Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。


それでも元気に生きていく

 

 世紀末覇者――もとい、ペルソナ使いとして覚醒した新島さんのおかげで、僕たちは【パレス】侵入口の確保および警備員たちの包囲網から脱出することができた。彼女のペルソナであるヨハンナはバイク型。新島さんを乗せるような形で顕現するタイプで、今までにない顕現方法である。

 『【パレス】の警備は完璧、現実に逃げ場はない。ゆえに、お前たちに明るい未来など万に1つもない』と叫び散らすシャドウの金城――現実世界とは違い、黒髪七三分けに髭を蓄えた銀行責任者――を尻目に、僕達は現実へ帰還した。一息つこうと息を吐いた僕達だが、それは許されなかった。

 

 

「あれ? 明智くんじゃん。こんなところで何してんの?」

 

「げっ」

 

 

 渋谷の街中へ戻って来たばかりの僕達に声をかけてきたのは、警察庁の公安に異動して2か月程が経過したばかりの足立透であった。

 

 足立は寸でのところで素――僕のことを『ガキんちょ』だの『二重人格パンケーキ』だのという仇名で呼ぶ――を取り繕い、昼行燈の調子を保つことができていた。対して、僕はうっかり奴への素を出してしまう。……後で絶対ネタにされそうだなと思い、僕はひっそり憂鬱な気分となった。

 警察官は2人1組で行動するのが原則だと言われているようだが、巌戸台や八十稲羽で顔を合わせた時点で、奴はスタンドプレイが多い警察官だった。具体的には、凛さんの危機を暴いた功労者となったときや、【八十稲羽連続殺人事件】で【特別捜査隊】へ情報を横流ししていたときの行動が挙げられる。

 巌戸台では功績を挙げるために1人で動き回り、【八十稲羽連続殺人事件】では“山野アナと(暫定)最後に接触した人間の1人”=“自分が山野アナ殺害の容疑者”というヤバい状況から保身のために1人で奔走せざるを得なかったケースだ。今回の場合、良くも悪くも“他に()()()()()()な警察官がいない”ため、1人で動き回っているのであろう。尚、堂島さんは奴の聖域のためノーカンだ。

 

 因みに、情報提供者――もとい、類推したのは冴さんである。足立が共闘関係を結ぶに至った人物は、今のところ僕以外で冴さんだけのようだ。

 他の法律関係者のことは協力者として不適合な有象無象だと思っているのか、敵対者だと思っているのか。その内心は本人以外分からないだろう。

 

 

「足立さんは見回りですか?」

 

「ああ、うん。そんなところ。……あっ、断じてサボッてなんかないからね!?」

 

「いや、まだ何も言ってねーけど」

 

 

 黎の問いに対して肩を竦めて見せた足立だが、新島さん以外の【怪盗団】の面々は――真偽はどうであれ――“別件で、足立透が実際にサボッていた”ことを知っている。疑わしい目で見られてしまうのは自然なことだ。

 ムッとした足立が言い募る姿を見て、竜司は何とも言い難そうな顔をした。残念なものを見るような眼差し。言葉は濁しているものの、今回の一件も“足立透が見回りや捜査等をサボッている”と思ったのであろう。

 否定を求めるかのように、足立はキッとした表情のまま杏や祐介を見る。しかし、残りの2名も懐疑的な眼差しを向けるのみ。いつぞやの1回目が、痛烈な印象を刻んだようだ。この場には足立の味方がいないと察したのか、奴は不満そうに眉をひそめた。

 

 

「もしかして、貴方が足立刑事?」

 

「――ああ成程。キミが新島検事の妹さんか。実際に顔を合わせたのは初めてだね」

 

 

 そんな中、新島さんが声を上げる。足立の奴も合点がいったようにポンと手を叩いた。

 

 足立が新島姉妹に対してフォローしているらしき発言は聞いていたが、新島さんとは電話越しの会話しかしたことがなかったようだ。奴はへらりとした調子のまま、新島さんに話しかける。

 新島さんの家庭環境は、八十稲羽時代――特に【八十稲羽連続殺人事件】発生前後の堂島家とよく似ている。当時、足立は堂島家の家庭環境に思うところがあったらしく、色々やっていたらしい。

 

 しかしながら、足立では堂島家の家庭環境を好転させるに至らなかった。後からやって来た真実さんの介入によって、全てを掻っ攫われる形で家庭問題がほぼ解決したためである。“自分の頑張りは無意味だった”と思い知ったとき、足立が何を感じたのかは分からない。一歩間違えば自暴自棄を拗らせ、禄でもない方面に駆け出していたであろうことは確かである。

 奴がギリギリ踏み止まれたのは、真実さんでは解決できなかった事象があったからだ。過去の出来事から“いい人”――真実さん含んだ“八十稲羽の住民達”に対する忌避感を抱く凛さんが、他ならぬ足立を心の拠り所にしていたためだ。彼女まで真実さんの方に寄っていたら、足立は手の付けられない状況になっていたはずである。尚、本人もそれを認めていた。

 最終的には堂島親子から『足立も功労者(要約)』と言われて、やっと安堵することができたのだと思う。その言葉があったから、真実さんとの関係が“奇妙な友人”に落ち着いた部分もあったのだろう。劣等感と羨望に、心の底から相手を認めて許していたという点が複雑に絡み合って化学変化を起こした結果なのだと思う。閑話休題。

 

 

「……ふーん。なんだ、そういうこと……」

 

「?」

 

「ああごめん。何でもないよ。――『やっぱり僕は、そう言う役回りなんだな』って思っただけ」

 

 

 寂しそうに笑った足立の横顔は、自分の与り知らぬところで堂島家の家庭環境が好転したことを悟ったときのものとよく似ていた。例えるならそれは、“一縷の望みに縋った手が、何らかの理由で振り払われて途方に暮れてしまった子ども”みたいな雰囲気がある。

 奴の顔を見た僕は――理由は分からないけれど――、どうしてか、母を亡くした際の出来事を思い出した。祖父に当たる人物から『お前のせいで家族が滅茶苦茶になった』、『お前のせいで母親は死んだ』と責め立てられたときの僕自身を、客観的に見ているような気分になったのだ。

 

 何かを言わねばと思って口を開いたが、結局、何も言えないまま口を閉ざすしかない。

 足立は僕の様子に気づくと物珍しそうに目を瞬かせたが、ふっと表情を緩ませた。

 馬鹿な子を見るような眼差しが癪に障るけれど、それ以上に、こいつがそんな風に笑えるようになったことへの驚きの方が強かった。

 

 つい呆気に取られてしまった僕を尻目に、足立はスマホを取り出して電話をかけた。

 

 

「もしもし、空元くん? 僕だよ僕。キミのパイセン。今どこにいる? ――ふーん。結構近場にいるんだね」

 

 

 どうやら、電話相手は至さんらしい。僕等は目を瞬かせながら、奴の電話内容に聞き耳を立てていた。

 

 

「僕、今、キミん所の明智くんとそのお友達と一緒なんだよね。近くにいるんなら、なるべく早く回収してってくれないかな? ――渋谷の見回り、警察官と補導員の動員数が増えたんだよ。しかも、高校生のグループへ執拗に声をかけてる。厄介なことになる前に来てくれない?」

 

 

 ……成程。班目の【パレス】を攻略し終えたとき以上に、警察は渋谷を執拗に見回っているようだ。しかも、奴らが重点的に狙うのは高校生グループ。【怪盗団】の正体が高校生であることを考えると、あまりにもピンポイントが過ぎる。

 

 

「――お待たせ! 連絡ありがとなパイセン!」

 

「うーん。ギリギリセーフ、ってとこかな」

 

 

 奴が電話を切ってから数分後、足立から連絡を受けた至さんがやって来た。髪の毛が若干乱れていたのと着ていた服がヨレていたことから、大急ぎでここに来たことが伺える。足立が僕等を至さんに引き渡したその直後、警察官と補導員が近くを通りかかった。彼等は足立と僕等の存在に気づいて声をかけてきたが、深く追求することはできなかった。

 至さんは名実共に俺の保護者だし、南条コンツェルンの調査員という社会的な肩書もある。彼の背後には南条さんもいるし、警察官である足立ともそれなりにフレンドリーな間柄だ。警察関係者との繋がりを察するには充分である。結果、警察官と補導員たちは僕達を黙って見送るしかなかったのだ。

 

 僕の家に到着し、本当の意味でみんなは一息つく。至さんは「ちょっと待ってて」と言って料理を始めた。色々あったから時間経過を考える余裕なんてなかったけれど、よくよく考えれば、もうすぐ夕飯時である。今後の話し合いをした場合、恐らく帰宅は遅くなるだろう。仲間達はそれぞれの保護者/責任者達に『今日は遅くなる。晩御飯は要らない』と連絡していた。

 程なくして、僕の保護者は晩御飯を作り終えたようだ。今日のメニューはイタリアンを意識しているらしい。表面のチーズに綺麗な焼き目がついたリゾット、多種多様のハーブで味付けされたチキンソテー、魚のあらを使ったポモドーロ、野菜やチーズをオリーブオイルで和えたサラダが並んでいる。

 

 「食べながらゆっくり話し合いなさい」と言った至さんだが、直後、彼のスマホが鳴り響いた。

 

 

「はいはい南条くん? ――は? 航がグロッキー? “浴びるように酒を飲んだ”、“俺の名前を呼びながら眠り続けて動かない”……成程。その有様じゃあ、麻希に引き取らせるには荷が重かろうな」

 

 

