Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。



バカ殿ぶちのめす大作戦、或いは滅びの夢からの祈り

 

 橿原淳は洸星高校に勤務する教師だ。担当は理科系列――特に生物学を専攻しており、花に関する分野に精通している。西暦20XX年時点の年齢は26歳であった。

 

 この情報は別段間違ってはいないのだが、実は正しくない。正確に言えば、件の情報/経歴は、橿原淳という()()()()()()のものだ。つまり、今ここにいる橿原淳は“肉体(からだ)(こころ)が噛みあっていない”――言うなれば、“橿原淳の中身が別物である”――ことを意味している。

 橿原淳の肉体を乗っ取る形になってしまったのは、今この状況に陥ってしまった自分も含めて“誰も予測できないイレギュラー”であった。現状を一言で表すならば『災難』が相応しい。……だって、こんな真似をするつもりなんて、微塵も無かったのだから。

 

 

(“僕”がここにいるせいで、この世界が『向こう側(滅びの夢)』を辿るような事態に陥ってしまったら……)

 

 

 自分が危惧している一番の要因。友が『ケジメをつけてきた』と語っていた出来事を思い返す度に、自身の現状と世界の均衡が薄氷の上に成り立っているのかを痛感する。

 確かに、友は罪を犯した。“全てを忘れることで世界を救う”という4人の決意を翻してしまった。でも、自分だって、本当は友と同じように、何も忘れたくなんかなかったのだ。

 “彼”は諸悪の根源たる普遍的無意識を打ち砕き、『あちら側』の世界を守った。自分と交わした約束も、『あちら』で守れなかった“お姉ちゃん”も守り抜いた。文字通り『ケジメをつけた』のだ。

 

 全てを終えた“彼”を迎えた自分達は、“彼”の旅路を労った。誓いを果たして『あちら側』を守り抜いた“彼”に感謝を述べた。“彼”が己の友であることに誇りを抱いた。

 友の奮闘による紆余曲折を得た末、『こちら側』と『あちら側』の世界の関係は“断絶した世界線同士”――所謂パラレルワールドのような扱いとなり、繋がりは断たれたはずだった。

 

 

「……まさか、大人になった橿原淳の意識を乗っ取ってしまうなんて思わないよ……」

 

 

 そうして今、自分に迫る身近な危機――“高校生相手に教鞭を執る教師”という肩書だ。同じ年齢の同一存在を乗っ取ってしまった“彼”の状況とは、あまりにも差異が大きい。

 

 当時“彼”が苦心したのは、『あちら側』の同一存在が“事件後の日常生活や社会的な立場に不利益を被らないよう立ち回る”ことだったと言う。『あちら側』の彼は“彼”以上の不良であり、学校の欠席率や家族仲も悪かった。更に言えば、実家にもロクに帰らない状況が続いていたそうだ。学生(不良)と言う身分や家族仲の悪さを利用したからこそ、“彼”は比較的自由に立ち回れたのだろう。

 しかし、自分が乗っ取ってしまった橿原淳は社会人。しかも、()()()()()()()()()()に教鞭を執る教師だ。本来ならばこの時点で大問題極まりないのだが、幸か不幸か、橿原淳が積み上げてきた知識と経験は情報として残されていた。それを使ってどうにか今日まで誤魔化してきたものの、精神的疲労が大きすぎる。毎日気が気でない日々が続いていた。

 

 こんなことを相談できるような相手はいない。それでも、この現状を嘆かずにはいられない。

 故に、自分は一輪挿しの花に思いを込めた。橿原淳を乗っ取ってしまった当日、真っ赤なオダマキを挿したように。

 自分の思いを汲み取ってしまったせいか、オダマキの花は僅か数日で萎れ、見る影もなくなってしまった。

 

 

(そろそろ次の花に変えないとな……)

 

「橿原先生」

 

(次に活ける花は何にしよう。今の僕の気持ちに近いのは、アンモビウムだろうか)

 

「橿原先生」

 

(花言葉は“不変の誓い”、“永遠の悲しみ”。……“僕”は、“彼”に恥じない自分で居られるだろうか。“彼”のように『ケジメをつける』ことができるだろうか)

 

「橿原先生」

 

「ッ!!?」

 

 

 思考に浸っていたためか、自分は橿原淳を呼ぶ声に気づけなかった。

 ……正直な話、橿原姓で呼ばれ慣れていないという弊害もある。

 

 橿原淳を呼んだのは、橿原淳が担任をしているクラスの生徒・喜多川祐介だ。

 

 入れ替わって早々の出来事――自分と瓜二つの顔を持つ彼を目の当たりにした際、悲鳴を上げてひっくり返りそうになった裏話がある。

 今ならば、橿原淳の記憶が齎した情報――喜多川祐介の保護者・班目一流斎が悲鳴を上げてひっくり返った理由が分かった気がした。

 同時に、26歳の橿原淳が驚かなかったという事実に対して感嘆した。……自分には、彼のように振る舞えるように経験を積む時間は、残されていないから。

 

 

「ああ、喜多川くん。ごめんね。色々考え事を――」

 

 

 そこで、自分は言葉を切った。内なる心の海が、ペルソナ使いの気配を察知したためだ。その出所を視線で辿る。――丁度、真正面にいる人物からだ。

 

 

「…………」

 

「橿原先生? 俺の顔に、何か?」

 

「…………」

 

「橿原先生?」

 

「あ、ああうん! 重ね重ねごめんね!?」

 

 

 じろじろと凝視してしまったのは不埒であったか――内心反省しつつ、自分は改めて喜多川祐介と向き直った。彼から渡された課題の内容を確認しながら、察知した気配から分析を行う。

 喜多川祐介が所持しているペルソナのアルカナはLA・EMPEROR(皇帝)で、つい最近覚醒したばかり。ペルソナから溢れる感情は、憤怒と義憤からなる“反逆の意志”だ。

 自分達の世界で対峙したペルソナ使い達とは多くのことが違う。滅びの夢と違う道を辿ったことが、次世代のペルソナ使い達に何らかの影響を与えているのだろうか?

 

 疑問は尽きない。

 けど、これから取るべき行動は決まった。

 

 

(……今日の放課後は、理由を付けて早く学校を出よう。そして、喜多川くんを追いかけるんだ)

 

 

 本日の予定を決めた自分は、山積みの仕事に向き直る。橿原淳の知識を総動員し、それらに取り掛かった。

 

 

 

*

 

 

 

 橿原淳の中に宿っている自分の世界は、行く末/世界滅亡が確約されている。もう何をしても、それが覆ることはない。

 自分達は既に世界滅亡を受け入れている。受け入れた上で、『最後の最期まで足掻き続ける』ことを選んだ。

 

 恐らく、『向こう側』/自分達の世界は20XX年を迎える前に滅びるだろう。『向こう側』における成人年齢/20歳を迎えられるか否かも怪しい。

 

 更に言えば、『向こう側』は珠閒瑠市以外の国や街は根こそぎ滅んでいた。故に、橿原淳が交流を重ねている人間の殆どが“『向こう側』では既に死んでいる”者ばかりだ。最近覚醒したばかりのペルソナ使い・喜多川祐介も、『向こう側』では8歳で死んでいると推測される。

 けれど、自分は見つけた。『向こう側』の珠閒瑠市で、滅びの夢へと至る旅路を駆け抜けた少年少女の面影を宿す2人を。あの日の自分と同じ17歳になった少女と、彼女を守るように傍に控える18歳の少年を。――『向こう側』では、絶対に見ることができない姿を見たのだ。

 

 

「俺が描いたマークをカッコよくしてくれよ! デザインし直すんだったら、お前の発想とは全然違うからバレないだろ?」 

 

「成程。予告状のデザイン、か……面白いかもな。【怪盗団】にとっての『本物の証明』になる」

 

「決まりだな!」

 

 

 彼等が宿すペルソナの気配を察知したからこそ分かる。彼等こそが、今世代のペルソナ使い。悪辣な『神』が用意した“ゲーム”に挑む者たちだ。

 その組織名は【怪盗団】――【ザ・ファントム】で、中心人物となっているのは有栖川黎と明智吾郎。……自分が知っている姿よりも、2人はずっと大人になった。

 『向こう側』の2人の夢を思い出し、自分は思わず泣きだしそうになった。――世界の滅亡という定めの前には、呆気なく打ち砕かれる儚い夢だから。

 

