それでも小説は(暇な時に)頑張って書いてます。
てなわけで本編どうぞ!
サタンフォーの一人である悪魔、アンドロマリウスと、異世界にまで名を轟かせる魔王、アルシエルと会合した濃密な日から、早くも二日が経過した。
天界で過ごす日常に何かあったかと言うと、特別変わった出来事は起きてはいない。
ルシファー自身、アンドロマリウスとの一件を誰にも話してはいなかったから。
天界に関わる重要な事柄だが、四大天使に報てしまえば、間違いなく罠だと口々に出し止められるのが関の山なのは目に見えて分かる。
これは自分自身の問題だと捉え、抱えきれない重荷だと理解した上で誰一人として悪魔との取引のことは話さず伏せている。
ルシファー「………このまま、取引に応じていいのだろうか…?」
シェオルの警護等が非番の休日。
買い物や趣味に没頭し心を癒すわけでもなく、更なる力を求め鍛練することもなく、自室に閉じ籠り考えを巡らせていた。
誰に問い掛けたわけでもない言葉に答える者は勿論いない。
二日前のあの場で取引を持ち掛けられた際は、魔王アルシエルとの接触も重なり突然訪れた吃驚なことばかりで僅かながら動揺していたため冷静に事を考えられなかったが、時間が経過した今、潜考するとあまりに胡散臭い。
天使族の中でも有数の実力者に態々接近し仲間にしようと勧誘を図ろうとする行動は能率が悪いと言わざるを得ない。
聞く耳を貸さず一蹴されるのが落ちだと分かりそうなものだが、失敗する確率が高い非効率的な勧誘を選んだのが謎だった。
しかしルシファーはその謎を解き明かす鍵は自分自身だと嫌でも察することができた。
天使と悪魔の長きに渡る戦いを終わらせ、天界に未来永劫続く平和を齎す。
ルシファーが想い描く理想にして悲願。
いつになる見当がつかないが、必ず実現しようと日々鍛練に励み邁進してきた。
しかし最近になって、戦えど不変しない現状に焦り覚え、不満を感じ始めていた。
そして時に憑依した悪魔のように囁く声が、嫌でも脳裏に思い浮かび聞こえる。
───どのような悪辣手段を用いてでも、天界を変えてしまえばいい。
この邪推な想いに、アンドロマリウスは付け込んできたのだと推測できた。できてしまった。
ルシファー「………天使の名に泥を塗っているようなものだな」
邪な考えだと自分に言い聞かせてはいたが、アンドロマリウスの甘美とも言える勧誘の言葉に希望を持った自分に苛立ちを覚える。
?「随分と思い悩んどるみたいやね」
自分一人しかいない筈の一室に他者の声が聞こえ、徐に剣を召喚し声の聞こえた方角に切っ先を向ける。
分厚い鉄板すらも一刀両断するであろう、隅々まで手入れの行き届いた剣を向けられた不法侵入者は動じることもなく椅子に座っている。
様々な世界では『世界の監視者』という二つ名で知れ渡っている人物、リョウ。
ルシファー「っ……何の用だ、世界の監視者」
断りもなく突如として現れたリョウにルシファーは敵意を込めた目を向ける。
リョウの過去を知るルシファーからすれば悪魔以上に厄介極まりなく危険な存在なため、訝しいと思うのも無理はない。
リョウ「先日アルシエルに会ってね。その時にルシファーの件を小耳に挟んだんよ。前にルシファーには世話になったし少しでも助力できればええなと思い参上したってところかね」
ルシファー「俺は貴様に頼ろうなどと思ってはいない。早急にこの世界から去れ」
リョウ「お節介なのは承知しとるよ。ルシファーには昔に世話になった仲間の内の一人やと思っとるから助けてやりたいと思っとるんよ。だから単刀直入に言わせてもらうわ。アンドロマリウスとの取引は無視せえ」
どのような助言を与えられるのかと思えば、開口し述べられたのは取引の謝絶。
天使族に賛同を得られないのは理解してはいたが、異世界人にまで否定させられるということは、やはり悪魔との取引は真面ではないのだと痛感させられる。
しかし、ルシファーの信念は曲がることはない。
ルシファー「悪いが取引には応じる。それで天界に平和へと光が差し込むならば」
リョウ「おいおい…向こうから提案してきたとはいえ、悪魔が正当に取引に応じると本気で思っとるわけやないやろうね?」
ルシファー「俺も正当に取引に応じるとは思ってはいない」
リョウ「最終的には実力行使か。まさか何の準備もなしに?」
ルシファー「その為に日頃の訓練を怠ることなく続けてきた。サタンフォーにも引けを取らないと自負している」
