Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
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・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
『【怪盗団】が“メジエド”を無力化した一件が、世界にも広がっているみたいなんだ。その関係で、アメリカのテレビ番組から出演依頼が来てね。俺もそっちの対応がしたいんだけど、国内で手一杯でさ』
相変わらず、獅童智明の顔は
けど、奴が苦笑しているということだけは分かった。
『原因を作った俺が言うのもなんだけど、最近はキミへのバッシングがどんどん酷くなってて過ごしづらいだろう? だから、気分転換がてら、海外に足を運んでみたらいいんじゃないかって思って』
『父さんが手を回してくれたから、楽しんでおいで』
その行き先がハワイだと聞いたときは、獅童や智明の作為を感じたものだ。
『……そういえば、ハワイって、秀尽学園高校の修学旅行先だよね。キミが接触した【怪盗団】の関係者も秀尽学園高校の生徒なんだろう? ――接触できるなら、お願いできるかな?』
僕の予感は正解だった。奴らの動きや【改心】させた秀尽学園高校の校長の話からして、獅童たちは“【怪盗団】の中核にいる面々が秀尽学園高校の生徒”だと気づいている。
メンバー構成の情報までは掴めていないだろうが、暗に『奴らを監視しろ』と命じていることに変わりはない。僕は心の中で嘲笑いながら、表面上は苦笑しつつも頷いておいた。
『父さん、言ってたよ? 『明智くんには期待してる』ってさ』――それが嘘だってことは、僕が一番よく知っている。おそらくは、僕に笑いかける智明自身も。
ただ、“明智吾郎”は智明と獅童の発言内容が嘘であることより、僕のハワイ行きの方を問題視していた。
“彼”にとって『明智吾郎のハワイ行き』は文字通り『未知なるもの』だったためだ。
<“僕”の場合は『海外のテレビ番組から出演依頼が舞い込んだ』ことは無いよ。ずっと国内で動き回ってたからね>
<そうだよなぁ。このタイミングで海外なんか行ったら、秀尽学園高校の校長を暗殺するなんて無理だよなぁ……>
<最も、この世界では“【改心】が成功した人間を【廃人化】させることはできない”。キミを海外にやった智明や獅童の様子からして、キミや【怪盗団】の主戦力が海外に出ている間に片付けようと思ったから、海外行きのスケジュールを組んだんじゃないか?>
“明智吾郎”は顎に手を当てて考え込む。“彼”の言葉が間違いでなければ、【怪盗団】の主戦力が修学旅行で離脱する前に【改心】を行ったことは正しかったようだ。ひとまず、校長の一件は解決扱いにして良さそうである。……問題があるとするなら、『獅童達が次にどんな手を打ってくるか』だろう。
【怪盗団】の支持率は鰻登り中である。獅童が動き出すタイミングを考えると、支持率が8割を突破した頃辺りが狙い目だろう。それ程の人間達が一斉に手を返して獅童の味方になるわけだし、世論さえ味方に付ければ政治家としての地位は安泰だ。奴にとっていいことしかない。
神取から齎された情報では、秀尽学園高校の校長以外にも狙われている人物がいた。オクムラフーズの社長・奥村邦夫である。
(神取は『獅童にとって奥村邦夫が邪魔になったから』、『奥村邦夫は【廃人化】させることで、獅童の役に立ってもらう』らしきことを仄めかしていたけど……)
僕がそんなことを考えていたとき、丁度そのタイミングで、黒人司会者が番組の終了を告げた。
程なくして監督がOKのサインを出す。これで、番組の収録が完了だ。
「よっ、お疲れさん。……しかし、まさか吾郎がアメリカに来るなんて思わなかったぜ」
「それは僕の台詞ですよ、稲葉さん。アメリカで成功して活躍中って話題になってましたけど、テレビでコメンテーターやってるなんて初耳ですよ」
僕に声をかけてきたのは、アメリカで有名なダンサーとして活動している稲羽正男さんだ。日本では本業に関する話題しか聞かないから、テレビ局で顔を会わせることになるだなんて思わなかったのである。しかも、アメリカではコメンテーターとしても活動している様子だった。
今回行われた収録――【怪盗団】特集に呼ばれたのは業界人だけではない。仕事やプライベートで日本を行き来する有名人や、アメリカで活躍している日本人も含まれている。稲葉さんはその中の1人だった。有名なダンサーになるという夢を叶えた、嘗ての“反逆の徒”である。
「お前、この後どうするんだ? テレビ収録の為だけにハワイまで飛んできた訳じゃないんだろ?」
「ところがどっこい、その通りなんですよ。……まあ、温情で1日半間の自由時間を貰いましたが」
「うへあ、ブラック……」
「いや、稲葉さんには負けますって。本業の傍ら、アメリカで発生してる悪魔関連の事件も解決してるって聞きましたよ? この前も、悪魔と契約して大変な目に合っていたティーンエイジの若者を助けたって、至さんから」
「いやいや、大したことはしてねーよ。その子がオレのファンだってことが縁で、なし崩し的に巻き込まれたようなモンだし。むしろ、オレでよく解決できたよなって思ってる。……イタリーみたいに、怪異と戦い続けるのって大変なんだなって実感してるトコだな」
苦笑した僕の様子から、稲葉さんは天を仰いだ。稲葉さんは僕が今、何を思って誰の配下として振る舞っているかを知っている。それ故に、僕のことを心配してくれていた。
そして、旧友であるイタリーこと至さんのことも気にかけてくれている。先輩からの激励が嬉しくないはずがない。僕は噛みしめるようにして頭を下げた。
稲葉さんは仕事で忙しいようで、テレビ局の前で別れた。さて、獅童親子から命じられていた収録はこれで終了。日は既に傾きつつある。
日本との時差を考えると、あちらはもうすぐお昼の時間帯。双葉やモルガナが昼ご飯にありついている頃だろうか。
そんなことに思いを馳せつつ、僕は何の気なしにスマホを確認する。【怪盗団】の女性陣からメッセージが入っていた。
杏:吾郎大変! 早くしないと、吾郎がフリフリのウエディングドレス着る羽目になる!!
双葉:常夏の国ハワイで、黎の溢れんばかりのカノジョ力が炸裂する! 今こそ、吾郎のカレシ力が試されるとき!!
真:吾郎。今、貴方は非常に危険な状態にあるわ。状況を打破する方法は1つよ。黎を口説き落としなさい。SNSでも電話でも明日の自由時間でもいいから、大至急!
「なんだこれぇ!?」
<なんだこれぇ!?>
あまりにも脈絡がないメッセージに、僕は思わず変な声を上げた。
それは、僕の後ろからメッセージを覗き見た“明智吾郎”も同じ気持ちだったらしい。
内容の意味不明さも突飛だが、女性陣からのメッセージにはパワーワードが満載である。特に杏と双葉。
僕がウエディングドレスを身に纏う羽目になるとは、一体どんな冗談だ。僕はそう思いかけ――凛々しい笑みを浮かべた黎の姿を幻視した。度胸MAXライオンハート、魅力MAX魔性の女、クールビューティーで漢らしい彼女なら、タキシードが良く似合うだろう。
一時期、どこぞの女どもが『明智くんは美少女顔だから女装が似合いそう』と持て囃していたことを思い出して首を振る。――冗談じゃない、僕は男だ! 黎に口説かれたり彼女の漢気に当てられてうっかり乙女と化してしまったりするけど、僕は立派な日本男児なのだ。
何がどうしてこんな文面が送られてきたのか全く見当がつかないが、女性陣が僕と黎の恋愛に関して何か危惧していることだけはハッキリと伝わってくる。それが回り回った結果、『明智吾郎がウエディングドレスを着る羽目になる』という文面として出力されてしまったようだ。それはそれとしておかしい。
<これどうすればいいの!? なんで、どうしてこんな話になってんの!?>
<“僕”が知るかよ!!>
<ごもっともで!!>
パニックになって“明智吾郎”に助けを求めたが、“彼”も僕と同じような面をして言い返してきた。
“彼”にとってハワイ行き云々は未知の領域であり、未経験の事態である。当然の返答であろう。
ただ、何かしら思うところがあるらしい。切羽詰まったような顔をして、彼は“僕”と向き直る。
<唯一分かるのは、『これ失敗したらダメになるやつ』だってことくらいだ>
<どのくらい?>
<男として大事なものを失ってしまう>
“明智吾郎”は焦燥したような様子で、僕に警笛を鳴らしてきた。確かにその通りなので、僕はホテルに帰る道を急遽変更して街中へと駆け出す。何のあてもないのに、だ。
僕がハワイに行くことは、【怪盗団】の面々に報告済みである。ついでに、明日の自由時間を黎と過ごす約束をしていたことも、何故かみんなが把握していた。双葉経由らしい。
まるで見張られているみたいじゃないか――なんて思っていたら、今度は男性陣からもメッセージが入った。
竜司:吾郎、マジヤバイ! どれくらいヤバイかっつーと、とにかくマジヤバイんだ! このままだとお前、男としてのプライドへし折れるぞ!!
