Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。



一難去っても倍になってくる

 

 

『明智くん。【怪盗団】の特集番組に、コメンテーター兼解説役として出演してくれないか?』

 

『【怪盗団】をライバル視している探偵王子として、キミのコメントが欲しいんだ。取材、受けてくれるよね?』

 

 

 【怪盗団】が金城を【改心】させて以降、テレビや報道関係者が“【怪盗団】をライバル視する探偵王子・明智吾郎”を欲しがるようになった。文字通りの引っ張りだこである。

 

 取材は積極的に受けておいて損は無いのだが、僕の身体は1つしかない。更に言えば、僕にだって事情があるのだ。【怪盗団】としての暗躍だけでなく、怜極学院高校の高校生として、【廃人化】事件を追いかける探偵として、獅童一派の密偵として、やらなければいけないことは沢山ある。メディア出演ばかりにかまけてはいられない。

 智明は獅童の意向を汲み、積極的にメディアに出張っている。【怪盗団】反対派の急先鋒として持ち上げられているのが“正義の探偵王子・明智吾郎”なら、次鋒又は中堅のような立ち位置にいるのが智明だった。メディアに出る機会は僕より上なのに、知名度は()()()僕より下のままだ。不思議()な話である。

 

 質やマナーが悪い報道関係者は、僕のコメント欲しさに怜極学院高校に乗り込む奴もいた。

 しかし、眦をつり上げて仁王立ちする小田桐先生の剣幕によって追い払われていた。流石である。

 場合によっては、報道陣をとっ捕まえて夫――拓人さんへの愛を垂れ流す丸喜先生の勢いに押し返されることもあったか。

 

 

『子どもは11人くらい欲しいですね! 私の予想では、女の子10人に男の子が1人って感じ? ――そのためにも、まずは1人目をこさえないと!!』

 

『丸喜先生』

 

『夫はインドアだから体力が持たないんです。そのためにも、ファイト一発系の飲み物や珍味、高級食材は欠かせませんね!』

 

『丸喜先生』

 

『女性ホルモンを活性化させる食材や、男性ホルモンを活性化させる食材は毎日食べてます。でも、私は料理が壊滅的なので、タッくんが調理してるんですよ』

 

『丸喜先生。我々が報道陣の前に立った主旨がズレてますよ』

 

 

 一歩間違ったら、丸喜先生をMCにした別番組――保健体育系・18歳以下は視聴禁止――が始まりそうな気配がする。小田桐先生が丸喜先生を止めなければ、放送事故程度で済まない事態に陥ったことだろう。

 定期的に惚気話を聞いてあげたためか、丸喜先生は僕に対して非常に好意的だ。結果、担任の小田桐先生と共に、僕が“探偵王子”として使い潰されないよう手を回してくれるようになった。閑話休題。

 

 

「――ところで、打ち上げどうするよ?」

 

 

 金城の【改心】に成功した【怪盗団】は現在、期末テストという難敵と対峙している。そのため、恒例行事である打ち上げに関する一切合切はまだ定められていない。

 打ち上げの話題に触れたのは、【怪盗団】メンバーによる合同勉強会Inルブランがひと段落した際の休み時間だった。話題を切り出したのは、【怪盗団】の特攻隊長・坂本竜司。

 彼の性格からして十中八九現実逃避――或いは休憩時間の先延ばし――のために持ち上げたものだろうが、【怪盗団】にとっては重要な話題であった。

 

 ……しかし、話題を切り出すタイミングがタイミングである。僕と真は思わずジト目で竜司を見つめ返した。

 

 

「休憩時間の終わりを宣言された直後に話題を振るあたり、悪知恵を働かせる余裕はあるんだね」

 

「確かに、打ち上げの件は重要な事柄よ。けど、試験が終わった後でも充分議論の余地があるわ。変な抵抗はやめなさい」

 

「そうじゃねーよ! 目標があった方が勉強が捗る気がするから、今のうちに決めといた方がいいんじゃないかなーって思っただけ!」

 

 

 竜司は頑なにそう主張したため、“勉強再会を先送りにするために打ち上げの話題を振った”説に関しての真偽は不明となった。ただ、“目標があった方が勉強が捗る”という点は同意できる。

 モチベーションを保つために必要なのは、“何かしらの報酬や激励を貰う”こと。一言の称賛によって、自分の心に火を灯すことはよくある話だ。現代社会では逆の話が取り上げられることが多いのだが。

 

 

「前回はカモシダの【改心】でビュッフェに行ったから、メシ食いに行くのはそれ以来だな」

 

「班目の【オタカラ】は、売り払って金銭にできるようなモノじゃあなかったからね」

 

「何!? ビュッフェだと!!?」

 

 

 鴨志田の【改心】を行った当時は【怪盗団】のメンバーではなかった祐介が、カッと目を見開く。酷く血走った眼をしていた。

 今日の飯より眼前の画材――もとい金欠を地で行く祐介にとって、高級感ある食事は魅力的に感じるのであろう。

 尚、祐介の歓迎会は諸事情――【オタカラ】が換金できる品物ではなかったため、ルブランでの鍋パーティだった。

 

 当時の祐介にとって、鍋パーティを楽しんでいたのは事実であろう。ただ、美味しいものを食べたいという欲求と言うか、食い意地が人一倍張っているだけで。

 

 余りにも羨ましそうな顔をする祐介を見かねた黎が「鍋パーティは楽しくなかった?」と問いかけた。食い気味に「そんなことはない!」と否定する祐介とのやり取りをBGMにして、竜司と杏が考え込む。

 杏もまた、竜司同様“秀尽学園高校組で、成績はあまりよろしくない生徒”組。前回のテストで躍進したとはいえ、勉強への苦手意識は強め。勉強よりも楽しいことをしたいと考える側の学生であった。

 

 

「ジャズバーとかどうかな? 行きつけの店があるんだけど、とてもいい店だよ」

 

「ああ、『ジャズじん』だね。お洒落でいいと思う」

 

 

 僕の提案に、黎はコーヒーを淹れながら目を細める。祐介との会話は「鍋パーティーは楽しかったが、それはそれでビュッフェにも行きたかった。今度連れてって欲しい」という結論に落ち着いたらしい。

 

 最初は僕の提案がすんなり通りそうな気配が漂っていたが、竜司と杏は何かを思案し始めたようだ。

 2人が真と祐介に何かを囁けば、2人の表情も微妙に曇る。『ジャズバーで戦勝会』という僕の提案に何か落ち度があったのだろうか?

 

 

「僕の提案、何かダメだった?」

 

「いや、ダメではないんだけど……」

 

「打ち上げの場所としては、少しお洒落過ぎやしないかと思ってな」

 

 

 真と祐介が何とも言えない顔をする。――成程。【怪盗団】の面々は、“僕が提案した場所は、黎とのデートコース用に準備していた場所なのでは?”という発想に思い至ったらしい。確かに、【怪盗団】を結成する以前の僕であれば、ジャズバーは“黎とのデートコース”として温めていた。目的を果たした今でも、黎とのデート候補地として僕の選択肢に存在している。

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 嘗ての僕――いや、僕の心の海に住まう“誰か”の影響が強かったときの僕ならば、【怪盗団】の面々にこんな提案をすることはなかった。僕に影響を与えていた“誰か”は、メンバーよりもリーダーである“あの子”に対して強い執着を抱いていたからだ。“あの子”が大事にしている存在だったから、メンバーを観察していただけに過ぎない。

 

 “誰か”が良くも悪くも対等――真正面から見つめていた――相手は、後にも先にも“あの子”だけ。

 

 その他は、““あの子”が仲間として認めた人間で、“あの子”が大切にしていた人間達”だったから、“誰か”なりに尊重するようになったのだろう。

 ……最も、“誰か”は『今まで出会った連中の中でもマシな奴等だから』と言い切って憚らないのだろうが。難儀な奴である。

 

 

「黎とのデートコース用に温めてたことは認める。割と虎の子的な場所だったことも否定しない」

 

 

 「でも」と僕は付け加えた。

 

 

「今回は、『【怪盗団】のみんなと一緒に行きたい』って思ったんだ。『【怪盗団】のみんなと一緒に、あの店で打ち上げしたい』って」

 

 

 ……言った後で、僕は何だかむず痒い気持ちになって視線を逸らす。拙いけれど、紛れもない僕の本心だ。僕が自分の意志で“そうしたい”と思って口にしたこと。“誰か”は、僕の意見に対して干渉してくる様子はない。少し前ならば、()()()()()()()()()()()()()と決め込んで干渉してきただろう。

 黎と一緒に行きたかった場所は沢山あるし、黎と一緒に行った場所も沢山ある。御影町、珠閒瑠市、巌戸台、八十稲羽、そして――ここ、東京。けど、黎以外の誰か――同年代の学友、及びそれに準ずる関係者――と“何処かへ行きたい”、“一緒に遊びたい”と思い、口にした経験は殆ど無かったように思う。

 

 僕の周りには、高校生を中心とした少年少女や大人達がいた。その代わり、同年代はいない。僕や黎と年が近かったのは、巌戸台/第3世代組の天田乾さんぐらいだ。

 そんな環境下にいたせいか、それとも“誰か”からの干渉のせいか、僕は昔から『同年代と話すのはつまらない』と思い、同年代の人々から距離を置いていた。

 今年になって、不本意極まりない理由だけれど、黎が東京にやって来た。――そうして始まった僕と同じ第5世代のペルソナ使い/【怪盗団】としての活動。

 

 様々な事情を抱え、『居場所がない』という苦しみと対峙し、乗り越えることで集った仲間たちと語らう日々。

 

 それを積み重ねていくうちに、僕の中でも少しづつ変わっていったものがあったらしい。一番大事なのは黎だけれど、竜司も、モルガナも、杏も、祐介も、真も、僕にとっては大切な戦友だ。獅童正義の『駒』になっていたら、決して手にすることは出来なかった“繋がり”である。

