Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
班目が【改心】するまで、僕達は普通の学生生活を送ることと相成った。僕等が普通通りに過ごしているつもりでも、世間の動きや僕達を取り巻く周囲はどんどん変わっていく。その代表例は班目だった。
【パレス】を失った班目の態度は徐々に変わっているらしい。班目の元に残った祐介がチャットにメッセージを入れては、『これは【改心】が進んでいるのか?』と問いかけくる。鴨志田の例と照合し、分析しては首を傾げる日々が続いた。
他にも変化はある。特に、黎の周辺は怒涛という言葉が似合っていた。
秀尽学園高校の校長から【怪盗団】の調査を命じられた新島さんは、相変わらず活発に動き回っている。しかし、依頼された調査と並行して、何やら別の調査も行っているらしい。最近ではそれが校長にバレた――どうやら、新島さんが調べていたものは“校長に気づかれては困る”ような内容だったようだ――ことが理由で、何やら雲行きが怪しくなってきたという。
黎への態度が理由で仲違いした芳澤姉妹は、現在もぎこちない距離感を保ったまま。その代わり、妹のすみれさんは黎と交流を深めている。『“芳澤姉妹のパッとしない方”という評価故、他者の悪意に晒されてきた』ことや、『明朗快活で自我の強い姉に引っ張られることに甘えていた』結果、彼女は自分に自信を持てないでいたそうだ。その傾向は、黎との交流を経て改善されつつあるという。
『すみれさんに誘われて、姉妹行きつけのジムに行ってきたよ。竜司行きつけのジムとは違う部分を鍛えられそうだ』
『片方は元・陸上部、もう片方は新体操部だからね。体の何処を重視するかによって、トレーニング方法は全然違う』
『怪盗家業だけじゃなく、今後のペルソナ絡みの一件でも使えそうだなって思ってる』
『そう考えると、僕と黎がパルクールを始めたきっかけを思い出すなあ』
僕と黎は、ペルソナ使いたちの戦いを間近で見てきた。ペルソナ使い達を支援するために駆け回っていた至さんの背中を見て育ってきた。至さんの助手/調査員の見習いとして、数多の事件を見届た。
当時の僕等は非戦闘員で、周囲からは『戦いが激化すると危ないから、安全な場所で待機するように』と言われ続けた。その度に、彼等の善意を断って、無理を言って付いてきたのだ。
『ペルソナ使い達の戦いを最後まで見届けるために、最低限、自分の身を守れるようになりたい』――そこで目を付けたのがパルクールだった。おかげで、身体能力は同学年より高めである。閑話休題。
治療薬を融通してくれる女医の治験に協力していた黎は、ひょんなことから“女医が嫌がらせを受けている”現場に遭遇したという。どうやら、女医の元上司である医局長が手を回しているようだ。協力関係云々を抜きにして、黎は女医のことを心配している様子だった。
竜司の事件後潰れてしまった陸上部が再建されるという話が出ており、その関係で竜司と元・陸上部員の関係性に折り合いがつきつつあるようだ。杏の周りも変化が起きているようで、モデルたちとの関係や仕事に関する意識も変わってきているらしい。
……その中でも一番衝撃的だったのは、彼女の担任教師が家事代行サービスで働いていたことだろう。
『吾郎! メイドルッキングパーティやろうぜ!』
『メイドさんが家事を代行してくれるんだ! 吾郎先輩も興味あるよね?』
『要らない。家事は至さんに任せればすべてが間に合う。黎がメイド服着るならアリだけど、そうじゃないでしょ?』
『『そんなこと言わずに!!』』
竜司と三島に『緊急の用事だ』呼び出されて出向いてみればそんなことを言われたので、僕はにべもなく切り捨てて帰ろうとしたのだ。だが、奴らに引っ張られている現場に黎がやって来てしまったのである。
『やましいことがないなら私も連れて行けるはずだ。同行する』と黎に押し切られ、僕らは4人で家事代行サービス・ヴィクトリアに電話したのである。全員制服から私服に着替え、僕はがっちり変装して、だ。
黒い帽子を被った上から赤いパーカーのフードを被り、白いスラックスを履いた僕を『明智吾郎』と認識できるのは黎と空元兄弟くらいだ。僕の格好を見た三島と竜司が呆気にとられたあたり、この服装は使えるようだ。
空き家に忍び込んで、件の会社に電話したまではよかったのだ。三島が『高校生が家事代行サービスを利用していいのか』という至極当然な疑問を口に出すまでは。この発言がきっかけで、メイドが到着してすぐ、竜司と三島が状態異常:恐怖を発症して戦線離脱したのである。
人を呼んでおいて逃走するのはどうかと思った僕たちは、そのままメイドさんへ対応をした。そうしたら、メイドと黎が顔を見合わせて凍り付いたのである。――なんと、メイドは黎の担任教師――川上先生だった。昼間は教師として働き、夜は家事代行サービスで働くというダブルワークだったのだ。
鴨志田の一件によって、黎の学校では“教師の裏の顔”を探そうと躍起になる教師が動き回っているらしい。それを誤魔化してくれたら手を貸す、と、川上先生は取引を持ち掛けてきた。黎はその申し出を受け、翌日、追及されている川上先生に助け舟を出したそうだ。結果、夜の電話番号とアドレスを入手したらしい。
黎:早速代行サービスを頼んでみた。先生にも色々事情があるみたいだ。
――とのこと。家事代行サービスを頼みながらも、黎は川上先生に殆ど仕事を言いつけないので、実質的には『川上先生をサボらせる』形となっているようだ。
僕の方も、探偵王子としての活動を再開するための下準備が進んでいた。同時に、メディアへの顔出しを行う目途が立っている。6月10日に収録が行われる番組で、獅童派議員のコネによって勝ち得た出演権。これで、“探偵王子の弟子・明智吾郎”は獅童に接近することができた。
末端議員に連れられた僕は獅童の執務室に通された。獅童正義は智明と談笑しながら昼食を取っていたようで、それを邪魔するように現れた僕をあまり快く思っていない様子だった。僕が獅童を遠目から見ていたり、ほんの一瞬すれ違う程度の交流しかしたことがない。まともな意味で“奴と顔を合わせる”のは初めてである。
