ユグドラシルメシア   作:仮面ピコ

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今年最後の投稿!


第80話 理解不能 理解不能

因縁とも言えるアイリとアンドロマリウスの戦闘が終結した同時刻、リベリオン達との戦闘も終わりを告げていた。

どちらかが勝利を掴んだわけでもなく、白旗を上げたわけでもなく、強制的に幕を下ろされていた。

 

アイリの放った『ロイヤルストレートアロー』の余波が森林全体に広がり、それは最深部でもあるバラントンの泉にまで届いていた。

その場で戦闘を行っていた闇の力を所持するリベリオン、ベレトには致命的なダメージを与えることになってしまっていた。

 

リベリオン「あら、まさか助けてくれるとは思わなかったわ」

 

シャティエル「アイリさんがあなたを自由の身にすると約束をしています。 約束は守らなければならないもの。 なので、守護をする行動を取らせていただきました」

 

リベリオン「ただのお節介ね」

 

シャティエルの『クリスタルミラーバリア』により、リベリオンは光による影響を受けることなく無傷で済んでいた。

 

対するベレトは突如訪れた奇襲に反応仕切れず、光を諸に受け全身が焼き焦がされ満身創痍となっていた。

未曾有の災害でも起きたのかと言わんばかりに怪訝な面持ちで現状を把握しようとしている。

 

ベレト「な、何が、起こったと言うのですか…!?」

 

リベリオン「知るわけないじゃない。 取り敢えず分かることは、貴様が敗北したってこと。 貴様の賢い猿以下の知能でも分かるでしょ?」

 

ベレト「こ、こんな結末が…あってたまるか!」

 

立つことすら叶わないであろう全壊しているに等しい体を気力で叩き起こし、死に物狂いで泉の方へと走り出す。

泉に湧く水は聖剣フラガラッハにより治癒能力が宿っているため、それを利用し傷を癒そうと企んでいる。

既に実行に移しているベレトは翼を広げ一直線に向かっている。

逃走を許すまいとシャティエルが武装を展開するよりも早く、複数の何かが宙を飛来しベレトを追跡し身体を斬り刻んだ。

翼を刻まれ隙間だらけとなり飛行不可能となったベレトは速度を落とせぬまま地面に墜落し激しく横転する。

 

?「ミネルヴァさんが守護する泉に異物が混濁するなど、あってはならぬ惨状ですわ」

 

後方から聞こえた声の主は、ユンナだった。

片手に持つ自慢の愛用の槍、エンプレスジャッジメントの下部に付いている刃を念力で操作しベレトの愚行を阻止したのだ。

 

高貴たる振る舞いで歩みを進める姿は美しく熟視してしまうところだが、気になる点は他にある。

先刻、アンドロマリウスの不意打ちにより心臓を貫かれ致命傷を負ったにも関わらず、何事も無かったかのような状態にまで回復しているということ。

貫かれた胸部には鮮血が滲み高値な服が赤く染め上がっているだけで、深々とした大きな傷は見当たらない。

 

ベレト「ぐうぅ…僥倖に、恵まれていますね。 散華したと思っていたのですが…」

 

ユンナ「ご存知ありませんの? わたくし、不老不死ですのよ。 幾許の刃が刺さろうと、弾丸の嵐が降りかかろうと、死ぬことなどありませんわ」

 

ベレト「不老、不死ですか…。 流石の我々でも、太刀打ち出来ませんね…」

 

淡々と述べられた最重要とも呼べるユンナの能力。

不老不死なので、アンドロマリウスの攻撃により致命傷を負ったが死ぬことは許されないため、驚異の治癒能力により完治し戦場に復帰したのだ。

 

ユンナ「本当ならば隙を見計らい襲撃を掛けようとしたのですが、アイリさんはアンドロマリウスと共にこの場を離脱してしまいますし、謎の光によりあなたは戦闘不能に近い状態にまで減衰してしまいましたから、出てくるタイミングを失ってしまいましたの」

 

シャティエル「ユンナさん、アイリさんは今一人です。 応戦に向かいましょう」

 

卑小な存在を相手にしている余裕はなく、アイリの探索を行うのが最優先事項のシャティエルは急かそうとしているようにも見える。

焦りを覚えたシャティエルは迅速にベレトの後始末を行いアイリの元へ駆け付けたかったが、アンドロマリウスとの攻防により翼が破損してしまっている。

 

