。
『奴』はまだ最初に発見された場所に居た。
アイリ達の住まう家を格好の住み処と思ったのか、この家の主人の顔色など知る訳もなく、威風堂々と壁に張り付いている。
物陰に身を潜めることなく真っ昼間に表に出る昂然たる態度だけは大きい小さな相手に、アイリは気付かれないよう肉薄していく。
アイリ「落ち着いてアイリ。 CQCの基本を思い出して。 今のあたしは伝説の傭兵だよ」
近付くに連れ、心拍数が上がり、次第に呼吸が荒くなっていく。
両手に握られた殺虫剤の発射口は目標を捕らえている。
発射口から薬剤が放たれれば、『奴』は苦しみ踠き予測不能で俊敏な動きで壁を駆け回り、最悪羽を広げ宙を飛び回る可能性もある。
此方に向かってくるかもしれない未来を想像し思わず身震いする。
固唾を飲み込み、意を決してトリガーに掛けてある指に力を込め引いた。
薬剤が散布された直後、『奴』は凄まじい速度で壁を駆け回避行動を行った。
アイリは目で動きを追いつつ再び発射口を向けるが、『奴』は威嚇のためか、襲撃のためか、若しくはアイリを着陸地点と看做したのか、羽を広げ顔面目掛けて猛進してきた。
唐突すぎる予想外の行動と、悍ましい飛翔する姿が視界に映り、恐怖心からか、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまった。
そして、整った顔のその額に華麗に着地した。
アイリ「ウボアアァアァアアアァァアア!!!!」
シャティエル「アイリさん!! どうかなさいましたか!! アイリさん!! アイリさあああああん!!」
奇怪な断末魔を聞き入れ、命の危機に面していると判断したシャティエルが鬼気迫る勢いで扉を破り、アイリの身を確保した。
~~~~~
アシュリー「アイリちゃん、大丈夫?」
カイ「アイリ、よしよーし」
無事救出され、カイに頭を優しく撫でられているアイリは体操座りで足に顔を埋めており、完全に戦意喪失し放心状態となってしまっていた。
ゴキブリはシャティエルが入室した際に扉を破った音に驚き額から離れ、食器棚の下にある僅かな隙間へと逃げて行ってしまった。
シャティエル「アイリさんがここまで追い詰められるとは…相当手強い相手なのですね」
アシュリー「うーん……案外間違いではないんだよね…」
アイリ「ゴメンネ、弱クッテ…」
シャティエル「アイリさんは弱くなどありません。 勇猛果敢に恐ろしい相手に単体で挑みました。 アイリさんの勇敢なる姿を無下にはできません。 次は私が参ります」
アイリの背中を擦っていたシャティエルは立ち上がり、リビングへ歩んでいく。
ユンナ「シャティエルさん、殺虫剤を忘れてますわ」
シャティエル「必要ありません。 私なら家具を破損させることなく正確にゴキブリを殲滅することが可能です」
ユンナ「勇ましい限りですわ。 本来なら私が行くべきなのでしょうが、シャティエルさんの果断に感服致しましたので、アイリさんの仇を討ちたい強い志に答え、私はここで勝利を祈っておきますわ」
アシュリー「それって単にユンナちゃんが行きたくないだけだよね?」
ユンナ「………シャティエルさん、御武運を」
シャティエル「はい、ありがとうございます。 アイリさんのことをよろしくお願いします」
アシュリー「…誤魔化したね」
~~~~~
アイリが入室した時と同様に、閑古鳥が鳴く現状が継続しているリビングに、忍の如く足音一つ立てることなくシャティエルが入室した。
最後に姿を見た食器棚の界隈を余すことなく探索する。
生物の体温が発する赤外線を可視化できる機能、物体のを透視化する機能を駆使し、禍々しい生物を探索する。
『奴』は食器棚の下の隙間に未だ身を潜めていた。
目標の居場所を特定したシャティエルは『光粒子ライトソード』を出し、身を屈め数センチにも満たない隙間へ薄っぺらな光の刃を通す。
僅かな光に驚いた『奴』は暗闇の中を疾走し、更に奥へと進み壁へと追い込まれた。
