ルシファー「これが、俺が堕天した理由と経緯だ」
淡々と語ってはいたものの、当の本人のルシファーは未だ放心状態にある。
事の顛末を聞き終えた天使達もよほど衝撃が強かったのだろうか、言葉が出ず、拒絶したくなる程の沈黙が重くのし掛かる。
リョウ「……それで、サタンがおらんってのはどういうことなん?」
悪く言うと空気を読めていないが、重苦しい沈黙をリョウが破った。
ルシファーが堕天したのは現代から約600年前の出来事。
天使族や悪魔族からすれば短い時間なのかもしれないが、それでも数百年という単位の時間の間、何故誰も気付かず、疑問視することがなかったのか謎でしかない。
リリス「何故サタンがいないのか。それは私がサタンを殺したから」
リョウ「…は?なんやと?」
リリス「あら、そんな大きな耳をしておいて聞こえなかったのかしら?私がサタンを殺したのよ」
想像が及びもつかないことにリョウも思わず混乱し聞き返すも、返答は変わらず。
マリー「何故、そのような無意味なことを?」
リリス「あなた達にとっては無意味なことだと捉えられるでしょうね。でも私にとっては重要なことなの。私の野望を叶えるための肥やしになってくれたのだから」
リョウ「前にも言うてたな。何するつもりなんや?」
リリス「なんだっていいじゃない。兎に角、サタンは私の力を蓄えるために犠牲になっただけ。そして抹殺したタイミングでルシファーが堕天した、ただそれだけよ」
ルシファー「馬鹿な…俺が堕天した後、サタンと接見した!」
リリス「そのサタンってのは私が生み出した幻影よ」
リリスがかるく手を翳すと、背後の椅子に腰掛ける荘厳で悍ましい悪魔の姿が出現した。
勿論映像によるホログラムではなく、一目しただけでは虚像とは思えない。
サタンが偽物だという証拠を突き付けたリリスは幻影を消し去り、再度ルシファーへと向き直る。
リリス「本当に悪魔って種族は愚かで馬鹿な集まりね。私が作り出した幻影だと気付くことも出来ず、何百年ものうのうと過ごしているんだから。あのサタンフォーですら気付かないんですから、噴飯ものよね」
セラヴィルク「確かに馬鹿な奴等だな。それ以上に、天界を救おうと躍起になっていたルシファーの覚悟も努力も全てを無下になったってのが笑えるぜ。お前の約600年、棒に振ったようなもんだ」
リリス「それだけじゃなく、関係ない天使族や人間、異世界の者達に多大な被害を与えた」
容赦なく嘲る二人の言葉に、ルシファーは顔面蒼白となる。
仲間や友人、帰るべき場所を捨て、自分の種族すらも変え、望んで手にしたわけではない闇の力を得た。
故郷である天界の未来永劫の幸福を切に願い、自分の全てをかなぐり捨て非難される覚悟を経て歩んできた壮大な歩み。
成し遂げなければならない一世一代の事柄が最初から存在せず、全てが無駄だと、無下になったと宣告されれば、心が折れても不思議ではないだろう。
ラミエル「………じゃねぇよ…」
セラヴィルク「あ?何か言ったか?」
ラミエル「あぁ、言ったよ。ルシファーのやってきたことは、無駄なんかじゃねぇ!」
血が滲む程にまで拳を握り、先刻まで俯いていたラミエルが殴り掛からん勢いで前に出て物申した。
ラミエル「確かにこいつのやり方は間違っている。俺という友がいながら、信頼し合える仲間がいながら何一つ相談もせず突然いなくなる大馬鹿野郎だ」
セラヴィルク「やっぱそうじゃねえか。一人で突っ走った結果、自分の存在意義を失った愚か者じゃねえか」
依然として嘲笑う態度を崩さないセラヴィルクの頬に微小な電撃が掠った。
超人的な身体能力を誇るセラヴィルクでも反応できなかった高速の稲妻。
電撃の源は勿論ラミエルで、その顔の表情は憤怒で染まりきっている。
ラミエル「最後まで聞けよ。こいつは、俺達天使族ののために、全てを捨ててまでより良い世界を作ろうとしてくれたんだ。誰かに感謝されるためでもなく尽力するってのは、簡単そうで難しく覚悟がいることだ。況してやそれが世界を丸ごと変えちまうのことで、自分の未来がどうなるかも分からない不利な状況になるのは確定とも言えるのに、だ」
