オールウェイズ・フォーカス TSした酒クズ先輩に童貞を奪われる話   作:ふえるわかめ16グラム

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続いちゃっ……たぁ!
短いの2話で終わります。



世界はそれを

「そんじゃあ、メガちゃんよろしく頼むわー」

 

 大学の撮影スタジオにて、金属製の彫刻が半円を描くように立ち並んでいる。その全てが動物モチーフで、細かな装飾や意匠の共通点から、一人の人間の手による連作であることがわかる。

 僕のことを『メガちゃん』と砕けた呼び方をする彼は同じ学科の同期で今橋(いまばし)といい、今日は彼の頼みで作品撮影をしているのだ。

 

 一応、僕が写真部に所属していることは周知のことで、前からこうやって作品の撮影を頼まれる事は何度かあった。

 

「ええと、この鼠から順に撮ってくんだよね?」

 僕が今橋に簡単な段取りを確認すると、ツナギの上半身を脱いだ彼は汗で額に張り付いたロン毛を鬱陶しそうにかきわけながら「それでオナシャス」とヤケクソ気味に答えた。

 夏真っ盛りにツナギを着て、別棟にある金属工房からスタジオへ運ぶのはなかなかに骨が折れる。僕も少し手伝ったので、エアコンが効いた室内でも汗が止まらない。

 

 僕もたまらず腕で額の汗をぬぐい「オーケー」と返事すると、撮影を開始する。

 

 三脚に乗せたカメラのファインダーを覗き込みピントを合わせる。今回の撮影の目的は彼のポートフォリオ用ウェブサイトへの掲載なので、ある程度加工やトリミングが前提だ。事前に彼から絵コンテでイメージを教えてもらっているが、スタジオの使用時間の制限もあるし効率重視でいきたい。

 僕は一度今橋を呼んで、カメラのディスプレイを見せて構図を確認した。

 

「どうよ?」

「いいんでね? 俺カメラ苦手だから任せる」

「うい」

 

 お任せということなのでちゃっちゃとやってしまおう。僕は改めてストロボの接続やライティングの位置を確認すると、カメラのシャッターを切った。

 

 ……これを、鼠から栗鼠に兎、狸と狐、猪や鹿まで繰り返さなければならない。

 

「バシさぁん。集合写真じゃダメ?」

「ダメに決まってんべ。ほれほれ次だ次」

 

 僕の提案は取り付く島もなく否決され、しぶしぶ二人で機材の移動を行う。あんまり室内で撮影する機会がないから機材の多さに辟易する。僕は被写体を足で探すタイプなのだ。ブツ撮りは嫌いじゃないけど、ちょっとだるい。そして、最も苦手なのはポートレートだ。もう明確に『人間』を撮るということを認識させられて萎縮してしまう。自意識過剰なんだろうが、僕なんかがその人の写真を撮るなどおこがましいといった気持ちになる。

 

 僕たちは二人して小さなため息をつき、アセアセとカメラやアンブレラ、ストロボの電源などを移動させていく。

 

「バシさん、ストロボ必要だったかなコレ」

 

「あった方がいいと思って……。(わり)いなメガちゃん……」

 

 

 **

 

 

 全ての撮影を終え、撮影機材を仕舞い、学科事務室へスタジオの鍵を返却して完了。そして最後はスタジオから金属工房まで作品を運び直す。

 

「キッツ……死んじゃう……」

「これで終わりだからがんばれ。せーのでいくぞ」

 

 撮影が終わっているので、僕も問答無用で手伝わされる。しかも今回の作品は今橋のこだわりで全て鉄製だ。

 つまりクソ程重い。

 流石に台車を使って移動させるが、それでも乗せたり降ろしたりは人力で、いちいち愚痴りたくなる。アホじゃないの、この等身大の鹿の彫刻とか。いくら中身空洞でも土台とか合わせたら超重いって。

 

 

 なんとか全ての作品を運び終えた僕たちは、己の汗で濡れ鼠状態のまま一服キメていた。二人してツナギの上半身を脱いで腰で袖を結んでいる。今橋はタオルを頭に巻いた状態で咥えたばこ、右手にはペットボトルのコーラ。もう現場作業員にしか見えない。

