Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・この小説における芳澤姉妹は双子で、同学年の別クラス。
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
「おはようございます、小田桐先生」
「ああ、おはよう明智くん。久しぶりだな」
校門の前に居合わせた教師は、僕のクラスの担任教師・小田桐秀利先生だ。
彼は香月姉弟と同じ月光館学園高校の卒業生で、香月姉弟と交流をしていたことがある。その延長線で僕らも複数回顔を合わせた程度だったが、まさか怜極学院高校の教師になっているとは思わなかった。彼が怜極学院高校に赴任してきたのは、僕がこの学校に入学したのとほぼ同時期であった。
顔を合わせたことがあろうが、懇意にしていた香月姉弟が可愛がっていた弟分だろうが、テレビや警察関係者に引っ張りだこな二代目探偵王子という有名人だろうが、先生は贔屓しない。但し、生徒の事情をきちんと汲み、できる限りの便宜を図ってくれる。彼は良い意味で、僕を特別扱いせず、一生徒として向き合ってくれる教師であった。
『昔の小田桐くんは、“聡明で有能だけど、頑固で気難しい上に不器用な人”だったんだ』
『彼、『無能な奴が嫌いで、口をききたいと思わない』って言い切った後、『この言葉の意味を逆手にとって考えてくれ。僕の真意を分かってほしい』って付け加えたの』
『言い方はとても回りくどかったけれど、根はとっても馬鹿正直で、正義感の塊みたいな性格だったの。高い理想の持ち主ってのもあって、自分にも他人にも厳格なタイプだった』
『真次郎さんに負けず劣らず、小田桐くんも紳士的な人だったよ。遅い時間になると、『早く帰るように』って言って、戸締りを引き受けてくれたから』
小田桐先生の話を香月姉弟にしてみたら、命さんは懐かしそうに目元を緩めた。
当時のことを思い出したのか、理さんも口元を緩める。
『小田桐は、同学年の中では抜きん出た視野と視点の持ち主だった。……同時に、自分の掲げる正義や理想に対して、強い誇りを持っていた男だったよ』
『だから、一時は生徒会の役員同士で大モメして孤立したこともあるし、
『彼の審美眼は凄かった。人を見る目はとても優れていたし、本人もそう自負してた。だから、一度信頼した人間のことは、全てを敵に回してでも守ろうとする』
『無能な強者の傲慢に対して、あいつは人一倍敏感だった。同時に、どんなに小さくとも、自身にもその気があると察したら素直に自信を鑑みて、認め、反省できるんだ。……強い奴だよ』
香月姉弟と小田桐先生との間に、どんなやり取りがあったかは分からない。でも、3人の間にはかけがえのない絆が存在していることは、一目見て分かった。
小田桐先生が僕に便宜を図ってくれるのは、絆の延長線の分も上乗せされているのだと思うことがあった。そのことを素直に小田桐先生へ告げた際、眉間の皴を数割増しにしてため息をつかれたことは未だに忘れられない。『単なる延長線だけなら、融通を利かせるために手を尽くしたりなんかしない』と。
どんな形であれ、明智吾郎を信じ、助けてくれる人がいると言うのはとても嬉しいことだ。高校進学以降――彼が僕の担任でなかった頃から――、僕はずっと小田桐先生に助けられている。彼の信頼に応えるためにも、救済措置用の課題をこなし、補講をきちんと受講し、テストでは高得点を叩き出さねばなるまい。
元々、僕は特待生枠で返済不要の奨学金を借りていた。“一定の成績を保たないと奨学金を打ち切られ、違約金を支払うタイプ”で、条件が『総合成績が上位10位以上』という厳しいものだ。
有名人補正で甘い補正がつくのかもしれないけれど、それに対する不平不満や嫉妬、やっかみがどこで影響するか分からない。足を引っ張るための材料にされる危険性だってある。
誰にも文句を言わせたくなかった僕は、テスト毎に学年1位を死守することで実力を証明した。大半の教師は、成績と素行が善ければ多少のことに目を瞑ってくれるためであった。閑話休題。
「確か、今日でしたよね? 新任の先生が来るの」
「ああ。今回はその旨を生徒に周知させるため、HR後に全校集会が開かれる流れとなっているな」
僕の問いかけに、小田桐先生は淀みなく答えた。
「本来なら始業式で紹介される予定だったんだが、アクシデントが発生し、今日に延期されていたんだ」
「アクシデント?」
「暴走車から通行人を庇い、車に接触して入院していたらしい」
小田桐先生は何とも言い難い顔をした。幸い、その教師は脳震盪を起こしたものの軽傷だったし、庇われた通行人は転倒した際の掠り傷程度で済んだのだと言う。
無事じゃなかったのは暴走車の運転手で、彼は電柱と車除け用の柵に激突したらしい。即死だったそうだ。周囲の証言と検死結果から、酒気帯びと脇見運転のダブルコンボだったという。
「新聞では『車は通行人を庇った赴任予定の教師を逸れたが、逸れ方が普通じゃなかった』とあったな。『何かに弾き飛ばされたように軌道が変わった』とも」
詳しい話を聞けたのはここまでだった。小田桐先生は準備のために職員室へ、僕は教室へと向かったためである。
教室に足を踏み入れれば、有名人に興味津々のクラスメートたちが声をかけてきた。僕は適当に相槌を打ちながら、体育館へ異動する準備をした。全校集会が始まる時間が近づくうちに、生徒たちもどやどやと移動を始める。移動速度が遅いのは、体育館まで行って教師の長話に付き合うことが嫌だからだろう。
実際、怜極学院高校の校長の話は結構長い。眠気を誘発させる系の声質であることや、話の内容に面白みがないことも相まって、非常に退屈なのである。大半がテレビやネットニュース、もしくは教師の虎の子・スピーチ用のマニュアルから引用しただけのものばかりだ。欠伸を噛み殺す生徒の気持ちは俺でも分かる。
けれど僕は二代目探偵王子・明智吾郎。真面目で品行方正の優等生にして、非の打ちどころのない好青年で通っているのだ。最低でもメディア露出している間だけは、このキャラクターを守り抜かねばならない。いつ、何時、どのような形で、妨害や横槍が入れられるか分からないのだから。
……探偵王子のメディア露出は、僕が本懐を果たすまで終わらない。獅童正義の罪を白日の下に晒し終えるまで、僕は探偵王子を続けるつもりでいる。
始めた頃は長期戦を視野に入れていた。けれど、黎が奴に理不尽な冤罪を着せられて以降、俺は一刻も早く、全てを解決したくて堪らなかった。
(俺はいつまで、探偵王子を演じ続けなくちゃいけないんだろう?)
