Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。

・足立透に関する多大な捏造要素がある(重要)
・足立透に関する多大な捏造要素がある(重要)
・足立透に関する多大な捏造要素がある(重要)



A Lone Prayer -Dream of Butterfly- Ⅵ
フラグメントⅠ:Anyone can⇒One and only


 

 2010年当時の足立透は、巌戸台で働く警察官――その中でも所謂、エリート候補生と呼ばれる部類――だった。当時のことは、巌戸台を取り巻いていた状況ごとよく覚えている。

 巌戸台に蔓延っていた【無気力症】、犯罪請負集団ストレガと原因不明の連続不審死が嘘みたいに消え去り、平和な日常が戻って来たばかりの頃だった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

『またサボッてるのか、ヘドロ畑育ちのキャベツ刑事(デカ)!』

 

『煩いぞクソガキ! このポンコツ二重人格! お前みたいなガキんちょはパンケーキでも食ってろ!』

 

 

 ひょんなことから出会ったクソガキ――明智吾郎と、そいつの保護者と恋人ども――空元至、有栖川黎との交流が始まったのも、ほぼ同時期だ。足立が愚痴を零していた現場に、この3人と連れの犬が居合わせたのが全ての始まりだった。

 ただ、初めて顔を合わせた際にどのような会話を繰り広げたのか――或いは、顔を合わせれば罵詈雑言を飛ばしあう間柄になるに至るまでどのようなやり取りを重ねてきたのかはよく思い出せない。気が付いたら“こんな関係”に収まっていた。

 

 

『長鳴神社に、中学生の女の子が1人でいるみたいなんだ。普通の子とは様子が違うみたいでさ。……もしかしたら、虐待されているかも』

 

 

 彼等とのやり取りを“日常”と認識する程に親しくなっていたことに気づいて、それを明確に自覚した頃だったように思う。

 クソガキこと明智吾郎の保護者・空元至が、善良な一般市民と言う立場から――神妙な顔つきでとある相談事(???)を持ち掛けてきたのは。

 

 空元至曰く、その少女は月光館学園に通っている女子生徒で、夜遅くまで神社の一角で座り込んでいるのだという。お人好しを絵に描いたような連中だった3人は――足立の予想した通りに――女子生徒に話しかけたようだが、彼女は3人を無視するようになったらしい。

 ただ、心と口を閉ざす直前、少女は『“いい人”は嫌い』と語ったという。空元至は『『こんな時間に何をしているんだ』、『ご両親が心配するぞ』くらいしか言ってないけど、何かあったとするならこの発言のどちらかが少女の地雷だったのではないか』と類推していた。

 早々に地雷を踏んできた相手である空元至やその取り巻き――明智吾郎や有栖川黎にも心を閉ざし、無視を決め込む少女のことを、空元至は放っておけなかったようだ。……それ以外にも、奴には“足立透は少女を放っておけないだろう”という算段や、そうするための発破のかけ方を把握していたのだと思う。

 

 

『“パイセン”の見た目と本質って、“いい人”から程遠そうじゃん。でも、立場は警察官だろ? なら、何か聞きだせるんじゃないかなぁ』

 

『……あの様子だと、警察関係者はまだ何も知らないんじゃないかな。手柄の気配が漂ってるとは思わないか?』

 

 

 ――嫌な奴だ、と思った。

 

 人畜無害な顔をして、底なしのお人好しみたいな顔をして、人が抱える心のやわくもろい所に触れてくる。しかも、触れる際にかけてくる力は必要最低限。誰かの心を傷つけないが、人を揺さぶる程度には絶妙である。当時は『誰かから悪い入知恵をされたのではないか』と思ったものだ。

 足立は“自分が聖人君子でない”ことを良く自覚している。多分、この世界に生きている人間の大多数――良識と常識に精通しているが、程々に狡猾で、それなりにクズい部分を持つ人種であった。但し、“警察官を志し、公務員試験を突破する”程度には、警察官としての適性を有する人間である。

 

 訳アリの人間を放置できないのも、人助けに思うところがあるのも事実だ。

 そして、出世するための手柄を求めているというのも本当のこと。

 だから足立は、コウハイ兼善良な一般市民である空元至から詳細を聞き出すことにした。

 

 

『それで? その女子生徒は、何曜日の何時頃に目撃することが多いの?』

 

『うわぁ。出世の話したら本当に食いついてきたぞ。コイツに任せて本当に大丈夫??』

 

