Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・この小説における芳澤姉妹は双子で、同学年の別クラス。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。


女は怖い、そして強い

 僕たちの数歩手前にあるにある扉が派手に吹っ飛んだ。

 

 

「な、なんだァ!?」

 

 

 爆音は、スカルの素っ頓狂な悲鳴ごと飲み込んでしまう。

 

 

「――おいで、カルメン!」

 

「――吹き飛ばせ、イシス!」

 

 

 間髪入れず響いたのは、2人の女性の声だ。前者は先程スカルとモナが追い返した筈の高巻杏、後者は巌戸台で出会ったペルソナ使いのものである。後者はモデルを主としながら、副業扱いでアクション俳優じみたこともしていたはずだ。

 僕の記憶が正しければの話だが、後者の女性は以前、世界的有名なデザイナーがデザインした洋服を身に纏って雑誌の表紙を飾ったことがあった。そのデザイナーの名字は『タカマキ』だったか。僕が記憶を引っ張り出している間に、事態は進んでいく。

 部屋から飛び出してきたのは鴨志田のシャドウだった。奴のマントや衣服は所々黒く焦げており、皮膚にも――軽度ではあるが――火傷の形跡がある。僕たちが奴を呼び止めるよりも、奴が脱兎のごとく走り去っていく方が早かった。

 

 「待ちなさいこの変態ィ! 女の敵!!」「ぶっ潰してやる!!」――なかなかに物騒な声と共に部屋から飛び出してきたのは、2人の女性。

 

 片や、プラチナブロンドの髪をツインテールに結び、豹の仮面をつけ、胸元を露出し強調したボディスーツに身を纏った少女。声からして、彼女は高巻杏であろう。

 片や、茶髪のショートボブで、カジュアルだが洗練されたブランド物の洋服を身に纏ったスタイルのいい女性。そういえば、彼女はモデルを本業にして活躍していたか。

 

 

「お前、高巻か!? なんだよその恰好!」

 

「知らないわよ! ペルソナっていう力に目覚めたら、こんな格好になってたの!」

 

 

 片方についての僕の予想は正解だったらしい。ボディスーツに身を包んだ杏は悲鳴に近い声を上げた。不可抗力で自分の望まぬ格好にされるという羞恥を味わっているようだ。

 彼女はつい先程、僕の格好――至さんが見たら十中八九「ヅカっぽい」と言いそうな、白装束の王子様スタイル――に対して不信感を露わにしたばかりである。

 まさか、こんなに早くしっぺ返しが発生するとは思わなかった。金切り声と涙声を合わせたような調子でスカルに言い返す杏の声をBGMにして、僕はもう1人の女性に向き直る。

 

 彼女は香月ゆかり。旧姓は岳羽ゆかりで、巌戸台のペルソナ使いであり、【影時間】消滅のために迷宮【タルタロス】を登り切った元特別課外活動部メンバー。現在はシャドウワーカーに名を変えた団体に所属する非常任職員である。現在はモデルとして活躍しつつ、ご当地ヒーローの中の人を始めとしたヒーローアクター業も行っていた。

 

 ゆかりさんは一瞬、ぎょっとした顔で僕らの姿を見つめていた。だが、何となく、王子様ルックの嘴仮面男が僕――明智吾郎であることを察したのだろう。

 おずおずとした調子で「……吾郎くん……?」と僕の名を呼んだ。僕が「はい」と返事をするや否や、彼女はくわっと目を見開いて僕の肩を掴んだ。

 

 

「大変よ吾郎くん! 黎ちゃんが、黎ちゃんがあの鴨志田って野郎に!!」

 

「ゆ、ゆかりさん、落ち着いてください! 黎なら、黎ならそこにいます!」

 

 

 がくがく揺さぶられながらも踏みとどまった僕は、ジョーカーに視線を向けた。ポカンとした表情で僕とゆかりさんを見つめていたジョーカーは、僕に乞われていることに気づいたのだろう。小さく頷いて仮面を取る。露わになった黎の顔を見たゆかりさんはぴたりと動きを止めて、フラフラと黎へ歩み寄った。そのまま勢いよく彼女を抱きしめる。

 

 

「良かった……良かったぁぁ! 黎ちゃああん!!」

 

「ゆかりさん、大丈夫ですよ。私には吾郎がいますから」

 

 

 わんわん泣き叫ぶゆかりさんをあやしつつ、ジョーカーは「自分は大丈夫である」と何度も言い聞かせた。ゆかりさんとジョーカーのやり取りに気づいた高巻杏もジョーカーへ向き直り、安堵の息を吐いてへたり込む。

 2人は壊れたラジオのように「良かった」と連呼した。そんな2人を安全地帯――セーフルームへ案内する。敵に気づかれない心象世界の穴へ辿り着いた頃、杏もゆかりさんも落ち着きを取り戻したらしい。【パレス】で何があったかを話してくれた。

 

 スカルとモナによって【パレス】から追い出された杏だが、鴨志田をやることを諦められなかった。そんなとき、杏のスマホに【イセカイナビ】が出現したそうだ。ナビを使って【パレス】に侵入したのはいいが、現れた衛兵に「姫」と呼ばれ、危うく拉致されそうになったという。

 だが、【イセカイナビ】に巻き込まれたのは使用者である杏だけではなかった。仕事帰りに見かけた杏へ声をかけようとしたゆかりさんも、シャドウワーカーとしての勘から“敢えて【イセカイナビ】の転移に巻き込まれる”ことを選んだ。結果、拉致寸前の杏を助けることができた。

 しかし、顕現した衛兵によって出口を塞がれてしまったという。罠だと分かっていても、城内にしか逃げ場がなかった。だから、ゆかりさんは杏の手を引いて城内へ向かい、衛兵から逃げ回っていた。その結果、先程の部屋に迷い込んでしまったそうだ。

 

 そこで目にした光景が、あまりにも酷いものだったらしい。

 

 

「鴨志田の奴、学校の女子生徒を薄汚れた目で見てたの。特に、アタシ、志帆、有栖川さんのことを……!」

 

「安心して。拷問器具という名の悍ましいブツは、全部ぶっ飛ばしておいたわ」

 

 

 杏は怒りと嫌悪感を滲ませ、ゆかりさんは険しい顔をしたまま自分の手を掌へと打ち付けていた。

 

 2人が飛び出してきた部屋は、今となっては灰が残るのみである。部屋の中に何があったのかを推測することすら不可能であった。

 ……ゆかりさんの言葉からして、ロクでもないブツであったことは間違いなかろう。所謂“大人のおもちゃ”あたりだろうか。

 

 

