Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・【改心】と【廃人化】に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。名前は
・“彼”の世界における“春の婚約者(原作+アニメ準拠の性格)”やその関係者に明確な名前がある。名前はこちら<https://namegen.jp/>や<https://jhaiku.com/haikudaigaku/archives/474>をベースに適当に決めた。
・足立の両親に明確な名前がある。名前はこちら<https://namegen.jp/>で適当に決めた。
・足立の両親のシャドウの元ネタは、『真・女神転生シリーズ』のガキとピシャーチャ。
【パレス】攻略、及び【オタカラ】を入手するためのルートを確保した僕達が現実世界へ帰還したとき、空は茜色を通り越して薄墨色へと変わりつつあった。夏が終わって秋真っ盛り。もう数か月後には冬が来る。その影響か、日が沈むまでの時間が短くなってきていた。
労働時間に問題が無い会社であれば、日勤の労働者と夜勤の労働者が入れ替わっている時間だろう。日勤の労働者だけで構成されている会社だった場合、片づけを終えた従業員が帰宅し始める頃だ。特に何もなければ、会社の灯りも消えていく時間帯のはずである。
しかし、オクムラフーズ本社の窓は部屋の電気が灯ったままだ。僕等の視点からでは部屋の中の状況を確認することは出来ないけれど、奥村社長の【パレス】で目の当たりにした光景――工場フロアの制御盤で、『サービス残業』がデフォルト設定になっている――が頭から離れない。
狂気的な制御盤を現実のオクムラフーズに当てはめた場合、本社の電気が未だに灯ったままなのは『サービス残業を強いられている社員がいる』ためか。上司の愚痴を零すも反抗できない社員、破滅覚悟で奥村社長のやり方に迎合する社員、心身を壊してボロボロの社員等が本社の中で働かされているのだろう。
雀の涙程しかない休憩時間。経費削減というお題目で社員の負担を増やす癖に、都合の悪いことは『自己責任』という言葉で無視を決め込む。奥村社長の【パレス】で聞いたアナウンスの声色――相手を突き放すような冷淡なものだった――を思い出し、僕は眉間の皴を深めた。
「【パレス】や企業の実態を知らない人がこのビルを見たら、『有名な大企業の本社ビル』としか思わなかったんだろうな」
「【パレス】内部を知ってると、何とも言えない気持ちになるよね。……今この瞬間にも、パワハラやサビ残で苦しんでる人がいるんだって思うとさ」
僕と黎は顔を見合わせて肩を竦める。眼前に聳え立つオクムラフーズ本社ビルからは、創業者一族がコツコツ築き上げてきた栄光の片鱗が垣間見えた。
春曰く、元々オクムラフーズは彼女の祖父が立ち上げた会社だったらしい。最初は小さな会社だったということで、大分苦労してきたという。そこから初代社長は努力を重ね、人との繋がりを大切にしする経営方針で会社を大きくし、1代でオクムラフーズ繁栄の礎を築き上げた。
初代の経営方針や築き上げてきた地盤を受け継いだのが、2代目社長の奥村邦夫。最初の頃は今回のようなブラック経営に走るようなことは無かったが、初代の死後から雲行きが怪しくなったらしい。幸か不幸か、奥村社長のやり方を止められる人間は誰も居なかった。それが巡った結果が、今現在の状況に至る。
初代が築き上げた経営方針や人との繋がりを踏み躙って、社員達までも生贄にして、オクムラフーズは更なる繁栄を遂げた。しかし、奥村社長にとっては、オクムラフーズという会社すらも踏み台でしかない。彼は更なる富と権力を求め、政治家に転身しようと試みている。
偉大な社長だった父親の背中を見つめていた男は、何を思って、何を考えて動いたのだろう。
【パレス】を生み出してしまう程の心の歪み――その源泉に成り得るものがあったのだろうか。
「……今まで僕達が【改心】させてきた連中にも、心が歪む理由があったのかな……」
僕は顎に手を当てて、今までのターゲット達――鴨志田卓、班目一流斎、金城潤矢に想いを馳せる。
