天体観測してたら原始の女神に捕捉されたショタの話。   作:いしゅキチ

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原始の女神の“赫怒”

“原始宇宙”が、世界として君臨していた在りし頃。

 

アシュタレトは様々なものを、その手中に収めた。

 

贅の尽くされた晩餐、絢爛華美な装飾品。

美しい光景、美しい男女。果ては、命そのものも。

 

“原始宇宙”において、彼女が手にしなかったものはなにもない。

格下の銀河程度では決して存在しないものなどざらにある。

 

故に。

これはなんてことはない、貢ぎ物のはずなのだ。

 

 

「………………」

 

 

――血。

アシュタレトが自ら結晶化させ、まるでルビーのように輝くソレが彼女の手のひらに転がっている。

血など、それこそ大海が出来上がるほど捧げられたはずなのに。

 

 

「…………ふふ」

 

 

これは彼の血だ。

 

 

「……ふふ、ふふふ」

 

 

翔太の血だ。

彼が初めて捧げた――アシュタレトへの貢ぎ物。

そう思うだけで、まるで他を追随させない唯一無二の宝を手にいれたように思え……いや、これはまさしく宝。

 

彼女が唯一庇護する、“人類”からの宝だ。

 

 

「……むぅ」

 

 

だからこそ、アシュタレトは少し不満だった。

 

それは、この貢ぎ物を手に入れる為に行った契約(の押し売り)のことだ。

 

アシュタレトは何でも叶えると言った。

翔太はそこで――「兄の所在」を尋ねたのだ。

それ自体はなんてことはない。

地球の衛星軌道上にベル・マアンナを顕現させ、地球を見渡せばいいのだから。地球にはいい迷惑だった。

 

問題は、アシュタレトが何でも叶えると言った時に、即行で尋ねるほどに“兄”を想っている事である。

 

…………このイシュタル・アシュタレトの側に在る事が赦されているのだからそこは貴女様の隣にいることこそが私の願いですとかそういう愛のこもった返――――つまりは、嫉妬である。

 

アシュタレトは自分が目の前にいるのに、遠い誰かを想っている翔太が気に入らなかった。

ていうか、そう想わせる相手こそが心底気に食わなかった。

 

ていうか。

あんな可愛いショウの下を離れるとか正気か。いったいどんな脳みそしてんだ。脳の代わりにヒモQでも詰まってんのか。ほんとどうしようもない愚かなニンゲンの鑑のような奴に違いない……!と。

アシュタレトは偏見を抱いていた。

 

神らしからぬが、女神らしい感情だった。

 

 

 

だから、翔太の血を眺めていると。

嬉しいような悲しいような……でも、やっぱり嬉しいような。悲しいような。

そんな複雑な感情を抱ける。

 

それこそがアシュタレトにとって面白かった。

 

人類への苛立ち、失望、絶望――怒り。彼女を復讐の女神足らしめるその感情。

厭うものではない。だが――好む訳では決して無い。それを忘れられる一時が、殊更彼女を楽しませたのだ。

 

 

故に。

彼女にとっては刹那の時――地球の悲鳴(ノイズ)を聞き損じてしまったのは必然だった。

 

 

 

 

異変に気づいたのは直ぐ。

 

 

「……えっ?」

 

 

――地球が白の靄のようなものに覆われていた。

自然現象による雲ではない。人間の傲慢が招いた人災ではない。

それ以外の――明確な害意によって発生した“靄”。善意と侮蔑に満ちた不自然なソレが地球を隠した。一瞬の事だった。

 

 

「……見えない」

 

 

女神の目を以てしても、地球全体を捉えるのに時間が掛かった。

その間に――翔太を見失った。

 

 

「見えない、見えない……見えない見えない見えない!」

 

 

地球はそれなりに大きな惑星である。

だが、アシュタレトにとっては銀河という海に沈む巨大な岩でしかない。

そこから、岩にへばりついたほんのちびっこい細胞を見つけろ、と言うのは無理な話なのだ。普通は。

 