正直な話、探偵業の収入は不安定だ。後ろ盾のない孤児で収入が不安定な人間が、現在はほぼ形骸化しているといえど、由緒正しい旧家の娘の伴侶になれるだろうか?
俺の予想では十中八九、親戚連中からの横槍が入る。「そんな低俗で不安定な職に就いた人間を跡取りにするなんて」等と言って、俺と黎を無理矢理引き裂く口実にするだろう。
例え俺の肩書が有名人であろうとも油断できない。ただでさえ、最近は『タチの悪いファンやアンチが、ネットや現実で猛威を振るう』という話題が多く出ているのだ。そこも責められそうである。
(メディア露出って、却って悪手だったんじゃないか?)
共演した芸能人たちの悲喜交々を思い出す。過激なファンやアンチが関係者に害を成したなんて話、日常茶飯事であった。
いや、奴らだけじゃない。気に食わない芸能人の荒探しの果てに、適当な情報をでっち上げる記者や報道関係者だっている。最近はSNSやソーシャルメディアも普及しているから、個人であっても、匿名であらぬ噂を流せば同じ結果を得ることだって可能だ。
冷静に考えれば考える程、メディア露出のデメリットが大きいことに気付いた。自分の判断の甘さや浅はかさを見せつけられたような心地になり、僕は内心頭を抱えて絶叫したい気持ちに駆られる。でも耐えた。だってここは、怜極学院高校の全生徒が集う体育館の中なのだから。
(……どうして、あの頃の俺は『メディア露出に拘っていた』んだろう?)
「では、これより全校集会を始めます」
僕が当時の心境に思いを馳せたのと同じタイミングで、全校集会の始まりが告げられた。
教師陣の長ったらしいスピーチの後、壇上に立ったのは1人の女性であった。癖のあるミディアムヘアと、清潔感と素朴な雰囲気のあるナチュラルメイク。
170cm超えと思われる程の高身長は、パッと見た印象としては『モデル体型』が当てはまる。けれど、その動きはスポーツ経験者の名残があった。
女性は威風堂々とした佇まいでマイクを取り、自己紹介を始める。
一挙一動がスローモーションのように見えたのは、どうしてだろうか?
透き通った声がマイクによって増幅され、体育館中に響いた。
「――初めまして。怜極学院高校に赴任してきた
まるで固定されてしまったかのように、僕は彼女――丸喜留美先生から目を逸らすことができなくなった。
何故、丸喜先生を凝視してしまうのだろう。僕と彼女は初対面で、何の関りもなかったはずだ。なのに、どうして。
“
「みんなは、旧姓の方が馴染み深いかしら? 旧姓は
――
「佐渡谷って、あの佐渡谷選手!?」
「新体操の金メダリストだよね!? 事故の怪我で現役を引退した……」
自分でも訳が分からない事を考えたのと、丸喜先生の旧姓を聞いた女子生徒たちが黄色い声を上げたのは同時だった。彼女たちの指摘を受けた丸喜先生が、パッと表情を輝かせる。ざわめきを制した教頭が、丸喜先生の経歴――新体操選手・佐渡谷留美の経歴をかいつまんで説明した。
大会では常勝・台乗りが当たり前で、大学生の時にはオリンピック選手に選ばれて金メダルを取った実力者。大会後の帰りに起きた不慮の事故によって指導者を失い、自身の選手生命も絶たれてどん底状態に陥った。しかし彼女は再起して、指導者への道を歩んだのだ。
――最近、どこかで似たような話を聞いたことがある。
確か、僕が怜極学院高校の推薦入試に受かった頃だった。至さんにとっては“何かと縁があった(但し、僕と顔を合わせる縁は無かった)”クラスメートが、長らく交際していた恋人と結婚することが決まった。至さんは彼女の結婚式に出席するため、1泊2日で京都へ行くことになったのだ。僕は勿論、黎と一緒に八十稲羽で留守番していた。
結婚式が終わった後、至さんがぽつぽつと話してくれた夫婦の経歴が脳裏をよぎる。僕とは殆ど縁のない人たちだったから、話半分で聞き流していたことを思い出した。でも、ざっくりと覚えている限りの経歴――特に、妻に関する情報は、教頭が話す内容と非常に酷似している。
「丸喜先生は、当時の新体操の強豪高校だった聖エルミン学園高校の卒業生で――」
そんなことを思っていたら、情報が投げ込まれた。
女性の外見から年齢を想像するのは非常に難しいが、丸喜先生の外見からして、至さんと同年代だろう。そして、卒業した高校は聖エルミン学園高校――つまり、至さんと同じ学校だ。
僕はペルソナ使いの高校生たちと親交を深めていたけれど、ペルソナと関係ない面子とは殆ど交流していない。寧ろ、
同時に、人間は『第三者に開示する情報は、状況に応じて大きく変動する』ものだ。明かせるものもあれば、明かせないものもある。交友関係だって情報の1つだ。僕が知らなくて当然だろう。
僕がぐるぐる考えている間に、全校集会は終了した。丸喜先生の担当教科は女子の体育と保健で、新体操部の顧問となったらしい。
探偵王子としてメディア出演や警察に協力している僕にとって、丸喜先生とは接点を持ちにくい関係である。持つ必要性も薄かった。
(それなのに、どうして、嫌な予感が拭えないんだろう――?)