リョウ「それは一対一を想定して言っとるんやない?相手側は次に来る時は一人で来るなんて断言してない。つまりいざとなれば軍勢を率いて返り討ちにされる可能性もある」
至極真っ当な意見だろう。
勿論だが頭脳明晰なルシファーは敵が複数いる場合も想定済みではいる。
だが確実に勝てる見込みがあるわけではない。
悪魔兵やグレムリンといった雑魚相手ならまだ対処は十分に可能ではあるが、幹部クラスの悪魔やサタンフォーの誰かが増援に来れば苦戦は免れない。
戦略的撤退も可能だが、果たして頭で思い浮かぶイメージ通りに事が円滑に進むとは限らず、最悪の場合訪れる結末は死だ。
ルシファー「……天界のために命を掛けられるのならば本望だ」
リョウ「勇敢ではあるが美徳ではないな」
ルシファー「何?」
リョウ「天界のため、天使族の仲間達のために戦うのは素晴らしいことなんやけど、そのために自分の命を無下にするのは違うんやないかね」
ルシファー「俺は天使族の中でも相当の力を有する者だと自負している。力を持つ者なら、それ相応の責任が伴う」
リョウ「ごもっともかもしれへん。でも、その結末に自分は幸せであんのか?最終的には己自身が幸福でなけりゃ何事にも成功とはならんぞ。人生ってのは自分が幸せでないとあかんもんなんやぞ」
ルシファー「俺の行く道は俺で決める。貴様に指図されるつもりはない」
リョウ「……まあそれも正論ではある。考えは人それぞれ、十人十色やし。でも、やっぱり使命のために己の心を誤魔化すのはやめた方がええと思う」
ルシファー「俺が誤魔化しているだと?どのような自信があって…っ!」
分かりきった口調で言い放つリョウを見ると、彼の左目は黄金色に染まっていた。
見下すわけでも威圧するわけでもない、ただ不気味に煌めきを放つだけの瞳にはルシファー自身の顔が写し出されている。
ルシファー「本当に厄介、いや、忌むべき能力だ。俺の心を見たのか。趣味が悪いな」
リョウ「何百回と言われてもう慣れとる。わしは大切な仲間のために動いとるだけじゃ。自分に嘘を付くのはやめることや。後悔しか残らへんで」
ルシファー「貴様が言えば説得力があるな。経験談なのだろう?」
リョウ「ああ、そうや。現在進行形でな」
悲哀を含めた声色で頷く。
リョウの過去を少なからず知るルシファーは彼の傷心を抉らぬようこれ以上話題を広げることしなかった。
リョウ「わしのことはどうでもええ。ルシファー、当たり前やけどお前は死を恐れている。天界のために戦うのは本望じゃけど、そのために散華したくはない。ラミエル達、大切な仲間達と平和となった天界で老衰するまで暮らしていきたい。これが本音じゃろ?」
一言一句として間違いの無さに押し黙るしかない。
心を見られたのだから間違いなどある筈がないのだが、直隠しにしていた本心を他者から突き付けられると動揺してしまう。
直隠しにしていたというより、圧し殺していたという表現の方が近いのかもしれない。
天界に降臨した秀才と幼き頃から期待の眼差しを向けられながら育ってきた。
自分には長きにわたる悪魔との抗争を終結へと導ける力がある。
それならば、自分に授けられた恩恵とも言える力で天界の運命を変えていきたい。
悪魔との戦いは激化していき、何時かは散華する覚悟を持ち挑まなければならない時が来るのは必然なのは理解していた。
遅かれ早かれ訪れるのは頭では理解出来ていたのだが、いざその時が訪れると、心の整理が追い付かなかった。
一人前の立派な戦士だが、ルシファーは人間で言う十代後半の青年。
自身の描いた未来を描いた夢を持ち、そのために奔走している真っ只中の年齢で、死を覚悟し戦闘に赴くか、全てを捨て悪魔へと堕天するか、究極の選択を迫られる決断をするのは酷なことだろう。
仲間や友、帰る場所があるからこそ、強くいられた。
強くいられるよう心をを奮い立たせ、いつか迫り来る選択に対し恐れをなす己を誤魔化していただけなのかもしれない。
誰の心にも存在する弱さ、本音を隠すために、様々な人の希望となる存在としてあり続けるために誰にも
───俺もまだまだ未熟だったというわけか。
アルシエルと対談していた時に覚悟は固めた筈だったが、怖じ気付いたのか、本心が偽りの心に抗ったのか、迷いが生じてしまっていた。
現在も部屋で閉じ籠り逡巡するばかりでいるのは、退嬰しているのと同様なのかもしれない。
リョウ「沈黙は肯定と捉えるで。まだ若いんやし、焦る必要はないし無理に敵陣に突っ込む必要はないで。今みたいな生半可な覚悟じゃ余計死に急ぐ結果に成りかねへんし」