祐介:黎を見ていると、彼女がタキシードを着て、ウエディングドレスを身に纏ったお前をお姫様抱っこしている構図が浮かぶんだ。このままだと、近々現実になりそうだな。
三島:吾郎先輩が男になるのか、黎が漢になるかのチキンレース開始。尚、後者の方が明らかに優勢な模様。もういい加減結婚すればいいのに。もしくは婚約。
「全員切羽詰ってんじゃねーか!」
一体、黎は何をするつもりなのだろう。考えるだけで頭が痛くなってくる。特に三島の発言がおかしい。なんだその意味不明なチキンレース。
しかし、一番分かりやすいメッセージを送っていたのは三島だった。結婚、婚約――僕がその文面を読み取ったとき、僕の中にいる“明智吾郎”がぽつりと呟く。
<指輪>
酷く躊躇いがちな声だった。同時に、僕の脳裏に流れ込んでくる光景がひとつ。
“
けれど“彼”は足を止めた。眼前には、嘗て“彼女”が“自分”に贈ってくれたシルバーバングルを取り扱っているアクセサリーショップの扉がある。“彼”は顎に手を当て何かを考えた後、意を決したように店へと入店。迷うことなく、指輪を取り扱っているコーナーへ足を進めた。『女性への贈り物にぴったり』というポップが飾られたショーウィンドウを暫し眺める。
復讐のために全てをなげうったくせに、それでも嘘を付けなかった想いを込めて、“明智吾郎”は指輪を購入した。選んだのは、ハートを象ったチェーンリング。黒を基調にした服を好む“ジョーカー”に映えるよう、リングの色はシルバーのものにした。
“
<“僕”は“彼女”を呪うために
<だろうね>
肩を竦めた“明智吾郎”に対し、僕は思わずそう返答していた。当然の帰結だろうと思ったのだ。
<そんなつまらない呪いに頼るだなんて、舐め腐るにも程があるよ>
<舐め腐ったつもりは……>
<“キミ”は“ジョーカー”のことを、「いつか“明智吾郎”という存在を忘れ去る有象無象の1人だ」って思ってたってことじゃないか。そんなの、絶対怒るに決まってるだろ>
普段は“ジョーカー”を『“僕”の好敵手』と称し、あちらの丸喜さんとの決戦時には『“僕”を裏切るな』――『最期まで“僕”の好敵手でいて欲しい』、『“僕”と同じモノを見て欲しい』と言ったくせに、それと同じくらいの感情を恋人としての“ジョーカー”へも向けられなかったのか。
薄ぼんやりと分かる気がしたのは、僕も明智吾郎だからだろう。“明智吾郎”を好敵手として見出し、“明智吾郎”が隠していた本音――憎悪と羨望と愛情のすべてを真正面から受け止めて、それでも躊躇うことなく手を差し伸べてくれた“ジョーカー”のことを、“彼”は“彼”なりに大切に想っていた。だから色々考えたのだろう。
――その結果が、あの拙い呪いだった。
呪いになんか頼らなくとも、“明智吾郎”は“ジョーカー”の唯一無二だった。
確かに効果は抜群であったけれど、結局、ただ悪戯に“ジョーカー”を傷つけるだけで終わってしまった。
……“彼女”の泣き顔を見ても立ち止まらなかった“彼”のことだ。見ないふりは、ここにもかかっているのだろう。
<……案外、キミの言う通りだったのかもしれないな>
<何が?>
<見ないふりだよ。或いは、思い込みとも言えるだろうけど>
しばしの沈黙の後、“明智吾郎”はポツリと呟いた。その横顔は、いつか見た真次郎さんの横顔とよく似ている。
『『命は強いから大丈夫』だなんて、俺の一方的な思い込みだったんだ。アイツが泣いてるの見て、アイツの涙を拭ってやれない自分の有様に直面して、やっとそれに気づいた』
『俺はアイツに、俺の理想を無理矢理押し付けてたんだ。――忘れてたんだよ、大事なこと。……アイツだって、泣いたり苦しんだりする、普通の人間なんだって』
“明智吾郎”が丸喜さんの脅迫に屈しそうになった“ジョーカー”へ叱咤激励した理由は、真次郎さんが命さんを『強い
前者は【怪盗団】を率いて大人達を【改心】させてきたペルソナ使いだし、後者は【放課後特別課外活動部】を率いて大型シャドウを屠って来たペルソナ使いだった。
多種多様な性格や方向性を持っているペルソナ使い達を束ねて団結させ、数多の理不尽や危機を乗り越えてきた中心人物。誰もが彼女達を特別視して、眩い光を見上げるような面持ちでいた。
<泣くなんて思ってなかったんだよ。それ以上に、ああいう状況で僕を庇うとも思ってなかった。託す相手として見出されるとも予想してなかったんだ>
思いを馳せるようにして目を細めた“明智吾郎”であったが、すぐに僕の方へと向き直った。
どこまでも真っ直ぐな眼差しと真摯な面持ちに、僕は思わず口元を引き締める。
<“僕”は呪うために“あの子”へ指輪を贈った。けど、キミは“僕”とは違う。……『黎と一緒に生きる』んだろ?>
<“お前”……>
<その証として、これ以上ないくらピッタリだと思わない?>
“明智吾郎”に肩を叩かれたような気がした。
決意を新たに、俺は周囲を確認する。探しているのは土産物店――特にアクセサリーを取り扱う店だ。適当に目に飛び込んできた店へ足を踏み入れれば、そこは男女問わず観光客で賑わっていた。アクセサリー売り場を発見した僕は、指輪が並ぶ区画に辿り着く。
沢山の商品が並ぶ中、一番目を惹いたのは、ユニセックス用にデザインされたシンプルな指輪だった。青く輝く宝石――ブルーオパールが使われている。確か、ブルーオパールはハワイ土産としても有名だった。黎が僕の指の大きさを把握しているかどうかは知らないが、僕の方は既に把握済みである。
少々値は張るけれど、大切な人への贈り物だ。妥協はしたくない。身に着ける際の利便性も考えて、シルバーのチェーンも一緒に購入した。
揃いのモノを身に着ける勇気は、まだない。
この指輪は、俺のささやかな願掛け。勿論、そのことを黎には告げるつもりはない。告げたら確実にむくれてしまいそうだ。俺はひっそり苦笑する。
「喜んでくれたら、いいな」
「――あれ? 明智先輩?」
僕が包みを手にして想いに耽っていたとき、聞き覚えのある声がして振り返る。
そこにいたのは、秀尽学園高校の1年生――芳澤かすみさんとすみれさんの姉妹だった。
「どうして2人がハワイに!? 修学旅行とは無関係だよね?」
「クラブの強化合宿なんです!」
「成績優秀者向けの特別な合宿なんですよ。私、今回が初めての参加なんです!」
かすみさんの説明にすみれさんが補足を付け加える。それに続いてかすみさんがすみれさんの自慢話――夏休み以上に更なる飛躍を見せ、また表彰台に立った――を聞かせてくれた。すみれさんが今回の合宿に参加できたのも、その活躍があったためらしい。
芳澤姉妹は秀尽学園高校2年生組がハワイに来ていることを知っていた。学年が違うと言えども、来年の自分達が修学旅行先として向かうであろう場所に感心を持つのはおかしなことではない。
特にすみれさんは自分の自由時間と黎達の自由時間が重なっている可能性を視野に入れて、黎に会いに行けないかと画策している様子だ。何やら、僕とまったく同じようなことを考えている。
そのせいか、すみれさんはどこか僕に対して刺々しい雰囲気があった。心なしか「なんで明智先輩がハワイに居るんですか?」と問いかけてきたすみれさんの眼差しに圧を感じる。
「【怪盗団】関係のアレコレを放置してハワイで遊んでるなんて、二代目探偵王子としてちょっと問題じゃありません? より一層炎上しますよ」
「遊びに来たわけじゃないよ。アメリカでも【怪盗団】は有名だから、それに関するコメンテーターとして出演依頼が来ただけだ。疚しいことは何もしてないよ」
「じゃあ、その包みは一体何ですか?」
刺々しい追及に正論を返していた僕に対し、すみれさんは眉間の皴を数割増しして指をさした。
彼女が指差す延長線にあったのは、鞄にしまい忘れた黎へのプレゼント。それに気づいて反射的に顔を上げれば、鋭い眼差しを向けるすみれさんと目が合った。
「あの店、土産物――特に指輪が人気の店なんですよね。……本当に、疚しいことはないんですか?」
「あっ、かすみちゃん! かすみちゃんもショッピング?」
僕を詰問しようとしていたすみれさんの意識が逸れたのは、手持無沙汰気味になったかすみさんに話しかけてきた少女がいたためだ。
2人と同じジャージを着ているあたり、同じ新体操クラブに所属している生徒なのだろう。かすみさんと話し込む様子からして、彼女の信奉者らしい。
心なしか――僕の見舞い違いでなければ――、笑顔で対応しているはずのかすみさんの表情に陰りが見えた気がする。すみれさんに至っては、気まずそうに視線を彷徨わせていた。
2人の様子に注視しつつ、僕は女子生徒とかすみさんの会話に耳を傾ける。
件の女子生徒は秀尽学園高校に通う2年生で、2人と同じ部活に所属しているらしい。ただ、以前からかすみさんの活躍には目を付けており、お近づきになりたいと考えていたようだ。
次の大きな大会への気持ちを表明する女子生徒であるが、彼女は自身の技量に自信がある様子だった。自分が選手としての出場枠を得られる前提で、かすみさんへ「一緒に頑張ろう」と表明している。
「私達と
かすみさんと女子生徒――
山下秀美は秀尽学園高校の新体操部員で、入賞経験や表彰台に立った経験がある生徒らしい。芳澤姉妹が新体操部に入ってからは表彰台に立つ機会は減ったものの、成績優秀者専用の合宿に参加できる程度には堅実な成績を残しているようだった。