 実の父親・獅童からの寵愛と重用を受ける智明を羨ましいと思ったことは幾らでもある。僕では得られなかった全てを持ち、幸せそうに笑う獅童の息子。アイツの立場を欲しそうになる自分がいることも否定はしない。――けど、そのために、黎や至さん、【怪盗団】の仲間達を引き換えにしたいとは思わなかった。

 脳裏に浮かんだのは今までの旅路。【雪の女王事件】、【セベク・スキャンダル】、【JOKER呪い】によって呼び起こされた滅びの夢からの大いなる罰、【影時間消滅作戦】、【八十稲羽連続殺人事件】――そうして、【廃人化】及び【精神暴走事件】に至るまでの全てだ。

 

 

(嫌なこと、辛かったこと、届かなかった手、掴めなかった手、見送るしかなかった背中――後悔なら幾らでもあるし、地獄だって見てきた)

 

 

 異変が発生したその理由から、人間の業を垣間見た。悍ましい異形に成り果てた人間に襲われた。人と同じ外見で言葉を使っているはずなのに、話が通じないを通り越して度し難い奴がいた。『神』の企みによって踊らされ、破滅していった人間の姿を目の当たりにした。

 

 

(――これは、僕のものだ。僕の地獄で、僕の人生で、僕の意志で、僕の想いだ)

 

 

 喜びも、悲しみも、苦しみも、痛みも、楽しさも、愛おしさも、すべては僕だけのものだ。誰かに感情の一部を零すことがあっても、その一部を共有する瞬間があっても、他者に侵されるようなことはあってはならない。他者の物差しで一方的に断じられるべきものでもない。

 感情と向き合うために他者の力を借りることはあっても、実際にそれと向き合うのは僕自身であり、僕1人だけ。良くも悪くも、僕が生きてきた証なのだ。今までもこれからも、それを積み重ねることで、僕の人生は続いていく。――()()()()()()()、と、思った。

 

 

「……うん。お洒落でいいよね。アタシ賛成!」

 

「吾郎がそこまで言うんだ。それを蹴るなんて選択肢、あるわけないよな!」

 

 

 杏と竜司が笑顔で頷いたのを皮切りに、仲間達が次々と「賛成」の声を上げる。

 

 

「いいわね。……私、同年代の友人と遊びに行った経験はあまりないから、ちょっと楽しみなの」

 

「普段の俺には縁のない場所だな。それ故、新しいアイディアを取り入れるいい機会になる」

 

「あそこの店はワガハイ用の飲み物もくれたからな」

 

「よし、全会一致で決まりだね」

 

 

 真が、祐介が、モルガナが、黎が賛成の返事を返す。

 とんとん拍子で話が進み、遊びに行く日取りも決まった。

 早速僕は『ジャズじん』に予約の電話を入れ――

 

 

「――え? 『暫く店を閉める』?」

 

『ごめんね明智くん。事情があって、暫く店を休まなきゃいけなくなっちゃったんだ』

 

 

 満塁逆転ホームラン負けを喫した僕は、謝り倒すマスターの言葉を鸚鵡返しした。

 

 全会一致で採用された“ジャズバー”という提案は、店側の都合で白紙撤回となった。議論は再び振り出しへ戻る。思案する仲間達であったが、声を上げたのは杏だった。

 彼女の提案は「花火大会」。夏の風物詩である。調べてみると、僕が『ジャズじん』を予約しようとした際の日付に、花火大会が行われるようだ。

 

 

「夏の風物詩って感じでイイと思うんだ!」

 

「そういやそんな季節だな!」

 

「いいんじゃない?」

 

「ビュッフェも捨てがたいが、夏の美を俺は取る。ただし、宴で飯もくれ」

 

「浴衣? 浴衣?」

 

 

 仲間達は次々と賛成の意を示した。モルガナは花火から発想を飛ばし、杏の浴衣姿に辿り着いたようだ。ソワソワしつつ鼻の下を伸ばしている。紳士というには程遠い面構えであった。

 勿論、僕と黎には断る理由はない。了承の返事を返せば、議会は再び全会一致で可決された。目標が定まった竜司と杏がきゃっきゃと声をあげるが、真に睨まれて俯く。

 

 議題の決定を持って、休憩時間は終了。僕達は再び勉強会を再開した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 打ち上げ予定日――もとい、花火大会まで、目まぐるしく日々は過ぎ去っていく。

 

 黎達が通う秀尽学園高校のテストは、午前授業・13日から16日にかけて行われる形式だ。僕が通っている怜極学院高校も午前中・11日から14日にかけて期末テストが行われる。僕の方が速く期末テストを受ける代わりに、秀尽学園高校組より早く終わるのだ。

 大人達はそんなことなど知ったこっちゃないと言わんばかりに、“正義の名探偵・明智吾郎”のコメントや出演、或いは力添えを求めて声をかけてくる。『有名人で、学年1位の特待生奨学金利用者なのだから、少しくらい便宜を図ってもらってもいいのではないか』とのたまう輩も確かにいた。

 探偵王子としての活動が円滑に回っているのは、小田桐先生を始めとした怜極学院高校の教師たちが協力してくれるからだ。出席率をカバーするための特別課題やテスト期間の変更等、助けられてきたことは沢山ある。――ならば、少しでも、その恩に報いるべきではなかろうか。

 

 『今まで先生方や学校には協力して貰ったんです。今度は僕が、それに報いる番ですよ』――そんな風にやんわり断りを入れれば、ミーハーな連中がきゃあきゃあ歓声を上げるのだ。

 獅童のような腹黒い大人達も同様である。勝手に解釈し、勝手に祀り上げるから、“正義の探偵王子・明智吾郎”の人気も爆上がり。【怪盗団】の対立候補筆頭としての知名度も伸びてきた。

 

 

『体のいい断り文句としては、最良のものを選んだようだね』

 

『本心ですよ。特に、小田桐先生にはお世話になりっぱなしですから』

 

『……生徒に気を使われてしまうとはな。だが、悪い気はしない』

 

 

 僕が探偵活動と高校生活を円滑に送れるよう、一番走り回っているのは担任の小田桐先生だ。労うのは当然だろう。その意を込めて目を細めれば、小田桐先生も口元を緩めて頷き返していた。

 いつの間にか、僕と小田桐先生の間には、信頼や信用という名の深い絆が結ばれていたらしい。それ故に、小田桐先生は何も言わず、僕に協力してくれているのであろう。

 

 小田桐先生程ではないが、丸喜先生ともいい関係を構築しつつあると僕は思っている。惚気話に耳を傾ける日々は変わらないが、最近は『男性にも知っていてほしい、女性絡みの保健体育(健全及びR-17.9レベル)』というニッチな話題も追加されるようになった。内容が大分アレなので、素直に『ためになった』とは言い難いのだが。

 僕には獅童というクソ野郎が手本にいたおかげか、丸喜先生曰く『明智吾郎の恋愛観は“超弩級の紳士”』とのことらしい。僕と同年代の中には獅童レベルのクズ野郎もちらほら片鱗を伺わせており、そう言う話題で盛り上がっている生徒もちらほらいるらしい。丸喜先生は『嘆かわしいこと』と言っていた。

 

 

『明智くんの伴侶になる子は幸せね。こういう話題にもきちんと耳を傾けてくれるだけじゃなく、相手のことを慮れるんだもの』

 

『……だといいんですけどね』

 

 

 獅童正義という悍ましい男の血が、僕にも流れている――その事実が、僕にとってどれ程の絶望とトラウマになっているか。

 “正義の探偵王子・明智吾郎”がそんなことに思い悩んでいるだなんて、きっと誰も知らないだろう。僕はひっそり苦笑した。

 

 

『結局僕は、実父が母にした仕打ちを反面教師にしているだけにすぎません。それに、僕には父と同じ血が流れ、遺伝子が組み込まれている。……いつか僕も、父のような醜悪なケダモノに成り果ててしまうかもしれない。その果てに、あの子の何もかもを蹂躙した挙句、何の感慨も抱かず打ち捨てていくかもしれないんです。――僕はそれが、何よりも恐ろしい』

 

『……やっぱり、明智くんの伴侶になる子は幸せね。ここまで思って貰えるんだもの。――だから大丈夫。そこまで真剣に悩むことができる明智くんも、幸せになれるよ』

 

 

 丸喜先生は普段通りの態度を崩さなかった。そのあとすぐに『私のタッくんもね』と惚気話へシフトしたから。僕は苦笑しつつ、先生の話に相槌を打ったのだ。

 

 

『――あ、明智さん! ご無沙汰してます!』

 

『ああ、芳澤さんだね。こちらこそ久しぶり』

 

 

 テスト初日の放課後、街を歩いていたら芳澤かすみさんと出くわした。嘗ては常にべったりだった片割れ・すみれさんの姿はない。『いつぞやの姉妹喧嘩をきっかけに、彼女達はお互いの距離を調整することで関係改善の手段を模索している』と語っていた黎の言葉を思い出した。

 父親がテレビ番組のプロデューサーをしている影響を受けたのか、かすみさんは大胆な視点から物を見ることが多い。結果、談笑から大いに盛り上がった僕とかすみさんは、行きつけのカフェ――黎とのデート候補地で使う“お気に入り”の店とは違う、もう少しランクの低い場所――でおしゃべりすることにしたのだ。

 

 ネットを利用する同年代の意見は、『【怪盗団】は正義なので、もっともっと巨悪を【改心】して欲しい』、或いは『正義の探偵王子が悪の【怪盗団】を一網打尽にして欲しい』かの二択。

 その主義主張も、『周りの人が言っているから』、『ただ何となく』という有様だ。確固たる信念やそれに基づく理由があって主義主張を展開しているのではなく、流されてばかりで一貫性が無い。