自分の心に冷や水を浴びせられたような心地になったのは何故だろう。そうと名乗ってはいないが、一応実父と息子の再会だ。感動的ではなくとも感傷に響くかと思ったが、奴にとって僕はあくまでも“利用価値がありそうな『駒』の”1つでしかないらしい。
冷ややかな眼差しを向けた獅童であるが、奴は僕の肩書――探偵王子の弟子にして再来と謳われる高校生探偵は、使えると認識したようだ。
同時に、僕が智明と同年代であることにも利用価値を見出したらしい。奴は“人当たりがよく、国の未来を憂う情熱的な議員”の顔をして打診してきた。
『ここ最近、【怪盗団】と名乗る輩が跋扈していることは知っているね?』
『若者の間では有名になってますね。【怪盗団】の支援サイトなるものもできているようですし』
『【怪盗団】は危険な存在だ。あんな輩に踊らされている若者の目を覚ますには、彼らと同年代であり、奴らを追いかけるような肩書を持つ者が必要なのだよ。――キミのように』
それが、奴らの恩恵を受け取る対価。獅童正義の懐に飛び込むために、俺が支払わなければならないものだった。奴はそう知らずとも、俺に『仲間を陥れる『烏』になれ』と言っている。
父に必要とされながら、父を裏切っている――胸の底を突き刺すような痛みに、眩暈しそうになった。甘さと苦さがじわじわと俺を侵していくようだ。“もし獅童の味方になれば、父から愛してもらえるのではないか”――なんて、馬鹿なことを考えてしまう。あり得ない、と、俺は必死に俺自身に言いきかせた。
俺は神取の言葉を思い返す。『キミは何のために生きるのか』と問われたとき、俺は何と答えたか。『大切な人の傍にいるのに相応しい人間になりたい』と答えた。『黎の隣にいても許されるような人間になりたい』と答えたのだ。俺が俺であるための、大切な原点。……忘れられるはずがない。
だから、一時の迷いでその権利を失うのだけは憚られた。
獅童に与して黎を捨てるなんてできるはずがない。
大事なものが何か、俺はきちんと分かってる。
『任せてください、先生』
『ありがとう。キミのような若者が私の味方についてくれるというのは心強い。そのついでだが、智明のサポートに回ってもらえないだろうか?』
『キミは智明と同年代だから』と獅童は笑った。智明は『父さんは過保護なんだから』なんて苦笑する。――どうやら、奴の懐に潜り込むためには“獅童智明の味方”として振る舞う必要もあるようだ。精神の大部分が摩耗しそうだが、負けるつもりはない。
今回の収録では、僕以外のゲストに獅童智明、オーディエンス役として秀尽学園高校の2年生一同が訪れるそうだ。……獅童と秀尽学園高校の校長が繋がっていたことを考えると、明らかな作為を感じる。
相変わらず智明の顔は
『よろしくね、吾郎くん』
『こちらこそよろしくお願いします、獅童さん』
『あはは。そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。普通に話してほしいなあ』
智明本人には一切その気はないのだろうが、僕から見ると、自分が如何に幸せなのかを見せつけてくるように感じる。おかげでますます惨めな気持ちになった。
勿論、それを表に出すような真似はしない。元々武器にするつもりでこの二面性を磨いてきたのだ。香月夫妻仕込みの“鉄壁の微笑”――徹底的に鍛え上げた猫かぶりはきちんと仕事をしてくれた。獅童親子は何も気づいていないだろう。
すべてを白日の下に晒し、有栖川黎の汚名を雪ぐその
大衆操作の方向性を定めるため、獅童は徹頭徹尾【怪盗団】への批判を貫くつもりらしい。それは智明も同じようで、『もしも【怪盗団】が父さんに悪影響を及ぼすようならば潰さなきゃいけない』と語っていた。『どうせ潰すなら、もっと有意義に潰さないとね』とも。
奴らが【怪盗団】に敵意を抱いている理由は単純なことだった。“獅童と繋がりを持つ秀尽学園高校の校長が鴨志田の件で不祥事を起こし、いずれはしょっ引かれることになりそう”という事態を招いた原因を排除するためらしい。危険な芽は早いうちに潰すのだそうだ。
自分にとって危険な要素を把握し、該当者を的確に潰す――班目の上位互換を地で行く才能に、俺はひっそりと舌を巻く。人を見る目があっても、見つけた才能ある人々を『自分の害悪になりそうだ』と認識すれば、対象者を潰すための力へ変貌するのは当然かもしれない。
『【怪盗団】は父を失脚させようとしているのかな。吾郎くんはどう思う?』
『……今のところ、【怪盗団】騒動の対象者は鴨志田という体育教師だけだ。この件だけで動くのは早計ではないかと感じる。けど……』
『けど?』
『“
『――うん、素晴らしい。詳しい
俺の推察は智明のお気に召したようだ。
『これから僕とキミは相棒だ』と微笑む智明に、俺もまた微笑み返した。
……正直、この時点で、俺は班目を【改心】させたことに一抹の不安を抱いた。
もし班目が獅童側の協力者だった場合、班目の【改心】を目の当たりにした獅童から【怪盗団】/俺たちは確実に邪魔者と認定されるだろう。コードネームで呼び合ってはいるが、獅童の権力を使えば誰が誰かを判別することなど容易だ。それに、【パレス】や【メメントス】を自在に出入りできるキラーマシン・智明だっている。
奴らを失脚させ、物理的な証拠を掻っ攫えれば万々歳だとは思った。だが、得られた情報は胸糞悪くなるものばかりだ。暫くはストレスとの戦いになりそうである。【怪盗団】が次の得物として誰を定めるかによって、俺も今後を考えなければなるまい。単なる偶然か、『神』の作為か――曇りなき眼で、見定めなくては。
そんな決意を抱きながら、僕は獅童の事務所を後にした。駅のベンチスペースに腰かけた僕は早速【怪盗団】関係のSNSを起動し、仲間たちに報告する。
吾郎:今、【廃人化】を引き起こしていた黒幕と会って来た。やっと奴の懐に入り込める算段が付いたよ。
竜司:いきなり爆弾を落とすな!
