Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。

・原作R軸のとあるキャラクター(丸喜の関係者)に捏造要素あり。

・原作R軸での丸喜関係者の年齢は、拙作では【30代前半】としている。



フラグメントⅢ:カレと≪カミサマ≫

 

『誰……?』

 

『あの、申し訳ないけど、あなたを知らなくて』

 

 

 丸喜拓人は、恋人である■■留美を救いたかった。

 事件の記憶によって心を壊し、今も心を苛まれている恋人から苦痛を取り除きたかった。

 

 

『私、手術を受けたんです。生まれつき、体が良くなくて。幼い頃に両親を亡くし、田舎の祖母達と暮らしているので』

 

『先日、手術が終わったんです。なので、そろそろ退院で。祖母達に、早く元気な顔を見せてあげなきゃ』

 

 

 恋人は確かに元気になった。表情はころころ変わり、口調も態度もハキハキとしていて、どこからどう見ても健康な人間である。

 しかし、目覚めた留美は最早、丸喜の知っている留美ではない。事件のことを忘れただけでなく、事件のことを思い出しそうな要素が全て違う記憶に置き換わっている。

 

 父親の転勤に伴って上京した留美は、丸喜が在籍していた小学校へ転校し、丸喜と同じクラスへ編入してきた。2人は所属していた委員会や席が近かったことが縁で話をするようになり、交流を重ねるうちに惹かれ合う。恋人同士になったのは高校生の頃だが、それ以前からお互いの家族とも交流を重ねていた。両家公認の関係である。

 その後2人は同じ大学の別学部・別学科へ進学した。同じ共通科目の単位を取ったという縁で、渋沢と言う共通の友人が自分達の輪に加わる。いつの間にか3人は一緒に行動するようになり、楽しい時間を過ごしていた。留美が心を病んでしまってから――丸喜程ではないものの――、渋沢も彼女の見舞いに訪れている。

 何者かが丸喜に与えた力は、確かに留美を救った。丸喜の願い通り、愛しい恋人の留美を救わせてくれた。留美は苦痛から解放され、いつもの調子と変わらない様子で喋っている。微笑みさえ見せる様子からして、幸せであることは明らかだった。彼女の願い――『終わらせて』、『忘れたい』――は、きちんと叶えられたのだ。

 

 

『あの……ごめんなさい。あなたが何を言っているのか……』

 

 

 喜ぶべきことだった。――だって、丸喜はずっと見てきたのだ。

 

 両親の死の間際に直面した留美の悲嘆を。

 鉢合わせた真犯人に対する留美の憤怒を。

 フラッシュバックの度に衰弱する留美の苦痛を。

 

 

『ところであなたは、どうして私の病室に? それと、私の名前を……』

 

 

 綺麗に切りそろえられたショートヘアの留美は、きょとんと首を傾げる。目の前にいる留美は確かに丸喜の恋人だった留美なのに、最早留美とは別人のようであった。

 

 事件直後の留美は――抵抗した際に打ち身や擦り傷を負っていたものの――肉体的な損傷は『軽傷』で、女性の尊厳を奪われるような被害は受けていなかった。

 しかし、彼女の心は無事ではなかった。彼女が肩まで伸ばしていた髪と同じように、ズタズタに切り刻まれてしまったのだ。

 

 ……もしも丸喜がこのまま、『自分は留美と恋人だ』と主張したらどうなるだろう。留美がまた事件のことを思い出してしまったら。

 

 自分と恋人同士だった頃の留美と同じような調子で喋り、同じような表情で喋っている今の留美は――置き換わった記憶の影響か――雰囲気が少し変わっている。それ以外、何もおかしい所はない。

 あの事件以来、丸喜は留美が以前のように喋る姿を見たことが無かった。表情を変える姿を見たことが無かった。消えない傷に悲鳴を上げ、憎悪を度らせ、理不尽な現実が齎す苦痛に喘ぐ姿ばかり。

 留美はやっと幸せになれたのだ。やっと苦痛から解放され、心穏やかに過ごすことができるのだ。……それを壊すような真似も、邪魔するような真似も、したくない。

 

 

『――そう、人違いだったんだ』

 

『僕に同じ名前の恋人がいてさ』

 

 

 だから、丸喜は嘘をついた。

 痛む心から目を知らした。

 

 

『これから忙しくなりそうでさ。もう会えないと思う』

 

 

 だから、丸喜は振り払った。

 再び縁を結ぼうとする留美の姿から目を逸らした。

 

 

『……僕の恋人は、死んだよ』

 

 

 ――だから、丸喜は殺した。

 

 記憶をなくす前の留美との日々を。

 記憶をなくしても丸喜と縁を結ぶことを望んだ留美の姿を。

 

 ……もしかしたら、それ以外にも、『目を逸らした』/『見なかったことにした』/『殺した』ものがあったのかもしれないけれど。

 

 

 

***

 

 

 

 ――少し肌寒い風を感じて、目が覚めた。

 

 周囲を見渡すと、そこは人気のない公園。その片隅にあった古いベンチで、丸喜は眠り込んでしまっていたようだ。

 半ば夢心地のまま瞬きを繰り返したところで、丸喜の頭はぼんやりと回り始める。数時間前の記憶が、ゆっくりと浮かび上がった。

 

