「ふっ!やあぁぁぁっ!!」
「まだ踏み込みが遅い!一気に詰め寄る!!」
早朝の中庭から聞こえる木刀同士がぶつかり合う音と共にさくらの気合の入った掛け声と指摘しながらさくらの攻撃を捌く蒼馬の姿があった。
いつもの朝練の日課でもあり、毎日実践を想定された一本勝負が執り行われている。
「まだ攻撃と攻撃の間に隙がある・・・だからっ!!」
「ひぅっ!?」
「ふぅ~・・・今日もボクの勝ちですね」
一瞬の踏み込みと同時に放たれた抜き銅にさくらは崩れ落ちてしまう。
蒼馬は髪を掻き上げるように汗を飛ばすとさくらの前で膝を付いて損傷個所に手を当てる。
そのまま霊力で治療を始めると反省点をあげていく。
「まだ少し大振りが目立つかな・・・相手が図体のでかい相手や動きの鈍い相手なら申し分はないかもしれないが、ボクのように手数やスピードに自信がある相手だと動きを変えないとかな?後は、カウンターを誘うような返し技を仕込んでおくのいいかもしれないよ」
「あははっ・・・本当に蒼馬さんは凄いです!毎回試合をするたびに動きも変わっていて・・・私なんかじゃいつまで経っても到底敵わないのかな・・・って」
「さくらさん」
「はい?・・・いたぁっ!?」
不意を突くデコピンに悲鳴をあげるさくらは涙目になりながら額をさする。
治療も済んで立ち上がった蒼馬はガクッと肩を落とす素振りを見せる。
「そんな弱音を吐くさくらさんはらしくないですね・・・諦めるんでしたらもう明日からの練習は止めにしますしょうかねぇ~」
「い、いや、明日もお願いします!!明日こそ私が蒼馬さんに一太刀浴びせますから!!」
「それならよろしい!治療も済みましたので今日はこの辺にしておきましょう」
「も、もう1本だけ!お願いします!!」
「あぁ~すみません、今日は支配人のお客様をお迎えに行かなくてはならないのでこれでおしまいなんです」
「そうなんだ・・・朝風呂はどうしますか?」
「それはご一緒出来ますから行きますか?」
「はいっ!!」
朝から気持ちのいい汗を流した2人は仲良く朝風呂に入る。
入浴後さくらと別れた蒼馬は部屋で黒いスーツに着替えると歴代メンバーと撮った集合写真に手を合わせると部屋を出る。
懐中時計にチラッと目をやるとまだ予定時間には早い。
すると部屋から持って来たファイルを手に向かったのは、売店であった。
「こまっちゃん、居る?」
「おっ?蒼ちゃんやないか!こんな早い時間にどっか行くんか?」
「支配人のお客様を迎えに行くんだ。それと今回の新作ブロマイド」
「おおきに!いつもありがとうなぁ~助かるわぁ~♪」
「写真を撮るのは楽しいから別に構わないさ。最近は隠れてオフショットを狙ってるからみんなから何か言われたらボクに伝えてくれ」
「あいよ~!毎度おおきに♪これでジャリジャリ儲けたるわぁ~!!」
「お願いしますよ~」
大帝国劇場から出るとすみれから言われていた帝都中央駅に向かう。
いつもと変わらない街並みに浸っていたが、目的地の帝都中央駅から人が逃げるように出て来るのに気付く。
その異変に気付くと同時に駆け足になる中でとあるワードを耳にする。
「降魔が出たぁぁぁっ!!!!」
「(降魔か、性懲りもなく現れてからに・・・)」
憎っくき降魔の事を思いながら帝都中央駅に辿り着くとそこには一体の降魔と1人の青年が対峙していた。
しかし、青年が二刀を用いて飛びかかるのだが降魔に吹き飛ばされてしまう。
その光景を目の当たりにした蒼馬は、観葉植物の葉を3枚引きちぎるとそれに霊力を込める。
次の瞬間には手裏剣のように鋭くなった3枚の葉が降魔の体に突き刺さるのである。
攻撃を受けた降魔はターゲットを青年から蒼馬に切り替えると両手を広げて襲い掛かって来たのだ。
