Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。

・荒垣×女主人公(両想い)、天田⇒女主人公(片思い)の描写アリ。
・上記の理由から、天田関係の設定が原作とは色々違う。


フラグメントⅡ:罪過と天秤の結末(アンサー)

 

 巌戸台で発生した此度の戦い――【影時間終了作戦】が終了したのは、2010年3月5日のこと。

 

 ニュクスとの戦い自体は1月31日に終わっていたけれど、『3月5日に学校の屋上でもう一度集まろう』と約束を交わしていたのだ。【影時間】の消滅によって“約束を交わした”という事実を含んだ戦いの記憶は失われた。巌戸台分寮の面々の結束は薄れ、いつの間にか“可もなく不可もない程度の仲”へと改竄されていた。

 【影時間】内に発生した出来事は“現実での整合性がとれるよう、自動的に改竄される”という特性があった。2009年の5月初めに発生したモノレールのオーバーランがそれに当たるらしい。実際は【影時間】中に現れた巨大シャドウによって暴走させられたそうだ。

 アイギス以外の【S.E.E.S】の面々や、彼等の戦いを傍で見続けてきた僕達が【影時間消滅作戦】についての記憶をなくしてしまったのも、【影時間】の消滅によって“現実での整合性がとれるよう、自動的に改竄される”という特性が原因だろう。

 

 しかし、【影時間消滅作戦】遂行中に結ばれた“一部の人物同士の関係性”は改竄されずに残っていた。理さんとゆかりさん/真次郎さんと命さん/順平さんとチドリさんの恋人関係、銃撃されて重傷を負った真次郎さんの入院、命さんや真次郎さんへの感情を拗らせた乾さんである。

 一番最後のヤツは『どうしてそのまま残したんだ』と頭を抱えたくなるような案件だ。誰がやっているのかは一切不明だが、【影時間】関係の出来事で整合性を調整している輩に物申したい。僕の記憶の中にいるファルロスと望月綾時さんは『僕じゃない! 僕じゃないよ!!』と冤罪を主張していた。閑話休題。

 

 

「今回も、色々なことがあったね」

 

「そうだね。沢山のことがあったね」

 

 

 初夏の訪れを告げるような爽やかな風を感じつつ、僕と黎は長鳴神社のベンチに腰かけていた。去年の戦いで起こったことに思いを馳せる。

 

 

『つか、なんで俺なんだよ……。いいだろ、もう』

 

『決まってるじゃないですか。先輩が好きだからです!』

 

『……はぁ!?』

 

 

 香月命さんが伴侶として選んだのは、荒垣真次郎さんだった。それを象徴したのが、巨大シャドウ戦の直前に発生した“ラウンジの攻防”である。

 

 真次郎さんと命さんが夜に2人で出かけて行った姿を見た次の日、命さんはまた真次郎さんに声をかけた。普段の真次郎さんなら呆れながらも二つ返事で頷くのに、その日の彼は妙に頑なだったように思う。命さんに話しかけられても、真次郎さんは『自分と過ごす時間が勿体ない』だの『もういいだろう』と突き放しにかかったのだ。

 尚もしつこく食い下がった命さんは、何を思ったのか、突如、ラウンジのど真ん中で真次郎さんに告白したのである。しかも、当時、ラウンジには【S.E.E.S】の面々と僕等――僕、黎、至さん――が全員勢ぞろいしていた状況だった。衆人環境で告白されるとは思っていなかった真次郎さんはド派手に狼狽した挙句、最後は命さんに押し切られる形で2階へと去っていったのだ。

 ラウンジには勿論、命さんに想いを寄せ、真次郎さんに殺意を漲らせる乾さんも居合わせている。彼からしてみれば“初恋の人(命さん)を、母親を殺した張本人(真次郎さん)によって奪われてしまった”という図式だ。虚無と憎悪を滾らせた眼差しで真次郎さんを睨みつけた乾さんは、この一件に背を押される形で復讐する意志を固めたのだろう。

 

 10月3日の満月の日、真次郎さんと乾さんがどんなやり取りをしていたかは分からない。現場に駆け付けたときには既に、真次郎さんはタカヤに撃たれて重傷を負っていた。

 呆然と彼を見つめる乾さんは無傷だったことから、真次郎さんが乾さんを庇ったことは一目で察しがついた。文字通り、体を張って乾さんを守り抜いたのであろう。

 

