Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。

・Rラスボスの持つ力に関して捏造設定がある。



A Lone Prayer -Dream of Butterfly- Ⅳ
フラグメントⅠ:カレの地獄


 

 この世界では、誰もが望む“なりたい自分”になることができる。

 この世界では、ありとあらゆる艱難辛苦から解放される。

 この世界では、天寿を全うした穏やかな死のみが終焉となる。

 

 この世界を形作るために支払った犠牲の数は、9人と1匹。嘗てこの世界が痛みを強いるだけの哀しい場所だったときに、数多の痛みを味わいながらも立ち上がって来た強靭な意思を持つ子どもたちだ。

 

 多くの人々が丸喜の作った世界を享受して幸せになる中、彼女達は自らの意思で【曲解】を破った。姉を失い悲嘆に暮れていた少女も、【怪盗団】の後押しによって茨の道へと踏み出している。丸喜は【怪盗団】の面々と戦いたかった訳ではないが、お互いの正義が相容れないという哀しい理由で戦うことと相成った。

 痛みを強いる現実に戻ることを掲げた【怪盗団】と、あまねく人々を艱難辛苦のない幸福へ導くことを選んだ丸喜の戦いは熾烈を極めた。――そうして、【怪盗団】のリーダー・ジョーカーが倒れ、最後に残ったクロウも今しがた力尽き、丸喜の正義を阻む者は誰もいなくなったのだ。

 

 

「君達は本当に強かった。過去にとらわれることなく、苦しいだらけの世界でも未来を真っ直ぐ見据えていた」

 

 

 彼女達を生贄にして、自分の理想の世界を作る。勝者として、丸喜は己の罪を覚えていなければならない。

 丸喜に挑み、丸喜に敗れ去った【怪盗団】の掲げた正義を忘れない――それが、丸喜の果たすべき責任だ。

 

 

「大人である僕でも難しいことをやってのけたんだ。そのことには、敬意を抱いてる」

 

 

 それは、丸喜の嘘偽りもない気持ちだった。彼女達に向けた賛辞であった。

 

 微睡む夢に沈んだ若者達は、()()2()()を除いて穏やかな顔で眠っている。そのことに一瞬引っ掛かりを覚えた丸喜だが、そのうち2人も穏やかに笑って眠るだろうと結論付けた。

 だって、丸喜が作った世界は“誰もが幸せになる楽園”だ。誰かの悪意によって夢や希望を踏み躙られるようなこともなく、どうにもならない出来事に心を痛めることもない。

 

 

「でもね、全ての人々が君達のように強い訳じゃないんだ。……君達だって、嘗てはそうやって苦しんできたんだろう? そうやって、ずっと頑張って来たんだね。――頑張らなきゃ、いけなかったんだね」

 

 

 世界――現実――は常に、人間に対して“強くあること”を強制してくる。試練の内容は様々だ。

 

 他者の悪意によって夢や希望を奪われる、他者の悪意の余波によって望まぬ別離を強いられる、自らが選んだ意地や矜持のために破滅への道を進ませられる――丸喜拓人も、嘗てはその現実に押し潰された人間だった。

 恋人は他者の悪意によって心を壊し、丸喜のことを忘れてしまった。彼女の記憶を封印することを選んだのは丸喜自身だったけれど、結局、彼女は亡くなっている。恋人を救えなかった後悔を奮い立たせて完成したはずの研究は、同系分野を悪用していた政治家達の悪意によって握り潰された。

 丸喜はずっと、現実と折り合いを付けられず傷つき苦しむ人々を見てきた。恋人が苦しみ、死んでいくまでの一部始終を見てきた。救えなかった苦い後悔と積み上げてきた努力さえも踏み躙られたとき、丸喜はこの世界そのものに反逆しようと思い至ったのだ。

 

 【怪盗団】の面々も、丸喜と同じような理不尽に直面してきた子ども達だ。丸喜と正反対の答えを出すに至った強さを持っていたとしても、丸喜ですら今でも苛まれる傷と似たようなものを負っている。

 彼女や彼の話を聞いただけの丸喜では、彼女や彼等が味わってきた痛みが如何様なものかは分からない。それでも、丸喜には分かることはある。――その痛みは、断ち切らねばならないものであると。

 

 

