天体観測してたら原始の女神に捕捉されたショタの話。   作:いしゅキチ

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最後のマスターの“困惑”

昨今、ナッツでも摘まむように頻繁に発生していた“地球の危機”だが、今まさに地球を包みこんだそれは――まさしく、滅びに等しいものだった。

とある女神による『極限まで擦り切れた縄でバンジージャンプを敢行する』みたいなギリギリ何とかなるようなものではない――ガチである。

 

神話に描かれる蛇のように狡猾で、逸話に語らえる悪魔のように悪辣な――侵略。

細部まで疵すらない計画に、地球は太刀打ち出来なかった。

 

()()()()()()()()()

誰も予測出来ず、誰も防御出来ず、誰も反撃出来ず――そも、攻撃を受けたことすら識る事も無かった。

        

抑止(アラヤ)”は力の源を失い、“星の意思(ガイア)”は浸食され、苦痛に喘ぐ。

 

 

最早、誰も抗する者は居ないように思えた。

 

ただ一つの組織以外は。

 

 

――カルデア。

 

 

それは科学と魔術――両者を兼ね備えた、人類の英知そのものである特務機関。

だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――地球上に残された、唯一の“人類”の共同体。

 

突如起こった――人類の終焉。

カルデアは、それを阻止するべく奔走する事になる。

逃げる場所はない。故に、それに立ち向かわねばならなかったと言っていい。

茨の道だと分かり切った道行きを臨まねばならぬ苦痛は、絶望と共に彼らを苛み続けた。

 

 

人類の生存の道――それは、元凶との戦いへの道だった。

 

 

人類が歩んだ道筋、人類史――“人理”に、染みのように広がっている不可解な点。

都合七つ、癌のように巣食っている()()()。それらを修正し、正す事が出来れば、この事態を打破し、人類を救う事が出来るだろう。

 

人類の存亡を賭けた大戦争。

その矢面に立てるのは――たった一人の、何も知らない青年(こども)

 

この戦いには特別な素養が必要だった。

多く集められたが、元凶によって、謀殺され、生き残った人員は素養は皆無。

 

であるならば――“彼”、藤丸立香が前線に立たなければならないのは必定だった。

たとえ、彼が何も知らぬただの人間であったとしても。

 

最後の人類――最後の“マスター”は。

 

過去の偉人・英雄を“サーヴァント”として使役し、まだ見ぬ未来の為――歪んだ過去に立ち向かう。

 

 

 

それは、未来を取り戻す物語(Observer on Timeless Temple)

 

 

 

 

 

――まあ。

そんな事は置いといて(詳しくはFGO第一部で検索検索ぅ!)

 

 

藤丸立香には大切な家族がいる。

それこそ――ちっぽけな青年が、世界を救おうとするくらいには。

 

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

――母さんは料理が得意だ。

 

和食洋食なんでもござれ。中華もすごい。お菓子作りもお手の物。何故かケバブもできる。

祝い事の為に店を巡るよりも、母さんの肩を揉んでおねだりした方がいいくらい、料理が美味しい。

 

ただ――カレーが死ぬほど不味い。

 

どう作ろうが、何をしようが、水っぽいカレーが出来上がる。いや、もうアレはカレーに失礼だ。あれはカレー風味のお湯だ。そうに違いない。全員に不評なのに、たまに作るのだ。

父さんと俺は、そういう時は何かと理由をつけて食べるのを避けるのだが、弟が「おかっ、ひぐっ……!おかあさんがせっ、せっかく作ってくれたから……!!」とあまりの不味さに半泣きになりながら食べているのを見て、罪悪感から結局俺らも半泣きになって食べたのを――思い出す。

 

……そんな姿を見て、なんで母さんはあんなに満足気にしてたのかは今でも謎だ。

いつか、聞きたいと思ってた。

 

 

 

――父さんはアニメが好きだ。

 

小さい頃からビール腹を揺らしながら、喜色満面に様々なモノを俺たち兄弟に見せてきた。

アンパンマンとかの幼児向け。仮面ライダー戦隊もの。果ては深夜アニメまで。俺はあまりハマる事はなかったけど、弟は紹介するもの全て目を輝かせて見てたものだった。

 

ただ悪趣味なことに、たまに地雷を挟む。

 

地雷というか、ホラー要素というか……。

小学一年生に見せるものじゃないものもたまに見せて反応を楽しんでくるのだ。……思い出せば、直ぐに「ま゛み゛さ゛ぁぁぁぁぁぁん!!」と泣きじゃくりながら腹に突進してきた弟の泣き声が耳の奥から聞こえてくる。そんな弟を意地悪くニヤニヤしている父さんはほんとに悪趣味だった。

