天体観測してたら原始の女神に捕捉されたショタの話。 作:いしゅキチ
書ける間に書けるだけ書いちゃうから。
とある少女には、こういう話がある。
彼女は、大切な人の為――敵の圧倒的暴威の前に身を投げ出し、その命を散らしながらも、守りきった。
笑顔を浮かべ――これで良かった、と。
しかし。
それを不遇だと思った一匹の“獣”が彼女の魂を救い出し、人並みの生をもたらした。
“獣”もまた笑顔を浮かべた――これで良かった、と。
そうして。
少女は愛しい人の隣で、救った世界の綺麗な青空を見上げ――力を失った“獣”はただの獣となり、そんな二人の側に在り続けた。
そんな話。在るべき話。
しかし――ここでは空想でしかない。
奇跡は起こる事は無かった。
少女は消え去る事も無く、“獣”は力を使う事も無く。
残っているのは、か細い蝋燭を燻らせる少女と――力を有したまま、宙を見上げる“獣”だけ。
奇跡は巡らず、希望が潰えるその瞬間。
そんなものを見て、微笑むのは――きっと悪魔だけだろう。
―――――――――――――――
――熱に浮かされて眠るというのは、まるで水平線が見えない海を航海しているようだと、彼女は知っていた。
終わりが見えるのに、終わりが見えない航海は……いつ辿り着くか――どのように辿り着くかもわからなかった。
彼女にとってそれが何よりも恐ろしかった。
ふと、船の中のアンとメアリーが、ラム酒まみれのカトラスを飲みながら「いつになったら大陸に着くんだ!」と声を荒らげた。
船長である黒髭は、穴の空いた樽の中で「もう少し、もう少しで着くから!」と二人に叫ぶ。なにやらよく分からない機械やら古びた手帳の中の一節を見せては「もう陸はすぐに見える!」と屁理屈をこねて、アンとメアリーを宥めた。
樽の穴にナイフが刺さる。飛び出たのは扇情的な同人誌だった。
それを数回繰り返して、もう黒髭でサメを釣ろうとまで行ったところで――陸が見えた。
青々と生い茂るジャングルの岸。
なんだなんだと現れる原住民風に真っ黒に肌が焼けた円卓の騎士。ランスロットしね。ガン黒で山姥メイクをしたアルトリアがキラリと光る。ランスロットしね。
それを見た黒髭は「彼らはインドの民。だからインディアンだ!」とぉ……………………?
……?……??
――あれ?これって、クリストファー・コロンブスさんの逸話じゃないです?
ふと、霧が晴れた。
するとそこには知らない変な笑顔のおじさんが「諦めなければ夢は叶う!」と叫びながら卵を食べていた。
アンとメアリーに撃たれて、海に落ちた。ついでに黒髭も落ちた。アンとメアリーも落ちた。
船も沈んで、ランスロットは柱に吊るされた。
侵略者が居なくなったブリテン・インド領(アメリカ大陸)は平和になり、繁栄が続くと思ったら――モードレッドがブラッドアーサーして滅亡したのでした。
ちゃんちゃん。
――浮き上がった意識。
ぼんやりとしか見えない視界は、代わり映えのしない白の天井を映していた。
「う……んっ……?」
濃霧が絡み付いたように何も分からない。
意識だけがぷかりと浮かんでいて、自分は医務室のベッドで寝ている、という事実以外は理解出来なかった。
肌に感じる温もりと、肌から沸き起こる熱の区別が付かなくて――まるで霧状になった身体をシーツで閉じ込めているような錯覚を受けた。
「――ああ、マシュ。起きたかい?」
優しげな声。
ぼんやりと霞む視界に見慣れたオレンジが揺らいでいた。
なにか返そうと思っても眠ったように身体が動かず、掠れた喉からは下手くそのヴァイオリンの方がマシと思えるような声が漏らす。
「……辛いだろう。ちょっと待ってて」
少しして、濡れた布が唇に触れた。
干ばつした大地に水が染み渡るようだと感じながら、知らず舌の先が布を舐める。
「……ごめんね、君の喉も弱ってるから誤嚥を起こしてしまうかもなんだ。……マシュ?」