 至さんはころころ表情を変えた後、「了解。すぐ向かう」と二つ返事を返す。電話を切るなり、彼は出かける準備を始めた。「まったくもう」とぼやく横顔は、愛情溢れる苦笑が浮かんでいる。

 甲斐甲斐しく準備をする様子を例えるなら、まるで母親か妻みたいだ。その様子を見ていた祐介が、何かを見つけたみたいに体を乗り出した。奴は両手で枠を作り、中心に至さんを添えている。

 

 

「あれは本当に単なる兄弟愛なのか? 禁断の愛の間違いではないのか? ううむ、その真偽を見極めるためにも、2人が傍で並んでいる光景を拝みたい――」

 

「人の保護者で何を妄想してるんだお前は」

 

「むぐぅ!? ――うむ、美味い! 絶品だ!!」

 

 

 熱の籠った祐介の分析を、俺は“奴の口にチキンソテーを突っ込む”という方法で強制的にシャットダウンさせた。というか、聞いて堪るかそんな分析。

 

 

「それ以上話の腰を折るんだったら、お前の分だけ無しにするぞ」

 

 

 僕が真顔で死刑宣告をすれば、祐介はそのまま沈黙した。今日の飯より眼前の画材を地で行く生活を送る喜多川祐介、台所事情は厳しい通り越して虚無である。

 ウチに来て夕飯を振る舞われる度に『今日のうちに、食べられるだけ食べておかなければ』と発言するような男だ。食べ物を出汁にすれば、ある程度誘導が効く。

 すっかり大人しくなった祐介を横目に、僕は黎へ視線を送る。黎は頷き、腹ごしらえ、及び作戦会議の開始を宣言した。それを聞いた仲間たちは、思うままに夕食へ手を伸ばした。

 

 ――それから暫し時間が経過して。

 

 本当の意味で張りつめた空気から解放され、気持ちも大分ほぐれてきたようだ。

 仲間達は思い思いに、【パレス】探索や新島さんの覚醒について感想を述べる。

 

 

「……しかし、凄いのが出たな。合気道とかそんなもんじゃねぇ。超武闘派じゃねえか」

 

「絶対怒らせないようにしよう。腕とか持っていかれそう……」

 

「やりかねんオーラはある……」

 

 

 竜司、杏、祐介がひそひそと話をしていた。確かに、新島さんのデビュー戦は完全に世紀末覇者という言葉が似合う有様だったし、彼女の怪盗服も棘が目立つデザインだった。

 バイク型のペルソナに跨ってシャドウを轢き倒すだけでなく、拳を使ってシャドウを殴り倒す物理攻撃も披露してくれたのだ。今までのアレが猫かぶりだと考えると空恐ろしい。

 

 

「今まで色々な武闘派を見てきたけど、轢き殺す系は初めてだよ……。ということは、お姉さん――冴さんにもあのケがありそうだから……」

 

「吾郎、頑張れ」

 

 

 僕がひっそりと分析していたら、竜司が乾いた笑みを浮かべて肩を叩いてきた。竜司の接点は新島さんだけだから、冴さんのことに関しては完全に他人事である。

 片方のことだけを考えればいい竜司が羨ましいが、獅童の悪行を止める/黎の無実を証明するために俺が選んだ道だ。己自身のためにも逃げるわけにはいかない。

 決意を新たにした僕を横目に、黎は新島さんと話をしている様子だった。僕たちもひそひそ話を止めて、新島さんの方に向き直った。

 

 

「新島さん、大丈夫?」

 

「ここ何年かで、一番疲れた……。だけど……結構、良かった」

 

 

 黎の問いに答えた新島さんは、とてもスッキリした表情を浮かべていた。金城の元へ突撃していったときのような焦燥はすっかり鳴りを潜めている。憑き物が落ちたみたいだ。

 おそらく、いい笑顔を浮かべる新島さんの姿こそが本来の“新島さんらしさ”だったのだろう。その笑い方は、新島さんの話をする冴さんの笑い方とよく似通っていた。

 

 

「まさか、追いかけていた怪盗団に自分がなっちゃうなんてね。お姉ちゃんが知ったら失神しちゃうかも」

 

「失神してくれれば御の字じゃないかな。『よくも真を巻き込んだわね!?』って、僕ら全員が尋問室送りにされそうだ。……いや、下手したら拷問?」

 

「失礼ね。明智くんはお姉ちゃんを何だと思ってるのよ」

 

 

 カム着火ファイヤーインフェルノ状態の冴さんを思い浮かべる僕のことを、新島さんはジト目で睨みつけてきた。僕はさっと目を逸らす。

 

 

「でも、自分がペルソナ使いになることで、改めて分かったことがあるわ。認知世界、【パレス】や【メメントス】を介して行われる犯罪を解決しようなんて考えたら、異世界に直接介入できるペルソナ使いに頼る以外、解決手段が何1つ存在しない。……明智くん、お姉ちゃんに異世界のこと話したのね」

 

「【怪盗団】や【廃人化】事件を追いかけてる検事に、異世界のことを喋ったのか!?」

 

「僕が望んで開示したわけじゃない。足立の野郎が冴さんを【マヨナカテレビ】へ突き落したんだ」

 

 

 新島さんの話を聞いた竜司が顔を真っ青にして喰ってかかる。僕は首を振り、己の無実と潔白を訴えた。

 ついでに、新島さんへ【マヨナカテレビ】――及び、【八十稲羽連続殺人事件】の情報を開示しておく。

 

 4年前、八十稲羽というド田舎で発生した奇妙な連続殺人事件。被害者は死体がテレビアンテナに吊り下げられており、一部の目撃情報では『【マヨナカテレビ】という都市伝説を試したら、テレビ画面に被害者が映っていた』というオカルトチックな話も跋扈していた――この説明だけで、新島さんは顔をしかめる。……致し方ない。良くも悪くも、新島さんの感性は普通であった。

 だが、僕の様子から『この事件にもペルソナ使いが関わっている』ことは察しがついたようで、「足立刑事もペルソナ使いなの?」と問いかけてきた。僕は迷うことなく頷く。マガツイザナミを顕現し、シャドウの群れをしばき倒したやさぐれ刑事の後ろ姿は何度も見てきたためだ。――自分の居場所と大切な人を守るために、たった1つの嘘を本当にするために、全てをかけた男の背中も。

 超常の力を駆使して犯罪を犯す連中に、法律がまともに機能するはずがない。更に言うなら、実際、【影時間】や【マヨナカテレビ】に関する案件が表社会に出てきたことも無いのだ。おそらく、これからも異世界関係の出来事は曖昧なままフェードアウトしていく定めにあるのだろう。……現在の人間には、それを受け止めるだけの“強さ”が足りないとも言える。

 

 勿論、ペルソナ使い達は、“現時点の表社会に全てを明るみに出してしまえば、社会や人類は大混乱に陥ってしまう”ことを知っている。故に、社会的立場問わず、“怪異は誰も知らぬ場所で、ひっそりと燃え尽きるべきである”というスタンスを保ってきた。

 

 

「今まで僕が遭遇して来た出来事や、あの一件で僕の協力者になってくれた冴さん、ペルソナ使い達の意見を参考にする限り、【パレス】や【メメントス】の存在が明かされる可能性は『低い』と考えていいだろう」

 

「【マヨナカテレビ】を用いた【八十稲羽連続殺人事件】も、【影時間】を悪用したストレガによる殺人代行も、カルトに傾倒した須藤親子が起こした一連の騒ぎも、神取鷹久が起こした【セベク・スキャンダル】も、人間の黒幕とその顛末くらいしか語られてないからね。寧ろ、それ以上はタブーになってる感じかな」

 

 

 「ペルソナ使いの司法関係者が僕等の敵に回らない限りは、完全立証は不可能だろうね。いや、仮に、彼らが力を尽くしても闇に葬られるんじゃないかな。表の尺度で測れるようなものではないし」――僕と黎の見解を聞いた面々は、周防刑事や明彦さんを思い出して渋い顔をした。

 それを聞いた新島さんの表情に緊張が走る。――新島さんの父親は、嵯峨検事や浅井事務次官と共に須藤竜蔵を追いかけていた刑事だ。だが、彼は須藤竜蔵の手先から攻撃を受け、浅井事務次官と共に命を落としている。嵯峨検事はその後裏社会に身を潜め、パオフゥと名乗り、ケジメを付けるために奔走していた。

 

 

「……明智くんと有栖川さんは、ペルソナ使い達の戦いに同行していたのよね?」

 

 

 新島さんの問いかけに、僕と黎は頷く。新島さんは真剣な顔で問いかけてきた。

 

 

「私のお父さんは刑事だって話したわね。父は須藤竜蔵の事件を追いかけて、その最中に殉職したの。――その後、確かに須藤の罪は暴かれたけど、行方不明になって死体は見つからずじまい。最終的には“自身が起こしたテロで死亡”という形で幕引きとなったわ。……あの事件で、須藤竜蔵がどうなったのか、明智くんと有栖川さんは見たんでしょう?」

 

「見たよ。奴がどんな目的で多くの人を傷つけ、苦しめてきたのか。その果てにどうなったのかも全部知ってる」

 

「教えて頂戴。私、本当のことが知りたい。――ペルソナ使いとして目覚め、異世界や異形の存在に触れたんだもの。覚悟は出来てるわ」

 

 

 新島さんは力強く宣言し、頷き返す。僕と黎は顔を見合わせた後、須藤竜蔵の顛末についてかいつまんで説明した。

 