黎:モルガナが「やっぱり無茶しやがった!」って頭を抱えて天を仰いでる。
杏:南条さんみたいな人たちが束になっても勝てなかった相手なんだよ!? 単身乗り込むなんて……。
祐介:探偵に怪盗だけでなく、終いには密偵の草鞋まで履くのか。お前は忙しい奴だな、吾郎。
杏:そりゃあ、吾郎の猫かぶりは鉄壁だし素晴らしいと思う。怪盗団の演技派男優ぶっちぎりだし。
吾郎:ありがとう、『烏』にとっては最高の褒め言葉だ。
祐介:確か、『烏』は神話や伝承から、斥候・走駆・密偵・偵察の役目を持つ位置付けであるとされていたな。
竜司:でも、流石にここまでコードネームに忠実じゃなくてもいいと思うぞ。
吾郎:僕はこのまま奴に張り付くつもりだ。物理的な証拠を握れれば御の字だろうけど、おそらくその可能性は低いだろう。奴は悪事のデパートだが、証拠隠滅のプロだから。
黎:そんな危険な相手の元に、単身で乗り込む……。
竜司:なあ、黎。吾郎に何か言ってやれよ。でないとコイツ、『死なば諸共』とかやりそうで怖いんだよ! あ、チャットじゃなくて現実の方で頼む。
黎:分かった。吾郎、このチャット終わったら時間ある?
吾郎:丁度、黎の顔が見たいって思ってたんだ。このままルブランに寄ろうと思ってた。行ってもいい?
黎:OK。待ってるね。
祐介:結局チャットでやったな。
杏:これだけでも胸焼けするようになっちゃった……。辛い。
吾郎:それと、黒幕は鴨志田の一件で【怪盗団】のことをイエローカード扱いしてたみたいだ。班目が黒幕と関わっていたとしたら、班目が【改心】した暁には、要注意人物としてイエローカード2枚目が出るだろうね。
竜司:マジか……。あと1枚でレッドカードじゃん。
杏:【怪盗団】の今後って話題になったら、慎重にならなきゃダメかも……。
吾郎:いや、むしろ逆に攻めてくれた方が助かる。
祐介:なぜだ? お前は理由なく罠に飛び込むようなタイプではないだろう。
吾郎:確証が得られるかもしれない。そうすれば、黒幕についてみんなに話せる。
竜司:本当だな!? 本当に話してくれるんだな!?
黎:「ゴローがすべてを話してくれるのが先か、黒幕諸共消し飛ぶのが先か」ってモルガナが。幾ら何でも不謹慎だ。
杏:アタシ、モルガナの意見に同意。だって吾郎、本当に『死なば諸共』やりそうで怖いもの。
吾郎:お前等は俺を何だと思っているんだ。
黎:私も吾郎のことが心配だ。でも、吾郎のこと信じてる。
吾郎:黎……ありがとう。
黎:吾郎、黒幕と接触した後はどうするの?
吾郎:これから暫くスパイ活動かな。奴のシンパとしてメディアに露出する機会が増えるかもしれない。あと、黒幕から『テレビ番組で【怪盗団】を批判しろ』って命じられた。
竜司:はぁ!? 黒幕のヤツら、俺たちのことが気に喰わないだけだろ!
祐介:自分の活動を自分で否定する、か。辛くはないのか?
吾郎:正直気が重い。でも、折角手に入れたチャンスを無駄にするつもりはないよ。うまくいけば、【廃人化】に関する事件を止められるかもしれないから。
杏:やめるつもり、ないんだね。
吾郎:勿論だ。みんなには悪いけど、俺はこれから怪盗団を批判し続けるだろう。でも、これが俺の仕事で、黒幕の懐に潜り込むために必要なことだから。それだけは、みんなに知ってて欲しかったんだ。
俺はメッセージを打つ手を止めた。雑踏のざわめきがやけに遠い。SNSは沈黙している。
実際に経過した時間は秒単位のはずなのに、何年も放置されているような心地になった。
程なくして、メッセージが映し出される。
竜司:分かった。お前がすっげー頑張ってくれてるんだ。俺達だって負けないからな! いつか絶対、その黒幕を俺達で【改心】させようぜ!
杏:アタシは黎の味方だけど、黎にとって一番大事な人である吾郎の味方でもあるからね。そのこと絶対に忘れないで。
祐介:安心しろ。お前が俺達を裏切ったわけではないことくらい分かっているさ。仲間だと言うのに、それくらいの真贋、見抜けなくてどうする。
黎:「お前が追ってる巨悪や司法関係者とのコネを有しているのはゴローだけだ。【怪盗団】としても、ゴローを手放すつもりはない。それに何より、ゴローがいなくなったらレイが悲しむ。イタルさまに至ってはきっと発狂するだろう」ってモルガナが。口では色々言ってるけど、吾郎のことを追い出したりしないってさ。私だってそうだよ。
自分の奥底から湧き上がって来た感覚に、俺は思わず口元を抑える。変な声が出そうになった。それをどうにか飲み下した後は目を覆う。衝動に任せて大きく息を吸って吐き出すと、掠れた吐息が雑踏に紛れて消えていった。
“
実の父親からは愛されなかったし、必要とされなかった。要らない子と言われて捨てられた。獅童を父に持つ俺が生まれたせいで、母も黎も不幸な目に合った。『居場所なんてどこにもない』と途方に暮れた痛みを一生忘れることはないだろう。
けれど、
暫し歓喜に震えた俺は、平静を取り戻してすぐに仲間たちへ礼を述べた。
即座に「気にするな」「仲間なんだから当然」という返信が画面に映し出される。
仲間たちへの礼でSNSのやり取りを締めた僕は、すぐに四軒茶屋へ向かった。その道すがら、僕は僕の中にいる“誰か”に思いを馳せる。
(“【怪盗団】のみんなから『仲間だ』と言われたのが嬉しかった”と言うだけで、あんな気持ちになるんだな……)
僕は目を閉じ、“誰か”の気配を辿る。相変わらず心の海の底はよく見えない。けれど、何となく、“誰か”が残したと思しき僅かな残滓を拾い上げることができた。
薄らぼんやりとした視界の中で、断片的な光景や会話がぶつ切りで展開する。人影や声から性別を判別することすら不可能だ。――それでも、分かることが1つある。
“
焼けつくような感情から、“誰か”の境遇を分析することは不可能だった。ただ漠然と、『“誰か”は“とある集団”と行動を共にすることになった際、何らかの事情で『幾ら共闘しようにも、“自分”は彼等の仲間になることは出来ない』と考え、自らの意思、或いは相手側の事情等に従って一線を引いていた』と類推できた程度である。