正直な話、関係者達との因縁がアレ過ぎたこともあって、今まで考えたことがなかったのだ。
「急にどうした?」
「え? もしかして僕、声に出してた?」
「ああ。思いっきりな」
怪訝そうな竜司に声をかけられたことで、僕は自分の考えを独り言として出力していたことに気づいた。僕の問いかけに対して頷いた竜司は、話の続きを促す。僕は話を続けた。
「今まで禄でもない大人を【改心】させてきたけど、そいつ等が『どうしてそんな禄でもない大人になったのか』については、あまり考えたことなかったなって思ったんだ。例えば――一番最初に僕達が【改心】させた鴨志田卓とか」
「“鴨志田がセクハラ暴力教師になった理由”ぅ? ……そんなの、考える必要無くね? 知った所で、アイツのしてきたことが許されるワケねーだろ」
具体例として鴨志田を挙げたせいか、竜司の眉間に皴が寄る。竜司と鴨志田の因縁――虐げる側と虐げられる側――からして、彼が鴨志田に対して強い悪感情や反発を抱いていることは事実だ。
あれから数か月が経過したからと言って、味合わされた屈辱と恨みつらみによる心の傷はそう簡単に癒える訳もない。当時の出来事を客観的に見つめるには、その痛みは未だ生々しさを伴っているのだろう。
実際、鴨志田によって竜司の人生は滅茶苦茶にされた。陸上選手として活躍する未来を閉ざされただけでなく、竜司の有責とはいえ、彼の居場所であった陸上部を廃部にされてしまったのだから。
言葉は発していないものの、先程から杏が訝し気に視線を向けてくる。彼女もまた、鴨志田に“いいようにされそうになった”被害者であり、同じ被害に合いかけた親友の鈴井志帆のために立ち上がった人間だ。【改心】後の鴨志田に「罪を償え」と啖呵を切った姿は今でも色褪せない。
勿論、心が歪む原因があったとしても、奴等が犯した罪は決して許されていいものではない。情状酌量の有無問わず、罪は罪として償うべきだ。
そこだけは決して揺らがないし、譲っていいことではない。同じことを繰り返さないためにも、罪への罰と償いは必要だろう。
「勿論、鴨志田がやったことは犯罪だ。罪は白日の下に晒された上で、きちんと裁かれなきゃいけない。罰と償いは必要なことだよ」
「だろ?」
「でも、『何も知らない』や『何も分からない』ままにしておくのは問題じゃないかなって思うんだよ。真次郎さんと乾さんのときみたいなことが起きるかもしれない」
意地の悪い具体例だとは百も承知。だけど、悪人が罪を犯した理由に対して無頓着のままでいた結果がどのような地獄を招いたのか、僕は知っている。
「シンジさんと乾さんは違うだろ!? ……そりゃあ、2人とも、相手に対して絶対許されないことしたけどさぁ……ッ」
「……そういやアタシ、『どうして鴨志田はこんな真似するんだろう』って考えたこと無かったな。鴨志田のこと『許せない』って怒るばっかりで、『知りたい』とは一切思わなかった」
僕の暴挙――鴨志田のケースと真次郎さんと乾さんの1件を並べた――に竜司が声を荒げる。だが、双葉の【パレス】で聞いた2人の過去を思い出したのか、彼の語気は段々と尻すぼみになってしまった。
それは杏も同じだったらしい。当時の心境を再生しようとする自分と、当時の自分を客観的に見ようとする自分の板挟みになっている様子だ。彼女は目を伏せて、始まりの事件に思いを馳せる。
過去の事件に思いを馳せたのは、杏と竜司だけではなかった。祐介と双葉も目を伏せる。前者は師の【パレス】を崩壊させた者として、後者は【パレス】を作り上げてしまう程の心の歪みを抱えた者として。
「思い返せば、班目の所業を知って以降、『奴が変わってしまった理由』を考えなかったな。奴を恩師だと思っていたときは、それが一番知りたかったことだったのに……」
「わたしも嘗ては【パレス】持ちだった身。あの頃は何も考えられないくらい追い詰められてたし、『このまま死ぬことがお母さんへ償う方法なんだ』ってことしか頭になかった。それ以外のことを考えること自体が許されないことなんだって思ってたんだ。そうやって閉じこもることで、罰を受けたような気になってた。……だから、吾郎達から話を聞かされても、なかなか踏ん切りがつかなかったんだと思う」