「……そんな君達だからこそ、救われるべきだ。()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 

 彼女達が直面してきた地獄の数々を思う。彼女達が強くならねばいけなかった数々の艱難辛苦を思う。それだけで、丸喜の胸は張り割けそうだった。

 きっと誰も、彼女達に「もう大丈夫」と言葉をかけてくれる者はいなかったのだろう。だから自らの意思で、痛みを抱えた上で、更なる茨の道を進まねばならなかったのだろう。

 辛いだけだと理解していても、その道を進む以外に選択肢がなかったのだろう。……そうして、丸喜の楽園を壊して現実に戻った後も、ずっと辛い道を選び続ける。

 

 でも、そんな理不尽も、今日でお終いだ。

 

 もう誰かを呪わなくてもいいし、もう苦しまなくてもいい。

 絶望する必要なんてないのだ。己の望んだ幸せを、迷うことなく享受していいのだから。

 

 暫し【怪盗団】の寝顔を見つめた丸喜は、アザトースの力を行使するために目を閉じる。再び目を開ければ、丸喜は病院(パレス)の一室――不幸な人間がいないかを監視するためのモニタールームにいた。シャドウたちに命じれば、彼等は二つ返事の後に駆け回り始める。

 現実世界と認知世界の融合作業は、【怪盗団】が“丸喜に抗う”ことを選んだ時点で中断されていた。丸喜が【怪盗団】の敗北を確認し終えたことで、中断されていた融合作業が再開される。このまま()()()()()()()()()、2月4日を迎える頃にはすべてが終わることだろう――

 

 

(……あれ?)

 

 

 ――ふと、丸喜の眼差しはとあるモニターに釘付けとなった。

 

 電線のど真ん中に、真っ白な鳥が止まっている。拡大してみると、それはアルビノの鴉であった。鴉はモニターを――モニター越しの丸喜をじっと見つめていた。

 遠くにいた普通の鴉達は、アルビノの鴉を遠巻きに見ている。心なしか怪訝そうな目をしていた。……どうやら、アルビノの鴉は普通の鴉達から邪険に扱われているらしい。

 

 

(可哀想に。体の色が違うから、仲間外れにされてきたんだね)

 

 

 現実と認知世界の融合は始まっている。まずは手始め/手慣らしに、あの鴉の身体の色を変えることから始めようか――丸喜が力を行使しようとした刹那、自分の眼前を“何か”が横切った。

 

 

「――蝶?」

 

 

 東雲色に輝く蝶が、丸喜の周辺をひらひらと飛び回っている。その美しさに見惚れてしまった丸喜であったが、それが異常事態だとすぐに気付いた。

 丸喜のパレスに蝶が出てくるはずがない。丸喜はパレスの主だけれど、パレス内で蝶を放し飼いにする趣味は無いからだ。そんな意向を凝らした覚えがないからだ。

 弾かれたように周囲を見回せば、シャドウ達は動きを止めていた。世界はモノトーンに統一され、色彩を宿しているのは東雲色の蝶だけである。しかも、蝶の数は徐々に増えつつあった。

 

 

(馬鹿な)

 

 

 【怪盗団】が倒れた今、丸喜のペルソナ・アザトースの力を抑えられる存在がいるはずがない。ましてや、丸喜の領域内(パレス)を土足で踏み荒らせるような人間なんて、【怪盗団】くらいしか存在していないのだ。文字通りの堂々巡りである。

 

 狼狽する丸喜であったが、更なるイレギュラーによって思考を中断させられた。――天井付近から、何かの羽音が響いたのだ。

 反射的に顔を上げた丸喜の周囲に、真っ白な羽が舞い落ちる。視線を巡らせた先にいたのは、先程モニターに映っていたアルビノの鴉。

 

 真っ赤な瞳には、丸喜へ対する強い敵意が滲んでいる。その敵意に感じた面影の意味を探るより先に、アルビノの鴉が丸喜に向かって突撃してくる方がずっと早い。

 

 

「うわああああああああ!?」

 

 

 まさか自身のパレスで野生動物――鳥類に襲われる羽目になるとは思わなかった丸喜は、素で情けない悲鳴を上げていた。その気になればアザトースの力で反撃することも出来たが、相手は野生動物。

