Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・ジョゼによるニャルラトホテプ評を捏造している。


Reach Out To The Truth -Tokyo Daylight-
不穏に突入する前、或いは台風の目ど真ん中


 喜多川祐介の日課はデッサンである。モデルを求めて三千里、景色を探して今日も火の中水の中草の中森の中コンクリートジャングルの中あの子のスカートの中――とまではいかずとも、その気概と情熱のままに、東京の街並みを巡り歩いていた。

 

 手で枠を作って景色を切り取る。絵の題材になりそうなものはないかとアンテナを張り巡らせていたとき、祐介はある一点に目を留めた。

 公園のベンチに座っている女性が、スケッチブックに何かを描いている。時折考えるような仕草をしては、柔らかな笑みを浮かべて思いを馳せていた。

 園内にある大きな噴水を描いているにしては、彼女の眼差しは慈愛に満ちているように思う。ここにある景色の他に、もっと別なものを見ている。

 

 

(――ああ、美しい)

 

 

 女性の格好――白を基調にしたゴシックドレス風のワンピース――も相まって、何とも神々しさを感じる。彼女の佇まいは、祐介の中にある創作意欲を強く揺さぶった。

 差し込む陽の光、木漏れ日の中でベンチに座る白いワンピースの女性……完成形を思い描いた祐介はいてもたってもいられなくなって、女性に声をかけた。

 

 

「是非、俺の絵のモデルになってください!」

 

「えぇ……!?」

 

 

 開口一番、祐介にそんなことを言われた女性は表情を引きつらせた。彼女の双瞼には、困惑の色がありありと浮かんでいる。

 

 女性は周囲に助けを求めるようにして視線を彷徨わせる。祐介の耳が正しければ、彼女は「助けて順平」と呟いたような気がした。女性はスケッチブックを膝の上に置き、祐介から逃げようと身じろぎする。その拍子に、スケッチブックに描かれたデッサン画が祐介の視界に飛び込んできた。

 描かれていたのは園内にある大きな噴水だった。だが、噴水はあくまでも添え物。絵の中心となっているのは鳥と戯れる男性だ。この場に彼らしき男性は見当たらないことから、この人物は女性が頭の中で思い描いた人物なのだろう。

 だというのに、絵の中にいる男性は、今祐介の目の前にいると思える程の躍動感があった。絵を見ているだけで、祐介には彼の声が聞こえてくるような心地になる。眩しいばかりの笑顔を浮かべた男性は、描き手である女性への信頼を惜しみなく滲ませていた。

 

 スケッチから伝わってくるのは、モデルから描き手への信頼だけではない。描き手からモデルへの信頼にも溢れている。

 頭の中でモデルのことを思い浮かべられる程、この女性はモデルである男性を想っている――ただただ、素晴らしいと思った。

 

 

「……見たいの?」

 

「是非」

 

「分かった。いいよ」

 

 

 モデルに関しては引き気味だった女性だが、自分の描いた絵を見せることには抵抗が少ないらしい。彼女の表情は、先程よりも幾分か柔らかいものとなっていた。

 描き手本人からの許可を得て、祐介はスケッチブックに描かれているデッサン画を見せて貰う。元から絵を描き慣れているようで、絵の技術は申し分ない。

 スケッチブックには様々な人物と風景が描かれていた。特に、最初に見た絵に描かれている男性の笑顔が頻繁に登場している。寧ろ、埋め尽くされてると言った方が正しいか。

 

 

「貴女は、彼のことを愛していらっしゃるんですね」

 

 

 ――それが、祐介が女性の絵を見た率直な感想だった。

 

 祐介の言葉を聞いた女性は目を丸くする。幾何かの間の後で、女性はふんわりと微笑んだ。花が咲き誇るような、可憐で幸せそうな笑み。

 柔らかな微笑から、モデルにした男性への惜しみない愛情が溢れだす。それは、いつか見た恩師の絵――『サユリ』を彷彿とさせた。

 

 

「――うん、大好き」

 

 

 その眩しさに魅せられる。女性自身の奥底から湧きだす愛情――件の男性を想う心は、彼女の中だけで留まるようなものではない。それはあっという間に決壊し、赤の他人であるはずの祐介にも流れ込んできた。

 描きたい、と思う。描かねば、と思う。気づけば反射的に、祐介は手で枠を作っていた。枠内に収めなければならないという誓約すら重石になるけれど、それでも収めずにはいられなかった。収めたいと願ったのだ。

 色はどう塗ろう。女性を連想して思い浮かぶのは赤系――どちらかというとピンク系と分類されるものだ。薄桜、乙女色、中紅花、薔薇色、紅唐、紅の八塩――祐介は、自分の頭の中に絵の具を展開させていく。

 

 ならば尚更、女性にはモデルの話を受けてもらわなくてはなるまい。

 祐介が真剣な眼差しで口を開こうとしたときだった。

 

 

「チドリー!」

 

「順平!」

 

 

 遠くの方から響いてきた声を聞くや否や、女性――チドリはその表情をさらに輝かせて立ち上がった。祐介も声が聞こえた方向へ視線を向ける。

 

 そこにいたのは、青を基調にした少年野球団ユニフォームに身を包んだ男性だった。チドリに順平と呼ばれた彼こそが、チドリのスケッチブックに描かれていたモデルの人物だろう。彼もまた、チドリに対しての愛情を惜しみなく滲ませている。

 祐介は再び、手で枠を作っていた。チドリだけのときよりも、チドリと順平が並んでいるときの方が良いと直感したためである。祐介のそれは間違いではなかったようで、先程より一回りも二回りも輝いているように思えた。

 

 チドリの色は決まってる。では、順平の色はどう塗ろうか。彼を見た祐介が連想したのは青系のものだ。花浅葱、紺青色、湊鼠、藍鼠、深縹、花紺青――チドリの色合いとは正反対のものだった。

 だが、不思議だ。全く正反対の色合いを持つ2人だと言うのに、彼と彼女が並ぶと調和が発生する。彼の隣には彼女がいて、彼女の隣には彼がいる――それが真理なのだと、祐介の中にいる“何か”が訴えてくるのだ。

 

 

「そうだ。これだ」

 

 

 祐介は確信した。ベンチから立ち上がり、談笑するチドリと順平の元へ歩みだす。順平がこちらに気づいて振り返った。祐介は真剣な面持ちで、2人へ頭を下げた。

 

 

「2人とも! 是非、俺の絵のモデルになってください!」

 

「待て待て待て待て! お前はいきなり何を言い出すんだ!?」

 