「金城も言ってたわね。『金が無いと貧乏な頃に戻ってしまう』、『辛かった頃に戻りたくない』って。奴の悪党っぷりやそれに対する怒りで有耶無耶になってしまったけど、警察官を志す身としては、あまり良くないことよね。相手の背景や過去をきちんと見つめることで浮かび上がってくる真実もあるわけだし。――まあ、許す許さないは別としてね」
「……私もマコちゃんの意見に賛成。私、お父様が人を切り捨てるようになったのか知りたいの。勿論、お父様のしたことは許されないことだって分かっているし、お父様のやり方に苦しむ人たちやお父様自身の命を守るための【改心】でもある。――でも、それ以上に、お父様の心を助けたい」
真の意見に触発された春が、俯いていた顔を上げた。榛色の双瞼にはもう迷いはない。新人が宿す強い意志を真正面から見せつけられて、燻っていられるはずはなかった。
「…………俺、鴨志田について調べてみる。アイツのしたことはぜってーに許せねえけど、『見ないふりをするな』って、シンジさんや乾さんから言われてたからな」
「アタシも付き合う。暴君だった鴨志田を【改心】させて、奴自身の運命を大きく変えたのは他ならぬ【怪盗団】なワケだし。この力に向き合うって、そう言うことでしょ?」
「俺も、班目の経歴や過去について、もう少し調べてみようと思ったんだ。奴と親交があった同業者なら何か知っているかもしれないな」
竜司を皮切りに、杏と祐介が頷き合う。
汚い大人に寄って踏み躙られてきたことは事実だし、奴によって絶たれた未来が戻ってくることは決してない。自分を苦しめた相手に対し、『金輪際関わらない』という選択肢だってあるはずだった。
でも、奴等の人生を変質させてしまったのは僕達【怪盗団】も同じである。人の人生を大きく変える『力』を持つ者として、何も知らないままではいられない。……知らないままでいてはいけないのだ。
「ハル。お前が良ければなんだが、もう少し滞在期間伸ばしていいか? ワガハイの外見なら『ペットが粗相した』でゴリ押せると思うぞ」
「ありがとうモナちゃん! 私も、お父様と古くから親交がある人達に声をかけてみるつもり」
「私も金城についての情報収集してみようかしら。幸い、双葉のハッキングで【改心】対象者の情報は大分引き出せているから、吾郎の手を煩わせることは無いしね」
「わたしも手伝うぞ!」
<…………>
モルガナと春が、真と双葉が、今後の予定――今までのターゲットを改めて調査する――を述べていく。そんな仲間達の様子を見て何を思ったのか、“明智吾郎”は無言のまま姿を消してしまった。
“明智吾郎”との縁が切れた訳ではない。心の海を介した繋がりは今でも残っている。“彼”の感情を辿ることは叶わないが、改めて“自分”が犯した罪と向き合おうと考えたが故の行動なのであろう。
【怪盗団】が【改心】した人数より、“明智吾郎”が【廃人化】させた人間の数の方が多いのは当然のことだ。それ故、もし“彼”が被害者全員の事情を洗い出すとなると膨大な時間がかかる。
……いや、もしかしたら、ターゲットの情報を事細かく調べた上で【廃人化】させていたのかもしれない。そうなると、【廃人化】させた被害者や関係者達のその後を調べることになるのだろうか。
いずれにしても、“彼”は“自分”の罪から逃げ出すような真似はしないだろう。『向こう側』の“彼”の顛末がどうであれ、今、“彼”は意識と意志を持って動いている。
“明智吾郎”の顛末が示されるその瞬間まで、“彼”は自分の罪に向き合うことを選んだ。“ジョーカー”を先に進ませるために切り捨てたものと向き合うために動いた。
その事実が、今は何よりも尊いもののように思えたのだ。
「……あれ?」
「黎、どうかした?」
「あそこに停まってるリムジン、圭さんのじゃない?」
黎が指差した場所に視線を向ける。オクムラフーズの本社前に停まったリムジンがど真ん中に飛び込んできた僕は目を剥いた。
よく見ると、高級車のすぐ傍で男性が話をしている。片方は先程僕達を見送ってくれた宝条さんだ。