それで少しの間避けられて落ち込む父さんも、またケロっとして地雷に突っ込む弟も。

学習能力無いのかと母さんと外野で眺めていたのをーー思い出す。

 

 

帰ってきた時に、秘蔵の物を見せたいと父さんは言ってた。

それが、今ではどうしても気になる。

 

 

 

――弟は。

翔太は、いい子だ。

 

俺によく懐いてくれて、家にいるとちょこちょことついてくる。カルガモか、と良くからかわれていた。

気弱なのに一度決めたら勢いは凄いし、人見知りだけど一度身内認定したら誰であろうと笑い掛ける――目の離せない弟。

両親の謎の英才教育のせいか、泣き癖があって――翔太の思い出は、たいてい泣き声から蘇ってくる。

 

うるさいとは思った事は無かった。

子猫が庇護者求めて鳴いてるのと似ているようで。構えば、満面の笑みで迎えてくれる翔太は、安らぎにもなったし――今でも。

脳裏に浮かぶ半泣きの笑顔は、くじけそうになった時の助けになってくれた。

 

 

 

 

――俺は普通の人間……の、はず。

母と父、そして弟の四人家族。そんな三人が大好きで――ほんのちょっと、大きな夢を持っているこども()()()

 

そんな俺が――

何の因果か、世界を救う事になるなんて。

翔太の泣き声に後ろ髪引かれつつ、家を出たあの時は思いもしなかったんだ。

 

 

 

――

―――

 

 

それは元凶へと向かう一本道。

時空断層の中をーー立香は走る。皆との絆によって開かれた道を、共に戦ってきた少女と一緒に。

 

思えば、随分遠くまで来たなぁ……なんて。

 

立香はぼんやりと思った。今がそんなぼさっと物想いに耽るような時ではないのは分かり切った事なのだが。

 

 

 

――物語(たたかい)は終盤へと突入していた。

 

七つの戦場。七つの苦難。七つの絶望。

そして――七つの希望を以て。全ての特異点を修正し、カルデアは元凶の下へと往く事が出来た。

 

間に合ったのだ。

 

全ての元凶たる、ソロモン七十二柱の悪魔達――“魔神柱”の本拠地、時間神殿へと突入し、最後の戦いに臨んだのだ。

 

 

絶望が――希望へと変わり得る時が来た。

 

七つの特異点(と、実に奇妙(アッパラパー)な特異点)で、共に戦った偉人・英雄達が――力を貸してくれたのだ。

時間すら切り離されたこの地で、小さな縁を手繰り寄せて――ちっぽけな人間を、藤丸立香を助ける為に。

 

ソロモン七十二柱の悪魔――“魔神柱”は、この地では無敵そのもの。

だが、多くの希望による強い意志は、それを覆すに値して。

 

 

 

だからこそ――藤丸立香は、そこへと走っている。

 

魔神柱達が守っていた、時間神殿の中枢部――ソロモンがかつて座した至高の玉座へと。

 

 

 

ふと、立香は胸元に提げていた懐中時計を握る。

 

それは元は無かったもの。

人理を救う戦いの中で、造って貰ったものだった。

 

立香には良く分からない魔術的意匠が施され、何だか良く分からない加護が気付けば追加されたその中には――写真が入ってる。

 

――呆れたように笑う両親と、満面の笑みの弟。皆に囲まれて照れくさく笑う立香。

 

それは、家を出る前の旅行の時に撮った写真。手の平に残った唯一の思い出。

――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

写真をずっと手元に持っていたい、と。

そうして出来上がったのがこの懐中時計だった。

 

いつも何かと茶化してくるダ・ヴィンチちゃん(理想の女性に成り代わったヤベー奴)が、何も言わずきちんと作ってくれた逸品。

 

苦難の中でも、これがいつか戻る道しるべとして。

心強い支えになってくれた。

 

 

写真の立香と、今の立香はまるで違う。()()()()。当然と言えば、当然。

 

肌は焼けた。筋肉も付いて、腹筋はバキバキに、腕にも良い筋が刻まれたし。背も伸びた――生傷は随分と増えた。

写真を見返しては、こいつ誰だよと可笑しくなって笑うくらいには変わっている。

 

全て終わった時。家に帰ったその時。

 

家族はこんな自分に、()()()()()()()()()()()

 

 

「……先輩……?」

 

ふと、我に返る。

手に柔らかな感触。気がつけば足が止まってしまっていた。

隣には、最初から最後まで自分に付き添って――共に戦ってくれた少女がいた。

 

