Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・この小説における芳澤姉妹は双子で、同学年の別クラス。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。

・真やかすみが魔改造ぺご主♀に対して厳しめな印象を抱き、それ相応の態度を取っている。



変態城主ぶちのめす大作戦

 鴨志田【パレス】攻略と並行して、黎たちは高校生活を送っている。……と言っても、秀尽学園高校の関係者からしてみれば、黎と竜司の扱いは相変わらず厳しい。学校内で校長と同格――下手をすれば、校長すらも鴨志田のために動く可能性がある――権力者に逆らったようなものだから、致し方ないだろう。

 杏の場合はそれほどではないものの、生徒たちからの印象は「近寄りがたい人物」扱いだ。金髪碧眼で容姿端麗な美少女であることが、杏の第一印象を決めてしまったのかもしれない。そういう点は、珠閒瑠在住のリサ・シルバーマンさんの境遇とよく似ている。滅びの夢で見たあの人は、周囲から英語を喋ることを期待されていたか。彼女は日本育ちで、英語は一切喋れなかったのに。

 僕は依頼を受けた探偵、及び、依頼の裏取り調査という名目で秀尽学園高校に堂々侵入している。鴨志田が暴力事件を引き起こした主犯だという確証を得たにも関わらず情報収集を続けているのは、関係各者及び周囲に対する「仕事をしています」アピールであり、鴨志田に対するちょっとした圧力でもあった。

 

 僕が自分に関する情報収集を行っていると察しているのか、すれ違う鴨志田の表情は剣呑だ。僕のことを敵視していることはありありと伝わってくる。

 それでも、黎や竜司と同じようなこと――僕に対して強権を行使――に及ばないのは、僕が“顔が売れている芸能人”であることが関わっているようだ。

 

 良くも悪くも、僕の顔は母と瓜二つである。獅童正義という当時の議員が気に入って手を出す程には、亡き母は端正な顔立ちと美しさを有していた。

 

 結果、その容姿は、いい意味でも悪い意味でも他者の目を惹く。特に、清潔感のあるイケメン好きや可愛い系の男性を好むタイプの女性から向けられる眼差し、及び熱量が半端ない。鴨志田のような野郎とは違うジャンルではあるものの、僕は有名人で人気者であった。

 オリンピック金メダリストだった鴨志田と、今を時めく二代目探偵王子である明智吾郎。同性からの人気は(比較的)鴨志田側に軍配が上がるかもしれないが、女子生徒たちからの人気は(比較的)僕の方が上回っている。観賞用の男としての需要は、中年男性よりも同年代、或いは若い世代に向きがちだから。

 

 

(後は、“獅童にいい顔していたい校長が手を回している”可能性も無くはない、か?)

 

 

 顔を合わせる度に冷や汗と愛想笑いを標準装備している校長の様子を思い返す。あの反応からして、校長は僕が獅童正義の関係者と繋がりが出来つつあることを察している――或いは把握している可能性があった。

 そのため、僕が巡り巡って獅童にとって不利益な情報/校長にとって知られたくないスキャンダルを掴まれてしまうことを危惧している。それが露呈したが最後、獅童に切り捨てられてしまうから。

 

 獅童正義が普通の政治家だったら、校長は社会的な死を迎える程度で済んだのかもしれない。しかし、獅童は完全犯罪を成立させる力を有したヒットマンを子飼いにしている。校長と獅童の親密度が如何程かは分からないが、認知世界の殺し屋という存在を把握していた場合、心労はとんでもないことになっていそうだ。

 下手すれば、“僕が秀尽学園高校で活動するだけで、校長のストレス度が鰻登り”レベルだろう。そのうちストレスが理由で倒れてしまいそうな気配が漂う。スキャンダルが露呈して獅童派から息の根を止められるのが先か、僕が動き回っているという事実に耐えきれずに病院送りになるのが先か。とんでもないチキンレースである。

 まあ、僕からすれば、自分よりか弱い女子生徒を食い物にしようとした鴨志田を庇う校長がどうなろうと知ったこっちゃあないのだが。……流石に須藤竜蔵みたいな末路――ニャルラトホテプから切り捨てられた際、異形化されてペルソナ使い達にけしかけられる――になって欲しいとは思わないけれど。

 

 

「鈴井さん、まだ学校休んでるんだって」

 

「変質者に遭遇したの、相当ショックだったんじゃない?」

 

 

 杏の親友・鈴井志帆は、未だに学校へ来ていない。

 

 鈴井志帆の扱いは“学園外で変質者に襲われそうになったショックで学校を休んでいる”となっている。鴨志田が彼女に性的暴行を働こうとしていた事実は、ものの見事に“なかったこと”にされていた。十中八九、学校側――スキャンダルを隠蔽したい校長と鴨志田による揉み消しだろう。被害者の心情なんてお構いなしだ。

 こんな扱いをされている上、自分を食い物にしようとした鴨志田が我が物顔で跋扈する秀尽学園(きけんちたい)に、鈴井志帆が再び足を踏み入れようなんて思うわけがない。トラウマになっているなら猶更だ。鴨志田への恐怖を振り払って登校したとしても、興味本位で近づいてきた生徒たちからの奇異な眼差しや心無い言葉を浴びせられる可能性もある。

 

 ……現に今だって、彼女に関する噂が飛び交っていた。

 

 

「鈴井さんの噂、知らないの? 彼女、援助交際に手を出してたらしいよ」

 

「マジ? だとしたら、彼女を襲った変質者って、鈴井が援助交際してた相手ってこと?」

 

「変質者に遭遇したってのも怪しいね。自分が“そういうコト”に手を出してたことを隠すためのカモフラージュなのかも」

 

「うっわ。だとしたら自業自得じゃん!」

 

(……杏が怒り狂うのも当然の内容だな)

 

 

 SNSで怒髪天になっていた杏のことを思い出し、僕はひっそりため息をついた。恐らく、噂の出所は鴨志田だろう。

 黎と竜司を退学させるために色々根回しする男だ。自分の名誉を守り、犯罪を隠蔽するため、鈴井志帆を辱めようとしてもおかしくはない。

 

 

『ねえ、杏。杏が知ってる鈴井さんについて教えて欲しい』

 

『いいけど、何が知りたいの?』

 

『鈴井さんって、自分に理不尽なことが起きた場合、理不尽に対して声を上げて反論するタイプ? それとも、何も言わずに耐え忍んでやり過ごそうとするタイプ?』

 

『……理不尽の内容によるけど、どっちかというと我慢しちゃうことが多いかな。鴨志田から暴力や呼び出しを受けたときも、『私は大丈夫』って笑ってたから』

 

 

 杏から提供された情報から逆算すると、鴨志田から見た鈴井志帆は“精神的な揺さぶりをかければ、口封じは容易な相手である”と認識されているようだ。

 

 退学にまで追い込みたい黎や竜司と違い、転校か不登校になってくれるだけで充分口封じが出来ると思っているのであろう。僕の見解を聞いた杏やモルガナの怒りっぷりは昨日のことのように思い出せる。

 鴨志田の被害者の中で、学園に在籍・またはどうにか学園を卒業できた者の多くが先天的または後天性の後者。前者は様々な形で学園を追われたり、スポーツ選手としての選手生命を絶たれていたか。

 竜司のケースは氷山の一角なのだろう。叩けば幾らでも埃が出てきそうな野郎だ。……埃を必死になって物陰に押し込んでいる輩がセットになっているから分かりにくいだけで。

 

 近づいてきた生徒たちを適当にいなしつつ、僕は情報収集を続ける。……と言っても、先程も述べたとおり、依頼は僕自身がでっち上げたものだ。

 鴨志田が体罰をしているという確証だって既に掴んでいたから、現在の秀尽学園高校がどんな状況下にあるかの確認作業にしかならない。

 

 情報収集をすればする程、この学校に渦巻く理不尽の空気を色濃く感じ取ることはできた。それを怪盗家業のモチベーションに繋げるという意味では、無駄ではないかもしれない。

 

 

(中々に世紀末な学園だな……。珠閒瑠が舞台だったJOKER呪いによる嘱託殺人や、厳戸台を根城にした影時間の殺人集団ストレガが跋扈してたときと似たような雰囲気を感じる)

