Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。



暴食の銀行、後始末

 

 金城の【パレス】から脱出した僕達は、共に戦ってくれた大人達と一緒に【オタカラ】を御開帳することとなった。場所は桐条と南条が共同研究を行っているラボ――航さんとアイギスの拠点だ。

 

 金城から奪い取った【オタカラ】――パレス内部では金塊だった――は、現実世界では金ぴかのスーツケース。中身の重さからして、中には莫大な量の札束が入っていると思われる。金城が金に執着していたのは、【パレス】で遭遇したシャドウの言動が証明していた。

 スーツケースの中身に思いを馳せる【怪盗団】――特に杏・竜司・祐介――を、現職警官と警察官志望の大学生は苦笑いしながら見守っていた。異世界で起きた“人知を超えた現象由来”の出来事故に、超法規的措置という名の“見ないふり”をしてくれたのであろう。……もしかしたら、当代のペルソナ使いとして駆け回っていた時の自分達を思い出したのかもしれないが。

 

 

『早速ルブランで御開帳と行こうぜ!』

 

『いや、周防刑事や明彦さん達にも立ち会ってもらった方がいいかも。【オタカラ】の中身が札束とは限らないもの』

 

 

 意気揚々と鳴くモルガナに、黎は首を横に振った。竜司も、杏も、祐介も、てっきりこのままルブランへ向かうのだと思っていたらしい。どこか不満そうに首を傾げる。

 特にモルガナは、克哉さんから離れたそうにしていた。克哉さんは『隙あらば、モルガナを抱きかかえて戯れたい』と言いたげ眼差しを送っていたというのも理由だろう。

 “克哉さんに庇われていなかったら、落下時にスーツケースが直撃して怪我をしていた”可能性があったというのに、どこまでもゲンキンなお猫様である。

 

 戦利品――黄金に輝くスーツケースを見つめ、黎は思案するように顎に手を当てる。“開けてみるまで中身は分からない”が故に、彼女は様々な可能性を類推している様子だった。

 

 

『金城が金に執着していたのは知ってるよね?』

 

『ああ。実際に【パレス】で見た。【パレス】の中で見た【オタカラ】は金塊だったし、現実ではスーツケースって形で表れてる』

 

 

 黎の問いに答えたのは竜司だ。【パレス】で目の当たりにした金城の言動を思い起こしながら、記憶の光景で見た【オタカラ(金塊)】と現実世界の【オタカラ(スーツケース)】を見比べる。

 それ故に、モルガナ・竜司・杏・祐介は“金城の【オタカラ】、もとい、スーツケースの中には大量の札束が入っている”と判断した。――しかし、黎は“札束ではない”可能性に行き着いたらしい。

 

 

『あの様子だと、“売り払えば金になるモノ”が【オタカラ】になっている可能性もありそうだなって思ったんだ』

 

『宝石類や貴金属類? 確かに、金城が誰かから巻き上げた品物だったら“ややこしい”ことになりそうだけど……』

 

『――もしかして、クスリの類?』

 

 

 黎の言葉から思案していた杏は、僕の言葉に目を剥いた。真も僕と同じ発想に至ったようで、『考え得る限り、最悪のケースね』と眉間に皴を寄せる。僕の予想は黎が思い浮かべた“最悪のケース”どんぴしゃりだったようで、真顔のまま頷き返した。

 尚、黎は【オタカラ】が“まともではない可能性/危険性”として考慮していたモノの中には、“誰かを脅すためのネタ”――一例.性的な被害が絡んだ際に撮影された動画や画像、クスリを運ばされていたときに撮影された動画や画像――も考慮していたらしい。

 

 それを聞いた【怪盗団】の面々は、不平不満に関わる感情がごっそりと抜け落ちた。全員真顔、全会一致で『警察官立ち合いの元、【オタカラ】を御開帳しよう』と相成ったのだ。

 クスリは“所持しているだけで犯罪”だし、“運び役として関わっただけでも問題になる”。国によっては、第3者から押し付けられた直後に警察に捕まった場合でも、即刻死刑になるケースもあった。

 中身がやべえブツだった場合、一介の高校生でしかない僕達では処分することさえ一苦労だ。下手すれば、自分達ばかりでなく、自分の関係者まで破滅する危険性もある。

 

 

『周防刑事。これ、超法規的措置の対象に入りますか?』

 

『……警察官として色々思うところはあるが、出来る限りのことはしよう』

 

 

 僕の問いに対し、周防刑事は眉間の皴を数割増しにしていた。達哉さんは視線を逸らしてライターを鳴らし、明彦さんと千枝さんは顔を見合わせてため息をつく。

 

 中身が犯罪の証拠だった場合は即座に警察官組に引き渡すことを約束した僕達であったが、そうなると、『どこで【オタカラ】を御開帳するのか』が問題となる。しかしそれは、この場に居合わせたアイギスの提案――『桐条と南条の共同研究が行われているラボなら、他の場所より安全性が高いと思われます』――によって解決するに至ったというわけだ。閑話休題。

 スーツケースにはダイヤル式のロックが掛かっていて、容易に開けられそうにない。けれど、その問題を解決してくれたのは真だった。真は金城と接触した際、奴がスーツケースを何度も開け閉めしている姿を見ていたらしい。そこでダイヤルロックの組み合わせを把握していたのだ。彼女が金城と接触していた時間はあの1回きり・しかも数十分程度。そんな僅かな時間で、真は重要なことを記憶していたという。

 

 

「成程な。警察官志望とは聞いていたが、これ程までの能力とは……」

 

「引く手数多であることは間違いないな」

 

「新島さんが後輩になったら百人力だね! あたしなんて、あっという間に階級追い越されちゃいそう」

 

「里中くんも、まずは採用試験受かってからだな」

 

「そうですけどね!」

 

 

 明彦さんと達哉さんは、真の能力の高さに目を見開く。千枝さんは真が警察志望であるという話を聞いてからは、真のことを後輩認定したらしい。感嘆の言葉を漏らした。尚、周防刑事に指摘された千枝さんは元気よく返事をしていた。真は照れくさそうに微笑んだ後、黄金のスーツケースに向き直る。

 鬼が出るか蛇が出るか。最良で札束、良ければ宝石・貴金属類、悪ければクスリや犯罪の証拠一覧である。金城の【オタカラ】に期待と不安を抱きつつ、真はスーツケースに手をかけた。少しの間をおいて、真は勢いよくスーツケースを開く。

 出てきたのは――大量の札束。黎の心配は杞憂に終わったのだ。「最良の結果を引いた」と大喜びの竜司であったが、数泊置いて間抜けな声を漏らした。札束は札束でも、出てきたのは福沢諭吉ではない。【パレス】で遭遇した銀行支配人・金城潤矢と瓜二つの肖像画が描かれた玩具である。

 

 それだけではない。このスーツケースは上げ底になっており、実際に入っていた玩具の札束は150万円分程度。札束が本物だったとしても、【怪盗団】が手に出来た金額は予想を遥かに下回る。

 大金持ちの予想に賭けていた面々が頭を抱えた。対照的に、やべえモノが出てくると身構えていた面々は噴き出し、そのまま大笑いする。勿論、僕と黎は大笑いする側だった。

 

 

「こんなのってアリかよぉ!?」

 

「折角大金持ちになれるかと思ってたのに……」

 

「今回の【オタカラ】は、金城の見栄がそのまま形になったモノだったな」

 

「……なんか、逆転負けした気分だ」

 

 

 【オタカラ】を御開帳する直前までなら元気だった面々――竜司は頭を抱え、杏は萎れるようにして椅子に座り込み、祐介は眉間に手を当て、モルガナは拍子抜けしてため息をつく。

 

 

「これが、所謂『悪銭身につかず』ということですね。なるほどなー!」

 

 

 彼等にトドメを刺す形になったのは、いい笑顔のアイギスが発現した内容だった。

 

 【怪盗団】は自分の掲げる正義を貫いただけだが、表社会のアレコレから見れば“気に喰わない人間を洗脳している”と考えられてもおかしいことではない。現に、探偵王子としてメディアに立つ僕は――獅童正義の悪行を止めるための布石として――その論調を徹頭徹尾貫いている人間だ。

 表社会から見れば、【怪盗団】がやっている行動は完全にグレーゾーンを突っ切っている。情状酌量が適応されるかどうかは五分五分だ。警察関係者の中でも『【怪盗団】の印象』では真っ二つに割れているけれど、『社会を混乱させる存在のため、警察の威信をかけて捕縛するべし』という考えでは纏まりを見せていた。

 

 金城のスーツケースを手に入れた理由が“表沙汰に出来るような理由(モノ)ではない”という点では、此度の【オタカラ】はアイギスの言う悪銭にカテゴリされるのであろう。

 更に言えば、“【パレス】内部に安置されていた【オタカラ】が金塊だった”という点が、現実世界での【オタカラ】に対する期待度を上昇させてしまった部分もあった。

 【オタカラ】の中身が札束だと思った竜司達も、【オタカラ】の中身が“表沙汰に出来ない危険なブツ”と予想した僕や黎達も、良くも悪くも“【オタカラ】に期待していた”部分は一緒だった。

 

 

「まあ、僕等も、ちょっとばかし調子に乗ってたのは認めるけどさぁ……」

 

「ところで、この場合の超法規的措置はどうなりますか?」

 

「当初の予定通り、“見ないふり”だな。『【パレス】内部で発生した如何なる事象は、現実世界の本人が知ることはない』となれば、遺失物として申請されることもあるまい」

 

 

 「何はともあれ、そのスーツケースと中の札束はお前達の物だ」――黎の問いかけに対し、達哉さんは苦笑交じりに締めくくった。隣にいた克哉さんは釈然としていなさそうな顔をしている。

 中身の違いに沈んでいた面々であったが、「でもでも」と杏が声を上げる。彼女は【オタカラ】の内容には凹んだものの、今回の【改心】については肯定的に捉えている様子だった。