 僕が知っている限り、しっかりと自分の芯を持って【怪盗団】支持派か否定派かを主張している人々は僅かだ。【怪盗団】一派本人、又はその支援者であるペルソナ使いや黎の協力者ぐらいであろう。

 

 尚、反対派である獅童正義やその息子・智明は、奴らの悪辣な策略や悍ましい内情を知っているという点から除外である。そのため、【怪盗団】否定派でまともな人間を僕は知らない。

 

 

『芳澤さんは、【怪盗団】についてどう思う? 実際に存在していると仮定した上で、キミの意見を聞かせて欲しいんだ』

 

 

 この話題をかすみさんに振らなければ、僕は“【怪盗団】否定派のまともな人間”を知らないままだったと思う。

 彼女は少し思い悩んだ後、真っ直ぐな目で僕を見返す。鮮やかな榛色の瞳には一切の揺らぎが無かった。

 

 

『人助けは素晴らしいことだと思います。――けど、私は賛成できないかもしれません』

 

 

 かすみさんは、暫定【怪盗団】否定派であった。“スポーツマンとして数多の壁を乗り越えてきた”という自負や経験から裏打ちされた論調は、どこまでも大胆で鮮やかな視点から齎されている。

 

 【怪盗団】のように他者を助けてくれる義賊の存在は、確かに誰かにとっては救い足り得るだろう。しかし、人間を成長させるという視点から見れば『【怪盗団】は人の成長を妨げる邪魔者になってしまう』という。人知を超える力を振るい、人知の及ばぬ地で戦い続ける彼等の力は、一般人から見れば“限りなく万能に近しい”。

 “限りなく万能に近しい”存在が人助けをした場合、助けられてきた一般市民達は、最初のうちは感謝して賛美するかも知れない。しかし、時間経過と人助けの回数に比例し、助けられてきた人々は『自力で壁を壊し、努力で道を切り開く』ことを忘れていく。最後は『【怪盗団】に助けて貰えば、何も問題はない』と考える人間ばかりになってしまう。

 人間は楽をしたがる生き物だ。寝転がって事件が解決するのであればずっと寝転がっていたいし、働かなくとも金銭を得られる可能性があるならそちらに賭けたくもなる。難しいこと――特に、不安をあおり、憂いを深めるもの――を考えなくても生きていけるなら、それに越したことは無い。何も考えず、好き放題に生きていたはずだ。

 

 『壁や障害は自分の力や努力によって乗り越えるもの。誰かの助けやサポートを受けることはあっても、最終的には自分の意志次第である』とかすみさんは語る。

 彼女の言葉は、ペルソナ使い達が数多の困難を乗り越えてきたときの光景を僕に思い起こさせた。――同時に、サポートに駆けずり回っていた至さんの姿も。

 

 

『“本人が努力することを放棄して、全てを【怪盗団】任せにする”っていう世の中になってしまうのも、あまり良くないことだと思います』

 

『……成程ね。確かに、考えることを辞めてしまうのは、ある意味で人間の死とも言えるわけだ――』

 

『――あれ? 吾郎?』

『――お姉ちゃん?』

 

 

 僕等が議論に花を咲かせつつ、今までの事件に思いを馳せていたとき、丁度そのタイミングで見知った顔が飛び込んできた。カフェのテラス席にいたこともあって、その相手――黎とすみれさんも僕等に気づいたようだ。僕とかすみさんという組み合わせに物珍しさを感じたのか、2人はしげしげと僕等を眺める。

 なんだかばつが悪くなって、それ以上に黎には誤解してほしくなくて、僕は思わず「浮気じゃないよ」と声を上げる。尚、それに続くはずだった「浮気するぐらいならここで死ぬ」という言葉は、黎の「知ってるよ」という言葉で相殺された。副音声で『そういうところに惚れてるんだよ』とも聞こえのも理由の1つだ。僕の恋人は本当に素敵。

 

 その後は黎とすみれさんも加わって、楽しく談笑した。

 

 芳澤姉妹は有名なクラブチームに所属しており、丁度秀尽学園高校組の定期テスト当日から大会に出場するのだという。その兼ね合いで、芳澤姉妹の期末テストは日程をずらして行われるそうだ。

 大会では常に代表入り、及び台乗りしているかすみさんは勿論、大会の選抜メンバーに選ばれている。しかし今回は、すみれさんも大会の代表選抜メンバーに選出されたようだ。

 『今回の大会はかなり有名な大会で、優秀な選手しか出ることができない』、『この大会の選抜メンバーとして出場するのは初めて』と、すみれさんは照れくさそうに微笑む。

 

 

『私がここまで変わることができたのは、黎先輩のご指導のおかげです。先輩の考え方は本当に参考になるし、前向きな気持ちになれるんですよね』

 

『分かるなあ。黎を見てると、あまりの眩しさに脳が焼かれることもあるから』

 

『焼かれた結果、『私も頑張ろう』って気持ちになる感じですね!? それですそれ、それなんですよ!!』

 

『そうそうそれ!!』

 

 

『うわぁ……。なんかあの2人、怖い……。変な勢いと圧を感じる……』

 

『なんだか照れるなあ。盛大な愛の告白されてるみたいで』

 

 

 かすみさんとは別ベクトルで盛り上がる僕とすみれさんの様子に、かすみさんはちょっと――かなり?――引いていたようだ。会話の最後の方は『黎先輩を“おねえさま”と呼びたい』『それはちょっとばかし許可しがたい』の話で一触即発寸前になったが、穏便に分かれることはできた。

 僕とは別ベクトルに黎への想いを拗らせている感があるからか、その点では僕とすみれさんは仲良くなり難いモノがあるようだ。一般人とペルソナ使いと言う線引きがあるから今回は一触即発寸前で済んだものの、これがもし“すみれさんがペルソナを覚醒させて【怪盗団】入り”となったらどうなっていたことか。考えるだけでちょっと鬱になってきた。

 

 話は変わるが、【怪盗団】の面々は花火大会に想いを馳せる者が殆どである。しかし、中には別の話題で盛り上がっている輩もいるらしい。

 

 

『竜司から肉フェスに誘われたよ。吾郎は行く?』

 

『黎が行くなら同行するつもりだけど』

 

 

 試験勉強の合間に、竜司は更なる楽しみ――都内で行われる肉フェスを見つけていたようだ。

 彼は鴨志田【改心】の戦勝会で、食べ放題のビュッフェから肉料理ばかりを持ってきていた男である。

 ケバブを始めとした肉料理が並ぶとなれば、勇んで参加しようとすることは明らかであった。

 

 

『にしても、肉フェスか。明彦さんや千枝さんが喜んで参加しそうな祭りだな……』

 

『東京近郊の大学に通ってる千枝さんは意地でも参加するだろうし、後始末が終わったばかりの明彦さんも乱入しそうだよね』

 

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、肉に対して強い執着を持っていたペルソナ使い達――里中千枝さんと真田明彦さんの2名である。肉料理が大好きで人一倍肉を食べる2人は、その特徴がきっかけで仲良くなった。結果、千枝さんは明彦さんを『師匠』と慕い、明彦さんも先輩風を吹かせていた。

 勿論、千枝さんが明彦さんを慕うのは“同好の士”であるだけではない。ボクシング選手として武者修行に明け暮れていた明彦さんは、【八十稲羽連続殺人事件】が発生する直前、公務員試験を突破してキャリア組警官への一歩を踏み出している。その後、千枝さんも警察官を志すようになり、そこから更に繋がりが強くなったのであろう。

 

 

『祐介も参加するって言ってたよ』

 

『執念深いのが雁首揃って参戦かぁ。千枝さんや明彦さんが加わったら、屋台はあっという間に壊滅しそうだね』

 

 

 そうそうたる面々が参戦するのだ。他の一般参加者が食べる分は残っているだろうか。失礼な言い方ではあるが、彼等は非常に食欲旺盛である。

 明彦さんと千枝さんの食べっぷりや、竜司の肉への執着、祐介の食べ物への執着を知っている身としては、一般参加者のことが気がかりになるレベルであった。

 

 ……とまあ、こんな感じの日々を過ごし、僕の方は一足お先に定期テスト戦線が終結することとなった。今回も手ごたえアリだし、学年1位の座は掻っ攫ったも同然である。秀尽学園高校組もまた、僕より一足遅れる形ででようやくテストから解放されるだろう。

 

 しかし、僕と同じ怜極学院高校に通う獅童智明の動きは分からない。どの教科の教師にそれとなく訪ねても、『獅童智明はテスト期間中に学校へ来ていない』と答える。

 期末テストの代替え案に関する話も、教師によってはてんでバラバラだ。情報共有が上手くできていないのか、もしくは『神』の末端であるが故の特別な力が行使されているのか。真実は闇の中だ。

 

 

「吾郎ー。お前が注文してた染物の浴衣、届いたぞー」

 

「なんで中身知ってんだよ!?」

 

「いや、結構大きい声で喋ってたじゃん……」

 

 

 家に帰って早々、至さんから声をかけられた。頼んだ荷物の中身を言い当てられた僕は思わず動揺したが、中身がバレた理由は僕自身の自爆だったらしい。恥ずかしくなった僕はそそくさと箱を抱えて退散した。

 段ボールには大きく『巽屋』のロゴが描かれている。八十稲羽の商店街にあった歴史ある染物屋で、【八十稲羽連続殺人事件】を追いかけた【特別捜査隊】のメンバー・巽完二さんの実家だ。彼は現在、跡取りとして服飾関連の勉強しているという。

 打ち上げが花火大会に決定した直後、これ幸いと、僕は完二さんに連絡を取った。『花火大会で着る浴衣が欲しい』とだけ言ったつもりだったが、完二さんは僕の話しぶりからすべてを悟ったらしい。すぐに『そうか』と零した彼の口調は、すっごく生温かい優しさに溢れていた。

