暗い海の果て ―Er schläft im Weltraum―   作:七水らむね

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後編

ハロー、ニューワールド。

 

 

 

 

 

 硬い床に横たわったまま、虚ろな目でどこか遠いところを見詰めている。

 シューシューと空気が噴出する音と冷気の漂う、無機質な空間。床にはトリガーとメガネが無造作に置かれていた。

 

「……」

 

 身体を気だるげに起こして辺りを見回す。カプセル型のベッドの中でピクリともせずに眠る六人を見て、何度目かも分からない溜め息をつく。

 今日でここにこもって何日になるだろう。

 どうしてぼくだけが目を覚ました? 何で六人は目を覚まさないのだろう?

 心臓が痛い。

 孤独に苛まれた修の精神は限界寸前だった。

 

 

「どうしてっ!!」

 

 

 拳を強くガラスに叩きつける。目の前で目を閉じて眠っている六人を見て、”何故自分だけが違うのか”という疑問が浮いたり沈んだりするのだ。

「どうしてぼくだけが起きたんだよ!! なんでっ、なんでみんな眠ったままなんだよ!!」

 部屋の外まで聞こえていたガラスを強く叩く音と叫び声。

 それはその後も数十秒ほど聞こえていたが、途中でぷっつりと糸が切れたように聞こえなくなった。

 

「どうせなら……」

 

 どうせなら、このままみんなと永遠に眠ったまま宇宙の果てまで行って、朽ち果ててしまえばよかったのに。

 そんな事を思いながら、ずるずると床にへたり込む。

 ぼくは独りぼっちだ。

 遠い昔に宇宙に放り出され、今はもう誰もぼくを……ぼく達を覚えている人は居ない。

 

「もう嫌だ、全部消えてしまえばいい」

 

 囁くほどに小さな声だと思っていたその独り言は、案外大きく部屋の中を反響した。

 その声が聞こえたのか聞こえていないのか。タブレット端末にタイミング良く通知が届く。

 端末のロックを解除し、たった今届いた通知が何かを確認する。

「映像ファイル?」

 見ると、メッセージを受信したようだった。開くとメッセージにはただ一言『映像ファイル:20XX.5.25』と書かれていた。

 五月二十五日。その日はぼくの……誕生日だ。

 

 ファイルを開けば、眩い光が目を直撃する。慌てて床に置くと、端末からはレーザーに似た無数の光が広がり、何も無い空間にスクリーンが出来上がった。数秒間の砂嵐とノイズ音。

 砂嵐が次第に二つの人の形になり、そして、見た事のあるシルエットになる。

 シルエットは色づき、楽しげな表情を浮かべ……声を発した。

 

 

『やっほーメガネくん』

『やあやあ修くん。元気かね?』

 

 

 目の前に現れた人物。それは――

「迅さん!? 宇佐美先輩!?」

 ソファに座った二人は、至って普通に笑顔を浮かべてこちらに話し掛けた。

 

『ちょっとちょっと? アタシ達も居るんだけど? ね、とりまる!』

『ナチュラルに強く背中叩かないで下さい痛いです』

 

 スクリーンの端から顔だけを覗かせたかと思えば、烏丸先輩の腕を強く引っ張りながら画面内にフェードインしてくる小南先輩。

「小南先輩に……烏丸先輩」

 自然と笑顔が浮かぶ。最後に彼らの声を聞いたのがすごく昔の事を思えて、懐かしいような切ないような気持ちで心が埋め尽くされた。

 

『ほら! 二人もおいで!』

 

 手招きをして宇佐美先輩が呼び掛けたのは――

 

『……修くん、見てる?』

『よっ、オサム』

 

 遠慮がちな笑顔を見せる千佳と相変わらずのんびりとしている空閑。

 迅さんと宇佐美先輩が移動して、空閑と千佳がソファの真ん中に座る。千佳からは笑顔が消え、困ったような悲しいような表情になった。

『なんか大変な事になっちゃってて。本当にごめんね』

 立体ホログラムなせいか、本当に目の前にみんなが居るような錯覚に陥る。

 

 

『でもね、無理はしないでほしいな。例え死んじゃったとしても、わたしは、ずっと修くんの隣に居るから』

 

 

