Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

43 / 55
【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。



今年はアツい夏になりそうだ

 

 佐倉双葉は電子機器の扱いに長けたハッカー/クラッカーである。双葉の手にかかれば、ルブラン全体に盗聴器を設置したり、【怪盗団】と思しき人物のスマホにアクセスしたり、証拠を残すことなくSNSのアカウントを操作したりするのはお茶の子さいさいであった。

 

 

『待って。俺、薬を飲まされた記憶がないんだけど……?』

 

『意識朦朧だったからじゃないかな』

 

『……ちなみに、方法は?』

 

『口移し』

 

『うわあああああああああああ……!』

 

「うわあああああああああああ……!!」

 

 

 自分は調子に乗りすぎたのだ――養父である惣治郎が淹れてくれた特別苦いコーヒーを啜りながら、双葉は盗聴した音声データを聞いていた。後悔しながら聞いていた。

 おかしい。双葉は惣治郎特性の特別苦いコーヒーを飲んでいたはずだ。決して、某有名チェーン店の甘い甘いフラペチーノを飲んでいたわけではないはずだ。

 甘い。甘い。甘すぎる。胸やけしてしまうくらい甘い。暴力的なまでもの甘さに泡を吹きそうになりながら、双葉はパソコン画面から目を離せなかった。

 

 

(わたしは何のために盗聴してたんだっけ?)

 

 

 余りの光景に、双葉は自問自答した。何故双葉がルブランの屋根裏部屋で繰り広げられる会話を盗聴するに至ったか――その答えは、今年の3月半ば頃に遡る。

 

 双葉の養父――双葉の母の旧友――たる佐倉惣次郎の元に、とある筋の知人から依頼が来た。その内容は、“御影町で暴力事件を起こした少女の保護観察をしてほしい”というもの。依頼主は『あの子は暴力事件を起こすような子ではない』と言いつつも、『警察に連れていかれて、裁判で有罪になったのは事実』と複雑そうな様子であった。

 惣次郎が依頼を引き受けたのは、件の人物が双葉と同年代の少女だったことと、事情はどうあれ行き場をなくしてしまったという境遇が双葉とよく似ていたためであろう。しかし、双葉と同年代の少女と言えど、相手の罪は暴行罪。壮年男性の惣次郎であっても、何らかの理由で攻撃された場合の危険性は捨てきれない。

 

 故に、惣次郎は自宅の佐倉家ではなく、自身が経営している喫茶店の屋根裏部屋に少女を住まわせた。『諸事情により引きこもっていた双葉に危害が向かないように』という配慮だ。

 惣次郎の優しさは、双葉だってきちんと理解している。彼は双葉にとって大切な人であり、自慢の親代わりだ。――だからこそ、双葉も自分のやり方で惣次郎を守ろうと思った。

 そのために、双葉はルブラン店内と屋根裏部屋に盗聴器を仕掛けたのだ。前科持ちの少女が惣次郎に対して危害を加えてきた場合、その証拠を速やかに提出し、警察に逮捕して貰えるように。

 

 

(……画像や映像データがあったら、間違いなく死んでいた……!)

 

 

 引きこもり生活丸数年。外に出ず籠り続けて対人関係が壊滅を通り越して焦土と化している双葉には、リア充のラブシーンは厳しすぎた。もうどうしたらいいのか分からなくなるレベルでパニックになっていた。パニックを通り越して虚無になっていた。

 現実世界で双葉を助けてくれそうな相手は、自分を引き取ってくれた養父である佐倉惣治郎だけだ。だが、双葉のやっていることがやっていることのため、惣治郎に助けを求めるのは気が引ける。多分説教モノだろう。

 

 では、ネットではどうか。……ダメだ。双葉の語彙力では、この状況を「双葉が不利になることなく」説明する方法が見つからない。

 馬鹿正直に「盗聴したらラブシーン拾った」と述べれば友人たちは軒並み離れていきそうだし、それ以外にうまい言葉が見つからなかった。

 二次元のイチャイチャシーンはガッツポーズを取れるのだが、三次元のラブシーンには一切耐性がない。発狂不可避だ。

 

 人間、パニックになるとまともな判断を下すことが不可能になると言う。今の双葉も、まともな判断を下すだけの理性も余裕も残っちゃいなかった。すべてにおいて未経験である佐倉双葉にとって、ルブラン屋根裏部屋に住まう住人とその彼氏の破壊力は凄まじすぎた。

 

 

『……なあ、黎。その……着替えは……?』

 

『至さんが持ってきてくれた』

 

『いや、俺が言いたいのはそっちじゃなくて……』

 

『着替えも汗を拭いたのも私だよ。……意外と、鍛えてるんだね。吾郎は』

 

「ぐふぅッ!?」

 

 

 見事に弱点にヒット。

 

 

『ねえ、黎』

 

『何?』

 

『触れてもいい?』

 

『……ん。いいよ』

 

「ぬぐぅ!!」

 

 

 派手な追撃が入った。

 

 

『そんな顔しないでよ。好きな人(キミ)のためなら、俺はどんな無理や無茶だって平気なんだ』

 

『吾郎』

 

『本当だよ。ホントにホント。今回は倒れちゃったけど、いつもはそんなことないんだよ』

 

「ほええ……!」

 

 

 誰か助けてくれ。体力がピンチだ。

 音声以外入ってこない情報に、双葉がめくるめく想像をして頭を爆発させかけていたときだった。

 

 

『好き。好きだよ、吾郎。――愛してる』

 

『俺も、好きだ。――愛してる、黎』

 

「――――――!!!」

 

 

 絶え間なく響く荒い息遣いが、微かに響く水音とリップ音が、時折紛れ込むようにして響く衣擦れの音が、双葉の聴覚を完全に乗っ取った。最早声すら出てこない。口を押え、身を震わせるのだけで手一杯だ。

 程なくして、リア充たちの戯れには終わりが訪れた。彼氏のほうが薬の副作用で眠ってしまったためである。双葉の残りHPは1。喰いしばりが発生した結果だ。このスキルがなければ、今頃双葉は失神していただろう。

 ぜえぜえしながらコーヒーを煽る。ようやく惣治郎のコーヒーから甘みが抜けたようで、胃のむかつきに苦しむ双葉の救世主となり得た。双葉が大きく息を吐いた刹那、盗聴器が屋根裏部屋の住人の声を拾い上げる。

 

 

『……優しくしてくれるのは、嬉しいんだ』

 

 

 それは、ぽつりと零れた呟きだった。焦がれるような熱と切なさを孕んだ、少女の声。

 

 

『私のこと大切にしようって頑張ってるの、ちゃんと伝わってるよ。……本当に、本当に嬉しいんだ』

 

 

 彼氏の寝息に紛れて、熱っぽい吐息を盗聴器が拾い上げる。

 

 

『……でもね、求めているのは貴方だけじゃないんだよ。吾郎……』

 

 

 ちゅ、と、音がした。屋根裏部屋の住人が、眠っている彼氏にキスをしたのだ――双葉の頭脳が叩きだす。

 啜っていたコーヒーが突然フラペチーノに変わった気がして、双葉は口を歪める。喰いしばりはもう発動しない。

 

 双葉はそのままテーブルの上に突っ伏した。――もう暫く、動けそうになかった。

 

 

 

***

 

 

 

 佐倉双葉には、チャットでよく合う友達が3人いる。桐条財閥関連企業で働いているというHN“(かぜ)ちゃん”、フェザーマンシリーズが好きな大学生“だーあま”、つい最近独立したばかりのセラピストであるHN“MAIAKI”だ。前者はPCカスタマイズとフェザーマンシリーズという共通の趣味が合って仲良くなり、後者は2人から紹介された友達である。

 “風ちゃん”や“だーあま”から“MAIAKI”を紹介されたときは職業的に身構えたものの、“MAIAKI”は無理に双葉を外に出そうとはしなかった。双葉の意見をきちんと聞いてくれて、『無理しなくてもいいよ。いつか、貴女が自分で立ち上がろうと思える日が来るから』と言って見守るスタンスを取ってくれた。惣治郎と同じで、そこは感謝してもしきれない。

 今、双葉は吐き出したいことがあって堪らなかった。これを吐き出さないと、引きこもりライフすらまともに送れないレベルで精神が追いつめられていた。もう誰に何を言われてもいい。何でもいいから助けてほしい。双葉は自分の精神と体に鞭打って、キーボードを叩いた。

 

 

葉っぱ:盗聴したら濃厚ラブシーン拾った。刺激が強すぎて死にそう。どうしたらいい?

