天体観測してたら原始の女神に捕捉されたショタの話。   作:いしゅキチ

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人は歴史を以て成長する。
愚者は云々賢者は云々、とは良く言ったもので――伝統やら世俗やらの……遺された先人達の残り香。
それらが、人類を――昨日よりかは高尚な存在へと仕立て上げる。


先人達が曰く。

勝って兜の緒を締めよ。油断大敵。好事魔多し。
――ある種のそういう類いの諺。

意味は単純――終わりの時こそ油断をするな。

最後の最後まで気を抜く事がないように、という先人達の苦い教訓。
人々は成長していく内に、これが身に染みてくる。
これを鼻で笑う者こそ――それを経験し、先人達の教えに感銘を受けるのだ。ほぼ全人類がこれに該当する事だろう。

――カルデアもそう。
人の偉業を剣とし、人の知識を盾とした――人の歴史によって生き残った者達もまた、そうした教訓に助けられた。

全人類を救う為に駆け抜けた地獄のような一年間。

その中で、それらの類いの諺がカルデア中で何度駆け巡った事だろうか。特異点を一つ発見する毎に二桁は固そうだ。
特に用意周到且つ粘着質な“七十二柱の悪魔達”が、それを確固たるものにしたとも言える。

――目の前の敵を倒した。
他には誰かいるか?本当に敵は倒せたのか?援軍は?増援は?何らかの妨害を受けたか?幾重にも確認して…………ようやく息を吐く。
そのような、極限までの生存戦。
そうしなければ、彼らは生き残る事は出来なかっただろう。


故に――これは悲劇である。


念には念を、は美徳だが――時としてそれは不和を呼び出す。
先人達はこうも言った。
灯台もと暗し。分別過ぎれば愚に変える。

全てはそうした事が引き起こした……否。()()()()()()()()()()()()()()()


では、どうすればよかったのか。

これもまた先人達はこう述べた。
つまりは、こうだ。


過ぎたるは及ばざるが如し。







星見台の“懸念”……と、小さな功徳。

 

 

 

 

 

 

 

 

人理焼却の最中。

カルデアには――ある懸念事項があった。

 

これはカルデアスタッフと一部のサーヴァントのみが共有していた事。それは特異点を順々に修復していくほどにより重要性が増していった。

来年の事を言うと(ほんとに)鬼が笑うが、その来年が現実味を帯びてくれば話は違う。

 

その懸念とは。

人理修復後――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

……一年後には人類滅亡してるかもしれねぇのに何考えてるんだこれだから人類は……!!

――と、いつかのゲーティアが知ったらそう言ってただろうか。

 

とはいえ、これこそが人類とも言えなくもない。

それに、苦楽を共にしていくからこそ――細やかなで穏やかな日常を惜しいと感じるのは仕方のない事だったろう。

 

 

当然であるが元凶をぎったんぎったんした後でも、人理は進んでいく。

勇者(カルデア)魔王(ゲーティア)をぶっ殺して世界は平和になった、ラブ&ピース!!…………で、綺麗に締まるのは創作物の中だけ。

待っているのは凱旋ではなく、後処理だ。

 

ゲーティアを排除した際に起こる人理への影響。

それによる世界の変化。それに伴う――混乱。

 

それらを想定し、対策する必要があった。

 

世界は簡単ではない――そも、カルデアが世界を救ったという事を人々は知り得ない。知り得たとして、素直に受け入れてくれるとは思えない。

故の対策。

特に、カルデアのパトロンたる魔術協会に対してはよりいっそう議論が割かれた。

 

 

はっきり言おう、魔術協会はクソであると。

 

説明すると簡単だ。

利権と覇権と歴史と血盟が混じりあい、そこに無関心と非道徳を散りばめたブルーチーズのごとき異臭を放つ古き悪き貴族社会が根付いた組織こそが魔術協会である。

良く言えば味わい深い、悪く言えばただ臭い。

 

カルデアが古今東西を総なめにしてきた英雄達を使役しているなんて嗅ぎ付ければ、何をしてくるかなんて決まりきった事だった。

 

 

――万雷の喝采はいらない。

――正当な評価などもたらされる訳がない。

金も名声も権力も、カルデアの善き人々は望んではいなかった。

 

人理修復が成された後でも――この体制が維持できるように、と。またゲーティアのような存在が現れぬとも限らない。

 

それに――この、暖かな日常が少しでも長く続くように。

 

在ったのは、そうした念のみだった。

 

 

だってそうだろう?

やりたくもない役目をやらされ、散々苦しんだ挙げ句――待っているのはお偉方達の汚ならしい手など…………。

――この世は地獄か。これ世界救わなくてもよくね?と、対策会議中に良く沸き起こったこの問いに否定を返された事はない。

 

カルデア……特に矢面にたった無垢な少年少女は報われるべきで、その土壌を作るのは私達なのだといきり立った。

 

数多の対策を立案し、没案にカルデアの特異点化を添えて、果ては魔術協会との全面戦争まで視野に入れて。

 

 

 

 

 

 

――その時が来た。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、時間神殿より最後のマスターが帰投した。

人理を巣くう元凶を倒し、世界を救ったのだ。……新たな“脅威”が間近なのは別として。

 

この時ばかりは皆、全てを忘れて喜んだ。

楽しい事もあったが、大抵は苦しかった一年間。だがそれでも果たされたのだから。

 

そして喜びは――マスターたる少年が、急かすチャイムに駆け出すと同時に薄れていく。

 

 

「……さて。では諸君――感動のエンドロールは一旦お預けだ」

 

 

一年間の中で、カルデアを仕切る司令塔の一翼となっていたサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉で場に緊張が張り詰める。

 

 

「“懸念”は現実の物となるだろう。……新たな脅威もすぐそこだ。この二つの障害――ここからは、私達が矢面に立つ」

 

 

その言葉は覚悟だった。少しの贖罪の念を交えた声色。

モニターに映される地球の空――朝より澄み、昼より輝き、夕方より紅く、夜よりも静謐な……美しくもおぞましい“赤い宇宙”を見つめて。

 