誰かが必死に警笛を鳴らしているような錯覚に見舞われたせいだろうか。
僕はどうしても、丸喜先生から目を離すことが出来なかった。
*
その日は、丸喜先生とそれ以上のやり取りをすることはなかった。接触するための用事を思いつくよりも、今日が終わってしまう方が早かったためだ。
それに今は、異世界で黎を襲った変態教師――鴨志田卓についての情報収集が急務である。
僕はスマホに情報を入力し、早速【メメントス】の探索へと乗り出した。
――同じ頃、黎たちが厄介ごとに巻き込まれて九死に一生を得ていたことなど知らないで。
◇◆◆◆
坂本竜司にはとても仲の良い弟分がいる。……いや、今となっては、仲良くしていた弟分が『いた』と表記する方が正しいだろうか。
彼は一昨年の5月頃、竜司の近所に引っ越してきたらしい。らしい、というのは、彼と初めて出会ったのが夏休み前の次期だったためである。当時陸上部エースだった竜司は走ることが大好きだった。大会では何度も入賞し、仲間やコーチからは期待され、母は自分の活躍を喜んでくれていた。何もかもが順風満帆だったのだ。
弟分と出会ったのも、“陸上部のエース”としての坂本竜司が輝かしい未来を信じていた頃だった。練習だけでは飽き足らず、趣味までもがランニングだった竜司が近所の公園を通りかかったとき、ふと目を惹いた光景があった。公園の片隅に、小学生ぐらいの子どもたちが集っている。
徒党を組んだ子どもの集団と相対峙するのは、たった1人の男の子だった。どう考えても不利だと言うのに、男の子は怯むことなく立ち向かう。彼は何かを取り戻そうと、必死に背伸びしている。多勢に無勢の状況を放っておけず、竜司は子どもたちの群れに割り込んだ。
『お前ら、何やってるんだ!?』
子どもの群れは竜司を目にした途端、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。手に持っていたものを投げ捨てて、わき目もふらずにだ。
男の子は捨てられたもの――メダルのようなデザインのキーホルダーを手に取った後、安堵したように微笑む。そうして、竜司の方に向き直った。
『助けてくれてありがとう、お兄ちゃん』
――それが、弟分との出会いだった。
この事件をきっかけにして、竜司は弟分と話すようになった。弟分が多勢に無勢の状況に陥っていたのは、彼が新参者であることと、運動音痴であることが原因だったという。
彼が東京に越してきてすぐ、小学校の運動会があったらしい。弟分はそこで運動音痴っぷりを露呈させ、同じ組の面々から顰蹙を買ったという。
“彼がリレーで転んだせいで、チームが最下位になった”――彼が没収されかけていたあのキーホルダーは、その罰としての徴収品だったそうだ。
キーホルダーは父親からの贈り物で、弟分にとっての宝物らしい。普段は仕事で忙しいけれど、いつも弟分のことを気にかけており、休みの日は一緒に遊んでくれる自慢の父親なのだという。彼が東京に越してきたのも、父親が東京へ転勤になったためだ。
『……運動は前から苦手だったけど、今じゃあもう嫌いだ。走ることはもっと嫌いだ』
彼の悲痛な叫びを聞いた竜司は憤慨した。弟分に対する理不尽ないじめに激怒した。
同時に、弟分にも運動の楽しさを――走ることの楽しさを知ってほしいと、心から思った。
『それじゃあ、にいちゃんが教えてやるよ! 今よりも、ずっとずーっと速く走れるようになる方法をさ!』
『本当!?』
『ああ! 任せろ!』
この日から、竜司は彼に速く走る方法をレクチャーするようになった。自分を伸ばしてくれたコーチの教えを思い出しながら、弟分にもそれを教える日々が続いた。
竜司の教え方が良かったのか、それとも弟分の才能が開花したのかは分からない。けれど、竜司が弟分に走り方を教えて以来、彼のタイムは劇的に変貌を遂げた。
『自分を虐めていた面々にかけっこで勝負を挑み圧勝した』という知らせを齎されたときは、お祝いがてら牛丼店で牛丼を奢った。彼は牛丼が大好きらしく、とても喜んでくれた。