僕は何一つ知らない。“誰か”が抱えていた事情も、『仲間になれない』と断じた理由も、どのような葛藤を経て一線を引くに至ったかの経緯も。恐らく、現時点における“誰か”もまた、それを僕に開示する気は無いようだ。完全に沈黙してしまった水底は、『これ以上触れてくれるな』という意思表示のように思えた。
<……別に、無理矢理暴き立てるつもりはないよ。言いたいことが出来て、それを言葉にする勇気や算段が整ったらでいいから>
僕が“誰か”に呼びかけたタイミングで、目的の駅の名前が響いた。僕は意識を現実に戻す。電車を乗り継ぎ、行き慣れた道を通ればすぐにルブランが見えてきた。
看板はクローズだが、店の灯りは消えていない。佐倉さんと黎が何かをしている姿が見える。僕は扉をノックする。佐倉さんが扉を開けてくれた。
「こんばんわ」
「吾郎」
「ああ、お前さんか。……黎から話は聞いてるぞ」
佐倉さんはどうやら、黎にコーヒーの淹れ方を伝授していたらしい。「折角だ。お前さんの未来の伴侶にも飲ませてやれ」と茶化した。黎は頬を淡く染めた後、小さく頷いて準備を始める。それにつられるようにして、僕の頬も緩んだ。
しかめっ面をしなくなり、どこか気さくな気配を漂わせる佐倉さんの様子からして、僕もルブランに馴染んできたのであろう。それが、どうしてだか凄く嬉しく感じた。僕はカウンター席に腰かける。程なくして、店内にコーヒーの香りが漂ってきた。
黎が僕に淹れたてのコーヒーを差し出した。僕はそれを受け取り、啜る。纏わりつくような疲労を吹き払うような――けれどどこか、僕を労るような味だった。張りつめていた心が解けていく感覚に、僕はひっそり息を吐いた。
佐倉さんは何も言わず、ひっそりと裏へ引っ込む。彼なりに気を使ってくれたのだろう。
それでも万が一のことを考えて、詳しい話を出さないようにする。【怪盗団】としての決まりだ。
「吾郎、これから
「そうだね。今まで通りここに来るのも難しいかもしれない。……ごめんね、黎」
「謝らないで。むしろ、謝るのは私の方だ。吾郎に沢山迷惑かけてるから」
黎は申し訳なさそうに苦笑する。僕は首を振った。
「そんなことないよ。……謝るのは僕の方だ。キミの冤罪を晴らすと約束しておいて、結局何もできないでいる。その分、
「違うよ、吾郎。私はいつだって吾郎に助けてもらってるし、支えてもらってるし、守ってもらってる。キミに頼ってばかりなんだ」
だから無理しないでくれ、と、黎の眼差しは訴える。彼女の優しさは嬉しい。けど、それに報いれない自分の無力さが悔しい。
僕はこれからも密偵を続けるつもりだし、必要経費の無茶を張り倒すだろう。だから、黎の祈るような眼差しを裏切ることになる。
(誰も彼もを裏切っている、か)
僕がひっそりと自嘲したときだった。不意に、黎の手が俺の手に重ねられる。灰銀の瞳は、どこまでも優しく細められた。
「帰ってきてね。何があっても、どんなことがあっても、私たちのいる場所に帰ってきて」
「黎……」
「私、信じているから。信じて待っているから」
――ああ。
胸の奥底から溢れだしてきたこの感情を、何と例えよう。俺の中にいる“何か”が、許容不可能な感情に溺れて悲鳴を上げる。『縋りつくものがなくて辛いのに、誰からも咎められること無く溺れることができることが嬉しい』と。
一歩遅れて、俺は自分が泣いていることに気づいた。あまりにも情けない姿を曝している。俺は慌てて涙を拭うが、全く止まる様子を見せない。こんな有様だというのに、黎は咎めることなく静かに見守っていてくれた。寄り添っていてくれた。
◇◇◇◆
新島冴は、東京を騒がせている【廃人化】事件を追いかけている検事だ。
冴の他にも【廃人化】を追いかけている検事や警察官は山程いるが、正直言って、どいつもこいつも有象無象という言葉がよく似合う連中ばかりである。
特に冴の目に付いたのは、最近東京の公安部へ転勤してきた――エリート街道から転落し、八十稲羽というド田舎に左遷された過去がある――刑事だ。
『警視庁公安部に配属された足立透です。いやあ、新島検事の噂は伺ってますよ。なんでも、男だらけの職場で活躍する女傑だとか』
第一印象は“へらへら笑っているだけの昼行燈”。元・エリート街道をひた走っていた警察官とは思えない程、うだつの上がらない軟弱野郎であった。寧ろ“何をどうすればエリート街道で鎬を削れるような人間と判断され、試験を突破してしまったのか”と思ったし、“左遷の憂き目にあったのは当然”だとすら思えた。
実際、冴は足立が捜査をサボって上司や同僚に対する不平不満をぶちまけている現場に出くわしている。誰にでもペコペコ頭を下げ、適当なおべっかを述べているような軟弱野郎だと思っていたから、激しく毒をまき散らす姿に目を見張った程だ。その時に追加された印象は、“悪人面が良く似合う男”である。
『私がどれだけ苦労したと思ってるの!? 上司はクソだし同僚の男どもは私を見下してくるし、こちらの足を引っ張ってばかり! ハッキリ言ってウザいのよ! 下手に出ればつけ上がるんだから!!』
『僕の左遷が決まったときは存在無視の挙句、ゴミみたいに切り捨てやがったくせに! こっちに戻ってきた途端、親友面して近寄って来た連中を見たときは反吐が出たね! 本当に世の中クソだな!!』
――いつの間にか、冴は上司や同期への不平不満を足立へぶちまけていた。
気づいたときには既に“上司や同期への悪口を言いあう”形で意気投合。同じような悩みや憤りを抱える者同士、冴と足立は大層気が合った。
そうして、いつしか捜査関係の話し合いや会議だけでなく、サボっている足立を発見したとき等にも話す間柄になっていたのだ。
足立と話すようになって、冴は気付いたことがある。奴はうだつの上がらない昼行燈を演じているだけで、本来の実力は警察官の中でもずば抜けていた。どこか抜けたような言動は、相手の警戒心を解かせて懐に潜りやすくするための手段の1つに過ぎないのだ。
実際、一緒に取り組むことになった仕事で、足立は有力な情報を冴へ提供してきた。うだつの上がらない、どこか抜けているような、それでいて憎めない男――その印象や言動を駆使し、ガードが堅いと思われていた汚職事件の関係者たちから情報を引き出していたのである。
