アリス「ウ ン チ ー コ ン グって知ってるゥ!?」
アルシエル「そのようなふざけた名の者は知らん」
髙島屋から歩き始めて約20分。
なんばCITYの横を通り、浪速区の観光名所の一つである繁華街、新世界へとやって来ていた。
ここまで訪れた理由は勿論、ベルゼブブの捜索。
アルシエル曰く、撹乱させるためか、理由もなく途方に暮れ彷徨い歩いているのか定かではないが、ベルゼブブは一つの場所に留まる事なく移動を続けている。
憑依した悪魔の気は薄れるらしく、アリスでさえ察知するのが難しかったのだが、アルシエルは瞬時にベルゼブブの気を捕らえ居場所まで特定した。
難波に劣らない人混みと賑やかな雰囲気を味わいながら、ベルゼブブが憑依した天使を探索する。
しかし見渡す限り人、人、人。
純白の翼が生えているので識別するのは簡易なものだと思っていたが、以外にも視界に入ることはなく、進捗状況は良いとは言えなかった。
串カツ店が多く建ち並んでいるため、ソースの香ばしい匂いが鼻を通り、腹の音を鳴らす。
アイリ「あーここでもソースの匂いが…さっき食べたばかりなのにもうお腹が空いてきちゃったよ」
恵梨花「これが解決したら皆さんで食べましょう♪」
アリス「アルさんの奢りでね!」
アルシエル「貴様に使う金など一銭もない。 …しかし、人間がこうも跋扈していると、目障りでしかないな。 現実世界となると、空中から俯瞰することもできぬ」
アリス「この世界で空なんか飛んだら宇宙人かUMA扱いされるもんねー。 何回か飛んでる時に地球連邦軍に見つかって未確認飛行物体として扱われて射ち落とされそうになったよ」
アルシエル「貴様にせよアレクにせよ、理解不能な行動の馬鹿さ加減には痛切させられる…」
アイリ「おー!あれは通天閣! 生で見るのは初めてだよ!」
新世界の観光名所と言えば真っ先に出てくるであろう、高さ108mある展望台、通天閣が視界に大きく映る。
難波に続き大阪の名所の一つを巡れたことにアイリは非常に喜んでおり、携帯電話で写真を撮っている。
アイリ「折角だから通天閣の上から叫んでみたいけど…ベルゼブブを探すのが優先だよね」
アルシエル「…いや、この塔を昇るぞ」
アイリ「お、もしかしてアルさんも通天閣の中を見てみたかったりする感じですか?」
アルシエル「たわけ、貴様と同等の浅はかな考えではない。 …奴は、この塔の最上部に留まっている」
アルシエルは地上からでは見えない最上部を指差す。
屋内にある5階展望台ではなく、アルシエルが示しているのは更にその上部に位置する野外展望台。
入場チケットを買う際に追加料金を支払えば行くことが可能な場所なので、向かおうと思えば何時でも行くことができる。
恵梨花「では早速行きましょう。 私も初めて訪れる名所なので、楽しみです♪」
アイリの悦楽に負けない程に恵梨花も大阪を満喫したいようで、アルシエルの手を引き急ぎ足で歩き始める。
アルシエルは億劫な表情を見せるも、恵梨花を危険な境遇に会わせないためにも拒否することなく随行しており、そんな二人の親子の様にも見える暖かな画にアイリとアリスは少し離れ見守るように後に続いた。
アルシエル「……ん、何やら人混みが増し、喧騒だな」
周囲の状況を把握し言葉を漏らす。
言葉の通り、通天閣の入り口には多くの人が停滞していた。
周囲にはパトカーが何台か止まり、警察官も数人入り口付近で待機しており、通天閣のスタッフと思われる人物と会話している。
観光目当てに来た人で込み合っているのかと思ったが、周囲の状況を見て緊急事態であるのは明瞭だった。
「聞いた? 野外展望台で男の人が籠ってて出てこんらしいで」
「自殺でもしようとしてるんやろうか?」
「え、やばくね? マジやばくね?」
