第一話
とある高校のクラスが物語の始まりである。五月の中頃の朝。
登校を終えて教室に向かう青年がいた。
彼はこの高校に通う二年生の生徒であり、南雲ハジメという。
なんてことはなく、ゲーム好きが高じてしょっちゅう遅刻ギリギリであることで有名なただの男の子である。だが、ここ三か月は別の理由で遅刻ギリギリであった。
彼が教室の扉を開ける。
もちろん彼が最後に入室した生徒であった。
クラスには色とりどりな性格をした生徒たちが思い思いに話しに花を咲かせていた。その中でもひときわ注目を集める一団がある。いわゆるクラスの人気者のグループだ。
そのうちの一人である白崎香織が声をかけてきた。
「あ、おはよう! 南雲くん」
花も恥じらうおとめがぴったりな形容詞な彼女は、本当にきれいである。
彼女が南雲に向かって微笑んでいる。だが、この事実を額縁通りに受け取るものはこのクラスにはいない。
彼女はこの学校で一位二位を争うレベルの可憐さで、男女問わずに生徒たちを魅了している。
容姿はもちろん、軟体動物のような性格はとげとげしい思春期の学生の心をうまく救い上げては包み込んでいく。
たしか先月の学生新聞では聖母マリアのようだと評されていたなと南雲は思案した。
彼女の誰にも分け隔てなく接し、笑顔と感謝を振りまくその様がマリアに見えるのも納得できる。
そんな彼女が南雲に微笑みかけてくれているのになぜ額縁通りに受け取るものがいないのか、それの理由としてはどうやら彼女は彼のことを嫌っとているらしいのだ。
避けられたり罵られたりする、というわけではない。ただ、彼にだけ少しあたりが強いのだ。
絶世の美女と表される人から嫌われるなんてうらやましい! と思う読者諸君の歪んだ感性はおおいに結構だか南雲にそんな趣味はない。ならば、なぜ彼は嫌われている、らしい、のか。
「お、おはよう、白崎さん。いいあさだね」
少し緊張しながら南雲は返答する。彼の今年の目標は目立たずに生活を送ることである。
「なんで今日も時間ギリギリなのかな? 今日は間に合ったからいいけどこのままだと遅刻しちゃうよ」
眉をキュッと寄せて少し責めるような口調で彼女は言った。クラスがざわざわと騒がしくなる。すくなくても、このクラスの中で彼女がこんなにつらく当たるのは南雲だけだ。みんな思い思いの話しを中断して南雲と白崎の仲を勘ぐり始める。昔し南雲が白崎に告白してフラれたのではないか、などの甘酸っぱいものから南雲が白崎を痴漢したなどの犯罪行為まで、あることないことが噂として囁かれてはいるが主流は南雲の態度を白崎さんが気に入らないのではないか? である。人を嫌いになるのに理由なんて必要ないのかもしれない。
南雲にだけなぜかきつい対応なのだ。なんてことはない学生の会話ではあるが、方や学校を代表する容姿の女の子ともなれば話題性が高い。高校一年生から二年生になりクラスが変わってもこの二人の不仲説は衰える様子を見せない。もう定番の噂となりつつある。
といってもこの噂が流れ始めたのは彼女の南雲に対しての態度が硬化し始めた今年の三月ごろ、三か月前の話しではあったが。
「香織、あなたはなんでそうハジメにだけは突っかかるようにせっするのよ?そんなに彼が気に入らないの?」
みんなが思っていたことを代弁したのはポニーテールが目印の八重樫雫。白崎の幼馴染兼お目付け役である。白崎はどこか抜けていることが多く。ブラウスを裏返しで器用にボタンを止めて着ていたり、学校にたどりつけなかったりする。そのため彼女の世話係、つまりはお目付け役が必要なのだ。
彼女は白崎とは対照的にしっかりした性格をしており、カリスマこそないがクラスの中心人物である。一年生の時に起きたクラスでのケンカを仲裁したことに尾ひれがついて今ではファンクラブが存在するらしい。そしてそこの会員の九割が女子生徒らしい。
それと彼女は剣の腕が立つのだ。彼女の家族は剣術道場を経営しており、彼女自身もそこの門下生である。つい先日、春の大会でも優勝を果たしているかなりの実力者だ。
体つきもしっかりしており、引き締まった四肢をしている。身長も一七三センチと高く、女子にもてる原因として本人も気にしている。彼女の写真が女子生徒に高く売れるとか売れないとか。
「ダメだよ! しずくちゃん、こうゆうのは遅刻してからじゃおそいんだよ!」
「香織のいう通りさ、雫。彼は甘やかされすぎて遅刻ギリギリ常習犯になってしまったんだ。それじゃ彼のためにならない」