好機と判断したシャティエルは黒い体を切断しようと更に刃を伸ばし追い詰めるが、『奴』も己の命に危機が迫り黙っている筈もなく、再び俊敏な動きで這い走り始めた。
食器棚の下から脱した『奴』は相手の攻撃手段を撹乱させる曲折した動きで床を駆け回る。
小さな対象物を仕留めるために、太腿の一部を開き、自身の体に収納していた兵器である小型の拳銃、『貫通曲線式レーザーガン』を取り出し砲口を『奴』に向けた。
引き金を引こうとした時には、『奴』は羽を広げ飛び立っており、白魚のように綺麗なシャティエルの手に着地した。
感じたことのない不快な感触が全身を駆け巡る。
拒みたくなる嫌悪感を肌を通して初めて知ってしまったシャティエルは咄嗟の判断で手を激しく上下に振るうも、糊で張り付いたかのように微動だにしなかった。
シャティエル「な、何なのですかこの生物は…。 それに、この感情は……」
嫌悪感を知らないシャティエルは困惑していた。
早くこの生物から目線を剃らしたい、視界から消したい、一刻も早く逃げ出したい。
触れると考えるだけで、体が縮こまるような、跳ね上がるような冷たい何か、悪寒を感じる。
狂騒しても可笑しくない状況は更に悪化する。
嫌悪感に襲われているとも露知らず、『奴』は手から腕へ伝い、首元周辺を駆け回り始めた。
倍以上の不快感が容赦なく襲い掛かり、手にした拳銃を手放し体を駆け回る『奴』を引き剥がそうとするも、冷静な対処や動きを予想する計算等が出来ないほどにまで混乱してしまっていた。
そして、その嫌悪感から直結したように感じたのは、恐怖という感情。
以前、似たような感情が微塵だが感じたことがあった。
翔琉達の住む世界でアンドロマリウスとの戦闘。
アンドロマリウスが浮かべる邪悪な微笑みを見て感じた感情と酷似していた。
無意識に後退る程の大きな何かに圧迫される異様な感覚に陥り、小刻みに体が震える。
コンピューターに異常が起きたのではないかと錯覚する余裕もなく、恐怖に顔を引き攣らせ、瞳に涙が滲み出る。
シャティエル「い、嫌……私では、対処できそうにありません! あ、アイリさん、リョウさん…!」
必死に信頼できる知人の名を泣き喚くように呼ぶ間にも、『奴』は首元から顔へと登ってきた。
シャティエル「あ、あぁ……い、嫌ですっ! アイリさああああああん!!」
アイリ「シャティーーー!! うおおおおおおお!! 命を、燃やせえええええええええええええ!!!!」
畏怖する感情を押し潰したアイリが雄叫びを上げながら
リビングへ駆け込み、シャティエルを無事救出した。
『奴』はアイリに驚きシャティエルから離れ窓際へ走り去っていった。
~~~~~
カイ「シャティ、よしよーし」
アシュリー「そんな、シャティエルちゃんまで…」
精神的に危機に陥っていた状況を脱したシャティエルは座り込み、アイリ達に介抱されていた。
恐怖を心に刷り込まれ怯えるシャティエルはアイリの手を握り締めている。
小刻みに震える手を優しく握り返し、少しでも心が安らぎ和らげるよう片方の手で背中を擦る。
シャティエル「もう、行きたくは、ありません。 視界に入れるだけで、逃げ出したくなるような思考になります」
アイリ「恐かったんだね。 心を持ったからには何時かは感じることだったんだろうけど…それは恐怖だよ。 あたしが、アンドロマリウスと対峙した時に陥っていた状況、あれが、私が抱いていた感情」
シャティエル「これが………恐怖なのですか? アイリさんは、押し潰されそうな、逃げ出したくなる重々しい感情を背負っていたのですか?」
アイリ「すっごく苦しかったよ。 何もかも捨てて逃げ出したくなるし、立ち向かうことすら足が竦む。 でも、リョウ君達のおかげで、あたしは立ち直ることができた。 どんなに恐ろしいものがあっても、前を向いて進む。 一人じゃ乗り越えられないなら、あたし達仲間に頼って。 一人じゃ無理でも、仲間とならなんか行けそうな気がするから」