 笑顔のままとんでもない事を言い始めた千佳に、ぼくは慌てて身体を前のめりに傾けた。

「……死ぬなんて」そう言いかけた時。

『もーっ! 千佳ちゃん、死ぬなんて言葉は使っちゃいけません!』

『そうだぞ。それにオサムがここに居たら、きっと『死ぬなんて言うな』って怒られる』

『……そうだね』

 宇佐美先輩と空閑に軽く怒られながら言われると、千佳の顔から悲しげな表情が消え、柔らかい笑みをこぼした。

 

 その後、迅さんがわずかに顔を俯かせる。

『メガネくんにだけ全部押し付けてしまうのは、本当にごめん』

『だけど、おれ達じゃもう無理そうなんだ。だって……みんな居なくなってしまったから』

 辛そうに拳を握り締める迅さんを見た五人に少しだけ重い空気が流れるが、すぐにその空気は消える。

 

『今、修くんは一足先に装置で眠っているよ』

『あ……でも今からあたし達も向かうから!』

 

 無理やり顔に貼り付けたような笑顔だった。背景に映る窓から外の景色が見える。

 無彩色の雲が覆う空の中、近くにも遠くにも結晶が散らばっていた。

『オサム』

 こちらを真っ直ぐ見据えた空閑。

 

 

『おれたちの命、オサムに預けた』

 

 

 はっきりとした声。けれども刺々しさなど無い、優しい声。

『また……()()ね。修くん』

 最後に千佳の小さい声が聞こえ、それを最後に映像は終わり、ホログラムも消えてしまった。

 

 音も消えてすっかり静かになってしまった空間。そこでひとしきり泣いた後、修は顔をあげて決意をした。いや、全て思い出した、と言った方が的確だろうか。

 彼らと決めた約束をぼくは忘れてしまっていた。なんで忘れてしまっていたのだろうか。あれは、ぼくが自ら強く望んだ事なのに――!

 

「……ああ。また後で」

 

 涙を拭い、立ち上がる。

 何日間も閉じっぱなしだったドアを開き、ぼくはハッブルが居ると思われる場所――操縦室へと走って向かった。

 

「ハッブル!」

「!! あっ、み、三雲さま!?」

 

 水色の首輪を付けた子猫のホログラムはこちらをギョッとした顔で振り返る。そりゃそうだ、ぼくがハッブルの前に姿を見せたのは数日ぶりだ。そりゃ驚く。

 

「どうされました?」

「ハッブル、君、結晶病の事を”人類が進化したから出て来た病”って言ったよな?」

「ええ、はい。あれは人類が進化した事により突如として現れた病だと……進化したせいで現れてしまったのなら、消すには退化するしかない、と聞いています」

「違う。違うんだ」

 

「? なにが――」

「全ての病には、必ず原因がある。そしてそれは結晶病も同じなはずなんだ」

 頭を抱えて記憶を遡る。何かおかしい事は無かったか? あの病が流行る前に、何かいつもとは違う出来事が…………

 

 

 

 ――そんな中、夜空に一際目立つ明るい光が現れた。

 

「うわぁ……綺麗」

 

 きらきらと目を輝かせながら空を見上げる千佳を見て、ぼくも空閑も、つられて上を見る。

 花火のように瞬くそれは、空に線を引いて爆発した後に消えていく。

 直後、星屑が降り掛かってくるように白い花がゆっくりと静かに舞い落ちてきた――

 

 

 

「あ」

 

 あの日の夢を思い出す。

 

「あった」

 

 これだ。

 これしかない。

 全力疾走で上がってきた階段をまた降りて研究室へと向かう。

 

「三雲さま、何をされるんです?」

 何も聞かされていないハッブルが慌てて後をつけながら質問をする。それに対して修は端的に

「結晶病を解明して、治療法を探す」

 と答えた。

「もし今人類が地球から居なくなってても、ぼくはここで眠っているみんなの事を助けないと」

 

 

「その責任が、ぼくにはある」

 

 

 そう。それだけなのだ。

 今のぼくにはそれしか無い。

 

「ハッブル、手伝ってくれるよね?」

「……勿論です!」

 

 子猫は頷いて、笑った。

 

 

 

「……昔の自分を褒めてやりたいよ」

 