 

 『待ってろよ。漢の晴れ舞台に相応しいものを用意してやる』と言い残し、完二さんはまず商品カタログを送ってくれた。どれも“巽屋の染物浴衣で男性人気の高い品物”だという。僕はその中から、白基調の生地で柳と燕が青で描かれたものを選んだのだ。

 箱を開けてみると、果たしてそこには、カタログに掲載されていた通り浴衣が入っていた。八十稲羽滞在時に完二さんから教わった通り、手早く浴衣を着つけてみる。採寸はぴったりで、上手い具合に着こなせていた。その事実に、僕はひっそり安堵する。

 

 

「……これなら、黎と一緒に歩いても問題ないかな」

 

 

 有栖川の関係者は、夏の催し物に参加する際、浴衣を着てくる者が多い。だが、幼い頃に両親を亡くし、経済的な事情があった至さんや航さんは浴衣なんて持っていない――おそらく、これからも購入する予定や用途もないのであろう――し、母子家庭暮らしから母を亡くして空元兄弟に引き取られた僕も浴衣を持っていなかった。そのことを引き合いに出して僕たちを馬鹿にしていた奴らだっていた。

 

 有栖川家のみんなや黎は「そんなこと気にしなくていい」といつも言って僕等を庇ってくれたけど、心のどこかではずっと引っかかっていたのだ。

 今回、浴衣の購入に踏み切ったのは、祐介の「花火大会は浴衣と相場が決まっている」という発言が切っ掛けだった。なんだか負けられないと思ってしまった、つまらない意地。

 

 

(貧乏学生の祐介が浴衣を持ってるだなんて思わなかった。もやし生活の合間にそんなものを手にする余裕があったなんて――……いや、班目に師事していた頃に手に入れたものか?)

 

 

 最近は公園で“食べられる野草探し”をしているあたり、奴の財布事情、および食生活は底辺の極みを突っ切っているようだ。

 つい先日も僕等の家に転がり込み、夕飯を食べて行ったばかりである。奴は航さんみたいな生活廃人タイプを地で行くらしい。

 誰かが後ろについていないと餓死してしまうのではないかという危機感が募って仕方がない。……本当に大丈夫だろうか、祐介は。

 

 

「――そういえば、今年はお嬢も『『巽屋』で浴衣を新調する』って言ってたぞ」

 

「へ?」

 

「そういう意味では、吾郎とお嬢は『巽屋』の浴衣でお揃いってことだな!!」

 

 

 その声に、僕の意識は現実へと引き戻される。至さんはまだ僕の部屋から離れていなかったようで、浴衣を眺めていた僕のことを見守っていたらしい。

 普段の僕なら照れ隠しで彼を部屋から追い立てていただろう。だが、黎の話題が出たなら話は別だ。僕は思わず間の抜けた声を出してしまう。

 

 至さんがニヨニヨしながら立ち去った。扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。足音が完全に聞こえなくなったのと入れ替わりに、僕は無言のままベッドの上へ倒れこんだ。

 

 保護者が言い残した“お揃い”という言葉が、俺の頭の中を高速で駆け回っている。

 口元を抑えて戦慄くので精一杯だ。――照れる。なんかすごく照れる。語彙力が死んだ。……いや、それ以前に。

 

 

(完二さん、全部わかってて用意してくれたのか……!?)

 

 

 思い返せば、巽屋で何かを買うと、いつも照れ臭い目に合う。初めて巽屋で買い物したのは、完二さん作の“白い犬のぬいぐるみ”だった。

 店内で一目見て、思ったのだ。『黎にあげたら喜びそうだ』と。丁度彼女の誕生日も近かったので、貯金箱片手に巽屋へ乗り込んだのである。

 当時の完二さんは金髪オールバックという“如何にもな不良”だったので、店内で彼と鉢合わせしたときはニャルラトホテプと対峙しているような心地になったものだ。

 

 完二さんの眼前で貯金箱を叩き割って『あのぬいぐるみを買うには、これで足りますか?』と問いかけたら、彼はおろおろした顔で対応してくれた。“白い犬のぬいぐるみ”を『売り物じゃないんだ』という完二さんの言葉を聞いた俺は、思わず自爆したのだ。

 『俺の一番大切な人にこれを贈りたいんです。大事な女の子なんです。誕生日、彼女に喜んでほしくて……』――完二さんは俺の言葉を聞くと神妙な顔で頷き、“白い犬のぬいぐるみ”を譲ってくれた。しかも、可愛らしいラッピングと簡素なバースデーカードも付けて。

 

 現在、そのぬいぐるみは、ルブラン屋根裏部屋のベッドの上にちょこんと座っている。黎はぬいぐるみを丁寧に扱っているようで、数年経過した今でも綺麗なままだ。時たま、モルガナの枕になったりしているらしい。閑話休題。

 

 

「……ふふ」

 

 

 思わず口元が緩む。余計に、花火大会が楽しみになって来た。上品に笑っていることすら難しくなった僕は、湧き上がってくる喜びのままに、ベッドの上で身悶えた。

 “正義の探偵王子・明智吾郎”では絶対に出来ないような顔をして、ベッドの上をゴロンゴロン転がる。ひとしきり転がり終えた後、僕は思いっきり両手を天へと突き上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 テストの結果? 勿論、全員が大健闘した。

 

 真と黎は学年トップを揺るぎないものにし、奨学金利用者の祐介は好成績で、杏や竜司も前回並みの点数をキープ。

 俺は相変らず、獅童智明との同率で学年首位だった。出席番号的に俺が一番上に出てくるので、実際は1位だろう。うん。

 

 

 

 

『中間テストの成績の件、聞いてるよ。“保護観察を受けてる訳アリの生徒に、今まで死守してきた学年1位を奪われた”んだってね』

 

『わたしは何も言われてないよ。それより、キミは自分の心配をするべきだ。小遣いも生活費も削られてカツカツなんだから、もう“わたしに奢る”なんて無理はしないこと! いいね?』

 

 

 脳裏をよぎったのは、いつぞやの帝都ホテルで見かけた烏丸六花とその恋人――黎と同じ秀尽学園高校の2年生で足立家の里子・暁の会話で耳にした言葉だ。去年までは学年1位だった暁であったが、今年からは中間テスト・期末テストで2連敗を喫している。順位は2位でも、状況は実質崖っぷちにいるような状態だった。

 六花や暁の様子からして、一度首位から転落しただけでもかなりのペナルティが課せられているようだ。今回のテストで、彼が黎に負けるのは2回目である。烏丸六花共々、今後の生活に悪影響が出ることは確定だろう。僕らしくないとは思うのだが、どうしてか、あの2人を見ていると他人事に思えない。

 不穏の片鱗は、“足立の両親が足立に対して積極的に連絡を取るようになってきた”という形で忍び寄りつつあるらしい。テスト明けにばったり遭遇した足立が、眉間に皴を寄せて愚痴を零していたことを思い出す。

 

 

『夏休みを利用して、凛ちゃんが東京に来るんだ。楽しみだなぁ!』

 

『……あいつらが接触してこなきゃいいんだけど』

 

 

 普段の足立なら有頂天になっているのだが、獅童一派に所属させられているという現状に毒親の介入が加わっているという事態だ。ウキウキできる心理状態にない。

 

 警察関係者の一部からは、奴とよく作戦会議を行っている冴さんとの関係を邪推する輩がいる。2人は即座に否定しているものの、2人を邪険に思う連中からすれば利用できそうな話であろう。足立や冴さんはそれを危惧しているようだ。

 もし、足立の両親がその話を聞いたら、余計にモーションをかけてくるだろう。冴さんはエリート女検事で――言い方は悪いが――好物件だ。成績や肩書にしか興味を持たない人間であっても、注目してしまう程のエリートである。

 

 尚、足立の両親が『女性は学歴や社会的地位がないほうがいい』と考える場合は、冴さんとの付き合いに苦言を呈しに来そうではある。

 足立の恋人である凛さんを好物件扱いしそうでもあるが、足立の様子からして、それもいいことのようには思えなかった。

 毒親が結婚相手に口出しする際、学歴や社会的地位を持っていないことを“自分達にとって都合のいい『駒』として使い潰すための条件”として求める場合もあるからだ。

 

 

 

 ――他にも、気になることはある。

 

 

 テスト終了後、改めて僕は『試験期間中の獅童智明の様子』について教師達に質問してみた。テスト前とは一転、教師達――小田桐先生や丸喜先生含む――は口を揃えて『獅童智明は期間中に試験を受けていた』と答えている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”という点から見ても、“認知を自在に変えることができる”と同義だ。獅童智明の力の出所から考えると、此度の『神』は“認知を自在に操れる”存在だと考えられそうだ。

 認知を操る『神』が何を企み、どのような意図を持って【怪盗団】――ひいては黎に試練を与えているのかは分からない。『神』は一体、【怪盗団】/第5世代のペルソナ使いに対して何をさせたいのか、どのような方法で破滅を齎そうとしているのかも謎のまま。

 

 

『【怪盗団】のような存在って、結局は世の中の為にならない気がするんです』

 

『“本人が努力することを放棄して、全てを【怪盗団】任せにする”っていう世の中になってしまうのも、あまり良くないことだと思います』

 

 

 ……かすみさんの言葉に対し、妙な引っ掛かりを感じたのは、僕の勘だけではないのだろう。

 僕の心の海の中にいた“誰か”が、その言葉に注視していた理由は分からなかった。教えてくれもしなかったけど。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そうして迎えた花火大会当日。

 

 【怪盗団】のライバルポジションにいる“正義の探偵王子・明智吾郎”の需要は留まることを知らず、更に言えば期末テストから解放されたという点もあって、急遽生放送番組への出演が決まってしまった。勿論、獅童正義と智明親子からねじ込まれたものである。