「危ないっ!!!!」
「一体だけなら・・・・・」
青年の叫ぶ声がこだまするが、蒼馬はカッと目を見開くと走り出した。
立ち向かう前に落ちていた刀を拾い上げるとそれに霊力を注ぎ込む。
降魔は大振りの引っ搔き攻撃を仕掛けるものの対象である蒼馬は空中へと舞い上がっていた。
「たあぁぁぁっ!!!!」
勢いで一回転してから降魔に斬りかかる蒼馬。
刃は見事に降魔を一刀両断すれば、灰のように消え去っていた。
蒼馬は汚れを払うように刀を横に払っていると歓声と拍手が響く。
それは先程まで避難していた民間人が戻って来て、降魔を討伐した蒼馬を称賛するモノであった。
「大事にならなくて良かった」
「見事な太刀捌きだったね、驚いたよ」
「いえ、緊急事態でしたので咄嗟に身体が動いただけです」
「それでも一般人であの動きは見事なモノさ」
「あっ・・・か、勝手に使ってしまって申し訳ありません!」
声を掛けて来たのは先程の青年であった。
ふと腰の辺りに視線を落とすと自分の使った刀が相手のモノだと気付いて蒼馬は慌ててお返しした。
「あははっ・・・別に構わないよ。自分の力じゃあの降魔を相手にするのは無理だったからね」
「そんな事はないです・・・貴方は勇敢にも降魔と対峙して時間を稼ぐことに成功し、その結果ボクが間に合ったんですからお手柄モノですよ」
「そう言われると少しは自信を持てるよ・・・ところで聞きたい事があるんだけど、この場所に行きたいんだけど君知らないかな?」
「あの・・・・・失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「んっ?俺は神山誠十郎だけど、どうかしたのかい?」
その名前にピンっときたのかポケットにあったメモとすみれから借りていた写真に目を通す。
2人の間に少しの静寂の時間が流れたが、蒼馬は咳払いと同時に一歩後退りして敬礼をする。
「えっと・・・お迎えに上がりました」
「えええええっ!?!?」
まさかの出会いに驚く誠十郎。
気まずそうに頬を掻く蒼馬。
運命的な出会いを果たした2人はそのまま大帝国劇場を目指したのであった。
「ここが目的地です」
「大帝国劇場・・・劇場?君、本当にここで場所は間違ってないのかい?」
「間違いありません。ボクもこちらで働いていますので間違いないはずですから」
「困ったなぁ~・・・・・」
「蒼馬さ~ん!!そちらの方がお客様ですか?」
「そっ、神山誠十郎さんって言うんだ」
「えっ?う、うそっ!?もしかして・・・・・誠兄さん!?!?」
目的地の正体に項垂れる誠十郎。
そんな彼を横目に懐中時計に目をやる蒼馬だったが、玄関先を掃除していたのか藁箒を持ったさくらが近寄って来た。
説明をと思い名前を教えるとさくらが大きな声で叫んだのだ。
「・・・・・えっと、こちらの方は?」
「あぁ・・・彼女は天宮さくらさんと言って・・・・・」
「もしかして・・・さくらちゃん!?!?」
「はいっ!!」
「子供の時以来だから・・・10年ぶりぐらいか」
「えへへ・・・覚えていてくれて、良かった」
「これは驚きました・・・まさかお2人がお知り合いだったなんて・・・・・」
目の前で懐かしむように話し合う2人を見て蒼馬はポツリと口にする。
すると懐中時計に目をやる蒼馬は一度咳払いをして2人からの視線を集める。
「さくらさん、思い出話が済んでからでいいので神山さんを支配人室へとご案内お願い出来ますか?」
「えっ、あっ、はいっ!!」
「それじゃあボクはこれで・・・」
一礼だけを済まして大帝国劇場へと入っていった。
特に予定もないので自室に戻ろうとしていた蒼馬だが、不意に感じ取れる気配に振り返ると1人の女性に迫り込まれたのである。
