Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・この小説における芳澤姉妹は双子で、同学年の別クラス。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。


“JOKER” never die

「至さん。エルミン在学時代に、佐渡谷留美って生徒の名前を聞いたことある?」

 

「佐渡谷留美? ――ああ、【サドやん】のことか!」

 

 

 僕の問いかけに、至さんはあっさり頷き返した。

 

 佐渡谷留美、もとい丸喜先生は至さんのクラスメートで、卒業後も何かと縁がある間柄だったらしい。僕と顔を合わせる程の縁がないだけで、何かしら至さんと関りがあったそうだ。特に高校時代と大学時代はニアピンしていたという。

 『【雪の女王事件】及び【セベク・スキャンダ】が発生した際に、丸喜先生も校内に居合わせていた』ことや、『珠閒瑠市では、須藤竜蔵の参加であった企業の末端でアルバイトをしていた』ことを挙げた至さんは、不思議そうな顔で僕に問いかけた。

 

 

「吾郎はサドやん……いや、結婚して姓が変わったんだっけ。ええと、丸喜先生とは顔を合わせたことなかったよな?」

 

「今日、怜極に赴任してきたんだ。先生が自己紹介で『エルミンの卒業生』って紹介されたから気になって」

 

「マジか。こんな偶然あるんだなァ」

 

 

 至さんは心底驚いた顔をしながら、皿に料理を盛り付けていく。

 

 今日の夕食・メインディッシュは、濃厚な香りを漂わせるバターチキンカレー。カレーに合わせるような形で、今日の主食はナンだった。オーブンにぎりぎり入るか否か程の特大サイズで、丁度焼き立てのタイミングである。表面についた薄い焦げ目は、カレーの匂いと相まって食欲をそそった。付け合わせはライタ、飲み物はラッシー、デザートはセミヤパサパム。今日はインド料理の日らしい。

 カレーは『辛い物』という印象が強いかもしれないが、本場のインドカレーは辛さ以外にも重視するものがある。それは『香り』だ。食欲をそそり、食指を動かし続けたいと思わせるような香辛料の香り。至さんと僕は辛い物が()()()得意ではないから、美味しいカレーを作ろう/食べたいと考えれば、香りを重視する方面にシフトチェンジするのは当然のことであった。

 挨拶もそこそこに、僕はナンをちぎってカレーに浸す。そのまま勢いよくかぶりつけば、スパイスの香りと濃厚な味わいが口の中に広がった。バターと生クリームの乳脂肪分と、鶏肉の油がいい味を出している。控えめながら、ぴりりとパンチの効いた辛さもちょうどいい。日本における食事の礼儀としては少々アレだが、こうやって豪快に食べるからこそ美味しさが倍増するのだ。

 

 特に、指に付いたルゥをぺろりと舐めるのは堪らない。行儀が悪いのもそうだけれど、品行方正な探偵王子を演じている間は絶対にできない食べ方だ。

 探偵王子をやり始めてからは、メディア出演以外で外に出ているときも油断できなかった。一挙一動を常に監視されているから、食べるものや食べ方にも気を使わないといけない。

 

 

「気楽に食事ができるっていいなぁ」

 

「いきなりどうした?」

 

「『外聞を気にしないで、好きなものを好きなように食べれる場所がある』って幸せだなって思って」

 

 

 保護者が作る最高の料理に舌鼓を打ちながら、僕は出演したテレビの企画を思い出す。正直な話、一番面倒臭かったのはグルメレポだった。

 マッチポンプじみた真似をしているが、一応、僕の肩書は探偵王子。事件を解決することが求められているはずなのに、何故料理の味を説明させられているのだろう?

 探偵と料理の味の感想に、何の関りがあるのか。推理小説では謎解きの際に料理絡みの話題が出て来るけれど、料理の味を説明するのは探偵の役目ではないと思う。

 

 番組関係者は『テレビ映えするなら何でもいい』としか思っていないのだろうし、店側は『自分たちが考えた料理の売り文句を肯定する反応であれば何でもいい』としか思っていないのだろう。前者は視聴率、後者は売上さえ伸ばせれば問題ないのだ。……まあ、場合によっては、茶番じみた真似事をやらされることもあったけど。

 

 

(――本当、いいなあ)

 

 

 自慢の保護者は料理が上手だし、ルブラン預かりになっている黎も料理が美味しい。とくに後者は、結婚したら毎日好きな人の料理が食べられるというオマケ付きだ。最高以外の何物でもない。

 

 但し、後者が置かれている状況は最悪の極みであった。冤罪は背びれ尾ひれがこれでもかとてんこ盛りにされて真実扱いされているから学校内に味方がいないし、保護司も現状では彼女を色眼鏡で見ている。鴨志田の一件で味方は得たけれど、心許ないのは事実だ。……不安要素は幾らでも出てくる。

 竜司の話を聞く限り、鴨志田の動きも不安の1つだった。女子生徒に対して邪まな欲望を持っている鴨志田が、黎を放置するとは思えない。実際、鴨志田は何名かの生徒をロックオンしているのだ。今はまだ目立った行動をしていないが、奴はいつ動き出してもおかしくない。爆発間近な導火線のような状態なのだ。

 

 しかし、悲しいがな。僕は怜極学院高校の生徒――即ち、鴨志田にとっては他校の生徒、もとい部外者なのである。ついでに鴨志田は、校長によって横暴を黙認されているというオマケ付きだ。

 部外者である僕が介入しようにも、鴨志田が校長に圧をかけ、『部外者には関りのないこと』と宣言させた上で隠蔽工作させて、シャットアウトすることも可能だった。

 

 

「どうした? 食べないのか?」

 

「あ、うん。食べる食べる」

 

 

 ナンは冷めると美味しくなくなる。僕は慌てて食事を再開した。ラッシーやライタで口内の辛味をリセットしながら、バターチキンカレー及びナンを食べ進めた。

 最初にライタを目の当たりにしたときは「野菜にヨーグルトをかけるのか」と驚愕したが、カレーと合わせて食べると非常に美味しい。特に、カレーの味に飽き始めた頃に食べるとお勧めだった。

 

 程なくして、主食も添え物もデザートもすべて食べ終えた。片付けも終わり、ゆったりとした時間を過ごす。僕は自室に戻って課題を片付け、明日の準備を整えた。寝る前に風呂に入ろうと部屋を出た僕は、ダイニングに座ったまま微動だにしない保護者を見つけた。

 

 至さんはPC画面と資料を見比べては、難しそうな顔をして唸っている。マグカップの中に入っていた飲み物は空になっていたのに、至さんは時折カップを持っては「あ」と声を零し、テーブルに置いた。そのタイミングで腹の虫が鳴り響く。至さんは立ち上がろうとするが、何かに気付いたようで、至さんは再びPC画面と資料相手の睨めっこを再開した。

 仕事に夢中になるあまり、飲み物や夜食の準備をなおざりにしているらしい。徹夜デスマーチで食事を抜きがちな航さんに食事提供を欠かさない至さんが、食事を欠いてしまうとは珍しいことだ。それ程、今の仕事が切羽詰まっていると言うことなのだろう。至さんの経歴と性格上、子どもに属する僕を遠ざける言動をすることも予想済みだ。

 保護者が切羽詰まっている状況で、僕にできることは限られている。仕事内容を引き受けることは実質不可能だから、今の僕にできるのは、至さんに夜食と飲み物を提供してやることくらいだろう。至さんには及ばないけれど、このまま何も食べずに徹夜と言うのはしんどいはずだ。僕は階段を下りてダイニングに足を踏み入れた。

 

 

「…………」

 

 

 至さんは仕事に夢中になっている。僕が傍を通っても、何の反応もしない。

 

 料理を作り終えるまで、声をかける必要は無いだろう。僕は冷蔵庫を開けた。作り置きされている料理の他に、まだ使われていない材料――野菜や肉などが綺麗に整頓されている。普段なら作り置きされていた料理をレンジでチンしていたのだが、どうしてか、今日は気が乗らなかった。

 僕は衝動のままに、適当な野菜を取り出す。キャベツ、レタス、人参、ブロッコリー、アスパラ、ミニトマトを一口サイズに刻んで、レンジ用蒸し器の中に放り込んだ。蒸し器を電子レンジに入れてスイッチを入れる。レンジの音を聞いても、至さんは仕事に夢中で気付いていない。

 程なくして、温野菜サラダは完成した。適当なドレッシングを取り出し、棚の中から紅茶のティーバックを取り出して別のマグカップに注ぐ。僕はそれを至さんに差し出した。途端に、至さんは「ひょえっ!?」と変な悲鳴を上げて振り返った。至さんは暫し目を瞬かせていたが、僕が夜食を作ったことを理解したのだろう。表情を輝かせた。

 

 

「これ、吾郎が作ったのか。ありがとな!」

 

「いや、大したものじゃないよ。至さんが普段作ってる食事に比べれば」

 