 

 後に、喜多川の友人(本人たちは揃って首を傾げる)となった2名、趣味がスケッチな白ゴスロリ――吉野チドリとお手上げ野球侍――伊織順平のカップルは語る。

 『喜多川祐介は自分の情熱に愚直すぎるが故に、一般常識云々が吹っ飛んでいるだけで、正義感の強い画家である』と。

 

 

 

***

 

 

 

 喜多川祐介には年の離れた友人(本人たちは揃って首を傾げる)がいる。片方はデッサン画――本来は洋服などのデザインを本業としている社会人だ――という繋がりを持つ吉野チドリと、彼女の恋人である伊織順平だ。

 

 今日はチドリが描いたデッサン画を見せてもらう約束をしていた。待ち合わせ時間ぴったりにやって来たチドリから、幾つかのスケッチブックを手渡される。祐介はそれを開いた。

 案の定、彼女のスケッチブックを埋め尽くしていたのは順平だった。チドリは順平を愛しているし、順平もチドリを愛している――その事実が尊いもののように思えた。

 そのため、時折混じる他者の絵は本当に珍しい。順平とは違うベクトルだけれど、チドリは彼/彼女らのことも大切に想っている様子だ。祐介は感嘆の息を吐く。

 

 

(――ん?)

 

 

 他者が描かれた作品の中でも、一際祐介の目を惹いたのは、少年と少女の絵だった。ベンチに腰かけて寄り添う2人の手はしっかりと繋がれている。

 少年の足元には白い烏が、少女の足元には黒猫が描かれており、1羽と1匹は幸せそうにじゃれ合う。そんな彼と彼女らを、雪の妖精たちが祝福していた。

 

 初々しさの中に滲むのは、祈りにも似た深い愛情。比翼連理という四字熟語を連想したのは気のせいではない。

 

 

「……この2人を描いたのはいつですか?」

 

「4、5年くらい前。今年で貴方と同年代ね」

 

「そうですか……」

 

 

 祐介は、どうしてかこの絵から目が離せなかった。

 

 

 

◆◇◇◇

 

 

 

 楽しい(?)ゴールデンウィークが明けた放課後。心の怪盗団【ザ・ファントム】結成から1日目である。

 

 僕は今、秀尽学園高校に足を踏み入れている。理由は“鴨志田が【改心】した際に行った電撃自白スピーチによって、秀尽学園校長に『調査終了の報告と、調査に協力してくれたことに対するお礼』を述べることができないままだった”からだ。

 鴨志田が今まで隠蔽してきた暴力行為の自白は、秀尽学園高校全体を揺るがす騒ぎに発展。校長は事後処理に追われてしまい、僕の相手をするどころではない。そのため、僕の方も、でっち上げの依頼に関する後始末がずれ込む形になっていた。

 調査終了後のアフターフォローは大切だ。また何かの機会に伝手を借りることもあるし、相手に気に入られれば優先的に依頼が貰えるよう贔屓してもらったり、探偵活動における支援者になってくれたりする可能性もある。

 

 

(……正直な話、黎のことを蔑ろにした連中に対して、何か期待するモノがあるとは思えないけど)

 

 

 あるとするなら、“秀尽学園高校に出入りする許可が取りやすくなる”くらいだろうか。希望的観測でしかないが、もしそうなら、堂々出入りして黎たちと一緒に行動できるようになるかもしれない。

 黎に関する噂――冤罪による前歴・前科による偏見や曲解、根も葉もない誹謗中傷によるもの――を改善できれば、一緒にいても横槍が入ることもなくなるであろう。次点で竜司。

 

 そんなことを考えながら校長室へ向かった僕であったが、校長室には先客がいたらしい。僕は彼らの会話に聞き耳を立てていた。

 

 校長室で校長と会話をしていたのは、この学園の生徒会長を務める新島さんである。何を思ったのか、校長は鴨志田の一件を新島さんに調査させようとしていた。第5世代ペルソナ使い(至さん命名)としても、【メメントス】を悪用して自作自演の名探偵をやっている身としても、校長が新島さんに無茶振りをしていることは明らかである。

 “第5世代のペルソナ使いとして覚醒し、『神』のゲームに挑むことになった”当事者の僕でさえ、今回の事象――特に【改心】関係――は未知数、且つ、謎の多い分野だと感じていた。そんな分野を、ペルソナ能力を持たない一介の高校生に調べさせるなんて、ここの校長は一体何を考えているのだろうか?

 ……類推する手段がないわけではない。ここの校長は、獅童正義と繋がりがある。どれ程の付き合いや信頼関係が築かれているかは不明だが、獅童正義の末端と繋がりを持った僕の言動を気にしていた程度には結びつきがあった。――最低でも“浅い付き合いではなさそう”である。

 

 

(【改心】の一件で、ペルソナ使い(僕等)の存在に気づいたのか?)

 

 

 ――だとしたら、獅童の一派が【怪盗団】に注視し始めるのも時間の問題だ。

 

 昼休みに届いたメッセージでは、『今後も【怪盗団】として活動を続け、クズな大人たちを【改心】させていく』という方向が決まっていた。

 次のターゲットを誰にするかは不明だが、ターゲットの繋がり次第では、獅童正義たちが【怪盗団】に攻撃を仕掛けてくる可能性が出てくる。

 

 

(『1度なら偶然、2度目は疑問符。3度目は、運命、もしくは『神』の見えざる手による采配』だっけ)

 

「――あら、明智くん」

 

 

 数多の事件に直面してきた僕の保護者が零していた語録を思い出したのと、校長と話し終えた新島さんが僕に声をかけてきたのは同時だった。

 ……気のせいでなければ、彼女の纏う空気がピリピリしているように感じる。瞳に宿るのは、敵意にも似た疑念。

 

 

「その様子だと、校長先生に調査関係の報告に来たの?」

 

「そうだね。調査が終わったことの報告と、情報提供に手を貸してくれたお礼を言いに。……と言っても、鴨志田先生の“アレ”が裏付けと裏取りの重要証拠になったんだけど」

 

 

 如何にも「釈然としていません」という顔をすれば、新島さんの眉間にしわが寄った。

 ……成程。この場で一番「釈然としていない」のは新島さんの方らしい。

 

 

「明智くんは、今回のイタズラについてどう考えてる?」

 

 

 新島さんの問いかけは“世間/秀尽学園高校の生徒たちにとって、【怪盗団】がどのように思われているか”を顕著に表している。すれ違った生徒たちからの情報を総合した結果、鴨志田事件の爆心地から遠い人間であればある程、今回の【改心】をイタズラと認識する傾向があった。

