Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・【改心】と【廃人化】に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。名前は
・“彼”の世界における“春の婚約者(原作+アニメ準拠の性格)”やその関係者に明確な名前がある。名前はこちら<https://namegen.jp/>や<https://jhaiku.com/haikudaigaku/archives/474>をベースに適当に決めた。
『八十稲羽物産展の準備をする』と言う真実さん達と別れた僕達は、オクムラフーズの本社前――もとい、奥村邦夫の【パレス】へ向かっていた。
【パレス】内へ侵入するためのキーワードは既にモルガナと宝条さんが発見済み。『奥村邦夫』、『オクムラフーズ本社』、『宇宙基地』の3つである。
先に潜入捜査していた3人曰く、『【パレス】は近未来SF的な要素が強く、ロボット型のシャドウが闊歩する基地だった』とのこと。
『モルガナくんから聞いたんだけど、“【パレス】の内装は持ち主によって大きく違う”らしいね。“【パレス】のモチーフに選ばれたキーワードが、【パレス】の主の精神性を表している”とも』
『奥村社長の場合、モチーフが『宇宙基地』なことに、何かしらの意味があるのかもしれない。関連する事象としては、“政治家に転身しようと考えている”ことかな?』
『【パレス】内部で何か見つけたら教えて欲しい。現実世界側にも似たような情報や資料がないか探してみるから』
『僕個人の力は大したことないけど、知人に“そういう事象”に強い人たちがいるんだ。その人たちにも協力して貰えないか訊いてみるよ』
『僕も出来る限りのことはする』、『危険な目に合わせていることは重々承知だ。でも、どうか、無理をしないで。無事に戻って来て』と言って、宝条さんは僕達を見送ってくれた。【JOKER呪い】に手を出した経緯や生き残るまでの紆余曲折は分からないものの、【JOKER呪い】以前も以後も苦労を重ね、試練を乗り越えて今を得た人だ。それ故に、僕等に手を貸してくれたのだろう。
過去の事件で僕達の先輩――聖エルミン学園高校2年生一同、『向こう側』における幼馴染一同、僕等の世界における【JOKER呪い】による連続殺人を調査する羽目になった社会人一同、月光館学園初等部と高等部に通う学生で構成された【放課後課外活動部】、八十神高校に通う1・2年生と警察官で構成された【自称特別捜査隊】にも、ペルソナ使いではない協力者が多くいた。
南条コンツェルンの中で圭さんの派閥に所属している人々、『向こう』の【ジョーカー様】や『こちら』の【JOKER呪い】――或いは須藤親子に巻き込まれながらも道を踏み外さないor改心した人々、美鶴さんの父親・武治さんとその関係者達、【八十稲羽連続殺人事件】を追っていた堂島さんや街の警察関係者、そして――紆余曲折の末に【怪盗団】と関わった沢山の人達が。
事件を乗り越えて生還し、それぞれの道へ進んだ人がいる。事件の最中に命を落とした人もいる。
出会いも別れも、あの12年間を駆け抜けた僕達にとって、忘れられない大切な
中には味方のフリした裏切り者――幾月修司や【八十稲羽連続殺人事件】の真犯人もいたが、そいつらのことは割愛する。閑話休題。
<奥村さんの婚約者の名前、“僕”の世界とは違うんだね>
<そっちではどんな名前だったの?>
<
僕等の成り行きを見守っていた“明智吾郎”は、何かを思い出したみたいな調子で零す。僕が問いかければ、“彼”は『あちら側』の“奥村春の婚約者”に関する情報を諳んじた。
話を聞く限り、関係者の威を借りて好き放題やってるタイプらしい。『あちら側』の“奥村春”に対して、“婚約者”はかなりしつこく言い寄っていたとのことだった。
『あちら側』の“奥村邦夫”も政治家に転身しようと考えていた。しかし、有名企業とはいえ、彼は単なる食品会社の創業者一族出身者。政治家に転身できたとしても、“奥村邦夫”が望むようにのし上がれるかと問われれば不安が残る。あそこと芸能界は文字通りの伏魔殿で、蹴落とし合いが日常茶飯事なのだ。特に、後ろ盾の有無は大きい。
社交界で交流を重ねている程度では、ペーペーレベルの議員になるので手一杯。仮に議員になれたとしても、次の選挙で再び議員になれるかと問われると即答できない。汚職事件等の問題が起きた場合、後ろ盾がないと簡単に切り捨てられてしまったり、無関係のはずなのに罪を被せられてしまうこともある。身内レベルの深い繋がりがなければ、安心安泰とはいかないのだ。
そこで“奥村邦夫”は、『自分の娘である“奥村春”を、大物政治家に嫁がせればいい』と思いつく。社交界で結んだコネをフルに使った結果、“3代続く食品会社の社長令嬢(現役女子高生)”という肩書を持った“奥村春”を『婚約者にしてやってもいい』/“奥村邦夫”が『娘と引き換えにするのに丁度いい地位と権力持ち』という思惑が成立する相手が現れた。
――それが、『あちら側』の鈴木夏生だったという訳か。
(……こっちの世界では、鈴木夏生って存在してるのかな)
「吾郎くん? どうかしたの?」
僕が『こちら側』の鈴木夏生に思いを馳せていたとき、春が僕の様子に気づいて声をかけてきた。
折角なので――並行世界における関係者として――、鈴木夏生について尋ねてみる。
「春は、鈴木夏生って名前に心当たりある?」
「鈴木夏生……ああ、鈴木さんね。千秋さんの親戚で、何度か顔を合わせたことがあるわ。千秋さんと顔立ちが瓜二つでびっくりしたのを覚えてる」
「へえ、そうなんだ。どんな人?」
「大物政治家・
僕の問いかけに答えた春だが、その表情は晴れない。「あまり印象が良い人ではなくて」と苦笑した春が詳細を語ってくれた。
鈴木は宝条さんの親戚で、宝条さんと彼の関係は“父親の従姉の息子”。但し、どちらも宝条家の当主にしてみれば『宝条一族の力を強くするための駒』でしかないようだ。大物政治家の鈴木氏と関係を結ぶため、自分の親戚を鈴木武勝氏の元に嫁がせたらしい。様々な噂や憶測が飛び交ったものの、
春は宝条さん――否、宝条家の関係者という点から鈴木とも面識があり、奴もまた春の婚約者候補の1人だった。宝条さんとの見合いが上手くいかなかった場合、鈴木が婚約者になっていた可能性があったらしい。宝条さんと良好な関係を築いたから深く関わることはなかったが、僅かなやり取りで眉をひそめてしまうような人物だったようだ。
「自分や鈴木家の自慢話を延々と聞かせ、好青年を装いつつも傲慢で慇懃無礼な態度を滲ませ、見出した女には誰構わず粉をかけるような男」と春は言い切る。宝条さんも鈴木に負の印象を抱いているようで、「なるべく奴と1対1で会話しないように気を付けて」と警告したり、可能な限り春の傍にいるようにしたりしているという。
春の様子からして、鈴木に関する記憶もあまり良いものではなかったようだ。同時に、“自分の婚約者が鈴木のような野郎にならなくてよかった”と噛みしめているように見える。
『自由恋愛とお見合いのどちらが良いか』を論ずるつもりは毛頭ないけど、春と彼女が選んだ人が心から笑えるのなら、それが正しいことだと思うのだ。
「『お見合い』と『婚約者』って話を聞いたときは心配したけど、宝条さんがいい人でホントに良かったよね!」
「一歩間違えりゃ、親の命令で身売りを強要されるようなモンだろ? 鴨志田の元に女子生徒を送り出すなんて真似、俺達ですら無理だってのに、どうして春の親父さんは……」
「……私達が【メメントス】で【改心】させたヤツらの中にも、似たようなヤツいたよね」
「高校生の娘に金を稼ぐか若い男の慰み者にされるかの二択を迫ってた母親と、娘が父親から譲り受けた遺産と娘のカラダ目当てだった母親の恋人だな」
「あれはどちらかというと“
僕と春の話を聞いていたのか、杏は安堵の笑みを浮かべた。だが、彼女の言葉を引き継ぎつつ過去の出来事――鴨志田による暴力およびセクハラ事件や烏丸六花の家庭環境――へ思いを馳せる竜司につられて目を伏せた。祐介と真は前者の事件とは無関係だが、後者の【改心】に参加している。当時のやり取りを思い出し、眉間の皴を深めた。
春と宝条さんの関係が良好だったから問題になっていないだけで、宝条さんの性格が鈴木のようなクソ野郎だった場合、春は鈴井志帆や烏丸六花と似たような地獄を味わうのだ。彼女達2人は【怪盗団】の介入によって貞操は守られたものの、性的被害にあったというトラウマはそう簡単に癒えやしない。これからも続く人生のうち、そのトラウマの為に多くの時間を費やしていく。
本来、鈴井志帆も、烏丸六花も、そういう人間や被害とは無関係でいられたはずの人間だったのだ。2人の人生を狂わせたのは、鴨志田や烏丸母・白井のような禄でもない連中である。
奴等から言わせれば『奴等の欲望の矛先――その延長線上にいたのが、彼女達だった
被害者や第三者視点から見れば、そんな主張は『身勝手』や『理不尽』の一言で片付く代物である。それ以外に何が言えようか。
「でも、安心できないんじゃないかな」
「何がだ?」
仲間達の会話を聞いていた双葉が徐に声を上げる。首を傾げたモルガナの問いかけに、彼女は心配そうな面持ちで――どことなくたどたどしいが――言葉を続けた。
「宝条さんと春って政略結婚だろ? 奥村社長にとって宝条さんや、宝条さんに関わるアレコレが魅力的だから、春の婚約者に選ばれた。合ってる?」