――マシュ・キリエライト。

 

カルデアに来た時から一緒に戦ってきた。

身の丈以上の盾を以て、守ってくれて――守ってきた、“後輩”。

 

 

「マシュ……」

「大丈夫です。きっと、なんとかなります」

 

 

……急に立ち止まったのが不安になったと思ってくれたらしい。

握られた手から伝わる体温が、見つめられる視線が――気遣いの色を示していた。

ほんと、優しい子だ。彼女の命は、もう終わろうとしているというのに。それほどまでに慕ってくれる事実が、ただただ立香は嬉しかった。

 

その綺麗な瞳には――“今”の立香が映し出されている。

 

前とは違う。

戻りたいとも思った事はある。あの時、ああしていれば此処には居なかったのにと益体の無い事を考えたりすることはあった。

 

ただ――後悔の気持ちは、ちっとも湧いて来なかった。

 

 

 

「うん、行こう――終わらせよう、マシュ」

「はいっ!」

 

 

 

そうしてーー極点へ、魔術王ソロモンを戴く、至高の玉座へと至る。

 

藤丸立香は、元凶と相対する。

家族を助ける為に。少女の笑顔に報いる為に。

 

胸元に在る写真のように、また家族と笑いあえる未来の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玉座に在る元凶――魔神王ゲーティアは変生する。

彼が統括する七十二柱の悪魔たちを束ねた超存在へ。

 

木々が強く根付くように、人の形をした異形へと。

 

 

『――さて。敬意は十分に払った。ようやく、報復の時間だ』

 

 

ゲーティアは計画の全貌を立香達に明かした。

それは彼にとっては、無駄な行為に等しい。故に、文字通りの敬意。

ここまで辿り着いた勇者達へと手向ける、最期の華のようなものだったろう。

 

 

今回の“地球の危機”の元凶は――ゲーティア。

遥か昔、良き王として在った魔術王ソロモンが使役していた七十二柱の悪魔達――それらを統括する、術式(レメゲトン)

 

ソレは、人類の『悪しき感情』に深く絶望し――これを打破すべく、七十二柱の悪魔と結託した。

 

 

――人類など悪しきに塗れた汚物。だが、悪しきを取り除けば、もっと良いモノになり得るはず。

 

 

そうした“憐憫”の下――彼らは計画した。

ソロモンの亡骸を乗っ取り、彼が遥か天上の神より賜った千里眼を用いて、“抑止”にも“星の意思”にも邪魔されぬように入念に計画し、決行したのだ。

創世記より2016年までの人類の“熱量”を用いた、世界そのものの時間逆行。

 

ゲーティア自身が、原始惑星――“星の意思”と成り代わる。

悪しきを取り除いた、より良い生命へと変生させる――人類の再定義をする為に。

 

 

『“ようこそ諸君。早速だが死にたまえ”――無駄話はこれで終いだ』

 

 

立香は、静かに身構える。

少女の盾と共に、気丈に敵を睨む。

 

一年間の戦い。七つの特異点を巡ったグランド・オーダー。

ただの少年を英雄へと押し上げた――その集大成。

 

今、結実の時を迎えようとし――――――

 

 

 

「――にょわ!?」

「――ひゃぁ!!」

 

 

 

――間の抜けた声が響いた。

 

気合いでつり上がった目尻がユルユルと下がってしまう。

キャーキャー喚くその声に、立香とマシュは一瞬目を合わしてから、その方向を見やる。

 

そこは今いる玉座から離れた場所。

ゲーティアと在る七十二の悪魔達――“魔神柱”と戦っていた戦場の中で。

 

二柱の女神がそこにいた。

 

美と豊穣、そして戦いと破壊を司る女神、イシュタル。

その血縁にして、冥界の女主人、エレシュキガル。

 

神話に語られる有力な神。

立香が出会った中でもその強さと美しさに息を呑むほどの女神達が――顔を青くして、震える自らの身体を抱き締めていた。

 

 

「なななっ何か掴まれた!がっつり霊核握られた気がするんですけどぉ!ちょっとなんなのよ!」

「何なのだわ何なのだわ何なのだわ!?女神である私の霊核に干渉するなんて……はっ!まさか、お母様?私たちの縁で顕現を――」

「――ちょっとぉ!アンタ只でさえ陰気臭いんだから、縁起でもない事言うんじゃないわよ!!」

 

 

二人の騒ぎに呆気に取られてぼんやりと聞いていた立香の前に、さらなる異変が訪れた。

 