 積極的に校内を巡回し、生徒たちからの悩み相談を受け付け、教師たちからの依頼を迅速にこなす、完全無欠の生徒会長――そんな新島さんなら、鴨志田事件の被害者から相談を受けていてもおかしくない。しかし、彼女は何故か、鴨志田卓の本性に関する依頼相談を受けていない様子だ。

 実際、新島さんは自分の置かれた状況に疑問を零していた。『何故自分は、鴨志田事件に関する悪い噂から切り離されていたのか』という疑念を抱いていた。校長の依頼を二つ返事で引き受けたけれど、内心、何やらモヤモヤを抱いているらしい。その発露が、僕への質問なのだろう。

 

 さて、何と答えてやり過ごそうか。相手が相手だから、下手な発言が命取りになる。

 

 

「イタズラにしては、タチが悪いとおもうな。実際、【怪盗団】の予告状通り、鴨志田先生の態度が“完全に変貌”してしまったワケだし」

 

 

 校長の命令と言う大義名分と、新島さん本人の使命感。それに彼女の興味関心が合わさり、【怪盗団】の動きに注視している。警察志望でそれ相応の洞察力と推理力を持つ人間だ。冴さんと類似の方向で、“追及されるのを避けたい人物”と言えよう。

 僕ら/ペルソナ使い側としては“理解者になってもらえないと、活動する際に不利益を齎してくる存在に化けてしまう”厄介な存在だ。特に、汚い大人によって理不尽な目にあい、反逆の狼煙を上げた第5世代のペルソナ使いにとっては。

 

 

「【改心】される前の態度ややり口からして、鴨志田先生は“過去(むかし)も今も未来(これから)も、秀尽学園高校の王として君臨し続ける”ために暗躍していた。……僕の経験則上、そんな人間が“ある日突然、己の罪を洗いざらい告白する”はずがない。当人の心境の変化がない限りは、ね」

 

「…………」

 

()()()()()()()()()()()、きっと今まで通り、運動部での体罰や女子生徒へのセクハラ――或いは、それよりも上の性犯罪を行い、学校全体を使って隠蔽させ続けていたんじゃないかな」

 

 

 僕の類推――もとい、鴨志田の【パレス】で見聞きした情報を(適宜ぼかしながら)新島さんに提供すると、新島さんの表情が凄まじい勢いで曇った。ありえそうな話だと思ったのかもしれない。

 

 実際、鈴井志帆の一件が鴨志田のせいだと明らかになった際、他の女子生徒たちが次々とセクハラ被害を訴えている。現役時代に被害にあい、関係者の無理解や鴨志田を擁護した連中によって泣き寝入りさせられた被害者やその遺族たちも声を上げたため、鴨志田の色欲が如何に狂っていたかが証明されていた。

 僕個人の意見であるが、新島さんも鴨志田の好みの範疇に一致していそうだと思っている。手を出されずに済んだのは、彼女の姉が冴さん――検事局で働くエリート検察官/法律関係者であったことが大きかったのだろう。我が身の栄誉を守るため、警察が介入してくる可能性を避けるのは当然のことだ。

 

 鴨志田の狡猾さに関する分析を話し終えた僕は、改めて“2代目探偵王子・明智吾郎”の仮面を被りなおす。獅童に取り入るための方向性は既に決めている。

 奴らは散々手を汚しているにもかかわらず、清廉潔白で揺るがない正義を謳っていた。奴らが語る上澄みに賛同し、懐に潜り込むつもりだ。

 そう考えると、秀尽学園に乗り込んだのは()()()()()()()()()と言えなくもない。校長を踏み台として利用し、更に獅童との距離を詰められるからだ。

 

 

「明智くんは【怪盗団】とやらの存在を信じているの?」

 

「あれ程までの変貌を見せつけられたら、存在の真偽問わず、意識せずにはいられないよ」

 

「彼らのしたことについては?」

 

「ケースモデルが1件しかないから判断しづらいけど、僕個人としては犯罪だと考えてる」

 

 

 僕がそこまでハッキリ言い切るとは思わなかったのか、新島さんは一瞬だけ目を丸くした。僕は正義の名探偵の仮面を被りつつ、秀尽の校長が気に入りそう/獅童正義の騙る正義を体現するような言葉を選ぶ。

 「人の心を勝手に変えるのは許されない」、「本人の意思を“強制的に捻じ曲げてしまう”のは洗脳と一緒」――僕の言葉を聞いた新島さんは、何かを思案するように顎に手を当てていた。

 

 

「今回は事情が()()だから棚上げされてる感はあるけど、ああいうのは本来“危険な行為”だ。【改心】の方法やメカニズムだって、使う側の動機や使い方次第では、自分にとって都合のいい人間を作り出したり、他人をスケープゴートに仕立て上げたり、気に喰わない人間を死に至らしめることだってできる」

 

 

 そんなことをつらつら語りつつ、僕はいつぞや目撃した殺人現場を思い出していた。

 

 獅童正義の命令を受けた『駒』が、認知世界のシャドウを殺すことで対象を不審死させた一連のメカニズム。モルガナが【怪盗団】に授けた【改心】とは違う、認知世界の悪用方法だ。【改心】もギリギリの綱渡り状態だけれど、あっちは完全に逸脱している。危険度的は後者がぶっちぎりだった。

 獅童の『駒』と渡り合える、或いはその資格を有している――『神』から試練を課せられているのは、僕たち/第5世代ペルソナ使いなのだろう。第3世代組が“死への恐怖/滅びへの興味”、4世代組が“己の闇/不都合な真実との対峙”をトリガーにしてペルソナを覚醒させたことを考えると、第5世代はさしずめ“理不尽に対する反逆の意志”か。

 黎は獅童に理不尽な冤罪を着せられたし、竜司は理不尽によって陸上選手としての選手生命と所属していた部活を奪われ、杏は本人と親友・鈴井志帆が危うく食い物にされそうになっていた。【怪盗団】として立ち上がっていなければ、3人は今も鴨志田から齎される理不尽な仕打ちに晒されていたことだろう。

 

 

「……だから、正直、悔しいかな」

 

「悔しい? 何が?」

 

「【怪盗団】が【改心】を行使しなければ、僕の大切な人が大変な目に合っていたから」

 

「……有栖川さんのことね? ――やっぱり、噂の転校生が、貴方の……」

 

 

