Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。

・荒垣×女主人公(両想い)、天田⇒女主人公(片思い)の描写アリ。
・上記の理由から、天田関係の設定が原作とは色々違う。



デンジャラスなピラミッド探検記

 現在、僕達は純喫茶ルブランで作戦会議を行うため集合していた。マスターが不在なのは自宅に帰ったからで、黎に店の鍵を預けているためである。それ程、黎は佐倉さんと打ち解けたようだ。保護司としていささか不用心すぎやしないかと思ったけれど、それが彼の信頼なのだろう。

 食欲をそそるスパイスの香りが鼻をくすぐる。同時に、格調高いコーヒーの香りもだ。程なくして、僕達の前に出来立てのカレーと淹れたてのコーヒーがお目見えする。作ったのは、佐倉さんからコーヒーとカレーの作り方を仕込まれた黎だ。

 「実験台でいいなら。腕は保証できないよ」と黎は語るけど、そんなことはないと僕は思う。黎のカレーとコーヒーも、佐倉さんに負けず劣らず美味しいのだ。竜司と祐介がお代わりを要求し、杏と真が「美味しい」を連呼するレベルには。

 

 竜司と祐介は止まることなくカレーを貪り喰う。掃除機を連想させるような勢いだ。

 僕の食べる分が無くなりそうな気がしたので、わざと話題を振ってみた。

 

 

「八十稲羽には、人を殺せるカレーがあるんだよ」

 

「人を殺すカレー? それって、至さんが言ってた“ムドオンカレー”だっけ?」

 

「至さんから聞いている。八十稲羽にある旅館の女将や、金城の件で共闘した里中さんらが中心になって作成した劇物だとか……」

 

 

 果たして僕の予想通り、竜司と祐介が食べる手を止めた。至さんからどんな話を聞かされたのか大体予想はつくが、竜司と祐介は渋い顔をしている。僕も頷き返し、黎も補足を入れた。

 

 

「幽霊が断末魔の声を上げているみたいな凄い色のカレーだよ。始めて見たときは悪夢を見てるんじゃないかって思ったし、吾郎が私から取り上げて一気食いしてから泡吹いて倒れたときは本当に肝が冷えた」

 

「アレを黎に食べさせるくらいなら僕が食べる」

 

「歪みない漢気だな……」

 

 

 僕と黎の会話を聞いていた竜司が感嘆する。馴染みのない人間の場合、ムドオンカレーの話をするだけで食欲が削がれることが多い。僕は――あまり嬉しくないが――それなりに馴染みがあるので、話をした程度でカレーを食べる手を止めることはなかった。

 ムドオンカレーの話を振っておいて普通にカレーを食べ進める僕と黎を見て、仲間達は何とも言い難そうな顔をして僕らを見ていた。ムドオンカレーを引き合いに出すことはおこがましい程に、僕の好きな人が作ったカレーは美味しい。

 

 カレーを食べ終えて一息つく。黎は立ち上がり、追加のコーヒーを淹れた。コーヒーの香りが再び漂い始め――ふと、気づく。先程淹れたコーヒーとは、香りが少し違うのだ。

 僕がカウンターの奥を覗いてみると、黎は冷蔵庫や棚を漁っている。彼女が手に取ったのは牛乳、練乳、生クリーム、ハチミツ、スパイス、チョコレート、果物やジャム等々。

 こちらの視線に気づいた黎はちょっと悪戯っぽく笑って、全員に声をかけた。……どうやらここ最近、黎は佐倉さんに内緒でアレンジコーヒーに挑戦しているらしい。

 

 

「惣治郎さんからは『勝手にブレンドしたり、余計なアレンジをするな』って厳しく言われてるから、惣治郎さんが帰った後くらいしか挑戦できなくてね。今までは自分で味見したり、モルガナに味見してもらってたりしたんだ。結構美味い具合になったから、そろそろお披露目してもいいかなって思って」

 

「コイツのアレンジコーヒーを初めて見たときは身構えたが、材料のニッチさとは比較にならないくらい美味いぞ! ワガハイ、この前飲んだマンゴーオレが好きだな!」

 

「モルガナ、お前いつの間に……!」

 

「なんでオマエが怒るんだよゴロー!? ワガハイはただ、レイから『ゴローやみんなに美味しいアレンジコーヒー飲ませたいから実験台になってくれ』って頼まれただけ――あっ」

 

 

 僕の避難轟々な眼差しを受けたモルガナが憤慨した。が、怒りに任せて余計なことを口走ってしまったためか、「やっちまった」と零す。モルガナの発言に呆気にとられた僕は、おそるおそる黎に視線を向けた。黎は視線を彷徨わせた後、観念したように肩を竦める。苦笑した彼女の頬は、ほんのり薄紅色に染まっていた。

 

 彼女のアレンジコーヒーを飲み続けていたモルガナに対して嫉妬していた自分が恥ずかしくて、僕のために頑張ったという黎のいじらしさが照れくさくて、僕は口元を抑える。

 ふと気づけば、祐介が手で枠を作って唸り、竜司とモルガナが悟りきったような目をして天井を仰ぎ、杏と真は生温かな視線を向けてきた。一体どうしたのだろう?

 僕と黎は顔を見合わせたが、結局原因は分からない。黎がコーヒーのアレンジを始めたので、僕は彼女の手元を見つめることにした。黎はテキパキと作っていく。

 

 出来上がったコーヒーはアイス2種類・ホット2種類の計4種類だ。牛乳のほかに練乳とココアを加えたアイスコーヒー、綺麗な二層に別れたアイスカフェモカ、リンゴジャムとシナモンの香りが漂うラテ、ハチミツと生姜が入ったコーヒー。

 コーヒーの苦みが苦手な竜司は練乳ココアが入ったアイスコーヒーを気に入ったらしい。杏はリンゴジャム入りのシナモンラテに舌鼓を打つ。祐介はアイスカフェモカのスケッチを始め、真はハチミツと生姜が入ったコーヒーを「意外といけるかも」と評していた。

 

 

「デザートコーヒーって女の人好きそうだよね。チョコレート一杯盛ったり、イチゴとかホイップクリーム乗っけたアレンジもあるらしいし」

 

「確かにそうかも! 今の季節だと、冷たいスイーツとか欲しいし!」

 

「ねえ黎、コーヒースイーツとか作らないの?」

 

「いいね! 惣治郎さんに見つかったら怒られそうだけど……」

 

 

 黎、杏、真がきゃあきゃあと楽しそうに談笑し始める。

 そのとき、バラエティ番組が放送時間を終えて、ニュースが始まった。

 

 

『……“メジエド”が予告したXデーは8月21日。名指しされた【怪盗団】ですが、今のところ目立った動きはありません。“メジエド”のテロは、予告通り行われてしまうのでしょうか? ……』

 

 

 ニュースキャスターは不安を煽るような調子で原稿を読み上げる。本人にその気はないのだろうが、彼の抑揚とニュース内容がそうさせているのであろう。

 

 

「“メジエド”のテロを阻止するためには、21日より前に佐倉双葉を助けないと。限度は2日前の19日までって所かしら」

 

 

 先程まで年相応の女子の顔を前面に押し出していた真が、【怪盗団】の参謀役としての凛々しい顔つきに変わる。僕等もそれにつられるような形で神妙な顔になった。

 以前僕等が使っていた拠点は2か所。渋谷の連絡通路と僕の家だが、前者は警察官や補導員の巡回強化、後者は双葉さんの【パレス】・佐倉家との距離がぐんと離れてしまう。

 足立が手を回してくれたとしても、警察関係者と鉢合わせることはリスクが大きい。かといって、わざわざ佐倉家より遠い場所を拠点にするのは攻略に難が出る。

 

 危険性や利便性を考慮した結果、今回の【怪盗団】はルブランを拠点にして【パレス】や【メメントス】攻略に精を出すこととなった。勿論、拠点変更によるデメリット――マスターに見つからないよう気を付けねばなるまい。

 

 もし鉢合わせしたら「友達同士の集まりだ」でごり押しするつもりでいるが、誤魔化せるか否かは別問題だ。

 最近の佐倉さんが黎に対して甘くなったとはいえ、油断はできないのである。……最近は、僕に対しても甘くなったように思うけど。

 

 

「ピラミッド内部は何が起こるか分からないぞ。フタバのシャドウ自身が『自身の城の状況を把握できていない』状態だからな」

 

 

 モルガナは一端言葉を切って、僕に向き直った。

 

 

「ゴロー、1つ訊きたい。ペルソナ使いの覚醒を邪魔する力を持ってる奴と対峙したことはあるか?」

 

「直接そうやって邪魔してきた奴と対峙したことはない。だが、“できてもおかしくなさそう”な奴には心当たりがある」

 

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、七姉妹学園高校の制服に身を包んだ達哉さん――正確に言えば、彼の姿を模して出てきた邪神ニャルラトホテプだ。奴は【セベク・スキャンダル】で神取のペルソナを暴走させて乗っ取った(実際は自分で神取を乗っ取った)。

 そういえば、【八十稲羽連続殺人事件】の“人間側の黒幕”として逮捕された刑事が使っていたペルソナに干渉して、ニャルラトホテプの二番煎じをやってのけた八十稲羽の土地神様――ガソリンスタンド店員の方――もいたか。あれは八十稲羽限定なので除外できる。

 

 

「多分、それを応用すれば、ペルソナ使いの覚醒を阻害することはできるはずだ」

 

「成程な……。厄介なヤローだぜ、『神』ってヤツは」

 

「最も、手を加えているのがニャラルトホテプじゃない可能性もあり得る。僕の知ってる『神』の類であれば、こういうことは朝飯前だろう」

 

「吾郎の顔を見ていると、余程『神』に酷い目にあわされてきたんだなと思うな」

 

 

 僕の推論を聞いたモルガナは渋い顔をしていた。結論を聞いた祐介も、アイスカフェモカを啜りながらぼやく。

 

 ……これは、理不尽との戦いが日常茶飯事だった弊害だ。『神』が人を玩具にして試練を課したという出来事を経験すれば、自然とそういう発想ができてしまう。

 他にはペルソナ抑制剤を使うという人為的な原因もあるが、引きこもりである双葉さんがエルゴ研の残党と接触する可能性は低いだろう。

 そもそもの段階で、双葉さんはペルソナ能力が何なのかを知らないのだ。詳細を知らぬまま、得体の知れない薬に手を出すとは思えない。

 

 

「しかし、今年はとんでもない夏休みになりそうだな……。世界的ハッカー相手して、ピラミッドで【オタカラ】探ししながら、ピラミッドを乗っ取ってる奴と対決しなきゃいけねーんだろ?」

 

「しかも、原因は十中八九『神』関連だ」

 

「【怪盗団】の存続どころか、一歩間違えれば世界の危機だよね……」

 

「……これが、“頭が爆発する系の理不尽”……。私たち、【怪盗団】でペルソナ使いだけど、本質はただの一介の高校生に過ぎないのに……」

 

 

 お調子者の竜司が辟易したようにため息をつき、黎が顎に手を当てる。杏は頭を抱えて項垂れた。真は至さんに言われたことを思い出している様子だった。僕もアイスカフェモカを啜りながら息を吐いた。

 

 今年はアツい夏になりそうだと思っていたが、下手したらヤバい夏になりそうだ。

 この世界まで滅ぼされてしまったら、溜まったものではない。

 

 

「――あ、電話だ」

 

 

 唸り始めた面々など知ったことではないと言わんばかりに、黎のスマホの着信音が鳴り響く。黎は仲間達に断りを入れた後、電話に出た。

 

 

