Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn-   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 名前:空元(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 名前:霧海(むかい) (りん)(旧姓)⇒影時間終了後の巌戸台で出会った少女。現在の本名や詳細については中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は有栖川(ありすがわ)(れい)
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空元(そらもと) (わたる)⇒有栖川家とは親戚関係にある。南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 キタロー:香月(こうづき) (さとし)⇒妻・岳場ゆかりが所属する個人事務所の社長であり、シャドウワーカーの非常任職員。気付いたらマルチタレントになっていた。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。

・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
・メメントス関係のオリジナル依頼が発生している。モブの名前は適当に決めた。シャドウの外見モデルは真メガテン4Fのヨモツシコメ。
・オリジナル展開がある。



Light the Fire Up in the Night -Danger Zone-
二学期開始、或いは出国前


 

 本日新学期。夏休みの時点で“嫌われ者”になった僕に対して、多くの人々が洗礼を浴びせようとしていた。【怪盗団】否定派の筆頭である明智吾郎の印象は最悪だし、叩く対象としても手頃である。

 僕自身も禄でもない目にあう覚悟はしていた。だが、それは見知った人物達――僕の担任教師である小田桐先生や、よく惚気話を聞かせてくる丸喜先生によって阻まれた。

 

 

『キミのロッカーに細工をしようとする連中が多くてな。暫くの間は、適当な理由を付けてここを見張った方が良さそうだ。まずは挨拶運動でも始めるかな』

 

『予告状を模した手紙を投函しようとする子もいれば、明智くんのロッカーに悪戯描きをしようとする子もいたわ。有名人相手なら何をしてもいいと思っているのかしら』

 

 

 小田桐先生と丸喜先生は深々とため息をついて、悪戯を試みた生徒達から没収したと思しきブツの一部を僕に見せてくれた。一番多かった嫌がらせは“予告状を真似て作られたデザインの手紙”である。枚数は多いが内容はほぼ一緒で――要約すると――、『偽りの正義を振りかざす探偵・明智吾郎、貴様の傲慢を【改心】させる』というものだ。

 

 

<傲慢なのはお前の方だろ、ばーか!>

<傲慢なのはお前の方だろう。馬鹿が>

 

 

 件の文面を目にした僕はひっそりと笑いを嚙み殺す。一歩間違えば地で喋っていたかもしれないが、それをどうにか誤魔化した。冷めた顔をする“明智吾郎”も内心は僕と同じことを考えていたらしい。苦境に立っていることは確かだけれど、それすらもゾクゾクしてしまうのは父親の血筋だろうか。

 現時点では『怜極学院高校の生徒達の反応は世間の反応の縮図である』と言えた。それ故、【怪盗団】のライバルとして担ぎ出され、最前線にいた探偵王子・明智吾郎に対する当たりが強くなるのは当然のことだ。この状況を仕組んだ張本人達――獅童正義と智明親子を筆頭とした黒幕連中にとっては予想通りの展開である。

 勿論、それは【怪盗団】の『密偵(カラス)』として奴等の元に潜入している僕にとっても“予想通りの展開”だ。奴等が【怪盗団】への仕掛け時を図っているように、こちらも裏切りのタイミングを図っている。腹の探り合いは現在進行形で継続中であった。閑話休題。

 

 教室に入っても僕は孤立したままのようだ。生徒たちは遠巻きに僕を見ている。夏休み前は――特に女子生徒が――有名人である“正義の名探偵・明智吾郎”とお近づきになろうと群がって来たくせに、掌を返すのは早い。獅童が民衆を愚かだと嘲笑う理由が分かる気がした。……100%同意してしまった瞬間、僕は僕自身をこの世から抹殺するのだろうが。

 生徒が生徒なら――小田桐先生と丸喜先生という“例外にして聖域”は存在しているとしても――教師も教師だ。夏休み前は僕を持て囃していた癖に、今ではどう扱えばいいかを測りかねている印象を受けた。バッシングを受けている人間を庇っても利益がないためだろう。むしろ、自分が厄介事に巻き込まれてしまう。そっちの方が面倒だと思っている様子だった。

 

 但し、大人達も僕だけを一方的に生贄にすることはできない。学校内では品行方正、成績は常に学年1位の芸能人である。いじめを受けているという話題がメディアにすっぱ抜かれれば、学校と教師が晒し者にされるのは確実だ。基本、面倒事は避けるが吉である。どうあがいても避けられないなら、被害を最小限にする方がマシだ。

 

 

「明智くん、大丈夫かい?」

 

 

 始業式が終わった後、僕に声をかけてきた猛者は獅童智明である。“正義の名探偵・明智吾郎”にすべてのバッシングを押し付け、高みの見物をする有名人。

 【怪盗団】反対派の急先鋒であるはずの智明に対しては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――()()()()()()()

 

 

「嫌われるのは慣れてますから」

 

「そうか。……すまないね、相棒にこんな役回りをさせてしまって」

 

 

 智明はしおらしく肩を落とす。落ち込んでいることは分かるが、相変わらず、奴が今どんな顔をしているかは()()()()()()ままだ。最近はそれにも慣れてしまったためか、逆に“できなくてもいい”とさえ思えてしまう。

 内心僕がそんなことを考えているとは気づきもせず、智明は僕に激励の言葉をかけた。奴は教師たちに「僕を庇うように」と根回しをしてきたという。正直、“父である獅童の名を使って圧力をかけたの間違いではないのか”としか思えなかった。

 勿論、善意からではない。スケープゴートとして適切なタイミングで使い潰すための算段を立てているのだ。こちらも、奴が僕を潰すより先に行動を起こし、奴らを追い込みながら撤退する算段を立てている最中である。お互い腹の探り合いと言ったところか。

 

 

「僕なんかより、智明さんの方が大変でしょう? なんだかいつもより顔色悪そうに見えたから」

 

「分かるかい? 最近、()()が立て込んでいるんだ。不祥事を起こして父に不利益を被らせようとする連中が多くて、その()()()が忙しくてね」

 

「そうですか……」

 

 

 表面上はちょっとくたびれた笑顔で、けれど内心は派手に火花をまき散らしながら、僕は智明と談笑する。程なくして授業開始5分前となり、僕は奴と別れて自分にクラスへと戻り、席に着いた。

 いつも通りの授業が始まる。久々の授業は、休みボケが抜けない心と体には少々キツい。普段が激務だった分、僕の休みボケはマシな部類だろう。男女問わず、だるそうにしている生徒がちらほらと伺える。

 

 夏休み最終日4日前まで激務を突っ込まれていたためか、学校の授業は少々退屈だ。それでも品行方正な優等生を演じることに妥協はしない。長い長い授業時間が終わり、少々長めの休憩時間に入った。僕がスマホを開くと、三島からSNSで連絡が入っていた。

 

 

三島:吾郎先輩、ちょっと大変なことになってます。

 

吾郎:何かあったの?

 

三島:怪チャンに、『四軒茶屋にある純喫茶ルブランの店員をしており、秀尽学園高校に通っている不良女子生徒を【改心】させろ』って書き込みがあったんです。同じIDの端末番号6種類から、各々20件ずつ。

 

 

 僕の脳裏に浮かんだのは、夏休み最終日2日前の出来事だ。僕のファンを自称するストーカーの女子生徒に絡まれたとき、黎が助け舟を出してくれたことである。

 あのとき出会った僕のファンは、黎のことを敵視していた。黎の前歴(冤罪)を人々の前で言いふらそうとして、僕と佐倉さんに止められたのだ。

 それで、彼女は“黎のせいで恥をかいた”と思ったのだろう。僕の態度では、明智吾郎が有栖川黎をどうこうできない悟ったから、報復を【怪盗団】に任せようと思ったのか。

 

 

吾郎:ルブランの店員ってだけでもう嫌な予感しかしないけど、続けてくれないか。

 

三島:了解です。書き込みの主は、黎の悪口を延々と書き続けてたんです。前歴のこととか、転校初期に裏サイトで話題になってた根も葉もない噂のこととか、『“名探偵・明智吾郎”をたぶらかして堕落させる魔性の女』だとか。

 

吾郎:あの女……。黎の魔性に関しては間違ってないから反論できないけど、その他は絶対許せない。

 

三島:ですよねー。吾郎先輩、黎のこと大好きですもんねー。話を戻しますけど、その書き込みの主、とっても腹立つんです! 自意識過剰もいいところなんですよ!! 終いには『私があの女を粛清して、明智くんの目を覚まさせるんだ』って書き込んでました。

 

吾郎:は? ざけんな。俺がテメーを粛清してやるよクソ女。

 

三島:でしょうね。悪質な犯罪予告ってことで、アカウント凍結とアクセスブロックついでに証拠を撮って通報した後、管理人権限で隠蔽工作しておきました。

 

吾郎:でかした三島。ところで、その女はキミと同じ秀尽学園高校に通っているらしいけど、心当たりないかな?

