『ゴ、ゴブリン!? なんでこんな処に?』
ゴブリンは群れで暮らす魔物だ。 群れを大きくすることはあれど、場所を移動しない事。 そして繁殖速度が非常に速いことで知られている。
六年前、この村の近くにはゴブリン達はいなかった筈。 俺がいない間に出来ていたとしても、こんな村から離れていない場所で現れるのならば、とっくの昔に他の誰かが気づいて対処しているだろう。
『はぐれのゴブリンなんて滅多にいないんだけどなぁ……』
『ト、トーフさん! 早く逃げましょうよ!』
既にゴブリンに対して背を向け、顔だけをこちらにやったルナから声がかかる。 初めて魔物を見たならまあこういう対応になるだろう、俺も似たようなもんだったし。 それに、まず日本じゃお目にかかれない存在だものなあ。
『目、閉じろ』
返事は聞かずに強烈な閃光を生み出す魔法、”フラッシュ”を放ち、ゴブリンの視力を奪う。 続き、”アイシクル”氷柱を生み出す魔法だ。
ソレをゴブリンの背後にビッシリと作り出す。
『いやああ! 嫌! 何も見えない!』
『あー、ごめん。 言うの遅かったな』
最後にウインド。
先ほどとは違い本気で放ったウインドは、容易にゴブリンを後方へ吹き飛ばした。
そしてその勢いのまま、先のアイシクルによって作り出された氷柱へと突き刺した。
凄まじい絶叫が辺りに響き渡り、紫色の血液が落ち葉を染めていく。
放っておいても絶命するだろうが、もしもまだ他にも居るのならやっかいな事になる。 近くに落ちていた大きな石を持ち、ゴブリンへと思い切り投げつける。 直撃した顔が歪に、絶叫が鳴り止む。
こんな事なら剣を持ってくれば良かった。
再び手頃な石を見繕い、既に事切れそうなゴブリンに確実なとどめを刺す。
『イヤあああ!』
『ごめん、ルナちょっと静かにしてくれ』
強引だが、未だ錯乱しているルナの口を手で押さえて黙らせ、周囲の音を探る。
仮にこのゴブリンが群れの一部だった場合、他の奴らの足音だったり鳴き声だったりが聞こえる筈だ。
__しばらく待った。 風に靡く葉の擦れる音以外は何も聞こえない。
口を押さえつけていた手を叩かれた。 どうやらルナも冷静になったようだ。
大声は出さないようにと注意してゆっくりとルナの口から手を離す。
『……トーフ、さん。 あの怪物は?』
『もう死んでるよ。 あ、見ない方が良いぞ』
『言われなくても、見たくないです』
しかし、他が現れない処を見るにやはり群れからはぐれたゴブリンだったのだろう。
亡骸に近づき、手に持っていた棍棒を取った。
先端に付着している肉。 動物のモノならいい、しかし仮に村の誰かだったら…… 嫌だな、考えたくない。
しかしまずはこの亡骸を地面に埋めてしまわなくては。 放置なんかして、他の野生動物がここに集まったら大変だ。
幸いにして、近くの小屋の中にスコップがあった。
深く土を掘り、亡骸をそこに入れ、土を被せる。 これが全身使うのなんのって。
一連の作業が完了する頃には、全身汗だく、泥だらけになっていた。
『終わったぁー』
『お疲れ様です、トーフさん。 ごめんなさい、お手伝いできなくて……』
『いいって、こういうのは男の仕事だ。 さあ、取りあえず帰ろう。 疲れたよ』
『はい』
そんなわけで、森から村へと戻ってきた訳だが、やけに人が少ないことに気がついた。
少ないと言うより、誰一人見かけない。
大分傾いてきたとはいえ、太陽はまだ出ているというのにも関わらず、外に誰も居ない。 どこの家の中も人のいる気配が無い。 全くもって生活音がしない。
先のゴブリンといい、変だ。 嫌な予感がする。
急ぎ足で家へと帰るが、そこにも誰も居ない。 母さんも、モーブも。
『皆さん、どこに行かれたんでしょうか…… まさか、さっきのゴブリンに!』
『いや…… それは無いと思う』
『でも! ゴブリンの持ってた武器に血が付いてたじゃないですか!』
『いくら魔物だとしても、ゴブリンなんて大人が3,4人いればまず無傷で倒せる。 第一、皆居ないだけで、家が壊されてるとか、誰かが死んでいる訳じゃ無い。 だから…… 取りあえず村長の家に行ってみよう。 あそこなら誰かいるかも』