 ニャルラトホテプという悪神から介入を受けた須藤竜蔵は、悪神を『御前』と呼び、その託宣通りに行動を起こした。息子の竜也は父を毛嫌いしていたものの、同じ悪神から唆され、その際に吹き込まれた滅びの夢関連の知識を【電波】と称し、それを現実に再現するために行動を起こしている。竜也にとっての現実は『間違い』で、滅びの夢と同じ道を辿ることが『正しい』と思ったが故の行動だ。

 結果、息子の方は舞耶さんを始めとしたペルソナ使いと交戦。その果てに『恐怖はばら撒かれた。JOKERは死なない』と言い残して息絶えた。後者は散々ペルソナ使い達を引っ掻き回した挙句、最後は悪神に切り捨てられた。『何故です御前! 私はあなたの為に――』――そこから先の言葉が続くことは無かった。次の瞬間には、断末魔の声を上げ、異形に変貌したからだ。

 人の意志を亡くした化け物は、その場に居合わせた生きている人間を無差別に手にかけるだけの異形でしかない。説得はおろか、コミュニケーション能力すら残っていなかった。――故に、ペルソナ使いたちは、須藤竜蔵“だったもの”を撃破した。奴は異形としてはおろか、人間としての死体すら残らなかった。

 

 僕等から須藤竜蔵の真実を聞いた新島さんは、眉間の皴を数割増しにして息を吐く。外道を極め尽くした果ての自業自得だと言えばそれまでだが、人としての終焉すら取り上げられた男に何を思ったのか。

 しばしの沈黙の後、新島さんはバタフライピーの紅茶を煽った。「教えてくれてありがとう」と紡いだ新島さんは、静かに微笑む。――彼女の中で、須藤竜蔵の一件に一区切りつけることができたらしい。

 

 

「ならば、私がこの力に目覚めたのも運命だったのかも知れない。今の話を聞いて、猶更そう思ったわ」

 

「【怪盗団】になることが? どうして?」

 

「私はお姉ちゃんみたいになれないもの。いつか分かり合えないときがくるって思ってた」

 

 

 杏の問いに、新島さんは苦笑する。必死に働く姉の姿に感謝はしていたけれど、姉の姿をどこか哀れに感じることがあったらしい。

 ペルソナの声を聴いて、新島さんは自分の本音をハッキリ聞き取った。要するに、新島さんは根っからのマジメではなかったのだ。

 「“いい子”の仮面は大人の言いなりになっていただけ」と新島さんは自己分析する。……確かに、今の彼女からは息苦しさを感じなかった。

 

 頭も切れるし度胸もある――新島さんの才能は、参謀に向いている。僕のような怪異専門・超弩級の邪道一辺倒とは違い、一般的な正攻法と邪道に関する作戦立案役にはぴったりだろう。斜め穿った見方しかできない僕ではカバーできない部分だ。

 そのことを仲間たちから提案された新島さんは「役に立てるなら」と言って快く引き受けてくれた。彼女のコードネームも(“世紀末覇者”を推し過ぎて紆余曲折あったが)『クイーン』に決定した丁度そのタイミングで、黎と真の携帯が鳴った。

 

 

「こっちの金城は、パレスの出来事を知らないのね」

 

「ああ。だが、こっちのカネシロの認知が変わればパレスは影響を受けるぜ。慎重にな」

 

 

 金城からの催促状を読んだ真は、改めて【パレス】の世界と現実世界の差異を認識したようだ。モルガナも念を押す。

 

 認知を書き換えることで【パレス】攻略に影響が出た事例は、班目の【パレス】攻略でも実証済みであった。あのときは上手い具合に作用したから良いものの、逆のケースだってあり得る。金城【パレス】の攻略は、慎重に行うに越したことはない。

 期限は残り3週間。そうして、あのセキュリティだ。余計な接触は控えるべきだろうが、突破口を開くためには奴の懐に忍び込まねばならないこともあろう。虎穴に入らざれば虎子を得ず。笑えないけど笑ってしまう。――なんとも怪盗らしくなってきたではないか、なんて。

 

 

「金城を【改心】させることができれば、絶対イイよね!」

 

「叩き潰してやるわよ。私を怒らせたこと、必ず後悔させてやる……」

 

「その意気だよ、真」

 

 

 杏が手を握り締め、真は不敵に笑いながら拳を打ち付け、そんな2人を黎が優しい眼差しで見守る。全会一致で、【怪盗団】のターゲットが金城潤矢になった瞬間だ。

 明日以降からは作戦実行だと息巻く仲間たちは、夕食に舌鼓を打ちつつ和気藹々と語り合っていた。その様子を見つめながら、僕は考える。

 

 今回、【怪盗団】がターゲットとして選んだ金城潤矢は、僕が追いかけている獅童正義と繋がっている。

 それだけじゃない。鴨志田を黙認した秀尽学園高校の校長や、意図せずなし崩し的に狙った班目も、獅童と繋がりがあった。

 獅童は既に【怪盗団】に目を付けており、金城を【改心】させれば、獅童は今度こそ【怪盗団】を敵として認定するだろう。

 

 そして何より、人知の及ばない強大な力を持つ『神』による介入の疑いが濃厚だ。【怪盗団】のターゲットを、()()()()()()()()()()()()()()獅童正義に向かわせている――こんな芸当ができるのは、『神』と称される類の連中くらいだ。

 

 明智吾郎はピンポイントに穿った見方しかできない。保護者である空元至や恋人の有栖川黎と駆け抜けてきた旅路が、今の僕の価値観を定めている。

 こんな話をしたって、信じてもらえるとは思えなかった。気に留めてもらえるとも思えなかった。けれど、このまま黙っていることもできない。

 

 

(……覚悟を決める、か)

 

 

 達哉さんの静かな面持ちが、明彦さんの苦しそうな面持ちが脳裏をかすめる。

 

 もうこれ以上は隠し通せそうにないし、隠し続けることで発生するデメリットの方が大きい。隠したせいで【怪盗団】の面々を危険に曝すこともできなかった。

 自分の背負ったものに振り回されてばかりで、背負い続けることもできなくて、呆気なく崩れ落ちてしまいそうで――そんな自分が、嫌いだった。

 寄りかかっても、許されるだろうか。手を伸ばしても、助けを伸ばしても、良いのだろうか。……手を、握り返してもらえるだろうか。

 

 

「吾郎」

 

 

 名前を呼ばれた。顔を上げる。そこには、静かに微笑む黎がいた。野暮ったい眼鏡の奥で、灰銀の瞳が煌めく。すべてを赦すように細められた眼差しに、僕は酷く泣きたい気持ちに駆られた。手を伸ばして、縋りつきたくて仕方ない。

 他の面々も、僕が何かを言いたいのだと気づいたらしい。食べる手や議論の手を止めて、余計な茶々を入れることなく、ただ静かに待っている。大丈夫だと告げるように。彼らの眼差しはどこまでも温かくて、力強くて、優しい。

 

 ()()()()()()()()()()()――僕の中にいる“何か”が苦笑した。

 

 ()()()()()。【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこにいたいと、いたかったと、いるに相応しいものであったらよかったと、ささやかな願いを抱いたのは誰だったんだろう。偽物が齎すまどろみすら打ち砕こうと思えるくらい、“誰か”の欲したもの――今僕が望んでやまないものが目の前にある。手を伸ばせば、きっと掴める。

 

 

「……みんな、聞いてくれ。金城をターゲットにするにあたって、話しておきたいことがあるんだ」

 

 

 神妙な面持ちでそう切り出した僕の話を、仲間たちは遮ることなく訊いてくれた。

 

 

「鴨志田卓を庇っていた秀尽学園高校の校長、前回僕らが【改心】のターゲットに選んだ班目一流斎、そして今回僕たちがターゲットとして選んだ金城潤矢には、ある人物との共通点がある」

 

「ある人物?」

 

「獅童正義。国会議員で現職大臣。次期総理候補とも目されている政治家だ。……そして、昨今の【廃人化】事件の黒幕であり、僕が【改心】させたい相手でもある」

 

 

 僕の話を聞いた仲間たちは目を丸くした。今まで【怪盗団】が関わって【改心】させてきた人間や、これから【改心】させようとしている相手に共通点があったとは思っていなかったのだから当然だろう。僕が【改心】させたい人間に行きつくことになるなんて、予想していなかったはずだ。

 それだけではない。僕が挙げた人物――獅童正義が、自分の駒に命じて【廃人化】事件を引き起こしている張本人なのだ。それ故に、自分に関わりのある人間を脅かしている【怪盗団】の動きに注視している。恐らく、金城を【改心】した後は本格的に敵視してくるであろう。

 鴨志田と班目をターゲットとして見出し【改心】したところまでは“偶然”と言えるだろうが、3人目のターゲット――金城にまで獅童正義が関わっているとなると“偶然”とは言えない。ここまでになると、最早“故意”の類だ。

 

 

「僕の経験則が正しければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えられる。そいつが動くとしたら、獅童正義を【改心】させた後になるだろう」

 

「須藤親子を唆していた真の黒幕が悪神ニャルラトホテプだったように、ペルソナ使い達が解決した事件にも『神』が関わってる。巌戸台のときは人災由来で目覚めてしまった死の権化ニュクス、『人の望みを知りたい』という善意がねじ曲がった結果、嘘の権化として顕現したイザナミが該当するよ。……まあ、『神』が事件やペルソナ使いとどう関わっているかは、『神』の特色次第なんだけど……」

 

 

 僕の言葉に補足を入れたのは黎である。彼女も僕や至さんと一緒に数多の地獄絵図を乗り越えてきた身。『神』の一件については理解が速かった。

 彼女は“確証が持てなかっただけ”で、【怪盗団】として活動していくことを決めたときから、薄々『神』の存在を察していたのかもしれない。

 対して、他の面々は神妙な面持ちで顔を見合わせていた。「スケールが大きすぎてついて行けない」と言いたげな表情である。その気持ちはよく分かった。

 

