Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
18歳の憂鬱
新島真の姉は、東京で発生している事件――所謂【廃人化】や【精神暴走】と呼ばれるような案件――を追いかけている検事である。この事件が取り上げられる少し前あたりから、真と同じ年の高校生探偵・明智吾郎を事実上の部下として迎え入れ、事件の最前線に送りこんでいると聞く。
【廃人化】や【精神暴走】事件を追いかけるようになってから、姉の冴は関係者への愚痴をこぼすことが多かった。勿論、進捗含めた捜査情報は一切出てくることは無かったけれど、結果が芳しくないことだけは、姉の愚痴から容易に想像することができる。更には、家に仕事を持ち込む頻度や帰りが遅い日が増えた。
ただ、最近は、愚痴以外の話題も飛び出すようになったと思う。具体的には、5月末くらいから。
『価値のある協力者と出会えたわ。彼等のおかげで捜査が進展しそうなの』
『……皮肉な話だけど、それ以上に、事件関係のアレコレが“とんでもないこと”になりそうなのよね……』
事件解決への突破口を手に入れて浮かれていた姉であったが、真に話をするうちに懸念事項を思い出したらしい。深々とため息をついて、眉間の皴を深くした。
協力者との関係は“利用し合う間柄”とハッキリ主張している姉だけれど、奢り奢られては上司や同僚への悪口で盛り上がる程度の親交を築いているようだ。
姉は家庭的な生活能力はやや適性低めだけれど、社会人の中では非常に世話好きで面倒見のいいタイプである。協力者の人柄はよく分からないが、姉が気に掛けるくらいには信用されているらしい。
『私と協力者達の関係を邪推する輩が出てきた点も、捜査を進めていく上での懸念材料になりそうだわ』
『【廃人化】や【精神暴走】事件で利益を得ている人間――即ち、“事件が解決してしまったら困る”人間が、私達の周りには余りにも多すぎる』
姉の零れ話に耳を傾けてしまうのは、真が警察を志していることが大きな理由だ。警察官に求められる力のひとつに、“些末な情報でも逃すことなく拾い上げる”ことが挙げられる。
真の亡き父は優秀な刑事だったが、大物政治家・須藤竜蔵の汚職事件を追いかけていた際に殉職している。よく家に遊びに来ていた検事と事務次官の男女も同じ事件で亡くなってしまい、姉妹――特に姉にとって――は“信頼できる大人たちを一挙に失ってしまった”形になった。警察関係者や親戚は父の殉職を美談として扱っていたことも、姉の性格や価値観に影響したのかも知れない。
姉は父の遺志と正義を受け継ぐような形で検察官を志し、真の面倒を見ながら大学を卒業。夢を叶えてからは、検察組織の一員としてあくせく働いている。男女平等を謳いながらも、検察内部は男尊女卑と権威主義が蔓延っており、姉への風当たりは未だに厳しいままだ。女性でありながらエリート街道をゆき、男と渡り合う姉の姿は、検察内部では良くも悪くも目立ってしまう。
姉は、検察内部における自分の状況を、内心では悲観しているのかもしれない。『組織の腐敗や形骸化によって足を引っ張られ、結局は組織の在り方を守るというお題目の為に己を犠牲にしなければならない』――それが、彼女の中でも“当たり前の状況”になっているのだろう。警察と検察は対岸といえど繋がっているから、警察内部の状況もある程度は把握できる。
厳しい男尊女卑と階級社会によってもみくちゃにされている姉の姿に、憐みがないかと言えば嘘になる。正義を貫きたいと願いながらも、結局は組織の歯車に殉じている姉の姿に可哀想だと思わないわけではない。くすぶり続けるしかない現状に対し、不満を抱きながらも身動きが取れない姉の悲嘆に対して、言いたいことがないと言えば嘘になる。
姉が苦労していることは、真は誰よりも分かっていた。検察側から見た警察社会も伏魔殿のように見えているからこそ、姉は真の夢を真っ向から反対しているということも、ちゃんと分かっていた。――ただ1つ問題があるとするなら、姉から『私のいう事を理解しているというなら、行動でそれを証明しろ』と、言外に圧力をかけられていることだろう。
『いいわね、真。貴女は沢山勉強していい成績を出して、いい大学に入って、いい会社に入るのよ。それが、貴女が幸せになれる最良の道なの』
『“女”でのし上がっていくのは、とても大変なことなのよ』
姉の警告は、善意だ。自分が苦しい思いを味わってきたから。
けれど、いつからだろう。姉の言葉から、善意以外の感情を察知するようになったのは。
『仕事が立て込んでいてね。これが終わってからでもいいかしら?』
『真はちゃんと出来るんだから、大丈夫よね?』
『学校のこと、しっかりやりなさいよ』
――『これ以上、私に迷惑をかけないで』という副音声が付いているように感じたのは、いつからだろう。
真は姉に感謝している。真が物心つく前に母が亡くなってから、姉は家事が壊滅的であるという問題点を抱えながらも、母親代わりになって奔走していた。父が殉職した当時、姉はまだ高校生――現在の真と同年代。一度は『別々の親戚に預けた方がいいのではないか』という話も出たが、姉はそれを拒否し、2人で生活することを選んだ。
今だからこそ、その選択を選んだ姉の苦労は推して余りある。多少の援助を受けていたとは言えど、姉は『援助を受けた』という事実が後にしがらみに発展する危険性を根こそぎ潰していた。具体的に言うなら、“優秀な成績を叩き出すことで、無利子の奨学金やそれに準ずる特待生度を勝ち取った”後、“検事としてのキャリアを堅実に重ねてきた”のだ。
姉は現状に満足していない。数多の理由が複雑に絡み合っているものの、姉は更なる上を目指して邁進している。検察という組織の中で、地位や名誉を追いかけるので必死になっている。そんな冴の脇を、男性と言うだけで、独身と言うだけで、有利な道を進む無能な同僚を目の当たりにした姉は、姉に庇護されなければならない未成年である真のことをどう思うか。
『校長先生から連絡があったの。『真の素行に問題が見られるようになった』ってね』
『最近、変なことに首を突っ込んでいるみたいね。帰りが遅くなっていたのも、休みの日に1人で出かけることが増えたのもそのせい?』
その日、姉は遅い時間に帰宅してきた。
夕食を用意しようとした真を引き留め、鋭く詰問する。
姉の双瞼に滲んだのは、真に対する疎ましさだ。
『私が今、事件の調査で忙しいってこと、貴女も知ってるでしょう!?』
『今が大事なときなの。お願いだから、私の邪魔をしないで頂戴』
『貴女は余計なことなんて考えなくていい! 将来のために、今何を成すべきかだけを考えなさい。――いいわね?』
姉の話は、仕事の電話――協力者の刑事からだ――が来たことで終了した。……正直な所、感情をむき出しにした姉が更にヒートアップしていたら、もっと酷い言葉を投げつけられていたかもしれない。
あの時の姉は、真のことを“煩わしいもの”と認識していた。『真の存在は、冴の足を引っ張る枷だ』と言外に訴えていた。『これ以上自分の邪魔をしたり、迷惑をかけないでくれ』と叫んでいた。
結局、姉の剣幕に押されてしまった真は何も言い返せないままだった。反論したいことは沢山あったのに、忙しそうな姉の姿を見ていると言葉を飲み込んでしまう。“いい子”になるしかなかった。
秀尽学園高校の校長から指示を受け、高校生探偵明智吾郎が探ろうとしていた一件――学校全体が隠蔽に関わっていた鴨志田の暴力・セクハラ事件のアレコレ――を調べていたのは、5月初めまでの話。ここ最近になって、真は校長から新たな指示――【怪盗団】の調査を命じられ、生徒会長としてその任を引き受けた。
しかし、“鴨志田の一件から、真を意図的に遠ざけていた”という一件から、真は校長に対して不信感を抱いていた。故に、【怪盗団】の調査と並行し、校長の動向も独自に調べていたのだ。具体的には、校長が鴨志田の一件を隠蔽しようと奔走していた理由や、鴨志田を【改心】させた【怪盗団】を異様に目の仇にする――否、【怪盗団】に怯えている理由を。