思いだけが募り行動に移せないことに懊悩しそうになるが、心境を察したユンナが優しくシャティエルの肩に手を置いた。

 

ユンナ「心配いりませんわ。 アイリさんは弱くなどありませんから、簡単に殺されはしませんわ。 先程の凄まじい光はアイリさんが放出したものに間違いありませんし、リョウさんが駆け付けている筈です」

 

シャティエル「ですが、無事な姿を見るまでは安心できません」

 

ユンナ「シャティエルさんの意見はごもっともですわね。 リベリオンさん、シャティエルさんと共にアイリさんの元に向かってくださいまし」

 

リベリオン「貴様に命令される筋合いはないし、私が首を縦に振るとでも?」

 

ユンナ「あなたは異世界を放浪する危険人物として時空防衛局が身柄を拘束しているんですのよ。 目を離さず監視しなければならないところを、あなたを信頼し行かせようとしているのです」

 

リベリオン「私が逃亡しないと考えているわけね。 時空防衛局を束ねる最高責任者は随分と甘ちゃんなのね」

 

ユンナ「悪いように言い換えるなら、何時でもあなたを捕らえることが可能ということですのよ。 そこは、お忘れなきよう」

 

リベリオン「…ふん、言ってなさい。 一時の自由を得られるためなら仕方なく聞くとするわ」

 

最高責任者たる威圧感のある言葉。

並大抵の人はその言葉だけで身震いし、返答すら叶わず硬直してしまうだろう。

リベリオンは戦慄くことこそないが、実力で勝てないと理解しているため、渋々だが提案を受け入れるしかなかった。

 

ユンナ「アイリさんの感じられる念はここから西南の方角、距離は800ですわ」

 

リベリオン「意外と近いわね。 行くわよ、シャティエル」

 

シャティエル「了解致しました。 ユンナさん、悪魔はどんな卑劣な行動をしてくるか分かりませんので注意してください」

 

ユンナ「ご忠告、感謝致しますわ。 シャティエルさんも、御武運を」

 

めんどくさそうに溜め息を吐きながら歩むリベリオンの後に続き、シャティエルも足早にその場を後にした。

 

残されたユンナは満身創痍となったベレトを見下ろしながら、下手に足掻きをされないよう背中を踏みつけ槍の穂を首元へ近付ける。

 

ベレト「殺さない、ということは、私に何か聞きたいことがあるようですね」

 

ユンナ「ご明察ですわ。 大人しく答えていただきますわ」

 

ベレト「ほう、拷問に掛けられてでも私が口を割るとお思いで?」

 

ユンナ「わたくし相手に、密事が漏れる心配はないと、本気で思っているんですの?」

 

ベレト「ぐっ……!?」

 

踏まれた足に力が加えられたわけでもなければ、首元に置かれた穂が肌に触れたわけではない。

ユンナが念力を行使し、ベレトの心に漬け込み操ろうとしていた。

強引に読心しようとする感覚は何とも言えない気色悪さがあり、例えるならば、体内に侵入され素手で目的の物を物色するように掻き回されている感覚。

呼吸すら儘ならない息苦しさに襲われていたが、ユンナが念力を解いたことにより解放される。

 

ユンナ「わたくしの質問に答えるつもりになりましたか? 答えなければ先程のように無理矢理にでも心の内へ侵入し抉じ開け廃人となるまで苦痛を味わうことになりますが、宜しいですか?」

 

ベレト(厄介極まりないですね。 何を問われるかは分かりませんが、屈辱を受ける前に自害してやりましょう)

 

ユンナ「あなたの考えも筒抜けですわ。 自害などさせませんわよ? わたくし治癒魔法も微々たるものですが使えますので、死のうとすれば即座に回復させるだけですわ。 死ぬという安直な発想で逃げられるとお思いで?」

 

ベレト「……流石、『念動の不死令嬢』と呼ばれるだけはありますね。 致し方ありませんが、いいでしょう。 あなたの力で口を開くくらいならば、私の意思で発言致しましょう。 それで、質問というのは?」

 

ユンナ「わたくしがお聞きしたい情報、それは、あなた方のお仲間である悪魔、リリスのことですわ」

 