シャティエル「……ありがとうございます、アイリさん。 恐怖という感情を、少しは理解できました。 ですが、もう体感したいとは思いません」
アイリ「誰も好き好んで感じたいとは思わないよね。 …シャティ、心を持つのが嫌になったりしなかった?」
シャティエル「いえ、それは有り得ません。 博士から頂いた恩恵を、手放そうとなど微塵も思いません。 全てが幸福に満ちたものではない、苦も存在することを、きっと博士はそれすらも知って理解してもらいたかったのだと、私は思っています」
心を持ったからには、何時かは得る感情の一つである恐怖。
楽しいや嬉しい、陽となる感情もあれば、悲しいや怖い、陰となる感情も存在する。
心を持ったばかりのシャティエルは感情を理解できていない赤子の様な状態。
博士を失った悲しみに加え、今回の件により恐怖という感情を知り心に深く刻み植え付けられ、心を手放したくなったのではないかとアイリは一抹の不安を覚えた。
だがアイリの不安は杞憂なようで、シャティエルは負の感情すらも、博士から与えられた捨て難い恩恵と捉え、受け入れていた。
赤子同然と言えようシャティエルの早熟な在り方や心の強さに改めて感嘆する。
アイリ「なんだか親の気持ちが分かったような気がする。 あたしはキメ顔でそう言った」
ユンナ「ふざけてる場合ではありませんわ。 二人も打ち倒されるとは……油断できない難敵ですわね。 私が出陣するような事態にならぬことを希っておりましたが、致し方ありません」
殺虫剤を手にし、敵陣に躍り出る覚悟を決めたユンナがリビングの入り口の前に力強い足踏みで歩み立った。
アシュリー「ゴキブリ苦手なんだよね? 大丈夫?」
ユンナ「お二人が勇姿を見せているのに、時空防衛局を束ねる者として、指を咥えて黙っている訳にはまいりませんわ。 昆虫如きに恐れを成していては、他の局員に笑われてしまいますし、エクリプスの連中に比べれば、私の敵では………」
悠々と語るユンナは突如言葉が途切れた。
頭上から黒い物体が落下してきたからだ。
不意な出来事に言葉を失い反応すらも儘ならない、硬直化してしまった彼女の豊満な胸に黒い物体、『奴』は舞い降り見事に着地した。
ユンナ「ひゃあああああああああ!!?? 助けてくださいましいいいいいいい!!」
昂然とした態度は消え去り、完全に我を失ってしまい、腕を振り回しながら玄関ホール内を右往左往し始めた。
アシュリー「ユンナちゃん、落ち着いて! うわあああ!? ゴキブリが飛んだ!?」
アイリ「あの晴れわたる空より高く…って言ってる場合じゃない! やだやだ! いやあああああ! こっちに来ないでくぁwせdrftgyふじこlp!!」
シャティエル「も、申し訳ありません! 私は戦場から離脱します! カイさんこちらに!」
カイ「わー! でっかい、むしー!」
アシュリー「ぼ、ボクも頑張らないと! 殺虫剤くらえ! うわあ!? こっちに飛んできた!? うわああああああ!!」
アイリ「もうダメだ…おしまいだぁ…。 この世の終わりだ。 この世の果てで恋を唄う少女になりたかった……ぎゃああああこっち来ないでえええええ!!」
たった一匹の小さな害虫により、家の中は絶叫と救いの声を求める悲鳴により、地獄絵図と化してしまった。
~~~~~
リョウ・ピコ・ラミエル「………何がどうしてこうなった?」
家に着いた途端、三人の口から出たのは疑問の言葉。
ドームの修繕作業を一通り終え、疲労しているラミエルを連れ帰り、ワールドゲートを通り抜けたかと思えば、アイリ達が玄関ホールに倒れ戦意喪失した姿があった。
悪魔や盗人が侵入した痕跡が無いことを確認できるあたり、獰悪な者の仕業ではなさそうだ。
程度が知れてる出来事だろうと考察したリョウは倒れているアイリに声を掛けた。
リョウ「アイリ、どうした?」
アイリ「…見ました」