それとなく情報収集をして分かったことは、“秀尽学園高校の校長はとある大物政治家と深く関わっている”ということだった。
校長と大物政治家の関係がどれ程のものかはまだ調査途中であるが、校長が必死に頭を下げていることや2つ返事で従う姿から、校長は大物政治家にとっての“下っ端”なのだと予想できる。
そして、その大物政治家は、【怪盗団】の活躍を注視しているようだ。校長に対して【怪盗団】を調べるよう命じた様子からして、その大物政治家は【怪盗団】関連の事象に“思い当たる節”があるらしい。
しかしつい先日――どこから漏れたのかは分からないが――、真が【怪盗団】より校長を調べていることを本人に知られてしまい、苦言を呈されてしまったのだ。
『キミは私の指示に従っていればいいんだ。余計なことに首を突っ込む必要はない』
『……これでも、キミのことは信頼していたんだよ。キミは我が校で優秀な生徒だからね。だからこそ、今回の件は残念だ』
『しかし、キミの能力を買っていることは事実。これからは【怪盗団】の調査に集中して、成果を挙げてくれるのであれば水に流そうじゃないか』
『――今後は、きちんと励むように』
結果、校長は仕事中の姉を電話で呼び出し、結構な時間を使って真の行動に苦言を呈したようだ。
それ相応の時間を拘束された姉は想定していた仕事を時間内にこなすことが出来ず、上司や同僚から『これだから女は』、『子どもの面倒すら見れないなら、今の地位を辞すべき』等と馬鹿にされたらしい。
……らしい、というのは、後々家電を入れてきた刑事から又聞きした話だ。偶然その場に居合わせてしまった彼は、何か思うところがあって、新島家姉妹を取り持とうと考えたそうだ。
『僕が前までいた場所の先輩ん
『菜々子ちゃ――っ、先輩の娘さんも、『仕事が忙しい父親に対して遠慮してた』ところがあったから』
『小学生と高校生を比較対象にするのは大分失礼だと思うけど、どっちも“大人の庇護が必要な子ども”ってところは一緒だろう? “気を使って遠慮しすぎるあまり、無理に背伸びしてる”ところも同じだ』
『……まあ、一言で言うなら、“田舎式のお節介”ってヤツかな』
彼のお節介のおかげで、新島家の姉妹仲は現状維持を保てている。この電話の直後、真は姉から『あのときは当たり散らしてごめんなさい』と謝罪を受けていた。
刑事や真が想定しているような和解とまでは行かずとも、姉から当たり散らかされる頻度が増えても、その度にもやもやした感情を肥大させていくことになっても、平穏ではあった。
……勿論、現状が“見てくれの平穏”だということを理解しているが故に、真の焦燥感はどんどん大きくなっていく。
『新島くん。少し、調べて貰いたいことがあるんだ』
『我が校の生徒が“渋谷のヤクザに脅されたり、騙されたりして、犯罪に加担させられている”らしい』
『事態を解決させるためにも、キミの力を借りたい』
『――この件を解決できなければ、我々は居場所を失ってしまう。頼んだぞ』
極めつけは、疑惑のデパートと化した校長からの新たな依頼である。
普通に考えれば、渋谷のヤクザの調査なんて、秀尽学園高校の生徒会長に任せるような案件ではない。頼るべきは真ではなく、警察である。しかし校長は警察沙汰になることを極端に恐れていた。
鴨志田事件の一件で秀尽学園高校が炎上したのが、丁度先月初旬の話だ。最近は班目画伯の一件が盛り上がっているため話題にはならないものの、校長の置かれた状況はあまりよろしくない。
今はぎりぎり首の皮一枚繋がっている状態だろう。そこへ今回の依頼内容――渋谷のヤクザに騙された生徒が犯罪に加担させられた――が明るみになれば、校長が責任を取ることになりそうだ。
自身が校長を辞することがそんなに嫌なのか、それともまだ他に『警察沙汰にしたくない』――『内内で解決しなければいけない』理由があるのか。真が集めた情報だけでは、類推することは難しい。しかも厄介なことに、校長は真まで実質的な一蓮托生にするつもりだ。将来の進路関係――特に推薦――を盾に取って来たあたり、嫌な予感しかしない。
これ以上姉に迷惑をかけたくなかった。迷惑をかけるなと、足を引っ張るなと言外に訴える姉の邪魔にならないよう、優等生でいなければいけなかった。居場所と将来を盾に取られた真は、校長の依頼通りに動かなければならない状況にある。……きっとこれからも、真はそうやって、権力者にとっての“いい子”として振る舞わなければいけないのだ。
(……本当に、それでいいの? これからもずっと、そうやって生きていくしかないの?)
頭では、姉の善意を理解していた。真に苦労してほしくないという彼女の気持ちも、彼女の言葉も、何も間違っていないことは分かっていたのだ。
頭では、校長の言葉に従うことが得策であることは理解していた。言うことを聞いて成果さえ出していれば、人生の安寧に繋がっていることも知っていたのだ。
だから、見ないふりをしていた。心の内から聞こえる声に耳を塞いで、大人達の期待に応えようとしてきた。ここしばらくはずっと、心身をすり減らしてきたのだ。
疲れたとは言えない。辛いとも、苦しいとも言えない。大人達に失望されたら、居場所を失ってしまうからだ。今まで努力して築き上げてきたものすべてが無駄になってしまうからだ。
積み上げてきたものを守らなければ、真は姉や大人達から見捨てられてしまう。“いい子”でいられなくなったら、真は本当の意味で“独りぼっち”になってしまう――。
「死にそうな顔をしてただろ。そんなに思い悩むくらいなら、どこかで吐き出したらいいんじゃないか? 僕でよければ、聞き役くらいにはなれると思うけど」
――明智吾郎に声をかけられたのは、丁度、そんなときだった。
◆◇◇◇
全教科と選択教科を含んで5科目以上のテストを受け、終わったのは夕日が差し込む時間帯である。どやどやと引き上げていく生徒たちの群れをかき分けながら、僕は新島さんの姿を探した。一方的な約束だから期待はしていなかったが、僕の予想に反して、新島さんは模試会場の入り口で僕を待っていた。
僕は“己がそれなりに有名人である”という自覚はあったので、会場のトイレで手早く変装した。鹿撃ち帽を目深く被り、黒く野暮ったい眼鏡をかけ、髪を束ねる。ネクタイをやや緩めてボタンを2つ外せば、適度にフランクな生徒の出来上がりだ。こんな格好なら、多くの人々が僕を“明智吾郎”と認識できないはずだ。
僕の予想は正解だったようで、会場内をうろうろしても話しかけられることは皆無だった。勿論、新島さんですら僕をスルーしかかった。「すみません」と声をかけたら不審者を見るような目で睨まれたので、とりあえず屈んで眼鏡をずらす。「約束していた明智吾郎だけど」と言えば、新島さんは大きく目を見開いた。
「一方的な約束だったから、気に留めず帰ったかと思った」
「明智くん、その格好……」
「自分の有名度合いは自覚できてるからね。どこで誰が見てるか分からないから慎重にしないと。変な噂を立てられて黎に被害が向いたら大変だし、キミに火の粉が降りかかったら僕が冴さんに殺されちゃうよ」
「『キミに会った』ってだけでも殺されそうだから」とぼやく僕を見て、新島さんは噴き出した。鉄の女宜しくお堅かった表情が緩む。
……成程、笑い方は冴さんそっくりらしい。僕が「やっぱり姉妹だ」と零せば、新島さんはどこか照れたように耳を染めていた。
こうしてみると、新島さんも僕と同じで“普通の高校生”なのだと実感する。大人になるにはまだ未熟で、子どもでいるには出来過ぎている――そんなアンバランスさの上に立っているような。
4月に秀尽学園高校で出会ったときの新島さんは、生徒会長として、教師から頼られる生徒として、責務を果たそうと気を張っていたのであろう。それが近寄りがたい雰囲気として発露されてしまったのかも知れない。更に言えば、なまじ優秀だったせいで“他人から頼られることが当たり前”だったのも絡んでいたのか。