 

~~~~~

 

 

戦闘を終えたアイリは荒い呼吸を整えながらアンドロマリウスから語られる言葉に専心し耳を傾ける。

 

アンドロマリウス「先ずルシファーの件だが、あいつの目的は、サタン様を打ち倒すことだ」

 

アイリ「サタンを、倒す? 悪魔であるルシファーが何で悪魔族の長を倒そうとするの?」

 

アンドロマリウス「さあな。 光の剣を手に入れた時点で疑念を抱いていたが、まさか反逆を起こすとは私も思ってはいなかった。 伝説の二本の剣を携えるには相応の覚悟と実力が必要となる。 奴が何を考えるかは分からん、本人にでも聞くことだ」

 

同じサタンフォーの仲間とは言え、互いを知ろうとする仲間意識や信頼性はない。

悪魔らしいと今更ながら実感させられる。

 

ルシファーの目的や冥府界で起こされている異変について大した情報は得られそうになかったため、アイリ個人が最も気にしている疑問を語る。

 

アイリ「あたしの過去について、話して」

 

アンドロマリウス「いいだろう。 とは言え、貴様は巻き込まれたと言うのが真実だ。 だが、リョウ達がその場に迅速に現場に急行できたのは、偶然ではない」

 

アイリ「やっぱり、偶然じゃないよね。 リョウ君は世界の監視者だから、仲間の危機を耳に入れていれば、直ぐに監視者の力でどの世界のどの場所にいるか特定できるもんね。 でも、人間の時のあたしは、リョウ君とは何の関わりもない赤の他人。 どうしてリョウ君が一般人のあたし相手に、態々自ら出向いて必死になれるのか疑問なの」

 

現実世界に異世界の者が侵入すれば、世界の監視者たるリョウが気付かない筈がない。

 

流れ的には、現実世界に侵入、放浪した者、迷い込んだ者が確認できた場合、時空防衛局に報告し、数名の局員が対応するようになっている。

世界を滅ぼし兼ねない異端の存在が現れない限り、リョウやユンナ等の大物と呼べる人材が出向くことはない。

ならば何故、世界の監視者であるリョウとが第一時空防衛役員である結愛と共に赴いたのか。

 

訝しい点は他にもある。

天使へと転生した後、アイリと共に行動をし続けていること。

ファンタジー要素が好きではいたが、いざ異世界に来ると右も左も分からぬ状態のアイリにとって共に行動をしてくれるのはありがたい限りだった。

守りきれなかったことに責任を感じているのは理解できるが、まるで我が子供を心配しているように過保護な一面が目立つ。

フォオンの援助もあり、天界で居住するには不自由はないが、リョウでなくても、この世界に住まう天使や、時空防衛局の局員に委任させることも出来た筈だった。

自分の関わったことでもあり見過ごすことのできないリョウの人の良さもあるのだろうが。

 

アンドロマリウス「頭脳明晰以外は凡庸な貴様を、何故監視者が気に掛けるか。 それは、貴様が生誕した頃から、監視者と関わりがあるからだ」

 

アイリ「あたしが…生まれた頃、から…?」

 

アンドロマリウス「恐らく貴様は、幼少期の記憶は孤児院の頃からしか覚えていないのだろう?」

 

アイリ「孤児院の頃からって…その言い方だと、孤児院にいた頃より前に、何かあたしにあったような言い方じゃん…!」

 

アンドロマリウス「記憶が現存していないのも無理はないだろう。 何者かに消去されてしまっているようだからな。 だから貴様の心を覗き見ても、孤児院以前の記憶は何一つ見れない」

 

驚愕の内容に脳内が掻き乱される。

生きてきた中で記憶の始まりは4歳の頃で、孤児院の人達と過ごす変哲もない日常だった。

それ以前の記憶は一つもないが、脳の発達途中により記憶されていないと思っていた。

何者かにより記憶が消去されたなど、考えられる筈もない。

 

動揺を隠し切れていないアイリなど気にもしないように、アンドロマリウスは会話を続ける。

 

アンドロマリウス「時空防衛局のピースハーモニアも、恐らく何かしら関与しているのだろう。 監視者とあのピースハーモニアは親睦が深いようだからな、懐疑の念を向けてもいいだろう」

 

アイリ「結愛さんも、あたしに関係があるの?」

 

アンドロマリウス「直接的にではないがな。 だが監視者は、お前に直接的に関係を持つ存在だ」

 

アイリ「……それは、何か分かるの?」

 

アンドロマリウス「私は知っている。 記憶を消去した人物もな。 これを述べた後の貴様の反応は愉楽でしかないだろうな」

 

口角を上げ、不吉な前兆の訪れを意味する笑みを浮かべるアンドロマリウスの邪険な意図に屈しはしない。

嘘偽りを述べているわけでもなければ嘲弄しているわけでもなさそうなので、真実として受け止める覚悟を持ち、生唾を飲み込み傾注する。

 

アンドロマリウス「絶望する程ではないのが残念だ。 絶望するならば、貴様の心に漬け込み、身体を乗っ取ることも可能だったものを…」

 

アイリ「能書きを垂れてないで…早く、答えて…!」

 

真実を知りたいせいか、話すことを急かし口調が僅かに荒くなる。

アイリも体力的に限界が近く、気を失うのを気力で耐えている極限の状態だった。

 

アンドロマリウス「貴様の過去に深く関与している監視者は…」

 

記憶を消去される端緒となった話を語り始めた途端、妙な違和感を覚える。

周囲の空気が一変したと言える。

何処から発生したかすら不明な、言葉では形容し難い何かが周辺を覆い尽くす。

得体の知れない何かが迫って来る、これまでにない恐怖が沸き上がる。

全身の鳥肌が立ち、汗が滲み出て着ている服が張り付く。

目的である自身の過去を聞き出すことすら放棄したかったが、恐怖からか、硬直してしまい体が動かせなかった。

 

アイリ「え……な、なん、なの? 嫌…あたし、どう、なるの……? 何なのか、分からなすぎる……」

 

動揺するアイリとは反対に、アンドロマリウスは音も気配もなく忍び寄る何かには気付いてはいない。

 

漆黒の闇とも違う、正に形容し難い何かとしか言いようがない。

最早その言葉すら当てはまるのかすら疑わしい。

 

一言で表すとすれば、虚無のような『何か』。

 

意識も朦朧とし始め、思考が追いつかなくなってきた時、突如襲った謎の圧に屈服させられたように視界が暗転、ぷつりと意識が途切れた。

 

 