 仲間達にはチャットで“番組収出演がねじ込まれたため、合流するのは午後から”と連絡しておいた。仲間達の返信を待つ暇無く生放送番組に出演した僕は、智明やMC、共演者から振られる話題に対して適当に相槌を打つ。笑顔のまま乗り切れるかと思ったときだった。

 

 

『今日は都内で肉フェスが行われており――』

 

 

 生中継で映し出されたのは、都内で行われていた肉フェスである。生放送番組の出演がねじ込まれていなければ、黎達に同行しているはずだった。

 内心忌々しくて舌打ちしたくなるのを堪えつつ、僕は笑顔を張り付けたままトークに興じた。生放送の映像はモニターで映し出される。

 ……“見覚えがありすぎる美男美女が、掃除機みたいな勢いで屋台の料理を食べている”という光景が、先程からずっと映像の端にちらついていた。

 

 何を思ったのか、インタビュアーのクルー達は2人に声をかけてみることにしたらしい。ここが公の場でなければ、僕は頭を抱えて奇声を上げていたことであろう。

 

 

『お2人のご関係は?』

 

『師匠です。私は警察官を志望してるんですけど、進路のこととか相談に乗って貰ってて!』

 

『後輩です。仕事がひと段落した丁度いいタイミングでこの催しのことを知り、肉を食べたくて参加しました』

 

 

 喋りながらも肉料理を食べ進める千枝さんと明彦さんの姿に、『食べるか喋るかどちらかにしてください!』と突っ込みたくなったのを堪える。笑顔が若干引き攣ってしまったのも致し方なかろう。

 インタビュアーは2人に『【怪盗団】をどう思うか』と質問していた。明彦さんは仕事柄上【怪盗団】否定・警戒派、千枝さんは一般人視点から【怪盗団】肯定派としての意見を澱みなく述べる。

 

 しかし、2人の話は【怪盗団】に関する意見から、肉フェスに出店した屋台の料理に関するガチ品評会へとシフトチェンジし始めた。厄介な気配を察知したクルーが離脱を試みるも時すでに遅く、彼等は暫く付き合わされる羽目になっていた。

 

 男性アナが『すみません。一旦スタジオにお返しします』と叫んで中継は終了。現場の人間を生贄にするような形になったが、番組の進行に多大な影響が出ることは無くなった。尊い犠牲である。……もう暫くしたら再び中継が繋がる予定になっているが、それまでにクルーは解放されているだろうか?

 そんなことを考えつつトークに興じている間に、2回目の中継が行われる時刻となった。MCの呼びかけと共に、中継先の映像が展開する。再登場した男性レポーターは初登場時よりやつれた印象を受ける。会場の熱さだけでなく、明彦さんや千枝さんの肉トークの熱も浴びて体力を持って行かれたのであろう。

 改めて、男性アナは他の人から意見を聞くために動き出す。次にカメラが映し出し、男性アナが近寄って行った人物も、僕には見覚えのある人物であった。つい先日もマスコミ相手にR-17.9レベルの惚気話や保健体育系の知識を垂れ流しにしていた人物――丸喜留美先生。

 

 彼女の隣には、もっさりとした印象を持つ眼鏡の男性が寄り添う。彼が僕の視界に飛び込んできた瞬間、僕の中にいる“誰か”が激しく声をあげた。

 ()()()()――形容できない激情と憎悪が溢れ出す。僕がその本流に飲み込まれそうになった刹那、満面の笑みを浮かべた丸喜先生がインタビューに応えた。

 

 

『最近、タッくんが夏バテ気味なんです。そのせいで夜のお誘いも減っちゃって……だから、少しでも精を付けて欲しいと思って来ました!』

 

『う、うう……せめて、日影に行かせて……』

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

 意気揚々とインタビューに応える丸喜先生の隣にいた“タッくん”こと、夫・丸喜拓人の様子は、熱中症や日射病の知識を有していると一目瞭然な有様であった。足取りもおぼつかず、上体がゆらゆらと揺れている。首の動きが小さく右回りに回っている様子から、真っ直ぐ立つことすらしんどいらしい。

 屋台は肉料理と熱気が漂っているし、本日はヒートアイランド現象でかなり熱い日だ。帽子や水分補給で対策をしていたとしても、元の体力が理由で倒れる人も出てくる。丸喜先生は運動関係者だから常人より体力があるが、夫の拓人さんは研究者。不摂生な生活や職業柄の運動不足も加わって、常人より体力が低いのは明らかである。

 

 最終的に、丸喜先生のインタビューは、拓人さんがダウンしたことが理由で中断となった。救急用のテントに運び込まれる拓人さんと、彼に付き添う丸喜先生の背中を最後に映像が途切れる。

 ……何で2回連続で僕の関係者がインタビューされているのだろう。何か変な呪いでもかかっているのだろうか? 僕は内心首を傾げたが、真実は闇の中であった。閑話休題。

 問題はあったが、『【怪盗団】に対しては否定も肯定もしないが、【怪盗団】で盛り上がる民衆の反応に対して危機感を抱いている』という丸喜先生のコメントは、智明によって拾われる。

 

 

『【怪盗団】という賊が世の中に蔓延ってしまったのも、民衆が奴等に乗せられて熱狂してしまったのも、現政権が屹然とした対処が出来ていないからです』

 

 

 智明は現政権を槍玉に挙げて避難する論調を展開した。一部の出演者が『どうして今、【怪盗団】絡みの話題で政権の話が出てくるの?』と問うが、他の出演者の意見やオーディエンスからの野次等で有耶無耶にされる。

 僕は獅童達が何を企んでいるかを知っているから突っ込まないが、話のごり押しっぷりからボロが出ないのを不思議に思っていた。……これもまた、『神』の力なのだろう。獅童の願いを叶える下地を作り出すために振るわれていると見てよさそうだ。

 智明の主義主張がひと段落つき、MCが次の議題へ行こうとした矢先のことだ。どこからか速報が入ったようで、MCが慌ててその内容を読み上げる。――『“メジエド”と名乗るネット犯罪組織が、【怪盗団】へ宣戦布告して来た』という内容だった。

 

 “メジエド”は国際的なクラッカー集団であり、嘗ては悪事に加担していた企業や個人のデータを流出させる等の義賊的な活躍をしていたそうだ。

 最近は音沙汰無しだったらしいが、【怪盗団】騒ぎに興味を持ったようで、再び表舞台に顔を出したと思われる。

 

 意見を伺われた僕は『【怪盗団】に影響された模倣犯だろう』と言っておいたが、内心は全然穏やかではない。仲間たちにそれを連絡したいと思えば思う程、急遽別の番組への出演及び収録の予定が組み込まれたり、獅童智明から「作戦立案について話があるんだ」なんて持ちかけられたりして拘束されてしまったのだ。

 早く終われと祈りつつ、智明をどうにか適当にあしらった僕は、大急ぎで駆け出した。道中のトイレで浴衣に着替え、待ち合わせ場所へと急ぐ。移動しながら連絡しようとスマホに手をかけた途端、画面に水滴が落ちてきた。車やテレビジョンの音に紛れて、ゴロゴロと雷の音が響いてくる。

 

 ――嫌な予感を感じた刹那、突如雨が降り出してきた。

 

 

「なんで雨なんだよクソが……!」

 

 

 ついうっかり地が出てしまったが、仕方ないだろう。折りたたみ傘を引っ張り出したが、焼け石に水程度の効果しかなかった。

 走る度にバシャバシャと水飛沫が跳ねる。その度に、自分の体温を奪われていくような心地になった。

 どこか雨宿りできる場所を見つけて一息ついたら連絡しようと思い、適当な場所を探す。だが、花火大会が中止になった人々が考えることはみな同じだ。

 

 何も考えず駆け込んだ近くのコンビニは、人の群れでごった返していた。どう考えても、ここで落ち着いて話せるとは思えない。

 どうやって合流しようかと悩んでいたとき、僕のスマホが鳴り響いた。SNSに着信が入っている。

 

 

“雨宿りしようとしたら至さんと会った”

 

“今、吾郎の家にいる。お好み焼きパーティの下準備してるんだ”

 

“航さんと麻希さんが吾郎を迎えに出かけたから、現在地の連絡頼むって”

 

 

 相手は黎だった。どうやら、怪盗団の面々は花火大会が中止になった直後に至さんと合流し、僕の家へ移動したようだ。

 雨天中止と相成った花火大会は一転し、僕の家で雨宿り兼ねたお好み焼きパーティが開催されるらしい。僕は即座にチャットに返信した。

 

 

“分かった。航さん達と合流したらすぐ帰るから”

 

 

 どうやら、至さんが雨宿り中の黎達を拾った際、航さん夫婦も居合わせていたようだ。更に言えば――麻希さんはそうでもないが――客人である航さんの家事能力が壊滅的で、台所に侵入させたくないという至さんの意図が含まれたことも、夫婦が僕の送迎役に選ばれた理由なのだろう。

 航さんの料理の腕前は“ヒエロスグリュペインクッキング”と呼ばれており、高校時代の風花さん、或いは千枝さんや雪子さんのような“ムドオンクッキング”とは方向性が違う。後者がメシマズ特化型なら、前者は料理の完成に至る前に厨房が吹き飛ぶタイプだった。どちらも厨房に入れたくない人間であることは変わりない。

 ……今頃、至さんは八十稲羽で目撃したムドオンカレーの話をしているのだろうか? 口元を抑えて戦慄く真実さんや陽介さん、出来上がったものに困惑しつつもお茶目に笑って流そうとする千枝さんや雪子さんの姿が浮かんでは消えていく。別件でムドオンカレーを目の当たりにした真次郎さんが、『食材が可哀そうだ』と嘆く姿も忘れられなかった。

