藍染さんと雛森さんがちょろっと出ます。
享年88歳。心安らかな死に際でした。まさに理想の死に方ですね。痛みも苦しみもなく、愛する夫と娘と息子、たくさんの孫たちに見守られて、私は息を引き取りました。
これで私の人生が終わるとなると、感慨も一押しだったんですよ。今まで様々な世界をトリップして、死にたくはないからと、必死に頑張ってきたんです。
でも死にたくない=不死がいいって訳でも無く。
こう、平凡な恋をして、家族作って、日々の幸せをかみしめて、最期は老衰で死ぬのがいいな、というのが私のささやかな夢だったんですよ。
そしてこの世界にトリップして、その夢が叶ったかと思ったんですよねー。
戦後間もない日本にトリップさせられたんですけど、私はその時点で30半ばくらいだったんです。当時の常識ではもう行かずの後家のおばさんだったんですよ。
そんな私を拾ってくれたのが、今の愛しい旦那さんでした。
ここは超能力も魔法もない世界だと思っていたけれど、トリッパーは厄介事巻き込まれ体質なので、いつも警戒してツンツンしていた私を、あの人は何も聞かずに受け入れてくれたんです。
結婚して子供ができてからも、武術の鍛錬は続けました。周りからは白い目で見られましたけどね。女は家でおとなしく慎ましくしているのが美徳の時代ですよ。ズボンをはいて股を広げて武術なんて…。夫や子供には本当に申し訳ないと思いつつ、不測の事態に対する用意だけはしてました。地震が来た時には役立ったけどね!
また、いつフラグをへし折ってトリップさせられてもいいように、自分の持ち物は最低限にしていました。夫から見れば、自分に愛想が尽きたら即出ていく女だと思われていたんですかね。
いや、私は夫にべた惚れでしたが。
この生活がいつ壊れてもおかしくない、と覚悟を決めつつ、気が付けば半世紀が経っていました。銀行強盗だとか、テロとか、陰謀にも巻き込まれることもなく、ごく普通の日常を過ごしました。
そして、つい先ほど、私は死んだんです。ええ、とっても幸せな最期だったんです。
な・の・に。
なんでまだ続いているんですか――――!
周りを見れば、時代錯誤な着物を着た人たちがいまして、私は突進して尋ねたんです。
ここはどこで、どういう所なんですか、と。
曰く、ここは『尸魂界(ソウル・ソサエティ)』。死後の世界だそうです。彼らも気が付いたらココにいて、今は何とかこの流魂街という所で生活をしているらしいです。
時折、黒い死覇装をきた『死神』が見回りに訪れたりする、らしいですよ。
…ここは死後の世界がある、世界でした。…orz。
あと皆さん、生前の記憶はないそうです。ちゃんと生前の記憶(現世+異世界の記憶)がある私はトリップのバグなのか、それともあの元凶のクソ神様のたちの悪いイタズラか分かりませんが、生前で感じなかった嫌な予感が久々に襲ってきましたよ。これ。
とりあえず、その場で仲良くなった人たちにお世話になり、これからの生活の基盤を手に入れました。なぜに死後の世界なのにお腹がすくのか疑問ですがね!
あ、ちなみに今の私の肉体年齢は10歳くらいです。なんでこのサイズなんでしょう?まあ、体がキビキビ動くことと、少ないご飯で動けるのは幸いですが。
仕事は甘味処の雑用です。お店終わりに売れ残ったお菓子を包んでくれる、とてもいい職場です。
…ここのいい所は色んな人が来て、お話しできることです。
そして、ここの悪い所は色んな人に出会ってしまうことです。
その時は本当に油断してたとか、とにかくある家系の呪いじゃないですけど、うっかりしてたんです。
そのお客さんを見た瞬間、私は叫んでしまいました。
「あなた、いつの間に死んでいたのですか!」
ちなみにここでの『あなた』は夫へ声をかける時の『あなた』です。
お客さんは豆鉄砲をくらったかのような顔をしてましたねぇ。
今になって振り返れば、とてつもなく珍しい表情だったんですがね。
でも、当時の私はただ気が動転していたんです。なんせ、そのお客さんは、現世に残してきた夫の若いころにそっくりだったんですよ!私より10は若かったはずなのに、死ぬのが早すぎです!
「藍染隊長に何言ってるんですか~この子は!」
お客さんの連れの若い女の方がツッコミを入れてくれたおかげで、私は正気に戻れました。よく見るとお客さんの服装は死覇装に白の羽織。…死神様で隊長様でした。
ここにきて一か月しか経っていない私より、遅れてきた夫が死神に、ましてや隊長になっているなんてありえません。慌てて謝罪をしましたよ。
「すみません!あんまりにも現世に残してきた夫にそっくりで」
…はい。うっかり二つ目です。
普通は生前の記憶なんて持ってないんですよ。
それで興味を持ったのか、藍染隊長と呼ばれた人が新しいおもちゃを見つけたみたいに手を伸ばしてきたんで、つい、霊力で強化した腕で払ってしまったんです。だってすごい怖かったんですよ!