 

「今日も情報収集に精を出しているのね、正義の探偵さん」

 

 

 僕が過去の修羅場に思いを馳せていたとき、背後から修羅の声がした。振り返った先には、世紀末な学園に所属する生徒の中で一番の肩書持ち――秀尽学園高校の生徒会長・新島真さんが仁王立ちしている。彼女の瞳は何処までも剣呑で、僕に対する強い対抗心を滲ませていた。

 新島さんは“明智吾郎が秀尽学園高校内をうろついている”ことに対して、あまりよく思っていない人間側の生徒であった。更に付け加えるなら、僕に対する風当たりが一番強い生徒でもある。下手すれば、イケメン芸能人にやっかみを抱く男子生徒を軽く凌駕するレベルであった。

 

 ……何故新島さんから強く当たられるかに関する心当たりがないわけではない。

 

 新島さんの姉・冴さんは、僕の上司的な存在に当たる。コンビを組んで1年経過するかしないかの間柄ではあるものの、僕と冴さんは“それなりに”――お互いの大切な人の自慢話をする――親交があった。僕が至さんに冴さんの話をしていたのと同じように、冴さんも“新島さんに僕のことを報告している”らしき話を聞かせてくれたことがある。

 冴さんにとって、新島さんは“己の全てを賭して護るべき、最愛の妹”という立ち位置なのだろう。冴さんの話を思い出す限り、彼女は妹さんに対して『危険な仕事をして欲しくない』と考えている様子だった。特に、自分と同じような法律関係には進んで欲しくなさそうである。……パオフゥさん/嵯峨薫氏や警察官だった父親の事件が影響していそうだ。

 彼女から見た明智吾郎はどのような存在だろうか。二代目探偵王子という同年代の少年は、自分にとって一番大切な身内の傍にいることが許されており、冴さんのために――仕事上の関係と言えども――危険地帯に飛び込んでいくことが許されている。一番大切な冴さんの役に立てる。……姉妹仲の拗れ具合やコンプレックスの内容によっては、僕を敵視してもおかしくなさそうではあった。

 

 

「……やあ、新島さん。今日も見回りかい? 精が出るね」

 

「ええ、おかげ様で」

 

 

 僕にはさっぱりその気は無いのだけれど、新島さんと僕が向かい合う図は『バチバチやり合っている』ように見えるらしい。遠巻きからその光景を目の当たりにした竜司と杏がそう評していた。

 一部の生徒たちがそそくさとその場を離れていく。僕だって、出来れば彼女の傍から離れたい。でないと、何かしら――特に命――を持って行かれてしまいそうだ。まだ死ねないのに。

 

 

「貴方、つい先日まで鴨志田先生に関する噂を調べていたんじゃなかったのかしら? それがどうして、鈴井さんに関する情報を集めているの?」

 

「鈴井さんは依頼と類似する内容の事件に巻き込まれたからね。共通点があるなら、何かしらの突破口になるかも知れないだろう」

 

「……本当にそれだけかしら?」

 

 

 新島さんの探るような眼差しが僕に突き刺さる。

 

 

「転校早々、貴方が調べているのと類似の事件が発生したと言われているわ。鈴井さんより先に、変質者に襲われた生徒がもう1人いるのよ。……彼女は前歴持ちだから、信憑性は薄いとされているけどね」

 

 

 新島さんが持ち出してきたのは黎の話だ。鴨志田パレスに迷い込んでしまった際、彼女が言い訳として使った話。

 鴨志田のシャドウという変態に襲われたのが本当で、パレス云々に関する話を伏せたということが嘘に当たるものだ。

 9割の嘘と1割の真実で構成された話に対し、学園関係者は“ほぼ無反応”だったらしい。

 

 新島さんの語り口からして、ほぼ無反応というのは悪い意味――関係者は「黎が嘘をついている」と思っていたが、我が身可愛さや巻き添えを回避するため見ないふりをした――で作用していたのだろう。

 教師も、生徒も、僕の前にいる新島さんも、黎のことを疑ってかかっている。黎の主張は冤罪という前歴によって、何もかもが嘘っぱち扱いされている。……僕が獅童の悪事を証明できなかったから。

 

 

「その生徒の名前、確か、有栖川黎さんと言ったかしら?」

 

「……彼女がどうかしたのかい? 何か引っかかることでも?」

 

「お姉ちゃんに訊いてみたのよ。貴方が四六時中自慢している恋人について」

 

 

 「貴方と彼女の間に、うっすらとだけど、親しさのようなものを感じたから」――新島さんはそう言って、僕の方に顔を近づけてきた。

 

 

「貴方の恋人の名前も、有栖川黎さんと言うのよね」

 

「…………」

 

「奇妙な偶然だと思わない?」

 

 

 我が意を得たりと言わんばかりに、新島さんは持論を披露する。

 僕と黎の間から感じ取った親しさから、一気に王手をかけてきた。

 

 

「今話題の転校生――貴方の恋人と同姓同名の女子生徒が変質者に襲われたという事件。周囲は信憑性が低いと断じ、事実上の無視を決め込んでいる。その直後に鈴井さんの事件よ。『恋人に対して過保護すぎる』とお姉ちゃんから言われた貴方の話から逆算するなら……依頼者は有栖川黎さんってことになるのかしら?」

 

「……新島さん、絶対警察官の適性あるよね。将来はそっちに進むの?」

 

 

 荒れ狂う内心を抑え込みつつ、僕は香月夫妻直伝の笑顔を張り付けた。……気を抜くと激情を露わにしてしまいそうだ。

 尚、新島さんに向けた言葉の4割が本音であり、残り6割は“冴さんやパオフゥさん経由で聞いた情報”から効果的と判断した話題である。

 途端に、新島さんは目を丸くする。少しの間視線を彷徨わせた後、どこか照れくさそうに彼女は頷いた。

 

 

「まあ、ね。お父さ――父が刑事だったの。私は父に憧れているし、誇りに思ってるわ。将来は父のような警察官になりたいって思ってるの」

 

「素敵な夢だね。姉が検察で妹が刑事……うん、絶っっ対、最強のコンビになる。どんな難事件も、双方の立場を駆使して鮮やかに解決していく姿が目に浮かぶようだ」

 

 

 この見解は本当である。現在、僕の瞼の裏には、警察官になった新島さんと検事として活躍する冴さんが数多の難事件を解決していく姿が浮かんでいた。きっと、克也刑事が直面したような組織の腐敗にだって真正面から挑み、当たり前のようにねじ伏せていくのであろう。

 新島さんの未来予想図に思いを馳せていた僕の姿に、新島さんは何か思うところがあったらしい。不服な気持ちを飲み下すようにため息をついて、僕に対する追及の手――いや、口の方が正しいのか? ――を止めてくれた。――ならば、次は僕のターンである。

 

 

「新島さんは、鈴井さんに対してどんなイメージを持ってた? 彼女に関する噂が流れる前の印象を聞きたいんだけど」

 

「……正直、あまり詳しいことは知らないわ。私は3年生で学年も違うし、鈴井さんは生徒会の面々とも関係性が皆無だから。強いて挙げるなら、控えめで大人しそうな印象かしらね」

 

「じゃあ、鴨志田先生については? 見回りや生徒たちの悩み相談を積極的に請け負っている新島さんなら、何か手がかりを掴んでいると思っていたんだけど……」

 

 

 僕の言葉を耳にした新島さんの表情が曇った。……彼女の反応からして、鴨志田の悪行に関する情報が生徒会に回って来たことは皆無だったらしい。

 しかし、その事実を素直に僕に述べるには、色々と葛藤があったようだ。新島さんは歯切れの悪い相槌を返したきり、何とも言えない表情を浮かべている。

 ……だとしたら、鴨志田の被害者たちが助けを求める相手として新島さんを選ばなかった――新島さんを避けたのは何故だろう?