冴さんは、僕から見ても多忙である。彼女の妹である新島さんから見れば、その多忙さを長い時間見てきたのだろう。保護者が頑張っている姿を見ていると、「頑張っている人の邪魔をしたくない。足を引っ張りたくない」と思って遠慮してしまう――その気持ちは、僕も良く分かっていたから。
尚、僕の保護者の場合、僕には“許される限りは、子どもとしての時間を謳歌してほしい”と考えている節があった。至さんは諸々の事情から“子どもでいることを許されなかった”大人であり、“平穏な時間の尊さをよく知っている”人物である。積み重ねてきた絆や経験、そうして葛藤が、今の彼の在り方を作り上げたのであろう。閑話休題。
「こんなところで立ち話もなんだから移動しようか」
「どこへ?」
「四軒茶屋に行きつけの喫茶店があるんだ。コーヒーとカレーが絶品の店」
「メディアにも一切紹介していないから、僕目当ての変な客も来てないよ」と付け加えれば、新島さんは目を瞬かせた。が、すぐにジト目で僕を見返す。
「……まさかとは思うけど、その喫茶店、有栖川さんとのデートコース専用じゃないでしょうね?」
「半分正解で半分不正解ってところかな。答え合わせは現地で行うとしようか」
しかめっ面というか、釈然としなさそうな顔をした新島さんを先導する形で、僕達は四件茶屋――純喫茶ルブランへと向かった。
「おっ。お前さんか」
「吾郎」
喫茶店のドアを開ければ、店主の佐倉さんと店の手伝いを買って出た黎が僕等を迎える。黎がぱっと表情を明るくしたのが可愛くて、僕も自然と頬を緩ませていた。
が、僕は一歩遅れて、店の中にいた客達に見覚えのある顔ぶれがいることと、彼等から動揺と疑念の眼差しを向けられていたことに気づく。特に、その中の1人――僕の保護者からの視線が鬼気迫っている。
「違うからね? クソ親父と同じ轍を踏むくらいなら、黎の冤罪を仕組んだ犯人と一緒に心中するから。何なら今ここで死んでもいいよ」
「おいおい。誰がそこまでしろと言ったよ」
「誠意の方向性、完全に間違ってるからね!? 何をどうすればそこに行き着くワケ!?」
「愛の証明は構わないが、この店を事故物件にしないでくれよ……」
保護者が何かを叫ぶ前に、僕はほぼ反射で主張した。至さんの後ろ側ボックス席に座っていたパオフゥさんが肩をすくめ、うららさんがギョッとした様子でツッコミを入れる。
複数人の女と股がけするなんて、愛人をこさえた僕の父親と変わらないではないか。至さんは僕の言葉に嘘はないと感じ取ったらしく、静かな面持ちでうんうん頷く。
佐倉さんは眉間の皴を数割増しにした後、深々とため息をついて僕から視線を逸らした。黎は僕の言葉に何を思ったのか、表情を曇らせる。
――そこで僕は、彼女の地雷を踏んだことに気が付いた。
「今のはたとえ話だからね!? 『クソ親父と同類のレッテル張られるくらいなら』って思っただけで、死ぬつもりなんか全然ないから!」
「……本当に?」
「当たり前だろ! 黎と行きたい場所ややりたいことは沢山あるんだから!」
噛みつくような調子で僕が言い募り続けて、ようやく黎は安心したようだ。花が綻ぶような安堵の笑みを浮かべた黎の姿に、僕もつられて頬を緩ませる。僕の好きな人は今日も愛しい。
僕と黎の間に横たわる問題はあまりにも多い。特に、僕の実父にして黎に冤罪を着せた男――獅童正義の一件が挙げられる。……僕がどうしても切り出す勇気を持てないでいる話だ。
獅童は僕の母を弄んだ挙句、僕を妊娠したことが理由で捨てられてしまった。結果、僕を1人で育てるために無茶をして、その心労から体を壊して亡くなっている。僕が“自分は望まれて生まれた存在ではない”ことを思い知り、『いつか自分もそうやって黎を傷つけ、容赦なく切り捨てるような悍ましい存在に成り果てるのでは』という痛みを抱える原因を作った男だ。
それだけならまだ耐えられた。でも、奴は――何も知らないとはいえ――息子の恋人たる女子高生に狼藉を働こうとし、拒絶され、最後は自爆して恥をかかされたことへの報復で冤罪をでっち上げたのだ。僕がひっそりと積み上げてきた幸せを、些末でくだらない理由の為に滅茶苦茶にしようとしている。自覚があろうとなかろうと、決して許せる所業ではない。
自分に冤罪を着せた男の息子――今まで傍にいた明智吾郎の真実を知ったら、黎はどうするのだろう。自分に冤罪を着せた男の血を引く僕のことをどう思うんだろう。良くも悪くも、今まで通りにいられないことは想像がつく。……いずれは、こうして顔を合わせてお喋りすることも、一緒の時間を過ごすことも、彼女を好きでいることすらも、許されなくなるんだろうか。
(……分かってるんだ。こうして誤魔化し続けるのは、“都合の悪い現実から目を背けているだけ”だって)
いつか向き合わなければいけないことは理解している。八十稲羽を駆け抜けたときに目にした【命のこたえ】を、僕は片時も忘れたことはない。田舎町を包み込んだ嘘の霧を晴らしたのは、“例え己に不都合な事実や光景が眼前に広がっていたとしても、真実を追及/探求し続ける”という意志だ。
【怪盗団】として、高校生として日々を駆け抜けている黎だけれど、彼女だって自分の冤罪について真摯に向き合っている。『現状ではどうしようもない』ことを受け入れて、『それでも諦めずに生きていく』という答えを出して、自分なりに真実を追いかけ続けていた。
それなのに僕はどうだ。本当は全部分かっているのに、「確証がない」と言ってはぐらかしてばかり。今までの関係が壊れてしまうことが怖くて、黎を好きでいることすら許されなくなってしまうかもしれないという可能性が怖くて、ずっと何も言えずにいる。嘘の霧で彼女の視界を覆い尽くそうとしているようなものだ。
(……覚悟を、決めないと)
獅童正義は一番最初の【改心】――自分が子飼いにしている人間が校長を務める学校の教師が【改心】された件――から、【怪盗団】の動きに注視している。
認知世界の暗殺者を子飼いにしているが故に、鴨志田の【改心】が“獅童智明と同じ力を持つ人間たちが、自分達と違う形で認知世界を使っている”ことに気づいた。
現時点ではまだ分からないけれど、2番目に【改心】させた班目一流斎、及び――あまりいい話ではないけれど――これから【改心】させるであろう大物にも、獅童正義との関係があったとしたら。
一度目は偶然、二度目は疑問符、三度目ならば『神』が関わっていること確定だ。獅童正義を大将に据えた“クズな大人ども”を『駒』にして、【怪盗団】にそいつらを打ち破らせることで、何かを成そうと企む『神』の悪意――水面下で蠢く滅びの兆候が浮き彫りになる。
……それが、僕が抱える秘密へのタイムリミット。僕が獅童正義の息子で、黎に冤罪を着せた男の血を引く悍ましい存在なのだと告げる瞬間だ。そのときこそ、僕は僕自身の弱さや悍ましさと向き合わなければならない。
(その時が来たら、もう逃げないと誓うから。……その瞬間が来るまでは、キミの隣にいさせてほしい)
口に出すには勇気が足りず、何も言わずに取り繕うには度胸が足りない。だから、僕は無言のまま、黎に縋るような眼差しを贈ることしかできないのだ。
自分の不甲斐なさに呆れることしかできない僕の内心を知ってか知らずか、黎は普段通りの慈愛に満ちた眼差しをくれた。
嬉しくて自然と頬が緩んでしまうのは、惚れた相手への弱みだろう。情けない話だ。少しだけ滲んだ視界を誤魔化すため、僕はいつもの定位置へ向かおうとして――足を止めた。
入り口すぐの壁に飾ってあったのは、5月の終盤に班目パレスから頂戴した【オタカラ】――本物の『サユリ』だ。
「この絵……」
「昼間に祐介がここに来たらしいんだ。『ルブランにこの絵を飾って欲しい』って」
「大事な絵なのに?」
「『大事な絵だからこそ、相応しい場所で、この素晴らしさを分かってくれる人々に見て貰いたい』って」
祐介が何を考えてこの絵をルブランに持ち込んだのかは分からない。母親が残した愛の証明たる『サユリ』を、手元に残しておく選択肢もあったはずだ。けれど、祐介自身が考えて選んだことだ。僕達のような外野があれこれ指示するのは違う。祐介本人が納得しているなら、何も言うことはないだろう。