「お久しぶりです乾さん。どうしたんですか?」

 

 

 電話の相手は、元【特別課外活動部】・現【シャドウワーカー】の非常任職員である大学生、天田乾さんだった。

 相槌を打つ黎の様子や言葉から類推するに、乾さんは今、真次郎さんやコロマルと一緒にいるのだという。

 暫し乾さん達と会話していた黎だが、「じゃあ、みんなにも相談してみる」と言って電話を切った。

 

 

「どうかしたの?」

 

「今、乾さんと真次郎さん達、東京にいるんだって。命さんから『【怪盗団(後輩達)】が大変な状況だから、援軍として手伝ってあげて欲しい』って頼まれたみたい」

 

「あれ? 【シャドウワーカー】の先輩達って、厄介な案件抱えてるんじゃなかったっけ?」

 

「もうちょっとで片付きそうだから、命さんや美鶴さんが現状で比較的融通が利きそうな面々に声をかけたみたいだよ」

 

 

 僕の問いに答えた黎は、電話のやり取りをかいつまんで説明してくれた。

 

 現【シャドウワーカー】に所属する面々は、巌戸台で発生した厄介事を片付けることに集中するため、当初は【怪盗団】に手を貸せるような状態ではなかったという。特に、【放課後特別課外活動部】時代に機械いじりやハッカーとしての才能を開花させた風花さんは、その厄介事を解決するための主戦力となっていたらしい。

 だが、【シャドウワーカー】関係者――特にアイギスの姉妹機――の努力や奮闘もあって、厄介事の大半は解決の目途が立ったそうだ。残るは後始末だけだという。後始末業や実生活における折り合いという観点から、大学1年生のため比較的余裕があった乾さん、乾さんと共に暮らしているコロマル、寮生が全員帰郷することになってフリーになった真次郎さんが援軍として選ばれた。

 

 後輩である僕等の様子を確認するため、必要であるなら手を貸すため、2人と1匹は東京を訪れた。今はホテルにチェックインして待機中とのことらしい。

 今日の現在時刻はもうすぐ8時。夏休みで友人同士が集まっているとはいえ、宿泊を前提とした集まりではないのだ。そろそろ帰宅しないと保護者に負担がかかるだろう。

 それはホテルに泊まっている真次郎さん、乾さん、コロマルにも言えることだ。そのため、協力するしないに関わらず、彼らの訪問、或いは合流は明日以降となる。

 

 

「今回狙う相手の重要性と、【怪盗団】に対して喧嘩を売って来た“メジエド”の脅威度や規模から考えると、ペルソナ使いの援軍が来てくれるってのは正直凄く助かるんだけど……みんなはどう思う?」

 

「ワガハイは賛成だな。現状、【怪盗団】は切羽詰まってる状態だし、貰える援助は貰っといていいと思うぜ」

 

 

 黎の提案に対して、一番最初に賛成票を入れたのはモルガナだった。それを皮切りに、仲間達も次々と賛成票を投じていく。

 勿論僕も賛成だ。元【特別課外活動部】、現【シャドウワーカー】に所属する先輩達を間近で見ていたから、彼等の強さはよく知っていた。

 

 結果は全会一致で賛成。真次郎さんと乾さんには、明日以降の【パレス】攻略に同行して貰うことが決定した。

 

 

 

***

 

 

 

「お久しぶりです、真次郎さん。乾さん」

 

「おう。最後に顔を合わせたの、去年の今頃だったな」

 

「あれから1年って考えると、時間が流れるのって早いね」

 

 

 黎と再会の挨拶を交わす真次郎さんと乾さんは相変わらず元気そうな様子だった。

 

 前者は黒いポロシャツにグレーのトラウザーパンツ、後者は白いポロシャツの上にオレンジ色のノースリーブパーカーを羽織って薄手のスキニーを履くという夏らしい服装である。そして、どちらも東京のうだるような暑さに対して辟易しており、手持ちのタオルで汗を拭っていた。

 冷えた飲み物を口に運び、置き型のエアコン(オールシーズン対応)で涼しさを噛みしめる2人――特に真次郎さんの姿に、僕は巌戸台時代の彼の様子を思い出す。初夏の足音が近づく季節だろうと、真夏だろうと、雪が降り積もる冬だろうと、彼はいつも黒いニット帽と臙脂のロングコートを身に纏っていた。

 初めて彼と出会ったときは、季節感を完全無視した服装に奇妙な印象を抱いたものだ。しかしそれが真次郎さんが服用していた薬の後遺症によるものだと知ったのは、随分後のこと。ストレガと対峙し、構成員だったチドリさんを拘束したあたりから、薄々そんな予感を抱くようになった。

 

 ストレガの面々が手を出していた薬剤は、桐条家の実験によって無理矢理開花させられたペルソナ能力を制御するためのものだ。薬が無ければ奴等のペルソナは暴走し、自他問わず人に害を与えてしまう。

 特に、ストレガ含んだ嘗て被検体だった少年少女等が恐れたのが“自滅してしまう”ことだった。今は亡きタカヤやジン曰く、『自分のペルソナによって惨たらしく殺される』という。

 

 制御剤は、彼や彼女等にとっては唯一に等しい生命線だったのだ。それと同じ――否、それ以上の重篤な副作用や後遺症を併発するというデメリットに目をつむらなくてはいけないくらいに。

 

 

「巌戸台もそうだが、東京はそれ以上に暑さが酷いな。……コロちゃんが心配だ」

 

「コロマルには店先で待機して貰ってるからね。雑談と涼むのはこれくらいにして、手早く本題に入ろう」

 

 

 真次郎さんは店の入り口で待機して貰ったコロマルのことを気にかけていた。モルガナは佐倉さん公認で許可を貰ったから問題なく出入りできるが、本来なら飲食店はペット厳禁である。

 コロマルも暑さ対策を万全にしているが、流石に炎天下で待ちぼうけさせるのはよろしくない。今でも現役のペルソナ使いだが、彼もそろそろいい年齢である。余計な体力を消耗させたくなかった。

 

 

(制御剤を服用してた頃の副作用や後遺症も、あの頃に比べればかなり改善してるな。ほぼ完治と言っても問題ないくらいに)

 

 

 しきりに暑さを訴える言葉、流れる汗を拭う仕草、気温に合わせた服装――それらを見た僕は、なんだか嬉しくなって口元を緩ませていた。巌戸台で【影時間】消滅の為に戦っていた当時の真次郎さんは、制御剤の副作用と後遺症で体温の調節機能が麻痺していたらしい。彼曰く、『真夏でもニット帽と長袖のロングコートを身に纏わねばならぬ程の寒気を感じていた』という。

 他にも自身の寿命を著しく減らしており、ストレガらと同程度の余命しか残されていなかったとか。寿命の問題は【影時間】消滅の影響や桐条家の治療によって改善していたが、真次郎さんの副作用・後遺症治療に奔走した医師や研究者は彼の回復力を『異常、或いは奇跡』と称していた。一時は余命宣告されていたのが嘘みたいに-、――チドリさんのケース同様、彼の身体もほぼ健康体になったのだ。

 

 

「ケホッ、コホッ……」

 

「あれ? もしかして風邪?」

 

「大丈夫っすか? もしかして、体調悪いとか……」

 

「ああ、心配すんな。うつらねえから」

 

 

 不意に咳き込んだ真次郎さんの姿に、杏と竜司が目を丸くして声をかける。真次郎さんの咳き込み方から、夏風邪の類ではないかと思ったのであろう。

 心配そうに見つめる2人に対して、真次郎さんが開口一番に述べたのは、あの頃と変わらない的外れな返答であった。だが、彼はそこに補足を加える。

 「昔、余命宣告されてた時期があってな。そのときの後遺症だ。今じゃ問題ないから大丈夫だ」――と、心配する後輩達を懇切丁寧に説き伏せていた。閑話休題。

 

 

「今回攻略する【パレス】の主は佐倉双葉さんで、この店のオーナーの義理の娘さん。【怪盗団】に対して喧嘩を吹っ掛けてきたサイバー組織“メジエド”に対し、『自分ならば彼等を止められる』と名乗りを上げてきた自称敏腕ハッカー。双葉さんは“メジエド”への対抗措置を行う対価として、【怪盗団】の面々に自身の【改心】を要求してきた」

 

「佐倉は自分の母親を目の前で亡くしており、その原因が育児ノイローゼによる自殺であると長らく思い込まされてきた。その影響で2年ほどの引きこもり歴と【パレス】が生まれたが、吾郎から齎された情報で『自分は騙されていた』と自覚する。そこで本来ならペルソナ使いとして覚醒するハズだったが、覚醒するための手順が踏めない様子だった。その影響で【パレス】内部の仕掛けが暴走しているらしい……ってところか」

 

「完璧です」

 

 

 乾さんの言葉を引き継いで現状を纏めたのは真次郎さんである。黎は静かに頷き返した。次に補足を入れたのは真である。

 

 

「佐倉双葉の【パレス】に入るためのキーワードは“佐倉双葉”、“佐倉家”、“墓”。モチーフはピラミッド。ピラミッドは“死者の復活装置”としての側面もあるから、彼女の深層心理に由来した結果が反映されている可能性が高いと思うの」

 

「“墓”と“死者の復活装置”……まるで正反対だな。佐倉ってヤツは生きたいのか死にたいのか、どっちなんだ?」

 

 

 真次郎さんの眉間に皴が寄った。墓のイメージから『死にたい』と願う双葉さんの気持ちを敏感にくみ取ったからであろう。だが、それ故に、彼は死者の復活装置というイメージ――『死の淵から這い上がりたい』という生への渇望――に強い違和感を抱いたようだ。

 嘗て彼は、贖罪の為に己の命を差し出そうとした男だ。“理由ありきで殺されることを選ぶ”ことが希死念慮に分類されるのか、或いは自殺願望に分類されるのかは分からない。双葉さんが抱いていた『死にたい』という気持ちとは色合いが違うものの、死に対して強く意識を持っていたことは共通している。

 双葉さん関係の情報を聞いた真次郎さんが引っ掛かりを感じたのは、巌戸台時代における真次郎さんと乾さんの関係性が根底にあったためか。僕や黎がそうと察知できたのだから、作戦会議に同席している乾さんだって気づいたようだ。彼は真次郎さんに視線を向け、何か言いたげに眉をひそめた。

 

 真次郎さんも乾さんからの視線に気づき、居心地悪そうに目を逸らす。2人は何も言わなかった。

 故に、真も2人の様子に言及することなく、分析した情報を伝えていく。

 

 

「本人に話を聞いたときの印象は“生に対する執着が希薄”だったわ。母親の死を気に病んでいたけど、それが自殺願望、或いは希死念慮になっているのかも。でも、シャドウの方は己のことを『ペルソナとして覚醒するはずだった』と言ってたから、心の奥底では“生に対する強い渇望”が芽生えているとも言えそうね」

 

「シャドウ本人は『誰かに邪魔されたせいだ』って言ってたけど、なんか、他の【パレス】で見かけたヤツ等とは全然違うみたい。他の連中は当人もシャドウも同じ感じだったから」

 

「……話を聞いてると、【マヨナカテレビ】で対峙した第4世代のシャドウを思い出すね」

 

 

 真と杏の話を聞き終えた乾さんは、顎に手を当てて、零すように呟く。それを聞いたモルガナは目を丸くした。

 

 【パレス】の攻略に関する話し合いをしているのに、【マヨナカテレビ】に関するシャドウの話題が出てくるとは思っていなかったのだろう。それは僕も同じである。

 首を傾げる僕に対し、モルガナはたどたどしく――至さんや僕と黎経由の情報しか知らない話だし、ナビ役としても別分野のためか――情報を諳んじた。

 