竜司は一人っ子だったので、まるで弟ができたように思った。時間を見つけては公園に足を運び、弟分と走りながら喋ることもざらであった。『機会があったら、2人で一緒に都内のマラソン大会に出てタイムを競おう』という約束だって交わしていた。
そんな楽しい日々は、鴨志田卓という暴力教師のせいで壊されてしまった。
奴のせいで竜司は足を潰され、二度と陸上で走れなくされてしまったのだ。
鴨志田に暴力で反撃したのが運のツキで、竜司は不良のレッテルを張られた挙句、“鴨志田に暴力を振るった竜司のせい”で陸上部も潰されてしまった。母は自分が至らないせいだと泣き崩れ、仲間は竜司を恨んで誰も声をかけてくれなかった。竜司が事件を起こした不良であるという話は近所にも広がり、近所の人々も竜司を遠巻きにするようになる。
……だが、弟分だけは、竜司を案じてくれた。まだ小学生だと言うのに竜司を気遣い、竜司を陥れた鴨志田に対して怒ってくれた。竜司は悪くないと言ってくれたのだ。竜司にとって、彼の言葉は救いだった。――だから、弟分が竜司と一緒にいるせいで、彼まで悪く言われることに我慢できなかったのだ。
竜司と行動を共にしていた弟分が周囲から孤立していることには、薄々気づいていた。だから、竜司は彼との接触を断った。公園にも行かなくなったし、街中で彼と出会っても睨みつけて無視するようにした。その度に、弟分が悲しそうな顔をして俯くのを見た。……胸が痛くて、苦しくて、堪らなかった。
そうして、竜司と彼の絆は途切れ、自然消滅した。
――そのはずだったのに。
「――お前が、竜司にいちゃんを走れなくした悪者なんだなっ!?」
今、竜司の目の前に躍り出た小さな影こそ、件の弟分だった。
黎が拘束され、モルガナが倒れ、この異世界で戦える者たちは誰もいない。鴨志田のシャドウは高笑いしながら竜司を馬鹿にした。竜司もまた、奴の言葉に打ちひしがれていた。
そんなときに飛び出してきたのが弟分である。彼はどこから調達してきたのか、大量の小石を抱えていた。それを思い切り、鴨志田のシャドウに投げつける。
石は奴の目に当たった。曲がることも逸れることもなく、真っ直ぐに。それを確認する間もなく、寧ろ皮切りにして、弟分は意思を投げつけ続ける。それらはすべて鴨志田のシャドウにぶつかった。まるで吸い込まれるかのようだった。
見張りの兵士たちが言っていた“もう1人の侵入者”とは、竜司が黎の【イセカイナビ】を起動した際に巻き込まれた弟分のことを指していたらしい。彼の接近に気づかず竜司はアプリを起動したため、そのまま鴨志田の【パレス】に迷い込んでしまったのだろう。
自他ともに認める“猪突猛進で頭が回らない”竜司がようやくそこに至ったのと、弟分が吼えたのはほぼ同時。
「お前のせいだ! お前のせいで、お前のせいで竜司にいちゃんが……ッ! 僕の大好きな竜司にいちゃんが!」
「このガキ……!」
「返せよ! 竜司にいちゃんの足を返せよぉ! 竜司にいちゃんに謝れ! 謝れよぉぉ!!」
石を投げつけながら泣き叫んでいた弟分だが、所詮は子ども。あっという間に鴨志田の配下によって拘束されてしまった。
万事休すだと言うのに、彼は怒りをぎらつかせて鴨志田を睨む。それを見た鴨志田の顔が醜悪に歪んだ。
「オマエのその面……昔、オレ様に大恥をかかせてくれた野郎とよく似てるな。ムカつくぜ……!」
奴は顎をしゃくって兵士に合図する。兵士は即座にどこかへ引っ込むと、すぐに戻って来た。持ってきたのは大剣である。恭しく傅いた兵士からソレを受け取った鴨志田は、ゆっくりと弟分へと歩み寄る。奴の目は、弟分の脚に向けられていた。
竜司の脳裏に浮かんだのは、膝を壊して二度と走れなくなったときの記憶だ。鴨志田は竜司の脚と陸上部のエースとしての将来だけでなく、それ以上のものを――竜司の大事な弟分の脚までもを奪おうとしている!!
大事なものはもう帰ってこないけど。あの日に戻ることは二度とできないけれど。だからといって、これ以上、黙って奪われてたまるものか。これ以上、このクズの横暴を許してはおけない――!