 僕は素直に頷き返した。新島さんは口が堅そうだから、他人に吹聴しようとはしないだろう。「黎は僕を気遣って、他人のふりをしてくれているんだ」と付け加えれば、新島さんも納得したように頷く。

 暴力事件を起こした女子生徒と今を時めく2代目探偵王子が恋人同士だなんて、悪意を持つ人間にとって格好の餌だ。あることないこと好き放題書き立てられて、引っ掻き回されることは目に見えてる。

 

 

「彼女はセクハラされていた女性を庇ったんだけど、そのせいで自分がセクハラの標的として選ばれ、手を出されそうになった。拒絶した際に相手が転倒して怪我をしたんだけど、『自分に反抗した』、『態度が気に喰わない』という理由で冤罪をでっち上げられたんだ。相手はかなりの権力者だったから、黎の主張は完全に握り潰されてしまったんだよ」

 

「その話が仮に本当だったとしたら、穏やかじゃないわね。……本当だったとしたら、彼女が鴨志田先生の本性を見抜いてしまった場合、黙っているはずがない。例え目を付けられることになろうとも、対抗するのが目に浮かぶわ」

 

「でも、周囲は黎の証言よりも、鴨志田先生の証言を是とした。誰も彼女を助けてくれなかった。僕だって、あの依頼が来なければ、秀尽学園に足を踏み入れることもできなかった。――そういう意味では、【怪盗団】の【改心】は渡りに船だと言えるだろう」

 

「有栖川さんと坂本くんの退学騒動、ね。噂は聞いていたわ。【怪盗団】の【改心】が無ければ、2人は大変なことになっていたでしょう」

 

「そう。……僕の掲げた正義は、僕の一番大切な人を救えなかった。何の役にも立たなかったんだよ」

 

 

 真相を知っているくせに無力なまま、現状に甘んじている己に対して自嘲する。この言葉に何を思ったのか、新島さんは沈痛そうな面持ちになった。

 

 新島さんも、何かしらの正義を指針にして動いている。生徒会長の仕事を全うしようと努力していることは、秀尽学園高校を出入りして情報収集していた際に何度も見てきた。故に、鴨志田の一件で蚊帳の外にされていた自分の状況を訝しみ、引っ掛かりを覚えている。

 それが如何様なものかは察せないが、それが“正義の名探偵”の仮面を被った僕の言動に対して、何かを感じる理由なのだろう。……それが“いい方面”なのか“悪い方面”なのかまでの判断はつかないけれど。

 

 

「じゃあ、明智くんは【怪盗団】の【改心】を肯定するの?」

 

「しないよ。それはそれ、これはこれだから。いかなる理由があっても、僕はこの持論を――正義を曲げるつもりは無い」

 

「正義……」

 

「自分が何の役に立たなかったとしても、他の人の正義の方が優れているとしても、間違っていることに対して『間違っている』と指摘し続けることだけは、辞めちゃいけないと思ってる」

 

 

 新島さんは、黙って僕の話を聞いていた。正直話過ぎてしまった感が酷くて、内心後悔してる。

 

 

「……成程ね。お姉ちゃんが、貴方を注目するわけだ……」

 

 

 ややあって、新島さんはか細い声で何かを呟いた。

 僕がそれを確認するより先に、彼女は取り繕うようにして頷き返した。

 

 

「貴方と話が出来て良かったわ。引き留めてしまってごめんなさい」

 

「いや、構わないよ。……幸い、校長先生は取り込み中みたいだからね」

 

 

 僕は校長室へと視線を向ける。ガラス越しから伺えたのは、校長が誰かと電話をしている様子だった。冷や汗をかきながらペコペコ頭を下げる姿は、電話口の相手がどれ程の権力者かを伺わせる。

 新島さんは訝し気に校長を凝視していたが、何かを振り払うようにして首を振る。彼女は僕に会釈した後、踵を返して去っていった。……【怪盗団】の調査のために、校内を巡回するのだろう。

 丁度それと入れ替わるような形で、校長は電話を終えたようだ。僕は何も聞いていませんと言わんばかりの爽やかな笑みを浮かべ、校長室の扉をノックした。

 

 

 

***

 

 

 

 鴨志田卓を【改心】させた僕たちは、【怪盗団】の次なる獲物を探すことになった。だが、“悪い大人”と言っても、具体的な名前がなければ手を出せない。

 出したい相手がいないわけではない――正直、今すぐにでも獅童を【改心】させたい――が、【パレス】を特定するキーワードが分からないので一旦保留となっている。

 暗礁に乗り上げた僕たちが休憩用ベンチスペースに腰かけ唸っていたときだった。『有栖川さん』と黎を呼び、息を切らせて秀尽学園高校の男子生徒が駆け寄って来る。

 

 彼の名前は三島由輝。部活はバレー部で、鴨志田によって退学させられそうになっていた人物だ。彼も鴨志田の暴力によって苦しめられており、自己保身のために奴の使いっ走りに成り下がっていた。今回の件でも散々やらかしており、色々と罪悪感があったのだろう。奴は僕を見るなり開口一番、『俺が悪かったですごめんなさい! 許してください! お詫びに何でもしますから!』と悲壮感満載の顔して頭を下げた。

 以前三島に“しっかりと言い聞かせた”張本人の竜司も顔を真っ青にしていた辺り、『黎は彼氏持ちだからやめろ』というメッセージの後ろには『彼氏によってヤバい目に合わされるぞ』という続きがあったらしい。一応誤解は解いたし許したけれど、三島は俺に対して終始ビクビクしっぱなしだった。黎と話すときは妙に張り切っていたのに不思議なものである。閑話休題。

 

 

『キミたちが【怪盗団】なんだろう?』

 

『――あまり変なことを言うと法的措置に出るけど。脅迫罪だっけ?』

 

『ヒィッ!? だだだ大丈夫です! 【怪盗団】のこと、悪用するつもりなんてありませんから! 寧ろ俺は、【怪盗団】の手助けがしたいんです!!』

 

 

 俺に睨まれた三島は顔を真っ青にしながらスマホを示した。彼のスマホを覗き込むと、そこには【怪盗お願いチャンネル】というネットの掲示板が映し出されていた。

 

 スクロールされた先には匿名アンケート投票があり、『貴方は【怪盗団】が実在すると思いますか?』という問いと、『YES』と書かれた棒グラフが置かれている。

 『YES』が【怪盗団】の支持者だと考えると、鴨志田を【改心】させた時点での怪盗団の支持率は6%弱。盛り上がっているのは秀尽学園高校内部だけと言えそうだ。

 