 意気揚々と引き上げていく少年少女の背中を見送った後、深呼吸をして目元を拭う。感傷に浸り、涙に暮れる暇など自分にはない。

 嘗て【仮面党】を率いた際、自分を突き動かしていた意志の片割れを――夢を叶える権利を訴えたときの想いを拾い上げて、前を向いた。

 

 ――瞬間、自分の眼前に飛び込んできた人物の姿に息を飲む。

 

 

「――――」

 

 

 『向こう側』で最期に見たときより、年を取った青年がいた。右耳で揺れる星のイヤリングが、やけに目を惹く。

 自分は何かを言おうと口を開くが、それを飲み込んで踵を返した。橿原淳はそうでなくとも、自分は青年に合わせる顔がない。

 

 だから足早に立ち去ろうとして――

 

 

()()くん」

 

 

 名前を呼ばれて立ち止まる。間髪入れず、橿原淳のスマートフォンが鳴り響いた。

 見れば、【イセカイナビ アザセル限定版】という名前の見知らぬアプリ。

 

 

「班目一流斎、班目邸、美術館」

 

「えっ……!?」

 

「これはキミの夢だ。だけど、それと同時に、橿原淳の生きる現実でもある」

 

 

 真摯な眼差しを向ける青年の姿に、自分は思わず息を飲んだ。――そうして、理解する。

 

 誰が呼んだかまでは分からない。けれど、自分がここに迷い込んだ理由は、“黒須淳の夢/橿原淳の現実”で生きる次世代のペルソナ使い達を守るためだ。

 『向こう側』の少年少女が掴めなかった未来を、夢を見る権利を守るために戦う少年少女たちを手助けするためなのだ。ならば――黒須淳のすべきことは、決まっている。

 

 

 

***

 

 

 

 ――翌日、黒須淳は一輪挿しの花を交換した。

 

 選んだ花はランタナ。己の心に近い花言葉は、“心変わり”、“合意”、“協力”の3つである。

 

 

 

◆◇◇◇

 

 

 

「――賢しいネズミめ。貴様らが探しているのはこれか?」

 

 

 多くの警備員を連れ立って来た班目のシャドウは、1枚の絵を示した。警備員が大事そうに抱える金の額が、本物の【オタカラ】なのだろう。

 

 

「ワガハイに鼠捕りなんてナンセンスだぜ!」

 

「そういえばこの前、『昨今では“罠用トラバサミで猫が怪我をする”という被害が多い』って聞いたかな」

 

「やめろジョーカー。洒落にならねぇ」

 

 

 息巻くモナに対して、ジョーカーは静かな面持ちのまま付け加えた。現実世界では一介の猫として認知されているが故に、彼は嫌そうな顔をしてツッコミを入れる。

 班目のシャドウは予め怪盗団の【オタカラ】奪取計画を想定していたのだろう。だから、本来の【オタカラ】と贋作を入れ替えて、布をかけて判別不可能にしていたのだ。

 

 

「……成程。随分姑息な手段を使うんだな」

 

「ニセモンで釣るなんて卑怯だぞ!」

 

「ハッハッハ! 日本画の世界では、贋作は肯定されているのだよ!」

 

 

 僕とスカルの野次を聞いた班目は怯むことなく、むしろ得意げに開き直った。僕はあまり芸術には精通していないが、これだけは言える。班目の言う『贋作は肯定されている』というのは、本来の意味とは違う使われ方をしているのではないだろうか。閑話休題。

 

 どうやら僕たちは班目のシャドウに嵌められたらしい。多くの警備員に囲まれて、文字通りの絶体絶命だ。

 危機的状況の中、僕は現状を打破するため、ここまでの出来事を思い出した。

 

 予告状を班目に送り付けた僕たちはパレスへ侵入。先日に立てた作戦は見事に成功し、布に包まれた【オタカラ】を奪取した。後は出口まで逃げるのみの段階だった。

 だが、中庭に辿り着いた途端、鴨志田のときと同じモナが【オタカラ】の御開帳をしようとしたのだ。が、モナは『これは【オタカラ】じゃない!』と驚愕の声を上げる。

 彼の言葉通り、布の中から出てきたのはただの落書きである。何かを察知したフォックスが警告したコンマ数秒で、突如セキュリティが発動した。――そうして、現在に至る。

 

 

「何故変わってしまった!? 有名になったからか!?」

 

 

 「育ての父親に罪を問わねばならない子どもの痛みが、貴様に分かるか!?」――班目へのフォックスの問いは、獅童への俺の問いと同じだった。

 

 実の父親である獅童正義に捨てられただけではない。奴は人に命じて人殺しを行っており、挙句の果てには俺の大事な人であるジョーカー/黎を冤罪で陥れた。“彼女が自分の思うとおりに動かなかった”という、そんなくだらない理由で。

 できることなら、俺もフォックスと同じように、獅童を問い詰めたくて仕方がなかった。“俺を身籠った”という理由で母を捨て、(例えそうと知らずとも)息子の恋人に狼藉を働こうとしたクソみたいな父親に。班目とフォックスのやり取りは、俺には他人事のようには思えなかった。

 

 

「……思い返せば、お前を預かったのは、お前の母を世話した縁だったな」

 

「何だと!?」

 

 

 班目はどこか懐かしそうに呟き、フォックスの母のことを話し始める。

 

 フォックスの母は夫が亡くなっても、絵への情熱を失わなかった。彼女の技術と才能を見出した班目は、彼女の“世話をして”やったそうだ。……勿論、()()()()()()()()()()。班目にとって、フォックスの母も、フォックスの母が描いた作品も、単なる道具に過ぎなかったのだ。

 「折角だ。冥土の土産に、本物の『サユリ』を見せてやろう」――班目は警備員に命じた。警備員は頷いて、黄金の額縁に入った絵を俺たちの前に掲げる。そこに描かれていたのは、まだ幼い赤ん坊を抱く女性であった。作者はフォックスの母親で、絵のモデルは自分と息子――赤ん坊であるフォックス/祐介。

 死期を悟った母が、息子へ残した愛そのもの。“いずれこの絵が、1人で生きていくことになるであろう息子の標になるように”――彼女の想いは、班目による『演出』によって踏み躙られた。赤ん坊である祐介が描かれた部分を、班目は塗り潰したのである。『女が湛える表情が神秘的なものになるから』という理由で。

 

 だが、班目が奪ったのは祐介の母の作品だけではなかった。彼女の才能に恐怖を感じながらも、彼女が描いた絵を手にしたいと画策していた班目は、持病の発作に苦しむ祐介の母親を見殺しにしたのである。助かったかもしれない命だったにも関わらず、だ。

 その事実を知った俺の脳裏に浮かんだのは、歪んだ回廊の標となった『サユリ』の絵。あの仕掛けは『班目を追いつめるもの』としてではなく、『祐介を守り導く“はずだった”もの』としての認知があったから存在していたのだ。

 

 

「こんな推理、できれば当たってほしくなかったよ。しかも最悪な結末だ。……性質が悪いな、アンタ」

 

「『腐った芸術家』の方がまだマシだったね。金輪際、芸術家なんて名乗らないでほしいな」

 

 

 俺の親父に、獅童正義にそっくりだ――その言葉を飲み込みながら、俺は班目を睨みつける。ジョーカーも頷いた。

 班目は悪びれる様子もなく肯定し、次はフォックスを使い潰すと宣言した。そんなこと、この場にいる誰1人として許すはずがない。

 

 

「そんな大事なモン、盗みやがったのか……!」

 

「しかもそれだけじゃ飽き足らず、フォックスのお母さんまで……!」

 

 

 班目の所業は、母子家庭育ちで母親想いのスカルと、女性を踏み躙ろうとする輩を蛇蝎の如く嫌うパンサーの地雷を見事に踏みぬいた。2人は班目を睨みつける。勿論、フォックスも、モナも、俺も、ジョーカーもだ。

 成程。そういった経緯があるからこそ、班目の【オタカラ】は“本来の『サユリ』”なのだろう。祐介の母親の才能と、子を想う親の心の美しさ――班目の強欲など比べ物にならない輝きを宿している。

 『サユリ』は元々班目の【オタカラ】ではない。フォックスこと喜多川祐介に渡るはずだった【オタカラ】であり、フォックス/祐介の“人生の拠り所”になるはずだった。それを怪盗団が頂戴する――最高のピカレスクロマンではないか。