 

「確か、『自分が絶対に認めたくない、消してしまいたいと強く思っている負の側面』の権化が第4世代の特徴だったな。それが、フタバやヤツのシャドウの様子と何か類似点があるのか?」

 

「いや、類似点と言う程ではないよ。……ただ、今の双葉さんが【パレス】にいる双葉さんのシャドウと鉢合わせたら、双葉さんは自分のシャドウを拒絶しそうな気がするんだ。それがシャドウの言っていた『誰かに邪魔された』せいなのか、双葉さん自身の意志かは分からないけど」

 

 

 乾さんの言葉から、僕は第4世代のシャドウ――【マヨナカテレビ】で遭遇した各シャドウ達の特徴を思い返す。

 

 【マヨナカテレビ】に迷い込んだ人間の多くが、自分と瓜二つの外見のシャドウと遭遇。彼/彼女等は本人にとって認められない、或いは消してしまいたいと常日頃から思っている本音をぶちまけたり、言動を繰り返したりするのだ。迷い込んだ本人は、彼/彼女等の言葉や立ち振る舞いによって、嫌が応にも“自分が抱えている負の面”と向き合わされることになる。

 本人がシャドウに対して『シャドウ(あなた)自分(わたし)』と認めれば、シャドウはペルソナとして覚醒する。対して、本人が『シャドウ(おまえ)自分(わたし)ではない』等の否定文を投げかければ、シャドウは異形へ変貌。本人含んだ周囲の人間に対して襲い掛かって来るし、異形化したシャドウに対抗できるのはペルソナ使いだけであった。

 チャットや現実で遭遇した双葉さんと、彼女の【パレス】で遭遇した双葉さんのシャドウには大きな乖離が見られる。他の【パレス】で遭遇したクソ野郎共は現実や【パレス】での言動や行動指針が一致していることもあって、今回のケースは異質と言えよう。近しい例を思い返せば、自然と第4世代に相対峙したシャドウ達の言動が浮かび上がってくる。

 

 

「高巻さんが言ってたけど、他の【パレス】で遭遇したシャドウ達は、本人とほぼ同一の思考回路と行動指針、及び強い欲望を持っていたらしいね」

 

「う、うん。現実の鴨志田は王様みたいに威張り腐ってて、体罰とセクハラし放題だった。【パレス】内部でも自分が王として君臨してたし、男子生徒は奴隷、女子生徒はフーゾクみたいにしてたよ」

 

「班目は双方ともに、絵描きの才能を見出すことや演出への創意工夫と拘り、贋作を生み出す力に長けていたな。……シャドウの場合、最後は贋作すら生み出せなくなっていたようだが」

 

「金城の場合は金への執着心だな。金があるときの攻撃と素寒貧になったときの攻撃の差とか、すっげえ分かりやすかった。妙なリアルさっつーか、世知辛さを感じたぜ……」

 

 

 乾さんが杏に確認するように死線を向けた。杏は鴨志田の【パレス】を攻略したときのことを思い出したのか、小さく拳を握り締めた。当時の怒りが再び燃え上がってきたのであろう。

 祐介は嘗ての師・班目や奴の【パレス】での一件、竜司は前回攻略した金城の【パレス】での一件に思いを馳せる。前者はどこか哀愁を漂わせており、後者は呆れすぎて感嘆していた。

 

 3人の話を聞いた乾さんは言葉を続ける。

 

 

「けど、双葉さんと彼女のシャドウは正反対の行動理念に突き動かされている。他者の介入ありきだとしても、双葉さんとそのシャドウの関係はイレギュラーだ。しかも、正反対という意味では、本人が直視したくなかった負の面を司っていた第4世代のシャドウ達と近しい関係にある」

 

「【マヨナカテレビ】に出てきた第4世代のシャドウは、『本人から存在を否定されることで異形化し、本人含んだ周囲の人々に襲い掛かってくる』という特徴があった」

 

「航さん、『あれは一種の暴走状態に近い扱い』だって言ってたね。『ペルソナを暴走させた末路』という点では、【セベク・スキャンダル】とも関りがあるのかも知れない」

 

「ああそっか。吾郎くんと黎ちゃんも、あの場にいたもんね」

 

 

 僕と黎が顔を見合わせて補足を入れれば、乾さんは懐かしそうに目を細める。乾さんもまた、【八十稲葉連続殺人事件】発生時には、ペルソナ使いの先輩として【自称特別捜査隊】の手助けをしていた。

 その際、彼は【マヨナカテレビ】に迷い込んだ人物を助け出そうとしていた【特別捜査隊】の面々と共闘しており、該当者のシャドウが異形化する現場に居合わせている。勿論、至さんや僕達も一緒だった。

 

 もう1つ付け加えるとするなら、僕と黎は【セベク・スキャンダル】の一件でペルソナを暴走させた果てに命を落とした人物――神取鷹久の一部始終を目の当たりにしていた。

 ニャルラトホテプの介入や異形化する対象が当人かシャドウかという相違点はあるものの、ペルソナを暴走させてしまうことの危険性は共通している。

 【怪盗団】の面々は何度か僕や黎から話を聞いていたけど、ペルソナの暴走がどのようなものかはイマイチピンと来ないらしい。難しい顔をして顔を見合わせていた。

 

 

「過去の世代における出来事との相違点や共通点は一旦棚上げするとして、はっきり言えることは1つ。佐倉双葉をこのままにしておくのは、多方面で問題があるということだ」

 

 

 【怪盗団】に喧嘩を吹っ掛けてきた“メジエド”、“メジエド”への対抗策と引き換えに【改心】を要求してきた“アリババ”こと佐倉双葉さん、ペルソナとして覚醒するはずだった【パレス】の主・シャドウの双葉さん――眉間に皴を寄せた祐介の言葉通りである。特に、双葉さんは『【改心】を拒否するなら【怪盗団】の個人情報を警察に告発する』と息巻いていた。

 

 

「それに。【怪盗団】の置かれた状況だけじゃない。双葉さんをこのまま放置し続ければ、ペルソナの暴走に繋がる危険性がある」

 

「誰かに邪魔されているらしいって要素を加味したとしても、奴の状態は不安定だ。……下手すりゃ本人だけじゃなく、近くにいる人間も巻き込みかねない。――最悪、死者が出る可能性もあるな」

 

 

 剣呑な面持ちとなった乾さんと真次郎さんが顔を見合わせて頷く。真次郎さんはペルソナを暴走させて人を巻き込み死なせてしまった加害者として、乾さんはペルソナの暴走に巻き込まれて家族を亡くした被害者遺族として、ペルソナの暴走に繋がりかねないような事象を放っておけないのだ。

 丁度そのタイミングで、双葉さんから【怪盗団】のチャットに書き込みが行われる。メッセージを要約すると、『屋根裏部屋でだべっている暇があるなら、早く自分を【改心】させろ』、『このまま放置するなら、今すぐにでも【怪盗団】を警察に通報する』、『証拠だけでなく、個人情報も既に入手済みだ』。

 彼女はルブランの何処かしらに盗聴器を仕掛けており、そこから今の話を聞いていたらしい。今回はどうにか宥めすかして納得してもらったが、彼女が送って来たメッセージ内容――警察への通報をちらつかせつつ【改心】を急かす様子からして、悠長なことは言っていられないだろう。

 

 

「今迄も一方的な感じだったけど、今回は輪をかけて攻撃的だね」

 

「向こうからしてみりゃ、ワガイハイ達だけじゃなく他の誰かからも『何をされてるか分からない』状態だからな。おまけに、自分だけじゃなくゴシュジンの命に係わる可能性を提示されたんだ。気が気じゃないんだろう」

 

「どの道、私達【怪盗団】には時間がない。早速佐倉双葉さんの【改心】に向かおう」

 

 

 僕とモルガナが顔身を合わせる。双葉さんから送られたメッセージの刺々しさは、双葉さんの不安な気持ちを裏返した結果なのだろう。双葉さんのシャドウが言っていた『邪魔者』の件も心配だ。

 多方面で切羽詰まっている気配を噛みしめた黎の音頭に反対する人間などこの場にはいない。満場一致で、本日は【パレス】攻略に赴くことが決定した。

 

 そして――ふと、階下から聞こえる声に賑わいが含まれていることに気づく。

 

 階段を下りれば、そこは純喫茶ルブランの営業スペース。普段は疎らなはずの店内は、珍しく客で埋め尽くされている。佐倉さんは忙しそうに動き回っているが、口元は嬉しそうに緩んでいた。

 出かけようとする僕等の姿を視界に収めた佐倉さんは、特に何かを咎めることなく黎を見送ることにしたらしい。5月の頃は出かけようとした黎に店番を強要しようとしていたのが嘘みたいだ。

 しかし、佐倉さんは黎ではなく、来訪者――真次郎さんと乾さんに声をかける。2人は目を瞬かせて足を止めた。何かあったのかと首を傾げる2人に対し、佐倉さんは少し興奮気味に口を開いた。

 

 

「お前さん達が連れてきた犬――確か、コロマルって言ったっけ? そいつが率先して客引きしてくれたんだ」

 

「コロちゃんがか? 凄いなァ」

 

「コロマルは賢いからね」

 

「わうっ!」

 

 

 佐倉さん、真次郎さん、乾さんに褒められたコロマルは、自慢げに胸を張って見せた。

 

 賢くて愛くるしいアルビノの雑種犬という姿が、街を歩く人々の目に留まったのであろう。コロマルは僕等を待っている間、黎が御世話になっている喫茶店の店主に感謝の意を示していたようだ。

 僕は思わずコロマルの頭を撫でる。彼と直接会って触れ合うのは随分久しぶりだ。あの頃同様、彼の毛並みは滑らかで心地いい。夏毛仕様も結構好きである。もう少し撫でていたいが、僕は堪えた。

 

 

「しかし、飲食店に犬猫って、必ずしも評判が悪くなるワケじゃねえんだな。……看板猫、アリかも知れねえな……」

 

 

 佐倉さんが思案する声を尻目に、僕等は佐倉家へ向かう。

 佐倉家に到着して早々、【イセカイナビ】を起動して【パレス】内部へ足を踏み入れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ご苦労。……正直、もう来ないかと思っていた」

 

 

 そう言って【怪盗団】を迎えたシャドウの双葉さんであったが、今回助っ人に入ってくれた2人――真次郎さん、乾さん、コロマルの姿を認めると、目を丸くした。

 

 

「前より増えてないか?」

 

「大丈夫だよ。【怪盗団】とは業種は別だけど、この2人と1匹もプロだから」

 

「今回は助っ人として来てくれたんだ」

 

「……そうか。それは心強いな」

 

 

 双葉さんのシャドウからの問いかけにジョーカーと僕が応える。『外部から助っ人を呼んでまで、佐倉双葉の【改心】を行う』【怪盗団】の様子に、彼女はふっと口元を緩ませた。

 【怪盗団】は本気で佐倉双葉の【改心】に取り組もうとしている――佐倉双葉を救おうとしていると伝わったようだ。双葉さんのシャドウは僕等に色々と話をしてくれた。

 

 人間不信で引きこもりだった双葉さんの心は、元から双葉さんのシャドウが完全統治できる状態ではなかったらしい。だが、一色さんの真実を知ったとき、双葉さんの心には“反逆の意志”が宿り、双葉さんのシャドウもペルソナとして覚醒するはずだった。

 だが、得体の知れぬ“何か”の干渉により、双葉さんのシャドウはペルソナとして覚醒することができず、双葉さん本人も立ち上がることができないまま引きこもりを続けているという。結果、パレスの統治は余計滅茶苦茶になってしまったらしい。