「鴨志田、言ってたの。『志帆を犯そうとしたのは、お前が呼び出しに応じなかったからだ』って。『オマエのせいだ』って。それを絶対許せないって思ったら――」

 

「――ペルソナに目覚めた、ということか」

 

 

 杏の言葉を引き継いで、モナが顎に手を当てた。それを聞いて、僕も考え込む。

 

 僕の世代のペルソナ使いは、どうやら“反逆の意志”をトリガーにして発現するらしい。初期のペルソナ使いは『神』から力を与えられ、巌戸台の面々に世代交代すると“死への恐怖”をトリガーにしてペルソナが顕現するようになった。八十稲羽に至っては、テレビの世界にいる自身の負の側面/シャドウを受け入れることでペルソナ使いになっていたか。

 僕たちに力を与えた奴は“反逆の意志”を用いて何をさせようとしているのだろう。理不尽への反発、他者のための義憤、強大な力への反逆は利用しやすい。……今までの経験則からして、今回はどことなく「付け入る隙を伺われている」ような心地になったのは何故だろうか。現時点での情報だけでは類推することもままならない。僕は深々とため息をついた。

 

 モナと僕がペルソナ能力について説明し、鴨志田を【改心】させるために動いていることを話すと、杏は共闘を申し込んできた。

 彼女の親友である鈴井志帆は――強姦未遂と言えども――“鴨志田の性的被害にあった”というショックで学校を休んでいるという。

 交換条件として「鴨志田を【改心】させた後も、何かあったら黎に協力する」ことを提示した杏の目は、強い決意で満ち溢れていた。

 

 

「確かに戦力は欲しいし、黎の味方も欲しいけど……」

 

「アイツ、アタシのそっくりさんと有栖川さんを侍らせてたのよ。フーゾクみたいな格好させて、文字通り『いいように』してた」

 

「――は?」

 

 

 杏の言葉を聞いた瞬間、僕は“探偵王子の弟子”である爽やかな好青年でいることを放棄していた。視界の端にいたスカルとモナが凍り付くレベルだったあたり、地が出ていたのかもしれない。ゆかりさんは苦い顔をしながら「あの頃から何も変わってない……」とぼやいていた。

 高巻杏曰く、先程の部屋には鴨志田の他に2人の人間がいたという。1人が高巻杏のそっくりさんで、ピンクと黒基調の派手なランジェリーと頭に猫耳のついたカチューシャをつけていた。もう片方が有栖川黎で、レースがふんだんに使われた黒基調のベビードールを着ていたという。

 鴨志田は杏のことを姫、黎のことを奴隷と呼んで『いいように』していたらしい。杏は甘ったるい声を上げながら鴨志田にしなだれかかり、黎はどんな扱いをされても抵抗せず「私には鴨志田様しかいません。鴨志田様に従います」と縋りついていたそうだ。

 

 成程。だからゆかりさんが俺の肩を掴んでがんがん揺すってきた訳か。無事な黎を見て大泣きした理由がよく分かった。

 

 それを聞いたジョーカー、スカル、モナが顔を見合わせた。「そういえば、クロウにはまだ説明していなかったことがあるんだけど……」とジョーカーが口を開く。

 彼女は高巻杏とゆかりさんが目の当たりにした光景について身に覚えがあるらしい。

 

 

「おそらく、高巻さんやゆかりさんが見かけたのは、鴨志田の【認知】によって造り上げられた高巻さんと私なんだと思う」

 

「【認知】?」

 

「うん。ここが鴨志田の心象世界ということは知ってるよね?」

 

 

 ジョーカーの説明に頷き返す。ここまでは、俺も知っている情報だ。だが、この迷宮に跋扈しているのはシャドウだけではなく、現実世界の人間も現れるケースがあるという。しかしながら、この世界はあくまでも()()()()()()()()であって、城内で出会う人々は現実にいる人物ではない。

 現実世界にいる人間のことを鴨志田がどう思っているのか、あるいはどう扱っているのか――この世界で出会う人々は、鴨志田の【認知】によって、奴が“認知している”通りに振る舞う。気に入らない生徒に暴力を振るったり、女子生徒にセクハラを働いていた鴨志田だ。偏った想像と偏見が蔓延していることは予想がつく。

 

 

「まあ、私に『退学させられたくなかったら体育館裏へ来い』って呼び出すような奴だからね。こうなる前は、『前科や保護観察中に問題を起こしたら退学と少年院送りになることを引き合いに出せば股を開く』とでも思っていたんじゃないかな?」

 

「黎ちゃん! 女の子が『股を開く』なんて言っちゃいけない!」

 

 

 あまりにもあんまりな発言に、ゆかりさんが険しい顔でツッコミを入れた。変な方向で度胸を発揮するジョーカーに俺も頭が痛くなる。今後はもう二度と彼女にこんなことを言わせないよう、俺が頑張らねばなるまい。俺はひっそり決意を固めた。

 

 

「なあ、モナ」

 

「ど、どうしたクロウ? そんな人を殺せそうな笑みなんて浮かべて……」

 

「鴨志田のシャドウを不能にしたら、現実のアイツも不能になるかな?」

 

 

 正直、鴨志田に対する俺の怒りは天元突破していた。奴は認知上とはいえ、俺の一番大切な人である黎を――ジョーカーを、自分の欲望を満たすための慰み者にしていたのだ。奴は彼女をいいように出来ると思っている。

 今すぐにでも鴨志田の本陣へと乗り込み、頭と胴体をお別れさせてやりたい。美鶴さんよろしく処刑してやりたい。だが、それは鴨志田を【廃人化】して殺してしまうことに繋がる。それでは、獅童が駒にやらせていることと変わらない。

 俺は既に【改心】専門のペルソナ使いであることを選択したのだ。だから、この決断と選択に恥じるような真似はしたくなかった。これからも黎の――ジョーカーの傍に在り続けるために。

 

 でも、それとこれとは別問題だ。情けをかけて“生き地獄にしてやる”のだから、奴の欲望の象徴を再起不能にするくらい許されるだろう。

 モナはぎょっとしたように目を剥いたが、暫し考え込んだ後、「分からん」とだけ返答した。スカルは「怖ぇ……」と吐息のような悲鳴を漏らす。

 

 俺が今すぐにでも鴨志田を殺したいと考えていることを察したらしい。ゆかりさんがわざとらしく咳払いし、話題を変えた。

 

 

「【認知】云々のせいかな。私が持ってた小道具の弓が、この世界では本物の武器になったの」

 

 

 ゆかりさんは自分の得物を怪盗団の面々の前に指示した。ゆかりさんはご当地ヒーロー戦隊のヒロイン役をやっており、その関係で小道具――弓を所持していたという。この弓は『光をエネルギーにして具現化した矢を無尽蔵に撃ち放つ』という設定があった。同時に、ゆかりさんの得物は弓矢である。