 

(……確か、僕は、渋沢と飲んでたんだ。僕の論文が全否定されて、教授や企業から総すかんを喰らって……それで――)

 

「――お、やっと起きた」

 

 

 丸喜が数時間前の出来事――自分の研究を教授から否定され、スポンサーからも見放されたことから、渋沢に愚痴を零しつつやけ酒を飲んでいた――を思い出したのと、声が聞こえたのはほぼ同時。

 顔を上げた先にいたのは見知らぬ人影だった。藤色の髪と瞳、右耳のピアスが印象的な、丸喜より少し年上の≪青年≫である。≪彼≫は丸喜が意識を取り戻したのを確認し、経口補水液を差し出す。

 慣れぬやけ酒で酩酊状態に陥っていた丸喜は一瞬目を瞬かせたが、差し出された飲み物を受け取り、おずおずと口を付けた。時折呼吸を整え、渡されたペットボトルを空にする。

 

 そこで、やっと丸喜は思い出した。

 自分は、店を出た記憶が無い。

 

 

「そうだ! 僕は渋沢が帰った後もずっと飲み続けてて……!」

 

「閉店時間を過ぎた後、幾ら店員が声をかけても起きなかったから、≪俺≫が身柄を引き受けたんだ。ついでに支払いもしといた」

 

 

 「勝手な真似して悪かった」と言って、≪青年≫は頭を下げる。丸喜はあわあわと首を振った。

 

 寧ろ悪いのは丸喜の方だ。幾ら嫌なことがあったからと言って、飲み慣れてない酒をハイペースで煽った挙句、渋沢が帰った後も飲み続け、挙句の果てには眠り込んでしまった。

 身元引受人になる人間が近くにいない丸喜の扱いには、さぞ店員も困ったことだろう。≪彼≫が丸喜を引き取って連れ出してくれなかったら、今頃適当な場所で寝こけてしまったかもしれない。

 

 

「隣、座っていい?」

 

「ああ。うん。構わないよ」

 

 

 ≪青年≫は静かな面持ちで丸喜の隣に腰かけた。そうして≪彼≫は再びペットボトル飲料――今度はスポーツ飲料だ――を手渡す。飲め、ということだろう。丸喜は礼を述べつつ、飲み物に口を付けた。≪彼≫が経口補水液とスポーツドリンクを選んだのは二日酔い対策のためらしい。『寝る前に大量の水分を取るといい』という話は聞いたことはあるが、その知識を披露されることになるとは思わなかった。

 因みに、丸喜を公園のベンチに座らせたのも、二日酔い対策の一環である。『徒歩で帰ると多少酔いが醒めるため、翌朝の二日酔いを防止する』ことに繋がるのだとか。二日酔い対策に詳しい当たり、≪彼≫の知人か身内に飲んべえの1人や2人いたのであろう――と丸喜が考えていたとき、≪青年≫は「弟が悪酔いするタイプだったから」と苦笑した。

 

 どこか懐かしそうに、哀しそうに、≪青年≫は遠くを見る。無くしてしまったものを思い返すように、もう取り戻せない過去を悼むように、静かに目を伏せた。

 

 青紫色の瞳に宿る感情に、丸喜は覚えがあった、つい先日、自分の力によって留美を救うことができた際の出来事が脳裏に蘇る。それは、丸喜の力の目覚めと引き換えに、留美との別れを連れてきた。

 あの一件以来、丸喜は留美の元を訪れていない。渋沢経由で留美が病院から退院したことを聞いたが、それからすぐに体調を崩しがちになり、今でも通院を続けているという。

 

 

『彼女、お前に会いたがってたぞ』

 

『彼女の身内や親戚も、『彼女と会ってほしい』って言ってたんだ』

 

『……本当に、これでいいのかよ……!?』

 

 

 表情を歪ませた渋沢の姿と、彼が丸喜に向けた言葉がリフレインする。

 あのときの彼に、丸喜はこう返した。

 

 

『ああ、いいんだ』

 

『留美はもう苦しまなくていいんだ。幸せになったんだから』

 

 

 だって丸喜は知っている。両親の命が尽きる瞬間を目の当たりにした留美の悲嘆も、真犯人に対する留美の憎悪も、トラウマにのたうち回って疲れ果てて眠る留美の姿も、ずっと見てきた。

 

 留美は確かに『終わらせて』と言ったのだ。『忘れたい』と願ったのだ。だから丸喜は彼女を救いたい一心で、何者かの声に従った。何者かから与えられた力を行使した。だから留美は苦痛から解放され、人間らしく生きていける。病院通いはまだ続いているようだが、寝たきりで無反応だった頃よりずっと生き生きしていた。

 愛する人の記憶が全て消えてしまっても、丸喜の心の片隅がじくじくと痛みを放っても、丸喜の中に根付いた喪失感と苦痛が永遠に消えることが無くとも、それらすべてが些事だと思える奇蹟があった。それらすべてを対価として捧げてもいいと――()()()()()()()()()()()()()()()と思ってしまう程に。

 

 だから、だろうか。不思議なシンパシーを感じた丸喜は、思わず口を開いた。途端に零れ落ちるのは、一連の出来事。

 理不尽な現実によって恋人が心を壊したこと。彼女を救いたいと願った結果、恋人だった頃の記憶が置き換わってしまったこと。

 恋人の幸せを願って身を引いたこと。研究に打ち込んだこと。突然教授と企業が丸喜の論文を否定し、総すかんしてきたこと――。

 