 

 班目に散々馬鹿にされ、踏み躙られ、今まさに使い潰さんとされていたフォックスが突如笑い出した。

 彼の眼差しはどこまでも鋭い。恩義という名の嘘が吹き払われた双瞼は、班目の真価を見通していた。

 

 

「礼を言うぞ、班目。お前を許してやる理由が、たった今、すべて露と消えた。――貴様は『腐った芸術家』じゃない! 芸術家の皮を被った、世にも卑しい悪鬼外道だ!」

 

 

 血の底から轟かんばかりの響きを持って、フォックスは班目を糾弾した。その言葉が班目の琴線に触れたのであろう。奴は大量のシャドウを召喚しつつ、自身の“本来の姿”を変質させていく。黒い汚泥の中から這いずり上がってきたのは、班目の顔を模した4枚の絵画だ。

 

 

「ハハハハハハハ! 塗り潰してやるぞォォォォ!」

 

 奴の絵画は右目、左目、鼻、口が1枚の額縁に収まっており、それらは自立した意志を有しているらしい。それぞれの絵画の前に魔力が収束する。

 絵画によって特異な属性魔法攻撃が違うらしい。奴が仕掛ける前に止めなければと駆け出すが、大量に沸いた警備員に邪魔されてしまう。

 

 

「――切り裂け、トリスメギストス!」

 

「――行くわよ、アルテミス!」

 

「――行けッ、ドゥルガー!」

 

 

 万事休すかと思ったときだった。ガラスが割れるような音が響き、凄まじい力の放出を感じ取る。敵全体に刃の嵐が発生し、それに合わせるようにして冷気と雷が爆ぜた。

 放たれた攻撃は、絵画と化した班目ごと警備員を巻き込む。吹っ飛ばされた班目の図画は地面に叩き付けられ、警備員たちの大半が攻撃の餌食となって消滅した。

 ――まさか。攻撃が飛んできた方向に視線を向けると、そこには、班目に訴えられそうになっている大人たち――順平さん、舞耶さん、ゆきのさんの姿があった。

 

 

「間に合った! 大丈夫か、祐介!?」

 

「順平さん……!? どうして……」

 

「至のヤツに頼まれたのさ! 『あの子たちを助けてやってほしい』ってね!」

 

 

 フォックスの問いに答えたのはゆきのさんだった。彼女は不敵に微笑みながら、自分のスマホを指示す。そこには【イセカイナビ アザセル限定版】と書かれたアプリが映し出されていた。

 

 3人はここに来る前に至さんと会い、話をしていたという。彼と別れた後で、自分のスマホにこのアプリが入っていたことに気づいたようだ。ペルソナ使いとしての勘を働かせた人は、迷うことなく【イセカイナビ】を起動させた。結果、【パレス】に転移し、大量の警備員と攻撃動作に入った班目の絵画を発見したという。

 次の瞬間、呻き声が響いた。見ると、絵画と化した班目の顔が溶け、底へと消えていく。間髪入れず這い出してきたのは、黄金の着物に身を包んだバカ殿だ。どうやらあの絵を倒すと班目のシャドウが這い出てくるらしい。奴を直接叩くためには、あの絵をすべて倒す必要があった訳か。

 

 僕たちは躊躇うことなく奴を取り囲んだ。

 班目は呻きながらこちらを睨みつける。

 

 

「くそっ……ワシは『あの』班目だぞ……。個展を開けば満員御礼の、班目だぞ!」

 

「だから何?」

 

「貴様らのような『無価値な奴ら』が逆らっていい存在ではないのだッ!!」

 

「まだ言うかっ! 貴様に食い物にされた者たちの怒り、たっぷり味わってもらうぞ!」

 

 

 尚も言い募ろうとする班目を無視し、フォックスが班目に宣言する。ジョーカーも迷うこと無く頷いた。

 号令に従い、僕たち全員で班目に攻撃を仕掛ける。攻撃を叩きこまれた班目は吹っ飛び、地面に叩き付けられた。

 

 しかし、班目はよろめきながらも立ち上がった。先程の総攻撃は奴の膝をつかせるには威力が足りなかったらしい。奴はまだ抵抗するつもりでいるようだ。

 

 

「ワシは『大家』班目だぞ!? それが分からぬなら――貴様らに見せてくれる! 我が最大にして最高の妙技をなァ!!」

 

 

 そう叫んだ班目は手をかざす。周囲が歪み、この場に現れたのは大量の班目たちだ。

 本物との違いは着物の色で、贋作どもは色に対応した属性――赤が炎、緑が風、青が氷、黄色が雷――を宿している。

 

 

「成程な。贋作や複製はお手の物ってわけか!」

 

「気を付けな! ペルソナの弱点を突かれたら、いい的にされちまうよ!」

 

 

 モナとゆきのさんが警告した次の瞬間、赤い着物を着た贋作の班目たちが、フォックスめがけて属性攻撃を繰り出した。

 

 

「祐介、危ねぇ!」

 

「順平さん!?」

 

 

 降り注ぐ炎からフォックスを庇ったのは順平さんである。順平さんのペルソナ――トリスメギストスのアルカナはMAGICIAN(魔術師)、得意な属性攻撃は炎、耐性は炎属性の無効化だ。

 庇われたフォックスは悲鳴を上げたが、トリスメギストスの耐性によって、順平さんには傷一つついていない。得意げに笑い返した順平さんの表情を見て、フォックスも安心したように口元を緩めた。

 あの様子を見る限り、贋作の班目どもは“自分たちの属性攻撃が弱点になっているペルソナ使い”を見分ける力があるらしい。それは、使い潰してきた相手の才能を見抜く班目の眼力が作用した結果か。

 

 お返しとばかりに、フォックスがブフを討ち放つ。美しい氷の結晶は赤い贋作の弱点を突き、奴の行動を封じた。そこへ順平さんが空間殺法を叩き込み、赤い贋作を消し飛ばす。

 

 

「杏ちゃん、ユッキー! 私の後ろに下がって!」

 

「は、はい!」

 

「ごめんマッキー! 恩に着るよ!」

 

 

 青い贋作が放ってきたのは氷属性の攻撃だ。氷属性を弱点に持つパンサーとゆきのさんを庇ったのは舞耶さんだった。舞耶さんのペルソナ――アルテミスのアルカナはMOON()、得意な属性攻撃は氷、耐性は全魔法属性への反射と全物理攻撃への弱点である。

 反射された属性攻撃は青い贋作に降り注ぐ。奴の耐性は得意な属性攻撃の吸収らしく、青い贋作の傷が癒えていた。だが、氷を扱う攻撃を得意としている敵は、炎属性に滅法弱いという傾向がある。青の贋作もその例に漏れず、パンサーの炎属性攻撃によって消し飛んだ。

 

 舞耶さんはアルテミスの耐性を活かし、スカルやモナを庇った。女性に庇われたという事実に色々と思うところがあったのか、心なしか2人の反撃――属性攻撃の威力が普段より高い気がする。

 スカルのジオが緑の贋作を、モナのガルが黄色の贋作をダウンさせる。奴らがダウンしたのを確認し、スカルは緑の贋作に物理攻撃・モナは黄色の贋作に再度ガルを放って消し飛ばした。

 僕とジョーカーも一緒になって、他の贋作達に攻撃を仕掛ける。弱点属性を突くジョーカーと攻撃力に物を言わせた僕の攻撃によって、贋作達は次々に倒れていく。

 

 

「ふん。なら、次は少々趣向を変えるか」

 

 

 そう言った班目は、更に贋作を生み出した。先程と同じ赤・青・緑・黄色の贋作だけではなく、新たに生み出されたのは3体の灰色の贋作であった。

 奴等は迷うことなく、てんでバラバラの相手を標的に定める。1人が舞耶さん、もう1人がジョーカー、もう1人が僕だ。

 

 舞耶さんが顕現するアルテミスは全物理攻撃を弱点に持っていた。現在ジョーカーが付けているペルソナはアルセーヌで、弱点は祝福である。僕のペルソナ・ロビンフッドの弱点は呪怨だ。つまり、灰色の贋作が得意としている攻撃は――物理攻撃・祝福属性・呪怨属性。

 