後でそのやり方を聞き出したが、口八丁手八丁、果てには裏切りまでもを駆使した――簡潔に言うなれば、違法捜査のスレスレを攻める――やり口であった。話を聞いていた冴自身も、口元と眉間がひきつってしまった程だ。冴の脳裏に“ロールキャベツ系男子”という単語がよぎったのも必然であろう。
『目的のためならば、昼行燈、問題児、お人好しの苦労人、愛される劣等生、果ては擁護できないクズ野郎すら演じて見せるなんて……まるで道化ね』
『よく言われますよ。……ああいう手合いが望みそうな奴を把握するのは、昔から慣れてたんで』
冴が想定している以上に、足立は他者のことをよく観察していた。“相手が隙を見せてしまうような人間像”を完璧に演じることで、ボロを出しやすくなるよう意識を誘導している。
そこへ口八丁手八丁、果てには裏切りまでもを駆使したダーティーな捜査方法で、相手から必要な情報をぶっこ抜いていく訳だ。警察官より役者としての適性が高いのではなかろうか。
『堂島さん、お久しぶりです! ――ええ、ええ。元気にやってますよ。久々の本庁は【廃人化】や【精神暴走】事件で盛り上がってますから、毎日忙しくて……』
『え? ……さ、サボってませんよ!? そんなことしたらまた左遷じゃないですかぁ! 折角掴んだチャンスを手放すバカなんていませんって!!』
『これでも僕なりに、凛ちゃんとの将来を考えてるつもりなんですよ!? 嘘じゃないですって!!』
『差し入れですか? 嬉しいなあ。――あ、キャベツはいいです。東京でも買えるんで』
そんな彼が、唯一、警察関係者相手に愉快な一面を出す相手がいる。八十稲羽で働く刑事・堂島遼太郎だ。堂島刑事は、八十稲羽時代における足立の先輩だった。
冴は堂島刑事と直接話したことはない。足立が電話をしている現場を何度か見ており、そこで彼の名字を呼んでいる姿を見ただけである。
更に言えば、堂島刑事と電話している場に人がいる気配を察知すると、足立は即座に会話を切り上げて電話を切ってしまう。――まるで、何かを警戒しているかのようだ。
『菜々子ちゃん、久しぶり! お兄ちゃんは今日もお仕事頑張ってるよ!』
『来年からは中学生になるんだよね。勉強も難しくなるけど大丈夫?』
『……八十稲羽にいたときみたいに、凛ちゃんや真実くんと一緒に教えてあげられたら良かったんだけどね』
堂島刑事の娘・堂島菜々子との仲も良好らしい。時々彼女にも電話をしているようだ。
冴は菜々子とも直接話したことはない。足立が電話している現場を何度か見ており、そこで彼女の名前を呼んでいる姿を見ただけである。
更に言えば、菜々子と電話しているときに人の気配を察知した場合でも、堂島刑事と電話しているときと同じような行動を取る――即座に会話を切り上げて電話を切る――のだ。
『ごめんね凛ちゃん。……最近はずっと忙しくて、なかなか連絡できなかったんだ』
『ゴールデンウィークはバタバタしてたから、結局まともに会えなかったっけ。申し訳ないね。折角僕を訊ねてくれたのに……』
『今回の一件がひと段落付いたら必ず埋め合わせする。約束するよ』
『……ふふ、ありがとう。凛ちゃんの声聞いたら、何もかも大丈夫になる気がしてきた』
『早く事件が解決したらいいのになー。そうしたら、凛ちゃんの作ったロールキャベツ食べれるようになるのにね』
『コンビニ弁当と外食ばっかりだから、余計に凛ちゃんのご飯が恋しいなぁ……』
そして、八十稲羽関係者の中でも、奴がひときわ特別視している相手がいる。それが、奴の恋人である堂島
元々彼女は都会に住んでいたのだが、両親を亡くし、巌戸台の親戚に引き取られることになった。だが、親戚から凄惨な虐待を受けており、それを告発するような形となったらしい。
彼女が虐待してきた養父母たちから解放された際、立役者となった警察官が足立透であった。その後、凛は八十稲羽の堂島刑事に引き取られ、養子として迎え入れられたという。
一度はそれで交流が絶たれた2人であるが、足立が八十稲羽に左遷されたことをきっかけに再会。同時期に発生した【八十稲羽連続殺人事件】に巻き込まれたことを皮切りに、2人は男女の間柄になったそうだ。当時、堂島凛は10代後半・足立透は20代後半――一回り年齢差のある年の差カップルとして、八十稲羽の名物と化していたらしい。
“嘗てエリート街道から蹴落とされた”という過去に、“自身が関わった事件の被害者と男女の仲になっている”という問題要素を引っ提げている警察官――そんな足立に、本庁公安部への栄転話が齎されるなんて、普通は考えられない。【八十稲羽連続殺人事件】で真犯人を逮捕した立役者ではあるが、それだけでは栄転理由が物足りないし、今更感があった。
……そもそも、【八十稲羽連続殺人事件】で真犯人を逮捕した彼の元に、一度、栄転話が齎されたことがある。本庁ではなく地方の大きな町への転属だったが、足立はそれを蹴って八十稲羽に残ったのだ。
今回と比較すれば明らかに規模は小さいものの、足立は八十稲羽に根を下ろすつもり満々だった。
そんな彼が破格の栄転話に乗ったのは、何らかの心境変化があったということ。
「……きな臭いわね」
「――大丈夫だよ。絶対に大丈夫だから、心配しないで? 僕は大丈夫だから」
気づかぬうちに、冴は小さく呟いていた。障害物を隔てた向こう側には、凛と電話をしている足立がいる。
声色は優しくて穏やかなのに、その言葉を紡ぐ張本人の表情は、血反吐を吐く寸前の病人のような悲壮感が漂っていた。
足立が東京の公安部へ栄転してから、もうすぐ1か月。冴以外の人間で、冴とよく似た距離間で付き合っている相手は見当たらない。彼は誰に対しても一線引いた場所に立ち、道化を演じていた。
足立は暫し凛との会話を楽しんだ後、一言二言別れの言葉を述べて電話を切った。
いつもと違う――最後まで普通に語らった末に電話を切った――様子に、冴は思わず目を見張った。
間髪入れず、彼は振り返らぬまま声を上げる。その声は、普段とは全く違っていた。
「……そこにいるんでしょう? 新島検事」