「鴨志田を許せないんでしょう?」と黎に問われ、同時に、弟分を守りたい一心で竜司は立った。湧き上がる怒りをそのままに、鴨志田と対峙する。
次の瞬間、竜司は凄まじい頭痛に見舞われた。自分の中から響く“もう1人の自分”の言葉に従い、竜司は仮面を剥がす。――顕現したのは、竜司のペルソナだ。
体の奥底から力が湧き上がってくる。――そうだ、この力があれば借りが返せる。
「ブッ放せよ、キャプテンキッドォォ!」
竜司の咆哮に呼応するが如く、キャプテンキッドはシャドウに攻撃を仕掛けた。衛兵は即座に雑魚を召喚して身を固めたが、降り注ぐ雷が雑魚どもを一掃する。
部下を失った兵士は狼狽し――その隙を突く形で、黎のペルソナとモルガナのペルソナが顕現する。前者がアルセーヌ、後者はゾロといったか。
アルセーヌが放った赤黒い呪詛の闇とゾロによって発生させられた風によって、シャドウは断末魔の悲鳴を残して消滅した。呆気ない幕切れである。
「おい、坂本。このガキがどうなってもいいのか!?」
「テメェ卑怯だぞ! 鷹司を放せ!!」
だが、鴨志田は尚も抵抗した。新たな衛兵を召喚した上で、弟分――鷹司の脚に剣を突きつける。
弟分は腰が抜けてしまったのか、身動きできないでいた。形勢逆転とばかりに鴨志田が嗤う。
――だが、次の瞬間、奴のにやけ面は凍り付いた。奴の視線が一点に集中する。
「――久しぶりだな、鴨志田。まさか、妻だけでなく息子の鷹司も世話になるとは思わなかったぜ」
かつん、かつんと床を打つ音。現れたのは、蒼を帯びた黒髪のサラリーマンだった。その顔立ちは鷹司とよく似ている。
「お父さん!」
「やっぱりコイツはテメェのガキか! 聖エルミン学園の伝説――裸グローブ番長、城戸玲司!」
「マジかよ!? あの人が、鷹司の親父さんだって!?」
「玲司さん……」
鷹司がぱっと表情を輝かせ、鴨志田が醜悪に顔を歪める。竜司は驚きで声を上げ、モルガナが目を丸くした。対して、黎は以前から鷹司の父親――城戸玲司を知っていたようで、彼の名を紡ぎながら口元を緩ませる。
竜司は状況に追いつけなかった。鴨志田のパレスに迷い込んでいたのは鷹司だけでなく、玲司もいた。もしかして、衛兵たちが大騒ぎしていた原因は、鷹司でなくて玲司だったから? だとしたら、玲司は鷹司と同じ場所にいたということになる。
……いや、それ以前に、【パレス】と呼ばれる異世界にペルソナ能力がない人間が迷い込んだらヤバいことになるのではなかろうか。城の中にはシャドウがうじゃうじゃいて、並大抵の人間では歯が立たない。つい数分前までひ弱な存在でしかなかった竜司は、身を以て体験していたから知っている。
鷹司を巻き込んだだけでなく、鷹司の父親である玲司にも何かあったら――今度こそ、竜司は鷹司に顔向けできなくなってしまう。
竜司は慌てて玲司を止めようと手を伸ばした。だが、それは彼の肩を掴むには至らない。竜司の目の前には、大きくて頼りがいのある背中があったからだ。
背中で語る漢とは、この姿のことを言うのだ――竜司は漠然と、そう理解した。つばを飲み込んだ音がやけに大きく響く。
「お前があのとき邪魔しなければ、織江はオレ様のモノだったのに……! またキサマに邪魔されるっていうのか!?」
「お前の学習能力の無さには呆れるぜ、鴨志田。何度も同じようなことを繰り返しやがって……。大人の女じゃ思い通りに動かせないから、今度は学校の女子生徒を毒牙にかけようってか? ……悪いことは言わん、やめとけ。特に、そこにいる有栖川のお嬢様はな」
玲司は呆れたように肩をすくめた後、ちらりと黎を見やった。その眼差しはとても優しい。まるで、妹分を見守る兄貴分みたいだ。彼の纏う気迫とのギャップに、竜司は目を丸くする。
次の瞬間、玲司の纏う気迫が更に鋭くなった。きぃん、と、不可思議な音が聞こえてきたように感じるのは何故だろう。自分の中にいる“もう1人の自分”――キャプテンキッドが反射的に後ずさったのは。
(あの人は、強い。相当な場数を踏んでる――!!)
「あのときとは違うぞ、聖エルミンの裸グローブ番長。ここはオレ様の城だ。オレ様のホームグラウンドだ。貴様なんぞに負けん!」
鴨志田はそう叫ぶなり、鷹司を取り囲んでいた衛兵すべてを玲司へと差し向けた。衛兵はシャドウとしての姿を取り、玲司の元へと襲い掛かる。
先程とは違い、竜司は玲司に手を伸ばさなかった。
果たして竜司の予想通りの光景が広がった。凄まじい光と共に、玲司の背後に“それ”が顕現する。彼が宿しているペルソナが、凄まじいオーラと共にそこにいた。
鴨志田が後ずさる。衛兵は凍り付いたまま、微動だにしない。玲司は涼しい顔を崩さぬまま、右手を天高くに掲げた。
「――Go、ルシファー」
――轟音。
凄まじい光によって衛兵たちが灰塵と化す中で、ピンクのマントを翻した鴨志田が走り出すのがちらりと見えた。文字通り、脱兎みたいだった。
追いかけようにも、玲司のペルソナが打ち放った光がそれを許してはくれない。無理に突っ込めば、今度は竜司が衛兵と同じ末路を辿るであろう。
それを咎めようとは微塵も思わなかった。だって、あんな圧倒的な力を見せつけられて、あんな力を振るっていても涼しい顔をしている玲司を見て、竜司如きが何を言えるのか。
光が止んだ後、絢爛豪華だった城内の大部屋は荒れ果てていた。絨毯も装飾品も塵芥となり、ボロボロになった床、柱、階段が残るのみだ。