 

三島:心当たりですか? うーん……少なくとも、俺と同じクラスでは見かけませんね。別のクラスか、もしくは学年違いか……あれだけ大規模な書き込みを短時間で行えるとなると、財力的にも技術的にもイチモツ持ってそうですね。しかも小賢しいし。ちょっと、各学年の知り合いに声かけてみます。

 

吾郎:分かった。ありがとう。

 

三島:いいえ! 正体を突き止めた暁には、存分にやっちゃってくださいね!!

 

 

 僕はSNSを閉じ――ふと思い至る。

 

 

(そういえば、【怪盗お願いチャンネル】に新機能が搭載されたって聞いたな。確か、“【改心】ランキング”だっけ? 民衆が【改心】を望むターゲットを投票する……)

 

 

 黎と三島から聞いた話を思い返しつつ、僕はサイトを開く。【改心】ランキングトップはぶっちぎりで“明智吾郎”だ。この場に誰もいなければ、僕は1人腹を抱えて笑っただろう。僕がこんなことになっているということは即ち、「俺の“名探偵の仮面”は民衆を欺いている」ことに他ならない。【怪盗団】の演技派男優は伊達ではないのだ。

 因みに、【改心】ランキングは公正さと正確性を保つため、1機種につき1日1回しか投票できない仕組み(きまり)になっていた。三島曰く、『【怪盗団】を陥れようとする人間の悪意から【怪盗団】を守るための機能』とのことらしい。徹夜で作業をしたらしく、三島はその日の授業を夢現で過ごしたのだとか。

 

 

<こっちの【怪盗お願いチャンネル】、“僕”の世界にあったサイトよりセキュリティが向上してないか?>

 

<双葉が関わったからじゃないかな。以前からサイトの管理について相談を受けてたから、双葉が【怪盗団】に加わった直後辺りに三島へ紹介したんだ>

 

<……ふーん。いい判断じゃない? “僕”の世界の【怪盗お願いチャンネル】は三島由紀個人で管理してたからね。ランキングを操作するのは簡単だったよ>

 

<だろうね。管理人の三島は電脳戦に関して素人同然なワケだし。最低限のセキュリティが備わっていたかも怪しそうだ>

 

 

 嘗て用いていた手の内を明かす“明智吾郎”は相変わらず冷淡な調子を崩さなかった。僕もそれに同意しつつ、現時点における【怪盗団】への支持率を確認する。

 

 支持率は急速に上昇しており、現在6割強と7割弱を行ったり来たりしていた。海外からの書き込みも増えており、【怪盗団】の存在とその活躍は全世界に周知されていた。

 もし、獅童一派が何か仕掛けてくるとしたらこの時期だろう。秀尽学園高校の校長とオクムラフーズの社長を使って、【怪盗団】を追い込もうとするに違いない。

 危ないのは神取が名指しした2名だけではない。以前から敵の手に墜ちてしまった冴さんも、早く奪還しなくてはならないだろう。一寸たりとも油断する暇は無かった。

 

 現状で最も優先順位が高いのは秀尽学園高校の校長だ。彼の取り調べが行われる予定日は9月6日からである。丁度、秀尽学園高校と洸星高校の修学旅行開始日と重なっていた。

 該当日は9月6日~9月12日。秀尽はハワイ、洸星がロス。一度出国したが最後、暫く2年生組は帰って来れなくなってしまう。その隙をつかれて【廃人化】されてしまう危険性があった。

 

 

<“キミ”はいつ頃校長を【廃人化】させたの?>

 

<9月11日の夕方。『警察署に自首しに行く』って言ってたから、その道中で【廃人化】するように調整した>

 

 

 僕の問いに澱みなく答えた“明智吾郎”だが、即座に眉間に皴を寄せた。<これは“僕”が小早川を【廃人化】させたタイミングだから、智明が“僕”と同じように動くとは限らないよ>と付け加える。“彼”なりのアドバイスと言ったところか。特に反論もないので、僕は素直に頷き返した。

 【改心】はスピードが命である。【怪盗団】を始めた頃に学んだ基礎知識だ。獅童側の『駒』にして【廃人化】の専門家である智明が動き出すよりも先に決着を付けなければなるまい。失敗すれば死体が1つ増えるし、獅童の罪を証明する手段の1つが失われてしまう。

 幾ら獅童の同類――腹立たしい狸野郎とはいえ、見殺しにするというのは【怪盗団】の美学に反する。それ以上に、ペルソナ使いとしての矜持と信条に反するのだ。12年の旅路で見つけた【命のこたえ】や明智吾郎と言う人間が積み上げてきたものを裏切る真似はできないし、したくない。

 

 【怪盗団】が【メメントス】に籠って依頼をこなすとき、“ある程度纏まった量の依頼を一手に引き受けてから【メメントス】へ向かい、纏めて依頼を解決する”という方法を取っていた。

 黎は“夏休み明けに召集をかけ、【メメントス】で依頼をこなす”と言っていた。その際に、秀尽学園高校の校長を【改心】させることを優先できるか進言してみようか。

 

 遅くても、修学旅行前日までには決着をつけておきたい。時間ができ次第、【怪盗団】のSNSに集会を持ちかけておかなくては。

 

 

(……まあ、最悪の場合、国内に残ってる僕達でどうにかするしかないか)

 

 

 もしも何らかのアクシデントが発生して『秀尽学園高校の校長の【改心】を後回しにする』しかなくなった場合、タイムリミットは『“明智吾郎”が校長を【廃人化】させた日』の前日――9月10日頃か。

 日本国内に残る【怪盗団】の面々は修学旅行と無関係な人間達――他校の3年生である僕、秀尽の3年生である真、そもそも学校に通っていない双葉とモルガナあたりのメンバーで【改心】することになる。

 

 

(【怪盗団】の主戦力がごっそり抜けた状態になるのは致し方ないし、強行軍は確定だろうな。そうなると――)

 

<……キミに1つ、情報をあげるよ>

 

 

 考え込んだ僕の姿を見た“明智吾郎”が声をかけてきた。<“僕”の世界の出来事だけど>と付け加えつつ、“彼”は僕に視線を向ける。

 僕は迷うことなく頷き返した。僕の世界と“彼”の世界には確かに大きな差異が幾つもあったけど、共通点も多くあったためだ。

 智明の存在というイレギュラーはあれど、黒幕連中の動向を探る参考になるかもしれない。僕が促せば、“彼”も頷き返して口を開く。

 

 

<新島さんを戦力としてカウントするのは不可能だよ>

 

<どうして?>

 

<今年の秀尽学園高校の修学旅行、3年生が引率することになるから>

 

「――は?」

 

 

 “明智吾郎”は今日の天気の話をするような調子で言い放った。字面の酷さを受け入れることが出来なかった僕は、思わず現実でも声を出してしまう。

 

 今の僕はスマホを持っていたから、第3者からは「スマホを見て声をあげた」ように見えるだろう。何も持っていないときに声を出していたら、不審に思われていたかもしれない。

 ……いや、僕のセルフプロデュースはこの際どうでもいいのだ。問題は、“明智吾郎”が僕にもたらした情報の内容――修学旅行の引率である。

 

 

<何で生徒が引率することになるんだよ!?>

 

<原因を端的に述べるとするなら、獅童と【怪盗団】だね。“僕”の世界の小早川も9月が始まった時点で獅童に切り捨てられるんだ。その余波みたいなものだよ>

 

 

 “明智吾郎”の世界でも、秀尽学園高校の校長は同じタイミングで獅童に切り捨てられる定めにあるようだ。

 “彼”の世界では“彼”自身が校長を『処分』した張本人だから、件の話題に精通しているのは当然と言えよう。

 

 