 

風ちゃん:まずは盗聴をやめよう。話はそれからだよ。

 

だーあま:まずは盗聴をやめよう。話はそれからだよ。

 

MAIAKI:まずは盗聴をやめよう。話はそれからだよ。

 

葉っぱ:だよな……。まずは盗聴器の電源切ろう。

 

 

 もう二度と、屋根裏部屋を盗聴することはやめよう。

 見捨てないでくれた友人たちからのアドバイスを参考にして、双葉は盗聴器の電源を切った。

 

 

 

◆◇◇◇

 

 

 

 翌日の夜には、僕の熱はすっかり下がっていた。体調自体は朝の時点でほぼ全快に等しかったが、大事を取って丸1日大人しくしていたのである。黎と協力関係を結んでいた女医の薬は副作用――強い眠気を誘発する――は強めだが、効果は申し分ない代物だったらしい。僕の診察を終えた女医は『明日からは普通に日常生活が送れるだろう』、『何かあったらまた連絡するように』と言い残して去っていった。

 僕が薬の副作用と自主的な休息に努めて眠っていた間に、、“メジエド”に喧嘩を売られた【怪盗団】の状況も変化したようだ。『自分なら“メジエド”を止められる。取引をしろ』と名乗りを挙げてきたハッカー/クラッカーである“アリババ”が、突然、一方的に取引関係を打ち切って来たという。関係を破棄するついでに、【怪盗団】の情報も向うが処理しておいてくれるらしい。

 【怪盗団】に喧嘩を売って以来、“メジエド”には一切動きはない。犯罪集団が【怪盗団】に戦いたとは思い難いが、双方の動きが完全に沈黙してしまってはもうどうしようもない。若干の不安は残っているが、“メジエド”の一件以来延び延びになっていた金城の【改心】記念戦勝会をすることにした。真の歓迎会は、花火大会中止の代わりに行ったお好み焼きパーティで代用した形である。

 

 金城の【オタカラ】――金ぴかのスーツケース――を売り飛ばして得た資金は15万円。元の値段は不明であるが、祐介の審美眼通りの高額査定だった。

 

 金城は元々貧乏な家庭の出身だったらしく、それが金銭への執着に繋がったと思われる。売値で15万のスーツケースが買値では幾らだったのか、考えるだけで気が遠くなった。しかし、奴は転がるようにして成り上がり街道を突き進んでいた男だ。高額なものを手に入れても満足することができず、過去に突き動かされ、追い立てられるような形で際限なく金を求めたのであろう。

 15万円を使って打ち上げをすることになった【怪盗団】の面々は浮かれた。『それだけあればパァッと打ち上げができる』と大喜びした面々は、打ち上げ先として銀座の高級寿司屋を候補にしていた。『全会一致の原則だから、あとは吾郎が賛成するか否かだ』という竜司のメッセージに、僕は躊躇うことなく『寿司がいい』と返答した。

 

 

吾郎:明日は検察庁で仕事の手伝いすることになってるんだ。僕が合流できるのは午後からになるけど、大丈夫?

 

竜司:おう!

 

祐介:了解した。

 

杏:オッケー!

 

真:了解。お姉ちゃん対策は手はず通りにね。

 

吾郎:こちらこそ了解。冴さんも獅童の方も、そろそろ【怪盗団】の新情報を欲しがっているだろうし。上手くやるよ。

 

 

真:そういえば、獅童から『【怪盗団】に精神暴走事件の濡れ衣を着せろ』って言われてるのよね?

 

祐介:この時点で布石を打つということか? 厄介だな。

 

竜司:確か、獅童が得意な戦術が“上げて落とす”なんだっけ? もしかして、“メジエド”が獅童と繋がってるってことか!?

 

杏:そっか! 金城を【改心】させて人気が出てきたけど、“メジエド”を【改心】できなきゃ【怪盗団】の威信は地に落ちるってことだよね?

 

吾郎:タイミングがちょっと早すぎる気はするけど、その可能性はある。

 

竜司:タイミングが早すぎる? なんで?

 

杏:獅童は【怪盗団】を潰したいんでしょ? だったら早い方がいいんじゃないの?

 

真:確かに吾郎の言う通り、タイミングが微妙ね。人気絶頂のタイミングを狙って威信を失墜させる方が効果的よ。

 

黎:芸能人のスキャンダルが発生すると炎上するでしょう? それと同じ原理だよ。

 

祐介:成程。俺達【怪盗団】は民衆からの支持を受けている。権威が失墜するということは、周りが手のひらを返して敵に回ることと同義だ。

 

吾郎:そうして【怪盗団】を悪に仕立て上げた後、奴は堂々と正義を主張して、【怪盗団】を打つ英雄になるわけだ。だから、奴は徹頭徹尾【怪盗団】を批判している。最後の最後で自分が勝者になるために。

 

竜司:ゲェ……! なんて悪趣味な奴だ。正義って字面を背負って立つ人間とは思えねーよ。

 

杏:獅童の下の名前って正義なんだよね。名前改名して悪党にしてもらった方が良さそう。

 

黎:残念だ、杏。悪は人名漢字として使用不可能なんだよ。実際、役所に『悪魔』で出生届を出して止められている事例があるからね。

 

竜司:いや、自分の子どもに『悪魔』ってつけようとする親もどうかと思う。

 

 

吾郎:“メジエド”が獅童と繋がっているかはともかく、今は戦勝会のことを考えよう。

 

黎:みんなもそれでいいね?

 

竜司:ああ、それでいいぜ。

 

杏:私も。

 

祐介:俺も構わない。

 

真:そうね、そうしましょう。……なんだかごめんね。みんなに変な心配かけちゃって。

 

黎:いや、真の心配も最もだよ。指摘してくれてありがとう。心構えがないのとあるのとでは随分違うから。

 

吾郎:明日は寿司を食べながらゆっくりして、明後日以降から考えればいいと思うよ。

 

真:ありがとう、2人とも。それじゃあみんな、また明日ね。

 

 

『お世話になったね。それじゃあ、また明日』

 

『うん。また明日、銀座でね』

 

 

 仲間たちのチャットを終えた僕は、黎に見送られてルブランを後にした。

 自宅に戻った僕が明日の準備をしていたとき、仕事でPCを操作していた至さんから声をかけられる。

 

 

『昼間、航が来たんだよ。『研究が佳境を迎えてるから、暫く徹夜で強行軍組む』ってさ』

 

『成程。ラストスパートの為に、至さんの料理を食べて英気を養ったわけか』

 

『航は普段から研究室に缶詰めになってるけど、こういう時期になると電話に出ないこともザラだからな。メッセージを送ってもいつ気づくか分からないし』

 

『場合によっては、資料集めのために各地を飛び回ったりするもんね』

 

『職業柄、不摂生になりがちだって分かってるけど、本当にちゃんと飯食ってんのかな……』

 

 

 至さんは苦笑した後、再び仕事用のPCに向き直る。

 

 【怪盗団】が活躍するようになってから、僕の保護者は1人で行動する頻度が増えた。PCに向き合うときもあれば、帰宅が夜夜中になったり、変な時間帯に家から飛び出していくこともある。

 家事はずっと至さんや黎が担当していたけど、前者は僕等のサポートや調査員としての業務に励んでいるし、後者は保護観察処分を受けた身。事情は違えど、この家の家事だけに集中することはできない。

 僕も家事――特に料理に挑戦し、簡単な夜食を準備することならできるようになった。最も、至さんはおろか、黎の料理の腕と比較すれば月とスッポンみたいな有様だったけど。

 

 それでも、何もせずにはいられない。黙って寝るよりは進歩するし、若干ではあるが生産性もあった。僕は冷蔵庫の常備菜や食材をチェックする。作ってから、或いは解凍してから日が立っている常備菜――今回は肉そぼろ、卯の花――を引っ張り出し、レシピサイトと睨めっこしながら簡単なアレンジを施した。

 肉そぼろは卵焼きで包み、卯の花は片栗粉と水を加えてさっと揚げ焼きにする。こうして完成した夜食は、焦げ目がついた肉そぼろの卵焼きと、大きさもまばらで歪な卯の花餅。至さんが普段僕等に振る舞ってくれる料理とは比べる対象にすることすらおこがましい。けど、それが今の僕の精一杯だった。

 

 

『至さん、夜食作ってみたよ。……と言っても、至さんが作った常備菜のアレンジだけど……』

 

『美味しそうだな。ありがとう』

 

 

 嬉しそうに笑って夜食に舌鼓を打った至さんだったが、『吾郎も明日早いんだから早く休みな』と苦笑していた。僕も頷き、その日は眠りについた。

 

 そうして翌日、検察庁。冴さんは朝からピリピリしていて、以前までの姉御肌的な部分は完全に成りを潜めていた。横顔も完全に鬼気迫っているように見える。

 いくら【精神暴走事件】や【怪盗団】関連の事件、そして獅童関連の事件がうまい具合に進まないからといって、無意味に荒れている姿を見たのは初めてのことだった。

 冴さんの近くで突っ立っていた足立は、世の中のクソっぷりを噛みしめつつ、けれども非常に居心地悪そうな顔をしていた。僕は冴さんに聞こえない程度の声色で足立に話しかける。

 

 

『……冴さんに何があったの?』

 

『金城絡みの手柄は新島検事の物になったけど、『【怪盗団】の干渉が無ければ金城の証言を得られなかったのだから、実質的には新島検事の手柄とは言い難い』というケチまで付けられたらしいよ』

 

『うわー。そりゃあ怒るよ。嫌味言ってきた奴、もしかして金城の一件を立件するときに邪魔して来た?』

 

『邪魔するに決まってるだろ。そいつ、特捜部長のお気に入りで獅童派の検事だぞ』

 

『世の中クソだな』

 

『それは俺の台詞だっての。……けど、そいつ、金城の立件を阻止できなかったことが理由で出世コースから外れたみたいだけどな』

 

『成程。獅童派からの腹いせも上乗せされた形になったんだね。上が上なだけに、冴さんについたケチはちょっとやそっとじゃ雪げなさそうだ』

 

『まあね。こっちは色々と板挟み状態だから、新島検事も僕も色々大変でさー。分かったなら、大人の踏ん張りに感謝してくれよ?』

 

『分かった。今度冴さんに何か奢るね』

 

『待て待て待て。僕には何もないの!? 酷いなお前!』

 

『――そこ。こそこそ何を話し合ってるの?』

 

 