翔太を見つけた時から、それ以降アシュタレトは視線を逸らす事はなかったし、たとえ見失っても、地球は外的侵略者に関してはノーガードだった(地球さんからすればめっちゃ頑張ってた)ので直ぐに捕捉できる自信はあった。

アシュタレトが細胞を愛する奇特な精神性を持っていたからこそ出来た、邂逅だったのだ。

 

 

しかし、靄のせいで見えない。

この靄が、絶妙にアシュタレトの目を惑わせていた。

 

 

「もうっ!なんでショウの星はこんなに小さいの……!」

 

 

柄にもなく、悪態が漏れるほどアシュタレトは焦っていた。

 

 

程なく。……翔太が見えた。

しかし、その存在はしっかりとしていながら朧気で。

何をしてどうしているのかがまるで掴み取れない。誰かと話しているように見えたかと思ったら、寝ていたと思ったら、何処かを元気良く駆けずり回っているようにも見える。

 

 

「どういうこと……?」

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが今の地球の現状だと、アシュタレトは悟った。この“靄”がソレ。霧のように現在の上に過去と未来を浮かばせている。

 

どうして、なんで、など――アシュタレトにはどうでもいい事だった。

――翔太に危険が迫っている事に、何ら変わりない。

 

 

「……っ!ショウ!」

 

 

アシュタレトは直ぐに似姿を地球に遣わせた。

 

 

 

 

 

 

……目測を見誤った。

翔太の部屋に直接、顕現しようと思ったのに――アシュタレトがいたのは、翔太の家の前だった。

 

 

「…………」

 

 

翔太の家の周りには、気配は無かった。

鳥も獣も、人間も――何も。痛いくらいの静寂が鋭く広がっている。

何か住んでいただけの石くずが並んでいる空虚。薄気味悪い光輪がそんな残骸を嘲笑うように空を支配していた。

 

その光景が――嫌な記憶と重なった。

 

 

――『どうして……?どうして、誰も居ないの……?』――

 

 

在りし日のノイズが内から湧き出るように。

今の彼女を象ったもの――それが、アシュタレトを苛立たせた。

 

 

「……っ」

 

 

アシュタレトは、それを振り切るように家に入る。

中は薄暗く、どんよりとした雰囲気だけが彼女を歓迎し――踏み入れる毎に、アシュタレトの心に嫌な予感が掠めた。

 

 

「ショウ……?」

 

 

――散らばった服。

すえた臭いの食物、バラバラになった端末、林檎が覗く菓子は床に投げ捨てられていて。

血にまみれた金属の器は、トラップのように何かを挟み込んでい――見たくない。

 

 

「…………」

 

 

血は二階――彼の部屋へと繋がっていた。明るい思い出など無かったのように閉め切られているのが、震える視界に映った。

迷いは無かった。ただすがるようにドアを開け放った。

 

 

「ショウ」

 

 

彼はいた。

アシュタレトとよく向かい合っていた机に突っ伏していた。

眠っているのだ。

 

 

「ショウ……起きなさい」

 

 

ほら。

日記を書いている体勢でいる。

ペンを握る手は血に溢れていて、これでは文字を書くのではなく、血を塗りたくっているようじゃないか。

……その間に寝てしまったのだ。

 

 

「ショウ、ショウ。何をしているのです、貴方のイシュタル・アシュタレトの前ですよ。……そろそろ起きなさい」

 

 

彼の手には、アシュタレトが贈った惑星のネックレスが握られていた。彼女の銀河の物だ。

それはアシュタレトの銀河そのもの。地球程度……それこそ“銀河”クラスでなければどんな干渉も受け付けないほどの強力な――ああ、だから。この子は一人になってしまったのか。

 

――私のせいで。

 

 

「ショウ」

 

 

翔太の頭を撫でる。

ふんわりとしていたはずの髪は、油で固くなっていて――彼女の手を跳ね返す。

 