程なくして宝条さんが顔を上げ――僕と視線が重なる。彼はぱっと表情を明るくし、こちらに駆け寄ってきた。
「おかえり。みんな、怪我はない?」
「大丈夫。私達みんな無事に戻ってきました」
「そうか、良かった」
春からの言葉を聞いた宝条さんは安堵の息を吐いた。そんな彼に対し、黎は疑問を零す。
「どうして圭さんのリムジンがあそこに? もしかして、圭さんも今ここにいるんですか?」
「ああ、そうだよ。圭さんも以前からキミ達のことを心配してて、色々手を回してくれてたんだ」
苦笑した宝条さんに案内されるような形で、本社前に停まったリムジンの元へ向かう。
案の定、そこには南条コンツェルン次期当主・南条圭さんの顔があった。
「久しいな、明智くん。それと、有栖川のお嬢さんや奥村のお嬢さんも」
「お久しぶりです、圭さん」
「獅童と奥村社長の件について、話は聞いている。作戦会議がしたいが、時間は大丈夫かな?」
圭さんの問いかけを聞いた黎は、仲間達に対してちらりと視線を向ける。僕等は断ること無く頷き、圭さんの乗って来たリムジンに乗った。南条コンツェルンの所有するリムジンに高校生が乗っているという図は周囲の目を惹いたが、圭さん本人がそれを許しているのだから誰も文句は言えない。
暫しの移動を終えた僕達が案内されたのは、南条コンツェルン系列の超高級料亭だった。しかも本日貸し切りである。やったのは圭さんだ。呆気にとられる高校生達の顔など気にすることなく、彼は『至極当たり前のことをした』と言わんばかりの涼しい横顔を浮かべていた。
店内には特別研究部門関係者である空元兄弟、警察官キャリアである周防兄弟と明彦さん、シャドウワーカーのトップである美鶴さん、珠閒瑠における
文字通り、そうそうたるメンバーである。ここに集っている人々の肩書も、ペルソナ使いの実力も高い。
程なくして料理が運ばれてきた。それらに舌鼓を打ちつつ、作戦会議を行う。
「今まで【改心】が発生してきたタイミングを確かめてみたが、【怪盗団】にとって最悪の事態が発生する日付であり、【改心】対象者にとって区切りがつく頃に【改心】の効果が発生していることが分かった」
航さんがそう言いながら、壇上に立ってスクリーンにパワーポインタを映し出す。
「鴨志田卓が5月2日の理事会開催日、班目一流斎が6月5日の個展最終日、金城潤矢が7月9日の支払い要求日、双葉さんが8月21日の“メジエド”Xデー。【怪盗団】側の都合に合わせると、5月2日は鴨志田によるお嬢と竜司の退学予定日、6月5日は【怪盗団】一同が班目に訴訟されるであろう日、7月9日はお嬢が金城に1000万を支払う期限日、8月21日は“メジエド”によるテロ予告日だ」
「その理屈から行くと、オクムラに【改心】が発生するのは“ハルとチアキの婚約を破棄して、スズキの元へ春を身売りさせる日”というコトになるな」
「……実は、数時間前に奥村社長から電話があってね。そこで一方的に婚約破棄を言い渡されたんだ」
航さんの分析結果を聞いたモルガナが予測を立てる。それを聞いた宝条さんは表情を暗くした。僕等が【パレス】を駆け回っているとき、春と宝条さんの婚約を解消しようと考えているらしき光景は目にしている。しかし、僕等が【パレス】を探索している間にそんなことになってしまっていたとは思わなかった。
「お父様、他に何か言ってなかったかしら? 例えば、鈴木さんとの婚約の日付とか」
「婚約の日付に関しては何も言っていなかったけど、『鈴木さんと春さんを同棲させる』という話は聞いたよ。『住居含んだ諸々の準備が終わって、同棲が始まるのが10月10日』だとか」
流石に学生のうちに結婚まではいかないが、事実上の夫婦として外堀を埋めに懸かるつもりらしい。しかも、春を自宅から追い出す――春の逃げ場を奪い取るようなやり方で。
奥村社長は春を売り飛ばした後も、奥村家に戻れない――鈴木との離婚や縁切りができないようにすることで、自身の権力を盤石にしたい様子だった。文字通りの生贄である。