ルシファー「………」
ラミエル「敵対する悪魔族がわんさか蔓延る冥府界に偵察や哨戒しに行くだけでも五体満足で済むかも分からねぇ危険極まりない任務なのに、こいつは恐れることなく敵地に潜り込んで、何百年も反逆を起こす機会を伺って、死んでも拒みたかった悪魔の勤めを文句を吐かずやり遂げてきた。生半可な覚悟がなけりゃ決して行動に移すなんてできねぇ偉業だと俺は思うぜ。ただ、やっぱり黙って俺達の元からいなくなったことや悪魔として躍進してきたことは決して許せねぇけどな。でもな…」
力なく俯き地に膝を突いているルシファーに近寄り、手を差し伸べた。
ラミエル「堕天したからって俺はこいつを軽蔑したりなんてしない。俺はこいつを、たった一人の親友のした覚悟ある決断の行動を心から尊敬する」
堕天し悪魔として約600年も天界や人間達に被害を与えてきた罪は重いと言わざるを得ないだろう。
重罪を犯したが、ラミエルは彼を攻めることなく赦免し称揚した。
無論、全ての罪を許したわけでは勿論ない。
犯してきた罪は一生を掛けてでも償ってもらうつもりでいる。
親友として、戦友として歩み続けてきた時間は掛け替えのないもので、友情に大きな亀裂が生じようとも、長年培われた絆は容易く壊れる脆いものではない。
ルシファー「……俺は、許されない大罪を犯した。尊敬に値する存在では、断じてない」
ラミエル「俺がそう思ってるからいいじゃねえか。でもそうだな、ルシファーが許せないってなら…」
ミカエル・ウリエル「っ!?」
差し伸べた手を拳に変え、ルシファーの頬を思い切り殴った。
防御体勢も録に取れていないルシファーは数回横転し地に倒れ伏す。
立つ様子もなく無様に倒れるルシファーまでラミエルは早歩きで近寄り、胸ぐらを掴み無理矢理立たせる。
ラミエル「取り敢えず俺という友を見捨てた罪はこの一発で許すぜ。自分自身を許せないのなら、もう一度天界に、俺達の元に戻ってこい。そして悪魔族に被害に遭った天使を援助しろ。天界は広大で、シェオルだけが被害を受けてきたわけじゃねぇ。辺鄙な土地でも苦しんでる奴等がいて、復興の目処が立たずに苦悩している天使も多い筈だ。罪を消し去ることなんてできはしねぇ。一生背負って生きていくしかないなら、行動で取り返していくしかねぇだろ」
ルシファー「俺に、やり直す機会があるのか?」
ウリエル「んなもん誰にでもあるに決まってでしょ。やるかやらないかは本人次第よ」
ミカエル「あなたを無実で済ますなど甘い判決を下すつもりは毛頭ありません。ですが、罪は償ってもらいます。あなたの処遇は未だ不完全ですが、贖罪としてラミエルが言った活動をしてもらうことになります。数百年、数千年もの長期間を牢獄で過ごすよりその方が効率的ですしね」
ラミエル「安心しろ、お前のダチ代表として罪滅ぼしとしての活動は手助けしてやるからよ。さあ、お前はどうすんだ?」
胸ぐらから手を離し、微笑みながら再度手を差し伸べる。
笑みを浮かべていられるのは、まるでルシファーが再び天使族の元へと戻り昔のような生活へと戻れるのを確信しているかのよう。
世界の命運を変えようと禁忌を犯した自分を未だに受け入れてくれる親友の寛大な対応に、思わず目から涙が溢れ頬を伝っていく。
大義を為そうと疾走し続けてきた数百年は無駄に終わった。
だが自分はこの薄暗い闇に覆われた世界ではなく、日の光を浴びる輝かしい世界で、帰るべき世界で為さなければならないことがある。
自分の犯した過ちの後始末という大義。
一生牢獄で余生を過ごすか、処刑されるところなのだろうが、罪を償う機会を与えてくれた友人と天使の長達に感謝してもしきれない。
自身が犯した過ちと、寛大な処置を無駄にしたくない心を胸に抱き涙を拭い差し伸べられたラミエルの手を取り立ち上がる。