 丸喜自身の性格も相まって、アルビノの鴉へ暴力的な行動をしたくはない。だが、野生動物の知識が乏しい丸喜は、この鴉がどうしたら大人しくなってくれるのか、全くもって検討がつかなかった。

 ……パレス内を飛び回る蝶と同じように警戒を続けて居られたなら、丸喜はもっと早く、この鴉が異常であることに気づけたと思う。丸喜が漸く異常に気づいたのは、散々鴉に突かれた後だった。

 

 手荒な真似はしたくなかったが、仕方がない。このモニタールームで相手取るには聊か分が悪いと判断し、丸喜は即座に力を行使した。

 

 世界は変わらずモノトーンのまま、場所だけが、【怪盗団】との決戦場へと切り替わる。【怪盗団】の面々は未だにアザトースの触手で拘束されたままだし、寝顔も先程と何ら変わりない。

 当然だ。体感時間も、実際に過ぎ去った時間も、たいして進んでいないから。彼女達を楽園へ取り込む作業の完了を持って、現実と認知世界の融合は完全なものとなる。

 

 

(まさか、彼女達以外の“何か”が僕の邪魔をしに来るとは――)

 

 

 丸喜が白衣から教皇の衣へ変貌するコンマ数秒の間に、アルビノの鴉は弾丸の如く距離を詰めていた。

 よく見れば、烏は背中に銀色の鳥籠を背負っている。籠の中には、爛々と燃え盛る火球と、火球の熱で生まれた陽炎が揺らめいていた。

 

 ――その熱は、つい先程対峙していた若者達が瞳に宿していた正義(モノ)と、よく似ている。

 

 

<僕達を“終着点(さいご)”まで導いてくれたんだ。その借りは返すよ>

 

 

 アルビノの鴉から声がした。聞き覚えのある声だった。

 具体的には、丸喜のすぐ近くで眠っている、甲冑を模した怪盗服を身に纏った少年。

 それを疑問に思ってしまったコンマ数秒で、籠の中の焔がより一層強くなる。

 

 

「しまっ――」

 

<――今度は俺達が、お前の【(ホシ)】になる番だ!>

 

 

 溢れた熱波と光が丸喜を焼き焦がす。その眩さに、目を開けていられない。

 

 

<――――!!>

 

 

 意識が焼き切れる直前、誰かが何かを叫んでいたような気がした。

 その内容を推しはかる暇なんて、何一つなかったけれど。

 

 

 

***

 

 

 

 ――うだるような暑さが体中に纏わりつく。蝉の鳴き声が四方八方から木霊してきた。

 

 丸喜が瞬きをすると、眼前に広がったのは渋谷のスクランブル交差点であった。ただ、丸喜がいた東京――2月の初頭・冬真っ盛りの風景からは程遠い。人々の多くが七分丈から半袖の上着を着て街中を闊歩している。ズボンやスカートも、丈が短く通気性が良さそうな生地のものが多かった。

 照りつける太陽の光の眩しさに目が眩む。アスファルトの照り返しで揺らめく陽炎。丸喜が瞬きすると、街並みは渋谷から東京駅の新幹線乗り場へ変化する。駅のホームは荷物を持った人々で埋め尽くされ、余計に暑さを上昇させているように感じた。

 

 

(暑さのせいか? なんだか気持ち悪くなってきたな……)

 

 

 真夏の東京は危険だ。何が危険かと問われれば、ヒートアイランド現象による温度上昇と、それに伴う熱中症の発生率である。対策としては、涼しい屋内に避難するか、水分補給を徹底するのが鉄則だ。

 実際、駅の利用者達も購買で飲み物を購入し、電車の待ち時間に飲んでいる。というか、飲まなければ確実に熱中症で病院送りにされそうだ。水分を取っていない丸喜の体調が悪くなりつつあるのも事実。

 これは急いで水分補給をしなければ――丸喜がそう考えたとき、背後に何かがぶつかった衝撃があった。自分と相手は異口同音に「うわあ」と情けない声を上げる。ばさばさと何かが落ちる音がした。

 

 振り返った先には、荷物の一部をぶちまけてしまった男性の姿。彼は慌ただしく書類を拾い集めている。丸喜も慌てて彼の書類をかき集めるのに加わった。

 

 