 語り続ける丸喜を、≪青年≫は否定しなかった。短い相槌を打って、時には無言のまま、時には「それで?」と話題を促したりして、丸喜の話を最後まで聞いてくれた。

 ≪彼≫に話を聞かせているうちに、いつの間にか丸喜の酔いは醒めていたようだ。大分頭はスッキリし、ぐちゃぐちゃだった心も凪いでいる。

 

 

「……ごめんね。重ね重ね迷惑かけて。こんな話を聞かされたって困るだろうに」

 

「……いいや、構わないさ。寧ろ、キミに謝らねばならないのは≪私≫の方だ」

 

 

 ≪青年≫はそう言うなり、真剣な面持ちで丸喜を射抜いた。

 吸い込まれるのではなかろうかと思う程、藤色の瞳は澄み渡っている。

 

 

「≪私≫は、キミに対して責任を取らなければいけない」

 

「せ、責任……?」

 

「――キミが恋人を失う原因になった、その力についてだ」

 

 

 ≪青年≫の言葉に、丸喜は思わず息を飲んだ。

 

 

「……その力がキミに渡ったのは、≪俺≫のせいなんだ」

 

 

 ≪彼≫は申し訳なさそうに視線を逸らす。

 しかし、意を決したのか、再び丸喜を見つめた。

 

 

「キミが望むなら、その忌まわしい力を手放すことができるけど――」

 

「――駄目だ!」

 

 

 ≪青年≫からの提案に、丸喜は間髪入れず叫んだ。その選択肢だけは選べなかった。

 この力が無くなってしまえば、丸喜は苦しむ人を救えなくなってしまう。

 でなければ何のために、丸喜はあんな理不尽を噛みしめなければいけなかったのか。

 

 食い気味に否定の言葉をぶつけられるとは思っていなかったのか、≪青年≫は目を白黒させた。丸喜は勢いのまま、青年に言い募る。

 

 

「この力があれば、留美のように苦しむ人を救えるんだ。理不尽な現実に傷ついた人々の心の傷を緩和し、苦痛を取り払うことができる! ――そうすれば、多くの人々を助けることができるんだよ!!」

 

 

 だから奪わないでくれと丸喜は乞うた。この力を使いこなしてみせると丸喜は乞うた。必ず役立たせるからと丸喜は乞うた。

 「恋人のような、理不尽な現実によって苦しむ多くの人々を救って見せる」と、丸喜は叫ぶ。

 

 ≪青年≫は暫し丸喜の言葉を聞いていた。何かを考え込むような動作の末、ブツブツと何かを呟く。かすかに聞き取れたのは、誰かの人名。

 フィレモン、ニャルラトホテプ、須藤竜蔵、幾月修司、獅童正義、ヤルダバオト――それらが何を意味しているか、丸喜には分からない。

 ただ、出てきた名前の人間と丸喜を照らし合わせるような眼差しは、程なくしてそれらへの否定と丸喜への信頼へと塗り替わった。

 

 

「――成程。つまりキミは、この力の使いこなし方を知りたいわけか」

 

 

 ≪彼≫の言葉に呼応するが如く、公園を照らしていた街灯が点滅する。不意に風が吹いて、≪青年≫の足元に青の燐光が瞬く。どこからともなく、東雲色の蝶の群れが現れた。

 

 

「なら、≪私≫がレクチャーしよう」

 

 

 ――世界は一気に塗り替わった。

 

 見慣れた公演の景色は消え失せて、眼前に広がったのはそれなりに広い一室。2~3人で暮らす程度には丁度良さそうな部屋の間取りで、見たことのない家電が並んでいる。

 いつの間にか、丸喜はダイニングの椅子に腰かけていた。その事実に驚いてひっくり返れば、尻餅をついた先に丸い物体がぶつかる。

 ソレは自動制御された機械で、丸喜という障害物を察知した途端、くるりと方向転換した。ソレはコンセントに設置されていた一角へ戻り、そのまま沈黙する。

 

 呆気にとられる丸喜に、≪青年≫は「そういや、まだお掃除ロボット出てないんだっけ」と苦笑していた。

 何が何だかよく分からなくて困惑する丸喜に、≪青年≫は静かに笑い返す。――そして、丸喜拓人の“反逆の物語”は、ここから幕を開けた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 その出会いから紆余曲折と長い時間が経過した。丸喜は着々と力をつけ、更に多くの人々を救ってきた。特に――ここ最近では、双子の片割れを目の前で亡くした芳澤という少女が顕著である。

 力を付ける傍ら、丸喜はカウンセラーとしての仕事を続けつつ、自分の論文を完成させるために研究を続けた。そうして20XX年の12月24日、丸喜は論文を完成させ、教授にそれを叩きつける。

 教授は『獅童正義とつるんでいた』ことと、『奴に丸喜の研究成果を横流しするため、丸喜の論文を否定した』ことを自白した。『金も権力も何一つ持たぬ丸喜の研究は葬り去られる定めだ』とも。

 