ルシファー「………アルシエルから、どのように行動を起こせば悪魔らしく振る舞えるか考えろと言われた」
俯いていたルシファーは顔を上げた。
全てを捨て去ることを決然したような、何処か諦めにも似た感情が籠った瞳。
想いの強さはその目を見るだけで伝わってくる。
しかしリョウは良しとは捉えなかった。
観察眼が優れているとは決して言えないが、ルシファーの目から諦念が見て捉えることが出来たから。
自身の想いや夢を無視してまで目的を為そうとしている。
リョウの言う全てはあくまで今ある立場や環境を捨て去るという意味合いだった。
最初から想いを捨て去り無理矢理に、我武者羅に事を為せば、後に後悔が残ることが分かっていたからこそ、無理強いはしなかった。
嘗ての自分に当てはまる現状。
可能であれば回避させてやりたい。
自分のように不幸に染まらないためにも。
ルシファー「貴様に頼みがある」
リョウ「…まあ一応聞こうか」
ルシファー「俺は、悪魔へと堕天する。だが、完全に悪魔に染まる訳ではない。信用を勝ち取り、内部から奴等を滅ぼすためだ。言葉だけでは奴等は信用するに値しない可能性もある。そこで、俺は闇の剣を手にし、更にサタンフォーの一人を殺す。そして俺が新たなサタンフォーの一人として君臨する」
リョウ「まあ悪くはない…とは言えへんな。天使族に戻れる保証も確証もあらへんし、闇の剣、ティルフィングを扱えるとは到底思えへん」
ルシファー「そんなこと重々承知だ。だが俺はやる。やってみせる。例えこの身が、力が穢れようとも、俺の志だけは変わらない」
即興で勘案したわけではないことはリョウにも分かってはいたが、荒唐無稽であることは間違いない。
天使族は闇に属することのない、光の存在。
相対する関係にある闇に触れることなど先ず有り得ない。
況してや自分の力として取り込もうとするなど以ての外、禁忌を犯すことだ。
適正することのない力を取り込もうと考える時点で正気の沙汰ではないと思われるところだが、生憎とリョウは天使族ではないため忌諱することはない。
ルシファーが夢見る世界を作り上げようとする意欲は本気そのもの。
冗談半分で語る半端な気持ちではないのは、弱さを直隠してでも強くあろうとする眼差しを見れば理解できる。
天界を捨て去り、天使達仲間達を捨て去り、期待を裏切り、敵の領地に足を踏み入れ、闇一色に染まらなければならない。
良心の呵責に耐えられないだろうが、己の気持ちを圧し殺してでも為そうとしている。
後顧の憂いがないように、後悔して踵を返す前に、楔のように固く打ち込まれた覚悟が薄れる前に。
リョウ「本当なら止めないといけん立場なんやけど、無下にはできへん思いもあるしな…」
ルシファー「闇の剣は異世界に行かなければ入手は不可能だ。貴様にしか頼めない。頼む、どうか俺の野望のために助力してもらえないだろうか?」
リョウ「さっきまでお前の力はいらないと発言していたのに、随分と都合がええのう?」
ルシファー「理解しているつもりだ。悔しいが、俺自身で為すには限界がある。なら俺は手段を問わず、使えるものなら躊躇なく利用する。そうでもしなければ、成し遂げられない」
嘆願し頭を下げるルシファーに睥睨するリョウの意見は尤もだ。
しかしその後のルシファーの発言を聞き、リョウは僅かだが口角を緩めた。
リョウ(もう悪魔への第一歩を歩んでるとも言えるのう…)
目指す目的のためならば手段を選ばない、他者のことなど委細構わないといった恣意的な思いは悪魔にも通ずるものがある。
意図せず闇への一歩を踏み出しているルシファーに嘱望してもいいのではないかと思えた。
良心が有る限り完全に闇に染まることはないだろう。
しかし僅かに生まれてしまった闇は知らぬうちに膨張していく。
一度根付いた闇は振り払われることは無く、最悪歯止めが利かなくなるまで侵食を続け、心を闇一色に染め上げる。
余程の事がなければ光が差し込むことはないだろう。
ルシファー「貴様もあの頃はそうしてきたのだろう?形振り構わず使えるものは使い、信頼していたものすら簡単に切り捨ててきた。なら俺もそうしていくだけだ」
リョウ「その意気込みは良しなんやけど、最終的にはわしのようにはなったらあかんからな?例えティルフィングを手にしたとしてもや」
ルシファー「悪いがその保証は「いいや、約束してもらう」…っ!」
嘗てない程の威圧感にルシファーは咄嗟に頭を上げ、無意識に後退りした。