 

 金城潤矢は、渋谷を根城にしていた自称マフィア。高校生をターゲットに、“犯罪の片棒を担がせる等した上で、その証拠を押さえて恐喝する”というやり方で金を荒稼ぎしていた悪党だ。もっと言えば、【廃人化】や【精神暴走】事件の黒幕・獅童正義と深い繋がりを持っている。獅童からすれば末端であろうとも、巨悪の傘下であることは確かだ。

 奴は東京だけでなく、歴代ペルソナ使い達の母校がある街でも同じようなやり方で金を荒稼ぎしている。【怪盗団】が【改心】を行わなければ、僕等と同年代の高校生達は、これからも奴等に搾取され続けていたことであろう。……いや、高校生だけではない。【パレス】を見る限り、金城の被害者となったATM人間の中には社会人らしき者もいたか。

 【パレス】の規模やATM人間たちの発言を思い返せば、多くの人々が金城からの恐喝に苦しんでいた。金城を【改心】させたことで、奴から脅されていた人々は解放されるだろう。【怪盗団】――特に杏のポリシーは『困っている人間を助け、励ます』ことだ。それが達成できるのであれば、【オタカラ】の価値が多少アレでも問題はない。

 

 拙い言葉で、熱を込めて、杏は頷く。

 

 

「なんかさ、こう、『やったった』感あるよね! そーゆーのでイイの!」

 

「それって、『やってやった』感? それとも、『やってしまった』感のこと?」

 

「どっちも!」

 

 

 真面目な真は、杏の造語をイマイチ理解しきれていないようだ。

 その脇で、周防刑事は目を瞬かせた後、納得したように頷く。

 

 

「高巻くんの『やったった』感、分かるような気がするな。……父の汚名を晴らしたときのことを思い出すよ」

 

「スオウの父親も、レイと同じような目にあってたのか?」

 

「ああ。須藤竜蔵という大物を追いかけていたときに、僕達家族の命を盾に取られたそうでね。父は僕達家族を選び、汚職警官として懲戒免職処分を受けたんだ。……公の場でそれを公表することはできなかったけれど、僕は“父が無実である”と突き止めることができた。――だから、これでよかったと思っているよ」

 

 

 珠閒瑠市の出来事を思い返す周防刑事の眼差しは、どこか遠い場所を見つめている。警察官でありながら須藤竜蔵の傀儡になることを選んだクソ野郎と、仲間だった父親を裏切ったことを悔い続けた贖罪を果たさんとした結果命を落とした警察官の姿を思い出しているのだろう。

 

 最終的に、周防兄弟の父親が着せられた濡れ衣――汚職の果てに懲戒免職処分を喰らった、警察官の恥晒し――は、完全に雪ぐまでに至らなかったようだ。……最も、完全に雪げたとしても、周防一家が失ってしまったものはあまりにも多すぎる。そうしてそれらは、以前通りの形に戻ることは無いのだ。

 ただ、『須藤竜蔵が汚職を行っていた際、不特定多数の“邪魔な人間”を社会的に破滅させていた』という証拠がぽつぽつ出てきたことがきっかけで、周囲の目に変化が出たのだという。勤務態度が真面目だったこと、人柄がよかったこと、周囲から冷たい目で見られていた時期の態度が実直で誠実だったことも功を奏したらしい。

 周防一家を取り巻く状況は、珠閒瑠市でニャルラトホテプとドンパチしていた当時とは大きく変わった。同時に、周防一家の中に漂っていた蟠りも払拭されたことで、家庭環境も崩壊寸前から再建し、今では穏やかな日々を送っている。克哉さんは変わらず、達哉さんも父と兄の背を追いかけるような刑事として、方々を駆け回っている。

 

 周防兄弟と須藤竜蔵の因縁から、真は自分の父親のことを思い出したのだろう。ハッと息を飲む。

 彼女は黙って、杏や克哉さんの言葉を噛み砕いていた。――程なくして、彼女は小さく噴き出して笑う。

 

 

「天下を騒がす怪盗や、人知れず巨悪と戦った人々の報酬が『やったった』感なんて。あー、おっかしい!」

 

「そうそう! 凄く割に合わない感があるんだよねー! 事件を解決しても表沙汰になることはないし! ――でも、凄く満足してるんだ。不思議だよねぇ」

 

 

 真の言葉に同調し、からからと笑うのは千枝さんだ。けれど彼女は――とても珍しいことに――静かな面持ちで目を細める。

 千枝さんは、虚空の中に【八十稲羽連続殺人事件】――所謂【マヨナカテレビ】で真相究明をしていた日々を見ているのだろう。

 

 

「俺達の活動も公になることはなかったな。そしてこれからも、俺達の活躍は公表されないし、誰からも讃えられることは無いだろう。――だが、それでいいと思ってる」

 

 

 明彦さんはそう言って、ちょっと得意げに笑っていた。誰にも言えない大きな秘密であり、今の自分が胸を張って戦うことができる大切な指針になっている。――そんな明彦さんをジト目で見ていたのはアイギスだ。

 

 

「……【影時間】のことを皆さんが忘れた後、約束の日まで待ってるの、ちょっと不安だったんですよ? 私はロボだから全部覚えてましたけど、だからこそ、余計に寂しかったんですからね」

 

「確かに、命さんや理さん、至さん等と一緒に屋上で待たせてたことは謝るよ」

 

「始業式なんて出てる暇あったら、真っ先にそっちへ行くべきだったね」

 

「その節は本当にすまない……」

 

「うふふ。ちゃんと屋上に来てくれたんで許しますよ」

 

 

 「一番最初に来たのは荒垣さんで、二番目がゆかりさんでしたね」――くすくす笑うアイギスは、僕や黎、明彦さんに対して怒りを抱いていないようだった。

 幾ら土壇場で思い出したからと言っても、僕達は命さん・理さん・アイギス・至さんのことを長時間待たせていたのだ。今でも根に持ってても仕方ないことだとは思う。

 

 

「楽しそうだな。何の話をしているんだ?」

 

「航さん、誰に声をかけてるんですか?」

 

「ゴミ箱の中には誰も居ませんよ」

 

「航さん、今日で4徹目でしたね」

 

 

 僕と黎が今までの旅路に思いを馳せていた丁度そのタイミングで、研究室に缶詰めだった航さんが応接室にやって来た。だが、やってきて早々、彼はゴミ箱に頭を突っ込んで喋り始める。

 今回の出向だけでなく、巌戸台での戦いでも航さんとアイギスは行動を共にしていたことがある。航さんの様子から何日徹夜したかを割り出せる位には、関係や付き合いの構築があった。

 そのうち幻覚と喋り出しそうな気配があるので、お喋りを望む航さん本人には非常に悪いが、さっさと眠って貰おう。達哉さんと克哉さんに視線を向ければ、2人は苦笑して頷いた。

 

 2人は現実世界にペルソナを顕現し、ドルミナーをばら撒く。航さんはゴミ箱の中から顔を出して振り返ったが、周防兄弟を視界に捕らえることは無かった。航さん自身は周防刑事等の声が聞こえた方を見たつもりだろう。

 だが、実際に見ていた場所は虚空だ。故に、航さんは周防刑事達を止めることは叶わない。最終的には睡魔に負け、航さんは夢の世界へと旅立った。彼の身体は崩れ落ちる。アイギスは航さんを軽々と俵運びし、仮眠室へと向かっていった。

 

 僕が航さんとアイギスの背中を見送っていたとき、自前のスマホが着信を告げる。相手の名前は“自己中キャベツ野郎”――正式名称は足立透だ。僕は眉間の皴を深めつつ、奴の呼び出しに応じる。

 

 

「なんか用?」

 

『――お前、神取鷹久って知ってる?』

 

「12年前に亡くなってる【セベク・スキャンダル】の黒幕がどうしたって? ニャルラトホテプの『駒』として活動し、最後は海底洞窟の崩落と運命を共にした男に何の用事があるの?」

 

 

 談笑する仲間達の耳に聞こえない程度に声を潜めて、僕は知っている限りの情報を足立へ伝える。12年前――僕が至さんや黎と共に、ペルソナ使いの戦いに巻き込まれることになった始まりの事件【セベク・スキャンダル】から、珠閒瑠市で再びソイツと遭遇して別れるまでの出来事を。

 足立は黙って僕からの情報を聞いていたし、『それだけ聞ければ充分だ』と言って一方的に電話を切ってしまったから、奴が何を意図して神取の情報を聞きたがったのかは分からず終いだ。神取は12年前の時点で既に亡くなっているし、珠閒瑠市で復活したのはニャルラトホテプが悪辣なゲームを行うための『駒』としての役割があったためである。

 

 どちらの事件も既に終わっているし、どちらの事件にも関わっていたニャルラトホテプは既に力を失っている。神取が召喚されることは――ニャルラトホテプが悪辣な遊びを行えるだけの権能を取り戻さない限り――もうあるまい。達哉さんが勝ったことで、世界は暫しの安寧が約束されていた。

 

 尚、その安寧は巌戸台で発生した【影時間】消滅作戦、八十稲羽で発生した【八十稲羽連続殺人事件】のアレコレによって揺らぎそうになったが、当代のペルソナ使い達が頑張ったことでどうにか持ち直した。……次は確実に、僕達【怪盗団】が頑張る番である。向き合うべき事件は【廃人化】や【精神暴走】事件だ。

 【怪盗団】が結成される以前――正確には2年ほど前――から、獅童正義は『駒』である智明を使い、認知世界を悪用した完全犯罪を行っていた。僕は黎とその場に居合わせたことがきっかけで、【廃人化】や【精神暴走】事件を追いかけるようになる。後に、黎は獅童によって冤罪を着せられ、僕と彼女と獅童の因縁が結ばれるに至ったという流れだ。

 獅童の計画――十中八九、自分が日本を牛耳るためのものだ。碌な内容ではないだろう――も気になるが、【改心】させるべき存在として提示されてきた大人達の特徴――獅童正義と関りがある――が作為的であることも気にかかる。明らかに、ゲームマスターたる『神』の意図を感じるためだ。

 

 

(……此度のゲームを取り仕切る『神』は、僕達【怪盗団】に何をやらせるつもりなんだろう?)