 

「ここからはほろ苦い大人の時間。ふふっ……青臭く立ち向かった立香くん達には似合わないだろう?」

 

 

場に苦笑が混じる。

違いない、と口々に溢れる声色に否はない。

 

苦しい戦いになるだろう。

ある種、単純に敵だっただけにゲーティアの方がマシとも言えるかもしれない。

 

味方とも言える魔術協会と、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

カルデアの人々には、なんとも歯痒い。

それでも――為す。

一寸すら見えない暗闇の中でちらりと覗かせた、暖かな泡沫こそ尊いと信じて。

 

 

「――ダ・ヴィンチちゃんさん。通信です」

 

 

ふと、職員の声が場に響き渡る。

固い声色が、相手が誰かを如実に伝えていた。

 

 

「……噂をすればなんとやらか。スピーカーを管制室全体に。すまないが応答を頼みたい。第一声がサーヴァントじゃあ何言われるか分からないからね」

「了解です。……所長を出せと言われたら?」

「……………………そうだな。今の事態を対処するのに忙しいと伝えて」

「わかりました。通信を繋げます」

 

 

数瞬、微かなノイズが響く中。

管制室全体に緊張が張り詰める。

 

 

カルデアは現在の世界情勢を大まかながら理解していた。

 

――“過ぎ去った一年”と空を覆う“赤い宇宙”

 

カルデアから見れば、奮闘の結果と結末であったが――何も知らない、知る事が出来ない人々から見れば……ふと我に返れば、一年過ぎていて、外はまるで映画の世界に迷い込んだみたいな状況。

 

政府は困惑、メディアは混乱、国民市民はスマホ片手に巨大宇宙船やらエビ人間やらを探している始末。

暴動一歩手前の大パニックが起こっていた。

 

 

では、何も知らないが知る術を持っている人々から見れば、どうだろうか。

 

“過ぎ去った一年”が始まった日は、奇しくもカルデアの初大規模レイシフトの日である事も調査できるし、魑魅魍魎蠢く魔術協会が何かしらの術を元に、カルデアの関連を疑う可能性はかなり高かった。

 

であるならば、まず水を向けられるのは――私達、とカルデアの人々は考え、対策していたのだ。

待っていたのだ、この刻を――!!

 

 

『こちら、協会広報部。これは全ての下部組織、そして協力組織に伝達している内容である』

 

 

だから、最初。

疑問や糾弾の言葉ではなく、何らかの下知を通達する放送である事に、カルデアは驚いた。

 

 

『我ら協会は“過ぎ去った一年”の原因は――今地球を覆い尽くしている“赤い宇宙”であると結論付けた。神代に匹敵するエーテル濃度と――現在もこの惑星を汚染している不可思議な物質が、その理由である。何らかの手がかりが掴めた者、もしくはこの原因を知り得る者は名乗り出よ。繰り返す――』

 

 

――そう。

 

そもそも論。

あまりの美しさとおぞましさを両立させる、地球人類が見た事もない“赤い宇宙”のせいで――“過ぎ去った一年”が他の理由で引き起こされたと考える事もできないのだ。

理由が分からぬ異常と、由来も分からぬ未知が間近に在れば、そちらに関心が向くのは想像に難くない。

 

それに。

魔術協会にとっては、カルデアはとある特務機関でしかなく――レイシフトも英霊召喚もまだきちんと公表されていなかった。

 

 

 

『“過ぎ去った一年”の原因は、今地球を覆い尽くしている“赤い宇宙”であると結論付けた。神代にも匹敵――――』

 

 

 

そうして何となく状況を理解したダ・ヴィンチは、繰り返される放送に「あー……うん……あー」と複雑そうな言葉を漏らすしかなかった。

 

 

「……なんとかなりそうだねこれ」

「……」「……」「……」「……」「……」

「でも、なんか……アレかな。見向きもされないのはなんか複雑」

「「「「「わかる」」」」」

 

 

こうして。

数多の対策会議が無駄になった。

 

 

 

 

 

 

しかし、僥倖ではあった。

世界の全てが目を眩ませている間、カルデアは完璧な偽装工作を図る事ができるのだから。

かのゲーティアすらも驚嘆した、生き残る為の意地汚いほどの強い意思がカルデアにはあった。

さらには、この時は誰も気づく事の無かった干渉もあったおかげで――

 

 

――カルデアは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それこそ、外部から悪辣な侵略者でさえ返り討ちに出来るような。……尚、こちらの常識が一切通用しない例の女神は除く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

何はともあれ。

 

カルデア一同の「いや、いいんですよ?何事もなくこのままでいられるならそれでいいんですよ?でもぉ……そのぉ、私達がぁ……世界をぉ……その……――ねっ!!」という、複雑な想いに目を瞑れば、すんなりと懸念の一つは消える事になった。

 

時間神殿の戦いで分析した“赤い宇宙”――ひいては、女神の情報を小出しにしつつ協会に送り、恩を売りつつ、食糧やら日用品の融通を利いて貰って、色々事後処理をこなす数日。

 

 

 

日常を取り戻したはずのカルデアは――()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「――皆様御揃いのようで。えー、こほんっ。これより第三回『藤丸翔太くん並びに“かの女神”に関する対策会議』を開始致します。進行役は、変わらず(わたくし)が務めさせて頂きます」

 

 

お淑やかな進行役の開始宣言に続いた、パチパチとまばらに響く拍手は若干の疲れが滲んでいた。

 

 

カルデア中枢部、管制室近く。

元『あーあ、魔術協会に宝具爆撃して更地にできたらなぁ』会議室、現『いや、マスターの弟くんマジやばくね?』会議室。

 

部屋の中心に大きな円卓が座し、その周りをぐるりと各々、椅子に腰掛けている。

ダ・ヴィンチと進行役を除けば、皆カルデアの職員達――魔術協会対策会議の面子だった。

 

 