 ――しかし、≪青年≫のレクチャーを受けて修行して来た日々は無駄ではなかった。この瞬間に花開いたのだ。

 

 丸喜のペルソナ・アザトースが完全覚醒を迎え、消えゆく異世界・【メメントス】の制御権を掌握した。丸喜の論文通り、アザトースの力で【メメントス】と現実世界を融合させれば、世界を自由に改竄することができる。亡くなった大切な人と再会することも、奪われてしまった未来を取り戻すことも、幸せな時間を作り出すことだってできるのだ。

 ……と言っても、現時点のアザトースでは、現実世界と【メメントス】を融合させる力が足りない。丸喜の力――【曲解】の効果範囲は東京全土に留まっている。【メメントス】に張り巡らせたアザトースの力をさらに伸ばせば、いずれは世界全土に力が行き渡るようになるはずだ。そうすれば、丸喜の正義――人類を救済することが可能になる。

 

 

『ここまでの力があれば、充分だろう』

 

 

 そんなとき、≪青年≫が藪から棒にそう言った。

 『まだ足りない』と言い募る丸喜に、≪彼≫は続ける。

 

 

『世界を救う前に、すべきことがあるはずだ。救うべき人がいるはずだろう?』

 

『世界を救うより前に、僕が救わなければいけない人物……?』

 

『――他でもない、キミ自身のことさ』

 

 

 『今なら、キミの恋人の記憶を調節できるんじゃないか』と≪青年≫は言った。『東京中の人間の認知を書き変え、1人1人が望む世界を作る力を持っているのだから』と≪青年≫は言った。

 丸喜拓人が力と正義を胸に抱くきっかけ――あるいはその対価として支払われ、永遠に取り戻すことができないとさえ思ったモノだ。丸喜拓人が押し殺した願いだ。

 ≪彼≫の言葉に背中を押されて、丸喜は渋沢に連絡を取った。『留美に会いたい』と言えば、渋沢は彼女の親戚と連絡を取り、彼女の情報をこちらへ手渡してくれたのだ。

 

 留美は今でも、東京の病院に通っていた。手術後に原因不明の病――心因性によるものを発症したらしく、何度も入退院を繰り返し続けているという。原因不明の病が発覚したのは、丸喜が留美と別れて――【曲解】によって記憶が置き換わってから数か月後のことだった。

 丸喜はそれが【曲解】由来のものだと理解した。留美は丸喜が初めて【曲解】の力を行使した一番最初の人物である。そのため、芳澤という少女のときのような調整ができなかったのだ。置き換わった記憶殿整合性を取ろうとするあまり、それが体調不良や原因不明の病と結びついてしまったのであろう。

 

 

『あのとき、キミの力は事実上の暴走状態にあった』

 

『……でも、今のキミは当時とは違う。自由自在に力を使いこなしているじゃないか』

 

 

 ≪彼≫に背を押されるような形で、丸喜は留美の元へと訪れた。――そして、彼女と再会し、丸喜は【曲解】を行使する。

 

 

「留美。僕のことが分かるかい?」

 

 

 丸喜は恐る恐る声をかけた。脳裏によぎるのは、丸喜が失ってしまった恋人の姿だ。

 

 あの頃の留美は、丸喜の言葉によってトラウマを蘇らされてしまう度に暴れるか、幾ら話しかけても無反応だったかの2択。そして、力を覚醒させて初めて行使した【曲解】で、留美は事件の記憶諸共丸喜を忘れてしまった。

 今ではほぼ自由自在に【曲解】を使いこなすことが出来るようになった丸喜だけれど、一度目の衝撃――丸喜と過ごした日々の一切合切を失い、他人行儀となってしまった留美の姿――は今でも忘れられないでいる。……今回は、どうか。

 

 

「…………拓人?」

 

 

 改めて【曲解】をかけ直された留美は暫くぼんやりと丸喜を見つめていた。何度か瞬きを繰り返した後、酷く驚いたような顔をして丸喜を見上げる。

 留美は丸喜拓人の存在をはっきりと認識した。彼女はぱああと表情を輝かせ、「会いたかった」と飛びついてくる。丸喜は悲鳴をあげつつ、恋人を受け止めた。

 丸喜を見て表情をころころ帰る留美の姿を見たのは、10年近く前――彼女の両親が亡くなる直前ぶりだ。感慨深さを覚えた丸喜に対し、留美はぷんすこと怒りをぶつける。

 

 

「でも、流石に酷いんじゃない!? [研究を完成させるために、海外と日本の往復や各企業への挨拶回り]とかで飛び回って、10年以上連絡寄越さないとか!」

 

「ご、ごめんよ!? 研究が佳境に入ってたし、スポンサーの要望に応えるためにも予断を許さない状況だったし、本当に忙しくて……」

 

「……そりゃあ、ちょっとは寂しかった。寂しかったわよ。会えなかったのも、拓人がどんどん遠い人になってしまうのも」

 

「えっ?」

 

「聞いたわよ。[拓人の研究、表彰される]んでしょ? [“犯罪被害者たちの心のケアに役立てる”画期的な技術を開発した]って聞いたわ。――おめでとう!」

 

 