 ゆかりさんが鴨志田のパレスに足を踏み入れながらも五体満足で逃げ回れたのは、彼女のペルソナであるイシスの他に、この武器が設定通りの武器になったおかげだという。実際、セーフルームで試し撃ちしてもらった結果、設定通り『光でできた矢が無尽蔵に供給される』弓矢であることが証明された。

 

 パレスやメメントスに模造刀やモデルガンを持ち込めば、本物の武器と同じように使うことができる――これは、南条と桐条の研究者でも分からなかったことだ。実際、俺が迷宮に踏み込む際に持ってきた武器は、美鶴さんから借りた――特別課外活動部時代のお古――突剣である。他にも様々な武器を試したが、これが一番使いやすかった。

 

 普段は飾り物として倉庫に放置されているのだが、対シャドウのときは安全用に装着されたカバーを外せば立派な武器になる。勿論、銃刀法違反のグレーゾーンだ。

 【認知】云々についての解明はまだ完全ではないけど、“偽物の武器でも本物として使える”というのはとても便利だ。法律違反で留置場行きを防げるならば、それがいい。

 鴨志田の【パレス】を攻略するだけでなく、【メメントス】で情報収集を行うときにも役立ちそうである。後で双方の研究者に報告しよう。僕がそんなことを考えたときだった。

 

 

「武器、かぁ。だったら、いい場所を知ってるぜ。本物そっくりのモデルガンを売ってる店があるんだ。……ただ、店主が店主だから、ちょっと近づきにくいんだよな」

 

 

 申し出たのはスカルだった。その店は、何やら“きな臭い”店として噂になっているという。そこまで述べた後、彼は何か思いついたようで手を叩いて俺の方を向いた。双瞼には強い好奇心が輝いている。

 

 

「なあ、クロウはペルソナ関連の戦いを体験してきたんだろ? 歴代の先輩たちは、どんな場所で武器調達してたんだ?」

 

「御影町のときは悪魔からぶん盗ったり、カジノで交換してたっけ。もしくは、氷の城に店があったかな?」

 

「えっ」

 

 

 スカルが驚いたのは、俺に質問してジョーカーから返答されたことに対してだろうか。それとも、カジノという商業施設で武器――物騒なものを交換できたことに対してだろうか。

 御影町で発生した【セベク・スキャンダル】では、被験者である園村麻希さんの夢の中に迷い込むことになったのだ。それ故、厳密には「現実世界で武器を手に入れた」とは言い難い。

 いくら夢とは言えど、カジノの景品に武器を取り扱う世界というのは物騒である。……そう考えると、夢の主である麻希さんは――これ以上はやめておこう。

 

 あと、エルミン学園が凍り付いた事件――【雪の女王事件】のときの武器調達に関しては、至さんや航さんからの伝聞であった。詳しいことはよく分からない。

 

 

「珠閒瑠のときはパラベラムっていう店だったね。全然武器屋じゃないんだけど、噂を流すと武器を売ってくれるようになったかな」

 

「そういえば、一時期珠閒瑠ってオカルト地味た噂が流行ってたっけ? しかも、終いには珠閒瑠市自体が空に浮上したとか」

 

「ああ、浮いたよ。俺や黎もその場にいたから」

 

「マジ!? クロウとジョーカー、よく生きて帰ってこれたね……」

 

 

 当時の状況を想像してみたのだろう。杏が遠い目をした。俺だって、五体満足で今生きてられることに驚いている。

 

 【JOKER占い】が流行っていたのとほぼ同時期、珠閒瑠市の外では『珠閒瑠市だけが空に浮いた』という噂がまことしやかに流れていたという。

 あの事件の最中に珠閒瑠にいなかった人間の反応を、あれから時間が経過した後に思い知る羽目になるとは思わなかった。

 

 

「あたしたちが活動してたとき、リーダーは交番で武器を買いそろえたって言ってた」

 

「「交番」」

 

「八十稲羽のときは駄菓子屋だったな」

 

「「駄菓子屋」」

 

 

 前者は国家権力の下っ端、後者は到底武器と無縁な店である。特に前者は、「武器を横流ししている」と言っても過言ではない。買う方も買う方だが、売る方も売る方だ。バレたら処分は免れないだろう。そう考えると、黒沢さんの男気に敬礼したくなる。

 予想だにしないパワーワードを喰らい、スカルと杏が呆気にとられた。モナなんて、何とも言い難そうな渋い顔をして視線を彷徨わせている。記憶がない異形でも、人間社会の一般常識――武器の売買関連――は有している様子だった。気持ちは分からなくもない。

 

 

「じゃあ、薬はどこで買ってたんだ?」

 

「御影町のときはサトミタダシ薬局店だった」

 

「……ああ、あの歌の……。ワガハイ、あの店に近づくと気持ちが悪くなってな。最近店が移転になったようだが……」

 

 

 武器の次は薬品の調達先が気になったらしい。モナの疑問に俺が答えると、彼は虚ろな目で天を仰いだ。

 モナは圭さんと同じく、あの歌を「洗脳ソング」と認識するタイプのようだ。ノリノリで歌う空元兄弟とは相容れない。

 他にも、薬はドラッグストア等で手に入れることが多かった――僕がそう答えると、モナは顎に手を当てた。

 

 

「よく効く薬を売っている所の情報がないか、調べてみないか? パレス攻略に役立つはずだ」

 

「確かにそうだね。ペルソナだって無尽蔵に使えるわけじゃないし。評判の薬局かドラックストア、もしくは医院がないか、佐倉さんに訪ねてみる」

 

 

 モナの提案に対し、ジョーカーは二つ返事で頷いた。彼女たちの言葉通り、傷を癒すための薬は戦いに不可欠である。

 

 

「侵入者はどこだ!?」

 

「ネズミ一匹たりとも逃がすな!」

 

 

 談笑の空気を壊すかのように、鴨志田の衛兵たちが叫ぶ声が響き渡った。

 セーフルーム近辺からは衛兵の足音がひっきりなしに聞こえてくる。

 正直もっと探索したいところだが、衛兵たちが活発化してしまった今日はもう難しいだろう。

 

 

「まずいな。今日はこれ以上の探索は無理そうだ。戻った方が良さそうだぜ」

 

 

 モナのアドバイスに従い、僕たちはパレスから現実世界に帰還することにした。

 

 

***

 

 