 

『やだ……! やだ、やだッ! 荒垣先輩、死なないで!!』

 

『……泣くな、命……。……ったく、大袈裟な……』

 

『その傷のどこが大袈裟ですか!! あれ程『姉さんを泣かせるような真似したら許さない』って言ったのに、あんたって人は!』

 

 

 命さんに泣かれ、理さんにどやされた真次郎さんは苦笑する。喋る度に咳き込んでは血を吐いてを繰り返しながらも、彼はずっと、他者のことばかり気にかけていた。

 

 

『天田。……そんな顔、すんなよ』

 

『……っ』

 

『誰も、悪くねぇ。……俺以外は、誰も……何も。――お前は、何も気にしなくていいんだ』

 

 

 真次郎さんの言葉を聞いた乾さんは、ひゅっと息を飲む。長らく憎んでいた相手から庇われたという事実は、乾さんにとってどれ程重いのだろう?

 真次郎さんが重傷を負ったのは、乾さんを庇ったためだ。乾さんにとっては、“自分のせいで真次郎さんが重傷を負い、命さんが涙で暮れている”という状況である。

 乾さんは事態の重さを理解していたし、“自分が悪い”とは百も承知だった。だから、どんな罵倒が飛んできてもおかしくないと思っていたのであろう。

 

 でも、飛び出してきた言葉は赦しであった。“罰を降す権利”を放棄した真次郎さんは、断罪を望んでいたであろう乾さんから“裁かれる権利”を取り上げたのだ。これでお終いにしようと言わんばかりに。

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『命。……ソレ、お前に渡したとき……俺が言ったこと、覚えてるか……?』

 

『……うん』

 

『そうか……。……なら、いいんだ。……頼むぞ』

 

『うん……!』

 

 

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 彼の視線は、命さんが右手に巻いていた腕時計に向けられていた。鮮やかな緋色と、細い革紐が特徴的な女性物の腕時計――確か、ポロニアンモールの小物雑貨店で見かけたことがある。

 学生が買うには少し厳しいものの、アルバイトや小遣いを遣り繰りすればギリギリ手が届くくらいの値段で、『デザインや使い心地、耐久性が良い』と評判のプチプラ製品だった。

 

 

『……悪いな。俺じゃあ、幸せにできないって……お前を不幸にするだけだって、最初から気づいてたのに……分かってたのに、手放してやれなかった』

 

『荒垣先輩……』

 

『突き放して、全部諦めちまえば……泣かせることなんか、なかったのに……。……情けねぇ』

 

 

 『何も押し付けたくはなかった』と真次郎さんは零す。『何も背負わせたくなんかなかった』と真次郎さんはぼやく。

 

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『……結局……、勝手に“てめぇ”を押し付けてたのは、俺の方だったってわけか……』

 

 

 真次郎さんは申し訳なさそうに苦笑した後、大きく息を吐いて目を閉じる。丁度そのタイミングで、やっと【影時間】が明けた。

 救急車を呼んで病院に搬送することはできたが、そのときには、真次郎さんは既に意識不明の重体。

 医者の話では『一命は取り留めたものの、いつ意識が戻るかは分からない』とのこと。

 

 

『荒垣さんは、“僕に殺されるために戻って来た”んだ』

 

 

 それから暫くして、乾さんが僕等に『あの日何が起きたのか』を語ってくれた。

 

 

『あの人、僕が殺そうとしたとき、『構わない』って言ったんだよ。しかも、僕が荒垣さんを殺すことで、“僕が罪の意識に苛まれて苦しむんじゃないか”って心配してた』

 

『言い訳も何もしなかったんだ。命乞いだってしなかった。……そればかりか、タカヤに狙われた僕を庇って……!』

 

 

 10月の満月の日は、乾さんの母親の命日だった。乾さんはその日を復習決行日に選び、真次郎さんもそれを察して、大型シャドウの戦いをすっぽかしたのだ。2年ぶりに顔を合わせた被害者遺族と加害者――復讐する側とされる側として対峙した乾さんはこれ幸いと復讐を果たそうとし、真次郎さんはそれを受け入れながらも乾さんの行く末を気遣った。