「そうだけど……」
「ってことは、だ。何かの理由があって、宝条さんが『奥村社長にとって邪魔な存在』になった場合、無理矢理婚約解消……って可能性、なくないか?」
「だーあまが勧めてくれたBSSNTRものの小説で似たようなシチュあったから気になって」と付け加えた双葉に、春が鋭く息を飲んだ。
顔色を変えて考え込む彼女の様子からでは、『父ならやりかねない』と考えたのか、『父の言動から薄々その可能性を察知していたか』は分からない。ただ、奥村社長本人と会社の行方だけでなく、春ものっぴきならない状況に置かれそうなのは事実だった。
奥村邦夫を【改心】する理由がまた1つ増えそうだ――僕等がそう思ったのと、オクムラフーズが見えてきたのは同時だった。流石は大企業、人の出入りは結構激しい。と言っても、部外者且つ学生でしかない僕等には、誰が社員で誰が来客なのか分からないのだけれど。
「! 春、ちょっとそっぽ向いて」
だが、その中に見覚えのある人物を見つけた黎が息を飲む。彼女はそういうなり、春を隠すようにして彼女の隣に立った。
仲間達も該当者を視界に入れて漸く、仲間達は“黎が春を隠そうとしたのか”に気づき、咄嗟に春を取り囲むように位置取る。
該当者は人々と談笑しながら、迎えに来た高級車に乗って去っていった。男の顔は“宝条千秋と瓜二つ”。春が話していた鈴木夏生の特徴と一致していた。
奴と宝条さんの違いは髪の分け目くらいしかない。だが、頻りに髪を整える動作からして、自身の身なりに拘りや自身を持っていることが伺えた。奴の姿と立ち振る舞いを見たのは僅かな時間だし、僕達と鈴木夏生との距離は結構離れていたけれど、奴が質の悪い輩だというのはハッキリ理解できる。
「……下の下ね」
鈴木夏生が立ち去った後、春は小さな声で呟いた。彼女の眼差しは何処までも冷たい。上流階級と出入りしているが故の審美眼は、奴に厳しい判定を下したのだろう。
彼女の名前からは想像できない寒さに身を震わせつつも、僕等を誰も見ていないことを確認し、【イセカイナビ】にキーワードを入力した。
【イセカイナビ】が起動し、世界が一瞬で塗り替わる。オクムラフーズの本社ビルはあっという間に姿を変え、この場一面に広がったのは奥村邦夫の【パレス】――宇宙基地。僕等の服装は一瞬で怪盗服へと変貌した。
前回【パレス】に潜入していたモナには先導、ノワールから案内されるような形で僕達は内部を進んでいく。前回モナとノワール等が暴れたためか、もしくはそれ以外の理由があるのかは分からないが、そこかしこにシャドウ達がうじゃうじゃ巡回していた。
新人であるノワールを鍛えつつ、奥へ進む。初めての【パレス】攻略――しかも、ここは父親である奥村邦夫氏の精神世界だ――に、ノワールは若干の不安と高揚感を抱いているようだ。怪盗服に身を包んだ自分や仲間の姿を見比べては、納得するように小さく頷いている。
「ノワール、どうかした?」
「夢物語みたいだけど、現実なんだなって思ってたんだ」
「確かに。私も最初は驚いたよ。変態城主に襲われそうになったときは、義賊家業をすることになるとは思わなかったなー」
「変態城主って鴨志田先生のこと? た、大変だったのね……」
ジョーカーと談笑していたノワールは、何か思うところがあったのだろう。
いい笑顔で話し続けるジョーカーにつられるような形で、訥々と語り出す。
「私、正義のヒロインに憧れてたの。テレビの変身ヒロインはいつも格好良かった! いつでも誰かの為に無償で戦って、自分も笑ってる……そんな風になりたかったの」
「ノワール……」
何となく、僕も覚えがあった。テレビの中のヒーローはいつだって格好良くて、大事な人を守るために戦っていた。その強さに憧れた。そんな強さがあったなら、母を守ってあげられる――幼い頃の僕は、無邪気にそう信じていたのだ。
テレビの中のヒーローが創作物であることを思い知ったのは母が亡くなった後だったけど、同時に、現実にもヒーローとして戦っている人がいるということを知った。脳裏に浮かぶのは、僕に手を差し伸べてくれた双子の高校生。今では立派なアラサーだ。
彼等は己の無力さに嘆いているけど、そんなことはないと僕は思っている。彼等がいなければ越えられなかった悲劇があった。彼等がいてくれたからこそ、困難に立ち向かう勇気を貰った人がいた。――僕だって、その1人だった。
「誰だって、1度はヒーローに憧れるモンだ。なりたい奴がいたっていい。そういうモンだろ?」
「だよね。それが現在進行形であっても問題ないはずだ」
「……えっ?」
「クロウが? 現在進行形で!?」
まさか僕が同意するとは思わなかったのか、スカルとナビが目を剥いた。……驚き過ぎじゃなかろうか。
「心外だな。大学生になってもフェザーマンシリーズが大好きな人だっているんだから、何もおかしくないじゃないか」
「乾のことだな!」
「大正解」
【改心】後は電話やチャット等を駆使してやり取りしているナビがぱあっと表情を輝かせた。僕も頷き返しつつ、乾さんへ思いを馳せる。9月から大学生活に復帰した先輩は元気だろうか。
巌戸台と東京は比較的行き来しやすいとはいえ、乾さんの住んでいる寮と大学はルブランの反対方向。大学生活と【シャドウワーカー】非常任職員という2つの草鞋を履いているのだ。
僕等がこうして【パレス】や【メメントス】を駆け回っている間に、乾さんを始めとした【シャドウワーカー】関係者も人知れず戦っているのかもしれない。閑話休題。
「小さい頃は、正義のヒーローみたいに母さんを守ってあげたかった。母さんはもういないけど、今だって、正義のヒーローになりたいと思う理由がある。……守りたい、大切な人がいるんだ」
「クロウ……」
僕がジョーカーに視線を向ければ、ジョーカーは嬉しそうに目を細める。
途端に、ノワール以外の仲間達が居たたまれなさそうに目を逸らした。
ノワールはどこかうっとりした様子で「素敵ね、2人とも」と微笑んだ。
「小さい頃から、周りの人たちは私を見てなかった。私に優しくすれば、お父様に気に入ってもらえる。お金やプレゼントだって貰える。大人も、先生も、友達だってそう。人はみんな損得の為に笑う……そう思ってた」
「だから、学校で家のことを伏せていたのね」
「随分後になってようやく、『そうじゃない人たちもいるんだ』ってことを知ったの。千秋さんや彼の関係者と会わなかったら、私は完全な人間不信になってたかもしれないなぁ」
沈痛そうに俯いたクイーンに対し、ノワールは照れたように微笑んだ。彼女が脳裏に思い浮かべているのは、つい先程僕達を見送ってくれた宝条千秋その人か。
ノワールにとっての宝条さんは、僕にとっての黎のような存在だった。2人の関係が良いものであることは、彼女が【怪盗団】に連絡してきた後のやり取りで把握済みである。
僕はつい条件反射的に「わかる」と言って頷いていた。ジョーカーも「わかる」と言ってうんうん頷く。この瞬間、僕、ジョーカー、ノワールは確かに通じ合った。同時に、何故か他の面々の目が死んだ。
「ここで、何をしている!?」
そんな談笑をしていたとき、声が響く。現れたのは、奥村邦夫社長のシャドウだ。
宇宙服に身を包んだ格好はやはりメカメカしい。困惑するノワールを庇いながら、僕達はシャドウの奥村社長と対峙した。
◆◆◆◇
奥村春には婚約者がいる。彼の名前は宝条千秋といい、世界的な有名企業である南条コンツェルンや桐条グループの分家筋に当たる宝条家の嫡男だ。
千秋の祖父は政治家をしていたが、引退した現在は資産家である。両親は大手企業の創業者、長男は会社の跡取りだ。対して、千秋を含んだ他の兄弟姉妹たちは政略婚用の手駒らしい。
白いスーツに着られて見合い会場にやって来た宝条千秋本人が、途方に暮れたような顔で呟いた話は今でも忘れられない。千秋は政治や会社経営よりも、土いじり――野菜や果物の無農薬栽培に力を注ぎたいという。お見合いに軒並み失敗してきたのは、相手方が千秋の理想や趣味に関して理解を示さなかったためだ。
『お見合い相手に自分が作った自慢の野菜を持っていったら、『青虫がついてる』って大騒ぎになって張り倒されてしまったんです……。しかもグーで』
『まあ……』
『以来、野菜の持ち込みは禁止されてしまって。僕のアピールできるものは自分が作った野菜と、趣味で淹れるコーヒーと紅茶くらいなんですけど……』
『それじゃあ今度、持ってきてくださる?』
『え?』
『千秋さんが作った無農薬野菜、是非とも食べてみたいんです』
春の言葉を聞いた千秋は目を丸くして、文字通りぱああと表情を輝かせて、『はい!』と勢いよく返事を返した。
実際に、彼が作った無農薬野菜はとても美味しかった。野菜本来の味――甘味、苦味、渋味、酸味、旨味が絶妙にマッチしており、そのままでも充分に食べることができる。様々なものを食べて舌が肥えた春は、その反動で素材本来の味を重視するタイプになっていた。
無農薬栽培やコーヒーおよび紅茶の話をする千秋はとても生き生きとしていて、本当に楽しそうだった。知識をひけらかすのではなく、自分をよく見せようとするのでもなく、自然体に話している。自分の好きなことに対して一生懸命、且つ真摯な人柄が伝わってきた。
それだけではない。宝条千秋という男性は努力家だった。春と出会い、様々な話題で談笑するようになって以降、無頓着だった他の分野――主に政治経済の勉強を始めた。最近は経営に関しても勉強している。本人曰く、『春さんともっと楽しくお話がしたい』とのことだ。