――起きない。

起きて、くれない。眠っているのだ。眠っている。ただ気付かないくらいに深く寝ているだけなのだ。

 

アシュタレトは――もう、分かっている。

虚弱貧弱無知無能の生命体程度。把握出来ないほど、堕ちてはいなかった。

 

 

「ショ、ウ…………っ」

 

 

アシュタレトは、堪えるように瞳を閉じる。

 

直ぐに開かれた瞳には――たった一つの色に塗れていた。

 

 

「――赦さぬ」

 

 

アシュタレトは空に成り代わった光輪を睨む。

たった一目――それだけで、正体もその目的も理解できた。原生生命体の滓程度の秘匿は滑稽なほど意味はない。

 

全人類……過去と現在と未来を燃料に――世界ごと行う逆行現象。

目的は人類の再定義。愚かな人類を少しはマトモにしてやろうとしているのだ。

 

 

「その程度のことで、私のショウを苦しめたのか……?」

 

 

()()()()()

 

 

 

「この惑星の塵屑共は悉くこの私を苛立たせる……!」

 

 

 

彼女の“赫怒”は煮えたぎっていた。それこそ世界全てを焼き尽くすような。

 

奴らへの、そして己への怒りが――アシュタレト自身を焼き尽くすかのような熱量を産み出していた。

 

復讐の女神は、復讐の女神。

結局はその定義は変わることはなかったのだ。

 

人類への失望――憎悪、“赫怒”のまま。

 

 

全ての銀河は終わるのだ。

 

たった一人の、彼女の“人類”が失ったことによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()

これは全てにおいて幸運だった。

 

 

 

アシュタレトが、直ぐにでも奴らを根絶やしに向かえば。

――()()()()()()()()()

 

アシュタレトが、その銀河を暴走させていれば。

――()()()()()()()()()

 

アシュタレトが、元の銀河に憎悪のまま戻っていれば。

――()()()()()()()()()

 

 

今、この場。彼の側を離れなかった――彼女の無意識の“執着”。

それが、終末を遠ざける事になった。

 

 

――彼女の“赫怒”は煮えたぎっていた。

 

それこそ――()()()()()()()()()()()()()

 

では、その近くに在った彼はどうなるのか。

 

 

――……………………っ――

 

 

燃える篝火に風が吹き荒ぶように。

ほんの少しだけ……燃え残っていた蝋燭(イノチ)に、火が灯った。

時間にすれば10秒もすれば燃え尽きるような、誤差にも等しい灯火。

 

 

それを見逃すアシュタレトではない。

 

 

「――ッッ!ショウッ!」

 

 

アシュタレトが、掻き抱く身体は小さく冷たい。

このままでは失う事実は変わらない。女神とて、死を覆すという事は不可能だ。だけど、ほんの少しだけでも――生に傾いてしまえば、出来ることなど無数にある。

 

アシュタレトは似姿の唇を自ら噛み切る――溢れる血は、彼女の銀河のように赤かった。

 

 

「ショウ……貴方の奉仕に報いましょう」

 

 

ほんの短く、二人の唇は重なった。

アシュタレトの血が、薄く開いた翔太の口に滑り落ちるように入り、彼の体内を侵していく。

 

アシュタレトは一つの銀河を象る女神。

その似姿から溢れ出づる血のほんの一滴――それだけでも、ただの人間には過ぎた妙薬足り得た。

 

 

「んっ――」

 

 

翔太の瞳がゆっくりと開く。

ぼんやりとした焦点が、アシュタレトを中心に捉えると大きく目を見開いた。

 

 

「ショウ……」

 

 

その言葉には強い想いだけが込められていた。

何を話すにしても、この私が来るまで生にしがみついていた事を誉めねば、とアシュタレトが口を開く前に――

 

 

「うそつき」

 

 

一瞬、何処から聞こえた言葉かわからなかった。

それほど冷たかった。気づけたのは――彼の瞳が同じように冷たかったから。

 