「っ!?」
「『あんたが僕の話を盗み聞きしてるって知ってて、今回は最後まで電話を切らなかった』と言ったら、どうします?」
振り返った足立は、冴が見慣れた昼行燈ではなかった。邪智狡猾な一面を飼いならす刑事のようにも見えたが、冴を射抜く眼差しは何処までも真摯であった。
「周りはみーんな敵だらけ。どいつもこいつも、クソみたいな連中の息の根がかかった奴等ばかり! ……正直、僕1人で戦うのは荷が重いと思ってたところなんですよ」
「戦う?」
「――ここだけの話、“【廃人化】と【精神暴走】事件を引き起こした挙句、それを隠蔽するための『手駒』として、警察と検察を動かしてる奴がいる”んです」
足立はそっと冴に耳打ちした。あまりにも突拍子もない話に振り返れば、彼はとても悪い顔をしていた。
半信半疑であろうと、“新島冴が自分の話に興味を持った”という事実は、足立の狙った通りの展開らしい。
もしその話が本当なら、裏取りしてから上司に報告しなければ――冴がそう考えているのを察したのか、足立は肩をすくめた。
「1つ言っておきます。他の奴――そうだな。特にあんたの上司である特捜部長へこの話をするのはやめた方がいい。次に起きる【精神暴走】事件の被害者として、この世から消されるのはあんたになる」
「何ですって!? 特捜部長が、事件を隠蔽するために動いているというの……!? 事件を引き起こした黒幕とグルだなんて、まさかそんな……」
「でも、覚えがあるんじゃないですか? 例えば、『検事の捜査方針に対して、やけに口出ししてくる』とか、『新島検事の意見だけ無視される』とか、『やたらと捜査状況の進捗を聞かれる』とか」
「…………」
足立の指摘に冴は押し黙る。最近の上司の態度には、心当たりしかなかったからだ。
冴が予てから抱いていた上司や同僚達への不平不満は、上司や組織内部に対する疑心暗鬼へと変わりつつあった。出世のため、正義を貫くための地位を得るため、或いは無能共に負けたくないというプライドから、敢えて見て見ぬふりをしてきた数々の疑惑が脳をよぎる。
自分の周りが無能で固められていたのは何故だ。冴の意見を頑なに聞こうとせず、見当違いの捜査方針を押し通そうとするのは何故だ。事あるごとに――いや、何もなくとも、直属上司が“【廃人化】や【精神暴走】事件に関する捜査の進捗報告”を求めて来るのは何故だ。
足立透という警察官の能力が如何程か、冴はよく知っている。数多の仮面を使い分け、相手がついつい心を開いてしまうように立ち振る舞い、ありとあらゆるグレーゾーンを突っ切って、目的の情報をぶっこ抜いてくる――彼の捜査から得られた数多の証拠が脳裏をよぎった。
足立の言葉に耳を傾け、ここ最近の違和感を洗い出し始めた冴の姿に対し、何か思うところがあったのか。
開き直った犯罪者みたいな悪い笑みを浮かべて、足立は囁く。
「正直、あんた含めて、ここにいる連中のことは信用も信頼もしてないんですよ」
「それでも、貴方は私にこの話をした。それは“利用し合う間柄――所謂、取引相手としては最適だ”と思ったから。……どうなの?」
「話が速くて助かります。流石はエリート女検事だ」
足立は悪びれる様子もなく、「僕が目を付けたのは、貴女の捜査能力の高さと現状に対する反骨精神、それと野心です」と言い切った。おべっかを使う連中に比べれば、1週回って誠意ある対応と言える。
実際、新島冴には野心がある。検事として功績を積み上げて出世することだ。冴の掲げる正義を成すには、検察は腐敗しきっていると言えよう。男尊女卑や足の引っ張り合いは日常茶飯事。冴を舐め腐った連中によって、何度も煮え湯を飲まされ続けた日々が脳裏をよぎった。
そこへ齎されたのは、警察と検察全体を揺るがしかねない汚職の噂。その情報をぶっこ抜いてきたのは、目的を果たすという一念において並々ならぬ執念を持った道化師だ。彼の捜査能力は冴も一目置いている。故に、彼の情報を無視できない。裏取りは必須だろうが、おつりの勘定ができる程度の保証はあった。
足立から齎された情報が本当だったという仮定の下で成り立つ話ではあるが――汚職の爆心地にいるのは冴の直属上司・特捜部長。奴の犯罪を暴いて告発すれば、無能な上司の一掃と冴の更なる躍進に繋がることだろう。出世の足掛かりになるのは間違いない。そうすれば、冴が理想とする正義を成すことができるのだ。
新島冴もまた、足立透と同じ穴の狢。目的を果たすためならば、修羅の道を突っ切る覚悟がある。
取引関係を結ぶことへの肯定を示せば、足立は人当たりのいい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、これからは一蓮托生ってことで。よろしくお願いしますね、新島検事」
「こちらこそ。私の戦果は貴方の戦果、その逆も然りよ。期待しているわ、足立刑事」
――そうして、新島冴と足立透の取引関係が始まった。
***
「そういえば、新島検事には“高校生の小間使いがいる”って話を聞きましたが……」
「……その表現に関しては色々言いたいことはあるけれど、YESかNOならばYESよ。今は学業に集中してる。6月から復帰する予定だけど、それがどうかしたの?」
「――次の取引を行う際、そいつも現場に呼び出して貰えませんか?」
足立の言葉に、冴は思わず振り向いた。奴の言っていることは、芸能人とはいえ、一介の高校生である明智吾郎を修羅の道に引きずり込むことを意味している。
「待ちなさい。幾ら【廃人化】や【精神暴走】を追う探偵とはいえ、明智くんは一介の高校生よ。私達の取引に巻き込んでいいような子ではないわ」
「そんなの今更でしょ? 今まで散々こき使ってたのに、急に及び腰になるのっておかしくないですか?」
足立の言葉に反論しようとした冴だが、彼の言葉には一理ある。……寧ろ、おかしいのは冴の方だった。
何故自分は、真と同年代の少年を助手役として迎えたのだろうか。明智吾郎は探偵と言う肩書を持っていても、一介の高校生にすぎないのに。
確かに、彼を見出した当初は『猫の手も欲しい』と思っていた。けれど、猫の手として選ぶのは、明智吾郎でなくても良かったはずだ。