~~~~~

 

 

アイリ「………うぅ、あっ…」

 

リョウ「良かった、無事やったんやな」

 

どれだけの時間意識を手放していたのだろう。

目を覚まし視界に広がるのは、雲一つない碧空と、前例がない程に安堵の表情を浮かべるリョウの顔。

相当アイリの身を案じていたのだろうか、アイリが生きている事実に顔が綻ぶ優しい表情で見下ろしていた。

 

リョウ「すまん、アイリ。 お前を護ると、決めたのに…また、助けられず危機的状況に陥らせてしもうた。 ホンマに申し訳ない」

 

頭を下げ、心からの謝罪をする。

何度も助けると、危機的状況を避けるため同行すると言いながら、結果的に約束を果たせなかった自分が許せず呵責し切り苛む。

 

アイリ「リョウ君は、何も悪くないよ。 あたしも、リョウ君が言ってた危機的状況に遭遇したら直ぐに逃げろっていう約束も、守れなかったし…ごめんなさい。 だから、お互い悪かったってことだから、頭を上げて」

 

リョウ「アイリらしいな。 …なんか、安心したよ」

 

アイリ「…あれ? あたし、確か、アンドロマリウスから話を聞き出そうと…」

 

リョウ「アンドロマリウスと対峙していたのか? でもわしが到着した頃には奴の姿はなかったで」

 

アイリ「あ、そうだ…確か、得体の知れない何かが、あたしに迫って来たんだった…」

 

リョウ「っ……!」

 

アイリ「そしたら、記憶が飛んだ…。 ねえリョウ君、あたしが倒れてた時に、周囲に誰もいなかった? もしかして、リョウ君がやったの?」

 

リョウ「………一応聞いとくんやけど、なしてわしを怪しいと思うん?」

 

アイリ「本当は疑うなんてこと、したくない。 でも、さっき感じたあの力、リョウ君といた時に、何度も感じたことがあるの」

 

形容し難い謎の力の正体が何かは一切不明だが、リョウが関連しているのではないかと疑わざるを得ない要素があった。

 