 

 真実さんや陽介さんがムドオンカレーを実食したのは、林間学校での合宿が初めてだったらしい。その際に色々言われたのか、千枝さんと雪子さんはリベンジに燃えていた。

 僕や黎の場合、ムドオンカレー精製の下準備――ジュネスで材料調達をしていた千枝さんと雪子さん――に遭遇したことが縁の始まりだったと思う。

 

 

『もしかして、ジンギスカンとナマコの酢の物を作るの?』

 

『いや、カレーの材料を買ってるんだよ』

 

『えっ』

 

 

 千枝さんと雪子さんが持つ買い物籠の中身――人参、玉葱、ピーマン、パプリカ、もやし、ブロック状のラム肉、各種スパイス、ナマコ――を見て料理の予想を立てた僕は、思わず目を剥いた。

 

 嫌な予感を察知した僕や黎は『ラムは癖が強すぎるから万人受けしない』、『ナマコの下処理は難しい』、『自己流でスパイスを調合するより、市販のカレールゥを使う方が安全且つ時短』等々と声をかけ、どうにか籠の中身を“世間一般の人が使うであろうカレーの材料”にすることはできた。

 その後は調理過程も見守りつつアドバイスしていたのだが、少し目を離した隙に、順調に出来上がっていたはずの普通のカレーはムドオンカレーに変質していた。あのときの絶望感は――獅童関連とはベクトルが違えど――今でも忘れられそうにない。勿論、黎の分は僕が食べた。目が覚めたら黎が大泣きしててぎょっとしたことは昨日のことのように思い出せる。

 

 

『いやだ、吾郎、吾郎……! お願い、死なないで! ()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 あのときの黎は、とても鬼気迫る顔をしていた。血の気を無くし、僕を喪失する事に対する恐怖で取り乱す黎の姿を見たのは初めてのことだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誰かが背を預けたシャッターの向こう側、誰かの名前を呼び続ける“あの子”。

 意識が途切れるその寸前まで、シャッターを叩く音と誰かの名前を叫び続ける“あの子”の声が響いていた。その中で、誰かは“あの子”のことを想っていた。

 

 本当は一緒にいたかったと、仲間になりたかったと、――いいコンビになりたかったと。

 叶わない夢を――あるいは手の届くことのない星を見つめながら、『それでも』と願った誰か。

 だから選んだ。“あの子”の道を切り開くために、他ならぬ自分の意志で。

 

 

『……ごめんね、黎。心配かけて』

 

『吾郎……』

 

『大丈夫だよ。()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、当時の僕は漠然と理解した。だからもう二度と、黎を悲しませるような真似はしたくないと思ったのだ。それがどれ程難しいのか、矛盾を孕んでいるのかを知りながら。

 実際、俺が今やっていること――獅童正義の追及と【怪盗団】の密偵としての活動――は、一歩間違えれば黎を悲しませる結果になるだろう。それでも足を止めたくない。彼女のために、そうして俺自身のケジメのために、成し遂げなければならないことなのだ。

 

 決意を新たに、僕が顔を上げた直後。

 

 

「――畏まりました、獅童先生。今すぐ戻ります」

 

(――え?)

 

 

 僕とすれ違った人影がコンビニから出ていく。黒いスーツを着て、目元に大きな傷があり、サングラスをかけたガタイのいい男。

 『奴』の口から聞こえてきたのは獅童の名前だった。『奴』を知っていれば、彼の人の口から獅童の名前が出てくるようなことは()()()()()

 

 反射的に振り返った俺は、思わずコンビニから飛び出した。人混みの海をかき分け、『奴』の背中を探す。その背中はすぐに見つかった。

 黒塗りの車に乗り込もうとする男の腕を引き留める。男は怪訝そうな顔をして俺を見返した。その顔は、完全に『奴』以外の何物でもない。

 ほんの一瞬、奴の表情がこわばる。サングラスに映った俺の顔も、驚愕に彩られていた。俺は勢いそのまま口を開く。

 

 

「……神取、鷹久……!!」

 

 

 12年前に御影町で発生した【セベク・スキャンダル】の仕掛け人にして、9年前に発生した珠閒瑠市の【JOKER呪い】で暗躍していた男。12年前の事件で命を落としながらも、3年後に“『神』の玩具”として復活させられ、使われた男――それが、目の前にいる男性の正体だ。

 

 名前は神取鷹久。城戸玲司さんの異母兄で、自身のペルソナとして宿っていたニャルラトホテプ――実際は『神』本人――の暴走によって異形“ゴッド神取”と化し、至さんや航さんたち聖エルミン学園高校の生徒達と激闘を繰り広げた果てに命を落とした。

 3年後、悪神ニャルラトホテプが自らの手で世界を滅ぼそうと動き出した際、奴が須藤竜蔵の部下として送り込んだ玩具が神取だった。神条久鷹と名乗った神取は、前回並みの暗躍を披露し、再び俺達――および達哉さんと舞耶さんの前に立ちはだかった。

 

 その果てに、神取は同志であるワンロン千鶴と共に、崩れゆく海底洞窟に沈んだ。――それが、俺が神取鷹久を見た最後だった。

 スーツのデザインは現代のモノだったが、彼の姿は最後に見たときのまま、寸分の変りもない。

 「何故、アンタが……!?」――絞り出すようにして、俺は問うた。男――神取は暫し黙っていたが、ふっと笑う。

 

 

「キミは、誰かと私を間違えているようだな」

 

「っ……!?」

 

「私は神取鷹久という名前ではないよ。彼は確か、“佐伯エレクトロニクス&バイオロジカル&エネルギー・コーポレーション”、通称“セベク”の元社長で、12年前に亡くなったはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……アンタ……」

 

「……そういえば、一時期は珠閒瑠市に“件の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな? ()()()()()()()()()()()。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 神取は楽しそうに笑う。何の悪意も企みもなく、穏やかな――けれど少しだけ、寂しそうな笑みを浮かべていた。

 相変わらず、神取は『悪神』によって“定められた役割”に殉じながらも、光に与するペルソナ使いたちを導こうとしているらしい。

 僕にだけ分かるように、奴は難解な表現を使ってヒントを与えてくる。

 

 

「そうだな、これも()()()()だ。機会があったら、ゆっくり話そうじゃないか」

 

 

 神取はそう言って、懐から名刺を差し出す。防水加工がきちんとされている名刺らしく、濡れても文字が滲んだりすることはない。下には夜鷹モチーフのエンブレムが描かれている。

 手渡された名刺を受け取り、俺はまじまじと確認した。名刺に書かれた名前は“神条久鷹”――奴が須藤竜蔵の部下であった頃に名乗っていた偽名そのままだ。

 俺に対して、神取は何も隠すつもりはないようだ。「何も知らない第3者が意味を理解できるわけがないのだから、これくらい明け透けでも良い」と考えているのだろう。

 

 肩書は、獅童正義の私設議員秘書。名刺に描かれた夜鷹のデザインからして、コイツが獅童の『駒』2号なのであろう。どのような形かは分からないが、獅童にはニャルラトホテプが一枚噛んでいるようだ。眉間に皺を寄せた俺を見て、神取は静かに頷き返す。無言の問いに対する肯定であった。

 

 ちゃんと伝わったと目で合図をした僕は、「人違いでした。申し訳ありません」と引き下がった。運転手は怪訝そうな顔で僕と神取のやり取りを見つめていたが、神取が車に乗って合図すると、それに従って車を走らせた。黒塗りの車は遠くへと消えていった。

 そのタイミングで俺のスマホが鳴り響く。見れば、航さんからの連絡である。“待ち合わせ場所に来たが見つからない。どこにいる?”――反射で神取を追いかけた弊害だろう。俺はSNSにメッセージを返信し、待ち合わせ場所へと戻ったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「おかえり、吾郎」

 

「……た、ただいま」

 

 

 玄関先で、黎が僕を迎えてくれた。花火大会が中止になった直後に至さんと出会ったため、普通の服に着替えず家に上がったらしい。

 

 黎の浴衣は黒基調の生地に、青系の色で描かれた牡丹の花と蝶が描かれていた。普段身に着けている野暮ったい黒眼鏡を外し、長い黒髪をサイドアップに結んでいた。但し、すべてを束ねている訳ではないらしい。流れるような癖毛が、今回は艶やかさを演出している。

 僕は平静を保つので手一杯であった。東京に来てからは当たり前になりつつあった黎の格好とは全然違う色気がある。ぞくりと体が震えたのは気のせいではない。“雨に降られて濡れ鼠になった”ことだけが原因ではないはずだ。……心なしか、ぼうっとする。僕が呆けていると、黎が感嘆の息を零した。

 

 

「吾郎、色っぽいね」

 

「それは褒め言葉なの?」

 

「うん。……いつもと違って、格好いい」

 

「ん゛ん゛ん゛ッ!」

 

 

 どこか熱っぽさを孕んだ吐息に、ムッとしていた僕の気持ちは一瞬で拡散した。この家に僕と黎の2人だけだったら、衝動のままに彼女を抱きしめていたかもしれない。激しく咳払いしながら平静を装う僕の気持ちを知ってか知らずか、黎は「タオル取って来るね」と言い残してぱたぱたと廊下の向こうへ消えていく。

 その脇を、麻希さんが微笑ましそうに目を細め、航さんが首を傾げながら通り過ぎていく。どうやら2人は、僕と黎のやり取りが終わるのを律儀に待っていたらしい。夫婦の背中が部屋へ消えたのとほぼ同時に、黎がタオルを抱えて僕の元へ駆け寄って来た。甲斐甲斐しく僕の頭を拭いてくれる黎の為すがままになりながら、僕は部屋に足を踏み入れた。