「そんなことないよ。すっげぇ嬉しい!」

 

 

 至さんは嬉しそうに笑った後、いそいそと僕が作った夜食――温野菜サラダと紅茶に手を付けた。大したものじゃないのに、至さんは美味しそうに食べてくれた。

 「ご馳走様でした」と手を合わせた至さんは、手早く皿を洗って水切り棚に伏せた。空っぽになった皿を見るのは気分がいい。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

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「今日はもう遅いから、早く休むんだぞ」

 

「分かってる。至さんも、ちゃんと休んでね」

 

 

 至さんは頷いたけど、彼の様子からしてそれが気休めでしかないことはすぐに分かった。

 ただ、それを指摘して責めるような真似はしない。騙されたふりをするのも“子ども”の仕事なのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 有栖川の本家とそれに関連する親戚の一部には、家紋が存在する。それは“おしるし”と呼ばれるアクセサリーに描かれており、関係者たちはそれを肌身離さず身に着けている。

 

 例えば、有栖川の本家は【星にじゃれつく黒猫】が描かれている。黒猫と言っても、完全に真っ黒な猫ではない。口元と手が白く、透き通った青い瞳を持つ猫だった。空元兄弟は【太陽に向かって飛翔する烏】、天野家は【太陽を見上げる舞姫】、香月姉弟は【満月を背に立つ巨大な塔】、出雲家は【手を取り合う日本神話最古の夫婦】が描かれている。

 家の単位だけでなく、個人の“おしるし”を有している者もいる。理由は様々で、その一例としては『双子等の理由で、複数人の子供が同時に誕生した際、長兄に当たることを示す』ため、『生まれてきた子供が病弱なので、病気が治ってほしいという願いが込められている』等がある。

 黎の場合は後者で、彼女個人の“おしるし”は【悪魔の王の降臨】だった。医者が匙を投げて首を振るような状況に直面し、『そんな運命なんざぶち壊してやる』という反逆の意志を表したものらしい。逆に前者の意味で“おしるし”を与えられたのは至さんである。彼の“おしるし”は【バタフライマスクの上で羽を休める蝶】だった。

 

 黎の“おしるし”は「女の子の“おしるし”にしては物騒だ」とよく言われるが、れっきとした理由が存在する。生まれた頃の黎は医者から「長生きできない」と言われていた。不妊治療をしてようやく授かった1人娘にそんな運命を科した神への当てつけと、運命への反逆の意味が込められていた。その“おしるし”の意図通り、俺と出会ったときにはもう、黎の体調は快復に向かっていた。

 

 至さんの場合、“おしるし”として選ばれたソレが何を意味していたのか、当時は誰もわからなかった。だけれど、スノーマスクおよびセベク・スキャンダルで御影町を駆け抜け、“JOKER呪い”を追いかけて珠閒瑠市を駆け抜けた今なら分かる。黄金の蝶は――俺が知る限り一度も役に立ったためしはないが、一応――善神フィレモンの化身だ。

 至さんを失敗作認定しながらも、有事のときは化身の1体として「使おう」と考えていたのであろう。至さんに与えられた“おしるし”は、化身としての自覚を持たせるためのモノだった。フィレモン、何とも忌まわしい奴である。奴の判断が間違っていなかった――有事の時の有用性が証明されてしまった――ことも腹立たしい。閑話休題。

 

 明智吾郎は、有栖川家にとってはほぼ部外者と言っても過言ではない。

 だけど、僕も“おしるし”を有している。【太陽に向かって飛ぶ烏】――なんてことはない、空元の家紋の色違いだ。

 

 俺に“おしるし”が与えられた理由は、『俺が至さんと航さんの家族である』ことを示す証を形にしたためだ。明智吾郎は空元兄弟とは遠縁の親戚というだけで、結びつく理由は無に等しい。いくら彼らが善意で引き取ってくれたとしても、口や態度で「家族である」と言われても、不安になるのは当たり前のことだ。

 実際、至さんと航さんから“おしるし”を与えられるまで、俺はかなり猫を被りながら生きてきたように思う。嫌われないように、捨てられないように、いい子でいなければならないと脅迫概念に駆られていた。安心してわがままを言えるようになったのも、“おしるし”が与えられて以後だった。

 

 

『吾郎。確かにお前は、俺たち空元からしてみれば異物だ。仲間外れの『白い烏』みたいなモノかもしれない』 

 

『だが、それが何だ? そんなの、色が違うだけだろう。白くたって、『烏』であることには変わらない。繋がりがあるのだから、一緒にいるのは当たり前じゃないか』 

 

『誰が何と言おうと、お前は烏だ。空元の家紋と同じ烏。――“ウチの家の子”だ』

 

 

 至さんのそんな言葉で安心してしまった俺も俺だと思うが、当時はそれ程切羽詰まっていたのだから仕方がないだろう。

 

 世の中には、“自殺を決意した人間が、母親から『明日早朝出勤だから、私に迷惑かけないで』と言われて思い止まってしまう”という珍事だってあるのだ。極限状態に陥った人間はどうなるか分かったものではない。

 ……何故俺がそんな話をしたのかというと、現在、黎と竜司が極限状態に置かれてしまったためだ。前回の事件――城戸さん親子と黎を巻き込んで、竜司が鴨志田のパレスへ突撃した――から僅か数日しか経過していないのに。

 

 

「ほら見てよ吾郎。ばっちり撮れてるでしょう?」

 

 

 黎はそう言いながら、スマホに映し出された写真を指示す。そこには、女子生徒をひん剥こうとする鴨志田卓の姿があった。黎の言葉通り、綺麗に撮れている。

 

 

「周防さんたちや明彦さんに送信したら、『綺麗に撮れてるね。立派な証拠になるよ』ってお墨付きをもらったよ。『これ撮ったせいで、友人共々退学処分になりそう』って言ったら無言で電話切っちゃったけど」

 

「そりゃあそうだろ……」

 

 

 俺は額を抑えてため息をつく。てっきり、竜司が何かやらかすとばかり思っていた。だが、やらかしたのは黎の方らしい。竜司は汗を流しながら視線を逸らした。

 

 玲司さんたちとラーメンを食べた翌日から、黎と竜司は鴨志田の暴力行為を白日の下に晒そうと情報収集していた。同時に、鴨志田に言い寄られている女子生徒――高巻杏に接触し、友人である鈴井志帆共々、鴨志田による性犯罪に巻き込まれる危険性を説いたという。過去、奴に玩具にされそうになった女性――城戸夫人の証言も聞かせながら。

 当然、高巻杏はキレた。同時に、自身が鴨志田に言い寄られ、性的な接触を強要されていることも教えてくれた。『もし、志帆にも同じように迫ろうとしているなら放っておけない』と決起した杏と、シャドウとはいえど鴨志田に犯されかけた黎に引きずられる形で、竜司は同行したという。いざというときの女は強いものだ。

 鈴井志帆の行方を捜していた3人は、バレー部員から『志帆が鴨志田に呼び出された』という話を耳にする。勇んで体育館裏に踏み込んだ結果、黎のスマホに保存されている画像と同じ光景が広がっていたそうだ。異常事態に直面して犯人を撮影するという選択肢を選んだ黎も兵だが、鴨志田を一喝した高巻杏も凄かろう。

 

 鈴井志帆を助け出すことには成功したが、怒り狂った鴨志田は黎と竜司を秀尽学園高校から追い出すことにしたようだ。現在、秀尽高校には「2人が退学になる」という噂が流れている。名目は脅迫だ。黎がスマホで現場を撮影したのを、鴨志田は逆に利用しようと企んだらしい。

 他にも三島という生徒が、鴨志田のお楽しみを邪魔した連中を止められなかったということで巻き添え退学の憂き目にあった模様。文字通り、鴨志田はやりたい放題だった。学校と保護者による隠蔽がまかり通っているからこそ、奴の暴挙はもみ消されているのだろう。

 

 

「『退学を取り消してほしければ、明日の午後、体育館の裏へ来い』って言われた。親指を下に向けてやったよ」

 

 

 「私には吾郎がいるからね」と、黎は誇らしげに笑った。

 一瞬くらりときたけど、どうにか理性で踏み止まる。

 

 

「……それで、これからどうするんだい? 黎の様子からして、何か案があるみたいだけど」

 

「――それは、ワガハイの口から語らせてもらうとしようか。優男風ヤンキー」

 

 

 不意に、どこからか声がした。黎の鞄がガサゴソと音を立てる。黎が鞄を開けた途端、何かが勢いよく飛び出してきて地面に着地した。

 正体は黒猫だった。有栖川の家紋を連想させるような、美麗な猫。家紋と唯一違うのは、猫の瞳がアイスブルーであることくらいだ。

 

 

「……猫が、喋ってる?」

 

「猫じゃねーし! ワガハイにはモルガナという名前があるんだぞ!!」

 

 