ルシファー「俺は、やり直す。死ぬまで背負った罪を償うその時まで、天界で戦おう」
ラミエル「よく言った!それでこそ俺の心の友!」
ウリエル「ルシファー、あんたの贖罪は後だ」
ミカエル「先ずはこの場を切り抜けるのが先決です。まだ悪魔の残党も残っていますしね」
自責の念が完全に消失したわけではない。
だがその目に絶望という色に染まっておらず、新たな希望に向けて前進していく強い意志を感じ取れる。
セラヴィルク「あーあ、これじゃ勧誘どころじゃねぇな。しょうがねえ。大人しく撤退するか」
リョウ「おい、何帰ろうとしとるんや?このわしがエクリプスの頭領を見逃すと思っとるんか?脳内お花畑かよ」
口を挟まなかったリョウが睨みを利かせながらアルティメットマスターを抜刀し、目で追うのすら困難な縮地走法でセラヴィルクに接近し有無を言わさず一閃する。
いとも簡単に上半身と下半身が真っ二つになる一閃は、セラヴィルクの磨き上げられ艶のある漆黒のガントレットにより防がれ、大広間に甲高い金属音が響く。
セラヴィルク「おっとっと危ねぇ。『赤剛烈破』!」
ガントレットに装飾された赤い宝玉が不気味に輝いたかと思うと、凄まじい衝撃波がリョウを襲う。
微かに体を反らしたものの、完全に回避することは叶わず、気を緩めたら気絶する勢いの衝撃波が体を殴り付け後方へ吹き飛び壁へ激突した。
セラヴィルク「結果も残せない堕天使にはもう構ってられねぇな!『赫宝光』!」
宝玉から幾つもの紅蓮の光線が放たれ、薄暗い玉座の間を真っ赤に照らされる。
乱雑に放たれた光線をラミエル達はすり抜けるように回避するも、避けた先に待ち受けていたのは体がへし折れる程の衝撃。
四大天使であるミカエルとウリエルも反応できなかったようで、床に墜落してしまった。
リリス「あら、私を忘れてない?パーティーに呼ばれなかったら流石の私も悲しくなるわよ」
全く口出しせず沈黙を貫いていたのと、エクリプスの頭領という危険人物を前に空気になりつつあったが、悪魔の生き残りであるリリスが触手による『デスペラードクラッシャー』でラミエル達を叩き落としたのだ。
油断していたわけではなかったが、もう一人の存在が眼中になかったのは落ち度と言える。
ラミエル「ってぇな…。てめぇはエクリプスの仲間にでもなるのか?」
リリス「私はそんな野蛮な存在に興味なんて微塵もないわ。私はただ野望のために動いているだけ。そのために今はこの場から去るためにあなた達を潰すってだけ」
セラヴィルク「利害の一致ってことだな。足引っ張るなよ?」
リリス「同じ台詞を返すわ」
天界で行われたディーバのコンサートの時の戦闘とと同様に、互いの利害の一致により再度協定を結ぶ形となった。
最悪な結果に刻苦しそうだと舌打ちしたラミエルは口に溜まった血を吐き捨て立ち上がり、雷を拳に纏わせ巨大な爪を形作り、『スタティッククロー』を生成する。
セラヴィルク「おっと残念没収だ」
技を発動させたのを見かねたセラヴィルクは即座に能力を発動させる。
岩をも抉る鋭い形状をしていた爪が瞬時に崩壊し、雷はセラヴィルクの手中へと奔流し溜まっていく。
悪を撃つための電撃はセラヴィルクの拳に纏われ、悪が使役する新たな戦力と成り下がった。
セラヴィルク「お前のその物騒な聖剣もだ」
中でも危険度が極めて高いティルフィングを所有するルシファーにも能力を発動させ強奪しようとする。
しかし数秒経過しても自分の方へ吸い寄せられては来なかった。
微動だにしないティルフィングに違和感を覚えたが、熟考することなく宝玉から紅蓮の光線、『赫宝光』を滞空しているルシファーに向け射ち始める。
セラヴィルク「その聖剣の効果だな!」
ルシファー「貴様の能力、ティルフィングの闇には通用しないようだな」
意図して発動しているわけではなさそうだが、ティルフィングの膨大な闇の力がセラヴィルクの能力を搔き消していた。