 秀尽学園高校前に戻った僕たちは、とりあえず近場のファストフード店――ビックバンバーガーへと移動する。適当な飲み物と軽食を注文し、僕たち5人と1匹は席に腰かけた。

 鴨志田を【改心】させるための算段を立てつつ、互いの身の上話に花を咲かせる。今回の一件で杏は戦いに参加し、コードネーム『パンサー』として活動に協力してくれるそうだ。

 そんな杏の姿に、モルガナは心を奪われてしまったらしい。“美人で気高く、友人思いの健気で優しい少女”を見つめる空色の瞳は、彼女に対する敬意と憧憬を滲ませていた。

 

 ……果たして、猫を模した異形と人間との異種間に恋愛は成り立つのであろうか。義姉弟の絆が成立した例――命さんとテオドア、理さんとエリザベス――なら知っているのだが。シェイクを啜りながら、僕はそんなことを考えた。

 

 

『今、ゆかりと僕の予定をざっと確認してみたんだけど、スケジュール調整ができるような状態じゃないね』

 

 

 怪盗団に新たな協力者ができることもあれば、泣く泣く離脱しなければならない者だっている。

 ゆかりさんのスマホ――その画面の向こう側にいる香月理さんから告げられたのは、無情な現実だった。

 

 

「あーもう、悔しいィ! 撮影の仕事さえ入ってなければ、あたしももっと手伝えたのに! あの変態をぶっ飛ばせたのに!!」

 

『正直、仕事の多くが“ゆかりの件のお礼参り”や“後輩の危機”と比較するとどうでもいいことだ。でも、この仕事を逃すと、事務所の存続に関わるから……』

 

「お2人のその気持ちだけで充分です。社会人である2人には、社会人だからこそ為すべきことがあるんですから、そちらに集中してください」

 

「ううう……ありがとう。ごめんね黎ちゃん。何かあったら連絡してね! なるべく力になるから!!」

 

 

 そう言い残して、ゆかりさんはお勘定をして帰っていった。今回はゆかりさんの奢りである。僕たち――杏とモルガナ除く――は先日も玲司さんから奢ってもらったばかりだ。他の面々は分からないが、僕や黎には若干の罪悪感があった。

 

 

「これからは、この面子で集まれる場所があった方がいいよな」

 

「リュージの言う通りだ。こういうことを話し合える秘密の『アジト』はあった方がいい」

 

「アジトか……いい響きだな!」

 

「うわ、子どもっぽい」

 

 

 黎の鞄の中に潜みながら、フィッシュバーガーを貰って食べ進めていたモルガナが切り出した。子ども心を擽る響きを感じ取ったのか、竜司が目を輝かせる。杏は呆れたようにため息をつき、黎はそんな2人と1匹を見守っていた。

 彼らの言うことは間違いではない。どこで誰が聞き耳を立てているのか分からないのだ。こういう話し合いを大っぴらにできる場所は必用不可欠であった。だが、それに関して、大きな問題があっる。

 

 黎、竜司、杏は秀尽学園高校の生徒であり、モルガナは黎に引っ付いて行動するつもりのようだったから、この面子はすぐ集まれる。しかし、明智吾郎はそうはいかない。

 僕は他高生である。しかも、()()()が。ついでに、それなりに名の通った有名人である。いくら他校でも、学校前で待っていれば確実に声をかけられてしまうだろう。

 人のあしらい方は心得ているが、万が一厄介事に巻き込まれてしまっては堪らない。3人と1匹もそのことに気づいたようで、厄介そうに唸った。

 

 

「いっそ、秀尽の制服着て忍び込むとかどう? 変装すれば誤魔化せるんじゃない?」

 

 

 杏の提案に、僕は肩をすくめた。

 

 

「それもやぶさかではないね。だけど、膨大な人数と集団生活していても、『見慣れないヤツ』は()()()()でも分かるんだよ。その違和感に気づかれ、怪しまれて生徒手帳の提示を求められたりしたら厄介だ」

 

「そうかぁ? 生徒全員の顔と名前を把握して、ふとした拍子に咄嗟に思い出せるような超人なんていないんじゃね?」

 

「万が一、という可能性だってある。こんなナリでも有名人やってるワケだし。……それに――」

 

 

 「あまり言いたくないことだけど」と前置きし、僕は言葉を続けた。

 

 

「現時点の黎や竜司の言葉を、今の秀尽学園関係者が信じてくれるかどうか……」

 

 

 僕の言葉を聞いた黎は沈痛な面持ちを浮かべる。竜司は眉間に皴を寄せて首を傾げたが、黎から何かを耳打ちされた直後、情けなく呻いて視線を逸らした。

 

 秀尽学園高校関係者から見た有栖川黎は、“暴行事件を起こしたことが理由で秀尽学園高校に編入してきた”生徒だ。黎と交わしたメッセージからして、周囲から悪い意味で浮いていることは明らかである。現に、彼女を遠巻きにする生徒が零していた話として、『万引き・恐喝・美人局等、ありとあらゆる非行に手を出したやべー奴』という噂話があった。

 担任教師である川上貞代は典型的な事なかれ主義者であり、前歴持ちの黎が自分の担当するクラスに編入してきたことに対して不満を持っている。今回の一件――編入早々、学園の人気者である鴨志田とトラブルを起こした――も合わせれば、教師陣からの心証は最悪であろう。味方になってくれそうな人間は1人もいないという訳だ。

 関係者からの心証が最悪という点では、坂本竜司もぶっちぎりであろう。彼が起こした鴨志田相手の暴力事件で、陸上部は廃部へと追い込まれた。部員の中には彼に対して怨みを抱く者もいるらしく、多くの生徒から“裏切りのエース”と呼ばれて疎まれているそうだ。……玲司さん絡みの一件で零していた話を基にしただけでも、碌な状態ではない。

 

 更に言えば、鈴井志帆の性的暴行を未遂にした――鴨志田からすれば、“お楽しみを邪魔された”――腹いせによる、鴨志田からの退学勧告。学園の人気者という地位から振るわれた強権が行使されかけているという実情もあって、黎と竜司の評判はカースト最底辺。悪い意味で目立っていると言えよう。

 さて、悪目立ちしている2人の横に、変装した僕を並べたらどうなるだろう? 秀尽関係者全員が僕のことを「不良とつるむ奇特な生徒」と流してくれればいいが、恐らくそうは問屋が卸さない。変装して紛れ込もうとした明智吾郎を“異物”と勘づく者は確実に存在しているだろうし、当人の性格によっては僕の排除に乗り出す可能性もある。

 

 

「吾郎が他校生の部外者であることを勘づかれて詰問された場合、私たちが言いくるめるのは難しいよ。何てったって、“学内での信用度が一番低い”人間たちだからね」

 