 仲間たちがそれに気づいて僕等を庇おうとするけれど、襲い掛かって来た贋作どもに阻まれる。僕達も慌てて防御しようとするが、到底間に合うはずもない。弱点攻撃を喰らった僕等は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 贋作どもは不気味な笑みを湛え、更なる追撃を放とうとして――次の瞬間、舞耶さんを狙った贋作の眉間に花が突き刺さった。動きを止めた灰色の贋作――ジョーカーを狙った奴は首、僕を狙った奴は心臓――にも、次々に別の花が突き刺さっていく。

 舞耶さんを狙った贋作に突き刺さったのはアザミで、主な花言葉は“復讐”や“報復”。ジョーカーを狙った贋作に突き刺さったのはタンジーで、主な花言葉は“あなたとの戦いを宣言する”や“抵抗”。僕を狙った贋作に突き刺さったのはオトギリソウで、主な花言葉は“敵意”や“恨み”だ。

 

 

「は、花ァ!? なんでこんなモンが!?」

 

「花ってこんなに殺傷力高かったっけ!?」

 

「――クロノス、クロスフォーチューン!」

 

 

 モナとパンサーが戦慄するのと、ペルソナが顕現して灰色の贋作どもを消し飛ばしたのはほぼ同時。

 

 僕は、この声の主に覚えがあった。僕以外にも、ジョーカーや舞耶さん、フォックスも、この声の主に覚えがあるだろう。

 ……恐らくは、喜多川祐介の保護者として振る舞っていた班目もその1人。

 

 

「じゅ、淳クン!?」

「「橿原さん!?」」

 

「橿原先生!? まさか、貴方もペルソナを!?」

 

「き、貴様、祐介の担任か!?」

 

 

 現れたのは、橿原淳さん――珠閒瑠市の事件で出会った高校生が、9年経過して社会人になった姿だ。

 

 しかし、この世界の彼は非戦闘員だった。ペルソナ使いではなかったはずだ。彼がペルソナを駆使して珠閒瑠市を駆け抜けていたのは、事件の要となった一件――滅びの夢/『向こう側』のこと。

 周囲から名前を呼ばれているというのに、橿原さんが真っ先に反応を示したのは、彼を下の名前――淳クン――と呼んだ舞耶さんだった。彼は優しく目を細める。懐かしさと切なさを帯びた眼差しだ。

 橿原さんと舞耶さんの関係は、珠閒瑠市で発生した事件に巻き込まれた被害者同士という認識のはず。あの一件を経て付き合いを再開したのは事実だが、舞耶さんを優先する程の関係性は無かったはず。

 

 寧ろ、この状況で橿原さんが優先して声をかけるべき相手は、喜多川祐介/フォックスか班目の方だろう。前者は自分が担任を務めるクラスの生徒、後者は祐介の保護者である。

 しかし、橿原さんは舞耶さんの傷の治療を優先していた。――尚、ペルソナのスキルの関係で、全体に向けた回復となっている。経緯はともあれ、助かったのは事実だった。閑話休題。

 

 

「淳クン。貴方……」

 

「良かった。これでもう大丈夫だね、“お姉ちゃん”」

 

 

 橿原さんはそう言って、安堵の笑みを零した。――僕とジョーカーは、舞耶さんを“お姉ちゃん”と呼ぶであろう淳さんの存在を知っている。

 脳裏に浮かんだのは、『向こう側』で発生した一連の出来事。大切な人たちを亡くし、悪辣な『神』の計略に負けた滅びの夢――それを起因とした大騒動だ。

 

 僕とジョーカーの予想を決定づけたのは、僕等に視線を向けた橿原先生が浮かべた表情。歓喜と羨望と悲哀を混ぜたような瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。

 

 

「……吾郎くんも、黎ちゃんも――『ここ』で生きるキミたちは、ちゃんと大人になれたんだね」

 

「淳さん……」

 

 

 確証を得た僕は、思わず彼の名を呼んだ。『向こう側』の僕が彼を呼んでいたのと同じように、名字ではなく下の名前で。

 

 26歳の男性に、17歳の高校生がダブって見える。外見は橿原淳だが、彼の中身は黒須淳。『向こう側』と『こちら側』で姓が違うのは、家庭環境の差異――両親の不仲が原因の離婚によって、母方の性を名乗っていたためだ。『こちら側』の橿原家は家庭環境が良好だったから、彼の姓が黒須に変わることは無さそうである。閑話休題。

 僕等と淳さんの会話から、フォックスの審美眼は何かをはじき出したようだ。一度は日本刀の切っ先を淳さんへ向けようとしたが、僕とジョーカーが彼に敵意を示さない/淳さんが僕等に対して敵対心を持っていないことを察知し、眉間に皴を浮かべたまま淳さんを見つめる。淳さんは静かに笑い返した。

 

 

「喜多川くん。キミが想像する通り、僕は橿原淳じゃない。だけど、僕はキミたちと敵対するつもりはないし、敵対するためにここに来たんじゃない。……それだけは、信じて欲しいんだ」

 

 

 淳さんはスマホを指し示す。表示されていたアプリは【イセカイナビ アザゼル限定版】――舞耶さん、ゆきのさん、順平さんをマダラメパレスに招いたものと同じだ。

 

 

「僕がここにいること自体、大きなイレギュラーだ。この一件が終われば、僕は滅びの夢へ還るだろう。そうなれば、『こちら側』の橿原淳の意識も戻る」

 

「滅びの夢!? ってことは、アンタが……」

 

 

 淳さんの言葉を聞いた順平さんは大きく目を見開く。巌戸台で発生した【影時間】を巡る一連の事件が発生した際、順平さんもペルソナ使いの先輩たちと共闘している。その際、彼等から【雪の女王事件】や【セベク・スキャンダル】、滅びの夢を起因とした【JOKER呪い】に関する話を聞いていた。

 ただ、順平さんは“滅びの夢を語れる人間――その知識を『向こう側』の“彼”経由で齎された珠閒瑠社会人組や竜也さん、記憶を思い出した栄吉さんとリサさん――”と共闘したことはあれど、滅びの夢そのもの――『向こう側』の世界が直面した現実と向き合い、最後まで抗う選択をした当人を見たのは初めてである。

 「すべてが終われば、橿原淳は元通りになる」――淳さんの言葉を聞いたフォックスは、何とも言い難い表情を浮かべていた。一応、【怪盗団】の面々には“ペルソナ使いが直面した事件”に関する大まかな解説をしている。滅びの夢に関する話もだ。

 

 

「短い間だけど、一緒に戦わせてほしいんだ。“橿原淳の生きる現実”で戦うキミたちの、()()()()()()()()()()()()()

 

「淳クン……」

 

「夢を叶える権利は誰にでもある。そうでしょう?」

 

「……橿原、先生……!」

 

 

 淳さんと舞耶さんのやり取りを目の当たりにしたフォックスは、喉から掠れた声を漏らした。

 

 中身が橿原淳さんではないことを理解した上で、フォックスは黒須淳さんをそう呼んだ。彼が思いを馳せて居る相手もまた、黒須淳さんではなく橿原淳さんなのだろう。

 しかし、フォックスの視線は真っ直ぐに黒須淳さんを見つめている。暫しの沈黙を経て、フォックスの審美眼は黒須淳さんの批評を終えた様子だった。

 「夢を叶える権利は誰にでもある」――それは、舞耶さんの言葉に背中を押された橿原さん/淳さんが、自分や周囲の人々に伝え続けた正義。

 

 フォックスは静かに笑みを浮かべて頷いた。そうして、他の面々にも視線を向ける。【怪盗団】の面々は一瞬呆けたが、フォックスの態度から何かを察したらしく、真摯な表情で頷き返した。

 彼等の瞳に迷いはない。それを確認した僕は、ジョーカーに視線を向けた。ジョーカーも頷き返し、即座に班目へと向き直る。自分の状況が不利だと察した班目は舌打ちし、再度贋作を生み出した。

 

 

「――オイ待て! なんだか様子が変だぞ!?」

 

「なんで初っ端から眠り状態なんだい? 出てきて早々、やけに疲れてる奴もいるみたいだけど……」

 

「……もしかして、贋作を量産しすぎた疲労で失敗したとか?」

 

「だとしたら間抜けすぎねぇ!? 今が一番大事なときじゃねーか!」

 

 