 僕と足立がひそひそ話をしていたことに気づいた冴さんは、鋭い眼差しでこちらを睨んできた。

 彼女の勢いに気圧されながらも、僕と足立は慌てて取り繕う。

 

 

『『いえ、特に何も』』

 

『はー。相変わらず仲がいいのね』

 

『『僕達仲良くないです』』

 

『そういうところよ!!』

 

 

 相変わらず、冴さんの認知は間違ったままのようだ。僕と足立が仲良しだなんて、酷い誤解は未だに解ける気配はない。どこをどう見たら僕と足立が仲良しに見えるのか。

 僕が足立に視線を向ければ、足立の奴も不服そうに僕を見返す。八十稲羽時代から、自分にとって納得いかないポイントは意見が一致する傾向はあるが、それだけのはずだ。

 

 

『金城の一件で挙げた手柄は、【怪盗団】の行った【改心】のせいでケチが付いて実質±0。挙句、沈黙していたはずの“メジエド”が突然宣戦布告してくるし! 厄介事が次から次に起きるんだもの。好き放題引っ掻き回されて黙っていられると思う!? どうなの!? 足立刑事!』

 

『明智くんが活動しやすくなるように手を回した結果、【怪盗団】がいい感じに手柄を掻っ攫ってる感は無きにしも非ずですけど……』

 

 

 足立が咎めるような眼差しを僕に向けてきた。奴は僕の正体が【怪盗団】であることを知ってるため、僕が動きやすくなるのと【怪盗団】が状況を引っ掻き回して冴さんの機嫌を急降下させるのがイコールだと分かっている。故に、『冴さんの怒髪天を誘発しないように活動できないか』と目で訴えているのであろう。そんな器用な真似ができたなら、誰だって苦労はしないのだ。

 僕は小さく肩を竦めた後、足立に視線を返す。『【特別捜査隊】のときはどうだったっけ?』という訴えを込めれば、奴は深々とため息をついた。八十稲羽で【特別捜査隊】が駆け回っていた際に起こったアレコレの余波も――【怪盗団】程ではないと言え――足立や堂島さんのような警察関係者にとっては充分“事態を引っ掻き回された”と言えたからだ。

 真犯人が足立や堂島さんと同じ警察関係者であったこと、真犯人が生田目氏に余計な入知恵をしたせいで【マヨナカテレビ】に迷い込む羽目になった被害者が増えてしまったこと、【特別捜査隊】が【マヨナカテレビ】で活動した内容を伏せつつ捜査を正しい方向に導かなければいけなかったこと――当時の出来事を思い出したのか、足立は虚無の顔をして天を仰いだ。

 

 そんな僕等のやり取りなど露知らず、冴さんは相変わらず不平不満をぶちまける。

 

 

『おまけに、精神暴走事件と思しき不審死を遂げた遺族や、被害者が研究していた認知訶学は突破口を切り開く鍵になり得ないし……! 証言や証拠を入手するために、どれ程の手間がかかったと思ってるのよ!?』

 

『……認知訶学? それって、一色若葉さんの研究ですよね?』

 

『あら、明智くん。被害者のことを知ってるの?』

 

『ええ。保護者の繋がりがあって、何度か顔を合わせたことがあります』

 

 

 まさかこんなときに、一色さんの娘の行方を知ることができるだなんて思わなかった。このチャンスを逃してはならぬと思った僕は、冴さんに問いかける。

 

 

『一色若葉さんには娘さんがいるって聞いたんです。航さん――僕の保護者の弟さんなんですけど、その子に会いたがっているんです。でも、関係者からは教えてもらえなくて』

 

『明智くん、灯台下暗しよ。被害者の娘を引き取ったのは、貴方が愛してやまない有栖川さんが住まう喫茶店ルブランの店主、佐倉惣治郎さんなの』

 

 

 今まで以上に刺々しい冴さんに内心辟易しつつも、僕は割と真面目に驚いていた。航さんが殺意マシマシの一色家関係者の元へ赴いて頭を下げていたことが無意味だったのではないかと心配になるくらい、一色さんの娘さん――双葉さんは身近にいたのである。

 先日、ルブランで佐倉さんと冴さんが言い争っていたのにはこんな理由があったようだ。冴さんは無理矢理佐倉さんや双葉さんから話を聞き出そうとして失敗したようで、『何の役にも立たない』等と詰っていた。虐待をでっちあげて親権停止をちらつかせるなんて、おっかない。

 ……目の前で親の死を目の当たりにした子どもへの対応として、冴さんの言動は明らかに異常だ。傷つき苦しむ人間に対して、冴さんは鞭を打っている。それも、“自分の手柄を得て、結果的に勝利を勝ち取るため”にだ。人道的に考えて無茶苦茶である。

 

 新島冴という女性は、こんな女性だっただろうか? か弱い相手を嬲って踏み躙ってでも、勝利を手にしようとする人間だっただろうか? 『勝つためだったら何をしてもいい』と、ハッキリ言いきってしまうような人間だっただろうか?

 

 以前から嵯峨薫氏が『冴さんが勝利に執着するようになったから心配』だと聞いていたけど、冴さんとコネクションを結んだ当初はここまで酷くなかったはずだ。

 何でもかんでも黒にして、検挙数を挙げて、それを出世の道具にするような人ではなかった。真の自慢話を数時間耐久で仕掛けてくるレベルで、妹を大切にしていた人だった。

 

 

『…………』

 

 

 そんな冴さんの変貌ぶりに思うところがあるのは、僕の隣にいた足立も同じだったらしい。何か言いたげに口を開いては、悩んだ後に口を閉ざすのを繰り返していた。

 足立や僕が不安視していることなど露知らず、冴さんは難しい顔をしたまま考察を深めていく。眉間の皴も、瞳の鋭さも、普段の比ではない。

 

 

『【精神暴走事件】が有名になったのも、【怪盗団】が活動し始めたのもほぼ同じタイミングよね。飛躍しすぎているとは思うけど、もしかしたら“【怪盗団】が精神暴走事件の黒幕”なのかしら?』

 

『……その推理は、冴さん独自の判断ですか?』

 

『そうだけど』

 

 

 しれっと語る冴さんに、僕は若干の不安を覚えた。なぜならそれは、僕が獅童親子から指示された『推理内容』だからだ。冴さんの注意を【怪盗団】に向けさせるための誘導に使う推理。――だというのに、僕が提案するより先に、冴さんが自らその推理を展開したのである。

 ()()()()()()()と思ったのは何故だろう。()()()()()()と、僕の中にいる“何か”が警笛を鳴らす。ざわつく心を仮面の下に隠しながら、僕は笑みを浮かべた。『丁度良かった。僕も冴さんと同じことを考えていたんですよ』と嘯く。冴さんは疑うことなく僕の言葉を受け入れた。冴さんは嬉しそうに目を細めると、即座に周囲を見渡した。

 

 ――そうして僕等に耳打ちしながら問う。

 

 

『……その話、他の警察関係者に漏らしてないでしょうね?』

 

『勿論、言ってませんよ』

 

 

 冴さんの問いに対し、僕は嘘偽りは述べていない。ただ、この返事の中に括弧で文字が付け加えられており、その部分を綺麗に省いた返答をしただけだ。

 尚、僕の答えの全文は、『勿論、(信頼できるペルソナ使いの警察官たち以外には『嘘だってことも含めて』)言ってませんよ』となる。

 僕の答えは冴さんにとって100点満点の正答だったらしく、満足気に頷き返した。――次に彼女が目を付けたのは、協力者の中で唯一の警察関係者である。

 

 

『足立刑事は? 他の警察官に余計なことを漏らしていないでしょうね?』

 

『まさかァ。あたり一面敵しかいないのに、新島検事以外に誰を頼れるって言うんです? 僕達が運命共同体であることをお忘れで?』

 

 

 足立は即答し、立石に水の如く自分の窮状を説明していく。

 

 奴の現在の立場は獅童派の公安部だが、本人は獅童正義の罪を暴いて奴を失脚させるために動いている。勿論、足立にとってそれは手段でしかなく、最終目標は八十稲羽への帰還だ。そのためにも、獅童派の連中は僅かな残党も残さず殲滅する必要があり、奴らの粗探しをしながら虎視眈々と期を待っている。

 “獅童派の獅子身中の虫である己に、獅童派の関係者へ付け入られる隙を晒すわけがない”――足立の主張は、恐らく間違っていないだろう。しかし、奴の立場上、冴さんに対して正しいことを言うかと問われれば疑問が残る。足立は自分の目的を果たすためなら、誰に対しても平然と嘘をつく男だからだ。

 

 僕が眉を顰めたのを、足立も冴さんも気にしていない様子だ。

 特に冴さんは、足立が冴さんにとって100点満点の答えを返したことで満足したのだろう。

 足立の発言を深堀することなく、冴さんは小さく頷き返して微笑んだ。

 

 

『警察は駒みたいなものよ。組織力と統率力を利用してやるくらいしか価値がないわ』

 

『……そうですね……』

 

 

 悪びれること無く言い切った冴さんに、僕は何とも言えない寒気を感じていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――僕の中にいる“誰か”が怯えながら弁明する。……多分、それは、僕や“誰か”にとっても『本当のこと』だ。

 でも、僕や“誰か”の『本当のこと』に込めた想いや願いを無視するように、冴さんは狂気的な眼差しでプロファイリングを進める。――いいや、()()()()()()()()()と“誰か”は分析した。“誰か”が酷く困惑しているように感じたのは、僕の気のせいではない。冴さんの変貌ぶりに思うところがあるのは足立も同じのようだ。

 

 勝利のためにと決意を新たにした冴さんに、僕はわざと話題を振ってみる。冴さんが大好きな真の話題だ。

 

 

『そういえば、黎がまこ……冴さんの妹さんと一緒に雑貨屋を見て回ってたんですよ。冴さんの気に入りそうな――』

 

『――明智くん。それ、捜査に関係あること?』

 

『えっ? あ、いや……』

 

『ないんでしょう? なら、そんな話はどうでもいいわ。時間の無駄よ』

 

『で、でも冴さん、妹さんの話――』

 

()()()()()()()()()()()()()って言ってるのが分からないの? 私の人生を食い潰すだけの足手まといの話なんて不要だわ』

 

 

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは!?