喜多川祐介は変人である。一般人、及び一般常識に精通する人間には理解できないような美意識で動く男だ。奴が【怪盗団】に加わった理由の中核も“創作活動に活かしたい”だったし、創作意欲を燃やすためなら一般常識のアウトゾーン一歩手前まで突き進む危険性すら孕んでいる。
けれど、『大切だからこそ手放す』という選択肢を選べる強さは羨ましいと思うのだ。今の僕にとって、“『サユリ』をルブランに飾る”――もとい、“敢えて『サユリ』を手放す”ことを選んだ祐介の在り方は眩い。きっと、この絵をルブランに持ってきたアイツは、清々しい笑みを浮かべていたのであろう。
僕にそんな日が――有栖川黎と袂を分かつ未来がやって来たとき、僕はどんな顔をするのだろうか。傍にいて欲しいとみっともなく縋り付くのか、離れて行こうとする黎へ怒りを募らせるのか。
どっちに転んだとしても、きっと僕は碌なことをしないのだと思う。あまり考えたくはないが、獅童や鴨志田のように“黎を手籠めにして無理矢理縛り付けよう”と画策する可能性もあり得た。
黎を手放してやれたとしても、祐介のように清々しい気持ちで見送ってやれないだろうし、そうなるまでにどれ程の時間がかかるかも分からない。一生笑えないまま終わる未来の方が鮮明に浮かぶ。
「……祐介は、凄いな」
「そうだね。沢山考えて、迷って、それでも最後は自分の意志で選んだんだもの」
師から手酷い裏切りをされ続けたのだ。師を見限るだけでなく、芸術そのものにトラウマが出来て、筆を折ってもおかしくない――祐介が置かれた状況的に、そんな選択もあり得たのだと思う。淳さんや順平さんとの出会いや交流があったとしても、最終的に“画家として、芸術の道を究める”ことを選んだのは祐介自身。
彼が直面した地獄がどれ程の物か、僕に推し量ることは不可能だ。僕からすれば大したことではなくとも、祐介からすれば思い悩む要素足りえる。艱難辛苦は人の数だけ存在するから、何を苦痛と捉えるかは当人次第。そして、喜多川祐介はそれを乗り越えたのである。称賛するのは当然であった。
「佐倉さんから聞いた話だけど、祐介、寮に戻ることにしたんだって」
「そっか。……『あんな場所で絵は描けない』って言ってた姿を知ってると感慨深い気持ちになるよ。やっぱり、アイツは凄い奴だな」
「ああでも、『切羽詰まったら駆け込みにいくかも知れないから、そのときは焼き魚と味噌汁宜しく』って言ってたな」
「前言撤回ッ!!」
黎との会話で上昇していた喜多川祐介への評価は、至さんからの補足によって右肩下がり。最終結果は±0で変動なしとなった。
僕は深々とため息をついて、いつもの席――カウンター席のど真ん中に腰かける。至さんが座っていた席の左側だ。
新島さんは暫し僕等のやり取りを眺めた後、疲れ果てたような顔をしてため息をついた。佐倉さんやパオフゥさん、うららさんも、同情するように頷き返す。微笑ましそうに僕等を見ていたのは至さんだけだった。
「初めまして。吾郎の保護者やってる空元至っていいます。新島検事にはいつも吾郎がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。お姉ちゃんが明智くんのお世話になってまして……」
自己紹介を始めた至さんに対し、新島さんも頭を下げた。店主兼黎の保護者役となった佐倉さんとも言葉を澱みなく交わしている。――しかし、新島さんはパオフゥさんを視界に捕らえた瞬間、眉間の皴を深くした。
「…………」
「何だい嬢ちゃん?」
「……すみません。貴方、どこかで私と会ったことありますか?」
「――いいや、覚えがないな。誰かと見間違えたんじゃないか?」
新島さんの鋭い眼差しを真正面から受けたパオフゥさんはかすかに身じろぎした。しかし、飄々とした態度を崩すことなく、堂々と返答する。
2人を見比べては何か言いたげな顔をしたうららさんであったが、最終的には相棒の意志を汲むことにしたらしい。沈黙を保っていた。
パオフゥさんと新島さんには関りは無い。しかし、嘗ての嵯峨薫検事ならば、新島さん姉妹の父親と関りを持っていた。冴さんとも面識があったことを仄めかしていたことからして、嵯峨氏と新島さんのお父さんは家を行き来する程度の交流を持っていたのだろう。
当時の冴さんは現在の僕と同年代だし、新島さんは聖エルミン学園で【スノーマスク事件】や【セベク・スキャンダル】に巻き込まれた僕や黎の同年代だ。印象的な出来事の1つや2つあるならば、当時の出来事や昔交流のあった人物に気づく可能性はある。
……いや、それだけではないのだろう。新島さんが有する才能も、“パオフゥさんが嘗ての嵯峨薫検事と似ている”と直感するに至った理由なのだ。警察や検察、あるいは探偵のような“集めた情報から事実確認を行う”力が優れていることの証。
新島さんが彼女の父親や姉と同じような職業に就いた場合、きっとその才能を開花させていくのだろう――そんな確証があった。
但し、警察官志望であることを零したときの新島さんや、新島さんの自慢話をする冴さんの様子からして、冴さんはそのことを喜んでいないらしいけど。
新島さんに伝えていないだけで、冴さんしか知らない気苦労や苦痛があるからかも知れない。妹を心配するあまり、過保護になっている節もありそうだった。
「気分を害してしまったのなら申し訳ありません。父の知り合いだった検事さんと雰囲気が似通っていたので、つい」
「そうか」
「父が亡くなったのと同時期に、その検事さんも行方不明になってしまったんです。状況証拠や失踪宣告の関係で、現在では死亡扱いになってしまったんですけど……」
懐かしそうな顔をして思い出話をする新島さんに対し、沈黙を保ち続けるパオフゥさん――嵯峨薫氏が何を考えているかは分からない。
多分、パオフゥさんは二度と嵯峨薫として表舞台に戻ることはないのだろう。嵯峨氏の知り合いの多くが“嵯峨薫は既に死んだ”と思いながら日々を過ごしていく。新島姉妹もその中の1人だ。
須藤竜蔵との因縁が終わった後も、彼はパオフゥ名義で動き回っている。検事時代のコネも駆使しているようだが、そのコネで繋がっている人々も、表向きには“嵯峨薫は既に死んだ”と扱っているようだ。
「お姉ちゃんが検事になったの、その人に憧れてたからなんです。お父さんからもその件でからかわれてたことがあって」
「……へぇ」
次に反応したのはうららさんだ。彼女はジト目で相棒を凝視する。多分、新島さんの言葉から、冴さんが嵯峨検事に憧れた理由に察しがついたのだろう。
僕は“同年代の男性検事や年上の狸親父たちと凌ぎを削る”冴さんの姿を知っている。異性相手でも引かない、文字通りの女傑だ。
関係者曰く『家事の腕がよろしくない』らしい冴さんがお弁当を差し入れしようと奮闘するあたり、淡い思いもあったのかも知れなかった。
うららさんとパオフゥさんの関係は、“珠閒瑠市の事件を駆け抜けた戦友”であり“相棒”である。ただ、上手くは言えないが、どことなくもどかしい雰囲気があったりなかったりする微妙な部分もあった。
前者は結婚詐欺師によって酷い目に合わされた過去があり、後者は恋人を守れなかった上に自分だけが生き残ったという過去がある。恋愛や恋人という要素で脛に傷持つ者同士、何かしら思うところがあるのかもしれない。
「入り口で立ち話もなんですから、こちらに来て座りませんか?」
「何なら俺が奢るよ。新島さんのお姉さんには、いつも吾郎がお世話になってるからな」
黎の申し出に、新島さんは目を見張った。それを引き継ぐようにして、至さんも微笑む。
「あ、あの、私は別にいいですから」
「いーのいーの。こういうときは遠慮せず甘えとくもんだ」
新島さんは遠慮していたが、至さんにそう言われて目を丸くしていた。あの様子だと、新島さんは冴さんに甘えられずにいるらしい。
(新島さんがいつも張りつめていたのは、唯一の肉親である冴さんに頼ることができなかったからか……?)