<9月の初めに鴨志田の件が週刊誌にすっぱ抜かれるんだ。隠蔽工作の不手際の他に、【怪盗団】の正体を未だに暴けないままであることも相まって、小早川は獅童に見捨てられる。そこは納得できるかい?>

 

<獅童の思考回路を踏まえれば、校長の処分は“当然のこと”だと思うよ。でも、それが3年生の引率に繋がる理由が分からないんだ>

 

<週刊誌に鴨志田の件がすっぱ抜かれたことで、秀尽学園高校には多くのマスコミや警察官が出入りすることになる。どちらも教師ぐるみの隠ぺいを疑っているから、教師達から話を聞き出そうとする訳だ>

 

<……もしかして、『“引率に関わっていた教師達がマスコミの取材や警察からの取り調べを受ける日付”が、“秀尽学園高校の修学旅行の日程”と重なった』ケース?>

 

 

 僕の問いかけに対し、“明智吾郎”は頷き返した。<秀尽の教師陣から話を聞いた警察官や、修学旅行を楽しんできた“ジョーカー”達の話を又聞きして総合したことだけど>と付け加えてはいたが、それが“彼”の世界で発生した“秀尽学園高校の校長を【廃人化】させた”という一連の出来事の纏めなのだろう。

 【怪盗団】が鴨志田を【改心】させなければ、秀尽学園高校の校長は獅童から切り捨てられることはなかっただろう。マスコミも警察も鴨志田の暴力行為を知らないままだから、秀尽学園高校に殺到することもない。メディアや警察から話を伺われなければ、引率の教師達も何の問題もなく学校行事を執り行えた。

 そういう意味では、“明智吾郎”の言った通り――3年生が引率になった原因は、獅童と【怪盗団】のせいであると言えるだろう。『風が吹けば桶屋が儲かる』レベルで物事が巡ってきたわけだ。自分の首を絞めるような事態に陥るという意味では、至さんのトラブルスターター味もありそうだけど。

 

 ……教員志望である出雲真実さんがこの話を聞いたら、間違いなく、怒髪天で秀尽学園高校に乗り込みそうだ。

 

 僕がそんなことを考えている間に、休み時間は終了5分前となっていた。僕はスマホをポケットにしまい、授業の準備を行う。程なくしてチャイムが鳴り、教師が教室へと入って来た。周りは相変らずヒソヒソ声が聞こえてくる。教師は生徒たちを一瞥――どちらかというと睨む――して黙らせた。

 この教師は間延びした喋り方が特徴で、多くの生徒が夢の国に誘われている。正直僕も眠ってしまいたくなったのだが、優等生を張っている以上、妥協することは許されない。僕は欠伸を噛み殺しながらノートを取ったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「うっわ……」

 

 

 僕は自分の下駄箱の惨状を見てドン引きしてしまった。

 

 怜極学院高校の下駄箱はロッカー形式になっており、僕の名前が書かれたロッカーの戸には【怪盗団】のロゴマークが描かれていた。その脇には『【怪盗団】参上!』だの『消えろ偽善者』だのと罵詈雑言が書き殴られている。外がこんな有様ならばと戦々恐々扉を開ければ、朝も目にした手紙類――予告状をモチーフにしたデザインの物だ――がバサバサと飛び出してきた。

 最悪のケース――靴自体に何かを仕掛けられている可能性――も考えてはいたけれど、靴は無事のままだった。扉の落書きや予告状風の手紙類という被害状況に対し、“外靴には何も仕掛けられていなかった”のは幸運であろう。予備の靴をこっそり持ってきていたが、使う機会が無くて済むならその方がいい。

 幾ら小田桐先生や丸喜先生が見回りしてくれたとしても限界はある。僕のクラスの担任を受け持っている小田桐先生も、女子の保険や体育の授業を受け持つ丸喜先生も、それぞれ多忙だからだ。クラス担任や授業を抱えている合間を縫って2人は僕のことをサポートしてくれた。そのおかげで被害が軽減されている。

 

 とりあえず、教師陣への被害の報告とできる限りの後始末をしてから帰ることになりそうだ。

 ルブランへの訪問が送れることを連絡しようとSNSを開けば、こっちもこっちでお祭り騒ぎである。

 

 

杏:上級生の女子が黎にジュースを浴びせてたの! 黎は器用に躱したけど、あれ絶対わざと! かけた本人は『事故。ごめんなさいね』って言い訳してた。ホント感じ悪い! しかも、去り際には『身の程を知りなさいよ、前科者』って捨て台詞吐いたのよ!? ホントサイテー!!

 

竜司:黎が上級生の女子生徒から難癖付けられてた。一応追っ払ったけど、アレ絶対しつこそうだよなぁ。しかも吾郎の名前連呼してたから、熱狂的で過激派なファンかもしれねーぞ。奴が黎に何かする前に、手ェ打った方が良くないか?

 

真:生徒会室にやって来た3年の女子生徒が、『黎を退学させるよう校長に進言しろ』って迫って来たの。説き伏せておいたけど、諦めた様子はないわね。『私が明智くんを助けるんだ』ってブツブツ呟いていたわ。黎に危害が加えられる前に【改心】させるべきだと思う。確か、名前は緒賀(おが)汐璃(しおり)だったかしら?

 

祐介:朝、駅の改札で黎と会った。仁王立ちする秀尽学園高校の女生徒が、黒服の男を2名ほど連れていてな。黎を無理矢理拉致しようとしていたから割り込んだんだ。相手が勝手に癇癪を起してくれたおかげで、近くにいた駅員が駆け寄って来たから事なきを得たものの、アレを見過ごすわけにはいかないな。

 

双葉:黎のスマホに盗聴機能を仕掛けてたら、やたらと黎に絡んできた女の音声を録音した。『【怪盗団】が正義なら、お前を【改心】させるはずだ』とかなんとかほざいてたぞ。怪チャンにも書き込みをしていると聞いたから、管理人からデータを貰い、書き込まれたIDのすべてを辿って持ち主の身元割り出しを急いでいる。明日までには終わらせてやるぞ。

 

三島:容疑者らしき人物を特定したよ。秀尽学園高校3年の緒賀汐璃。彼女の実家は有名な資産家で、ウチの学校に多額の寄付をしているんだ。だから、教師陣や学校経営に関する奴らは彼女を無視できない。このままだと、黎が退学させられるかもしれないんだ!

 

 

「うっわぁ……!」

 

<こいつ、“僕”のストーカーよりヤバくないか……?>

 

 

 明智吾郎のストーカー・緒賀汐璃の武勇伝を目の当たりにし、僕と“明智吾郎”は思わず戦慄した。夏休み中に鉢合わせたときよりもヤバさに磨きがかかっている。

 具体的に言うならば、初対面時に<ああいう手合いは【廃人化】させてきた>と冷淡に切り捨てた“彼”までもドン引きさせるレベルだ。短時間でここまで人間はおかしくなれるらしい。

 ペルソナ使いであろうがなかろうが、理性が捻じれ狂っていたり蒸発していたりするタイプの人間は厄介である。理性があっても相容れない敵もいるが、今回は棚上げしておくとして、だ。

 

 SNSに対策を練ることとそちらへ向かうのが少々遅れることを連絡し、教師に被害状況を報告し、油性ペンを落とすのに使えそうなもの――エタノールと消しゴム片手に下駄箱へと戻る。ポケットティッシュを総動員しようと準備をしていたときだ。

 

 

「手伝うよ。1人で片づけるよりは早く終わるでしょ」

 

「烏丸さん……?」

 

 

 ボックスティッシュとメラミンスポンジ片手に声をかけてきたのは烏丸六花だった。小田桐先生が家庭由来の素行不良を気にしていた生徒であり、【怪盗団】が母とその恋人を【改心】させたことで救われた人物であり、足立の両親が養う里子・暁の恋人でもある少女。

 【改心】後は遠巻きからその姿を何度か見たことはあったが、母親とその恋人が【改心】してからまともに言葉を交わすのは今回が初めてではなかろうか。僕がそんなことを考えている間に、烏丸六花は慣れた手つきで油性ペンの落書きを消し始めた。僕も慌ててそれに続く。

 2人がかりで行ったおかげか、僕のロッカーに描かれていた【怪盗団】のロゴや罵詈雑言の言葉はほぼ消え去った。書かれてから時間が経過していて落ちにくくなっていたことを加味しても、充分「落書き前と遜色ない状況に戻った」と言えよう。