『そこはほら、一応、お巡りさんだから……』

 

『聞こえてるんだよクソガキィ!!』

 

 

 うるさいガキんちょどもから茶々を入れられたものの、足立透は空元至から望みの情報を手に入れることが出来た。聞き出した通りの曜日と時間帯に、指定された場所――長鳴神社に足を踏み入れれば、果たして情報通りの光景が広がっている。

 空には星が瞬く頃、神社の境内。街灯の光が僅かに差し込む一画で、座り込んでいる影がひとつ。足音を殺しながら接近すれば、空元至の証言通りの格好――月光館学園の制服を身に纏った少女が体を丸めるような体勢で座り込んでいた。

 

 月光の光を思わせるような銀髪が目を惹く。髪型は男と見間違える程のベリーショートだが、「切り揃えられている」というより「切り刻まれた」と言った方がいい有様だ。

 件の少女が女子生徒の制服を身に纏っていなければ、足立は彼女の性別を誤解したままだったろう。『制服が無かったら女の子だと分からなかった』――空元至の証言通りである。

 一般的な女子生徒の身長体重を考えても、件の女子生徒は明らかに瘦せ過ぎの部類だった。よく見れば、制服から覗く皮膚の一部の色が青紫色になっている。……ただ事ではなさそうだ。

 

 

(『“いい人”は嫌い』、なんだっけ)

 

 

 足立は足を止めて考える。脳裏に浮かんだのは、高校生や大学生の女性を怪しいバイトに誘っている犯罪者の姿だ。そいつの言動を脳内でエミュレートした後、それを外部――少女相手に出力する。

 

 

「何してるの? こんな時間に、こんな場所で、1人で座り込んでるなんて」

 

 

 俯いていた少女がこちらを見返す。虚ろな紫色の瞳に映し出されたのは、悪い笑みを湛えた大人の男。

 どこからどう見ても、善良な人間からは程遠い。初見で警察官であると気づける人間はまずいないだろう。

 

 

「もしかして、プチ家出か何か? 反抗期ってヤツ?」

 

「…………」

 

「いるんだよねぇ。キミくらいの年齢の子で、『家に帰りたくない』とか、『なるべく家に居たくない』って考えから、こんな時間に1人でいるようなタイプ」

 

「…………」

 

「そーいう子は、悪い大人の狙い目なんだよ」

 

 

 足立は屈んで少女と目線を合わせ、怪しく微笑む。

 

 

「そんなに無防備でいると、悪い大人に連れてかれちゃうよ? ――僕みたいな、悪ーい大人にね!」

 

「――本当?」

 

 

 虚無を湛えたような瞳に光が宿る。無表情だった少女の表情が驚愕に彩られた。

 思いもよらない反応と食いつきっぷりに虚を突かれた足立へ、少女は畳みかけるように問いかける。

 

 

「本当に、私を連れて行ってくれるの……!?」

 

「え、」

 

「……っ、お願いします……! 何でもするから、私を連れて行ってください!!」

 

 

 縋り付くような眼差し、伸ばされた手、震える声で紡がれた言葉。少女がその動作をするために――或いはその言葉を紡ぐのに、どれ程の決意や勇気を奮い立たせたのだろうか。足立透には、詳しい事情など何一つとして分からない。だが、そんな足立透でも分かることがあった。

 少女は助けを求めている。不特定多数の誰かに向けたそれを、足立透へ向けている。犯罪者の甘言のエミュレートに縋り付くくらい、少女の心は追い詰められている。今迄も不特定多数の誰かに助けを求めては、全てからその手を振り払われてきたのだろう。諦めてきたのだろう。

 ほの暗い歓喜が胸を満たす。けれどそれ以上に、心の奥底で燻っていた情熱が派手に燃え上がったような気がした。少女の望みは足立透と言う個人/人間ではないけれど、それでも構わないと思った。足立もまた、不特定多数の誰かに求められたかった人間の1人だったから。

 

 

「お願い、助けて」

 

 

 祈るように、願うように、少女は足立を見上げて言葉を紡ぐ。頼りない街灯の光は、少女の双瞼から零れ落ちる雫を照らし出した。

 

 分かっている。分かっていた。少女は自分が助かるためなら、助けてくれるなら、相手は誰でもよかったのだ。

 分かっていた。そのつもりだった。足立も、自分に助けを求めてくれるのであれば、相手は誰でもよかったのだから。

 