「蒼馬さまぁぁぁん♪」
「い、いつきちゃん・・・近いよ」
「今回のブロマイドはもう最高でしたっ!!いつき、カンゲキ!!」
「そう言ってもらえると撮った甲斐があったよ」
「それにしても・・・今日はカッコいいスーツ姿じゃないですか~!?い、一枚写真撮ってもいいですかっ!?!?」
「そうだな・・・それなら、こまっちゃん!!」
「おっ、なんや?」
腕を絡ませるようにして興奮状態なのは、西城いつきちゃん。
帝国歌劇団の熱狂的なファンであり、蒼馬とは一番付き合いの長いお得意様である。
「一枚撮ってくれないかな?」
「ええでぇ~♪そのままで撮るんか?」
「いつきちゃん、なにか注文はあるかい?」
「お姫様・・・抱っこ・・・・・いやいやいや、それはなんでも・・・・・」
「お安い御用だよ」
「えええっ!?/////」
ご要望通りにお姫様抱っこでの一枚を写真に収めた。
あまりの出来事に写真を受け取ったいつきはフラフラとした感じで消えて行ってしまった。
こまち曰く、「ありゃ~今日は興奮しっぱなしで寝られへんかもしれんなぁ~」とのこと。
その後もファンの子達に取り囲まれた蒼馬は出来る限りファンサービスの対応に追われた。
すべての対応が終わった時にはもう時刻は昼を超えており、蒼馬は昼食を取りにとある場所へと足を運ぶ。
「軽めに済ませよう」
やって来たのは、厨房である。
普段なら食堂運営用に使われているのだが、隅っこには蒼馬専用のエリアが設けられている。
専用の冷蔵庫も自分で購入しており、料理を自分で作って食べたり振舞ったりしている。
本日は、白米に自家製の漬物、豆腐の味噌汁、牛肉のしょうが焼きを食べていた。
少し遅れた昼食を食べていると不意にスマァトロンが鳴る。
「さくらさんからだ・・・うーん、いつも誤字が多くて解りづらいな。神山隊長にボクを紹介か・・・それならサロンで待っておいてもらおうかな?丁度おやつの時間でもあるから都合がいい」
誤字が多い文章に苦笑いを浮かべつつも大体の内容を把握すると食事を済ませるといつものようにお茶会の準備を済ませると大きな籠を片手で持つと待ち合わせ場所へと移動を開始した。
サロンに到着すれば、さくらと誠十郎が居るのはわかっていたが初穂も一緒に座っている事に蒼馬は笑った。
「おやつの匂いに釣られてやって来たのか?初穂」
「ちげぇやい!!アタシは隊長さんと話をだな・・・・・」
「言い訳はいいから準備を手伝う。それとも初穂はおやついらない?」
「だぁぁぁっ!!いるに決まってんだろう!!」
そんな2人のやり取りを目の当たりにして笑い合うさくらと誠十郎。
初穂は拗ねた様に御菓子を取り出していたが、やはりみかづきの和菓子を目の前にすると嬉しそうな表情に切り替わっていた。
蒼馬はいつも通り人数のコップを用意するが、不意に誠十郎に声を掛ける。
「神山隊長は、お茶、紅茶、珈琲のどれがお好みかな?」
「えっ?お、俺の分もあるのか!?」
「ふぅ・・・当り前じゃないですか。神山隊長が来られるのは把握していましたから用意はしていましたよ」
「そうか・・・それなら俺はお茶を頂こうかな?」
「承知しました」
そう言って白色のコップを取り出すとお茶を注いでそっと手渡した。
今日のおやつのメニューは、御菓子処みかづきのあんころ餅である。
すべての用意が済んだ所で不意に蒼馬は立ち上がる。
「かなり遅れての自己紹介ではあるが、ボクは小日向 蒼馬。支配人からは神山隊長を補佐して欲しいと言われていますから何でも聞いて下さい」
「それは助かったよ!俺以外にも男の人が居るのはありがたい!」
「ぶふっ!!!!」
「もう、初穂!!」
お茶を吹き出してしまう初穂。
それに対してさくらは怒ったように声を上げる。