 班目が生み出した贋作の殆どが、睡魔に負けてうとうとと微睡んでいた。

 殺気立っていた贋作どもを知っているからこそ、ゆきのさんは首を傾げる。

 舞耶さんの仮説を聞いた順平さんは、その仮説に対する率直な感想を班目へぶつけていた。

 

 班目本人も、まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。

 先程までの威勢はどこへやら、派手に狼狽していた。

 

 

「馬鹿な!? このワシがしくじったと言うのか……!?」

 

「なんて稚拙な……。これが貴様の、本当の実力と言う訳か……」

 

 

 贋作すらもまともに描けなくなった師の姿を目の当たりにし、フォックスもまた感嘆の声を上げた。そこには、最早嘗ての姿――班目を慕い仰いでいた弟子の面影――はない。

 

 

「贋作作りすら失敗するとは……。――これ以上、俺を失望させないでくれッ!!」

 

「……これが、喜多川くんや他の弟子達から“夢を見る権利”を奪い、踏み躙って来た男の成れの果てか……」

 

 

 のたうち回るような苦悶の声を絞り出したフォックスの隣に、深い憐憫を湛えた淳さんが並ぶ。彼の手に握られていた花はハナズオウ、主な花言葉は“裏切り”だ。

 班目一流斎は弟子たちの才能を苗床にして、数多の作品を世に送り出した。弟子たちの夢と希望を食い潰して、地位や権力と交換してきた。それを覆い隠し、奴は天才画家として振る舞った。

 彼の才能を、彼の審美眼を、彼の言葉を信じて応援/努力していた人々は、きっと僕等や班目自身が想定するよりも多いのだろう。そんな人々を、班目は当たり前のように裏切り続けた。

 

 今回、奴が贋作さえまともに生み出せなくなった理由は分からない。舞耶さんの推察通り“贋作を量産しすぎた疲労で失敗した”のか、それとも“長年抱え込んできたコンプレックス”が理由なのか、大穴で“贋作を生み出し続けたことに対する自責の念があった”のか。真相は班目本人だけだ。

 最初から疲労困憊、或いは眠り呆ける贋作なぞ、ペルソナ使い達の敵ではない。弱点属性を駆使した攻撃を討ち放てば、贋作どもはあっという間に消え失せた。この場に残ったのは、贋作を失敗したことに狼狽する班目のみ。奴は僕等に脅しをかけたが、そんなものに怯むはずがなかった。

 

 

「貴様ら、やめろ……! さもないと――」

 

「――貴方の弟子たちも、『やめてくれ』って言ったはずだ」

 

「!?」

 

「でも、貴方は止めなかったよね? 弟子たちの悲鳴を無視して、完膚なきまでに叩き潰した。……それと同じだよ」

 

 

 呻きながらこちらを睨む班目に対し、ジョーカーは冷ややかに言い放つ。班目は再度、大量の贋作どもを生み出して差し向けてきた。

 

 勿論、奴らは皆属性攻撃の餌食となって消え失せた。その度、班目は懲りずに贋作どもを生み出して差し向けてくる。生まれた贋作どもは誰も彼も状態異常、或いは最初から疲労困憊の状態で現れた。贋作を生み出している班目自身が弱ってきたのであろう。

 そうして――ついに、班目は、拙い贋作を生み出す余裕を失った。その隙をついて、フォックスが駆け出す。慌てた班目が構えようとしたが、奴の利き手にハナズオウが突き刺さった――淳さんが投擲した花だ――ことで中断された。遮るものは何もない。

 

 フォックスが繰り出した目にも止まらぬ居合切りによって、班目のシャドウはついに崩れ落ちた。戦う意志も力も失くした殿様は、黄金の着物が汚れることも構わず後退りする。

 奴が力尽きたのと同時に、残っていた贋作どもも消え失せた。舞耶さん、ゆきのさん、順平さんも加わり、この場にいる全員で班目を取り囲む。

 

 そんな中、フォックスがゆらゆらとした足取りで班目に歩み寄っていく。彼の双瞼はどこまでも冷徹で鋭い。班目は『サユリ』を抱えて悲鳴を上げた。

 「芸術に求められるのはブランド」だの「のし上がるには金が要る」だのと無様に叫ぶ班目の言葉など歯牙にもかけず、フォックスは奴の眼前に立った。

 「金のない画家は惨めだ。もう戻りたくなかっただけ」――班目はそう締めくくり、怯えた様子でフォックスを見上げる。フォックスは奴の襟首を掴んで一言、

 

 

「外道が芸術の世界を語るなっ!」

 

 

 物静かな祐介からは想像できないくらい激高した口調。順平さんはびくりと肩をすくめ、ゆきのさんと舞耶さんが納得したように頷く。淳さんは満足気に微笑み、班目は呆気にとられた様子でフォックスを見上げた。

 

 班目に終わりを宣言したフォックスは、奴から『サユリ』をひったくる。

 それを大事そうに脇に抱えた後、フォックスは班目を睨みつけた。

 

 

「ひいいっ、助けてくれ! 命だけは、命だけはぁぁ!!」

 

「現実の自分に還って、これまでの罪を告白しろ! すべてだ! ――約束しろ!!」

 

 

 フォックスの言葉を聞いた班目は目を丸くした。「殺されるのかと思った」と班目が零す。そうして、班目はきょろきょろと周囲を見回した。奴の目には明確な怯えの色が滲んでいる。例えるならそれは――“死への恐怖”。

 俺が獅童正義を追いかけるきっかけとなった事件が頭をよぎった。獅童の『駒』――獅童智明がメメントスで議員のシャドウを手にかけた光景が、一際鮮烈にちらつく。あのときの被害者も、こんな顔をして命乞いをしていた。

 

 班目が言っている/探しているのは、獅童の『駒』なのだろうか。僕がそれを問いかけようとしたとき、班目が口を開く。

 

 

「あ、あやつは、来ないのか……? あの、怜極学院高校の制服を着た……」

 

「それって、まさか……!」

 

 

 怜極学院高校そこは、俺が通う超有名進学校だ。そんな格好で【パレス】を歩き回れそうな人間は、獅童の『駒』として動き回っているヒットマン――獅童智明だけである。

 僕とその現場に居合わせたジョーカー、予め僕から『廃人化』専門の殺人者の話を聞いていたモナ、スカル、パンサー、フォックスらが鬼気迫った顔で僕に視線を寄越した。

 順平さん、ゆきのさん、舞耶さん、淳さんもぎょっとした顔で僕を見る。――次の瞬間、俺は思わず班目の胸倉を掴んでいた。はやる気持ちを抑えきれず、噛みつくようにして問う。

 

 

「そいつの顔は見たのか!? 名前は!? 何故お前の【パレス】に来た!? 奴がここに来る心当たりは!?」

 

 

 矢継ぎ早に俺が問いかけるが、班目は怯えるように呻くだけだった。

 

 班目は何故、殺しの専門家――獅童智明のことを知っているのだろう。

 確かに、以前入手した情報で、「班目には“獅童との繋がりがある”」という噂が流れていた。

 

 ……まさか、噂ではなく、本当に、こいつには獅童との繋がりが?

 

 

「班目、答えろ! お前は、アイツと――」

 

 

 俺がたどり着いた仮説をぶつけようとしたとき、【パレス】全体に地鳴りが響き渡る。班目の【オタカラ】を盗み出したことが原因で、【パレス】が形を保っていられなくなったのだろう。

 脱出すべきとは頭で理解している。だが、班目のシャドウはまだ彼の中に還っていない。もし班目が獅童と繋がっていれば、奴は利用価値を失った班目を手にかけようとするはず。

 この場に智明がいたならば、確実に班目のシャドウを殺して現実の班目を【廃人化】させるだろう。そんなことをされたら、獅童への手がかりが――祐介の願いが!!