「えー、では皆様。お手元の資料をご覧下さいませ――本日の干渉事項と思われる物の一覧でございます。ふふっ、私……こうした資料作成は些か不慣れでして。お見苦しい所があるやもしれませんが、ご容赦のほどを……」

 

 

恥じらうような進行役の言葉に、職員達は少し癒されながら、目の前に置かれた資料を手に取る。

不慣れと言いながらも綺麗に纏められた文面は、読まずとも見える多さで――胃が軋むように蠢いたのを皆は感じた。

 

そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

・魔力炉の精度10%上昇。

・サーヴァント達の霊核硬度50%上昇。

・職員の不眠率低下。

・食糧の鮮度が常に最高値。

・礼装製作中に予期せぬ神性特効が付与される。

・遠坂家より『太古の蛇の化石』の誤配送(偶然通りすがったギルガメッシュ王曰く、王に由来する触媒になり得るだとか)。

 

……等々、エトセトラエトセトラ。

誰もやってもないのに発生した事項――()()

毎日のように発生するソレ、日に日に露骨になっていくソレに。

 

カルデアは頭を抱えていた。

 

 

「……ていうか。またミス・遠坂からか。おい誰か宅配の使い方ちゃんと教えてやれよ」

「教えたさ。教えてこれだよ。ていうかなんつうもん送ってきてんのあの人、前もやべぇの送ってなかったか」

「ああ、魔法剣ゼルレッチっていうトンデモ魔術礼装の設計図でしょ。あんなの普通、家の秘奥として管理する物じゃないの?見なかった事にして送り返したけど」

「ていうか、これ干渉事項に数えるべきか?本人のうっかりのせいじゃないのかこれ」

 

……等と職員がブツブツ喋る中。

 

これまた疲れた表情をしていたダ・ヴィンチは書類の下の方にある『サーヴァントの変化申告欄』を見ていた。

その欄には、最近起こった不可思議なサーヴァント達の変化について書かれている。

 

 

『儂の火縄が一発撃ったら六発出るようになったんじゃが』

『何を投影しても神殺しの由来を持つ剣しか出てこなくなった。これから私が調理担当の時は、神性を持つ者には注意喚起を頼む』

『私のハルペーが往年の姿を取り戻してしまいました。大きくて邪魔なので大人の私に渡しています』

 

 

「えー、えー。皆様ご承知の通り――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですので、本日の議題も変わらずに――『かの女神の対処』についてですね」

 

 

進行役の言葉に面々は重く頷いた。

その頭の重さが、事態の重大さを懇々と示していた。

 

 

人理を救ったカルデアの残された“懸念”。その一つ。

“赤い宇宙”の主たる、“かの女神”と――その側にいるカルデアのマスター藤丸立香の弟、翔太。

 

当初、カルデアは楽観視していた。

魔術協会の件よりも楽に事が済む話だろう、と。

 

カルデアは特異点修復の道行きの中で、敵側だったサーヴァントを召喚する事し、共に戦ってきた。

ある意味、そうした感じだと思っていたのだ。

……まあ、まさか片手間で惑星を滅ぼせる女神相手にもやるとは思わなかったが。

 

それでも、その女神の側にいたのがカルデアのマスターの弟で、端からわかるほどに女神がその子を溺愛しているというのが大きかった。

 

カルデアにいる、オリオンとアルテミスみたいな関係性と思えばいいのだ。

――少年に不利益が無く、且つ女神の要求をある程度許容すればいい。

 

 

少しの検査と調査を終えれば、立香君経由で翔太くんに「女神さまが悪い事をしないように見張ってて」って言い含めて貰えば、一先ず問題はないだろうとカルデアは結論づけた。

 

ついでに“赤い宇宙”を消してくれるようにも頼もうと。それでもダメなら、生活の中で探りを入れていこうと決めて。

 

そんな思惑の中で。

あの二人をカルデアの中でもっとも強固で安全な最深部の部屋に隔離したのだ。

ほんの二日ほどと期間を設けて。

 

 

そう、簡単に考えていたのだ。当初は。

 

 

しかし。

 

しかしだ。

 

変化は。

――()()は、丁度その時ひっそりと起き始めていたのだ。

 

 

女神がカルデアに入って数時間後。

職員の一人が――カルデアの魔力炉の性能が目に見えて上がっているのに気がついた。

 

魔力炉は、サーヴァント達をこの世に留める為の大量の魔力を生成する重要な器械、まさしくカルデアの心臓である。

だからこそ、改造に改造を重ね――もうこれ以上性能は上がらない!と魔力のエキスパートであるサーヴァントにも言わしめた逸品だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

……明らかな異常事態ではあったが、人理修復の折り気が抜けていたのもあって、どっかのサーヴァントが改造案を思い付いて勝手にやったのだろうと当たりを付け、後で報告すればいいだろうと放置してしまっていた。

 

 

そのあたりで、今度はサーヴァント達が騒ぎ始めた。

曰く『存在がより強固になった気がする』と。

 

サーヴァントが、英霊と呼ばれるように。彼らは本来、幽霊のように儚い存在である。

どれほど凄まじい暴威を誇っていても――魔力が十分に行き渡らなくては力を思うように発揮できないし、供給が途切れればたちまち消えてしまう。

 

そんな者達が、受肉――即ち、実の肉体を持つ数歩手前まで確固たる存在になったと言うのだ。

性能が上がっている魔術炉がそれを後押ししていたのだ。

 

ここでカルデア全体が、何か起きている事に察知した。

 

 

極めつけは――()()()()()()()()

 

これが決め手になった。

 

 

世界を救った今。世界を救う為に戦い続けていた英霊達は無用の存在である

カルデアとしてはそうではないが、事実としてはそうだった。

 

だからこそ、在るとはいえ過去の存在がいつまでも此処にいるべきではないと思うサーヴァントもいた。

……まあ、大半は居座る気満々な者達だらけではあったが。

 

カルデアはそうした者達の意を汲んで、送り出した。

送別会もしたし、マスターと最後の別れもした――また世界の危機になったら喚んでくれ、と。

来てほしいが来てほしくない、そんな苦笑いを溢してしまいそうな言葉を最期に、何名も還っていった。

 