 黒猫――モルガナは俺を見上げながら、激しく威嚇してきた。

 

 ペルソナを使いこなす犬なら見たことあるが、喋る猫を見たのは初めてである。そういえば、巌戸台のコロマルは元気だろうか。現役を退いたと言えど、彼は今でもシャドウワーカーの面々を優しく見守っている。

 以前アイギスさんがコロマルの言語を翻訳したことがあったらしいが、それを聞いた真次郎さんが『コロちゃんが『いてこませ』なんて言うはずがない』と憔悴していたことは忘れられない。何でも、オッサン臭い言葉遣いだったそうだ。

 この猫を周防刑事が目の当たりにしたらどうなるだろう。猫アレルギーでありながら生粋の猫好きである周防刑事ならば、(アレルギー的な意味で)泣いて騒いで呼吸困難になった挙句『ぼく ねこ だいすき!』と言い残して救急搬送されてしまいそうだ。というか、以前実際になった。閑話休題。

 

 黎と竜司は鴨志田のパレスでモルガナと遭遇したという。この猫もペルソナ使いで、黎や竜司の危機を何度も手助けしてきたらしい。ペルソナを使いこなす猫――周防刑事が大喜びしそうな情報である。

 モルガナは【パレス】や【メメントス】のことに精通しており、俺が南条や桐条の研究者と組んでヒイヒイ言いながら調べた情報を最初から有していた。ついでに、結構な期間、あの世界を徘徊し続けていたという。

 

 

「2人は鴨志田を【改心】させることに同意した。オマエはどうなんだ?」

 

「……【改心】ねぇ。一歩間違えれば洗脳だろうし、下手したら人が死ぬかもしれないってのに……怪しい話だ」

 

 

 眉間に皺を寄せて顎に手を当てた俺を見て、モルガナはムッとしたようにこちらを見上げる。

 鴨志田によって黎が害されそうになったのだから、俺も無条件で協力すると思っていたのだろうか。

 正直、俺だって鴨志田を赦すことはできない。だが、すぐに頷き返せないのには理由があった。

 

 

「モルガナ、どうしてお前は【メメントス】や【パレス】のことを知ってるんだ? メメントスやパレスを用いた【改心】の方法や、【廃人化】の方法に詳しい? しかも、それを躊躇う黎や竜司たちを嗾けるようなことを言ったんだ?」

 

「そ、それは……ワガハイにも、分からない。ワガハイ、記憶がないんだ」

 

 

 先程まで堂々としていたモルガナは、打って変わってしどろもどろになった。

 自分を証明するものを何も持っていないというのはさぞかし不安だろう。

 

 ……分かっている。それを利用して、モルガナを突き崩そうと考えている俺こそ悪辣だ。獅童のやり口と何ら変わりない。――だが、それで黎たちを守れるなら、それでいい。

 

 

「【廃人化】を懸念する人間に対して『そんなこと』と言うくらいだ。……お前、本当は【改心】をさせていたんじゃなくて、【廃人化】させていたんじゃないのか?」

 

「ち、違う! そんなことは絶対にない!!」

 

「……絶対、ね。お前記憶がないんだろ? どうして絶対なんて言いきれる? 人殺しに関わっていないなんて、どうやって証明できるんだ?」

 

「ワ、ワガハイは……ワガハイは……っ」

 

 

 俺の追及によって、モルガナは一気に追いつめられてしまったらしい。小刻みに体を震わせ、所在なさげに視線を彷徨わせている。

 ……奴の挙動は、母を亡くし、親戚どもの前に引きずり出されたときの俺のようだ。当時の心境を思い出し、俺は深々とため息をついた。

 不意に、肩に手を置かれた。振り返れば、黎が心配そうに俺を見上げている。大丈夫だと言う代わりに微笑み、小さく頷き返した。

 

 

「じゃあ質問を変えよう、モルガナ。お前は今、人間を【改心】させる派か? それとも、人間を【廃人化】させる派か?」

 

「え?」

 

「どっちだ?」

 

 

 俺は奴の目線になるようにして屈み、問う。黎も同じようにして、俺の隣に屈んだ。モルガナは呆気にとられたように俺と黎を見上げていたが、すぐに答えた。

 

 

「【改心】だ」

 

「なら、それでいい。それ以上はもう、俺は何も言わない。……もしお前が記憶を取り戻したとき、万が一にも【廃人化】を専門としていたら、そっちに戻らなきゃいいだけだ。そっちに戻りたくないって思うくらい、【改心】させた思い出を作ってけばいいんだよ」

 

「優男風ヤンキー……」

 

「記憶がないなら思い出を作ればいい。そうすれば、それは確固たる記憶になる。……お前が【改心】専門のペルソナ使いであるモルガナで居続けるなら、俺はお前に協力するぜ。仮にお前が【改心】専門のペルソナ使いであることを放棄して【廃人化】専門へと鞍替えするなら、俺がお前を叩き潰す。もし、お前が【改心】専門のペルソナ使いであるモルガナで居たいのに、それが許されなくなってしまったら――そのときは、俺が絶対に止めてやる。それでいいだろ?」

 

「……そうだな。ワガハイは【改心】専門のペルソナ使い、モルガナだ! 宜しく頼むぞ、ゴロー!」

 

 

 俺の言葉を聞いたモルガナは、噛みしめるようにして頷いた。

 

 これは、真実さんが恋人に向かって言った言葉と実際にやったことの内容を拝借したものだ。八十稲羽の土地神さまは、彼と共に過ごした日々があったから『消えよう』と思ったのだろう。愛した人が生きる未来を守りたかったから、彼女は選んだ。

 その強さが、今の僕にとってはとても眩しいもののように思う。獅童正義の息子である僕が、黎のためにできることは何だろうか。僕が成そうとしていることは、彼女を守ることに繋がるだろうか。――繋げることが、できるだろうか。

 

 

「さっきは悪かったな。責めるようなことを言って」

 

「いや。ゴローのおかげで、ワガハイはワガハイ自身について確固たる指針ができた。ありがとな」

 

「ならいい。……お前が【廃人化】専門の奴だった場合の懸念を解消しておきたかったんだ」

 

 

 自信を取り戻したモルガナに対して謝罪した俺は、どうしてそんな見解をぶつけたのかを告げる。

 脳裏に浮かんだのは、メメントスでシャドウを殺していた男。獅童正義の命を受けて動くキラーマシン。

 怜極学院高校の制服を身に纏った男の顔は逆光でよく見えないのに、()()()()()ような気配がした。

 

 

「現に俺と黎は、【メメントス】でシャドウを殺している野郎と出会ったことがある。丁度、奴がシャドウを殺す現場に居合わせた」

 

「「なんだって!?」」

 

 

 俺の言葉を聞いた途端、モルガナと竜司が目を剥いた。この反応からして――記憶がないから何とも言えないのだけれど――モルガナは白だろう。記憶を取り戻した後の反応が気になるが、今のところは白扱いで大丈夫そうだ。

 『自分たちがその方法を知る以前に、もう既に“人を破滅させる”方法に手を出している奴がいた』という話題に憤慨したのは竜司である。その犯人を許しておけないと怒りをあらわにした彼は、そいつの特徴を根掘り葉掘り訊ねてきた。

 彼の勢いに気圧されながらも、俺は“そいつが獅童正義の部下”ということを伏せた情報を開示する。「殺人鬼は男性で、怜極学院(僕と同じ)高校の制服を着ていた。誰かに依頼されて殺人を行っている様子だった」と答えれば、竜司とモルガナは顔を真っ青にした。

 

「そ、それって、かなりヤベーじゃんか! 吾郎、大丈夫なのかよ!?」

 

「大丈夫。相手は僕らの顔を見ていないし、元から同年代との交友関係は壊滅的だったからね。上辺さえ取り繕えればいいわけだし、警戒は怠っていないよ。今みたいに」

 

 

 僕はにっこりと笑って見せる。伊達に“探偵王子の弟子/二代目探偵王子”としてメディアに顔出ししている訳ではない。

 爽やかな笑みを浮かべる好青年と化した僕を見て、竜司とモルガナは一瞬目を見張った。だが、尚も2人は言い募る。

 

 

「実例込みで言われても納得できないぞ! 確かにゴローは表と裏の切り替えは完璧だ。だが、敵は【メメントス】で殺人をして回っている奴だぞ!? 欺き切れるとは思えない……!」

 

「お前の周りには、玲司さんみたいなスッゲえペルソナ使いがいることも知ってる。でも、だからといって安全だとは言い切れねーじゃん! テレビに出てる分、目を付けられる可能性だってあるかもだろ!?」

 

「いや、そいつの親玉を捕まえたいからメディア露出してるんだ。それに、末端とは言えど、接触する算段は見えてきたし……」

 

「何でお前そんな無茶するんだよ!?」

 