 

「――分かった。必ず、キミを助ける」

 

 

 足立はしっかりと少女の手を握り返す。彼女の瞳に映る男の表情は、青臭い理想と情熱を湛えた正義の人であった。自分もこんな顔が出来たのか――と、どこか他人事のように思った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 顔を合わせる度に、言葉を交わす度に、心の距離が近づいていく。

 それに呼応するかの如く、少女はぽつぽつと自身の窮状を話し始めた。

 

 

『私を引き取った親戚から、虐待を受けているんです』

 

 

 少女――霧海(むかい)(りん)は、去年、実の両親を事故で亡くしたという。その後、父方の親戚に引き取られたことをきっかけに、巌戸台にやって来た。最初の数か月は平穏な生活を送っていた凛であったが、その平穏は親戚の一人息子が人間関係の悩みにぶち当たったことから崩れ去ってしまった。

 件の息子はストレスから体を壊し、事実上の引きこもりになってしまう。外面が良く権威持ちだった親戚夫婦=養父母は一人息子のことを『病気療養中』ということにして家の中で過ごさせていた。だが、自慢の一人息子が引きこもりになったという事実を養父は受け入れることができず、鬱屈した気持ちを抱え込むようになる。

 

 

『最初に手を上げてきたのは養父でした。“病気療養中の息子を思いやる優しい父親”として振る舞うことに対して、鬱憤を抱いていたのでしょう』

 

『そのはけ口として、私と養母に殴る蹴る等の暴力を振るうようになりました。……最も、養母はすぐに私を盾にするようになったので、今被害を受けているのは私だけですけど』

 

『養父の姿を見ていた義兄も、私を体のいいサンドバックだと思ったのでしょう。“あの家の中で一番立場が低い人間の霧海凛には、何をしてもいい”と考えた』

 

『……私を使()()()欲望を発散するようになってから、義兄の精神状態は安定するようになり、無事に立ち直りました。今では立派な夢追い人として、父子共々尊敬を集めています』

 

 

 どこにでもいる“いい人”だったら、凛の証言を眉唾物扱いしていただろう。そう思ってしまう程に、彼女を引き取った親戚一家は清廉潔白で品行方正な権力持ちどもであった。

 養父は政治家とも関りを持つ教育者、養母はボランティア活動に勤しむ慈善活動家、義兄は今を時めく新進気鋭の音楽家であり、優秀な才能を持つ演奏者である。

 一介の学生――しかも、家族を亡くしてからは親戚一家に世話になっている霧海凛の証言を真面目に聞くような人間は殆どいない。親戚一家の方が、地位も名誉も信用もずっと上だからだ。

 

 実際、凛が第三者に自身の窮状を訴えても、誰も取り合ってくれなかったという。終いには、相談した相手から親戚一家に内容を告げ口され、更に酷い目にあった――否、現在進行形で酷い目にあっている。

 告げ口した相手には悪意はなく、善意からの行動であった。『凛ちゃんと親戚一家の間には何か誤解があるようだから、取り持ってあげようと思ったんだ! 仲直りできたかい?』と声をかけてきたらしい。

 

 “いい人”達から善意で背中を討たれ続けた結果、凛は“そういう人間”を信じられなくなった。自分の周りには“そういう人間”しかいないと絶望した結果が、空元至たちへの嫌悪と足立の犯罪者エミュに縋り付くという方向に結びついたのであろう。

 

 

『養母はどうしてるの?』

 

『無関心を貫いてます。……まあ、当然ですね。私1人が犠牲になってさえいれば、あの一家は安泰なんですから』

 

 

 薄暗く微笑む少女の横顔は、いつか鏡で見た足立の顔をよく似ていた。勉学に励み点数を稼いでさえいれば、足立の家も、表面だけは平穏だったからだ。

 

 足立の場合は“親の期待に応える”という方法で一定の自由を確保できていたけれど、凛の場合はそんな抜け道も存在していないようだった。

 否、抜け道を探すという発想を思いつけるだけの余裕を亡くしていると言った方が正しい。丁寧に心を折られ続けた結果、凛は自身の周囲に目を配ることができなくなった。

 親戚一家が意図的に視野狭窄に陥らせたという部分もあったのだろうが、“親戚一家に逆らうことはできない”、“自分が自由になる道はない”と思い込まされてきた。

 