「だよなぁ……。俺たちが信用されてるんなら、鴨志田の野郎だって、とっくの昔に教師クビになってるはずだもんなぁ……」

 

「“不良が部外者を学校内に侵入させてる”のも問題だからね。誰かに僕の変装を見破られてしまったら、退学までの猶予がゼロになるだけじゃ済まない――」

 

 

 ため息をつく2人にそう言いかけた僕だが、ふと思い至る。

 許可なく部外者が侵入している構図が問題なのだ。

 

 ――なら、()()()()()()侵入すればいい。

 

 

「……探偵という立場を使えば、部外者()でも立ち入り許可が貰えるかもしれない……!」

 

 

 僕の言葉を聞いた面々は、「その手があった」と手を叩いた。

 ……直斗さんがこの場に居なくてよかったと、僕は内心安堵していた。

 これから行うことは、完璧に職権乱用――もとい、悪用だからである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

『――という訳でして、秀尽学園高校の生徒たちからの情報が必要なんです』

 

『う、ううむ……。そういうことでしたら……』

 

 

 秀尽学園高校の校長に関して、僕は幾つかの情報を入手している。僕の倒すべき相手――獅童正義と懇意にしていること、性格は小心者であること、基本的な行動理念が“長いものに巻かれろ”精神と“事なかれ主義”を掲げる人物であることだ。

 鴨志田の暴力事件を元ネタにした適当な理由をでっちあげ、(いるはずのない)依頼者に関する追及は“守秘義務”でゴリ押す――大分お粗末な作戦である。しかし、ネームバリューと社会的信用で殴りつけた結果、明智吾郎は秀尽学園高校に潜入する許可をもぎ取ったのだ。

 

 

(こっちの校長や関係者に対しては特に罪悪感とか湧かないけど、小田桐先生には申し訳ないことしたなぁ……)

 

 

 でっち上げであれど、依頼は依頼。周囲に信憑性を持たせるため、僕は小田桐先生を筆頭とした怜極学院関係者に『探偵活動のための休み』を申請してきた。

 何とも言い難そうな顔をしつつ、最後は『分かった。無理はするなよ』と言って送り出してくれた小田桐先生の姿が頭から離れない。

 探偵としての仕事で休みがちな僕のことを案じながら、先生は今日も、僕の出席日数や成績をどうにかするために手を尽くすのだろう。

 

 一応、課題の類には目を通している。調査――もとい、怪盗活動の傍ら、全てを片付けて提出するつもりでいた。

 

 

「見て見て! 本物の明智くんよ!」

 

「なんで秀尽学園高校(ウチ)にいるの!? もしかして、何かの調査かな!?」

 

「一体何しに来たんだ……?」

 

「モテモテでいいご身分だよなあ。あーあ、同じ場所の空気吸いたくねー……」

 

 

 校内を芸能人が闊歩しているという図式は、良くも悪くも人目を惹く。遠巻きから見ている生徒もいれば、芸能人との親交を狙って近づいてくるミーハーな輩もいるものだ。

 それらすべてを適宜さばきつつ、僕は情報収集に精を出した。情報を聞き出す人間が直接的な関係者か無関係の第3者かでも、手に入りやすい情報に差異がある。

 

 多くの生徒たちは、鴨志田に対して好意的な見方をしている。バレー部の体罰を「しごき」と見ており、「普通の部活よりも厳しめなだけ」と認識し、鴨志田の練習内容に不平不満を漏らす者のことを「不真面目」、「やる気がない」と評価していた。部の成績が優秀であることも、鴨志田の評価を盤石にしているのであろう。

 しかし、一部の生徒――特に男子が多かった――は、鴨志田の異常性に気づいていた。手加減一切なしのスパイクを何発も叩き込まれて倒れた男子生徒や、鴨志田から不埒な視線を向けられたことに恐怖を感じて部を辞めた女子生徒の存在もちらつく。……最も、黒い噂を知る者も、鴨志田に潰された張本人やその関係者も、鴨志田の罪を告発する気概は無いようだが。

 黎や竜司の一件を“鴨志田による見せしめ”と認識している聡い生徒であればあるほど、鴨志田関係の事象に口をふさぎがちな印象を受ける。彼らが喋れるようにならなければ、これ以上有益な情報は手に入らないだろう。――ならばもう充分だ。情報収集を切り上げて、黎たちと合流しなければ。僕はスマホを確認する。

 

 彼等とは2-Cの教室入り口で待ち合わせている。口裏の内容は『今回初めての顔合わせ』、『証言集めの一環で屋上に呼び出す』。「人に囲まれていない場所じゃ無ければ聞けない証言がある」と言えば、多少雑でも連れ出すことができるだろう。

 適当に人を捌きつつ、待ち合わせ場所である2-Cへ向かえば、3人はそれぞれ互いに背を向けていた。黎が小説を読み、杏が鏡で化粧を確認し、竜司がスマホをいじくり回している。僕は営業用の仮面を被り、香月夫妻直伝のスマイルで近づいた。

 

 

「そこの3人に訊きたいことがあるんだけど、ちょっと時間を――」

 

「――わざわざ他校にまで出向いて調べものだなんて、正義の名探偵さんも大変ね?」

 

 

 聞き覚えのない声だ。けど、その棘の具合には、どこか既視感がある。

 

 僕が振り返った先にいたのは、仁王立ちする女子生徒。制服に付いた学年章が3年生であることを示していた。黒髪を首で切りそろえ、髪の一部を編み込みにしている。意外と器用で凝り性なのだろうか。

 そんな僕の所感からワンテンポ遅れて、言葉にならない焦りが沸き上がる。()()()()()()()()()()()()()()()()――そこから先が脳内言語として出力されるより先に、彼女が口を開いた。

 

 

「こんにちわ、明智くん。私がこの学校の生徒会長・新島真よ。貴方に関する苦情(おうわさ)は、お姉ちゃんから伺っているわ」

 

「新島……? 新島って、冴さんの妹さん!? 『料理上手で合気道有段者という文武両道を地で行く、私の最高の妹』の!?」

 

「や、やだ! お姉ちゃん、私のことなんて言ってるの!?」

 

「『真は可愛い上に愛らしいから、変な虫がつかないか心配』、『真の作った手作りお弁当が私の生きる糧(ガソリン)』、『真に近づく男は尋問室に連れ込んでお話合いしたい』、『真が健やかに成長してくれることが私の幸せ』……」

 

「もういい! もういいから……!!」

 

 