彼は避けていた社交界にも顔を出すようになった。見合いから半年後、桐条主催のパーティへ春と共に参加したことを思い返す。そこで春は、桐条当主である桐条美鶴と話をしてきた。周りから強い風当たりを受けても、決して折れること無く困難に立ち向かう――その強さを目の当たりにした。
18歳で父を失い、お家騒動に巻き込まれながらも、父親が残したものを守らんと奮闘する麗しき女傑。守るために最前線に立ち、強大な悪意と対峙する美鶴の姿は本当に美しかった。春が憧れた正義のヒロインを彷彿とさせるような人だった。事実は小説よりも奇なりという表現はこのためにあるのだとさえ思えた程に。
『運命は受け入れるものじゃない。自らの手で切り開くものだ。……私はそれを、大切な友人から教わったよ』
『運命は、自らの手で切り開く……』
『私1人では何も変えられなかった。けれど、私にはかけがえのない仲間達がいる。信頼できる協力者がいる。一緒に困難を乗り越えていきたいと思えるような人たちが』
『……凄いですね、桐条さんは。いつか私も、そう思えるような方と出会えるのかしら』
『少なくとも、1人とはもう既に出会っているんじゃないか?』
『!!?』
颯爽と立ち去っていく美鶴の背中を、春は忘れることはないだろう。思えば、千秋が政治経済や経営について勉強を始めたのもこの頃だったか。
以降、千秋は社交界に出向くようになった。特に、桐条グループの桐条美鶴や、南条コンツェルン時期トップと目されている南条圭と話をするようになったという。
『『大人しく親に従うことだけがすべてじゃない』と南条さんは言ってたんだ。『もしも親が間違った道を進もうとしているなら、彼らを敵に回してでも、それを正すべきだ』って』
『それは、とても勇気のいることよね……』
『南条さんの話を聞いて、僕、思ったんだ。“正しいことが何かを己の目で見極められるようになるためにも、何も知らないままでいてはいけない”んだって』
そう語った千秋は、初めて出会ったとき以上に生き生きしているように感じた。彼の笑顔には、春が今まで見てきたようなもの――損得や打算のための笑顔や見せかけの優しさはない。桐条美鶴と同じような、強い情熱と決意があった。
後で南条圭本人から聞いた話だが、南条圭氏も父親と対立しかけたことがあったらしい。9年程前に大規模な汚職事件――カルト的なテロ行為を起こして失脚した大物大臣・須藤竜蔵の一件で、汚職事件の告発に圭が関わっていたという。同時に、須藤竜蔵へ政治献金を行っていた人間の名前に南条コンツェルントップの名前があった。
何も知らずに須藤竜蔵を称賛し、多額の政治献金を行う父親――それを見た圭は大いに悩んだという。一歩間違えれば南条親子は対立し、財閥を崩壊させかねない事態に陥る。『けれどやはり、須藤竜蔵を放置することはできない。正義を己の目で見極めなくては』と決起し、仲間達と一緒に奔走したという。
ノブレス・オブリージュを体現し、政治経済にも理解が深かった南条圭だからこその選択だった。彼はその責任を果たし、今も責任を果たすための戦いを続けている。南条圭もまた、正義を貫くために戦うヒーローなのだ。そんな彼の在り方に千秋は惹かれ、それを体現できる人間になろうと努力を始めた。
『千秋くんが変わったのは、奥村のお嬢さんと出会えたからだ』――そう言って微笑んだ圭の言葉は忘れられない。春もまた、千秋のおかげで変わりつつあったためである。
信じられる人間がいること、心を許せる相手がいること、尊敬できる人がいること――その尊さを知ったのだ。その幸せを、知ったのだ。
『春さん。キミのお父様と、オクムラフーズのことなんだけど……』
彼は彼なりに、春のために最善を尽くそうと戦っている。春もまた、千秋のために最善を尽くしたいと思えるようになった。
始めは政略結婚の道具でしかなかった。道具同士、どこかに憐れみもあったのかもしれない。
けれど今は、千秋に出会えてよかったと心から思える。尊敬し、心を許せるかけがえのない相手だ。
『今まで黙っていてごめん。僕は昔、怪異事件に巻き込まれたことがあってね』
『春さんのように戦う力はないけど、似たような気配なら、薄ら分かるんだ』
『春さんを巻き込みたくなかった。……それ以上に、拒絶されるのが怖かったんだ』
春が【パレス】に初めて足を踏み入れたとき、その原因になったのは千秋とモルガナだった。正確には、千秋がモルガナの異常性に気づいたため。
『怪異事件に巻き込まれて以降、家族からも親戚からも腫れもの扱いされるようになってね。勿論、その頃の話は暗黙の了解でタブーになった』
『それからはずっと、居心地が悪くてね。僕は農業により一層打ち込んだんだ』
『居心地が悪かったのは
『それも上手くいかなくて破談になってばかりでさ。……その果てに、春さんとの縁談が来たんだ』
今でも千秋は、自分が巻き込まれた事件のアレコレ――珠閒瑠市に住んでいた頃、自分自身を対象にして行った【JOKER呪い】について――の経緯や詳細を語ろうとはしない。【怪盗団】に参加することになった春でさえ、『自分が【パレス】で体験した不可思議な出来事を“赤の他人”に話せるか』と問われたら否であろう。
荒唐無稽な話として笑い飛ばされる程度で済むなら御の字だ。下手をすれば、狂人扱いされ拒絶されかねない。その扱いが千秋の家族や親戚にも飛び火したら、どれ程の被害や損害が出るのか。末端と言えど、千秋もまた春同様、一族の権力や富に浴して育ってきた身。配慮と矜持によって雁字搦めにされる苦悩は、春だって知っている。
当時の事件に関りがあった吾郎や黎の話を聞いても、千秋が体験した怪異事件がどんなものか、当時の彼が味わった苦痛や悲嘆の全てを理解できるとは思わない。春のような小娘が、安易に何かを言っていい立場ではないのは明らかだった。
モルガナの異常性に気づいたとき、見て見ぬふりをするという選択肢だってあったはずだ。
怪異事件に巻き込まれた――【JOKER呪い】に手を出したことで、家族や親戚と疎遠になっている。
春にとって千秋がかけがえのない存在であったように、千秋にとっても春はかけがえのない存在だと思ってくれていた。
きっと、沢山悩んだだろう。躊躇っただろう。家族や親戚と疎遠になったように、それと同じ轍を踏むかもしれないと考えたことだってあったかもしれない。
『【JOKER呪い】が原因で人生や人間関係が大きく狂った』という過去があったのだから、猶更、怪異事件に関わりたくないと思っても普通のことなのだ。
『【パレス】内部で何か見つけたら教えて欲しい。現実世界側にも似たような情報や資料がないか探してみるから』
『僕個人の力は大したことないけど、知人に“そういう事象”に強い人たちがいるんだ。その人たちにも協力して貰えないか訊いてみるよ』
でも、千秋は逃げなかった。
見て見ぬ振りもしなかったし、モルガナから春を遠ざけて守ろうとしていた。事態に巻き込まれ、【怪盗団】の一員になることを告げた後からは、春達の手助けをすると約束してくれた。
異形と直接戦うことが出来なくても、自分のできることをしようと立ち上がった。そんな彼の姿を見て惚れ直したのは当然のことだろう。同時に、改めて噛みしめたのだ。宝条千秋に出会えたことの奇跡を。
――それを。そんな人と出会えた奇跡を。
「宝条千秋とかいう人形も煩くなってきた。大人しく“宝条氏に取り次ぐための道具”であればいいものを、余計な知恵をつけて……奴にはもう利用価値はない。そろそろ切り捨てなければと考えていたところだ」
父は、容赦なく切り捨てようとしている。春から奪い取ろうとしている。
「お父様にとっては会社だけでなく、あの人までもが“勝利のための道具”でしかなかったというのですか!?」
「あの人形との婚約は解消し、鈴木氏の一人息子と改めて結び直さなくては。宝条氏の直系ではないのが痛手だが、アレも血縁者。そして、大物政治家である鈴木武勝の直系。申し分ないだろう。両名に取り次いでくれるのであれば、正妻は望まない。愛人でも構わん」
「貴方って人は……!」
奥村邦夫の話を聞いたジョーカーが怒りをあらわにした。
彼女もまた旧家の跡取り娘であり、暗黙の了承という形で婚約者がいる。『外野からちょっかいをかけられて、何度も危機に陥ったことがある』と語っていた。『その度に試練を乗り越えて、現在に至る』のだとも。ジョーカーの婚約者であるクロウもまた、彼女と同じ気持ちらしい。剣呑な眼差しで父を睨みつけていた。
次の瞬間、父の背後から1人の青年が現れた。千秋とよく似た顔立ちだが、残忍な顔立ちをしている男――鈴木夏生だ。彼を本社前で見かけたのは、父から新たな婚約を結ぶための段取りを話し合っていたためらしい。千秋との婚約を解消させられた暁には、この男の元へ嫁がせられることになるだろう。下手をすれば、愛人として一生囲われる運命が待っているのかもしれない。
春自身もオクムラフーズの富に浴して育った身だ。会社のための政略結婚ならと一度は受けた。期せずして“その相手と心を通わせる”という奇跡を得た春は、自身のため、相手のために、他でもない宝条千秋という男性と寄り添って生きていくと決めた。この幸せを手放したくないと思った。
それなのに。それなのに、それなのに、それなのに!
父の踏み台になるための政略結婚――あるいは愛人契約なんて、話が違うじゃないか!