 

 颯爽と立ち去っていく背中に呆けた僕に対して、足立は眉間に皴を寄せるも小さく肩を竦ませ、彼女の後に続く。思うところはあれども立ち止まらないことを選んだらしい。足立の中では既に覚悟が終わっているのであろう。

 自分の後に続かない僕に気づいたのか、冴さんは即座に立ち止まって怪訝そうにこちら見つめてきた。鋭い眼差しは、さっさと来いと訴えているように思える。僕は愕然としながらも、それを押し込めて冴さんの後を追いかけた。

 

 ――そうして、今日の仕事も終わりが見えてきた。

 

 冴さんが足立と話をしている隙に、僕はスマホを開いて仲間達にメッセージを送る。

 

 

“色々大きな動きはあった。ただ、これは戦勝会が終わった後で話したい。みんな、夜の予定は大丈夫?”

 

 

 程なくして、全員から“大丈夫”と返信があった。【怪盗団】のみんなは僕が話をするまで待ってくれるらしい。そのことに感謝しつつ、僕は帰る準備を始めた。それを見つけた冴さんは、鋭い眼差しで僕を見つめる。手伝え、ということらしい。元から今日は夕方までのはずだろうにと言外に訴えると、射殺さんばかりの眼差しで僕を睨んできた。

 今回は――足立からの遠回しなアシストもあり――意地でも定時で検察庁を出たが、次からは労働基準や学生であることを無視して強行軍に投入されるだろう。獅童の敵同士で結びついていた僕と冴さんの関係が崩れそうだ。司法関係者の情報は欲しいし、獅童の情報だってほしい。……けど、今の冴さんは信用ならないのだ。本人は自覚していないようだが、明らかに何かおかしくなっている。

 

 

「じゃあ、お先に失礼します。……ところで、冴さん」

 

「何? 今、“メジエド”の宣戦布告で忙しいんだけど?」

 

「【精神暴走事件】には【廃人化】だけじゃなく、“性格が別人みたいに変わる”という症状もあるらしいですよ?」

 

「それが何か? ……何が言いたいの? 無駄話をしている暇はないの。帰るならさっさと帰って頂戴」

 

 

 刺々しい空気を纏った冴さんは、冷ややかな口調で言い放った。普段の冴さんなら僕の言葉の意図を察してくれる聡明さがあるはずなのに、それは一切感じ取れない。

 『貴女自身が【精神暴走事件】の被害者になりそうです。気をつけて、踏み止まってください』と回りくどく投げかけてみたものの、冴さんは気づいてくれなかった。

 

 ――僕が冴さんの執務室から出て扉を閉める直前、黒いドレスを身に纏い、灰色基調の派手なメイクをした女の姿がちらついたのは気のせいだっただろうか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 金城【改心】記念に訪れた銀座の高級寿司店は、政治家やセレブ等の金持ち御用達の店である。

 

 店内の客は少ないが、どいつもこいつも高級ブランドで身を固めた連中ばかり。服装がシンプルな客の場合、持ち物や装飾品が高額商品であることが殆どだ。寿司屋の大将もそういう連中を相手取っているためか、客共々僕等を訝し気な眼差しで見つめてくる。僕等のような一般の高校生はどちらにとっても“珍しい存在”らしい。

 しかし、客も大将もそれ以上僕等に突っ込んでくることは無かった。特に後者は、店のルールを守り、飲食分の料金をきちんと支払ってくれるなら総じて“もてなすべきお客様”として扱う。他の客も、大将が定めたルールに従順だ。故に、鴨志田の【改心】戦勝会で利用した帝都ホテルのビュッフェのように影口を叩かれるようなことはなかった。

 

 僕も何度かこの店の噂を耳にしていたが、やはりと言うべきか、噂通りの美味しさであった。竜司が秀彦さん並みの食レポを披露したり、祐介が挙動不審に値段表を探していたり、モルガナがマグロ(しかも大トロ)の虜になったりと、見ていて微笑ましい光景が広がっている。

 黎はサーモンとイクラ系を好んで食べていたし、杏と真も幸せそうな顔をして高級寿司に舌鼓を打つ。僕は栄吉さんの店――がってん寿司で美味しい寿司を食べたことはあるけど、銀座の高級店に足を運んだのは今回が初めてだった。実際美味しかったし、文句はない。

 寿司を食べている最中に、『珠閒瑠のがってん寿司が懐かしい』ってぼやいている客――なんだかどこかで見たことがあるようなサラリーマンだった。エルミンメンバーから『トロ』の愛称で呼ばれていた人によく似ている――を見かけたが、その人はお勘定を済ませて店から出て行ってしまった。

 

 

「ねえ、黎。黎が御世話になっているマスターって、虐待とかするような人だった?」

 

「そんな風には見えなかったな。私に対して厳しかったのは、私が暴力事件の前科持ちだからだよ。経緯が冤罪であろうと何だろうと、気を張るのは当然だ。万が一ってのもあり得るからね」

 

 

 寿司に舌鼓を打っていたとき、真が神妙な顔で黎へ問いかけた。黎は淀みも迷いもなく、真の問いかけに対して自身の見解を告げる。

 僕が知らない間に、黎は佐倉さんと良い信頼関係――相手への印象を上方修正し、立場や価値観に寄り添える程度――を築いていたようだ。

 

 しかし、佐倉さんに虐待の疑いがかけられたことがきっかけで、黎は何か引っかかる点を見つけていたらしい。銀鮭を口に運ぶ手を止め、囁くような声色で見解に補足を入れる。

 

 

「……でも、独り暮らしの男性にしては、異様に警戒してるなって思ったんだ」

 

「どうして?」

 

「事あるごとに暴力事件の部分を強調してたし、保護観察中の住処として、自宅ではなく店の屋根裏部屋を提供してきたからね。今思えば、“前科者である有栖川黎()”を自宅に近づけたくない理由があったんだろう」

 

 

 「訳アリの娘を引き取って育てているとなれば、悪影響を心配して遠ざけようとするのは当然の判断だ」――杏の問いかけに対して答えた黎には、佐倉さんに対する不平不満や悪感情は一切ない。彼の立場を尊重したうえで、事実を受け入れている。その上で、彼女は保護観察の相手である佐倉さんと信頼関係を築こうと努力していたのだ。

 4月に僕がルブランを訪れたとき、佐倉さんが黎に対して叱責している現場に何度か居合わせている。僕や保護者や大人組と顔を合わせると、ぎょっとした顔をして狼狽する顔も見た。当時の僕等が佐倉さんに対していい印象を抱いていなかったのと同じように、佐倉さんにとっての僕等も“権力やネームバリューで殴りかかってくる厄介者”判定だったのかも知れない。

 

 黎にとって、暴力事件による冤罪やその他の悪い噂、そうして保護観察処分も、理不尽且つ不本意な出来事だった。しかも、佐倉さんは黎に張られたレッテルの殆どを鵜呑みにして接してくる。

 挙句の果てには、黎の冤罪による前科が、尾ひれ付きで学校中に知れ渡っている始末だ。教師も同級生も先輩も後輩も、佐倉さん以上に黎に張られたレッテルを鵜呑みにし、更に悪感情を募らせていた。

 僕や至さんという味方が近くにいたとしても、常に僕等が傍にいて黎を守ってあげられるわけではない。鴨志田の【パレス】に迷い込まなかったら、彼女は孤軍奮闘するしかなかったであろう。

 

 

「幾ら冤罪と言えど、私の前歴は暴行罪。娘さんが暴力の標的になる危険性に思い至るのは、保護者として当たり前のことだよ。……むしろ、その娘さんに血の繋がりがないとするなら、虐待親どころか名実ともに“立派な父親”だ」

 

「あー……。今迄の出来事で、禄でもない親を目の当たりにしてきたからなあ。フィレモンとか、須藤竜蔵とか、桐条鴻悦とか、幾月修司とか、実の父親とか……」

 

 

 僕は、指折り数えて僕が知っている限りのクソ親父どもの名前を羅列した。

 結果、自分で自分の気分を急降下させてしまうに至る。

 

 フィレモンは数多の化身達を生み出した『神』であり、ある意味では僕の保護者――至さんの製造者(実父)に当たる。しかし、奴は自分が作った化身は可愛がって重用しているのに、至さんに対しては『生まれ落ちたことが間違いだったレベルの失敗作』と笑顔でボロクソに詰っていた。そのくせ、ニャルラトホテプと結託して、至さんを数多の試練に突っ込ませては無力感を味合わせる『遊び』に嵌っている。

 須藤竜蔵はニャルラトホテプを『御前』と呼んで信奉し、珠閒瑠市どころか世界滅亡の引き金を引いた政治家であった。奴は元から息子の竜也を虐待しており、『御前』を信奉するようになってからは、嫌がる竜也に対して変な儀式をさせていたという。結果、息子は殺人鬼として大暴れするようになり、意図せぬ行動を繰り返したため邪魔者と認定。精神病院に押し込めていた。尚、警備はザルだった模様。