 だが、そこに乱入者が現れた。【影時間】内で暗躍するペルソナ使い――ストレガのリーダー・タカヤ。奴は何を思ったのか、乾さんを標的として選んで銃撃を行う。突然のことで身動きが取れなかった乾さんを、真次郎さんを庇ったのだ。文字通りの捨て身である。そんな真次郎さんに対して新たにもう一発浴びせたタカヤは、尚も乾さんを守ろうと立ち塞がる真次郎さんに追い打ちを喰らわせようとする。

 そこへ、至さんから声をかけられていた大人達――玲司さん、周防刑事、パオフゥさんが駆け付け、タカヤと一戦交えたという。至さんから声をかけられていた大人達と戦っていたタカヤは、乾さんと真次郎さんを探していた僕等がやって来たことを察知して撤退。その後、更に遅れて【S.E.E.S】の面々が合流したというわけだ。

 

 

『命さんも、僕のこと責めなかった。恨まなかった。復讐する権利を振りかざすことなく、僕を赦した』

 

『そればかりか、僕のことを“大切な仲間”だって気にかけてくれて……』

 

『……馬鹿みたいだよね。“荒垣さんさえ居なければ”って考えた僕が、“自分を犠牲にしてでも罪を償い、贖おうとした”荒垣さんに敵うわけない』

 

『“悪いのは全部荒垣さんだ”って、“僕の復讐は正当なものだ”って、何も考えずに罰を降そうとした僕なんかが、命さんに好きになって貰えるわけなかったんだ』

 

『こんな自分勝手な子どもが、あんな素敵な人に釣り合う訳なかったんだなあって。……大人になるって、難しいや』

 

 

『――それでも僕、命さんのことが好きだよ』

 

『今も、これからも、命さん以上に好きになれる人はいないって思うくらい』

 

 

『……もしも荒垣さんが命さんを不幸にする瞬間が来るのなら、僕はその横から、命さんを掻っ攫っていくって決めたんだ』

 

『そのときのためにも、自分自身を鍛えて磨き上げることを怠らない。今の僕でも出来ることを着実に積み重ねていこうって思ってる』

 

『でも、命さんはずっと、荒垣さんのことを好きでいるんだろうな。荒垣さんも、ずっと命さんを好きでいるんだろう』

 

『――そんな2人だから、僕は命さんのことが好きだし、荒垣さん相手じゃ太刀打ちできないっていう事実をすんなり受け入れてしまうんだろうなあ』

 

 

 冬の足音が近づいてきた夜の長鳴神社で、乾さんは静かな面持ちで苦笑する。大型シャドウを倒す数日前から見せていたぎらつく復讐心は、あの一件で綺麗さっぱり洗い流されたようだ。

 

 長らく彼を支えて居た動機がなくなった乾さんに残っていたのは、真次郎さんへの羨望や尊敬とちょっとばかり(???)の嫉妬心。それと、命さんに対する恋慕と深い尊敬の念だった。乾さんは乾さんなりに、腕に抱き続けた憎悪や復讐心に決着をつけたのであろう。以後は、【影時間消滅作戦】の成功のため、『怪我によって戦線離脱・作戦実行期間内の復帰は絶望的となった真次郎さんの分も命さんを支える』と誓いを新たにした。

 僕は失恋の痛みを知らない。僕の初恋は有栖川黎だし、彼女は僕の想いを迷うことなく受け入れてくれた。この関係は今でもずっと続いているし、これからも続いていくように努力や精進は怠らないと決めている。僕は、母や生まれる以前の僕をゴミのように捨てていった実父を反面教師にしつつ、そんな人間にならないように戦うことを選んだ。――故に、僕は、命さんへの初恋に敗れた乾さんの気持ちには寄り添えない人間だ。そんな僕が唯一分かることは、“乾さんが強い人”だということくらいだった。

 

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「真次郎さんが留年で3年生続行するって聞いたときはびっくりしたよね。2年前の一件から殆ど学校行ってなかったんでしょう?」

 

「一応、最低限の出席と課題の提出程度はやってたっぽいよ。本人が零してた」

 

「『美鶴さんへの義理』だっけ。3年生を続行することにしたのは、それに『乾さんから発破をかけられた』のも絡んでたみたいだし」

 

「……色んな意味で、正々堂々横恋慕宣言されたのが応えたんだろうね……」

 

 

 ここ最近の出来事を語らいながら、僕と黎は苦笑する。爽やかな風が吹き抜け、お互いの髪を揺らした。

 【影時間】を巡る闘いの日々なんて最初から存在してなかったみたいに、世界は今日も穏やかだ。

 