リョウ「何を見たんだ?」
アイリ「見たんです。 あの黒光りする禍々しいあいつを。 機銃弾200発とチェーンガンをフルパック…それでも…」
リョウ「睦月じゃあるまいし銃なんて持ってないやろ。 黒光りってことはゴキブリか。 数匹いたから全員ボロボロになったの?」
シャティエル「いえ、一匹だけです。 一匹という少数の相手に、殲滅させられました」
カイと共にトイレに鳴りを潜めていたシャティエルが口を開くと、リョウに歩み寄り縋るように抱き付いた。
シャティエル「恐かったです…。 あのような恐ろしい生物は、私では相手に出来そうにありません。 恐怖という感情を知れる良い機会であったとも言えますが、私はもう痛感したくはありません」
ゴキブリという存在の恐ろしさが脳裏に焼き付いてしまったせいか、肩が小刻みに震えている。
頭を数回優しく撫で落ち着かせ、肩に手を置き視線を合わせ柔らかな口調で語り掛ける。
リョウ「…そうか、恐怖という感情を知ったのか。 確かに、もう味わいたくはないだろうな。 シャティエル、わしが来るまでよくこらえたね。 頑張ったな。 ここからはわし達が対処するから任せてくれ」
シャティエル「…分かりました。 何卒、よろしくお願いします」
信頼できる者の言葉に、徐々に恐怖という感情が薄れ落ち着きを取り戻していった。
床に落ちた二つの殺虫剤を拾い、倒れている面々に声を掛けた。
アシュリー「ううぅ…リョウ君、恐かったよ~」
リョウ「もう大丈夫やから安心しんさい。 まさかただの虫にやられるとは思ってなかったけど…特にユンナ。 何しにここに来たの?」
ユンナ「あなたに用があり訪れたのですが…まさかあんな侮辱を得て醜態を晒してしまいましたわ…」
ラミエル「完全に腰が抜けてるみてぇだけど…よっぽどゴキブリが強かったのか?」
アイリ「正に神速のインパルスという二つ名が似合う相手だったよ。 このあたしがほぼイキかけたもん」
ピコ「まぁ…ゴキブリは速いから神速かもしれないけど僕達からすればただの虫だもんね。 それに負けちゃうユンナとアシュリーが弱く見えちゃうのが不思議」
ユンナ「ピコさんうるさいですわよ! 怪物や非道な輩を相手にするのとはまた別の恐さがあるのです!」
アシュリー「悔しいけど反論できない。 あれだけは精神的にボクの手には負えない…」
アイリ「リョウ君、今すぐハイパーゴールドラグジュアリーフルオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーンを持ってきて! あいつを駆逐しないと!」
リョウ「ない。 あとよく噛まずに言えたな。 さて、わしも虫は得意ではないけど、虫退治は男の仕事だ」
ラミエル「俺も手伝うぜ。 『雷拳』で一撃で葬ってやるぜ」
リョウ「壁や床に穴が空きそうだからやめてくれ」
ピコ「僕の『ピコビーム』で一瞬で消そうか?」
アイリ「『雷拳』より被害が酷くなりそう。 あとライダーと同じ様に消そうとすると増えるかもしれないよ?」
ピコ「なにそれ怖い」
リョウ「兎に角、家が破損するような事態を招いたりする行動は慎めよ。 ここからは、わし達のステージだ」
~2分後~
リョウ「仕留めたぞ(ドヤ顔)」
アイリ「早くない!? ラスボスであるケフカを倒す並みに早いよ!」
ユンナ「随分とお早いですわね。 やはりこういう緊急時には殿方は頼もしいですわ」
アシュリー「そ、そうだね……」
ラミエル「案外あっさりと殺せたぜ」
ピコ「僕は頭を少し齧られたけどね…。 痛くなかったからまだ良かったけど、半分僕が囮になったから迅速に事が終息したんだと思うよ。 あーあ、僕の大事な体がほんのちょっとだけど欠けちゃった」
リョウ「それはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない。ゴキブリ討伐のための、致し方ない犠牲だ」
アイリ「はいはいコラテラルコラテラル」