 

 彼女のおかげで助かったのは事実だが、僕が世間でどう扱われているのかを考えると不安になる。

 “嫌われ者に味方した”という点から、彼女が厄介ごとに巻き込まれる可能性があるからだ。

 

 

「……何を心配してるのかは知らないけど、有象無象や路傍の石が何を言ってもどうでもいいことでしょう? わたしはただ、自分が正しいと思ったことをしただけだよ」

 

「は、はっきり言うね」

 

「事実だよ。それに、キミも内心そう思ってるから、誰に何を言われても意見や信念を曲げるつもりがない。 大事な人だけは、自分のことをちゃんとわかってくれるから。――違う?」

 

 

 烏丸六花の言葉は彼女自身の経験則なのだろう。嘗て自分が理不尽を味わっていたとき、恋人の暁が心の支えになっていたから。もしかしたら、当時の心境を今の僕と重ね合わせているのかもしれない。

 

 

「それに、キミには借りがあるからね。それを返しただけだよ」

 

「……僕、何かしたっけ?」

 

「足立さんに詰られてたわたしに割って入ってくれた件。キミにとっては大したことじゃなかったんだろうけど、わたしは凄く助かったから」

 

 

 僕は何重にもオブラートで包んだ問いかけをした。【怪盗団】の【改心】関係以外で、僕が烏丸六花に対して利になることをしたような覚えは無かったためだ。

 首を傾げた僕に対し、烏丸六花は答えを教えてくれる。彼女の言葉で思い出したのは、凛さんが足立の所に遊びに来ていたときに起きた、ちょっとしたトラブルである。

 

 足立の両親が、自分の息子や里子のことをダイヤモンドに見立てていることは把握していた。足立夫妻が「価値無し」と判断すれば、今まで積み上げてきた努力など目もくれずに切り捨てることも知っている。2人の息子である足立透が時折零していたことだし、里子である暁がその渦中で喘ぐ真っ最中だった。

 現在、足立の両親は里子の暁に対して様々な干渉を行っている。試験の結果が振るわないことを理由にして、人間関係――特に烏丸六花との恋人関係に口出ししてきたり、生活費を大幅に削減したり、養父母としての役割の放棄をちらつかせたりして、暁が体調不良――重度の熱中症で病院送りになるまで追い詰めている。

 それでも、暁は2人から離れる選択を選ばない。……いや、選べない状態なのだろう。事情は分からないが、元の家や施設送りになりたくないと考える理由があるのかもしれなかった。足立夫婦と没交渉気味だった足立透はともかく、暁と親交が深い烏丸六花はその事情を知っている可能性がありそうだった。

 

 足立の両親の凶行がエスカレートした場合、【怪盗団】の【改心】対象者として見出される可能性もある。なるべく早いうちに話を聞ければ重畳だが、今の彼女はそれを話してくれるつもりはないらしい。

 

 

「じゃあ、わたしはこれで。……頑張れ、名探偵」

 

 

 片づけが終わったことを確認次第、彼女は僕に背を向ける。短い応援の言葉を残して帰路につく烏丸六花を見送り、僕もルブランへと急いだ。

 同時に、件のストーカー――緒賀汐璃が僕の後をつけていないかも注意を払う。幸い、奴が僕をつけているような気配はなかった。内心安堵しながらルブランに入店する。

 営業時間終了10分前に駆け込んできた僕を見ても、佐倉さんは文句を言わなかった。僕がコーヒーを注文したのと、黎が帰って来たのはほぼ同時である。

 

 今日一日中僕のストーカーから激しい嫌がらせを受けたせいか、どこか疲れ切った顔をしていた。

 

 

「おかえり、黎」

 

「ただいま、吾郎」

 

 

 黎は僕を見た途端、先程の暗い影など連想できなくなるくらいの――花が綻ぶような――笑みを浮かべた。

 僕も、それを目にした途端に、心を苛んでいた憂いの一切が吹き飛んでしまった。僕の恋人が愛しい。

 

 そんな僕達を見て佐倉さんは何を察したのか、苦笑しながら「黎、店を閉めとけ。あと、将来を誓い合ってると言えど、節度は守れよお2人さん」と言い残して帰宅していった。去り際に「娘を嫁に出す親の気持ちって、こんな感じなのかもしれないな」とぼやいたのには驚いたが。

 

 ストーカーから嫌がらせを受けているにもかかわらず、黎は今日も夜の東京の街を出歩いていた。今日は占い師の御船と話し込んできたそうだ。『運命は変わらない』と諦めていた占い師は、黎との交流――および、彼女の関係者が【怪盗団】による【改心】を受けたことがきっかけで、『運命は変えられる』と信じられるようになったらしい。

 お礼をしたいと請う御船に対し、黎は“有栖川黎と明智吾郎の運命を占って欲しい”と頼んだ。結果、『今まで多くの試練を超えて運命を乗り越えてきたが、最大の試練が近づいてきているようだ。特に、11月~12月にかけては史上最大の“破滅”が待ち構えている』とのこと。

 占い師は深刻そうに言いながらも、『貴女と彼氏さんなら、きっと乗り越えられます』と笑ったらしい。パワーストーンの販売もやめ、今後は“真っ当な占い師”として活動するそうだ。黎との協力関係は今後とも継続するという。黎も、これからも御船の力を頼るつもりだそうだ。

 

 

<…………>

 

 

 黎の話を聞いた“明智吾郎”の表情は険しい。御船が語った“破滅”が、そのまま“自分”が辿った結末であると分かっているためだろう。

 

 

<気になる?>

 

<まあ、一応ね。……丸喜のことに一切触れられていないのは、この段階では何の脅威もない存在だったからなんだろうな>

 

 

 “明智吾郎”本人にとっては独り言の類だったのだろうが、僕はそれをはっきり聞き取った。“彼”は11月末~12月の他に、丸喜拓人の覚醒からなる現実世界の侵食と書き換えを憂いているらしい。

 実際、“彼”の世界でも『丸喜拓人が【パレス】の主として立ち塞がった』ことは、あちらの【怪盗団】の面々にとっては結構衝撃的な案件だったようだ。恐らくは、丸喜の性根が善性だったことも。

 

 あちらの【怪盗団】が【改心】してきた連中は、どいつもこいつも禄でもない欲望を肥大化させた悪党どもであった。権威を振りかざし、法律の穴を自在に通り抜け、数多の人を踏み躙って自分の欲望を満たし続けるクソ野郎。

 そういう連中を叩きのめしてきたが故に、“彼”含んだあちらの【怪盗団】は『善意の人に【パレス】は存在しない』と思い込んだ。理不尽な現実への反逆を掲げ、数多の不幸を『なかったこと』にしようと立ち上がった善意の持ち主に【パレス】があるとは思わなかった。

 丸喜拓人個人は『自分と【怪盗団】が戦う理由はないはずだ』とギリギリまで争いを回避しようとしていたが、その方法が善意を盾にした脅しであること――【怪盗団】にとっての理不尽になってしまったことで決裂する。

 

 【怪盗団】は挫折から這い上がり、一連の事件を乗り越えることで幸福を得た者達だ。暗闇の中で瞬く“(ホシ)”を掴んだ面々だ。故に、今までの思い出や時間を無に帰されることを拒んだのだ。

 

 悲劇のない世界が魅力的なことは知っている。僕だって数多のIFを夢想した。でも、そのIFのために今までの出来事を引き換えにできるかと問われれば、僕の答えは「No」である。途切れた旅路――『向こう側』の顛末を知ってしまったことも含めて、だ。

 この世界は理不尽極まりなかった。辛いことや苦しいことなんて幾らでもある。ただ、幸せだった記憶や楽しかった思い出があったことも事実。それらを複雑に積み重ねた果てに、明智吾郎という人間と人格が形成されていた。……それを否定されたくないと感じるのは、当然の話であろう。

 

 

(無意味にも、無価値にもされたくなかった。……特に『神』に連なる連中だけには、絶対にそんなこと言われたくなかったからなぁ)

 

 

 「“明智吾郎”の気持ちが分かる」なんて傲慢は言うつもりはないが、歩み寄ることくらいは許されるだろうか。僕は“彼”が思いを馳せる横顔を視界の端に留めつつ、黎の話に耳を傾ける。

