それから数分後、少女は泣き止みつつも俺のジャケットは未だに少女が羽織ったままだった。
「落ち着きましたか?」
「はい……すいませんでした。突然泣き出したりして」
「いえ、それは当然だと思います。ですが――――」
俺は不安げな彼女に対して優しくささやく。
「よく頑張りましたね」
それから、彼女を会社まで連れてきてしまった。
「あの……あの人たちはあのままにしていいんですか?」
「そこは知り合いに頼んでいるから君は心配しなくてもいいよ。改めまして、俺は弥代拓瑠というものです。気軽に名前の方で呼んでください」
「ど、どうも。私は、倉田ましろといいます」
倉田ましろ。どこかで聞いたことのあるような名前であるがそういえば宇佐美さんがガールズバンド関係でいくつか仕事を請け負っていたはずだが。
しばらくましろさんを見て、思いだした。
新しく生まれたガールズバンド《Morfonica》のボーカルの子だ。日常生活とバンドとして立っている彼女のギャップが激しすぎて気づかなかったが、ここまで差が激しい子だとは思わなかった。
「モニカのボーカルの方でしたね」
「あ、いえ……エイネ・インストゥルメンツの方に比べたら私は……」
自己評価が低い子だなと俺は感じているが、この子の歌はかなり脅威であると、俺は疑っている。
レベルこそまだ低いものの、安定した音程にバイオリンを生かした曲想は何よりも今までのバンドにはない力を持っている。物珍しさというよりも各個人の力量が高い分、まだバンドとしては未熟。だとしても、このまま経験を積んでいけば間違いなく化けると感じた。
「それで、拓瑠さん。私はなんでここに?」
「そうですね。せっかく神楽さんが通う学校の生徒ですからね。このまま送って差し上げたいのですが予定が入っていましてね」
「それなら私は一人で……」
そう言いかけたところで俺の携帯が鳴る。
「つばめさんからですね……ましろさん、この後、時間がよろしければ神楽さんたちとお茶でもいかがでしょうか?」
「え? えぇぇ!?」
「そうしましょう。神楽さんは友達を作るのが苦手ですからね。ましろさん、もう少しお時間をいただきますよ」
そういって俺は新しいジャケットを着て倉田さんと駅に向かって走っていった。
送られてきた地図を頼りに向かうと、郊外を思わせる落ち着いた雰囲気の純喫茶。中に入るとオレンジ色の光が店内を照らしており、カウンター席では優しそうな壮年のマスターが『いらっしゃいませ』と声をかけてくれた。見た目は財閥に使える執事のようにも見える。
その奥は少し広めにとられたテラスタイプの構造をした円卓席が三つ並んでおり、一番奥の庭が見える円卓席ですでに茶会が始まろうとしていた。
「お待たせいたしました」
「…………」
「神楽さん? どうしました?」
「べーつにー。なんでもないです」
まぁ、あれから数時間も経たずに別の女を連れてくれば不機嫌になるのは道理。ここは変に言い訳はせずに謝っておく必要もあるだろう。
「神楽さん。埋め合わせは必ずするので今回ばかりは多めに見ていただけませんか?」
「う……わかってます。わかってますけど……帰ったら覚悟してくださいね」
「わかりました」
そのやり取りを見ていたましろさんは、突然顔を真っ赤にしてこちらを見てくる。
「あ、あの……お二人はそういう……!」
「俺は数年前に神楽さんに拾っていただいた身。いわば神様です。なので俺は従うだけです。たとえそれが理不尽な命令だとしてもね」
そう宣言すると神楽さんの顔は『えっ!?』という顔をしながら訂正してくる。
「そんなこと言って、いつも私は貴方にいじめられていますけどね」
「仕方ないじゃないですか。神楽さんはマゾ気質なんですから……」
「ちっ、違いますよ!?」
「すいません。それは言い過ぎでしたね」
「まったく……拓瑠くんのそういうところは嫌い……」
どちらの神楽さんを知っているからこそ言えることであるがそれでも十代の女の子だということを思い知らされてしまう。
そして、注文されていた品はイチゴのミルフィーユと紅茶のセットであり俺の品だけはブルーベリーソースのかかったニューヨークチーズケーキとコーヒーだった。この組み合わせを知っている人物は一人しかいない。