確かに冴さんは、【怪盗団】や獅童正義が絡んだ事件を追いかけている。僕も彼女の手足となって動いているから、それが多忙であることは知っていた。
でも、冴さんは新島さんのことをとても気にかけていたし、『仕事を終わらせたら真に会える』って笑顔で語っていた。できる限り努力していたのだ。
(……もしかしたら、冴さん以外に頼れる存在が誰も居なかったのかもしれない)
秀尽学園の校長も、教師も、生徒会の面々も、誰もが新島さんを頼っているようだ。実際、新島さんは校長から『【怪盗団】のことを調査しろ』と命じられている。余程信頼されていないと、一生徒にそんなことを頼みはしないだろう。
では、新島さんはどうだったのか。あの様子から分析すると、新島さんの方から誰かに頼ったケースは皆無なのではなかろうか。優秀な子どもを頼る大人は多いけど、子どもが大人に頼ると風当たりが強めに感じることはある。
人に頼られている人間は誰かに頼り辛い。僕の実体験でもあるし、南条圭さんや桐条美鶴さんのような財閥を率いる責任を負った人物と接して分かっていることだし、達哉さんや命さん、至さん等の一件で証明済みだ。
「ここの喫茶店、コーヒーとカレーが絶品なんだ。お嬢が店番役を始めたのは4月末からだけど、マスターに負けず劣らず美味しいんだよ」
「至さん。褒めてもコーヒーかカレーしか出ませんよ?」
「じゃあ僕両方頼むね」
「俺も吾郎と同じで!」
「了解」
慣れた手つきでカレーを温め、コーヒーを淹れる黎の手腕を眺める。その横顔を眺めている時間が、僕は好きだった。
「新島さんは何食べるの? 好きなの頼みなよ」
「え、ええと、その……」
「……新島さん、観念して奢らせてあげて。子どものために大人が頑張る……それが至さんの“譲れない正義”なんだ」
至さんはニコニコ笑ってメニューを指示す。僕は新島さんに耳打ちした。新島さんは少し困惑していたが、大人しく奢って貰うことにしたようだ。カレーとコーヒーを注文した僕と至さんに倣ったらしい。黎は店員として澱みなく対応し、僕等の分の料理を準備し始めた。
注文を終えて、僕達はのんびりと談笑する。程なくして頼んだ料理が皿に並んだ。気さくで親しみやすい至さんやうららさん、聞き役に徹するパオフゥさんの様子に緊張がほぐれたのか、それとも文字通り赤の他人に近しい相手なので話しやすいと思ったのか、新島さんはポツポツと愚痴を零し始めた。
秀尽学園高校の生徒会長である新島さんは、教師――校長から頼まれたことはきちんと暈していた――からの依頼で【怪盗団】について調べ回っていたという。
だが、秀尽学園高校には、【怪盗団】以外にもきな臭い気配が漂っているらしい。何でも、秀尽学園高校の生徒をターゲットにした詐欺と恐喝事件が発生しているとか。
最近は校内に張り紙が張られていたり、生徒たちからのSOS――「弱みを握られ脅されている。助けてほしい」という匿名の相談が相次いでいるそうだ。
それを聞いた至さんが、顎に手を当てて呟いた。
「そういえば、聖エルミン学園高校や七姉妹学園高校、月光館学園高校や八十神高校でも、似たような詐欺や恐喝事件が蔓延してたって聞いたな」
「それって、ウチの学校と同じ……!?」
「かもしれん。知り合いに月光館学園の関係者、警察関係者、警察志望の大学生がいて、この面子が頑張ったおかげで主犯は逮捕できたんだ。だが、“逮捕したそいつらはあくまでも末端に過ぎなくて、黒幕は東京のヤクザじゃないか”ってことが明らかになったらしい」
月光館学園高校関係者、警察関係者、警察志望の大学生――明らかに、僕が知っているペルソナ使いたちだ。
しかも、狙われた学校はピンポイントで“ペルソナ使いの通っていた高校”である。
更に共通点を挙げるとするなら、“有栖川家の親戚やその関係者が通っていた高校”というのも気にかかった。
OBOGである彼らの御膝元で暴れる犯罪者は命知らず過ぎやしないか。
派手に
「至さん。何でそんな情報知ってんの?」
「今までの繋がりを利用して集めた。伊達に調査員やってるわけじゃない。話を聞く限り、大人でも手こずるような奴が黒幕みたいだぞ」
当たり前のことだが、検事の妹にして生徒会長と言えども、新島さんは一介の高校生である。知り合いたちを手こずらせるような相手に対し、できることなんてタカが知れていた。状況が改善できないことに依頼者である教師――否、秀才学園高校の校長は腹を立て、新島さんに当たり散らしているらしい。
「……私、実は、依頼してきた教師に対して不信感を抱いているんです」
「ほう?」
「
「ああ、体罰セクハラ教師の! 鴨志田っていったっけ? 女を弄ぶ男に碌な野郎なんていないわよね!」
真剣な面持ちになった新島さんが零した言葉に、パオフゥさんは相槌を打った。秀尽学園高校の醜聞という言葉から鴨志田事件を連想したうららさんがポンと手を叩く。男子部員には暴力を振るい、女子生徒にはセクハラ及び性的暴行未遂を起こしたクソ野郎――特に後者の一件は、結婚詐欺師に弄ばれた過去を持つうららさんの琴線に触れたらしい。嫌悪を露わにしていた。
新島さんは頷き、以前僕に話したときの内容――“校長の采配によって鴨志田事件から遠ざけられていたこと”、“鴨志田事件は校長主導で、学校ぐるみの隠ぺいが行われていたこと”を述べた。勿論、僕等に対する説明では、“依頼主が校長である”ことは伏せていたが。……察しのいい面面なら、学校ぐるみの隠ぺいが可能という点から、校長か教頭クラスだと類推できるだろう。
校長への不信感が鰻登りになった新島さんは、【怪盗団】を調査する傍ら、依頼主への調査も行っていた。それが依頼主本人にバレたことは黎経由で聞いていたが、そこには続きがあったらしい。
「報復として、依頼主がお姉ちゃんに苦情の電話を入れたんです。『私の素行が悪くなった』、『保護者がきちんとしていないからこうなった』って強い調子で非難しただけじゃなく、お姉ちゃんの仕事に支障が出る程の長電話だったらしいんです。……お姉ちゃん、長電話してきた依頼主以上に、その電話が来る原因になった私に対して怒りを募らせたみたいで……」
「呆れた! 自分が依頼しておいたくせに、それを伏せた上で素行不良をでっち上げるだなんて! 真ちゃんが調査のために頑張ってたのを捻じ曲げるとか、そいつの性根もねじ曲がってるんじゃないの!?」
「いっそもう、お姉さんに本当のことぶちまけちゃえば良かったのに」と息巻くうららさんに、新島さんは苦笑する。それを見たパオフゥさんは肩をすくめた。
「芹沢。相手は学校の教師、しかも権力者だぞ。新島の素行不良をでっち上げるだけでなく、そのでっち上げを通せるほどの社会的地位を持ってる」
「……まさか、成績や進路関係を盾に取られてるっていうの? だとしたらもっと悪辣じゃない!」
うららさんは、パオフゥさんの見解から校長のやり方に合点がいったらしい。結果、猶更彼女は「新島さんが校長に従うのはおかしい」と思ったのだろう。眉間の皴を数割増しにした。
同時に、新島さんが校長や冴さんに対して黙っている――否、何も言えないでいる理由にも察しがついたようだ。だから余計に、胸糞悪さを感じているのだろう。
苦笑するだけで沈黙を保とうとする新島さんと、憤りを滲ませるうららさんの様子を見ていた至さんが口を開く。
「キミは凄いよ。大人が怯えてやろうとしないことを率先して引き受けて、必死になって解決しようとしている。……できないことを『できない』って言うの、勇気がいるよな。“言ったら最後、みんなから見捨てられてしまう”って不安になるの当たり前だよ。ウチの吾郎だって最初はそうだったし」