 研究室の隅っこに置かれていた小さな、それでいて頑丈に施錠されている金庫。

 タッチパネルに入力しなければいけない四桁のパスワードが分からずに放置していたけれど、今なら分かる。

 画面に表示されている九までの数字を順番通りに押していく。

(1、2、2、4……)

 数字を押すとピピッと音が鳴り、金庫の扉のロックが解除された。

 

 扉を開けば、そこには二つの蓋のされたシャーレにそれぞれ赤い結晶と穴の開いた石が入っていた。

 ゴム手袋を着けた手でそっとシャーレを取り出せば、蛍光灯の青白い光に照らされて結晶が明るく染まる。

 

「…………よし、今からこれを分析するぞ」

 

 幸いにもこちらには分析機やハッブルがいる。

 早速結晶の欠片を分析にかけてみよう。それからハッブルと話し合っていこう。

 

 

 そうして修の、永遠とも言えるほどに長い旅が始まる――

 

 

 ***

 

 

 ”結晶病の原因はやっぱり、あの日(クリスマスイヴ)落ちてきた隕石に含まれる新物質”

 ”その新物質は重金属の類いで、人体に入ると拒絶反応を示し、副作用と共に体内に存在する全ての水分を結晶にしてしまう”

 ”重金属は放射線物質と似たような構造をしていて、半減期が存在するみたいだ。ただ放射性物質とは全く異なる物質だったけど……今度は半減期を調べてみよう”

 

 ”半減期が判明した”

 ”この重金属の半減期はおよそ三十年。つまり、地球の地上には既に存在しないと思われる。憶測ではあるけれど……”

 

 ”ワクチンは大まかに言うと『病原体を無毒化したもの』らしい”

 ”どうすれば無毒化出来るだろう?”

 

 

 タブレット端末のメモ帳に、乱雑に書かれた日記が増えていく。

 一日、一週間、一ヶ月、一年、二年、三年……

 何か発見をした日も、何も無かった日も。頭がおかしくならないように、どんなに小さな事でも日記をつけるようにした。

 

 更に、空いた時間を使って独学で、医学や薬学に対する知識を身に付けた。

 一日中研究と実験と勉強漬け。勉強自体は特に嫌いではない為さほど苦ではなかったが、集中のし過ぎでたまにぶっ倒れる事はあった。

 

「注射なんてやった事ないし……気体か経口で体内に取り込めるような物にしたい」

「経口投与だと誤嚥の可能性がありますよ」

「なら気体状にしよう。あの部屋の空調に混ぜればいけるかな」

 

 今自分の居る場所が宇宙の真ん中だと忘れる程に集中していた。

 全ては眠っている六人を救う為。それさえ出来ればあとはもう全部どうでもよかった。

 そう。全部どうでもよかった。

 

 自分の身体に起きていた異変も、全てどうでもよかった。――いや、見ない振りをしていただけなのかもしれない。

 

 日に日に酷くなる全身の痛みも景色が見えなくなっていく自分の目も。

 気付かないふりをして、騙し騙し生きようとしていただけだった。

 

 

「なあハッブル。この船は《第二の地球》を探す為だけに存在しているんじゃないよな」

 

 ワクチンの完成が間近になった日のこと。

 ぼくは前々から聞きたかった事を思い切ってハッブルに問いただしてみた。

「正直に言ってくれ」

 眼前に映る沢山の星の中、静かな声が響く。

「むしろ《第二の地球》を探すのは、不測の事態が、発生、した時用の…………」

 ――いや。声だけでは無い。自身の鼓動に合わせて体内から微かな音が聞こえてきていた。

 例えば……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()シャラシャラとした音。

 

 音に気付いた時、一際強い頭痛と酩酊感にも似た感覚が身体を襲う。

 

 

「三雲さま!!」

 

 

 ハッブルの声が遠くから響くが、反応することも出来ずに、ぼくはその場に倒れ込んでしまった。

 

 

 ***

 

 

 ”目覚めてから今日で3985日。現在地は地球からおよそ四十億km地点”

 ”ぼくの体内には結晶病の原因となる菌が見つかった。多分眠る前から感染していたんだろうけど……もう長くないらしい”

 ”ワクチンを新しく作ろうにも目がもう殆ど見えないんだ”

 