 

 

「吾郎クン! ここには()()()()()()()()()()()使()()()()()()わ!」

 

 

 足を止める僕に声をかけたのは舞耶さんだった。ゆきのさんや淳さんも頷く。

 

 この2人にはペルソナの共鳴反応を察知する力があり、付近にいるペルソナ使いの強さまで判別できるのだ。フィレモン全盛期に力を与えられたペルソナ使いたちの特権らしい。

 巌戸台世代以後、【ワイルド】使いを含んだペルソナ使いでは共鳴反応を駆使することができなくなった。それ故、3世代以降において、敵の能力をアナライズできるペルソナ使いは希少である。

 代わりに、3世代以降からはアナライズ特化型のペルソナ使いが誕生していた。具体例は、巌戸台や八十稲羽におけるナビゲーター――山岸風花さんのユノや久慈川りせさんのコウゼオンが該当する。

 

 

「モナ、私たち以外に【パレス】に入った人物の反応は!?」

 

「ワガハイが察知できる範囲に存在してないぞ! 仮にいたとしても、こんな状況じゃ脱出するので手一杯なはずだ!」

 

 

 ジョーカーの問いにモナが答える。現時点では、アナライズ能力を有しているペルソナはモナのゾロだけだった。アナライズ特化型のペルソナ使いに比べれば範囲は狭く精度も劣るが、それでも充分な分析能力を有している。

 暫定高位のアナライズ使いがそう分析しているならば充分信頼できた。僕は班目の襟元から手を離し、ジョーカーたちの元へと駆け出した。モナが車に変身し、怪盗団と大人たちがそれに乗り込む。

 

 

「……なあ、祐介。ワシ、これからどうしたら……」

 

「――有終の美くらい、自分の作品で飾ったらどうだ」

 

 

 フォックスも、足元へ縋りついてきた班目のシャドウを一瞥し、モナへと乗り込んだ。

 

 

「祐介! 祐介ェェェェェェェ!!」

 

 

 班目のシャドウは、最後の弟子であるフォックス――喜多川祐介の名前を呼んでいた。

 【オタカラ】を失った日本画の権威は、ただの情けない老人に成り下がったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ――こうして、絢爛豪華な黄金の美術館は完全に崩壊した。

 

 僕たち【怪盗団】は【オタカラ】を奪い取り、現実世界へと帰還した。ナビが目的地――【パレス】の消去を無機質な声でアナウンスする。班目の【オタカラ】は“本物の『サユリ』”で、それは本来の持ち主である祐介の両手に抱えられていた。

 順平さん、舞耶さん、ゆきのさん、淳さんらと一緒に渋谷の連絡通路に戻り、作戦はひと段落ついた。“『廃人化』専門のヒットマン/獅童智明に関する情報が班目から齎される”という誤算はあったものの――「モルガナの分析曰く」という条件付きだが――、奴の介入があった様子はない。

 鴨志田の一件と併せて考えれば、【改心】は「上手くいった」と言えるだろう。後は班目が罪を認めて自白するのを待つだけだ。奴が自白するタイミングまでは感知できないという問題点はあるものの、個展終了頃に片が付きそうな気はする。

 

 

「【パレス】でも言った通り、僕は『向こう側』へ戻るよ」

 

「滅びが待ち受けていると分かっていて、ですか?」

 

「うん。『現実を受け入れた上で、最後まで抗い続けること』――それが、悪神に対抗する唯一の術だから」

 

 

 黎の問いかけに、淳さんは静かに微笑み返して頷いた。連絡通路から差し込む夕日に紛れて、橿原淳さんの肉体の周囲には金色の粒子が漂い始めている。

 役目を果たした淳さんを『あちら側』へ転送するための準備が進みつつあるらしい。こうして彼と言葉を交わせる時間も、もう残り少ないようだ。

 

 『あちら側』の事情――確約された滅びを待つだけの世界――がどれ程厳しいかなんて、『向こう側』の現状を知らない僕等には想像もつかない。滅びを受け入れられない者だったら、『こちら側』に逃げ延びて暮らそうと考える人がいてもおかしくないだろうし、それを表立って否定できる人間もいないと思う。

 それでも、淳さんは自分の出した答えを曲げるつもりは無い様だ。その姿は、嘗て僕と黎たちが見送った人物――『向こう側』の周防達也さんとよく似ている。『あちら側』の2人は、“2人で『あちら側』の舞耶さんを守る”という約束を交わしていた親友同士だ。

 『向こう側』の達也さんは言った。『淳は約束を守った』、『今度は自分が、約束を守る番だ』と。『こちら側』の舞耶さんを守るために、全てのケジメを付けた。謂れなき罪を贖い、永遠の罰を受けたのだ。――今度は淳さんが、それを果たすつもりでいるのだろう。

 

 友との誓いを果たすため、そして――橿原淳が生きる現実を守るために。

 

 

「達也は約束を守った。なら、親友である僕だって、約束を守るのは当然だよね」

 

「淳クン……」

 

「……そんな顔しないでよ、お姉ちゃん。『こちら側』で元気にやってる姿を見れただけでも、僕は充分なんだから」

 

 

 「それに」と付け加えて、淳さんはこちらに視線を向けた。彼の視線の先には、順平さんと【怪盗団】の面々。

 順平さんは第3世代、僕達【怪盗団】は第5世代――どちらも淳さんにとって後輩にあたる。

 淳さんはゆきのさんへ視線を向けた後、改めて僕と黎の方へと向き直る。彼の眼差しは何処までも優しい。

 

 

「『あちら側』では助けられなかったゆきのさん、僕等が守った世界のバトンを繋いでくれた順平さん、そうして現世代のペルソナ使い――【怪盗団】の皆や、彼等を率いる旗印として、大人になった黎ちゃんと吾郎くんにも会えた。僕達のリセットが無駄じゃなかったって、達也が繋いだものはこれからも続いていくんだってことを示してくれたんだ。こんなに嬉しいことは無いよ」

 

 

 淳さんは穏やかに微笑み、順平さんを含んだ【怪盗団】全員――淳さんの後輩たちに一輪の花を手渡してきた。鮮やかなオレンジ色が特徴的なガザニアである。僕等はそれを受け取った。

 

 

「黒須さん……その、何と言ったらいいのか……」

 

 

 何かを言おうと口を開いた祐介だったが、淳さんを取り巻く『向こう側』の情勢――その重さに、上手く言葉を紡ぐことが出来ない様子だ。

 祐介が躊躇っている間にも、橿原淳さんの肉体から溢れる光が強くなっていく。淳さんは祐介の肩を叩き、「大丈夫だよ」と笑い返す。

 

 

「僕の生きている世界は、20XX年を迎える前に滅びる」

 

 

 告げられた言葉は、あまりにも重い。それでも、淳さんは既に覚悟を決めている。

 

 

「だからこそ、キミたちには、夢を叶える権利を大切にして欲しいんだ。……僕達が手にすることができなかった未来を、全力で生きて欲しい」

 

「……分かりました。俺は、芸術家になるという夢を叶えて見せます」

 

 

 淳さんの言葉を聞いた祐介は、彼を真っ直ぐ見返して頷いた。

 黎も、僕も、この場にいる淳さんの後輩たちも、真剣な面持ちで頷き返す。

 淳さんも嬉しそうに表情をほころばせた。西日に溶けるように、眩い光が舞い上がる。

 

 

「――ありがとう。キミたちに会えて、本当によかった。……元気でね」

 

 

 ――それが、黒須淳が紡いだ最後の言葉だった。

 

 光が弾けて天へ上ったのと、橿原淳さんの身体が大きく傾いたのはほぼ同時。祐介と順平さんが慌てて彼を支えると、橿原淳さんはうめき声を上げた。彼はどこか夢心地のまま目を覚ます。

 彼――橿原さんは暫しぼんやりと僕等を見上げていたが、完全に意識を取り戻したようだ。「具合が悪くて蹲っていたところを助けてもらった」と解釈し、僕等に礼を述べた。

 

 

「周防さんも、明智くんも、有栖川さんも、随分と久しぶりに顔を合わせたなあ。しかも、明智くんと有栖川さんがウチの生徒――喜多川くんと友人だったなんて! 面白いこともあるんだねえ」

 

 

 僕等と舞耶さんの呼び名の違いに、橿原さんと淳さんの違いを突きつけられる。掻き毟られるような胸の痛みを押し殺し、僕達は橿原さんの話に相槌を打った。

 暫し雑談に耽っていた橿原さんだが、僕等が持っていたガザニアの花に気づいたらしい。パッと表情を輝かせ、花言葉を諳んじる。

 

 

「ガザニアの花言葉は“あなたを誇りに思う”、“きらびやか”、“潔白”というんだ。――その花の送り主は、キミたちのことを誇りに思っていたんだね」

 

 

 ――その言葉に耐えきれなくなって、少しばかり泣いてしまったのは、致し方ないことだと思う。

 