 僕が彼女――新島真さんの姉にして上司の冴さんから又聞きした内容をそのまま投げつければ、新島さんは顔を真っ赤にして挙動不審になった。なんだかとってもソワソワしている。彼女の仕草の既視感は、冴さんが照れ臭そうにしているときの動作と非常によく似ていた。……そりゃあそうだ、一緒に暮らして育ってきた姉と妹。仕草が似るのは当然であろう。

 杏と竜司は目を丸くしている。彼らが生徒会長である新島さんにどのような印象を抱いていたかは分からないが、いきなり乙女チックになってしまった姿は予想外だったらしい。頻りに目を瞬かせていた。……気持ちは分からなくもない。いきなり強敵が出てきたと思ったら、簡単に撃退できそうな状況になっているわけだし。

 

 

「――それはいいとして、明智くんは一体、()()()何を調査するために秀尽学園高校(ウチ)に来たのかしら?」

 

「それはノーコメントだよ、新島さん。探偵には守秘義務というものがあるからね」

 

 

 だが、新島さんは冴さんの妹だった。姉の話を引き合いに出せば崩れるものの、即座に立て直して追及してくる。

 

 

「貴方が受けたのは【秀尽学園高校(ウチ)の女子生徒を狙った不審者】、及び【秀尽学園高校(ウチ)の生徒が負った不可解な怪我】の調査よね。……でも、貴方が生徒たちから聞き出していた情報は、鴨志田先生に関することばかりだったわ。おかしな話よね?」

 

「たまたまだよ。情報収集をしていくうちに、鴨志田先生の噂に辿り着いただけだ」

 

「その割には、あらかじめ鴨志田先生に対して“何かしらのアタリ”を付けていたように思うけど。そこのところ、どうなの?」

 

「あ。冴さんと同じ口癖」

 

「茶化さないで!! 貴方、本当の目的は何なの? 依頼主は秀尽学園高校(ウチ)の生徒?」

 

「これ以上は話せないよ。守秘義務なんだから」

 

 

 正直な話、守秘義務でゴリ押すのがしんどい相手だ。こっちは目の前にいる黎たちと合流して、早く作戦会議をしなければいけないのに。

 同時に僕は今、命の危機を感じている。妹大好きで『近づく男は尋問室に連れ込んでお話合いしたい』と豪語する、僕の上司の存在だ。

 今この場に冴さんはいない。しかし、真経由で今日の出来事――真と会って話した――を聞いた冴さんが何をするかなんて、考えるのが怖かった。

 

 冴さんのキレ具合によっては、獅童をぶちのめして黎の冤罪を晴らすことはおろか、目下の危機である鴨志田の改心すら行えなくなる可能性がある。黎の力になれないまま退場するなんてゴメンだ。

 

 

「生徒会長自らが巡回して治安維持に努めるのは結構。けど、僕の方も正式な依頼を受け、校長先生から正式に許可を得た上で動いているんだ。やましいことなんて一切ないよ」

 

「…………」

 

「……問題になるとするなら、今ここで新島さんと喋ったことじゃないかな?」

 

「えっ?」

 

「冴さんがこの接触を知ったら、きっと僕の息の根を止めるために動き出すだろうね」

 

「明智くんのお姉ちゃん像はどうなってるのよ……」

 

 

 口調と態度はほとほと困惑しきっているようだが、新島さんは“冴さんが僕を殺しに来る理由”に関して覚えがあるようだ。額に手を当ててため息をついている。

 人は“身内だからこそ”、相手の言動に辟易したり、相手の言動をうっとおしく感じてしまう瞬間があった。多分、新島さんにも、冴さんに辟易する瞬間があったのかも知れない。

 

 

「あの、生徒会長。ちょっとご相談したいことがあるんですけど……」

 

 

 丁度そのタイミングで、秀尽学園の生徒が新島さんを呼びに来た。暫し生徒と話しこんでいた新島さんであるが、彼女は生徒からの相談に乗ることを選んだらしい。しかし、僕への追及に関して未練があったようで、生徒を先に行かせた後、彼女は何度も振り返って僕等を気にしながら立ち去って行った。

 件の生徒はファインプレーである。このまま新島さんに絡まれ続けていたら最後、作戦会議どころではなくなっていただろう。今回は運よく解放されたが、生徒会長の眼差しは僕に注視されることとなってしまった。特定の生徒と集まることを繰り返せば、違和感に気づいて突撃してくる可能性が高い。

 新島さんと僕のやり取りを見守っていた黎は、どこまでも静かな面持ちで新島さんの後ろ姿を見送っていた。竜司と杏は、生徒会長に注視されてしまったことの厄介さを察してこめかみを押さえている。モルガナに至っては一言も言葉を発せない。出鼻をくじかれるとやる気が削げてしまうから仕方なかろう。

 

 絡んできた生徒を軽くあしらいながら、僕たちは屋上へやって来た。――今のところ、僕ら以外に誰かがいる様子はない。

 

 しかし、先程の一件を思い返すと嫌な予感が拭えなかった。今が良くても、後々になって抜き打ちで襲撃されそうな気配がする。

 ……もしも再び新島さんから襲撃され、証拠を掴まれた上で問い詰められてしまったら――禄でもない結果になるのは目に見えていた。

 

 

「……どうする? 生徒会長に怪しまれている以上、屋上で頻繁に集まるのは悪手だよね?」

 

「厄介な相手と絡んじまったな。何かあったら絶対つけ回されるヤツじゃん」

 

「あのキレ者を相手取るのは、現時点のワガハイたちには厳しい。……やっぱり、学園をアジトにするのは無理があったか……」

 

 

 杏の見解に、竜司とモルガナは深々とため息をついて項垂れた。僕と黎も頷き、顎に手を当てて思案する。

 

 

「あと、他に良さそうな場所はないかな」

 

「全員集まれて、人の目に触れない場所。……あるいは、俺たちに対して無関心または理解者がいる場所――……あ」

 

 

 

***

 

 

 

「いやー、嬉しいなー。めでたいなー。吾郎が黎ちゃんと友達連れてウチに来るなんて!」

 

「はいはい。煩いからもうちょっとテンション落とせよ。黎以外みんなドン引きしてるじゃねーか。あと調理中にくるくる回るんじゃねえよ、零れんだろ」

 

 

 口元を緩ませてでれっでれになっているのは、俺の保護者の片割れである至さんだ。多分、この家の住人の中で一番テンションが高いのも至さんだ。ウキウキしすぎて動きがミュージカルダンスみたいになっている。

 ……実は、至さんがこんな感じでステップを踏んでも、料理が零れたことなど一度もない。彼のバランス感覚と料理――特に汁物の表面張力が仕事をした結果だろう。いつか過労死するのではなかろうか。