 

 学園内で情報収集している際に彼女を何度か見かけたけど、新島さんは積極的に、生徒会長としての責務を全うしようとしていた。見回りや生徒からの相談請負だって、今回の話題が出てくる以前から率先・頻繁に行っていたらしい。様々な事情を抱えた生徒が新島さんの元に駆け込んでいく姿を見たのだって一度や二度ではなかった。

 そんな彼女が、鴨志田関係の相談事を持ち込まれなかったのは何故か。鴨志田本人が何かをした可能性もありそうだけれど、被害者生徒たちが「新島さんには相談できない」と諦めてしまった可能性の方が色濃い気がする。……もしくは、最初から「新島さんは味方ではない」、「新島さんは敵である」と判断されて避けられたのか。

 

 

「……どうして私、何も知らないのかしら……」

 

「新島さん?」

 

「自分の学校で起きていることなのに、私は何も知らなすぎる。そういう情報が入ってこないってこと自体がおかしいわ……」

 

 

 新島さんはそう呟いて、そのまま僕を放置し、踵を返してどこかへと去っていった。……解放された、ということだろうか。

 僕は安堵の息を吐いてスマホ画面を確認する。この後は鴨志田のパレス攻略に充てる予定となっており、学校の正門前にある路地裏で合流する手はずになっていた。

 

 

「――さ、行くよすみれ!」

 

「ま、待ってよお姉ちゃん!!」

 

 

 突然響いてきた女子生徒の声に顔を上げれば、僕の眼前に飛び出してきたのは2人の少女。

 

 1人は茶髪の髪を赤いリボンでポニーテールに束ねた快活そうな少女。彼女の眼差しは何処か剣呑で、背後にいる何かを振り切ろうとしている様子だった。

 もう1人――彼女に手を引かれている方――は、緋色の髪を腰まで伸ばし、黒縁の眼鏡をかけた大人しそうな少女だ。彼女は前者とは違い、後ろを気にかけている。

 しかし、2人の少女は僕を視界に入れた途端に声を上げた。2人が立ち止まったことで、彼女たちが背を向けた人物の姿もはっきりと見通せる。――そこにいたのは黎だった。

 

 僕が口を開くより先に、快活そうな少女が声を上げる方が速かった。

 

 

「明智先輩、初めまして! 芳澤かすみです。こっちが妹のすみれ。父がお世話になってます!」

 

 

 彼女――芳澤かすみさんは僕の名前を呼ぶと、弾かれたように頭を下げる。かすみさんの名字を聞いた僕の頭が、高速で情報を集めにかかった。

 

 芳澤という名前で覚えがあるのは、僕が出演している番組の関係者だ。確か、彼と話をした際、「双子の娘がいる」と言っていたか。

 娘の名前は、姉がかすみで妹がすみれ。彼女たちが呼び合っていた名前もかすみとすみれ。眼前にいる彼女たちと同一である。

 秀尽学園高校に転向してきたスポーツ特待生の名前は芳澤かすみとすみれ。芳澤さんの娘も、オリンピック候補生にしてスポーツ特待生と言う肩書持ちだった。

 

 世界の狭さに内心舌を巻きつつ、僕は探偵王子のガワを被ったまま愛想よく挨拶した。

 

 

「……ああ、芳澤さんの娘さんか! 僕の方こそ、お父さんにはよくしてもらっているよ」

 

「明智先輩のお噂は、父の方から伺っています。凄いですよね、私達とは殆ど年齢が違わないのに……」

 

 

 僕との世間話に花を咲かせているのは姉のかすみさんだ。対して、妹のすみれさんはオドオドした様子のまま、僕とかすみさんの会話に加わってくる様子がない。

 すみれさんはずっと、後ろにいる黎にちらちらと視線を向けている。何度も口を開きかけては、もごもごと口ごもってしまうようだ。

 

 

(……何か、黎に対して言いたいことがあるのか?)

 

 

 黎はすみれさんの眼差しに気づいたらしい。何も言わず、申し訳なさそうに苦笑する。それを見たすみれさんもまた、何処か心苦しそうな表情を浮かべて頭を下げていた。

 

 

「それじゃあ、私達はこれで! ――さ、行こうすみれ」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「鴨志田先生が言ってたこと忘れたの? あの人は前歴持ちで危険人物なんだから、これ以上近づいちゃダメ!」

 

 

 苦悩を滲ませた妹の表情を知ってか知らずか、僕との談笑を終えたかすみさんは妹の手を引いて足早に去っていく。すれ違いざまに聞こえたのは、黎に対して警戒心をあらわにしたかすみさんの言葉だった。反射で振り返った僕だが、彼女たちの背中に伸ばしかけた手を無理矢理握り締めることで踏み止まった。強く力を込め過ぎたのか、手袋がざりりと嫌な音を立てる。噛みしめた歯の軋む音が鈍く響いた。

 かすみさんの言葉は、秀尽学園高校の関係者たちが黎に抱いている第一印象――その大多数を証明している。黎の事件が冤罪であることを知っている人間が数少ないことも相まって、黎の起こした暴力事件とそれ由来の前歴は、彼らの中では真実として扱われるのだ。他にも、学校全体の好感度が遥かに高い鴨志田の主張が反映されやすい面も、黎への第一印象が底辺の極みに至った理由なのであろう。

 

 ……僕が獅童の悪事を証明できなかったから、黎は――。

 

 思わず黎へ視線を向ければ、彼女は静かに微笑んで僕を見上げていた。何も言わず、小さく頷き返す。「大丈夫」という言葉の代わりみたいに。

 正直な話、絶対、何一つとして「大丈夫」なことなどあるはずがない。でも、その言葉を否定してしまえば、黎の気持ちを無碍にしてしまう。

 だから俺は、彼女の嘘に騙されてあげることにした。“いつかその嘘を、他ならぬ俺たちの手で本物にしてみせる”――そんな決意と一緒に。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 怪盗団の仲間として杏――コードネームはパンサー――が新加入し、カモシダパレスの攻略が始まった。……始まった、はずだった。

 

 以前パレスに侵入したジョーカーが入手していた見取り図と、今回の攻略中に見つけた見取り図を組み合わせてパレス内部の構造が把握できたところまでは、怪盗団の目的地は【オタカラ】の在り処だった。

 道を開くための鍵――金メダルを模したものだ――を入手したのと、【オタカラ】確保までの道のりに目途がついたことで和気藹々としていたのだ。

 

 

『……ん? なんだアレ?』

 

 

 先を急ぐ最中、一番最初に違和感を抱いたのはスカルだった。彼の視線の先には、行き止まりのバルコニー。向かい側の突き当りには、蔦で覆われた謎の扉が見える。

 『何となくだが強い力を感じる』と語ったモナや『ちょっと気になる』と語ったパンサーに促される形で、僕等は暫しの寄り道を行った。

 ワイヤーを駆使して向こう側へ渡り、扉を覆う蔦を切り割いて道を開く。扉の先に広がったのは狭い部屋で、中央には真っ赤なオブジェが鎮座していた。

 

 今まで怪盗団が探索していた城内とは雰囲気が違う。あちらが鴨志田の意識を強く再現し、少々歪ではあるが生活感が色濃かったのに比べると、この部屋は長い間放置されていたように感じるのだ。

 

 部屋内部も蔦だらけで、部屋の中央に鎮座するオブジェ以外の置物は何一つない。女子生徒の写真や自分の栄光を誇示する書物等が散乱していた城内と比較すると、雲泥の差があった。

 怪しいオブジェに警戒する僕たちとは対照的に、モナがぱっと表情を輝かせてオブジェに駆け寄る。オブジェ――否、赤い管を模した台座の上には、真っ赤に輝く髑髏型の物体が鎮座していた。

 

 

『これは【イシ】だぜ』

 

『モナ、知ってるの?』

 

 

 ジョーカーの問いに対し、モナは真剣な面持ちで頷き返す。

 

 

『パレスってのは、その場所が“本来あるべき姿から、主の認知によって歪んだ姿”であることは知ってるな?』

 

『ああ。その結果が、鴨志田の認知で歪んだ秀尽学園高校――城をモチーフにしたこのパレスだね』

 

『その際、認知の歪みが集まって生み出されるのがコレだ。ワガハイは【イシ】って呼んでる』

 

 