 

 

 “試練と言う名目で敵を用意し、お膳立てする”――という点では、珠閒瑠のニャルラトホテプや八十稲羽のイザナミに近い。

 人間ではあるが、巌戸台の一件で嘘八百を吹き込んだ幾月修二も類似カテゴリと言えよう。

 

 しかし、その試練が『神』にとって何の意味を持っているのかが分からないのだ。

 

 ニャルラトホテプは“達哉さんを始めとしたペルソナ使い達を事件の渦中に突き落とし、事態解決を目指して抗う彼らが心折れて破滅する瞬間を見る”ために、人間側の黒幕をお膳立てしていた。

 イザナミは“人間の望みを知るために、複数人に力を与え、彼等の行動から『人間の望みを叶える』手段を模索する”ために事態を静観し、ゲームを『あがった』真実さん達の力を測るために顕現した。

 

 

(【怪盗団】のためにお膳立てした『神』の試練は、絶対何か理由がある。僕達を疲弊させるためか、僕達の実力を測るためか、もしくは――)

 

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、破滅を目覚めさせるために【S.E.E.S】メンバーに嘘八百を教えた男――幾月修二の後ろ姿だ。先々代の桐条家当主が追い求めた不老不死の研究に触れ、至さんの進言によって持ち込まれたオーパーツ・黄昏の羽を手にしたことで、奴は大いなる破滅を解放するために暗躍を始めた。

 手始めに、己の命を懸けて『大型シャドウを倒すな』という警告を残したゆかりさんの父親のメッセージを改竄した。映像を切り貼りし、『大型シャドウを倒せば事件が解決する』という文脈にしたのだ。おかげで命さん達は騙され、全ての大型シャドウを倒してしまい、ニュクス顕現の条件を満たしてしまったのだ。

 

 試練のお膳立てが行われる理由の中には、“この世界を破滅させるための準備を、当代のペルソナ使い達にさせている”という可能性もあり得る。

 しかも、ペルソナ使い達がそうと気付かないよう――或いは、気づいたとしても、それをしないと破滅が前倒しになるようにトラップを仕込んだうえで、だ。

 

 

「どうした吾郎。考え事か?」

 

「航さん。それ僕じゃなくて熱帯魚です」

 

 

 連行先(仮眠室)からどうやって戻って来たのか、寝ぼけた航さんが部屋に入って早々やらかした――応接室の熱帯魚を僕と認識して声をかける――姿を目の当たりにした僕は、思考を中断せざるを得なかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 金城の【改心】が終わるまで、僕達はそれぞれ“普通の学生生活”を送っていた。

 

 竜司は鷹司くんや玲司さんと話し込んだり、陸上部のゴタゴタで黎と共に駆けまわっていた。何でも、陸上部の顧問に指名された教師は色々と問題があるらしい。

 杏はモデルの仕事をこなしながら、黎と親交を深めている。この前は偶然桐島英理子さんと一緒に仕事をしたらしく、ペルソナ使いとして色々語り合ったそうだ。

 祐介は脱スランプを目指して黎に協力を依頼していた。たまに僕も巻き込まれたが、“カップルが乗ると破局する”ボートに乗せられそうになったときは流石に焦った。

 真は金城【パレス】攻略が縁となり、周防兄弟や明彦さん、千枝さんと連絡を取るようになったそうだ。警察官志望という繋がり故に、お互いを尊敬し合っているという。

 

 

『明智くんが情報を流してくれたおかげで、金城関係の手柄は私の物になりそうなの!』

 

『金城が自首しに来ていたら、今回の件は誰の手柄にもならなかった。……本当に、明智くんには感謝してるわ』

 

 

 事前に金城絡みの情報を横流ししたことが功を奏したのか、僕は冴さんへの借りを返すことができたらしい。出世の足掛かりを得たことが嬉しいようで、彼女はとても上機嫌であった。

 元々冴さんは向上心が強い人だったけれど、ここ最近はずっと手柄や面子にご執心だ。彼女を取り巻く環境に変化はないはずだが、何が冴さんをそこまで駆り立てるのだろう?

 

 

『冴さんが向上心の強い人だって知ってます。けど、最近はやけに出世にご執心ですよね』

 

『いけないかしら? 自分が望む正義を執行するためには、組織内で力ある人間になる必要があるの。そのためなら、何だってしてやるわ』

 

 

 不遜な笑みを浮かべた冴さんは、僕や足立のことも『出世のために利用する相手だ』と悪びれも無く付け加えた。初めて3人組が取引関係で結ばれたときと同じ台詞なのに、今の冴さんが言うと得体の知れない圧を感じる。

 

 最初に出会ったときのような“知的で芯のあるクールな女性”という印象も、話をするうちに気づいた“世話好きで他人を気遣える心根の持ち主”という美徳も、最近は殆ど感じなくなってしまった。現状の冴さんを一言で表すならば、“出世欲の塊”という言葉がよく似合う。

 確かに冴さんは出世を目指していた。けれどそれは、冴さんが理想とする正義を執行するための()()として、検察内部の権力ポストを欲していただけに過ぎない。しかし、最近の冴さんを見ていると、『正義を執行するための力を求めている』というより、『力を求めることが正義である』という主張に傾きつつあるような気がしたのだ。

 

 もしも、冴さんの主義主張が入れ替わってしまったら――考えるだけで嫌な予感がする。手柄欲しさにペルソナ使いに関する情報を悪用しそうだし、下手したら彼等を獅童の関係者に売り飛ばしそうだ。

 冴さんの姿を間近で見ていた真曰く、『ここ最近のお姉ちゃんは、随分と変わってしまった』とのことらしい。僕もまた、“冴さんが悪い意味で変わりつつある”ことは気付いていた。

 白い紙に黒いインクをたらし続けるかのように、不穏な気配が滲み出ていた。それを察する手立てを、僕も足立も持っていない。……持っていない、ハズだ。特に後者。

 

 

『そこ。私に内緒で何をコソコソ話しているのかしら? 男同士の密談ってヤツ?』

 

『『僕達、密談する程の間柄じゃないです』』

 

『嘘おっしゃい! 一体何を話していたのか、全部吐いて貰うわ!!』

 

『『いや、本当に何も話し合ってないんですってば!!』』

 

『そういうところよ!!』

 

 

 ――結局、冴さんは“僕と足立が仲良しである”と勘違いしたままだ。

 

 僕と足立は“アイコンタクトで多少、互いの意図を察せる程度”の間柄でしかない。

 しかし哀しいがな。何度訂正しても、これだけは聞き入れられた試しは無かった。

 

 以降、冴さんは金城絡みの一件で忙しく駆け回るようになった。同時に、【廃人化】以外の一件も積極的に引き受けるようになったと思う。元々冴さんは完璧主義者で“一度引き受けた一件を、別の誰かに引き継がせる”ような真似は一切しない。引き受けた事件は最初から最後までやり遂げる人であった。

 今でもその姿勢は変わっていないけれど、“事件を自分の手で解決する”と主張する理由に変化が見られる。理想と正義感からなる行動だったはずなのに、彼女は頻繁に『出世』というワードを口にするようになった。『自身の出世に繋がる事象を逃したくない』と語る冴さんは、正義や理想を貫くことを二の次三の次にしているようだ。

 ……この姿を、元・嵯峨薫氏/パオフゥさんが目の当たりにしたら、一体何を思うだろうか。“嘗て自分を見つめていた少女が、今では自分が相手取った悪党と似たような主義主張を始め、権威に縋り付く”有様を、どんな気持ちで見つめるのだろう? この2人が対面する事態に陥ったら、修羅場になりそうな予感がした。

 

 それから、足立の方も忙しくなってきたらしい。奴が所属している公安部の派閥は、獅童と深く結びついている一派だ。

 他にも何か理由がある――御影町の【セベク・スキャンダル】や珠閒瑠市の【JOKER呪い】絡みの情報を、奴1人で洗い出している――様子だ。

 

 帝都ホテルのビュッフェで“仕事をしているフリ”をしていた足立と合流した僕は、食べ放題コースを割り勘して席についた。今日は獅童の会合がないため、奴の関係者一同と鉢合わせるような危険性はない。万が一顔を合わせてしまった場合は、『探偵王子と警察官が仕事の話をしている』という図でごり押ししようと考えている。僕はともかく、足立は口八丁手八丁をこなせる野郎だからだ。

 

 

『【セベク・スキャンダル】と【JOKER呪い】が、獅童の行っている【廃人化】ビジネスや【精神暴走】と何の関りがあるの?』

 

『奴らが悪用している分野があってね。認知訶学って言うんだけど、その他にも【セベク・スキャンダル】の発生時期や【JOKER呪い】が流行った時期に、神取鷹久や須藤竜蔵が重用していた研究分野に使われてた技術が絡んでるらしいんだ』

 

 

 認知訶学と言う分野には覚えがあった。亡くなった一色若葉さんが研究していた分野で、彼女の死後は事実上のお蔵入りになってしまったと言われている。航さんと楽しそうに議論を行う彼女の姿は、何度思い返しても自殺を考えていたようには思えない。寧ろ、やる気を出して研究に臨んでいたように思う。

 確かに、一色さんは航さんと議論をしていた。議論に使われた内容の中には、【セベク・スキャンダル】や【JOKER呪い】の一件で使われた技術絡みの内容もあったらしい。……と言っても、それらはあの事件での使用法――もとい、悪用方法から派生したものであり、事件の渦中で使われたような方面は事実上の封印状態にある。