 三島は【怪盗団】に助けられた人間の1人として、【怪盗団】の手助けをしたいと思い立ったらしい。彼の善意の結晶が【怪盗お願いチャンネル】という掲示板であった。出来立てのサイトには、「【改心】させてほしい相手がいる」という書き込みがちょくちょく入っている。

 書き込みの大半が匿名、内容も玉石金剛飛び交うものだ。それでも、情報が集めやすくなったという点では充分貢献している。同時に、三島は【怪盗団】の活躍に期待しているらしい。『いつか、このサイトの支持率を100%にしたい』と意気込みを語ってくれた。

 支持率云々は【怪盗団】の指針になり得るだろうが、大衆の考えはあっという間に流されてしまいがちだ。これを見ていると普遍的無意識を連想してしまうのは、俺が体験した珠閒瑠市の一件が原因だろう。――誰も知らない、滅びの夢の話。

 

 

『大衆の力、か……』

 

 

 あのとき世界が滅ばなかったのは――良く言うならば――“大衆が世界の滅びを認めなかった”からだ。多くの人々が滅びを否定したからだ。

 【ワイルド】使いとその仲間たちが滅びを否定し、限りある命を生きる権利を守ろうとした巌戸台や真実を掴もうと戦った八十稲羽とは正反対のケースだと言えよう。

 

 滅びの未来を否定した大衆の力を俺は知っている。小さなコミュニティで育まれた絆が世界を救うこともあり得ることを俺は知っている。だから、『何とも言い難い』と言うのが俺の考えだった。

 

 ……最も、それを三島に対して告げるつもりはないが。

 僕には、善意の協力者を傷つけるという悪辣な趣味はないのだ。

 

 

『ありがとう、三島くん』

 

『う、うん! 何かあったらいつでも言ってくれよ? 俺、キミたちのこと応援してるから!!』

 

 

 黎から感謝の言葉を貰った三島は、今にも昇天しそうな程いい笑顔を浮かべていた。

 スキップしながら帰ろうとした彼は、そのまま階段を踏み外して盛大に転ぶ。

 それでも即座に立ち上がってスキップしながら去っていったので大丈夫だろう。多分。

 

 三島という協力者を得たことで、張り切って次の獲物を探そうとした僕たちは早速サイトを覗いてみた。玉石金剛の書き込みを覗く中で、杏が興味深い書き込みを発見する。

 

 

『何々? “元カレがストーカー化して困っています。名前は中野原夏彦”……区役所の窓口員だって』

 

『役所の職員が何してるんだよ……』

 

『絶対、ストーカーの手段として職権乱用やってそうじゃん』

 

『うむ、手頃だな。ゴローは【メメントス】のことを知ってるだろ? 行き方をレイにレクチャーしてやってくれ』

 

『了解』

 

 

 呆れる竜司を視界の端に収めつつ、僕は黎に【メメントス】への行き方をレクチャーする。僕が教えたとおりに黎がナビを起動した途端、世界はあっという間に迷宮――【メメントス】へと姿を変えた。

 

 広大な広さを持つ共用住宅系の【パレス】だ。シャドウはうようよ跋扈しており、徒歩だけで該当者を探すのは至難の業である。最初の頃――護衛有ありでの【メメントス】探索――は移動手段が徒歩だったため、大変だったことを思い出す。

 僕がここを単独で探索するときはバイクで探索していた。バイクは桐条美鶴さんから譲り受けたもので、電子機器の一切が停止する【影時間】や異世界扱いの【マヨナカテレビ】でも普通に動く特別性だ。探偵業(偽)を迅速にこなすためには欠かせない移動手段だと言えよう。閑話休題。

 

 大人数の移動手段がないというのに、この人数で【メメントス】を探索する――とても難しそうだ。誰もが同じことを考えたとき、モナが助け船を出してくれた。

 なんと、モナは【メメントス】に入ると車に変身できるらしい。馬鹿みたいな話だが事実である。ますます人間から遠ざかっているように思ったが、黙っておくことにした。

 しかもこの車はキーレスであり、手動運転形式だった。高校生で車の運転免許を持っている人間なんて僅かだろう。僕だって二輪車しか持ってない。あとはみんな無免許だ。

 

 『運転手がいないと動かないぞ!』と主張するモナに従うような形で、ジョーカーが運転することに決まった。この中で一番器用なのは彼女だからである。

 そうして僕たちは【メメントス】の探索へと向かったのだ。だだっ広い迷宮内を車で走り回って、ようやく俺たちは中野原のシャドウと遭遇した。啖呵を切ったのは杏である。

 

 

『アンタがストーカー男ね。相手の気持ち、考えたことあんの!?』

 

『あの女は俺の物なんだよ! 俺の物をどう扱おうと、俺の勝手だろ!? 俺だって物扱いされたんだ。同じことをやって何が悪い!』

 

 

 中野原のシャドウとコンタクトを取ったとき、奴が開口一番に叫んだ言葉がそれだった。あまりにも身勝手な発言は、どことなく獅童の考え方を彷彿とさせる。

 獅童の場合は容赦なく捨てる方だが、中野原の場合は絶対に手放さない方らしい。行動は正反対なのだが、本質にあるモノはどちらも一緒だ。

 元交際相手に対する異常な執着は、『誰かに奪われることのない心の拠り所』が失われたことがトリガーだったのだろう。

 

 恐ろしいことだが、俺は中野原の気持ちが分かってしまう。俺にとっての心の拠り所はジョーカー/有栖川黎だ。彼女がいなければ、俺の人生は成り立たないだろう。もし、彼女の手を離さなければならないときが来たら――考えてはいるけれど、やぱりゾッとする。

 この執着が中野原のように顕現しないのは、ジョーカー/黎が俺を拒絶せず手を取ってくれるからだ。大切なものがこの手の中にあるか否か――それが、俺と中野原の明暗を分けた。小さいけれど、大きな理由。埋めようのない溝のような差。

 

 

『……“手放したくない”という気持ちは分からなくはない。けど、同意はできないかな』

 

『何だと!?』

 

『同意してしまったら、俺の嫌いな奴と同じになってしまう。母さんを物のように扱って、“俺を身籠った”という理由で母さんを捨てて行ったアイツみたいになりたくない』

 

『お前……父親に捨てられたのか……? ()()()に捨てられた俺と同じで――……でも、だったら!』

 

『今のあんた、方向性は違うけど、ソイツと同じ目をしてるぞ』

 

 