 聡い彼のことだ。俺の言葉が照れ隠しであると察しているはずである。同時に、俺たちが何のためにここに集ったのかお見通しに違いない。何せ、彼は“ペルソナ使いの戦いを察知するために存在している”と言っても過言ではないからだ。

 

 

『次は、お前と黎ちゃんの番だ。――ごめんな、吾郎』

 

 

 つい先程、至さんが俺に耳打ちした言葉が脳裏をよぎる。ああ、この人は()()()すべてを理解しているのだな――と、漠然と思った。

 けれど、あの人はそれ以上弱音を吐くことはなかった。でれっでれに笑いながら、素早い手つきで次々と客に振る舞うための料理を作り出していく。

 

 こうしている間にも、食欲を誘う香りが部屋中に漂い始める。竜司は生唾をごくりと飲み干し、杏は手作りのデザートに目を奪われ、モルガナはテーブルの上を凝視しながら微動だにしなかった。

 

 

「吾郎の保護者さんって、凄ぇんだな……」

 

「過保護なんだよ。しかも無駄に器用だし」

 

 

 竜司が感嘆の言葉を漏らす。俺は肩をすくませた。

 そんな俺を、黎が生温かい瞳で見守っている。……結構気恥ずかしい。

 

 一時の『アジト』として選ばれたのは、俺と至さんが住まう家だった。秀尽高校からは反対方向の上に少々遠いが、全員が充分集まれる距離にある。

 

 至さんは出生がアレ――フィレモンの化身だが「失敗作」扱いされているのに、厄介事に介入するように作られている――なので、三十路でも“反逆の徒”を地で行く感性を持っている。多分、死ぬまで反逆し続けるのではなかろうか。フィレモンへの怒り的な意味で。そんな彼なら、俺たちのサポートを快く引き受けてくれるであろう。

 仕事の関係でたまに泊まりに来るのが航さんである。航さんもペルソナ使いであり、聖エルミン学園高校時代に発生した“スノーマスク事件”や“セベク・スキャンダル”を駆け抜けた張本人である。彼もまた、嘗て理不尽に挑んだ“反逆の徒”だ。至さんとは別方向のアプローチを駆使し、怪盗団に合流する前の俺をサポートしてくれた立役者である。

 

 

「いやー、嬉しくてつい熱が入っちゃった」

 

「相変わらずの腕前ですね。至さん」

 

 

 黎は拍手し、皿に並んだ大量の料理を眺める。俺もつられるような形で料理に目を向けた。

 

 スパイスが香るビーフストロガノフ、サーモンとアボカドを使ったシーザーサラダ、マグロの柵をレア気味に揚げたステーキ、豚バラ肉の軟骨と大きめに切った野菜を圧力鍋で煮込んだポトフ、エディブルフラワーを使ったゼリームース、とろみのあるスムージーにフルーツグラノーラを入れたスムージーボウル……。

 元陸上部エースである竜司はビーフストロガノフを凝視しているし、モデルである杏はゼリームースやスムージーボウルに興味津々だ。モルガナは猫という器に引っ張られているらしく、シーザーサラダやマグロステーキをじっと見つめては吐息を漏らしていた。そんな彼らを、黎は慈母神もかくやと言わんばかりの優しい笑みで見守っている。

 空元至は料理がうまい。そして、性格的な適正云々もあって無駄に凝り性だった。それは、空元家の家事全般や、アルバイト先の店長に業務を全部押し付けられて店を回していたという経験が成せる技でもあったのだろう。特に、航さんの家事能力が壊滅的だったのと、俺の家事能力も航さんよりマシなレベルでしかなかったのも理由だった。

 

 至さんはニコニコしたままエプロンを外すと、いそいそと外出の準備を始めた。

 黒いジャケットを纏い、クレー射撃用の銃が入ったケースを肩に引っ掛ける。

 

 

「あれ? 至さん、今から出かけるの?」

 

「ああ、ちょっとな。戻るの遅くなるから、適当にくつろいでてな」

 

 

 そう言い残すなり出かけようとした至さんは、ふと足を止める。彼はモルガナに歩み寄ると、真顔のまま向き合った。

 

 

「――お前、お嬢の保護観察先に住んでいるんだってな?」

 

「ハ、ハイ。仰る通り、ワガハイ、レイの保護観察先でお世話になっております。住む場所を提供してもらい、喫茶店のゴシュジンにも話をつけていただきました」

 

「そうか。もし、お嬢の着替えを覗いたり、猫の外見を利用してお嬢に破廉恥な真似をしようとしたら……分かるな?」

 

「ヒィッ!? かかか、畏まりました! 肝に銘じておきます!」

 

 

『――もし、黎の着替えを覗いたりなんかしたら、殺すぞ?』

 

『わ、ワガハイ、そんな真似は絶対しないぞ!』

 

 

 至さんがモルガナに言ったことは、つい数日前――モルガナが黎の住む喫茶店の屋根裏部屋に居つくことになった際に、僕が奴に耳打ちした内容と一緒だった。唯一違うところがあるなら、モルガナは至さんに対して敬語を使っているところだろう。

 誰かに対して畏まった様子のモルガナを見たのは初めてだ。不遜で不敵な気高い黒猫からは想像つかない。現に、竜司が「モルガナって敬語使えるんだ……」と感心していた。「紳士なのだから当然だろう。常識だ!」とモルガナも怒りをあらわにする。

 

 

「でも、俺らと至さんじゃ、お前全然態度違うよな。何でだ?」

 

「……正直、ワガハイにもよく分からないんだ。だが、漠然とだが、絶対的な強制力? みたいなモンがあってな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って……」

 

 

 自分でも理由が説明できずに困惑しているのだろう。モルガナはもごもごと呟いて首を傾げる。そのあたりが、彼の“失われた記憶”と関係しているのだろうか。

 ……“至さんの正体が何なのか”を知っている俺は、今、どんな表情を浮かべてモルガナを見ているのだろうか。眉間に皺が寄っていることは確実である。

 モルガナの発言を、至さんもきちんと聞いていたらしい。ほんの一瞬だけだが、見ているこちらが凍り付くレベルの険しい顔を浮かべた。そうして、モルガナに声をかける。

 

 

「フィレモン」

 

「!!」

 

 

 至さんがそう呟いた刹那、モルガナはビシッと背を伸ばした。多分、モルガナがパレスのときと同じ姿であったなら、直立不動の姿勢を取っているに違いない。

 

 

「ニャルラトホテプ」

 

「!!」

 

 

 至さんがそう呟いた刹那、モルガナは即座に威嚇態勢を取った。多分、モルガナがパレスのときと同じ姿であったなら、武器を携えて相手――名前の主へ突撃していきそうな空気である。目が血走っているように見えたのは気のせいではなさそうだ。