 認知訶学の研究を推し進めるために、一色さんがそれらで使用されたと思しき技術の理論を組み込んだ可能性は無きにしも非ずだ。……但し、論文の詳細について、僕は一切の知識も情報も無い。それ故、“それらの技術がどのように使われたのか分からなかった”のだが。

 

 一色さんの自殺――いや、認知世界を用いた殺人事件だ――は、彼女の研究成果を狙っていた一派が、認知訶学を悪用したことによる完全犯罪だ。認知訶学が獅童の手元にあるということは、一色さんの死にも獅童が関わっていたことを意味している。

 

 ……ますます、獅童と僕達の因縁が深まってきた。

 

 一色さんは航さんと懇意にしていたし、僕も何度か顔を合わせて話したことがある。航さんは一色さんの死後も、彼女から預かったメッセージを娘さんへ届けようとしていた。今でも研究の合間を縫って娘さんを探している。

 ただ、一色さんの親戚や関係者から“一色若葉を自殺に追いやる原因を作った人間”として見られている航さんは、彼等から疎まれている。故に、非協力的な態度やあからさまな妨害をされており、娘さん探しは難航していた。

 

 

『でも、それだけじゃないんだろう? アンタが【セベク・スキャンダル】と【JOKER呪い】絡みのことを調べてるのは』

 

 

 僕の指摘を受けた足立は、料理を食べ進める手を止めた。奴は真顔で僕に問う。

 

 

『――“神取鷹久が、この世にもう一度出てくる”場合、どんな原因が考えられると思う?』

 

 

 普段の僕であれば、『シャレにならないことを言うな』と一刀両断していただろう。

 だが、奴の目は真剣だった。だから、それに応えなければと思ったのだ。僕は真面目に思案する。

 

 

『……十中八九、ニャルラトホテプ関係だろう。アイツが全盛期――珠閒瑠市で暗躍していた頃の力や権能を取り戻し、その上で“破滅させたら面白そうな相手を見つけた”場合かな』

 

『ニャルラトホテプに力や権能が無ければ、神取は復活しないってことなの? 八十稲羽の件でイザナミに入れ知恵したことを考えると、他の『神』との絡み方次第で使えるようになりそうな気もするけど』

 

『どうだろうなぁ。『神』同士が表立って協力している図を見たこと無いし。フィレモンとニャルラトホテプは“コインの裏表”で根底の繋がりやある種の共犯関係があるけど、“人間に試練を与える”以外で協力関係を結ぶ理由は無いだろうし……』

 

 

 僕が顎に手を当てて考えているのを横目に、足立は肩を竦めた。

 奴の目は『清廉潔白なお子ちゃまには考えつかないのか』と言いたげな、嫌な目をしている。

 “ずるい大人”は、自身の行動原理に合わせた見解を持っているらしい。

 

 

『僕が『神』――もとい、今回のゲームの企画者だったら、“力が弱った『神』を取り込むなり傘下にするなりして、力や権能を横取りする”方法を使うね。それなら、過去のケースを知ってる人間には目くらましとして機能するだろうし、知らない奴共々攪乱するにはうってつけだ』

 

『うっわ。流石自己中キャベツ野郎。今日も今日とて世の中クソだわ』

 

 

 僕がげんなりしたのと入れ違いに、心の海の奥底がざわめく。脳裏を掠めたのは、異世界の迷宮に張り巡らされた数多の管。

 

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 赤黒く変色した東京の街並みを最後に、“誰か”の思案は打ち切られた。混沌とした光景を見せられたせいで、僕の食欲は一気に減退してしまう。食べる手を止めてため息をついた。

 最後の光景は、【怪盗団】御用達の異世界迷宮・【メメントス】を彷彿とさせる。あの場所と東京が重なり合ったら、丁度、あんな感じの世界になってしまうのかもしれない。

 

 

『……でも、アンタの考えは一理あるな』

 

 

 フィレモンとニャルラトホテプによるある種のマッチポンプ的な敵対者=共犯者同士のコンビ。僕が知る限り、『互いの方向性は違うが、根っこでは繋がっていると言っても差し支えない』という一例だ。

 ニュクスは桐条鴻悦と幾月修二の暴走によって目覚めを迎えてしまっただけで、実質的には『大人達のお膳立てが原因の人災』である。この件では『神』側が被害者と言えよう。

 イザナミはフィレモンとニャルラトホテプの教唆があったといえ、実際に動いていたのはイザナミ――及び、彼女が生み出したサギリの化身達だ。彼女の一派以外は、事件とは無関係である。

 

 この4柱が引き起こした事件の数々を振り返ってみると、『神』にも様々な思考回路や動機を基にし、行動原理を持って動き回っていることが分かる。表では敵対しているが実質的にはマッチポンプ地味た真似をしている善神と悪神のコンビ、人災さえなければ無害のまま眠り続けていたはずの滅びの確約者、人に対する善意から配下を生み出し情報収集を行っていた土地神等、性格や背景の違いも大きい。

 

 

『今まで僕や至さんが対峙したことがないだけで、アンタと同じ発想を持って動く『神』がいてもおかしくない。人にも十人十色の特色があって、そういう発想に行き着くアンタがいるんだ。『神』だって、そういうやり方で戦いを挑んでくる輩もいるんだろう』

 

 

 『今日のアンタは冴えてるな』――僕が素直に称賛を口に出せば、足立は目を瞬かせながら手を止めた。

 生意気なガキんちょでしかない僕から褒められるとは思わなかったのか、奴はちょっと困惑気味に視線を彷徨わせる。

 

 

『……ビュッフェで持って来た物の中に、何か変なモン入ってた?』

 

『あれ? いつもみたいに自慢しないの?』

 

『調子狂わせた張本人から無茶振りされてんだよこっちは! 困惑以外にリアクション取れる訳ないでしょ!』

 

 

 足立は口を尖らせていたが、口元が緩むのと調子に乗るのが抑えられなかったらしい。へへんと胸を張って、強気に笑った。

 

 

『――ま、まあでも、そこまで言うんなら、もっと褒めてくれてもいいんだけど!?』

 

『そうだね。アンタと同レベルの思考回路を持ってる『神』なら、躊躇うことなくぶん殴れるクソ野郎だからね』

 

『かぁーッ! 生意気なガキんちょだなお前ェ!』

 

 

 ――そんな軽口を叩きあっていたとき、不意に、足立の視線が僕の向こう側へと向けられる。

 

 そこにいたのは、足立の両親の庇護下にある少年と、僕と同じ顔立ちをした同級生の少女――烏丸六花の2人組であった。妙に小綺麗な格好をした2人は、楽しそうに談笑しながら僕等の前を通り過ぎる。八十稲羽に滞在していた際に見た足立と凛さん、或いは巌戸台に住んでいたときに見た命さんと真次郎さんと同じ気配を感じ取った僕は、思わず口元を緩ませていた。

 烏丸六花には、地獄のような環境下でもどうにか立っていられた理由があった。それが、足立の両親の庇護下に置かれていた里子だったのだろう。仲睦まじく食べ放題の料理をつつき、ああでもないこうでもないと料理についての感想を語り合っている。会話を拾う限り、足立家の里子は料理関係の知識や能力――特に味覚――に秀でているようで、烏丸六花と一緒に色々食べ歩きをしているようだ。

 

 今回のビュッフェは、足立家の里子が費用を支払ったらしい。烏丸六花が置かれた状況が好転したことを祝うためのものだ。

 そのことに対して六花はゴネたようで――『先輩なのだから自分が奢りたかった』とのことらしい――、時折恨めし気にため息をつく。

 里子は拗ねる六花を諫めつつ、彼女が好きそうなスイーツを差し出す。六花はぱっと表情を輝かせ、幸せそうに破顔していた。

 

 

『――そろそろ帰った方がいいんじゃない? 足立さん、わたしと暁がこうして一緒に過ごすの、快く思ってないでしょう?』

 

 

 しかし、六花は先程まで浮かべていた笑みを萎ませると、不安そうに目を伏せた。

 足立家の里子――暁は何かを言おうとして口を開くが、六花の言葉によって遮られる。

 

 

『中間テストの成績の件、聞いてるよ。“保護観察を受けてる訳アリの生徒に、今まで死守してきた学年1位を奪われた”んだってね』

 

 

 彼女の言葉に、僕は目を見開く。“保護観察を受けた訳アリの生徒が、有栖川黎を指し示している”ことに気づいたためだ。

 

 更に言うなら、足立家の里子である暁が秀尽学園高校の2年生――黎と同じ学年であることも意味している。

 六花の言葉を聞いた暁の表情が剣呑なものに変わった。思わずと言った調子で身を乗り出す。

 

 

『どうして六花がそれを? ……まさか、足立さんが何か、六花に酷いこと――』

 

『わたしは何も言われてないよ。それより、キミは自分の心配をするべきだ。小遣いも生活費も削られてカツカツなんだから、もう“わたしに奢る”なんて無理はしないこと! いいね?』

 

 

 2人はこの会話以降、どこかぎこちない雰囲気が漂ったままだった。弾んでいた会話は完全に途切れてしまい、重々しい空気が2人を取り巻く。

 恋人たちの逢瀬がどうなったかを確認するより、僕と足立の食べ放題コースが終了する方がはるかに速い。結局、僕と足立は帝都ホテルから去ることとなった。

 

 ――別れ際、足立は肩を竦めながら、自分の見解を零した。

 

 

『締め付ければ大人しく言うことを聞くと思ってるんだろう。暁ってヤツは里子だし、僕の代わりの成功作にしようとしてる節があるから、余計にそーゆーのが酷いのかも』

 

『小学生の頃から、『公務員か有名企業の会社員になれ』って口酸っぱく言われて育ったんだ。学生時代は成績、就職の時期になったら進路くらいにしか興味なかった連中だったよ』

 