しかも、切羽詰まっているのは春の身売り問題だけではない。奥村社長を狙う【廃人化】のヒットマン・獅童智明の動きも未知数だ。「今回の期限が10月10日だとしたら」と、僕は口を開く。
「猶予は充分あるけど、【廃人化】を専門とするペルソナ使いが動き出す可能性も考慮して動いた方が良さそうだね」
「それは重々承知だが、ハルのことも考えてやってくれないか? ハルは今回が初めての【改心】だし、相手は実の父親なんだ。万全の状態で挑みたい」
「勿論だよ」
黎の返答を聞いたモルガナは安堵の息を吐いた。この数週間の間に、春の師匠としての振る舞いが板についている。素直に頼ってくれる相手の前で格好を付けたい気持ちは僕も良く分かった。閑話休題。
今回の【改心】は、「【改心】させてそれでお終い」ではない。【改心】が終わった後が本番なのだ。智明はきっと、秀尽学園高校の校長と同じやり方で奥村社長を葬ろうとするはずだ。校長は意識不明の重体で命だけは助かったようだが、だからといって、奥村社長が助かるとは限らない。【怪盗団】としても、奥村社長が殺されることは望んではいないのだ。
奥村社長を無事に出頭させること――それが僕達【怪盗団】の最終目標。しかし、【怪盗団】が出来ることはターゲットの【改心】だけだった。今まで“ターゲットが出頭することに関しては、【怪盗団】側が手出しすることは一切できなかった”という事実がその証拠である。つまり、【改心】後のターゲットを護衛することに関しては完全な素人なのである。
そこで、僕は各分野の大人たちに協力を仰いだのだ。万能ではないものの、ペルソナ使いは強い。警察関係者は犯人や要人の警護にもそれなりに精通しているだろうし、探偵組も荒事には慣れている。記者なら理由をつけて奥村社長に張り付くこともできるし、地元が東京である真実さんは大学生なので比較的小回りが利く。
巌戸台以降の世代は“ペルソナを発現できるのは特殊な環境下(例.【影時間】や【マヨナカテレビ】内)にあるときのみ”だ。
だが、異世界で鍛えた身体能力は、現実世界の身体能力にも影響を与えている。おかげで面々の身体能力は一般人平均より高かった。
「これだけの協力者がいても、獅童正義とその『駒』は油断ならない相手だ。奥村社長の件を乗り越えても、新たな手を打ってくるだろう」
「ウチの校長が“不幸なバスジャック事故”で意識不明になったのがその証拠だよね……」
「実際、お姉ちゃんも実質的な人質状態だものね」
「……そうか。新島が、か」
険しい顔で分析した圭さんに、杏と真が同調する。真から冴さんの話題を聞いたパオフゥさん――元・珠閒瑠地検検事の嵯峨薫氏が表情を曇らせた。
嘗ての司法修習生が狙われているという事実に関して複雑な気分なのだろう。そんな彼の隣にいたうららさんは、納得したように頷きながら飲み物を煽った。
うららさんはパオフゥさんの現・相棒として、冴さんに対し思うところがあるようだ。長らく一緒に活動していくうちに、2人は2人なりの距離感を見つけたらしい。
できればそのままくっついてしまえばいいと思うのは、僕や至さんの勝手なお節介だろう。……そういえば、至さんは今でもうららさんの留守電――『いい男がいたら紹介しろ(意訳)』――にパオフゥさんの電話番号を録音する悪戯を行っているのだろうか? 閑話休題。
「保険として、奥村社長の関係者も【改心】させておいた方がいいのかもしれないな。キミ達にはかなりの負担になるが……」
「やるっきゃないッスよ。バスジャックみたいに他の奴らを巻き込むようなコトになっちまったら、それこそ最悪だって!」
周防刑事の言葉に対し、竜司が拳を振り上げて頷いた。漢にはやらねばならぬときがある――竜司からその気迫を読み取ったのか、達哉さんも真顔で頷き返した。それを聞いた宝条さんが口を開く。
「そういえば、社内でおかしな言動をするようになった人がいたな。その人は【怪盗団】肯定派なんだけど、最近は『【怪盗団】の正義を自分が体現するんだ』って、うわの空でいることが多いよ」
「それホントか!?」
「う、うん。日に日に人数も増えてってるみたいだ」
宝条さんの話を聞いた双葉が身を乗り出した。鬼気迫った理由を尋ねる間もなく、双葉は愛用のPCを抱えてプロジェクターの画面に繋ぐ。