 桐条鴻悦は美鶴さんの祖父に当たる桐条家の先々代当主だが、僕等が【影時間消滅作戦】と向き合うことになったときには既に故人であった。だが、奴が死を恐れるあまり始めた研究によって【影時間】や大型シャドウが出現。幾月修司の狂気を増幅させ、先代当主の武治さんに罪の遺産と負債を背負わせ、香月姉弟にとんでもない運命を押し付ける原因を作ったのだ。

 幾月修司は月光館学園高校の理事長を務めていたが、元は桐条の研究機関に所属していた研究者だった。桐条鴻悦の研究に魅せられたことから狂気に囚われた幾月は、【放課後課外活動部】を騙して世界滅亡の片棒を担がせている。武治さんや美鶴さんの知らない所で色々暗躍していたようで、後に『幾月修司の遺児』を名乗る人物が現れてトラブルに発展したこともあった。

 

 獅童正義は言わずもがな、僕の実父で現職の国会議員。自分が総理大臣になって日本を牛耳るために、息子の智明を使って【廃人化】や【精神暴走事件】を引き起こしつつ邪魔者を片付けている。奴は僕の母親をゴミ同然に捨てただけでなく、僕の恋人の黎に対して狼藉を働こうとして失敗・その腹いせで冤罪を着せて、僕共々彼女の人生を滅茶苦茶にした張本人だ。

 

 大トロを口に運んでいた祐介が食べる手を止めて「班目……」と零す。竜司も何かを思い出したみたいに、「クソ親父……」と零して緑茶を煽る。双方ともに沈痛な面持ちだ。過去の出来事は今でも古傷として残っている。

 前者は“自身の作品を盗作し、才能を喰らい潰そうとしていたクソ野郎”、後者は“浮気した挙句、母諸共自身を捨てていったクソ野郎”だったか。ベクトルは違えど、どちらもクソ親父であることは間違いなかろう。

 

 

「あの後【イセカイナビ】で調べてみたんだけど、マスターの名前、全然ヒットしなかったよ」

 

「ってことは、ゴシュジンは『更生させるべき相手ではない』ってことか……」

 

「これ以上はよその家庭(ウチ)の問題だから、アタシ達が勝手に踏み込んでいい問題じゃないと思う。本人達からの許可がない限りは、深入りしない方が無難じゃないかな」

 

 

 杏は僕等が知らない所で佐倉さんの名前を【イセカイナビ】で検索していたらしい。その結果や佐倉家の抱える問題のセンシティブさから、この答えに辿り着いたようだ。それを聞いた竜司はぽんと手を叩く。

 

 

「もしかして、“アリババ”はマスターや双葉の関係者じゃねえ? 例えば、浮気相手の子どもとか!」

 

「違うよ。佐倉さんは生前の縁から双葉さんを引き取ったんだ」

 

 

 仲間達の話に耳を傾けたり、僕が出会った歴代クソ親父どもの名前を列挙して勝手に意気消沈してしまい、面面との会話に乗れなかったせいで、竜司の妄想が飛躍しすぎてしまったようだ。

 僕は寿司を食べる手を止めて首を振り、竜司に視線を向ける。他の面々も竜司の想像に対して否定的で、杏は「それはない」、祐介は「くだらない」、真は「妄想が過ぎる」と切って捨てていた。

 

 今度は違う理由で再び消沈した竜司を尻目に、黎が僕に視線を向ける。

 

 

「その話って、吾郎が言ってた“戦勝会後の話し合い”と関係がある?」

 

「……そうだね。僕個人としては、こういう場で話すのはあまり適さないと思う」

 

「分かった。じゃあ、続きはルブランに戻ってからにしよう。今は高級寿司を楽しむってことでいいかな?」

 

「「「「賛成」」」」

 

「……おう」

 

 

 黎の提案は、全会一致で採用された。杏、真、祐介が意気揚々と寿司に手を伸ばし、モルガナは黎から渡された大トロに舌鼓を打つ。

 別件で消沈してしまった竜司は弱弱しい返事をしたが、寿司を一口食べればあら不思議。いつも通りの調子に戻っていた。

 こうして僕達は、予算が許す限り、高級寿司を楽しんだのである。――今だけは、不穏な気配を見て見ぬふりをして。

 

 

 

***

 

 

 

 高級寿司を食べ終えて四軒茶屋に帰って来た僕達は、ルブランで作戦会議を開いた。検察庁で僕が手にした情報――“メジエド”からの宣戦布告、認知訶学を研究していた一色若葉さんのこと、その娘である一色双葉さんのこと、冴さんが虐待をでっちあげてまで佐倉さんと双葉さんから情報を引き出そうとしていたことを説明する。

 誰もが沈痛な面持ちとなった。特に真の落ち込みようが酷い。その気持ちは想像するに余りある。“母親が目の前で自殺した”と思い込んでいる被害者遺族の傷を抉ることも厭わず、しかもその理由が『自分の手柄にして出世するため』。人の心を踏み躙ってまでのし上がろうとする冴さんの姿は、【怪盗団】が【改心】させてきた大人達と変わらないのだから。

 

 

「お姉ちゃん、どうしてそうなっちゃったんだろう……。昔は全然そんなことなかったのに……」

 

「【精神暴走事件】には【廃人化】だけじゃなく、“性格が別人みたいに変わる”という症状もあるんだ。……もしかしたら、冴さんは自覚なしに【精神暴走事件】の被害者になっているのかも」

 

「それって、獅童の『駒』が真の姉さんを人質にとったってことか!?」

 

 

 僕の話を聞いた竜司が、動物的な勘を働かせて持論を展開する。【精神暴走事件】が【廃人化】と関わっている、【廃人化】専門のヒットマンは獅童の『駒』であるという点から独自に発展したそれは、ある意味で、獅童の悪辣な手腕を浮き彫りにさせるに至った。

 獅童の『駒』――智明は冴さんを【怪盗団】の敵へと変貌させた。つまり、良い方は悪いが“冴さんを手中に収めた”と言っても間違いではない。精神暴走状態に陥った冴さんを【廃人化】させて息の根を止めるなんて芸当、智明ならできそうだからだ。

 

 

「でも、僕の正体がばれてないと、竜司のような発想で冴さんを精神暴走させることはないはずだ。別の意図で動いた結果、こうなっただけなんじゃ……」

 

「……いや、竜司の意見も一理あるよ。獅童たちは何も言わないだけで、吾郎を牽制しているのかもしれない」

 

 

 黎の言葉に、ぞくりと背中が震えた。まさかと笑い飛ばすことができない。僕の中にいる“何か”が、鬼気迫ったように焦り、怯えているように感じる。

 

 ()()()()()()()()()()――問答無用で、それがすとんと落ちてきた。()()()()()()()()()()()()()()()()()――そこで、“何か”は言葉と感情を閉ざしてしまう。嫌な汗がじわりと滲んだ。

 底なしの深淵を覗き込んだような心地になり、僕は生唾を飲み干す。闇の底で、獅童親子が僕を蔑むようにして見つめていた。嘲笑うような瞳と底なしの悪意に身じろぎし――けれど僕は、敢えて不敵に笑い返す。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。汚い大人との駆け引きは何度も繰り返してきた。頼れる大人たちが戦っている背中を思い浮かべる。大切な人を守れるようになりたい――いずれ僕が辿り着きたい理想が、死地へ赴く僕の背を押す。

 

 心配そうにこちらを見つめる【怪盗団】の仲間たちに対し、僕は笑ってみせる。

 震えそうになる身体を抑え込み、不敵に、挑戦的に。――それが、『白い烏』の矜持だ。

 

 

「だったら尚更、引き下がるわけにはいかないね。こういうときこそ、普段通り、太々しく振る舞わなきゃ」

 

「吾郎、声震えてる」

 

「吾郎、口元引きつってる」

 

「冷や汗凄いぞ、ゴロー」

 

「おい吾郎。血の気が引いてないか?」

 

「なあ吾郎。お前の手、震えてねぇ?」

 

「……少しくらい格好つけさせてくれよお前らァ!!」

 

 

 僕の強がりを、杏、真、モルガナ、祐介、竜司が看破した上で指摘した。彼等は黎と違って、“俺の強がりを見逃してくれる”という優しさは備わっていないらしい。助けを求めて黎に視線を向ければ、慈母神のような優しい眼差しを向けてきた。

 仲間達の心配を受け取っておけ、と、綺麗な灰銀が促す。僕は観念してため息をついた後、【怪盗団】一同からのありがたいお言葉を聞くことにした。みんな僕のことを気遣い、心配し、案じてくれている。照れくさいが、正直嬉しい。悪態をつきながらも自然と口が緩んでしまう。

 暫し雑談に興じた後、僕達は再び作戦会議に戻ることにした。僕の密偵業は続行。“メジエド”を【改心】させる鍵を手に入れるため、“アリババ”――佐倉双葉さんに接触を試みることで全会一致した。モルガナ曰く、ルブランには盗聴器が仕掛けられているようなので、この話も双葉さんに筒抜けかもしれない。

 

 ……そういえば、僕が熱を出して倒れたときも、双葉さんはルブラン店内を盗聴していたのだろうか。

 

 僕はSNSを起動し、航さんにメッセージを送った。研究が佳境に入ったことで、航さんが南条コンツェルンの研究機関に缶詰めになっているのは知っている。航さんがこのメッセージにいつ気づくかは分からないが、どうしても知ってほしい内容だった。