『警察官になったとき、両親は複雑そうな顔してたな。幾ら公務員でも、警察は殉職する危険性があるからね』

 

『それに、当時の僕はエリート街道を駆けあがってた。だから、表立って否定できなかったんだろ。警察だって公務員の括りに入ってる。お望み通りってヤツさ』

 

 

 嘗て、八十稲羽で過ごした時、足立が警察官になった理由を聞いたことがある。確か、“本物の拳銃を手にしたかった”という私情丸出しな動機だったか。

 確かにそれは奴にとっての真実だろう。でも、それは動機の1つでしかなくて、他にも警察官を志すに至った理由やきっかけは存在していたのだと思う。

 “両親が嫌がっていると理解した上で、警察官の道へ踏み出した”という事実は、道化を演じながらも自らの意思を曲げなかった足立の在り方を強く示している。

 

 今はそれでどうにかやり過ごしている足立であるが、足立家の里子・暁に何かが起きた――具体的には、八十稲羽へ行くことになった足立と同じ“傷ついて価値が無くなった宝石(ダイヤ)”とカテゴライズされた――場合、足立の両親は再び息子へ視線を向けるだろう。

 暁に六花がいるように、足立には凛さんがいる。あの様子だと、足立の両親が凛さんを見逃してくれるとは思えない。暁と恋人同士である六花に対して何かしらの圧をかけてきたのだ。八十稲羽の堂島一家や凛さんに対しても、悪い方面でアクションして来そうだ。

 

 その数日後、僕は再び帝都ホテルにいた。智明と今後のことを相談するためである。

 

 

『最近、父さんが新しい秘書を雇ったんだ』

 

『今は“仕事”で方々を飛び回っているけど、7月半ばには合流できる予定だよ』

 

 

 智明は【メメントス】や【パレス】を行き来し、【廃人化】や【精神暴走】を引き起こしている張本人。金城のシャドウ曰く、白鳥(シュヴァン)と名乗って行動しているようだ。

 でも、奴は僕達――第5世代のペルソナ使い――が身に纏う怪盗服を着ていなかった。僕が通っている怜極学院大学の制服を着て行動していると聞く。それで本当にバレないのが不思議だった。

 

 更に言えば、何度顔を合わせても、僕は()()()()()()()()()()()()()()()

 ……智明がこの特異性を悪用していることは確実だろう。

 智明の特異性は、本性を現したニャルラトホテプの特徴とよく似ている。

 

 ニャルラトホテプと言えば、奴が所持する『駒』の1つが神取鷹久である。ニャルラトホテプは達哉さんと同じくらい、神取にもご執心だったか。閑話休題。

 

 

『その人のお名前は?』

 

『会ってからのお楽しみってことにしてもらえないかな? まだオフレコの段階で、表沙汰にできない事情があるんだ』

 

 

 僕が何度質問しても、智明は苦笑するのみ。新しく加わった秘書――金城曰く、『夜鷹(ナイトホーク)と名乗っている』――の情報は頑なに話して貰えなかった。更に言えば、未だに僕はその秘書と顔を合わせていない。怖いくらいに()()()()()()()()()()ようだ。

 どこまでが嘘でどこまでが本当なのか、その線引きは非常に難しい。智明の顔が()()()()()()という部分も含めて、厄介極まりないと言えよう。“智明側に新しい人員が増えた”ことだけは、まごうこと無き事実だったから。

 智明と会話をしている間にも、新たな『駒』が【廃人化】や【精神暴走】事件で暗躍している。智明だって、僕と別れた後は積極的に人を【廃人化】させ、【精神暴走】を引き起こしているのだ。奴の話で聞いた政治家や業界の有名人達が、物理的・社会的な要因で排除されている。

 

 一番多いのが事故や自殺、次に多いのが炎上騒ぎからの社会的な死だ。だからと言って、『殺さなければいい』――もとい、『標的を生かしておけばいい』という話で済むわけではない。

 前者も後者も、関係者達に大きなダメージを与える。黎のように“生きてはいるが人生を滅茶苦茶にされた”人、一色さんのように“命だけでなく、大切なものまで奪い尽くされた”人という実例がいた。

 

 “獅童正義を【改心】させ、黎の冤罪を雪ぐ”という目的がある僕だが、助けられなかった人や見捨てるしかなかった人達に対して思うところがない訳じゃない。時折、『本当にこれでよかったのか』と思い悩むことはある。――獅童は、そんな葛藤すらないのだろう。奴に尽す智明も、十中八九罪悪感など抱いていない。胸糞悪い話であった。

 

 ……とまあ、僕はそんな日々を生きている。自分で言うのもなんだが、色々な意味で充実した日々だった。

 そんな僕だけれど、『【怪盗団】の中で一番日常生活が充実しているのは黎だ』と断言できる。

 

 

「女流棋士の“ひふみん”に、岩塩をパワーストーンと言い張って売りつけてきた占い師かぁ。いつの間に人脈を広げたんだ……」

 

 

 5月半ばに『ミリタリーショップの店員に銃のことを聞いてみたんだ』と笑っていた黎の度胸に口元を引きつらせた出来事が、今はずっと昔のことみたいに感じてしまうのは何故だろう。

 当時はその話を真っ青な顔して僕に零したモルガナは、今じゃあ「レイはスゴイんだぞ!」と叫ぶ賛美&肯定Botへ進化していた。そうだそうだ、お前も黎を褒めるがいい。僕の恋人だぞ。

 

 但し、彼女の人生の相棒の座だけは渡さないので、そこは弁えて欲しい――僕の気持ちが駄々洩れしていたらしい。先程まで黎の武勇伝に茶々を入れていたモルガナは、僕の方を向いた途端、すんとした顔で沈黙していた。

 

 黎はビックバンバーガーをペロッと平らげ、自慢げに胸を張っていた。

 おかげで僕の語彙力がテンタラフーになった。僕の好きな人は凄い。

 

 

「吾郎は大宅さんの記事見た?」

 

「ああ、少年Mの独占証言ってヤツか」

 

「大宅さん喜んでたよ。だから、ちょっと取引をしたんだ」

 

 

 黎は大宅さんと協力関係を結んだという。“【怪盗団】のネタを彼女に提供する代わりに、【怪盗団】が有利になる記事を書いてもらう”という取引だった。僕の方にもツテはあるが、彼らにだって“やらなければならないこと”はある。僕のメディア露出をサポートしてもらっている上におっ被さるのも気が引けた。

 

 【メメントス】を用いた【怪盗団】の活躍も絶好調だ。三島から持ち込まれる依頼だけでなく、黎に手を貸している大人たちから持ち込まれる依頼も増えた。川上先生の元生徒保護者夫婦を【改心】させたり、女医を再び陥れようとした医局長を【改心】させたりした。

 亡くなった生徒の保護者による謝罪金の催促を止めてもらった川上先生は、全面的に黎の味方になってくれたようだ。亡くなったと思っていた患者が生きているという真実を知った女医も奮起し、新薬の開発を進めることにしたらしい。そのお礼として、提供される薬品類を値引きしてくれるようになったという。

 他にも、占い師に持ち込まれた相談内容を掻っ攫うような形でDV彼氏を【改心】させた結果、占い師の女性に興味を持たれたらしい。運命は変えられないと断言した彼女は、それを覆した黎に強い興味を示した様子だった。

 

 

「『もっと占う』と言ってたから、早速占ってもらった」

 

「何を?」

 

「吾郎との未来を」

 

 

 飲み物を飲んでいた僕は、危うく噴き出すところだった。液体が気管に入って咳き込む僕を尻目に、黎は静かな面持ちで告げる。

 

 

「死神の正位置、塔の正位置、運命の逆位置、審判の逆位置……このまま行くと、“私か吾郎のどちらかか、あるいは両方が死ぬ”んだってさ」

 

「はぁ!?」

 

「御船さんは『諦めろ』って言うけど、私の心意気と吾郎との馴れ初めを語ったら複雑な顔してたな。『それでも運命は変わらないんですよ。……私個人としては、変わってほしいとは思いますけど』って言ってくれた」

 

 

 黎の話曰く、占い師の御船とやらは相当な実力の持ち主で、占いの的中率は百発百中だという。

 「パワーストーンと銘打った岩塩を10万円で売りつけさえしなければ、充分信頼できる相手である」とも。

 占いを利用した詐欺行為をしている時点で大問題なのだが、黎は御船とやらを告発する気はなさそうだった。

 

 不安を煽るような結果であるにも関わらず、黎は満面の笑みを浮かべている。

 彼女の双瞼は晴れやかで、一切の不安も恐怖も抱いていない様子だった。

 

 

「待って。その占いのどこに笑みを浮かべる理由があるの!? というか、その占い師のやってる商法、詐欺なんじゃ……」

 

「『運命なんて変わらない』と断言していた人が、私達のことに関しては『運命が変わるものであってほしい』って言ってくれたんだもの。それで詐欺行為はチャラにしようかと思って。10万円なんてシャドウからカツアゲすればすぐ貯まるし」

 

「……時々、キミの器が大きすぎて悲しくなるときがあるよ」

 

 

 僕は深々とため息をつき、飲み物を煽った。黎は再びメニューを開くと、また別のハンバーガー(普通サイズ)を注文する。細い体ではあるが、黎は意外と食べるタイプだった。

 料理を美味しそうに食べ進める姿はとても幸せそうで、見ている僕の口元も緩んでくる。今なら、ご飯を食べる命さんを見守っていた真次郎さんの気持ちが分かりそうだ。

 月光館学園高校の寮生が真次郎さん作の料理を自慢していたことを思い出す。今頃、命さんも真次郎さんの作ったご飯を、幸せそうな笑みを浮かべて食べ進めているのだろうか。

 

 ビックバンバーガーをペロリと平らげる黎にとって、普通サイズのハンバーガーなど大したこと無いのだろう。

 彼女は普通サイズのハンバーガーをあっさりと食べ終えた。備え付けられていたナプキンで口を拭い、包み紙と一緒に畳む。

 