 僕だって、保護者である至さんに連れられて怪異事件に巻き込まれていなければ、こんな話を真面目な顔でする/信じることになるだなんて思わなかっただろう。これが、僕が僕自身を“怪異専門・超弩級の邪道一辺倒”担当と自負する所以であった。

 

 真顔で納得する黎の姿に、「リーダーが信じるならば」僕の話を信じてみようと思ったようだ。仲間たちも、半ば半信半疑ではあったが頷き返してくれた。

 こういう覚悟があるのとないのでは全然違ってくるので、日頃から“何となく”でも意識してくれれば幸いである。僕が内心ホッと一息ついたときだった。

 

 

「でも吾郎。貴方が獅童正義を追いかけているのは、“奴の『駒』が【廃人化】による殺人を行っている現場に居合わせた”だけではないんでしょう?」

 

「……確かに。赤の他人同然の政治家を“犯罪の現場に居合わせたから”追いかけるというのは、“今までその情報を伏せていた”理由として弱いな」

 

 

 案の定、真は僕の話に引っかかりを抱いたらしい。彼女の指摘に祐介も同意する。仲間たちも同じことを思ったようで、竜司、杏、モルガナも「言われてみれば」と頷いた。

 僕は黎に視線を向ける。彼女は静かな面持ちのまま、僕の言葉を待っていた。すべてを受け入れ、許すと言わんばかりの優しい眼差しが――どうしようもなく、嬉しい。

 大丈夫。きっと、多分大丈夫。すべてを手放すことになっても、僕の大事なものは変わらない。為すべきことも変わらない。

 

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 でも、その夢を見れたことを後悔はしていない。夢の中で手にした希望は、ずっと僕の中に残り続ける。

 有栖川黎を想い、有栖川黎に想われた日々は、()()()()()()明智吾郎にとっての“すべて”だった。

 

 

「獅童正義は、黎に冤罪を着せた張本人だ」

 

 

 僕は一度言葉を切って、ゆっくり口を開く。

 

 

「――そして、俺の……“実の父親”なんだ」

 

 

 仲間たちが息を飲む音が響いた。僕を見ていた黎が目を丸く見開く。それを見た途端、俺の決意はあっという間に瓦解した。

 

 彼女を真正面から見ていられなくなって、俺は思わず視線を逸らす。目線は自然と下へ向かい、俯いていた。

 自分を陥れた男の息子である俺に対して、被害者である黎からは、どんな罵倒の言葉が飛んでくるのだろう。

 

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 濁流のように湧き上がって来た感情に飲み込まれる。この想いは俺のモノだろうか。それとも、俺の中に居座っている“何か”のモノだろうか。

 分からない。自分という存在が曖昧になって、ガラガラと崩れていくようだ。しがみつく当てもない。ああ、溺れてしまいそうだ――。

 

 沈黙がいたたまれなくて、俺は口を開く。思った以上に上ずった声が出た。はは、と、乾いた笑い声が漏れる。

 

 

「……分かってるよ。“俺は黎の隣(ここ)にいるべきじゃない”ってことくらい、分かってる。……分かってたけど、ずっと言えなかった。――ごめん」

 

「――だから何だって言うの?」

 

 

 溺れかけていた僕の心を救い上げたのは、凛とした声。反射的に顔を上げれば、穏やかな微笑を湛える黎の姿があった。

 

 

「でも、僕は……俺の父親は、黎のことを――」

 

「吾郎はいつだって、私を助けてくれたでしょう? 感謝こそすれど、嫌いになるなんてあり得ないよ」

 

 

 有栖川黎の双瞼には、一切の嘘偽りもない。ただ真っ直ぐに、明智吾郎を見つめている。明智吾郎という存在を求めている。傍にいてほしいと願ってくれている。――俺に手を差し伸べてくれている。

 

 

「なあ、吾郎。よく分からねーけど、お前が誰の息子だって関係ないだろ。お前のオヤジは確かにクズだけど、お前は奴と全然違う。親が悪者だからって、吾郎までその罪を背負わなきゃいけねーのは違うだろ!?」

 

 

 「お前はずっと黎に惚れてて、黎のこと大事にしてたじゃねーか!」と、竜司は真っ直ぐな言葉で訴えた。

 失礼な話だが、彼の語彙力が低い分、紡がれる言葉は朴訥で――けれど、強い調子で俺の心に突き刺さってくる。

 必死に、真摯に、彼は自身の想いを俺にぶつけてきた。彼もまた、俺に手を差し伸べてくれているのだ。

 

 

「……吾郎は偉いよ。アタシだったら、“自分の親が自分の大切な人を嵌めた張本人だ”って言えない。だって怖いもの。もしアタシと志帆の関係がそうだったら、そのまま黙って離れてったと思う」

 

「杏……」

 

「そうよね。私なんて、誰かに必要とされたい一心で“いい子”になろうとしてた。大人たちの言いなりになったのも、そのためだった。必要とされるには、自分自身を殺すしかないって思いこんでた。……そんな奴なんかと比べれば、吾郎は立派じゃない。周りの評価に負けず、自分自身に嘘をつくことなく、ちゃんと言葉にして伝えたんだもの。自分自身の“正義”に従って」

 

「……真」

 

 

 【怪盗団】の女性たちが静かに微笑む。彼女たちも、俺に手を伸ばしてくれている。手を掴めと促してくれている。

 

 そんな彼女たちを見ていた祐介とモルガナも頷いた。

 彼らの眼差しも、酷く優しい。

 

 

「吾郎。お前が黎を想う気持ちに、一切の嘘偽りはなかった。いつだって真摯に、ひたむきに、彼女を愛していた。文字通り、比翼連理という言葉が似合う程に」

 

「惚れた相手は守り抜く。怪盗として、そして紳士としての矜持だ。それを生涯かけて、命に代えてでも守り通そうとする気概を持ってるオマエが、ワガハイたちの仲間じゃない訳がない! オマエは立派な“【怪盗団】の一員”だぞ、ゴロー!!」

 

 

 みんなの言葉が、俺を雁字搦めにしていたしがらみを断ち切っていく。それは、マリオネットの操り糸が鋏で断ち切られていくのとよく似た感覚だった。

 ぱちん、ぱちんと、糸が切れる音が聞こえてくる。重苦しくて身動きできなかったはずの身体が軽い。――今なら、思った通りに動けそうな気がした。

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 恐る恐る、俺は手を伸ばした。

 黎は力強く笑って、迷うことなく俺の手を取る。

 

 

「一緒に獅童を【改心】させよう」

 

「……黎……」

 

「そうして、それが終わっても、一緒にいよう」

 

「! ――ああ。うん、そうだね。……ずっと、一緒にいよう」

 

 

 ――それは、嘘偽りのない、俺の願いだった。

 

 

 

◇◆◆◆

 

 

 

「いーたーるーぅ」

 

 

 でれでれとした声を上げながら空元至に絡むのは、彼の双子の弟である空元航であった。色白の顔は真っ赤に染まっており、呼気からはアルコールの香りが漂う。

 「ああはいはい」と適当に相槌を打ちながら、至は酔っ払いの航を相手する。ぞんざいな返答をされていると知ってか知らずか、航はぐりぐりと頭を押し付けてきた。

 

 

「にーさぁん……」

 

「痛い、痛いって! おい、大人しくしとけよ酔っ払い。あまり騒ぐと運転手さんの迷惑だろ」

 

「にーさんだいすきぃー」

 

「あーはいはい。俺も大好きだぞー」

 

 

 現在、空元兄弟はタクシーで移動中である。酔うと至限定で幼児退行の絡み上戸になる航は、兄さえいれば後は周囲がどうなっていようと知ったこっちゃない。

 

 絡み合う兄弟を見ていた運転手は深々と息を吐いた。「『迷惑料を寄越せ』と言われないだけマシかもしれないな」と小声で呟き、至は苦笑する。素面である方には、余分に取られても仕方がない様を晒しているという自覚はあった。

 猫のように頭を押し付けてくる弟に対し、兄は某動物王国の主の様に「おーよしよし、おーよしよし」と頭を撫でていた。正直な話、半ば自棄である。「お前はネコ科か」とぼやきながら、わしゃわしゃと髪をいじっていたときだった。

 

 

「いたるー」

 

「んー? どうした航?」

 

「ずーっと、いっしょ」

 

 

 弟の言葉を聞いて、兄は一瞬動きを止めた。至の横顔から表情という表情がごっそりと抜け落ちる。

 驚愕、恐怖、絶念、悲哀――藤色の瞳はゆらゆらと揺らめくように伏せられた。

 そんな至の様子を知ってか知らずか、航はにへらと幸せそうな笑みを浮かべた。

 

 赤紫の瞳は、“航は至とずっと一緒にいられる”と無邪気に信じていた。そんな当たり前の日常が続いていくものだと信じて疑わない。明日も明後日もその次の日も、そんな日々が続くのだと思っている。

 

 暫し沈黙した至は、静かな笑みを浮かべた。凪いだ水面のような笑みだった。

 藤色の瞳には、相変わらず4つの感情――驚愕、恐怖、絶念、悲哀――を湛えたまま。

 

 

「そうだなぁ。――……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――思わず呟いた言葉は、縋るような声色をしていた。

 

 

 

◆◇◇◇

 

 

 