 

 

「今、現実世界の私は、チャットで出会った友人やカウンセラーの手を借りて、必死になって答えを掴もうとしている。……その影響が“【パレス】の制御不可”や“【パレス】の罠”として作動するかもしれないが、どうか容赦してほしい」

 

「そっか……。現実世界の双葉ちゃんも、戦おうとしてるのね」

 

「今まで人間不信だったんだもの。防衛本能が働いてもおかしくないわ」

 

 

 シャドウの双葉さんは、こちらを伺うようにして見つめる。パンサーとクイーンはできるだけ優しく微笑み頷いた。

 現実世界の双葉さんが必死に戦おうとしているのだから、こっちも手を抜くわけにはいかない。【怪盗団】一同は顔を見合わせ頷き合う。

 双葉さんのシャドウもこくこくと頷き返していたが、ややあって、おずおずとした様子で「早速で悪いが」と依頼を出してきた。

 

 

「賊に大事なものを盗まれた。奴は街へ逃げたようなので、取り返してほしい」

 

「街……確か、ピラミッドにつく前に見かけたね。何を取られたの?」

 

「私が目覚めを迎えるために必要なものだ。現実の佐倉双葉にとって、現時点では“忌まわしい記憶”かもしれない。だが、それは“反逆の意志”を解き放つ鍵になる」

 

「分かった。待ってろ、俺たちが取り返してくるぜ!」

 

 

 ジョーカーの問いに答えた双葉さんのシャドウは、真剣な面持ちでこちらを見つめる。スカルは二つ返事で頷き、僕達は街へと繰り出した。

 

 辿り着いた先は砂漠の街だが、シャドウが跋扈するのみで人の気配はひとつもない。現実の双葉さんは人との付き合いが一切ないのと、外の世界に興味がないためというのが根底にあるのだろう。異形しかいない街を調査していた僕たちは思わず足を止める。

 街に跋扈していたシャドウはミイラのような恰好をしている者が大半だ。なのに、そいつには認知世界の法則――衣装の変化――が発動していないようで、一目見てわかるような高級スーツを身に纏っていた。目には大きな傷があり、サングラスをかけている。

 凍り付く僕やジョーカー、反射的に威嚇態勢に入ったモナ、疑念を滲ませた【怪盗団】の面々や元【S.E.E.S】/現【シャドウワーカー】からの助っ人等を一瞥すると、そいつは芝居かかった様子で畏まって見せた。

 

 

「お初にお目にかかる、新たなる世代のペルソナ使いの諸君。会えて嬉しいよ」

 

「神取鷹久……!」

 

「へっ!? コ、コイツが、12年前に死んだはずの“玲司さんの異母兄(アニキ)”だって!?」

 

「貴方が、玲司さんの……」

 

「そして、悪神ニャルラトホテプの『駒』として甦らされたペルソナ使いってことね……!」

 

「気を付けろ。コイツ、只者じゃねえ」

 

「ヴヴヴ……!」

 

 

 僕がそいつ――神取の名を呼べば、スカルが素っ頓狂な声を上げた。乾さんは神取から玲司さんの面影を感じ取ったらしい。クイーンや真次郎さん、コロマルも警戒しながら身構える。

 

 乾さんも真次郎さんも巌戸台時代に玲司さんと関りを持っており、特に乾さんとの交流が多かった。嘗て復讐者だった過去が、同じ想いを抱えていた乾さんを放っておけなかったのであろう。

 スカルや乾さんから玲司さんの名前が出たとき、神取は一瞬身じろぎした。サングラスの下に眼球があったら、きっと大きく見開かれていただろう。

 神取は真顔になって顎に手を当てると、懐かしむように笑みを零した。少しだけ寂しそうに見えたのは僕の見間違いだったのだろうか? 閑話休題。

 

 “何者かからの介入によって【パレス】が制御不能に陥り、ペルソナの覚醒が妨げられている”――シャドウの双葉さんが零していた言葉が脳裏によぎった。

 もしや、双葉さんの覚醒を邪魔しているのはコイツなのか――それを問う間は与えられなかった。神取は芝居かかった調子を崩すことなく語り出す。

 

 

「私は神取鷹久という名前ではないよ。キミ達が怪盗なら、私はただの暗殺者(ヒットマン)。『神』の『駒』。闇に紛れて羽虫を食らう、影に魅入られたペルソナ使い……“夜鷹(ナイトホーク)”といったところか」

 

「うわ……痛い……。あのオジサン何歳なの?」

 

「享年? それとも、今の年齢? どっちにしても痛々しいわよ」

 

「パンサー、クイーン、言わないであげて。あの人、根は真面目なんだよ。言ってることとやってることが回りくどいだけで」

 

 

 現代の若者にとって、神取の言い回しは――悪く言えば――厨二病や高二病と呼ばれるものを悪化させた大人にしか見えない。

 奴が孤高に貫く“悪としての美学”は、御影町や珠閒瑠市での出来事で事情を知っている僕やジョーカーしか理解し得ないだろう。

 女子高生故の容赦ないツッコミを放ったパンサーとクイーンに対し、ジョーカーがフォローを入れた。慈母神のなせる業である。

 

 勿論、神取はまったく気にしていない。奴は悪役の調子を崩すことなく、「自分は賊から“奪ったモノ”の守護を命じられた」と宣言した。

 

 

「私個人としては、あまり重要なものではないのでね。正直な話、このままキミたちに渡しても構わないんだ」

 

「なら、そうしてもらえるとありがたい。奪ったものを返してくれ」

 

「受け取り給え……と言いたいところなのだが、今の私も使われる身なのでね。――少々、お相手願おうか」

 

 

 神取のやる気なさそうな発言を聞いたフォックスが奴へと手を伸ばす。奴もフォックスに何かを手渡すような素振りをしたが、すぐに戦闘態勢を取った。ペルソナの降臨を意味する青い光が舞い、奴のペルソナが顕現する。珠閒瑠の海底洞窟で相対峙したときのペルソナ、ゴッド神取だ。

 「普通に渡せよ!」と憤慨したスカルだが、息巻いた彼の憤怒はゴッド神取から放たれる威圧感によって拡散した。代わりに、スカルも戦闘態勢を取る。笑顔が消えたあたり、神取のヤバさはお調子者の彼であっても理解できたらしい。仲間達も戦闘態勢を取る。

 

 パレスやメメントスで多くのシャドウを屠って来た【怪盗団】だが、対ペルソナ使いとの戦いは今回が初めだ。ストレガ相手で対ペルソナ使いを経験している真次郎さんや乾さんが加わっていると言えど、相手は神取鷹久――至さんや航さん達の第1世代、達哉さんや舞耶さん達の第2世代を追い詰めた実力者。

 神取は強力な攻撃を繰り出してこちらに迫る。ガルダイン、ジオダイン、刹那五月雨撃、刻の車輪――その攻撃は、僕等を屠らんと振るわれた。『少々』という言葉の意味を調べ直したいと思うくらいには苛烈であった。正直ジリ貧なのだが、モナやジョーカー、乾さんの全体回復魔法や仲間達の味方強化・敵弱体魔法を駆使して食い下がる。

 物理攻撃を主体にする面々は体力を消費してペルソナの攻撃技を行使することもあってか、いつも以上に消費が激しい。属性攻撃や回復技を主体にする場合は精神力を削るが、長期戦であることと回復技を頼らざるを得ない状況故に、こちらも消費が激しかった。

 

 文字通り、一進一退の攻防が続く。

 

 

「後輩の前だからって無茶しないで下さい、荒垣さん!」

 

「悪いな天田。助かった!」

 

「貴方に何かあったら命さんが哀しみますからね! 忘れないで下さいよ!」

 

「分かってる! まだ死ぬわけにはいかねえからな!」

 

 

 物理攻撃主体のペルソナ使いであり、率先的に【怪盗団】や乾さんを庇うような立ち回りをしていた真次郎さんは、この中でも一番体力の消耗が激しかった。その度、乾さんが苦言を呈しつつ回復に回る。真次郎さんも苦笑しつつ、斧を構えて神取と対峙した。

 

 

「クソ、強ェ……!」

 

「だが、負けるわけにはいかんな……!」

 

「立ち直ろうとしてる女の子の心を滅茶苦茶にする悪党なんかに、これ以上好き勝手されてたまるもんかっての!」

 

 

 スカルが呻き、フォックスが刀を支えに体を起こす。パンサーも、ふらつきながら仮面に手をかけた。神取は相変らず、涼しい顔をして佇んでいる。

 

 

「ときに少年。“キミは、何のために生きている”?」

 

「――んなもん、決まってるだろ……! “黎と、僕にとって大事な人たちと一緒に生きるため”だ!」

 

 

 神取は僕に視線を向けて、問いかけてきた。僕の答えはあの頃から何も変わっていない。迷うことなく答える。

 奴は僕が何と答えるのかを知っていたのだろう。「では」と、もう1つ質問を重ねてきた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 僕はそれに答えようと口を開く。けど、僕の中にいる“何か”にそれを封じられた。脳裏にリフレインするのは、獅童智明が僕に警告した言葉。

 

 

『明智吾郎、()()()()()()()()()

 

 

 “()()()()()”、“()()()()()”――珠閒瑠市で、滅びを迎える世界からやって来た達哉さんの犯した“罪”と、それに下された“罰”が脳裏をよぎる。

 あのとき、達哉さんは愛する舞耶さんと離れて滅びの世界へと帰っていった。それ以来、僕は“滅びを迎える世界から来た達哉さん”の姿を見ていない。

 

 

<自分が破滅することは別にいいんだ>

 

 

 僕の中にいる“何か”が、ぽつりと零した。

 

 

<けど、知ってしまった。ささやかな願いが引き起こした、超弩級の理不尽を>

 

 

 “何か”は苦しそうに呟いた。奴が言っているのは、恐らく珠閒瑠市での戦いの発端となった出来事――達哉さんが犯した罪だ。世界を救うためにリセットした七姉妹学園高校と春日丘高校の高校生は、自分たちの記憶をすべて手放さなくてはならなくて。でも、達哉さんは最後の最後で「忘れたくない」と願ってしまった。

 結果、この世界は一度滅びかけた。ニャラルトホテプの暗躍によって、滅んだ世界を再現しようとした連中が動き回ったためだ。そのトリガーを引いたのは、「忘れたくない」と願った達哉さんだった。……“何か”は、その轍を踏む予感に怯えている。

 ……けど、“何か”が怯えているのは、それだけではなかったらしい。心の海を通じて流れ込んでくるのは、“誰か”にとっての滅びの記憶。狂った善意の押し付けに反旗を翻しながらも、旗印であった黒衣の少女を失ったことで、偽りの楽園へと飲み込まれてしまった光景だ。

 

 狂った善意を掲げた教皇が、何故楽園を生み出して人々を無差別に収容せんとしたのか。その犯行動機は、彼を取り巻く世間の理不尽への反逆であった。

 

 最愛の人は理不尽な出来事によって心身ともに傷つき、生きているだけの廃人と化した。悲劇の記憶を偽りの記憶で塗り替えたことで一時は立ち直るも、結局彼女は心因性の理由から徐々に衰弱し、命を落としてしまう。教皇は愛する人のことを気にかけてはいたけれど、『自分の存在が過去の傷を刺激し、恋人を再び廃人に戻してしまうかもしれない』という恐怖から、敢えて距離を置いていた。