 

『むっ……?』

 

 

突然、今のゲーティアを形成する手の指の一部が解け、一柱の“魔神柱”が出現したのだ。

 

 

『――統括局(ゲーティア)

『どうした、アスタロス。何故、結合を解いたのだ』

 

 

立香はゲーティアを動きを注視しながら、呼ばれた悪魔の名を静かに反芻した。

 

――アスタロス。

 

ソロモン七十二柱の29番目。40の軍団を率いる公爵位の悪魔。

過去、現実、未来の真実を教える力を持つ。

その起源は古く、異教の豊穣の神々に通ずるとも言われ、一説ではイシュタルが悪魔へと貶められ、“淫蕩”と侮蔑された者だとも。

 

それがアスタロス。

起源に寄るとこうも呼ばれる。

 

 

――()()()()()()と。

 

 

 

『――我を弾劾せよ。アスタロスは、時間神殿より追放を求める』

 

『何故だ?』『英霊共に臆したか』『我らの偉大な計画は成就寸前である。その判断は合理的ではない』『何故だ』

――『アスタロス。統括局より回答を命ずる。此処に至って何故、その結論に至った』

 

『それは……それは、 は は は 』

『アスタロス?』

 

――ピシリッ。

小さく、だが確かにひび割れた音が響く。

それは次第に増していき、アスタロスの身体が卵の殻のように砕けていく。

罅の奥からは――“赤い空”が漏れ出し、拡がっていく。

 

 

『あり 得ぬ。ふざけるなふざ けるなこんなこ とがあってたまる か』

『アスタロス!』

『統括 局。早く我を 私を 追放     た すけ 』

 

 

――瞬間。

 

視界全てが赤で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――……計器が正常に機能していません!……――

 

――……第七特異点を遥かに上回るエーテル濃度を叩き出してる!神代とは比べ物にならない……!……――

 

――……時間神殿内、急速に“変化”しています!なにがどうなっているんだ……――

 

ーー……ッッ!立香君!マシュ!応答を!……――

 

 

――眩む視界。

耳に入ってくるがなり声に立香の意識はゆっくりと覚醒し始めた。

 

「お、俺は……?」

「んっ、んぅ……」

 

いつのまにか気を失い、倒れていたらしい。

寝起きのようにぼんやりする思考からそんな感想しか出てこない。

マシュも気がついたらしく、身体を起こしていた。

 

 

――……応答を!……くそっ、応答をッ!……――

 

――……時間神殿内の英霊の数は変移していません!そして、マスター立香、サーヴァントマシュの生体反応の確認が取れました……――

 

――……モニターの復旧を急げ!状況がわからない!……――

 

 

「応答を……」

 

立香は手首に嵌めた端末を操作しようとするが――返すのはノイズのみ。どうやら何かの反動で機能がおかしくなったようだった。バチリッと小さく火花が散った。

カルデアの皆が慌ててる様子だけが聞こえている。

 

「マシュ。そっちの端末は……?」

「………………」

「……?マシュ?」

 

マシュの端末はどうだろうと訪ねて見たが――彼女は上を見上げたまま、固まっている。

どうしたのだろう、と立香を上を見上げると、

 

 

「……うわっぁ」

 

 

――“赤の宇宙”が、立香達を見下ろしていた。

金色に輝く恒星、七色に浮かぶ星々がその輝きをより美しく彩っている。

時間神殿の空を食い尽くしたように、それだけが(ソラ)を支配していた。

 

「……きれい」

 

マシュの呟きに、立香は静かに頷くしか無かった。

掛け値なく美しかった。今まで見てきた夜空、星、宇宙を以ても比べ物にならないくらいに。

それこそ、此処が戦場でなければ――膝を突き、涙を溢すだろうと思うほどに。

 

 

『あり得ぬ』

 

ゲーティアの声が聞こえた。振り向くと直ぐ近くに立っている。立香達は体勢を起こして、警戒するが――そんな事はどうでもいいように、ゲーティアは呆然と宙を見上げていた。

雑多に聞こえる魔神柱たちの困惑を押し退けるように、ゲーティアも困惑を溢す。

 

 

『我が時間神殿を容易く塗り替える存在など、この星に存在する訳が――――否!仮に在ったとしてもそこまで旧い存在が顕現するはずが……!!』

 

 

――赤い宇宙が音も無く脈動する。

星々が集まり、砕け、爆発しながら――それは一つの形を創り出した。

 

()()()()

 

地球の人々が見慣れた宇宙の蒼を垂らしたような髪。可憐でたおやかな肢体を宇宙が彩り――その小さな頭に埋め込まれた、角のような大王冠が異彩を放つ。

 

