敗北の風が吹く街   作:くとろあ

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二話 代償

 ……始まりは小さな、何処にでもありふれている恋だった。

 

 

「ねぇ、あなた。いじめられてるの?」

 

 彼女は無邪気そうに大きな瞳で僕をじっと見て、そう言った。

 僕は泣いて救いを求めた、彼女は笑い、私に任せろと細い指で僕の頭を撫でた。

 

「お気に入りの喫茶店があるの、一緒に行きましょ?」

 

 彼女は嬉しそうに僕の手を引っ張り笑った。

 僕もそれに答える様に笑い、一生の幸せに等しい時を手に入れたのだと思わせた。

 

「……ねえ、私と一緒に暮らしてくれない?貴方が居ると、落ち着くわ」

 

 少し大人になって奇麗になった彼女を見て僕は微笑んだ。

 僕の答えは決まっていて、そっと彼女の手を握りあの時のように頭を撫でた。

 

 

 

「……病気だって、治らないみたい。子供作りたかったなぁ」

 

 痩せこけた頬を少し触り、残念そうに話す彼女に僕は苦い顔の愛想で笑う。

 

「……泣かないで。あなたは弱いから、私が居なかったら心配よ」

 

 気付けば流れていた涙を指摘して、彼女の手は無念そうに僕の手の中で力を失った。

 

 彼女の命が無くなった時、僕の人生もまた、影のように消えた。

 

 命を縮める様に酒を飲んだ。彼女を忘れる様に薬を飲んだ。けど、そんな事をしても僕の身体は壊れる事は無かった。ならばと死ぬ事にしたが、それは生前の彼女に固く止められていた。

 

 大好きな彼女の言葉は死しても尚、僕にとっては無下にすることなど到底できない呪いだった。

 命の灯を消すことも芯から折る事も出来ない僕は、地面に向かってしゃべる事しかできないゴミの様な人間と化した。

 

 何も食べず、飲まず、地面を見て彼女を思い出した。

 しばらくすると手がしわしわになり、体は異臭を放ち、目の光は消え、誰も近づかなくなった。

 

 ある日、気分が悪くなり胃袋に残った体液を全て吐き散らすと、八方塞がりの僕はようやく死して楽になれるのかと安堵したが、それも不審者がいると通報された警察官によって希望は摘み取られた。

 

 息すらも碌に出来なくなった残念な僕を見て医者はこう言った。

 

「回復したのは奇跡だ」

 

 勿論僕は、酷く地の底まで絶望したが同時に天からの明光を手に入れた。

 

「奇跡」

 

 人間の力では到底叶えられない願を人は呼んだ。

 

 何を願うかは決まっていた。病も死も手に入れられなかった僕が奇跡を手にする事を願った。

 

 チェリーボンボンを一つ食べる。……何時ぶりだろうか、彼女の好物を胃に入れたのは。

 

 

 ……それから数年。何もかもを失った僕は赤黒い髪の毛をした魔法使いの目の前に辿り着いた。

 

 あの子が生きていた頃より増えた白髪を軽く触り、見知らぬ魔法使いに向かって、僕は静かにこう叫んだ。

 

「聖杯が欲しい。俺をあんたの弟子にしろ」 

 

 

 

 

「……はっはは、ははは」 

 

 太々しくも懇願された赤毛の魔術師は激しい怒りを覚えた。自分が馬鹿にされた様に思えたからだ。

 

 魔術師は一子相伝。魔術刻印を受け継げるのは唯一人。だから自分の子に、弟子に己の夢全てを託す。そして何時か自分の遺志を継ぐ者が根源へと至る事を一生の喜びとする。魔術師とはそういう生き物だ。

 

 つまりこの場合「俺を弟子にしろ」というのは「自分の家族を捨て赤の他人に全ての魔術をよこせ」というなんとも破廉恥で横暴な要求である。

 

 それは例え「研究柄で魔術師に難しい気質者が多い」という前提を差し置いても、相手が狂いでもしていなければ到底成立もしない要求だった。

 