彼女もまた、芳澤姉妹と同じく新体操の選手として大成することを目指している。その一環として、山下秀美は自分の進路を有名な体育大学へと定めていた。推薦入学を狙う山下秀美にとって、次の大会への出場枠を手にすることはとても重要なことらしい。
ただ、山下秀美は現時点で既に「出場枠さえ確保できれば、自分は件の大会で成績を残すことが出来る」、「自分と芳澤かすみがその出場枠を手にすることは決定事項だ」と認識している。すみれさんの存在を歯牙にもかけないのは、驕り高ぶったが故の思い込みであると言えよう。
尚、芳澤かすみさんにとって、山下秀美のようなタイプ――最愛の妹・すみれさんを蔑ろにする輩は地雷である。眉間に皴が寄りつつあるのがその証拠だ。
最も、山下秀美はそんなこと気にしていないようで、ずっとすみれさんをこき下ろし続けていた。一通り語り終えた山下秀美はかすみさんの腕を引く。
「行こう、かすみちゃん! 私、良さげなお店見つけたんだ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 山下先輩!?」
「あっ! ――すみません明智先輩。私達、これで失礼します!」
すみれさんは慌てた様子で2人の背中を追いかける。慌ただしく去っていった2人と1人組の背中を見送り、僕は“明智吾郎”に視線を向ける。
“明智吾郎”は真顔で首を振った。<“山下秀美という女子生徒が芳澤さん達に関わっていた”なんて話は知らない>と言わんばかりの様子だ。
多少不穏な要素はあるものの、今の僕等では何が出来る訳でもない。明日に備えるためにも、ホテルに戻る以外ないだろう。
ハワイに滞在する際の宿は、獅童が手配してくれた超高級ホテルである。チェックイン時に部屋を確認したけど、見晴らしのいいオーシャンビューと、複数人が横になっても問題ないレベルの大きなベッドが特徴的だった。
他にも多数のオプションが付いていたが、正直な話、僕には利用する暇も余裕もないというのが本音である。短期間の滞在で楽しめるはずがないのに、あれだけのホテルを手配したのか謎だった。
まあ、治安の悪いモーテルに突っ込まれるのもそれはそれで問題だ。下手したら、現地で命を落とすよう手配されていた危険性も充分にあり得る。……今はまだ、僕に利用価値はあるらしい。
<効率よく使い潰すための先行投資だったりして>
<獅童なら考えそうなことだ。油断を誘うつもりなんだろう>
<最も、そんな目先の餌に騙されるような性格はしてないよね?>と“明智吾郎”は嗤う。僕もまた、<当然>と返した。
僕は改めて、黎への贈り物――指輪が入った包みに視線を向けた。
それを鞄にしまい、ホテルへの帰路を急ぐ。
遠くで、一番星がひっそりと瞬いていたのが見えた。
◇◇◇
待ち合わせ場所はハワイのビーチ。夏に行ったビーチと同じく、水着を着た人々が闊歩している。今日の天気は晴天だ。
調子に乗って30分前に来てしまった。案の定、黎はまだ来ていない。やることもなく暇なので、僕は黎を待ちながらウエストポーチの中身を漁る。と言っても、中身は財布、スマホ、黎へのプレゼント――ブルーオパールの指輪くらいしか入っていないため、あまり意味はない。
僕の服装は8月に海へ行ったときと何ら変わっていなかった。多分、黎もあのとき着てきた水着で来るのだろう。杏や真、双葉と違って露出は控えめだが、それでも水着である。真っ白とはいかずとも、健康的な肌が惜しみなく晒されている。……邪念が湧き上がってきそうだ。
前々から黎のことは魅力的で綺麗な人だと思っていた。学校一番の美人とまではいかないけれど、男子からは『クラスで2~3番目くらいに美人』と噂される程度には注目を集めていたっけ。
そんな彼女の魅力や美貌に類するものが本格的に花開いたのは、ここ半年近くの間だったように思う。具体的には、“冤罪を着せられて東京で保護観察を受けるようになってから”だ。
『【怪盗団】として活動していくうちに様々な分野を磨く必要に駆られた』と言われたらそれまでである。そのおかげで【怪盗団】としての活動が楽になったとしても、それはそれ、これはこれだ。
<“僕”が初めて“ジョーカー”に会ったとき、何処にでもいる普通の――いや、普通より
<…………>
<でも、不思議なことに、どうしてか目が離せなかった>
過去に思いを馳せるように、“明智吾郎”は呟いた。“彼”の性格的に、
それでも“彼”は<“ジョーカー”から目を離すことが出来なかった>と語った。多分それは、僕が黎と初めて出会ったとき、彼女から目が離せなかった理由と同じだったのだろう。
<テレビ局で議論してみたとき、『“彼女”はそんじょそこらの有象無象とは違う』って、ハッキリそう思ったんだ。……“彼女”を意識し始めたのは、それがきっかけだったのかもしれない>
<事実上の一目惚れ、ってヤツ? 僕と一緒じゃん。素直じゃないな>
<五月蠅いよ。正直、今でも凄く不服なんだぞ。あんな“屋根ゴミ”に全部持ってかれるだなんて!!>
“明智吾郎”は愚痴るようにして不平不満をぶちまける。
<“アイツ”は獅童への復讐に邁進していた“僕”の心を盗んだだけじゃ飽き足らず! 恋愛なんて興味なかった“僕”の女性観を滅茶苦茶に破壊し尽くしたんだぞ!?>
<自分は多大な迷惑を被ったのだ>と主張する“明智吾郎”だけれど、心なしかその事実を<是>と認識しているように見えたのは気のせいではない。
実際、“彼”にとって『恋愛対象の相手は“ジョーカー”だけしか受け付けなくなった』という状況に陥ったとして、特段何の問題も無かったためだ。
紆余曲折――普通なら破局待ったなしの裏切り行為――を経ても、唯一無二の恋愛対象者たる“ジョーカー”と両想いだったことが覆らなかった事実も大きい。
<“彼女”のせいで、どんなに見目麗しい女性からチヤホヤされても物足りなくなった>だの、<定期的に“彼女”の淹れたコーヒーや作ったカレーが食べたくて仕方がなくなるときがある>だの、<“彼女”と言葉を交わしただけで心身共に絶好調になってしまった>だの、“彼”は不平不満の皮を被った惚気話をぶちまける。
それらをずっと積み重ねてきたからこそ、“彼”はあの豪華客船で隔離障壁を打ち抜くことを選んだ。或いは、狂った善意の人の甘言に屈しそうになった“ジョーカー”を突き放して正義を貫かせようとした。『好きな人に相応しい自分になりたい。好きな人と同じものを見ていたい』という年相応の願いを――瞬く
(素直じゃないなあ)
子どもの癇癪を聞いているような気分になったのは何故だろう。とりあえず僕は、生暖かい目で“彼”を見守っていた。……その間にも、時計の針は進んでいたらしい。
「――吾郎!」
愛しい人の声が聞こえたのは、待ち合わせ時刻まで残り15分を切ったところだった。人ごみの中から、黎の姿を一発で見つけ出す。
それは彼女も同じだったようで、迷うことなく僕の元に駆け寄って来た。果たして僕の予想通り、黒のスカート水着を着ている。
やはり、格好が格好なだけに色っぽい。ついつい俗物的な反応を示しそうになるのを堪える。僕はそうと知られぬよう咳払いした。
「黎はいつも来るの速いよね。そんなに僕に会いたかった?」
「うん。ずっと会いたかった」
「……そ、そう……」
真顔で返されるとは思わなくて、僕は言葉を濁してしまった。ストレートに好意をぶつけられるのは、やっぱり恥ずかしい。
だってこんなにも嬉しいのに、それをきちんと言葉にして伝えられないのだ。悪態にならないだけマシなのかもしれないが、複雑な気持ちになる。
「吾郎は私に会いたくなかったの?」
「……意地が悪いな」
「答えになってないけど」
「会いたかったに決まってるだろ。そうじゃなきゃ、待ち合わせより早く来るわけない」
「だろうね。30分前から待ち構えている人なんていないよね」
見事に言い当てられ、僕は何も返すことができない。これは黎の直感だったらしく、僕の反応を見た途端、嬉しそうに目を細めた。
僕の方が黎より年上なはずなのに、何故か彼女に甘えてしまいそうになる。甘えるのも甘やかすのも下手くそだとは自覚しているが、できれば甘やかしたいというのが本音だ。まともに甘やかせたことは皆無だけど。男としてのささやかなプライドだ。
せめて、黎の前ではまともな人間でいたい。完璧な人間でありたい。彼女の手を引き、数多の理不尽から彼女を守れるような存在でありたい。そう思う度に、それが高望みなのだと突き付けられて打ちひしがれる。生きる限り、僕はきっと、そんな壁にぶち当たり続けるのだろう。
<いいんじゃない? キミには幾らでも時間があるんだから、そのうち乗り越えられるだろ>
そんな言葉を向けてきた“明智吾郎”の表情は酷く凪いでいた。悪意や嘲りのない“彼”の様子から、嫌味の類ではないのだということはありありと想像がつく。
僅かな羨望は滲んでいたけれど、“彼”の瞳に諦めの色はない。どんな結末に至ろうとも、己の意志を貫いて見せるという気概を感じた。とてもいい顔をしている。
僕がそんなことを思ったのを察したのか、“彼”は僕から視線を逸らして姿を消した。デートを楽しめという計らいだろうか?