英霊の座。

彼らが本来居るべき、彼方へと。

 

そうして。

消えて行く彼らにしんみりと思い出に浸っていたカルデアは――すぐにその涙を引っ込める事になる。

 

潔く座に還った英霊が――ちょっと気まずい表情で帰還してきたのだ。それも自力で。

 

彼ら曰くー―

『アラヤらしき存在が泣きわめいてカルデアにいてほしいと言ってきた』

『なんでも願い叶えるからカルデアに戻れって捲し立てられた』

『無視しようとしたら気がついたらカルデアに居た』

『気がついたらカルデアに居た』

『ガイアらしき存在がこの我に土下座までして懇願してきて愉快だったから舞い戻ってきた。感謝せよ、雑種』

――などと、などと。

 

 

その時。

カルデアとサーヴァント達は、彼らに起きている不可思議な現象と、今のカルデアの状況を照らし合わせて――理解した。

 

理解、できてしまったのだ。

 

 

つまりはだ。

――常識を無視するほど。

――法則を打ち壊すほど。

――条理を、ねじ曲げるほど。

 

それほどまでに――あの女神が怖いのだ。この惑星は。

 

星の意思(ガイア)”と呼ばれる地球の意識が叫んだ。“抑止力(アラヤ)”と呼ばれる人類無意識の集合体が告げた。

 

なんとしてでも――あの女神を倒せ。追い出せ、と。

 

 

あれから。

 

女神と幼い少年は未だカルデアの最深部にいる。

二日ほどの期間はとうに過ぎ、もう一週間は経とうとしていた。

 

 

「今現在まで含めて――“かの女神”についてはサーヴァントに似た霊基構造をしている事以外、真名も由来も不明。その能力も……神であるならば権能も。アシュリー、と翔太くんに呼ばれてはいますが、一般的な女性名である為、何ら関連は見出だせていない…………これに、相違は?」

 

 

進行役の言葉に、返す者はいない。

 

――これだけだった。

一週間。カルデアが総力を掛けて調査しても――()()()()()()()()()()()()()

 

カルデアは、創世記から今までの多くの逸話、神話、民謡、都市伝説に至るまで沢山の情報を保管している。

それに照らし合わせても――理解出来ない。

 

どうやったってわからない――未知の女神。

正しく――この地球上に存在し得ないはずの、存在。

 

積もるのは焦りと、()()

 

会議室に広がるのはそうした空気だった。

 

 

「では、追加情報がある方は」

「――はい」

 

 

問いかけに、手を上げたのは解析班に属する職員の一人だった。

 

 

「何でございましょう」

「……イシュタル神とエレシュキガル神が――怯えている」

 

「あの二人が……?」

 

 

ダ・ヴィンチは信じられないように呟いた。

かの二柱の神は、旧きウルク――メソポタミア神話の神々であり、天上と冥界を司る強大な神である。

そんな存在が――?と。

特にいつも物静かで腰の低いエレシュキガルはともかく、尊大で自分勝手……まさしく神そのもののようなイシュタルが怯えるなんて――考えられなかった。

 

 

「ああ。どうやら時間神殿でも少しいざこざがあったらしい。曰く――『アレは原始の地母神。お母様と同じくらいとんでもない存在なんだから、命が惜しければ貢ぎ物の一つでも捧げた方が身の為よ』と」

 

ティアマトとは、人理を巡る戦いにおいてカルデアが立ち向かった――人類を愛するが故に人類を滅ぼしかねない『人類悪』という存在、“回帰”を願った獣の名。

彼女を見捨て、次の地平に旅立った子供達を――愛しているからこそ憎み、だからこそまさしく“回帰”を願った。

 

そんな存在と――同等。

いや、それ以上。

 

重苦しい会議室が、さらに重くなる。

 

 

「貢ぎ物っつったって……あの女神――()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「話しかけても無視……というよりかは認識すらしてない風でもある。目の前に宝を置いた所で知らぬ間にゴミがあったとしか思われないんじゃないか」

 

 

ダ・ヴィンチはふと思い出す。

将太と女神の部屋に行った時、女神は将太を一秒たりとも逸らず注視していた。

彼がダ・ヴィンチの事を聞いても、誰それ?と言っていたという報告もあった。

 

 

「……なら、翔太くんを通じて……?」

「………………それしかなさそうだが――あの子を利用したと見なされないか?」

「……もしそう思われたら、()()()()()()

 

 

女神は端から見て――何よりも翔太を溺愛している。

 

お気に入りに変な茶々入れられればブチ切れるのが神の性……おそらく“かの女神”もそれに当てはまるだろう。

つまり、彼を通じてこっちの要求を満たそうとする→お前らの欲望の為に私のショウを利用したな?→ヨシ、死ね→〈〈デッドエンド!〉〉となりそうだ。

いや、なる。

だって、時間神殿でも「ショウを傷つけたから(もしくは、彼が望んだから)ゲーティアを殺しに来た」みたいなニュアンスがあったし。

 

 

つまりつまり。

今の議論の結論は――“かの女神”はティアマト以上に強大な存在である可能性がある、という事だけ。

 

残酷な現実が、よりいっそう残酷になった。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

“星の意思”やら“抑止力”が露骨に干渉してくる以上、カルデアは()()()()()()()()()()()()()。彼らのある種の残酷さはサーヴァントから特に聞き及んでいる。

 

しかし、彼らの無言のプレッシャーが、カルデアを追い立てていたとしても――結果はご覧の有り様。

 

 

女神については何も分からず。

分かったとしても――彼女がより強大な存在であると分かるだけ。

 

 

――正直、手立てが無いというのが本音だった。

 

 

当然の事。

だって、地球そのものを片手間で粉砕できる異邦の女神相手にどうしろと?