「すみません。すみません。ありがとうございます……!」

 

「いいや、こちらこそすみませ――」

 

 

 お互いに謝罪合戦を繰り広げつつ、相手の書類を集めていた丸喜は目を見開いた。書類に纏められていたのは、相手の研究分野に関する論文らしき記述。キーワードは『認知訶学』、『心的外傷への効能』、『心の治療』――嘗ての自分が書き上げ、関係者から総すかんを喰らい、最後は握り潰された論文と酷似している。

 いや、これは発展形だ。もしも、丸喜が完成させた研究にスポンサーが付いていたら、きっと辿り着けたであろう極致。丸喜が現実で成し得なかった夢そのもの。しかも――走り読みしただけなのに理解できてしまったくらいに――、この論文は他分野との融合によって、まだまだ発展していく可能性が色濃くにじみ出ていた。

 『人工知能』や『心の研究』にこの論文がどう作用するかは分からない。でも、心が震える。こんな未来が欲しかったと叫びたくなる。自分が掴むはずの未来だったのにと叫びたくなった代わりに、丸喜は思わず顔を上げた。目の前にいた男はへにゃりとした笑みを浮かべて頭を下げる。……丸喜と同じ顔をした、少し若い男。

 

 胸の中を渦巻く感情や衝動をどうにか飲み下し、丸喜は彼の書類の一部を手渡す。青年はそれを受け取って鞄にしまおうとしたが、今度は鞄の中から本が飛び出した。

 宮沢賢治の童話集。表紙に描かれていたのは、夜空に向かって飛ぶよだかの絵。丸喜はそれを拾い上げて青年へ手渡す。彼は一礼し、慌ただしく駆け出した。

 

 

「――待って!」

 

 

 丸喜は反射的に叫び、駆け出していた。刹那、人ごみにぶつかって転倒してしまう。痛みに呻きながらも顔を上げて――そこは、同じ駅構内の違うホーム。

 新幹線の行き先は東北地方。停車中の新幹線と、その乗り場が眼前にある。更に言えば、先程去っていった青年が女性と談笑している姿が飛び込んできた。

 どちらの姿も、丸喜には覚えがある。――青年が年若い丸喜と瓜二つなら、女性は亡くなった丸喜の恋人と瓜二つだ。

 

 よく見れば、女性の腹部はうっすら膨らんでいるように見える。

 どうしてか、胸がざわついた。口を開いたのに、言葉が紡げない。

 

 

「タッくん!? どこ行ってたの!?」

 

「ごめんよるー子! 人ごみに流されて別のホームに迷い込んじゃって……」

 

「見送られる側が迷子になってどうするのよー!?」

 

 

 ――ああ。

 

 

「うう、名残惜しいし心配だよ。まさかこんな時期に、仙台の方へ行くことになるなんて……」

 

「仕方ないでしょ? タッくんの研究が認められた証なんだから。他分野の人から声がかかるなんて凄いことだもの!」

 

「そうだよね。人工知能分野に僕の研究が使われるなんて、想像したことも無かったなあ」

 

 

 ――ああ。

 

 

「るー子。僕がいない間、絶対に無茶しないでね」

 

「分かってるわ!」

 

「他の人にも根回ししておいたから、何かあったら僕やみんなに連絡するんだよ」

 

「勿論よ! 真っ先にタッくんへ連絡する!」

 

「胎教もほどほどにするんだよ? 間違っても、僕の――ッ、僕の、……えっ、っっ……えっちな動画や音声、絶対使わないでね!?」

 

「分かった! タッくんの動画や音声じゃなくて、『大きなイチモツをください』の替え歌にするわね!」

 

「下ネタソングもやめてね!!?」

 

 

 ――ああ。

 

 

「この子の名前、帰ってくるまでに候補絞っておいてね! タッくんのネーミングセンスに懸かってるから!」

 

「るー子が言ってた『頭から離れない人名単語』、全部キラキラネームの類だったもんね……」

 

「……自分でもおかしいとは思ってるの。でも、なんか、そう言う名前が頭にこびり付いてて……」

 

「流石に騎士(ないと)正義(じゃすてぃす)七音(どれみ)苺苺苺(まりなる)は危ないと思うんだ」

 