ピコ「その便利な言葉やめてよー」
アイリ「はぁ……あたし達が苦労して戦ってきたのに……」
ユンナ「虫一匹に苦戦を強いられるとは…私も鍛練が怠っているのですね……」
アレク「そう落胆するなって。 お前には立派な胸があるじゃねぇか」
ユンナ「胸は関係ありませんわ! あと急に現れるのはやめてくださいと申してるでしょう!」
ユンナの隣には振起すために笑顔でサムズアップしているアレクが立っていた。
アレクの後ろにはユンナの胸を凝視し「でかい」と呟き頷くアリスがいた。
神出鬼没とも呼べる唐突に現れた彼等に誰も驚くことはなく、最早驚く程の出来事ではないといった様子。
リョウ「お帰り。 よく無事だったな」
アレク「俺もそう思う。 我ながら素晴らしいと褒めてやりたいところだ」
アリス「いっぱい集まってるけど何かあったの? 天挑五輪大武會でも始めるの?」
リョウ「物騒だなおい。Gが現れたんだよ」
アレク「え、ゴ○ラ?」
リョウ「ゴキブリじゃい!」
アイリがゴキブリとの激闘と痛烈無比(主に精神面)な攻撃を受け、散々な目に遭わされたことを語った。
アリス「うわあ、大変だったね。 私なら迷わず殺虫剤使わずにトランプ投げ付けてるよ」
アレク「お前が投げたら家が崩壊しそうだ。 …にしても、ハーレム状態だったとは羨ましい限りだぜ」
アイリ「カイ君のこと? アレク君みたいに女の子に囲まれてゲヘヘしているような子じゃないよ!」
アレク「カイじゃねぇよ。 アシュリーのこと言ってるんだ」
アイリ「アシュリーちゃんは女の子じゃん」
アレク・アリス・リョウ「えっ」
アイリ「えっ?」
暫し続く沈黙。
間違いを言ったのだろうかとアイリは自身を疑問視してしまう。
声を上げた三人は「何言ってんの? バカなの? 死ぬの?」みたいな顔をしている。
話題に出たアシュリーはと言うと、落胆したかのように肩を落とし溜め息を吐いていた。
ユンナ「またですわね。 間違えられたのは何度目になるんでじょうか…」
リョウ「あー、アイリ、言っとくがアシュリーは男だぞ」
アイリ「え……う、うっそだー! こんなに可愛いのに男の筈ないってー!」
アレク「やっぱり初見だと分からねぇよな。 仕方ない。 ほれ!」
アシュリー「ひゃうっ!?///」
アイリ「ファッ!?」
徐にアシュリーの背後に行くと、身動き出来ないよう片手で抱き付くようにし、躊躇なく手を回し股を鷲掴みにした。
アレクの手は何かに当たっているように膨らみがあり、短パン越しからでも手の内に収まっているものが男性器だと分かる。
整った美形の顔立ちと声質に女性だと疑わないアイリに男性だと理解してもらうために行った行動だった。
だが、絵面だけ見れば青年が美女に抱き付き陰部を触るという、犯罪宛らの光景だった。
男性器を触れられ赤面しているのはアシュリーだけではなく、その様子を見ていたアイリも赤面してしまっている。
ユンナ「な、ななな、何をなさっているのですか!!」
アレク「だって男だって証明するには見せた方が一番手っ取り早かったからよ。 それに男同士だから問題ないだろ?」
ユンナ「アシュリーさん相手では大問題ですわ! 破廉恥です!」
アレク「いとまる!?」
羞恥からなのか怒りからなのか、若しくは両方なのか、赤面したユンナはアレクの顔に容赦なくビンタを放った。
陰部を触った変態は空中で横に一回転しながら飛び、壁に激突した。
ユンナ「今日という今日は許しておけませんわ。 痴漢の罪で捕まえて差し上げますわ!」
アレク「いっててて…罪を犯してもないのに捕まるのはごめんだぜ。 勿論だが俺はル○ン宛らに逃げるぜ。 サラダバー!!」
ユンナ「お待ちなさい! リョウさん、用件は後日、話に参りますので!」
アレクはグラムを召喚し空間の裂け目を作り出し、一目散にその場から逃走した。
般若のような形相でユンナは自身の愛用の槍、エンプレスジャッジメントを力強く持ち、後を追うように空間の裂け目へと入っていった。