「冴さん。金城潤矢という名前に聞き覚えは? ここ最近、渋谷を牛耳っている自称マフィアなんですけど」

 

 

 僕の問いかけに、冴さんは目を丸くした。探偵王子が渋谷の(自称)マフィアの名前を挙げるような兆候など、今まで一切示していなかったからだろう。

 

 訝し気に首を傾げたけれど、彼女は己の推理力と慧眼を発揮して“金城が【廃人化】及び【精神暴走】事件に関する重要情報に絡んでいる”と気付いたらしい。冴さんは顎に手を当てた後、検察の内部情報を提供してくれた。それは、金城が御影町・珠閒瑠市・巌戸台・八十稲羽で高校生をターゲットにした“仕事”をしていた話とも関連しているようだ。

 権力者の介入によって、金城は悪徳商法(詐欺・恫喝からのゆすりたかり)による荒稼ぎに精を出す環境が保障されている。ペルソナ使い達のお膝元で悪事を行い、最終的には支部長を切り捨てて逃げきれたのも、奴らの支援や斡旋があったためであろう。これらの見返りに、金城は自身の協力者達へ上納金を納めているらしい。

 特捜部長が【廃人化】事件の黒幕――獅童正義――と繋がっていることを考えると、金城を追いかけた警察や検察への妨害が如何程の物か、察するに余りある。だが、嘗てのペルソナ使いが追及を諦めていないのと同じで、東京の警察や検察にも骨のある人間がいた。表沙汰にはしていないが、彼等はこっそり、金城を摘発するために動き回っているという。

 

 警察や検察側の金城評は『本人自体は小物だが、大物との繋がりがある』とのことだ。

 有志の関係者は情報を集めつつ、金城を引っ立てるタイミングを計っている。

 

 

「それで、金城が【廃人化】や【精神暴走】と何か関りがあるの? ……それとも、関わっているのは、異世界や【怪盗団】絡みの方かしら?」

 

「ビンゴです、冴さん」

 

 

 僕は頷き、“【怪盗団】が金城潤矢を狙っている”という情報を手渡す。……と言っても、諸事情を煙に巻くような言い回しにしておいたけど。

 『異世界の探索中に、“【怪盗団】が金城潤矢に注目している”という情報を手に入れた。もしかしたら、次の【改心】対象者として見出されるかもしれない』――。

 ……嘘はついていないから、大丈夫だろう。大事なことを敢えて隠しているだけだ。どうあがいても“後で怒られる”という結末だけは変えられないが。閑話休題。

 

 

「【怪盗団】が金城の【改心】に乗り出す可能性、ね。有意義な情報ありがとう。少なくとも、()()()()()が丸潰れになる事態は避けられそうだわ」

 

 

 僕からの情報提供を受けた冴さんは、満足気に微笑んだ。その表情は普段通り、見慣れた笑い方のはずである。――なのにどうして、何とも言えない悪寒を感じてしまうのだろう。いいや、そもそも冴さんの行動理念に“自分達の面子”は含まれていただろうか。

 確かに冴さんは向上心が高い――もとい、非常に野心の強い女性だ。『手柄を挙げて出世し、検察組織の腐敗や癒着を正すことで、自分の考える正義を執行するのだ』と熱を持って語っていた。己の正義を貫くために、日夜仕事に励んでいる。

 

 共に行動していくうちに、僕は冴さんのことを“事件解決のためにグレーゾーンを突っ切る覚悟や思い切りの良い一面がある女性”だと思ったし、実際彼女がそういう行動に走った姿も目にしていた。

 検察の面子を放り出してでも、正義を貫こうとしていた姿を知っている。だから僕は、【廃人化】や【精神暴走】を追いかける警察官や検事の中でも信頼できると思ったのだ。

 

 

(……検察の面子を持ち出すなんて、何か、いつもの冴さんらしくないなぁ……)

 

「今回の情報を上手く使えば、私の手柄に繋がるわね。上層部にも恩が売れるだろうし、出世の足掛かりにもできる。それさえできれば、私の正義や理想を形に出来るわ。組織の改革だって……」

 

 

 僕が訝しんでることなど一切気にせず、冴さんは自身の出世プランを妄想している。その妄想がどこに行きついたかは分からないが、最終的に冴さんのやる気が上がったあたり、局のTOPに到達したのであろう。彼女は意気揚々と関係者たちに声をかけ始めた。

 

 “【怪盗団】が金城潤矢に興味を持っているようだ。奴が次のターゲットとして選ばれる可能性がある”という情報は関係者一同へ瞬く間に共有され、『【怪盗団】が動くより先に金城潤矢に圧をかけよう』という方向性が固まった。内偵中の人々には追って情報が伝えられることとなった。

 関係者曰く、「組織内部に裏切り者がいる可能性も視野に入れているため、大っぴらに動くことは難しい」とのことだ。奴らが金城をつるし上げるより、【怪盗団】が金城を直接叩いて【改心】させる方が圧倒的に速い。冴さん側にもメリットになるようにしたいけれど、僕等には金城からの催促期限がある。

 とりあえず僕は「秀尽学園高校の女子生徒が金城に脅されているらしい。金の支払い期限も近いようだ」と吹聴しておく。勿論、名前や学年は「依頼者からは“守秘義務の徹底”を条件に話して貰えた」と言ってゴリ押す。僕の頑なな主張に何かを察した冴さんが適当に流してくれたおかげで、それ以上の追及はされなかった。

 

 新たな被害者が増える前に決着を付けようと思ってくれれば幸いである。ただ、獅童と繋がっている金城を守るために、特捜部長が邪魔してくることは確実だ。

 十中八九捜査や内偵は難航するだろうし、権力者の圧力で身動きが取れなくなる可能性が高い。そうなれば、僕の情報で挙げられた“次のターゲット”は事実上“捨て置かれる”ことになる。

 

 ……“金城に金の支払いを催促されている秀尽学園高校の女子生徒がいる”というのは事実。ただ、それが“有栖川黎と新島真である”と言っていないだけだ。

 どれ程の時間が経過するかは分からないが、冴さんが【怪盗団】を追いかけ続ける限り――どんな形になるかは知らないが――、いつか今回のことを知る日が来るだろう。

 

 

(全てを知られたら、怒髪天は避けられないだろうなァ)

 

 

 足立とのタイマン後に目の当たりにしたブチ切れ冴さんを思い出しつつ、僕は心の中で苦笑する。もしかしたら、それを超えるようなガチ切れっぷりを目の当たりにするかもしれない。

 僕がそんなことを考えたとき、不意に、脳裏に浮かんだ光景があった。絢爛豪華なカジノの奥で高笑いしていたのは、賭博場を取り仕切る女支配人。キツいメイクと黒いドレス。

 次の瞬間、支配人は怒りの咆哮と共に姿を変えた。バスターソードとガトリングライフルを抱えた狂戦士が、雄たけびと罵詈雑言をまき散らしながら肉弾戦を仕掛けてくるという図だ。

 

 こんな光景など僕は知らない。ただ、出所に成り得そうな原因なら思い至る。

 

 僕は思わず心の海に意識を向けた。水底は相変わらず暗くてよく見えない。けれど、以前までの暗さと比較すれば、若干明るくなったような気配があった。

 薄らぼんやり、蠢く何かの気配を感じ取る。それが人影だと認識した次の瞬間、僅かな明るさは即座に消え失せてしまった。あとは、黒に近い濃紺が広がるのみ。

 

 

(滅びの夢で見たデジャ・ヴュみたいだ)

 

 

 珠閒瑠での経験を引っ張り出しながら、僕はひっそり思案する。至さんが僕と黎を庇って致命傷を負いながらも、最後は達哉さんたちを先に進ませるため、悪魔の群れに1人で挑みかかったときの光景。

 

 あの光景には滅びの夢/『向こう側』で発生した悪神の計略が関わっていた。無意味なものではなかったことを僕は知っている。――ならば、先程見えた女支配人と狂戦士の姿も、何かに関連付けられているのであろう。……例えば、心の海の向こう側から僕に干渉してくる“誰か”のような。

 女支配人と狂戦士の光景を介して感じたのは、僕の思考回路によって“誰か”が咄嗟に思い浮かべただけのもの。普段のような強い感情はなく、本当に、たまたまポロっと浮かんでしまっただけのものだ。今までは強い感情しか感じ取れなかったことを考えると、“誰か”と僕の間にも、それなりの繋がりが築かれているのかもしれない。

 

 こちらの方も、いつか明らかになるのだろうか。

 “誰か”の正体も、介入してきた理由も、この繋がりを得た意味も。

 その日を迎えたとき、僕はどんな理不尽と向き合うことになるのだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 【怪盗団】に手を貸してくれたペルソナ使い達は、僕等が【パレス】を攻略している最中に【改心】対象者といざこざを起こしたことが起因になっていた。結果、僕等がパレスの主と戦う際、至さんから送られてきた【イセカイアプリ 特別版】なるアプリによって援護に駆けつけてくれている。

 彼等はみんな社会人であり、会社に所属して働いている身。場合によっては家族を優先することもある。それに関して僕は“当然のこと”だと思っているし、【廃人化】や【精神暴走】事件は僕達第5世代のペルソナ使いが向き合うべき問題だ。手を貸して貰えるだけありがたい。

 

 しかし、今回は今までの2件――鴨志田と班目の【改心】――と、少しだけ毛色が違う。

 

 

「――というわけで、自身の性能実験や第5世代シャドウへの更なるデータ収集・分析のため、今回の【パレス】攻略に参加して貰うことになったアイギスだよ」

 

「二度目まして。【シャドウワーカー】から出向してきましたアイギスです。今回も宜しくお願いします」

 