「至さん、余計なこと言わないでくれ」
「ああうん、悪かったな吾郎」
僕の話を例に持ってこようとした至さんを睨む。
至さんは懐かしそうに笑った後、言葉を続けた。
「悪いのは“事件を解決できない新島さん”じゃない。“新島さんに全部押し付けて、高みの見物してる大人たち”だ。そんな奴らのために“いい子”をやる必要なんてないだろ。そうしなきゃ得られない地位や名誉なんて捨てちまえ」
「……そんなの、言うだけなら簡単ですよね。無責任ですよ」
噛みつくような声だった。至さんは驚くことなく、黙って新島さんの言葉を受け止める。
「女性でのし上がっていくのは大変なことだって、お姉ちゃんは私に言うんです。実際、本当に大変そうで……」
「だろうなぁ。知り合いの司法関係者がよくぼやいてたよ。『クソみたいな上司のせいで捜査が進まない』って。新島さんのお姉さんも、その壁にぶち当たってるんだな」
「……お姉ちゃんはいつも言うんです。『勉強していい大学へ入れ』、『将来のために、今やるべきことだけに目を向けなさい』って。……『私の足を引っ張るような真似だけはしないで』って」
そのために、自分は“いい子”をやっているんだ――新島さんは言外にそう訴えていた。
新島さんの言葉には同意できる。僕も将来のためにと勉強し、大学進学を目指している高校生だからだ。いつまでも保護者である至さんの世話になるわけにはいかないし、有栖川家に寄生しようとする連中から黎を守れる強さを手に入れなければならない。
獅童の犯罪を止めるため/黎の冤罪を晴らすために司法関係の勉強を始めた僕だけれど、今では「そっちで生計を立てるのもいいかもしれない」と思いつつある。司法関係者の肩書なら、「しきたり」等という話を持ちだして黎を手籠めにしようとする連中を社会的に撃退できるからだ。
勿論、今やっている探偵業も悪くない。メディア露出は好きではないが、用途によっては上手く使えそうだ。割り切ればどうにでもできそうである。割り切ると言う意味では、このまま役者に転向しても稼げる自信はあった。閑話休題。
確かに、新島さんは品行方正が服着て歩いているレベルの“いい子ちゃん”だ。大人が褒め称える文字通りの『優等生』である。
けれど今の新島さんを見ていると、魚が陸上で生活しようと躍起になっているように思えるのだ。上手くいかなくて、憤っているように感じた。
「……新島さんは納得してなさそうだよね。何に憤ってるの?」
何の気なしに僕が問いかけると、新島さんは眉間に皺を寄せた。渋い顔をしてコーヒーを飲み干した彼女は、大きくため息をつく。
新島さんは暫く俯いて何かを考えていた様子だったが、意を決したように顔を上げた。「明智くん」と、新島さんは僕の名を呼ぶ。
「正義って、何だと思う?」
その眼差しは、容赦なく僕を射抜く。冴さんと同じ鋭いそれに、僕は思わず背を伸ばした。
「……それはまた、難しい問題だね。法律による正義、世間一般の物差しから見た正義、自分自身が正しいと信じている正義……沢山あるよ」
「貴方は何をもって正義だと主張するの? “正義の探偵さん”」
「犯罪者には法の裁きを受けさせるべきだ。けど、残念なことに、法の裁きを潜り抜ける巨悪がいるのもまた事実。逆に法律を利用して無辜の人々を陥れる輩だって存在している。……正直、法律ってのは使い方次第でどうにでもなる
“正義の探偵さん”としての答えを求められた僕は、“正義の名探偵・明智吾郎”として返答する。そうして、「今回は、【怪盗団】の正義に敵わなかったけど」と付け加えた。僕が出演していたテレビを見ていたのか、それとも僕と以前話したときのことを思い出したのか、新島さんは納得したように頷く。
新島さんは「正義」について悩んでいるらしい。「悪人を【改心】させ、罪を償わせる……【怪盗団】の正義って、何なのかしらね」――それは、【怪盗団】の動向が気になるということだろうか? ……やはり、死にそうな顔をしていたと言えど、彼女に声をかけたことは迂闊だった。でも、見捨てて良かったとは思えない。絶対に。
「彼らは正しい意味での“確信犯”なんだと思うよ。自分たちが正しいと思う正義を信じているから、迷わずにいられるんだ」
「確信犯……」
「新島さんも口に出さないだけで、周りのせいで出来ないだけで、そういうものがあるんでしょ? 言いたいこと、したいこと、証明したいことが」
僕の問いかけに、新島さんは黙り込んでしまった。幾何かして、黙って僕と新島さんのやり取りを聞いていた至さんが口を開く。
「しんどいなら、誰かに頼ればいい。俺なんてしょっちゅう誰かに頼ってるぞ」
優しく細められた双瞼が、ほんの少しだけ昏く感じたのは何故だろう。
至さんは朗々と言葉を続ける。
「俺は無力だ。行く先々で怪異現象が発生し、その元凶どもからは揃いも揃って“俺有責”って言われるし、終いには“お前にはその原因を直接解決する力がない”って事実上ハブられる。金もなければ権力もない。……いつだって、いつだって、誰かに任せなきゃいけなかった。誰かに頼らなきゃいけなかった。誰かに背負わせて、それを後ろから見てるだけしかできなかった」
今まで歩いてきた旅路を想いながら、俺の保護者は語り続ける。救えたもの、救えなかったもの、拾い上げたもの、零れ落ちたもの――清濁併せ持った旅路の果てで、自分が得た“宝物”を1つ1つ確認するかのようだった。
御影町の【スノーマスク事件】と【セベク・スキャンダル】では冴子先生を救って神取を助けられなかった。珠閒瑠の事件ではニャルラトホテプの人形と化した神取を光へ引き戻すこと叶わず、“滅びの世界”からやって来た達哉さんを見送ることしかできなかった。あの日の出来事は、僕の中にも深く焼き付いて離れない。
御影町の一件で見つけた物質の解析のため、桐条財閥へ共同研究を持ちかけたせいで鴻悦の研究および狂気が加速し、巌戸台の事件が発生する原因を作った。結果、偶然そこに居合わせただけの香月姉弟にニュクスが封印され、ニュクス復活の原因にさせてしまった。当時は一般人としての感性が強かった順平さんから責められる3人の姿は、今でも鮮明に思い出せる。
フィレモンとニャルラトホテプがイザナミに入れ知恵した際、具体例として挙げられたのが自分自身の存在だった。結果、自身の関係者で且つ八十稲羽を訪れた存在――真実さんに白羽の矢が立ってしまい、彼は丸々1年間、仲間と共に霧の中を彷徨う羽目になってしまった。足立もその巻き添えを喰い、【八十稲羽連続殺人事件】の真犯人に仕立て上げられそうになっていたし。
「ハッキリ言う。俺は誰かに頼らないと生きていけない自信がある。今までも、これからも、多分死ぬまでずっとこのままだ」
至さんはどれだけ自分を責めただろう。自分さえいなければよかったと何度も思い悩み、それでも、生きて次世代のペルソナ使いを支えようとした。
嘗ての仲間たちとのコミュニティやコネクション、コンペティションを駆使して、必死になって若者たちをサポートしてきた。それが自分の正義だと信じて。
新島さんにとって、至さんの告白は超弩級の自虐に聞こえたのだろう。若干引き気味になっていた。
「そんなプライドも意地もない発言する大人、初めて見た……」
「何が起きるごとに『全部お前のせいだからね。あと、お前じゃどうにもできないから』って言われ続ければこうなるよ。でも、そんな俺にだってできることがある」