 占い師の御船以外にも、黎は沢山の人々と交流していた。ヤクザの脅迫に苦しむ武器屋の店主、相棒の無実を晴らそうとしていた記者、遺産を狙う双葉の伯父に悩む佐倉さん――彼等から齎された依頼を、彼女は夏休み中の間に纏めて解決したのである。

 

 

「最近、“どこかのゲームセンターでチートを使っているプレイヤーがいる”って噂を聞いたんだ。それを隠して勝負を挑んでくるからタチが悪いって。今度の休みはゲームセンターに寄って、情報収集してみようと思ってる」

 

「そっか……」

 

「【メメントス】に潜るのは、その噂を調べた結果次第かな。早くて4日あたりになりそう。そこで、今まで受けた依頼のターゲットと秀尽学園高校(ウチ)の校長を纏めて【改心】させるつもりだよ」

 

 

 黎は力強く微笑んだ。彼女はいつでも、どんなときでも、自分を見失わず強く在る。そんな黎が眩しくて、愛おしくて、僕も目を細めた。

 

 

「そのターゲット一覧に急遽もう1人ねじ込みたいんだけど、大丈夫かな?」

 

「いいけど、誰を?」

 

「緒賀汐璃。秀尽学園高校3年生で、俺の悪質なストーカー。今日、学校で黎に嫌がらせをしてきた奴だよ」

 

 

 黎とモルガナ以外の【怪盗団】メンバーは全員“【改心】させるべき”という意見で一致している。後はモルガナと、リーダーである黎の決定を貰うだけだ。

 鞄の中に入っていたモルガナも「アイツは【改心】させるべきだ」と声を上げた。黎と同行した際、緒賀汐璃の悪行を見てきたのだろう。彼の表情は剣呑だ。

 

 

「……分かった。緒賀汐璃を【改心】させよう」

 

「了解。他の面々にも連絡しておくよ」

 

「私が何かされるのは別に平気だけど、吾郎に被害や皺寄せが来るのは嫌だしね」

 

「……黎はさ。もう少し自分の心配しようよ……」

 

「吾郎こそ、もう少し自分自身のことを大事にした方がいいと思う」

 

 

 なんだか釈然としなくて、僕は深々とため息をつく。黎は不満そうに頬を膨らませた後、すぐに静かに微笑んだ。

 「時間も時間だから、ココア淹れようか?」という黎の提案に従い、僕は頷き返した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 9月4日、【メメントス】。

 

 随分前に普通自動車の運転免許を持っている人物――クイーンが加入したにもかかわらず、モルガナカーの運転係は未だにジョーカーのままだ。僕が攻略に参加できなかった夏休み中もそれは変わらなかったらしい。

 レースゲーム以外運転経験皆無の彼女は基本安全運転をする。ジョーカーの腕なら、現実世界で試験を受けても合格できるだろう。だが、シャドウに奇襲を仕掛けるときやシャドウに気づかれたときは話が別だ。見事なドリフト走行を披露しながら、一気にシャドウに激突していく。

 平時の現実世界でこの運転をやれば、即刻切符を切られるだろう。免許停止は免れまい。勿論、ジョーカーもそれを理解していてやっている。今はまだ18歳未満のため無理だが、いずれ彼女が普通免許を取得した後は、きっとこんな運転をすることは無いのであろう。基本、法律は遵守するタイプなので。

 

 

『今回はちょっと強行軍になるけど大丈夫? 修学旅行が絡んでる面々が海外へ出国する前に、やれることはやっておきたくて』

 

『構わないわ。私も修学旅行の引率で国内に残れないし』

 

 

 ターゲットを探しに行く前に、ジョーカーが仲間達に意見を伺う。彼女の問いかけに対し、真っ先に是と返したのはクイーンであった。

 クイーンの答えを聞いた僕の脳裏によぎったのは、つい先日、“明智吾郎”が僕へ齎してくれた情報――或いは経験則。

 

 “明智吾郎”は<あくまでも“自分”の世界で起きたことだ>と念入りに言っていたけれど、ここまで流れが同じになるものか。

 大人は何をやってるんだろうとか、生徒会長に頼り過ぎだろうとか、生徒に海外への引率を任せるというのは無謀じゃないかとか、言いたいことは沢山ある。

 ただ、初の海外に浮き立つ2年生組の姿を見ていると、どうしてか何も言えなくなってしまうのだ。……だってみんな、とても楽しそうな様子だし。

 

 

『最初は私も、いい子ちゃんを辞めたってことで断ろうと思ってたのよ』

 

『じゃあ、どうして引き受けたの?』

 

『引率がいないと修学旅行が中止になりそうだったし、先生達に『修学旅行の引率をしていたことを理由に、成績を悪くするようなことはしない』、『私1人にワンオペさせるようなことはない』と確約して貰ったから、いいかなって』

 

 

 僕の問いに答えて微笑むクイーンだが、その笑顔には何だか圧があった。生徒に無茶なことを押し付けようとする教師に対する遠慮が皆無になったという意味では、クイーンは嘗ての自分――都合のいい子ちゃんではなくなったということになる。一皮むけて強かになったようだ。

 金城の一件で【怪盗団】に踏み込む前の新島真だったら、教師の言葉を二つ返事で引き受けていたかも知れない。それで自分が不利益を被ろうとも、決して不平不満を零すこともなかっただろう。雑談を切り上げ、僕達は【メメントス】へと踏み込む。

 

 次々とターゲットを【改心】させ、残るは2人――緒賀汐璃、チートを駆使するゲームプレイヤーである根島だ。秀尽学園高校の校長は先程【改心】が成功し、本人の心の中へと還って行った。これで、智明によって【廃人化】され殺される心配はなくなった。

 校長は鴨志田の体罰問題が表沙汰になる以前より、獅童とつるんでいたらしい。多額の政治献金をする代わりに、様々な便宜を図ってもらっていたという。おまけに、獅童が取り仕切っていた【廃人化】ビジネスの話にも絡んだことがあるそうだ。

 そんな経緯があったから、鴨志田が自首したときに、校長は真に調査を依頼した。【廃人化】とは違うこと――【改心】に加担した学生を炙り出せという命令を。同時に、彼は獅童に鴨志田の一件を報告したのだという。丁度、僕らがビュッフェで獅童と出会った日のことだった。

 

 

『つい最近、獅童先生から言われたんだ。『足手まといは必要ない。処分は『駒』に任せる』と。……ついに私も殺されてしまうのかと思うと、怖くて怖くて……!!』

 

 

 校長は泣いていた。死の恐怖から解放され、心の歪みも改善され、理不尽に命を摘み取られる心配もなくなったためだろう。

 彼は、“獅童の『駒』が【改心】後の人間に手を出せない”ことを知らされていたようだ。だから自分も死ななくて済むと安心したらしい。

 

 

『ありがとう。私はキミたちに命を救われた。キミたちのような生徒が我が校にいてくれたこと、キミたちが【怪盗団】として人々を助けてきたこと、何よりも誇らしく思う。……教育者としての最後の仕事だ。自分の過ちを、自分の手で正してくるよ』

 

 

 自分の罪をきちんと受け入れ、更生のチャンスを得た秀尽学園高校の校長は、これ以上ないくらいに晴れやかな顔をしていた。命を失うことなくそれを取り戻せたことは、人生の幸いだったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。獅童とつるむ前の彼は――彼が駆け出しだった頃は、理想に燃えた教育者だったのだろう。子どもたちのためにも、正しい姿であろうとした熱い男だったのだろう。

 校長のシャドウにとっての【オタカラ】はボロボロの教本。発行年度を見る限り、彼が新人教師として就任した頃に手にしたと思われる。何度も読み返したのか表紙は擦り切れており、折り目や付箋が沢山ついていた。中身を流し見したところ、あちこちに書き込みがされている。当時の情熱を取り戻せたことは、今の彼にとって幸せだったのか、不幸だったのか。消える直前の晴れやかな笑顔を見る限り、前者だと思いたかったし、前者であってほしいと願ってやまない。