モルガナが吐息のような悲鳴を上げる。黎はパチパチと拍手していた。鷹司は「流石お父さん!」と言って、満面の笑みを浮かべて玲司に抱き付いている。
「竜司にいちゃん!」
半ば放心状態で蹂躙劇を見上げていた竜司の足元に衝撃が走る。見れば、満面の笑みを浮かべた鷹司が竜司に抱き付いているところだった。彼の双瞼は、あの頃と変わらず竜司を慕っている。彼の脚は無事だ。鴨志田に踏みにじられそうになった鷹司の未来は、失われなくて済んだのだ。
竜司は鷹司の名を呼び、彼と同じ目線に屈んで抱きしめた。――守れたのだ。守り抜けたのだ。大切な弟分を、竜司は。
不意に、足音が聞こえてきた。見上げれば、優しい目をした玲司が竜司と鷹司を見つめているところだった。
「た、鷹司の親父さん。俺、俺は……」
「――ありがとな。鷹司を守ってくれて」
何かを言わなくてはと思って口を開いた竜司を宥めるように、玲司は笑った。そうして、竜司の頭を撫でる。――その手使いもまた、優しい。
竜司の父親は浮気し、母と竜司を捨ていった。奴がまだクソ野郎になる前までは、確かに竜司には父親がいて、自分の頭を撫でてくれた。
あの頃の感覚が急に甦ったような心地になり――次の瞬間にはもう、竜司は泣いていた。言葉にならぬ声を漏らしながら、ただただ泣いていた。
◆◇◇◇
「――と、いう、ワケです。……すんません」
坂本竜司はそう言って、俺から凄まじい勢いで目を逸らした。こめからみから冷や汗を流している様子からして、自分がどんなことをしたのかを理解したのだろう。
【イセカイナビ】を所持していると判明しているのは、俺と黎だけである。他にも使える人間がいることは分かっているが、そいつとはあの殺人現場以外鉢合わせていない。そして、竜司は以前、黎と共に偶然異世界に迷い込んだ。
今回、黎たちが異世界に突入する羽目になったのは坂本竜司のせいだった。奴は鴨志田のパレスにもう一度向かおうとして、黎のスマホをいじったらしい。そのせいで、黎は俺へ「迷宮へ行く」という連絡ができなかった。
それだけではない。偶然その場に居合わせた城戸親子――まずは鷹司くんが竜司に気づいて(以前からこの2名は交流があったらしい)奴の元へ駆け寄り、それを追いかけた玲司さん――も鴨志田の【パレス】に迷い込んでしまったという。
「キミ、本ッッッ当に、考え無しなんだね! このバカ猿!」
「さ、猿って! あんた――」
「黙れパツキンモンキー。お前の無鉄砲のおかげで、黎や玲司さんたちがエライ目に合ったんだぞ……!? この責任をどう取るつもりだ? えぇ!?」
「あああああああっあああ! すんませんすんませんすんませんんん!」
奴の顔面を思いっきり鷲掴みにして、俺は顔を近づけた。竜司の瞳に映る俺の笑みは完全に歪んでいる。正直、探偵王子の弟子としての優男面なんて保てるわけがない。
黎を鴨志田という変態教師の元へ送り込む時点で不安しかないのに、更に既知の戦友とその息子が巻き込まれて平然としていられるほど、俺は人でなしではないのだ。
「もういいだろう、吾郎。コイツのおかげで鷹司も黎も無事だったんだ。そのことに対する礼を言ってやれ」
玲司さんは涼しい顔のままラーメンを啜った。鷹司くんは既に夢の中で、気持ちよさそうな寝顔を曝しながら父親の隣に寄りかかっている。
「竜司は恩人だよ。彼がいてくれなければ、私は最初の時点でシャドウの鴨志田に犯されていたかもしれないんだ」
「黎……」
「それに今回だって、竜司がペルソナ能力に目覚めてくれなかったらどうなってたか……」
「……了解」
慈母神の如き黎の優しさを無碍にするわけにはいかない。非常に、非ッッッッ常に不愉快だが、彼女の優しさに免じて俺は手を離した。鷲掴みから解放された竜司はほっとしたように息を吐く。間髪入れず、俺は竜司に耳打ちした。
「次、黎を危険な目に合わせたらどうなるか……分かるな?」――普段よりワントーン低く言えば、竜司は顔を真っ青にして震えあがった。壊れた人形宜しく、奴はがくがくと首を縦に振る。満足した俺は、メディアでも見せる爽やかな笑みを浮かべた。
これで竜司も暴走を控えてくれれば助かるのだが。そんなことを考えながら、僕は黎の隣に腰かけた。現実世界に帰還した彼女の身体には傷が一切残っていないけれど、迷宮内では散々戦ってきたのだろう。その横顔には、僅かだが疲労の色が滲んでいる。
俺の視線に気づいたのだろう。黎は柔らかに微笑んで、俺の手を握り返してくれた。大丈夫だと告げるかのように。
俺もまた、黎の手を握り返す。この温もりが失われなかったことを喜び、感謝するように。
「……あ、そうか。そういうことか」
「ああ、そういうことだ。分かるな?」
「ハイ。よく分かったッス。頑張りマス」
竜司と玲司さんが通じ合ったようにして頷き合う。玲司さんは涼しい顔のままだが、竜司は生気の大半を持っていかれたかのように虚ろな顔をした。まるで、巌戸台を徘徊していた無気力症患者や、滅びを迎えた珠閒瑠市で跋扈していたという影人間みたいだ。
「……昔から、よく言われてたんスよ。“お前は気が短すぎる”とか、“感情的になりやすい”って」
ラーメンも空になった頃、ぼそりと竜司が呟いた。自分の短所について、彼はきちんと理解していたようだ。「でも」と彼は言い募る。
「それでも、踏みにじられてゆくものを黙って見ていられなかった」――成程。彼もまた、黎と同じような気質を持っているらしい。