リョウの左目は黄金色に染まっており、怒りの籠った声色に似つかわしくない無表情には言葉にならぬ恐怖を掻き立てる。
最悪の結末の訪れを許さない意が猛然と押し付けられるような圧迫感すらある。
リョウ「わしがどうなったか知っとるやろ?ならバッドエンドになることは許さん。わしが協力するからには最終的にはハッピーエンドで終わってもらう」
ルシファー「お節介だな。貴様の仲間を想い動く執着は凄まじいな」
リョウ「良くも悪くも、仲間がいたからこそ、今のわしがある。主にユグドラシルメシアのみんなやけど、ルシファーだって含まれるんや。だから恩返しとして、今回は協力しよう」
ルシファー「…感謝する、リョウ。貴様にも色々と立場があるのに…忍びない」
リョウ「構わんよ。世界の事柄に深く関与してはいけんところやけど、正直今更やわ。今まで何度もあらゆる世界に関わってきたんやし」
闇に手を染めようとしているにも関わらず指弾せず話を聞いてくれたことに感謝の言葉を告げるルシファーに、左目から黄金の煌めきが消えたリョウは笑みを浮かべ返した。
内心ばつが悪いと思っていたリョウの発言は意見の押し付けにも捉えられても致し方ないだろう。
基本リョウは何も言わず相手の意見、決断を尊重する人間。
しかし、最悪の結末を迎える展開だけは避けたい念は、誰に対しても一歩も引かない。
仲間や友人には、自分が辿ったような悲惨で凄惨な人生を歩んでほしくはないから。
ルシファーの我武者羅にも似た決意の表れを実感し、もう話すことなどないと視線を外し、ワールドゲートを出現させた。
リョウ「悪いけど今から行くで。仲間とお別れしてたら怪しまれるけえ」
ルシファー「…分かった。行こう」
今まで関わってきた仲間達に別れや感謝の言葉を告げることなく、生まれ故郷を去らなければならないのは辛かったが、躊躇はしなかった。
全てが終われば必ず戻ってこれる。
訪れるかも分からぬ終結に一縷の望みを掛け、歩みを進める。
ルシファー(必ず成し遂げる…だから、その時まで暫しの別れだ)
心の中で故郷と仲間に辞去の言葉を告げ、ルシファーは堕天するための旅路へと踏み出した。
リョウとルシファーが通過したことを確認したかのように、ワールドゲートは役目を終え消滅した。
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ラミエル「おーいルシファー邪魔するぜ~って、あれ?」
リョウと共に天界を去ったルシファーの部屋に親友であるラミエルが不躾にノックもせず返答も待たずに入室してきた。
部屋は静寂に満ちており、当然の事ながら誰かがいる気配などない。
ラミエル「今日は非番だからいると思ったんだけどな。暇そうだったら手合わせを願おうとしてたのに。それにしても、あいつが部屋の電気も消さずに退出してるなんて珍しいもんだな」
ラミエルは部屋に入室して早々に違和感に気が付いた。
ルシファーの自室の電気が付けっぱなしで放置されていたこと。
第三者から見れば何の違和感もない、ただ消し忘れたのだろうと無頓着でいるだろうが、生まれた幼い頃から長い付き合いである旧友のルシファーの性格は知り尽くしている。
几帳面な彼ならば、外出する際は必ず電気を消す。
余程の急用があれば話は別なのだが、今日は非番のため呼び出されることは先ずない。
ラミエル「……仕方ねえ、出直すとするか」
色々と考えてはみたものの、難しい事を考えるのが苦手なラミエルは直ぐ様思考を止めた。
誰もいないことを確認し、消し忘れたであろう部屋の電気を消し退出した。
ラミエル「な~んか不自然な気もするし、嫌な気もするけど…考えすぎだよな」
何か起きたのではないか、良くないことが起きる前触れのようなものを直感的に感じ取ってはいたが、胸の内に掛かる靄は気のせいだと割り切ることにした。
まさか親友が堕天使に進んでなろうとしているなどとは思いもしないだろうし、知る由もない。
数日後、ラミエルは後悔の念に押し潰されることになる。
もう少し早く部屋に足を運んでいれば、友の過ちを止められたのではないかと。
もう少し憂慮していれば、手を打つことが出来たのではないかと。
親友である彼の心情に気付き、悩みの種を汲み取れたのではないかと。
光ある未来のために闇を手にしようとしたことにより、心の隅に沸き出て生まれたどす黒い闇は、ルシファーという一人の天使の人生だけでなく、固く繋がれた友の絆さえも終らせることとなった。
熱中症にならないよう水分補給をしっかりしましょう!