「そんなことよりおなかがすいたよ」
アルシエルは集中し周囲の人々の雑言に耳を傾け、既にベルゼブブが惹起していたことに対し舌打ちをする。
アルシエル「…どうやら、手遅れだったようだ。 奴め、誰にも邪魔の入らない場所で傷を癒し力を蓄えている。 そして、僅かに体が癒えた後、塔の頂から力を解き放ちここら一帯を地獄に変える算段なのだろう」
アリス「人の不幸は蜜の味とは言うけど、悪魔にとってマイナスエネルギーが力になるから、力を蓄えるためなら惨事を起こした方が手っ取り早いもんね」
アイリ「流石魔王、相手の考えていることはお見通しってことですね!」
アルシエル「我に相手の思考を読み取る力などない。 …もし我があいつと同じ立場ならば、そうすると思っただけに過ぎない」
不敵に口角を上げるアルシエルに悪意は感じ取れないが、魔王である彼が敵として立ちはだかるならば、有言実行しそうなのが恐ろしく感じる。
如何にして中に入ろうと考えていたところに、上空から突如邪悪な力を感じアイリは身構えた。
感じた何かは一筋の邪悪な一筋の細い光線。
上空から此方に放たれたそれは、アイリ達に目掛け放たれたものではなかった。
光線は近くに駐車されていたコンビニに商品を配送するためのトラックに落とされ、小さな爆発を起こした。
突然の爆発に賑やかだった名所は一瞬で悲鳴と狼狽の声に包まれる。
その場から離れようと走り出す者や写真を撮ろうと近付く野次馬が出てくるなど様々な反応を見せる中で、恵梨花はトラックからガソリンが止めどなく漏れ出ているのを確認した。
恵梨花「まずいです! トラックからガソリンが漏れてます! 引火して二次爆発が起きてしまいます! 皆さん、早くここから避難してください!」
アリス「みんな急いで下がって! 早く! コンボイ司令官が爆発する!!」
恵梨花の避難を有する声で周囲の人々も動き出すのとほぼ同時に、引火したガソリンが勢いよく爆発を起こした。
アイリ「ほあああああっ!!」
猛烈な勢いで炎が天へと伸び、灼熱の爆風が吹き荒れ、硝子の割れる甲高い音が爆音とほぼ同時に響く。
周囲の人々は爆風に為す術もなく吹き飛ばされる。
アイリとアリスも吹き飛ばされるも、受け身を取っていたため負傷することはなかったが、盾になるように恵梨花の体を覆うように抱き締めていたアルシエルの背中には硝子片が痛々しく突き刺さっていた。
アルシエル「…我達の存在に気付いていたようだな。 仇為す者は容赦なく攻撃を加える…というわけか。 恵梨花、怪我はないか?」
恵梨花「はい。 アルさんのお陰で助かりました。 ありがとうございます」
アリス「アルさんちょっと動かないでねーガラス抜いてあげるから」
アリスはアルシエルの背中に刺さった硝子片を丁寧に引き抜く。
傷が深く流血はしているものの、当の本人は全くと言っていい程痛みに顔を顰めることはなかった。
アイリは原型を留めていない金属片と成り果てたトラックや、被害に遭った人達を眺めていた。
見た限りでは幸いにも怪我人は確認できなかったが、賑やかだった観光名所は一瞬にして地獄と化してしまった。
アイリ「…絶対、許さないんだから」
心の内に湧くのは、怒り。
目の前で燃え盛る炎にも劣らない怒りの炎がひしひしと身体を迸る。
死亡した人や重傷者がいなかったとは言え、自分の住んでいた世界で好き勝手に暴れ、何の関係もない一般人を平気で巻き込む悪辣なやり方は到底許せるものではなく、業腹にならない方が無理な話だった。
アリス「そうだね。 私達で何とかしないとね」
アルシエル「我達も強行手段を使わざるを得ないな。 …人目に付かぬ場所へ移動するぞ」
アルシエルは打倒する策を思い付いたのか、地獄と化したその場を離れ歩き始める。