 校長のシャドウから聞いた話で、“帝都ホテルで出会った獅童が苛立っていた理由”と“秀尽学園高校・校長の処分が急がれた理由”が判明した。この調子だと、校長と同じように処分を検討されている人間が多くいるのかもしれない。下手したら、今こうしている間にも――。……いや、情報が手に入っただけでも僥倖で、【改心】に結びついただけでも奇跡である。非常に腹立たしいことだが、高望みはできなかった。閑話休題。

 

 緒賀汐璃は、校長のシャドウがいた区画の下層に陣取っていた。

 

 

「明智くん明智くん明智くん明智くん……うふふ……」

 

 

 散々僕の名前を読んでいるくせに、奴は怪盗服姿の僕を見ても明智吾郎に気づく様子はない。

 有名人に自分の理想像を押し付けて崇めるような輩は何人も見てきたが、まさか自分がその被害者の1人になるとは。

 

 

<どうしてこうなるまで放っておいたんだ……。というか、“僕”のストーカーでも、ここまでヤバイのはいなかったぞ>

 

<“お前”の場合、こうなる前にみんな【廃人化】させたから気づかなかっただけじゃないのか?>

 

 

 明後日の方向を向いて高笑いする緒賀汐璃の姿を目の当たりにした“明智吾郎”は、【廃人化】の専門家らしく「早く手を打つ(=【廃人化】させる)べきだったのではないか」と見解を述べる。それと同じく、“自分”が相対峙したストーカーと緒賀汐璃の有様を比較してドン引きしていた。

 そんな“彼”に対し、僕は思わずツッコミを入れる。厄介なことになる前に【廃人化】で手を打ち続けていたのなら、ギリギリまで様子見から【改心】させることを選んだ場合のストーカーの有様なんて予想できるはずがない。だって、そうなる前にみんな『奇行に走る』か『命を落とす』かして、二度と“明智吾郎”の前に現れなくなるためだ。

 暫し緒賀汐璃の高笑いを見ていた僕達だけれど、このまま彼女の歪みを放置することはできない。僕のファンを名乗った上で、黎に危害を加えられるのは御免被る。【怪盗団】は顔を見合わせて頷きあった後、緒賀汐璃のシャドウの前に飛び出した。

 

 幸か不幸か、緒賀汐璃は僕――【怪盗団】のクロウが明智吾郎であることに気づいていない。結びついても居ない様子だった。なら、王子様面する必要はない。

 

 

「アンタたち誰? まさか、【怪盗団】?」

 

「ええ、その通り。緒賀汐璃、貴女の歪んだ心を頂戴する」

 

「さっさと【オタカラ】を出せ、迷惑ストーカー女。天下の探偵さまも、テメェと同じ学校の女子生徒も、お前のこと迷惑だとしか思っちゃいねぇよ」

 

「なんで!? なんでアタシなのよ!? アタシは何も悪いことしてないのに!!」

 

 

 【怪盗団】に取り囲まれた緒賀汐璃のシャドウは、ジョーカーと俺の言葉を聞いて金切り声を上げた。そうしてすぐに合点がいったように手を叩く。

 

 

「まさか、これを仕組んだのは有栖川黎ね!? ――【怪盗団】、貴女たちは騙されているのよ! 悪いのはアタシじゃないわ。有栖川黎っていう最低な女子生徒が――」

 

「この機に及んで言い訳かよ!? こちとら情報ソースはハッキリしてんだ、大人しくしろっての!」

 

「嫌がっている相手に無理矢理迫るだけでなく、それを阻んだ相手にまで危害を加えるってのは感心しないわね」

 

 

 スカルとクイーンが緒賀を黙らせた。哀れな緒賀は、自分が誰に対して喧嘩を売り、誰に対して【改心】を命令していたかに気づいていない。ここにいる【怪盗団】メンバーは有栖川黎の友人だし、僕に至っては明智吾郎本人だし彼女の恋人だ。そして何より、【怪盗団】のリーダーであるジョーカーこそが有栖川黎なのである。

 緒賀は暫く自分の正当性と黎の悪評をぶちまけようとしたのだが、【怪盗団】メンバーからの総口撃(こうげき)によって口を閉じざるを得なくなった。ここでようやく、【怪盗団】は自分の味方にならないと思い知ったのだろう。奴は舌打ちし、本性をさらけ出した。

 シャドウの身体がメメントスの闇に溶け、異形として顕現する。長い髪を派手に振り乱し、黒ずんだ肌に白い着物を身に纏った醜女(しこめ)が現れた。緒賀はニタニタ笑いながら、何故か僕をじっと見つめていた。僕の正体に気づいている訳ではないようだが、僕のことは“明智吾郎に近しい存在”として見ているらしい。

 

 「明智くん明智くん明智くん……私が助けてあげるからね……」――緒賀は不気味な笑みを浮かべながら呪詛を紡ぐ。

 次の瞬間、緒賀はジョーカーの方に向き直って属性攻撃を打ち放った。爆ぜるような白は、祝福属性。

 

 

「きゃあっ!」

 

「マズい、ジョーカーダウン!」

 

 

 丁度、ジョーカーが身に纏っていたペルソナは祝福属性に弱かった。不意を突かれたジョーカーが倒れこむ。ナビが悲鳴を上げた。緒賀は醜悪な笑みを浮かべ、ジョーカーへと襲い掛かる!

 

 

<――っ!!>

 

「させるか! 射殺せ、ロビンフッド――っ!?」

 

 

 僕の意志に呼応するようにして顕現したのはロビンフッド――ではない。夏休みの最中に目覚めたもう1体のペルソナ――ロキが割り込むように顕現し、赤黒い呪詛を打ち放った。

 あまりの出来事に呆然とする僕や【怪盗団】、或いは緒賀のことなど歯牙にもかけず、呪怨属性特有の闇が全てを焼き尽くしていく。まるで、僕や“彼”の怒りを上乗せしているかの如く。

 

 緒賀の弱点属性ではなかったものの、ジョーカーへの追撃は阻止できた。【怪盗団】は僕への問いかけを飲み下すようにして、緒賀との戦いへ意識を戻す。

 

 モナが回復術を使い、ジョーカーの傷を癒す。身動きできない彼女を庇うため、僕はジョーカーの前に立った。それが気に喰わなかったのか、緒賀は金切り声を上げながら雷による攻撃を繰り出した。

 次の瞬間、割り込むようにして飛び出したスカルが雷を喰らう。スカルのキャプテンキッドは雷属性を無効化するのだ。間髪入れずスカルはキャプテンキッドを顕現し、緒賀に体当たりを仕掛けた。

 派手に吹っ飛んだ緒賀に、フォックスが冷気を、パンサーが炎を喰らわせる。追い打ちと言わんばかりに飛び出したのはクイーンだ。ヨハンナがエンジン音を派手に轟かせながら、フラッシュボムを打ち放つ。

 

 閃光が緒賀の視界を潰したようで、緒賀は見当違いの方角へ攻撃を繰り出す。奴の攻撃はメメントスの壁にぶち当たった。

 傷が癒えたジョーカーが立ち上がる。彼女は即座に仮面を付け替え、攻撃を仕掛けた。

 

 

「お願い!」

 

 

 ジョーカーが顕現したペルソナは、派手に風を巻き起こした。攻撃を叩きこまれた緒賀が怯む。

 

 

「モナ、任せる!」

 

「おうよ! ――威を示せ、ゾロ!」

 

 

 顕現したゾロは、どこからともなくマジックハンドを出現させた。勢いよく打ち放たれた拳の一撃が、緒賀の腹部に叩き込まれて吹き飛ぶ。

 奴はその一撃に耐え切れず、そのままダウンしてしまった。ジョーカーの指示に従い、僕たちは緒賀に総攻撃を仕掛けた。

 悲鳴を上げる緒賀に止めを刺したのはモナである。彼はどこから現れたのか知らない椅子に腰かけ、葉巻を吸いながら不敵に笑った。

 

 間髪入れず緒賀は崩れ落ちた。歪んでいた心は正しく戻され、醜女は姿を消す。元に戻った緒賀汐璃は茫然と俺たちを見上げていた。

 彼女の顔色が真っ青を通り越して真っ白だ。「憧れの人と通じ合っている黎が羨ましかった」――緒賀汐璃は泣きながら、「許してください」と頭を下げた。

 

 

「謝る相手が違うだろ。【怪盗団】に謝るんじゃなく、オマエが傷つけたアケチとレイに謝れ。……オマエはアケチのファンなんだろ? 本当のファンだったら、ソイツの幸せを祈ってやるもんじゃないのか?」