全てが異質。だが、全てが王道そのもの。

宙に比べて、小さいのに――何故だが、視界が少女以外を写さない。

 

そうした存在が――赤の宇宙を統べるように浮かんでいた。

 

 

――……新たな反応を確認!これは……霊器反応――サーヴァントです!……――

 

――……クラスはアヴェンジャー!……いや、待て。今ルーラーに。いやまたアヴェンジャー……ああ、もう!クラスがはっきりしない!……――

 

――……サーヴァントだって!?馬鹿な、ここまでの計器反応だぞ!?サーヴァントであるはずが……――モニター回復しました!今映し、……――

 

 

 

「――不快な」

 

 

ふと――鈴のような可憐な声が、響いた。

立香とマシュはそれを聞いて、背筋が一瞬で凍結したような錯覚を受けた。

そこまで声色は冷たく――侮蔑に満ち満ちていた。

 

 

「――貶められた名とはいえ、仮にも私の名を冠する者としてあり得ない。優雅さもないおぞましさ。故に散れ。我が銀河の塵が似合いだ

 

「だが」と少女は、視線を揺らす。

その先を辿ると、イシュタルとエレシュキガルがいた。

 

「其処の者たちは赦す。我が名にふさわしいとは言えぬが、それに見合った格はしている。私は、私と私が愛する者には甘い女神だ」

 

――女神。

少女はそう言った。そう、納得できるほどの威圧があった。

立香は震える身体を何とか抑える。

 

 

“困惑”以外に無かった。

 

アレはなんだ。何故此処にいる?ゲーティアが元凶なのでは無かったのか?どうしていきなり脈絡もなく――こんな存在がここにいる?

 

 

「――我が銀河より、布告する」

 

 

だが、そんな疑問など知らぬとばかりに――

 

 

「滅びよ」

 

 

端的に――女神は、敵対の意志を示した。

 

“赤の宇宙”が蠢き出す。

そうしてそれは直ぐに形となった宙に現れる。

 

時間神殿全体を覆い尽くす――巨大な女神がそこに浮かんでいた。爛々と輝く金星のごとき瞳は、眼下の有象無象を睥睨していた。

 

――絶句。

 

表すならその言葉。

これが何を意味しているのか、時間神殿の全ての者達は理解した。

――この場所全てが、かの女神に捉えられているのだ。

 

女神は眼下の者達を見下ろしながら「そういえば」と軽く呟いた。それだけで嫌な予感を覚える。

 

 

「骸に群がる蛆の分際で高尚な言葉を吐いていたな?仕方ない事とはいえ、その蛆から顕現した身――同じ言葉を贈ろう」

 

 

――スッ、と。

女神はなんとはなしに右手を上げ、人差し指を立てる。そうして、眼下の全てへ指を差す。

 

それはまるで――銃口のようで。

 

 

 

「“ようこそ諸君。早速だが死にたまえ”」

 

 

 

その言葉と同時に宇宙が脈動を始め――――金色の極光が指先へと集まり出した。

 

 

 

その感覚を。

時間神殿内――女神の宇宙にいる全てが理解した。

 

皆の本能が、皆の理性が、皆の存在そのものが――告げる。

 

それはまるで“一個の意志”のように。

 

 

――ア レ ヲ 撃 タ セ ル ナ――

 

 

 

 

「皆!あの女神を攻撃して!!――()()()()()()()()()()()()!」

『統括局より伝達!あの宝具を止めろ!!――()()()()()()()()()()()!』

 

 

奇しくも両者の意見は一致した。

立香が培ってきたマスターとしての勘が、知恵が、経験が、囁いたのだ。

――彼女をどうにかしないとまずいと。

 

このまま争っている場合じゃないのは英霊も、魔神柱も理解した。あの女神の指先から迸るあの極光を、どうにかしないと終わるのだ。

両者向けていた攻撃を、女神に向ける。そこに何ら躊躇いはなかった。

 

終わる、とは。誰も考えたくない結末に終止する。

 

 

「先輩!あれは……あれは……!」

「……落ち着いて。とりあえず、近づこう!ここからじゃあ迎撃もままならない!」

「はっ、はい……!」

 

「マスター!マシュ!」

 

駆け出そうとする立香達に上空から声が掛かる。

見上げると――イシュタルが怒濤のスピードでこちらに急降下してきていた。

 

「えっ……ちょっ、イシュタ――!」

「――いいから乗りなさい!!」

 