能力の影響を受けないと分かり、紅蓮の光線を回避しつつ直往邁進していく。
リリスも触手の先端から光線を放とうとするが、触手の一本が硬直した。
目線を向けると、ミカエルが触手を鷲掴みにしていた。
筋肉質な体つきでもない細身な体とは思えぬ怪力で掴まれており、触手は微動だに動かない。
ミカエル「能力まで奪われるのは厄介ですが、素手ならば問題なさそうですね」
リリス「格闘家でもない天使が素手だけで私に抵抗するなんて、舐められたものね」
ウリエル「技を使わないなんて一言も言ってないよ。『神秘なる炎舞』!」
セラヴィルク「馬鹿が!その力貰った!」
マリー「残念ですが、無理ですよ」
螺旋状に渦巻く炎はセラヴィルクにより奪われる筈だったが、ティルフィングの時と同様に吸い寄せられることはなかった。
再度不発に終わった結果に苛立ちを募らせ、能力を無効にしている張本人、マリーを睨む。
威圧感を纏わせる射るような視線を向けられても一切動じず、金色に光る瞳で敵を捉えている。
マリー「私の能力は爆破に特化していますけど、炎も僅かですけど操ることは可能なんです」
セラヴィルク「四大天使の撃つ技を操るとかどこが僅かだよ。本当にお前達のその『力』は化け物と言わざるを得ないな」
マリー「好きに呼んでもらって構いませんよ。慣れっこなので。『爆散華』!」
ウリエルの炎を取り込んだ橙色に仄かに光る一発のエネルギー弾がセラヴィルクに目掛け放たれる。
玉座の間の扉を破壊した時のものより威力が格段に跳ね上がっているおり、命中すれば誰であろうと無事では済まないだろう。
リリス「あなたはまだ利用価値があるから死なれては困るわ。『アブソリュート・インバージョン』」
リリスがセラヴィルクの前へ降り立ち、マリーの技を跳ね返した。
マリー「っ!?皆さん逃げてください!!」
進行方向が反転し戻ってくる光弾をマリーは慌てた様子で咄嗟に腕で弾き返し部屋の隅へと弾こうとしたが、壁に着弾する前に空中で爆発し華麗な花火が咲き誇る。
先程とは違い、全力ではないが人一人を葬る一撃の威力は凄まじく、頑丈な黒い石造りの天井は亀裂が広がる暇さえ許さず瞬時に瓦礫と化し崩れていく。
瓦礫の下敷きになる前に各々戦線を離脱し散り散りとなる。
誰もが回避に専念するなか、ルシファーはティルフィングとクラウソラスの二本を駆使し瓦礫を斬り砕きながらリリスを追跡していた。
何としても彼女を逃がすわけにはいかない。
何故サタンを殺害したのか、内容は不透明だが良からぬ事を企てている謎だらけの危険人物を野放しにするわけにはいかない。
リリス「あら、もう追い付いたの?」
ルシファー「逃がさんぞ。『シャイニングべネディクション』!」
クラウソラスから眩い光が溢れ、薄暗い世界を太陽が照らす真昼のように耀かせる。
技を放つ対象となるリリスの周囲に白色の淡く輝く光の球が数十個出現する。
浮遊する光の球は幻想的で、我を忘れて見入るものがあるが、技を放たれた本人は見惚れる余裕などなく、人によっては死へと誘う終末の光にも見えるだろう。
逃げ場を失くす程にまで空中を漂う数十個の光の球から光芒が放たれ、リリスの身を焦がしていく。
苦痛の声を漏らす間もなく、リリスの上空から極太の光芒が降り注ぎ止めの一撃が放たれた。
死なない程度に加減はしたとはいえ、悪魔族の者は光の属性に対する耐性が低いため、五体満足にはいかない瀕死になっている可能性が高く、少々やり過ぎてしまったのではないかと思ってしまう。
異世界に逃亡させられるよりかは遥かに良いため、全力で臨む必要があったことに間違いはない。
ルシファー「さあ、貴様の目的を話してもら…なっ!?」
光芒が放たれた箇所に横たわっていたのは、ラミエルだった。
我が目を疑った。
確かに自分はリリスを追い痛恨の一撃を与えた。
だが現在瞳に映っているのは紛れもなく旧友であるラミエル。
ラミエル「る、ルシファー…なん、で、どうして…」