「『DQNネームで困ってる』って相談、タッくんのカウンセリングにもあったからね。子どもに不便を強いるようなもの、プレゼントだなんて言えないわ。名前なんて猶更でしょ?」

 

「親が子どもに贈る一番最初の贈り物だからね。……責任重大だ、頑張るよ」

 

 

 ――ああ。

 

 

「――それじゃあ、行ってくるね。留美」

 

「――行ってらっしゃい、拓人さん!」

 

 

 ――ああ。

 

 これは夢だ。丸喜拓人が望み続けた幸せな光景。丸喜拓人がどれ程願っても――()()()()()()()()()使()()()()――たどり着けなかった理想の未来だ。世界の運営者として【曲解】の力を行使する丸喜は、幸せな夢を見る権利を持っていなかった。自身が望む正義と世界の為に、丸喜は願いを押し殺したのだ。

 万能の存在へ至ることを選んだのは丸喜だ。己が『神』に等しい存在になるためならば、己の理想を現実にし、己の正義を滞りなく執行するためならば、丸喜個人はどうなってもいいと思った。実際、丸喜と関わった人間の中には、丸喜の記憶が消えつつある者もいる。丸喜はそれを知っていて、敢えて無視を決め込んだ。

 丸喜の不在を悲しむ人がいないように配慮されていると言えばそうだけれど、寂しくなかったかと言えば嘘になる。辛い目にあって記憶を失った恋人に、記憶を戻さないように振る舞いつつ治療をすることを選んだあの頃の丸喜も、相反する気持ちが渦巻いていた。忘れていた方が幸せだと思ったのも、思い出してほしいと嘆いたのも事実。

 

 胸を突いて溢れたのは、あの頃の自分が抱え続けていた悲嘆。丸喜が『神』へと至り、世界を導くことを選んだ際に、見て見ぬふりをしていたモノ。

 

 『神』は、自身の幸福を願う権利を持っていない。あまねく人々を平等に救わなければいけないからだ。個人の為に力を振るえば、世界の均衡は崩れてしまう。楽園の維持に影響が出ることは明らかだ。

 だから丸喜は、代替え案として“他人を幸せにする”ことを選んだ。自分は決して幸せになれないから、決して救われることはないから、せめて他の誰かは救われてほしいと思ったのだ。

 

 丸喜はそのまま膝をつく。そのタイミングで、新幹線の発車を告げるアナウンスが鳴り響いた。扉が閉まり、新幹線は走り出す。

 女性は男性へ手を振った。男性も手を振り返す。――程なくして、新幹線の最後尾すら見えなくなった。

 駅構内で聞こえるはずのない蝉の声が響き、丸喜の脳内でわんわんと反響する。揺らめく陽炎と、真夏特有の日差しが視界を歪ませる。

 

 

「――大丈夫ですか?」

 

 

 丸喜が瞬きすると、先程の女性が心配そうにこちらを見つめている。逆光により、彼女の顔には影がかかっていた。

 それでも懐かしい人と瓜二つの表情に、丸喜は思わず口を開く。口から零れたのは、質問に対する答えではない。

 

 

「……貴女は」

 

「?」

 

「貴女は今、幸せですか?」

 

 

 彼女自身の口から答えを聞きたいと思った。どちらに転んでも丸喜にとって地獄しか存在しないと分かっていても尚、問いかけずにはいられなかった。

 

 見ず知らずの男――或いは、自分の夫がもう少し年を取った場合の未来予想図に近しい外見の男からの問いかけに、女性は目を瞬かせる。

 丸喜の所業が“不審者と指差されて騒がれても当然”のことだろうに、女性は神妙な顔つきで丸喜と向き合ってくれた。

 記憶の中にいる恋人の笑顔と、女性の笑顔が綺麗に重なる。“彼女達”は満面の笑みを浮かべて宣言した。

 

 

「当然! 私は拓人さんから、沢山幸せを貰っているもの! ――私だって、あの人とこの子を幸せにしたいって思ってるわ!」

 

 

 真夏の熱波が、日差しが、丸喜のすべてを焼き焦がす。眩しすぎてもう何も見えない。

 胸を掻き毟りたくなるような感覚に、思わず胸元を抑える。押し殺せなかった嗚咽が漏れた。

 

 

(全てを救いたいと願ったこの気持ちは嘘じゃない)