直接その場にいた時に感じ取れたのは、転生し天界で目を覚ました日にピコとの会話や、シェオルの外で行われたリリスとの戦闘。

 

その他にも、アイリの付近にいない間にも感じ取れていた。

ピースハーモニアの世界のエクリプスとの戦闘。

星空界でエクリプスのレミーネをワールドゲートを使用し何処かへ連れ去った後。

 

数少ない頻度ではあるが、確証に至るまでの要素がないためアイリ自身当てにならないと言った様子ではあったが正直に述べた。

 

リョウ(まさかこの力を感じ取れるなんて…どういうことや? しかも離れてる時にも、況してやピースハーモニアの世界の時は気を失ってたっていうのに…)

 

真実を告げるつもりは更々ないが、謎の力を行使していたのは紛れもない事実。

アイリが敏感に力を感じ取っていることに驚愕するも、怪しまれないためにも表情は崩さない。

 

リョウ「確かにわしにはまだ戦闘では出していない能力はある。 でも、それはわしが使ったものやないと断言しておく。 憶測やけど、わしと似た能力者がいたんやないかな」

 

アイリ「本当に、そうなの?」

 

リョウ「え?」

 

アイリ「偽りを言ってるなんて、思いたくないけど、でも、アンドロマリウスの話を聞いたら…追及したくもなっちゃうよ…」

 

リョウ「……詳しく、聞こうか」

 

親しい間柄にあるリョウに懐疑の念を向けたことに罪悪感を抱きつつも、真実を知りたい願意が込められた複雑な表情を浮かべつつ、アンドロマリウスが述べた内容を話した。

 

リョウ「………成る程…確かに、そうやな」

 

アイリの身に起きた事柄に深く関係のある過去の出来事に関与しているのが事実だと認めたのか、終始口を挟まず傾聴していたリョウが開口した。

 

アイリ「全部、話して。 あたしに隠してること」

 

いつの日か、糾弾される時が訪れるのではないかと覚悟はしていたものの、若干肝を冷やしていた。

己の空白となっていた、否、空白にされてしまっていた過去があるとすれば、気になるのは当然であろう。

 

リョウ「…悪い、それはできない」

 

だが、リョウは真実を告げようとはしなかった。

 

アイリ「どうして!? 何か言えない訳があるなら、それも説明して!」

 

何故か躊躇いの色を見せながらも発言を拒むリョウの意図も考えも理解できなかったため、舌鋒鋭く問いただす。

しかし言えないということは、リョウにとって不都合な何かがあるというのは明らか。

 

リョウ「それは…」

 

余程隠蔽したい内容なのか、言葉が続かず視線を下に落とした。

アイリは満身創痍の体を引き摺りながら、言い淀む彼の皺一つない服を掴み這い上がり胸に顔を埋める。

 

アイリ「あたし、本当のことが知りたいだけなの…。 何であたしの過去が消失してるのかも。 何でリョウ君があたしの過去に繋がりがあるのか。 あたしの記憶を消した犯人も。 全部、知りたいの。 他の誰でもない、あたしの事だから」

 

リョウ「………」

 

アイリ「あたし、短期間だけど、リョウ君がどんな人間なのか分かってたつもりだった。 でも、まだまだ知らないことだらけ。 過去に何かあったのかは分からないけど、色んな人から嫌悪される悪行を犯した人には思えない。 リョウ君に何があったとしても、あたしの過去にどんな風に関わっていたとしても、絶対に忌諱したりしないから。 どんな真実でも受け入れるから…だから、お願い」

 

弱々しく言葉を漏らすアイリは、年相応の女の子そのものだった。

 

最初は感情が昂り強めな口調となってしまったが、感情任せに言葉を振り撒いていては会話など到底成り立たないと反省し、誠意を込めて懇願する。

満身創痍の体を無理矢理動かし死に物狂いでリョウの服を掴む手は、気を抜けば直ぐにでも離され倒れ伏してしまうだろう。

それでもアイリは離しはしない。

口から出た弱々しい言葉とは裏腹に、真実を聞き出すまで離さないという強い決意の炎が確かに灯っている。

 

リョウ(………言わんとあかん時が来たってこと、なんやな…。 遅かれ早かれ、言わんとあかんのやろうけど)

 