「頭のいいバカだ……! 慢心して逆にボロを出すタイプのバカだぁ! それでオマエに何かあったらレイが悲しむ! そんなことになったら、本当に目も当てられないぞ!!」

 

「お前ら、好き放題言いやがって……!」

 

 

 ――2人の必死な様子を見て、どうしてか、僕はまた違和感を覚えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ――当たり前だ。彼らに心配されたのはこれが初めてなのだから。

 違和感をどうにか飲み下した僕だが、次に溢れてきたのは歓喜だった。僕のことを心配してくれる人々は確かにいるはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がとても嬉しかったのだ。一番嬉しいのは黎だけど、でも、やっぱり嬉しい。

 

 とりあえず、僕は2人を落ち着かせることにした。確かに僕も色々と危機が迫っているけれど、今は黎と竜司の退学問題の方が優先である。

 竜司とモルガナは納得できない様子だったが、無理矢理言い含めて渋々納得させた。黎も心配そうに僕を見つめていたが、何も言わず頷き返してくれた。

 ……言葉にしないだけで、黎も僕のことを案じてくれている。でも、僕の強がりも察してくれているのだと思う。そんな彼女が、酷く愛しかった。

 

 

「――鴨志田を【改心】させよう」

 

 

 黎の言葉に頷き、僕たちは戦場へと赴くことになった。

 

 

「気を付けろよ? 向うに足を踏み入れれば、ワガハイたちは怪盗扱いだ」

 

「怪盗かぁ。なんだか、それっぽい響きだな!」

 

 

 モルガナの言葉を聞いた竜司は、パアアと表情を輝かせた。まるで子どもみたいだ。そんな2人を、黎は優しい眼差しで見つめている。僕もまた、この光景を生温かく見守った。

 

 黎はスマホのアプリを起動させる。世界が一気に塗り替わっていく中、僕はふと――誰かの気配を感じて振り返る。

 僕の視界の端に、ほんの一瞬だけ、プラチナブロントがちらついたような気がした。

 

 

***

 

 

 ――さて、今回は僕の、初めての【パレス】攻略である。【メメントス】内部を駆け回っていると言えど、【パレス】はその規模と段違いだった。

 

 一個人でありながら、【メメントス】並みの広さを誇る迷宮。……成程、このレベルの欲望なら、【メメントス】内部に収まるはずがない。流石は人間の欲望である。

 【メメントス】と【パレス】の共通点を現すとするならば、ここに足を踏み入れた次世代のペルソナ使い――僕らは、自分たちの格好がガラリと変わってしまうことだろうか。

 

 

「え、ええと……その……」

 

 

 黎は黒基調の衣装と道化師の仮面を身に纏っていた。燕尾を連想させるような切り込みの入ったコートがたなびく。クラシカルな灰色チュニックは、彼女の体のラインを美しく魅せるデザインがなされていた。すらりとした脚を強調するような黒いストッキングとローヒールブーツが目を惹く。

 こういう格好を僕の前で見せたことのない黎にとって、恥ずかしいのは頷ける。だが、待ってほしい。僕だって今、凄い格好をしているという自覚はある。至さんが見たら「ヅカっぽい」と言いそうな、王道の王子様みたいな格好だ。しかも白と赤基調である。おまけに僕の仮面は鳥の嘴を思わせるようなデザインだ。

 黎の格好は非常に魅力的なのだが、僕の格好を見られるのはちょっとアレだ。恥ずかしい。好きでこんなデザインの服になるわけではないのだから仕方ないだろう。それは多分、僕の目の前でおろおろしている黎にも言えることなのかもしれない。どこか不安そうに視線を彷徨わせる彼女の元へ歩み寄った。

 

 

「いつもと雰囲気が違うね。でも、似合ってる」

 

「! ……も、もう!」

 

 

 黎は顔を真っ赤にして僕を睨みつけてきた。僕の見間違いでなければ、瞳がほんのり潤んでいるように感じる。

 何かがぞくりとしたのは気のせいだ。その衝動は、僕の脳裏に巣食う獅童正義の姿によって、一気に冷えて消え去る。――ああ、それがいい。

 

 俺は獅童正義とは違う。違うものでありたい。欲望に身を任せて振る舞うなんて真似はしたくなかった。

 

 そんな僕の考えを知ってか知らずか、黎は俯き加減に僕の服の袖を引いた。

 どうしたのだろう。僕は首を傾げながら、彼女からの返答を待つ。

 

 

「……吾郎も、似合ってる。格好いいよ」

 

「…………う、うん。ありがとう……」

 

 

 仮面があって良かった。僕は心からそう思った。もし仮面がなかったら、僕の情けない顔が明るみに出たかもしれない。……どうしよう、口元がムズムズする。

 照れを堪えるために、僕は右手で口元を覆った。そのまま、左手で彼女の手を握り締める。黎は顔を真っ赤にしたままだったけれど、僕の手を握り返してくれた。

 

 

「おーい、2人ともー……?」

 

「さ、先に行こうぜー……?」

 

 

 力なき声に振り返れば、顔面崩壊一歩手前の竜司とモルガナがこちらを見つめているところだった。前者は髑髏をモチーフにした仮面と海賊を連想させるような装束を身に纏い、後者はデフォルメされた二等親の猫を思わせるようなフォルムとなっている。後者は周防刑事が飛びつきかねないデザインであろう。

 

 

「――なにコレぇ!?」

 

 

 次の瞬間、女子のカン高い声が響き渡った。何ごとかと思って振り返ると、そこには酷く混乱した表情を浮かべる女子生徒がいた。

 ハイネックのインナーにブレザー、チェック柄のスカート――秀尽学園高校の女子生徒が身に纏う制服である。先程見かけたプラチナブロンドは、気のせいではなかった。

 竜司と黎は彼女の姿に身に覚えがあるらしい。「高巻ィ!?」/「高巻さん!?」と驚いた声を上げる。向うも2人を知っているらしかった。

 

 

「その声、坂本!? ……と、もしかして有栖川さん!?」

 

「な、なんでいんだよ!? ……ま、まさか、城戸さんのときと同じように巻き込んじまったのかッ!? どうすりゃいいんだよ、モルガナ!」

 

 

 以前も似たようなことをやらかした竜司だ。だから、今回のケースが何を意味しているかを理解したのだろう。慌てた様子で、彼はモルガナに詰め寄った。

 モルガナは暫し惚けていたが、取り繕うように首を振った。「出入り口は一緒だから、入ってきた場所へ戻れば出られるはずだ」と竜司にアドバイスする。

 

 女子生徒――高巻杏は初めて入った異世界に困惑している様子だった。だが、頭は悪くないようで、この世界が鴨志田卓と関係性があると気づいたのだろう。黎の隣にいながら彼女の様子を見ていた僕の方に詰め寄って来た。

 

 

「まさか、この世界は鴨志田の奴と何か関係があるの!? ……っていうか、アンタ誰!? なんで有栖川さんと手を繋いでるの!?」

 

「彼女は僕の大事な人ですが」

 

 

 高巻杏は、淀みも迷いもなくそう答えた僕と、僕と寄り添うように佇む黎を見比べる。

 眉間の皺が一層深くなったように見えたのは何故だろう。杏は真面目な顔になると、黎の方へ向き直った。

 

 

「有栖川さん、悪いことは言わない。変な仮面付けた王子様ルックの男なんてロクなモンじゃないわよ。今すぐ別れるべきだわ」

 

「う、煩いな! 好きでこんな格好になった訳じゃないッ!」

 

 

 まさかこの格好を真面目に批判されるとは思わなかった。……確かに、変な格好だとは自覚しているが、この格好から「ロクなもんじゃない」と断定されるのは癪だ。

 そのせいで、俺はついうっかり地を出してしまった。柄の悪さに気づいた高巻杏の眼差しが厳しくなる。鴨志田のような2面性を持つ男は、彼女の敵意を煽るらしい。

 「どうだか」と吐き捨てるように言い放った杏は、疑念と敵意を滲ませた眼差しを向けてきた。俺も彼女を睨み返す。――文字通りの一触即発。

 

 そんな僕たちを制したのは黎だった。彼女は凛とした佇まいを崩すことなく、僕と杏の間に割って入る。

 

 

「高巻さん、私の大切な人を『ロクなもんじゃない』と称するのはやめてほしい。彼は以前、私の地元で鴨志田のコピペみたいな連中が跋扈したとき、奴らを潰す最前線で頑張ってくれたんだ。何度も私を助けてくれたんだよ」

 

 

 『鴨志田のコピペ』というパワーワードに、杏と竜司がぎょっとしたように黎を見た。そうして、次は僕に視線を向ける。

 金髪コンビは何度も僕と黎を見比べていたけれど、2人は何か納得したようだ。互いにアイコンタクトをすると、あからさまに僕らから視線を外す。

 僕と黎への追及をやめた杏は、何事もなかったように竜司に詰め寄る。押し問答の末に、杏は結局竜司とモルガナによって異世界からつまみ出された。

 