 僕の補足を聞いたモナが満足気に頷き返す横で、スカルは頭上に数多の疑問符を浮かべていた。しかし、モナの説明をもう一度聞くのがしんどかったらしい。

 彼の説明を全てすっ飛ばし、『この髑髏型の物体は【イシ】である』と結論づけていた。……スカルは数学の公式や定理をとりあえず丸暗記するタイプなのか。

 そんなスカルの様子を目の当たりにしたモナは妥協する道を選んだようだ。特に何の補足を追加することなく、話の本題へと入る。

 

 モナ曰く、この【イシ】は【オタカラ】より重要度は劣るものの、強い力を宿したレアものらしい。真っ赤な髑髏型のオブジェと同系統の品物は、鴨志田パレス内部にあと2つあるのだとか。

 【オタカラ】級とはいかずとも、物珍しいものとなれば興味が湧くのは怪盗の性。僕らは改めてパレス内部を見て回りながら、残り2つの【イシ】探しに興じた。

 

 程なくして、赤い【イシ】に次いで緑の【イシ】を発見。残る1つを探してパレス内部を散策していた。とある区画に差し掛かった際、何かに気づいたモナが声を上げる。

 

 

『この気配……』

 

『もしかして、蔦に覆われた扉?』

 

『ああ! 多分近くにあるぞ!』

 

 

 モナの鼻はよく効いた。だってその宣言から数分の間に、怪盗団は例の扉――蔦で覆われた扉/【イシ】が保管されている小部屋の入り口を発見したのだから。モナの見た目は猫だが、嗅覚は犬並みである。

 件の扉の前にはシャドウが陣取っている。真の姿が如何程のものかは不明であるが、他のシャドウより格上であることは確かだ。持ち込んでいたアイテムで体勢を立て直し、僕等はシャドウの前に躍り出る。

 

 敵である僕らの姿を視界に捕らえたシャドウは、僕等を排除するために真の姿を解放した。息巻いていた怪盗団――特に僕とパンサーであったが、その勢いは奴の正体の前に挫けそうになる。

 

 シャドウの正体は、【ちぎれた煩悩大王】。

 一言で例えるなら、過去に見たペルソナ・マーラの先端部分。

 或いは、男の勲章――特に先端部――をデフォルメしたようなブツだ。

 

 

『い、いやああああああああ!!』

 

『アウトォォォォォォォォォ!!』

 

『来るぞ、構えろ!』

 

 

 パンサーは生理的嫌悪から、俺は未成年の教育的やら保健体育的な意味から、思わず悲鳴を上げてしまう。しかし、仕切り直しを要求する暇なんてあるはずも無し。俺とパンサーだけが、なし崩し的な形で襲い掛かってきたシャドウを迎撃する羽目となった。

 

 俺の知る限り、ペルソナとしてのマーラは非常に強い部類に入る。絵面は最悪であるが、物理・魔法攻撃共に高い攻撃力を有していた。マーラを召喚した命さん(2009年のすがた)を間近で見た真次郎さんが絶叫し、乾さんや俺らの視界を塞いだうえで、『天田やその他17歳組の教育に悪い』と長時間の説教をかますくらいには最悪な絵面だった。

 しかし、カモシダパレスに出現したマーラもどき/【ちぎれた煩悩大王】は、先端部分だけの存在ということもあってか、俺が想定していたような強さ――タルタロス後半や後半のテレビの世界で顕現したペルソナの破壊力――は無かった。更に言えば、【ちぎれた煩悩大王】の視線は怪盗団女性陣――ジョーカーとパンサーに釘付けで、殆ど攻撃行動をとらなかったのだ。

 そのため、実際のマーラもどき/【ちぎれた煩悩大王】の戦闘力は未知数のままである。シャドウの姿や能力、及び行動ルーチンは関係者の思考回路や性格等に大きな影響を受けるから、マーラもどき/【ちぎれた煩悩大王】は鴨志田の深層心理と密接に結びついていそうだった。

 

 マーラの元ネタは、悟りを開くための禅定に入り瞑想を始めた釈迦を妨害した魔神マーラ・パーピーヤスだと思われる。最終的に、マーラの企みは失敗し、釈迦は問題なく悟りを開いたとのことだ。他にも、マーラという言葉を音訳すると魔羅となり、男の勲章を意味する隠語としても使われていた。結果、これらの要素から、日本では【マーラ≒魔羅】という図式が成立し、【魔羅=煩悩】という発想が追加されるに至ったらしい。

 本来のマーラは、控えめに言って御立派様と呼ばれる程の存在であった。文字通り、立派に【聳え立っていた】。しかし、カモシダパレスで門番をやっていたマーラもどき/【ちぎれた煩悩大王】には、あの御立派要素が微塵もない。寧ろしおしおとしていた。鴨志田個人の色欲は御立派様と引けを取らないはずなのに、パレスに出現したのがマーラもどき/【ちぎれた煩悩大王】だと考えると、何らかのコンプレックスが具現化した結果だろうか。閑話休題。

 

 

『……なあパンサー、大丈夫か?』

 

『も、もういや……ここ……』

 

『ダメそうだな。一端セーフルーム戻った方良くねぇ?』

 

『だいじょうぶ……。ここで足踏みしてる方が、余計にしんどくなりそうだし……』

 

『あとちょっとの辛抱だ。頑張れパンサー』

 

 

『ここの【イシ】を頂戴して、可及的速やかに【オタカラ】までの道のりを確保しよう。そうしよう』

 

『クロウもちょっと落ち着いてね。鴨志田を殺しに行きそうな顔してるから』

 

 

 シャドウを撃退し、生理的嫌悪から心が挫けそうになったパンサーを慰めつつ、僕たちは蔦の扉を開いた。

 扉の向こうに広がるのは、最初に【イシ】を発見したときと同じような内装――中央部に台座があり、台座の上には【イシ】が安置されている――だ。

 ジョーカーは迷うことなく3つめの【イシ】――色は青――を手に取る。直後、集めた【イシ】が宙に浮き、いきなり眩い光を放った。

 

 光が晴れた先には、先程とは全く別の形――今まで集めた3つの骸骨型の【イシ】が合体し、結合したような形状――へ変化した【イシ】(?)があった。

 宙に浮いたそれがジョーカーの手に収まる。先程まで【イシ】の形状をしていたとき以上に、凄まじい力で満たされていた。

 

 

『お、おい、モナ! 【イシ】がこんなんなるって聞いてねえぞ!』

 

『まさかこんなことになるとは……。ワガハイも知らな――ッ! と、当然、初めから知ってたぞ!』

 

『さすがモナ。認知世界に詳しいんだね』

 

『当然だ! ワガハイは優秀だからな!』

 

 

 知らない、と結ばれるはずだったであろう言葉を切ったのは、他ならぬモナ自身であった。流れるように嘘をついている。しかし、それを追求する間もなくジョーカーがモナを褒めちぎったため有耶無耶に終わってしまった。褒められて調子に乗ったモナは上機嫌で己の見識を述べる。

 

 モナは変化した【イシ】を結晶と呼び、それに秘められた力に注目した。使い方の目途はまだ立っていないが、『その結晶の力を上手いこと引き出せれば、怪盗団の役に立ちそう』だという。

 見た目や由来的に使うことは抵抗を感じてしまうものの、目的達成のためならば、使えるものは有効活用すべきである。今後も【イシ】探しを行うことを決め、僕等は再び探索へ戻った。

 

 ――それが、つい先日の話である。

 

 パレスに潜ってルートを開拓し、【オタカラ】までのルートを確保。そうして鴨志田卓に予告状を叩き付けるに至った僕たちは現在、鴨志田のパレスにいる。

 黎からの連絡で聞いたのだが、鴨志田は僕たちに対して強い警戒を抱いているようだ。「奴のパレスにあった【オタカラ】も顕現しているだろう」とは、モルガナの弁だった。

 同時に、予告状を出したら即行動しないとならないらしい。“チャンスはこの1回限り”――それを噛みしめながら、僕たちは鴨志田の城を駆け抜ける。

 

 先日確保したルートを駆け抜け、宝物庫の扉を開けた。金銀財宝に埋め尽くされたそこの中央部に、前回は靄でしかなかった【オタカラ】が顕現している。――それは、絢爛豪華な王冠だった。

 

 

「【オタカラ】ぁぁ、【オタカラ】ぁぁ! にゃふぅぅぅ!」

 