明日の朝一番に、僕はハワイから日本へ戻る。黎たちは明日の夜に日本行きの便に乗るらしい。だから、こうして海外を散策するのは今日が最初で最後となる。
そういえば、【怪盗団】の面々やモルガナがいない――僕と黎の2人きりでデートをするのは久しぶりだ。僕の口元が自然と弧を描く。なんだか、凄く嬉しい。
「それじゃあ、行こうか?」――何の飾り気もない誘い文句に、黎は頬を薔薇色に染めながら頷き返した。愛情に満ちた眼差しを向け、幸せそうに口元を緩ませる。
泳ぎたい気分かと問われれば、そうでもない。好きな人と一緒に当てもなく浜辺を歩く。
他愛のない話題をしながら歩いていたら、ある屋台が目に留まった。
「あれ、ガーリック・シュリンプだね。ハワイでかなり有名になってる屋台」
「杏が美味しい店だって言ってた。丁度お腹もすいたし、早速食べに行こう」
「そっか。もうお昼の時間帯だもんね。お腹が減るわけだ」
僕と黎は一緒に屋台へ向かった。人は並んでいないため、目的であるガーリック・シュリンプは簡単に購入することができた。
「どちらが奢るか」で口論になりかけるという問題は発生したけれど、最終的には「割り勘にする」ことで事なきを得た。
適当なベンチスペースに腰かけ、僕たちはビーチを眺めながら異国の味を楽しむ。濃い目の大味だったが、とても美味しかった。
屋台の店主も【怪盗団】に興味があるようで、「【怪盗団】に会ったら、“世界中の人々がエビ好きになるよう【改心】させてほしい”と伝えてくれ」とダイレクトマーケティングをされてしまった。そういった方面には精通していないが、一応笑顔で対応しておいたので問題ないだろう。
「ところでお兄ちゃんとお姉ちゃんたち、ハネムーン中?」
「へえ、よく分かりましたね。私たち新婚なんです」
「ん゛ん゛ん゛ッ!!」
観光客向けに覚えた拙い日本語で、店主はとんでもないことを訊いてきた。黎は淀むことなく満面の笑みで答える。しかも綺麗な英語でだ。
突如落とされた爆弾に、僕は咳払いして邪念を追い払うので手一杯であった。顔が熱い。僕の様子を見た店主は、微笑ましそうにニヤニヤ笑う。
「新婚のお2人さん、ハワイを楽しんで。キミたちの人生が幸運であることを祈るよ!」と叫ぶ店主が手を振る中、僕は逃げるようにして黎の手を引いた。ああもう格好悪い。
目的もなくビーチを散策し、現地人や観光客とたまに話し、のんびりとした時間を楽しむ。気づいたときにはもう、夕焼けが海に沈もうとしていた。僕と黎は感嘆の息を零す。
近くにあったベンチスペースに腰かけ、僕たちはぼんやりと夕焼けを見つめていた。日本で見た夕焼けとは違い、ロマンティックという言葉がよく似合う。
「綺麗だね」
「うん。とても綺麗……」
僕の隣に黎がいて、微笑んでくれている――なんて幸せなことだろう。だからこそ、胸が痛む。
「ねえ、黎」
「なに?」
「……ごめん。黎の無実を証明するのも、獅童を【改心】させるための調査も全然進まないから、ずっと黎に辛い思いをさせてる」
「吾郎……」
「終いには、緒賀汐璃みたいな奴に粘着されて危害を加えられそうになって……ホント、俺は何をやってるんだろうな。お前を守りたくて、助けたくて密偵を始めたのに、守るどころか危険に晒して……」
なんだか情けなくなってしまい、僕は深々と息を吐いた。黎を守りたいのに、助けたいのに、明智吾郎はどうしてこんなにも無力なのだろう。いつも助けてもらってばかりだ。「こんな自分が彼女と一緒に生きていけるのか」と不安になる。
そんな僕を見ても、黎は静かに微笑む。「そんなことないよ」と言った彼女は俺の肩にしなだれかかった。無防備に重みを任せてくれるその姿は、僕への深い信頼と愛情を示してくれているように思えて、胸が締め付けられる。
この温もりを失いたくないと願う。守れるような人間になりたいと願う。……いや、いつも俺は願ってばっかりだった。俺の目線は自然とウエストポーチへ――ポーチの中に潜ませた指輪へ向かう。“黎と生きる未来を掴む”という、俺の決意の証。
挙動不審にそわそわし始めた俺を見ても、黎は黙ったままだった。俺が何かを言うまで、彼女は辛抱強く待ってくれる。
灰銀の双瞼はどこまでも優しい。彼女は俺を信頼しているのだと伝わってきた。俺は深呼吸し、鞄から指輪の入った袋を取り出した。
上手い言葉が見つからなくて、俺は「これ、黎に」とだけ呟くのが精一杯だった。袋からブルーオパールの指輪を取り出し、黎の左手薬指に嵌める。黎は目を丸くした。
「これ……」
「今日の記念。揃いの――……永遠を誓うための指輪は、いずれ俺から贈るから。……今は、これで」
指輪を通すためのチェーンも押し付ける。気恥ずかしくなって、俺は視線を彷徨わせた。
黎は目を輝かせながら、四方八方様々な角度から指輪をまじまじと観察する。
「ありがとう、吾郎。とっても嬉しい」
黎は花が咲くような笑みを浮かべた。夕焼けでもはっきりわかるくらい、頬を染めている。ああよかった、と、俺が安堵の息を吐いたときだった。
「私からも渡したいものがあるんだ。左手出して」
「あ、ああ」
何の気もなく、俺は黎の言葉に従って左手を差し出した。黎はハンドバッグから何かの包みを取り出す。
彼女は俺の薬指に何かを嵌めた。それはつっかえることなく、俺の指にぴたりとはまる。
――指輪、だった。コアと呼ばれる神聖な木を使って作られた、シンプルな指輪。俺が黎に贈ったものとほぼ同じデザインである。
コアウッドはハワイのお土産としても有名なものだ。現地の言葉で勇気や勇者という意味を持ち、精霊が宿る木とみなされ、お守り代わりにされることもあるという。
密偵として敵の最前線に立つ俺を気遣い、選んでくれたのだろう。俺が派手なものを好まないことを知っているから、シンプルなデザインのものを選んだに違いない。
「いやはや、先手を取られるとは思わなかった」
呆気にとられる俺を見返して、黎は照れ臭そうに笑った。
「正式な婚約指輪や結婚指輪を贈る約束まで取られちゃった」と言うあたり、彼女に先手を取られていたら大変なことになっていたことは明らかである。仲間達が焦っていた理由が今分かった。
俺に対してプロポーズする――黎なら確実にやりかねない。紙一重で、俺の“男としてのプライド”は守られた。内心戦々恐々としている俺の気持ちなど、黎は気づかない。
彼女が考えていたことは俺と同じみたいで、指輪を通すためのチェーンを手渡してきた。意図せず、俺と黎のプレゼントは材質違いのお揃いとなっている。少し照れ臭かった。
左手薬指に輝くのは、共に生きたいと――生きる未来を手に入れるという決意を示すための指輪だ。不揃いだけれど、同じ未来を願っている証。
いつか、共に未来を生きるという決意が約束へと変わり、永遠の誓いになる日が来る。その暁には、僕と黎はお揃いの指輪をすることになるのだろう。
(その未来を掴むためにも、絶対に、獅童の罪を終わらせるんだ)
黎から贈られた指輪を見つめながら、俺は決意を新たにする。燃えるように赤い夕焼けは、地平線の向こうへと沈もうとしていた。
俺と黎がハワイで過ごす時間にも終わりが近づいてきていた。名残惜しいが、そろそろ黎をホテルへ帰さなければならないだろう。
「……そろそろ帰らないといけないね」
「もう少し、一緒にいたい」
俺と同じことを考えてくれたようで、黎は寂しそうに呟いた。俺も苦笑しながら頷く。最後の抵抗と言わんばかりに、彼女の手を取った。
「それじゃあ、ホテルまで送る」
「ありがとう。――……ねえ、吾郎」
「何?」
「また来ようね。今度は2人きりで」
「――ああ、そうだね。また来よう」
夕焼けに染まるハワイの街並みを、手を繋いで帰っていく。
“共に歩む未来を勝ち取るための戦い”は、佳境を迎えようとしていた。
***
「――あれ?」
ホテルの前に戻れば、黄昏ている男子1名。それを歯牙にもかけずに料理を眺め続ける男子1名と、黄昏る2人に対して気まずそうにする男子2名が並んでいた。