 その思い込みを壊さない限り、少女は行動を起こすことすらままならないだろう。

 その下地は、これまでの交流で形作りつつあった。満を持したような形で、足立は凛へ耳打ちする。

 

 

『……外面が良くて、権力があって、信用がある連中が相手でも、どうにかする方法はあるよ』

 

『えっ?』

 

『――証拠だ。奴等がキミを踏み躙っているという、確固たる証拠があればいい』

 

 

 それを聞いた凛は、まるで目から鱗が落ちたみたいな顔をした。或いは、何度計算し直しても正しい答えが出てこなくて悩んでいたとき、些細なケアレスミスに気づいてあっさり正解に辿り着いたときのような顔とも言える。――とにかく、『全てを持っている親戚一家に太刀打ちする方法がある』という事実に気づいた凛は、酷く驚いた様子だった。

 足立の言葉が凛の拠り所になったのか、彼女は足立の言葉を遮って二つ返事で頷き返した。『警察組織や司法を動かすための証拠を集めるには時間がかかる』と言ったところで遮ったため、証拠集めのために現状維持を続けなければいけないという部分は既に覚悟の上だったのかもしれない。出会ったときとは違い、霧海凛の瞳は生気で満ち溢れていたのが目に焼き付いている。

 

 彼女とそんなやり取りを交わしてから、1か月程経過した後。

 

 

『――現行犯もアリですよね。それなら、絶対に言い逃れなんかできない』

 

 

 電話越しの凛が不敵に笑う気配がしたのは、今から何分前のことか。

 通話状態の携帯電話を耳元に寄せながら、必死になって全力疾走する足立には分からなかった。

 

 凛を引き取った親戚一家の家がどこにあるかは知っている。凛から住所を教えられて以降、有事に備えて何度も足を運んでいた。

 適当な理由をつけて玄関から内部を伺い見たこともあるし、凛から詳しい内装や部屋の間取りを聞き出している。

 勿論、彼女の義兄が“凛を()()()()()()()()()()()()()際に、どの部屋を利用しているか”も聞き出していた。

 

 通い慣れた道を行く。見慣れた家の玄関のインターホンを叩けば、凛の養母が扉を開けて応対した。

 

 

「どちら様ですか?」

 

「警察です。失礼します」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」

 

 

 人柄良さそうな態度で声をかけてきた養母に警察手帳を突きつけ、足立はずかずかと家の中に踏み込む。こちらを引き留めようとする養母を振り払うようにして、ある部屋に足を進めた。

 電話口から聞こえてくる音と、扉の向こう側からかすかに漏れる音が二重に響く。それが何をしているのか、足立はよく知っていた。――だから、躊躇うことなく扉を開いた。

 

 そこに広がっていたのは、文字通りの地獄絵図だった。足立が言葉にするのを躊躇う程の光景。

 

 電話越しから聞こえていたはずなのに、凛の証言や彼女が集めた証拠からもその悍ましさを察していたはずなのに、悍ましい光景が広がっているだろうと覚悟していたはずなのに、頭が働かない。

 ()()()()を邪魔された義兄が足立を不審者呼ばわりしたのも、義兄が母親に対して「どうして見張っていないんだ」と八つ当たりしたのも、義兄が足立に襲い掛かってきたのも他人事のようだった。

 足立透は警察官の中ではエリート候補生で、武術よりも拳銃を触る方が好みだ。だが、警察官は基本的に文武両道である。戦闘経験皆無で武器を持たない一般人程度なら、何の苦もなく制圧できた。

 

 

「犯人、確保――!」

 

「離せよ畜生! 俺が誰だか分かってんのか!?」

 

「五月蠅いよ。……言い訳は署で聞こうか」

 

 

 警察官を目指してから、一度言ってみたかった台詞だった。その言葉を言うときの自分の姿を夢想したのは一度や二度ではない。自分がその台詞を言うときは、さぞや達成感に満ちた心境であるに違いない――そんなことを考えていたのが、ずいぶん昔のことのようだ。

 確かに今、足立は自分自身の手で犯人を捕まえた。しかも現行犯である。相手は凛の義兄で、長らく彼女を苦しめていた人間の1人だった。足立透という警察官に助けを求めてきた無辜の市民、無辜の少女である霧海凛は、これでやっと、忌まわしい連中共の巣窟から解放されるはずだ。