 それなら僕はさしずめへばってる新人か。

 夕暮れに差し掛かっているとはいえ、気温が高ければ湿度も高い。僕は首にかけたタオルで汗を拭きながら加熱式たばこをふかす。暑いしクタクタだし超まずい。味をごまかすために奢ってもらったコーラを呷る。

 

「いやあマジであんがと。助かったわぁ」

 コーラを半分くらいまで飲みきった今橋が軽い調子で礼を述べた。

「あー。バイト代、期待してるから」

「メガちゃんって意外とゲンキンよなあ」

「一日働いたんだから当然だろ。ほら、久しぶりに重いもの運んだから手がプルプルしてる」

「ブハハ! マジかよ、もっと鍛えとけって!」

 

 余計なお世話なんだよなあ。確かに僕は眼鏡がトレードマークの一般標準的もやしっ子だけどさ、別に筋肉とか憧れないんだよ。最悪カメラとマウス持てればそれでいいし。

 

「あ。そういやさ、メガちゃん例の先輩と付き合い始めたってマジ?」

「は? 例のって?」

「あぁ? あれだよ、急に女になったっていう、ヤンキーの先輩」

「あ、ああ。センパイさん?」

「メガちゃんのサークル変なあだ名多いよな……。いやまあそれは置いといて、もうヤったん?」

「ンブフゥ!」

 

 グッバイ飲みかけのコーラ。思わぬ問いかけに飲み込む直前だったコーラを噴き出した。

 

「うわ、その反応じゃもうヤったわけだ。なんだよメガちゃんホモかよ。やっベー」

「んん? なんでや」

「だって男だったんだろ? 俺ぜってぇそん時の顔チラついて無理だわぁ」

 

 彼が半笑いのままよくわからないことをのたまう。

 

「いや、センパイさんはちゃんと女の子だぞ?」

「んー。まあまあいいからいいから、俺はメガちゃんが幸せなら何も言わね」

 

 バシさん、君は一体何を言っているんだい。あとその妙に察したような目は何だ。クソ腹立つなオイ。

 僕は死ぬほど冷たい視線を彼に送るが、どうにも効果がないようだった。

 

「そいじゃ、これお駄賃ね、お疲れさん。お幸せになー」

「んお……」

 特に何も言い返せないまま、彼がリュックから取り出した茶封筒を手渡される。

 

 頭に巻いていたタオルを解いた今橋が、残り少なくなったたばこを灰皿に落とすと、ヘラヘラと笑いながら去っていった。

 

 

 **

 

 

 僕は自分のアパートに帰宅すると、少しぬるめのシャワーをたっぷりと浴びた。全身に汗をかいたのもあるし、何よりもモヤモヤとした感情をどうにかしたかったからだ。でも、体こそさっぱりしても気持ちは少しも晴れない。今橋の『俺は受け入れるぜ』みたいな、表面だけリベラルを気取ったような態度が頭の中でリフレインを続けている。

 

 ——ただただやりきれなかった。

 

 一ミリもあの人のことを知らない奴が、一体何様のつもりなのか。僕だけなら、どんな誹りを受けようが構わないが、僕の大切な人が傷つくようなことは許せない。

 

 センパイさんこと真輝さんは、あの人なりに精一杯女性としての振る舞いや意識を持とうと努力している。ここしばらくベンジーちゃんによってスパルタ教育を受けている彼女は化粧も上達してきて、事情を知らなければ産まれながらの女性にしか見えない。まあ、結構やんちゃっぽい見た目なので、それで誤魔化しが効いているところもあるかもしれないけど。

 

 僕はシャワーの水が伝う自分の肉体を眺め、ある日突然この身体が女性になることを想像しようとした。

 

(全然想像できないや)

 

 情けないことに僕の頭に浮かぶのは、二人想いを確かめ合った日の、泣きはらした後の彼女の笑顔だけだった。

 彼女の苦痛や心労が如何程だったのか。僕の残念な頭では想像もつかないが、あの人のあんな顔は、もう二度と見たくないことだけは確かだ。 

 