そんな空気感の中蒼馬はゆっくりとお茶を飲むと一言口にする。
「神山隊長・・・貴方は勘違いしているようだけど、ボクはれっきとした女性だよ」
「えっ?でも、あっ・・・えっと、すまない」
「気にすんなよ、隊長さん!!コイツのなりも悪いんだからよう、それに全員通った道だ!なっ、さくら」
「そ、それはもう昔の話でしょ!?今はもう間違ったりなんてしません!!」
「まぁ、誤解されたままだと後々面倒事が起きる可能性もあるかもしれませんから先にお伝え出来て良かったです」
気まずい空気になったものの誠十郎は気になっていた事を聞こうと口を開く。
「えっと、蒼馬くんはこの帝劇で一番人気のある人物だと聞いたんだが、どうして来週からの『ももたろう』の公演には参加しないんだい?」
「それは支配人からの指示さ。ボクがいない演目もたまにはやらないと彼女達の為にならないみたいだから」
「それはどう言う意味なんだい?」
「う~ん・・・言葉で言っても伝わないと思うから来週からの公演を楽しみにしていればいいんじゃないかな?彼女達の公演を観れる訳だからね」
そう口にした蒼馬はゆっくりと立ち上がると移動をする準備を始める。
「それじゃあボクはクラリスの所におやつを持って行ってくるよ。神山隊長、片付け方はそこの2人からキチンと教えてもらっておいてくれたらいいよ、それじゃあボクはこれで・・・」
「あっ、蒼馬くん!!」
「んっ?どうかしたのかい?神山隊長」
「お茶、美味しかったよ」
「神山隊長の口に合って良かったよ」
感想に対して笑顔で返す蒼馬は会釈を済ませば、クラリスの元にも行ってお茶会を済ませた。
その後は、何事もなく時間が過ぎていく。
蒼馬は自室でクラリスからおすすめされていた本を読み進めていた。
読書に集中していたが、不意に扉をノックする音が聞こえると蒼馬は読書用のメガネを額に上げる。
「どちら様で・・・?」
「さくらです!」
「どうぞ」
栞を挟んで本を閉じると同時にさくらは部屋に入って来たのであった。
「なにか悩み事かな?さくらさん」
「へへっ・・・・・やっぱり蒼馬さんはなんでもお見通しなんですね」
「まぁ、部屋にまで来るのだから何かしらあるとは考えつくことですから」
「そうですよね・・・」
「それで相談とは?もしかして・・・舞台の事ですか?」
「・・・・・はい、まだ自信が無くて・・・」
俯いているさくらの手を握ると蒼馬はじっとさくらの顔を見る。
「いつもの天宮さくらは何処にいったんですか?元気で自信に溢れていて何事にも諦めない天宮さくらは・・・!!」
「蒼馬・・・さん」
「貴女が夜な夜な練習しているのは観ていましたから大丈夫じゃないでしょうか・・・。ミスは誰にも起きる事ですし、失敗から学ぶ事も多いですから」
「・・・はい。やっぱり蒼馬さんと話していると心が落ち着きますね」
「それは喜んでいいの・・・かな?」
「いいんじゃないですか♪蒼馬さんは素敵な方ですから!!」
「褒めてもなにも出ないよ」
「本当の事ですから~!!」
などとお互い笑い合いながら喋っていると時刻はもう夜遅くなってしまっていた。
「あっ、ついつい長話になってしまいました」
「別に構わないよ。さくらさんに笑顔に戻ったんだからお釣りが返ってくるぐらいじゃないかな」
「えへへっ・・・それじゃあ私はもう寝ますね?おやすみなさい♪」
「うん、おやすみなさい」
上機嫌になってさくらは自室へと戻って行く。
そして、また静寂が部屋を包むと蒼馬はメガネを掛け直して読書に戻る。
「来週の公演・・・無事に終わればいいんだけどね」
そうポツリと呟く蒼馬の表情はどことなく元気のないように見えるがそれは夜も更けて来たからなのか特別な一日は終わりを告げた。