「ショウ」

「うそつき……」

「ショウ」

「うそつき……うわぁぁぁぁ……うそつきぃ……!!」

 

 

くしゃり、と。翔太の顔は歪むと、瞳からポロポロと大粒の涙が零れた。

アシュタレトに縋りつき、感情のままに彼女の胸を叩き始める。何の痛痒もない――なのに、痛さをアシュタレトは感じた。

 

 

「またくるって!あいにくるっていったのに!うそつき、アシュリーさまのうそつきぃ…………!!」

 

 

言葉がアシュタレトから出る事は無かった。

何も言わず――何も言えず。ただただ翔太を抱きしめるしかなかった。震える身体が収まるように、ずっと。

 

 

 

――――こうして、全銀河の危機は去った。

アシュタレトの怒りが、己の人類に対する愛の“赫怒”が、奇跡となったのである。

 

 

とはいえ――。

 

地球の危機は未だ燻っているのはまだ続く。

 

 

 

 

 

「で」

 

 

翔太の部屋の中。

ぶっすぅぅぅ…………という擬音語が聞こえるくらい頬を膨らませた翔太が、アシュタレトを見上げる。

 

 

「うそつきアシュリーさまはなんでこんなにおくれたの?」

「えっと……貴方を少しだけ見てなくて……ほっ、ほら。地球って小さいじゃない?だからね――」

「ぼくにとっては大きいですぅ。アシュリーさまのばか」

 

 

彼の身体は茹るように蒸気して、肌に薄くピンクが浮かんでいた。

脂に塗れた髪は、乾ききってない濡れそぼっていて――せっせと、アシュタレトがタオルで水気を拭っている。

 

――身体中ベトベトだからお風呂入りたい。

泣き終えた翔太が最初に口に出した言葉である。でも、電気も水道も回っていなかったので――アシュタレトが自分の銀河から、彼に何の健康的影響の無いお湯を湯船に移し、そこに入ったのである。翔太が彼女から離れようとしなかった為、しょうがなく……そう、彼女にとってしょうがなく一緒に入った。

アシュタレトにとって意図せず発生した至福のお風呂シーンは、彼女の都合でカットされていた。

 

――可愛らしい。

アシュタレトの全銀河はそれだけに満たされていた。さっきまでのムーヴはいったいなんだったんだ、と思うくらいの落差だった。

 

 

「ぼくずっとまってたのに。さみしかったんだよ」

「……それは本当にごめんなさい。これからは何があっても貴方から目を離さない」

「………」

「……ショウ?」

「……えへへ。じゃあゆるすー。来てくれたもんね」

 

 

膨れた口元は緩んで、アシュタレトに抱きつき、甘えるように頭を擦り付ける。

誰もいなかった反動か、いつもはしないほど強いスキンシップ。それにアシュタレトは――――。

 

にゅひっ――と漏れそうになった、女神らしからぬおぞましい呻きを絶大の意思で押しとどめた。さっきの“赫怒”よりも確固たる意思だった。

 

 

翔太は少しじゃれて満足したのか。

彼女に凭れかかるように座ると窓を見上げた。アシュタレトも釣られるようにソレを見た。

 

空に浮かぶ、忌々しい光輪を。

 

 

「おかあさんたち。どこに行っちゃったんだろう……」

「――あそこにいるわ」

「えっ……どこ!?どこにいるの?」

「だから――あそこ」

 

 

アシュタレトが指差すのは、光輪。

……正確にはそれを形成する渦巻く魂の中に在る、翔太の両親を指差していた。

 

 

「……どゆこと?」

「過去現在未来の人類を使った世界逆行よ。人類を再定義するなんて――心底無駄で、愚かな事をする。そんな事をしたって人類は人類でしかないのに」

「……?ん?ん?」

「……なんて言えばいいのかしら」

 

 

こどもには難しいだろう。

アシュタレトはうむうむ、と分かりやすいような説明を考え出す。

 

 