 ”空閑。それに千佳も、ごめん。すぐにはもう会えそうに無い”

 

 端末の音声入力を使って掠れた声ながらもぼくは日記を残していく。

 倒れた日から、段々と目に見える形で身体は衰弱していった。手足は動かす度に痛み、目はもう殆ど真っ暗。例えるならば緑内障に近いだろうか。

 もちろん歩く事にも苦痛を伴うようになったので、今は地球に戻るまでずっと、休憩室のベッドに寝たきりで過ごしている。

 

 ほぼ見えない目を数回ゆっくりと開閉する。

 そして端末をベッド脇に置こうと痛む手を動かしたその時。

 

「ッ!?」

 

 激痛。それと同時に肉が裂けて、無数の赤黒い結晶と体内に残る僅かな血液が顔を覗かせているのが視界の隙間から見えた。

 それを皮切りに、脚や脇腹にも裂傷が出来る。内臓にも影響が出ているのか、皮膚だけではなく身体の内側にも鋭い痛みが走った。

 

「…………っ、」

 

 声が出せない。いや、出せない事はないが、出そうとすれば喉が痛くなる。

 ひゅうひゅうと弱々しい呼吸をする度に亀裂が入り、まるで古びた人形のように結晶化した皮膚が床に硬質的な音を立てて落ちる。

「だっ、大丈夫ですか!?」

 ハッブルの声だ。ハッブルはホログラムで実体が無い為、慌てる事しか出来ないらしい。

「だ、い、じょ……ぶ、だか、ら」

 

 慌てるハッブルをなだめていると、突然照明が赤くなり、けたたましくサイレンが鳴り響き始めた。

「なんでこんな時に……!」

 動力炉の熱暴走が始まった。

「待ってて下さい。すぐに船を停止させて来ますから!!」

 

 子猫の走る音が遠ざかってゆく。

 そう言えば最近は一日に一回ペースで動力炉の熱暴走が起きていた気がする。

 もうこの船は限界なのかもしれない。

 

 

 うとうとと強烈な眠気に襲われ、サイレンがどんどん遠のいていく。

 痛みすらモルヒネを打たれた時のように引いていき、手足どころか全身の感覚が薄くなり、眠気に抗えずまぶたが閉じる。

 

 暗闇の中を揺蕩うようなふわふわとした感覚に、ぼくは少しだけ後悔にも近い感情を抱いていた――――

 

 

 

 ***

 

 

 

 じわりと身体を蝕む暑さに不快感が募り、雨取千佳は勢いよくその場で目を見開いた。

 身体を起こして地面に足をつけると、砕けたガラスがジャリ、と音を立てる。

 

「修くん……? どこ……?」

 

 無意識に辺りを見回し、彼の姿を見つけようとしていた。ガラスの割れきったベッドには未だに他の五人が眠りについている。

 いくつもの大きな穴が空いた金属の壁。そこから真っ青な青空と太陽の光が中に射し込む。

 木漏れ日と微かに聞こえてくる蝉の鳴き声に、千佳は今が夏だということを知る。

 

 立ち上がろうとすると両脚に力が全く入らずに前のめりに倒れてしまう。

 筋肉の無くなってしまった身体に鞭打って部屋の外へと飛び出し、彼の姿を探す為に階段を登った。

 綺麗に片付けられている理科室にも似た部屋を通れば、蝉の声とはまた違う、聞いた事のある声が耳に入ってきた。

 更に階段を上がれば、声は次第に大きく近付いてくる。

 

「修くんなの?」

 

 自分の声が反響する。だが返事は無い。

 返事を求めて上へと向かえば、簡素なテーブルと椅子、シーツのめくれたベッドがあった。

 ベッドの上には傷だらけになったタブレット端末が放置されており、ノイズの走るホログラムが浮かび上がっていた。

 

 

『やっほーメガネくん』

『やあやあ修くん。元気かね?』

『ちょっとちょっと? アタシ達も居るんだけど? ね、とりまる!』

『ナチュラルに強く背中叩かないで下さい痛いです』

 

『ほら! 二人もおいで!』

 

『……修くん、見てる?』

『よっ、オサム』

『なんか大変な事になっちゃってて。本当にごめんね』

 

『でもね、無理はしないでほしいな。例え死んじゃったとしても、わたしは、ずっと修くんの隣に居るから』

 