幼子と説明する訳ではないので、取り繕った言葉などもう通用しないだろう。

大人の一歩手前の少女とは言え、告げるには些か問題がある気がしてならない。

果たして成人してもない心の成長途中の少女に、これから告げられる胸が締め付けられる切ない過去を受け止めることが可能だろうか。

懸念材料がこれでもかと脳内に浮かび上がるが、誤魔化しが効かない状況に追い込まれているのは確かで、逃げ道など無いに等しい。

 

躊躇いの念と後悔するかもしれない不安が心と脳内で混濁するも、真実を告げる時が訪れたのだと腹を括り口を開こうとしたのだが、

 

シャティエル「アイリさん!!」

 

その直後のことだった。

狙い澄ましたかのようなタイミングで二人の会話に横槍が入った。

 

アイリの身を案じたシャティエルが喉の奥底から声を張り上げ向かって来ていた。

周囲に木々が生えていないまっさらな平地と化しているこの場からは、豆粒程の大きさではあるもののシャティエルが来ていると遠目からでも確認できる。

 

アイリ「シャティ…! 良かった、無事だったんだ」

 

仲間の身の安全を確認し安堵し自然と笑みが溢れる。

しかしリョウとの会話はまだ終わってはいない。

シャティエル達を巻き込むのは致し方ないと言い聞かせ、リョウの方へと振り返る。

 

その瞬間、アイリの視界は漆黒に染まり、意識は手の届かない奥底へと沈んだ。

 

 

~~~~~

 

 

シャティエル「アイリさん! ご無事でしたか!」

 

アイリ「…う、うぅん……あれ? シャティ?」

 

憂虞した声によりアイリの意識は覚醒した。

いつの間にか気を失っていたようで、自身の体は質素な地面へと横たわっており、駆け付けてきたシャティエルが安否を確認する懸念そうな顔で覗き込んでいる。

端にはアイリの安否など特に興味のない様子のリベリオンが腕を組み空の彼方を見据えている。

 

シャティエル「本当に、無事で良かったです。アイリさん単独でアンドロマリウスと戦闘を続行していたので、致命傷を負っていたらと…最悪、死んでいたらと未来を予測すると、動力炉やコンピューターが狂いそうになり…苦しみを感じました」

 

仲間を超越し、同じ屋根の下で暮らす家族とも言える唯一無二の存在が命の危機にあるならば、居ても立ってもいられないのは当然の反応だろう。

シャティエルは大切な者を喪失する恐怖心と、アイリの無事だったことによる安堵により体が小刻みに震えている。

見かねたアイリは上半身を起こしシャティエルの首に腕を回し優しく抱き締め、子供をあやすように言葉を掛ける。

 

アイリ「心配してくれてありがとう。あたしは大丈夫だよ。シャティエルがしてくれた約束を破ることなんてできないもん。あたしは何処にも行ったりしないから大丈夫だよ」

 

シャティエル「はい…本当に無事で、良かったです。私、欠陥だらけですね。アイリさんが最も脅威と呼べる存在と相見え身心共に疲労困憊されているというのに、アイリさんに気を使わせ私が慰められているなんて」

 

アイリ「駄目な所なんて一つもないよ。失う怖さを知っていれば、大抵の人はこうなっちゃうと思うよ。あたしのちょびっと大きい成長途中の胸で良ければ何時でも貸してあげるよ。世界に広がるビッグな愛でシャティを包んであげるよ」

 

シャティエル「ありがとうございます、アイリさん…」

 

リベリオン「良い雰囲気を壊すけれど、あの悪魔はどうなったの?」

 

痺れを切らしたリベリオンが詫びれもなく会話に割り込んだ。

 

アンドロマリウスとの勝敗は、アイリの勝利により幕を閉じた。

消滅寸前のアンドロマリウスから自身の過去について問い質していたところ、謎の力が迫り気を失ってしまい、気付いたら彼の姿は何処にもなかった。

アイリは先程までの出来事を追想し、真っ先に違和感と謎が残っていることに気付き周囲を見渡す。

 

先程まで過去のことについて言及し会話していたリョウの姿が何処にも見当たらない。

 

アイリ「アンドロマリウスには勝てたよ。それより、リョウ君を見てない?」

 

リベリオン「世界の監視者?あいつが何か関係あるの?」

 

アイリは何も知らない二人に状況を説明した。

言葉として文章に表すだけでも可笑しくなりそうな雑然とした状況に二人も困惑を隠しきれてはいなかった。

 

シャティエル「アイリさんの過去、謎の力の接近、アンドロマリウスの消失、リョウさんの過去。同時に幾多の出来事が生起し複雑に絡み合っていますね」

 

リベリオン「意味不明な展開ね。短時間の間にこうも展開が進むのかしら?それと、私達が到着した時点でリョウはいなかったわよ」

 

アイリ「そう、だよね。さっきまで確かに居たはずなのに…」

 

シャティエル「可笑しいですね。アイリさんの発言によると確実にリョウさんはこの場に滞在していたことになるのですが、私がアイリさんの名前を叫んだ際にアイリさんの生体反応を確認できたのですが、リョウさんと思われる存在は確認できませんでした」

 

アイリ「あたし一人だけしかいなかったってこと?」

 

シャティエル「はい、仰る通りです。リョウさんがアイリさんの側に居た痕跡はありません」

 

自分は夢か幻を見ていたのではないかと錯覚してしまう。

 

意識が失われていた時間も数十分という長い単位ではなく、僅か数十秒と言える短すぎる期間。

その僅かな時間でその場から隠密に逃走を図るなど、姿が消えたと言わざるを得ない。

 

アンドロマリウスが消えたのと同等の現象なのではないかと推測も立てられる。

リョウも同様に神隠しにあったかのように姿を眩ましてしまったので、謎の力が関与、影響があるかもしれない。

存在自体が消失していないが、ヴィラド・ディアに捕食された際の現象に酷似している。

シャティエルやリベリオンに記憶が残存している時点で、真贋の見極めはできない。

 

アイリ「本当に…どういうことなの?あの良く分からない謎の力はリョウ君が使ってたものだとばかり思ってたけど、リョウ君も消えたってことは、やっぱりリョウ君じゃない別の誰かの仕業?」

 

リベリオン「謎の力、ね…」

 

シャティエル「リベリオンさん、何か心当たりがあるのですか?」

 

リベリオン「いえ、何でもない。それより、リョウまであの悪魔と同様に姿を消し行方が分からない状況は不味いんじゃない?」

 

シャティエル「ごもっともです。早急にユンナさんの元へ帰還し、事の顛末を説明しなければなりませんね。アイリさん、立てますか?」

 

アイリ「うん、大丈夫。ありがとうシャティ」

 

前触れもなく消え行方不明となったリョウの捜索を始める必要があるため、若干の焦りを抱えながらも、ユンナの元へ戻る決断を取った。

アイリもシャティエルと同様にリョウの身の安否を気に掛けていたが、それよりも不信感の方が強く、厚い雲が掛かったかのような陰鬱な気持ちとなっている。

答弁を述べられることなく、多くの謎や疑問だけが残り釈然としないまま、アイリとアンドロマリウスの因縁の対決は幕を閉じた。

 

 