 達成感がないわけではない。充足感を抱かなかった訳でもない。また1つ手柄を重ねて、出世街道に乗ったことを喜ぶ気持ちがなかったわけでもない。けど、今の足立は、そんなことが頭からすっぽ抜けていた。考える余裕が無かったし、他のことで頭が一杯だったのだ。

 

 親戚母子の無力化を確認した足立は、即座に凛の元に向き直る。――気づいたとき、足立は凛を抱きしめていた。凛もまた、安堵の笑みを浮かべてこちらに身を任せている。足立がかけた背広を弱弱しく握りしめる姿に、どうしてか胸を締め付けられるような心地になった。

 いつの間にか、親戚家は現場検証のために出入りし始めた警察官で賑わっていた。応援に呼んだ警察官たちが2人を立たせ、最寄りの警察署へと連れて行く。程なくして、女性の警察官がやって来た。男性からの性暴力を受けた凛への気遣いとして連れてこられたのであろう。しかし凛は首を振り、足立の背広を手放そうとしない。

 

 それを見かねた女性警察官は、何とも言い難そうな顔をして足立の同行を許可してくれた。それに従い、事件関係者となった凛への聞き取りを行うための準備に入る。

 

 事件の証言が全て終わるまでの間、何もかもが夢みたいだった。

 霧海凛の親戚一家が社会的な死を迎えたのは、それからすぐのことである。

 

 

 

*

 

 

 

 息子の現行犯逮捕がきっかけとなり、親戚一家は警察のガサ入れが入った。結果、息子が凛に対して性的暴行を加えていた証拠映像が次から次に出てきたのだ。奴は凛を暴行するだけでは飽き足らず、その光景を映像媒体に収めて見返すことでも鬱憤や欲望を晴らしていたらしい。自らの趣味が原因で、自分の首を絞めたようなものだった。

 親戚夫婦は息子を庇いきれないと悟ったのか、早々に「自分達は無関係である」と言い放って息子を見捨てた。それを聞いた息子はいたく憤慨し、両親の悪行――霧海凛への暴力行為や存在無視、自分の性的暴行のほう助をしていたことを暴露。死なば諸共の精神で、自分の両親を地獄へ引きずり落した。何とも醜悪な幕引きである。

 

 警察に保護された凛だったが、養父や義兄からの暴力が思った以上に重傷だったことから病院に入院することとなった。

 彼女と出会う前の足立であれば、後のことは他の警察官に丸投げしていたであろう。しかし、今の足立はどうしてもその選択肢を選ぶことが出来なかった。

 足しげく見舞いに通っては、凛と他愛のない雑談に興じる。『見舞いに来るのは足立だけ』と語る凛であったが、それに関する寂しさを滲ませることは一切なかった。

 

 地獄から解放された少女の笑顔を見る度に、胸の奥が温かくなる。足立透という人間に対して深い感謝と淡い思慕を滲ませた瞳を見る度に、口元がむず痒くなるのだ。

 

 

(――“誰でもよかった”はずなのに、な)

 

 

 足立と凛の始まりを思い出し――そこから遠く離れた心境を抱きつつある己に、足立は苦笑する。

 

 足立は警察官ではあるが、己の人間性は品行方正でも清廉潔白でもないと自覚していた。程々にグレーゾーンを突っ切るし、程々に手を抜くし、少ない労力で大きな利を得られるならそうしたいと思う。

 自分にとって都合のいい妄想や妄想に期待して、時には文字通り調子に乗って、胸を膨らませるようなことも一度や二度ではない。かといって、常識や良識を投げ捨てる程の度胸があるわけでもなかった。

 足立透と霧海凛の関係は事件解決に関わった警察官と事件の被害者だ。社会的な身分は国家公務員の末端と高校生、年齢差は文字通りの1回り。そんな相手に執着を抱くなんて、色々な意味でどうかしている。

 

 凛が足立に対して淡い思慕を抱くのは、まあ、分からなくはない。世間も淡い初恋程度で笑って済ませてくれるだろう。何故なら彼女はまだ子どもで、これから未来を生きるうちに様々な出会いと別れを繰り返していく。そのうち相手を見つけて一緒になるだろうし、足立のことだって初恋の記憶として綺麗なものに昇華するはず。