 

 幾何の沈黙。

 そして、至さんが吼えた。

 

 

「――お前、役立たず(フィレモン)の関係者かよォ!!」

 

 

 俺の言いたいことのすべてを、至さんが代弁してくれた。そうして、即座に黎の方へと向き直る。

 

 

「お嬢、悪いことは言わない。コイツ追い出せ。今すぐ追い出せ」

 

「で、でも……」

 

「確かにコイツは人間の協力者だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。“滅びを迎える世界にいた俺”も役立たず(フィレモン)に騙されて利用された挙句、結果的にそれが原因で死ぬ羽目になったから分かる。下手したらお嬢もその轍を踏みかねない!」

 

「それは違います! ワガハイは、レイを騙したり、利用したり、死なせようなんて思っていません!!」

 

「どうだかな。役立たず(フィレモン)の関係者ってだけで信用ならん。役立たず(フィレモン)の関係者の中で例外なのは、イゴールと『力司る者』の面々だけだし」

 

「イゴール……?」

 

 

 言い争っていた至さんとモルガナだが、フィレモンの次に出てきた名前――イゴール――を聞いた刹那、モルガナはぴたりと動きを止めた。

 「……何故だろう。その名前、とても懐かしい……」――イゴールという人名に対し、懐かしさと同時に親愛と敬愛を抱くモルガナ。

 それを見た至さんは刺々しい態度をひっこめる。少し悩むような動作をした後、納得したように頷いて息を吐いた。そうして、至さんはモルガナに謝罪する。

 

 謝罪合戦を繰り返す至さんとモルガナの脇で、黎が難しそうな顔をして顎に手を当てていた。あの様子だと、黎もイゴールなる人名に聞き覚えがあるらしい。

 

 

「黎。イゴールという人のこと、知ってるの?」

 

「……たまに、夢の中の牢獄で会うんだ。そのおじいさん、私のことを【囚人】って呼んでて、【更生】させるって言ってた」

 

「【囚人】に、【更生】……」

 

 

 何とも物騒な響きである。そんなことを黎に言い放つ老人という時点で、俺はイゴールなる人物に対する信頼度はダダ下がりした。至さんが件の老人を信頼する理由に警告したくなるレベルだった。至さんこそ騙されていないのか心配になる。

 俺は、件のイゴールなる人物と出会ったことはない。彼を上司と仰ぐ【力司る者】の面々となら、何度か遠巻きから見かけた程度だ。末弟のテオドア、2番目のエリザベス、長女のマーガレット――上の姉2名が末弟を苛め抜いている姿が頭から離れない。

 

 今日もまた、テオドアは理不尽な目に合っているのだろうか。そうして、半べそになりながら命さんの元で愚痴を聞いてもらっているのだろうか。

 酒を水の如くガブガブ飲み進め、「命さまが私のお姉さまだったら良かったのに」とかぼやいているのだろうか。それを訊ねる勇気など俺には無い。

 そうして、最後は前後不覚になったテオドアを、エリザベスかマーガレットが引きずりながら雑に回収していくのであろう。可哀そうに。

 

 モルガナとの謝罪合戦を終えた至さんは、何やら難しい顔をしたまま考え込んでいた。出かける用事も忘れてしまったくらいに、真剣な面持ちである。彼はぼそぼそと何かを口走っていた。

 

 

「……役立たず(フィレモン)の奴、『イゴールが悪神に捕まったから助けてくれ』とか言ってたよな……? なら、お嬢の知ってるイゴールは――」

 

「至さん、時間大丈夫?」

 

「――あ、いけね。急がなきゃ」

 

 

 俺に指摘された至さんは、慌てた様子で走り去っていく。「それじゃあ、行ってきます」とだけ言い残し、あの人は家を飛び出した。

 

 俺たちは椅子に座って料理に舌鼓を打ちつつ、鴨志田を【改心】させるための作戦会議を行う。武器と薬の調達には目途が立っており、あとは【改心】させるための下準備を整えるだけだという。その第1段階が、“【オタカラ】と呼ばれる欲望の顕現がしまい込まれている最奥までのルートを確保すること”だった。文字通り、俺たちの活動は怪盗じみている。

 ルートの確保が完了すれば、第2段階は“ターゲットに予告状を出して相手を緊張状態に追い込むことで、パレス内に【オタカラ】を具現化させる”のだ。敵の警戒を最大にしながらも、決して自分たちは捕まること無く、包囲網を掻い潜って【オタカラ】を盗み出す。慎重さと大胆さが必要だ。言うのは2度目だが、やはり俺たちの活動は怪盗じみていた。

 

 俺の本業は探偵(偽物)であるが、こういうのも悪くはない。

 『探偵でありながら怪盗』という二足の草鞋を履く、光と闇のヒーロー。

 そして何より、俺は黎と一緒に戦うことができる。彼女の力になれる。

 

 

(獅童正義の件で全然役に立たない分、少しでも黎の力になりたい)

 

 

 自分の中で渦巻く苦々しさを飲み下しながら、俺はふと考えた。

 

 モルガナの言葉通り、鴨志田の【改心】が成功して、鴨志田が罪を告白して償おうとしたならば。

 もし、獅童正義の欲望がパレスを作れる規模のもので、奴のパレスが存在しているのならば。

 

 獅童正義を【改心】させれば――奴は自分の罪を認めて反省し、黎の無実を証明してくれるだろうか。

 

 俺は、黎を守る『正義の味方』に――『白い烏』になれるだろうか。

 

 




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『全部片付いたら、私の実家に行こう』

『ウチの両親に■■のことを紹介するんだ。――世界で一番大切な人だ、って』


 ――()()()()()()()()()()()()()()


『ああそうだ。■■のお母さんにも挨拶したいな。『息子さんを私にください』って!』

『お墓参り、連れて行ってよ。案内してくれる?』


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

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 ……()()()()()()()()


『……悪くない』


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―――

お久しぶりです。某所で他版権作品の二次創作やってました。他にも、ポケモンBDSPやLEGENDアルセウスをプレイしてましたね。
他版権の楽曲を視聴した際、「ウチの面子のテーマソングだ!」と感じた曲があったのです。それに背中を押されるような形で執筆しました。
あれからリアルの環境も大きく変わり、腱鞘炎や関節炎に苦しみながらも生きています。一時は執筆することはおろか、小銭すらつかめなかった有様でした。

さて、魔改造明智が原作とは違った行動をとった結果、本編より早いタイミングで真とエンカウントすることになりました。
他にも、リメイク前とはちょっとづつ違う点もちらほら。こんな感じで、少しづつ物語が動き出します。
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