ゲーティアですら地球をどうこうするのに一年の歳月をかけたというのに。それだけでも皆が認める偉業だというのに。

あの女神は数十秒だ。数十秒で、時間神殿全体を侵食し、ゲーティアをねじ切ったり、星そのもので潰したり、光で消し飛ばしたりしたのだ。

 

差は見上げるのすらも烏滸がましいと言わざるを得ない。

 

……一応、あの時間神殿での戦闘データから、シュミレートを何度かやってはみた。

 

だが、カルデアの全戦力を以てしても――あの極光で150%負ける。

100%はその時点で全滅。

残りの50%は一発耐えきれたとしても間髪を容れずにもう一発撃たれて消し炭になる確率である。

 

 

「……“星の意思”のバックアップがあっても勝算のしの字も見当たらない。弱点らしい弱点は隣にいるがぁ……それはなぁ」

「……ええ……」

 

 

無論、それは――龍の三千倍は敏感な逆鱗である。

触れるどころか触れようと思っただけで、怒りを買う事は想像に難くない。

現にそう言った職員の身体の震えが止まらない。畏れが過ぎただけのプラシーボ効果だと思いたかった。

 

 

それらを抜きにしても――カルデアには何とも戦いづらい理由があった。

 

 

言外に隠していた、あの子供――マスターの弟。立香くんの家族。何も知らない青年が……世界を救うまでに至った目的。

 

 

その子が――カルデアの良心を傷を付けながら……小さな希望と大きな絶望を引っ提げてくるのだ。

 

 

職員達の視線に気づいた進行役は「ふふふ」とたおやかに微笑むと、リモコンを操作し始める。

 

 

「では、本日の翔太くんを確認致しましょうか。本日も可愛らしかったですよ。……“かの女神”は変わらず恐ろしかったですが」

 

 

ピッ――と進行役がリモコンを操作する。

円卓の中央に、立体モニターが出現し――数瞬の間に、ある映像が写し出された。

 

 

――豪奢な赤宝石の部屋。

 

 

第七特異点での、ギルガメッシュ王の居城ジグラッドの一室にも似たそこには――藤丸立香を丁度ちんまりさせたような、可愛らしい男の子、翔太が座っている。

その横では、そんな彼を優しげに見つめる“かの女神”が寝そべるように宙を浮いていた。

 

これはほんの数時間前。

カルデアの監視カメラが記録した今朝の一幕。

 

 

『……ぶぅ、ぶぅ』

『ショウ、ショウ。どうしてそう拗ねてるの?子豚みたいで可愛いわ』

『豚じゃないですぅー!おにいちゃんに会えない……!!うぎぎ、かるであ……!!』

 

 

翔太はあの部屋に軟禁されて以降、こうやってカルデアに対して怨嗟の念を溢し続けていた。主に愛する兄に会わせてくれない事が八割だった。

 

年端も行かない幼子を監禁しているという事実に心を痛めているカルデアが、出来る限りの贅沢やら小さな我が儘を叶えているが――それでも、やはり兄に会わせてくれないので、カルデアを悪の手先と見なされていた。

 

 

ぶぅぶぅと拗ねる翔太に職員達は、罪悪感が沸き起こりつつも少しだけ和むが――それ以上に恐ろしい。

 

あの子と女神の関係性。

 

翔太がカルデアに対して悪感情を高めれば高めるほど――“かの女神”がどうするかなど……

 

 

『――じゃあ、カルデアぜぇんぶ潰しましょう?』

 

 

――分かりきったおぞましい結論だ。

「ひぇ……」と溢れた呻きは、きっと職員全員から漏れ出ただろう。

 

女神は、翔太がカルデアに対する不満を言うと必ずそうやってカルデアの殲滅を提案してきていた。

……パンが無ければ、みたいな気安さでこちらを皆殺しにする提案は心臓に悪いので勘弁してほしい。

 

 

『……ダメ。おにいちゃんがいるもん』

『じゃあ、ソレがいなければいい?』

『…………おにいちゃんはソレじゃないもん』

『……………』

『……………』

『…………ソレじゃないもん』

『あ、あなたの……っ。兄……がっ、いなければいい?』

 

 

そんな汚物相手に大好きですって言わなきゃいけないみたいな、ゴキブリを百匹同時に噛み潰すような顔するほど、翔太くんの親類とすら言いたくないのか……と職員達は黄昏た。

 

女神のカルデア……ひいては立香に対する敵意がヤバすぎて内臓が痛い。

 

 

『……むぅ。それなら、いいか。もう嫌な事はしません、ごめんなさいって反省させてね』

『ええ、勿論――もう二度とショウに悪さ出来ないようにしてあげるわ』

 

 

そうやって微笑み合う二人のあまりの温度差に、背筋に氷柱どころか北極そのものが叩き込まれたような思いだった。

 

翔太からすれば、めっ!みたいな軽いお説教で皆ごめんねこれから仲良くしようね、ぐらいのつもりに見えるのだが――女神の言葉からは、死ねばそんな事は出来ないから大丈夫よ、としか読み取れない。

 

この場の職員が誰もしも思い付く――最悪な想像。

 

もし、翔太がこの提案に頷いてでも、最愛の兄を奪還しようと考えたら……。

そうなれば待っている結末は――――

 

 

――即ち。

カルデアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

いつのまにやら、カルデアはそうしたか細い糸の上に立っている。

“星の意思”のせいと想っても、“かの女神”のせいと嘆いても――現実は変わらないというのは、ゲーティアの時で理解していた。

 

 

そこで部屋の扉が開く。

すると――ダ・ヴィンチが手に湯気を浮かべるトレーを持って、笑顔で入ってきた。

 

すん、と翔太から笑顔が消える。

 

 

『――はぁ~い!翔太くんおはよう!皆大好き、ダ・ヴィンチちゃんだよ!』

『――ぼくはきらいだよ。カルデアの人』

『……翔太くん以外は大好きな、ダ・ヴィンチちゃんだよ!』

『――言い直してもお名前は言わないからね、カルデアの人』

 

 