ルナに言っているようで、自分に言い聞かせているだけのような気がする。 おかしな事が一気に起こりすぎだ。 絶対におかしい。
『じゃ、じゃあ早く行きましょう!』
『ああ!』
再び家を出て村長宅へ向かった俺達。 __しかし、結果は変わらなかった。
誰も居ない。 いない。
仕方なしに、村長宅より家へと帰る事にした。
「一体なにが……」
『皆さん、どこに行ってしまったんでしょうか…… あ__ ト、トーフさん! あそこ!』
ルナが突然大声を出し、正面に指をさした。
「__あっ! ポリフさん!」
そこには一人の男性が、この村唯一の医師であるポリフさんが倒れていた。
急いで駆けより、声をかけた。
「大丈夫ですか! 一体、何があったんですか!?」
「……ああ、誰かいるのか? もう目が、耳も聞こえなくなってきた……」
呼吸が浅い。 端から見て、怪我をしているわけでも無いのにその顔には血の気が無い。
そして気がついた。 ポリフさんの両目が、真っ黒に染まっていた。
「トーフです! ポリフさん!」
「トーフ? ああ、あのはな垂れ小僧かあ…… そうか、帰って来てたんだったねぇ。 大きくなったんだろうねぇ」
「何があったんですか!?」
「僕にも分からないんだ…… 診察の帰りに、急に力が抜けたと思ったら行き成り真っ黒なナニカが現れて…… 他の皆、は? け、怪我とかしてないかい? 僕に、できる事は…… ある、かい?」
言葉がどんどん小さく、掠れていく……
言い終わると同時に、力なく目を閉じたポリフさんは、もう二度と目を覚ますことは無かった。
「何だよ…… 何なんだよ! コレは!」
『__魔王』
ルナが呟く。
『もしかして…… 魔王が現れたんじゃ無いですか?』
『何言ってんだ! そんな存在はおとぎ話の中だけだ!』
『でも! こんなのあり得ないじゃ無いですか! 今朝まで皆さん普通に生活されてたのに、急にいなくなっちゃうし、この方の亡くなり方だって普通じゃありません! 異常ですよ!』
『だからって、魔王なんて』
『現に私は神様から魔王の討伐を頼まれました!』
信じられない。 しかし、だからと言って俺にこの状況に対して、しっくりくる答えで反論することができなかった。
無言のまま、ポリフさんの亡骸を彼の家まで運んだ。
そして誰も居ない家へと帰ってきて、しばらく自室に籠もった。 ルナはリビングだ。
色々な考えが頭をよぎる。
ポリフさんの事。 母さんの事。 モーブの事。 村長の事。
そのうちに何だか涙が溢れてきて、気がついたら夜になっていた。
俺は、どうするべきだろう。
何をすべきだ? 何ができるんだ? どう行動するのが正解なのだろう。
また一人思考の海に浸る。
そうして、ようやく答えが出た。
『あっ、トーフさん。 ……大丈夫ですか?』
リビングに向かうと、そこに正座をしていたルナから声がかかった。
『大丈夫じゃあないかな。 でも、動かないと』
『はい…… あの、トーフさん。 頼みがあります』
真剣な眼差し。 座り直して俺を真っ直ぐに見つめている。
『どうかお願いです。 魔王の討伐を手伝っては頂けないでしょうか』
『あ、ちょっとまって。 そのままの姿勢で、俺からも頼みがあるんだ』
そう言って頭を下げようとするルナを制した。
__俺の答え。
『俺は、この村で起きた事を知りたい。 皆が何処に消えてしまったのかを知りたい、もう一度皆に会いたい。 もしもルナの言うとおり、コレが本当に魔王の仕業だとしたら、きっと世界中で異常が起きる筈。 それを追えばきっと真相にたどり着けると思うんだ』
一度言葉を切って頭を下げる。
『どうかお願いします。 俺を、一緒に連れて行って下さい』
今日も明日も明後日もお仕事なんじゃ~!!!
ハイボール呑まなきゃやってられんね、どうも。
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