 

「……そうね、そうだよね。明智くんにも、有栖川さんにも謝らなくちゃ……」

 

 

 【改心】が成功したようだ。モナの意見に感激したらしい緒賀汐璃は、俺たちに謝ってきた。彼女のシャドウは溶けるように消えて、残されたのは【オタカラ】の元。それはスクラップブックで、明智吾郎に関するインタビュー記事が綺麗に纏められていた。しかも、スクラップされていた記事は僕が探偵王子の弟子としてメディア出演を始めた頃のものばかり。

 

 緒賀汐璃は、最初の頃は“純粋に僕を応援していた一ファンの1人”に過ぎなかったのだろう。それがいつの間にか、僕に対する強い執着へと変わったらしい。彼女の執着心が黎への攻撃へ変化したのは、執着対象であった僕に拒絶されたこと――明智吾郎が優先したのは自分ではなく、有栖川黎だったこと――が理由みたいだ。

 ……緒賀汐璃の発言からして、万が一、もしかしたらの話だが、彼女は僕と黎の関係性を勘付いたのかもしれない。芸能人に伴侶ができるとファンが荒れて暴走する場合があるとは聞いていたが、自分が体験する羽目になるとは思わなかった。しかも、被害の矛先が俺自身ではなく黎に向けられるという最悪なケースである。

 一歩間違っていたら、黎に危害が加えられていたかもしれない。俺のアンチが俺宛でカミソリレターや呪いの言葉、藁人形なんかを贈りつけてくるのと同じ目に合ったのかもしれないし、下手したらもっと酷い目に合わされていた可能性もある。ジョーカー/黎への被害を未然に防ぐことができて本当に良かった。

 

 緒賀汐璃にとってのスクラップブックは、鴨志田にとっての金メダルと同じ扱いと言っても過言ではないだろう。

 緒賀汐璃の場合、スクラップブックを作って見返していた頃の気持ちを思い出せるという点では幸せなのかもしれない。

 彼女と鴨志田の明暗を分けたのは、“自分が持つ【オタカラ】を汚してしまうような行動に出たか否か”だった。

 

 

「ジョーカー、大丈夫?」

 

「うん。クロウが助けてくれたし、モナが傷を治してくれたから」

 

 

 ジョーカーは静かに微笑んだ。名指しされた僕は、なんだか照れ臭くて口元を緩ませた。

 彼女は屈んでモナの頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。モナは「猫扱いすんな!」と怒ったが、言葉に反して嬉しそうだ。

 

 ナビが加わって以来、モナは自信を喪失して途方に暮れていた節があった。彼のペルソナであるゾロはナビゲートとアナライズの能力を持っていたが、クイーンのヨハンナがアナライズ能力、ナビのネクロノミコンはナビゲートとサポートに特化した上位互換版である。彼女たちのペルソナと比較した場合、モナのゾロはどっちつかずの中途半端に陥ってしまっていた。

 鴨志田パレスや班目パレスで、モナが自信満々に僕たちを導いてきたのは、当時の【怪盗団】にはナビゲートとアナライズ能力を有するペルソナ使いがいなかったためだ。パレス攻略において、モナは重要な立ち位置にいた。攻略の要であり、自分がいなければ【怪盗団】は成り立たないと思っていたのかもしれない。だが、クイーンやナビの加入によって、その自信が揺らいでいたようだ。

 役立たずである自分はここにいていいのか――僕も昔、それで悩んだことがあるから、何となくわかる。最初は空元兄弟に引き取られた直後、その後は至さんと一緒にペルソナ使いの戦いに首を突っ込むことになって、何度も何度もその壁にぶち当たった。力を得た今ですら、黎/ジョーカーの冤罪を晴らしてやれない自分自身に苛立つことがある。獅童に夢を見てしまう自分に嫌悪することだってある。

 

 それでもきっと、ジョーカーは言うのだろう。「吾郎/クロウが私の傍にいてくれて、本当に良かった」と。

 

 同じように、ジョーカーは仲間たちにも言うのだ。“みんながいてくれたから、自分は頑張れる”――その言葉に救われているのは、【怪盗団】全員の総意であろう。

 自分たちの方こそ、有栖川黎/ジョーカーと出会えて本当に良かった。いずれは、彼女にそう伝えられる日が来たらいい。力になれる日が来ればいい。そう、切に願った。

 

 

「今回は大活躍だったね。これからも頼むよ、モナ」

 

「お、おう! ワガハイに任せとけ!」

 

 

 暫しモナを撫で回して満足したらしい。ジョーカーは立ち上がり、仲間たちを見返す。

 

 

「緒賀汐璃の【改心】がうまくいったのは、みんなが手を貸してくれたおかげだよ。ありがとう」

 

 

 「この調子で、チートゲーマーである根島も【改心】させよう」――ジョーカーの言葉に、仲間達は迷うことなく頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

『クロウ。お前、いつの間にあんなペルソナ覚醒させてたんだよ!? 滅茶苦茶強そうじゃん!!』

 

 

 緒賀を【改心】させた後、根島のシャドウを探し回っていたときのモルガナカー内で、僕はジョーカー以外の【怪盗団】に詰問されることとなった。一番槍として話題を上げたのはスカルである。

 久々の【メメントス】攻略に参加していた僕だったが、緒賀のシャドウと戦うときまで一度もロキを顕現していない。ブランクを取り戻すため、敢えてロビンフッドで戦っていた。

 そのうちロキのお披露目も視野に入れていたけれど、【怪盗団】として、ペルソナ使いとしての戦いの勘をきちんと取り戻してからにしようと考えていたのだ。故に、あの場で勝手に顕現するなんて思わなかった。

 

 最初は興味津々でロキ覚醒までの経緯を聞きたがった仲間達だったが、僕が説明しづらそうに視線を彷徨わせたのと、『ロキの顕現が僕の意図したことではない』と知った面々は表情を曇らせた。

 

 正直な話、前者をどう説明すればいいのか分からない。確かにみんなは『向こう側』の世界――ニャルラトホテプのせいで珠閒瑠市にいた人間以外のすべてが滅んだ世界が存在していることを把握してる。けど、“明智吾郎”こそが【廃人化】を引き起こした張本人で獅童の『駒』であるという世界の存在を話すには、僕の勇気も覚悟も足りなかった。

 並行世界の自分の話だとしても、“明智吾郎”は多くの人の命を奪っている。復讐計画の為に踏み躙った無辜の命の中には、ナビの母親である一色若葉さんだっていた。恐らく、今後の展開では、“明智吾郎”の被害者になり得る/なり得た誰かがまた新たに現れるかもしれない。……そう考えると、どうしてか、喉の奥に言葉が詰まってしまうのだ。

 

 

『……なんかごめんね。覚悟なんて、あのときちゃんと決めたと思ったんだけど……』

 

『気にするな! クロウはわたしが立ち直るまで待っててくれただろ? なら、こんどはわたしの番だ! みんなが傍にいることを忘れないでいてくれるなら、それでいいんだからな!!』

 

『クロウが言い淀む程の内容となると、獅童との親子関係をジョーカーに明かす程の、覚悟がいる話なのだろう? ……無理しなくていい。お前が話したくなったら話してくれればいいさ』

 

 

 言い淀む僕を気遣うように笑ってくれたのはナビとフォックスだ。2人ともマイペースの極みを行くタイプだが、その分、思うように進めずにいる人間の気持ちに寄り添える心の持ち主である。

 

 それがどれ程の救いになったか、きっと2人は知らないのであろう。

 今度2人に菓子類の詰め合わせでもプレゼントしようか。

 

 

『けど、“使い手が意図しない状態で勝手にペルソナが顕現する”なんてことが起きるとは……。そのペルソナは戦力としては申し分ないが、暫くは様子見した方が良さそうだな』

 

『今回はジョーカーを助けるように動いていたけど、今後、私達やクロウに不利益を齎すような行動を取る可能性も否定できないわ。過去にはペルソナが暴走するケースもあったんでしょう?』

 

『うーん……。覚醒の経緯的に、僕等に危害を加えるようなことはないと思うよ。【怪盗団】全体の利益になるかはともかく、僕やジョーカーの助けにはなってくれると思う』

 