 最愛の人を失った悲しみから心血を注いできた研究成果は、教授達による有効性や発展性の否定によって総すかんを喰らった。『出資してみる価値がある』と興味を示していた企業も、手のひらを返して申し出を撤回していった。しかもその研究に関するデータは秘密裏に回収され、金と権力を有する連中共の手に渡り、独自の発展をしていたのだ。――他者を傷つけ、貶め、排除するためだけに。

 

 

<他者を救いたいと願った狂人の気持ちを、“僕”は思い知らされた。……それでも“僕”は、あの狂人のやり方に共感できないし、するつもりはないけど>

 

 

 “誰か”のはじまりとなった願いもまた、『最愛の人を助けたい』だった。狂った教皇のように何もかもを失いながらも、“誰か”が救おうとしているのは世界全体ではなく、最愛の人である。狂った教皇と同じく、“誰か”にも運命を書き変える権利が差し出されているようだった。“奴”は今、現在進行形でその試金石に挑んでいる。

 

 

<明日なんて要らない>

 

 

 血反吐を吐くような声色で、“誰か”は呟く。

 己の意志で死に触れようとしているかのように。

 けれど、心なしか、仮面の奥の瞳に悲嘆が滲む。

 

 

<でも、“僕”が“僕”であったことを認めてくれた“キミ”を失うことだけは、もう――>

 

 

 心の海を通じて流れ込んでくる感情は文字通りぐちゃぐちゃで、あっという間に僕を飲み込んでいく。“誰か”の悲嘆一色に塗り潰されてしまう。

 この痛みこそが、僕にとっての()()()()()であり、()()()()()なのだろう。神取の問いかけに答えるために開いたはずの口からは、頼りない呼吸が漏れるのみ。

 

 

「クロウ」

 

 

 隣から、力強い声が響いた。振り向けば、ジョーカーが不敵な笑みを浮かべて僕に手を伸ばしている。

 灰銀の瞳に迷いは一切ない。その輝きに見せられて、僕も“何か”も泣きたい心地になった。

 

 

「手を取って」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()■■■■■■■だ。正義を貫いたその在り方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 希望はここにある。標はここにある。俺には、大切な人たちがいてくれる。

 “何か”は小さく身じろぎした後苦笑した。嬉しいくせに、満面の笑みは浮かべられないひねくれ者らしい。

 俺は躊躇うことなくジョーカーの手を取った。喉に詰まっていた答えを、ようやく神取に告げる。

 

 

「――貫いてみせるさ。たとえ神様を相手取る羽目になっても、俺は、大切な人と生きる未来を掴んでやる!」

 

 

 荒い呼吸を繰り返していたし、体力も気力もジリ貧だから、全然格好なんてついちゃいない。けど、確かに俺は、はっきりと宣言したのだ。

 神取はジョーカーに視線を向ける。ジョーカーは何も言わずに神取を見返した。神取は、ジョーカーの眼差しから何かを察したらしい。満足げに笑った。

 

 不意に、神取から放たれていたプレッシャーが拡散した。顕現し、俺達に襲い掛からんとしていたゴッド神取の姿が掻き消える。いきなり戦闘態勢を解いた神取は、僕の方へ何かを投げてよこした。僕は反射的にそれをキャッチする。

 

 

「賊――もとい、私の上司である“白鳥(シュヴァン)”から守護を命じられていた物だ。……元々の持ち主は女性なのだから、中身を見るなんて破廉恥な真似はやめ給えよ」

 

 

 神取が俺に投げてよこしたものは、絵が描かれたパピルス紙だ。奴の口ぶりからして、これがシャドウの双葉さんが言っていた“盗まれた物”――“反逆の徒”として目覚めるために必要な鍵なのだろう。神取の言葉に従って道具袋にしまえば、奴は満足げに頷いた。

 思えば、この大人は狂言回しが得意だった。滅びゆく悪役の定めを熟知しているが故に、影に魅入られたペルソナ使いであるが故に、光に与するペルソナ使いと敵対し倒されるように仕組んでいた。自分自身を斃されるべき障害と認定して、だ。

 【怪盗団】の面々や【シャドウワーカー】からの助っ人達がポカンとしている間に、奴はくるりと背を向ける。こちらに対する戦意はない。神取は懐かしむように砂漠の街並みを見渡した後、感慨深くため息をついた。そうして、ちらりと俺達の方に向き直る。

 

 

「一色若葉の娘を頼む」

 

「え?」

 

「生前、セベクに勤めていた彼女と何度か言葉を交わしたことがあってね。……と言っても、数える程度のことでしかないが」

 

 

 それだけ言い残し、神取鷹久は街の奥へと消えて行った。あの様子の神取なら、双葉さんのパレスを荒らしまわるような真似はしないだろう。あくまでも、双葉さんに干渉しているのは獅童智明――神取曰く“白鳥(シュヴァン)”らしい。

 

 数回言葉を交わしただけの知人の娘を気にし、彼女の所有物を勝手に見ないように釘を刺す程度には、奴は紳士的な男だ。神取を「痛い大人」だと思っていたクイーンとパンサーが感嘆の息を零した。真次郎さんも乾さんも、黙って神取の背中を見送った。

 フォックスが奴の器の大きさを評価し、スカルは複雑な顔をして神取が消えて行った方角を見つめる。ただ、紳士な悪役――いや、悪神ニャルラトホテプの『駒』という存在自体を好きになれないのか、モナは渋面のまま小さく唸っていた。

 

 僕達は顔を見合わせて頷き合い、街を後にした。

 ピラミッドへ戻り、取り戻したパピルス紙を双葉さんのシャドウに手渡す。

 彼女はパピルス紙を手に取ると、満足げに頷き返した。

 

 

「報酬としてこれをやろう。【パレス】内部の地図だ」

 

「ありがとう。これで探索しやすくなったよ」

 

 

 双葉さんのシャドウはジョーカーへ地図を手渡す。

 

 

「その地図を参考して、早く奥へ――あ」

 

 

 直後、双葉さんのシャドウが声を上げる。

 間髪入れず、僕等の足元に大穴が開いた。

 

 

 

***

 

 

 

 落とし穴からなる蟻地獄トラップに嵌って地下へ落とされたり、地上への道を探して地下を彷徨ったりするのは本当に大変だった。新たな侵入口を確保した僕たちは、意気揚々と再びパレス攻略に乗り出す。

 雑魚シャドウや番人シャドウを蹴散らしながら、僕たちは先へ進む。奥へ続く道を探していたときに迷い込んだ一室には、外の光を集めるオブジェが鎮座していた。だが、光は壁に照射されているだけで、何か意味があるとは思えない。

 僕たちが周囲を散策すると、謎のスイッチを発見した。ジョーカーは躊躇いなくスイッチを作動させる。すると、下のフロアに設置されていたバリスタから矢が打ち放たれた。矢は壁に大穴を開ける。

 

 丁度大穴が開いた位置が、謎の球体が光を照射していた壁だったようだ。光が扉に当たると、閉ざされていた扉のロックが外れて先に進めるようになった。

 どうやらここの仕掛けは扉に光を当てると開く仕組みになっているらしい。文字通り、僕達は双葉さんの「心の扉を開きながら」進んでいく。

 

 

『来たか。こっちだ』

 

 

 双葉さんのシャドウの先導に従いながら、ピラミッドの仕掛けを解いていく。

 

 

『人間不信なのは分かるけど、案内しといて罠だらけってのは面倒だな……』

 

『確かに【パレス】の罠は大変だけど、周りを信じられないっていう気持ちは分かるな。僕もそうだったし』

 

 

 今回もまた“罠が原因で遠回りをする”羽目になったので、スカルがげんなりと肩を竦めた。

 それを聞いた乾さんは苦笑しつつ、過去に思いを馳せるように遠くを見つめる。

 

 

『僕も双葉さんと同じく、母親を亡くしてね。母の死――特に犯人に関して僕は色々証言したんだけど、警察も周りの人も、僕の話を信じてくれなかったんだ』

 

 

 『当時の僕もまだ小学校低学年の子どもだったし、大分荒唐無稽な内容だったからね』と語る乾さんの横で、真次郎さんはそっと目を伏せる。

 昔の乾さんだったら、加害者である真次郎さんのことを悪しきように言ったかもしれない。彼がペルソナを暴走させなければ、彼の母が命を落とすことはなかったから。

 沈黙していた真次郎さんであったが、黙っているのは不誠実だと思ったのだろう。何かを言おうと口を開いたが、乾さんは視線でそれを制した。そのまま、静かに話を続ける。

 

 

『それで、僕は『自分で何とかしなきゃいけない』、『母の無念を晴らせるのは僕しかいない』と思ったんだ。相手への恨みつらみを原動力にして生きてきたってワケ』

 

『天田さんにそんな過去があったなんて……』

 

『良くも悪くも、相手への憎しみが生きる糧になったって形かな。双葉さんの経緯を知らないから、単純に真逆……とは言えないんだろうけど』

 

 

 乾さんの言葉を聞いたクイーンが目を丸くする。今の乾さん――穏やかで爽やかな好青年――という姿からは、巌戸台時代の乾さん――真次郎さんに対する憎悪を糧に生きていた――を想像できないくらい落ち着いているためだろう。

 真次郎さんが補足を入れようとする間もなく、モナがスイッチを発見する方が速かった。早速ジョーカーがスイッチを作動させれば、通路の雰囲気が大きく変わる。通路に戻って確認してみれば、罠はきちんと解除されていた。これで、双葉さんのシャドウが先導した先へと進むことができる。僕達は先へ進んだ。

 

 道中、壁画のパズルを解くことになり、ジョーカーは難なくそれを解除した。泣いている幼い王女――双葉さんに対し、黒服に身を包んだ大人達が何かを読み聞かせている。声は壁画から聞こえてきた。

 

 

“『双葉なんて産まなきゃよかった』”

 

“『貴女のことが鬱陶しい』”

 

 

 違う。一色さんはそんなこと思ってない。実際、僕は一色さんと言葉を交わしたことがあった。彼女が航さん相手に双葉さんの自慢話をしていた。

 そこで、僕は思い至る。一色さんの死の直後、荒れていた航さんは『一色さんの遺書が偽造されていた』と言っていなかったか。

 奴らは双葉さんが幼い子どもであることをいいことに、一色さんの死を目の当たりにしてショックを受けていてまともな判断ができないことをいいことに、双葉さんに悪意塗れの嘘八百を吹き込んだのだ。

 

 

“双葉ちゃんのお母さんは、キミのことで随分悩んでいたようだね”

 

“……育児ノイローゼだったんだろう……”

 

 

『……ッ!!』

 

 

 あまりの胸糞悪さに口元を抑える。僕もまた、彼女と似たような悪意に晒されたことがあるからだ。

 

 母は残される僕の未来を憂いながら亡くなった。その憂い通り、僕は祖父から『お前のせいであの子は死んだ。お前なんか生まれてこなければよかったのに』と責められた。祖父との決着がついた後も、親戚達から厄介者や邪魔者として扱われた。

 僕の場合、至さんや航さん、黎がいてくれたから立ち直れた。けど、双葉さんは孤立無援だ。一色さん以外に頼れる大人の存在を知らなかったのだろう。おまけに、この遺書のせいで親戚から拒絶され、本当の意味で孤立無援にされてしまった。

 

 

『クロウ……』

 

『……平気。キミがいてくれるから、大丈夫』

 

 

 僕の手を握り締め、ジョーカーは心配そうにこちらを見つめる。それだけで呼吸が楽になった。それだけで、救われた心地になった。

 もう大丈夫だと伝えたくて、僕は精一杯笑い返した。ジョーカーも察してくれたのだろう。柔らかに微笑み返してくれた。

 

 