そして白崎の意見に同調したイケメンが天之川光輝だ。文武両道で容姿が良く皆を引っ張る空気を醸し出す天才である。彼の甘いマスクはとどまるところを知らず、街中で短大生の子とデートしていたなんて噂が後を絶たないが、それが嫌味にすることなく、むしろ魅力にしてしまうのが彼の天才たる所以だ。学内に白い歯が見えれば天之川ありと謳われる彼は困っている子を見つければ、すぐさま駆けつけて助けるまさに絵にかいたクラスの人気ものだ。
白崎と幼馴染なこともあり、よく美男美女カップルと揶揄されている。その傍らいるのは野球部に所属している坂上龍太郎。短髪に高身長で溌剌とした顔。天之川の親友で、この二人は何かと持っている二人だ。
この四人がクラスの人気グループである。
お決まりのやり取りが行われている間に南雲は着席していた。彼はこの四人を眺めながらボーっと考える。実は彼の中では、なぜ白崎から少し硬い態度をとられるのかその答えはもう出ているのだ。
いや、むしろ彼自身が原因だといってもいい。
始業時刻を過ぎても先生が教室にこないことをいいことにクラスのみんなは立ちあるいて、それぞれおしゃべりに興じている。
その中でもやはり、注目してしまうのは八重樫のグループ。話題の人物四人を固めたびっくり箱のようなグループとクラスの厄介者みたいなポジションの南雲ではあまり接点がないように思える。
接点がないなら不仲になることもない。だから、この嫌われてる現状は不思議な状態であると考えることもできるけど。人間の脳はそう都合よくできてはおらず、ないものをあるように見てしまったり。
聞こえないものを聞いてしまったりするのだ。つまり、「南雲が白崎に嫌われているという都合のいい妄想を否定する」のはとても難しいことである。
そんなことを考えていた南雲に後ろから誰かが抱き着いた。
背中に衝撃を感じた。
「よ~う! 南雲! 今朝も派手に嫌われたなぁ!」
からだのおおきな人、普通の体型の人、チャラい人。
世間一般でいういわゆるオタクグループだ。日がな一日中創作物について熱い議論を交わすこのグループは他の生徒たちには少し敬遠されるが、南雲見たいな層にとっては体のいい受け皿になってくれる集団でもあった。
少し閉鎖的なグループの方が気持ち的に入っていきやすいのかもしれない。五月の連休明けのこの時期はまだ友達作りに苦労していてもおかしくはない時期である。
「で、本当のとこはどうなんだよ、南雲。どうせ新作のエロゲで徹夜でもしてたんだろう?」
だが、よくも悪くも閉鎖的であるがゆえに感覚が少しマヒしてしまうこともある。朝いちばんの会話としては少し下品ではあるが、これがこの集団の普通なのだ。
「違うよ」
南雲は簡潔に返した。「チッ、つまんねぇなぁ」と毒づく彼の名前は檜山大介。
クラスにふよふよしているオタクのリーダーもしくは窓口的存在である。
彼はピアスも開けていて髪も茶色くぱっとみはオタクには見えない。
隠れオタクというわけではなく、ただ要領よくオタクとそうじゃない集団を行ったり来たりしているのだ。
少し馴れ馴れしくせっしてくるが、それが彼のいいところである。
そんな彼に連れられて南雲のそばにまで来た集団のうちの一人、近藤礼一が口を開いた。
「それにしても、なぜ貴殿はあそこまできらわれている?」
古風なしゃべり口な彼は少し大きめの体系、座っている南雲を見下ろしていた。
「僕が白崎と付き合っているからだよ」
南雲はあたりをはばかるように言った。周りには聞こえなかっただろうが彼の周りにいる集団にはきちんと聞こえていた。まるで彼の周りの集団だけがベークライトに塗り固められたようにピシッと固まったが、すぐに冷えて融解した。檜山は少し荒っぽく彼の胸倉をつかんだ。
「おぉい!どういうことだよテメー!」
語気を荒立てて迫ってくる彼に南雲は冗談だ、と告げたが檜山はあまり納得をしていないみたいだ。
周りにいた集団もそんなのは冗談であると語るもんだから檜山も落ち着いてきてはいるが、どうにも気に入らないらしい。
南雲に向かって「白崎はテメーのもんじゃねぇ!」と刺々しく視線を送っている。
局所的にちょっとした騒ぎになってしまったがクラスのボルテージは高くこんなもんじゃ誰も振り向かない。いや、もしかしたらクラスの人気グループが同じくらいの騒ぎを起こせばみな静まりかえったかもしれないが、現実には注目度ゼロの南雲たちであってそんなことはなかった。