霊力での強化は、いつかのハンターたちが念能力を使う世界の感じ、でやったらできちゃいました。まあ、霊力自体はそんなないんでダメージもなさそうですが。
…ってうっかり三つ目。
普通の人は霊力を操作できません!
そのあとは素質があるとかなんとか言われて、あれよというまに真央霊術院という所に入ることになり、甘味処を退職しました。
結構強引な方でしたね。あの一見とても優しそうなお兄さんに見える眼鏡の隊長さんは。惚れた夫にそっくりなこともあって、流されるままに死神になることを決めてしまった私も大概ですが。副隊長の雛森さんという方にも大変睨まれまして、居心地悪かったです。
藍染隊長は思うに、私の夫の先祖だったんじゃないかなと推測しています。何せ私の生前の名字は藍染でしたからね。
もちろん、今は生来の名前を名乗ってますよ。下手に名乗ったら、変な勘繰りをしてくる輩が出て来ないとも限らないので。
今日も今日とて後ろからこちらを見つめる視線が痛いです。藍染隊長。
その何か物を観察するような視線はやめて頂けませんかね!背筋がぞわーときますんで!
愛しの夫と似ているだけに、私のストレスはマッハで溜まっていきます。
更に雛森副隊長の羨ましいという視線も痛いです。あなたの目は節穴ですか!あれは珍しいサンプルを見る研究者の目ですよ!
なんで分かるかというと、一回トリッパーというのがばれて、どっかの研究所の実験体になりかけたからです。
もう、現世での仕事は早く来ないかな!
若い夫の顔は見飽きました。あのダンディな老けた夫の顔や、息子や娘、孫の顔を見て癒されたいです。
ああ、いつになったら、幸せに死ねるんでしょうか?
(おまけ)
つい先日、他界した妻の仏壇の前に座り、男は線香をあげた。
「…死に際の君は、見たこともないくらい安らかな顔をしていたね」
誰ともなく男はつぶやく。
生前の妻はいつも何かを警戒していた。街角で誰かとぶつかったり、上から物が落ちる音になぜか過剰反応していた気がする。
出会ったのは戦後。戦争から帰ってきて、潰れかけた染物屋の実家をさあ立て直そう、というときだった。
たまたま、食材を市場に買いに出て、当時出回っていた果物であるリンゴを仕入れた時だ。か細い声で、お金を貸していただけませんか、と声をかけてきた女性がいた。
当時は誰もが貧乏で、他人に情けをかけることが出来るほど、余裕があるわけではなかった。
なぜ私に声をかけたのか、と理由を聞くと、リンゴを買ったから、と返事が返ってきた。
なるほど、主食の米より果物を買う男は、お金に余裕があるように見えたわけだ。
あと、顔が好みだったから、ともう一言、女性は付け加えた。
それは金を貸してくれと頼んでいるにも関わらず、媚びたところのない素直な一言だったから、考えた。
今、実家で商売と開始するには人手が足りない。ならばここで出会ったは縁か、とね。
彼女の働きっぷりはよかった。もう30半ばくらいの年齢だったが、そんなこと感じさせないきびきびとした動きで、男手の必要な作業も軽々こなしてしまった。
私はどちらかというと頭を使う方が得意だったから、帳簿付けや商売の交渉、時には染物のデザインを考えたりした。
私たちはだんだん惹かれあい、結婚した。身元も不確かな彼女と結婚するのに多少、反対はあったが。
あと、もう一つ反対の理由があった。彼女はお転婆すぎる、と。
彼女は何か武術をやっていたようだ。人目につかないように練習していたみたいだが、それでも人の口に戸は立てられない。
私は別に構わなかった。彼女が私より強くても。押し入った強盗を一人で相手して捕まえてしまってもだ。
ただ、少々困ったのは、生まれた娘がそれを真似してはまり込んでしまったことだ。
まあ、今では道場も開いて、婦警さんも習いにくる立派な師範となっているけれど。娘が言うには彼女の武術は日本の古武術とも柔道とも違うらしい。あえて言うなら合気道にも近いものがあるらしいが…。
ここ数日、彼女の遺品を整理しているが、驚くほど少なかった。まるでいつ死んでもいいような周到さだった。思えば昔から彼女は身の回りの物は少なかった。
私に黙ってどこかへ消えてしまうのではないかと、心配になったこともある。
だが、君は最期まで私の傍へいてくれた。最期にあんな美しい顔を見せてくれた。
私はまだ、君の傍へはいけないが、君の幸せを祈っているよ。
今までありがとう。
藍染さんの子孫は善良な方でした。