 【怪盗団】の面々は既にお好み焼きを食べていたらしい。「遅いぞ吾郎」「ごめんね。先に食べてたんだ」「ほう。吾郎も浴衣を着たのか」等々と声をかけてくる。それらに適当に答えた後、僕は濡れた浴衣を着替えるために脱衣所へ足を進めた。出来れば浴衣姿の黎と並びたかったが、濡れ鼠状態では黎を困らせてしまうだろう。

 

 「黎と吾郎が浴衣姿のまま並んでいる姿をデッサンしたい」と主張する祐介を無視し、僕は脱衣所で部屋着に着替える。

 髪を乾かし、黒の運動ジャージ姿で戻ってきた僕を見た仲間たちが一斉に絶句していた。

 

 

「吾郎、家ではそんなラフな格好してんだ……」

 

「テレビのインタビューでは『白と青が好きだ』って言ってたのに、意外だわ」

 

「テレビのヤツは営業用だよ。黒幕の望む“爽やか系探偵”のイメージ作りのためだ。外行き用の服もそんな感じで纏めてる」

 

 

 杏と真の言葉に、僕はあっけらかんとした口調で答える。そうして、焼き上がったばかりのお好み焼きに箸を伸ばした。至さん作の料理は何でも美味しいから期待できる。

 

 

「徹底してるな。……まあ、黒幕が総理大臣候補っつー巨悪だから、それと渡り合うために必要っちゃあ必要なんだけどさ」

 

「“他者の望む、あるいは他者に自分をよく見せるための仮面を幾重にも使い分ける”というのも立派な才能だ。吾郎だからこそ成し得る力とも言えるだろう」

 

「俺を褒めながら、俺が取ろうとしていたお好み焼きを掻っ攫う真似ができるお前も凄いよ。祐介」

 

 

 竜司が頷く横で、俺の箸は空を掴んだ。お好み焼きは祐介の箸に掻っ攫われ、奴の口の中へと消えた。竜司より食べるスピードはやや遅いが、祐介は竜司以上にお好み焼きを食らっている。普段がもやし生活な分、奢ってもらえるときにたくさん食べようと言う寸法だろうか。

 僕の声がどこか刺々しいと察したためか、ニコニコした至さんが「焼き終わったヤツのストックあるからそっち食べなさい」と言って、既に焼き上がっていたお好み焼きを差し出した。それを受け取った俺を横目に、至さんは新しいお好み焼きを焼き始める。

 

 少し冷えたお好み焼きを口に運ぶ。具に使った素材の味とソースが利いて、充分美味しい。

 そんなことを考えていたら、俺の前に湯気が立つ飲み物が置かれた。見上げれば、至さんが微笑む。

 「濡れ鼠で体を冷やしたら体調崩すだろ」と、彼はホットドリンクを勧めてきた。逆らうことなく受け入れ、飲み物を啜る。

 

 

「……豆乳と甘酒?」

 

「正解。温まるだろ」

 

「ホントだ。美味しい」

 

 

 僕の感想を聞いた至さんは、本当に嬉しそうに微笑んだ。その勢いのままサトミタダシ薬局店の歌を口ずさみつつ、お好み焼き作りに戻る。モルガナが頭を抱えて呻いていたが、至さんは気にする様子を見せなかった。

 

 和やかなパーティをしながらも、僕達は次のターゲットに関する作戦会議にも余念がない。僕はテレビの収録で出てきた一件――“メジエド”と名乗る集団から、【怪盗団】への宣戦布告を報告した。急遽ねじ込まれた分の収録番組は丁度今の時間から放送されるはずなので、テレビのチャンネルを回す。

 テレビの中の僕は散々【怪盗団】をこき下ろしていた。なんだか居たたまれない気持ちになって仲間たちを見れば、「相変らず演技がうまい」と感心していた。僕は内心ホッとしつつ、至さん作のホットドリンクを啜る。ニュースキャスターの解説――国際クラッカー集団の名前――を聞いた面々は、渋い顔をして互いの顔を見合わせていた。

 

 

「インターネットを根城にする犯罪組織が相手か。顔が見えないってのは厄介だな」

 

「ターゲットの本名が分からなくちゃ、【改心】させることができねーもんな……。ネットって大概匿名だし」

 

「それに、“メジエド”はクラッキングを得意とする犯罪者よ。インターネットは奴らの庭みたいなものだから、ネットを使った戦いでは向うが圧倒的優位だわ」

 

 

 モルガナと竜司の言うとおりだ。ターゲットを『改心』させるためには、ターゲットの本名が必要である。

 インターネット関連の犯罪を立証するのが難しいのは、匿名性の高さとハッカー/クラッカーの技術力にあった。

 真が締めくくった通り、“メジエド”に電脳戦を仕掛けるには、僕らはただの素人である。太刀打ちできるとは思えない。

 

 すると、僕たちの話を耳にした至さんが口を挟んできた。

 

 

「パソコンやネットに詳しいの、“(かぜ)ちゃん”ならイケるんじゃないかな」

 

「“風ちゃん”?」

 

「……もしかして、風花さんのこと?」

 

 

 至さんは頷いた。“(かぜ)ちゃん”というのは、至さんが名付けた山岸風花さんの愛称である。当時は【放課後特別活動部】、現在は【シャドウワーカー】専属ナビゲーターだ。出会った頃は壊滅的なメシマズアレンジャー(本人無自覚)だった彼女だが、機械を扱う才能は最初の頃から有していたらしい。命さんが話していたことなので信憑性は確かである。

 最近は『ネットで知り合ったPCマニアとチャットで話し込みながら、凶悪な性能を誇るPCを一から組み立てている』そうだ。それをノートPCの外見で成そうとするあたり、機械いじりとハッキング関連は風花さんの天職だったと言えるだろう。蛇足だが、『事務職に就職した森山夏紀さんとは、今でもたまに連絡を取り合っている』とも聞いた。

 

 

「確かに、風花さんのPCスキルとアナライズ特化型ペルソナの力があれば、“メジエド”とも互角に戦えそうだけど……」

 

「やっぱりペルソナ使いなんだね、その人」

 

「むしろ、僕や至さんが頼るのはペルソナ使いの人だからね」

 

 

 杏の呟きに対し、僕は首を振って補足した。協力者がペルソナ使いだったのではなく、ペルソナ使い同士のコミュニティで協力要請ができたのだ。そこは間違ってはいけない。

 

 

「一応、ダメ元で協力要請はしてみる。でもあまり期待しないでほしい。最近、巌戸台近辺でも変な問題が発生してて忙しいみたいだから」

 

「件の女性は組織に所属する身なんだろう? 自身の所属組織が優先されるのは当然だ。実際、俺たちも【怪盗団】と“【怪盗団】と同盟関係にある組織”のどちらを優先するかと訊かれれば、躊躇いなく前者を選ぶからな」

 

「だよなあ」

 

 

 祐介と僕は頷き合いながらお好み焼きに箸を伸ばした。今回はコンマ数秒で僕の勝ち。僕が掻っ攫ったお好み焼きを、祐介は口惜しそうに見つめている。

 ふてくされるように眉を寄せた祐介であるが、至さんが「はいはーい」と言いながら新たなお好み焼きの生地を投入した。途端に祐介は目を輝かせる。現金なものだ。

 

 

「『現時点で手の出しようがなく、相手が【怪盗団】に対して一方的に喧嘩を売っている』状態なんだろう? なら、何もしなくても向うから近づいてくるはずだ。突破口を開くためには、“相手の出方を待つ”という選択肢も必要だろう」

 

 

 お好み焼きパーティの会場で単身焼きうどん――勿論至さん作である。間違っても航さんが作ったわけではない。彼を台所に入れれば最後、台所が消し飛ぶからだ――を貪る航さんは、頬袋に餌を詰め込んだハムスターみたいな顔をしていた。

 至さんは新しいお好み焼きを焼く片手間に、焼きうどんを焼いては航さんの皿に盛っている。それを麻希さんへ手渡してリレーするついでに、自家製の梅シロップを氷と水で割った飲み物をグラスへと注いでいた。それを見た祐介が手で枠を作ろうとしたので、僕は自分のお好み焼きを小さく切って祐介の口の中へ突っ込む。

 同時並行で料理を作り続ける至さんの姿に感心していたメンバーは『“メジエド”への対応は要検討』という結論に落ち着いた。後は、僕が今日の出来事を――獅童の新たな『駒』、夜鷹(ナイトホーク)に関する話をするだけだ。

 

 けれども、至さんや航さん達に、神取の話をするのは憚られる。何故なら、至さん・航さん・麻希さんは神取鷹久と因縁があるためだ。

 

 彼等を再び神取に会わせて良いものだろうか。正直、僕は会わせてはいけないように思う。

 だからと言って、【怪盗団】の面々に隠そうとは思えない。隠すだけ僕等が不利になるためだ。

 

 

「……さっき、獅童の新しい『駒』の情報が手に入ったよ。奴は獅童の新しい私設秘書だ」

 

 

 僕は重々しく口を開いた。ちら、と、空元兄弟や麻希さんに視線を向ける。

 

 

「名前は?」

 

「偽名。でも、偽名も本名もこの場で言いたくないかな。至さんと航さんの地雷になりそうな案件だから」

 

 

 僕の表情を見て何かを察したのだろう。仲間達は神妙な面持ちになって顔を寄せてきた。

 至さんは航さんの焼きうどんの追加とお好み焼きの焼き加減を確認するので忙しいし、航さんと麻希さんの視線はテレビに釘づけた。

 

 テレビ画面には上杉さんがMCを務めるバラエティ番組が映し出されている。今日のゲストで目を惹くのは久慈川りせさん、桐島英理子さんだ。

 MCとゲストが自分の良く知る人物であると気づいた至さんが声を上げた。夫婦の目線もまた、テレビに釘付け状態となる。

 嬉しそうな至さんの様子を察した航さんは、焼きうどんを貪りながらリモコンを手に取る。音量が更に上がった。

 

 テレビの音に紛れ込むようにして、真がひっそりとした声色で乞う。

 

 

「じゃあ、ヒント頂戴。自分で調べてみるから」

 

「――【セベク・スキャンダル】」

 

 

 僕の答えに、真は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。議員秘書のヒントを求めて12年前の事件を持ちだされれば誰だってそうなる。

 僕や黎の年代で事件と無関係だったなら、当時の事件を察せる者、あまり覚えてない者に分かれるはずだ。記憶喪失のモルガナは例外固定だが。

 最も、それは世間一般の話だ。ペルソナ使い達の戦いに関する知識を持っていた【怪盗団】の面々は、即座に全てを理解したらしい。神妙な面持ちとなった。

 

 

「それじゃあ、会議終了。後はゆっくり楽しもうか」

 

「「「「「「賛成!」」」」」」

 

 

 僕達はお好み焼きパーティに興じる。花火大会は中止になったけれど、僕の家にはみんなの笑顔があった。

 

 

 

 

 その後。

 

 

竜司:神取鷹久って、12年前に死んでるじゃねーか!!