優秀な人間と言えど、明智吾郎はまだ高校生。冴の妹・真と同じ年齢の、守られるべき子どものはずだ。それなのに冴は、彼を【廃人化】や【精神暴走】事件の最前線に送りこんでいる。
その事実に気づいた冴は、何とも言えぬうすら寒さを感じた。全て自分で決めたことなのに、自分の決断や判断に矛盾が生じている――この違和感を、何と表現すればいいのか。
そんな冴の姿を見た足立は、「成程ね」と呟いた。何かに納得したように頷き、大仰にため息をつく。
「そいつを事件から遠ざけるって言うなら、今すぐ取引関係を打ち切りますけど」
「彼を引き入れることのメリットは? 勝算があると?」
「その話も、次の取引内容と、その際“取引現場に用意してほしいもの”に含まれますね。続行するなら続けるし、そうじゃないならこの話はここで終わり。それだけのことですよ」
「……いいわ。明智くんも同席させる。それで、次の取引までに何を用意すればいいの?」
取引続行の意を示せば、足立は「そうこなくちゃ」と笑った。
どこか悪戯っぽく笑った刑事は、取引に必要なものを諳んじる。
「僕達と高校生探偵以外、誰も入ってこれないような密室空間。……あと、その空間には、大画面テレビが必須ですね。――具体的には、“
◆◇◇◇
『すみれさん、かすみさんと仲直りできたんだ』
嬉しそうに笑う黎がそう報告してきたのは、今日の夕方のことだった。
その日は秀尽学園高校の生徒全体による公園の清掃活動が行われたという。班はランダムで選ばれた男子生徒2名と女子生徒2名の組み合わせで、三島という【怪盗団】支援者含めて、【怪盗団】メンバーは全員バラバラに配属されていた。清掃活動は比較的スムーズに行われたものの、最終的に、黎は班員から遠巻きにされて1人になったという。
冤罪というレッテルのせいで孤立してしまった黎は、モルガナと共に世の中の世知辛さを味わって苦笑いしていたそうだ。そこへやって来たのが、黎を敵視していたはずのかすみさんであった。彼女は今朝の出来事――清掃活動に向かっている最中に悪質なナンパに合ったが、黎によって助けられた――を持ち出し、今までの一件を謝罪したそうだ。
かすみさんの話(黎経由)を聞く限り、黎と交流するようになったすみれさんは少しづつ良い方向へ変わり始めた。曰く、『以前より比べて性格が明るくなり、自己肯定感が高まってきた』らしい。
以前までならべったりだった芳澤姉妹であったが、黎の存在や姉妹喧嘩によって距離を離したことで、お互いのことを冷静に考える時間を得られたという。それが良い方向に作用したのだろう。
『知らず知らずのうちに、私はすみれを“庇護下に置かなければいけない存在”だと思っていたことに気づいてしまった』と語ったかすみさんは、何か思うところがあったようだ。
『かすみさん、丸喜先生のカウンセリングを受けてみるって言ってた。何でも、『自分がすみれさんに共依存している可能性に気づいた』とかで』
その話を聞いた途端、僕の中にいた“誰か”が頭を抱えて崩れ落ちた気配を感じた。上手く言えないが、“奴”は丸喜拓人さんのことを蛇蝎の如く嫌い、酷く敵対視しているようだ。危険視しているとも言う。
思わず<“お前”は丸喜拓人さんに親か恋人でも殺されたのか?>と声をかけたら、“奴”は酷く驚いた顔をした後、即座に姿を隠してしまった。刺々しい感情を滲ませた残滓から察するに、どうやら僕は地雷を踏んだらしい。
“奴”の正体は未だ不明だが、以前“奴”の出所を『どこ』と言った須藤竜也の証言と“奴”の反応からして、僕が把握していない滅びの夢――丸喜拓人さん由来の地獄絵図が形成された世界――の出身者ではないかと睨んでいる。閑話休題。
(……しかし、まさか冴さんから呼び出しを受けるとは思わなかったな)
僕は今、検事局にいる。本来であれば復帰は明日からなのだが、突如冴さんから呼び出しを喰らった形となった。曰く、『【精神暴走】及び【廃人化】に関する重大なタレコミがあった』、『新しい協力者が加わった』とのことで、大至急、僕にも同席してほしいとのこと。
冴さんから指定された部屋は、準備中の札がかけられた会議室。協力者として出入りしていた際、何度かこの部屋に足を踏み入れて情報を譲り受けていたこともある。部屋の特徴で印象に残っていたのは、【マヨナカテレビ】を行き来する入り口として機能しそうな程の、立派な大型テレビであった。
八十稲羽に迷い込んだ際のドタバタ劇――足立が社会的に死にかけた出来事/至さんや僕等に足を掴まれた結果、ズボンがずり落ちる寸前になった光景――を思い出し、ちょっと笑ってしまう。だが、凛さんから受けた依頼――様子がおかしい足立透の調査――を思い出し、僕はすぐさま首を振った。
鴨志田【改心】の戦勝会以来、僕は足立と顔を合わせていない。『最近赴任して来た公安の刑事が精力的に動き回ってる』という噂を耳にする程度だ。割とダーティーなやり方で星を挙げているらしい。本庁時代の一端に触れたような気持ちだ。
八十稲羽に左遷される前――霧海凛さんと出会う前まで、ヤツはこうやってエリート街道/出世戦争を突っ走っていたのだろう。文字通り、1人で強くならざるを得なかった男だ。……凛さんと恋人同士になった今では随分丸くなったと思っていたが、そう言うわけではないらしい。
『『優秀じゃなくなったから、もういらない』って言われたんだ』
『知ってる? ダイヤモンドは僅かでも傷がつくと、宝石としての価値が暴落するんだよ』
あいつは自分の身の上話を殆どしない。奴の立ち振る舞いや思考回路、そして時々零す些細な会話から類推できる程度だ。
“大学を出るまで支援をしてくれる両親はいるが、一度エリートコースから転落した瞬間、手塩にかけた息子を容赦なく切り捨てる程には冷え切った関係だった”ことは、何となくわかる。
獅童と比較すれば明らかにマシな部類ではあると僕は思っているけれど、奴が直面してきた地獄を僕の物差しで測ることは不可能だ。奴には奴の、僕には僕の地獄がある。比べるだけ無駄であろう。
「……そろそろか」
(――あれ? ……この声……足立か!?)