ぷいっ、と顔を背ける翔太は可愛らしい。

塩対応だが、ちゃんと言いつけを守ってるのか無視はしないし、食事を渡す時だってありがとうと言うし、嫌いだなんだと言っても下品な事は言わない。

きちんと礼儀正しい良い子……だからこそ――カルデアは良心が痛む。

 

 

『ささっ、翔太くん朝ご飯だよ。今日はなんだと思う?』

『……Tボーンステーキ』

『あっ、昨日の夕飯で気に入ったかい?じゃあ、また近い内にまた頼んであげるね』

『…………ち、近い内なんてないもん』

 

 

せめてもの抵抗で視線だけは絶対に合わせない子供の目の前に置かれたのは、こちらのせめてもの誠意として用意しているエミヤ特製、豪華朝食ランチ。

 

カリカリに焼いたベーコン、ふわっふわのオムレツに瑞々しいサラダ。良い焼き目の付いたトーストにはじんわりと溶けたバターが絡み付く。

 

ラインナップは良くある献立。

しかし、どういう訳だか料理が異様に上手いあのサーヴァントが作れば話は違う。

シンプルだからこそ、基本だからこそ。

誤魔化しようのない美味しさがそこにあるのだ。

 

そんな逸品だから、翔太は不満げな顔しながらも――口許から垂れる涎とキラキラと期待に光る瞳を隠しきれていない。

完全に胃袋を掴んでいた。

 

でも、食べるのは癪なのか顔を背けて耐え始める。

良くある光景だった――そして結末が透けて見えるお約束でもあった。

 

女神をあまり刺激したくないので「じゃあごゆっくり」と去っていくダ・ヴィンチにも気づかず――ただじぃと耐えていた。

 

 

『…まっ、まけない。こんな賄賂じゃぼくは屈しない……!』

 

 

死ぬほど葛藤している。

でも、食欲には勝てないのかするりするりと手はフォークに伸びていた。

 

 

『くっ……!ふっ、ふん!こんなの全然おいしそうじゃないね!こっ、こんなの、た……だの高級ホテルの朝ごはんじゃないか!』

 

 

耐えきれなくなったのか、自分に言い聞かせるようにご飯を貶し始めたが、ほぼ悪口ではなかった。

 

 

『こっ、こんな……こんなぁ……!ぼっ、ぼくは――こんなごはんに絶対まけないぃ……!』

『――良くぞ言いました、ショウ』

 

 

そこでふと、女神がそう呟いた。

見ると見る者を魅了するほどの淡い笑みと共に、翔太に手を伸ばしている。

いきなりの事に目をパチクリさせている翔太の口許からヨダレが垂れる……前に女神がそれを愛しそうに拭った。

 

 

『アシュリーさま……?』

『ショウ。そんな辺境惑星の下等生命体が滓にも劣る思考器官で考え付いたボロ墨よりも役立たない食事とも言えない汚物なんて、食べなくていいわ』

『かなり言うね、アシュリーさま』

『この私の唯一の神官たる貴方には、ふさわしい食事を供しましょう。さっ――』

 

 

女神の手の平の空間が歪み出す。

すると、そこから生えるようにナニカが現れた――まるで、ギルガメッシュ王の宝具『王の財宝』にも似た現象だった。

 

そうして現れたのは、

 

 

『――私の宇宙の中での至上の美食、スペース・黒毛和牛をあげましょう』

 

 

宇宙色に煌めく皿の上に乗せられた――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

職員達の間に、静かな沈黙が流れる。

皆一様に、まるで青色一色のラーメンだとか虹色のタルトでも見ているかのような目をしていた。

 

 

『…………』

『ふふっ、そう緊張しなくてもいいわ。さあさ、たんとお上がりなさい』

『……いただきまーす』

『ええ、とってもおいしっ…………ショウ?貴方の食事はこっちよ?そんな下等生命体が作った物なんてお腹壊しちゃうわ』

『うわぁ、サラダはシャキシャキでタマゴはふわふわ。ベーコンはじんわりと味が広がって、トーストがそれを引き立たせる…………まるで高級ホテルのバイキングに出てくる定番ラインナップみたいだぁ』

『ショウ?どうしてそっぽ向いちゃうの?ほら、私の方を見て?こっちの方が絶対美味しいのだわ?』

 

 

もしゃもしゃとカルデアが太鼓判を押すエミヤごはんを食べながら、翔太はチラリと女神の方を向く。

小さいながら表情をぱぁ、と明るくさせた女神が――ラメ色に発光している生肉の刺身を差し出す。

 

視線だけで撫でるようにそれを流し見た翔太は、そのままベーコンを頬張った。

――がしゃん、とスペース・黒毛和牛なる肉のようにも見える物体Xが床に落ちた。

 

 

『どう、して……?』

 

 

――いや、残当かと……。

まるで世界の終わりにでも直面したような表情をする女神に、職員達はそう呟くしかない。

彼女の言ったのを借りると、一応は翔太も辺境惑星の下等生命体の一員なのだから、職員達と同じ感想を抱いただろうし。

 

 

『もしゃもしゃ』

『……しく、しく……』

『もしゃもしゃ』

『……ショウにきらわれた……』

『……も、しゃ』

『もう生きていけない……』

『………………』

『……こうなったらこのまま超新星爆発を連鎖発生させてこの銀河系ごと彼方に消し飛ばして自殺するしか……』

 

『あっ、アシュリーさま!』

 

 

聞き捨てならないヤバイ台詞が呟いた気がする女神の言葉を遮って、翔太が声を上げた。

ブラックホールのような暗い眼差しを向けた女神に、何故だか姿勢を正しながら「えっと、あの……」と少し躊躇った後――

 

 

『……あーん』

 

 

目を瞑り、小さく口を開けてきた。

恥ずかしいのか――少しだけ頬を染めて。

 

 

『……っ!ショウ!』

 

 

意図に気づいた女神は、足元の謎の物体Xを蹴飛ばした。

そしてまた空間の歪みから同じ物を取り出すと――蕩けるような笑顔を浮かべながら、肉の一片を食べさせた。

 

 