 航さんはずっと、若葉さんからのメッセージを守りながら双葉さんを探している。それが報われてほしいと願うのは当たり前のことだ。既読のランプがつくことを願いつつ、僕はスマホを仕舞う。杏が顎に手を当てながら呟く。

 

 

「“メジエド”が獅童側と繋がっているとしたら、“アリババ”がマスターの娘さんである双葉って子なら納得がいきそうだよね。その子、『お母さんの死因をどこかで知ったから、その仇討ちをしようとしてる』ってことになるもの」

 

「だとしたら、双葉さんは誰から、あるいはどのルートで、一色若葉さんのことを知ったんだろう?」

 

 

 僕は顎に手を当てて考えた。

 

 一色さんの死の真相を知っている人間――航さんは事故現場で一部始終を見ていたし、俺から獅童正義や奴の『駒』の話を聞いていたから真相を看破するに至った。けど、航さんは一色家から毛嫌いされているから今まで双葉さんと接触できずにいる。だから、航さんから話を聞いたとは思えない。

 他に一色さんの死の真相を知っている人間は少ないだろう。一部始終を見ていた航さんがすべてを知ったのは、“ペルソナ使いであったから”というアドバンテージがあった。航さん以外の目撃者――一般人はみな口を揃えて『若葉さんが自らの意思で道路へ身を投げた(ように見えた)』と証言している。

 もしも双葉さんが情報を手に入れたとするならば、ペルソナ使い――あるいはペルソナ使いと強いコネクションを持つ一般人ではないだろうか。事実、僕らが把握できていないだけで、ペルソナ使いは各地に存在している。僕が自分の推理を仲間たちに話していたときだった。

 

 黎のスマホが突然鳴り響いた。黎は即座にスマホを仲間たちに見せる。

 チャットの相手は“アリババ”――協力関係を解除したハッカー/クラッカーが、再び接触してきたのだ。

 

 

「“アリババ”……フタバか!?」

 

「協力関係を解除したのに、一色若葉さんの話題になって連絡してきたってことは……」

 

「やはり、俺達の会話を聞いていたのか」

 

 

 モルガナが声を上げ、真と祐介は険しい顔で黎のスマホを覗き込む。

 ――これで、“アリババ”が双葉さんである可能性がより一層濃厚となった。

 

 

アリババ:キミたちの話はすべて聞かせてもらった。実は、ルブランに盗聴器を仕掛けていたんだ。

 

 

 その書き込みを皮切りに、“アリババ”が次々と書き込んでいく。黎が書きこむ隙を与えぬと言わんばかりに、だ。

 

 “メジエド”を止めるキーマンである佐倉双葉――つまりは自分のことだ――は、母である一色若葉さんの死因を『双葉さんとの関係がうまくいかなかったことが原因でノイローゼとなり、突発的に自殺した』と思い込んできたという。実際、葬儀にやって来た黒服の連中からその証拠を見せつけられ、親戚一同から責められたそうだ。

 だが、僕の話を盗聴したことで、背負い続けてきた罪悪感にわずかながら疑問が生じたらしい。最も、いきなり齎された情報――“一色若葉の死因は自殺ではなく他殺である”という話を飲み込み切れずにいるようだ。おまけに、それを証明できる目撃証人――航さんがいたことも知らないままだったらしい。

 

 

黎:私はキミに会いたいんだ。証人にも会わせてあげたい。外に出て来ないのか?

 

アリババ:外には出ない。出られない。出てはいけない。今まではそう思ってた。

 

黎:今は?

 

アリババ:出る勇気がない。

 

黎:どうして?

 

アリババ:今までずっと、外に出ることなく死んでいくべきだと思ってた。あそこが墓場だって思ってたから。

 

黎:墓場とは穏やかなじゃいね。でも、今は違うんでしょう? どう思ってる?

 

アリババ:どうすればいいのか分からない。今までの苦しみが何だったのか分からない。どうして私はあんな風に責められなければならなかったのか。苦しまなくてはならなかったのか。こんなのおかしいじゃないか。

 

 

 それっきり、チャットはエラーとなった。僕等は顔を見合わせる。チャットに書きこまれた内容からして、“アリババ”=双葉さんは『一色さんの死因を知らないまま、僕等の話を盗聴していた』ということになる。

 僕の推理は斜め上を向いていたらしい。しかも、この推理のせいで双葉さんの心に多大な衝撃を与えたようだ。良くも悪くも、自分が信じてきたことが打ち砕かれるというダメージは凄まじいのだから。

 双葉さんがどうやってこの事実を飲み込むのかは分からない。だが、彼女は自分の心に苦しんでいる。母を失った悲しみ、母の死が自分のせいではないかという罪悪感――今まで背負ってきた苦痛が謂れなき悪意によるものだと知ったためだ。

 

 自分の苦しみは無意味だったのかと、何であれほど苦しまなければならなかったのかと。

 燻った思いと折り合いがつかない限り、双葉さんはきっと前へ進めない。

 

 

「【改心】が認知の歪み――即ち欲望を正すことで心の変化を引き起こすと仮定すれば、双葉さんの心の歪みも顕現しているはずだよね?」

 

「つまり、双葉ってヤツにも【パレス】があるってことか?」

 

「多分」

 

 

 黎は即座にスマホを操作する。果たして、【イセカイナビ】は僕等の予想通りの動きをした。人名ヒット、【パレス】の場所は佐倉家、キーワードは本人の自己申告で『墓』――すべてが一致した。後は、佐倉家に行ってナビを起動させるだけだ。

 

 そこまで話し合った僕達はふと時計を見る。時間的に、そろそろ家に帰らないと危ない。補導員に目を付けられたら厄介なことになりそうだ。

 そう判断した僕達は、今日は大人しく解散することにした。今年の夏休みは怒涛の展開になりそうだと考えながら。

 

 

 

◇◇◇◆

 

 

 

 佐倉双葉には、チャットでよく合う友達がいる。桐条財閥関連企業で働いているというHN“(かぜ)ちゃん”、フェザーマンが大好きな大学生のHN“だーあま”、つい最近独立したばかりのセラピストであるHN“MAIAKI”だ。前者2名は共通の趣味が合って仲良くなり、後者は“風ちゃん”と“だーあま”から紹介されて知り合った人物であった。

 “風ちゃん”や“だーあま”から“MAIAKI”を紹介されたときは職業的に身構えたものの、“MAIAKI”は無理に双葉を外に出そうとはしなかった。双葉の意見をきちんと聞いてくれて、『無理しなくてもいいよ。いつか、貴女が自分で立ち上がろうと思える日が来るから』と言って見守るスタンスを取ってくれた。惣治郎と同じで、そこは感謝してもしきれない。閑話休題。

 

 双葉の亡くなった母親――一色若葉は研究者だった。いつも研究が忙しくて、双葉はずっと留守番をしていたことが多かった。幾ら我儘を言って引き留めようとしても、若葉は双葉よりも研究を優先するような人だった。双葉は若葉に我儘を言って困らせてばかりだったように思う。

 そんな双葉のことを、若葉は疎ましく思っていたのだろう。双葉の我儘と自分の研究に板挟みにされた若葉は追いつめられた挙句、双葉の目の前で自殺したのだ。『双葉のせいで研究が進められなくなった』という遺書を残して。その遺書を双葉に見せてきたのは、黒服の男たちだった。

 一色家にとって、女性でありながら優秀な研究者であった若葉は、期待にして希望の星だった。“そんな若葉が死を選んだ理由が双葉だった”――それを知った親戚たちは双葉を詰った。双葉のせいで若葉が死んでしまったのだと怒りをあらわにした。『お前が若葉を殺したのだ』と。

 

 親戚から育児放棄を受けていた双葉は、母の知人である佐倉惣治郎に引き取られた。それから2年間、双葉はずっと家の部屋に引きこもったままでいる。

 

 

“貴女のせいで私は死んだの。貴女のせいよ、双葉”

 

「うぅ……」

 

 

 ずきりと頭が痛んだ。纏わりつくような女性の――母である若葉の声に、双葉は頭を抱えて身体を丸める。

 若葉が自殺して、黒服から遺書を見せられて、親戚たちから責められてから、ずっと聞こえる声だった。

 

 けど、普段よりも頭が痛くないのは――苦しくないのは、先日盗聴して知った“新事実”があるためだろう。双葉は恐る恐る頭を上げる。

 

 探偵王子の弟子として【怪盗団】批判を繰り広げる探偵が実は【怪盗団】の副将ポジで、おまけに彼の保護者が若葉と交流があった研究者だった。調べてみたところ、彼の保護者――空元航は南条コンツェルン特殊部門に常勤しており、認知訶学と親和性が高い研究部門の最前線にいるらしい。

 双葉は、若葉が亡くなる前、『信頼できる研究者仲間ができた』と語っていたことを覚えていた。亡くなる当日の朝、『双葉に会ってほしい人がいる』と言っていたことも。……そういえば、母が車に轢かれたとき、道路の向かい側で叫んでいた男性がいたか。

 その人はいの1番に若葉の元に駆け寄って声をかけながら、すぐに『救急車と警察を呼べ』と指示を出していた。近くにいた見知らぬ人々に対し、何の迷いも容赦もなく指示を出していたように思う。――双葉の記憶の中にいた男性と、南条コンツェルンから拝借した社員名簿の写真が重なった。

 

 

(……“おかあさんは、殺された”……)

 

 