だが、白崎ただ一人は教室の隅にいた南雲のことをジッと見つめていた。
「みなさーん!ホームルームを始めますよー!」
高校生にも満たない声に聞こえるかもしれないが、あれはこのクラスの担任である畑山先生である。
メガネにポニーテールがとても愛らしい。
教壇の上でぴょんぴょんと跳ねる彼女は見る者によっては本当の少女のように見えただろう。
生徒たちから下の名前にちなんで愛ちゃん先生と呼ばれて、慕われている。
彼女は見た目の愛らしさと性格の素直さをもってこのライブ会場かに思える教室をうまく収めた。
年齢問わずに人気の高い先生である。
席に着くクラスメイトに倣って興奮気味の檜山が自席に戻るのしり目に南雲は顎で前を向くようにと、白崎に合図を送った。彼女はまるで「私、納得していません」とでもいいたげな瞳でまっすぐ南雲を貫いていた。
どうやら聞こえていたみたいだ。
この距離で聞こえるなんてカクテルパーティ効果が働いたらしい。
彼女は普段は天然でどっか抜けているのに、こと人間関係、主に恋愛関係の出来事には抜け目がない。
これらの事柄を下校中に一緒になったときに話すと、彼女の顔はいつものニコニコ顔をとおりこしてニマニマ顔になる。
女の子はみんなそうなのだろうか? 今日はよく睨まれる日だなぁとぼんやり感じながら着席した。
退屈な授業中、眠い南雲は不機嫌な顔で昨日の夜を思い浮かべた。布団の中で彼は朝方までずっと電話をしていたのだ。その電話の相手は小さいゲーム会社の社長をしている父親……ではなく、いま彼の前方で小さな肩を揺らしながら授業を受けている白崎だった。
お尻まである長い髪はとても艶やかで見る者すべてを惚けさしてしまいそうだが彼に関してはそうではなかった。むしろ少し複雑であった。
南雲は父親の影響をもろに受けて大がつくゲーム好きだ。将来はブラック体質だと揶揄されることが多いあの業界に入るのもやぶさかではないと思っている。
だから、徹夜で彼の父親の手伝いを良くしていた。
手伝いという名のゲームではあったが。
そのせいで遅刻ギリギリの常習犯だったのだが最近は理由が変わってきていた。
それは白崎との電話が理由である。
付き合いたての頃は意味のないやり取りをチャットで永遠と繰り返していたのだか、ここ最近は一日のほぼすべての時間を白崎との通話に割かれている。
朝起きればコードを刺しっぱなしのケータイからおはようが聞こえ、たわいのない会話をする。
「行ってきます」と同時に通話を切るが、学校が終わり家に帰って「ただいま」というとそれを見計らったかのように電話がかかってくる。
そんなことが続けば親にも感づかれてしまうもので、少女漫画家である南雲の母親は「参考にさせてもらうわ!」なんてゾッとすることを言っていた。
南雲ハジメは決断力があるほうで告白をしたことはあるが人と付き合ったことはなかった。
だから白崎から告白されたときにすぐにそれが告白であるとは気づけなかった。釣り合わないことに、なんと白崎から告白したのだった。そしてその時に条件を二人の間で設けたのだ。
条件:学校のみんなに関係が露出ないために、私、白崎香織は人前では南雲ハジメには一線を引いた態度で接する。
なぜこんな条件を設けたのか。
それは彼女への周囲からの評価が高すぎるのとひとえに彼女の幼馴染のせいである。
彼女の幼馴染である天之川光輝はまっすぐな人柄である。そしてどこか過保護なきらいがあり、もし白崎に彼氏ができたことを知ろうものならそいつを殴り倒しかねない危うさがある。
若さ特有の独占欲というか、天之川自身も言葉にできない感情を白崎に対して抱いている。それも厄介なことに無意識に。まわりから見れば一目瞭然なのだが、どうにもそうらしい。
そして一度信じてしまうと突っ走ってしまう癖もある。
彼女の評価、それに幼馴染の性格を総合的にみて僕たちの関係は伏せとくことになった。
天之川くんからしてみれば相当ねじれたことになってはいるが、白崎さんはそれをうまく楽しんでいるしなぁと南雲は心の中でため息をつく。
南雲は堅い態度で対応するのではなく、かかわりを人前では持たない方がいいと彼女にいってみた。
キツくあたればそれはそれで関係を勘ぐられ、結果的にバレる危険性が高まると思ったからだ。
だが、挨拶とかできないのは嫌だと白崎に言われてこのように落ち着いた。
乙女心は秋の空模様のように読みにくいと当時は思ったが、今にしてみれば白崎さんはこの状況をうまく楽しんでいる。