弱々しく口から溺れる言葉から感じ取れるのは、信頼していた友から裏切られた悲哀と失望。
純白の翼は神々しい光により焼け焦げ、体中には痛々しい傷があり夥しい出血量により血溜まりが生成されている目を背けたくなる酷い惨状。
ルシファー「な、何故だ…俺は…こんな…」
ラミエル「お前の、ことを…信じて、いた、のに……」
その言葉を最期に、ラミエルは事切れた。
故郷である天界を捨て、悪魔に魂を売った不可逆な筈の自分を許し信じ、共に罪を背負うと誓ってくれた、たった一人の親友が、目の前で命を散らした。
それも、自分の放った技によって。
ルシファー「ら、ラミエル…。そんな…俺が…俺が、殺した…」
起こす気はなかった、起こしたくなかった信じたくない現実が突き刺さる。
リリス「あらあら、死んでしまったわね。可哀想に」
ルシファーの背後から技を受けていた筈のリリスが現れ、耳元で囁くように語り始める。
同士討ちを狙ったのもリリスの策略。
ルシファーが逃がすまいと血眼になり追っていたのは、リリスを追っていたラミエル。
リリスは逃走しつつ幻術を使用し、ラミエルの姿を自分の姿へと認識させるように細工を施していた。
幻術に騙され掌で踊らされたルシファーは、リリスだと認識したラミエルを撃ってしまった。
リリス「彼は最期まであなたを信じ、戦ってきたのに、その想いをあなたは簡単に壊した。あなたが堕天した後も、彼はあなたを必ず天使側へ引き戻すと言っていたのに。全て無駄になってしまったわね。ラミエルの想いも。あなたの想い描いた理想も。壊したのは、このような結果を生み出したのは、あなたが原因であり発端よ」
悪魔の囁きに耳を貸すつもりは毛頭ないが、全てが事実なだけに受け入れざるを得ない。
リリス「あなたが叶いもしない理想を現実に形作ろうとしなければ、こんなことにはならなかったかもしれないのにね」
ルシファー「俺が…世界を変えようとしたばかりに、こんな…」
リリス「そう。全てあなたの責任よ。あなたが良かれと思い選択した結果、この惨劇を招いたのよ」
ルシファー「あ……ああ………」
否定しようのない真実という言葉の刃物が心を抉り、削っていく。
何一つ変えることができなかった。
自己犠牲という選択そのものが間違いだったのか。
そもそも悪魔の誘惑にまんまと乗せられた自分の心と意志が軟弱だったことが発端なのではないだろうか。
ルシファー「俺が……全て、俺が………」
焦点の合わぬ瞳から涙が溢れ零れ落ちていく。
様々な感情が撹拌しており、悔悟する余裕すらない感情の濁流が絶え間なく押し掛ける。
怒り、絶望、悲しみ、絶望、憐れみ、絶望、苛立ち、絶望、嘆き、絶望、嫌悪、絶望。
己の罪、業、犯してきた全ての過ちがのし掛かる。
限界を迎えていた。
弱音を吐かず、断念せず、発狂せず天界のために臥薪嘗胆の思いで今日この日まで乗り越えてきたが、全て水泡に帰した。
現実逃避したくなる現状を前に、絶望感が心を覆い尽くしていく。
このような惨劇を起こさぬために奮闘し続けてきたにも関わらず、迎えた結果が自分の手によって葬られた親友。
ルシファー「俺の選択が……悪魔が、存在していたから……」
現実や責任から逃れたい僅かな思いからか、最悪の結末を迎えた全ての原因は悪魔にあるのではないかと、責任転嫁のような考えに至った。
自分を闇の道へと誘った悪魔に憎悪が沸き上がる。
奴等が天界を奪略しようとしなければ、天界に住む天使は戦うことなく平和で安泰でいられた。
ルシファー「奴等さえいなければ、俺は、堕天することもなかった…!ラミエルも…死ぬことはなかった…!」
自分を窮地に追いやった悪魔と、軟弱な自身に憤怒や憎悪と言った負の感情が沸々と沸き上がるのと呼応するように、手にしたティルフィングから闇が放出されていく。
無情にもティルフィングはルシファーから堰を切ったかのように溢れる負の感情を増大させてゆく。
ルシファー「許さんぞ…!全てを奪った、貴様達だけは…!」