「お父様の野心のためだけに、愛する人と別れさせられた挙句、こんな男のオモチャになれと?」
「ふん、何を今更。奥村の娘にとっては、それこそが悦びだ。お前など、最初からその程度の価値でしかないわ!」
自分の足元が崩れ落ちていくような感覚に見舞われる。最愛の父親がこんなことを考えていただなんて信じられなかった。信じたくなかった。
へたり込んだノワールに向かって、鈴木夏生がゆっくりと春へ近づいてくる。脳裏に浮かんだのは、照れくさそうに笑って春の名前を呼ぶ千秋の姿だ。
次の瞬間、鈴木夏生は巨大なロボットへと姿を変えた。「飽きるまで遊んでやる」と笑いながら、奴は手を振り上げる。――ああ、なんて醜悪な。
「――いつ見ても、下の下ね」
後ろでモナが焦る声が聞こえた。けど、ナビがその懸念を否定する。次の瞬間、ロボの手が振り下ろされた。自分の中にいる“何か”が強い力を持って顕現する。ノワールのペルソナは、ロボの攻撃をがっちりと受け止めていた。
次の瞬間、頭が割れるくらいの痛みが走った。のたうち回るノワール語り掛けてくるのは、本当の意味で目覚めた“もう1人の奥村春”――ノワールのペルソナ。何のために裏切るのかと女傑は問う。
そんなの、心はとうに決まっている――ノワールの宣言に応えるようにして、彼女は微笑んだ。
―― 我は汝、汝は我。美しい裏切りで、自由の門出を飾りましょう ――
次の瞬間、ノワールのペルソナ――ミラディが本当の意味で顕現し、力を振るった。ドレスの下部から数多の重火器が出現し、派手に火を噴く。鈴木夏彦だったロボットを容易に吹き飛ばした。
いつの間にか、ノワールの手には手斧が握りしめられていた。重苦しい見た目に反して、ノワールの力でも充分振り回せる。美しい細工が施された斧を振るえば、ロボットの右腕がぐしゃりと潰れた。
「エグッ!!」
「美鶴さんタイプじゃなくて、まさかの真次郎さんタイプかよ!?」
スカルとクロウが顔をしかめた。彼らの表情を盗み見たのか、ミラディがくすくす笑うような声が響いた。
悲鳴を上げるロボットを見て、父はたじろぐ。だが、即座に威厳を取り戻すと、「お前も廃棄だ」と言い放った。
ロボットも体を起こしてこちらを睨みつける。ノワールは真っ直ぐに、敵を睨みつけた。
【怪盗団】の面々も武器を構えてノワールに合流する。正義のヒロイン――女怪盗ノワールの戦いは、ここから始まるのだ。
*
「――ああっ、そうだ! 大変!」
自分のペルソナ・ミラディが覚醒したこと、【怪盗団】や自分の前に立ちはだかった鈴木夏生のロボットを撃破したことで喜んでいたノワールは、一歩遅れて大変なことに気が付いた。
『【パレス】に出現している人間は認知存在である』、『認知存在は現実にいる本人とは別人である』という話はモナから聞いていたが、『認知存在と現実にいる本人』との関係は聞いていない。
「鈴木さん、消えちゃったけど大丈夫なの!? モナちゃんから『本物じゃない』って聞いてたから、ミラディでハチの巣にしちゃったんだけど……」
「……あ、ああ。ここにいるニンゲンはオクムラの認知によって作り上げられた存在だ。だから、現実にいるスズキには何の影響もない。現実ではピンピンしてるだろうさ」
「その前に斧で頭カチ割ってたよね!?」「誤差だよ誤差。最終的な致命傷は後者だし」というクロウとジョーカーの微笑ましいじゃれ合いをBGMに、ノワールは師であるモナに問いかけた。何か言いたげな仲間達の視線が突き刺さる中、モナはたどたどしく頷き返す。
【パレス】内部に現れた鈴木は、あくまでも“
【怪盗団】のようなペルソナ使いが【改心】を行使できる存在は2パターンあり、ノワールの父・奥村邦夫のような“【パレス】の主として君臨する者”や秀尽学園高校の校長のような“【メメントス】内部に小規模且つ疑似的な【パレス】空間を生み出す程の心の歪みを持つ者”だという。鈴木を【改心】させたい場合は、父とは別に、鈴木個人の【パレス】やシャドウを探す必要があるらしい。
最も、【イセカイナビ】のキーワード検索で鈴木夏生が引っ掛からなければ、【改心】することは不可能だ。鈴木に心の歪みがあるか否かは“父の【パレス】から一度脱出した後に【イセカイナビ】を起動させ、鈴木夏生の名前を入力して検索にかける”必要があった。今は父の【改心】が最優先のため、鈴木に関しては後回しにするしかない。
改めて“認知鈴木をミラディでハチの巣にしてしまったことは何の問題もない”と理解し、ノワールはほっと安堵の息を吐く。
確かにノワールは鈴木夏生を『下の下』と認識しているが、だからと言って“鈴木夏生を殺したい”ワケではないのだ。
「そっか。ならいいんだけど……」
「……あんまり分かってなかったっぽいけど、ホントにちゃんと教えてあげたの?」
パンサーがモナに問いかける。
モナは眉間の皴を深くした。
その拍子に、彼の耳がへにょりと垂れる。
「教えたんだ、ちゃんと。……教えたハズ、なんだ。……そのハズ、なんだが……」
「段々自信を無くしてってる……」
「伝わらなきゃ意味ない。でも、今回の説明が伝わればそれでチャラだ。そうなればひとまずOKだと思う」
「そ、そうだね! これから説明して、分かって貰えればオールOK!!」
「実地訓練だと思えばいい。現物を交えて説明すれば、嫌でも理解できるようになるさ。ある意味、嘗ての俺がそうだったからな」
「お、おう」
パンサーとナビに励まされ、フォックスのフォロー(?)を受けたモナは、どうにか折り合いを付けることが出来たらしい。たどたどしく頷いていた。
そうと決まれば、早速【パレス】攻略に取り掛からなければ。
ジョーカーの音頭に従って、ノワールは足を踏み出した。
◆◇◇◇
ノワールの新しいフィアンセ候補・鈴木の認知存在を軽くひねって撃破した僕達は、いまいち認知世界に関しての理解が及ばない彼女に説明をしながら【パレス】攻略へ乗り出した。前回モナとノワール達が【パレス】を偵察した際の大騒ぎを考えると、そっちのインパクトの方が印象深く残ってしまったのかもしれない。
宇宙基地内部を跋扈するシャドウは、すべてがロボットの形状をしていた。その外見に影響されているのか、核熱・電撃・念動属性の攻撃がよく通る。ペルソナを覚醒させたノワールも活躍の機会を得たようで、新人ながらも次々とシャドウどもを屠っていく。彼女の先輩として振る舞うモナも嬉しそうだ。
個人的な話だが、僕はノワールの格好を初めて見たとき、使用武器が斧だなんて予想していなかった。
奥村春の性格からして、真次郎さんのように斧を振り回すタイプだとは思えなかったのだ。
美鶴さんのような突剣か、あるいは命さんのような薙刀かと予想していたのである。
「正直、ミラディは初見、魔法型のペルソナだと思ってたんだ。まさか真次郎さんやアイギスのような物理攻撃型とは思わなくて……」
「ペルソナにも、物理攻撃が得意なタイプと属性攻撃が得意なタイプがいるのね。勉強になるわ」
相変わらずノワールはふんわりした空気を漂わせている。そんな彼女が、圧倒的な破壊力でシャドウを粉砕していく女性陣の物理アタッカーだとは誰が予想できるだろう。
女性陣の構成は3つ。ペルソナを使い分けるジョーカーがペルソナ能力に依存する万能型、お色気担当となりつつあるパンサーが回復も使える魔法攻撃型、鋼鉄の処女系世紀末覇者クイーンがオールマイティな防御型だ。巌戸台世代以降の男性陣は基本、物理攻撃型に分類されやすい。
フィレモン全盛期のペルソナ使いなら、男女共にペルソナ変更可能なペルソナ能力依存型だった。ニャルラトホテプから力を与えられた場合は正直よく分からない。ニャルラトホテプが神取を乗っ取った例しか知らないからだ。“ゴッド神取”は僕の中で忘れられないパワーワードとなっている。閑話休題。
僕達は通気口に侵入し、新たなフロアに足を踏み入れる。細い通路を駆け抜ければ、そこには端末があった。嬉しそうに舌なめずりしたナビが早速解析を始めた。
現実世界でもハッカー/クラッカーとしてかなりの腕を誇るナビにとって、端末から情報を引っ張り出すのは朝飯前だろう。ものの数分で、彼女はデータを引き出していた。
閉まっていたドアを開け、パレスの地図を手に入れ、謎の計画――“
「全景を見ただけではどれが最短のルートか分からなかったが、内部構造が把握できれば探索しやすくなるかもしれないな」
「いや、そこまで簡単な話じゃないみたいだ」
この【パレス】、外観からでは【オタカラ】に辿り着く道筋を考え辛い。
地図を手に入れたことは、ルート確保に近づいたと言える。
ひとまず安堵の息を漏らしたフォックスだったが、現実は甘くなかった。
ナビが眉間の皴を深くして、仲間達へ地図を指し示す。
「区画はこの先3つもある。オフィスに工場、それにエアロック……」
「宇宙基地に工場となると、一体何を作ってるんだろうね」
「それな! 気になるよな?」
ジョーカーの疑問に対し、ナビも同意する。ナビ曰く、『ハンバーガー工場とは思えない程の規模』だという。
宇宙工場でもハンバーガーを作っているとは思えない。何を作っているかは、この先に進めば明らかになるだろう。
「宇宙基地で脱出計画が出てくると、基地を置いて何処かへ逃げようとしてるみたいに感じるんだよなぁ。似たような漫画読んだことあるし」
「スカル、今日のお前は冴えてるんじゃないか?」
頭をひねりながら唸ったスカルに対し、モナは嬉しそうに頷いて見解を述べる。
「ホウジョウは『オクムラが会社を踏み台にして、政治家に転身しようとしている』と言っていたし、オクムラ本人もそれを仄めかすような発言をしている。そこに加えて、楽園への脱出と銘打たれた計画ときた。……コイツはもしかしたら、政界進出のための計画なのかもしれないな」
「認知上における扱いが“
「なら、一刻も早く【改心】させなきゃ。【廃人化】を得意とするヒットマンから、奥村社長を守らないと」
モナの見解に僕の私見を混ぜた結果、やはり“奥村社長の【改心】を急がなければならない”という結論に辿り着く。ジョーカーの音頭に従い、僕等は先を急いだ。