 一般人をシャドウとの戦いに巻き込むにはリスクが高すぎる。猪突猛進で人情派であろう竜司にしては、現実的で理に適った判断だと言えよう。

 杏の姿が見えなくなったのを確認した竜司は、改めて鴨志田のパレスへと向き直った。「アン殿、か」と呟いていたモルガナも、パレスに向き直る。

 

 

「シャドウどもに気づかれてるぞ。気合入れて行けよ。――頼りにしてるぜ、『ジョーカー』!」

 

 

 モルガナは黎に向き直った。彼は何を思ったのか、黎のことを『ジョーカー』と呼んだらしい。

 

 

「ジョーカー? 仇名か?」

 

「ダセェ言い方すんな、『コードネーム』だ。本名で呼び合う怪盗なんてマヌケだろ? 足がついちまう!」

 

「成程。コードネームで呼び合っていれば、僕らの正体がバレてしまう可能性が低くなるね。……流石に今回は例外だろうけど……」

 

 

 僕はひっそりと苦笑した。今回が例外と言うのは、鴨志田は黎たちのことを既に知っているためである。彼女たちが自分の悪事をバラそうとしていることを察しているから、パレス内で何かをする度に現実世界でも目を付けられることは確実だ。

 だが――もし、万が一の話だが――今後も『改心』を続けることになった場合、コードネームで呼び合うというのは充分有意義に機能するだろう。本名で呼び合った場合、パレス内のシャドウを通じて現実にいるターゲットに伝わる危険性があるからだ。

 

 

「つーか、なんで黎が『ジョーカー』なんだ?」

 

「戦力的に『切り札』だからな」

 

 

 竜司の問いにモルガナが答えた。ジョーカーという単語に、僕は珠閒瑠での出来事を思い出して気が重くなった。黎も同じだったらしく、何とも言えなさそうな顔をする。

 

 

「『ジョーカー』かぁ」

 

「……『ジョーカー』ね……」

 

「? どうしたんだよ、2人とも。なんだか顔色が悪いぞ?」

 

「い、いや……珠閒瑠市に住んでいたときに流行ってた【JOKER呪い】を思い出して……」

 

 

 珠閒瑠で流行っていた【JOKER呪い】というのは、自分の電話番号に電話をし、「どちらさまですか?」と問うことでジョーカー様を召喚する――滅びを迎える世界で流行った【ジョーカー様】を発展させた【JOKER呪い】は、『殺したい相手の名を告げることで殺人委託を行う』というロクでもない要素が付加された呪いだ。

 元々は須藤竜也が滅びを迎える世界を再現するために行ったものだったのだが、新生塾と呼ばれる秘密組織によって利用された。「【JOKER呪い】を行った者は【JOKER使い】になる」という噂が具現化したことがきっかけで【JOKER使い】が大量発生するに至り、新生塾は【JOKER使い】を生体実験に利用する等して自身の戦力にしていた。

 

 【JOKER使い】はペルソナ能力と非常によく似た力を有している。ただ、【JOKER使い】の能力には個人差があり、『ペルソナによる物理攻撃や属性攻撃と同等の力を発揮できる』者もいれば、『攻撃力が低く手段が乏しいものの、耐久力が著しく上昇している』タイプもいる。どちらかと言えば後者のタイプが圧倒的だった。

 けれどその真骨頂は、ニャルラトホテプ及び奴の影響を受けた端末や人間の手が加えられてしまえば、悍ましい異形――主にクトゥルフ神話関係の悪魔――に成り果ててしまうのだ。ニャルラトホテプの化身や須藤竜蔵の関係者が弄繰り回した連中は、軒並み人外化して元に戻れなくなっていた。

 ……そう考えると、新生塾によって捕らわれて人体実験を受けた女性――宮代詩織さんが寸でのところで救われたことは、相当奇跡的だったと言えよう。但し、舞耶さんと至さんがカダスマンダラ攻略に乗り出したとき、僕と黎は留守番していたため詳細は知らないのだが。

 

 

「ワガハイは確かにペルソナの知識を有しているが、【JOKER呪い】ってのは覚えがないな。コードネームの『ジョーカー』だって、【JOKER呪い】を意図して付けたつもりもないし……」

 

「10年近く前に流行った物騒な噂だって思ってたけど、そんな裏話があったのかよ……!?」

 

 

 モルガナには一切の心当たりがないらしく、こてんと首を傾げる。竜司は聞き覚えがある程度しか知らなかったため、話の概要を聞き、青筋を立てていた。

 

 疑似的なペルソナ能力とも言える【JOKER使い】は、『人間を異形の素体にしてしまう』トンデモ技術だ。「何かを間違えれば、自分も似たような末路を迎えるのではないか」と心配するのは当然のことである。実際、ペルソナ能力は『異形と戦う便利手段』としての側面の他に、『使い方を間違えたり、暴走させてしまったりすると命に係わる』という側面も持っていた。

 具体例としては、【セベク・スキャンダル】における神鳥鷹久の暴走――実際は悪神ニャルラトホテプによる故意的なもの――、巌戸台における真次郎さんのペルソナの暴走――乾さんのお母さんの過失致死――、巌戸台における桐条グループの闇とストレガ――無理矢理、人為的にペルソナを覚醒させようとさせた人体実験の後遺症――などが挙げられた。閑話休題。

 

 

「そんなに嫌なら、別の名前に変えるか? 話を聞く限り、あんまりいい思い出じゃねえんだろ?」

 

「普通に考えて当たり前だろーが。因縁深い殺人鬼と同じ名前とか嫌すぎるわ!」

 

「……いいや、『ジョーカー』のままで構わないよ」

 

 

 顔色がよろしくない僕らに気を使ったのか、モルガナがおずおずと声をかけてくる。竜司も頷いた。

 黎は覚悟を決めたように表情を引き締めると、モルガナを真正面から見返した。決意を帯びた灰銀が瞬く。

 

 

「『向こう側』も『こちら側』も、無かったことになんかしない。受け入れた上で乗り越える。――それが、性悪な神様を倒す唯一無二の手段だもの」

 

 

 ――こうして、今この瞬間、歪んだ人間の心を奪い取る心の怪盗・ジョーカーが誕生した。

 

 

『これで、勝ったと思うなよォ……? 恐怖はばら撒かれたんだぁ……!』

 

『JOKERは……死なねぇぞぉぉ……!!』

 

 

 今は亡きJOKERご本人様――故・須藤竜也の声が木霊する。

 

 奴が叫んだ言葉の内容は、僕と黎の現状とは何の繋がりもない言葉だった。9年前の珠閒瑠で、滅びをリセットされた『こちら側』が『向こう側』をなぞり始めたことを宣言する言葉。

 だけど、奴が残した言葉は、奴の意図しない方向で意味を持ち始めた。珠閒瑠市を恐怖に陥れた嘱託殺人鬼JOKERは表舞台から消えたが、歪んだ心を奪う怪盗ジョーカーが表舞台へ踏み出そうとしている。

 須藤竜也の言う通り、“名を名乗る人間”と“立場や肩書”を変えて、JOKER(ジョーカー)は再び現代へと蘇った。舞い戻ってきたとも言える。――そういう意味でなら、須藤竜也の言葉は正しかった。

 

 ()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”、()()()()()()()()()()()

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「おい、吾郎。お前はどうするんだ?」

 

「え?」

 

「コードネームだよ。俺はこの『ドクロ』マスクから取って、『スカル』にしたんだ。で、コイツが『モナ』。吾郎はなんて名乗るんだ?」

 

 

 竜司――スカルの問いかけに、僕は一瞬反応が遅れた。彼からの補足によって、ようやく意味を理解する。

 

 僕のコードネーム。鳥のような嘴をモチーフにした仮面、ジョーカーやスカル、モルガナ――モナとは対照的である煌びやかな白装束。彼らが世を忍ぶ怪盗なら、僕は表舞台で煌びやかに活動する探偵であろう。実際、僕の職業は探偵なのだから。

 “()()()”。“『()()()』は()()()()()()”――何の脈絡もなく唐突に、僕はそんなことを連想した。抵抗する資格など存在しないと言わんばかりの強制力を持って、俺に迫って来る。喉がからからに乾いたのは何故だろう。

 

 

(違う)

 

 

 俺は、第3者にそうと気づかれぬ程度にかぶりを振った。

 

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!)