絶望し悲観的となっていた姿は一変した。
膨れ上がった憎悪により復讐心に駆られる。
憎悪の対象である悪魔を完膚無きまでに滅ぼしたくて我慢ならない。
天使族の者から忌避されようが、最早どうでもいい。
今は自分の運命を狂わし、親友を葬った結果へと導いた悪魔をこの世から消し去ることだけしか頭にない。
堕天しても尚、冷静沈着でいられたのは、帰るべき場所や待っている人達がいたから。
天使族の永久の平和を望んでいたから、闇に支配されず、数百年の時を悪行により手を汚しながらも耐えることができた。
しかし積み上げてきた功績も努力も全てが無駄に終わり、無意味だったと知り、最も親しい知人が意図してではないとは言え、己の手で奪ってしまった。
心が折れない方が不思議だ。
見事なまでに折れた心の僅かな隙間から出た負の感情という萌芽は瞬く間に大木へ化していった。
ルシファー「だが…奴等を殺戮していくのは、俺の自己満足に過ぎないのでは…?」
心を塗抹するドス黒い負の感情が僅かだが和らぎ、ティルフィングの闇の勢いも衰える。
闇の勢いが減衰した原因は、片方の手で握っている伝説の剣の一本であり、闇とは対となる存在の光の剣、クラウソラス。
辺り一面を覆うとしている闇の勢いを抑えるように暖かな淡い光が放出されており、ルシファーに巣食おうとしている闇を取り除こうとしている。
クラウソラスは晴れることのない、消し去ることが決して叶わない強大な闇すらも払い除ける効果がある。
物理的な面に限らず、負の感情や絶望的な心境に陥った者に希望の光を与えることも可能だ。
世界を闇に染め上げ絶望を撒き散らす、正しく闇の具現化とも呼べるティルフィングとは対を成す剣。
共存することすら許されない二本の剣が現在ルシファーの所有者として意のままに扱えていたのは、ルシファーの屈強な精神があったからこそ。
そして、確乎たる大いなる目的があったからこそ、二本の剣はルシファーを我が主と認め力を振るっていた。
だが現在のルシファーは目的を果たせず全てを喪失し、感情のままに力を振るう、天使とは思えぬ獣に近い存在へと成り下がっている。
感情も録に制御出来ない精神状態のルシファーは、ティルフィングにとっては自身を扱うには値しない存在と見なし、エニュオの時と同様に負の感情を増大させ闇の力を得るための宿主として利用するだけの存在となった。
新たな惨劇を引き起こさぬようクラウソラスはルシファーを救済しようと光の力で対抗している。
ルシファー「俺は、どうするのが、正しいんだ…?分からない…」
光と闇の衝突は激しさを増しており、周囲にもその影響が及んでいる。
爆発により脆くなっていた城壁は崩壊し、ルシファーが佇む床以外は見る影もなく粉砕されていく。
リリスも流石に直撃を受ければただでは済まないため、上空に移動はしているものの滞空しているだけで、避難することなくルシファーの苛まれる姿を見てほくそ笑んでいる。
ルシファー「分からない…俺は…何が………分からない………」
善と悪の境目が分からなくなる。
何が正しくて、何が正しくないのか。
天使としての善の自分と、堕天し悪魔として振る舞ってきた悪の自分が対立し合っており、どちらが本当の自分なのかさえ分からず混迷している。
ルシファー「天使としての使命など、今更どうでもいい…!私利私欲の行動…いや、堕天した俺に、善意など必要ない!だが…ラミエルの想いも、無下に…それは、できない!そのラミエルを…俺の手で…悪魔のせいで、奪われて…奴等は、許してはおけない…!根絶やしにするまでは…天界の、ため…いや、俺のために…!分から、ない………!」
光と闇の奔流は止まることを知らず、更に勢いに拍車が掛かり、城だけに限らず、周囲の荒地にも影響が及んでいく。
ウリエル「ちょっと!一体どうなってるのさ!」
ミカエル「致し方ありませんが退却しましょう!」
セラヴィルク「今のうちに俺は逃げるかな。あばよ天使ども」