 

 ジョーカーから紹介を受けたアイギスは、【怪盗団】の面々に対して恭しく頭を下げた。パッと見ただけでは、彼女がロボットであると分からない程の滑らかな所作である。

 仲間たちはその動きや開発元である桐条財閥の技術力に感心しつつ、臨時メンバーのアイギスを迎え入れた。彼女の有能さは、以前の【メメントス】で把握済みだから。

 本気になれば、機関銃装備で銃弾の雨あられを振らせたり、ロボットとしての機能を活かした肉弾戦だってこなせる万能兵器。人外故、耐久力だってお墨付きだ。

 

 巌戸台の戦い――特に、アイギスが加入した直後――のときは、人外故に人間社会や心の機敏について疎かったけれど、巌戸台の戦いやその他諸々のトラブル等を経て、彼女は一個人としてのアイギスという自我を確立させている。問題があるとするならば、“時折、人外ジョークを交えて笑いを取ろうとして失敗する”くらいだ。

 

 

「では早速、まずは【パレス】本体の耐久性を調べたいのですが、あのUFO目掛けて砲撃を打ち込んでも構いませんか?」

 

「「ストップ!!」」

 

 

 ……多分、今回の発言もそれだろう。初っ端からとんでもないことをのたまい、換装用の装備に手をかけたアイギスへ、僕とジョーカーはツッコミを入れる羽目になった。

 【パレス】に関するデータが欲しいと思うのは分かる。でも、だからといって、攻略を開始する前に【パレス】そのものへ物理攻撃を仕掛けるような行動はさせられない。

 

 モナ曰く――鴨志田の【パレス】攻略以降、僕達は実際にそういうヘマをしたことはないが――『【怪盗団】が【パレス】内部のシャドウに見つかると、【パレス】の主の警戒度が上昇する』とのことだ。一定以上の警戒心を抱かれた場合、【パレス】探索に支障をきたす。最悪の場合、即刻脱出しないと“【パレス】内部に囚われてしまう”という。

 ジョーカーとスカルは顔を見合わせた後、“モナとの出会いが【パレス】内部に囚われてしまった”ことを零した。勿論、モナは自身の黒歴史をバラされてご立腹である。唯一救いがあるとするならば、方向は問わずともパンサーの笑いを取れたことくらいか。最終的に、モナは“好きな子に情けない姿を知られてしまった”ことと“好きな子が自分の話でウケている”という状況に板挟みになり途方に暮れていた。

 が、閑話休題とばかりにモナは首を振り、アイギスに対して懇切丁寧に『【パレス】に砲撃を打ち込んだ場合、損害があろうとなかろうと、内部のシャドウは【怪盗団】の侵入に気づくだろう。警戒度も探索可能及び続行の限界値を飛び越えてしまう』と説明した。『【パレス】内部に閉じ込められてしまえば、脱出は容易ではない』とも。

 

 アイギスは口惜しそうな顔をしていたが、最終的には頷いてくれた。

 

 

「確かに、【イセカイナビ】を持っていなければ、【パレス】や【メメントス】を行き来することはできません。吾――クロウさんのスマホで救援要請が出来たとしても、他の方々が出入り不可能では意味がありませんし」

 

「あれ? 【パレス】や【メメントス】じゃ、スマホは使えないんじゃなかったっけ?」

 

「【シャドウワーカー】や【特別捜査隊】、至さんやクロウさんの携帯電話は特別な仕様が施されているんです。【影時間】や【マヨナカテレビ】のような特別な空間でも連絡が取り合えます」

 

 

 疑問を零したパンサーにアイギスが補足を入れる。視線を向けられた僕は、現物――僕が普段使いしている方のスマホを差し出した。

 

 【影時間】は、一部の人間にしか知覚できない特殊な時間であり、2009年代に発生した【無気力症】とも深い関りがある。“ペルソナ使いの資質持ちしか体感できない25時”と言ったほうが分かりやすいか。【影時間】は【メメントス】や【パレス】同様、シャドウの巣窟となっていた。

 適性があるだけの一般人が迷い込んでしまえば、シャドウの干渉によって精神に異常をきたしてしまう。その結果が【無気力症】という形で現れるのだ。その名の通り、何に対しても――他者への返答までもまともに行う力も失ってしまう。外を徘徊できるならまだマシで、酷い所だと寝たきり生活になった患者もいたらしい。

 更には、誰も知覚できない【影時間】を悪用して殺人代行業を行っていたペルソナ使いの犯罪グループ・ストレガの存在もあった。【影時間】消滅における作戦中に、チドリさんは順平さんを救って昏倒後に記憶喪失で復活・ジンとタカヤは【タルタロス】での戦いで討ち死にしている。

 

 【マヨナカテレビ】は元々、八十稲羽でまことしやかに囁かれる都市伝説だった。しかし、一定の条件――『神』に見出される、ペルソナ使いである、ペルソナ使いからの手引きがある等――を満たせば、テレビの向こう側に広がる異世界に入り込むことができた。勿論、そこも【メメントス】や【パレス】同様、シャドウの巣窟だ。

 単なる一般人が迷い込んでしまった場合、自分自身のシャドウ/“自分が決して認めたくない影/負の存在”と遭遇。影を受け入れることができなければ、それは特段強力なシャドウと化し、当人に襲い掛かってくる。対して、影を受け入れた場合、該当者は新たなペルソナ使いとして目覚めるのだ。

 【八十稲羽連続殺人事件】は、この【マヨナカテレビ】の仕組みが悪用されて引き起こされたものだ。実行犯の生田目に真逆の嘘――【マヨナカテレビ】に映し出された人物を救い出すためには、テレビの中に該当者を突き落とせば保護できる――を吹き込んだクソ野郎のせいで、大分遠回りさせられたか。閑話休題。

 

 

「元々は桐条財閥が【影時間】に対応した機材を作っていたところから発展したんだ。至さんが南条コンツェルンや第4世代のペルソナ使い達を結ぶ中継役になったからこそ、【メメントス】や【パレス】至るってワケだ」

 

 

 新たな異世界に遭遇する度、僕の携帯電話は異世界に対応するための改造が施されていく。その関係で、僕の機種遍歴はかなり短いスパンになりがちだ。【メメントス】にしか対応していなかった先代スマホは既に引退しており、今僕が所有しているスマホは【パレス】でも使える試作品・その第1号となっていた。

 但し、所有しているスマホが使えるか否かの実験はまだしていない。新しい改造が施された新機種を使うのは今回が初めてなのだ。仲間たちの許可を得た僕は、早速、開発元である桐条・南条共同チームの実質的なナンバー3――航さんに電話をかける。電話は滞りなく現実世界にも届き、航さんも問題なく応対してくれた。

 

 

「うん。実験は成功だね」

 

『ああ。幸先がいい。今吾郎がいる場所は“【パレス】の入り口”――つまり、内部でも一番現実世界に近い場所だったな。奥でも問題なく繋がれば、最良の結果と言えるだろう』

 

 

 『俺にも、至のように【イセカイアプリ 限定版】のようなモノを作れる力があったら良かったんだが』――そう言った航さんの声色は、少しばかり悲しそうだった。

 至さんが協力者達に配布した【イセカイアプリ 限定版】は、上に『失敗作』の三文字が付こうとも、至さんが善神の化身であるからこそ可能な超常の力だ。

 至さん本人は自分自身の力が『神』と対等に戦えるものではないことを知っているからやや卑屈な発言をしているけれど、そこまで届かない航さんや僕等からすれば、彼は凄いと思う。

 

 自分に何ができるかを知っていて、自分に何ができないのかも分かっていて、最善を尽くすために戦える人。何度折れかかっても尚、「それでも」と叫んで立ち上がることができる人。――僕が尊敬し、追いかけている背中だ。

 

 お互い、同じ相手に思いを馳せていることを察したのだろう。航さんは小さく笑った後、『また今度、至と話がしたいな』と零した。僕も同じように「家に帰ったら至さんの夕ご飯食べよう」と笑う。

 航さんは僕の境遇――もとい、至さんの手料理を惜しむようにごねた後、【怪盗団】への激励の言葉を残して電話を切った。彼にとっては、至さんの料理が“おふくろの味”なのであろう。

 

 

「麻希さんが至さんに塩対応なの、航さんが至さんを特別視したままだからじゃないかな」

 

「至さんは私達にとっては殿堂入りだもんね」

 

 

 僕とジョーカーは顔を見合わせ、小さく肩を竦めた。――さて、そろそろ本題の【パレス】攻略に向かわねば。

 

 前回クイーンが破壊していった出入り口は封鎖されているため、豚の像の下にあった隠し通路からの侵入である。入った先は銀行の受付フロア近辺にある階段だった。応接室に用はないので、前回の侵入で確認できなかった箇所の探索を始める。

 前回加入したばかりであるにも関わらず、クイーンは大活躍していた。モナのナビを聞いて、彼女が作戦立案を行う。ピンポイントに穿ったやり方しかできない僕とは違い、クイーンの作戦はある意味で正攻法と言えた。やはり、彼女の加入は戦力的にも【怪盗団】の作戦立案的にも間違いではなかったようだ。

 クイーンの正攻法と僕の怪異専門の超弩級な邪道を組み合わせながら、【怪盗団】とアイギスは銀行内を突き進んだ。すると、警備員がエレベーターに乗って地下へ降りていく現場を目撃する。だが、エレベーターには一切操作パネルがない。それを見ていたアイギスの表情が曇る。それに気づいたモナが声をかけた。

 

 

「どうかしたのか? アイギス」

 