 霧海凛は悍ましい牢獄から解き放たれたばかり。少女は今まで、心身共に嬲られ、しなくてもいい苦労と苦痛を味わいながら生きてきたのだ。これからは日の当たる場所で、清廉な輝きに満ちた場所で、幸福な人生を謳歌するべきなのである。足立ができるのは、その手助けだけだ。そうでなければならない。そうでなければ――

 

 

「私、母方の親戚に引き取られることになったんです。退院次第、引っ越しの準備をすることになりました」

 

「――そう、なんだ。……それは、寂しくなるね」

 

 

 覚悟はしていた。していた、はずだった。口元が不自然に戦慄くのを抑え込むように、足立は微笑んで見せる。

 凛は何も気づいていない。その事実に安堵しつつ、足立は上手く微笑もうと試みた。柄にもなく、そう思った。

 せめて縁が切れるその瞬間までは、最後まで、霧海凛が憧れた大人の姿のままでいたかったのだ。

 

 

「貴方が“悪い人”で本当によかった。ありがとう」

 

 

 このやり取りが、巌戸台にいた頃の足立と凛が交わした最後の会話だった。

 大事な記憶だと思っているのに、それは足立にとっての真実なのに、どんな会話を交わしたのか思い出せずにいる。

 

 ――最も、2人の縁はここで途切れた訳ではなかったのだけれど。

 

 

 

◆◆

 

 

 

『きゃああああああ!?』

 

『な、ななな、何でテレビから人が!?』

 

『な、なんでお前らがこんな所にいるんだっ!?』

 

『げぇっ!? 自己中キャベツ刑事!』

 

『ああっ、お巡りさん! 丁度いい所にお巡りさんがっ! 助けてください足立さん!!』

 

 

 八十稲羽に左遷されたことを皮切りに、現在進行形で、足立は禄でもない目にあい続けている。

 天城旅館のテレビから見覚えのあるガキんちょどもが這い出してきたのとか、本当にそれだ。

 

 

『あああああああああああ! 助けてパイセンーッ!!』

 

『おい馬鹿やめろそんなところを掴んで引っ張るんじゃない! ズボン脱げる! 俺が社会的に死ぬゥゥ!!』

 

 

 直後、テレビから這い出すことに失敗し、逆に引きずり込まれそうになった空元至に脚を掴まれた。奴が引きずり込まれる勢いが強すぎるせいで、足立はそのまま転倒してしまう。

 テレビの向こう側にいる何かは空元至だけではなく、明智吾郎と有栖川黎もターゲットにしていたらしい。ガキんちょどもも抵抗した。足立の腰と足を掴むというやり方で。

 溺れた者は藁をも掴むと言うけれど、足立は藁ではなくて人間である。……情けない話になるけれど、“この場で一切役に立たない”という意味では藁と同義なのかもしれない。

 

 

『足立さん!』 

 

『凛ちゃん駄目だ! 手を放して!!』

 

 

 足立の窮状を見かねた凛が手を掴んで引き上げようと試みてくれたようだけれど、女子高生の腕力がテレビに引きずり込もうとする何者かの力に敵うはずがない。

 全員纏めて、テレビの向こう側に真っ逆さま。一般人では太刀打ちできないような“得体の知れない存在”が跋扈する、得体の知れない空間から脱出することと相成った。

 

 空元至と霧海凛が、得体の知れない存在に対抗できる力――ペルソナを有していたことは、幸運なのか不幸なのか。安全圏にいられるという安堵と一般市民に守られる警察官――或いは、自分を慕ってくれる可愛い女の子に守られる男という情けない絵面に板挟みになった足立の気持ちなど、きっと誰にも分らないだろう。

 後者がこの力に目覚めたのは、八十稲羽でまことしやかに囁かれる都市伝説・【マヨナカテレビ】が関わっていた。足立が知っている都市伝説の内容は“雨の日の深夜0時に、1人で消えたテレビを見つめると、『自分の運命の人』が見える”というものだが、凛が教わった【マヨナカテレビ】の内容には差異があった。

 

 【マヨナカテレビ】を視聴するための手順は同じであったが、テレビに映し出される内容が違うらしい。一般的に広まった都市伝説の内容は“『自分の運命の人』が見える”だが、凛が聞いたのは“『あなたに対して、みんなが望んでいること』が見える”だった。

 

 

『テレビに映し出されたのは、堂島さん達を始めとした、八十稲羽で出会った人たちでした』

 

『みんなが言ったんです。『自分たちの善意を信じ、受け入れられない凛がおかしい。そんな人間はここには必要ないから、さっさと死んでくれ』って』

 