 10月3日の重傷から立ち直り、1月31日に降り注いだ破滅を超え、3月5日の約束を迎えた後の真次郎さんに待っていたのは、愛する人と生きていく未来だった。同時にそれは、乾さんが虎視眈々と横恋慕――命さんを掻っ攫う――の機会を狙っていることを意味している。色々な意味で、真次郎さんは未来に頭を思い悩ませる必要が出てきた。

 死ぬことばかり考えていた弊害とツケを支払う羽目になった真次郎さんは、将来――命さんと結婚を視野に入れたお付き合い――の進路を真面目に考えていたようだ。寮の談話室で悩む姿や、彼の自室からうんうん唸る声が聞こえてきた。それから暫くして、真次郎さんは月光館学園高校の3年生として留年することが決まったのである。

 ぼさぼさに伸びていた髪を小綺麗に整え、長袖コートを脱いだ真次郎さんは久々に制服に腕を通したようだ。他の面々と違い、真次郎さんは模範通りに制服を着る派だったことが明かされたのもこのときである。風紀委員の小田桐さんが『留年した不良の問題児と伺っていたので身構えたが、どこからどう見ても模範生にしか見えない』と驚愕するレベルだったらしい。

 

 全ての問題が片付いて、過去のことになった。けど、真次郎さんの中では、自分が犯した罪は決して消えないと分かっている。それ故、真次郎さんは未だに自分のことを後回しにしようとする――自分自身を『価値のないもの』と定義し、自らの意思で自分の身を危機に晒してしまう――悪癖が残っていた。

 

 根底にあるのは、“乾さんの母親の命を奪ってしまった”という罪の意識と自責の念。己の罪と向き合い、命を差し出す以外の償いの道を模索し始めたばかりだ。

 迷走するのは致し方ない。しかし、嘗ては孤独だった――否、孤独になることを己に課した男の傍には、彼を愛した/彼に愛された伴侶が寄り添っている。

 

 

『アイツからは沢山の物を貰ったんだ。……何か1つでも、俺に返せるものがあったらいいって思ってる』

 

『……きっとそれは、一生かかっても返し切れないんだろうな』

 

『――わーってるよ。コレは、“俺がアイツを幸せにする”以外に、釣り合うものは()ェだろうからな』

 

 

 真次郎さんは――期せずして――“愛する人を幸せにする”という命題を背負うこととなった。それ故に、眼前に広がる未来を真っ直ぐ見つめ、拙いながらも『これから』を描こうとしている。

 

 

「しかも、卒業後は料理関係の資格を取るつもりでいるんでしょ? 資格取ったらどうするんだろ?」

 

「『自分の店を持つか、料理店に就職するかはまだ未定』って言ってたけど、『自分や明彦さんと同じような立場の子どもに料理を食べさせてあげたい』っていう想いはあるんじゃないかな」

 

「命さんと順平さん、喜んだ後に嘆いてたね」

 

「『荒垣さんの料理の美味しさを他の人にも知って欲しい』、『でもそれはそれで、自分達しか知らないという特別感が薄れてしまうのが寂しいし勿体ない』だっけ」

 

「気持ちは分かる。僕も至さんの料理の腕前が他の人に知られていくの、凄く複雑な気持ちになるから」

 

 

 料理上手な保護者の背中を思い出し、僕はひっそり目を細める。嘗て料理人志望だった至さんは、紆余曲折・多種多様の地獄と向き合った果てに、戦うことを選んだ人だった。

 もしも至さんがペルソナ様遊びに手を出さなければ、彼は己のルーツを知らないまま、平穏な人生を歩んでいたのだろうか。料理人への道を進んでいたのだろうか。

 

 ……()()()()()()()()()()()

 

 傷だらけになりながらも、この手に掴んだものがある。掴めたものはある。消してしまいたい過去以上に、消えて欲しくない旅路の思い出の方がずっと多い。その積み重ねで、人生は紡がれていくのだろう。

 滅びに至るまでの運命は破壊され、いつも通りの日常が戻って来た。理不尽だらけのこの世界で、僕達は限りある命を精一杯生きるのだろう。誰もが持っている当たり前の権利を噛みしめながら。