「足立刑事? いきなりテレビをつけて何をするつもりなの?」
扉の向こうから聞こえてきた声に、僕は目を見張る。次の瞬間、テレビの砂嵐音が響き渡った。
「ねえ、新島検事。このテレビ画面、じっと見ててくれません?」
「ふざけてるのかしら? あまり変なことを言い続けるなら、そっち系の病院を紹介してあげるけど」
「いいえ? 大真面目です。……それが出来ないなら、取引関係は打ち切りってことで構いません?」
「……わかったわよ」
冴さんが渋々と言った調子で足立の指示に従う。――嫌な予感を察知した僕が扉を開けたのと、足立が冴さんの背後に立ったのはほぼ同時。
僕の来訪に気づいた冴さんが振り返ろうとした直前、足立が冴さんの背中をテレビに向かって突き飛ばした。冴さんの身体はそのまま、テレビ画面の中に飲み込まれて落ちていく。
【マヨナカテレビ】に転落した一般人に待ち受ける末路は2つに1つ。自身の影を受け入れてペルソナ使いとして覚醒するか、シャドウに嬲られて命を落とすか。
冴さんは一般人――ペルソナ使いの戦いとは無関係だ。だから僕は、あの人がペルソナに関する事件や出来事に触れないようにと細心の注意を払ってきた。
一般人で居られるならそのままの方が安全だと思ったからだ。無理矢理戦いに巻き込むつもりはなかったのだ。――そんな僕の努力を、足立の野郎はぶち壊したのである。
「っ、冴さん!」
足立が何を考えているかなんて分からない。だが、【マヨナカテレビ】に落された冴さんの救出が優先事項であることは即座に分かった。
テレビの中に飛び込もうとする僕の背中に、大きな衝撃が走る。落下する寸前に僕が見たのは、躊躇うことなくテレビに飛び込んできた足立の能面みたいな顔だった。
特別捜査隊の面々が辿り着いた【命のこたえ】は、“嘘に飲まれることなく、真実を追いかける”ことである。
足立透や堂島凛も特別捜査隊の面々と行動を共にしていたが、2人が出した【命のこたえ】は、特別捜査隊の面々とは全く別物であった。
元々、足立透と堂島凛は“悪神・イザナミによって見出された虚無の子――人間としての黒幕候補”として見出された人間だ。紆余曲折の末に虚無の子候補から外れるに至ったものの、希望の子として見出された出雲真実とは対極の存在と言えよう。
しかし、結果的に、2人はイザナミの思惑を超えた。諸々の事情で破滅を回避し、互いを起点とした深い絆を育み、横滑りした破滅に憑りつかれた男が齎した厄災を打ち砕いた。“嘘”を貫き通すことで“真実”を得たという変則的な内容だったが、それもまたイザナミのお眼鏡にかなったらしい。
【八十稲羽連続殺人事件】を経たイザナミは、出雲真実と久須美鞠子・足立透と堂島凛のカップルを推すガチ勢オタクへと変貌した。八十稲羽の土地神であることをフルに悪用し、2つのカップルの幸せな光景を、とても緩んだ酷い面構えで見守っている。最近は結婚の催促とスピーチの練習までやっていたか。
――では、そこまで入れ込むカップルの片方に対し、同業者がちょっかいをかけてきたらどうするか。
本来ならば、自らの手で同業者を潰しにかかる。しかしイザナミは特別捜査隊に敗北した際、力の大部分を失ってしまっていた。
完全回復まではまだ遠いし、現在は土地神として八十稲羽全域にちょっとした影響を与える程度の力しかない。ならばどうするか。
……答えは簡単。同業者の玩具にされかかっている推しへ、出来る限りの支援をする。――そうして、推し本人の手で、気に食わねえ
―――
Rで追加された5/30のイベントの脇で、とんでもない追加イベントが発生した魔改造明智。魔改造足立と冴さんが組んだおかげです。尚、魔改造足立は既に修羅の道を突き進んでいる模様。
班目改心待ち時点の冴さんならば、“魔改造足立が持ち掛けた取引を受け入れ、修羅の道を突き進むくらいの気概がある”という書き手の歪んだ認知によって、こんな関係が構築されました。
ただ、この3人組――魔改造明智・魔改造足立・冴――がシリアスなのは現状までだと思われます。……そのうち、他の面々も巻き込まれてブン回されるんだろうなぁ(遠い目)
思うところがあったので、活動報告でちょっとした催し(?)やってます。興味がありましたら是非ご協力ください。
<https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=279566&uid=25298>
メタネタって需要ある?
-
見てみたい
-
要らない
-
そんなことより本編進めて