~~~~~

 

 

リョウ「危なかった…今回ばかりは運に救われたわ」

 

鬱蒼と木々が生える、誰も踏み込むことのない木陰にリョウは佇んでいた。

緊張感が解かれたことにより大きく溜め息を漏らし、木々の枝や葉により日光が遮断された薄暗い天井と化した木々を見上げ、緊張感が解かれたことにより大きく溜め息を溢れた。

 

リョウはアイリが目を逸らした一瞬の隙を逃さず、『力』を使用してその場から退散した。

力を使用してしまった憤懣と、アイリに真実を告げられず突き放してしまった罪悪感に苛まれる。

アイリに過去を知られるわけにはいかないとはいえ、微量ではあるが力を発動させてしまったことにより更に葛藤に苦しむも、後には引けないのでどうしようもないと割り切るしかない。

 

リョウ「流石に力を使うのはもう控えた方がええな。 私用にしてはやりすぎた…」

 

?「本当に、今回ばかりはやりすぎですよ」

 

出現した動因も気配もなく、突如として瞬間移動とも呼べる何らかの方法でリョウの目の前に学生服を着た少女、マリーが現れた。

前触れもなくマリーが現れたことに驚愕する表情を一寸たりとも見せぬリョウは苦虫を噛み潰したような表情となる。

力を僅かに使用すれば、他者を騙す手練手管を弄するリョウではあるが、マリー相手だとその力は無意味となる。

 