 

 

 嘘じゃない、けど。

 

 

(ずっと思ってた。どうして僕は――いいや。“僕だけが救われないんだろう”、って)

 

 

 丸喜に宿ったペルソナの力は素晴らしかった。【曲解】の力は、多くの人々を救ってきた。“自分だけが救われない”という欠陥にさえ目を覆えば、文字通りの万能だと言えるだろう。

 だから丸喜は見ないふりをした。本当に救いを求めている相手から目を逸らし、自分と似たような悲嘆を抱える人々を救うことで、満たされない心を埋めようとした。

 

 

「――ああ、そうだ。そうだよ」

 

 

 認めるわけにはいかなかった。認めてしまったら、きっと、自分は『神』へ至れない。

 悲嘆に暮れる人々を導くことができなくなる。楽園を形成し続ける意志を失ってしまう。

 でも、あんな形で突きつけられてしまったら――もう、丸喜は、見て見ぬ振りができない。

 

 

「僕は、留美を幸せにしたかった」

 

 

 吐き出されたのは、ちっぽけな人間が抱き続けたささやかな欲望。

 理不尽な現実によって踏み躙られ、永遠に手に入らなくなった未来。

 

 ――過酷な現実へ反逆を翻した、一番最初の理由。

 

 

「僕が、幸せになりたかった。……留美と一緒に、幸せになりたかったんだ――!!」

 

 

 

***

 

 

 

 ――世界が暗転する。

 

 丸喜の視界は床に向けられたまま。東京駅新幹線乗り場のホームは、いつの間にか、丸喜のパレス・最深部の床へと変貌していた。

 先程見ていた地獄など夢幻みたいに影も形もない。白い鴉や蝶の姿も消えている。周囲が薄暗く感じるのは何故だろう。

 

 次の瞬間、空の向こうから眩しさを感じた。

 顔を上げれば、満天の星空が広がる。

 その中でも一際眩しく輝く星があった。

 

 ――一羽の鳥が、真っ直ぐに星へ向かって飛んでいく。

 

 鳥が星へと近づく程に、星の光はさらに強くなる。まるで何かの標のようだ。誰かの意志の強さそのもの。

 丸喜は動けなかった。悪手だと理解していながら、呆けることしかできなかった。――その輝きに魅せられてしまったのだ。

 

 だから、気づかなかった。気づくのが遅れてしまった。

 自分の近くに拘束されていた2人のうちの片割れに、変化が起きたことを。

 丸喜拓人の掲げた正義を最後まで否定し続けた人物の前で、隙を晒していたことを。

 

 

 





「――あれ?」


 先程まで談笑していた女性は、ぴたりと止まってしまった。丸喜は思わず目を瞬かせる。


「どうかしたのかい? 一ノ瀬くん」

「……気のせいかな。あっち側から猫の声が聞こえたような気がして」

「あっち? あの団体客?」


 女性――一ノ瀬久音はそれだけ言い残し、団体客へと突っ込んでいく。
 丸喜は慌てて彼女を止めようとして――


「あ、有栖川さんに明智くん!?」

「丸喜先生!?」
「丸喜さん!?」


 見知った2人と、その友人達の姿を見つけて驚愕の声を上げた。



―――
現時点(【回顧:旅立ち -星と僕らと-】~【Reach Out To The Truth -Tokyo Daylight-】まで)では意味不明、且つ、答え合わせ不可能なお話。ただ、本編とも密接な関りがあります。
どこかのコメントで見た「残留ENDを選ぼうが、帰還ENDを選ぼうが、どちらにしろ丸喜拓人は救われない(要約)」というものが無ければ、拙作の方向性が固まることはなかったでしょう。
残留ENDで『【怪盗団】の面々が丸喜のことを覚えていなかった』様子や、『丸喜に敗北⇒残留ENDの場合、恐らく“ジョーカーのアップ”はカットされそう』という予想も影響してます。
この丸喜が見たモノ――東雲色の蝶、アルビノの鴉、真夏の東京駅でイチャつく夫婦――に関するアレコレは今後のフラグとなっておりますので、気長にお待ちいただければ幸いですね。

……あとがきSSに出てきた女性の名前、どこかで覚えがあるような?(すっとぼけ)

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