 流し込むようにしてシェイクを飲み干した黎は、真っ直ぐ僕を見つめた。気遣うように、労るように、灰銀の瞳は僕を映し出している。

 

 

「吾郎は大丈夫? ここ最近、新島検事の手伝いやってるんでしょう?」

 

「金城の立件まであと一歩だったからね。この調子なら、金城の借金返済予定日の前日までにはガサ入れしに行けそうだよ」

 

 

 出世欲の塊となった冴さんにこき使われた日々を思い出し、僕はそっと苦笑した。今日だって、やっとのことで解放して貰ったばかりである。

 

 

「金城の【改心】が成功したら、【怪盗団】は有名になるだろうね。金城に悩まされていた人や、奴を脅威に感じていた人は軒並み反応しそうだ」

 

「でも、そうなったら、表で【怪盗団】反対を掲げる吾郎には厳しい視線が向けられる。……冤罪を着せられた私みたいに、周囲の人々は掌返しで貴方を貶めるでしょう」

 

「そんなの覚悟の上だ。外野には勝手に言わせておけばいい。黎やみんなが僕の本心を分かってくれるんだから、そんな雑音、全然気にならないよ」

 

「……吾郎は自覚ないだろうけど、顔色悪いよ。ちゃんと眠れてないんじゃない?」

 

 

 黎の言葉に対し、僕は思わず目を見張る。……彼女に見破られてしまったことに、少なからず同様してしまった自分に気づいてしまった。情けない。

 

 

「そう? ……ダメだな。一応探偵で密偵なんだから、他者に弱みを握られないよう気を付けなきゃいけないんだけど……」

 

「それは困る。吾郎が弱みを見せてくれるって言うのは、私のことを信頼してくれてるってことだ。頼ってくれてることだ。……だから、これからも弱みを見せてくれると嬉しい」

 

 

 黎は僕の手を取って、じっとこちらを見つめていた。彼女の手のぬくもりがじんわりと沁みてきて、俺はどうしてか、泣きたい心地になった。

 完璧でありたかった。黎の前では、密偵として獅童親子と対峙するときの自分みたいに、弱みを見せない完全無欠な人間でありたかった。

 不完全で欠陥だらけの俺が、有栖川黎の傍に在る為の条件なのだと思っていた。そうすれば、彼女と()()()()()()()()()()のだと、どこかで信じていたのだ。

 

 そうじゃなくてもいいと、黎は言ってくれる。言葉で、態度で示してくれる。僕が不安になって立ちすくむ度に、僕の手を引いてくれる。――そんな彼女の在り方に、どれ程救われてきただろう。今このときだって、僕は彼女に救われている。支えられている。悔しいことに、だ。

 

 俺が彼女を守れるようになる日は来るのだろうか。俺が彼女を救えるようになる日が来るのだろうか。俺が彼女を支えられるようになる日が来るのだろうか。

 冤罪の汚名を雪いであげることも、これから迫り来るであろう獅童たちの悪意から彼女を守ってあげられることも、今の俺にはとても難しいことのように思える。

 

 

「本当、黎には敵わないや」

 

 

 僕は苦笑しつつ、彼女の手を握り返した。

 この温もりが、今もまだ僕の傍にあるだなんて夢みたいだ。

 だからこそ、この温もりが失われないでほしいと、強く願う。

 

 

(僕に出来ることって、大したこと無いんだよな……)

 

 

 できることの少なさに嘆くことより、できることすべてをフルに使う――そんな風に割り切れる強さは、俺には無い。多分、その戦法を駆使して立ちまわっている至さんも、すべてを割り切れたわけではないのだと思う。むしろ、あの人は割り切れないからこそ走り回っているようなタイプだった。

 

 僕はきっと、至さんと同じ戦法で立ち回ることができても、100%あの人を再現できるわけではないのだ。他のペルソナ使いと連携を取れるのも、至さんの七光りの影響が大きい。

 現に僕では活かしきれないコネクションだってある。名前を挙げるのは控えておくが、使いどころを考えないと相手に多大な迷惑をかけてしまう可能性があった。閑話休題。

 

 

「金城の【改心】が成功した暁には、ヤツは本格的に【怪盗団】を敵認定するだろう。自分自身の手を汚すことなく、自分にとって都合のいい形で敵対者を潰すのはアイツの十八番だ。智明という『駒』がいることも、その危険度合いに拍車をかけている」

 

「……予測はしていたけど、相手が何を仕掛けてくるか分からないから心配だね」

 

「獅童は“上げて落とす”ってのが得意だからな。民衆の心を操作する力は計り知れない。気を引き締めないと」

 

「話を聞く限り、シドーって奴は超弩級の大悪党なんだな……。できることならソイツを今すぐ【改心】させてやりたいが、いかんぜん情報が足りなさすぎる」

 

 

 鞄の中に潜んでいたモルガナが僕らの間に割って入った。渋い顔をした黒猫は、黎のスマホを指示す。獅童正義の名前はヒットしているが、場所は全然表示されない。

 獅童正義の【パレス】が存在していることは【イセカイナビ】が証明してくれたが、【パレス】に案内されるための手段――獅童が【パレス】を何と認識しているか――までは掴めていなかった。

 民衆を「愚民」を見下している獅童のことだから、自分だけ上に位置していると思っているのだろう。金城のパレスのように“空に浮かんで”いてもおかしくなさそうだ。

 

 ……問題は、“獅童智明以外の『駒』の情報が、金城のシャドウが齎した情報以外に入ってこない”という点である。金城の齎した情報にやたらと既視感を覚えたのは、御影町と珠閒瑠市でよく似た特徴の男を見かけたことがあったためだ。その引っ掛かりを強くしたのは、やたらと【セベク・スキャンダル】や【JOKER呪い】を知りたがっていた足立の様子からだ。

 

 僕はスマホを操作する。検索したのは、12年前に御影町で発生した事件だ。僕がペルソナ使いたちの戦いを目の当たりにした――至さんの人生を決定づけた“すべての始まり”と言える戦い。事件名は【セベク・スキャンダル】。当時のセベク代表取締役の名前を検索して、候補の一番上に表示された名前をタップする。

 待機画面の後に、404:Not Foundの文字が踊った。その検索結果に僕は違和感を覚える。以前は普通に閲覧できたのに、今回に限って出てこない。何度も同じ名前で検索して記事をタップするのだが、まるで呪われてるみたいに『奴』の情報は一切表示されなかった。

 

 無情にも404:Not Foundの文字が主張する。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”と。僕は思わず眉間に皺を寄せる。

 

 

(地方と言えど、12年前の大事件だ。なのにどうして、『奴』に関する情報の一切が出てこない……?)

 

 

 『そいつ』は“敵”だった。けれど“悪”ではなかった。

 『奴』の生き様は、今でも俺の中に焼き付いていて消えない。

 

 『アイツ』の問いが、明智吾郎の指針を定めた。『アイツ』の生き様を、明智吾郎は笑い飛ばすことも蔑むこともできなかった。得体の知れぬ羨望と哀れみ、もしくは強い共感を抱いた瞬間を、僕は忘れられずにいる。

 自分が闇を往く立場でありながらも、自身の破滅と引き換えに、『奴』は正義を貫いた。自分が正しいと信じる道を突き進んで、光を往く者たちを導いた。……本当は、自分自身が光の道を往きたかったはずなのに。

 何度も検索して記事をタップした。でも、『奴』のいた証――『奴』に関する情報を詳細に纏めた記事――は出てこない。『奴』は確かに、この世界に存在していたのに。『神』の玩具にされて破滅させられた男。死した後でさえ玩具にされた男。

 

 唯一『奴』の名前があるのは【セベク・スキャンダル】の概要記事のみ。しかも、首謀者のはずだった『奴』に関する詳細は“12年前に死んだ”という事実だけを残して根こそぎ削除されていた。

 

 

(……嫌な予感しかしないな……)

 

 

 獅童智明の存在や彼の系譜である五口家の情報が突如湧いて出てきたように、『奴』のいた証が突如()()()()()扱いを受けている。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ならば、その逆の現象――“()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ことだって起こり得るわけだ。

 常識や物理法則を捻じ曲げるような所業、『神』と呼ばれる類でなければ成し得ない。フィレモンやニャルラトホテプ、ニュクスやイザナミノミコトの姿が頭をよぎる。現時点では推論でしかないが、【怪盗団】の活躍する世界の仕組みを考えると、今回の『神』は『認識を駆使する』存在なのではなかろうか。

 

 考え込んでいた僕だったが、心配そうに僕を見つめる黎の姿に気づいて思考を中断させた。恋人を不安にさせたいわけじゃないし、哀しそうな顔してほしくない。僕は話題を切り替えることにした。

 

 

「金城からの催促メールはどうなってる?」

 

「【パレス】が崩壊して以来、一切届いてないよ」

 

「そっか。なら安心だね。【改心】が進んでる証拠かな?」

 

 

 鴨志田のとき同様、金城【パレス】崩壊後の黎の身の安全は保障されている様子だった。後は金城も大人しく【改心】してくれれば、金城の被害者達は本当の意味で“解放された”ことになるだろう。

 金城が被害者から巻き上げた金銭が戻って来るかは分からない。被害者の人数や金額の多さが原因で、雀の涙程の金額しか戻ってこない――実質的な泣き寝入りをしなければいけない可能性もあろう。

 だけど、僕達【怪盗団】が出来ることはここまでなのだ。残念ながら、僕達ペルソナ使いは万能ではない。……勿論、それを言い訳にして立ち止まるつもりは無いのだが。

 

 “自分ではどうしようもないことがある”という事実を受け入れた上で、“それでも出来ることをしようと足掻く”ことは難しい。「ニャルラトホテプを倒す唯一の手段に通ずる心持ちである」と言えば、その難易度が如何程の物か想像がつく。