「タイムマシン、あるじゃない?」

「ドラえもん?」

「それ。それをね、世界ごとやろうとしているの」

「……すごいね」

「そう?私も出来るけど。でも、それをやるには膨大な燃料が必要なの。私には必要ないけど。だから人類全てを使ってやろうとしてるのよ。私は私だけで事足りるけど」

「……つまり、わるいやつ?」

「…………そうね」

 

 

言外に告げるマウントもまた、こどもには難しかったようだった。

翔太はプンスコッ!とばかりに頬を膨らませて、光輪を睨んだ。さっきよりも強い怒りがあった。

 

 

「ひどいねっ!わるいやつっ!まわりのめいわくを考えないなんてサイテーだよっ!」

「そうね。とんでもない外道ね」

 

 

周りの迷惑を考えない最低な奴が何か言ってるが、幸いな事に翔太がそれを知る事は一生無い。

 

翔太は少し俯くと、決意したようにアシュタレトを見た。

 

 

「……アシュリーさま」

「――何も言わなくていいわ」

 

 

それを彼女は遮る。

――翔太はこどもだ。本当なら、頼り切っていいはずのこどもなのだ。

 

アシュタレトは翔太の頬に触れる。

慈しむように撫でる指先には――痛々しい涙の跡がうっすらと残っていた。

つらかっただろう。さみしかっただろう。今も、手をずっと離さないのがそれを現している。

 

なのに、家族の為頑張ろうとしている。

――アシュタレトの為でない事は少し不快だったが、決して好ましくない態度ではなかった。

どういう事か。

つまり――うちの子、良い子過ぎてほんとヤバい。

 

 

「さあ――貴方を苦しめた愚か者共をぶちのめしに行きましょう」

 

 

まあ、それはそれとして、アシュタレト的には落とし前をつけさせないと気が済まないという事も本音だった。

 

その言葉に嬉しそうに翔太は頷いた。

「すぐに準備するねっ!」とバタバタと服やらバッグを荒らす愛しい姿を視界に収めながら、アシュタレトは外を見る。

 

そこにある空虚を無感動に眺める。

ふと聞こえるような記憶は、もう湧いては来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……手っ取り早く、地球を元凶諸共消し飛ばした方が早いのだけど……」

「えっ。だっ、だめだよアシュリーさま。おうちがなくなっちゃう」

 

――ヤ メ テ――

 

「大丈夫。私の神殿には部屋が沢山あるの。ふかふかでおっきいベッドもあるわ。移住しましょう?」

「ふかふか……でっ、でもおにいちゃんたちが――」

「――じゃあ、貴方の家族も一緒に」

「えっ」

「三食お昼寝、私付き。アットホームで明るい環境。今だけ」

「えっ……えっ、どうしよう……」

 

――マ ケ ナ イ デ――

 

「………………じゃっ、じゃあ――あっ、ダメだ今週ゲームの発売日だ!それに土曜日はおとうさんがお寿司屋さんに連れてってくれる約束してるの!」

「あら」

「……来週じゃダメ?」

「……仕方ないですね。貴方きっての頼みです。――地球を滅ぼし、貴方が私の銀河に移住するのは来週以降にしましょう」

「うん!」

 

「………………」

「………………」

「……あれ?そういう話だったっけ?」

「そうよ」

「そっか」

 

――チ ガ ウ――

 

 

二人が家を離れ、アシュタレトの頼みで広い所へと向かっている最中に発生した、戦慄の会話の一部始終である。

無垢な者を言葉巧みに騙す詐欺師の手口に似て――いや、そのものだった。

 

あんまりにもあんまりな内容だったからか。

地球自体に干渉され、その機能を奪われつつある“星の意思(ガイア)”が残る力を振り絞った渾身の警告を発していたが――ただの人間でしかない翔太には聞こえなかった。

アシュタレトは普通に無視してた。

 

 

 

「アシュリーさま。広いとこってここでいい?」

 

 