 

 

*

 

 

 

 橿原先生を見送り、淳さんへ思いを馳せる気持ちが漸く落ち着いた後。

 僕達は改めて班目の【オタカラ】――本物の『サユリ』へ視線を向けた。

 

 

「『サユリ』は、祐介のお母さんの名前なの?」

 

「誰でもない女の名前だろう。『ミステリアス』にするための、班目の演出だろうさ」

 

「……まあ、本名だったら盗作だってバレるよなぁ」

 

 

 黎の問いに祐介は首を振った。順平さんも渋い顔をして頷く。

 

 母の愛、その結晶である絵画を見つめる祐介の眼差しはどこまでも優しい。14年の年月はかかったが、母親の想いは確かに祐介の元へと届いたのだ。

 嘗ては“尊敬する師の作品”として祐介を支えた『サユリ』は、“母からの贈り物”として祐介の原点で在り続ける。そうやって、彼を支え育んでゆくのであろう。

 

 ……羨ましくない、訳ではない。祐介の母親は、祐介のことを心から愛していた。祐介が生まれ落ちたことを誰よりも喜び、誰よりも祐介の未来が健やかであることを祈っていた。

 祐介にはその証がきちんと残されている。自画像という形で残されたそれは、今、彼の手の中にあった。祐介はこれからもこの絵に――母の愛に支えられて生きてゆくのだろう。

 母の死後、顔を合わせた親戚達から『お前さえ生まれてこなければよかった』や『お前は要らない子どもだ』と突き付けられ、傷つけられた僕とは正反対だ。

 

 

(生きている間、母さんは苦しそうな素振りを一度も見せなかった。俺に対して優しかったから、愛してもらえていると思ってた。……だから、親戚達の言葉が余計に辛くて――)

 

「吾郎」

 

 

 当時のことを思い出していたとき、不意に声をかけられて現実へと戻される。

 声をかけてきたのは祐介だ。彼はじっと僕のことを見つめている。

 

 

「何だい、祐介?」

 

「以前、お前は俺に言ったな。『覚悟した方がいい』と。……お前は『サユリ』が班目の作品ではないと察したから、俺にそれを伝えられなかったんだろう? 俺の心の支えがなくなってしまうと危惧したから」

 

 

 ……流石、真贋を見抜く力を持つ男だ。僕は苦笑し頷く。

 

 

「そうだね。“『サユリ』も班目が弟子から奪った”とは推理してたけど、まさかこの絵が“祐介のお母さんが、他でもない祐介のために描いた絵”というのは想定外だったかな」

 

「吾郎……」

 

「……本当に良かった。俺の取り越し苦労だったみたいで。『推理が外れて嬉しい』って思った経験、初めてかもしれない」

 

 

 祐介が俺と同じように打ちひしがれなくて、良かった――その言葉を飲み込んで、俺は笑った。

 

 俺の顔を見た祐介が何を思ったのかは分からない。ただ、静かに笑って「ありがとう」と答えた。それ以上突っ込んでこなかったのは、俺の気持ちを汲んでくれたからか。そうだったら嬉しいのだが。

 班目のパレスでは、俺の琴線に引っかかるような出来事が沢山あった。祐介と班目および『サユリ』の関係性、活動し続けていると思しき【廃人化】専門のヒットマン――獅童智明に関する明確な情報。

 6月から2代目探偵王子としての活動を再開する身だ。班目と獅童の関係を洗い出さなければなるまい。獅童の罪を終わらせるための小さな手がかりを、俺はようやく手にしたのだから。

 

 

「班目の個展が終わるまでは、あっちの脅しに怯える上司どもを宥めすかす日々が続きそうだね」

 

「でも、これで一件落着したって思えばいいのよ。ユッキー、レッツ・ポジティブシンキング!」

 

「……あーはいはい。マッキーは能天気ねぇ」

 

 

 ゆきのさんと舞耶さんは軽口を叩きつつ、僕たちに別れの挨拶をして去っていった。喜多川祐介へのインタビュー記事が掲載される号が発売されるより、班目の個展が終わる方が早い。2人は去り際に「班目の【改心】が終わった頃に、改めて取材させてほしい」と祐介に頼み込んでいた。

 祐介はその話を聞いて少々困惑していた様子だったが、舞耶の「これからは後ろ盾なく、自分自身の実力で頑張っていく祐介クンのことを紹介したい。そして何より、キミを紹介してくれた橿原先生との約束だから」と頭を下げられて了承していた。橿原の顔を立てるという礼儀らしい。

 

 

「でも、『愛花繚乱』はどうなるんだろうな。祐介の作品として、きちんと評価して貰えればいいけど……」

 

「気にかけてくれてありがとうございます、順平さん。……また今度、チドリさんと一緒に、俺の絵のモデルになって頂けませんか? 結婚式の日取りが決まり次第、その日までにお2人の絵を描いて贈りたいんです」

 

「祐介、お前……! ――分かった、チドリにも話しとく!!」

 

 

 祐介から『結婚祝いに絵を贈りたい』と打診された順平さんは、嬉しそうに笑いながら去っていった。班目との一件であわや失われてしまうかと思っていた絆を、【怪盗団】は守ることができたのである。大きな一歩だと僕は感じた。

 特に、以前似たような経験をした竜司が嬉しそうに――誇らしげに笑っていた。鴨志田のせいで陸上部エースとしてのすべてを奪われ、弟分との絆を失いかけた竜司。嘗て玲司さんによって自分が助けられたように、竜司も祐介の手助けができたことが嬉しい様子だ。

 

 その後ろで、杏は黎に話しかけていた。チドリさんと順平さんの詳しい馴れ初めを聞き出している。

 

 敵同士でありながら心を通わせ、順平さんが死にかけた際に己の命を懸けて相手を救い上げたチドリさん。

 後に息を吹き返したチドリさんは記憶喪失になっていたけど、また順平さんと恋人同士になった――その話を聞いた杏が驚いたように目を丸くした。

 

 

「み、見た目によらず重い話……。でも、だからこそ、あの人は今の幸せを噛みしめてるんだよね。……きっと、2人は素敵な夫婦になれるよ」

 

 

 杏は思いを馳せるように、順平さんが消えて行った方角の人混みを見つめていた。

 

 

「なあ、これからどうするんだ? 俺たちはこれからも【怪盗団】を続けていくつもりだけど、祐介は【怪盗団】続けんのか?」

 

 

 祐介へ質問を口に出したのは、意外なことに竜司だった。

 普段は考えなしに突っ走るタイプなのに、今の彼はとても真剣な面持ちでいる。

 

 

「成功したかどうかは分からねーけど、班目は【改心】させちまったぞ? そしたら、お前が【怪盗団】で活動する理由、なくなるよな」

 

「リュージはユースケが止めた方がいいってのか!? ペルソナ使いとしての実力、類稀ない審美眼……ワガハイたち【怪盗団】には必用不可欠な才能を持ってるんだぞ!」

 

「でも、無理矢理やらせるのはおかしいだろ。……そんなことしたら、俺達も班目のヤロウと同じになっちまう」

 

 

 モルガナが食いつくようにして問う。“ペルソナ使いで【怪盗団】を結成し、メメントスの奥地へ向かう”という条件で知識と戦力を提供しているモルガナにとって、竜司の発言は取引違反に思えたのだろう。だが、竜司は己の意見をはっきりと言い返した。

 腐った大人に未来を奪われ滅茶苦茶にされた竜司は、その経験があったからこそ、腐った大人が齎す理不尽を嫌っていた。そして、今回間近で見せつけられた班目の所業。だから竜司は主張する。「“祐介の意思を無視して、無理に【怪盗団】を続けさせる”という方針を取りたくない」と。

 己の今後を問われた祐介は少し考え込んだ後、僕達に問いかけてきた。“【怪盗団】は何のために動いているのか”――黎は静かに微笑んで、祐介の問いに答えた。

 

 

「正しいことを正しいって言うために、間違いを間違いだと言って正すために、悪い奴の身勝手な理不尽に苦しむ人を助けるために――そんな人が1人でも減るように」

 

 

 鴨志田パレスを攻略したときと変わらない答えだ。黎はずっと、初志貫徹を忘れていない。

 

 