 留美の記憶を一部分だけ本来の物へと戻しつつ、“丸喜が留美に会わなくなった期間”を適宜改竄する形で【曲解】は発動したらしい。彼女の話の内容――海外留学やスポンサーとなる各企業への挨拶回り等で大忙しだった。研究は日本だけじゃなく世界にも認められ、表彰されることになっている――に少々驚いてしまったが、丸喜はどうにか話に合わせる。

 

 件の【曲解】は、丸喜自身が思い描いた『理想的な未来』そのものだった。現実では教授や企業から総すかんを喰らい、働きながら細々と完成させた研究論文。けれどこの論文も、金やコネを持たない丸喜では世に送り出すことは出来なかっただろう。大学時代の研究論文は教授から獅童正義へ横流しされており、奴の悪事や失脚という理由から葬り去られる定めにある。

 けれど、留美が語る【曲解】では、丸喜の研究は世界的に認められていた。多くの教授や企業の協力により、丸喜は海外で大規模な研究を行っていた。関係者達への挨拶回り等で世界中を飛び回る多忙な生活を終えて日本に帰国し、以後は日本で研究を完成させたという。留美の【曲解】の中では、丸喜拓人は犯罪心理学の権威になっていたのだ。

 

 「難しい話は相変わらずよく分からないけど、凄いことなのはちゃんと分かってる」と微笑んだ留美は、丸喜の手を引いて自室へ招き入れた。恋人の家に招かれたのは久しぶりで、丸喜も浮足立った気持ちで部屋に入る。心臓がさっきから煩い音を立てていた。

 内装はあの頃の面影――主に留美の趣味趣向――が滲み出ていたが、丸喜の記憶とは大きく変わっていた。カーテンや寝具、クッション等のカバーの色やデザインは今流行りのものへ取り換えられていたし、小物や雑貨類も同様である。時間の流れの残酷さを感じた。

 けれど、何もかもが変わってしまったのかと思えばそうでもない。あの頃――10年以上前に丸喜が留美へ贈った雑貨や小物は一際大事に飾られていた。「母親から譲り受けた」と語っていた透かしガラスの宝石箱には、丸喜が贈ったアクセサリーが厳重に保管されている。

 

 

(留美は、【曲解】で僕を忘れた後も、僕に関する物を大切にしていたのか……)

 

「久しぶりに出したなあ。拓人、覚えてる?」

 

「当然だよ。忘れるわけないじゃないか」

 

 

 宝石箱からいそいそとアクセサリー――留美と旅行に出かけたときに購入した、白いメノウのペンダント――を身に着けた留美に、丸喜は即答した。ちょっと感極まって泣いてしまった。

 それを見た留美は驚いたように目を見開いて狼狽したが、丸喜は涙を拭って微笑んだ。それを見て、彼女も安心したんだろう。同じように微笑み返す。

 

 

「久しぶりの再会を祝して、何か作るわ!」

 

「えっ!? 留美、料理できるようになったのかい!?」

 

「当たり前じゃない! [拓人が海外に行って]から、ずっと頑張って自炊してたんだから!」

 

 

 むふん、と、鼻息荒く腕まくりした留美の姿に、丸喜は思わず狼狽した。学生時代の調理実習――作り方や分量・工程の無視や根拠のない理由での無断アレンジ――や、恋人時代の出来事――炭化した料理や異臭を放つ料理等――が脳裏をよぎる。しかし、張り切る留美に言い負かされる形でダイニングに腰かけた。“調理する姿が見える場所に待機する”というのが丸喜にとっての精一杯の譲歩である。

 留美は鼻歌を歌いながら、冷蔵庫から材料を取り出して調理を始める。相変わらずレシピ本は見ていない。丸喜はハラハラしながら成り行き――もとい、調理工程を見守ったが、丸喜の予感とは裏腹に、留美は手早く手慣れた調子で料理を作り上げていく。丸喜が感嘆の吐息を吐く頃には、出来上がった料理がテーブルに並べられていた。出来立ての料理からは湯気が漂う。

 ケチャップでハートが描かれたオムライス、鶏肉と野菜類が沢山入ったクリーム煮、シナモン香る林檎のコンポート。見た目はとてもおいしそうだ。自慢げに笑って席に着いた留美と共に、出来上がった料理を味わう。過去の記憶を払拭する程の美味しさに、丸喜は彼女を称賛しながら舌鼓を打った。美味しさと同時に感じたのは、10年以上の年月。

 

 丸喜が留美の記憶を【曲解】で改竄した後、留美は田舎の祖母の元で暮らしていたらしい。だが、退院後の経過が順調ではなかったため、東京近郊に住む親戚の援助を受けつつこちらで生活していたと聞く。

 

 彼女が自炊を始めたのは丁度このときからであろう。どれ程の苦難や困難があったかは分からないが、10年以上の時間が経過した中で積み上げられてきたものがあった。それが、眼前の料理たち。

 それらを味わいながら、丸喜は「美味しい」を連呼した。今までの出来事を思い返して、料理ごと噛みしめて、感慨深い気持ちになってしまったのは仕方が無かろう。……ちょっと涙ぐんでしまったのも。

 

 

「もう、拓人は大袈裟ねえ」

 

「だ、だって……留美がこんなに美味しい料理を作れるようになるなんて……。それ以上に、そこまで腕をあげたキミの料理を食べられるなんて思ってなかったんだ」

 