 

 

 『白い烏』に対する脅迫概念に対し、俺は心の中で言い返す。俺にのしかかっていた得体の知れぬソレが、どことなく身じろぎしたような気配があった。

 明智吾郎にとって、『白い烏』は罪と罪悪感、および贖罪を指す名詞ではなかった。空元兄弟と自分が家族であるという証だったはずだ。誇るべきものだったはずだ。

 

 

『黎には吾郎がいるから安心だな。……これからも、あの子の傍にいてやってくれ』

 

『有栖川の娘に手を出すなんてやめとけよ。真っ先に、『烏』の群れに嬲られるぞ』

 

『特に、『白い烏』が一番凶悪だ。有栖川の『悪魔』をつがいとしているからな。あの狡猾さと情深さは、敵に回すと恐ろしい』

 

 

 有栖川家の当主や、黎に手を出そうとしていた親戚――『鴨志田のコピペ』関係者どもの言葉が脳裏をよぎる。有栖川の関係者の多くが、家紋や“おしるし”を隠語代わりにしていた。

 空元家の家紋となった烏は「神話や伝承から、斥候・走駆・密偵・偵察の役目を持つ位置付けである」ことや、「賢く情深い鳥であり、つがいを得ると一生添い遂げる」という特性がある。

 たとえ体が白くて仲間外れであろうとも――至さんや航さんとは赤の他人同然の血筋であろうとも、苗字が明智のままであろうとも、俺は空元家の人間だ。黎を守る『白い烏』なのだ。

 

 だから――

 

 

「――『クロウ』、かな」

 

 

 俺は清々しい気分で、自分のコードネームを決めた。異質な気配を感じ取ったモナが「『烏』ぅ? そりゃあ、なんでまた?」と首を傾げる。

 それを横目にしながら、僕はジョーカーに視線を向けた。ジョーカーは即座にすべてを理解したのだろう。頬に朱を散らしながら、嬉しそうに微笑んだ。

 視界の端にいたモナとスカルの目が死んだのは何故だろう。「「……最早、目も当てらんねーぜ」」と言う台詞が綺麗に重なったのは何故だ。

 

 

「よし。決めるものも決めたし、先へ進もう」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、僕らは【パレス】内部を突き進む。鴨志田の認知が生み出した衛兵たちが僕たちに襲い掛かってきたが、僕たちのペルソナの前では雑魚同然だった。アルセーヌが薙ぎ払い、ゾロが討ち果たし、キャプテンキッドが突撃し、ロビンフッドが射殺す。傷を負えばモナのゾロが癒してくれた。

 パレスを駆け抜ける中で思い出すのは、御影町で発生した諸々の事件である。あのとき、僕は黎と手を繋ぎ、至さんたちの背中を追いかけていた。何があってもどんなことがあっても、この手だけは絶対に離してはなるものかと思っていた。――今は、手を繋いではいないけれど、僕は黎と共にある。

 

 僕たちを守りながら駆け抜けた至さんや航さんたちのように、今、僕にも共に戦う面々がいるのだ。不思議と心が躍るのは何故だろう。

 

 戦場に出向いているというのに、張りつめた空気の中にいるというのに、僕の口元は自然と弧を描いていた。笑っているのは僕だけじゃない。ジョーカーも、スカルも、モナも、不敵な笑みを湛えている。何とも言えない高揚感があった。

 身をひそめながら機をうかがっていた僕たちは、うろついているシャドウに襲い掛かった。不意打ちを喰らったシャドウは成す術なく包囲され、へたり込んでしまう。一歩遅れてシャドウは認識できる形として顕現した。

 顕現したのは、可愛らしい少女の姿をした妖精だ。大きさは手の平サイズ。鴨志田の城に跋扈しているシャドウの中でも、少女を連想するようなものは少なくない。小柄で可憐な少女を力づくで従わせようとする鴨志田らしいと言えよう。

 

 

「マジ!? アンタたちが、カモシダさまの言っていた侵入者!? ……もうマジ最悪! アタシをどうするつもり!?」

 

「……何か出して。お金でも、道具でも。持ってるでしょ?」

 

 

 シャドウの言葉に逡巡した後、ジョーカーは低い声で言い放った。テンションは全然違うのに、黛さんと城戸さんを連想したのは何故だろう。悪魔相手にカツアゲしていた聖エルミンの裸グローブ番長と姉御――僕と黎はその背中を見ていたのだ。あのとき、僕や黎は既に2人の影響を受けていたのかもしれない。

 

 嬲り殺されるとばかり思っていたシャドウが、目を丸くしてジョーカーを見上げた。ジョーカーに便乗するが如く、モナも悪い笑みを浮かべてシャドウに迫る。

 自分が死ななくて済むかもしれない可能性に希望を抱いていた双瞼は、しかしすぐに曇ってしまった。突然襲われたため、妖精は何も持っていないと言う。

 

 予想外の展開に顔を引きつらせたモナだが、何も持っていないなら用はない。彼の言葉に同意したスカルと僕も武器を構え、じりじりと妖精へ迫る。己の死を本格的に感じ取った妖精は、今度はジョーカーへ向き直った。

 「助けて! 死にたくない!」と縋りつくシャドウの姿を見ていると、想像上でしかない光景がフラッシュバックする。獅童正義に縋りついた母が、「別れたくない! 貴方を愛しているの!」と叫んでいる光景だ。

 想像上の獅童は容赦なく母を突き飛ばした。醜悪に顔を歪ませた獅童は、母へ数多の罵声を浴びせる。そうして背を向けたっきり、二度と振り返ること無く立ち去っていくのだ――そんなことを考えながら、僕はジョーカーの動向を見守った。

 

 

「……仕方がないね」

 

 

 ジョーカーはふっと表情を緩めると、武器をしまって妖精へと手を差し伸べた。その姿が、僕と黎が初めて出会ったときの光景と重なる。僕は思わず息を飲んだ。

 躊躇うことなく伸ばされた手があった。それを見た僕は、ほんの一瞬、躊躇いを感じて逡巡する。黎は僕の反応を見て何を思ったのか、手を取って握ってくれた。

 

 その優しさが、どれ程嬉しかったか。その優しさに、どれ程救われたか。

 

 人が良すぎる黎のことが心配だと思ったことは何度もある。けれど、それ以上に、俺は黎の優しさに支えられ、救われてきた。

 今だってそうだ。想像とは言えど、脳裏に浮かんだ獅童と母の顛末とは違う道を指示してくれる。

 俺と同じ痛みを抱えた誰かを救い上げることで、俺の心をも守ってくれる。――敵わない、と思った。

 

 

「アンタもしかして、頼まれると断れないとか?」

 

「そうかもしれない」

 

「……そしたら、気持ち分かるよ。アタシもそれ、同じなんだ」

 

 

 ジョーカーの心に寄り添うように呟いた妖精は、次の瞬間、何かを思い出したようにハッと顔を上げた。

 

 

「……そうだよ。アタシはカモシダさまだけのモノじゃない。ニンゲンたちの心の海に揺蕩う存在……」

 

「心の海? まさかアイツ――」

 

「――思い出した! アタシの本当の名前は『ピクシー』だわ! これからは、アンタの中にいてあげる!」

 

 

 心の海という単語から連想した僕の答えは正解だったようだ。

 

 可憐な妖精――ピクシーはジョーカーの手を取る。次の瞬間、ピクシーの姿は仮面へと変貌し、青い光と共にジョーカーの仮面に宿った。

 それを見たモナが目を見張る。スカルも慌てた様子でジョーカーの仮面を見た。僕も、茫然とジョーカーを見つめる。

 

 

「なあ、今何が起きたんだよ!? 敵が、ジョーカーの仮面の中に……」

 

「ワガハイだって想定外だ! ペルソナは1人1体しか所持できないハズなのに――」

 

「――いたぞ、侵入者だ!」

 

「スカル、モナ! 分析は後だ、構えろ!」

 

 

 混乱極まりない状況でも、敵は容赦してはくれない。黒いオーラを纏った山羊が徒党を組んで襲い掛かって来る。新手を分析したモナは「コイツ、電撃に弱いぞ!」と声を張り上げた。

 それを聞いたジョーカーは自分の仮面に手をかける。青い光が灯るとともに、彼女の背後にはペルソナが揺らめいた。だが、そこにいたのは怪盗ではない。先程彼女が手に入れた妖精だ。

 

 

「――ピクシー!」

 

 

 ジョーカーがペルソナの名前を叫ぶと、先程彼女の仮面に吸い込まれたピクシーが顕現する。ピクシーはくるくると宙を舞った後、山羊目がけて雷を落とす。弱点を突かれたシャドウは悲鳴を上げてダウンした。

 それを見たモナが驚きの声を上げた。シャドウの力をペルソナとして取り込むことで、新たな力を得る――そんな人間は見たことがない。至さんたちから『ペルソナは専用の場所で作るものだ』と聞いていたから、尚更だ。

 呆気にとられるもう1匹の山羊にも、ジョーカーはピクシーで攻撃を仕掛ける。降り注いだ雷は、もう一匹の山羊に命中した。怯んだシャドウを包囲したジョーカーが不敵に笑って武器を構えた。

 

 

「クロウ、スカル、モナ! 総攻撃!」

 

「「「応ッ!」」」

 

 