航さんのパワーポインターが消えて、代わりに映し出されたのは【廃人化】や【精神暴走】が関わっている事件の一覧表だった。
【怪盗団】が【改心】したターゲットを除外したリストは、事件の関係者たちの名前と彼/彼女が起こした事件の内容が記されている。双葉がPCを操作すると、ある文章にマーカーが示された。
『熱狂的な【怪盗団】肯定派』、『常日頃から「【怪盗団】こそが正義。彼等の正義を自分達が体現する」と語っていた』、『「自分は【怪盗団】の正当なる応援者である」と主張している』の3つ。
宝条さんから齎された情報と合わせれば、“【怪盗団】肯定派の人間が義憤に駆られて行動を起こした”と“【怪盗団】肯定派の人間は【精神暴走】によって加害者になった”の両方が成り立つ。
今はまだモデルケースが少ないから問題になっていないだけで、今後、“【怪盗団】肯定派の人間が【精神暴走】によって事件の加害者となり、【精神暴走事件】の被害者になった”ケースが増え続ければ、事件を追いかけている警察官や検察官が何を思うか――そんなの、火を見るより明らかだ。僕はごくりと生唾を飲む。
「このことに冴さんが気づくか、もしくは気づくように誘導されたら、『【廃人化】と【精神暴走事件】の首謀者は【怪盗団】である』と断定するだろうね」
「それも問題だけど、このまま放置した場合、無辜の人々が【怪盗団】を陥れるためのスケープゴートにされることになる」
「そんな……」
「幸い、俺達には『ある日突然性格が豹変した』という依頼を【改心】で解決した実績がある。【イセカイナビ】で検索してヒットすれば、何とかなるはずだ」
これから起きるであろう出来事を憂いた黎の様子に、春は不安そうに表情を曇らせる。そこへ祐介がフォローを入れた。それを聞いた春はホッとしたように息を吐き、美鶴さんも春の肩を叩いて微笑む。
舞耶さんは満面の笑みを浮かべて「レッツ・ポジティブシンキングよ春ちゃん!」と口癖を披露した。春も元気良く頷き、決意を新たにする。それを、ゆきのさんが優しい面持ちで見守っていた。
互いの得意分野を活かし、苦手分野のカバーを頼む――それは、相手を信頼していなければ成り立たない作戦だ。ペルソナ使いの先輩後輩が手を組んで、戦いに挑んでいる。
飲み物を煽っていた達哉さんと至さんが大きくため息をついた。
彼らの心の中に、強い懸念材料があるためだろう。
おそらくそれは、僕と同じ意見に違いないのだ。
「一番の懸念は、“人間側の黒幕である獅童正義は、『神』が用意した前座に過ぎない”という点だな」
「確かに。獅童正義にこれ程までもの力を与えた奴だ。獅童に勝った後も安心はできない」
「『神』に関して、現時点で分かっている情報は少ないんだよね。“認識や認知を自在に操る”という一点のみ。……これでどう対処すればいいんだか」
1人は善神の化身として、もう1人は悪神の悪趣味で理不尽な娯楽のため、『神』によって人生を滅茶苦茶にされかけた者たちだ。僕は善神の化身である至さんと共に、数多の理不尽と旅路の行く先を向き合ってきた。
フィレモンもニャルラトホテプもニュクスもイザナミノミコトも理不尽極まりない奴らだったが、今回の奴も理不尽極まりない力を振るう奴だ。毛色も能力もニャルラトホテプ由来であることは明らかだろう。実際、獅童の『駒』には神取鷹久がいる。
僕の想像する望月綾時が「僕は不可抗力だからね……?」と寂しそうな顔をした。事情は知っているけれど、それとこれとは話は別だ。最終決戦でアルカナ変化による実質13連戦をする羽目になったあの恨みは忘れられない。本当に死ぬかと思ったのだ。閑話休題。
「何が相手でも、私が貫くべき正義は変わらないよ」
口元をナプキンで拭きながら、黎は静かに宣言する。
「これ以上獅童の好きにはさせない。奴は絶対【改心】させる」
「黎……」
「勿論、『神』相手だってそうだ。もし『神』が悪事を企むなら、“悪魔の王”の力を使ってでも叩き潰す。……私の“おしるし”が何か、吾郎は知ってるでしょう?」