『酷い……! 双葉ちゃんはお母さんを目の前で失ったのに……』

 

『おまけに、母を失ったショックでまともな判断が下せないことまでもを利用したのだろう。人間、パニックになると流されるがままになってしまうからな』

 

『どこまで卑劣な真似をすれば気が済むのかしら。獅童正義、本当の悪党よ』

 

『そうだな。絶対許せねー!』

 

 

 憔悴しきった子どもに対し、惨い追い打ちをした黒服たち――獅童の息がかかった連中に対し、パンサー、フォックス、クイーンが怒りをあらわにする。スカルも怒りをあらわにしていたが、『けど』と付け加えた。

 

 

『……双葉のヤツがこんな気持ちになったの、分かる気がする。俺も、おふくろに散々迷惑かけたって自覚あったし、もしかしたら鬱陶しがられてんのかもしれねーって思ったことあるし、それで自己嫌悪したことだってあるし』

 

『スカル……』

 

『もし、俺の目の前でおふくろが亡くなって、その直後にこんなモン見せられたら……最期のメッセージに『私が死んだのはお前のせいだ』って残されてたら――たとえそれが嘘でも、耐えられねーよ……』

 

『……そうだね。例え嘘でも、こんなこと言われたら辛いよ』

 

 

 母から一心に愛を受けていた双葉さん。けど、彼女はその事実を知らないまま、自分は疎まれていたと思い込んで生きてきた。自分のせいで母が死んだと思いこまされた。

 僕とは全くの正反対。だからこそ、双葉さんには知ってほしい。一色さんが伝えたかった本当のメッセージを。一色さんの愛情を、ちゃんと受け取ってほしかった。

 類似の過去――母親を目の前で亡くす――を持つ乾さんと双葉さんの違いは――事実と思い込みの点を除けば――“母親の死の原因が他人にあるか、自分にあるか”だったのだろう。

 

 乾さんには真次郎さんという恨む対象者がいた。だから、憎悪を糧にして奮起した。その結果が、2009年の10月3日に繋がった。――()()()()()()()()のだ。死ぬ覚悟を固めていた真次郎さんは無抵抗で乾さんの前に立ち、紆余曲折の末、乱入して来たタカヤの銃撃から乾さんを守って意識不明の重傷に陥っている。

 命懸けで自分を守った真次郎さんの姿や、真次郎さんと命さんのやり取りを目の当たりにして、乾さんは自分の憎悪が大事な人を悲しませてしまったことを知った。故に、憎悪と言う支柱を失って瓦解した乾さんは自分を責めた。……命さんや理さん姉弟や明彦さんが支えていなかったら、双葉さんと同じように引きこもっていたのかもしれない。

 

 乾さんも僕の予想と同じことを考えていたのか、沈痛な面持ちで俯いていた。

 

 

『今の双葉さんは、あの頃の僕と一緒だ』

 

『あの頃?』

 

『天田。何度も言ってるが、あの件はお前が責任を感じる必要は無ぇンだ』

 

 

 あの頃のあの一件――10月3日の出来事を話そうとした乾さんの言葉を、真次郎さんが遮る。

 しかし、僕とジョーカー以外の面々は、2人の話に興味を持っているようだ。それを察した真次郎さんは、意を決したように重々しく口を開いた。

 

 

『――天田の母親を殺したのは、俺なんだ』

 

『なっ……!?』

 

『ど、どういうこと!?』

 

 

 真次郎さんの告白に、【怪盗団】の面々は衝撃を受けたらしい。大きく目を見開いて動揺するスカルと、反射的に身構えたパンサーから視線をそらさず、真次郎さんは言葉を続ける。

 

 

『中学生の頃、俺と桐条、アキの3人で【放課後特別活動部】として活動してた。……当時はまだ、いろんなことが手探りでな。あの頃、ペルソナの暴走に関するデータはなかったんだ』

 

『一部の派閥がそれに関するデータを隠蔽してたってのも要因だよ。幾月を筆頭としたバカ共が非道な実験を――』

 

『吾郎。俺ぁ、お前に擁護してもらうような奴じゃねえよ。そんな資格もないからな』

 

 

 黙っていられなくなって、僕は思わず真次郎さんの話に割って入った。しかし、真次郎さんは真剣な面持ちで首を振る。

 “何も言い訳をしないこと”――それが、真次郎さんなりの覚悟であり、誠意であり、ケジメなのだろう。

 ……押し黙るしかなくなった僕やジョーカーがどんな気持ちでいるのかなんて、知りもしないで突き進んでしまう。真次郎さんの悪い癖だ。

 

 

『そんなとき、【影時間】中でシャドウと戦ってた最中、俺のペルソナが暴走した。ペルソナの暴走なんて初めてで、アキと桐条だけじゃ力不足でな。オマケに、俺自身でもどうにもできないっつー有様だ。その結果……天田の母親が巻き込まれて、亡くなった』

 

 

 ペルソナ使いが自信のペルソナを暴走させてしまった場合の危険性を解いていたのは、真次郎さん自身が乾さんの母親を死に追いやってしまったからである。

 【影時間】内に発生した出来事は現実で別の事象に置き換わるため、乾さんの母親の死は“交通事故による事故死”として処理されていた。

 

 もし置き換えが発生していなかった場合でも、真次郎さんは“意図して乾さんの母親を殺したわけではない”ため、殺人ではなく違う罪――言うなれば、“事故による過失致死”相当として扱われただろう。

 

 

『【影時間】の影響で天田の母親の件は事故死にされちまって、俺のことを証言した天田の訴えも握り潰されちまった。人の命を奪った殺人者であるはずの俺は、文字通り、無罪放免でのうのうと生きてる。……俺は、そんな自分自身が許せなかった。許されちゃいけねえって思ったんだ』

 

『……貴方は、ずっと悔いていたのか。人を死なせてしまったことを』

 

『当たり前だろ。人を死なせて平然としてる奴の気が知れねぇ。相応の償いをするのが普通だろうし、当然のことだろうが』

 

 

 真っ直ぐな面持ちで言葉を続ける真次郎さんの姿に、フォックスの審美眼は彼の心を見極めたようだ。真次郎さんの性格や良識は、【パレス】を築き上げる大人達とは泥雲の差がある。まともな人格者だからこそ、真次郎さんは自分を責めた。人の命を奪ってしまったことを重さを真摯に受け止め、罪を償おうと奔走した。いつか下されるであろう罰に備えるために生きてきた。

 だから、一般の人々が考えるような幸福に関わる要素を、自らの意思で率先して排除した。幼馴染や同級生から距離を置き、学校にも通わなくなって、時が来るまで孤独に過ごしていたのだ。わざわざ制御剤に手を出して寿命を縮めていたのも、【放課後特別課外活動部】の面々を遠巻きに見守るような立ち位置にいたのも、命さんに想いを寄せながらも頑なに口にしなかったのも、すべては贖罪のためであった。

 『何が償いになるのかも、どうやって償えばいいかも分からなかったから、思いついたことは全部やった』と言い切った真次郎さんに対して、【怪盗団】の面々は何も言えなくなっていた。特に、自分が起こした暴力事件で陸上部を廃部に追いやってしまったスカル、己の貞操を人質に取られた親友が鴨志田に脅されていたパンサーは、沈痛な面持ちで俯いている。

 

 それを察したのか、真次郎さんは改めて壁画の方に向き直った。黒服の男たちに囲まれ、『母親はお前が我儘を言ったから、追い込まれて自殺した』と嘘を吹き込まれた双葉さんの心情が描かれた壁画。

 双葉さんが引きこもってしまったのは、母親を死なせた自分の罪をどう贖えばいいのかを模索した結果なのかもしれない。贖う対価として差し出したのは、己の命とこれからの未来――だから、“墓”。

 

 

『上に“誘導された”って付くが、佐倉の奴は、母親を殺してしまったのは自分だって思ってる。その罰――もしくはケジメとして、“これから自分が掴むはずだった将来の幸福と、自分の命を無駄に浪費している”のかも知れねぇな』

 

『嘗ての貴方と同じように?』

 

『ああ。――だからこそ、この思い込みから佐倉を解放してやらねえと。アイツは俺と違って、何も悪いことなんかしてないんだ』

 

『……荒垣さん』

『クゥーン……』

 

 

 クイーンと話す真次郎さんへ乾さんとコロマルが何かを言おうとした直後、装置が回転した。壁画を光が貫く。光が差し込んだ途端、壁画は空洞へと変化する。光は真っ直ぐ大扉に導かれ、大扉の鍵が外れた。

 

 真摯な様子を崩さない真次郎さんから促されるような形で、僕等は【パレス】の攻略と探索を再開した。道中乾さんが何かを言い募ろうと口を開くも、真次郎さんにやんわり黙らせられてしまう。

 どこか重苦しい空気が漂う中、通路の奥に佇む人影を見つけた。久方ぶりに双葉さんのシャドウの姿を見た僕等は、彼女の元へと向かった。

 

 

『遅いぞ。何してる』

 

『ごめんね。……色々、見てきたから……』

 

『…………いや、私の方こそすまない。こっちだ』

 

 

 自分が【パレス】の制御をうまくできないと自覚しているためか、双葉さんのシャドウは罰が悪そうに目を伏せた。幾何か沈黙していたが、怒られない――自分を信じて待っていてくれる――のだと察知した彼女はこっくりと頷き返し、案内を再開する。

 だが、次の瞬間、大岩が通路に転がってきた。命からがら罠から逃げ戻った僕等は、大岩の罠を咲けて進む方法を探すことにした。幸い廊下の一部に通り抜けられそうな個所を発見したので、そこを進むことにした。

 

 どうやら、ここは大岩が転がる仕掛けの裏側らしい。調査していくうちに暗号と仕掛けの作動を確認した僕達は、早速暗号に従って仕掛けを操作する。すると、別な場所にあった装置と石板の色が変わった。早速操作すると、奥の扉が開く。

 今度も似たような仕掛けが広がっていた。同じ要領で、石板を光らせて暗号を確認しながら仕掛けを操作する。今度の石板の色は赤。赤と言えば危険色なのだが、これを操作する以外の手はない。すべての装置を動かし終えたとき、凄まじい轟音が響いた。

 結果、大岩の仕掛けは完全に壊れた。いや、僕達が壊したと言った方が正しい。廊下は通れなくなってしまったものの、大岩の上を飛び越えれば先へ進めそうである。僕たちは大岩を飛び移りながら先へと進んだ。

 

 その先には、また別の壁画がパズルになっていた。上下も操作する必要があったが、割と簡単に絵が揃う。泣いている王女の前で、年若い女性が車に飛び込んでいる絵だった。その斜め向かい側に、白衣を着た男の姿が小さく描かれている。

 

 

『これ、双葉さんのお母さんが自殺したときの……』

 

『……ねえ、ちょっと待って。また声がするよ!』

 

 

 ジョーカーが沈痛な面持ちで壁画を見上げていた時、パンサーがハッとしたように壁画を見た。次の瞬間、年若い女性の這いずるような声が響き渡った。

 

 

“ふ、ふたばああああああああああぁぁぁぁぁ……!”