「……以前、美鶴さんと桐条家の後始末をしたときに、先々代や幾月修二と懇意にしていた一派が破棄したラボの調査を行うことになったときのことを思い出したんです。そのときのエレベーターの造形とよく似ています」

 

 

 アイギスが述べた一件については、僕と至さんは別件で走り回っていたため詳しい事情はよく分からない。ただ、憂いに満ちた顔つきから、あまり良い思い出ではないことは確かだ。

 曰く、『そのラボのエレベーターは、生態認証と顔認証の組み合わせでエレベーターや扉の施錠を操作していたため、ラボの探索は容易ではなかった』という。

 認証するための設備がないことから類推するに、“外部から使用者を監視することで、余計な人間が地下に入れないようにしている”と言ったところか。

 

 地下へ行くための道にセキュリティを仕掛けているということは、金城のシャドウは余程地下へ踏み込ませたくないらしい。僕たちは地下への行き方を探して、片っ端からフロアを探索することにした。

 勿論、シャドウから身を隠し、時には奴らを背後から強襲しながら経験を積む。この【パレス】で犬型のシャドウが初お目見えしたが、他のシャドウより敏感なだけで特に脅威には感じなかった。

 

 道中、シャッターが閉じている部分はスイッチを押して開けることができた。その光景を見ていたアイギスは、興味深そうに顎に手を当てる。――閉じたシャッターを見かける度、アイギスはシャッターに多種多様の攻撃を加えては損傷率を確認していた。

 

 

「外部からの攻撃では一切傷を付けられないようですね。これも、何かしらの認知が働いているということでしょうか?」

 

「鍵がかかっていない扉や、シャッター開閉用のスイッチの覆いなら普通に壊したり蹴破れるんだけどね。その辺も関係してるのかな」

 

「――シャッター……」

 

 

 僕がアイギスとそんな世間話をしていたとき、不意にジョーカーが動きを止めた。彼女の視線は、スイッチ操作によって開け放たれたシャッターに釘付けだ。

 よく見れば、灰銀の瞳はシャッターのあった場所を見ていない。真に見ているのは違う場所――僕から見れば虚空だが、彼女には何か見えているのだろうか――だ。

 

 彼女はその場から微動だにせず、何かをブツブツ呟いている。灰銀の奥に揺れるのは、“何か”の喪失をなぞるかのような悲嘆。

 

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「ジョーカー? どうかした?」

 

 

 “誰か”の憂いに突き動かされるように、僕はジョーカーに声をかけた。ジョーカーは大きく目を見開いた後、僕の顔をまじまじと見つめる。灰銀の瞳は真っ直ぐに僕を映し出していた。

 

 

「ごめん。ちょっとぼうっとしちゃって」

 

「大丈夫? 【パレス】の探索はここまでにして引き上げた方が……」

 

「心配かけて本当にごめんね。大丈夫」

 

 

 ジョーカーは気合を入れるように拳を打ち付けると、再び仲間たちを先導するように駆け出す。

 ATM人間による金城への命乞いや愚痴を呟いているのを横目にしながら、僕達は先を急いだ。

 

 

「あ、ここ登れそうだね」

 

 

 よじ登れそうな個所を見つけたジョーカーは、軽い身のこなしで棚の上へとよじ登った。そのまま配管を足場にして別の棚へ飛び乗る。そうして足を止めた。

 ジョーカーが手招きする。彼女の指さす方には通気口があった。1人づつなら侵入できそうである。僕らもジョーカーに続いて通気口の中へ潜り込んだ。

 

 通気口の外にはシャドウの警備員が控えていた。敵の隙を突くような形で通気口から飛び出した僕達は警備員たちを強襲し、速攻で降した。どうやらこの部屋は監査室らしい。監視カメラ用のモニターには、銀行内の多くの箇所が映し出されている。

 お誂え向きとでも言うかのように、テーブルにはカードキー、壁には銀行内の地図が飾られている。だが、地図は途中までのものしか手に入らなかった。残りは別のフロアにあるのだろう。カードキーと地図が手に入ったことで行動範囲が広がったことは大きい。

 「警備員が乗っていたエレベーターに飛び乗るのは最後の手段」と語ったクイーンは、カードキーによって行ける範囲が広がったことを指摘した。参謀役の意見に従い、僕達は現在行けるフロアを駆け回り、片っ端からカードキーを使って乗り込んだ。

 

 

「ここって、エレベーターの真上?」

 

「みたいだな。と言うことは、ここがエレベーターの制御室か」

 

 

 部屋に踏み入ったパンサーとフォックスが、きょろきょろと内部を見回す。部屋の真ん中には金網があり、一部が外れていた。金網の真下には、丁度エレベーターの天井が位置している。

 

 

「でも、こんな場所に来たって意味ないだろ?」

 

「いいや、意味はある。“どのような形でも”()()()()()()()()()ことができれば、地下に足を踏み入れることは可能だ」

 

「エレベーターは箱状になっているから、天井を床にして乗ることだってできるでしょう?」

 

「ジョーカーとクロウは察しがいいな! 後は誰かがエレベーターを操作するのを待てば、ワガハイ達も地下へ行けるって寸法さ」

 

「成程ね。それじゃあ、その手を使いましょう」

 

「私の重さで床が抜けなければ良いのですが……」

 

 

 首を傾げたスカルの言葉に、僕は首を振って指摘する。ジョーカーはうんうん頷いて僕の話に補足を入れた。モナも笑みを浮かべる。クイーンも同じことを考えていたようで、その作戦を立案してきた。僕等が同意する横で、アイギスは不穏なことを口走る。

 外面が人型なだけで、アイギスは戦闘兵器。華奢な少女とは裏腹に、体中に様々な武装が搭載されているのだ。彼女が加わった直後は馬鹿正直に体重を公表していたけれど、2学期中盤あたりから『体重はシークレットであります!! 破廉恥であります!!』と怒るようになったか。現在は流暢な口調といい笑顔で圧をかけてくるようになった。

 それ故、僕はアイギスの体重に触れないことを選んだ。その横で、うっかりスカルが「そういやアイギスってロボだっけ? 何キロあるの?」と訊ねて眉間に銃を突きつけられていた。フォックスも「アイギスはロボだろう? 体重くらい」と言いかけたが、笑顔のアイギスがかけてきた圧――オルギアモードの起動準備アナウンスによって閉口する。

 

 アイギスは恐る恐るエレベーターの天井へと降り立った。重量オーバーを告げるブザーが鳴り響くようなことは起きない。あとは無事にエレベーターが動き出すのを待つだけだ。

 程なくしてエレベーターが動き出す。それを確認したアイギスは、ほっと胸を撫で下ろしていた。【パレス】のエレベーターの強靭さに感服しているようだった。

 

 暫く下降したエレベーターは止まり、沈黙した。近くにあった通気口を通って新しいフロアに降り立ったとき、この場一帯に業務放送が鳴り響く。声の主は金城のシャドウだった。

 

 

『銀行内にどうやら『ネズミ』が侵入しているようだ! いいか、絶対に地下から先へ進ませるな! これまで以上に警備を強化しろ!』

 

 

 奴の声は切羽詰っている。この放送は、金城の【オタカラ】が地下にあることを自ら白状したようなものだ。同時に、このフロアが地下であることを示している。その代わり、地図は未完成のままなので進み辛い。

 目下の目標は地図を入手し、既に入手してある地図の場所まで辿り着くこととなった。最終目的地は地下へ辿り着くことであるが、そのためにも地図探しが大事だと判断された結果である。僕達は再び駆け出した。

 

 監視カメラを掻い潜り、時には監視カメラの電源ボックスをジョーカーの蹴りで潰しながら先へ進む。通路の1つが玄関ホールに繋がっていたり、新しくセーフルームを発見したりと探索は順調だ。

 

 

「もしもし航さん? 航さん?」

 

『――――――』

 

「……一応通じるけど、ノイズが酷くてよく聞こえないな……。これ以上はもう通話できないみたいだ」

 

 

 そして、先程発見したセーフルームが、試作品1号の限界らしい。聞こえているか否かは分からないが、このまま通話し続けることは不可能だ。とりあえず「電話切るね」と念押ししてから、僕は通話を切る。

 探索を再開した僕達は開けた場所に辿り着いた。地図によればこの先に道があるようだが、そこから先は未知の場所である。下の階へ行くことを目的にしつつ、他の地図を探すことにした。

 

 

「見ろよアレ。金庫か?」

 

「でも、地図によればこの先もあるようだけど……」

 

「ならばアレは隔壁だな」

 

 

 程なくして、僕達の前に大きな鉄扉が現れる。スカルは鉄扉を金庫と推理したようだが、地図と現在地を照らし合わせたクイーンが首を傾げた。そこから、フォックスがあの扉の正体を見極める。

 厳重な鉄扉――もとい隔壁の脇には、暗証番号を入力すると思しき端末が鎮座している。端末は2つ並んでおり、各々を起動させるパスワード/鍵を2つ集めないと開かない仕組みとなっていた。

 

 

「マジかよ、面倒くせぇ。厳重過ぎんだろ……」

 

「本人の自己申告もあながち間違いじゃないってことか……」

 

「でも、この厳重さには意味がある。この先が地下に繋がっていることは間違いないね」

 

 

 悪態をついたスカルとため息をついたパンサーに、不敵な笑みを湛えたジョーカーが頷く。

 

 早速鍵を探しに施設内を駆け回っていた僕達は、明らかに様子が違う警備員を発見した。奴らの会話を聞く限り、隔壁を開く鍵を持っているのはあのシャドウたちらしい。だが、奴等の強さは金城パレスの中でも有数の実力者だという。そんな相手に真正面から挑みかかるのは愚の骨頂だ。