「何言ってるのよ。これから幾らでも食べれるじゃない!」

 

「えっ?」

 

「……何よ。そのために、貴方は私の所に来てくれたんじゃないの?」

 

 

 留美は不満そうに口を尖らせる。それが何を意味しているのかを理解できない程、丸喜は鈍くも無ければ馬鹿でもない。

 

 だが、咄嗟にいい言葉なんか出てこなくて、丸喜は口元を戦慄かせた。

 結局格好いい台詞なんて思いつくはずもなく、急上昇した体温と気恥ずかしさで視線を彷徨わせる。

 

 

「…………あの」

 

「何?」

 

「…………後日、きちんと準備をしてくるから……し、仕切り直させてもらえないかなぁ……?」

 

 

 情けない。あまりにも情けなさ過ぎて泣けてくる。本当に格好悪い。

 居た堪れなくなって丸喜は俯いた。10年近くの時間が過ぎたのに、どうして自分の悪い所は変わらないのだろう。

 思考回路がドツボに嵌りかけたとき、留美がため息をつく。恐る恐る顔を上げれば、苦笑する彼女がいた。

 

 

「仕方ないなぁ、拓人は」

 

「留美……」

 

「10年以上待ったんだもの。あと数か月や年単位くらい楽勝よ!」

 

 

 満面の笑みを浮かべて親指を立てた恋人の姿はどこまでも眩しくて、丸喜は目を細めた。いつか諦めてしまった自分自身の幸福が目の前に広がっている。苦痛から解放された留美が、両親を失ったときの記憶が戻ることを――再び苦しむことになるのを避けるために、離れることを選んだ選択を思い出す。

 事件直後の留美は――抵抗した際に打ち身や擦り傷を負っていたものの――肉体的な損傷は『軽傷』で、女性の尊厳を奪われるような被害は受けていなかった。しかし、彼女の心は無事ではなかった。彼女が肩まで伸ばしていた髪と同じように、ズタズタに切り刻まれてしまったのだ。

 

 ……もしも丸喜がこのまま、『自分は留美と恋人だ』と主張したらどうなるだろう。留美がまた事件のことを思い出してしまったら。

 

 あの事件以来、丸喜は留美が以前のように喋る姿を見たことが無かった。表情を変える姿を見たことが無かった。消えない傷に悲鳴を上げ、憎悪を度らせ、理不尽な現実が齎す苦痛に喘ぐ姿ばかり。

 留美はやっと幸せになれたのだ。やっと苦痛から解放され、心穏やかに過ごすことができるのだ。……それを壊すような真似も、邪魔するような真似も、したくない。――そう、思ったから。

 

 

(――あのとき、僕がそう考えて身を引いたのは事実だ。その気持ちに嘘は無かった)

 

 

 嘗ての選択を、決意を思い起こす。

 

 

(だけど)

 

 

 同時に、丸喜の心の奥底に沸き上がったのは、あの日押し殺した自分自身の叫び。

 

 

(本当は、キミに忘れられてしまったことが哀しかった)

 

 

 【曲解】で改竄された留美の記憶に、丸喜の居場所はなかった。

 それが意味していたのは――“留美の幸せに、丸喜は必要ない”という事実。

 

 

(僕はキミと一緒にいることが幸せだった。キミと一緒に生きることが望みだった。――キミと一緒に、幸せになりたかったんだ)

 

 

 同時に突きつけられたのは、“留美が幸せになるということは、丸喜は幸せになれない”という事実だ。

 

 本当は、納得なんかしていない。【曲解】で人を幸せにしたいと望んでいた事実の底には、“自分が留美と一緒に幸せになりたかった”という深い後悔と願いがあった。

 その願いを滅茶苦茶にしてしまったのは、【曲解】を行使した丸喜自身である。丸喜の善意が、丸喜自身の幸福を引き換えにして、この強大な力を手にしたのだ。

 自分の願いが叶わないから、他の人達を救うことで埋め合わせをしていただけなのだ。他人の痛みを取り上げることで、自分の苦痛や悲嘆から目を背けていた。

 

 ……なんてことはない。丸喜は自分自身を見捨てたのだ。一番救われたいと願っていた己自身を蔑ろにすることで、沢山の人々を救ってきた。

 「この力はそのためにあったのだ」と盲目的に信じて突き進まなければ、何のために自分自身の幸福が代償にされたのか分からなくなってしまうから。

 

 

(……でも、もう、こんなこと考えなくていいんだ……)

 

 

 夢みたいな光景に、丸喜はほうとため息をつく。

 

 いつの間にか料理は空になっており、食べ終わった食器が自分の前に並んでいる。時計を見れば、この部屋にやって来てから2時間以上経過しているではないか。

 思った以上に、丸喜は留美との話に夢中になっていたようだ。ごちそうさまの挨拶をして、2人でシンクに並んで片づけを始める。丸喜が皿洗い、留美が皿拭きと棚へ戻す作業。

 こうして一緒に家事をするのは、留美の両親が亡くなって以来だ。事件の直後から彼女は心を壊し、廃人状態になり、誰の呼びかけにも無反応になってしまったから。

 

 

「そういえば、結婚式のプランとか決めてるの?」

 

「話早くない!?」

 

