敗北の風が吹く街   作:くとろあ

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一話 憧れ

 ―――――――――――――間桐雁夜が好きだ。

 

 最後まで残った実は優秀なマスターだから、不憫な桜の為に自分を投げ出し血を流し必死でサーヴァントを操る彼が英雄の様で好き。

 

 

 ……ではなかった。

 

 彼の貪欲で歪な心の矛盾が好きだった。桜を守る為と言ったくせに結局は自分の好意を抱く女性を取られたというだけで私念に燃え怒り狂う「人間」の醜い間桐雁夜が好きだった。

 

 なにも守れない、自分の家の法からも逃げた身勝手な人間で桜を守る為という形に拘り抜き己に酔い痴れ、嫌っていたはずの家名に準ずる滑稽な彼が我儘で自分勝手な人の在りのままを見ているようで引き付けられた。

 

 結局は傷だけを自分の意中の女性に残して、彼は場を掻きまわしただけでその生きざまは蟲を植え付けられた自分の姿の様に醜くて、切嗣や綺麗の様に己の意志に異様なまでに直線的でもなく、只々ふらふらと寄り道をした挙句、守るものにすら捨てられ、良いように使われ無残に散る。そんな姿に僕の瞳は間桐雁夜から離れられなかった。

 

 

 

 2014年6月2日、高校最後の初夏。俺は6年続けた野球を辞めた。

 

 周囲には勿論驚かれた。

 

「勿論驚かれた」と大きく語ったが、俺はスカウト注目の左腕4番エース等の様な上位層の選手などでは決してなく、学校も甲子園連続出場記録を保持しているといった特徴もない。そして俺の才は平凡でありふれたもので、お情けで出してもらった試合での監督が俺に付けたポジションは外野の控え。優しく見てもプロになど慣れる訳が無い未来の無い選手だ。

 

 ではなぜそんな馬の骨が退部する如きで周囲が騒いだのか。それは全国高等学校野球選手権大会、俗に言う夏の甲子園の予選前だったからだろう。

 

 流石にどんな凡骨な選手でもこの高校生活の血と汗全てを掛けた最大の公式試合直前に辞退するというのは珍しいらしく、嫌になるほど周りには止められた。

 

 初めて会う同級生、キャッチボールをしたことすらない後輩。

 今まで俺に関心なんてこれっぽちもしていなかった親戚、進学のストレスと疑ってかかった先生。

 

 仕舞いには習い事の指図ばかりの父親ですら止めてきたので「「意味のない事をやり続けるな」というのは貴方の言葉ですよね」と嫌味ったらしく微笑んでやると実に痛快な顔をして黙った。

 

 考えてみれば俺は家族の人形だった。

 

 小学生の時は字を上手く書きなさいと書道教室に入れられたし、中学からテストは70点以上を要求された。野球だって、母親の課したノルマを達成しようと勉強ばかりしていた俺に「少しは外で遊びなさい」と無理に入らされたもので、つまり俺にとって野球の活動とは忌むべき習慣の一つでしかないのだ。

 

 

 だから親に逆らったこの選択は、間違っていないのだ。正義は俺に在るのだ。

 

 その見ていて笑えてくる父のイラついた顔は今まで俺が苦しんできた記憶達の、恨みのほんの一部でしかないのだ。

 

 譚と味わえ。これが俺なりのお返しの一つだ。

 

 

 ……まだ足りない。

 

 

 俺を馬鹿にしてきた兄貴にも。

 

 見下してきた部の奴らも。

 

 クスリと笑った周囲も。

 

 

 何時か、何時か、また何時か。

 

 

 ――――――――――――あの時の父親と同じ顔をさせてやるのだ。

 

 

 

 

「なんだその不服そうな顔は、「俺はただ今絶賛反抗期です」と、自分で言っているようだぞ 風凪翔太(かぜなぎしょうた)

 

 不得意な科目を終え、待望の休憩時間にピシリと言葉に不意を突かれた少年は刺して来た相手を見て目を細くして機嫌を変えた。

 

「お前、 早川誠(はやかわまこと) ……なんだ?お前の顔見たくないんだが?」

 