――すぅ……と意識がまた沈んでいくのを感じた。
「ああ、マシュ……マシュ、すまない。どうして僕は、こんなにも……!!」
意識はそんな、小さな慟哭を拾ったようにも思えた。
雪が見え隠れする森の中。
「この私の前で帽子を脱がぬとは何たる不敬!この者を引っ捕らえろ!」
――エクスカリバーを装填したボウガンを手に持っていた。
「ふっふっふ。お前は狩りの名手であったな。では、お前の息子の頭に乗せたリンゴを撃ってみるがいい。もし出来れば、お前を永遠に赦してやろう」
――と。
豪奢な成金みたいな風体のアルトリアがベルギーチョコを食べながら、そう言った。
「似合ってないですね」と言うと、「ですよねぇ……?」と苦笑いが返された。
取りあえず言われた通り撃って下さいと言われ、ボウガンを構える。
息子……とは心当たりが無かった。
一体誰なんだろうと前を見ると――紫色の鎧を来たイケ好かない男が立っていた。
リンゴを撃てば大丈夫ですよ、落ち着いて行きましょう。とエールを送ってきた。
寸分違わず、男の心臓目掛けてエクスカリバーを放つと――何もかも綺麗さっぱり消え去った。
「どうしましょう」と聞いてみると「しょうがないですね」とベルギーチョコを貰った。美味しかった。
「流石本場ですよね」と笑う。でも、ここはスイスだった。
この後、隠し持っていたもう一振りのエクスカリバーを以て、蛮族を蹴散らし、ブリテン・スイス領は繁栄を迎えたかと思ったら、トリスタン卿が音楽性の違いがどうこう言い始め、オーストリアに亡命。
白熱した音楽バトルの末、敗北したブリテン・プロダクションはトップアイドルを輩出出来ず破産。国もついでに滅亡したのだった。
めでたしめでたし。
「マシュ、マシュ」
プカプカと浮かぶ意識は、決して忘れる事の出来ない青年の声に引っ張り上げられた。
鉛のように重い瞼を持ち上げると、ぼやけた蒼色の瞳が見えた。
愛しいその色が見えなくて……痛むはずの胸に痛みはない。
「せ、……ぱ……」
それでも来てくれたのだから。
なんとかお話しようと口を開こうとすると――彼の人差し指がそれを止めた。
髪を撫でる感触だけが伝わってくる。
「ありがとう」
熱に浮かされながら。
その言葉にこもった熱は、それでも感じられた。
「ありがとう、マシュ。一緒に戦ってくれて」
ふと、ぼやけた視界がさらにぼやける。
潤んだ視界は彼の顔を映してはくれない。
「……苦しかっただろう?それでも一緒に――俺を守ってくれて、本当にありがとう」
感触の薄れた肌に、温い水が落とされる。
ぼんやりと浮かぶ意識でも、彼の震えた声が――今の彼の顔を思い描いてくれた。
「だか、ら――さみしい」
泣いている。
思って、想って――泣いてくれている。
「マシュ言ってたよな。青空が見たいって、特異点とかじゃなくて――俺たちの世界、今の……本当の青空」
ふと、そんな事言ったかなぁ――なんて思ってしまった。
言ったと思うが……どうなのだろう。
鈍った意識は大切な思い出を仕舞いこんだまま、仕舞った場所を忘れてしまっている。
「今は赤い空になっちゃってるけど……あんなに綺麗なのに、段々嫌いになってくる……」
そこでふと――あの後どうなったのだろう、と思った。
カルデアについた途端、緊張の糸が切れたように倒れてしまったからどうなったのか分からない。
でも、きっと彼は家族に会えただろう。そのぐらい許されるはずだ。
「……翔に会いたい。母さん達に会いたい。……皆の気持ちはわかるけど、やっと……やっと世界を救ったはずなのに……!」
だから。
そんな言葉を聞いて、一瞬理解出来なかった。
「……ごめん。愚痴るつもりはなかったんだけど」
混乱する意識はどうして、だけで埋め尽くされる。
世界を救ったはず。私たちは為したはず。なのにどうしてこうなっている。
どうして――先輩は、泣いている……?