黄昏ている男子生徒2名は坂本竜司、それを歯牙にもかけず料理を眺め続けているのは喜多川祐介、気まずそうに視線を彷徨わせている生徒は三島由紀と足立家の里子・暁である。
「どうしたの? なんかあった?」
「リア充はもういい――って、吾郎!? お前大丈夫だったか!? 男としての尊厳は無事か!?」
「開口一番に尋ねることがそれか!? ってか、質問してるのは僕の方なんだけど!?」
リア充の気配を察知した竜司はうっとおしそうに眉間の皴と口元のへの字を深くしたが、話しかけてきたのが僕だと気づいた瞬間、彼は弾かれたように声をあげた。僕に詰問する様子や数時間前に送られてきたチャットの文面からして、竜司が僕のことを案じていたのは事実であろう。それと同じくらい、彼は僕の質問に答えたくない様子だった。
何度か押し問答をして話を逸らそうとしていた竜司であるが、黎の胸元に輝く指輪を目にした途端、死んだ魚みたいな目をして僕の質問に答え始める。『得る物のない戦いを終えてきた』と言い切った竜司の話に三島がちょくちょく補足を入れてくれた。
ハワイにやって来たことで浮かれた竜司は、何を思ったのか、ナンパに挑戦しようと思い立ったらしい。いつぞやのリベンジも兼ねていそうだった。夏休み最終日の海で何を学んだのかと問わずにいられないのだが、案の定、ハワイでも竜司は爆死を繰り返し続けたのだという。
爆死を繰り返し続けて途方に暮れた彼は、巻き込んだ――或いは同じムジナと化さざるを得なかった(ある意味では僕のせいだと言える)三島と、ナンパの途中で拾った祐介と共に帰路につこうとしていた。そこで3人は、現地の美女達に囲まれて拉致されそうになっていた暁と遭遇。どうにか美女達を振り切って、這う這うの体で逃げてきたそうだ。
「あいつら、来栖のことをヤベー店に連れ込もうとしてたんだ。『そういう趣味の奴に売れば金になる』とか言ってた」
「坂本が人身売買っていう英語を知らなかったら、俺達、何も知らないまま来栖を見捨ててたと思う」
「3人が割り込んでくれなかったら、俺、日本に帰れたかも分からなかった。……本当、3人には感謝してもしきれないよ」
疲れ切った顔でため息をつく竜司と三島に対し、暁も苦笑しつつ感謝を述べていた。彼が女性に取り囲まれる羽目になったのは、大切な人――十中八九烏丸六花宛て――のプレゼントを買おうとして土産物店を梯子していた姿が目に付いたためらしい。
足立家の里子である暁は、里親達から生活費の支給を減らされていた。修学旅行の参加費用は出して貰えたようだが、お土産を買う程の余裕はなかったようだ。それでも貯金を切り崩し、どうにか六花へのプレゼントを買おうとしていたところ、美女達から「お金を貸してあげるからおいで」等の甘言と共に纏わりつかれたのだとか。
ハワイは観光客が多い場所だけれど、治安は――比較対象:日本の場合は――悪い部類に入る。特に今回は人身売買絡みの案件だ。圧倒的に負の面を引いたと言えよう。
「お土産買えなかった。明日急いで調達しないと」と肩を竦めた暁だが、逆に言えば、「その程度で済んで良かったね」案件である。財布も本人の心身も無事だったという意味では、だ。
烏丸六花がこの話を知ったら卒倒後にキレ散らかすのだろう。もしかしたら、「暁が自分と同じような目に合わなくてよかった」と言って泣いていたかもしれない。僕が彼女と同じ立場だったらそうする。
「大事な人への贈り物、なるべくいいものを買いたいって気持ちは分かるよ。けど、そのためにキミが危ない目にあったり辛い目に合うことを、その人は望んでいないと思うな」
「……明智さん……」
「お高めな指輪を買えるだけの財力を持つ貴方に言われても」と言いたげな眼差しがチクチク突き刺さしてきたけれど、暁は烏丸六花の立場に立って考えたのだろう。渋々と言った調子で頷き返す。
ただ、何か未練があるのか、彼は僕と黎がしている指輪に対して視線を向けてきた。
……成程。彼は烏丸六花に指輪を贈ろうと考えていたらしい。僕と黎は思わず顔を見合わせ、頷く。
「来栖くん。大事な人へ贈るお土産の予算、最大でどれくらい出せそう?」
「えっ?」
「私が指輪を買ったアクセサリー店のオーナーさん、他の観光客の人達に対して、予算に合わせた商品を見繕ってくれてたんだ。空港からの距離も近いし、相談してみたらどうかな?」
「時間的にギリギリになりそうだけど」という黎の言葉に、暁は「是非!」と身を乗り出した。僕がいなかったら黎の手を掴んでいただろうが、そこは彼女持ち。恋人を不安にさせたくない一心で、彼はきちんと距離を取っている様子だった。本当にいい奴である。
思い切りがあるというか、男気に溢れているという点は黎とよく似ていた。いや、似ているのは恋人に対する態度だけではない。暁の外見は、“黎がもし男性だったらこんな感じだろう”という概念を擬人化させたような姿だった。既視感があるのも当然と言えよう。
僕がそんなことを考えているうちに、ハワイの空は帳が落ちていた。辺りは薄闇に包まれ、建物の灯りが色づく。このまま話し込んでいるのは、修学旅行組の門限に影響する。話し込んでいた面々もそれに気づいたようで、慌ただしくホテル内へ駈け込んでいった。――残されたのは、僕と黎の2人だけ。
名残惜しいけれど、もう行かなければ。
「それじゃあ、日本で」
「うん。またね」
帰国後の再会を約束して、僕達は帰路についた。
指輪を握り締めて、未来を思い描きながら歩く――その時間は、酷く甘美に満ちていた。
◇◆◆◆
秀尽学園高校の校長は、酷く晴れやかな面持ちで街を歩いていた。目的地は警察署。彼が成そうとしていることは自首。鴨志田卓の暴力事件をもみ消そうとしたことを筆頭に、獅童正義との関係によって発生した多種多様の汚職行為を洗いざらい話すためである。
華々しかった己の人生が、他ならぬ己自身によって破滅を迎えようとしている――にも関わらず、校長は満足げに笑っていた。自分は正しいことをするのだと、それが自分の最後の務めなのだと言わんばかりの笑みを浮かべていた。社会的な死など、最早恐れる必要はない。
教師たちへの連絡は済んだ。学校は暫く大騒ぎだろうが、秀尽学園高校の教師たちも生徒たちも、手を取り合って危機を乗り越えてくれることだろう。すべての罪と罰は自分が連れて行く――秀尽学園高校の校長は、己の決意を噛みしめた。
校長の心境が大きく変わったのは、恐らく【怪盗団】が校長を【改心】させたためだろう。
罪の重さを自覚し、深く反省するだけでなく、罪を償う機会を得た。教育者である己が行うべき最後の仕事を全うする機会を貰えた。【怪盗団】には感謝している。文字通り、心を変えられたのだ。
獅童正義による【廃人化】ビジネスを知っていた校長は、それ故に、対を成す【改心】を得意とする【怪盗団】を恐れた。今なら、彼/彼女らに怯えていた当時の自分を諭してやりたい。彼らは誇らしい子どもたちだと。
秀尽学園高校の校長は足を止めた。歩行者用の信号機が赤だからだ。そこにおかしなところは何もない。校長は大人しく、信号が青になるのを待っていた。
程なくして、歩行者用の信号が青に切り替わる。校長を始めとして、多くの歩行者が横断歩道を渡り始めた。
――どこからどう見ても平和な光景。おかしいところは何もない。
「……ん?」
秀尽学園高校の校長の視界に“何か”がちらついた。校長は思わず足を止める。東京――それも、ビルが屹立し人がごった返すコンクリートジャングル――のど真ん中に、蝶が飛んでいる。しかも、普通の蝶ではない。黄金に輝く蝶が、光のように瞬く鱗粉をまき散らしている。蝶は校長の視界を横断するように飛び回っていた。
不規則で気まぐれな軌跡に、校長の目は釘付けになる。何故か視線を外すことができずにいたとき、青信号がチカチカと点滅し始めた。早く行かなくては、道路のど真ん中で取り残されてしまうだろう。
校長が慌てて足を踏み出そうとした瞬間、どこからか派手なタイヤ音が響いた。何ごとかと思い振り返る。車側の信号――色は赤――を無視したバスが、人が歩いている横断歩道目がけ、蛇行しながら突っ込んでくるではないか!!