道中エレベーターを見つけたが、使用中で動かないようだ。もう少し時間が立ったらもう一度調べてみようと決めて、僕達は先へと進んだ。ナビに解析してもらったはずなのに、扉が開かない場所がある。城の主の意向が反映されていると考えると、奥村社長は余程人を信用していないようだ。
どうやらこの扉、生体認証で開くものではないらしい。ナビの分析によると、この扉は階級認証で開くものだとのこと。望まれている階級証は最低でも部長クラス。基地内部をうろつくロボ社員にも役職があるようだ。ジョーカーとノワールは顔を見合わせた。
「ならば、身分証を拝借しよう」
「社員証ってことね! 確かに会社にも、それで開けるドアがある」
「成程! ジョーカーもノワールも頭いい!」
「そうね。ならば早速、条件に合う社員証をいただきましょう!」
ジョーカーが不敵に微笑み、ノワールはポンと手を叩く。2人の妙案を聞いたパンサーとクイーンも頷き返した。
方針は決まり、早速僕たちは社員を探しに道を戻る。すると、先程のエレベーターから続々と社員たちが降りてきた。スカルは奴らから社員証を分捕ろうと思ったようだが、フォックスがそれを制止する。奴らが来たフロアへ向かえば、社員は多くいるだろう。
先程よりも強敵が出てくることは明らかだが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。僕等は早速エレベーターに飛び乗り、社員フロアへと足を踏み入れた。ナビ曰く、『普通の反応とは違うものがいくつかあるから、そのどれかが部長クラスらしい』とのことだ。
そのとき、通路の向こうから沢山の社員達がやって来た。僕達は物陰に隠れてやり過ごす。このフロアには平社員のロボ社員がひしめいているようだ。彼等の後を追いかけつつ話を聞くことができれば、部長の居場所もおのずと分かるだろう。
ジョーカーが提案した方法は盗み聞きだった。物陰に隠れながら、社員の話を聞いていく。
ナビ曰く「紳士の嗜み」らしい。流石はルブラン盗聴経験者。僕達はひっそりと舌を巻いた。
「ルブラン盗聴なんて盗聴のうちに入らない。いつか、本物の盗聴を見せてやるぜ! ぐふふふ……」
「……ま、まあ、上手い手であることは確かね」
「……周防刑事や達哉さん、明彦さんのお世話にならない程度に頼むよ」
平社員から上司の情報を集めて行けば、いずれは部長クラスの社員へと辿り着けるだろう。僕達は盗み聞きに精を出しつつ、部長クラスの居場所を探った。
盗み聞きをしつつ探索を続ければ、辿り着いたのは突き当りにある小規模のフロア。奥には体格の大きな赤いロボットがふんぞり返り、社員達に檄を飛ばしている。
「オイコラ、オマエラ! ビシバシ働け! オマエラがケッカを残せないと、課長に怒られるのはオレなんだからな!」
「ヒィィ! ハイ、係長!」
探していた部長はいなかったが、階級持ちの社員――係長を発見することが出来た。平社員に仕事を命令しつつ、係長はため息をついて愚痴を零す。彼は上司である課長から『役立たず』や『使えない』等の罵詈雑言をぶつけられているらしい。それは平社員ロボも同じなのだが、係長は自分より立場の低い平社員に鬱憤晴らしをして平静を保っているようだ。
何処ぞの漫談家が言っていた循環の話――社長は課長、課長は部長、部長は係長、係長は平社員、平社員は家族、家族はペット、ペットは野生の小動物に八つ当たりし、野生の小動物は社長のスーツを食いちぎって穴をあける――が脳裏をよぎったのは気のせいではない。これもまた、『風が吹いたら桶屋が儲かる』の一種だった。
他のフロアを幾つか見回ったが、ここでは課長の情報が手に入ったのみに留まる。実際に遭遇した役職持ちに至っては係長だけだ。法則は分からないものの、『課長クラスが平社員や係長クラスのロボと顔を合わせる機会が設けられている』という話は、【パレス】探索の突破口に成り得るだろう。
もう少し情報収集を続ければ、いずれは法則性に辿り着けるかもしれない。
僕等が盗み聞きを続行しようとしたとき、ナビの眉間に皴が寄った。
「ん?」
「ナビ? どうしたの?」
「微小なんだけど、何か変な気配がする。……わたし達以外に、誰かいるのか?」
ジョーカーの問いかけに答えたナビが首を傾げる。彼女が解析した地図上に、ほんの薄らと何かのマーカーが激しく点滅を繰り返していた。仲間達が地図を覗き込んでそのマーカーを確認していたとき、僕の中にいる“明智吾郎”が弾かれたように振り返った。
釣られて“彼”が向いた方向に視線を向けたが、そこには何もおかしなものは見つからない。どうしたのかと僕が“彼”に問いかけるよりも、フロアの最奥にいた係長が突然僕等の方を向く方が速かった。奴は僕等を視界に収めた途端、大きな声を張り上げる。
「なんだオマエラ!?」
「!?」
「サッサと持ち場へモドレ! 後で小言を言われるのはオレなんだぞ!!」
まさか見つかるとは思わなかった。叱責にも似た怒鳴り声に一瞬怯んだものの、係長は【怪盗団】のことを『持ち場を離れた平社員ロボ』と認識していたようだ。
“違う持ち場のロボットがこのフロアにいる”ことも、係長が課長から理不尽な叱責を受ける理由に成り得るらしい。苛立たし気に体を大きく揺すっている。
部下の顔すら碌に覚えていない――それ程、平社員ロボは入れ替わりが激しいのだろうか。それとも、係長ロボが平社員ロボに対して興味を示していないのか。どちらにしても闇深い。
僕等はこれ幸いと平社員ロボを装って部長の情報を得ようとしたが、係長は何を思ったのか、僕等に難癖付けて襲い掛かって来た。“僕等が単なる平社員ではない”ことは察知しても、係長の認識は相変わらず“違う持ち場の平社員ロボが、勝手にこのフロアにやって来た”のままである。
奴の言い分から類推するに、“積もり積もった鬱憤を晴らせるなら、外部からの侵入者だろうが平社員ロボだろうが構わない”と思っているらしい。
どう考えても、係長の精神状態は『まとも』じゃなかった。勿論、この【パレス】の主・奥村邦夫の認知も歪み切っている。
……だって、奥村邦夫は“係長の精神状態が『まとも』じゃない”と認知している上で、【パレス】を作り上げているのだから。
「アーア、誰か課長を消してクレナイカナァ……。オレの疾風なら、アイツを一発でブチのめせるのに……! アアデモ、仕返しガ……」
「……これ以上有用な情報は手に入りそうにないな」
「そうね。手早く倒しましょう」
上司への愚痴と暴言を零す係長からでは、もうこれ以上の情報は引き出せないだろう。ナビとクイーンに従い、【怪盗団】は係長ロボと対峙した。平社員より階級は上であるが、係長の強さは平社員に多少の毛が生えた程度である。ブラック企業の社員という認知も相まってか、係長は思った以上に脆く、部下共々あっさり崩れ落ちてしまった。
シャドウが消滅した場所には、ロボット達の社員証が転がっていた。その中には勿論、このフロアを仕切っていた係長のものもある。僕達が欲している社員証は部長クラスのものだが、係長の社員証が無駄という訳ではない。このフロアでは係長ロボとしか遭遇できなかったけれど、この社員証があれば、他のフロアに侵入することが可能となる。
ナビが示した大きな反応は、ハッキングによって通れるようになった扉――恐らく、平社員クラスであれば誰でも通れる場所――にはもう無い。そうなれば、残る方法は“係長の社員証を駆使して、新しく探索できるようになったフロアを虱潰しに見て回る”一択だ。今までの【パレス】探索同様、地道に進めていくしかないワケだ。
早速、階級認証で開く扉を片っ端から試していく。結果、係長の社員証で開く扉が見つかった。フロアに踏み込めば、2体の青いロボットが指示を出している。
係長よりも上の階級は部長と課長。僕等が欲している社員証は部長だが、ナビ曰く「部長の反応はこのフロアよりも奥」とのことだ。ならば消去法で、このフロアにいるのは課長ということになる。
「ここでより高い社員証を手に入れておいたほうがいいかもな」
「そうだね。今持っている社員証じゃ、部長の元まで辿り着けないかもしれないし」
「よし! それじゃあ、さっさとブチのめして社員証を手に入れちまおうぜ! 2体いるなら、どっちか片方倒せばいいんだろうし!」
フォックスとノワールの提案を聞いたスカルが音頭を取ったが、そこに待ったをかけたのはナビだった。彼女は顎に手を当てて画面を提示する。
「外見は同一だけど、課長なのは片方だけみたいだ。反応もぼんやりしてて、ペルソナのナビだけじゃ見分けがつかない」
「……となると、やっぱり盗み聞きして情報を照らし合わせるのがいいね」
係長に関する情報収集を行っていたとき同様、僕等は身を潜めて社員達の話に耳を傾けた。どちらのフロアにいる青いロボットも部下達へ罵詈雑言を垂れ流しているが、そのうち片方の口癖が『役立たず』と『使えない』だった。
係長や平社員たちが零していた特徴も、“係長は『役立たず』や『使えない』と言って八つ当たりしてくる”。条件からアタリを付けた僕達は、課長ロボと対峙した。奴は慇懃無礼な態度と口癖2つを駆使して僕等を煽ってくる。
敬語なのは口だけで、自分よりも階級が下の部下達を“替えの利く部品”程度にしか思っていないのだろう。
しかし、係長が課長の悪口を言っていたように、課長も部長に対して鬱憤を抱いていない訳がなかった。
ジョーカーが「部長に会いたい」と言った途端、課長ロボは苛立たし気に地団駄を踏んだ。
「アンなヤツ、部長だってダケで何もできナイノニ! 役職が上ってダケで威張り散ラシテ!!」
「なんというブーメラン……」
「お前が言うなの極致を見た」
独りで盛り上がる課長の様子に、モナと僕は肩を竦めた。勿論、勝手に過去を思い出して怒りを募らせる課長が気づくはずもない。
だが、ジョーカーが軽く煽ててやれば、課長は「オマエは話が分かるヤツだな!」とテンションを上げた。そうして、「ここだけの話」を披露する。
「私はアイツの弱点を知ってイルんだ。奴は念動のチカラに弱イ! 頑丈ボディもイチコロだ!」