「竜司。確かにそれは、お前さんにとっての弱点だ。……でも、そういう理不尽を素直に“おかしい”と言えることは、とても大事なことだからな。その気持ちを忘れるんじゃねェぞ」
「う、ウス! あざっす!」
玲司さんはそう言って、ウーロン茶を煽った。竜司はパアアと表情を輝かせ、ぺこぺこと頭を下げた。
嘗て御影町を救った英雄も、今では働く社会人である。社会の理不尽に辛酸を舐めたこともあるだろう。それでも彼が折れてしまわなかったのは、セベク・スキャンダルで得たものを失わずにいたためだ。かけがえのない人々がいたからだ。
玲司さんを見ていると、何となくだが、神取鷹久の面影を感じ取る。神取と玲司さんは異母兄弟であるから雰囲気が似通っていて当然なのだが、3年後の珠閒瑠市で彼と顔を合わせたときは、神取と見間違えてもおかしくないくらいの顔立ちと髪型になっていた。
悪神ニャルラトホテプに魅入られ、『駒』にされてしまった神取。航さんたちよりも先に力に目覚め、自身が何に魅入られているのか知ったが故に、セベク・スキャンダルの黒幕となった男。――悪というには、あまりにも真っ直ぐだった男。
彼は最期まで、自分の役割を全うした。悪神の『駒』として、けれど次世代のペルソナ使いたちのために道化を演じてみせた。『自分を斃せなければ、世界は救えない』――奴の言葉が、佇まいが、敗者という名の勝利者として消えていった姿が、今でも鮮烈に残っている。
神取とよく似た面持ちになった玲司さんだけれど、彼を見入って力を授けたのは――役に立ったためしはないが、一応――善神であるフィレモンだ。神取とは対照的に、光の側面から次世代のペルソナ使いを導いていくのだろう。……俺はそんなことを考えながら、玲司さんに視線を向けた。
「どうした? 吾郎」
「……玲司さん、神取と似てきましたね」
「――そうか」
意地悪な質問だと分かっていた。けど、玲司さんは柔らかに笑う。その面持ちは、どことなく誇らしげだった。
彼の憎しみもまた、答えを得て“この形”へと辿り着いたのだろう。俺は鷹司くんの顔を見つめた。
神取鷹久の鷹に、城戸玲司の司。――玲司さんが赤ん坊にこの名をつけるのだと語ったとき、とても幸せそうに笑ってことを覚えている。
竜司は意味が理解できずに首をかしげていたが、ふと思い至ったように手を叩いた。
彼は何か、引っかかることがあったらしい。
「そういや、玲司さんは鴨志田のヤロウと因縁があるみたいですけど、何があったんスか? 【パレス】の中で派手に言いあってたっスけど……」
「ああ、奴は織江――家内との馴れ初めに関わってるんだ。鴨志田の野郎に言い寄られていた家内を、俺が助けた」
「鴨志田が!?」
「そうだ。家内曰く、鴨志田には以前から言い寄られていたそうだ。あのときは襲われる一歩手前だったらしい。あの野郎、メンチ切っただけですぐ逃げ出したよ」
当時の光景を思い出したのだろう。玲司さんは苛立たし気に舌打ちした。聖エルミンの裸グローブ番長と呼ばれていた頃の気迫を感じ、僕は思わず身を固くする。竜司は反射的に目を逸らしていた。そんな脇で鷹司くんはぐっすり眠っているし、黎は普段通りの態度でいる。
確かに玲司さんの言葉通りだった。探偵組と連携して調べた鴨志田卓の経歴を思い出す。どこをどう見ても華々しい成功者であり人格者として通っているが――ただ単に“問題になっていない”だけで――、奴は裏の方で色々やらかしていたらしい。
しかも、かなり早い段階から「自分よりも弱い人間を狙う」ことを心掛けていたようだ。【メメントス】を徘徊していた鴨志田の被害者――その殆どが泣き寝入りしていた――を探し当て、やっとこさ引き出した情報である。
だが、まさか、玲司さんの奥さんが鴨志田に喰われかけていたとは思わなかった。いよいよ鴨志田のヤバさが浮き彫りになって来る。自然と眉間に皺が寄った。
「こうなると、心配すべきことは暴力行為だけじゃない。性犯罪もだ」
「鴨志田と親しくしているか、鴨志田に弱みを握られている女子生徒が本格的に危なくなってくるね。奴の餌食になる前に、未然に防ぐことができたらいいんだけど……」
「……ってことは、まさか……!」
黎と俺の話を見解を聞いた瞬間、竜司の顔が青くなった。この様子だと、奴は“鴨志田と親しくしている、あるいは鴨志田に弱みを握られている”女子生徒に心当たりがあるらしい。黎に名前を呼ばれた竜司は、感情が赴くままに情報を提供してくれた。
鴨志田のお気に入りになっている女子生徒の名前は高巻杏。アメリカ系のハーフで、外国人と同じレベルの金髪碧眼美女。親が世界的なデザイナーという縁で現役女子高生モデルをやっている帰国子女だそうだ。友人はあまりおらず、クラスメートの鈴井志帆を唯一無二の親友としているらしい。
高巻杏はいつの頃からか、鴨志田に媚びを売るようになったそうだ。何か心当たりはないかと尋ねると、竜司は唸りながら必死に記憶を手繰り寄せてくれた。
「丁度その頃、あいつの親友がバレー部のレギュラーになったような……?」――と、奴はたどたどしく呟く。それが、坂本竜司の精一杯であり限界だった。
テストで燃え尽きた上杉さんや稲葉さんよろしく真っ白になった竜司だが、こちらにとっては充分ファインプレーだと言えるだろう。後日、何か驕ってやるとしようか。
「……鴨志田の野郎、本当にあの頃と何も変わってないみたいだ」