「「いや、運び出してからやれよ!」」

 

「ハッ!? す、すまない。レディの前でみっともない真似を……」

 

 

 それを目にした途端、モナは大喜びして王冠にじゃれついた。その様を例えるなら、猫にマタタビみたいなものだ。モナは恍惚とした表情を浮かべ、【オタカラ】にすり寄っている。僕とスカルの突っ込みによって、ようやく元に戻った。

 キャラが変わりすぎである。「なんでキャラが変わったの?」とパンサーが問えば、モナは「人間の欲望に魅せられた」と返した。あの反応だと、やはり、“人間というより異形に感性が近い”と思えてならない。ソースはエリザベスとテオドア姉弟だ。

 自分が人間だった証だと信じてやまないモナには酷だろうが――そう指摘しようと思った僕もまた、モナの豹変に気圧されている人間でしかないのだろう。……いいや、そもそも、敵陣のど真ん中で【オタカラ】開帳なんてしている暇はないのだ。

 

 

「よし、お前ら運べ」

 

「命令するなっての!」

 

「やれやれ。人使いが荒いな……」

 

 

 モナに命令され、僕たちは王冠を運び出そうと試みる。鴨志田の欲望の大きさを表すかのように、王冠はずしりとした質量をもっていた。

 この大きさのまま運び出すのは骨が折れそうだ。だが、直接運ぶ以外方法はない。王冠の重さにヒイヒイ言いながらも、スカルはニカッと笑った。

 

 

「けど、思ったより簡単だったな。すげえ罠とかあると思ったけど、全然大したことないし!」

 

「そうだね。これ持って帰っちゃえば、パレスは消えるんでしょ? それで、鴨志田のヤツも変わる……」

 

「ああ、そのはずだ!」

 

「うまくいくといいな……」

 

 

 パンサーとジョーカーが“鴨志田が【改心】する”という想像を巡らせ、モナが同意する。『改心』がうまくいってほしいというのは僕も同意見だ。

 

 モナは上機嫌である。「ジョーカーを見込んで取引をしてよかった」と語る彼は、手足が短すぎるために運び役から外れている。正直な話、ずるくないだろうか。

 お前も運べよという言葉が口から出かかったが、世の中にはどうしようもないことがあるのだ。僕は諦める。あと数歩で宝物庫から出られる――そう思ったときだった。

 

 

「「ゴーゴーレッツゴー! カーモーシーダッ!!」」

 

 

 聞き覚えのある少女の声が聞こえたと思った瞬間、運び出そうとした【オタカラ】に何かがぶつかる。バランスを崩した王冠は、そのまま地面に転がった。

 刹那、僕たちの頭上を何かが舞う。間髪入れず、奴は着地してこちらを睨む。文字通りの仁王立ち。城主――鴨志田のシャドウが、怒りで顔を醜悪に歪ませていた。

 僕たちは思わず身構える。転がった王冠は、奴が手を掲げた途端、奴の頭に乗る程度の大きさへと変貌した。そのまま、王冠はあるべき場所へと収まる。

 

 次の瞬間、物陰から2人の少女が飛び出してきた。1人はランジェリーに身を包んだ高巻杏、もう1人はベビードールに身を包んだ有栖川黎――どちらも鴨志田の認知によって生み出されたものだろう。

 杏は鴨志田に抱き付き、黎は鴨志田より3歩下がって影を踏まぬ位置に控える。鴨志田は杏に嫌らしい手つきで触れた後、次は黎に手を伸ばす。黎は抵抗すること無く、鴨志田の下品な手つきを受け入れた。

 

 

(――ッ!!)

 

 

 頭の中が真っ赤に染まった。反射的に、俺は先日新調した拳銃に手をかける。

 

 銃を構えて鴨志田の眉間をぶち抜かなかったのは、【改心】専門のペルソナ使いであることを選択した『白い烏(クロウ)』の矜持だ。自分の中で暴れる殺意を押し殺し、俺は鴨志田を睨みつけた。

 多分、鴨志田は俺が“何”かを察したのだろう。楽しそうに舌なめずりすると、認知上の黎に対しての行為をエスカレートさせる。奴は手慣れた様子で、黎のベビードールを弄び始めた。奴の手は黎の下着へと手をかけ――

 

 

「――■■■■■」

 

 

 次の瞬間、凛とした声が響いた。とても聞き覚えのある声。――俺の隣に、仲間たちの中心に立っていた、ジョーカーの声だ。

 彼女が何かを呟いたと思った刹那、凄まじい風が吹き荒れる。丁度、俺が拳銃を構えて引き金を引こうとした、そのタイミングで。

 ジョーカーの背中には、薄らぼんやりと何かが揺らめいていた。彼女の“おしるし”を連想させるような、『6枚羽の魔王』。

 

 俺が呆気にとられている間に、耳をつんざくような轟音が響き渡る。悍ましさを感じるような黒い闇が、鴨志田に弄ばれていた認知上の黎を消し飛ばした。断末魔さえ許さない攻撃に空恐ろしさを感じる。

 だが、次の瞬間、『6枚羽の魔王』の姿は溶けるようにして消え去る。その代わりに、魔王が先程まで漂っていた場所には、ジョーカーが初めて顕現したペルソナであるアルセーヌが佇んでいた。

 

 ジョーカーが深々と息を吐き、俺の方に向き直る。漆黒の双瞼は、しっかりと俺を見据えていた。

 

 

「クロウ、惑わされないで」

 

「……悪い。でも、どうしても我慢できなくて」

 

「分かってる。……ありがとう、クロウ。嬉しかった。偽物でも、私の為に怒ってくれて」

 

「ジョーカー……」

 

「貴様ら……! ムカツク、ムカツクぜ!」

 

 

 すべてを理解しても尚微笑んでくれるジョーカーに、俺はどうしてか泣きたい心地になる。

 そんな俺達の邪魔をするが如く、鴨志田が不機嫌そうに声を張り上げた。

 

 奴は最初から、俺達を宝物庫で始末するために待ち伏せていたらしい。奴が“秀尽学園の王”として好き勝手出来ていたのは、オリンピック選手という鴨志田のネームバリューにあやかりたかった連中がいたからだ。奴らは教師だったり、保護者だったり、生徒だったり、様々である。奴等の共通点はただ1つ――“得をするため”だった。

 鴨志田は俺達のことを馬鹿呼ばわりし、「自分の才能を自分のために使って何が悪い?」と開き直った。自分を特別だと信じて憚らない男だが、その実態は欲望に取りつかれた悪魔である。パンサーからそう指摘された鴨志田は高笑いすると、認知上の杏をも飲み込んで、黒い泥の中へと沈み込んだ。

 水が弾けるような音が響いた後、泥は形をとって顕現した。人間サイズだった鴨志田の身体は、天井に届くまでもの巨体となる。頭には王冠を被り、長い舌をぶらぶらと揺らしながら、4本の腕を持つ悪魔が這いずり出してきたのだ。4本の腕にはそれぞれワイングラス、ナイフ、フォーク、警棒のようなムチが握られていた。

 

 

「な、なんだよアレ……!」

 

「バケモノ……それが、アイツの本性ってわけね……!」

 

「オマエラ、来るぞ!」

 

 

 スカルとパンサーは驚きながらも、それぞれ得物を構える。モナも鴨志田に向き直り、戦闘態勢を整えた。僕とジョーカーも頷き合い、鴨志田を睨み返した。

 

 

「ウ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 鴨志田のシャドウは高らかに咆哮した。奴の気迫によって、この場にびりびりと振動が走る。

 

「見ろ、奴の頭にある王冠。アレが【オタカラ】だ。隙をついて盗ってやろうぜ!」

 

「了解。ヤツを攻撃して、チャンスを伺おう!」

 

 

 モナの言葉にうなずいて、ジョーカーが仲間たちに指示を出す。僕たちは躊躇うことなく頷いて、暴れる鴨志田へと襲い掛かった。ペルソナを召喚して攻撃したり、武器で直接攻撃を仕掛けたり、銃を使って鴨志田にダメージを与える。