「できること?」
「――
自信満々に言い切った至さんは完全な素面だ。何も知らない第3者――それこそ新島さんみたいなタイプからすれば、今の発言は“酔っ払いですら馬鹿にする”レベルの妄言だろう。実際、新島さんは大変困惑している。至さんの表情に嘘がないという点が、余計に新島さんを困らせてしまっているようだ。
至さんの旅路――御影町、珠閒瑠市、巌戸台、八十稲羽を駆け抜ける――では、悪神の企みに挑むペルソナ使いたちを勝たせるため、様々なサポートを行っていた。自分が出会って絆を紡いだ面々と協力して、次世代のペルソナ使いの道を切り開いてきた。小さな突破口の積み重ねで、最後は彼/彼女たちを勝利させた。
その軌跡を、僕は彼の隣でずっと見てきた。直接何かをできない自分の存在に思い悩み、それでも必死になって駆けずり回っていた大人の背中を見つめていた。至さんは今でも、自分の業に真正面から挑みながら、心身ともにボロボロになっても、自分が今までの旅路で得た“宝物を守る”ために戦い続けている。
神取鷹久の問いに『宝物を見つけるため』と答えた空元至は、それを守るために旅路を往く。
その過程で、彼はまた宝物を見つけて、それを守るために旅路を往くのだ。
「自分が勝てないなら、自分と同じ目的のために立ち上がった誰かを勝たせるために戦うってのも悪いもんじゃないよ。自分にできることとできないことを把握することも、戦うためには必用なことだ」
「空元さん……」
「役に立たなきゃ存在しちゃいけないなら、俺なんて『生まれてきたことが間違いだった』レベルになるぞ? 実際、
「至さん」
自虐に突き進もうとする至さんを俺は制した。俺の自慢の保護者がこれ以上自傷行為を続ける姿なんて見たくない。
それに、俺の自慢の保護者が『生まれてきたことが間違いだった』なんて言われたら、俺の人生だってどうなっていたか分かったものではないのだ。
彼がいなければ俺は身勝手な大人たちによってボロボロになっただろうし、有栖川黎と出会うこともなかった。舞耶さんや命さん、真実さんとも会えなかった。
もしかしたら、【怪盗団】としての仲間たちとも出会えぬまま、たった1人で生きて行かなくてはならなかったかもしれない。
そんな光景、想像できなかった。想像なんてしたくなかった。
僕の必死な形相が伝わったのだろう。至さんは「ごめん吾郎。もう自虐はお終い」と苦笑した。
「そんな俺でも、『ここにいていい』って言ってくれる仲間たちがいる。こんな奴でも『至さん』って慕ってくれる奴らがいる。だからせめて、俺は、そんな人たちを助けられる存在でありたい……いつも、そう思ってるんだ。――
後半がよく聞こえなくて、僕と新島さんは首を傾げる。至さんは満面の笑みを浮かべ、「
至さんの話の意味を知っているのは、僕と黎、うららさんとパオフゥさんくらいなものだろう。でも、2人は至さんの話に茶々を入れるようなことはしなかった。あの日の痛みを知っているが故に、沈黙することを選んだのであろう。
「ねえ新島さん」
「何ですか?」
「新島さんの成績って、
僕等の会話が終わるのを待っていたうららさんが申し訳なさそうな顔をしつつ、真剣な顔で新島さんに問いかける。
己の成績に言及されるとは思ってもみなかった新島さんは、虚を突かれたみたいに言葉が出てこなくなっていた。
リアクション的に、このままだと“新島真の成績はあまりよろしくない”と判断されそうな気配を察知した黎が補足を入れる。
「新島先輩、学年TOPですよ。中間テストの成績が貼り出されていたのを見たし、先生達も『3年間ずっと学年トップ、及び総合1位をキープしてる』って褒めてました」
「それ本当なの!? すごーい! 生徒会長で学年トップだなんて無敵すぎるでしょ!」
「え……」
「因みに芹沢。学生時代のお前の成績――」
「ノーコメントで」
うららさんに褒められた新島さんは、目から鱗が落ちたような顔をした。
あの様子からして、学年トップであることや生徒会長をしていることを褒められた経験は皆無なのだろう。寧ろ、周囲は『それが当然である』と扱い、新島さんに“優等生”というレッテルを張って、様々なことを押し付けてきたのかもしれない。尚、新島さんを褒めたうららさんは、パオフゥさんからの質問に対して真顔で即答していた。
新島さんの成績を聞いた大人達は皆、学生時代の自分の成績と比較して悲喜こもごもを述べている。それでも、新島さんへの評価は高く、“生徒会長と学年トップを両立する程の能力の持ち主”、“それ相応の努力を積み重ねてきた人物”だった。それを聞いた新島さんは頬を赤らめる。ちょっとばかし照れ臭そうだ。
多分、新島さんは気付いてしまったと思う。校長の言いなりにならなくとも、冴さんの希望通りに動かなくとも、新島さんには将来の道を切り開く力があるのだと。あとは新島さん本人がその道を選び取り、相応の努力を怠ることなく継続すれば、充分叶えられるだろう。
新島さんの周囲にいる大人達は、新島さんに対して“都合のいい子”でいるよう要求している。新島さんがそうあり続ける限り、将来の安寧を約束する/されていると説き伏せて。その果てにあるのは、心身を擦り潰された挙句、“役立たず”と判断された瞬間に切り捨てられるという末路。今までの努力も成果も全て無視され、放り出されてしまうという破滅だ。
……新島さんは今、選択の岐路に立っている。何を選ぶかによって、彼女の未来は大きく変わるだろう。困難だと知りながらも、自らの意思で未来を選び取り、茨の道を進むのか。安寧と言う檻の中に留まるために、心身をすり減らして浪費するだけの人生に甘んじるのか。――そんな予感があった。
楽しそうに笑っていた大人組であったが、ふと時計を見てバツが悪そうな顔をした。僕と新島さんも時計を見る。そろそろ帰らないと明日に支障が出そうな時間帯だ。
話し込んでいるうちに相当時間が経過していたらしい。窓から外を見れば、空は真っ暗になっていた。……冴さんが鬼のような形相をしている姿が脳裏をよぎる。怖い。
「……ねえ、新島さん。冴さんに連絡した?」
「ええ。“友達と会うから遅くなる”って。明智くんの名前は出してないわ」
良かった。カム着火ファイアーインフェルノ状態の冴さんによる尋問は無しになったようだ。安心した表情を浮かべた僕を見た新島さんはくすくす笑う。
「メディアで見る明智くんと、空元さんや有栖川さんが絡んだ明智くんって雰囲気違うわね。こっちの方がいいかも」――新島さんは、冴さんと同じことを言った。
思ったことを口に出すと、新島さんはどこか嬉しそうに頷く。ただ、その横顔がどこか寂しそうに見えるのは、多忙な姉とのすれ違いを感じているためだろうか。
そんなとき、「吾郎がお世話になってるから」と主張した至さんが、新島さんを送ると言い出した。確かに、こんな時間に女性を1人で帰すのは物騒である。秀尽学園高校の生徒が詐欺や恐喝被害に合っているのだ。ヤクザからしてみれば、男子生徒より女子生徒の方が狙いやすいだろう。
だが、その脇に男性がいたらどうなるか。同年代が並んでいるのより、年上の男性と女子生徒の組み合わせの方が、狙いにくさが多少上昇するはずだ。
「長話につき合ってもらったお礼」、「子どもを甘やかすのも大人の役目」と主張した至さんに押し切られた新島さんは、苦笑しながら頷いていた。
◇◆◆◆
ねえ、新島さん。誰かの言いなりになっていて、窮屈だって思ったことある?