『――ぬ』

『どう?美味しい?』

『……口の中がすごいパチパチする』

『それがとても刺激的でしょう?』

『……なんかわたパチ食べてるみたい』

『……??美味しいって事?』

『そうとも言えなくもない』

『うれしい。もっと食べてもいいのよ。さっ――あーん』

『ひぃん!歯に服を着せるんじゃなかった!』

 

 

「ぼくはNOと言えるにほっ――うにゃあああ!?口の中でお肉が弾けてるよぉおお!!おにいちゃぁああん!!」という悲鳴を最後に、映像は終了した。

 

 

「……」「……」「……」「……」「……」

「本日の翔太くんのコーナーは以上になります。……可愛い、ですわよねぇ」

「「「「「それな」」」」」

 

 

進行役の吐息が混じった深い声に、職員は静かな肯定を返した。

 

 

そう。これだ。これなのだ。

 

あの女神が。

最終決戦に乱入して、敵味方諸とも彼方まで吹き飛ばそうとした規格外の、異邦の女神が。

 

あんな幼子にタジタジしているのだ。

 

くっっそ――かわいいかよ。

アレらを見た職員全員がそう思った。

なまじ、馴染みのある立香を小さくしたような子供と見目麗しい少女の姿がその感情をより高めた。

 

魚料理のような名前をした職員は感深く呟く。

 

 

「……オネショタァ……!世界レベルのオネショタァ……!!」

「世界レベル(滅亡するという意味)」

「比喩じゃないのが悲しいんですけど…………」

 

 

軟禁されて一週間近く。

 

あの少年と女神はああしたやり取りを続けている。

世界征服を企てる訳でもなく、誰かを害そうと――ちょっとは考えているが――そうでもなく。()()()()()()()()()()()()()

 

ただ、小さな部屋で和気藹々と。

 

聞いていればなんてことはない――少女と小さな子供のたわいもない戯れ。

まるで母と子のような、あるいは姉と弟のような、小さな温かみのある日常。

 

少女が地球が拒絶する異邦の女神である事に目を瞑れば――これこそが、カルデアが守りたかった日常だった。

 

そのはずなのだ。

 

 

「…………」

 

 

アレを打倒しなければならない。

 

 

 

「……っ」

 

 

あの温かなものを壊さねばならない。

 

しかし、カルデアは――あの女神の圧倒的な暴威は覚えている。

威圧的な宣言も、一歩間違えれば全て無くなっていたという事実も理解している。

 

戦ったとしても勝てるビジョンはない。

 

しかし、カルデアには選択肢は無いのだ。

“星の意思”の干渉のせいで、どうしても――排除に動かざるをえない。

 

でなければ、カルデアは――この世界に粛清される。

 

 

立ち向かっても……死。

逃げても……死。

このままでもいずれ、あの幼子にも限界は来る。

 

 

つまり…………率直に言えば。

 

 

 

 

 

カルデアは――詰んでいた。

 

 

 

 

 

人類最高の知識。

魔術的、そして科学的な頭脳の結晶達はその結論しか辿り着けなかった。

 

 

だからこそ、『藤丸翔太くん並びに“かの女神”に関する対策会議』は第一回目から、“星の意思”からの露骨な干渉に顔をひきつらせ、翔太と女神のやり取りに和み――どうしようもない現実に押し黙るだけの形式的なものになりかけていた。

 

 

「なぁんかさ。時限爆弾の前にいるみたいな感じだよな」

「……密室の中で?」

「どっちかって言えば、鍵が閉まった扉がある部屋じゃない?」

「で、アレだろ?線切っても爆発。切らなくても爆発ってオチ」

「……アンデルセン先生でもここまで悪辣な物語は書かないぞ……ちくしょう……」

 

 

「取りあえず、結論を、言おうか……」

 

 

重く沈んだ空気の中。

ダ・ヴィンチは、少し取り繕うように口を開いた。

彼女はそんなカルデアの絶望にいち早く気づいていた。

 

故に――モニターの中の笑顔は仮初めだった。

 

 

「まず、彼らについては現状維持。翔太くんには酷だが、もう少しだけあの部屋にいて貰う」

「……ご両親への説明は私が」

「頼む」

「立香くんはどうします?あの子は家族の為に戦っていたでしょう。会わせてあげた方が……」

「……一応、今までの事を記録に残す為にとレポートを書いて貰ったり、理解のあるサーヴァントの皆さんが足止めしてくれたりしてますが……」

「……限界か」

 

 

職員達も会わせてあげたかった。

一年間の苦しみの恩賞としてそれぐらいはしてあげたかった。

 

でも、躊躇してしまう。

だって――()()()()()

“かの女神”が直接、敵意を向けているのは。

その特別な対応が、再会を踏み留まらせてしまっていた。

 

世界すらも怯えさせる存在が、彼に牙を向けたら……そう思うともうダメだ。

 

そんなの認められない。

 

 

「……くそっ。マシュくんの事もあるってのに。どうしてこうも問題が膨れ上がってくるんだまったく……!」

「……マシュちゃん――もうそろそろか」

「はい」

「そっか」

「……はい」

 

 

それに、立香と共に連れ添ってきた少女の事もあった。

彼女はホムンクルスに近しい存在だった。人造的に産み出された――前カルデア体制下における犠牲者。

 

故に、生命活動に限界があった。

普通に生きても後十数年ほど。戦えば、一年程度しか持たないほどに。

 

彼女は戦った。

 

最後のマスターの、最初のサーヴァントとして。

最初から――最後まで

 

――奇跡は、起こらず。

 

順当に彼女の蝋燭(イノチ)は潰えようとしていた。

 

 

 

静まり返る会議室。

もう議題は何一つ無かった。

わかったのはどうしようもない現実だけ。残酷なまでの現実だけだった。

 

 

 

「――皆様。杯中蛇影……という言葉はご存じでしょうか」

 

 

 

だから、凜とした進行役の言葉が会議室中によく響く。

死んだ瞳が集まったのは、進行役の女性だった。淑やかに立つ彼女は静かにソレらを見返していた。

 