『“クロウとジョーカーさえいれば、後はどうでもいい”ってヤツ? それはそれとして問題なんじゃ……』

 

 

 “僕の意図しない状況で勝手に顕現した”という事象に危惧を抱いたのはモナとクイーンである。“明智吾郎”が僕の人生を観測する羽目になった経緯を知っている僕からすれば、2人の考えは見当違いだ。

 しかし、ロキの覚醒経緯を上手く説明できない僕では、どうしても危険性がないことを証明することはできなかった。パンサーが眉間の皴を深くしたあたり、失敗した感が否めない。

 どうしたものかと“明智吾郎”に視線を向けても、“彼”は<どうでもいい>、<【怪盗団】に疑いの眼差しを向けられるのは慣れてる>と言って沈黙してしまった。……難儀な男である。

 

 今回、“明智吾郎”の意を汲むような形でロキが顕現して攻撃を繰り出したのは、十中八九、ジョーカーが危機に陥ったためだろう。

 “彼”の世界が滅びを迎えてしまった原因であり、“彼”にとっての大きな地雷そのものである。当時のトラウマを刺激された結果、ロキの顕現に繋がったのかもしれない。

 

 

『不安要素が多いのは気になるけど、信じるよ。ロキは私を助けてくれたからね』

 

『うん。ありがとう、ジョーカー。そう言ってくれると助かるかな』

 

 

 不穏な空気が漂っていたモルガナカー内に終止符を打ったのは、柔らかに微笑むジョーカーの信頼であった。

 

 彼女は僕が“明智吾郎”と心を通わせるに至った経緯と、“明智吾郎”がどうして僕と行動を共にすることになったのかの経緯を把握している。彼女なりに助け舟を出してくれたのであろう。

 仲間達は最終的に、ジョーカーが信じている存在――ロキのことを信じることにしたらしい。それ以降は不信感を向けてくることは無かったし、根島の【改心】に向けてやる気を滲ませたのだが――

 

 

「まさか、メメントスにまでチートを持ち込んでくるなんて思わなかった」

 

 

 川上先生のマッサージを受けて体の疲れを取ったにもかかわらず、黎の表情は晴れない。それもそのはず、僕たちは初めて、メメントスで“一時退却”する羽目になったからだ。

 

 緒賀汐璃の【改心】を見届け、意気揚々と根島の【改心】へ向かった僕達であったが、根島のシャドウは僕たちの攻撃を一切受け付けなかった。何をしても攻撃が通じない。

 無敵状態の相手を殴り続けてもこちらが消耗するだけだ。現実世界に突破口があるのではと踏んだ僕たちは、一端現実世界へ戻ることと相成ったのである。

 その後、夜の用事――吉田という政治家からの演説指導、および手伝い――を終えてきた黎と合流した僕は、今日も閉店時間を過ぎたルブランで短い逢瀬を楽しんでいた。

 

 

「こうなると、根島の【改心】は修学旅行が終わった後になるかな。ちょっと心残りだけど」

 

「僕等の本業は学生だ。流石に、修学旅行をサボるわけにもいかないだろう」

 

「惣治郎さんも、『学校行事に参加しないで更生なんかできない。何かあったら学校の責任だ』って笑ってたなー。てっきりダメだって言われるかと思ってたのに」

 

 

 苦笑する黎に、僕も同意する。いくら担任教師の川上先生がサボタージュに協力してくれると言えど、それはあくまでも“授業”限定だ。現に、黎は授業時間にサボることはあっても、学校を休んだことは一度もない。性格的にもそういう真似はしないだろう。そして、厳しい保護司が笑顔で『行ってこい』と言ってくれたのだ。行かないわけにはいくまい。

 

 

「秀尽学園高校の修学旅行先、ハワイなんだってね」

 

「うん。海外に行くことになるなんて思わなかった。洸星もロスだしね。東京の高校って凄いや」

 

「東京の学校がみんな修学旅行に海外へ行くと思ったら大間違いだよ、黎。僕なんて去年は沖縄だぞ?」

 

「お土産のちんすこう美味しかったし、夜光貝のイルカブローチも嬉しかった。この前身に付けて行ったら、杏と真から褒めてもらったの」

 

「そっか。ちゃんと使ってくれてるんだね。嬉しいな」

 

 

 去年の修学旅行、僕の高校は沖縄へ行った。その際、僕は黎へのお土産にちんすこうと、イルカを象った夜光貝のブローチを買ったのだ。

 前者は送ってから1週間で食べきったと連絡があり、後者は時折彼女の胸元で輝いているのを目にしている。

 

 今でも黎は夜光貝のブローチを大切にしてくれているようだ。僕はひっそりと目を細めた。

 

 黎がハワイに行っている間、僕は日本で活動を続けることになるだろう。今年に入って僕たちは“いつも一緒にいる”と称してもいい程、距離的にも心理的にも近い場所で過ごしていた。だから、彼女の修学旅行は、僕と黎が初めて長期間顔を会わせられなくなることを意味している。

 彼女が東京に来る以前は、傍にいられないことの方が当たり前だった。長期休みになると遊びに来ては、短い時間を過ごして別れることを繰り返していた。不思議なものである。それを日常と認識するまでの期間は、一緒にいられないことが当たり前だった期間よりもはるかに短いのに。

 僕がそんなことを考えていたら、目の前にグラスが置かれた。この時間帯にコーヒーを飲むと眠れなくなることと、9月に入っても残暑厳しい日々が続くからこその配慮なのだろう。黎が僕に淹れてくれたのはアイスココアだった。僕は礼を述べ、ココアを啜る。冷たくておいしい。

 

 

「ハワイのお土産、期待してて」

 

「分かった。期待しながら待ってるよ」

 

 

 顔を見合わせて笑い合う。離れて互いを想う時間も、その間に横たわる寂しさも、何もかもが愛おしかった。

 

 

 





「……そんなに口元綻ばせるなんて、何かいいことあった?」


 “僕”の横顔を怪訝そうに見つめていたマクスウェルが、“僕”と目が合って一発目に言い放った言葉である。
 奴に指摘されて、漸く“僕”は、“自分”が笑っていたことに気が付いた。慌てて咳払いをする。

 【怪盗団】として活動するアイツの旅路も佳境を迎えつつあるのだ。膜一枚隔てていたとしても、充実した日々であることは事実。――でも、だからこそ、気を引き締めなければならない。

 アイツの破滅は“僕”の破滅。アイツの人生の観測をやり遂げなければ、“僕”は丸喜の曲解を打ち破る術を得られなくなってしまう。“僕”を信じた“彼女”を裏切ることになる。
 それだけは、そんな真似だけはしたくない。散々裏切ったくせにと詰られたとしても、“彼女”から託された人間として、“彼女”の好敵手として、丸喜の【曲解】を受け入れることはできないのだ。


『信じるよ。ロキは私を助けてくれたからね』


 決意を奮い立たせるように息を吐く。不意に聞こえたのは、“彼女”の並行存在――アイツの恋人であるジョーカーの言葉。
 分かっている。それは、“僕”が焦がれた“ジョーカー”の言葉ではない。“彼女”とあの子は並行世界の同一人物。
 それなのに、どうしてだろう。……“彼女”が“僕”を信じてくれたと思ってしまったのは。それが嬉しいと思ってしまったのは。

 マクスウェルの「いいこと」と、並行世界の同一人物から貰った信頼の言葉に抱いた気持ちが「いいこと」と結びつくものか、“僕”は上手く説明できない。けど――


「……まあ、それなりにね」

「――そっか」


 “僕”の返答を聞いたガキんちょが、我がことのようにはにかむものだから。
 この答えはきっと、間違いではなかったのだろう。



―――

オクムラパレス編が始動しました。今回は、修学旅行前の日本・東京でわちゃわちゃやっているシーンが中心。次回はハワイでのやり取りがメインになると思われます。
魔改造明智は6月同様、仲間達に対してまた秘密を抱えることになりました。「並行世界では、自分こそが【廃人化】専門のペルソナ使いだった」と言えるようになるまで、もう少し時間が必要なようです。
リメイク後では魔改造明智と“明智吾郎”のやり取りや、あちらとの変更・追加要素絡みに関するネタ要素が増えました。色々頭を悩ませる部分はありますが、フラグ管理が楽しくて仕方ないです。
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