 鴨志田は足元につないでいる下僕に命じて、スパイクを打たせた。勢いよく飛んで来たバレーボールの群れが僕たちに降り注ぐ。躱しきれずに何発か喰らってしまったが、ジョーカーやモナのペルソナが傷を癒してくれた。そのまま、僕たちと鴨志田は攻防を繰り広げる。

 鴨志田に対し、一定のダメージを与えたときだった。鴨志田は、自分が持っているトロフィーにナイフとフォークを向ける。人の脚らしきものが覗く悪趣味なソレから、鴨志田はその一部を切り取って口に運んだ。ぐちゃぐちゃという咀嚼音が響き渡る。刹那、奴の傷はあっという間に癒えてしまった。

 

 グロテスクな光景に吐き気を覚えたが、それを何とか堪える。驚異的な回復手段を有する鴨志田に対して長期戦を挑むのは不利だ。ならば、回復手段を潰すのみ。

 僕らは迷うことなく、トロフィーに狙いを変えた。鴨志田もそれを察したようで、即座にナイフとフォークを打ち鳴らした。間髪入れずシャドウの群れが現れる。

 

 

「コレを、価値を知らない奴らに触らせるな!」

 

「御意!」

 

 

 鴨志田の命令を受けたシャドウたちは、即座にトロフィーを守らんと奮戦する。1対1体はさほど強くないが、徒党を組まれて迫られると厄介だった。

 

 このままだとジリ貧である。戦況も段々と形勢不利に傾いてきた。誰もが必死になって突破口を探すが、数に押されてしまい、戦線を保つので手一杯になりつつある。

 だが、次の瞬間、何もしていないのに風が発生してシャドウどもが吹き飛ばされた。間髪入れず、周囲を焼き尽くさん勢いで光が爆ぜる。

 光の余波はトロフィーにまで届いたらしい。毒々しく輝く金色の杯に大きなヒビが入る。鴨志田が悲鳴に近い金切り声を上げ、杯を守るようにして身じろぎした。

 

 

「何だ!? 何が起きたって言うんだ!?」

 

「今の技、もしかして――」

 

「黎!」「黎ちゃん!」

 

 

 混乱する鴨志田は、何が起きたかよくわかっていない様子だった。

 だが、僕たちは、シャドウとトロフィーに襲い掛かった攻撃を知っている。

 

 振り返れば、玲司さんとゆかりさんが得物を構え、鴨志田を睨みつけていた。

 

 

「玲司さん!」

 

「ゆかりさん! どうして!?」

 

「黎から『今日決行』という報告があってな。いい加減鴨志田の野郎との因縁を断ち切りたかったんで、どうにか時間を勝ち取って来た」

 

「あたしも。仕事が早く片付いたから、こっちの手助けできるかなって思って!」

 

 

 スカルの問いに玲司さんが、パンサーの問いにゆかりさんが答える。だが、この2人のスマホには、【イセカイナビ】はインストールされていなかったはずだ。ナビを持っていないにもかかわらず、どうやってパレスへ潜り込んだのか。

 僕がそう問いかけると、2人は「ここに来る前に至さんと会っており、彼と別れた後にスマホを見ると【イセカイナビ アスモデウス限定版】なるアプリが入っていた」と答えてくれた。最近、俺の保護者が忙しそうに駆け回っていたのは、このアプリに関連していたのかもしれない。

 色々と問いたいことはあったが、今は鴨志田を倒す方が先決だ。鴨志田は懲りずにシャドウを召喚し、俺たちに差し向ける。だが、鴨志田がシャドウを召喚する度に玲司さんとゆかりさんが一掃していく。これで、僕たちはトロフィーの破壊に集中できそうだ。

 

 シャドウの群れを玲司さんとゆかりさんに任せ、僕たちはトロフィーに攻撃を集中させる。

 途中で鴨志田は杏の人形が入ったワイングラスを飲み干していたが、構わず攻め続けた。

 

 ――そうして、ついに、鴨志田のトロフィーが砕け散る。鴨志田は悲鳴を上げて嘆いた後、僕たちに対する怒りをあらわにした。

 

 

「絶対に貴様らは許さんからな! 俺様は王なのだぞっ!!」

 

「裸の王様が何か言ってるけど、果てしなくどうでもいいね」

 

「確かに。自分の名誉以外に縋りつくモノがないなんて、本当に哀れだ」

 

 

 呆れたような調子で、ジョーカーは鼻で笑った。僕も同意する。それに続くように、スカルとパンサーも同意する。

 

 

「人を見下してるクセによ、今のお前……すげえダセぇ」

 

「わざわざ盗りに来てやってんの! さっさと渡してくれる?」

 

「黙れ! 貴様らなんぞにコレは渡さん!」

 

 

 鴨志田は尚も口で反撃してくる。奴はまだ、僕たちに対して戦意があるらしい。「まだそんなこと言う元気があるのかよ」と舌打するモルガナと、僕も同意見であった。ならばこちらも本気になるべきだろう。

 ジョーカーは躊躇うことなく総攻撃の指示を出した。玲司さんとゆかりさんも加わり、鴨志田を文字通りボコボコにぶん殴る。総攻撃を喰らっても尚、鴨志田は未だに健在だった。腹立たしいと思う反面、それでいいとも思う。だって、殴り足りない。

 

 スカルは自らの居場所と未来を奪われ、パンサーは大切な友人が死ぬより惨い目にあわされそうになった。

 ジョーカーはシャドウの鴨志田に危うく惨い目にあわされる直前まで言ったし、俺は認知上とはいえ大切な人を嬲られた。

 玲司さんは妻と息子が鴨志田の毒牙にかかりかけていたし、ゆかりさんは城内の光景に精神的苦痛を受けている。

 

 この場にいる全員が、鴨志田に対して強い怒りを持っているのだ。たった数発殴っただけで倒れられるのは困るのである。……いつまでたっても倒れないのも面倒だが。

 

 

「どこまでも俺様に盾ついて……! こりゃあ、とっておきをやらんとな!」

 

 

 鴨志田は奴隷に命じて、自分の必殺技――オリンピックの金メダルを獲得した際に駆使した自慢/お得意のスパイクを打つ際に必要なバレーボールを準備させていた。

 現実で鴨志田のスパイクを目の当たりにしたジョーカーやスカルの眉間に皴が寄ったあたり、相当な威力があると思っていいだろう。

 

 

「スパイクって確か、バレーの連携攻撃だったな。ボールだけじゃなく、トスを上げる人間が必要なハズだ」

 

「玲司さん、バレーやってたんスか!?」

 

「いいや。織江がバレー部員だったらしい。だが、鴨志田に絡まれたのが理由で、バレー競技そのものにトラウマが出来ちまったみたいだ」

 

「酷い……!」

 

「本当、頭にくる! 力で抑えれば思い通りに動かせると思って!!」

 

 

 聖エルミンの裸グローブ番長がバレーに関する話をしたのが意外だったのか、スカルが目を丸くする。しかし、玲司さんの知識は嘗ての鴨志田被害者/最愛の妻・織江さんから授かったものであった。しかも彼女は、鴨志田の被害にあいかけたことが理由で、バレー競技そのものに対してトラウマが出来てしまったらしい。

 鈴井さんだけでなく、織江さんにも深い心の傷を負わせた鴨志田の所業を聞いたパンサーが悲痛な声を上げた。ゆかりさんも同性として怒りをあらわにする。誰もが鴨志田に対して戦意を漲らせていた。やる気は充分だし、攻撃を耐えきる準備も覚悟も万端であった。鴨志田の方も、奴隷を呼びつけることができたようだ。

 

 

「ただいまお持ちしました、カモシダ様!」

 

「み、三島!?」

 

「嘘でしょ!? どうして一般人がこんなところに!?」

 

「馬鹿な。巻き込まれるぞ!」

 

 

 だが、戦場に現れたのは、秀尽学園の一般生徒。僕が証言を頼んでも「知らない。関係ない。自分のせいじゃない(要約)」の3点張りですぐに逃げたバレー部員・三島由紀だ。

 いきなり現れた一般人に玲司さんとゆかりさんが目を剥いた。「この認知存在は現実にいる当人とは一切関係ない」とモナが説明しても、2人は何とも言い難い表情を浮かべる。

 一番最初にそれを説明され、把握していたスカルでさえ不快そうな顔をするのだ。割り切れないと思ってしまう気持ちも、分からなくはない。

 