アイリ達は何も口出しはせず黙ってアルシエルの後に続き歩き始め、やって来たのは新世界の一角、ジャンジャン横丁とも呼ばれている南陽通商店街。
横幅が2.5メートル程しかなく非常に狭いが、串カツ店を中心に多くの飲食店が多く建ち並び、80年代、90年代のアーケードゲーム等を揃えたゲームセンター、かすが娯楽場があり、レトロな雰囲気を味わえる商店街で日中問わず人通りは多い。
アルシエルは商店街を抜けた人があまり立ち寄らない陰湿な雰囲気が漂う路地を見つけ迷わず入り、即座に魔力を解放し、移動するためのワームホールを生成した。
アルシエル「ここを通れば、塔の最上部に出る。 戦闘する準備を取っておけ」
アイリ「オッケー。 これ以上、被害を出さないためにも戦うよ!」
ガーンデーヴァを召喚すると、康寧なこの世界を乱そうと企むベルゼブブを阻止する強い思いからか、我先にとワームホールへと飛び込んだ。
ワームホールの光が消えると、視界に広がっていたのは碧空。
雲一つない快晴な空は平和な世界を表している、そんな気さえしてくる。
大阪の街並みを一望できる筈だが、今は満喫している暇など一秒たりともない。
アイリ「ベルゼブブ!」
上を見上げれば碧空、下を見下ろせば大阪の街と、最高の景色が一望できるのだが、堪能している暇はなく、アイリも敵を目前としてまで楽観的にはなれない。
風が吹き荒れる、90メートルを超える屋外展望台にいたのは、禍々しい姿をした悪魔ではなく、純白な白い翼を広げた天使。
人間で言うと30代あたりの年齢の栗色の髪をした天使が睨みを利かせている。
見た目は天使だが、皮を被っていることに過ぎないのは一目瞭然。
ベルゼブブ「一陽来復とはこのことだ。 天使の嬢ちゃんから来てくれるとはな」
アイリ「私の世界でこれ以上悪行をするのは許さないから! ここであなたを倒す!」
ガーンデーヴァを構え矢を番え何時でも射つことができる状態となったが、ベルゼブブは不敵な笑みを浮かべたままで、回避行動を取ることもなく、ただ直立したままだった。
何故行動しないのかと脳内で疑問符が思い浮かぶが、頭を回転させその意味を理解した。
ベルゼブブ「気付いたか? 俺は今、この天使に取り憑いているんだ。 攻撃を受けるのはこいつの体であって俺ではない。 まあ、お前の光の力ならば多少は俺にも効果はあるだろうが、こいつの体が傷付くことに変わりはない。 さあ、手出しできるかな?」
嗜虐的な悪意に満ちた笑みに対し、アイリは怒りを露にしながら歯を食い縛る。
ベルゼブブの言った言葉が真ならば、取り憑かれている天使は罪を犯してもいないのに無意味に傷を負うだけとなる。
仮にベルゼブブの言うことが絵空事だったとしても、それがはったりだと主張できる要素がない。
下手に攻撃を加えることが出来ず硬直状態が続くと思われたが、即座に状況は一転攻勢することになる。
アルシエル「…成る程。 用は、貴様をその体から引き摺り出せばよいということか」
ワームホールから姿を見せたアルシエルがアイリの前に降り立った。
アリスもユグドラシル・アルスマグナを手にし、片方の手でトランプカードを数枚持ち戦闘できる万全の状態にある。
恵梨花もワームホールから出てくるも、風で靡く髪を抑えながら手摺に捕まっている。
アルシエル「…とは言え、ここで喧騒を起こせば、この世界の人間共では対処できない」
アイリ「あたし達の世界で争えば、甚大な被害が出て、原因が追及するのは不可能だから万が一不祥事が起きたとしても超常現象として扱われるから罪に問われることもないし、最悪力尽くで突破ができる。 それも見越して、高見の見物が可能な通天閣を選んだんだよね?」