翔太がアシュタレトを案内したのは――彼が通う小学校の校庭だった。

誰も居ないサッカーゴールには、ボールが静かに絡み付いていた。翔太は知らずにアシュタレトの手を強く握る。

 

 

「ええ、良くやりました」

 

 

彼女は安心させるように翔太の頭を撫でた後――パチン、と指を鳴らす。

すると、途端に“赤い銀河”が辺りを包み始めた。

それは直ぐに集まり、一つの形になる――アシュタレトの似姿の中で、多くの人類の畏怖を集めた――巨大な、赤のドレスを身に纏った黒髪の少女。

 

女神神殿、ベル・マアンナ。

翔太が初めて見たアシュタレトの姿である。

 

 

「わぁ。べる・まあんなさんだ!」

「……私もベル・マアンナなのだけれど……まあいいわ。ショウ、もう少し近くに寄りなさい」

「……?こう?」

「ええ、最高ね」

 

 

なにがとは言わない。

アシュタレトはその“神威”を動かす。

ベル・マアンナはおもむろに空間を()()と、それを力強く引き千切った。

 

硝子が割れるように砕け散った空間から覗く――汚らわしい大量の目玉が柱のように無数にひしめき合っていた。

 

現在。過去。未来。

今の地球はそれが全て同じ場所に重なり合っている。故にそれらに時間も距離も無く、全ては薄皮一枚で折り重なっている。

つまり、それを引き千切れば――隠された気色の悪い元凶の居所に通じるという訳だ。

どういう訳かなどはアシュタレトにしかわからない。

ただ――敵は直ぐそこにあった。

 

 

彼女は、()()()()すぐに我に返って、翔太の視界を隠すように腕を伸ばす。

彼にとっては気味が悪いだろうと思ったのだが――

 

 

「かわいい……」

 

 

――小さく呟く、その言葉に思いっきり顔を翔太に向けた。

 

 

「かわ、いい……?アレが?」

「えっ、幼虫の足みたいにモコモコしててかわいくない?」

「……幼虫の足?」

 

 

意味が分からない。

この一銀河たる女神を困惑させるとは実に大したものだ、と混乱のまま、アシュタレトは思った。

よく分からないが、翔太が好きなら一匹……一本?くらいは持ち帰るか、と静かに頷く。アシュタレトにとっては触りたくもない汚物だが、しっかり躾ければ違うかもしれない。……それで駄目なら全て無かった事にするが。

 

空間の前に、アシュタレトは隣の翔太を見やる。

その視線を受けた彼は、ポカンと首を傾げた。

 

 

「……怖くない?」

 

 

彼女の言葉に、翔太は少し確かめるように繋ぐ手をにぎにぎすると、

 

 

「……ううん、こわくないよ」

 

 

そう言った。

そこに何の虚飾も恐怖も無くて――

 

 

「だって――アシュリーさまがいるもん。かなしい、さびしいって言ったら来てくれた。だから、アシュリーさまがいればもう何にもこわくないよ」

 

 

そう健気に笑う翔太に、確固たる意思など粉砕され――

 

 

「……にゅへっ」

 

 

堪え切れず、変な声が出てしまった。

それを誤魔化すように――空間に躍り出る。決して離さないようにしっかりと抱きとめながら。

 

 

「えへへ」

 

 

そんな彼女を、翔太は嬉しそうに見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、()()()()()()()()

現在・過去・未来が入り乱れる時空の彼方。そこに在る元凶へ向かう扉を捩じ込んだ時。

 

触れたその一端。

 

 

こんな――

 

 

こんな――

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

そう理解した時の、奴らへの――そして彼女自身への怒り。

銀河を埋め尽くしたのは、先ほどよりも強いイシュタル・アシュタレトの“赫怒”だった。

 

――世界は知る事になるだろう。

 

 

 

彼女達にとっては、()()()()()

 

奴らにとって。

――そして、“星見台”にとっては()()()()()

 

 

 

全てを台無しにする原始の女神が間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

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