 俺の言葉を聞いたスカルとジョーカーも、畳みかけるようにして言葉を重ねる。

 

 

『自分がやられたからって、他人を物扱いすんな! ふざけやがって……』

 

『貴方は自分が物扱いされたとき、辛かったでしょう? 苦しかったでしょう? その痛みをよく知っているのは、他ならぬ貴方じゃなかったの?』

 

『うるさい! 俺よりも悪い奴らは沢山いるじゃないか! マダラメみたいに!! なのに、どうしてマダラメは許されるんだよ!?』

 

 

 『俺の人生は、マダラメのせいで滅茶苦茶にされたんだ!』と、中野原は叫んだ。刹那、奴のシャドウは異形へと変わる。

 残念ながら、スカルとジョーカーの言葉は届かない。異形はけたたましく叫びながら、僕たちへと襲い掛かって来た。

 

 スカルのペルソナが放った雷に怯んだところから、中野原は雷が苦手らしい。スカルのペルソナやジョーカーの所持ペルソナが用いる雷属性の攻撃を繰り出して中野原を怯ませ、その隙に総攻撃を叩きこむ。

 

 勝敗はあっさりとつき、中野原は正気に戻った。中野原は己の行為を反省し、元交際相手に付きまとうことをやめると約束した。中野原の執着心がおかしくなってしまったのは、彼の“先生”に当たる人物から使い捨てにされたためらしい。

 件の“先生”――マダラメなる人物に捨てられてしまったときのような恐怖や痛みを二度と味わいたくないと、中野原は必死になって足掻いた。足掻いて足掻いて足掻き続けた結果が、ストーカー行為という歪んだ形で表れてしまったのだと彼は語った。

 虐待された人間は自分の子どもを虐待するという話を耳にするが、その心理を目の前で体感することになるとは思わなかった。歪みを取り払われた中野原は、自分が味わってきた痛みや悲しみを思い出したのだろう。深々と頭を下げ――ハッとしたように顔を上げる。

 

 

『なあ、お前らは【改心】できるんだろ? なら、マダラメを【改心】させてくれ! これ以上、俺のような被害者を増やさないためにも――』

 

 

 そう言い残し、中野原のシャドウは消滅した。残されたのは【オタカラ】の芽と呼ばれるモノだ。報酬がてら、ジョーカーが回収する。

 

 ――以前、【メメントス】でヤクザのシャドウを倒したとき、俺はバッジを拾っている。その後、周防刑事から『ヤクザが出頭してきた』という話を耳にした。

 ……どうやら俺は、無自覚で【改心】を成し遂げてしまったらしい。結果オーライとは言えど、正直迂闊だったとしか言えなかった。

 

 

『シャドウでも何でも、人がいきなりバケモンに変わるの見る度に『ニャルラトホテプに利用された連中がバケモノ化されたときの光景よりマシ』って考える自分がいる』

 

『分かる。変形()()()()()プロセス思い出しちゃって、目の前の変態過程と比較しちゃうんだよね』

 

 

 嘗て珠閒瑠市を駆け抜けていた際、何度も対峙した光景を思い出す。ニャルラトホテプの『駒』となった人間たちが、自身の意志と反して化け物と化した過程と、その姿を。――筆頭は、ニャルラトホテプを『御前』と慕い、奴の命令を忠実に聞いていた須藤竜蔵。

 珠閒瑠市に数多の厄災をばら撒き、犠牲者の屍を積み重ねてきた男の最期は、“『神』に見捨てられたという事実を受け入れきれないまま、己の自我も肉体も崩壊・異形として再構成されていく”という凄惨なものだった。完全に怪物と化した後は、舞耶さんを筆頭とした第2世代ペルソナ使い達に討たれている。

 異形に成り果ててしまった須藤竜蔵は、人として死ぬことは出来なかった。姿かたちも自我や心さえも、異形というカテゴリのまま朽ちて逝った。クソの極みを行く大人としても、尊厳を奪われて死んだ人間としても、奴の姿は僕とジョーカーの脳裏に焼き付いて離れることは無い。

 

 至さんは何度も『航さんの元で留守番する方がいい』と言ってくれたけれど、僕も黎も、どうしてか『今回の一件から逃げよう』とは思わなかった。

 小学校低学年が見るような光景ではないと本能的に直感しても、それ以上に『全てを見届けなければならない』という使命感の方が上回ったのだ。

 

 

『ああなってしまったら、もう、息の根を止めてやるくらいしか救い様がないからな……』

 

『ニャルラトホテプによってペルソナを暴走させられた神取は、最期は人として死んだ。――彼はまだ、『駒』としては“幸せな最期(おわり)”だったんだろうね』

 

『珠閒瑠での一件で再利用されてたけどな』

 

『おーい、2人ともー……?』

 

『さ、先に行こうぜー……?』

 

 

 同じ体験を共有している者同士にしか分からない会話で盛り上がっていたためか、スカルとモナから声をかけられるまで気づかなかった。

 僕とジョーカーは2つ返事で彼らの元へ駆け寄り、【メメントス】の探索とシャドウ狩りに勤しんだ。元からの器用さも相まって、ジョーカーの運転はしっかりしている。

 

 

『ジョーカー、運転には慣れた?』

 

『まあね。……本当は、きちんと免許を持ってる人が運転した方がいいんだろうけど……』

 

 

 パンサーに訊ねられたジョーカーは苦笑した。【怪盗団】として活動していても、根が品行方正であるジョーカーにとっては後ろめたく感じるのだろう。

 探索を続けていくうちに、【メメントス】内部の扉に阻まれているエリアに辿り着いた。固く閉ざされた扉は開く気配がない。

 モナ曰く、『民衆がワガハイたちを認めれば先に進めるようになるはず』とのことだ。今の俺たちでは完全に手詰まりである。

 

 大衆の力を使わなければならないと考えると、鍵は三島の【怪盗お願いチャンネル】にある支持率だろう。やはり、俺は珠閒瑠の一件を連想した。

 普遍的無意識の権化たち(フィレモンとニャルラトホテプ)がいい笑顔で親指を立てる姿が浮かんで、俺は思わずかぶりを振った。もう二度とあいつらはこりごりだ。

 

 『黄金の蝶を見かけたらハエ叩き持ってこなきゃ』――なんてことを考えていたのが悪かったのだろうか。

 

 【メメントス】の出入り口へと戻ってくると、探索を始めたときにはいなかった子どもとクラシカルなオープンカー――積載許容量を遥かに超える荷物が山積みだ――がいた。子どもは周囲を漂っていた花――スイセンらしきもの――を手に取る。