 

『この声、一色さんだ!』

 

『亡くなった母親の声が、どうして……』

 

 

 僕の指摘に、フォックスが首を傾げる。

 

 

―― あ、ああ、あああ……! おかあさん、おかあさん……!! ――

 

―― 誰か! 救急車! 警察に連絡を! ……ええい、どいつもこいつもそんなにツイートが大事か!? おいそこのキミ! 暇だろ、救急車呼べ! そっちのキミは警察に連絡だ! 早くしろ、人の命が賭かってんだぞ!! ――

 

 

 不意に、少女と鳴き声と青年の切羽詰ったような声が響いた。前者は分からないが、後者は非常に聞き覚えがある。嘗ては日常的に聞いていた――つい最近も聞いたことがある声。そう、航さんだ。

 航さんはあの日、一色さんと会う約束をしていた。『双葉ちゃんと会って欲しい』と言われていたらしい。そうなると、あの自殺現場に航さんが居合わせたのは何もおかしな話ではなかった。

 僕がその旨を仲間達に話し終えたのと、仕掛けが作動して壁画が消えたのはほぼ同時。空洞を真っ直ぐ進んだ光は扉に当たり、光を受けたことによって扉の鍵が解除される。

 

 モナ曰く、『ここで半分を超えたぞ!』とのことらしい。パピルスを盗んだ賊から守護を託されていた神取以外、特に目立った妨害はない。だが、油断は禁物だ。

 扉の先には見事な造形の巨象――ツタンカーメンが鎮座している。芸術家のフォックスが感嘆し、スカルは生返事ながらも同意し、パンサーが海外旅行気分だとはしゃぐ。

 

 そこへ、シャドウの気配を察知したモナが注意を促した。猶更気を引き締めて進まねばなるまい。

 

 途切れた廊下を飛び移り、時には横穴を潜り抜け、新たなフロアを駆け抜ける。数多のスイッチを操作し、アヌビス像から拝借した宝珠を台座に嵌めると、光で出来た床が現れた。

 『消えてしまいそうで怖い』というパンサーの発言におっかなびっくり気味になりつつ、先へ進む。こちらの不安に反して、床は勝手に消えたりしなかった。奥へ進むと、双葉さんのシャドウが待っていた。

 

 

『死んだかと思った』

 

『割とマジで死にかけたけどな……』

 

『けど、期待と依頼に答えるのが私たちだもの』

 

『……頼もしいな』

 

 

 スカルが苦笑し、ジョーカーが不適に微笑む。それを見た双葉さんのシャドウが、ほんの僅かながら口元を緩めた。

 彼女曰く、『もう少し』とのことらしい。次の瞬間、双葉さんのシャドウが『あ』と声を漏らして溶けるように消え去ってしまった。

 

 間髪入れず現れたのは、僕等の行く手を阻んだ番人シャドウだ。王の墓の守護者と名乗った番人は、容赦なくこちらに襲い掛かって来る。ならばこちらも手加減は不要だ。

 番人は雑魚より少々腕が立つほどでしかなく、雑魚を簡単に蹴散らして進んできた僕達にとって話にならない。奴を簡単に下した僕達は探索を再開する。

 慣れた手つきで仕掛けを解けば、光の床が新たに出現した。見た目に反して消えないことを知っているため、躊躇うことなく駆け抜ける。すると、スイッチを発見した。

 

 スイッチは押すものである。ジョーカーは躊躇うことなく仕掛けを作動させた。バリスタから矢が発射され、壁を壊す。すると、装置から伸びていた光がさらに奥へと繋がった。双葉さんのシャドウが言っていたことが正しければ、このパレスの攻略も佳境に入っている。僕等は顔を見合わせた後、再び駆け出した。

 

 光の柱を追いかけていく。道中見上げたツタンカーメン像をよじ登っては飛び移り、光の柱を繋ぐオブジェを飛び移り、小部屋に辿り着く。

 光が途切れたその部屋にある仕掛けは、僕たちが目にした壁画のモノだ。ジョーカーは何の苦もなく壁画のパズルを解き明かす。

 

 

『これ、甘えてるの双葉ちゃんだよね?』

 

『子どもが、母親の袖を引っ張っている?』

 

 

 出来上がった絵を見たパンサーとフォックスが考え込む。幼い王女が母親の服の袖を引っ張っている壁画。間髪入れず、声が響いた。

 

 

“お母さん、わたし、いつもご飯1人なのやだ。コンビニの弁当ばっかりだし……。どっか行きたい、連れてってー!”

 

“ワガママ言うんじゃないの! お母さんだって頑張ってるんだから! ――ああもう!”

 

 

 双葉さんのワガママを りつける一色さんの声には、苛立ちが混ざっていた。晩年の一色さんは認知訶学の完成に向けて追い込みをかけていたらしいから、ピリピリしていたのは仕方が無かろう。

 僕も母子家庭育ちで母にワガママを言ったことはあるが、幼いながらに家庭の事情を察して以降はワガママを押し殺していた。僕を育てるために苦労している母親を、これ以上困らせたくなかったのだ。

 そんな僕を見た周囲の大人の反応は二極化し、『この年で思慮分別があるのは躾が行き届いている証』と褒める者と、『ワガママを言えないのは愛情が足りない証』と蔑む者とに分かれていたか。閑話休題。

 

 

『……この壁画は、双葉さんが“母親が自殺したのは、育児ノイローゼが原因である”と思い込むきっかけになった出来事だったのかな』

 

 

 乾さんは『子どもが大人に甘えるのは、別に普通のことだと思うけど』と付け加えつつ、壁画を見つめる。彼は壁画越しに自分の過去――母親と一緒に暮らしていた頃の日々を見ているのかもしれない。傍に佇んでいた真次郎さんもまた、乾さんの横顔をじっと見守っていた。

 

 僕が知っている一色さんは、仕事の絶好調と絶不調が家庭の状況と直結しているような人だった。彼女が航さんと自慢合戦を繰り広げていたのは研究が順調に進んでいた時期だし、娘のことで愚痴と相談を零していたのは亡くなる少し前の時期である。双葉さんにとっては、それが母子の日常風景であった。

 双葉さんは一色さんにワガママを言っているが、多分、本当はちゃんと分かっていたと思う。母親が今、大切な研究のために頑張っていることを知っていたと思う。だから最後は、母親を仕事に送り出した。研究が終われば一緒に遊ぶことができると信じて、母の背中を見送った。

 

 母と子の信頼関係はきちんと築かれていたのだ。――黒服の連中が、偽造した遺書を双葉さんに読み聞かせるまでは。

 あの遺書によって、双葉さんは母と過ごした日々を信じることが出来なくなった。

 今までの思い出は忌まわしい記憶となり、壊れた家族関係は自責の念へと転化して、ずっと彼女の心を蝕み続けた。

 

 

『……もしかして、双葉はこういう出来事が積み重なっていたことを気に病んでいたのかしら』

 

『親が忙しいって分かってても、やっぱり寂しいし。アタシも諦めがつくまではそうだったからなぁ』

 

『罪悪感で一杯になる気持ちは俺も分かるからな。……そんなときに、嘘でもあんな遺書見せられたら……』

 

『もしかしたら、一色家の家庭事情を知っていた上での遺書偽造だったのかもしれん。許せんな』

 

 

 クイーン、パンサー、スカル、フォックスが分析する。彼/彼女らを眺めながら、僕は考えた。一色さんは、僕と会話をした後、双葉さんとどんな会話をしたのだろうか。あの壁画のまま喧嘩別れしたような形だったら、双葉さんが自分を責めてしまうのも頷ける気がした。

 

 

『双葉さんは、自分の記憶と事実に向き合うのが怖いんだね。……やっぱり、あの頃の僕と一緒だ』

 

『天田。何度も言わせるな、お前は――』

 

『庇わないで下さいよ、荒垣さん。罪を犯したのは僕だって一緒だ。僕の憎悪による思い込みが、貴方を死ぬ寸前に追いやって、命さんを泣かせる原因になったことは事実でしょ?』

 

 

 乾さんが口にしたのは、最初の壁画で言いかけ、真次郎さんに遮られた話だった。2009年10月3日――真次郎さんが乾さんの盾になり、タカヤの銃撃を受けたときの出来事。

 真次郎さんは慌てて乾さんを遮ろうとするが、逆に遮られてしまう。『いい加減、自分を悪役に貶めなくていいんですよ』とため息をついた乾さんは小さく肩を竦めた。

 

 乾さんの言葉に興味を持ったのか、スカルが目を瞬かせた。

 

 

『思い込み、って?』

 

『そのままだよ。ほら、一番最初の壁画で話したでしょう? 『荒垣さんへの憎悪を糧にして生きてきた』って』

 

『だからそれは、被害者遺族のお前には当たり前で――』

 

『――僕、本当はずっと前から分かってたんだ。荒垣さんは、僕が想像していたような真犯人じゃない。人殺しなんか絶対できない、するはずがない人なんだって』

 

 

 真次郎さんは尚も乾さんの言葉を遮ろうとするけれど、乾さんは真次郎さんを振り払うようにして訥々と言葉を続ける。

 

 

『荒垣さんは、責任感が強くて、真面目で、常に誰かを気遣える優しい人だよ。巌戸台の分寮で共同生活してた僕等の食生活を心配して、みんなのために晩御飯に美味しい手料理を振る舞ってくれるような人のどこが“最低な人殺し”なの?』

 

『手料理!?』

 

『うん。僕とジョーカーも食べたことあるけど、すごく美味しかったよ』

 

『真次郎さんのビーフストロガノフ、また食べたいね』

 

『なんと! ……料理の腕も相当と見た。是非、俺も同伴にあやかりたい……!』

 

 

 乾さんの言葉を聞いたクイーンが目を見張る。ついでに、僕とジョーカーの補足を聞いて、欠食児童のフォックスが爆速で食いついてきた。奴の審美眼は真次郎さんの料理の腕を見抜いたらしく、キラキラと目を輝かせていた。

 新島家の家事を一手に引き受けるクイーンや両親が海外を飛び回っているパンサーも感嘆の息を吐く。スカルに至っては、料理名だけで『絶対作るの難しいヤツ』と『真次郎さんが作ったら美味しいヤツ』の2つを察し、だらしなく緩んだ口元を覆い隠していた。

 

 『今回の件が片付いたらオムライス作ってくださいね』と笑顔で好物を指定した乾さんは、真次郎さんに自分のリクエストを了承されたことを確認した後に話を続けた。

 

 

『……でも、それを認めてしまったら、僕は何を支えにして生きて行けばいいのか分からなくなる。どうしたらいいのか分からなくなる。だから僕は、“荒垣さんが悪人である”という証拠が欲しかった。――そんなときだったんだ。“ラウンジの攻防”が起こったのは』

 

『あー……。あのはねっかえりの……。でも、俺は――』

 

『命さんが【S.E.E.S】の面々の前で公開告白した一件で、僕の初恋は儚く散った。……僕はそれを、荒垣真次郎は最低な人間であることの証拠として、復讐を肯定する免罪符の1つとして利用したんだ』

 

 

 居た堪れなさそうに視線を彷徨わせる真次郎さんが言い募ろうとしたのは、最初のうちは命さんからの告白を袖にしようとしていたことだろう。己の罪を重く受け止めていたからこその行動である。

 実際、真次郎さんは命さんから告白を受けた際、『からかうのはよせ』、『馬鹿なことを言うな』、『勘違いだ』、『考え直せ』と言って、命さんを説き伏せようと試みた。

 だがしかし、命さんは諦めなかった。諦めが悪かった。駄々をこねるような調子で、けれども何一つぶれることなく、彼女は真次郎さんへの愛を叫び続け、押しまくっていたのだ。

 

 根負けした真次郎さんは命さんを連れて自室へ向かった。その後どんなやり取りをしたのか、僕と黎は続きを知っている。寮の監視カメラに残っていた記録を見返した際、その映像が偶然残っていたためだ。

 命さんに押されていた真次郎さんであったが、彼女にぶん回されたことで本音を押さえていられなくなってしまった。命さんを抱きしめて、『こんなはずじゃなかった』と恨み言――愛の言葉を継げる。