ベルゼブブ「頭が回る嬢ちゃんだな。 分かってるなら諦めな。 お前達は手出しすることは叶わないんだ。 俺の力が蓄えるのを指を咥えて眺めてりゃいい」
アルシエル「魔王である我が指を咥えると? そのような赤子に等しい行為など、するわけがないだろう。 …低俗には、我の恐ろしさを慄然させた後に、泥黎へと誘ってやろう」
発する声に一層覇気が高まると同時に、爆発する勢いで魔力が増大した。
吹き荒れていた風は止み、その場の時が止まってしまったのではないかと錯覚する感覚に陥る。
闇とは異なる、重々しい力が場を覆い尽くし、ベルゼブブだけでなくアイリも押し潰されそうになる。
アルシエル「…遠慮なく暴れられる場所に移るとしよう」
アルシエルの服装が瞬時にして変化する。
黒シャツと黒ズボンの上から、金色と紺色を基調とした腕や肩、胸部、足等に黒と金の見るからに強固で頑丈な、機動性に優れた鎧が装着されていた。
鎧からも凄まじい魔力を感じたアイリは、この装備を纏うことで更に魔力を増大させているのだと理解した。
アルシエルは瞬きするよりも神速の速さでベルゼブブの首を掴み、新たに召喚したワームホールの中へと引き摺り込むように入っていった。
後を追うためアリスは恵梨花の手を取り共に入っていき、アルシエルの魔力に怖じ気付いていたアイリは遅れてワームホールへと飛び込んだ。
二度目のワームホールの通過で出てきた場所は、宇宙のような空間。
とは言っても自身の体が宙に浮いているわけではなく、足は重力に従いしっかりと地に着いている。
地面は薄紫色の長方形の結晶で、現実世界に存在するどの宝石と比較仕様がない程巨大で、目視するあたり、サッカーのコートと同等の大きさはあるだろう。
宙には地面に足を着けている物と劣るものの幾つか結晶が浮かんでおり、その後ろには星のような煌めきが幾つも輝きを放っている。
アリス「ん? ここ亜空間じゃん」
アイリ「え、確か結構ヤバい場所だったんじゃ…」
恵梨花「確かに誰もいないので、誰にも被害が及ばない場所ではありますね」
アリス「流石ン我が魔王、アイリと恵梨花の身の危険も考えずにここを選んだね」
時空の歪みが原因で発生する亜空流と呼ばれる嵐が頻繁に起きることはリョウからも聞いていたため、危険な亜空間に赴くことは生涯ないと思っていたが、まさかこんな形で来てしまうとは夢にも思ってはいなかった。
視線を移すと、側では丁度ベルゼブブを投げ飛ばしたアルシエルがいた。
天使に取り憑いているため打擲しないのを見ると、本当に魔王なのかと疑いたくなる人情味のある行動だ。
そう思われているとも露知らず、アルシエルは自身の目元を覆っているサングラスを外し、懐へ納めた。
世の女性誰もが振り向く整った顔は正しく美形と呼べ、宝石の様な翡翠色の瞳が更に美形の拍車を掛けている。
真横からの素顔を拝見したアイリも魔王とは思えぬその美形に思わず息を呑む。
アルシエル「…アリス、亜空流が起きた時に恵梨花に被害が及ばないよう、命懸けで守れ」
アリス「本来ならそこはアルさんの役目じゃないかなー。 まあいいや、任された!」
アルシエル「…アイリ、だったな。 貴様は我の助力をしろ。 …足枷になるようなら、その場で傍観していろ」
アイリ「何もしないなんてまっぴらごめんだよ。 あたしも戦うよ!」
ベルゼブブ「場所が変わったところで、俺に勝てる保証はないぜ!」
アルシエル「ほざけ。 …今から貴様は、我の力の前にひれ伏し、泣き喚き命乞いをすることになる」
ベルゼブブ「根拠もなく何言ってんだ?」
アルシエル「……直ぐに分かることだ、低俗」
横に並んだアイリはガーンデーヴァを構え矢を番え、アルシエルも狂気を宿した翡翠色の瞳を爛々と輝かせ口角を上げた。
ゴールデンウィーク明けなので体がだるいですわ…