 そんな若さ瑞々しい尖った言葉を平然と言い、風凪と呼ばれた少年は相手を突き放した。

 早川はその言葉を受け取り二言三言言いたそうな顔をして口ぐもった。

 

 そして、数秒で早川は相手の心をえぐり取るような言葉を思案し実行に移す。

 

「いや、なにさ高学年一の下手糞が部を辞めたと聞いたからエース様が直々に心境を聞きに来たんだ」 

 

 ピクリと眉を動かした 風凪翔太(かぜなぎしょうた)だったが相手の言葉の強さに臆したのか厄介に思ったのか悪態をついた早川の方を向かず、黒板の方を見て肘を机、手を頬にやり黙った。

 

 恐らく自分の視界外でしているであろう、勝ち誇ったかのような早川の見下す様な視線は一向に見向きもしない、そんな事をしていると静かになり、気付けば何処か。恐らく仲間の男女混合グループの方にでも向かったのだろうと 風凪翔太(かぜなぎしょうた)は一息ついた。

 

 呼吸を止め、音楽の流れていないイヤホンをして目を瞑る。そうするとそこには自分と非常に近い闇、いや、無が目の前に広がる。

 

 音も物も光も写らない無。それは何も無い、けれども何も無いが故に自由で風凪翔太にとっては何処かそんなモノが愛おしく感じた。

 

 ずっと、ずっとそこを見ると何か線の様なものが見えてくる。

 線は光って一筋の電気の筋が通った様に……奔る。

 

 

 まるで一本の雷になったそれを見つめていると光は次々に走り抜けて行って、自分を追い越していく。

 

 ……何かが溢れて流れる様な音が、血液のノイズが邪魔をする。

 

「まだだ、まだその先、その先にきっと……! 」

 

 ……進む。

 

 ……進む。

 

 その先に。

 

 ……そうすると。

 

 

 ……っドン!!

 

 

 ……目を瞑る風凪の肩に衝撃が走った。

 

「うぉっ……!」

 

 手を置いて、走った僅かな痺れに驚き大きく体を動かして肩の方を見ると。

 

「ぷっ……!」

「「うぉ……!」って、漫画の見すぎじゃないの?」

 

 誰かが揶揄ったのだろう痕が残っていた。

 

 

 

 

 ……間桐雁夜が好きだった。

 

 画面越しから見る彼は、カッコいい所は最初だけで、自分もそれに酔い痴れてふらふらと蠅の集る裏路地を歩く姿が忘れられなかった。

 

 ……でもそんな捻くれた「好き」じゃなかったはずだ。どう思い、どう考えて彼を好きになったのだろう。

 

 ただのアニメーションをじっと見つめ、気付けば流れていた涙はなんだったのだろう。

 

 ……何かを忘れている気がする。

 

 ……何か大事な事を。

 

 

 

「……何してんだ 須賀陽菜(すがひな)

 

「う、風凪」

 

 校舎のグラウンド手前の広場真ん中でぼっと立って遠くを見つめている風な幼馴染に声をかけると、嫌な顔をされる。

 

 少し傷付きそうになった風凪翔太だったが、冷静に考えてみれば、この声を掛けた女子、須賀陽菜(すがひな)とはそこまで冷え切った中ではない。恐らくは見られたくない場面だったのだろう。

 

 俺の意思とは無関係に、須賀が向いていた方向のグラウンド中央より僅か斜め右下を見ると。

 

 ……3時間ほど前に軽く衝突した 早川誠(はやかわまこと)が後輩部員達を率いていた。ああ見えて誰からも慕われる性格の早川は女性からはそれは人気な物件だ。この須賀陽菜もきっとその一人なのだろう。

 

「須賀、早川は彼女いるぞ」

 

 先ほどは自分も悪い所は必ずあったのでと嫌な思い出を振り切り、あえて須賀陽菜に冷たい真実を告げる。

 

「……しってるよ。他人の恋路だ、突っ込むつもりが無いならほっとけ」

 

 風凪の矮小さはともかくとして、須賀陽菜はこんな人間だった。

 

 他人に弱みを握られても「放っておけ」と忠告できる女なのに、広場のど真ん中で好きな人を目で追ってしまう。そんな彼女の不器用さが全てを表していた。恐らくの予想だがきっと彼女は頭では冷静でも心は感情的な人なのだろう。