 そうしていつの日か、また新たな戦いが幕開ける――そんな日が来る。あの日の答えを胸に抱き、新たな命題――ひいては裏で糸引く『神』と対峙することになるのだ。そうやって、次世代へと繋いでいく。

 

 

「吾郎は、大人になったら何をするの?」

 

「うーん……」

 

 

 黎の問いかけに、僕は顎に手を当てる。まだまだ小学生の僕等には、僕等の未来予想図を描くには子どもで、現実の厳しさを知らなすぎた。

 数多の地獄を目の当たりにしても尚、希望に満ちた未来を夢を見てしまうのは、旅路を経て手にしたささやかな希望の価値を知っているからか。

 

 

「将来は漠然としか浮かんでないけど、決めていることはあるよ」

 

「何?」

 

「黎のお婿さんになるのと、至さんみたいな格好いい人になるの」

 

 

 未来はまだ分からないけれど、未来にしたいことならある。それは黎も同じだったようで、僕の答えに微笑み返した。

 

 

「私も決めてることがあるんだ。吾郎のお嫁さんになるのと、吾郎とずっと一緒にいるの」

 

「――そっか。嬉しいな」

 

 

 笑いあって、じゃれ合って、手を繋いで、僕等2人は立ち上がる。初夏の風は、汗ばんだ肌にはとても心地良い。木陰の涼しさに名残惜しさを感じつつ、家路につく。

 寮ではきっと、高校3年生になった命さん達が進路関係で未来へ思いを馳せているのだろう。限りある命を精一杯生きる権利を手にしたからこそ、真剣に自分の生き方を模索している。

 旧【S.E.E.S】の面々がどんな人生を歩むかは未知数だけど、きっと、異形との戦いに身を投じつつ後輩を導く標たらんと努力し続ける姿は容易に想像できた。

 

 





「命さんは僕を好きになんてならない。そんなところも含めて、僕は彼女のことが今でも好きだ」

「荒垣さんは命を賭してでも命さんを幸せにする人だ。だから僕は、あの人に信頼と尊敬を抱いている」

「――だからこそ、僕は貴方のしたことが許せない。貴方の楽園を認められない」

「僕の初恋を勝手に奪い取った挙句、命さんと荒垣さんを引き裂いたも同然の所業だ。同時に、僕の敬愛する仲間達が、命を懸けて戦って、勝ち取ったことに対する侮辱でもある」

「猶更、許しちゃおけないよね」



「確かに、俺のペルソナが暴走しなけりゃあ、良かったことは幾らでもある」

「天田は母親を失うことも無けりゃ、俺みたいな奴に怪我を負わせたという後ろめたさや罪の意識を背負う羽目に陥ることもなかっただろう」

「もしかしたら、命と一緒になってたのは、天田の方だったかも知れねえ」

「その方がいいって、そっちの方がいいってのは百も承知だ」

「……命は俺を簡単に幸せにしてくれるのに、俺ぁ何にも返してやれねえ。情けない話だが、今でもずっと迷ってる」

「――でもな。……俺は、アイツがいいんだ。アイツと一緒に生きる未来が欲しいんだ」

「俺はもうアイツを手放してやれねえし、手放したくない」

「……悪いな。アンタの優しさを、俺達は受け取ってやれねえ。受け取るわけにはいかねーんだよ……!」



 ――ここではないどこかには、悲嘆の教皇に対して槍の穂先を向ける天田乾と、斧を向ける荒垣真次郎がいたらしい。

 勿論、ここでは関係のない話。
 どこかに転がっている、もしもの話だ。


―――

以前あとがきでお話した『拙作には、原作軸丸喜の【曲解】を自力で打ち破れる面子がいる(要約)』を回収しました。失恋を拗らせた天田くんと、自らの意思で全てを背負うことを選んだ荒垣先輩です。
三角関係の拗れ具合をどう“処理”するかによっては、解釈違いやガンギマリ状態の覚悟が作用した挙句、2人(もしくは3人/P3P女主・香月命)の逆鱗に触れることとなるでしょう。
内容が内容なだけに、「件の3人に対して下手な【曲解】は使えないよなあ」と思った結果の産物。失恋経験持ちの優しい狂人は、この地獄絵図をどう処理するのか……。

――ダメだ。自力で【曲解】ぶち破って、仁王立ちで原作丸喜と対峙する2人の姿しか見えない。

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