「……また来るね。おやすみ、マシュ」
意識がこんがらがった。
絡まった糸を解こうとして頭に強い熱を感じたかと思うと、すぐに意識が沈んでいった。
昔々、ある所に――浦マシュ太郎という釣り人がおったそうな。
ある時、浦マシュ太郎が浜へ釣りに行こうと歩いていると、海亀さんを苛める円卓の騎士達がいました。
浦マシュ太郎は、行って懲らしめようと近づきますが――海亀さんが紫の鎧を着ている時点でその気が失せました。
「貴方が寝取らなければ!」「円卓一の寝取り騎士!」「貴方のアロンダイトがオーバーロードしたせいで、ギャラハッドが産まれたんですよ!無責任オーバーロード野郎め!」「いっ、いやその件はエイレン姫が催眠夜這いしたせい――」
「――言い訳するとはなんて悪い亀さんですね!」
浦マシュ太郎は義憤に燃え、円卓の騎士達と一緒に海亀さんに蹴りを入れてやりました。割りと理不尽な気がしますが、海亀さんが悪いのだから悪いのです。
海亀さんはおいおいと泣き出し、助けてくれれば竜宮城に連れてってあげようと、浦マシュ太郎に手を伸ばしてきました。
そこは永遠の楽園で、ずっと遊んでいられる桃源郷だと。
……まるで、約束をすっぽかした父親が子供に向かってネズミの楽園を餌にして許して貰おうとしているような構図でした。
浦マシュ太郎は、少し悩みましたが――そんなものはいらないと突っぱねました。
そうして海亀さんはひいひい言いながら海に逃げ、円卓一の寝取り騎士が居なくなった事により、なんやかんやで円卓が仲良しになって、ブリテン・日本領は繁栄を迎えましたが――どこからか全クラスの騎士王が大量召喚され、『~オール・アルトリア総進撃~ぐだぐだファイナルカムランの丘』が勃発し、泥沼の戦いの末。
特に何も率いる事の無かったキャスターアルトリアが勝利。
ですがその時はただの村娘だったので、国を統べる事は無く、ブリテンは滅亡したのでした。
そわかそわか。
「――これは、君がやったのか。マーリン」
「おや、お気に召さなかったかい、ギャラハッド」
匂いを感じる事の無かった鼻を、花の香りが優しく撫でた。
それに安心する――のと同時に不快感も沸き起こる。
それは胸の奥にいる英霊――ほんの最初に死に絶えるはずだったのを生かしてくれた恩人の気持ちなのだろう。
「まあ、そりゃそうかな。なんたって君は――
「……不満ではないと言えば嘘になる。だが、その道を往くと決めたのは各々方だ。それをどうこうする権利は僕にはない」
「うわあ、真面目」
ふと、横に目を向けると見慣れた鎧を纏った青年と、花の魔術師が向かい合っている…………ように見えた。
現実である自信は無かった。全ては熱に浮かされた意識が、作った妄想のようにも思える。
「で」
「ん?」
「このまま何もしないのかい?人知れず世界を救った英雄が、愛しい人と結ばれる訳でもなく――報われる事もなく、ひっそりと亡くなるなんて」
「それが運命ならば」
「…………」
「納得行かなそうな顔だ。ただの村娘を遊び半分で王に仕立て上げた傍観者とはとても思えない」
瞬間、感じる温もりが掻き消えた錯覚を受けた。
「……まっ、ともかくだ。僕は君と討論したい訳じゃない――約束を取り付けに来た」
「…………」
「僕の千里眼が――
「それで?」
「その二つ――どちらを選んでも決戦になる。その時、君は力を貸すのかい?」
ふと、鎧の青年を見つめる。
霞むその視界にもわかる――失望と、呆れと。ほんの少しの情の熱。
「……視たのなら、言わずともいい」
「言いな。それが運命だ」
「…………」
ざらりと撫でられた感触は、心地よくは決して無かったけれど。
「不義理はしない。
その言葉に、冷め続けていた何処かに火が灯ったような気がした。
「さあって。マシュ。聞こえているよね?君たちには二つの道が示されている。どっちにしろ戦うけど――その度合いが違うんだ」
花の魔術師は楽しそうに、しかし心配そうに声を掛けてくる。どっちかはわからない。
でも、その声色は真実だった。
「
ふと、花の香りが強くなる。