 探偵王子の弟子はそう言った。“犯人は特別な手段を講じて、一色若葉を【廃人化】させて殺した”、“【精神暴走】による【廃人化】には実行犯と黒幕がいる”、“黒幕は獅童正義という国会議員”と。

 

 

(この人が、その証拠を握っている……)

 

 

 双葉は映し出された画像を見つめる。南条コンツェルンの社員名簿から抜き出した写真に映る男性は、にこりとも笑っていない。

 口元を真一文字に結んだ真面目面。けど、その瞳は酷く優しい。……【怪盗団】のリーダーにして屋根裏部屋の住人は、『彼に会ってほしい』と言っていた。

 

 

(……“【怪盗団】の目的は、探偵王子の弟子の実父にして、【怪盗団】のリーダーを嵌めた張本人――獅童正義の【改心】”……)

 

 

 以前盗聴した話を思い出す。彼女等の話が本当ならば、獅童正義は佐倉双葉にとって因縁深い相手だ。一色若葉の仇だ。

 

 自分の中にいる“何か”が動き出そうとしているように感じたのは何故だろう。外に出る気にはならないけれど、まだ頭の中がごちゃごちゃしているけれど、動き出すために踏み出せずにいるけれど――。

 双葉はゆっくりと深呼吸する。【怪盗団】から齎された情報を受け止めながら、自分に降りかかった理不尽な日々を思い返す。“その中で、何か違和感を覚えなかったか”と自問自答する。

 

 

“貴女なんて、いなければよかったのに”

 

「うぅう……!!」

 

 

 怖い。怖い怖い怖い怖い――!!

 

 大人たちに責められた日々がフラッシュバックし、双葉は身体を丸める。上手く呼吸ができない。もう無理だ、と、双葉は根を上げた。

 今までの出来事を思い出していたのは1時間にも満たないのに、身体は疲労を訴えている。怠くて仕方がない。

 そのとき、双葉のSNSに反応があった。チャットの申し込みである。申し込んできたのは“風ちゃん”と“MAIAKI”からだ。

 

 2人は双葉のことを心配しているらしく、「大丈夫か」とメッセージを送って来た。双葉は体を起こし、「調子が悪い」と返信する。

 「訳あってトラウマと向き合ってみたが無理だった」と書き込めば、セラピストである“MAIAKI”が反応した。

 

 

MAIAKI:葉っぱさんが良ければなんだけど、何があったのか話してくれないかしら?

 

葉っぱ:えっ?

 

MAIAKI:誰かに話すことで楽になることだってあるよ。もしかしたら、1人で悶々と思い出すよりも、何かに気づけるかもしれない。

 

葉っぱ:……できれば早く思い出したいことなんだ。荒療治でも構わない。応援頼む。

 

MAIAKI:分かった。でも、無理はしちゃだめだよ。

 

風ちゃん:私も、できる限りお手伝いするよ。

 

 

 寄りかかる術を得たためか、先程より気持ちが幾分か楽になったような気がする。

 双葉は当時の日々に思いを馳せながら、キーボードを叩いた。

 

 ――普段とは違って、1人足りないことに気づかないまま。

 

 

 

◆◇◇◇

 

 

 

 現実世界で双葉さんと接触したが、その際に佐倉さんと鉢合わせた。佐倉さんは自宅に乗り込んできた僕等の姿を見て厳しい目をしてきたが、僕がそれとなく『提供された情報に不満を持った冴さんから、虐待の証拠を集めろと命令された。だが、正直僕は冴さんのやり口に反対している』と言えば、佐倉さんは観念したように話してくれた。

 一色さんが亡くなった後、双葉さんは親戚から『お前のせいで若葉さんが死んだ。人殺し』と詰られ、責められてきたそうだ。それだけではなく、事実上の養育放棄状態にあり、必要最低限の生命維持ができる程度の生活しかさせてもらえなかったらしい。おまけに関係者一同がそれを推奨していたと言うのだ。

 それを見かねた佐倉さんが親戚一同とやり合った末に双葉さんを引き取ったのが2年前。丁度、一色さんが亡くなって半年が経過した頃らしい。佐倉さんはずっと双葉さんを見守ってきたという。双葉さんは部屋から殆ど出てこないものの、ようやく佐倉さんとまともに会話できるようになったらしい。

 

 

『あのいけ好かない女検事に会ったら言っといてくれ。若葉の研究は、今となっちゃあ俺が持っている資料しか残っちゃいないってな』

 

 

 険しい顔をした佐倉さんと別れた僕らは、彼が家の中に入っていくのを確認してイセカイナビを起動した。

 

 双葉さんの【パレス】は砂漠の奥にあった。【パレス】との距離が離れているのは、双葉本人が“他者に近づいてほしくない”と強く思っているためだろう。【パレス】に忍び込んでも、僕達の格好は外の服ままだ。モナ曰く、『佐倉双葉が【怪盗団】に危機感を抱いていないため』とのことだ。

 バンに変身したモナに乗って揺られること十数分。空調のポンコツ具合に文句をぶうたれる竜司や杏のがなり立てるようなやり取りを聞きながら、僕達はようやくパレスの入り口へと辿り着く。そこには見事なピラミッドが聳え立っていた。

 

 

「なあ、ピラミッドって墓なんだろ?」

 

「王墓だな」

 

「それが有名だけど、諸説あるわ。“死者の復活装置”とも言われたりするし」

 

 

 竜司と祐介の会話に補足を入れた真は、“死者の復活”という言葉から“悪神による神取鷹久の復活”を連想したのだろう。僕も、暑さのストレスと連想した神取の後ろ姿に辟易しながら付け加える。

 

 

「クトゥルフ神話におけるニャルラトホテプの化身にも、エジプトのファラオがいたって話だ。……そういえば、神取のペルソナもファラオモチーフだったかな」

 

「マジかよ。どんなペルソナだったんだ? 名前は?」

 

「ゴッド神取」

 

「えっ」

 

 

 竜司の問いに答えた結果、黎を除く全員が表情を引きつらせて振り返った。「本当にそんな名前なのか」と、渋い顔をした仲間たちが無言で問いかけてくる。僕は何も言わずに頷いた。黎も何も言わずに頷いた。

 神取鷹久が宿していたペルソナ――ゴッド神取は元々ニャルラトホテプが生み出した化身の1体である。神取に宿っていたニャルラトホテプが神取を乗っ取ったとき、異形と化した神取が名乗っていた名前が始まりだろう。

 【セベク・スキャンダル】の際には金ぴかの仏像の頭部に上半身裸の神取がくっついたような形だった。珠閒瑠市で再会したときに奴が使っていたペルソナも、ゴッド神取という名前のままファラオモチーフに変わっていた。最も、金色なのは頭部と上半身だけで、下半身はニャルラトホテプのままだったのだが。

 

 僕の話を聞き終えた面々はしばらく顔を見合わせた後、何事もなかったかのようにピラミッドへ向き直った。僕と黎もそれに従う。

 

 

「【パレス】が“墓”じゃなくなって“死者の復活装置”になりつつあるなら、希望はあるよ。現状では死を考えている双葉さんだけど、心のどこかでは『もう一度立ち直りたい』って思っているのかもしれない」

 

「願望だって『こうなりたい』という欲望の1つだ。そして、先日の一件で、双葉さんの認知は変わりつつある。……もしかしたらの段階だけどね」

 

 

 ここで語り続けるのは、暑さに体力を持っていかれる。ピラミッドの黄金比に感嘆する祐介を引っ張りながら、僕達はピラミッド内部に足を踏み入れた。双葉の秘密が眠る場所――双葉の心の傷と葛藤が造り上げた世界。内部は外と違ってひんやりとしており、とても過ごしやすかった。

 うだるような熱さに悲鳴を上げていた面々の表情がぱっと輝く。現実世界の影響で、部屋の中は冷房が効いているのだろう。冷暖房完備の部屋で1日中ゴロゴロする――それが双葉の日常なのだろうが。双葉に警戒されていないためか、内部に突入しても僕たちの服装は変わらない。だが、【パレス】内部は壁だらけで、進める場所は限られていた。文字通りの一本道、長い長い階段が僕達の行く手を阻む。

 

 

「階段長ぇ……」

 

「敵に襲われないだけマシだろ。贅沢言うな」

 

「でも、怪盗服じゃない状態で【パレス】を進んでるってのは不思議な気分だ。しかも、【怪盗団】としての力も普通に使えるし……」

 

 

 僕は思わず呟いた。怪盗服じゃない状態で【パレス】を駆け抜けるというのは新鮮である。しかも、怪盗としての力――主に身体能力――も思う存分振るうことができるとなると、別に怪盗服じゃなくてもよいのではないかと思ってしまう。

 怪盗服のような仮面着用のスタイルなら、認知世界を行き来する他のペルソナ使いに顔や名前を発揮されにくいだろう。僕等の世代のペルソナ使いが有する特徴――“反逆の意志”は、“忍んで暴いて盗み出す”というスタイルに特化しているのかもしれない。

 モナ曰く、「階段の先から【オタカラ】の気配がする」とのことだ。仲間たちも気合を入れて突き進む。敵が出てこないことに喜ぶ竜司、ピラミッドを間近で見てはしゃぐ祐介、ピラミッドの罠を用心する真――みんなそれぞれ、マイペースを崩さずにいる。

 

 階段の踊り場に差し掛かったときだった。

 

 白い法衣に身を包んだ少女が佇んでいる。眼鏡をかけて、夕焼け色の髪を長く伸ばした女の子。おそらく彼女が佐倉双葉さん――一色若葉さんの娘さんだろう。

 ここは【パレス】、心の世界。そう考えると、ここに佇む少女は佐倉双葉さんのシャドウだ。本人ではないが、本人と深く繋がっている“もう1人の双葉さん”。

 