 人によっては諦めの境地に至って自暴自棄に陥る場合もあるし、それから目を逸らしてまやかしの希望に縋らないと生きていけない場合もある。表面上は前向きな人であっても、心の奥底で何をどう思っているかは分からない。本当にその境地に立っているのか否か、本人が自分自身の本心を自覚できているか否かも。

 

 きっと、何度も立ち止まって悩むのだと思う。何度も、黎や至さん、【怪盗団】の仲間達、先輩のペルソナ使いや、今後現れるであろう僕等の後輩世代にも、情けない姿を晒すのだろう。

 

 でも、足を止めることだけは絶対にしない。僕が憧れた大人達がそうだったように、僕が尊敬する至さんがそうであるように、僕も進み続けるのだ。

 隣に黎がいるなら、彼女の隣に僕がいられるのなら、きっと大丈夫。地獄だろうが煉獄だろうが、最後まで歩き抜いてみせよう。

 

 

「私の心配してくれるのはいいけど、吾郎だって無理しないでほしい。……無理させてる私が言うのはおかしいかも知れないけど」

 

「そんなことは――」

 

 

 苦笑した黎の言葉を遮ろうとした僕だが、それは黎から差し出された物によって逆に遮られた。彼女が僕に差し出したのは、高級アロマセットとビタミン剤だ。

 

 

「……なんか、『もっと頑張れ』って圧をかけるようなチョイスでごめんね」

 

「そんなことない! 凄く嬉しいよ!」

 

 

 正直、最近は忙しくて疲れていたから本当に助かる。黎は僕以上に、僕のことを見ていてくれたのだ。今がどうにもできない状況であることを知っている上で、出来ることを模索した結果だろう。

 彼女の気遣いは本当に嬉しい。けれど、それと同じくらい、自分の情けなさに泣き叫びたくなる。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

<“あの子”も、“僕”に同じものをくれたっけ>

 

 

 心の海の奥底で、“誰か”が小さく呟いた。脳裏に浮かんだのは、高級感漂う殺風景な部屋。部屋の間取りや内装は明らかに上流階級なのに、生活感はほぼ皆無。部屋の床にビタミン剤のビンさえ転がっていなければ、モデルルームだと言われても納得できるくらいの有様であった。

 生活感があるのは机とベッドくらい。ベッドの上では、青年が仰向けになっている。左腕で目元を隠した青年は、嗚咽を押し殺そうとして失敗しているようだった。強がっている子どもみたいな泣き方をする彼は、ずっと誰かの名前を呼び続けている。

 心身を癒してくれる効果を持つアロマは一切効果を発揮していないようだ。寧ろ、青年の心を滅茶苦茶に掻き毟っている元凶である。――それでも、その香りに縋ってしまうのは、送り主と青年の間にある縁をかき集めて守ろうとしているかのようだ。

 

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<――(■■)……!>

 

 

 “誰か”の感情に引っ張られる形で、僕の視界がジワリと滲む。

 黎に心配をかけたくなかった僕は、それを乱暴に拭って笑った。

 

 

「黎は、僕を幸せにする天才だね」

 

「なら吾郎は、私を幸せにする天才だよ」

 

「そっか。そうだったら、嬉しいな」

 

 

 僕と黎は顔を見合わせてはにかむ。僕等は暫く談笑した後、帰路につくことにした。

 

 ルブランまで黎を送り届け、自宅に戻って明日の用意を終えた僕は、早速黎がくれたアロマを焚いてみた。

 心地よい香りのおかげで、その日は自分が思っている以上にぐっすり眠ることができた。

 

 

 

 

 

<“僕”だって、本当は――>

 

 

 微睡む中で、“誰か”の声が聞こえた。

 強い羨望と哀しみが滲む声だった。

 僕は少し躊躇ったけど、口を開く。

 

 

<その気持ち、ちゃんと“あの子”に伝えた?>

 

 

 ――その返事を聞く間もなく、僕の意識は微睡から覚醒した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 金城潤矢が自白したのは、冴さんが金城の一件を立件し終えた直後のこと――7月8日の夕方だった。

 おかげで、ガサ入れの為に待機していた警察官は、金城のアジトから証拠を押収するために出動することになったという。

 自白のタイミング的な問題で少々揉めたものの、“手柄を挙げた”という扱いを受けた冴さんが小躍りしながら教えてくれた。

 

 金城の【改心】によって急遽智明との話し合いが入った僕は、【怪盗団】の面々と直接話をすることはできなかった。その日は真も“秀尽学園高校の校長に呼び出されたので、三下り半を叩きつける”という用事のため、黎達の元には行けなかったという。

 

 世論の見解は“金城の自白は警察の手柄”、ネットの見解は“金城は【怪盗団】によって【改心】された”となっており、世論もネットも【怪盗団】の動きに注視している。【怪盗団】を肯定的に見ている連中の中には掌返しや勝ち馬に乗る輩がいるのも事実だ。

 真が『渋谷の目立つ場所に予告状を貼り出せ』と指示したのは、【怪盗団】の支持率を一気に上昇させるためだろう。【メメントス】の奥地へ行くための扉は【怪盗団】の知名度によって開かれるため、人目につきやすくなる。流石の頭脳プレーだ。

 

 

祐介:これで、【怪盗団】は黒幕からも目を付けられたな。一般の警察関係者もこの騒ぎを放っておくことはない。

 

竜司:一般人ならあんな異世界突き止められないだろ。問題は、黒幕がどう動くかってことだよな。俺には想像つかないぜ……。

 

杏:金城のシャドウ曰く、『【パレス】や【メメントス】を自由に動き回ってる』んでしょ? 何かの拍子に鉢合わせすることになるかも。

 

真:しかも、『最初は自称“白鳥(シュヴァン)”――獅童智明1人だけだったのが、最近になって“夜鷹(ナイトホーク)”なる2人目が追加された』って言うじゃない。厄介よね。

 

吾郎:確かにそうだ。おまけに、僕達は奴等についての情報を殆ど有していないから、鉢合わせた場合の対処方法を持ってない。

 

竜司:けど、対処法がないってのは相手も同じだろ?

 

吾郎:そうとは限らないよ。僕等の姿かたちを知られているかも知れないし、最悪の場合はペルソナの戦闘スタイルや耐性・弱点、更には個人情報まであぶりだされている危険性だってある。

 

竜司:ヒエッ!?

 

杏:あとはもう、“煮るなり焼くなり好きにするだけ”って段階!? コワッ!!

 

真:考え得る限り、最悪のケースね。

 

祐介:黒幕たる獅童正義の権力なら、俺達に適当な罪を着せて逮捕することくらい簡単なのだろうな。

 

黎:私と言う実例もあるしね。“強姦未遂に合った被害者が、傷害事件の加害者にされる”くらいだもの。

 

黎:<怒りで毛を逆立たせる猫のスタンプ>

 

黎:<『このハゲー!』と怒鳴る女性のスタンプ>

 

黎:<猫が不審者にひっかき攻撃をしているスタンプ>

 

黎:<猫が獲物を咥えてドヤ顔を決めているスタンプ>

 

真:酷い……! そんな奴と、貴女達は戦うつもりだったのね。……私で本当に良かったのかしら? もっと優秀な参謀の方がいいんじゃ……。

 

 

 僕の見解が原因で、チャットは悲観的な方向に動き出している。僕は慌てて“それでも獅童はまだ動かない”と追記を入れた。

 

 何度も言うが、獅童の特異な戦い方は“上げて落とす”。邪魔な相手の人気が絶頂期になったタイミングで、相手を失脚させるやり方が得意だ。今までも厄介な政敵を適切なタイミングで陥れることにより、相手の支持率をそっくりそのまま自分の物にしている。政敵に失望した民衆が、掌返しを行うことを知っているが故のやり方であろう。

 “鴨志田・班目・金城の三連勝を挙げた【怪盗団】の支持率は、今まで以上に上昇するはずだ。しかし、獅童の特異戦術を使うには“物足りない”程度で収まりそうである”――そこまでチャットに書き込んだ後、僕はふと足立の言葉を思い出した。『自分がゲームマスターだったらどうするか』という視点に立ちながら考える。

 

 

吾郎:僕だったら、怪盗お願いチャンネルの支持率を目安にして策を練るね。

 

真:成程。支持率は【怪盗団】の人気と直結してる。支持率を高めた後に【怪盗団】を失脚させれば、失望や掌返しによって獅童側につく民衆が増えるわ。

 

竜司:ってことは、今まで同様、支持率は上げていかなきゃいけないってことか?

 

黎:【メメントス】の探索を広めるためには、怪盗団】が有名にならなきゃいけない。支持率はそのバロメーターでもある。

 

杏:待って。このまま獅童の策に嵌るようなことになったら支持率下がるよね? そしたら、【メメントス】の奥地に行けなくならない?

 

黎:『支持率が一種の指標になることは事実だが、【怪盗団】の名声や知名度が奥の階層を開く鍵だ。だから、万が一支持率が0になった場合でも、【怪盗団】の存在が人々に認知されているなら、奥地に続く扉を開くことができる』ってモルガナが。

 

祐介:好評だろうが悪評だろうが、“【怪盗団】に対して誰かしらが関心を抱いている”という事実が重視されている訳か。

 

竜司:周りの期待的な意味でも、獅童を【改心】させるための策的な意味でも、下手な相手は狙えないぜ? 次のターゲット、しっかり吟味しねーとな!

 

杏:気持ちは分かるけど気が早すぎ。

 

祐介:焦るな。俺達は今、鴨志田・班目・金城の【改心】によって3連勝を挙げている。今は騒ぎが落ち着くまで、静かに期を見ていればいい。

 

真:そうよ? 吾郎や祐介は他校の生徒だし、モルガナは猫だから対象外だけど、秀尽学園組には“期末テスト”という強敵が待ち構えているんだから。

 

竜司:えっ

 

杏:えっ

 

真:試験まで残り1週間よ。勿論、対策は万全よね?