意識は薄れて、霧のように広がっていった。
「だから、それまで踏ん張りなさい。僕には夢を見せる事しか出来ないけれど――それでも夢を望まなかった君なら、出来る」
ころりころりと進む夢の中。
桃マシュ郎は、お供に三人の円卓の騎士を引き連れて、鬼ヶ島に居たランスロットを鬼を尻目にタコ殴りにし。
マシュデレラは、「意地悪な義母や義姉らは私が何とかしましたよ!」と笑顔を浮かべるランスロットをぶん殴って、ボロ着のままで王子様をかっ拐って。
マシュエットは、リツオがバルコニーの下に来た途端に飛び降りて一緒に逃げた。
カチカチ山ではランスロットに火を付けて、蛾の剥製を壊したランスロットをこれ幸いにと思いっきり罵倒し、泉の精に「どっちもいらない」と言ったら、金と銀のランスロットを貰ったので両方とも泉に叩き落とした。
そうして巡る、夢の中。
『――貴様はこれでいいのか』
そう囁く声が聞こえる。
そこはきっと森の中。縮尺狂ったキノコが生える森の中。
眠たげに助言する青虫や、胡椒ばかりを使いたがる料理人と無口な公爵夫人に豚になる赤ん坊がいる所。
不思議な不思議な、そんな場所。きっときっと、そんな場所。
『――何も報われず。苦しんだ末、悲しみに暮れたカルデアの中で死に絶えるのか』
なんて酷い意地悪な声。
であれば、アレはきっとチェシャ猫だ。無数の目のあるチェシャ猫の、居ない笑いは嘲笑に濡れていて。
『
言い返したいはずなのに。何故か声が出せない。
まるで――
『――そのままでいいのか?死を誉れとするイカれた人類とは違う、とフラウロスは言っていたが、見込み違いだったようだ』
だって、だって。
そう願っても誰も治せず、そう祈っても奇跡は巡ってこない。
ならさ、ならさと――諦めて。そのまま目を隠して闇深く。
ゆらり、ゆらりと――浮かされて。そのまま浮かんで天高く。
仕方ないさと涙を堪えて、下手くそなヴァイオリンを響かせて。
せめて――あの人が泣かないように。
約束を果たせない後悔だけを滲ませて。
『そうか――』
笑って、嗤うチェシャ猫は、どちらかと言えば悪魔のようで。
『ならば、生かしてやる、マシュ・キリエライト。亡きフラウロスが観測した純なるヒトよ――
これは不思議な国のお話。
圧政拡げたハートの女王亡き今も。アリスは――蒼色の瞳のウサギを追いかける夢を見る。
「……はっ、くっ……!?」
――意識が急に湧き上がる。
息苦しさと布団が剥がれた寒さ、宙に浮かぶ不安を同時に感じた。
首に圧迫感。消え行くソレでも抵抗の意思が湧き出るのか、のそりと両手が首に伸びる。
――ひやりと冷たい柔らかな肌の感触。
霞む視界で、首から伸びる宇宙色を辿ると――
「――貴様か。ショウを怯えさせたのは」
“赤い宇宙”と目が合った。
星と月が瞳となって、睨み付けてくる。満点の星空に敵意を抱かれたような錯覚……溢れた息は怯えと畏れが入り交じっていた。
――女神だ。
カルデアの戦いに乱入し、諸とも滅却しようとした――途方も無い存在。
それが、目の前に居た。殺意を持って。
「ショウは、蛆共の下らぬ企みに巻き込まれたせいで――
万力のように首が絞められる。
歪む視界にチカチカと星が瞬くのを感じた。
なんでここに、などという疑問は最早意味は無く。
暴れる力も薄れ、意識が何処か遠くに逝くのを感じ――
「――なりませぬ」
ふと、聞き覚えのない声が響く。
痛む眼球でそこを辿ると、カルデアの敵であった魔神柱が……何故か小さくなっており、鉢植えの中に収まっていた。その色は何よりも赤く――まるで“赤い宇宙”のようだった。
ピクリ、と女神の顔が動く。
「……おい、蛆。今この私の裁定に口を出したか?貴様…………ショウにちょっとばかし気に入られてるからって調子乗らないで私にだってその程度のフォルム余裕で擬態出来るんだからありのままの私を愛してほしいからこのままなだけでお前程度の関心なんて私が余裕でかっさらえるんだから――ほんと、調子乗るなよ蛆風情が」
「……ともかく――」
――パァーン!