城が崩壊し始めたことでウリエル達も戦闘を中断し、撤退を余儀なくされる。
混乱を利用し、セラヴィルクは『緊急離脱異世界転移装置』を使用し冥府界から脱出した。
マリーは爆発で瓦礫や光と闇の奔流を押し退けウリエルとミカエルの脱出経路を確保しており、ルシファーから離れていっていたが、リョウだけは翼を展開させ、奔流を掻い潜りルシファーの元へ飛翔する。
リョウ「ルシファー!!」
リリス「あなたは本当に人の邪魔をするのが好きなのね」
幾度なく執拗に野望を阻止しようとするリョウに流石に嫌気が差したのか、言葉には怒気が含まれている。
被害が及ばない安全な場所から『テンタクルレイ』を放ち、リョウの接近を防ぐ。
ルシファー「すまない、リョウ…そして、ラミエル。俺が…全て、間違えていた……」
リョウ「違う!ルシファーのせいやない!リリスの企みと、それを阻止できなかったわしの責任や!だから…!」
防戦しながらも、ルシファーの心へ届くよう必死に声を荒げる。
しかしルシファーは心ここにあらずといった様子で、リョウの懸命な呼び声どころか周囲の被害の状況すら把握できていない。
悲痛と沈痛で満ちた蒼白とした面持ちは、血が通っているとは思えないほど。
リリス「無駄よ。あなたが幾ら呼び掛けようが、剣の暴走は止まらないわ」
リョウ「やってみないと「『力』を使えば、の話よね?」ぐっ……」
リリス「いいのかしら?あなたの身勝手な一つの行動で無関係な人達が毒牙にかかることになるのよ?」
図星だった。
心を覗き見られたような、先読みされたかのような言葉に思わず閉口する。
リリス「あなたには何もできない。これまでも、これからも。指を加えて友人と呼べる存在の最期を看取りなさい」
リョウ「…やかましいのぅ。悪魔の小言なんざ聞き入れてられるか」
リリス「事実だから、反論する素材がないのでしょう?結局あなたは自らの力を過信しすぎて、解決策すら真面にないのに加担し誘掖しようとした結果、首を絞めることになっているのよ。悪因悪果の原因は、あなた。言われなくても分かっていることでしょ?それを受け入れながらも、認めたくないから、仲間頼りに毎度行動しているんでしょう?」
耳を貸す必要はない。そんなことは分かっている。
拒否しようにもリリスの言葉が耳の中へと流れ込み脳内に響き、心臓をがしりと鷲掴みされたかのような感覚に陥る。
ルシファーが現在取り返しのつかない絶望の淵に立たされ苦痛に苛まれているのは、自分のお節介が招いた結果ではないのか。
結論付けると否定することはできない。
過去の経歴や過ちを呼び起こしてみても、幸せな結末に行き着いた実績は少ない。
だからこそリリスの言葉が胸に突き刺さり、呪いのように忘れることができない、許されない過去の過ちが脳内で映写機のように写し出される。
リリス「惨めったらしくしていればいいわ。何も知らずに最後まで私の正体や目的に気付けなかった愚鈍な天使は、私にとっての勤めを果たしたということで消えてもらうわ」
俯くリョウを余所にルシファーへ目線を戻す。
光と闇の奔流の勢いが更に増し、衝突の余波だけで空間を歪ませている。
ルシファー「もう……俺は……!」
全て消失してもいい、自暴自棄となったルシファーの弱々しく衰弱した、誰かに呟いた訳でもない小言が、秀才と呼ばれた天使の最期だった。
世界を呑み込もうと広がり続ける漆黒の闇。
世界を救済へと導こうとする神々しい純白の光。
より一層衝突の激しさが増した途端、限界値を迎えたのか、ルシファーを中心地にエネルギーの大爆発が生じた。
一つの世界を易々と滅亡へと追い込む、無差別に破滅へと導く猛り狂う爆発。
目と鼻の先に立ち尽くすリョウは、爆発による目を焦がす閃光に目を閉じ腕を前に出し防御態勢に入ることしかできなかった。
リョウ「また…わしは救えないのか?」
また10000文字越えてた笑
もっと短い方がいいのかしら?
教えてエロい人