 

「…………」

 

 

 双葉さんのシャドウは僕らを伺うように視線を向けてきた。金色の瞳がこちらを映し出す。好奇心6割、怯え4割といったところか。

 人見知り、なのだろう。しかも2年間部屋に閉じこもっていたため、その度合いはますます強くなっているのかもしれない。

 

 詰問調や脅すような調子で話しかけられたり、いきなりグイグイ来られたら警戒されてしまいそうだ。前に出ようとした該当者――竜司、杏、祐介、真を手で制し、僕は黎と顔を見合わせて頷く。そうして、一歩踏み出した。

 

 

「はじめまして、双葉さん。貴女からご依頼を受けて来た怪盗です」

 

「早速本題に入るけど、キミの宝物はどこにあるのかな?」

 

 

 あくまでも穏やかな口調を崩さず、目線を合わせて、黎と僕は双葉さんのシャドウに話しかける。彼女はぱちぱちと目を瞬かせると、伺うように見上げてきた。

 無理に答えを急かすのではなく、彼女が自分から口を開こうとするのを待ってやる――セラピストの麻希さんが患者さんと接するときに心がけている態度である。

 同時に、僕を支えて掬い上げてくれた人――有栖川黎の対応そのものだ。僕はちらりと黎に視線を向ける。黎もアイコンタクトで返してきた。

 

 人当たりの良さは職業柄鍛えている。黎のような天然ものには及ばないけど、それなりに効果があったようだ。

 双葉さんのシャドウは口を開けたり閉じたりを繰り返した後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「我が墓を荒らす者。何しに来た?」

 

 

 ――あれ?

 

 予想していた反応と違ったため、みんなは一気に目を丸くする。ウェルカムだと思っていたが、何やら齟齬が発生しているようだ。

 言うに事欠いて墓荒し扱いとは。困惑のせいか、口の端が若干崩れたような気がしたけれど、どうにか口の端を釣り上げてみる。

 

 

「……盗んでほしいと依頼されたのだけれど、違った?」

 

「盗れるものなら、盗ってみるがいい」

 

 

 僕の問いに対し、双葉さんはぶっきらぼうに言い放った。仏頂面で言い放つあたり、どことなく挑戦的に思える。――だが。

 

 

「……なんて。少し前の私なら、そう言ったかもしれない」

 

 

 幾何の間を置いて、双葉さんは付け加えた。墓で永遠に眠り続けることを選んだ女王は憂いの眼差しでピラミッド内部を見回す。母の死に秘められた悪意を知ってしまったが故に、女王は揺れ動いているのだろう。

 『母が死んだのはお前のせい』だと周りから責められ、自身も罪悪感を抱えて生きてきた。だが、それは謂れなき罪だった。しかも、母を手にかけた悪党は、誰にも罰せられること無くのうのうと生きている。

 本来ならば、墓場で大人しく死を待っていられるような状況じゃない。普通であれば、『母を殺した犯人を野放しにしてはおけぬ!』と奮起してもおかしくなかった。けれど、過去の傷が双葉さんの足を引っ張っているのだ。

 

 

「確かにここは私の心の世界だ。だが、私でさえ、この世界を把握できなくて困っている」

 

「把握できない? どうして……」

 

「お前たちから真実を告げられたとき、この世界は“墓”としての役割を失ったはずだった。“死者の復活装置”として、“反逆の意志”として、私は目覚めるはずだった」

 

「“反逆の意志”だって!? ってことは、オマエは“フタバのペルソナになるはずだった存在”ってコトか!?」

 

 

 モナの問いに対し、双葉さんはこっくりと頷く。そうして、彼女は「私でも察知できない“何か”によって、私の目覚めが阻害されている」と付け加えた。

 次の瞬間、【パレス】一帯にありとあらゆる罵詈雑言が響き渡った。双葉さんを『人殺し』と詰る声。双葉さんは頭を抱えて膝をついた。そうして、忌々し気に天井を睨む。

 

 一歩遅れて、【パレス】内部が大きく揺れた。罵詈雑言はぴたりと止んだが、揺れは一向に治まらない。

 

 どこからか咆哮が響いた。双葉さんは声がした方角に視線を向ける。困惑と不安が滲む横顔。小さく口が動く。僕の聴覚が正確だったなら、「おかあさん」という呟きが聞こえた。

 咆哮の主を「おかあさん」と呼んだことに違和感を覚えたとき、ようやっと揺れが止まった。双葉さんは立ち上がった後、【パレス】の奥に向かって歩き始めた。モナが彼女を引き留める。

 

 

「オ、オイ! フタバ、どこへ行くんだ!?」

 

「私は、私の世界を――真実を取り戻す。この世界に与えられた“本来の役割”を果たさなくてはならない」

 

 

 “死者の復活装置”――あるいは“反逆の意志”として目覚めなくてはならないのだと、双葉さんは告げた。ゆっくりと、彼女の姿が溶けるようにして消えていく。

 

 

「……あそこにいる母は、私の母ではないのだから」

 

 

 その言葉を最後に、双葉さんの姿は掻き消えた。間髪入れず、僕等の服が怪盗衣装へと変化する。今のやり取りで敵意を抱かれるとは思えないのに、何故だろう?

 

 唖然としていた僕たちだが、再び地鳴りの音が響き渡る。何ごとかと音の出所に視線を向けて――絶句した。階段の奥から大岩が転がって来たためである。

 立ち止まっていたら大岩に潰されてしまう。僕等は脇目もふらずに駆け出した。ヒイヒイ言いながら登って来た階段を、わあわあ言いながら駆け降りる。

 入り口へととんぼ返りした僕達は、左右に分かれて通路に逃げ込む。一歩遅れて、大岩が入り口の柱を吹き飛ばしながら転がり落ちて行った。

 

 文字通りの間一髪。僕等がほっと息をついた刹那、奥へと続く扉が閉ざされてしまった。

 ……今回の【パレス】は、仕掛けと“他者の介入”の疑いのせいで、一筋縄ではいかないだろう。

 

 

「思ったより単純じゃなさそうだ。ちゃんと準備してから来ないか?」

 

「そうね。あんな罠がうじゃうじゃあるんじゃ、生半可な状態で突っ込むのは危険だわ」

 

 

 モナとクイーンの言葉に、僕らは頷く。

 満場一致で、僕達は双葉さんのパレス――死者を復活させるための装置――を後にした。

 

 

 





「……もう大丈夫なのか?」

「平気。こっちこそ、暫く動けなくて迷惑かけたな」


 “僕”の問いかけに、■■■■は苦笑しつつ頷き返した。
 ガキんちょ共は“僕”の言葉に目を白黒させた後、ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべる。


「もしかして、心配してくれた?」

「へー。ほー。ふーん?」

「うるさいな。今の“僕”とキミたちは取引関係を結んでるんだ。倒れられちゃ困るんだよ」


 わちゃわちゃと盛り上がる3人組の姿は、先程まで電池が切れたみたいに眠りこけていた姿が夢だったのではないかと思うくらいだ。


「そもそも、“僕”に取引を持ち掛けてきたのはそっちだろ。持ち掛けてきた側なのに足を引っ張るような真似をしないでくれ」

「……『自分は完全無欠で、トラウマなんかありません』って顔されてもなぁ」

「トラウマと地雷原の塊じゃん。黎や冴さんの件では滅茶苦茶狼狽してたのに」

「……本当に腹立つな」


 マクスウェルとシュレーディンカーは身を寄せ合ってひそひそ話で話している体を装っているが、“僕”にハッキリ聞こえる声量であるあたり、わざとやっているのだろう。
 つい先程まで、この3人組は『フィレモンとニャルラトホテプから干渉されてキレ散らかし、迎撃して追い払ったものの、相当消費してため眠っていた』のだ。“僕”をとやかく言えないはずだろう。
 ガキんちょ達は散々“僕”で遊んだ後、料理を作り始めた■■■■の方に合流・料理を手伝い始めた。……“僕”には余りにも縁遠い、けれどどこか懐かしくて眩しい光景だ。

 コーヒーを淹れる、或いはカレーを作る“彼女”の後ろ姿、或いは横顔がちらつく。

 “僕”が手にした幸福の1つであり、理不尽な現実に帰ることを選んだ理由の1つであり、奪われたくないと願ったもの。
 そして――“僕”が守れなかったものであり、取り戻したいと願う希望の星そのものだった。


―――

今回のお話は双葉パレス攻略開始直前まで。リメイク前より色々なフラグや描写がちょくちょく増えており、その分微妙且つ緩やかに変化が生じています。
色々な人たちと魔改造明智のやり取りを描写するのが楽しい今日この頃。特に、魔改造明智×黎、魔改造明智・魔改造足立・冴さんのトリオが楽しいです。

ここ暫くは再び体調不良で身動き取れませんでした。複数の病院を梯子した結果が「体に異常なし。可能性があるとするなら疲労」と言われ、その翌日の夕方にはほぼ落ち着きました。
利き腕の疲労感⇒肘から上の痛み⇒上半身の熱感⇒息苦しさで仕事を早退し、車に戻ってからは首の激痛と熱感が酷くて息苦しくなり、何かをする所の話ではなくて……。
今となっては「何だったんだ?」と首を傾げたくなるくらいには、体調が戻りました。……元々夏は得意ではないのですが、今月は本当に体調不良気味だったなあ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。