 

 

 

 浴室から出た僕はあたらしいTシャツとハーフパンツに着替え、とりあえずスマホを手に取った。その画面を表示させると、まだ夕食には少し早い時間だと告げられる。

 

「ふぅ」

 

 僕はなんとなく寂寞感のようなものを覚えて、そのままメッセージアプリを起動した。そして、何度もやりとりを重ねてきたアイコンをタップする。

 すると、ほとんどコール音がなることなく通話が繋がった。

 

『わーお疲れーどしたん?』

 

 少し上ずって、間延びした声。多分、これはもう飲んでる。

 

「お疲れ様です、真輝さん今暇ですか?」

 

『うんうん暇暇。部屋で飲んでるから、誠くんおいでよー』

 

「わかりました。ちょっとつまめるものとか、おかず持ってきますね」

 

『マジ? うわあいやったーお待ちしてるぜー』

 

 僕はすぐに向かうことを告げると、すこし躊躇いつつも通話を切った。

 なにせ今声を聞かなくても、ちょっとすれば本人に会えるのだ。僕の残念な脳みそはすぐにこんがらがった思考を放棄して、心が軽くなる。

 

「確か、アレがあったな……」

 

 わかりやすく浮ついて冷蔵庫を覗き込んで酒のあてになるものを探していると、実家から送られてきたシリーズからうってつけのものを見つけた。

 ——これを持って行ったら彼女はどんな顔をするだろう。

 驚くだろうか、笑うだろうか。それとも、嫌な顔をするだろうか。いろんな表情の真輝さんを想像して、僕はほくそ笑んだ。

 

 

 **

 

 

 ピンポーンと、耳慣れたベルの音に続けて声をかける。

 

「お疲れ様でーす。誠でーす」

 

 すると、言い切るやいなやドタドタとくぐもった足音が聞こえてきて、カタンと解錠の音が響きドアが開く。こりゃ待ち構えてたな。

 

「ん! おつかれ。あがってあがってー」

「はーい。おじゃまシマウマ」

「おじゃまされマウス」

 

 くだらないダジャレに笑う真輝さんは、ギネスビールのTシャツに部屋着のホットパンツというラフな格好で僕を出迎えた。いい感じにアルコールが回っているのか、上機嫌にニヤついている頬から首筋までぼんやりと赤くなっている。残念ながら新しい内定先のインターンと秋に控える内定式のせいで金髪はやめてしまったが、その分耳のピアスが増えている。なんだっけ、耳の上の方を貫く、インダストリアルなんとかというピアス。超好き。

 

「あ、これお土産です。昨晩の残り物とおつまみ」

 

 僕はサンダルを脱ぎながら彼女へ持参したビニール袋を手渡す。

 

「わーいつもわるいね! 何かな何かな?」

「ま、ま、ま。部屋行きましょ。日は暮れてもあっついんすよ外」

「あーごめんごめん。バッチェ冷えてますよーお部屋とビール」

 

 僕が彼女の両肩を軽く押すと、受け取った袋の取っ手を両手で持った真輝さんがケラケラと笑い声をあげて短い廊下を部屋に向かう。あれですな、紐を使わない電車ごっこみたいな感じ。

 

 そんな風にじゃれ合いながら部屋に入ると、確かにエアコンが効いていて涼しい。

 

「これはいけない。早く飲まなきゃおビールに失礼ですねぇ」

「誠くんもそう思うだろう? 全くもって失礼な気温だよなぁ。おかげさまでビールが美味くて堪らない」

「「ガハハー!」」

 

 僕たちの関係はより親密なものになったけど、この感じは本当に変わらない。下地がバカだからね、伸び代も何も無いんだ。しょうがないね。

 ただ、変わったところも少しはある。例えばこの部屋。劇的にファンシーになったりとかフェミニンな感じになったとかそんなことはないけど、確実に女の子の部屋の匂いになっている。あれかな、お互い紙巻たばこやめてちょっと経つからその影響もあるかもしれない。

 

「スゥー……ハァー……」

「君のそういうところ気持ち悪いけどブレなくて好きだよ」

「ザッス!」

 