『自殺を試みていた当初は夢中だったから分からなかったんですけど、今思えば、どうして天城旅館のテレビに身投げしようとしたんでしょうね。自宅のテレビに身投げすればよかった』

 

『そうすればここまで大事にならなかったし、足立さんを巻き込まずに済んだのに』

 

 

 自嘲気味に笑った凛は何も知らないのだろう。その言葉を聞いたとき、足立がどれ程の恐怖を感じたのか。テレビに映った光景にどれ程の憤りを感じたのかを。

 穢い大人に片足突っ込んでるくせに、柄にもなく説教なんかして。どうして自分が天城旅館に駆け込んできたのか――【マヨナカテレビ】で自分が何を見たのかをぶちまけるように語った。

 

 

『【マヨナカテレビ】の噂を聞いて、僕も試してみたんだ。……そうしたら、さっきの女性――山野アナが映った』

 

『僕は彼女のファンだったから、舞い上がっちゃったんだ。噂通りだったら、彼女が僕の運命の人ってことになる』

 

『だけど、様子がおかしかったんだ。彼女は何かに驚いて、酷く混乱していた』

 

『僕だって驚いたさ! 山野アナの視線の先に、テレビの中に飛び込もうとする凛ちゃんがいたんだから!』

 

『山野アナはそのまま、凛ちゃんを見捨ててどこかへ行ってしまった。最後に映ったのは――……』

 

『……凛ちゃんの、死体』

 

 

 最後の一言は、きちんとした言葉にはならなかった。それ以上のことを語る余裕など足立には無かったし、きっとこれからも語れないままなのだとさえ思った。

 

 手柄欲しさに近づいたくせに、助けを求めてくれる相手であれば誰でもよかったくせに、気づいたときには自分より1回り年下の少女に対して穢い執着を向けるようになった。自分が俗に言う清廉潔白な大人ではないと分かっていたくせに、手を伸ばすべきではないと理解していたくせに、憧憬と思慕を捨てることが出来なかった。

 今もまだ、足立は言い訳を繰り返している。『いつか凛が誰かに想いを寄せるようになったら、適度な距離になる様に突き放してやればいいのだ』と己に言い聞かせている。『だから今だけは、彼女から向けられる思慕の眼差しを一身に浴びることが許される存在でありたい』なんて許しを乞うている。……なんて、馬鹿な話。

 

 

『俺はそこにいる男のシャドウだよ』 

 

『な、なに言ってるんだよお前……』

 

『お前のことは何だって知ってるぞ。何てったって、お前は俺なんだからな!』

 

 

 報いを受ける覚悟はしていた。していた、つもりだった。だから、何の脈絡も前兆もなく、足立が抱えていた穢い秘密が白日の下に晒されたのだ。

 足立と瓜二つの顔をした男は全てをぶちまける。足立が八十稲羽に左遷された経緯も、その際に味わった苦痛も、隠し続けた情けない本音も。

 終いには、巌戸台で凛に話しかけたときに何を考えていたのか――出世のための手柄欲しさから、凛に声をかけた――ことまで暴露した。

 

 この場にいるであろう面々――空元至、明智吾郎、有栖川黎、霧海凛の顔を見ることが出来なかった。特に凛の顔を見るのが怖かった。これ以上のことを――霧海凛に対する執着の名前を暴かれてしまうのも、その果てに、失望の眼差しを向けられるのが怖かったのだ。

 だから咄嗟に足立は叫んだ。『お前は俺じゃない』という言葉を聞いた足立と瓜二つの男は不気味に笑い、悍ましいバケモノと化してこちらへ襲い掛かって来た。奴に対抗できる空元至と霧海凛が足立やガキんちょどもを守らんと飛び出して対抗する。それを見ているだけしかできない自分が嫌だった。

 

 足手まといと言うことは承知の上で、足立は拳銃を引き抜いた。始末書を書くことになるだろうが構いはしない。

 

 情けない姿を晒していることは自覚済み。でも、だからといって傍観者を決め込むことは、どうしてもできなかった。

 まだ終わっていない。砕け散るその瞬間までは、この穢い執着を――どうしようもない感情を、ずっと抱えて居たかったのだ。

 

 

「善意のふりをした悪意によって、私の人生は滅茶苦茶にされた。……もしかしたら今でも、私はあの養父母や義兄の玩具にされていたかもしれません」

 