「……何故一般人が「聖杯(それ)」を知っているのかは置いといてさ」

 

 ぴたりと笑うのを辞めて魔術師は相手のなりを見る。格好におかしい所は無いので狂人ではなさそうではあるがと品定めをしている様だ。

 

 そして「破天荒だが狂ってはいない」と理解する。ならばと会話を続けた。

 

「なあ、人にお願いするときは代償というモノが必要だと思わないか?まあ、一種の交換条件だ」

 

 不機嫌そうに魔術師は男を見て話す。

 

 恐らくは今、目の前に居る男は勘違いした高慢ちきか、会話の成立しない程の阿呆かと見定めたのだろう。その目は静かで哀れみを感じる。当然と言えば当然だが酷く冷たい目だった。

 

「無償で他人から請求するなど、犬でもやらん大恥ごとだ」

 

「……何をすればいい?」

 

 無表情の男は答えた。

 魔術師はそれを見て軽く笑いながら話した。

 

 男はこれから要求されるであろう、到底用意すらできない、言葉にするなら無理難題を押し付けられることを覚悟し黙った。

 

「お前の手足の爪全部と心臓だ。この場で差し出せ」

 

 魔術師は一息を馬鹿にしたように吐き、笑った。

 

「おっと悪く思うな、魔術師から技を奪うとはそういう事だ、悪い事は言わん帰って寝ろ」

 

 要約すると目の前から消えろと言われた男は、当たり前のように顔を歪ませた。

 それを見た魔術師は、まるで一息吠えて立ち去っていく馬鹿者を見る犬のような思いになった。

 

 そしてその到底無理な交渉、男の答えはこうだった。

 

「矛盾しているぞ、魔術師」

 

 歪ませた顔をして男がこんな陳腐な言葉を使ったものだから、今から男が言うだろう負け惜しみを酒の肴にして返してやろう。と、魔術師は黙った。

 

「繰り返す、矛盾しているぞ、魔術師」

 

「なぜならば指の爪を剥がされれば、皮膚が切り裂けなくなる。つまり指で皮膚と肉が断ち切れなくなり、手が心臓まで届かなくなる。爪以外のものを要求してくれ」

 

「……魔術師よ、俺はここに来るまでに全てを払った、家財、体、信用、心に臓器、今更お前に「命」と「痛み」を払う事など容易な事だ」

 

 魔術師は豆鉄砲を食らった。男は続ける。

 

「……取引だ、必ず聖杯を持ってくる。俺は願いを手に入れ。お前は自分の魔術で聖杯を勝ち取ったという名誉を手に入れるだろう。どうだろうか?」

 

 技と体だけで勝利を勝ち取る。と、いうのは無理難題だ。これは俗に言う心・技・体であるが各々の理由としては、「技」だけでは力が入らず大した攻撃にならないし、「体」だけでは敵に攻撃を充てる術がない。そして「心」無くば敵を判断できず見方すら殺めてしまう。と言うものだ。

 

 この赤髪の魔術師は確かに銘のある家の生まれであり、魔術師ならではの修羅場も幾つも経験した。だから自分の技には間違いのない自信があった。

 

 また同じくその技と一緒に、また技と組み合わせ練磨した己の肉体にも不可は無いと感じている。

 

 ただ、卓越した技と体を持っていても唯一高いレベルまで到達しなかったものがある。

 それは、それらを信じれる何物にも揺るがない心であった。

 

 死の扉をくぐった物こそ言える事が在る。それは心こそが間が意も無く「才能」という理不尽なほどの圧倒的に反り立つ能力の差なのだと。

 

「……くくっ、その話面白いな、受けよう」

 

 魔術師の見当違いだった、男は狂っていた。心と言う才が、規格外と言えるほどに。

 

 

「私に、聖杯を持ってこい。夢を見せろ。 霧雨壮也(きりさめそうや)

 

 

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