マリー「真実を告げられないと判断して排斥したんでしょうけど、その代償は大きすぎますよ?アイリちゃんのためなのは重々理解してますけど、過剰な行動一つで全世界に影響が及ぶんです。私は…リョウさんを敵に回したくありません」

 

忠告を促す強い言葉とは裏腹に、悲哀に満ちた表情が浮かび上がる。

マリーにとっては数少ない同等の立場となる、寵愛の対象ともなる存在であるリョウを敵に回したくないという、歳相応の純粋な願いも籠められていた。

 

マリーの想いを読み取ったリョウは再度反省した。

感情が昂ると、勢いのまま私用のために力を存分に発揮してしまい、今回も同様に私用のために力を行使してしまう。

ピースハーモニアの世界での一件や、星空界での一件もそうだ。

過ちを重ね重ね犯してしまう情けない自分に怒りの念が膨れ上がる。

 

リョウ「ごめんマリー。何度もわしに注意してくれとるのに、わしは…」

 

マリー「私達は以前と違って、心や感情が芽生えてしまったんですから、仕方ないことです。溢れる感情のままに衝動的に体が動いてしまうものですよ。特に、大事な人のためなら、尚更です」

 

リョウ「じゃけどわし達はもう子供やない。それは言い訳に過ぎへん。……アイリには生涯幸福でいて欲しかった。転生した時点で叶わぬ願いなのかもしれへんけどな。過去のことを思い出せば、きっと辛苦する。知らない方が幸せなこともある」

 

アイリのためを思い過去を隠蔽しているが、言葉という形に表さなければ、アイリ本人にリョウの気遣いが通じるわけがない。

アイリを思っての行動に対して、切り裂かれるように心が痛む。

嘘偽りで固めた言葉を投げ続けるだけの善意は本当にアイリのためになっているのか、自問自答してもそれが正しいのかリョウ本人にも分からない。

 

マリー「アイリちゃんの事を思っているのなら、力を発動させるのは控えた方がいいです。いえ、もう発動させない方がいいです」

 

リョウ「ごもっともな意見やね。アイリの側にわしが一番おらんとあかんかもしれへんけど、今後のことを考慮すると距離を取った方がええかもな。悪魔の掃討も済んだことやし、ミカエルも文句は言わへんやろうし」 

 

今後のアイリへの対応を策定しなければならない状況となってしまい、思わず頭を抱えてしまうかと思っていたマリーは、迷いが一切ないリョウの即決に待ったを掛けた。

 

マリー「待ってくださいリョウさん。確かにこのままでは時空防衛局の方達に猜疑される展開に成りかねないですけど、アイリちゃんはリョウさんにとって…」

 

リョウ「皆まで言わんでも分かってる。でもわしは仲間や友と関わると、力を行使してしまう。みんなを守りたいと思う強い意思と善意を引き換えに、いつ覚醒するかも分からない世界を滅ぼす力を使い続けるのはあまりにリスクが高い。なら、わしは孤独の道を行くで。昔に味わった苦痛やから、慣れっこやわ」

 

マリー「……アイリちゃんはどうするんですか?」

 

リョウ「ピコに一任させる。一応他のユグドラシルメシアにも伝達しておく」

 

マリー「……分かりました。リョウさんは身を隠している間、私も同行しますね」

 

リョウ「監視も兼ねて、やね。了解。すまんねマリー、いつも迷惑ばかり掛けてしまって」

 

マリー「気にしてなんていませんよ。私も、どうにかリョウさんの中に封じ込めているその人を何とか対処できれば良いんですけど…幾百年経っても何も方法が見つからないから助力することもできない。私の方こそ、申し訳ないです」

 

リョウ「マリーはホンマに優しいな。だからこそ、マリーもわしのようになってしまったのが許せない」

 

マリー「鸚鵡返しですよ。私の気の弱さも原因の一つですし、全てはあの人が元凶です。もう気にしても埒が明きませんし、傷の舐め合いは無意味ですよ」

 

リョウ「そうかもしれへんな。何もせん訳にもいかへんし、監視者としての使命を果たしつつエクリプスとヴィラド・ディアの殲滅に専念しようかね」

 

今後の意向が決定した二人は互いに頷くと、まるでその場に最初から居なかったように姿を消した。




皆さん良いお年を!
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