人々の悲鳴が四方八方から響き渡る。逃げ惑う者、腰を抜かして動けない者、呆気に取られて立ちすくむ者。秀尽学園高校の校長もまた、呆気に取られて立ちすくむ者の1人であった。逃げなくてはならないと分かっているのに、身体が動かない。
バスの車体が大きく傾き横転した。校長の立つ場所目がけて、バスが迫る。文字通りのスローモーション。
そんな状況にもかかわらず、金色の蝶は、校長を庇うかのように前へと躍り出る。
ひらひら、ひらひら、きらきら、きらきら。――次の瞬間、砕けた車の部品が蝶を弾き飛ばした。
耳をつんざくような轟音と衝撃。何があったかを理解するよりも先に、秀尽学園高校の校長は、自分が地面に倒れ伏していることを知った。身体はピクリとも動かない。体から急速に熱が引いていく。
だめだ。だめだだめだだめだ。まだ自分は何も成していない。まだ、教育者としての“最後の仕事”を果たしていない。こんな所で死んでいる暇はないのだ。死にたくないのだ。死ぬわけにはいかないのだ。
自首を。警察署に行かなくては――自身の叫びとは裏腹に、校長の意識はどんどん遠くなっていく。視界が暗くなっていく中、バスの部品に潰されたはずの蝶が、何事もなかったかのように飛び立っていく姿を見たような気がした。
……。
…………。
………………。
黄金の蝶は、誰かの叫びを宿しながら空を飛ぶ。
ひらひら、ひらひら、ひらひらと。
「――蝶の羽ばたきは、運命を変える」
黒いジャンパーを着た青年は、ぽつりと呟いた。
横断歩道のど真ん中で立ち止まった恰幅の良い男が、車に撥ねられ即死した――
自首をしに警察署へ向かっていた恰幅の良い男に、暴走したバスがぶつかり即死した――
変化はほんの些細なこと。けれども、それは
誰かの願いを乗せて飛び立った蝶が空を舞う。たったの一羽なら、きっと誰も目に留めないだろう。気づけば蝶は群れとなり、誰の目に見えても“大きな存在”となっていく。それが、
願いはいずれ決意に変わり、決意は滅びすらも超えていく。――今この瞬間だってそうだ。蝶が運んで来た景色は異国の砂浜。よく似たデザインだが材質違いの指輪が、夕焼けに照らされて輝いている。
「――成程。それが、
スーツを着てサングラスをかけた男は納得したように頷きながら、眼下に広がる惨状を見つめていた。
商業用ビル内の一角を陣取るカフェテラスの窓際席はガラス張りになっており、道路を行き来する人々の様子がよく見える。そこには、横転したバスと右往左往する人々がいた。パトカーや救急車が何台も停まり、事故の周辺には野次馬どもがひしめく。
スーツの男が見ているのは、山吹色のスーツを着た恰幅の良い男性である。頭から血を流していた男性はストレッチャーに乗せられ、救急車に運び込まれた。発進していく救急車を見送る男は、興味深そうにこちらへと向き直った。
「さて、彼は一体、何件の病院を盥回されることになるんだろうな? その間に力尽きるか、それとも持ちこたえるか……」
「盥回しに関しては、俺よりもあんたの方が知ってるんじゃないのか? 奴らの協力者の中には病院関係者だって数多くいるんだから」
スーツの男の問いに対し、黒いジャンパーを着た青年は淡々と答えた。彼の周囲には、金色に輝く蝶々がひらひらと舞っている。
青年が蝶に群がられているにも関わらず、周囲の人間は
金色の蝶は善神の化身。その力を振るう青年もまた、善神の化身の1体だ。経歴が異色すぎるため、思考回路や行動原理は人間寄りとなっている。閑話休題。
「秀尽学園高校の校長は、キミが守り導こうとするあの少年少女らによって【改心】させられている。私では把握することが不可能だが、“アレ”曰く『対象者が【改心】してしまうと、直接【廃人化】して
「
「その手段が“バスジャックの果ての大事故”か」と、青年は呟いた。「隠せていないぞ」と笑いながら、男も頷く。
「対象が無差別であり、被害者が多ければ多い程、1人1人の影は薄くなる。その中に秀尽学園高校の校長がいても、『不幸な事故に巻き込まれた』という一言で片づけられるという訳だ」
「それでも、バスジャック犯は“【精神暴走】事件の被害者”として注目されるんじゃないのか? 【精神暴走】事件を追いかけている新島検事は、そっちが【精神暴走】させてチャネリングしてるといえど、おたくらの派閥と対立構造にあるんだろ?」
「その点は抜かりない。実行犯として選んだのはオクムラフーズの元社員だ。“オクムラフーズのブラック企業体質を告発するも、奥村社長との裁判に敗訴。それが切っ掛けで失意のまま自堕落に日々を過ごすうちに、薬物へ手を出した。数度の逮捕歴もある”という経歴持ちだ。“再犯の結果、薬物による諸症状によって理性を失った挙句、バスジャックという強行に走った”と尾ひれがついても違和感はないさ。たとえ【廃人化】した末に死んだとしても、直前に違法薬物を摂取しているから判断できないだろう」
「悪辣だな。“凶悪犯が破滅の道を転がり落ちた理由は、オクムラフーズの社長にあり”――そうやって、世間に奥村社長の印象操作を行うわけか。民衆は奥村社長と元社員の顛末を知り、それ故に民衆は彼の【改心】を望み、【怪盗団】も民衆の意見に従うような形で動かざるを得まい、って?」
「もっとも、
「お前は誰の味方なの? 【怪盗団】と対立するような立ち位置にいるのに、その実、【怪盗団】を助けるような情報を流してる。……てっきり俺は、
「私は『神』の『駒』。私を『駒』として重用している『神』からは、『手段は問わないから、“アレ”から私を解放しろ』と命じられている。……キミも
男はそう言い残して立ち上がると、そのまま立ち去ろうとする。
青年は男を呼び止めた。男は首をかしげて振り返る。
「――ありがとな」
「……礼を言われるようなことは何もしていないよ。キミもそろそろ帰り給え。“あの子”はきっと、キミが作る食事を楽しみにしているだろうからな」
男は踵を返し、ひらひらと手を振って立ち去った。その背中を見送った後、青年は止まり木を連想させるような動きで指を動かす。金色の蝶が誘われるようにして指に停まった。
次の瞬間、自分を取り巻くように舞っていた他の蝶たちが一斉に飛んでいく。夕焼けの光に紛れ込むようにして、黄金の蝶の群れは空を舞う。その行方を知るのは青年だけだ。
できることが増える度に、できないことが増えていく――青年はそんなことを考えながら蝶の行方を見つめていたが、立ち上がる。今日の献立を考えながら、家路へ着こうとして――
「――お前、何考えてる?」
聞こえてきた声に振り返れば、眉間の皴を数割増しにした別な男――刑事が佇んでいる。剣呑な眼差しの奥には、蝶を行使する青年に対する深い疑念とかすかな憂いが滲みだしていた。
言葉も口も悪いけれど、なんやかんやで、彼は不器用な男だ。
だからこそ、青年は何も言えなかった。言うわけにはいかなかったのだ。
「“パイセン”が心配するようなことは、何もないよ」
「……腹立つ“コウハイ”だな」
「俺のことより、目の前の仕事が大事だろ。応援呼ばれてるんだから早く行きな、刑事さん」
青年に促され、刑事は舌打ちしながら現場の方へと去っていく。彼はこれから忙しくなるだろう。勿論、悪い意味で、だ。
【怪盗団】と黒幕の『神』――双方の板挟みになりながらも、刑事は自分のなすべきことと目標を見失ってはいない。
そのため、今ここで青年を気に掛けるという精神的な余裕も暇も存在していないのだ。現場に行く以外の選択肢がない。
我ながら『嫌な奴』をやっている自覚がある。実際、刑事は口に出しはしなかったけれど、内心は今回の態度を『嫌な奴』だと思っているはずだ。年功序列と言えど、センパイとコウハイだからこそ分かる。
現場で他の警察関係者と話し始めた刑事の姿を横目に、青年は野次馬達の中に紛れ込みながら家路につく。今度こそ、今日の献立と、明日帰ってくるであろう弟分に食べさせる献立を考えながら。
――あと何回、自分はあの子たちに料理を振る舞ってやれるだろうか。
◆◇◇◇
僕がハワイから戻って来たその日、とんでもないニュースが入った。
秀尽学園高校の校長が、バスジャックによる交通事故に巻き込まれ、意識不明の重体になったのである。
『彼は学校関係者や警察署に『これから自首しに行く』と連絡を入れ、『後のことを頼む』と言っていたそうよ』
『それと、あと一歩前に出ていたら、横転したバスの下敷きになって亡くなっていたかもしれないって。……余程運が良かったみたいだ。
冴さんはと足立は渋い顔をして書類と睨めっこしていた。僕もこっそりと書類を覗き込んだが、校長の入院先だけが大手の病院ではない。獅童とは一切関わりのない中規模な医院だ。
獅童にとって、秀尽学園高校の校長は最早不必要な存在である。病院関係者に彼の受け入れを拒否するよう根回ししていたのだろう。処置遅れによる死を狙ったのかもしれない。
秀尽学園高校の校長は“生きてはいるが意識不明”のままだ。しかも、一生目覚めない可能性が高いとある。その間に、獅童は自分の権力地盤を整えるに違いない。
そういえば、真次郎さんもストレガのタカヤに狙撃されたときは『一生目覚めない可能性が高い』と言われていた。でも、彼は卒業式数日前に目覚めた後病院を抜け出し、屋上へと駆けつけたのだ。文字通り、奇跡という言葉がよく似合う結末だった。
荒垣夫婦の純愛を秀尽学園高校の校長に当てはめるのはかなり無理があることだが、奇跡が起きる可能性があることを僕は知っている。
実際、奇跡は起きたのだ。死んでもおかしくなかった大事故に巻き込まれても、悪意によって病院を盥回しにされても、校長は生き残ったのだから。
『それで、バスジャックの犯人は?』
『亡くなったわ。バスが横転した際、窓ガラスの破片で首が切れたことによる出血性ショック死。オクムラフーズの元社員なんだけど、以前社長の奥村邦夫相手に裁判を起こし敗訴している』
『それが原因で奴の生活は荒んでったようだね。薬物へ走ったっぽい。使用は勿論、売買の件で逮捕歴もある。しかも常用性があって、再犯も繰り返していた』
『薬物中毒による心神耗弱状態……』
『やるせないわね。オクムラフーズの一件さえなければ、彼の人生はここまで転がり落ちることはなかったでしょうに……』
『……本当に、単純な話だったらいいのにねェ』
冴さんがため息をつきながら仕事をする隣で、僕と足立も表面上は大人しく仕事を続けた。
特に足立は、冴さんに聞かれていたら怒髪天になりそうな愚痴を零している。
幸い、冴さんの耳には届いていなかったようで、彼女は書類仕事に邁進していた。閑話休題。
(“【改心】に成功した人間は【廃人化】させることはできない”、か)
神取が流した情報が頭の中にリフレインする。
もしかして、バスジャック事故が発生したのは、僕達が【改心】させた秀尽学園高校の校長を何とかして“処分”しようとした智明による苦肉の策だったのか。
【怪盗団】が【改心】させてきた連中――鴨志田、班目、金城らにはもう手を出せない分、これ以上獅童に不利益が被らないようにしたかったのだろう。
休憩時間にネットを確認したが、秀尽学園高校の校長についての話題は鳴りを潜め、帰宅ラッシュ時の夕方に発生したバスジャック事件がお祭りのように取り沙汰されていた。話題の中心は事故の犠牲者ではない。実行犯の陰惨な過去――オクムラフーズ社長との裁判に敗訴したことを機に、転落人生を歩んでいった――がクローズアップされている。
それが皮切りとなったのか、各メディアはオクムラフーズに疑惑の目を向けていた。ネットの書き込みや噂話をする人々も、“凶悪犯誕生の裏には、奥村邦夫の罪が絡んでいる”と思っているらしい。終いには、『奥村邦夫を【怪盗団】に【改心】させればいい』だの『すべての悪党は【怪盗団】がやっつけてくれる』だのという話題が席巻していた。
『本当なら、【怪盗団】は不必要な方がいいと思うんだ。でも、理不尽に苦しむ誰かの助けになれるなら、存在する意味はある。……いつか、私達が必要なくなるその日まで、そうなるように力を尽くしたい。人々の意識が少しでも変わっていけるならば、私達の歩いた軌跡は決して無駄じゃないんだから』
鴨志田の【改心】が成功してホテルのビュッフェで打ち上げをしたときに、黎が語っていた言葉を思い出す。――ああ、何て皮肉なのだろう。
“いつか自分たちが必要なくなる”その日を目指していたはずなのに、いつの間にか“自分達がいないと世界が成り立たない”なんて事態に陥っていた。
『それから、これを見て頂戴』
『……これ、【精神暴走】事件と思しき事故や自殺ですよね? 被害者の性別や年齢に共通点は見えませんが……』
『被害者の死によって利益を得る人物がいないか調べてみたの。そうしたら、オクムラフーズ社長の奥村邦夫が浮かび上がったわ』
それだけではない。以前神取が僕に流してくれた情報通り、獅童たちは奥村邦夫に【廃人化】事件の罪を着せてスケープゴートにしようとしている様子だ。
冴さんが集めた証拠はすべて奥村邦夫犯人説を裏付けるようなものばかり。その証拠を読み解いた冴さんは、“奥村邦夫と【怪盗団】が繋がっている”と推理していた。
獅童からは『【怪盗団】にすべての罪を被って破滅してもらうために、警察や検察を誘導しろ』と命じられていたが、冴さんは自力でそこに辿り着いてしまっている。
誘導役を命じられているにもかかわらず、誘導役としての役目は“冴さんの意見に同意すること”のみ。違和感を抱かずにはいられなかった。
<誘導してないのに、誘導されたみたいに動き出してるよね>
<……やっぱり、この世界の獅童は、お前の正体に気づいてるんだろうな>
僕の中にいる“明智吾郎”はギリギリと歯噛みした。“彼”の推測通り、獅童は既に僕を“脅威となり得る存在”であると認識しているのだろう。だから、僕を重用するふりをして、【精神暴走】によって手駒にした冴さんを使い、逆に僕を監視をしている――?