「……そうやって、苦しんでいる人たちを元気づけたいんだ。そうして、自分がどう生きるかを考えてもらえたら、誰かと一緒に生きていくにはどうすべきか考えてもらえたら、どうすれば世の中がもっと良くなるのかを考えてもらえたら――そんな風に、意識を変えるきっかけになれたらいい」

 

「意識を変える、か。そうすれば幸せになれるのか?」

 

「そこまでは保障できない。でも、意識することからでも始めてほしいと思う。“大衆の意識が超弩級の理不尽(世界滅亡)を回避した”って話もあるから、案外侮れないよ?」

 

「……黒須さん……」

 

 

 『向こう側』の珠閒瑠から来た淳さんのことを思い返したのか、祐介の眼差しは夕焼け空へと向けられた。彼へ思いを馳せているのか、奴は静かに目を閉じる。

 僕は祐介の表情を伺った。奴は真面目な顔を崩すことなく、“大衆の意識が超弩級の理不尽(世界滅亡)を回避した”という言葉を噛み砕いているようだ。

 愚直を超えるレベルの真っ直ぐさ、そうして真贋を見抜く眼力――それらを駆使した祐介は、納得したように頷いた。口元がゆるりと弧を描く。

 

 ガザニアの花へ向けられた眼差しもまた、真摯な思いで満ちている。

 

 

「……なら、俺と同じだな。俺もまた、身勝手な理不尽に苦しんだ1人だ。――そうして、黒須さんから思いを受け継いだ後輩のペルソナ使いでもある」

 

「祐介……」

 

「それに、パレスとやらの探索をすれば、着想の幅が広がるかもしれない」

 

「……祐介って、やっぱりどこまで行っても芸術家なんだ……」

 

 

 祐介の結論を聞いた杏は遠い目をした。彼の行動原理の大部分が芸術に帰結するあたり、芸術家は根っからの天職と言えるだろう。

 

 これで、喜多川祐介/フォックスは正式に【怪盗団】の一員となった。

 それに僕が納得していたときである。

 

 

「じゃあ、吾郎はどうするんだ?」

 

 

 竜司の眼差しは、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 

 

「どうするって……【怪盗団】は続けるよ? なんでそんなこと訊くのさ」

 

「“班目の【パレス】に、俺ら以外の奴らが出入りしてた”って話あったろ? お前、前に言ってたじゃねーか。“吾郎と同じ学校の制服着た奴が、人を次々と【廃人化】させてる”って」

 

 

 竜司は心配そうに俺のことを見つめている。いいや、竜司だけじゃない。杏も、祐介も、モルガナも、黎も、俺のことを心から案じている様子だった。

 【怪盗団】の面々は、俺が【廃人化】専門のヒットマンを追いかけていることを知っていた。そのせいで俺の傍にいた黎が殺されかけたことも知っている。

 そして、そいつは誰かの『駒』でしかないことも、そいつを操っている黒幕がいることも、俺が捕まえたい奴がその黒幕であることを知っている。

 

 ――そいつが獅童正義という国会議員で、黎の冤罪をでっちあげた犯人で、俺の実父であることは、まだ言っていない。言えるはずがなかった。

 

 ……何より、ペルソナ使いの戦いが『対人間』だけで終わるはずがないのだ。あくまでもこれは俺の経験則に基づくものだし、そうだという確証を得られたわけではない。

 黎以外の面々は、俺の予測を――突拍子もない話を受け止めてくれるだろうか? いいや、それ以前に、俺自身がその真実をきちんと直視して受け止められるだろうか。

 

 

(――『黒幕の獅童正義すらも()()()()()に過ぎず、奴の背後には()()()()()()()()()()()()()()』なんて、そんな話……)

 

 

 自分の推理が、酷く甘美なもののように思える。真実が、俺にとって“都合の良いもの”に置き換わってしまうような気がした。

 

 だって、獅童を操っている犯人がいて、その犯人がもし『神』ならば、『獅童正義が狂ったのは『神』が介入したから』という仮説が生じてしまう。おかげで、俺の中には『『神』が介入する前の獅童は、俺の知っている獅童と別人なのではないか?』という希望的観測が芽生え始めてきた。

 “俺を身籠った”という理由で母を捨てたのも、(そうとは知らずとはいえど)息子である俺の恋人に狼藉を働こうとしたことも、気まぐれで黎に冤罪を着せたのも、すべては『『神』が介入して、獅童の精神を捻じ曲げてしまったため』だったのではないかと思ってしまうのだ。

 

 “父が正気に戻れば、俺を認めて愛してくれるのではないか”――なんて、馬鹿な話を夢想する。夢想してしまう。

 向かい合うべき真実が、深い霧に覆われて見通せない。都合が良く甘い真実(どく)に沈みそうになる。

 以前八十稲羽で真実さんたちの戦いを見ていたはずなのに。偽りを吹き払う方法を知っているはずなのに。

 

 

「なあゴロー。オマエは一体、誰を追いかけてるんだ? オマエが【改心】させたい相手は誰なんだ?」

 

「モルガナ……」

 

「……そろそろ、ワガハイたちにも話してくれてもいいんじゃねーの?」

 

 

 モルガナの眼差しが、痛い。

 【怪盗団】の面々の眼差しが、痛い。

 

 

「吾郎……」

 

 

 ――黎の眼差しを、直視できない。

 

 不甲斐ない、と思う。大事な人に沢山心配かけて、迷惑かけて、傷つけて、不安にさせることしかできない俺自身が嫌になる。背負った重石に耐え切れず、ふらふらとよろめく自分が嫌になる。

 ……寄りかかっても、いいのだろうか。助けを求めて、いいのだろうか。こんなに弱くても、みっともなくても、不甲斐なくても、血筋が害悪以外の何物でもなくとも、【怪盗団】と――黎と一緒にいても、許されるのだろうか。

 

 

「……現時点では、言えない。でも、今よりもっと証拠が集まれば、あと少しで確証が得られるんだ。だから――」

 

「確証を得たら、必ず話してくれるんだね?」

 

 

 黎の問いに、俺は頷く。……嘘は言っていないけれど、本当のことを言っている訳でもない。

 俺は“犯人が獅童であると知っている”が、“獅童の後ろに『神』の影がある”という確証はなかった。

 でも、6月になって検察庁や獅童の関係者と接触できるようになれば、証拠を集めることができるはずだ。

 

 それらを繋ぎ合わせて、俺自身が“都合のいい真実”に囚われない強さを取り戻せたら――獅童正義が本当はどんな人間だったのかを“正しく”見極めることができたら。その姿を、きちんと受け止めることができるようになったら。

 

 ……きっと、真実を告げる覚悟ができると思ったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「約束する。…………ごめん」

 

「いいよ? 待ってるから」

 

 

 俺のことを気遣ってくれる黎の優しさに、どうしようもなく泣きたい心地になった。……多分、このときの俺は、上手く笑えてなかったと思う。

 

 

 





「おい、淳。大丈夫か?」


 友の声に目を覚ます。滅びを待つだけの世界に、淳は戻ってきたのだ。
 淳の無事を知った友人達は安堵の表情を浮かべる。
 彼ら曰く、『この数日間、淳は意識を失ったままだった』らしい。


「……眠っている間、とても素敵な夢を見たんだ」

「どんな夢だった?」

「――20XX年を迎えた『あっち側』の世界」


 ――きっと、『こちら側』に生きる自分たちにとっては、幸せな悪夢としか言いようのない光景なのだと思う。

 けれど淳は、あの日見た“黒須淳の夢/橿原淳が生きる現実”を、一生忘れられないだろう。
 ……『こちら側』の世界が滅びを迎えるその瞬間まで。


―――

魔改造明智と怪盗団によるマダラメパレス攻略・及び、虚飾のバカ殿討伐完了。あとは改心待ちの日常光景や後始末を持って、マダラメパレス編は完結となります。
ゲストに『向こう側』の淳が増えたことにより、罪罰関係の描写が掘り下げられました。結果、巌戸台世代以降(怪盗団含む)のペルソナ使いの心にクリティカルヒット。
淳は無事に帰還しましたが、彼が残した余波は、怪盗団の心に深く刻まれていくことでしょう。……17歳が20代後半の教師を操作する羽目になれば、挙動不審になるのは致し方ないんだよなあ(遠い目)

思うところがあったので、活動報告でちょっとした催し(?)やってます。興味がありましたら是非ご協力ください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=279566&uid=25298

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