「これ以上目ぼしい情報は手に入らないだろう」と僕等が見切りをつけたのと、課長が正気に戻ったのは同時だった。上司の弱点という機密事項を賊に明かすなんて、悪手の極み以外の何者でもない。彼は情報漏洩と自分の身に迫る危機を薄らと察したようだが、後の祭りである。幾らブラック企業勤めとはいえ、部下を甚振ることでストレス発散するような上司は倒されて当然だった。
課長ロボは、確かに係長ロボより強かった。だが、係長が漏らした情報――課長は疾風属性に弱い――のおかげで、簡単に撃破することができた。MVPはジョーカーとモナの1人と1匹である。あとは【怪盗団】によって撃破された情報源・係長。
テレビでよく聞く『部下からのタレコミにより、上層部が瓦解していく』図は、きっと今回のケースと同じなのだろう。組織の末端が「奴等を引きずり下ろしたい」や「死なば諸共」という黒い執念を滾らせた結果、芋づる式に崩壊していくところがよく似ている。
課長ロボが消えた床には、彼の社員証が転がっていた。それを拾い上げたスカルは「いっそ社長が来ればいいのに」とぼやいたが、贅沢は言えないものだ。会社の役職からして、課長の上は部長である。
僕達【怪盗団】の目的は“部長の社員証を入手すること”。【オタカラ】へ続く道を塞ぐ扉を開くために必要なものまで、あともう一歩だ。顔を見合わせて頷き合い、新たなフロアに足を踏み入れた。
今回も社員達の話を盗み聞く。このフロアには役職持ちの社員ロボがいないらしく、平社員達が上司への愚痴を零していた。……成程。『鬼の居ぬ間に洗濯』とはこういうことらしい。
「あの頃も、鴨志田への悪口をこっそり言い合ってたな……。それで、陸上部はどうにか結束を保ってたんだっけ」
「アタシも志帆に愚痴を聞いて貰ってた。あの頃のアタシが踏み止まれたのは、志帆のおかげだったなぁ」
「私も前科のことが学校中に広がったとき、【怪盗団】を通じて竜司と杏が味方になってくれたのが嬉しかったよ。あの頃の私は、学校にも保護観察先にも居場所なんてなかったし」
【怪盗団】古参組――パンサー、スカル、ジョーカーがしみじみと思いを馳せているのは、今年の4月以前~5月初めの日々のことだろう。
鴨志田卓が秀尽学園高校を城に見立て、好き放題に振る舞っていた時期のことは、今でも色褪せない。
陸上部に目を付けた鴨志田からの嫌がらせによって足を壊し、一発殴ったことへの報復で居場所を奪われたスカル。外国人と見間違う程の美貌を持っていたが故に、悍ましい欲望のはけ口にされかかったパンサー。そして、前科の話を学校中に広められたことで孤立する羽目になったジョーカー。
この3人が秀尽学園高校に集い、ジョーカーとスカルが鴨志田の【パレス】に迷い込んでモナと遭遇し、鴨志田の【改心】に動いていた僕達に巻き込まれて【パレス】にパンサーが迷い込まなかったら、きっと物語は始まらなかった。物語が始まらなければ、僕達は今でも誰かの奴隷のままだったのだろう。
フォックスは班目に搾取され続けただろうし、クイーンは今でも大人にとっての都合がいい存在として使い潰されていたかもしれない。ナビは今でも“母親を死に追いやった”という謂れのない罪過に苦しみ続けていただろうし、ノワールは父親の自己都合と野心によって愛する人と引き裂かれていた可能性がある。
今までの経験則上、『神』の作為を感じずにはいられない。何かの意図を持って集められたことは明白である。だけど、それでも――【怪盗団】として集ったことは、悲劇になんかさせやしない。
<――そうだ。型に嵌めたような“悲劇”って言葉1つで、“僕”の人生を片づけられて堪るか>
僕の思考回路に同調するように、“彼”は小さく呟いた。
心の海を通じて流れ込んでくるのは、狂った楽園を統べる主。
或いは、現実によって叩き潰された過去故に、悲嘆に暮れる黄金の教皇。
<後悔がない訳じゃない。『もしも』を願わなかった訳じゃない。だけど――>
“明智吾郎”は、どこかの世界で目の当たりにした滅びの夢を受け止めた。
“ジョーカー”を共に生きる明日を夢見ていたことを受け止めた。
――その上で、丸喜拓人の作った楽園を壊すことを選んだのだ。
<“彼女”と出会って積み重ねてきた日々と引き換えにするには、あの
<……そうだね。僕もきっと、そうするよ>
僕にとって“明智吾郎”は並行世界状の同一人物。でも、僕と“彼”は可能性によって分岐しており、完全な同一人物とは言い難い。お互いがお互いにとってのIF故に、何もかもが違う別人だ。
だから僕は“明智吾郎”が味わってきた苦痛や苦難を理解できない。――それでも、『今までの旅路を“なかった”ことにする』という選択肢を、安易に選んではいけない理由を知っている。
<分かってるじゃないか>
“明智吾郎”は満足気に微笑んだ後、前に向き直る。僕も“彼”に倣い、仲間達の背に続いた。
一通りフロアを回れば、部長ロボに関する情報は集まった。口癖は『俺の若い頃は』と『ウチは超一流』の2つ、事あるごとに自慢話をする癖があり、社員ロボの中でも大型であることが特徴とのこと。
後はどの社員達も仕事の話ばかりだ。「下の役職持ちがミスをした」、「営業の持ってきた仕事の納期が無茶苦茶」、「この前同じ部署の人間が倒れて休みが潰れた」等々、不平不満が飛び交っている。
これ以上の情報は手に入らないだろう。後はさっさとこのフロアから出て、部長の居場所を探さなければ。仲間達が顔を見合わせて頷き合ったとき、ナビが眉間に皴を寄せて首を傾げる。
「あのときと、同じ反応……?」
<――ッ!?>
違和感を覚えたのはナビだけでない。“明智吾郎”も弾かれたように周囲を見回す。
僕もつられて“明智吾郎”と同じ方向を見たが、やはり誰も居なかった。
だが、ナビが表示した地図には、このフロアで一番大きなシャドウの反応が出ている。
シャドウの反応は迷いも躊躇いも無く、僕等が潜むフロアに向かって突っ込んできた。
しかも、動き方からして、僕等がフロアの何処に潜んでいるかを把握している。
唯一無二の出入り口を塞ぐように動く様子に、ナビが鋭く息を飲んで――
「マズイ! 隠れないと――」
「――ウォッホン! 何ダお前達。汚イ小僧ドモが入り込みおっテ」
彼女の警告は間に合わなかった。それを遮るように扉が開き、大型ロボがフロアに入って来たためである。
緑色の背広に身を包んだ大型ロボは、侵入者である僕達に対して偉そうな態度を取る。自分の勤務先たるオクムラフーズを『超一流』と誇るその姿は、文字通りプライドの塊であった。不信感に満ちた眼差しを向けていたロボだったが、ジョーカーから雑談を持ち掛けられたことで態度が軟化した。曰く、「若者と話すノも貴重ナ経験」らしい。豪快に笑った。
部長ロボの特徴の1つは、『自分の自慢話をすること』だ。関連する口癖は『俺の若い頃は』。ジョーカーはその情報を駆使し、ロボへ昔の話を振ってみる。結果、大型ロボはいたくジョーカーのことを気に入り、自分の自慢話――所謂“自分の成功談”を嬉々として語り始めた。これで、この大型ロボが部長ロボであることの確証は得た。
僕等は早速部長ロボに襲い掛かる。奴は課長ロボより強敵ではあったものの、先の課長ロボが遺した機密情報――念動への耐性は壊滅的だった。
ノワールのペルソナとジョーカーのペルソナによる念動属性攻撃を受けた部長は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく消滅。残ったのは彼の社員証のみだ。
大分遠回りしたものの、これでようやく目的達成である。僕等は一通り情報収集とアイテム回収を行って、閉ざされた扉の前へと戻って来た。
「よし、開いた!」
社員証を提示すれば、やはり、扉は開かれた。
新しいフロアへと足を踏み出す。そこはリフトやUFOが点在するフロアだった。モナ曰く、「【オタカラ】がある建物が見えた」とのことだ。フロアを馬鹿正直に探索するより、外壁を伝って行った方が早そうである。
スカルの提案にクイーンが頷き、早速登れそうな場所を探して片っ端からリフトを操作した。ワイヤーを使ってUFOを捕まえ、外壁を飛び回り、程なくして目的の建物の前へと着地する。ここまで来るまで、獅童との関わりを臭わせる証拠は一切見つからなかった。
「獅童と協力している割には、それに関する情報は出てこないな」
「協力関係と言うのは建前上だけで、互いを信頼していたわけではないのかも」
「あり得そうな話だ。奥村社長も獅童と似たようなタイプだし」
「1人で抱え込むという点ではクロウも似てるよね」
「……うーん、その話題でその例えはゾッとするかなぁ」
<笑い事じゃないな>
ジョーカーの例えに僕は苦笑する。“明智吾郎”も渋い顔を浮かべて視線を逸らした。
罰が悪い心地になったのは致し方ないだろう。仲間達に言っていないこと、言えずにいることはまだあるから。
自分だけの利になる行動をとるということは、“1人で抱え込む”こととよく似ている。誰にも知られることのないように振る舞うためには、他者にそれを悟られないようにしなければならない。【パレス】が心の世界だとするなら、浅い階層から証拠が手に入るはずがないのだ。
ナビが手に入れた情報から照らし合わせると、この先にあるフロアは工場だろう。僕達は早速扉を開けて工場に潜入した。オフィスのような白基調の小奇麗さはなくなり、黒基調の無機質さが顔を出す。
暫く進むと、工場内の光景が見えてきた。フロアの名前の通り、何かを作っているらしい。楽園への脱出と銘打たれた計画と関連しているのだろうか――そんなことを考えていた僕は、ある光景に目を留めた。
働いている社員達の動きがおかしい。電池切れの玩具のように挙動不審となったロボ社員が、そのまま停止して倒れてしまう。異変に気づいたのは僕だけでなく、僕が見つけた社員達だけではない様子だった。
「……ユートピアって、楽園って意味なんだよな?」
「偉いぞスカル。ちゃんと覚えてたんだな」
「見る限り、全然楽園とは程遠いんだけど……」
「ユートピアのイメージとは正反対ね」
スカルが首を傾げ、モナがスカルを褒める。2人のやり取りを見たパンサーは、遠い目をしながら倒れていく社員の姿を見つめていた。クイーンも頷く。その脇で、ノワールが表情を曇らせる。
「このコンベアと作業員の配置……」