 

「……すまない。どういったものなんだ?」

「古くは中国。ある男が杯で酒を飲んでいると、壁に掛かっていた弓が杯の酒に映り、それを蛇だと思い込んで、怯え、病気になってしまいますが――後にそれはただの弓だと知り、けろりと病気が治った……そんなお話が元になったことわざでございます」

 

 

その話で、進行役が何を言いたいのかが伝わってきた。

 

 

「所詮、当事者ではなかった外様の私が言うのは失礼かもしれませんが――“かの女神”や“星の意思”に対して怯え過ぎなのでは。ここは一つ、対話など試してみては如何でしょうか」

 

 

「彼女は蛇ではないかもしれませんよ?」と囁く彼女は――人理修復後、カルデアの外部組織から出向してきた職員の一人だった。

見目麗しく、元はセラピストとして勤務していたからかカルデアでの評判も高く、こちらの“人理修復の戦い”に対して良く理解してくれた事もあり、今では一人のカルデア職員として働いていた。

 

 

「……だが、穏便な態度を取れば“星の意思”が」

「――なにもして来ないかもしれません。我々に対して支援して来ていますが、きちんと『()()()()()()()()()』……とは言ってはおりませんでしょう?」

 

「女神はこちらを認識していないのだから不可能だろう……?」

「――翔太さんに仲立ちをお願いすれば宜しいかと」

「……そうすると」

「いいえ。それは確定した事項ではありません。私たちは女神の性質を()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「セラピーと一緒でございます」と話す彼女の言葉が染み入るように伝わってくる。

 

 

「悩みを解決するには、まず――()()()()()()()()()()()()()()()()。腹の探り合いは陰湿な貴族の性分でございますれば、私達はそうではありませんでしょう?」

 

 

彼女の言葉は、凝り固まった職員達の心を解かし溶かし説かして行く。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()。一度世界をお救いしたあなた方ならば、もう一度くらい容易い事でございましょう?」

 

 

流れるような言葉が止む。

また広がった沈黙は――もう重くは無かった。

 

 

「少し、怖がり過ぎたのかもしれないね」

 

 

そう言ったのはダ・ヴィンチだった。

その声色から、疲労が分かりやすいほど無くなっていた。

 

 

「一度手に入ってしまったせいで――“今のカルデア”を失う事に怯えてしまった。それが今の状況を引き起こしてる」

 

 

それに職員達は――ハッとした。

 

 

「マシュくんの事。立香くんの事。私達の道標が揺らいでしまって――()()()()()()()()()()()()()という欲が出ちゃったんだ」

 

 

疲労の中に隠れたモヤのようなものが晴れたかのような心地だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()。私達はその道を一歩一歩着実に進んで行った。一歩も進まずメソメソ泣いていたら――救えるものも救えなかったのだから」

 

 

その言葉に職員達はお互いを見回して――静かに頷いた。

瞳に映るのは覚悟だった。

 

 

「女神の分析を続けます。分かる事が少ないなら――その分かる事をより深く分析する。そこから見えるものがあるはず」

「“星の意思”と“抑止力”の調査をしましょう。私達が見落としたメッセージがあるかも」

「……いや、サーヴァント達の言い方じゃあ、それに関しては俺らの推測が正しい気がするんだが…………まっ、やるだけやるか」

「翔太くんと立香くんの再会も考えましょう。最悪、テレビ電話とか……!」

 

前向きの話し合い始めた職員達。

奇しくもそれは、まさに――対策会議の様相を呈し始めていた。

 

根本の解決にはなっていない。最悪の想像が全て正しいのかもしれない。それでも――()()()()()()()()()()()()()()

ダ・ヴィンチはそんな光景を眺めながら、功労者に声を掛ける。

 

 

「ありがとう。君がいなければ、私達はこのままずっと沈んで……溺れて行ってしまっていた」

「いいえ。私は何も。ただ、あなた方のお背中を軽く撫でただけの事。他の誰かがいずれ行っていた事でしょう」

「それでも、だよ。ありがとう」

「…………ふふっ、そうやって面と向かって照れてしまいます」

 

 

そうやって笑いあっていると――ふと、耳をすませれば。

 

何やら廊下が騒がしかった。

 

 

「ん?なんか騒いでるな」

「……また誰かの喧嘩か?それとも、また翔太くんの脱走とか?」

「いや、それらは起きたら普通に連絡来るはずだろう?」

「じゃあ、いったい」

 

 

「えっ……?」

 

 

そこでダ・ヴィンチは気づいた。

何かが近づいて来ている。しかしその魔力反応は――()()()()()()()()()()()()()

 

もう、ベッドから出られずにそのまま消えていく蝋燭(イノチ)であったもののはず。

職員達も気づき始め、そんなはずはないと思いながらもソワソワとし始めた。

 

やがて、走る足音が耳に入り。

聞き覚えのある可憐な声も聞こえてきて――バァーン!と扉が大きく開かれた。

 

扉を開けたのは―――――

 

 

 

「ふふふ、良き心持ちであれば良き事に恵まれるものです。――善哉、善哉」

 

 

 

 

そう満面の笑みを浮かべる彼女は、まさしく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある所。

ある二人は脱稿明けのコーヒーをシバいてた。

 

 

「――なぁ、ウィリアム。ちょっと聞いていいか」

「――おや、どうしました我が友アンデルセン」

 

「最初は善性の塊で、ある事から歪み、最低最悪の権化になった愚か者がいるとするだろう?」

「ほうほう」

「だが、その()()()()()()()()()()()()()――どうなると思う?」

 

「そんなの……そのままの善性で生きていくのでは?なんとも陳腐でつまらない事ですが、そうした者が――聖人になるのでしょうよ」

「ふん。だよな」

 

「……いきなりなんです?」

「――思った事が口に出ただけだ。気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





そう。
結局はそういう事。

いつか至るはずであったモノ。
因果が無ければ、至れる道も無く。


即ち、この世は諸行無我。

済度の日取りは訪れない。
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