イシュタルは地面に激突スレスレで、急浮上。

その瞬間に立香とマシュの身体を掴んで引き寄せた。

イシュタルの天舟(マアンナ)にくくりつけられるように乗せられ、そのまま上空に躍り出る。

 

「っとと!いっ、イシュタルさん!」

「乱暴でごめんなさいね、マシュ。状況が切迫してるでしょ?――このアタシですらそれが分かっちゃってるの!近づきたいんでしょ!行くわよ!」

「――うん、ありがとう。イシュタル」

 

「お礼は宝石でヨロシク。おっきい箱一杯にねっ!!」

 

 

――上空を駆け巡る。

英霊達、魔神柱の攻撃が絶え間なく女神に降り注ぎ、轟音と閃光に何もかも眩みそうになりながら、前へと。

 

 

「先輩……カルデアとは……」

「うん、駄目だ。音は拾えてるみたいだけど……」

 

二人は端末を操作して、何とかカルデアと連絡を取ろうとしたが――無駄で。

あちらの混乱と怒号は聞こえるだけで、応答は出来なかった。

 

支援は無い。

そんな事実に立香は知らず、拳を強く握りしめた。

 

そんな時――

 

 

 

「もう駄目なのだわ……おしまいなのだわぁ……」

 

 

 

ふと――死ぬほど情けない声が、耳に入る。

イシュタルにも聞こえたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をした後――溜め息。

減速して、その声の方を向く。立香達もそれは倣うと――

 

周りにキノコでも生えそうなくらいジメジメした雰囲気の中で、膝を抱えているエレシュキガルがいた。

……魔神柱たちと格好よく戦っていた姿は夢だったのだろうか。

 

 

「ちょっと、エレシュキガル!仮にもアタシの血縁なんだからちゃんと戦いなさいよね!」

「無理なのだわ!だってあれは……あの方はお母様(ティアマト)より上よ!?」

 

 

――ティアマト?

立香達が思い出すのは、第七特異点――最後の敵となった、バビロニアの地母神、生命の母だ。

彼女の存在こそがバビロニアそのもので、ティアマトを殺せばバビロニアも同時に死ぬという凄まじい存在……で……。

 

立香とマシュは――青ざめた。

もしエレシュキガルの言が正しければ、ここに在る“赤の宇宙”はあの女神そのもの。

底が見えない宇宙が相手になるのだから。

 

 

「お母様の源流!お母様の……“()()()()()()なのだわ!ここはあの方の宇宙……もう誰にも止められない!」

 

 

エレシュキガルは髪を振り乱すように叫ぶと、暗い暗ぁい眼差しを立香に向ける。ちょっと「うっ……」と叫んでしまうほど負の感情で溢れかえっていた。

 

 

「立香……死んだら私のとこに来て欲しいのだわ……そこで二人で一生仲良く暮らしましょうね……」

「――だぁ、かぁ、らぁ!縁起でも無いつーの!アンタが言うとぉ!!」

 

 

イシュタルは絡み付くような情念を振り切りマアンナを飛ばす。

あの女神へと近づいていた。

 

 

「…………」

 

 

英霊と魔神柱。

それらの総攻撃を受けてなお、びくともせずに極光を高める恐ろしい存在へと。

 

 

「――アイツの言うとおりっぽいわねぇ」

 

 

なんとはなしにイシュタルは呟いた。

 

 

「でもまっ――世界を救うのがアンタたちの仕事でしょ?なら、ちゃっちゃと――――!」

 

 

ふわっと、立香とマシュは地面に投げ出される。

極光迸る女神の正面へ。

 

 

「世界を救っちゃいなさい!大丈夫よ!――この美と豊穣のイシュタルが最期まで見ててあげるんだから!」

 

 

魅力的なウィンク一つ。

イシュタルは、そのまま上空に躍り出てむやみやたらにビームを乱射し始めた。

 

 

「なんか、イシュタルさんらしいですね」

「ははは……」

 

 

呆れやら、元気が出たやら。

だから、それでも。二人が溢す苦笑いには緊張は無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

『――来たか』

 

ゲーティアは、立香たちよりも早くそこにいた。

女神の指先の方向――極光が、時間神殿に最初に接触するであろうポイントに。

 

 

「ゲーティア」

『…………我が第三宝具による相殺を図る。貴様らがそこで黙って見ているか――撃ち漏らしを迎撃するかは好きにしろ』

「わかった。マシュ、行ける?」

「はいっ!任せてください!!」

 

立香達はゲーティアの前に立ち、長盾を地面に打ち付ける。

迎撃の態勢――ゲーティアの力を以てしても受けきる事が出来ないのは理解出来ていた。

 