 

 足立と自称足立のシャドウの手を取って、凛は微笑み語り掛ける。

 

 

「打算に塗れた善意の方が、私にとっては救いでした。しかも足立さんは、それを単なる口約束で終わらせないでくれた。例えそれが警察官としての職務の一環であっても、出世するための点数稼ぎの一環でしかなくても、咄嗟の行動でも、構わなかったんです。――あなたが“悪い人”じゃなければ、私は助からなかったのは事実だから」

 

 

 “相手が自分に好意的に接した理由は、善意からではなく打算的なものだった”というだけでも、相手を拒絶し離れていく人間はいる。

 同時に、どんな人間にだって、失望されたくない相手の1人や2人くらいは存在しているものだ。――足立透にとっての霧海凛がそうだったように。

 

 

(――“誰でもよかった”はずなのに、な)

 

 

 足立と凛の始まりを思い出す。そこから遠く離れた心境を抱く己に――或いはそれを許容してしまった凛の姿に、足立は苦笑する。

 

 お互い、誰でもよかったはずだった。足立は自分に助けを求めてくれる相手を欲していたし、凛は自分を虐げる親戚達から逃れたい一心で不特定多数に救いの手を求めた。利害が一致しただけだった、のに。

 霧海凛がこちらに向ける眼差しも、彼女の瞳に映った足立透の表情も、同じ色を湛えている。「他ならぬあなたが良い」と願い、「相手にもそうあって欲しい」と希っている。その事実が、何よりも――。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 今年で20XX年。

 

 あれから幾度も時間が過ぎて、幾度も厄介ごとに巻き込まれて、幾度も地獄を踏み越えてきた。

 今もまた、足立透は地獄に直面している。

 

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 

 足立は嘘をついた。先程から何度も同じ嘘を積み重ねている。

 おそらく、足立が腕に抱く女性も、この言葉が嘘だと気づいているはずだ。

 けれど――多分、彼女は黙っていてくれるだろう。嘘だと知りつつ、騙されてくれる。

 

 

「僕は大丈夫。絶対に大丈夫だから」

 

 

 だって、彼女の方も嘘をついていた。足立の嘘を最初から知っていて、それに乗っかっていた。

 嘘を重ねた果てに手に入れた【命のこたえ】――ひいては、最後に残った真実の価値を、自分達は知っている。

 

 

「――だから凛ちゃんは、なぁんにも心配しなくていいんだよ」

 

 

 唯一無二となった伴侶を腕に抱く。そのぬくもりと匂いを感じながら、足立透はまた一つ嘘を重ねた。

 

 

 





 20XX年 夏 東京


「去年は透さんの嘘にヒヤヒヤさせられた1年を過ごしました」


 仁王立ちする伴侶は、不敵に微笑む。
 二の句が継げない足立を見つめる眼差しは、何処までも真っ直ぐだ。


「だから今年は、その仕返しをしようと思いまして」

「――~~~っ」

「来ちゃいました!」

「凛ちゃぁぁぁん!!」


 社割で借りたキャンピングカーと、その辺のスーパーで調達してきた食材を引っ提げて合流した伴侶の姿に感極まる。
 久方ぶりの伴侶との触れ合いが確約された嬉しさから、周りの目を気にする理性をぶん投げて、足立透は霧海凛に抱き着いた。


―――

お久しぶりです。今回のお話が難産だったのと、ポケモン新作含んだ別版権にどっぷり浸かっていました。更に言えば、働いていた場所がひと段落し、執筆への余裕や関心が戻って来た部分もあります。
幕間である【A Lone Prayer -Dream of Butterfly-】を飛ばして本編を執筆する案もあったのですが、「挿入投稿や並べ替え等が手間だな」と思った結果が長期連載停止だったというオチ。
当時は筆が一切進まなかったのに、今回は思った以上に筆が乗って書き上げられたことに驚いております。自分のことなのに、未だに分からないことがあるんだなあ。……何度経験しても慣れませんね。

諸々のバタフライエフェクトから運命が横滑りした結果、魔改造足立の経緯はこんな感じになりました。
「誰でもよかった」2人が、「あなただけが良い」に変わっていく――或いは相手を唯一無二に見出すまでの細やかな小話です。

あとがきSSでは全く記述がないものの、某警部補に苦労人フラグが立った模様。夏の日本一周はどんなことになるのやら。
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