そして白崎の思惑通りに誰一人として南雲たちが付き合っているなんて、その逆ならまだしも、疑うものはいない。
南雲は付き合い初めてから知ったのだが白崎さんはどうやら計算高くて、性格が悪い。
こんなことを公言しようものなら市中を引きずられた挙句に百人に一刺しづつされそうなのでしないが。今朝の挨拶の後のあの発言もきっと内心楽しみながら僕の反応を見ていたのだろうと思う。
さんざん白崎を悪くいった南雲ではあるが、彼は彼で役得をおおいに楽しんでいた。
学年随一のかわいい女の子を彼女にして楽しくないわけがない。だから彼は少し浮かれていた。つい、付き合ってるなんて口にしてしまう程に。誰も本気にはしないし、するはずもないが。
「ねぇ、あんなこと言っちゃっていいの?」
となりの席から声がかかった。あんなこととはもちろん檜山くんが胸倉をつかんできたときについ言ってしまったことのことであろう。
「たぶん、本気にするはずないしね」
彼女は園部優花。ギャルっぽいみために相反して根がものすごいまじめだ。南雲はひそかに彼女の強気な性格をチャームポイントだと勝手に認定してるが、絶対嫌われるので口には出さない。実家は洋食屋を営んでおり、南雲もよくそこに顔を出す。親が二人とも忙しいことが多いからだ。そして、いままでさんざん南雲たちは関係をひた隠しているとつらつら書いてきたわけだが、彼女にはバレているのだ。
「あんた、少し油断してるんじゃない?」
なぜバレてしまったのか。それは普通にデートで彼女の洋食屋を訪れたからだ。
白崎が南雲がよく食べているお店の存在をしって、行きたいと駄々をこねたのだ。デートでその洋食屋に行ったとき白崎は厨房に立っている園部にずっと敵愾心ましましな視線をぶつけていて、隠すことはもう無理だった。
料理を運ぶついでに彼女に問い詰められて南雲はだんまりを決め込んだが、白崎があっさり白状してしまった。
それこそ勝ち誇ったように。
わざわざ立ち上がって、園部さんの方が身長が高いのに、見下すような態勢を無理やりつくって。
あの時の白崎さんは本当に、生き生きしていた。
南雲は自分で作った条件を自分からあっさりと破った白崎に唖然としていた。
そんなことがあって彼女は知っている。
「そうかも」
お互い作業をしながらしゃべっていた。園部は手作りのお弁当を机に並べていて、南雲はというとごそごそとカバンをまさぐって携帯食物を取り出す。するとまわりからの視線が南雲に集まってくる。園部は何かを察して自分のお弁当を開けてパクパクとご飯を食べ始めた。
南雲が不思議に思ってどうしたのかと園部に聞こうとしたら『ダンッ』と勢いよく机に何かをたたきつけた音が聞こえた。
「ヒェッ」
情けない声が漏れる。
「南雲くん! いつも見てたけどお昼それだけ!? ちゃんと食べなきゃだめだよ!!」
状況が呑み込めず呆然とする南雲。
「はい! これ私のお弁当! 食べて!」
状況についていけず隣をチラリとみるが園部さんはスマホを取り出して完全に我感ぜずを決め込んでいる。そこへすかさずやってくるのは我らがイケメン天之川光輝。たしか彼ら四人組はいつも昼食を一緒に取っていたはず。なのに今日はなぜか南雲に声をかけてきた。南雲は必死にその理由をさぐるが全く分からない。
「香織は優しいね。でも、彼はまだ寝足りないみたいだ。それよりも僕らと食べようよ。寝ぼけながら香織の手作りご飯を食べるなんて俺は許さないよ。」
ちょっと強引だが、彼がいうととてもさまになる。
そんじょそこらの女の子なら効果は抜群だったかもしれない。だが今回は相手が悪かった。
「え?なんで?」
八重樫はどこかあきらめた目をしており、園部がいる方角から押し殺した笑い声が聞こえ、言われた当の本人は目を丸くしてる。
南雲はというと気が気ではなかった。今まで人前でこんなに大胆に接近してきたこたはなかったからだ。彼女には前科がある。あっさりと話してしまった前科が。今回の彼女の行動は突発的な天然ものなのか、それとも計算された悪戯なのか。変な汗をかき始めたところであたりが白み始めた。救世主のような怪奇現象に南雲の心は歓喜するが、眼下に魔法陣のようなものが見えて思考が一瞬オーバーフローした。
「みんな! 教室の外に出て!」
つんざくような悲鳴が聞こえる。あれは愛ちゃん先生の指示だと認識した頃にはもう、机も椅子もなくなっていた。教室にいた人間は服と身一つで別の場所に投げ出されたのだった。