「玲司さん。お気持ちは分かりますが、今の貴方は城戸家を守る大黒柱であり、鷹司くんのお父さんです。その役目を疎かにしないでください」
「分かってるさ。だが、何かあったら呼べ。出来る限り、必ず力になる。……至や航らにも声をかけておけよ」
「ありがとうございます」
そこまで話して、玲司さんは腕時計を見た。いくら奥さんに「鷹司くんの友達に食事を奢って遅くなる」と連絡していたとて、そろそろ帰らないと大変なことになるだろう。玲司さんは申し訳なさそうに頭を下げ、鷹司くんを背負って店を出た。5人分の会計を済ませることも忘れない。
僕たちも長居するつもりはないので、お冷を1杯飲み干してから店を出た。地上の星の光が激しすぎて、空に瞬いているはずの星がよく見えない。
それぞれの帰路に就こうかというところで、「あの」と、竜司が声を上げた。慣れぬ敬語を使おうとするあまり、会話にさえ支障をきたしかけている。
「あー、その……」
「……もういっそ、タメでいいよ」
……なんだか見ていられなくなったので、僕は提案した。竜司は目を丸くする。「いいんスか?」と何度も問いかけるのは、ファーストコンタクトの際ついうっかりお披露目してしまった禍々しい笑みが原因なのかもしれない。
僕が頷くと、竜司はお伺いを立てるように黎を見た。黎は一瞬目を点にしたが、「本人が許可を出したから大丈夫だよ」と答えた。竜司は若干警戒するように身を縮ませた後、恐る恐る僕の名前を呼んだ。
「吾郎」
――あれ、と思った。
得体の知れぬ違和感に、俺は内心首を傾げる。
違和感が去った後、次に訪れたのは強烈な歓喜。
「何? 竜司」
「……悪かった。黎を危険な目に合わせちまって」
「ああ、もう怒ってないけど――」
「――それと、ありがとな。吾郎のおかげで、鴨志田を止める手立てが掴めるかもしれねーから! この借りは、絶対返すからな!!」
「それじゃ、ごゆっくり!」とだけ言い残し、竜司は一気に走り去ってしまった。また何かやらかしそうな予感がひしひしとするが、ああなってしまった以上、僕が彼を引き留めることは難しそうだ。
先程のラーメン屋で聞いたことだが、彼は元々陸上部のエースをしていたらしい。だが、鴨志田の体罰によって膝を壊してしまったという。現役で活躍できなくなったとはいえ、竜司の俊足は充分生きているように思った。
軽やかな足取りを見ていると、鷹司くんと楽しそうに話していた竜司の姿が浮かんでは消える。屈託のない笑顔。頭が弱くて猪突猛進気味の上に、不良のレッテルを張られているだけで、彼の性根は典型的な「いい奴」なのだろう。
俺や黎、鴨志田に対して「借りがある」と言うあたり、根っこの部分は真次郎さんのように義理堅い性分なのだ。それ故に、貧乏くじを引きやすいタイプ。
以前、巌戸台にいた頃、出張であの地を訪れた玲司さんは真次郎さんと乾さんのことを気にしていた。それも、竜司を気にかけた理由に繋がっているのかもしれない。
「良い友達ができたよ」
黎は嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。よかった」
俺も、嬉しくて微笑んだ。
『まさか、佐渡谷がペルソナに覚醒するとは思わなかったな。しかも、末端とはいえ、須藤竜蔵と関りがあったとは』
『アルカナはうららさんと同じ
『でも、変じゃない? 天野さんや芹沢さんが覚醒させたペルソナの元ネタ、みんな女性でしょ? どうして私だけ、元ネタが男性のペルソナを覚醒させてるの? しかも女体化してるし!!』
『……分からんな。今まで、このようなケースは見当たらなかった。何かしら意味があるとは思うのだが、現状では何とも言えない』
『何でもいいだろう。ここまで巻き込まれちまえば逃げられねぇんだ。自衛手段があった方がいい』
『……分かった。おじさんの言う通りだね。自衛手段があるならなんだっていい! 世界が滅んだら、丸喜くんと“ピー(規制)”できなくなっちゃうもの!』
『うわああぁぁーッ!? は、破廉恥だぞ佐渡谷くん!!?』
『やべえ。こいつ、とんでもねえ痴女だ……!』
『そうと決まれば、須藤竜蔵なんかサクッと滅殺してやるわ! 私と丸喜くんの“ピー(規制)”を邪魔する奴らをとっちめなくちゃ!』
『行けェ、■■■■! 私と丸喜くんの、希望の未来に向かって飛び立つのよ! レッツ、腐った世界からのエグゾダース!』
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「――ふふ」
<……何笑ってるんだ、あんた>
「昔のことを思い出したんだよ。……≪誰≫の昔なのかさえ、定かではないがね」
――
P3のコミュより、小田桐秀利がゲスト出演。この世界線における彼は、P3/P3Pのコミュで宣言した自分の夢を叶えました。魔改造明智と小田桐は、ゲーム本編におけるP5主人公と川上先生みたいな関係性となっています。
小田桐が明智の高校にいたのは、「学生時代にやって来た教育実習生が、赴任先の母校とは縁もゆかりもない人だった」のと、「県外出身者且つ、県外から赴任してきた/赴任することになった先生がいた」という実体験がベースになっています。
フラグメントで登場していた【サドやん】が、ついに本編に登場。理由は不明ですが、魔改造明智の“何か”が激しい警笛を鳴らしているようです。魔改造明智の“何か”は、一体全体どうしたんでしょうねえ(棒読み)