 

高まる極光。輝きは鳴り響く教会の鐘のように重く、高く、拡がりを見せている。

 

「………………」

『………………』

 

だが、立香達の周りは妙な静けさが漂っていた。

だから、ふと立香の口が開いた。

 

 

「ゲーティア」

『………………なんだ』

「この結果は予測出来なかったの?千里眼、ってのがあるんでしょ?」

『……ソロモンの“千里眼”は過去未来全てを見通す。だが――地球という星の中だけだ。“外”は、見えぬ』

「……“外”?」

『…………愚図め。この地球の外、宇宙から来る者に関しては視る事など出来ん。それだけだ』

「……そうなんだ」

 

なら、あの女神は宇宙人。それも侵略者のようなものなのだろうか。

立香はぼんやりと考える――そうやって益体の無い事を考えていないと気がやられてしまいそうになる。

 

 

「なんか変な気分だな。さっきまでいがみ合ってたのにね。でも、悪くないとも思う。……ゲーティアもそう思う?」

『七十二柱の決議を待つ必要もない――虫酸が走る』

「ははっ、だよね」

 

 

――極光は一段と輝き始めた。

英霊の意志も、魔神柱の演算も、意味を為す事は無かった。

 

――極光はまもなく放たれる。

肌でそう理解できた。

 

 

「――任せたよ」

『言われるまでもない――我らの偉業。とくと拝み、咽び泣け』

 

 

時間神殿が動き出す。

魔神柱が計画し、まんまと奪い取った人類の“熱量”。

それが今、束ねられている。

 

 

『我が偉業、我が理想、我が誕生の真意を知れ!』

 

 

立香の視界の後ろが――にわかに輝き出す。七色に輝くそれは人類の命の輝き。

何故だか、背中に妙な温かみすら感じた。

 

 

『――讃えるがいい。我が名はゲーティア!』

 

『人理焼却式――魔神王ゲーティアである!!』

 

 

ぶつかっていく人類そのものの“熱量”。

奇しくもそれは――まるで、全人類が一致団結して侵略者に立ち向かっているような、そんな滑稽さがあった。

 

ぶつかりあっていく極光と熱量。それを睨み付けていると――

 

ふと、立香達の端末にノイズが走る。しばらくして、声が聞こえてきた。

 

 

――……これは聞いているかはわからない。だけど、カルデアの医療顧問として……いや、一人の人間として君たちに伝える事がある……――

 

――……あの極光は、あり得ないほど“質量”を持ってる。地球のありとあらゆる全て――それこそゲーティアの“光輪”を以てしても勝てないだろう……――

 

 

――嗚呼、やっぱりそうか。

立香の胸中に浮かんだのはそんな感想。

金色の極光が迫ってきている。ゲーティアの偉業など塵屑のように蹴散らしながら。

 

 

『……ッッ!ウォオオオオオオオオ!!!!』

 

 

――……時間神殿は今、地球と密接に交わってる。玉座を中心にゲーティアの求める世界へと変わっていく手筈のはずだからね……――

 

――……あの極光をまともに受けたら、時間神殿諸とも地球が消し飛ぶだろう……――

 

 

からん、と足元に何かが転がった。

視線を下げると――カルデアのマークが施されたアタッシュケースがあった。

 

 

――カルデアの、今この通信以外の魔力を 根こそぎそっちに送った。……届いて ると良いん  だけど……――

 

 

ケースはいきなりパカッと勢い良く開くと――視覚化出来ているほどに濃密な魔力がマシュを包み込んだ。

 

 

――……立香 君、マシュ。ボク は君たちに謝らな い といけない 事がある。でも、面と向か って言いたいん だ。こんな 通信越しじゃ なくて……――

 

――……これ が最後の、通信……とは、思いたくな い。でも、最後と 考えて……君たち にお願い、するね……――

 

かすれ薄れていく通信。

だが、迫り来る極光の中でも、それは明瞭に聞こえた。

 

 

――……この世界を、地球を、頼む……無力なボクを赦してくれ……――

 

 

「先輩」

 

ふと、マシュの声が聞こえた。

 

「手を、握ってくれませんか」

 

立香はそれに応えるように、盾を支えるマシュの手に自らの手を重ねた。

発動し、消えていく令呪。高まる魔力。

 

それでも足りないと確信出来るほどの極光を相手に。

――二人は静かに視線を合わせる。

 

 

 

「――いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!!」

 

彼女の宝具が発動する。意志がある限り、決して崩れる事の無い守りの城を顕現させる。

 