 そんな僕らの葛藤など露知らず、鴨志田は奴隷/認知存在の三島を罵倒した。控えめに言って“ボイスレコーダーで録音して提出すれば、一発で充分な証拠となりうるレベル”である。聞いていて不快になるような言葉のオンパレードであった。

 

 グズだ雑魚だと散々な言われようにも関わらず、認知存在の三島は鴨志田に頭を下げる。暴力によって押さえつけ、従順になるように心を折り続けた結果、認知存在の三島は奴隷と化したのであろう。鴨志田の必殺スパイクに備えて防御を固めた丁度そのタイミングで、認知の三島はトスを上げた。

 散々鴨志田から馬鹿にされていたが、認知存在の三島のトスは非常に綺麗だ。彼が上げたボールは、鴨志田の望む場所に、的確なタイミングで到達する。グズやウスノロ呼ばわりされる謂れなど無い程の完璧な一球。それを、鴨志田は力任せにスパイクを叩き込んできた。

 

 防御していても凄まじい衝撃破を感じて、僕は小さく舌打ちする。――奴隷からボールを補充され続ければ、僕等はこのスパイクの雨霰に晒されるからだ。

 

 

「ちっ……。やっぱり三島じゃあ調子出ないか。――おい、目障りだ。さっさと消えろ!」

 

「も、申し訳ありません! カモシダ様!!」

 

 

 鴨志田に怒鳴られた認知存在の三島は、謝罪の言葉を残して戦場から走り去っていった。鴨志田は次なる奴隷を呼び出す。

 

 

「カモシダ様、ボールをお持ち致しました」

 

「志帆……!」

 

「あの子が杏ちゃんの同級生!?」

 

 

 現れたのは、ウサギの耳飾りと露出度の多い純白の衣装を身にまとった鈴井志帆。案の定、杏や黎と同じく、鴨志田にとっての鈴井志帆もまた、“いいようにできる相手”という認識だったらしい。

 認知存在の三島同様、認知存在の鈴井も鴨志田にとっては奴隷だ。だが、鈴井の場合、愛玩(意味深)も兼ねた要員の奴隷らしい。三島のときと違ってテンションが高いのもその証拠だ。

 

 

「そう。女どもも俺様に対して従順であるべきなんだ! コイツみたいにな!!」

 

「――最ッッ低! この世の女は、誰1人としてアンタ専用の風俗嬢じゃないっての!!」

 

 

 啖呵を切ったゆかりさんが打ち放った矢は、綺麗に鴨志田に命中した。一瞬、鴨志田が怯むようなそぶりを見せる。

 

 スパイクは連携攻撃ではあるが、攻撃が成功するか否かはトスを上げる側だけに責任があるわけではない。攻撃する側に異常が発生して不発に終わるケースだって存在していた。

 認知存在と言えど、鈴井志帆は鴨志田の被害者である。現実の鈴井さんに影響がないと分かっていても、彼女に攻撃するのは躊躇われた。――なら、鴨志田を狙えば、スパイクを止められるかもしれない。

 僕がその可能性に言及すれば、面々は頷いて鴨志田に向き直った。認知存在の鈴井志帆を無視し、躊躇うことなく鴨志田を標的にする。奴相手なら罪悪感を抱かずに攻めることができた。

 

 しかし、鴨志田はすぐに僕等の思考回路に思い至ったらしい。

 即座に先程撤収させた三島を呼びつける。

 

 

「三島ァ! お前は奴らの攻撃を全部受け止めろ! 俺様の邪魔をさせるな!!」

 

「畏まりました、カモシダ様!」

 

 

 鴨志田からの命令を受けた三島は奴の前に躍り出て、僕等が放った攻撃の全てを受け止めた。

 

 ボロボロになっても、真っ直ぐ立つことすらままならなくても、彼は鴨志田の命令を果たそうとする。

 それだけではない。三島を避けて鴨志田を狙ったはずの攻撃が、吸い込まれるように三島へ向かっていく。

 物理法則なんて完全無視だ。あまりにも異様な光景に、スカルが思わず悲鳴を上げた。

 

 

「嘘だろ!? 鴨志田を狙ったはずなのに、全部三島に当たっちまう!」

 

「すべての攻撃が、強制的に彼へ向かうようになってるらしいな……」

 

「この卑怯者……!」

 

 

 僕等が憤っている間にも、認知存在の鈴井さんはトスの準備に取り掛かる。鴨志田もまた、スパイクを打つための準備動作に入らんとしていた。僕等も攻撃を諦めて防御態勢を取らんとするが、相手の方が一手早い――

 

 

「――タナトス」

 

 

 次の瞬間、僕にとって聞き覚えのある声が響いた。どこまでも静かな――満月の綺麗な夜を思い起こさせるような声だった。

 普段は微睡みの中にいるような調子で喋る人物のものだ。透き通るくらいなのに、鋭利な刃物を思わせるような響きが宿る。

 

 

「ワンショットキル」

 

 

 微睡むような声と入れ替わりに響いたのは、全てを吹き飛ばすかのような轟音であった。

 

 役目を終えてお払い箱状態になっていた三島の頭上スレスレを通り越し、件の一撃は鴨志田の腹に命中する。タイミング的にも威力的にも予想外の一撃を叩き込まれた鴨志田は、そのまま体勢を崩して床に転がった。勿論、スパイクなんて打てるはずもない。

 情けない王の姿に何を思ったかは分からないが、三島由紀と鈴井志帆は顔を見合わせる。2人はそのまま、鴨志田を放り出して宝物庫から去っていった。彼と彼女を意に介すことなく、乱入者は革靴の音を響かせて僕らの元へと歩み寄る。

 

 

「さ、理くん!? 仕事はどうしたの!?」

 

「何とか都合付けてきたから気にしないで」

 

 

 宵闇の空を思わせるような群青色の髪と瞳が特徴的な青年――香月理さんの乱入に、ゆかりさんが素っ頓狂な声を上げた。理さんは静かな微笑を湛えてゆかりさんの問いに答えた後、鴨志田に向き直る。

 

 

「――ウチのゆかりに不埒な視線を向けた分だ。正直、全然足りてないんだけど」

 

 

 理さんの背後を陣取るペルソナ・タナトスが、多碗に持つ武器の全てを打ち鳴らす。ついでに鎖がジャラジャラと音を立てた。溢れる殺気と合わさって、中々に壮観である。正直、ちょっと後ずさりしてしまったことは内緒にしたい。

 ペルソナ使いとして覚醒したからこそ、僕は改めて、ワイルド使いである理さんの強さを思い知った。僕自身がまだ場数を踏み足りないというのも理由だけれど、明らかに敵うはずがない。そりゃあ、力司る者の姉弟が「最高のお客人」と賞するはずであった。

 戦慄する僕とは対照的に、鴨志田はよろめきながらも闘志を露わにする。発言内容は逃げ出した奴隷たち――認知存在の三島や鈴井――に対する罵詈雑言ばかりで反吐が出そうだ。殴り足りないとは思い続けてきたけれど、流石にそろそろ、いい加減にして欲しい。

 

 

「ところで、アイツまだ倒れないの?」

 

「う、うん。正直、とっても面倒くさくなってきたかも……」

 

 

 理さんの問いかけに対し、ゆかりさんはおずおずと頷き返す。玲司さんもため息をついた。

 

 

「いっそ、【オタカラ】そのものを狙えりゃいいんだろうが……」

 

「――それだ!」

 

 

 玲司さんの提案に乗ったのはモナだった。成程、いい案である。

 

 鴨志田のシャドウは言っていた。『あの王冠こそが、自分がこのパレスで王を名乗る理由なのだ』と。ならば、奴にとっての王の象徴を奪い取れば、力を奪い取れるかもしれない。

 だが、真正面から挑めばすぐにバレてしまう。そこで、モナはちらりと視線を向けた。彼の視線の先にはテラスの縁がある。そこは丁度、鴨志田の王冠に手が届きそうな位置だ。

 