 そこで参謀役のクイーンが進言する。先程僕達がカードキーと地図を入手した監視室なら、奴らを呼びだす通信機能があった。それで片方づつ呼び出し、各個撃破と洒落こもうと言うのが彼女の提案だった。全会一致でそれは採用され、決行される。僕等はシャドウを蹴散らし、鍵を手に入れた。

 勇んで守衛室へ戻った僕達は、番人シャドウを軽く撃破した。これで左右のキーが揃い、隔壁が開けられる。スカルとパンサーが左右の端末を同時に操作することで、分厚い隔壁は簡単に開かれた。「チームワークの賜物だね」と頷くジョーカーの言葉に、仲間達も誇らしげに笑って頷き返した。

 

 ついに地下フロアに乗り込んだ僕たちは、監視カメラや見張りを掻い潜りながら奥へと進む。

 道中、金城のシャドウが警備員と何かを話している姿を発見した僕達は、奴等の会話を聞くために近づいてみた。勿論、戦闘することも視野に入れてだ。

 

 

「金城ッ!」

 

「き、貴様ら、どうして!?」

 

 

 「自分のセキュリティーは完璧だったはずなのに」と、金城は悲鳴を上げた。

 僕達がここに来ることは、彼にとって想像できなかったのだろう。

 

 

「あいにくだったな! 俺達にとっちゃ、あんなもん余裕なんだよ!」

 

「……割と苦労したがな……」

 

「確かに謎を解いたり罠を潜り抜けるのは大変だったけど、仕掛け自体は単純だったからね。やたら面倒くさいだけで」

 

 

 息巻くスカルの言葉に対し、フォックスはひっそりとツッコミを入れた。僕もさらりと補足する。

 

 

「セキュリティ強度に関してはノーコメントですが、建物の強度については素晴らしいの一言です! この人数に戦闘モード時の私が加わっても、エレベーターが動きましたからね!!」

 

「えっ? ど、どうも??」

 

 

 アイギスの賛辞に一瞬気を良くした金城のシャドウだったが、中途半端に察しが良かったためか、何かに気づいてしまったようだ。

 “【怪盗団】の人数が一斉に乗るなら問題なくて、アイギスが乗ると問題が発生する”――そこに何の要素が絡んでいるか。

 

 

「……お前、体重何キロなの?」

 

「――武装展開。オルギアモード起動準備」

 

「うわーッ!!?」

 

 

 いい笑顔のアイギスが降臨した。文字通りの地雷を、金城は思い切り踏んでしまったのである。奴は慌てた様子で配下のシャドウに命令した。

 

 

「お、おい! このネズミどもをここで仕留めろ! 絶対にエレベーターに乗せるな!」

 

「御意に!」

 

 

 金城の指示を受けた警備員がシャドウとしての姿を顕現させる。奴は僕たちに襲い掛かって来たので、僕達も容赦なく迎え撃った。特にアイギス/アテナの物理攻撃が非常に目立つ。勿論僕等もシャドウ達の弱点属性は把握していたので、属性魔法攻撃を叩きこむ。崩れ落ちたシャドウ達を取り囲み、僕達は総攻撃を叩きこんだ。

 警備員は呆気なく消滅する。金城のシャドウは既に雲隠れした後だったが、奴は余程慌てていたのだろう。手帳を落としていった。手帳には何かの暗号文らしきものが書き記されている。現時点ではわからないが、どこかで必要となるのだろう。それは一旦保留にして、僕等はついに最深部へ足を踏み入れた。

 

 エレベーターが降りていく。そこに広がっていた光景に、僕たちは息を飲んだ。

 

 

「何だこれ!? まさか、これ全部金庫かよ!?」

 

「こんな数を総当たりして【オタカラ】を探すの!? ムリムリムリムリ!!」

 

 

 スカルとパンサーを筆頭にして、フォックスとモナの4名が顔をこわばらせる。僕もざっと金庫の群れを見てみたが、ふと気づいた。頭の中に1つの仮説が浮かぶ。

 どうやらジョーカーとクイーンもその法則を察したようで、「全部の金庫を調べなくてもいいかもしれない」と言いながら頷き合っていた。……寂しくない、決して。

 だからアイギスは「なるほどなー。あの頃から変わってないなー」とニヨニヨするのはやめて欲しい。ちょっと僕等が見ない間に、どんどん愉快な性格になってないか。

 

 小さな金庫を調べなくて済むことを祈る4名を横目にしつつ、僕らは最深部へと降り立った。早速周囲を探索すると、暗証番号入力用の端末が姿を現す。

 

 パスワードに書かれたアルファベットを見たパンサーが、先程見つけた手帳の内容を思い出したようだ。件のアルファベットには、それに対応する数字が記されていた。その通りに暗号を入力すると、金庫全体が大きく動いた。塞がっていた道に通路ができる。

 この動き方には覚えがある。それを口に出そうとした僕とクイーンだったが、それを遮るかのように金城の声が響き渡った。奴は相変らず金に執着していて、「もっと金持ちにならないと」等と叫んでいた。……貧乏になることに対して、強い怯えが滲んでいた。

 

 胸糞悪さと憤りを感じながら、僕たちは次々と暗証番号を探しては解除していく。その度に、金城の心の声――命よりも金が大事という歪み――が木霊した。聞いているだけで腹立たしさが湧き上がってくる。自分がのし上がるためならば、弱者を踏みにじることも厭わない……奴のやり口は、獅童正義にも通じるものがあった。

 

 

「……流石は獅童の協力者だ。類は友を呼ぶとはこういうことなんだろうな」

 

「クロウ」

 

「ああ、心配しないで。大丈夫だから」

 

 

 僕を伺うように視線を向けてきたジョーカーへ、僕は笑い返して見せる。僕も彼女も、獅童の気まぐれによって踏み潰されてきた人間だ。

 それ故に、奴の同類は気に喰わない。仲間たちも同じ気持ちのようで、金城の【改心】に向かって一致団結していた。

 

 最奥への道はどんどん開かれていく。やはり、僕たちの予想通り、このフロアの構造は“鍵のシリンダー”のようだ。パスワードを1つ解除する度道が開かれるのは、鍵の形が正しいか否かを判別しているためである。言い換えれば、このフロア自体が巨大な鍵だと言えるだろう。

 

 

「要するに、僕たちのやっていることは、このフロアに対するピッキングと似たようなものだってこと」

 

「随分と大規模だな……」

 

 

 クイーンの説明をまとめた僕の言葉に、モナが吐息のような声を漏らした。そんな雑談を繰り広げながら、僕達はロックを解除して通路を開いていく。

 そうして、最後の仕掛けが作動した音が響き渡る。同時に、悲鳴にも似た金城の叫びも。彼の過去に何があったかは知らないが、彼は貧乏な頃に戻りたくない一心のようだ。

 最も、どのような理由があれど、金城が犯してきた罪は消えない。彼のしていることは――弱いものを嬲りながら搾取することは、決して許されることではないのだ。

 

 エレベーターに乗った僕たちは、ついに金城銀行の最奥に辿り着く。いつも通り、そこには【オタカラ】がぼんやりと浮かんでいた。後は予告状を出せば直接対決である。

 クイーンは相変らずの頭脳で認知世界の仕組みを理解した。スカルとパンサーが感服するのが最早お約束になりつつある。僕達は【パレス】を後にして、決行日に備えることにした。

 

 ――そうして、出入り口付近まで戻って来たとき、アイギスが振り返る。

 

 

「今日はもう、探索は終わりなんですよね?」

 

「そうだね。後は予告状を出すまで、ここにきて何かをする用事は無いけど……」

 

 

 アイギスの問いかけに答えたジョーカーは目を瞬かせ――ハッと息を飲む。アイギスが見つめる先には、渋谷の空に浮かぶUFO。パレスに入ってきたときと同じ光景だ。

 脳裏に浮かんだのは、【パレス】の攻略を始めようとした際のやり取り。【パレス】の耐久性に興味津々だったアイギスが何を言ったか。

 

 その答えを僕等が思い出したのと、アイギスが武装を展開したのはほぼ同時。

 

 僕等は慌てて彼女を止めるために駆け出した。尚、最終的に、“【パレス】の耐久性に関するデータとコメントが追加された”ことを追記しておく。

 歴代ペルソナ使いと関われば関わる程愉快な性格になっていくとか、各地に散らばって活動する姉妹機達含め、これからのことが心配である。

 

 

 




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 ……()()()()()()()()()()()辿()()()()()()?

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―――

今回は金城の【パレス】攻略回。追加メンバーとしてパレス探索時にアイギスが加わりました。P5/P5R開始前までに数多のバタフライエフェクトを受けたためか、彼女の性格はかなり愉快なことになっています。一番影響力が強いのは香月姉弟――特に女性同士という点から命の要素が多めです。
一応、この世界線でもアイギスの姉妹機は存在していますが、バタフライエフェクトの影響――関係者の性格やバックボーン、或いは人数/機体数の増減――がどれ程かに関しては敢えてぼかしてます。恐らく、本編に関係者たちが登場する可能性は限りなく低いので。関連メンバーが大好きな方々の期待に応えられなくて申し訳ない。
そして、本編中にシャッターを凝視していたジョーカーと、シャッターや“誰か”に思いを馳せるあとがきSSの“誰か”さん。更に、自分の役回りに思うところがある足立、認知世界で使用可能なスマホの開発を行う航等の要素もちょくちょく追加されています。果たしてどうなることやら。

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