 彼女は僕のことを笑い飛ばすと、部屋に置いた小型冷蔵庫——リサイクルショップで買ったビール専用機だ——の扉を開けつつ僕に問いかける。

 

「ビール、スーパードライでいい?」

「最アンド高」

「普段飲みにはしないけど、夏だとこの上ねえよなあ。はいよ銀色のヤツ」

「ありがてぇ! ありがてぇ!」

 

 彼女が差し出すビールを受け取り、その冷たさが損なわれるのを恐れるような勢いでプルタブを起こした。心地よい開封の音がして、もうそれだけで胸が踊る。

 

「そんじゃとりあえず、おつかれー」

「お疲れ様っす」

 

 真輝さんが飲みかけの缶を掲げると、そのまま乾杯をした。も、もう我慢できないね、ビールだよビール。遠慮はいらない。喉へ一気に流し込む。

 

 

 

「っはぁぁぁぁああ……染み入るッ……!!」

 

 

 

 一口目を最高のコンディションで存分に堪能して、僕は定位置になったビーズソファへ腰を下ろした。力仕事をして、風呂も入ったし、もう今日やり残したことはない。そんな風に余韻に浸っていると、丸テーブルの向かいの座椅子に座った真輝さんが、なんとも言えない笑みを浮かべて僕を眺めていた。

 

「……真輝さんソレ何本目っすか?」

「んん? これでまだ二本目だよ。それより、早速お土産いただこうかなぁ」

 

 彼女はんふーと笑いながら袋の中身を漁り始めた。

 まず一つ目の、手のひらサイズのタッパーを取り出して眺める。

 

「おー、煮物?」

「角煮作ってみたんですよ」

「は? 優勝」

 

 次に、大きなお弁当箱くらいあるタッパー。

 

「こっちは?」

「実家から腐る程キュウリとナス送られてきたんで、漬けてきました」

「ハイ天才。神を超えた」

 

 そして、袋の隅に落ちていた、一番小さなタッパーを拾い上げる。

 

「これは?」

「開けてみてください」

「んー?」

 

 不透明なタッパーの蓋を迷うことなく開けた真輝さんは、その中身の濃い褐色の物を眺めて一瞬首をひねる。

 

「……うわビビったこれイナゴか!?」

「そうなんすよ、イナゴの佃煮です。食べたことあります?」

「話には聞いたことあるけど食べたことは無いなあ……」

「どうぞ召し上がってください」

「え、えぇ……誠くん食べなよ……」

「せっかく持ってきたのに……」

「うぐぅ」

「大丈夫っすよ! 全然不味くないっすから! ただのおつまみ、ね!」

「うあー」

 

 なんだか予想してたより複雑な表情をした彼女が、わりかし姿の残ったイナゴくんの足をつまんで一匹持ち上げる。恐らくいろいろあって逡巡しているんだろうが、そんなにゲテモノでも無いのでパッといってほしい。だから僕は無言でソレを口に放り込むジェスチャーを繰り返して煽った。

 

「しゃ、しゃあないな。お、男見せるぜ……」

 

 何言ってんのあんた女でしょ。そんなツッコミを飲み込んだと同時に、目をつぶった彼女がイナゴくんを口に放り込んだ。

 

 しばし咀嚼。

 

「……どうっすか?」

「……小エビの佃煮だコレ」

「でしょ? これも貴重なタンパク源です」

「「ガハハ!」」

 

 

 **

 

 

「力入んない! いやマジで! なんで!?」

「貧弱! 誠くん貧弱すぎる! 手! プルプルしてる、ワハハハ!!」

 

 今日の疲れか、ウイスキーのボトル持った手が震えて爆笑。本気で握力死んでて笑えないです。やべえよやべえよ。真輝さんのグラスに注ぐだけなのに両手を使わなきゃいけないし、ダバっといかないように集中すればするほどブレブレになる。こいつぁやべえぞ。

 

「ちょっと真輝さん笑いすぎ!」

「もういいよいいよ、ほら、私に貸せ! はー笑った笑った……」

 