「どうしたの? ノワール」
「ウチの会社のバンズ工場……」
「……成程。奥村は『こう考えている』というわけか。ノワールには悪いが、控えめに言って非道だな」
「非道が控えめって……せめてブラック企業で止めておけよ」
沈痛な面持ちで呟いたノワールの言葉に、ジョーカーはハッと息を飲む。フォックスの表現に対し、僕は肩を竦めた。軽口を叩きつつ、僕達は工場内部を進んでいく。
だが、先へ進むための扉へ進むための道は、突如故障して壊れたロボットアームが原因で塞がれてしまった。機械が爆発したのを皮切りに、上空からブロックが落ちてきたのだ。
何も考えずに進んでいたらペシャンコになっていただろう。壊れやすいというのは非常に厄介だが、クイーンは「この壊れやすさを逆に利用できないか」と提案してきた。
奥に進む方法を探して工場フロアを駆け抜けるうちに、ロボットアームの操作盤を発見する。どうやらスピードを選べるらしい。
「『3倍』、『5倍』、『10倍』……」
「『10倍』で動かしたらあっという間に壊れそうだけど」
「速度上昇もだけど、選択肢に『減速』と『停止』がないってのもなかなかに狂気的だよね」
ジョーカーとパンサーが制御盤を眺める中、僕は顎に手を当てる。そんな仲間達の渋い顔など気にすることなく、ジョーカーは『10倍』のボタンを押した。罪悪感もクソもない真顔だった。程なくして、果たして予想通りの結果となった。
対応するロボットアームが動作不良を起こして倒れこむ。それは丁度良い架け橋となった。仲間達の見解からして、多かれ少なかれ負荷をかければロボットアームは壊れてしまうだろう。それ程疲弊しているらしい。
対応する端末を操作してアームを壊しながら、壊れたアームを伝って先へ進む。うろつくシャドウを倒しながらフロアを駆け抜ければ、ようやく目的の扉が近づいてきた。
随分と遠回りさせられてしまった。この【パレス】は遠回りを強制されることが多い。そのことに悪態をつきながらも、僕らは先へと進んだ。扉の先も工場フロアである。
元々工場フロアが大きいことは分かっていたけど、この【パレス】は一体何を作っているのだろうか。それに関する情報も出てこないあたり、奥村の秘密主義が伺えた。
現実世界ではバンズ工場ということ以外の情報は、やはり見つからないままだ。
「扉発見!」
ナビが遠くの扉を指示す。ベルトコンベアやプレス機がせわしなく動いている向う側に、目指すべき扉があった。機械類が動いている状態で向うの通路へ向かうのは難しい。
しかも、扉への道を妨害しているのは作動中の機械類だけではない。通路に張り巡らされた赤外線のセンサーもまた、【怪盗団】の行く手を阻んでいた。
「赤外線と機械類の電源を切って、進路を確保する。面倒だが、それしかなさそうだな」
「この周辺に操作盤があるかもしれないわ。探してみましょう」
モナとクイーンの言葉に従って、機械類、もしくは赤外線センサーに関係する制御盤を探して歩く。
程なくして、それらしきコンソールは見つかった。画面には『プレス機シフト制御盤』の文字が映し出されている。
先のロボットアームの制御装置同様、ジョーカーは淡々と画面に映し出された選択肢を読み上げた。
「『休憩』、『昼休み』、『サービス残業』……」
「休憩もあるのか!」
「さっきのロボットアームよりはマシな職場ってことかな……?」
「ロボットアームの『10倍』が狂気的過ぎて麻痺してるだけだと思う」
コンソールに表示された『休憩』の文字を見たフォックスが感嘆の声を上げる。先のロボットアームの制御装置では存在していなかった『休憩』関連の選択肢に、パンサーも関心しているようだ。
だが待って欲しい。ロボットアームの『10倍』よりは劣るけれど、『サービス残業』という名の闇は色濃く残っている。僕の指摘を受けたパンサーは選択肢に気づいて「うわ……」と声を零した。
動き続ける機械類や赤外線センサーを留められそうな選択肢は『休憩』か『昼休み』の2択。『サービス残業』は常識的に考えて論外だ。寧ろ、制御盤におけるデフォルトが『サービス残業』の可能性まであった。更に言えば、『休憩』と『昼休み』では『昼休み』の方が休み時間が長い。学生だろうが社会人だろうが変わらない常識であった。
ジョーカーも先程同様、躊躇うことなく『昼休み』の選択肢を選ぶ。昼休みを告げる放送アナウンス――「お昼ご飯を『飲む』」という表記や内容からそこはかとなく闇を感じた――流れ、工場内の機械が機能を停止する。……指定された時間は、僅か30秒。躊躇ってしまえば、停止時間はすぐに終わってしまうだろう。
「こんな時間で昼食を食べられるわけ無いだろうが!」
「健康補助食品やゼリー飲料で精一杯だろうね。狂気の沙汰を超えてる」
「食事の時間すらまともに取れないなんて……。これじゃあ体を壊して当然だわ……」
僅かな時間で通路と機械類の上を駆け抜けた僕とジョーカーは、思わず悪態をついた。冴さんのお弁当を作ることが多いクイーンも頭を抱える。
「ここにある制御盤、『昼休み』以外まともな選択肢が無い。『休憩』は5秒、『サービス残業』は変化なしだ」
「【パレス】でこのレベルってことは、現実では……」
「……体や心を壊して辞めるヤツ、多いんだろうな」
ナビは奥にあった別の制御盤を調べていたようで、各選択肢の効果を開示する。あまりにもあんまりな内容に、パンサーとスカルがそっと天を仰いだ。
字面が休憩の仲間であっても、実際に休憩と同じ効果を得られるか否かまでは問われないらしい。ロボットアームの制御装置と何ら変わっていなかった。
奥村社長の【パレス】から会社のブラックっぷりを突きつけられたせいか、ノワールの表情は晴れない。だが、彼女は小さくかぶりを振って頷き返した。閑話休題。
ナビが調べていた制御盤は特殊なものだったらしく、件の3択の他に『セキュリティ解除』という項目があった。ナビの見解によると、この制御盤はこのフロアにおけるメインコンソールらしい。
早速ジョーカーは『セキュリティ解除』のボタンを押した。セキュリティが解除された旨を伝えるアナウンス――「コスト削減のため」や「自己責任」という言葉から、社員に負担を押し付けて無視を決め込もうとする印象が拭えない――が響き、赤外線が解除される。
現実に置き換えれば、“経費削減を謳って従業員にその分の負担を押し付けて、従業員の心身に異常が出れば「自己責任」という言葉を盾にとって退職に追い込む”ことになるのだろう。それでも辞めようとしないなら、リストラで首を切るに違いない。それ程の気迫を感じた。
『休憩』を駆使して機械類の動きを止めて進んできた僕達だが、次のフロアも工場だった。ナビ曰く、攻略方法は「応用編」とのことらしい。
「見ろ。動かなくなった社員たちがラインに……」
フォックスが指さす先には、ベルトコンベアに乗せられた社員たちの姿があった。指摘通り、どの社員もピクリとも動かない。
「本当だ。何作ってるんだろう?」
「今までの経験則からすると、ロクなもんじゃなさそうなのは確かだよね」
「……ワガハイたちと行く先が同じだから、嫌でも見ることになるだろうな」
好奇心で首を傾げたパンサーだが、ジョーカーの指摘に表情が引きつる。今まで見てきた【パレス】での経験則や、この【パレス】を調べ回ったときの情報から嫌な予感を察したのだろう。
それはモナも同じだったようで、渋い顔をしながらため息をついた。こんな所で足を止めるわけにはいかない。近辺のセーフルームで休息してから、僕達は再び駆け出した。
コンソールを操作してアームを破壊して橋にしたり、制御盤をいじって機械の動きを止めている隙に先へと進んだりしていくうちに、僕らは妙な社員たちを発見した。
奴らは「オクムラ様のため」と叫んでいる。動かなくなった同僚たちがベルトコンベアに流されていくのを見ても、彼らは奥村社長に忠義を尽くするつもりでいるらしい。
マインドコントロールによって過剰適応へ追い込まれた件の社員たちは、崖っぷちで踏み止まっているような状態だ。それが普通だと思い込むことで平静を保とうとする。
意味を理解できなかったスカルが首を傾げる。そこへ、実体験という名の具体例が提示された。
「嘗て班目に師事していた頃の俺のような状態だな。盗作の被害に合いながらも、『俺は恵まれている』、『俺の居場所はあのあばら家しかない』と思い込んで、順平さんの手を振り払ってしまった。お前達が来なければ、順平さんとはそれっきりになっていただろう。……橿原さんからガザニアを託されることも無かったのだろうな」
「鴨志田の一件から遠ざけられてることに気づかず、校長の言いなりになっていた頃の私も当てはまるわ。クロウが指摘してくれなかったら、今でも校長の狗として使い潰されていたかも……。警察官になるという私の夢だって、どうなってたか分からない」
【怪盗団】と関わることになった当初を思い出したのか、フォックスとクイーンが懐かしそうな面持ちで呟く。
今や絶たれた破滅の未来に思いを馳せる2人の姿に、スカルとパンサーは何とも言えない表情を浮かべて顔を見合わせていた。
「【パレス】内にこんな奴らがいるってことは、奥村社長も自覚してやってるってことかな」
「お父様……」
ジョーカーの指摘を受けて、ノワールは表情を曇らせた。父親が非道な真似をしているということを、こんな形で示されれば、誰だって辛いだろう。そんなノワールの肩をジョーカーはポンと叩いた。「【改心】させて、助けるんでしょう?」――彼女の言葉に、ノワールはこっくりと頷き返した。
「けど、注意しろよ。今までの社員とは違い、話し合いの余地はなさそうだ」
「会った途端に戦いになるってことか。了解」
モナの警告に頷いたジョーカーは、早速制御盤を操作した。『昼休み』でプレス機を止めて、僅かな時間を利用して上を渡り歩いていく。時にはアームに負荷をかけて壊し、橋代わりに使って先へ進んだ。
程なくして件の社員たちがいる箇所へ足を踏み入れる。社員達は僕等を視界にとらえた途端、「邪魔者は潰す。喜んで!」と万歳しながら襲い掛かって来た。僕達も躊躇うことなく迎撃する。