音にすればそんな軽快な感じで、魔神柱が爆ぜた。
少しして、“赤い宇宙”が集まったと思うと――元の形で鉢植えに収まっていた。
「ともかくって何?重要な事でしょうが。舐めた口聞いてると本当に殺すわ」
「…………この者を殺す事は、畏れながらも貴女様に生かされた蛆の身としては賛成しかねまする――御身の計画に障りがあるかと」
慇懃無礼そのままな声色に「……ふん」と嘲笑った女神に、ゴミを捨てるようにベッドに投げ出された。
けほっ、けほっ、と反射で零れる咳一つ一つに――生きているという実感が湧いてくる。
「コレがいったいなんだという。私の計画は完璧だ」
「……確か、あの小ぞっ《パァーン!》…………かの愛し子の言質を得る計画ですよね。とても崇高で……この、蛆程度では考えもつかぬほどです」
「そうだろうそうだろう。ふふっ、なんだ。少しは話がわかるじゃないかお前」
「………………お誉めに預かり恐縮です」
強制的に起き上がった意識が、この緊急事態に戸惑った。
どうして此処に“かの女神”が居るのか。そしてそれに滅ぼされたはずの魔神柱が居るのか。
答えが出ない疑問に溺れて動けない……奇しくも――かの存在の視界から外れていた。
「そう――
―――――。
その言葉に一瞬、言葉を失った。
事も無げに告げられた言葉を理解する事が出来ない。
「私は、ショウ以外の全てを憎んでいる。この惑星もだ。速やかに彼方へと還したいほどにな。だが、ショウはそれを嫌がっている。ならば――ショウもまた私と同じになればいい」
「たった一言――
矢継ぎ早に告げられる言葉を飲み込むのがやっとだった。
……せっかく、せっかく――世界を救ったのに。
「その為にわざわざこんなボロ小屋に入ってやっている。文明と言うには鼻で嗤うしかない程度のこの惑星が、大いなるこの私を前にやる事など手に取るようにわかる」
「――
「……それを待ち、この惑星を灰塵に帰すと」
「いや」と女神は首を振る。
口許に手を当てて、ニヤリと嗤うその様は可憐で――こんなにも大きな惑星を滅ぼす算段を立てているとは到底思えなかった。
「ショウはどうやらこの星を気に入っているようでな。ならば、
「ああ……これを起点にまた私の宇宙を始めるのも悪くはないか。ついでに忌々しいサーヴァント・ユニヴァースの塵屑を、あの子の惑星と蹂躙するのも一興ではある」と――ブツリブツリと思案に耽る女神に、絶句する。
――
これほどまでに――“かの女神”と私達の意識に差があるのか。
まるで、要らない物で手作りした小物をプレゼントするかの如く、この惑星を――私達が懸命に救ったこの世界を扱えるのか。
ぶわり、と浮かんだ感情に意味を付ける事は出来なかった。
ふと、魔神柱は「疑問なのですが」と呟く。
思案を邪魔された女神は、その可憐な姿からは想像出来ないほど低い音を出した。
「なんだ」
「……そんな事をせずとも、すぐ全てを滅ぼし――後に愛し子を説き伏せればよろしいのでは?」
「そんな事をして――ショウに嫌われたらどうする。そんな事も分からないのだから、貴様は我が名に値しない」
はぁぁぁぁぁ、と深くため息を吐いた女神は汚物でも見るような目で魔神柱を見下ろした。
ゆるりとその手を上げて――指を差す。悪気が走ったのは気のせいではない。
「貴様の今の名はなんだ。言ってみろ」
「……タロス」
「貴様達の矮小な語り口でその名に何の意味が在る?」
「……全能なる神々の王が、寵愛した人に下賜した――“青銅の巨人”」
「そうだ――貴様はその程度の価値だと弁えろ。我が名を名乗るにも値しない貴様に、わざわざそこらの木偶の名を下賜してやった。故にその意味を汲み、その意味のまま動いていればいい」
「そも、お前をショウの召し使いとして生かしてやっているのは――お前が不敬であるが、私の名を名乗っていたから慈悲をくれてやってるに過ぎん。……貴様がショウに気に入られさえしなければ、即刻殺してやったものを……」
睨み付けられる魔神柱は反応しない。出来ないのかもしれない。
ただ、静かに赤いその身を震わせていた。
「さて、蛆の調教はもうよいだろう」と女神の視線が――こちらを向いた。
震える身体を押さえつけた。目を逸らそうにも出来ず、ただこちらに伸びる手に震えるだけしかできない。
「さっさと帰ってショウの元に行かねばな。私が側にいるが、まず私がこれ以上耐えられん」