 とうとう瓶を奪われました。彼女はまだまだ酔いも余裕みたいで、しっかりした手元で濃いめのハイボールを作っていく。今もちょっとツボに入ってるのか、クスクスと笑いを引きずっている真輝さんと目があった。情けなさもひとしおである。

 

「はいよ、これ飲んで元気だせ。君の大好きなセンパイさん特製ハイボールだ」

 

 ちょっとわざとらしくしょげ返った僕の目の前に、さっき作っていたハイボールが置かれる。

 

「真輝さんの作るハイボール濃いんだよなあ……」

「あーん? てめえ私の酒が飲めないってのか? メガネのくせに」

「うわすっごい古典的アルハラ。あとメガネは関係ないでしょ」

 

 ツッコミを入れると、彼女は笑いながら差し出したばかりのグラスを回収してちびちびと飲み始めた。

 僕も改めてソファに背中を委ねると自分の分のグラスを呷る。真輝さんのと違って常識的な濃度のハイボールを味わいながら、すこし昔のことを反芻する。まだ男性だった頃の真輝さんは、炭酸の刺激も重要視していたので今ほど濃いハイボールは作らなかった。どうやら、女性になったせいか強すぎる炭酸がダメになってきたらしい。

 僕は、なるほど、そんなこともあるんだなあ程度の感想を抱きながら、幸せそうにキュウリの浅漬けを齧る彼女を眺めた。

 

 ふと彼女の顔に、以前の面影が強くチラついた。今日、今橋の奴にあんなことを言われたせいだろうか。

 でも、だからなんだっていうんだ。たかが、性別がなんだっていうんだ。『今がよければ全て良し』みたいなことは言えないけれど、僕らだって相応の覚悟を持って今こうして付き合っている。いちいち外野の野次に構ってられないんだ。

 

 男だったことがある女の子、今じゃそんな風にしか思えない。そんな子他にいるか? いや、あの時のお医者さんを信じればそれなりにいるのか……? まあいいや。僕は、この人の人となりも全部含めて好きなのだ。尊敬する先輩として、気があう親友、もしくは悪友として。そして、ひとりの女の子として。

 

 そんなことを考えていたせいか、いたずら心が鎌首をもたげた。

 

「真輝さんは、今も正常位好きですか?」

 我ながら唐突すぎる質問である。

「ングッ」

 僕の問いかけによって彼女は口に含んだハイボールを噴き出しそうになり、すんでのところで堪えると酔いで赤くなった頬を更に染めて、なんとも言えない笑顔で答えた。

 

「お、おー。好き、だね」

「その心は?」

「そ、その心ぉ?」

 

 茹蛸状態でコロコロと表情を変えていく彼女を眺めると、何とも言えない満ち足りた気分になる。

 そして彼女は、妙にニヤニヤしながら、もにょもにょと呟くように続けた。

 

「正常位だと、その、ぎゅってしてもらえるから」

 

 

 ほう……。

 

 

「チンコ勃った」

「はあ!? 今!?」

「いやいやいやいや、それはズルいっすよ」

 

 辛抱たまらず、ずずい、と真輝さんへ迫る。

 

「やっ、ちょ、ちょっと、まだお風呂入って——!?」

 

 いいや! 限界だ押すね! 今だッ!

 

 

 

 ——確かにちょっとしょっぱかったかもしれない。

 

 

 

 ****

 

 

 

「……私が卒業したらさ、もっと大きなベッド買おう」

 

 街も眠りについた頃、全部の電気を消した部屋。僕の右隣で横になった熱源が弱音をはいた。

 

「……いいっすね。さすがにシングルに二人は、無理がありますもんね」

 

 彼女の意見に大筋同意であります。これじゃちょっと快適とは言い切れない。

 

「誠くん?」

 

「……はい?」

 

「くっつくなあっついんじゃボケェ! ソファで寝ろ!」

 

「ご無体なぁ」

 

 ベッドから蹴り出された僕は、さめざめと泣くふりをしながらソファに倒れ込んだ。

 しばらく演技を続けていたが、僕を追い出した張本人は特に何も反応せず、ついに寝息を立て始めた。

 

 早く、涼しくなればいいのに。

 


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