 途端に、花は飲み物に姿を変えた。ストローの柄には、スイセンらしき意匠が施されている。子どもは躊躇うことなく飲み物を一気に飲んだ。味の感想を述べる少年の言葉は子どもらしく『うまっ!』の一言/シンプルであるが、飲みっぷりはどこかオッサン臭い。

 

 

『【メメントス】に、ニンゲン……!?』

 

『……いや、人と同じ姿形をしてるだけで、実際は人とは遠い存在だと思う』

 

『このフロアにシャドウが出てこないとしても、【メメントス】は“人間が生活拠点にできるような場所”じゃない。南条や桐条の研究者たちが結論を出してる』

 

『クロウの繋がりマジぱねぇ……』

 

『僕自身は凄くないよ。至さんが築いてきた繋がりを使()()()()()()()()()だけだから。褒めるんだったら至さんにして』

 

『保護者大好きは筋金入りなんだね。……まあ、気持ちは分からなくもないけどさ』

 

 

『ん? 変な気配がすると思ったら……おねえさんたち、何者?』

 

 

 そんな会話をしていたところ、飲み物を煽っていた少年が僕らの方に気づいた。

 

 彼にとっても、【メメントス】は“人間の生活拠点に成りえない場所”という認識らしい。彼は興味津々に僕らを見つめる。

 白い髪を刈り上げお坊ちゃんヘアにし、白いフード付きのコートを身にまとった少年の瞳は金色――()()を示す色だった。

 フィレモンやニャルラトホテプのような『神』の関係者なのか、はたまたエリザベスやテオドア・マーガレットのような『力司る者』の系譜か。

 

 黄金の瞳を見ただけでは、どちらの類かは判別できない。

 ……どちらにしても、結局は人外なのだが。

 

 

『そんなの、こっちが訊きてえよ。名前を訊ねるならソッチから名乗るのが礼儀ってもんだろ』

 

『確かに……。人間のルールに当てはめると、僕の方に非があったね。ごめんなさい。ご指摘ありがとう、タヌキ……いや、ネコさん?』

 

『迷うんじゃねえ! しかもどっちも違ーう!!』

 

『あ、重ね重ねごめんなさい』

 

 

 モナと漫才を繰り広げる少年は、良くも悪くも“無垢”という言葉がよく似合う。立ち振る舞いも言動も、まだ幼さが抜けなかった。

 彼が身に纏う服や髪の色が白一色というのも、“未だ染まらぬが故に、何色にもなれる者”という印象を抱く理由なのかもしれない。

 

 

『僕の名前はジョゼ。花を探しているんだ』

 

 

 少年――ジョゼは自己紹介しつつ、【メメントス】を生活拠点にしている理由を話してくれた。

 

 彼は何らかの理由で“人間について学んでいる”真っ最中。その手段が、【メメントス】内部に漂っていた花――先程ジョゼが持っていた飲み物のストローに施された意匠のもの――から手に入る蜜を飲むことだという。ジョゼが遭遇した“【メメントス】を出入りできる人間”は、僕等が初めてとのことらしい。

 “花の蜜を飲むことが勉強になる”という事象に驚いたスカルだったけれど、何となく羨ましそうに見えたのは僕の気のせいではないようだ。彼の理解力は、お世辞にも高いとは言い難い。言い方は失礼だけれど、運動神経一辺倒で勉学をおろそかにしている姿が容易に想像できてしまう程だった。閑話休題。

 ジョゼは花を探して【メメントス】中を探索しているようだが、【メメントス】の特性上、とんでもない広さを誇る大迷宮である。更に言えば、閉ざされた扉のせいで奥を探索することができなかった。このままでは“人間について学ぶ”という己の使命を果たせなくなってしまう。

 

 そこで彼は、【メメントス】を頻繁に探索するであろう僕たち【怪盗団】に目を付けた。彼は花探しを依頼する代わりに、譲ってくれた花に応じて物々交換をしてくれるという。

 試しに交換できそうな品物の一覧表を見せてもらう。ラインナップはアイテムになりそうな素材から、身体能力やペルソナを強化できる道具まで様々だ。可もなく不可もなしと言ったところか。

 

 

『花の蜜を飲むって、なんだか蝶みたいだね』

 

『確かに』

 

 

 ジョーカーの言葉に同意した僕は、反射でジョーカーの方を見た。ジョーカーも僕の方を見返す。

 同じ経験をした者同士だからこそ、今、自分たちの頭の中で繰り広げられる連想ゲームを理解できた。

 

 

『蝶……』

 

『化身……』

 

『『フィレモン……!』』

 

『ど、どうしたの? おねえさん、おにいさん、凄く怖い顔してるよ……? 2人は“素敵なカップル”なんだから、幸せそうに笑ってる方がいいとボクは思うんだ』

 

 

 僕等から凝視されたジョゼはたじろいだが、おずおずと声をかけてきた。“素敵なカップル”という言葉に、思わず虚を突かれる。

 

 

『僕達、そう見える?』

 

『うん。お互いのことが大好き同士で一緒にいるんだもの。素敵なカップルだよ。勉強したから分かるもの』

 

 

 僕達が置かれた現状を鑑みると、僕等の関係を祝福してくれる人間は限られている。

 大半の連中が“利益目的で僕らを引き裂こうとする奴ら”ばっかりだったから、とても嬉しい。

 そんな風に言われてしまったなら、警戒心が溶けてしまうのは当然だと言えよう。

 

 

『どうする? 花集め、手伝う?』

 

『ワガハイ達にもメリットはありそうだが、相手は正体不明の子どもだ。ここは慎重に……』

 

『いいじゃん、手伝ってあげようよ。困ってるみたいだし、探索ついでに花集めるくらい難しくないんじゃない?』

 

 

 慎重論を持ち出すモナに対し、パンサーはジョゼに好意的な発言をする。どうやら、彼に『綺麗なおねえさん』と言われたことも影響しているらしい。

 パンサーに淡い思いを抱くモナは見るからに凹んでしまった。スカルも『だよな。これから何度も来るんだし、花くらいすぐ集まるだろ』と乗り気である。

 かくいう僕やジョーカーも、『素敵なカップル』とジョゼに褒められたクチだ。結果、花集め/ジョゼとの取引を行うことに慎重なのはモナだけとなった。

 

 尚もジョゼに懐疑的な態度を崩さなかったモナであったが、最終的に『イライラしている』ことを察したジョゼによる気遣い――『イライラの原因は空腹。よって、お菓子を食べれば解決』との見解で、市販のクッキーを手渡された――ことで崩れ落ちた。文字通りの完敗である。