 

 相手を大切に想うが故に、相手を心から愛しているからこその情けない強迫を、命さんは満面の笑みで振り払った。真次郎さんの手を取って、『後悔しない』とまで言い切った。真次郎さんは深々とため息をつき、何とも深い愛情に満ちた恨み言を言い捨てて――そこで映像が途切れていたか。閑話休題。

 

 

『じゃあ、今は荒垣さんのこと、どう思ってるの? 仲良さそうに見えるけど、ケジメつけたの?』

 

『つけようとしたよ。母の命日の日――その日は大型シャドウの討伐が行われる日だったんだけど、それをすっぽかしてね。【影時間】中に荒垣さんを呼び出したんだ。……彼を殺すために』

 

 

 おずおずと問いかけたパンサーに対し、乾さんは爽やかな笑顔で頷いた。

 物騒な内容であるが、現在隣に並び立つ2人の姿からケジメの行く先を察したのだろう。

 

 モナは真次郎さんと乾さんの姿を真正面に見据えながら、ふっと口元を緩めた。

 

 

『けど、アラガキの奴はこうして生きてる。――殺さないことにしたんだな』

 

『うん。……と言っても、正確には『殺すことができなかった』って感じだね。【影時間】内に人殺しを行う暗殺者集団(ストレガ)の長が、僕等を見つけて襲撃してきたから』

 

『“ニンゲンの手で生み出されたペルソナ使い”達……。【パレス】や【メメントス】のシャドウ達との共通点は、ヒトの歪みが生み出した産物だってことだな』

 

 

 第3世代のペルソナ使い達が対峙した出来事を思い出したのか、モナは難しい顔をして唸る。

 もしかしたら、先々代の桐条当主や幾月のクソ野郎にも【パレス】が存在していたのかもしれない。

 僕等の予測が正解か不正解かを確かめる方法はもう残ってはいないから、無意味な話題ではあった。

 

 

『正直、ちょっと驚いたんだよ。荒垣さん、丸腰で僕の前に立ったから。『自分は殺されて当然だ』って、無抵抗でさ。『お前が『人の命を奪ってしまった』と悔いて、自分を責め続けるような人生を歩む可能性がある。それが唯一の心残りだ』って、自分を殺そうとする相手を気遣うんだよ? 挙句の果てには、僕を庇って、タカヤから銃弾2発浴びせられて、『悪いのは自分一人だから天田を責めるな』って言うんだ』

 

『……償い、か。心の底から悔いていたからこそ、荒垣さんはその選択を下したんだな』

 

 

 フォックスの言葉を受けた乾さんは自嘲する。

 

 

『最悪だよ。悪いのは僕なのに、荒垣さんがそんなこと言って意識不明になっちゃったから、みんな僕を赦すしかなくなって。命さんだって泣きたかったはずなのに、僕を詰っても良かったのに、僕の前では取り繕うように笑っててさ。……余計に、どうすればいいか分からなかった』

 

『被害者遺族と加害者が、加害者と被害者になっちまったもんな。……だからこそ、アンタは、荒垣さんが何を考えてたか分かっちまった。それで、恨むのをやめたのか』

 

『そうだね。――僕が荒垣さんと向き合うことを放棄して、何も見なかったことにして、自分の目を曇らせて突き進んだ結果だ』

 

 

 スカルの問いかけに乾さんは頷き返した。そうして、彼は壁画に向き直る。母に甘える少女のワガママと、それを聞いて苛立ちの声をあげた母親の絵。

 双葉さんのシャドウがペルソナとして覚醒するためにも、双葉さんがもう一度前を向くためにも、彼女達はこの記憶と向き合う必要がある。

 

 乾さんが真次郎さんと共に過ごした期間は、10月3日の時点で1か月に満たない程度。でも、その間にも、乾さんは真次郎さんがどのような人柄なのかを観察する機会は沢山あった。

 日常生活でも、大型シャドウ戦でも、タルタロスの攻略中でも、真次郎さんが善人であるという証拠を何度も見てきた。人を殺せるような人ではないという事実を目の当たりにしてきた。

 でも、それを認めないことを選んだのは、乾さんの弱さだった。真次郎さんを赦してしまったら、生きる支柱である憎悪を手放してしまったら、自分が積み上げてきた2年間を裏切ってしまう。

 

 真次郎さんがクソ野郎だったら、乾さんはきっと、こんなに悩むことは無かった。苦しむ必要もなかった。

 だから乾さんは、“ラウンジの攻防”――初恋の終わりに直面した際、復讐の執行を選んでしまったのであろう。

 

 ――そして彼は、見て見ぬふりをしてきた事実によって打ちのめされた。

 

 

『だからこそ、双葉さんには、お母さんと過ごした日々と向き合ってほしい。……あの子はまだ、やり直せる。僕と同じような思いを味わってほしくないんだ』

 

『…………っ』

 

 

 10月3日の衝撃は後悔へと変質し、真次郎さんが命の危機を脱して長い時間が経過した今でも、乾さんの中で残り続けている。故に、乾さんは、双葉さんを放っておけなかったのだ。

 泣き出してしまいそうな笑みを浮かべた乾さんの横顔を見て、真次郎さんは苦しそうに俯く。直後、仕掛けが動いた。光は壁画に当たり、壁画は溶けるように消えていく。

 

 光は大回廊の扉に照射され、大扉の鍵は解除された。感傷に浸っていた2人とそれに飲み込まれてしまった【怪盗団】の面々に音頭を取るかのように、コロマルが吠える。

 

 

『わうっ! わんわん!』

 

『そうだよな。今はフタバの奴を助けるために、【パレス】を攻略するのが先だ』

 

『よし、行こう』

 

 

 コロマルに促され、モナとジョーカーは頷く。僕等も頷き返して探索を再開した。大回廊の奥へと足を進めれば、双葉さんのシャドウが現れた。彼女は酷く憔悴しきっている。

 真っ直ぐ立っているのが難しいようで、ピラミッドの王女は身体をふらつかせていた。彼女は顔を真っ青にしており、うつむいたままブツブツと何かを呟き続けている。

 

 

『思い出せ、思い出せ。おかあさんは、あのとき、どんな顔をしていた? あのとき、なんと答えた? あのとき、あのとき――』

 

 

 双葉さんのシャドウはそのまま消えてしまった。確か、現実世界の双葉さんは、チャットの友達やカウンセラーと対話しながらトラウマと向き直っていたはずだ。

 セラピストの麻希さん曰く、カウンセリングと言うのは一長一短でどうにかできるものではない。無理に押し進めれば、悪化の可能性も孕んでいる。

 現実の双葉さんは、かなりの無茶をしているのだろう。その心的疲労が、双葉さんのシャドウに反映されている。……双葉さんが必死になって戦っている証拠だ。

 

 ならば尚更、急いで双葉さんを助けなければならない。大扉が開かれた先へ進もうとした僕達だが、その先には黄色いテープと緑の看板が張られていた。

 立ち入り禁止を意味するそれは、双葉さんの部屋の扉に張られていたものと同じである。彼女の認知が、この先へ進む道を閉じているのだ。

 

 そこへ、再び双葉さんのシャドウが現れた。彼女曰く、この先が『王の間』で【オタカラ】が安置されている場所らしい。だが、この先に進むには、現実世界の双葉さんから許可を得なければならないという。

 

 

『ここまで来たお前たちなら、できるかもしれないな。……頼む』

 

 

 双葉さんのシャドウはそう言い残し、ゆっくりと姿を消した。僕達は顔を見合わせて頷き合い、現実世界へと帰還する。

 

 

「でも、どうやって部屋に入れてもらうの? 『誰も入れてもらえない』って、マスター言ってたわよね?」

 

「重度の引きこもりだもんな……」

 

「多少強引でもやるしかないかな。もう一度忍び込むとか。……航さんと連絡取れれば、また別なんだろうけど」

 

 

 「あの人、研究になると1か月間泊まり込みとか、各支部を転々とするとか普通にするからね」と黎がぼやく。僕も遠い目をしながら頷いた。

 それを聞いた真と竜司が深々とため息をつく。乾さんや真次郎さんも覚えがあったから、苦い顔をしてそっと目を伏せていた。

 流石に研究でデスマーチ状態の航さんを無理矢理呼びつけることは不可能だ。多少強引な手段になってしまうが致し方ない。

 

 

「佐倉さんに見つかったときの言い訳を考えておく必要がありそうだね……」

 

「決行日とかも考えなきゃ」

 

 

 杏が苦笑した。黎も頷く。

 

 

「まあ、最悪の場合は『冴さんが本格的に強硬手段(でっちあげ)を企てていて困っている。本人たちの証言が欲しい』って言っとくから」

 

「……吾郎。貴方の新島冴(お姉ちゃん)像は一体どうなってるの?」

 

「……真。正直、あの状態の冴さんだと、本当に何をやってもおかしくない――」

 

 

 ジト目で睨んできた真に答えようとしたとき、僕の電話に着信が入った。発信元は――なんと、冴さん。仲間たちに静かにするようジェスチャーし、僕は電話に出る。

 冴さんは随分とおかんむりだった。無意味にピリピリしていると言ってもいい。話の半分は警察や上司に対する罵詈雑言だが、僕に出された指令は『虐待の証拠集め(でっちあげ)』だった。

 まさかの“嘘から出た実”状態である。電話を切った僕は真に視線を向けた。真は「お姉ちゃん……」と声を震わせながら顔を覆った。黎が真の肩を叩き、無言のまま励ます。

 

 予告状は竜司と真がどうにかしてくれるらしい。ならば、後は佐倉家に乗り込むタイミングを決めるだけだ。

 

 僕は黎に向き直る。

 黎は力強く笑って頷き返した。

 

 

 

◇◆◆◆

 

 

 

「――なんだここ?」

 

 

 空元航は航は南条コンツェルンの研究者である。しかし、航が目覚めた場所は研究棟の仮眠室ではなく、ピラミッドの一室だった。

 

 しかし、この部屋はおかしい。ピラミッドの一室であることは確かなのだが、時折、現代風の部屋へと装いを変えるのだ。

 左手前の壁にベッドが、奥に多くのモニターを持つPCが置かれた机が鎮座している。右側奥の壁には大量のごみ袋が積み上げられていた。

 

 

「…………夢か」

 

 

 航は暫しその光景を眺めた後、白衣のポケットからスマホを取り出した。現在時刻は深夜1:00。実験もひと段落して眠っていたことを考えると、まだ寝てていい時間帯だ。

 躊躇うことなくベンチに横になり、そのまま身を丸める。そこでふと、航は思い至って懐を漁った。『双葉へ』と書かれた封筒を取り出す。亡くなった友人が娘へ宛てた手紙。

 封は切っていない。この手紙の封を切るべきは、一色若葉の娘である一色双葉なのだから。航はそんなことを考えつつ、封筒を懐へとしまい込んだ。

 

 早々に瞳を閉じる。予期せぬ覚醒だったためか、身体はすんなりと睡眠を受け入れた。

 航の意識はそのまま沈んでいく。深く、深く、深く――あっという間に、世界は闇に包まれた。

 

 

 





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書き手の推しは荒垣さんです。その影響を大きく受けた結果、自分でも驚くほどの長文になってました。メモ帳で100KB超えたのは初めてです。
今月は一度手が止まってしまってから、暫く何も書けない期間が長かったです。リアルも色々忙しかったのも相まって、かなりの日が開いてしまいました。
switch版のペルソナ5の発売も近づいていますね。2つとも大きなネタバレ要素をぶち込んだPVだったのには驚きましたが、果たして……?
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