 

「風凪、風凪翔太は好きな子はいないのか?」

 

 何時でも真っ直ぐに自分の思ったことを告げる須賀陽菜に思わず目を逸らしてしまった風凪だったがそんなものは鉄に吹く風であった。

 

「……ああ、工藤真矢に恋してる」

 

「そうか、C組のアイドルだね。頑張って」

 

 先ほどとは逆で興味の無いように一言切り離すと相談も乗らず、ただ風凪の意中の女性だけ聞いて去って行った。

 

 軽くあいさつ代わりに互いの意識した異性を言い合う仲の二人だったが風凪翔太は嘘を一つ付いていた。

 

(脈まるで無しか、……馬鹿な恋だよ全く)

 

 ついた文句こそ短い、しかし果てしなく遠い嘘だった。

 

 

 

 ……魔術。

 

 日本での始まりと推測される出来事は、自分の家族が一時でも幸せになる様にという些細な願いから生まれた物だった。

 

 何年と掛けて土を耕し、森から水という恵みを分けて、皹割れた手で地面に種を何千と育んだ。

 

 だけども自然は残酷でそれを幾度も、幾度も刈り取った。

 

 誰もが豊穣を願った。

 

 誰もが神の存在を願った。

 

 作物を水に流され、虫に食われ、焼かれ、凍てつき、涙を土に宿し、骨まで地に還った。

 

 ……そんな地獄で、誰かが高らかにこう叫んだ。

 

「自分は神の声が聞こえる」

 

 

 ……それが始まりだった。

 

 

「……魔術か」

 

 風凪翔太が自室のベットの上に制服のまま寝ころび、ぼっと蛍光灯を見つめながら吐き出すように洩らした。

 

 この魔術というジャンルをテーマにした作品の媒体は幾つもある。その中で風凪翔太が好きな作品が一つあった。

 

 作品。それは甘い果物の様な物語だったり、目から血を流す様な陰鬱なものだったり様々だ。

 

 当然だ。何故なら人々は「それ」に夢を見るから。

 

 夢を見て、形にしたいと思って、筆をとり、自分の想いを書き連ねる。

 人が生まれて脳で考えるという力を手に入れたのだから、それは必然だったのだ。

 

 そして、その他人の書いた夢の中で風凪翔太を引き付けてやまない作品があった。

 それは魔法使い同士の殺し合いを書いた、先で言えば血みどろの戦いのフィクションだ。

 

 そんな中で風凪翔太が共感を呼んだ登場人物が一人いた。

 

「恥ずかしいよな、高校三年生にもなってテレビアニメの登場人物が忘れられないなんて」

 

 憧れなのか哀れみなのかよく解らない感情をその登場人物から風凪翔太は感じた。

 

 他人の言葉に簡単に心揺れ、幾度も背に傷を負い、負け惜しみを平然と吐露する。そんな哀れな最期をたどる登場人物に、無性に心惹かれた。

 

「魔法使いなんている訳ない……か」

 

 ……ふと目を瞑り自分の芯まで問いてみる。

 そうすると情けなくも自分の空腹に気付き三階から食卓へ移った。

 

 誰も居ない暗い部屋の明かりをつけ、食物を保存する為に凍えるような風を発生させる鉄の箱を開けると、ナイロン紙をさっとかけられた食品の成れの果てがあった。それを見ると食欲も下がる。

 

 外は雨、腹は空いているが食べる気も起らない。わざわざ降りてきたのに、食品を温める事を億劫に思う。

 

 椅子に座り粘土の様になった乳製品を冷たいまま一口齧ると、静かだった廊下から若干軋む音が聞こえた。

 

 ……こんな日に誰かが家に残っていたのかと不思議に思った風凪翔太だったが、顔を上げ、その人物の顔を見るとこの世の全てが憎たらしく感じる。

 

「……何をやっている翔太。今日はお前の兄、正樹(まさき)の魔術刻印を植え付ける重要な日だろう?重ねて言うが私達魔術師にとっては重要な日だ、お前も来なさい」

 

 呼ばれた魔術師の系譜、「風」の名を持つ銘家「風凪家」の風凪翔太は睨んだように魔法使いの父を見て心の中で軽蔑した。

 

 

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