その推論を補強できそうな情報源――公安部の足立透に視線を向けても、奴は何も言わない。自分の立ち位置を確保するので手一杯の様子だった。小さくアイコンタクトをしてきたあたり、コイツも獅童派の監視役として振る舞っている気配は感じられた。蝙蝠も楽ではないのだろう。
「吾郎ー、ご飯できたぞー!」
「あ、ああ。今行く!」
部屋の外から響いてきた至さんの声に返事をして、僕は部屋を出た。階下のダイニングキッチンへ向かうと、美味しそうな洋食が並んでいる。
ソースの香りが鼻をくすぐるハンバーグ、半熟卵がとろとろなオムライス、みずみずしい野菜を使ったサラダ、ごろごろ切った野菜を煮込んだポトフ――どれも美味しそうだ。
日本を離れていたのは僅か数日だったのに、至さんの料理を食べるのが久々に感じてしまう。僕は席について「いただきます」と挨拶し、夕飯を食べ始めた。
相変わらず、“正義の名探偵・明智吾郎”は総すかんを喰らっている。学校でも腫れものを扱うように接してくる連中ばかりだし、下駄箱や机には【怪盗団】グッツの一種である予告状風ポストカードが大量に入っているのだ。内容はすべて誹謗中傷および脅迫文。小田桐先生や丸喜先生が対処に動いてくれているものの、暖簾に腕押しみたいな状態だ。僅かな時間と隙を突くような形で、嫌がらせは続いている。
対して、【怪盗団】は華々しく持ち上げられていた。【怪盗団】のロゴを使ったグッズが多方面に売り出されており、若者たちはこぞってグッズを買い占めている。勿論非公認なので、僕等の利益にはならない。【怪盗団】ブームに乗っかって商法を始めた奴らがいるのだ。
三島は大台に乗った支持率に大喜びしていたが、書き込み内容に若干の不穏を感じ取っているという。『早く次の獲物を【改心】しろ』だの『【怪盗団】に任せておけば世間は安泰』だのという書き込みが目立っているためらしい。つい数時間前のチャットが脳裏をよぎる。
三島:【怪盗団】が有名になったのは嬉しいんですけど、なんかこう、俺が思い描いていた理想とは違うなって思って……。
吾郎:確かにそうだね。黎は“【怪盗団】が絶対的な正義だ!”って真似がしたかったんじゃない。【怪盗団】の活躍が、人々の意識を良い方向へ変えることを願ってた。間違っても、現状のような怠惰に満ちた状況なんか望んじゃいないよ。
三島:それ、黎からも言われたんですよ。『理不尽に苦しむ人たちを勇気づけたい、彼らが立ち上がれるようにしたい、助けたいって思ったから【怪盗団】をやってきた。でも、“すべての悪党を【怪盗団】に任せればいい”、“【怪盗団】こそが絶対正義だ”って持て囃されたかった訳じゃないんだ』って。
吾郎:民衆の意見はうつろいやすいからね。支持率が高ければ高い程、彼らの暴走を制御することが難しくなる。8割で“悪党は全て【怪盗団】に丸投げすればいい”となると、僕等が『彼らの思い通りに動かない存在』とみなされた場合、確実に暴動が起きるだろう。
三島:ネットでいう『炎上』ってヤツですね。吾郎先輩が現在進行形で燃えてる……。
吾郎:僕が『炎上』するのは別にいいけど、【怪盗団】の面々に被害が齎されるようなことにはなってほしくないかな。
俺がそう返信した後、暫しの間をおいて、三島のメッセージが届いた。
何となく、今までとは雰囲気が変わったような気がする。
三島:吾郎先輩。前にも話した通り、俺、【怪盗団】の支持率を100%にすることが夢なんです。
吾郎:知ってるよ。一番最初に顔を会わせたとき、言ってたね。
三島:他の人たちに【怪盗団】の活躍を知ってもらいたいし、それを見た人たちが良い方向へ変わってくれたらいいって思ってます。……でも、最近になって、不安になってきたんです。『俺が【怪盗団】に協力しようと思ってしてきたことは、間違いだったんじゃないか』って。
吾郎:どうしてだい? キミには随分と助けられているけど。
三島:さっきも言いましたけど、支持率が上がるにつれて、過激なシンパによる書き込みが増えてきたんです。ログの速さが尋常じゃなくて、毎日スマホをチェックしてないと、依頼の書き込みがあっという間に流れてしまうくらい。誰も彼もが狂ったように『【怪盗団】万歳。【怪盗団】さえいれば世間は安泰』って書きこんでいる。
吾郎:そうだね。【怪盗団】の張本人である俺も、正直怖い。
三島:黎に言われて、気付いたんです。俺は【怪盗団】を手助けしたくて【怪盗お願いチャンネル】を始めたけど、本当にそれは、【怪盗団】の――黎の助けになってたのかなって。逆に困らせる結果になったんじゃないかって。丁度、今みたいに。
吾郎:三島くん……。
三島:それに、『怪チャン新機能の様子がおかしい』んです。ここ数日投票エラーが頻繁に発生してて、おまけに投票エラーになっていた票の該当者、すべてオクムラフーズの社長なんですよ。
吾郎:本当か!? 他に、何か変わったことは?
三島:エラーだけじゃなく、プログラムの書き換えをしようとしてる輩もいるみたいなんです。先輩から紹介されて以降、サイト管理に協力してくれるHN:アリババが撃退してくれてるんですけど、キリがなくて。誰かが【怪盗団】にオクムラフーズ社長を【改心】させようとしてるのは分かるんですが、なんかこう、今までと違う……意図的というか、悪意みたいなものを感じて。
ハワイ旅行の真っ最中でも、三島は怪チャンを確認していたらしい。本名と正体は明かしていないが、双葉も協力して怪チャンが悪党に操作されぬよう頑張っていたようだ。
以前、僕が気にしていたこと――三島の善意が【怪盗団】に牙を剝くことになり得るのではという懸念は、民衆の盲信と怠惰という形で現れた。今――特に、匿名性が高いネット上――では、『真っ当な大人よりも正体不明の【怪盗団】の方が信じられる』なんて意見が蔓延っている。
脳裏に浮かんだのは、世の中の理不尽や不条理に真っ向から挑む大人たちだ。聖エルミン学園高校OBOG、七姉妹学園高校および春日山高校OBOGや珠閒瑠市の社会人、月光館学園高校のOBOG、八十神高校のOBOGのペルソナ使いたち。僕が信頼できる、真っ当な大人たち。
“正義の名探偵・明智吾郎”が否定されるのは別にいい。でも、僕の保護者や僕らの先輩たちのことまで否定されるようなことを言われるのは我慢ならない。彼/彼女らの頑張りが【怪盗団】より劣るなんて思っちゃいないし、そんなこと言う奴が目の前にいたら殴ってやりたかった。
そんなに言うならやってみろ。氷漬けになったエルミン学園高校でアシュラ女王を倒し、アヴディア界でパンドラを倒し、モナドマンダラでニャルラトホテプを倒し、タルタロスの頂上でニュクスを倒し、八十稲羽でイザナミノミコトを倒してみせろ。世界を救ってみせろ!