 

杏:嘘!? じゃあ、“死んだ人間が生き返ってる”ってことなの!?

 

吾郎:奴は悪神の『駒』であり『玩具』だからな。悪神が「おもしろそう」と思えば、引っ掻き回すためだけに復活させられることだってある。

 

黎:9年前の珠閒瑠で須藤竜蔵の部下だった“神条久鷹”の正体が神取鷹久だった。悪神ニャルラトホテプによって生き返り、『駒』として使われていたよ。

 

吾郎:至さんや南条さんは御影町だけじゃなく、珠閒瑠でも、生き返った神取と戦っている。最期は海底洞窟の崩落によって死んだはずだった。

 

真:なんてこと……。

 

祐介:死後さえも弄ばれる神の『駒』か。考えるだけで末恐ろしいな。

 

杏:その神様サイテー! 生きてる間も死んだ後もそんな風に使われるなんて、絶対嫌!

 

竜司:死んだ後に見捨ててくれる神様の方がまだマシだな……。

 

吾郎:しかも、【セベク・スキャンダル】に関して纏められた情報から、神取鷹久に関することが意図的に消されてた。悪神が何か手を回したんじゃないかな?

 

黎:モルガナの様子がおかしいんだ。「ニャルラトホテプ殴るべし」って息巻いてる。

 

祐介:どうしてクトゥルフ神話の神格が出てくるんだ?

 

吾郎:神取を弄んでる悪神の名前、ニャルラトホテプって言うんだ。

 

杏:完全にアウトじゃない!

 

竜司:前に吾郎が言ってた“ラスボス『神』説”が濃厚になってきた件。

 

真:……至さんが言っていたことの意味、今ようやく理解したわ。“頭が爆発する系の理不尽”って、こういうことを言うのね。

 

 

 チャットが燃え上がったのは言うまでもない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今日は終業式。明日から夏休みが始まるため、多くの学生は嬉しくて仕方がない日のはずだ。だが、僕は他の学生のように喜べなかった。

 僕の体調は、花火大会雨天中止の翌日を境に悪化の一途を辿りつつある。恐らくこの症状は風邪、原因は“長い間雨に打たれていたため”だろう。

 

 花火大会の翌日から、ほんの少し肌寒いような気がした。僅かだが、身体の動きが鈍いとも思った。各種打ち合わせ中に空咳が出たり、喉が痛くなったりもした。

 典型的な風邪の初期症状だ。“病院にかかるまでもない”と判断した僕は、市販の風邪薬を飲み始めたのだが、効き目はあまり宜しくなかった。

 表面上は笑顔で乗り切ったけれど、身体が重い。僕を取り巻くように湧いて出た女子生徒をあしらいながら、ふらふらと歩みを進めた。

 

 

(クソ、なんでこんなときに限って……!)

 

 

 長雨に打たれたことは引き金でしかないとは理解している。多分、僕は僕が想定した以上に無理をしていたのだろう。自己管理には気をつけていたのだが、気づかぬうちに疲労がたまっていたのかもしれない。

 

 最近はテレビの取材で引っ張りだこだったし、智明に引き留められては精神をすり減らされるような光景――獅童と智明が楽しそうに団欒している姿――を見せつけられていたし、学校の勉強について行くのも大変だった。授業に出られない分をカバーしなくてはならないからだ。

 その上で【怪盗団】としても活動する――誰もが「お前はよくやっている」と言ってくれるが、僕個人としては全然足りない。「完璧じゃなくてもいい」と肯定してくれる人たちの優しさは嬉しいけれど、だからこそ、彼等の役に立ちたいと思うのだ。その度に、いつも自分の無力さを思い知る。

 

 【怪盗団】の面々は、今頃アリババと名乗る協力者――メジエドと同レベルの実力を持つハッカー/クラッカー――から入手した情報を頼りに、各々調べ回っているだろうか。アリババから齎された情報は『“佐倉双葉”なる人物を【改心】させれば、メジエドは止まる』とのことだ。

 ……佐倉といえば、ルブランのマスターの名字も佐倉さんだった。双葉といえば、一色若葉さんの娘さんの名前も双葉だった。ろくに回らない頭はそこで打ち止めとなり、僕はそのままベンチスペースに雪崩れ込むようにして座る。息をすることすら辛かった。

 体は燃えるように熱いのに、背筋を悪寒が駆け抜ける。僕は鞄から市販薬を取り出し、持っていた水で流し込んだ。本来は食後に飲むものだが、正直、何かを食べる気力すら残っていない。それがまずかったのだろう。胸やけのような感覚に見舞われる羽目になった。

 

 

(休んでる暇なんてないってのに……)

 

 

 市販薬を指示通りに服用しなかった弊害と戦いながら、僕は大きく息を吐いた。

 背中を丸めて不快感をやり過ごす。幾何かして、少しだけ体が楽になった。

 

 僕はふらふらと歩き出す。脳裏に浮かんだのは、柔らかに笑う少女――黎の姿だ。

 

 何故だか今、酷く彼女に会いたかった。顔が見たくて、声が聞きたくて堪らなかった。気づけば僕は四軒茶屋に足を運んでいた。普段より緩慢な動作で、ルブランの扉をくぐる。

 店の中は閑古鳥が鳴いていた。佐倉さんは僕を見るとあからさまにため息をつく。僕の来訪は“黎に会うため”だと認識したためだ。もしくは、客じゃなかったことへの落胆か。

 

 

「アイツならまだ帰ってこないぞ」

 

「……みたい、ですね。じゃあ、それまで待っていても構いませんか?」

 

「…………構わんよ」

 

 

 「そんな顔をしたお前さんを追い返したとなったら、アイツに泣かれそうだ」と言って、佐倉さんは苦笑した。はて、僕は今、一体どんな顔をしているのだろうか。

 店主の許可は取ったので、僕はカウンター席に腰かける。コーヒーを注文した僕は、ぼんやりと店内を眺めていた。サイフォンから香るコーヒーの匂いに、僕は黎を思い出す。

 佐倉さんの手ほどきを受けてコーヒーを淹れる彼女からも、この香りが漂ってくるようになった。……そう考えると、どうしてか、安心できるような気がした。

 

 体がだるい。自然と背中を丸める。うとうとと微睡み始めた意識に抵抗するため、僕は頬杖をつく。――けれど、漂うコーヒーの香りは不思議と眠りを誘発してきた。

 

 

「お前さん、疲れてるんだろ? アイツが帰って来たら起こしてやるから」

 

 

 ぼんやりと霞む意識の中、佐倉さんの声が聞こえた。

 ……ありがとうございます、と、僕はきちんと佐倉さんに礼を言えただろうか。

 

 それを確認する間もなく、僕の意識は睡魔によって刈り取られた。

 

 

 






「吾郎先輩、黎先輩から離れてください! 可憐で麗しい黎先輩に、貴方のような二重人格パンケーキは相応しくありません!」

「ねえねえ。なんでキミがあの自己中キャベツ刑事が僕を呼ぶ蔑称知ってるの? あと、なんで1年弱も黎と一緒にいないキミからそんな風に断定されなきゃいけないわけ??」

「決まってるでしょう!? 可憐で麗しい黎先輩には、貴方のようなヘタレで情けない軟弱野郎は相応しくないからです!」

「ねえねえ。なんで2回も『相応しくない』って言った? 喧嘩売ってる??」


「クロウ、ヴァイオレット。まずは落ち着こう。ね?」



 ――ここではないどこかには、ジョーカーへの想いを拗らせたクロウとヴァイオレットが火花を散らしあう世界もあるらしい。

 勿論、ここでは関係のない話。
 どこかに転がっている、もしもの話だ。


―――

今回で金城【パレス】編は完結。リメイクに伴い、R要素や追加場面が増えました。結果、リメイク前よりわちゃわちゃ度が上昇しています。中には今後の展開に絡んできそうなお話がちらほらある模様。
不穏な気配が漂う魔改造足立コミュ関係者、今日も元気に肉食女子やってる留美先生、妻にぶん回され気味な丸喜先生、肉フェスの師弟コンビは書いてて楽しかったです。
次回からは双葉【パレス】編が始動しますが、次はどんなことになるのやら。今後の展開も生暖かく見守って頂ければ幸いですね。

つい最近、“この設定の世界線でR3学期が発生するような条件を満たしていた場合、【曲解】を自力でぶち破れそうな面々がいる”ことに気づきました。
該当者に関する情報は後々追加するつもりでいますが、『丸喜先生はどんな【曲解】を使って件の該当者を幸福にするのか』を考えると、居た堪れなさと笑いがこみあげてくる不思議。
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