「…………お待ちを。殺す事は《パァーン!》
「――そろそろいい加減にしろ」
そう呟いた言葉に温度は何もなかった。
それほどのまでの圧に喉が潰れたようにも思えた。
「戯れに貴様の謀に付き合ってやってれば調子に乗りよって。もう我慢も――」
「――
「…………だからなんだ」
「その者が死ねば兄が悲しみ、兄が悲しめば――それを聞いた、かの愛し子もまた悲しみましょう。きっと貴女様に、兄の下へ連れてって欲しいと泣きながら懇願するでしょう。……その時、貴女様は断る事が出来ますか?」
「…………。………………。…………泣き腫らした目で上目遣いとか絶対断れない」
「そうなれば、貴女様の計画が根本から瓦解するやもしれません。ここは一つ、御身の尊きお力で下等な存在に軽くお救いするべきかと存じます」
流れたのはほんの少しの沈黙。
女神は伸ばしていた手を――ゆっくりと下げた。
「蛆」
「……はい」
「流石は地を這い、死肉を貪るだけはある。賎しいが悪くない」
「…………褒めてるつもりかこの童児趣《パァーン!》……失礼を」
女神はそうして、静かに此方に告げてきた。
「下等生命体。ショウの周りを飛び回る蠅よ。ショウはそんなお前のような者ですら気にしてしまう繊細な優しい子なんだ。故に――」
「――祝福をくれてやる。
その言葉を最後に“赤い宇宙”が視界の全―――――――――――――――――――
「――んっ」
ふと、目を覚ます。
寝ぼけた意識で起き上がる。身体の倦怠感を綺麗に取れ、快眠だったようだ。
「ふわぁ……先輩を、起こさなきゃ……」
ルーティンを思い浮かべながら、のそりとベッドから降りて――洗面所へ。
…………行こうとしたのだが、洗面所が何処にもない。
「……あれ?」
疑問から意識が完全に覚醒すると――居場所がはっきりと理解できた。
此処は、医務室だった。
自分の身体を見下ろすと――幼い頃に見慣れていた簡素な手術着を着ている。
「……?……??」
ふと、目に入った鏡に近づく。
――少し痩せ細った見慣れた顔が映る。少し頬をムニムニしていると、違和感。
常に髪が隠れている目が少し可笑しい気がした。
恐る恐るカーテンを捲るように、髪を掻き分けると――
「………………」
頭を過ったのは今までの事。
倒れて、気を失って、――死にかけて。
そして――
―『そう――私を苛つかせるこの惑星を滅ぼす。大切な計画だ』―
「―――ッッッ!!!!」
バッ!と裸足のまま部屋を飛び出したのは反射的な事。
まずいまずいと意識が警鐘を鳴らす。このままでは……このままでは…………!!
「――おおっ!?」
飛び出した瞬間、丁度――ドクター・ロマン。
カルデアの医務担当のロマニ・アーキマンとかち合った。揺れるオレンジの髪は驚きに合わせて、多く揺れる。
「あっ、ドクター!おはようございますっ!あのっ、ちょっといいですか!」
「あっ……えっ……あ、なんです……?」
「先輩とダ・ヴィンチちゃんはどちらに!?」
「えっと……立香くんは自室で、レオナルドはぁ……対策会議中だった……と」
「対策会議!それは確か、管制室の近くの部屋でしたよね!」
「うん」
「ありがとうございました!」
聞くべき事は聞けた。
一分一秒が惜しかった。その時間で着実に不評を買い続けている。
まずは先輩を!と力強く駆け出したのを……ロマニは所在げ無く見送った。
「……はぁ、マシュは元気だなぁ。それに比べてマシュは………………ん?」
「……んん!?!!?!?!」
「――先輩!!おはようございますっ!!!」
「うわぁ!?」
「ちょっとすいません、行く所があるので一緒に行きましょう!」
「……えっ、ちょっ……マシュ……マシュ、なんだよね?」
「――行きましょう!!」
「えっ、あっ、ハイ行きます」
挨拶もそこそこに。
自室で項垂れていた立香の手を取って、マシュは管制室まで駆け出した。
すれ違うサーヴァントや職員が驚いているが、説明は後。
まずはすぐにでも情報共有をしなくちゃいけない。
でなくちゃ、私達は――私達の手で人類を滅ぼしかねないのだ。
――『君が間に合うか、それとも間に合わないか――全てはそれに掛かってる』――
そうして管制室近く、時より一部が集まってこそこそしている会議室の扉を蹴破ると――大きく声を上げた。
それは、曇天を貫くトランペットの響きのように――
「話は聞かせてもらいました!このままでは――人類は滅亡しますっ!!」