背に世界を庇って。

全身全霊を以て、滅亡の極光に。少年少女は向かい合った。

 

 

 

 

 

 

――時間神殿は崩壊寸前まで行った。

 

言い換えれば、そこまで耐えきれた。()()()()()()()()()

創世記から現代までの人類の“熱量”と世界を救う為、勇気を振り絞った意志が、滅亡の極光を凌いだのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

「ぅ……くっ……」

 

残ったのは満身創痍の者達だけ。

立香達は疎か、英霊達も魔神柱も力を振り絞り切っていた。

敵と味方。決して相容れない者達が地球を、世界を守ったのである。

 

 

だからこそ――

 

 

――女神の指先に、極光がまた迸った時。

誰もがそれを事実として受け止めるのに時間が掛かった。

 

 

「な、ぜ……?」

 

 

息も絶え絶え。

誰かが呟いた嘆き――

 

 

 

 

「――何故?」

 

返されたのは嘲笑だった。

 

「お前達は、人差し指を動かす程度の事で疲労困憊になるのか?」

 

告げられたのは絶望だった。

 

 

「にしても、厚顔無恥にもほどがある。私は滅びよと告げた。ならば、地球諸とも消え失せろ。……やはり心臓が無いと思うように動けぬな。反省の念も込めて、念入りに消し飛ばしてやろう」

 

矢継ぎ早に告げられる言葉も耳に入ってこない。

思考すら放棄したいほどの疲労と絶望に、立香の視界が歪み始める。

 

――握られた手の平は、冷たく震えしか返さない。

 

 

脳裏に浮かぶ、家族の笑顔。

 

溢れる嗚咽も無かった。

 

 

 

 

――最早、抵抗の手段はない。

全ての者達はある種の諦めを以て、放たれようとしている極光の輝きを眺める。

 

だから、だろうか。

誰もが抵抗を止めた事で場に広がった無音の中で。

 

その声は否応無しに、時間神殿に響き渡った。

 

 

「――アシュリーさま!ストップ!すたぁぁぁぁぁっぷ!!」

 

 

――()()()()

音にすればその程度。

 

唐突に訪れた世界滅亡を告げる極光は、そんな音と共に霧散した。

 

 

――は?

 

 

それは誰が呟いたものだったか。いや、誰もが呟いてしまったものかもしれない。

巨大な女神の頭上――そこにいる、小さな少年だった。ぴょこぴょこと跳ねながら何やらアピールしているのが見えたからだ。

 

女神は責めるような目で、巨大な女神を見上げた。

 

「おい、(マアンナ)。なんでショウが外にいる。危ないから神殿の中に入れたはず」

「…………」

「なに?私の活躍を間近で見たいと言ってたから許可した?くっ、おのれ貴様――何も言えなくなるだろうが!」

 

少年は巨大な女神の手の平に立つと、間近まで女神と相対した。何やら慌てるように、女神の手を掴む。

誰もがあり得ないものを見るように眺めるしかない中――立香だけは混乱していた。

 

んんっ!――どうしたの?ショウ」

「おにいちゃんが!あそこにおにいちゃんがいるの!」

「ええ?そんな事ないわ。気のせい気のせい」

「気のせいじゃないもん!」

 

それどころか、女神が放っていた威圧も霧散した。

残ったのは、力が抜けるようななんとも軽い空気だけ。

 

「……ていうか、アシュリーさま?」

「なあに、ショウ」

「さっき、地球諸とも消えろって言ったよね。地球無くなったらおうち無くなるからいやなんだけど」

「………………」

「………………」

 

ぽかん、と浮かぶ呆然の波は、やがて時間神殿を飲み込んだ。

 

あの己を見上げる少年に優しげな瞳を向ける女神が――ほんの数十秒前は、世界に滅びを告げる極光を放った恐ろしい女神だったとは到底思えない解離を見せていたからだ。

数瞬の間が流れる。

 

「…………ちっ

「あー!今舌打ちしたー!」

「してないわ」

「絶対したもんねっ!口がへの字になってたよ!」

「してないわ」

「いや、ぜったい――」

「してないわ」

「あの――」

「してない」

「…………えっ、う。ほっ、ほんとにしてなかったの……?」

「ええ、疑われて悲しいわ」

「……ごっ、ごめんなさい」

「いいえ。いいのよ。ショウはきちんと謝れていい子ね」

「えへへ……」

 

 

 

時間神殿内の全ての者の気持ちは一致した。

 

 

――なにこれ。

 

 

 

 

 

 

 


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