大人達の押し付けに、「おうふざけるな下手に出れば調子に乗りやがって! 轢き殺すぞ!!」って感じたことは?
……成程。その顔からして、そういう経験は日常茶飯事と見た。それでもずっと我慢し続けたのは、居場所が欲しいからかな?
さっきも言ったけど、“新島さんに全部押し付けて、高みの見物してる大人たち”のために“いい子”をやる必要なんてないだろ。そのためにキミの人生がすり減っていいはずがない。そうしなきゃ得られない地位や名誉なんて捨てちまえ。
実際、そういうモンって、キミの思った通りの役に立たないからね。頼れる生徒会長という肩書が、司法関係者の家系という血筋が、優等生という評価が、キミの役に立った試しがあったかい? 実際、キミを苦しめるばかりじゃないか。
「生徒会長のくせに問題を解決できない。司法関係者の家系なのに操作能力がない。優等生だから、内申点が欲しいんだろう」――そんな心無い言葉に苛立ちを感じたことがあるんだろう。俺も昔はそういう怒りを抱いた子どもだから、何となくわかる。
新島さんは、【怪盗団】に何を見出したの? 【怪盗団】のことを追いかけて、最後はどうするつもり? 彼らを冴さんに突き出して、「よくやったわ真!」って褒めてもらうの? ……やめとけ。それを
もうちょっと
今、俺のこと酔っ払いみたいだって思ったでしょ。残念、素面なんだよなコレ。ついでにアルコールを飲んでも全然酔わないの。航――あ、俺の双子の弟なんだけど、弟が飲んだらベロベロに酔っぱらうから、そっちの介護に勤しんでたかな。正直、マキでも厳しいみたいで……って、どうでもいいか、こんな話。
……ねえ、新島さん。今すぐこの一件から引けば、キミは何事もなく平穏な日常へ戻れるよ。キミの内申点は少々下がるかもだけど、それでも進路に影響は出ない。どの大学にだって行けるはずだ。
どんな目的や理由があっても、キミは自分の意志で【怪盗団】を追い続けるつもりなのか? 【怪盗団】の正義に興味を抱いて、接触を試みるつもりなのかい? その対価がとんでもないレベルであっても構わないって言える?
新島さん、約束してくれ。【怪盗団】を追いかけ続けるなら、どんな理不尽にも屈することなく反逆してほしい。どんな運命が立ちはだかろうが、フルスロットルでぶち壊してほしい。そうやって、キミが信じる正義の味方の道を切り開いてほしい。
それを成せるなら、成したいと願うなら――新島さんは“いい子”の肩書を失い、超弩級の厄介事に巻き込まれることになる。それこそ、世界の危機に挑む羽目になるかもしれない。代わりに、今キミが欲しくて堪らない
どうする、新島さん。このまま日常に帰ってずっと我慢し続けるの? それとも、今まで築き上げた多くのモノを捨ててでも非日常に足を踏み入れるの?
キミには自由を選ぶ権利がある。踏み出す自由、留まる自由、真実を知る自由、何も知らぬままでいる自由、反逆する自由、反逆しない自由。
抽象的でよく分からない? そんなに真面目に考えなくてもいいよ。真面目に考えていると頭が爆発する系の理不尽とか沢山あるし、多分、キミがこれから巻き込まれるのもそういう系の理不尽だから。神様が人間に与える試練とか、本当に訳分からないから。そいつが友好的であろうが敵対的であろうがね。
俺、神様嫌いなんだよ。「試練を与える」だの「おもしろそうだったから」って理由で人の人生滅茶苦茶にして、そうした損害に関しては全然ノータッチだ。むしろ「選んでやったんだから光栄に思え」ってふんぞり返るんだぜ? そんな神様要らないから。こっちの方から願い下げだっつの。
因みに、顕現していれば神様は殴れる。殴れるんだったら物理的に倒すことだってできる。実際やったことあるから分かる。……何言ってるんだコイツって顔してるね。キミの選択次第では永遠に意味が分からないかもしれないし、意味を知って頭を抱える羽目になるかもしれない。それもまた選択だ。
……俺も、もう少し自由だったらなあ。力も試練も永遠も要らないから、ただの人間になりたかったな。
波乱万丈な人生じゃなくて、大切な仲間や家族と穏やかな人生を生きて、静かに死んでいくような人間に。
でも、もう戻れないし戻る気もない。知ってしまったから。知る自由と立ち向かう自由を選んだから、もう知らんぷりはできないんだ。したくないんだ。
……知る自由、立ち向かう自由、反逆する自由、正義を貫く自由。新島さんが選ぶ自由は、それがいいの? それでいいの? ――いいんだね。なら、俺はもう何も言わないよ。こんな『クズ』のお節介、喧しかったでしょ。ごめん。
え? 久々にスッキリできた気がする? そりゃあよかった。っと、着いたね。ここで大丈夫? ……そっか、分かった。それじゃあ頑張って、新島さん。あと、冴さんによろしく言っといて。「ウチの吾郎がいつもお世話になってます」って。じゃあ、おやすみなさい!
――ああ、俺は、あと何回、夜を超えることができるだろう。朝を迎えることができるんだろう。
俺の旅路は、いずれ終わる。
そのとき、俺は、答えを出すのだ。
『キミは、何のために生きている?』
なあ、神取。俺の答えは、あの頃と何も変わっちゃいないよ。
俺の生きる意味は――
「最近、我が主だけではなく、妹とも連絡が取れないのです」
「へえ、テオにも年下のきょうだいがいたんだ!」
「ええ。あの子は“新たなる世代のワイルドを導く”という役割に任命された、当代の力司る者なのです」
「その子の名前、何ていうの?」
「ラヴェンツァです。我々と歴代のワイルド達の話を聞いていたあの子は、自らの使命を自覚したとき、とても張り切っていて――」
―――
金城パレス編が始動。リメイク前は新島パレス戦で援軍に駆けつけたパオフゥ&うららが前倒しで真と絡んだり、魔改造足立がひっそりとフォローに奔走していたり、祐介が『サユリ』をルブランに飾ったことに対する魔改造明智の見解が述べられたり等、色々な部分が加筆修正されています。
あとがきSSでは、月光館学園高校の理事長と、彼女の旅をサポートしていた力司る者のちょっとした日常会話。……そういえば、5Rで看守の双子とお出かけできる要素が追加されましたね。もしもこの時期に魔改造明智が双子の看守と出会った場合、嘗ての【ワイルド】たちに確認を取りそうなので――?