 

黎:任せて。今回も学年1位を掻っ攫うから。

 

竜司:えっ

 

杏:えっ

 

祐介:……若干2名ほど、不安要因がいるようだな。

 

真:静かに過ごすなら、『成績が悪くて睨まれる』ような事態に陥らないよう立ち回ってよ? 生徒会長としても見過ごせません!!

 

 

 チャットの文面を見たとき、中間テストの時期に泣きついてきた竜司と杏の情けない姿が脳裏に浮かんだ。今の2人が、そのときと寸分狂わぬ顔つきをしていると直感したのはどうしてだろう。

 案の定、竜司と杏は期末テストの存在をすっかり忘れ去っていたようだ。曰く、『金城の【改心】成功と打ち上げ会、及び真の歓迎会を行うことで頭が一杯だった』ためらしい。

 チャットで完全沈黙した/現実では阿鼻叫喚になっているであろう竜司と杏の姿が鮮明に浮かんだので、僕は思わず苦笑した。助け舟になるかは分からないが、僕の学校の試験日程と一部が被っている。

 

 “奇遇だね。数日だけど、ウチの学校と試験期間が被ってる。折角だし、一緒に勉強会しない?”――程なくして、杏と竜司が二つ返事で食いついてきた。

 

 他の面々も勉強会への参加を表明する。真に至っては、【怪盗団】への本格参戦も一緒に表明した。『優等生を卒業し、自分の心に素直に生きる』――そのための第一歩を、彼女は踏み出したのである。

 【怪盗団】である僕達も、真を拒む理由はない。寧ろいてくれなければ困る。似たような参謀職でも、得意分野による役割分担――僕が『神』対策特化型、真が世間一般的な事象型――という訳だ。

 

 

(怪盗お願いチャンネルの支持率を見る限り、今が“折り返し地点”って所だろう。経験則上、これから戦いが激化していくってことは明らかだ)

 

 

 脳裏によぎるのは、巌戸台と八十稲羽での戦いだ。大型シャドウとの戦いに慣れ、【マヨナカテレビ】の仕組みをざっと理解できるようになったのも夏休み前後である。転換期を迎えて、戦いが激化していったのも、丁度7月~8月にかけてのことだ。

 

 金城の【改心】成功によって、【怪盗団】を取り巻く事情は大きく変わる。勿論、表では【怪盗団】と対立構造にある警察・獅童側に属する“探偵王子・明智吾郎”への扱いだって変化することだろう。

 前者は絶対正義のように持て囃されるだろうし、後者は後手後手に回っているという事実を突きつけられた上で、厳しい意見をぶつけられるはずだ。――気を引き締めて臨まねばなるまい。

 

 僕がそう気合を入れ直したのと、仕事用のスマホがけたたましく鳴り響いたのは同時だった。電話の相手は獅童智明。

 

 

『【怪盗団】の特集番組が急遽組まれることになってね。10日に行われる生放送番組、明智くんにも出演してほしいんだ』

 

 

 奴と顔を合わせて居なくてよかったと心底思った。今の僕は、とても虚無の顔をしていたから。

 尚、「試験対策優先」をごり押ししまくって、【怪盗団】メンバーとの勉強会は午後から参加できるように交渉してきた。

 智明は『試験勉強よりも【怪盗団】対策を重視すべきだ』と主張していたけれど、最終的にはため息交じりに了承した。

 

 僕と同じ怜極学院高校に通っているはずなのに、智明はテスト関係に対する執着が薄い。議員の息子で未来の跡取り候補だというなら、勉学を疎かにするわけにはいかないはずなのに、だ。幾ら智明が獅童正義の息子だとしても、教師たちは試験結果や成績を捏造するだろうか? 少なくとも小田桐先生は確実に反対するし、何なら獅童親子を躊躇うことなく告発するだろう。

 僕だって、探偵王子の仕事をこなす際、小田桐先生のサポートのおかげで留年を免れている節がある。そうしてこれからは、これまで以上に彼の手を借りる機会が増えるのだ。捜査は本格化し、僕も駆り出されるだろう。その度に調整してくれるのは小田桐先生を始めとした教師達なのだ。試験勉強で学年1位になるだけでも、先生への恩返しとしては不十分である。

 

 

(……『神』に連なる者としての権能を使っているから、人間関係を気にする必要がないってことか)

 

 

 僕等が相対峙する敵の強大さを噛みしめながら、僕は怪盗団のチャットを開いた。

 

 

吾郎:舌の根も乾かないうちに前言撤回する羽目になっちゃった。

 

黎:何があったの?

 

吾郎:【怪盗団】の特集番組、生放送が急遽決まったらしい。黒幕の『駒』から参加命令が出た。

 

杏:嘘ぉ!?

 

祐介:早速弊害が出たな。【怪盗団】が有名になれば、それに対立する“探偵王子・明智吾郎”の需要も高まる。

 

竜司:マジかよ……。吾郎は自力で試験対策してるから大丈夫だろうけど、普通、テスト期間中の学生を狩り出すのは無茶苦茶じゃねえ!?

 

真:黒幕がそれ程【怪盗団】を重要視しているんでしょうね。想定以上に切羽詰まってるのか、今のうちに手を打ちたいのか……恐らく後者かしら?

 

杏:勉強会、参加できないってこと?

 

吾郎:大丈夫。合流するのが遅れるだけ。交渉して、どうにか午後の時間を勝ち取って来た。

 

黎:分かった。吾郎の出演する番組見つつ、みんなと勉強しながら待ってるね。

 

竜司:行って来い、吾郎! 応援してるからな!

 

杏:いつも頑張らせてごめんね。その分、アタシ等も頑張るから!

 

祐介:案ずるな。お前の努力は分かっているさ。――気を付けて行って来いよ。

 

真:午前の部は私がしっかり見ておくから、気兼ねなくいってらっしゃい。

 

吾郎:ありがとう。頑張ってくる。

 

 

 瞬く星を見ているような心持で、僕はチャット画面を眺めていた。

 この絆を亡くしたくないと願いながら、この絆を守れる自分になりたいと――ひっそり祈っていた。

 

 





 ――いつだったか、“僕”は、“あの子”の名前の由来について聞いたことがある。


『私の名前、由来が諺なの。“泥中の■”って言うんだ』

『“泥の中に咲く■のように、どんなに辛い状況の中でも悪い影響を受けることなく、清らかな花を咲かせるような、芯の強い人になって欲しい”って、父が言ってたの』


 “あの子”はその名を体現した人だった。どんなに絶望的な環境に置かれても腐ることなく、凛とした花の如く咲き誇り、真っ直ぐに背を伸ばしている。
 その眩しさに目を背けたくなったことは何度もあった。でも、どうしても、その眩い在り方に魅せられてしまうのだ。――さながら、花に惹かれる蝶のように。


『私の苗字は■■なんだけど、お父さんは■■家に養子に迎えられたんだ』

『お父さんは小さい頃に家族を亡くして、肉親は双子のお兄さん――私にとっての伯父さんしかいなかったの』

『経済的な事情もあって、お父さんだけが■■家に養子に入ったんだって。伯父さんとは離れ離れになったけど、引き取られた家が近所同士だったから、自由に会いに行けたみたいなんだけど』


 “あの子”の名字に関する話題を聞いたことがある。
 “彼女”の父親も、“僕”と似たような環境で過ごしていたらしい。
 “僕”よりマシな環境だったと言えど、腐らず生きてきたという点は尊敬に値する。

 “あの子”の強さは、父親から譲り受けたものなのだろう。“僕”は感心しながら、“彼女”の話に耳を傾けた。

 傾けていたはずなのだ。
 一字一句忘れたくなかったから。


『ああでも、伯父さんは引き取られた家の人と養子縁組してないから、元の名字のままだったよ』

『確か、名字は――』


 ――なのにどうしてだろう。

 “彼女”が告げた名字が何だったのか、“僕”は一切覚えていないのだ。



―――

今回のお話は追加されたお話が多めです。あっちもこっちもわちゃわちゃしているし、ワイワイしているし、フラグが張り巡らされております。
個人的に、魔改造足立&魔改造明智のお喋りと、今回のあとがきSSがその極地だと思っていたり。

ニンテンドーswitchに、P3P、P4G、P5Rが揃って移植決定。新規ユーザーが増え、そこからまた明智ファンや荒垣ファンが増えるのかと思うとワクワクします。足立のファンも増えそう。……過労死から解放されたはずの先輩主人公と一緒に、P5主人公も出稼ぎに行く感じに思ったのは私だけでしょうか?
個人的にはペルソナシリーズの小説――特に明智関係のヤツ――が増えるのが楽しみです。同時に、某所で見かけた『“無印⇒R把握済み”ユーザーと“Rのみ把握”ユーザーでは、明智の印象が変わる』という話も気になってたり。無印のパンケーキドジっ子が、ジョーカーのライバル役としてより一層深い爪痕を残す存在になるとはなぁ。
リメイク前作品で無印明智の印象を『愛されたいと泣き叫ぶ子ども(要約)』と評した感想がありましたが、そう考えると、R軸明智は『愛するべき存在や尊ぶべきと思ったモノを見つけたからこそ、それを守るために、己の全てを賭して立ち上がった』と言えそうですよね。

一時期、P5Rの帰還ED関連情報を把握してからは「明智救済系の二次創作は、R軸明智が出した答えを侮辱しているのでは?」と思い悩んだことがありました。その時のアレコレも、拙作に組み込まれています。
歪みに歪んだ認知によって、R軸明智すら頭を抱えるような道を突っ切っている拙作ですが、開き直って何処までも突き進んでいくつもりです。よければ、これからも見守って頂けると嬉しいです。
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