 

 遠くから聞こえる声に他の五人も次々と目を覚ます。

「ん…………あれ……ここ、まさか……」

 旅の終わりを悟った五人が、どこかから聞こえる声に耳を澄ましてその音をはっきり捉えようと歩いて上の階へと進む。

 

 

『もーっ! 千佳ちゃん、死ぬなんて言葉は使っちゃいけません!』

『そうだぞ。それにオサムがここに居たら、きっと『死ぬなんて言うな』って怒られる』

『……そうだね』

『メガネくんにだけ全部押し付けてしまうのは、本当にごめん』

『だけど、おれ達じゃもう無理そうなんだ。だって……みんな居なくなってしまったから』

 

『今、修くんは一足先に装置で眠っているよ』

『あ……でも今からあたし達も向かうから!』

 

『オサム』

 

『おれたちの命、オサムに預けた』

『また……後でね。修くん』

 

 

 五人は、ノイズがかったホログラムの自分達の映像が目に入った途端、何が起きたのかを全て理解した。

 テーブルにはトリガーと赤いフレームのメガネが置かれている。

「う……ぁ……」

 床に座り込む千佳の目に大粒の涙が浮かぶ。

 止めようとしてもとめどなく溢れてくる涙と濁流のように押し寄せてきた感情を堪えきれず、千佳は大きな声を上げた。

 

「あぁぁぁぁぁっ!!」

 

 悲痛な叫びはとどまる事なく涙と共に溢れ続ける。

 悲しみに暮れる六人だったが、その重苦しい空気は一つの音――正確には声――によって消え去った。

 

「ここだ!」

 

 突然男の声が聞こえたかと思えば、草が揺れるようなガサガサとした音が外から響いた。

「「!?」」

 驚きで硬直する六人。

 しかし草を踏むいくつもの音は止まる事なく船に近付き、そして金属の壊れる音。ドタドタと重い足音が目の前まで来て、ようやく外から聞こえてきた声の主を知る。

 

「大丈夫ですか!」

 

 迷彩柄をした服とヘルメットを着た数十人の人々がこちらを見る。

「だ、誰ですか……?」急な出来事に困惑したままの小南がそう問えば、一番先頭に居た三十代くらいの男は眉を下げて

「ああ失礼。我々は自衛隊です」と言った。続けて

「先日、衛星軌道上から日本へ向けて無差別救難信号が送信されました。信号はある一つの人工衛星が発信したものと判明し、追跡をしていました」

 とも言われ、自分達の目覚めたこの地が日本なのだと実感する。

 

「すみません、今は西暦何年ですか」

「? 今は2010年ですけど……」

「えっ」

 

 質問した烏丸含め、六人は更に困惑する。

 何故なら、彼らがこの船に乗ったのは少なくとも2010年以降であり、2010年でも、それより昔でも無いからだ。

 時が戻るなんて有り得ない。なのに年数が過去に戻っている。

 それはすなわち、この世界は一度滅亡したという事を暗示しているのだ。

 そして長い時を経て、再び歴史を繰り返している。

 

 迅さんがわたし達の前に立つ。

 

「おれ達は昔、結晶病という不治の病から逃れる為に船に乗せられて、長い間宇宙を漂っていたんです」

 

 そう言うと武装した人達は全員が黙りこくった後に有り得ない、というような目でこちらを見て、そしてぽつりと呟いた。

「嘘だろ……本当にそんな事が有り得るのか」

「「?」」

 訳が分からず脳内ではてなマークを生み出していると、再びぽつりと誰かが呟く。

 

 

「《ノアの方舟計画》……まさか存在していたとは」

 

 

 誰かが言ったその言葉に、ざわめきが起こる。

 

「詳しい話を聞かせて貰えますか?」

 

 行くあてもないわたし達はそのまま毛布に身体を包まれて、車に乗せられ、どこかへと連れていかれる。

 後ろ髪を引かれるような思いだった。わたしは車内から振り返り、さっきまで居た森の中をじっと見詰めた。

 彼がずっと持っていてくれたもの――トリガーと、彼の傷だらけになったタブレット端末を手に持ち、一つ深呼吸をすれば、千佳の頬を涙が伝った。

 

 

 

 

 

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