「神楽さん?」
「……ひ、日頃のお礼です。それにチーズケーキが好きだって言ってたので勝手に頼んでおいただけ」
「ありがとう」
お礼を言って俺はすぐにケーキを食べ始める。
程よい酸味と甘いベリーソースが絶妙なハーモニーを奏でており、舌触りはとてもなめらかで思わず声が出てしまうほど美味いと思ってしまう。
「拓瑠さんって美味しそうに食べるんですね」
「え、つばめさん? 急にどうしたんですか」
「え……あ、仕事ができる大人っぽい雰囲気だな~って思ってたから以外だなって……」
「あはは、よく言われますがつばめさんも美味しそうに食べてるじゃないですか」
『そうですか?』と言ってつばめさんは照れているが、その妹はジト目でこちらを見てくる。だから俺は千羽鶴に対して『どうだ? うらやましいか』といった風な顔を一瞬見せる。
「……お姉ちゃん」
「ん? ちーちゃんどうしたの?」
「私のイチゴ、お姉ちゃんにあげるね」
「わ~ありがとう!」
はたから見れば仲睦まじい姉妹に見えるが横目で俺に対し『私もこの程、ぞうさもないんだけど?』と言いたそうな顔をされ、少し感情が消えたような真顔になってしまった。
ああ、この子も普通の女の子なんだなと。
そんな自己満足的な感傷に浸っているとましろさんが俺に質問してきた。
「拓瑠さんはなんで校門前で待っていたんですか?」
「そうですね……お恥ずかしい話ですが神楽さんに会いたくなったからでしょうか」
『へっ……』
神楽さんをはじめ、その場にいた全員が固まってしまった。そんなことはいざ知らず、続ける。
「勝手な心配ですが、神楽さんは明るく誰にでも優しい。ですが、それ以上に悩みなどを抱えやすい。だからこうして、悩みをお話しできそうなお友達がいることに、俺はすごく安心しているんです。ですから、これからも神楽さんとはいいお友達でいてくれますか?」
『はい』という声に俺は一抹の不安も消え去り、少しばかり安心した。そして謝らないといけない。
「神楽さん。すいません。身勝手なことをしてしまい……」
「……そんなこと、気にしてません。それよりも……いえ、何でもありません。拓瑠さん、ありがとうございます」
「いえ、もったいないお言葉……!」
そんな中、千羽鶴からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「そういえば、拓瑠さんはエイネ・インストゥルメンツの人ですよね?」
「はい、そうですが何か?」
「ということは神楽さんもそこの社員なんですか?」
「……神楽さん」
俺が神楽さんの方に顔を向けると明後日の方向を見ていた。その瞬間、俺の頭は瓶でぶん殴られたような衝撃を受けてしまった。
うちはそれなりに秘密主義でほとんどFreyMENOWという名で売り込んでいるだけ。故に本名も知らないしメイクと髪型を大きく変えるだけ別人になり替わるほどだ。歌声だって音域が広い神楽さんだからこそできる芸当であるのだ。故に忘れていた。
「そうですね。
そう言うとつばめさんの目の色が変わった。
「ということは……メノウちゃんと同じ会社ということですか!?」
「そういうことになりますね。つばめさんはウチのFreyMENOWのファンなんですね」
「はい! そのおかげで私は病院生活にも耐えられてきたので……」
「そうでしたか。では、これからもよろしくお願いします」
こっちの世界でもFreyMENOWを好きでいるというのは本当にすごいと思える。少しばかりズルいが俺は彼女に対して俺の名刺を差し出す。
「つばめさん。もし、貴女が希望するというのなら、バイトとしてウチで働きませんか?」
「え、いいんですか!?」
「はい。ただ、社長ともこの話は通しておきます。社長との面接がありますので確実とは言えませんが……」
「それでも受けさせてください!」
その熱意は本当にすごい。だからこそ、俺はこの世界の『彼女たち』を集めたいと感じてしまった。これは自分勝手なエゴだ。だけど、この思いは、決して嘘にしたくなかった。
そうして俺は、彼女に自分の名刺を差し出すのだった。淡い期待と願いを込めながら……