社員達を倒したと思った刹那、今度はまた別の社員達が現れて襲い掛かって来た。ジョーカーがペルソナを変え、フォックスと共に冷気を打ち放つ。奴等の弱点を突いたようで、あっという間に倒れ伏した。
2人を主軸にしながら社員ロボをダウンさせては総攻撃で倒し続け、ようやく倒しきったようだ。僕達は息を吐いて警戒を解く。
こき使われて、ボロボロになって、最後は勝てるはずのない相手と戦わされる――ああ、世知辛い世の中だ。
暗い顔をしたノワールを引っ張るような形で奥へ向かう。すると、動かなくなった社員たちが次々と炉の中へと放り込まれているではないか。
ガイド音声が『燃料の投下により出力アップ』と馬鹿真面目に解説してくれたおかげで、この区画の正体が分かった。
人間こそが、オクムラフーズ――ひいては奥村の【パレス】を動かすための動力源。典型的なブラック企業だ。
「人の命で、商品を作る工場……」
父親の悍ましさを突きつけられてしまったためか、ノワールの顔は真っ青である。彼女が愕然とする理由はよく分かるのだ。俺は実父、フォックスは育ての親の悍ましさを突きつけられたことがある。僕等が何かを言うよりも先に、
「許せない! こんな風に思っているなんて!! みんな、行こう! お父様を必ず【改心】させてみせる!!」
「う、うん」
こちらがびっくりするくらいのやる気を出してくれた。
そして、ようやく3か所目のフロアに足を踏み入れた。窓からはパレスの外の風景――宇宙空間が広がっている。エアロックというのは、文字通りの宇宙空間移動らしい。フォックスは「控えめに言って、死ぬな」と分析した。
だが、ナビがそれを否定する。目鼻口を押えて息を止めれば30秒は持つらしい。「人体は意外と破裂しない」と言い切った彼女の声色は淡々としていて、なかなかに怖い。こんな形で宇宙遊泳をする羽目になるとは思わなかった。
「銀行が空飛んでるくらいでいちいち驚いていたのが懐かしいわ……」
「それを言ったら、ピンクのマント羽織ってパンツ一丁の王様を見て悲鳴を上げていた頃はどうなるんだろうね」
懐かしそうに語るクイーンとジョーカーにつられて、僕も頷く。
「【メメントス】ではヤクザのシャドウに襲われて腹に風穴開けたこともあったっけなあ」
「ちょっと待ってクロウ。そんな話一度も聞いたこと無いけど」
「げ」
ついうっかり零した話題に、ジョーカーは目敏く反応した。ジョーカーだけではない。他の仲間達が勢いよく僕を見る。文字通り“視線の集中砲火”だ。
無言の圧力と罪悪感に耐え切れなくなった僕は、結局洗いざらい喋る羽目になった。2年程前の出来事と言えど、勿論みんなから派手に叱られた。
お説教に関しては割愛し、僕達はエアロックを使って先へと進む。どうやら動いているものと動いていないものがあるらしい。
動いているエアロックだけで目的地に辿り着ければいいだろうが、世の中はそんなに甘くないのだ。きっとどこかに、エアロックを動かすための仕掛けがあるのだろう。
僕の予想した通り、エアロックを作動させるための仕掛けがお目見えした。それを作動させながら、奥へ奥へと向かっていく。
「慣れてくると、宇宙遊泳も楽しいものだな」
「だよな! バンジーとは違う感じがするぜ!」
「こんなことがなきゃ、一生経験しなかっただろうね」
フォックスとスカルが楽しそうに談笑する。僕も同意した。
「でも、クロウはジョーカーや至さんと一緒に、色んな所へ行ったんだろ?」
「まあね。宇宙空間は初めてだけど」
「じゃあ、他にはどこへ行ったんだ? ってか、どんなダンジョンだったんだ?」
「学校が凍り付いて氷の城へ行ったり、【アヴディア界】という心の世界に足を踏み入れたり、【モナドマンダラ】という精神世界に足を踏み入れたり、【タルタロス】という塔を登ったり、テレビの中へ飛び込んだりした。テレビは銭湯とか劇場とかが印象的だったな。筋肉とかストリップショーとか」
「ストリップショー!? 誰の!?」
「どちらも造形美が気になるな……! 詳しく訊かせてくれないか!?」
「本人の名誉にかかわるのでノーコメントで」
「ちょっと男子一同。下世話な話はいいから先へ進むわよ」
クイーンに突っ込まれた僕等は話を中断した。程なくして、フロアのゴールへ辿り着く。次のフロアも同様で、先程の応用編となっていた。
だが、スイッチを切り替える以外に、ある一定条件下で開閉する扉があるようだ。新たな仕掛けと今までの仕掛けを組み合わせながら先へと進んだ。
そのうち最奥へと辿り着く。そこにはでかでかとビックバンバーガーのロゴが大きく描かれているだけで、【廃人化】に関する証拠は何一つとして出てこなかった。
奥村社長が獅童と結びついているというのは分かっていた。けれど、ここまで
そのくせ、獅童は己に繋がる情報が奥村社長の【パレス】内に出てこないように気を配っていたらしい。奥村社長は【廃人化】ビジネスを
このまま放置すれば、いずれは【廃人化】専門のヒットマンによって無慈悲に処分されてしまうだろう。ついでに、【怪盗団】も謂れなき罪を負わされる危険性もある。【怪盗団】を守るためにも、獅童の野望を挫くためにも、奥村社長を【改心】させなくては。
いつも通りの全会一致で、奥村社長の【改心】が決定した。仲間たちは顔を見合わせて頷き合う。
予告状を出すタイミングはジョーカーに託された。ジョーカーは不敵に微笑んで頷き返す。
――そうして僕等は、奥村社長の【パレス】を後にしたのだった。
◆◇◇◇
「……ふむ。『更生』は順調だな」
【怪盗団】が【パレス】から立ち去っていく姿を見送った
滲み出るように現れた青年は、
青年は慣れた手つきでスマートフォンを操作し、誰かと通話を始める。
「――分かってる。大丈夫だよ。心配しないで、父さん」
どこまでも穏やかな声色であるが、青年は全く笑っていなかった。勿論、電話の向こう側にいる人物――青年が『父さん』呼びしている相手は気付いていない。
何重の意味でも愚かな男だ。嘲りと侮蔑を滲ませつつ、青年は父親との会話を終わらせる。奴は電話を切る直前までずっと青年の身を案じていた。
青年は大きくため息をついた後、またスマートフォンを操作する。数コール後、次の連絡相手が電話に出る。先程とは違い、青年は口元を綻ばせた。
「――はい。手はず通りに。……お任せください、我が主」
電話越しであるにもかかわらず、青年は恭しく
ゆらり、と、青年の姿が揺らぐ。怜極学院高校の制服が二重にブレて、その輪郭がぐにゃりと歪んだ。――刹那、神々しい翼が煌めく。
それはほんの数秒にも満たぬ、瞬きの間の間に起きたこと。けれどその一瞬、確かに、青年の上に別の“何か”が重なっていた。
20XX年 5月
「――始め!」
教師の合図を聞いて、生徒達は弾かれたように筆記用具に手を伸ばす。クラス、出席番号、名前を記入して、僕は問題文に目を通した。
昔から僕は、授業中の雑談――高確率で、教科書の範囲外――の話を下地にしたテスト問題を出してくる教師と縁があった。
今日のテスト教科を担当する教師もその1人。彼が授業中の雑談でよく話していたのは、グノーシス主義に関する話題である。
周囲の生徒達からは大変不評な話題であったが、毎年教師の誰かしらがグノーシス主義系の話題を出してくる僕にとっては慣れっこだ。
第1問目は記述式の問題である。短い文章の中の空白部分に適切な語句を記入するもので、選択肢は一切用意されていない。
しかも、内容はグノーシス主義だ。大半の生徒が悪態をついていることだろう。確定ボーナスステージに頬を緩めたのは僕くらいなものだろうか。
(その1……『グノーシス主義における造物主の名前』か。別名や表記揺れで複数あるから、そこから1つ書けばいいな)
僕は手早く回答欄へ『ヤルダバオート』と記入し、次の小問に目を通す。そこで僕は目を瞬かせた。
候補の中からどれか1つを書けばよかった1とは違い、2からはいきなり難易度が跳ね上がっている。
(『造物主が“自らの姿に似せて作った存在”――自らの化身の名前』ときたか。しかも、2から8番まで全部化身の名前で、説明に適する文章に対応する名前を書く必要があるとか……)
周囲の生徒達が厳しい顔つきでペンを止めた様子からして、みんなここで躓いてしまったらしい。
筆記用具の音に紛れて、彼や彼女達の悪態や発狂が聞こえてきそうだった。
僕は問題文に提示された特徴から、該当する化身の名前を記入していく。
(その2が『サバタイオス』、その3が『ヤオート』、その4が『アドーニ』、その5が『エローアイオス』、その6が『ヤオー』)
順調に問題を埋めた僕は、小問7に書かれていた文章に目を通す。まだ出ていない化身、或いは天使の名前はあと2つ。実質的な2択問題だ。
(その7……権力的な序列は3番目、ハイエナの顔を持つ、善に関わる、同名の天使――神の御前の12天使の1と同一視されることがある……)
それだけ条件があれば充分だ。そして、それと同時に、小問8の答えも自動的に埋まる。
僕は小問7の回答欄に、該当する化身の名前を記入した。
―――
奥村編、今回は【パレス】探索開始~【オタカラ】ルート確保完了までです。区切りがいい場面がなかなか見つからなかった結果、かなり長くなりました。
リメイク前よりも、あちこちに加筆修正が目立っています。春の身売り、【パレス】攻略中のやり取り、この世界線における【廃人化】実行犯の動き等々盛りだくさん。
尚、この世界線で登場した“春の新しい婚約者”=原作P5R時空における“春の婚約者”です。関係者の名前の由来は、息子が季節関係から夏⇒父親の名前は季語由来にしよう⇒夏の季語:菖蒲⇒人名に使えそうな漢字を当てはめて加工⇒武勝。
あとがきSSは【神話覚醒 -Take Over-】の【あたり一面地雷原、或いは山積みの時限爆弾】と関連しています。更に言えば、リメイク前の“あん畜生”とも。
リメイク前ではP5S発売時にとんでもない事故が発生しましたが、今回こそは大丈夫だと思いたい……。
あと、P5Xの扱いをどうしようかも思案中です。地続きにするか、そちらには続かないことにするか、或いはパラレルワールドとするのか。
言語の壁さえなければ、もう少しハードル下がりそうなんですけど……。