彼らは今だって戦っている。数多の異形や悪意と対峙し、誰にも褒められることなく、必死になって世界を守ろうとしている。理不尽な運命を打ち砕こうとしている。――それが出来ないくせに、彼らを馬鹿にするんじゃない!! ……そう叫んでやりたい。
<それを言ったら、この世の人間の大多数を殴らなきゃいけなくなるだろう。……“僕”も含んで>
<殴られる自覚あったんだ。なら大丈夫だね>
<!?>
“明智吾郎”は僕のあっさりした態度が意外だったのか、大きく目を剥いた。僕は気にせず三島のチャットに目を通す。
彼もまた、執拗なオクムラフーズ社長【改心】要求から“強大な悪意が蠢いている”ことを察した様子だ。
今こうして、三島は『自分の善意は悪意にしかなり得なかったのではないか』と懸念を抱くに至っている。
三島:今も現在進行形なんですが、オクムラフーズの社長がじりじりとランキング上位に浮上しつつあるんです。これ、絶対何かありますよね。
吾郎:三島くんの勘は正解だ。今、巨悪が動き始めている。巨悪は自分のシンパだったオクムラフーズ社長を切り捨てるついでに、【怪盗団】を破滅させようとしているんだ。怪チャンの【改心】ランキングが操作されかかったのもその一環だろう。
三島:マジですか!? 一歩間違ってたら、怪チャンがみんなを追いつめてた可能性があったってことか……。くそっ!! サイトの管理人として、【怪盗団】を見守って来た古参の人間として、すごく悔しい!!
吾郎:【怪盗団】のために怒ってくれるのは嬉しいよ。でも、今だからこそ落ち着いてくれ三島くん。この事実に憤っているからこそ、キミには冷静に、できれば普段通りであってほしいんだ。怪チャンを使ったサポートを駆使できるのは三島くんだけだ。そっちに関する戦いを任せられるのは、三島くんしかいないんだよ。
三島:吾郎先輩……。
吾郎:僕達は僕達の戦いをする。だから、三島くんは三島くんの戦いをしてほしい。キミが支えてくれなかったら、【怪盗団】はここまで来れなかった。僕達はずっと、キミに助けられてきた。それだけは、何があっても、絶対に忘れないでくれ。
三島:分かりました。怪チャンに関しては、俺が何とかします。俺は怪チャンの管理人として、【怪盗団】の最古参ファンとして、絶対、黎や吾郎先輩を――【怪盗団】のみんなを守ります。
吾郎:ありがとう、三島くん。
チャットはそこで終わったけれど、三島の決意はここで終わるようなものではないだろう。
異形と戦う力、奴らが跋扈する【パレス】や【メメントス】だけが戦場じゃない。
現実世界で人の悪意と向き合うことだって、立派な戦いなのだから。
<…………>
<どうしたの? さっきから三島のチャット眺めて>
<……人って、変われるんだな>
三島とのやり取りを眺めつつ、“明智吾郎”は呆けたように呟いた。
あちらの世界の三島は、恐らく、“明智吾郎”にとってはその辺の有象無象と同レベル扱いしていたのだろう。特に何も語りはしないけれど、こちらの三島のように、【怪盗団】のサポーターとしての在り方を考えるようなタイプではなかったらしい。後々成長するのかもしれないが、“彼”が目の当たりにしたこちらの三島レベルまでは少し遠かったように見える。
あちらとこちらの違いは『明智吾郎が直接、三島由紀と関わったか否か』。人との関わり合いとその積み重ねで、人は劇的に変化する。僕と“彼”の人生が大きく変わったように、蝶の羽ばたきは大嵐を巻き起こして世界を変えていくのだろう。嵐の果てがどこに辿り着くかは分からないし、あちらよりも悪化する可能性だって孕んでいる。それでも――僕はもう立ち止まれないし、立ち止まるわけにはいかない。
<三島に言った言葉は、“キミ”にも当てはまるんだからね。忘れちゃダメだよ>
<言われなくとも>
戦いの形は人それぞれだ。僕等のように直接異形や怪異と戦うやり方もあれば、三島のように現実世界で人の悪意と対峙するというやり方もある。
“明智吾郎”は僕や三島とも立場は違うし、戦う理由や戦場だって別だ。それでも今“彼”は、僕等と同じ方向を向いている。同じ結末の為に戦っているのだ。
文字通りの運命共同体。助け舟を出せるか否かは互いに分からないままだが、この戦いに負けるつもりは毛頭なかった。――きっと、その結びつきぐらいで丁度いいのだろう。
そんなことを考えていたとき、不意に至さんが振り返る。
「そういえば、お嬢が帰って来るのは明日だったな」
「ああ。今日の夜、飛行機に乗って帰って来るって」
僕はオムライスに舌鼓を打ちながら答えた。自然と右手が胸元――黎から貰ったコアウッドの指輪――へ伸びる。脳裏に浮かんだのは、黎の笑顔。
“共に生きる未来を掴む”という決意の証だ。見ているだけで胸が温かくなったのは、込められた想いを――黎からの慈しむような愛情を感じるから。
今までは精神的な支えがあったから、ここまで来れた。今だってそれは変わりない。けど、明確な証ができたことで、今まで以上に頑張れる。きっと大丈夫だと信じられる。
ハワイでの出来事を思い返しつつ、僕は指輪を服の中に隠した。有名進学校の優等生という仮面の中に押し込むような形になっているけど、チェーンにつけて肌身離さず身に着けている。冬服へ衣替えすれば、隠し場所を手袋の下にするつもりだ。勿論、左手薬指に。
黎も、僕が贈った指輪をチェーンに通して肌身離さず身に着けているのだろう。時折服の下にある指輪を意識して、ひっそりと触れているのかもしれない。彼女は密やかに微笑むのだろう。考えるだけで、胸の奥底が酷く熱を持つのだ。
「……オムライスじゃなくて、赤飯の方がよかったか?」
「!!?」
「ああ、やっぱり! ハワイでいいことあったんだな。しかもお嬢絡みで!!」
「ちょ、待てってば! わざわざ根回しする程のことじゃないだろっ!!」
至さんは大喜びでスマホをいじり始める。他の人々に連絡を回そうとしたのだろう。
「よーし! まずは真実と、八十稲羽物産展開催のために上京してる陽介たちに――」
「やめろォォ!!」
僕は慌てて、保護者の暴走を止めようと手を伸ばした。
――これは、どこかの世界線の話。
「大事な人への贈り物、なるべくいいものを買いたいって気持ちは分かるよ。けど、そのためにキミが危ない目にあったり辛い目に合うことを、その人は望んでいないと思うな」
「……明智さん……」
「お高めな指輪を買えるだけの財力を持つ貴方に言われても」と言いたげな眼差しがチクチク突き刺さしてきたけれど、有栖川黎は烏丸吾郎の立場に立って考えたのだろう。渋々と言った調子で頷き返す。
ただ、何か未練があるのか、彼女は私と暁がしている指輪に対して視線を向けてきた。
……成程。彼女は烏丸吾郎に指輪を贈ろうと考えていたらしい。私と暁は思わず顔を見合わせ、頷く。
「有栖川さん。大事な人へ贈るお土産の予算、最大でどれくらい出せそう?」
「えっ?」
「俺が指輪を買ったアクセサリー店のオーナーさん、他の観光客の人達に対して、予算に合わせた商品を見繕ってくれてたんだ。空港からの距離も近いし、相談してみたらどうかな?」
「時間的にギリギリになりそうだけど」という暁の言葉に、黎は「是非!」と身を乗り出した。私がいなかったら暁の手を掴んでいただろうが、そこは彼氏持ち。恋人を不安にさせたくない一心で、彼女はきちんと距離を取っている様子だった。本当にいい奴である。
思い切りがあるというか、男気に溢れているという点は暁とよく似ていた。いや、似ているのは恋人に対する態度だけではない。黎の外見は、“暁がもし女性だったらこんな感じだろう”という概念を擬人化させたような姿だった。既視感があるのも当然と言えた。
――
―――
奥村パレス編その2、今回はハワイ行き~帰国直後まで。区切りがいい場面まで引っ張った結果、リメイク前よりもパンパンになってしまった感が否めません。場面転換的にちょっとアレだったので「キリがいいところまで詰め込もう」と欲張った結果です。
リメイク前より早い段階で協力関係を結んだ“明智吾郎”、P5Rとは違う形で出会った芳澤姉妹、足立や烏丸六花との絡みから繋がった来栖暁絡みの描写が増えました。彼や彼女達とのわちゃわちゃ感を出すことが出来たらいいなぁ。
今回のあとがきSSは別の世界線&可能性のひとつであると同時に、金城パレス編・【新島真とメメントス探訪】のあとがきSSを補足する形になっています。「こんな可能性もあったんだな」程度に考えて頂ければ幸いです。
この作品の世界線――烏丸六花と来栖暁が、足立絡みでどんな顛末を迎えるのか。サブキャラではありますが、2人の行く末も見守って頂けると嬉しいですね。……魔改造明智と魔改造ジョーカー♀の並行存在なので、件の2人も晴れ晴れとした結末になりそうですけど。