 ジョーカーの指示を受け、僕たちは敵に対して総攻撃を仕掛ける。一方的に嬲られた山羊どもは、断末魔の悲鳴を残して消滅した。

 

 戦いを終えた僕たちはひと段落し、再びジョーカーへと向き直った。ペルソナ能力に詳しいモナ、ペルソナ使いの戦いを見てきた僕、そしてジョーカー自身も、この力をうまく説明できない。だって、複数のペルソナを使い分ける人々がいることは知っていたけど、シャドウから奪うなんて芸当は見たことがないのだから。

 

 

「クロウ、オマエはどう思う? ペルソナ使いの戦いを何度も見てきたんだろ?」

 

「……確かに複数のペルソナを使い分ける人間はいる。玲司さんだって、俺の保護者である至さんだってそうだ。でも、ある世代からは『ペルソナを付け替える』なんて芸当ができる人間は特別な存在になったんだ。複数のペルソナを使い分ける――その力のことを、力の持ち主である人々は【ワイルド】って呼んでた」

 

「【ワイルド】……」

 

「スゲエ! スゲエよジョーカー!!」

 

 

 モナが考え込み、スカルが子どもみたいに目を輝かせた。考え込んでいたモナもスカルと合流し、やんややんやの大喝采である。僕が彼らのように喜べなかったのは、巌戸台や八十稲羽での出来事が原因であろう。

 

 巌戸台のペルソナ使いたちが戦線に出ていた世代から、ペルソナは1人につき1体が原則になった。例外として、複数のペルソナを使い分けることができる人間は【ワイルド】と呼ばれ、その能力の稀有性から、ペルソナ使いたちのリーダーになることが多い。

 しかも、【ワイルド】に目覚めた者たちは、『神』や『破滅の権化』と深く関わる戦いに巻き込まれる宿命を有するのだ。彼/彼女が紡いだ絆は世界を救うための力となり、『神』や『破滅の権化』が齎す試練や災厄を突破する鍵となる。文字通りの『切り札』だ。

 

 該当者に途方もない運命/宿命を強いる力――それが、巌戸台の【ワイルド】であった香月姉弟や、八十稲羽の【ワイルド】であった真実さんの戦いを見てきた僕の感想だった。

 まさか、そんな嫌がらせじみた力を黎が背負わされる羽目になるだなんて思わなかった。十中八九、フィレモンかニャラルトホテプのような類――『神』による嫌がらせだろう。

 新たな力を手にしたジョーカーに、僕は酷く複雑な気持ちになった。……当たり前だ。俺の大事な人が『神』の『駒』にされて、黙っていられるはずがない。

 

 聡い黎のことだ。自分の力が、得体の知れないものから与えられた試練であることも察しているのかもしれない。

 

 

(……黎……)

 

 

 ……俺には何ができるだろう。『神』が人間に力を与え、試練を与える構図を何度も見ている。

 重い宿命を背負わされてしまった黎のために、俺は何をしてあげられるのだろうか。

 

 

「よーし! 片っ端からホールドアップを狙うぜ!」

 

「クロウ、お前も手伝えよ」

 

「! あ、ああ。任せてくれ」

 

 

 スカルとモナに声をかけられ、僕は反射的に返事をした。先陣を切るジョーカーと、それに続くスカルとモナに並ぶ。僕たちはパレスを攻略するため、駆け出した。

 

 

 

◇◆◆◆

 

 

 

「――あれ?」

 

 

 見覚えのある背中を見つけた。目が覚めるようなプラチナブロンドに、透き通ったスカイブルーの瞳。完璧なプロポーションを有する少女は、秀尽学園高校の制服を身に纏っていた。どうやら学校帰りのようだ。

 彼女の名前は高巻杏。杏の両親がデザイナーであり、自分が着る服をデザインした――その縁から、自分は彼女と交友するようになった。年は離れているけれども、自分と杏の繋がりは深い方だと思う。

 向うはこちらに気づいていないようだ。こちらが声をかけようとして――思わず止まった。杏の横顔は酷く切羽詰っており、鬼気迫っていたためである。スカイブルーの瞳は何かを決意したかのように、路地裏へと向けられていた。

 

 

「鴨志田」

 

 

 杏はスマホ画面を開きながら、何かを呟く。

 

 

「学校」

 

 

 ――何故声を出してはいけないと思ったのかは分からない。だが、どうしてか反射的に、身を潜めた方がいいような気がしたのだ。

 

 けれど杏に近づくことはやめていない。やめてはいけないと感じた。

 気配を殺しながら、自分は杏の元へと足を進める。少しづつ、距離が縮まってきた。

 

 

「城」

 

『――では、ナビを開始します』

 

 

 杏がそう言い切るや否や、世界がぐにゃりと歪んだ。秀尽学園高校の雰囲気もがらりと変わり、高校の門構えは城の入り口へと変貌する。

 

 迷宮というものには縁がある。自分がまだ高校生だった頃、武器を片手に何度も迷宮に挑んだものだ。階層にいる敵を倒し、階段を駆け上り、最上階を目指し続けた。

 当時の仲間たちとは今でも連絡を取り合っており、モデルを本業にした俳優という仕事の傍ら、今でも“非常任職員”として戦線に復帰することもある。

 そんなとき、自分が培ってきた戦う者としての経験が周囲から漂う殺気を察知した。不気味な雰囲気の城からは――何故かは分からないが――シャドウの気配を感じ取る。

 

 

(シャドウ……? どうして奴らの気配がするの……!?)

 

 

 物陰に身を隠したのは、自身の経験則から導き出された勘のようなものだ。自分の身を守るためにはどうすべきかを、この一瞬で判断した結果である。

 自分は様子を伺った。そのとき、城の正面に見覚えのある少女を見つけ出す。――高巻杏だ。彼女は不用心にも、正門から城へと踏み込もうとしていた。

 

 杏を呼び止めようとした刹那、正門から大量の騎士が飛び出してきた。奴らは杏のことを「姫」と呼び、あっという間に彼女を取り囲む。

 

 

「アンタたち、何者なの!?」

 

「姫、カモシダ様がお待ちしています! さあ、こちらへ……」

 

「嫌! 離して、離してよ!!」

 

 

 ――その様子が、いつかの自分と重なった。

 

 自販機でジュースを買いに行って、柄の悪い連中と鉢合わせした。奴らに財布を奪い取られ、それを取り返そうとした。怖くて震えるのを我慢して、なけなしの勇気を振り絞って、多勢に無勢であると分かっていても、自分は挑みかかったのだ。

 あの頃、自分は1人で生きて行こうと必死だった。大好きな父が亡くなり、事故を起こした犯人という濡れ衣を着せられた。母は父のことなど忘れたように、男に縋りついた。――そんな母に嫌悪を抱いたのだ。自分はあんな女になるまいと思った。

 柄の悪い男たちに囲まれたとき、何があったのか――自分は今でも覚えている。今でも何故かは分からないままなのだが、薙刀を抱えた我らがリーダーと、竹刀を背負った副リーダーが自分の前に躍り出たのだ。姉弟は奴らに怯むことなく、全員を軽くひねってみせたのである。

 

 薙刀を構えて佇む巌戸台の美しき悪魔(姉)とカリスマ(弟)の前に、柄が悪いだけの男どもはひれ伏すしかなかった。尻尾を巻いて逃げていく男どもを見送った。

 姉弟の前で強がりは言ったけれど、姉弟に励まされて本当は安堵したのである。あの頃は、自分の弱さが嫌で嫌で仕方がなかった。

 

 

(()()()()()?)

 

 

 自分自身に問いかける。あの戦いを乗り越えて、生活を続けながらも未だに戦い続ける自分ならば――後輩の危機を、見過ごせるだろうか?

 我らがリーダーと副リーダーの背中が浮かんでは消える。数多の理不尽に歯を食いしばりながらも、それらすべてを跳ね除けた姉弟。

 姉で親友である彼女――もしくは、彼女の弟であり、自分が愛した男だったら、後輩の危機を目の当たりにしても黙っているだろうか。

 

 ――そんなの、決まっている。

 

 自分は紙袋から()()を取り出した。今自分が所持している持ち物の中で、嘗て自分が使っていた得物と同じ『弓』に分類できるものだ。

 伊達に、モデル以外にもヒーローアクターの真似事をしている訳ではない。イベント帰りで小道具を所持したままだったというのが功を奏した。

 そんなことを考えながら弓を構えて――自分は驚愕する。只の小道具でしかなかったはずの弓は、まるで本物のような質量を持っていたのだ。

 

 しかもこの弓、ご当地ヒーロー番組では有名な武器なのだ。光をエネルギーにして具現化した矢を無尽蔵に撃ち放つ、ヒロインの最強武器――それを、この世界では文字通り再現している。

 

 

(ウソ……!? この世界は、おもちゃの武器でも本物になり得るってことなの!?)