 誰かを派遣し、鴨志田の気を引き続ければ、王冠を奪取するチャンスを作れるだろう。王冠を奪取できれば、戦況をひっくり返すこともできる。

 だが、テラスの縁に辿り着いて王冠を奪うまで時間がかかるし、その間僕たちは人数が減った状態で戦い続けなければならないだろう。

 問題はそれだけではない。誰を王冠奪取役に指名するかも重要だ。ジョーカーは仲間たちを見回し、誰を派遣すべきか考えている。

 

 

「……私とパンサー、およびゆかりさんは除外だね。アイツ、女性から目を離そうとしないし……」

 

「――なあ。それ、俺に任せてくんねぇ?」

 

 

 名乗りを上げたのはスカルだった。彼の目は決意に燃えている。パレス探索中にも「鴨志田の野郎に目に物を見せてやる」と何度も宣言していたスカルだからこそ、だろう。

 正直、スカルの性格上、短慮で勢い任せなところが心配だ。彼の根っこが目立ちたがりな所も、『スカルに隠密行動ができるのか』と不安になる理由である。――だが。

 

 

「俺からも、頼む。コイツに、ケジメをつけさせてやりたいんだ」

 

「れ、玲司さん……」

 

 

 真剣な面持ちで、玲司さんが頼み込んできた。スカルが感極まったように声を震わせる。ジョーカーはふっと笑みを浮かべた。

 

 

「スカル、任せるよ」

 

「――おう!」

 

「それじゃあ、お手並み拝見だね。お互い、上手くやろう」

 

 

 スカルは不敵な笑みを浮かべて頷いた。理さんの音頭と共に、僕たちは鴨志田のシャドウに向き直る。

 僕たちが鴨志田に挑みかかる中、僕の視界の端をスカルが駆け出したのを見た。

 

 

「さあ来いよ鴨志田。ナイフやフォークなんて捨ててかかってこい」

 

「聖エルミンの裸グローブ番長……テメェの伝説もここまでだァァ!」

 

 

 鴨志田にスカルの不在を気づかせぬよう、玲司さんが率先して挑発する。それに便乗するように、ジョーカー含んだ女性陣も攻撃を仕掛けた。喚き続ける鴨志田は、やはりスカルの不在に気づく様子はなかった。

 「自分が王として振る舞っているからこそ学校が回るのだ」と、「セクハラをしたのではなく、向うがモーションをかけてきた」と、鴨志田は馬鹿げた話を続ける。パンサーやジョーカー、理さんやゆかりさんの表情がどんどん険しくなってきた。

 僕はちらりとテラスの縁に目線を向ける。柱を登っていたスカルは縁の上に辿り着いたらしい。鴨志田を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべている。悪戯っ子が浮かべるには凶悪な笑みだ。今までの鬱憤や恨みが、彼の顔を悪く魅せているのだろう。

 

 ここでようやく、鴨志田は「1人足りない」ことに気づいたようだ。慌てた様子で周囲を見渡す。

 だが、遅すぎたのだ。ジョーカーが、パンサーが、モナが、僕が、不敵な笑みを浮かべて彼の名前を呼ぶ。

 

 

「「「「行け、スカル!」」」」

 

「――気づくの遅えよ、バーカ!」

 

 

 テラスから跳んだスカルが、思い切り鈍器を振りかぶった。派手な音を響かせて、鴨志田の王冠が吹き飛ぶ。高い金属音を響かせながら、王冠は床に転がった。

 

 王冠を奪われた鴨志田が叫ぶ。動揺した鴨志田は、あっという間に憔悴してしまった。奴はワイングラスを拾うこともせず、くだらない持論を喚き散らすことも止めて、自信を失ってしまったかのように萎れている。

 怯んだ鴨志田を見逃す筋合いはない。僕たちは王冠を奪い取った勢いそのまま、鴨志田に猛攻を仕掛けた。王冠を失ったせいで奴は一気に弱体化してしまい、あっという間に崩れ落ちる。最後は僕たちの総攻撃によって、異形と化した鴨志田は弾けて消えた。

 人型に戻った鴨志田は素早い速さで王冠を拾い上げると、「これだけは渡せない」と叫んで逃走しようとした。だが、奴が逃げた先はベランダである。飛び降りれば逃げられるのだが、奴はベランダの手すりに手をかけたっきり動かない。

 

 奴が弄んだ女性の中には、自殺を図った人間だっているのだ。中には飛び降りをした女性だっている。

 そのことをパンサーやゆかりさんに指摘された鴨志田は、怯えた顔をして身じろぎした。

 

 

「飛び降りた人はどんな気持ちだったのかしらね。……きっと、怖かったに決まってる」

 

「ねえ。アンタ、さっさと飛び降りなさいよ。男なんでしょ? その王冠寄越して命だけ助かるか、このまま死ぬか……どっちがいい?」

 

「……ま、僕はあなたがどんな答えを出そうが、『どうでもいい』んだけどね」

 

 

 パンサーのカルメンとゆかりさんのイシスが顕現し、隣に並んだ理さんのタナトスが武器と鎖を打ち鳴らす。追いつめられた鴨志田は、がくがくと足を震わせていた。

 ややあって、鴨志田が「改心する!」と悲鳴を上げながら王冠を投げてよこす。それを玲司さんが拾い上げ、小さく鼻で笑った。

 元々最初から決めていたことだが、僕たちは【改心】専門のペルソナ使いだ。故に、『鴨志田を殺す』なんて選択肢は存在しない。僕は大きく息を吐いた。

 

 

「俺は、どうすればいいんだ……」

 

「罪を償いなさい」

 

 

 根拠なき誇りと驕りの証明だった王冠を失い、途方にくれた鴨志田は弱々しく呟く。間髪入れず、ジョーカーは鴨志田に言い放った。

 それが彼の指針になったのだろう。鴨志田は静かに涙を零し、優しく微笑んで頷いた。彼の身体が光に包まれる。

 

 

「俺は現実の俺のなかに還える。そして、必ず――」

 

 

 彼の言葉は最後まで紡がれることなく、空気に飲み込まれて消えていった。

 

 何とも言えぬ沈黙が広がる。だが、間髪入れず地響きが発生した。ガラガラと派手な音を立てて天井が崩れてきた。……いや、崩れているのは天井だけじゃない。この世界自体が崩壊しようとしているのだ!!

 モナの指示に従い、怪盗団と協力者であるペルソナ使いも駆けだす。悲鳴を上げながら、僕たちは消えてゆく城――鴨志田卓のパレスから脱出した。ぐにゃりと世界が歪み、辿り着いた場所は秀尽学園高校の路地裏。

 先程の光景が夢のように思えるくらい、平和な日常光景が広がる。黎も、竜司も、杏も、モルガナも、玲司さんも、ゆかりさんも、理さんも、僕も、みんな無事に戻って来た。勝利の余韻を噛みしめる僕たちだが、モルガナが冷や水を浴びせるようなことを言い放つ。

 

 なんと、今回のパレスが初めて且つ唯一の成功例だというのだ。だから、【改心】がうまくいくかは分からないのだと言う。

 「こっちは退学が懸かってんだぞ!」と怒り狂う竜司を玲司さんと理さんが宥め、ゆかりさんと杏が「疲れた」とぼやく。

 

 僕はちらりと黎に視線を向けた。黎は僕と視線を合わせると、柔らかに微笑み返してくれた。――それだけで、とても安心する。

 

 

(ああ、帰って来た)

 

 

 【改心】の結果もまだ出ていないのに、何かを成し遂げたのだという不思議な充足感を噛みしめる。

 ――これで、僕の『初めての【パレス】攻略』は幕を閉じたのであった。

 

 

 




「最終編、第一関門突破おめでとー!」

「おめでとー!」


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「節目記念の戦勝会しようぜ! 何か食べたいもの無い?」


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「……このバカ軍団ときたら……」




――
魔改造明智と怪盗団によるカモシダパレス攻略・及び、変態城主討伐完了。あとは改心待ちの日常光景や後始末を持って、鴨志田パレス編は完結となります。
リメイク前との差異も段々大きくなってきました。何が変わって、何がそのままかを見比べても楽しめるような作品を目指していますが、どうなることやら……(遠い目)
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