役目を終えた裂け目は瞬時に閉じた。
アシュリー「うぅ…急に股間を掴むなんて、アレク君酷いよー。 あうぅ、恥ずかしい…」
リョウ「ユンナがドク○ベーの如くお仕置きをしてくれるから。 わしも後できつーく言うておくから」
アシュリー「うん、ありがとうリョウ君」
顔を赤らめ、揺らぐ涙目で頬に手を当てている仕草を見ると、未だに男性であるとは信じられなかった。
アイリ「……あたし、自信失くなっちゃうな」
アリス「分かる。 私も初めて知ったときは驚愕と同時に敗北感を得たもん」
アシュリー「やっぱり女の子から見てもボクって可愛いのかな?」
アイリ「間違いない。 男だと知らなかったら世のオス達はみんな虜になるよ。 メロメロだよ。 メロメロメロウだよ」
アシュリー「うーん、ちょっと複雑な気分だな」
苦笑いしつつ頬を指で掻く仕草さえも可愛らしく見えてしまい、本当に男性なのかと疑問を抱いてしまう。
リョウ「さて、折角アシュリーもいるし、ティータイムと洒落込もうやないか」
ラミエル「お、いいじゃねぇか。 作業して腹も減ってるし、何か菓子でも食わせてくれよ」
シャティエル「先程準備したコーヒーは冷えてしまっているので、淹れ直そうと思います。 準備に取り掛かるので、皆さんは席に着いていて下さい」
コーヒーを淹れ直すためリビングへと足を進める。
脅威が消え去り、恐怖を感じ震えていたとは思えぬ程に毅然とした態度に戻っており、アイリとリョウも胸を撫で下ろす。
リビングへと片足が入った直後、シャティエルの動きが不自然に停止した。
妙に思ったアイリがシャティエルに声を掛けようとしたが、声は喉の奥へと引っ込んでしまった。
視界に入り込んだのは、自己主張するかのように堂々と床に居る『奴』の姿。
黒光りする禍々しい存在は、家に一匹いたならば十匹はいるとも言われている。
先程とは別個体の『奴』は仲間を殺された復讐のつもりなのか、アイリ達に目掛け走り始めた。
我に帰ったアイリは顔を青ざめながらもはち切れんばかりに叫ぶ。
アイリ「いたぞおおお!! いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
リョウ「どうしたアイリ。 ……まだいたのか。 斬刑に処す」
ラミエル「次こそは俺が『雷拳』で…!」
ピコ「おーっとっとっとラミエル技を放っちゃダメだよ!」
シャティエル「……リョウさん、この家を捨てましょう。 それがゴキブリから逃れられる唯一の手段です」
リョウ「安心してシャティエル。 わしが対処するから、うわっ!? いきなりこっち来るんじゃないよ黒光り!」
アシュリー「ボクはシャティエルちゃんとカイ君を連れて2階に逃げておくからね!」
カイ「でたー! でっかい、むしー!」
アリス「ジーっとしてても、ドーにもならない! ここは私に任せたまえ! インベントリに確かあったと……お、あった! じゃじゃーん! 地球破壊爆弾!」
リョウ「やめろバカたれー!!」
再び現れた脅威となる存在に、一同はパニックに陥った。
数分後、リョウやピコの奮闘の甲斐があり、無事に駆除することができた。
シャティエルは今回の件でトラウマになってしまいゴキブリに恐怖を覚えてしまったが、恐怖という感情を知れる良い機会となったため、結果的には好事となった。
夜中、ゴキブリが出る夢を見てしまい怯えたシャティエルがアイリの部屋を訪れ、寝床を共にしたいと言われ、殺戮的な可愛さにアイリが鼻血を出したのはまた別の話。
脅威が去ったことを確認した一同は漸くリビングでティータイムを過ごせる裕福な一時を手に入れた。
菓子を食べ雑談する賑やかな空間を、漆黒の体を持つ存在が、注視しなければ見ないであろう隙間の暗闇から覗いていたことを彼等は知らない…。
最近男の娘キャラにハマっちゃってる
病気かな? 病気じゃないよ 病気だよ