「だって、プロポーズするのは決定事項なんでしょう? 私の答えだって決定事項なんだから、未来に思いを馳せたっていいでしょ?」

 

「ひ、酷い屁理屈だな……。そういうの、僕が仕切り直した後だって充分時間があるだろうに……」

 

 

 丸喜は苦笑しつつ、留美の未来予想図に耳を傾ける。留美はまるで子どもみたいにはしゃぎながら、式への要望や未来の展望に思いを馳せていた。

 脈絡も唐突も突拍子もないそれは、留美の表情よろしくころころと変化する。それらすべてが魅力的に思えて、丸喜は自然と留美の話を肯定していた。

 

 

「結婚式の日付は〇月〇日にしましょう!」

 

「〇月〇日?」

 

「そうよ! 私が■■小学校に転校してきた最初の日で、拓人と出会った日! お父さんとお母さん、きっと喜ぶと思うのよね!」

 

 

 喜色満面で告げられたその日付は、留美が丸喜の小学校に転校してきた最初の日であり、彼女と初めて出会った日だ。

 留美の言葉は何も間違っていない。だが、丸喜はその日付に別の意味があることを知っている。

 けれどその日付は、丸喜と留美にとって忌まわしい日でもあった。痛みと喪失の日であった。

 

 ――彼女の両親が強盗に殺され、彼女自身も襲われた、あの事件の日。

 

 思わず手を止めてしまった丸喜だが、小さくかぶりを振る。楽しそうに話し続ける留美に水を差すような真似をしたくないし、過去のことを思い出させて苦痛を味合わせるなんて真似はしたくなかった。

 自分の中に燻る痛みを振り払おうとして皿洗いを再開し――食器の割れる音が響いた。振り返れば、留美の足元に割れた皿の破片が飛び散っている。丸喜は思わず彼女に声をかけたが、反応が無い。

 

 

「る、留美? 大丈夫かい? 怪我は――」

 

「……〇月〇日……お父さんと、お母さん……」

 

 

 留美の表情は文字通りの顔面蒼白。零れたのは、事件と紐づくであろう単語だ。

 まるで宝箱の鍵が開くように――或いは魔法が解けるように、留美の目が大きく見開かれる。

 

 

「そうだ。〇月〇日……あの日、お父さんとお母さんは……っ!」

 

「留美……!? ま、まさか、記憶を――」

 

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああっ!」

 

 

 留美は膝をつき、頭を抱えて蹲る。彼女の目はもう丸喜を見ていない。虚空の果てには、今も痛み続ける過去の傷が広がっているのだろう。あの事件の渦中にあるのだろう。

 

 

「留美、落ち着いて! 大丈夫だから!」

 

 

 丸喜は再び【曲解】を行使する。この力さえあれば、留美は自分のトラウマを思い出して苦しむことは無いのだ。丸喜も、留美と一緒に生きるという未来や願いを諦めずに済むのだ。万能の力なのだ。

 

 なのに、【曲解】は留美の記憶を置き換えることができなかった。力を使えば使う程、留美は泣き喚いて暴れる。

 割れた皿の欠片が散乱していることなど目もくれず、暴れる度に自分の手足を傷つけてしまう。

 

 

「お父さん、お母さん! お願い、死なないで! ――この人殺し! お父さんとお母さんを返してよぉ!」

 

「留美、留美!」

 

「いやああああああああああああああああああああああっ!」

 

 

 留美は一際大きな悲鳴を上げると、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。丸喜は慌てて留美を抱きとめつつ、大急ぎで救急車を手配する。何せ、その暴れ方には覚えがあったから。

 呼びかけ等に無反応だった留美であるが、事件を思い出したときだけ反応を示した。大声をあげて手足をばたつかせる興奮状態に陥り、体力が尽きるまで暴れ続けるのだ。

 体力がなくなるか鎮静剤が作用するかでようやく、気絶するように意識を失うのである。そして、意識が戻ればまた、こちらの呼びかけなどに無反応な状態へと戻ってしまう――その繰り返し。

 

 丸喜が過去の出来事を思い返している間に、救急隊が到着して留美は病院へ運ばれていく。丸喜もそれに付き添いながら、留美の親戚縁者に連絡を入れた。

 どれ程の時間が経過したのかなんて、丸喜は何一つ覚えていない。ただ、事態がひと段落して息をついたとき、丸喜は留美の病室にいた。

 

 留美は無表情で、丸喜や医師・看護師の呼びかけにも一切反応しない。どこからどう見ても、あの事件で心を壊した頃の留美が再現された形である。……【曲解】を行使する前の、廃人状態の恋人の姿。

 

 

「お前、彼女に何をしたんだ!?」

 

 

 留美の親戚は、寝たきり状態になった留美の姿を見た途端、傍にいた丸喜に掴みかかって来た。

 大方、彼等は“丸喜との接触によって、留美が廃人状態に戻ってしまった”と予想がついたのだろう。

 

 

「留美があの子のことを忘れてしまったときは確かに哀しかったわ! でも、それでも、元気になってくれたなら……それで昔みたいに笑ってくれるなら、幾らでも我慢できた。それなのに!」

 

 

 留美の祖母は悲痛な声をあげて泣きはらしていたが、涙を流しながらも丸喜を睨みつける。

 

 