黎は悪戯っぽく微笑んだ。彼女の“おしるし”が“6枚羽の悪魔の王”であることは、有栖川家の関係者にとっては周知の事実である。
『運命を打ち砕け』という反逆の意志が込められたそれを思い出し、僕はひっそり苦笑した。やっぱり、僕はまだまだらしい。
黎の宣言を聞いたモルガナがキラキラ目を輝かせる。「トリックスターに相応しい結末だな!」と語った彼は、そのコンマ1秒で周防刑事に抱きかかえられて悲鳴を上げた。
【怪盗団】リーダーにして、今代のペルソナ使いたちを率いる『ワイルド』使いの宣言を聞いた新旧ペルソナ使いたちは、互いの顔を見合わせて頷き合った。
僕等は僕等の戦いをし、大人たちは大人たちの戦いをする。背中合わせの戦いだ。先輩が守って繋いできた世界は僕らに託され、僕等の運命も彼らに託されている。
強い絆で結ばれたことを確認した会議は、そのまま交流会へとシフトチェンジした。スクリーンとPCを片付けた航さんと双葉が隣同士に座り、何かを話し始める。会話の内容的に認知世界に関する見解のようだ。
「『認知上の人間』ってヤツ、本当に面白いんだ。春の婚約者2号なんて完全に瓜二つでさ」
「双葉さんの所で見た一色さんの顔はそっくりだったな。体は完全にスフィンクスだったが」
「春が見たアレはたまたまだよ。普通は見た目も性格も歪んでるもの。双葉のアレは特別な一例だけど」
盛り上がる双葉と航さんに、杏はツッコミを入れた。鴨志田パレスで出てきた認知上の自分を思い出しているのだろう。確かにアレは本当に酷かった。鴨志田の従順な僕として、性的な目で見られていたのである。卑猥極まりない光景だったに違いない。
連想的に“黒いベビードールを身に纏った認知上の黎”の姿と、彼女に対して下卑た手つきで触れていた鴨志田の醜悪な笑みを思い出した。随分と久しく怒りが湧き上がり、ついつい手に持っている箸をへし折りたくなってしまった。勿論堪えた。
「班目の美術館にいた俺なんて、人ではなく絵だったからな」――山菜のてんぷらを口いっぱいに頬張った祐介がうんうん頷く。班目にとって、祐介は人間ではなく作品の1つでしかなかった。人を人とは思わぬ黄金美術館を思い出し、僕はひっそりため息をついた。
認知世界のことで春は疑問に思ったことがあるようだ。“奥村社長の
見当たらない理由に心当たりはある。だが、理由は何であれど胸糞悪いことは確かだ。おそらく、金城の【パレス】で見た認知上の金づる――人間ATMと互角であろう。
昏い顔をする春だが、研究者組に所属する双葉と航さんがワクワクした様子で認知世界のことを話し出す。双方共に目がキラキラと輝いていた。
「本人の認知1つで景色も人も変幻自在ならさ、上手く使えば、“望みの世界に望みの人間がいる”ドリーム空間とか作れそうじゃん!」
「セベクにも似たような研究があった。最もそれは『病弱気味な娘が、せめて夢の中だけでも楽しく過ごしてほしい』という願いの元に造られたが、紆余曲折あって悪用される結果になってしまった。でも、浪漫はあるぞ」
「町中に悪魔が跋扈して、コンビニやカジノ等でモノホンの銃が売買される世界はちょっとなぁ……」
盛り上がる双葉と航さんの様子に対し、至さんは非常に遠い目をした。もしこの場に麻希さんがいたら、無言のまま肩を叩かれ、至さんはどこかへと連れ出されていたことだろう。幸いなことに、今この場に麻希さんはいなかったのでセーフである。
【パレス】への夢を広げる研究者たちは「いつかどこかで試してみたい」とまで言い切った。夢のある話ではあるが、少なくとも【廃人化】や【精神暴走事件】を解決しない限り難しそうだ。何せ、その実験の下地に使える論文――認知訶学関連の研究の大半が獅童正義によって接収されてしまっている。
認知訶学分野に興味を持った人間がいると知ったら、奴等は黙っちゃいない。良くて研究理論の接収、悪くて社会的な死を与えられるか、一色若葉さんの二の舞だろう。勿論、航さんも双葉もそのことを察しているため、「そのためにも、まずは獅童正義の打倒が必要」と結論付けていた。
2人のやり取りを眺めていたとき、不意に“明智吾郎”の気配を感じて意識を向ける。