 

 

 自分はそれに酷く驚いた。――でも、これなら、あの兵士相手でも充分戦うことができるだろう。高校時代は弓道部。弓の引き方は手慣れたものだ。

 決意したなら後は早い。自分は躊躇うことなく物陰から飛び出し、弓を構えて矢を討ち放った。それは寸分の狂いもなく、見張りの兵士たちを撃ち抜いていく。

 

 

「杏ちゃん!」

 

「ゆ、ゆかりさん!? なんで、どうして……」

 

「いいから! 早く逃げるよ!」

 

 

 自分――香月ゆかり(旧姓:岳羽ゆかり)の乱入に、杏は酷く驚いたようだ。ゆかりは杏の手を引いて城の外へ向かおうとし――次の瞬間、外への道を封じるかのように兵士たちが顕現する。

 あからさまな罠だが、多勢に無勢では仕方がない。ゆかりは小さく舌打ちした後、覚悟を決めて場内へと駆け出した。杏もそれに続く。

 

 

「逃がすか!」

 

「その女も捕らえろ! カモシダ様に献上するのだ!」

 

「――ええい、しつこい!」

 

 

 ゆかりは腰から()()を取り出した。2009年の4月からずっと使い続けている、もう1つの『武器』だ。

 それは、銃口が樹脂によって封じられたモデルガンである。使用用途は弾を撃ち出すためのものではない。

 躊躇うことなく引き金に手をかける。杏がぎょっとしたようにこちらを見たような気がしたが、ゆかりはすぐ引き金を引いた。

 

 

「――イシス!」

 

 

 鏡が割れるような破壊音が響き渡り、ゆかりのペルソナが顕現する。イシスは顕現して早々、この場に凄まじい突風を巻き起こした。豪、という音を響かせて、風が兵士たちに牙を向く。兵士は断末魔の悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 杏が息を飲む音が響いた。ゆかりは構わず走り続ける。湧いて出てきたシャドウたちをイシスで吹き飛ばし、時には矢で撃ち抜きながら、ゆかりと杏は小部屋へと逃げ込んだ。そのままクローゼットの奥へと身を隠す。外を徘徊する兵士の声が遠ざかっていった。

 

 一息ついて、クローゼットの中から這い出す。杏は半ば茫然としていたが、すぐにゆかりに問いかけた。

 

 

「ゆかりさん! 今の何!? 何がどうなってるの!?」

 

「杏ちゃん、落ち着いて。でないとまた、兵士に気づかれてしまう」

 

 

 拉致されかけたことを思い出したのだろう。杏は口元を覆った後、心配そうに周囲を見回す。兵士たちの姿は見当たらなかった。そのことに安堵した杏は大きく息を吐いた。落ち着いたらしい。

 一息ついたところで、杏とゆかりは情報を出し合った。杏曰く、この世界は“イセカイナビ”という奇妙なアプリを使って出入りできる異世界らしい。同時に、この世界は鴨志田という変態クソ教師のものだという。

 鴨志田は気に入らない男子生徒に暴力を振るい、女子生徒にはセクハラをしていたという。おまけに女子生徒を力づくで犯そうと画策していたのだとか。話題にならないだけで、鴨志田の被害者は多いらしい。

 

 そんな中で、鴨志田の暴力事件およびセクハラを白日の下に晒そうとしている兵たちがいるらしい。

 旧知の仲である坂本竜司という男子生徒と、つい最近転校してきた女子生徒。――後者の名前が問題だった。

 

 

「有栖川黎さんって言って、地元で暴力事件を起こしてこっちに来たっていう……」

 

「黎ちゃんが!?」

 

「知ってるのゆかりさん!?」

 

「ええ。命……友達の親戚で、2年程巌戸台で一緒だった。その子、冤罪事件に巻き込まれて傷害罪をでっちあげられたの。それで地元にいられなくなって、こっちの方に保護観察に出されたみたい。『何かあったら助けてあげて欲しい』って頼まれたんだ」

 

 

 ゆかりの話を聞いた杏は、ハッとしたように目を見開いた。

 

 

「さっき、有栖川さんと会ったの。彼女の隣に王子様っぽい格好をした変な奴がいて、有栖川さんはソイツのことを『大事な人』だって言ってた。地元にいられなくなったのは『鴨志田のコピペ』みたいな連中が跋扈したからだって。その王子様っぽい奴が、そいつらから有栖川さんを庇ってたんだって……」

 

「吾郎くん……やっぱり、黎ちゃんと一緒にいるのね……」

 

 

 ゆかりたちの戦いをサポートし、すべてを見届けた戦友の片割れ――明智吾郎の姿を思い出し、ゆかりは遠い目をした。

 顔を合わせた当時から、黎と吾郎は比翼連理と言う言葉がよく似合う2人組であった。こちらが羨ましくなる程、青春していたように思う。

 命の話だと『懇意にする本家筋の間では、吾郎のことは『白い烏』と呼ばれ、黎の守護者として有名』だったらしい。

 

 『烏は一途だからね』と笑っていた命の姿が脳裏に浮かんで、ゆかりはやれやれとため息をついた。一途という点では、親友である彼女も負けてはいないからだ。閑話休題。

 

 ゆかりは自分の力について話をした。先程杏を拉致しようとした異形はシャドウと呼ばれる存在で、普通の人間では太刀打ちできない。

 奴らに対抗できるのは、ゆかりのようなペルソナ使いだけである――そう教えた途端、杏は険しい顔をして俯く。

 

 

「ペルソナ……ゆかりさんのような力があれば、鴨志田をやれるってこと……?」

 

「――杏ちゃん。鴨志田とやらをどうにかするためだけにこの力が欲しいって言うなら、やめときなよ」

 

「でも!」

 

「この力を得ると、一生『怪異との戦い』がついて回るよ。――その覚悟はある?」

 

 

 ゆかりの脳裏に浮かんだのは、巌戸台の寮母として命たちをバックアップしつつ共に戦線を駆け抜けた大人――空元至の姿だった。『彼の行くところには怪異あり』と謳われるまでに至った南条コンツェルンの調査員も、きっと東京にいるのだろう。

 

 12年前にペルソナ使いとなって以後、スノーマスク事件、およびセベク・スキャンダルを皮切りにした事件や戦いに巻き込まれているのだ。至は沢山の人と出会い、別れ、交流で笑い、理不尽に怒り、打ちのめされながらも歩んできた。そうしてこれからも歩き続ける。

 杏を脅すつもりは微塵もない。だが、もし杏がペルソナを覚醒したら、彼女は空元至のような宿命を背負えるだろうか。荒垣命(旧姓:香月命)や香月ゆかり(旧姓:岳羽ゆかり)のように、理不尽を覆すために戦い続けることができるだろうか。――その覚悟が、彼女にあるだろうか。

 

 ゆかりの鬼気迫る顔に、杏は小さく体を震わせた。答えを言いよどむ彼女を責めるつもりはない。

 

 

「今じゃなくてもいい。その力を得たいと願ったとき、もしくはその力を手にしたときに、ゆっくり考えればいいよ」

 

「……分かった。考えてみる」

 

「よろしい。それじゃ、出口を探そっか」

 

 

 決意を込めて頷いた杏を見て、ゆかりは安心して微笑んだ。

 これなら彼女は大丈夫だろう。そう信じて、ゆかりは部屋の外へ出る。

 

 ――迷宮からの脱出劇が、幕を開けた。

 

 




<『JOKER(ジョーカー)は死なない』、か>


 嘱託殺人鬼のJOKERも、【怪盗団】のリーダーたるジョーカーも、世間を騒がせた存在であることは同一である。
 あの日の“俺”も、この言葉と同じことを考えていた。“自分達”なら、歪んだ世界を壊して現実へ戻れるのだと信じていた。
 “俺達”ならば――“彼女”と一緒ならば、どんなことだってできるのだと思えたのだ。文字通り、ホシを掴むことだってできると。

 だけど、JOKER(ジョーカー)は死んだ。世界を変えることが出来なかった。間違いを正すこともできなかった。
 嘱託殺人鬼は『向こう側』と同じ末路を辿り、【怪盗団】のリーダーはホシを掴めず楽園(あくむ)に沈んだ。


<……『まだ、道が断ち切られたわけじゃ無い。断ち切られてなんかいない』>


 取引を持ち掛けてきた【奴】の言葉を復唱しながら、前を向く。――現実(あくむ)は現在進行形で巻き起こっていた。


―――

今回追加された場面は「魔改造明智の夕飯シーンと自炊シーン」、「ウン年越しに回収された『JOKER(ジョーカー)は死なない』」の2つ。
今作では、黎も一緒に歴代シリーズ行脚に参加しているため、後者の場面が追加。印象深い殺人鬼と同じコードネームを名乗ることへの言及が成されました。
こうして考えると、須藤竜也の言った『JOKER(ジョーカー)は死なない』というセリフが興味深いことになりますよね。……きっと、こんなことを思うのは私だけなんだろうなぁ。
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