「貴方のせいよ! 貴方が留美にまた会おうとなんてしなければ、貴方が身勝手な我儘を通そうとしなければ! 今まで通り会いに来ないでくれたなら、こんなことには――!!」

 

 

 それ以上言葉を紡げなくなったのか、留美の祖母は崩れ落ちてしまった。女性の親戚達は彼女に寄り添う。男性の親戚達は丸喜を怒鳴ったり、時には殴ったり、時には突き飛ばしたりして病室から追い立てた。丸喜には反論する術も弁明する術もなく、そのまま病室の外へと追い出されてしまう。

 恋人に寄り添う権利を奪われてしまった丸喜は、そのままへなへなと崩れ落ちた。過去を思い出して悲鳴を上げ、再び廃人状態に逆戻りしてしまった恋人の姿――或いは、留美の親戚や祖母から突きつけられた言葉が、容赦なく丸喜の心をズタズタにする。自分自身の幸福のために【曲解】を用いた浅はかな自分を非難する。

 

 そして――

 

 

『――キミが恋人を失う原因になった、その力についてだ』

 

『……その力がキミに渡ったのは、≪俺≫のせいなんだ』

 

 

『世界を救う前に、すべきことがあるはずだ。救うべき人がいるはずだろう?』

 

『――他でもない、キミ自身のことさ』

 

 

 非難の矛先が≪カミサマ≫に向けられたのは、至極当然の流れであった。

 

 

 

***

 

 

 

「≪キミ≫は言ったね。『僕に対して責任を取らなければいけない』と」

 

「……ああ」

 

「――なら、とってくれよ。責任」

 

 

 丸喜の言葉を聞いた≪青年≫は鋭く息を飲んだ。心なしか、姿勢がたじろいだように見える。

 彼の瞳に写る自分の顔は、酷く剣呑でおどろおどろしい空気を纏っていた。

 ≪彼≫はそれに気圧されたのか、狼狽するように視線を彷徨わせる。

 

 ……しかし、それも一瞬のこと。≪彼≫は真っ直ぐにこちらを見返して、はっきりと言い切った。

 

 

「当たり前だろ。≪俺≫はフィレモン(役立たず)ニャルラトホテプ(クソ野郎)じゃねえんだから」

 

 

 





「丸喜の【曲解】が留美さんに効かなくなったのは、“その出来事が、丸喜の力の源となる理不尽だったから”じゃないかって思うんだ」


 僕の言葉に、【ザ・ファントム】の面々は目を丸くする。
 「だってそうだろう?」と、僕は話を続けた。


「丸喜の【曲解】を受けたキミ達【ザ・ファントム】の面々は、それを自力で解除するまでペルソナ能力を使えなかっただろ? いや、実質的には“それ以前”の話だったんだろうけど」

「ワガハイ達、自分が【ザ・ファントム(怪盗団)】であった記憶ごと亡くしてたからな……」

「成程。“抗うべき理不尽が無いなら、反逆の意志も必要ない”ってことか」


 モルガナと■■が顎に手を当てて唸った。他の面々も覚えや思うところがあるのか、顔を見合わせ合っている。


「反逆の意志は、僕達のようなペルソナ使いの力の源だ。それが失われてしまうのも、可笑しいことじゃない」

「あり得るわね。“反抗すべき理不尽に向き合った”結果がペルソナ能力の発現なら、【曲解】で過去を改竄されてしまえば目覚める理由ごとなくなってしまうもの」

「だよな。俺だって、鴨志田に足を壊されてなきゃ、怪盗始める理由の9割がなくなっちまうワケだし……」

「班目が善人だったなら、俺が先生を告発し、彼のもとを去る理由がない。……怪盗としての活動を行うことも無ければ、あの絵の着想を得ることも無かっただろう」

「……選べないよ。お父様には生きていてほしかった。けど、『みんなと仲良くなった理由の一切合切を対価に差し出せ』って言われたら、私……」

「わ、わたしだって! お母さんのことは大好きだ。でも、お母さんが優しかったことも、皆と一緒に【ザ・ファントム(怪盗団)】として頑張ってたことも忘れたくない……!」


 ■■の見解や新島の言葉に触発されたのか、坂本、喜多川、奥村、佐倉が険しい表情を浮かべた。
 今の彼や彼女達は、土壇場で『忘れたくない』と叫んだ達哉さんと同じ気持ちなのかもしれない。


―――

とある世界線の厄ネタその2であり、『フラグメントⅡ:アノコの独白』のあとがきSSへのアンサーに当たるお話です。とっても地獄。
書き手の解釈がふんだんに盛り込まれております。男2人、双方覚悟ガンギマリ、何も起きないはずもなく。……尚、その結果は……(目逸らし)

switch版の発売日を間違って覚えていました。27日だと思ってたら21日だったとかひでえミスだ……。それはともかく、switch版のP5R発売おめでとうございます。
来年の1月にはP3P、P4Gの発売も決まったようでおめでたいですね。最新携帯機で持ち運びができるようになって遊びやすくなっただろうし、新規ユーザーが増えそうです。
その調子で二次創作――特に明智メインの作品も増えて欲しいです。……例え、作中内で当人が徹頭徹尾『救済は要らない』と主張しても、私は怪盗団とわちゃわちゃしてる彼が見たいんだ……。

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