 

 

『ボクもこの中で花を集めているから、見かけたら声をかけてよ。あと、人間は“遊び”が好きだって勉強したから、面白そうな仕掛けも準備してるね』

 

『“遊び”と言っても、いろんな種類があるからね。最低限、私たちや世界に不利益が生じない程度の加減はお願いするよ』

 

『……おねえさんとおにいさん、()()()()()()()()とした“遊び”に対して嫌な思い出でもある?』

 

『何度炎上させても飽き足りない程大っっ嫌いなヤツがいてね。『人間が存在する限り自分は不滅。何度でも湧いて出てきて、人間を破滅させる“遊び”を開催してやる』って豪語してるんだ』

 

『うーん……。ボクにはその“遊び”の何が楽しいのか、全然理解できないや。――いや、“理解したくない”、のかな? こんなこと今までなかったのに……』

 

 

 そんな会話をして、僕等はジョゼと別れた。が、ジョゼは『忘れ物があった』と言ってすぐに戻ってくる。

 彼曰く、『おねえさんたちに渡すものがあった』とのことらしい。彼が差し出したのは、青く輝く星型の物体。

 

 

『これは一体?』

 

『【ホシ】だよ。星の形をしているから、ボクはそう呼んでる。他にも理由はあるけどね』

 

『?』

 

『人間は、願い事があると星に願うんでしょう? 星は人の願いを叶えるモノ……だから、“おねえさんたちの願いも叶えてくれる”かもしれない。『オチカヅキノシルシニ』ってやつだよ』

 

 

 ジョゼは今度こそ、そう言い残して去っていった。残された僕達は、ジョゼの言葉が本当かどうか試してみる。……勿論、“願い事が叶う”なんて、都合のいいことは一切起きなかった。

 【ホシ】の恩恵を受けるためには、何かしらの条件を満たさなければいけないらしい。とりあえず、使い方が判明するまでは、ジョーカーが保管するという形で保留となった。

 

 ――そうして、俺たちは現実世界へと帰還した。空は茜色に染まっており、遠くが暗く滲んでいる。

 

 

「それじゃあ、次のターゲット候補はマダラメなる人物だね。他の候補が出てくるまでは、彼に関する情報を優先的に集めるということでいい?」

 

「構わない」

 

「おう、いいぜ!」

 

「アタシも賛成」

 

「ワガハイも異論はないな」

 

 

 怪盗団、全会一致である。俺も、竜司も、杏も、モルガナも、不敵に笑って頷いた。

 解散して家路につこうという話になりかかったとき、黎が「そういえば」と声を上げる。

 

 

「秀尽の定期テストって、もうすぐだよね?」

 

 

 黎の言葉を聞いた竜司と杏の動きがピタリと止まった。2人の顔色が著しく悪い。平然としているのは俺たちだけのようだ。

 

 ここにきて大きな障害発生。

 学生最大の敵、定期テストである。

 

 俺の場合、特待生奨学金――定期テストで上位10位以内に入り続けないと打ち切りになるものだ――を利用していた。入学してから学年成績1位を死守してきたとは言えど、油断はできない。出席日数と勉学に時間を費やす日々が続きそうだった。

 黎の場合、七姉妹学園高校在学時は全テストで学年首位を守り続けた優等生だ。秀尽学園高校に転校してもその頭脳は健在で、授業中に指名されれば全問正解を叩きだしている(杏の談)という。ついでに、チョークが飛んでくれば華麗に避けるらしい。

 彼女のことだ、東京の中堅進学校である秀尽でも学年首位を掻っ攫うであろう。実際、黎の成績や器用さを目の当たりにした教師や生徒たちが、「思ったよりも怖くないかもしれない」「実は優秀な生徒なのでは」等と噂し始めたそうだ。

 

 

「ぜ、全然勉強してねぇ……」

 

「英語なら得意なんだけど、それ以外がちょっと……」

 

 

 杏と竜司が頭を抱えた。余程、勉強に自信がないように見える。両名は縋るような眼差しで黎と俺を見つめてきた。

 求められることは嫌いではない俺と、困っている人を見過ごせない黎。……答えはもう、決まったようなものだ。

 

 

「それじゃあ、やろうか? 勉強会」

 

「俺の場合、他校の人間で良ければだけど」

 

 

 「明日から」という慈母神の言葉に、杏と竜司は即座に頷き返した。

 

 




 花と聞いて連想するのは、滅びの夢で出会った少年。彼はとある一件から【ジョーカー】となり、【仮面党】というカルト集団を率いる長となっていた。
 その後、彼と達也さん達の間にあった蟠りが解決したことで和解。黛ゆきのさんからペルソナ能力を譲渡されたことで、ペルソナ使いとして覚醒した。
 仲間に加わった彼が武器として用いたのが花だった。花が好きな母親を喜ばせたいという母親孝行から、花言葉等にも精通していたことは、滅びの夢経由で知っている。

 この世界の彼は、滅びの夢で出会った彼とは違う。ペルソナ能力も持っていないし、【ジョーカー】でもなければ【仮面党】なんてカルト集団を結成する動機だって存在していない。

 両親は離婚していないから姓も橿原のままだし、達也さん・リサさん・栄吉さん・舞耶さんとも幼馴染ではない。【JOKER呪い】が流行り出す直前までならば、“お互いの噂を耳にしたことがある”程度の間柄だ。
 滅びの夢に纏わる一連の出来事が発生してようやく、“同じ事件に巻き込まれた被害者同士”という繋がりが出来たくらいか。滅びの夢で出会った彼等は、その出来事を縁として、あの夢とは違った形の繋がりを築いている。

 途切れてしまった旅路は、滅びが確定した『向こう側』の彼等は、今も戦い続けているのだろうか。
 『向こう側』が20XX年を迎えることがないと分かっていても、きっと僕等は、何度だって思いを馳せるのだろう。



―――


マダラメパレス編が始動しました。リメイク前とは違い、ちょくちょく色々な描写が追加・前倒し・入れ替わりになっています。
こちらの魔改造明智は「ニャルラトホテプ絶対炎上させるマン」みたいな言動が追加されました。罰時代の光景で頭と魂を焼かれてしまったが故の後遺症です。
……リメイク前でのことを考えると、ある意味フラグになっていたりします。保護者が「『神』絶対ぶん殴るマン」で「ニャルラトホテプは燃やすマン」だからね、致し方ないね。

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