相変わらず仏頂面であったけれど、“彼”はおもむろに口を開いた。
<“僕”の世界の“丸喜拓人”が【パレス】持ちのペルソナ使いだって話はしたよね?>
<うん>
<“ヤツ”は嘗て、認知訶学に関する論文を書いたんだ。最初は教授や企業が注目していたけど、ある日突然、全てから総すかんを喰らってしまう。その結果、“ヤツ”の論文は日の目を見ることは無かった>
<……それ、絶対獅童が裏で手を回したヤツじゃん>
僕の見解は大正解だった。“明智吾郎”曰く、<『あちら側』の“丸喜拓人”がペルソナの力を手にするきっかけになった理不尽の1つ>なのだとか。
『あちら側』の“彼”は認知訶学分野関連の研究をしており、それは僕側の丸喜先生の並行存在――“丸喜留美”を救うための研究でもあった。
しかし、獅童によって研究論文を奪われてしまい、以後はカウンセラー業と運転手の仕事と並行しつつ、細々と研究を続けていたという。
認知訶学に増資が深い研究者とはいえ、所詮“丸喜”は金も力も持たない一般人。研究は中々進まないし、その間はずっと苦しみ続ける“恋人”の姿を目の当たりにしていた。
現実という名の理不尽に反旗を翻した“彼”は、ひょんなことがきっかけでペルソナ能力を開花。“彼”の論文と類似の奇跡を起こしたが、それが原因で“恋人”と破局する羽目になった。
<“丸喜”が初めてペルソナを覚醒させたとき、そのペルソナはきちんと覚醒していなかったんだろう。というより、暴走したと言った方が正しいのかもしれない>
<だから“ヤツ”は力加減ができず、“恋人”の記憶を『“丸喜拓人”の存在を抹消する』ような形で改竄したんじゃないか>と、“明智吾郎”は締めくくる。
意図せぬ力の行使は暴走と同義だ。真次郎さんが乾さんの母親を死に追いやってしまったことも、神取のニャルラトホテプがヤツを乗っ取ったことも、【マヨナカテレビ】で時折出てきたイザナミの端末ども――至さん曰く「サギリシリーズ」――の出現だって、ある意味では暴走の1種である。
“丸喜拓人”のペルソナが正しい意味で覚醒を迎えたのは、『向こう側』の“獅童正義”が【改心】してから暫く後のことだったらしい。その力は【パレス】を形成するだけでなく、【メメントス】を占拠するレベルだった。文字通りの規格外である。話を聞く限り、『神』に匹敵するペルソナ使いと言ってもいい。
成程。そんな規格外と総力戦をして敗北したから、“彼”は『こちら側』の丸喜さんに対して当たりが強かったのだ。
現時点では【イセカイナビ】や腕利きの占い師・御船の占いでも脅威判定が出ていない丸喜さんを警戒していたのも、“丸喜”の並行存在故。
この世界の丸喜さんに関する情報は、彼の妻で僕の学校の体育教師・丸喜留美先生から聞き出せる。今のところは「何かを研究している」ことくらいしか情報は無い。
『タッくんの研究に協力してくれる子がいてね。その子のおかげで、研究が飛躍的に進んだんですって!』
『『もう少しで論文が完成しそうだ』って喜んでたの! ……嬉しかったけど、ちょっと寂しかったなぁ』
つい先日、丸喜先生と交わした言葉を思い返す。夫との惚気話の中に紛れ込んでいた情報を、『あちら側』の“丸喜拓人”の事情と比較しながら。
『タッくんの研究、大学にいた頃はあまり進まなかったの。【JOKER呪い】や須藤竜蔵の末端組織と関わったこととか、私が新体操を引退する羽目になってふさぎ込んでたのを介護してくれたこととかが理由』
『一応論文は出来たんだけど、『お情けで単位を貰った』ような状態だったみたい。周りからそれについて色々言われたせいで大学に残りづらくなって、そのまま卒業することにしたらしいわ』
『今でも細々と研究を続けていたの。私も応援していたんだけど、個人での研究じゃ色々と手詰まり感が強くて……』
『タッくんの研究に協力してくれた生徒の子に会ったら、一言お礼が言いたいなって思ってるのよ。あの人が研究のことで笑うようになったのは、きっとその子のおかげだから』
『あちら側』の“丸喜拓人”は、大学時代には既に論文のひな型を完成させていた。最初は教授やスポンサー達も興味を示していたものの、何処かを経由して獅童に目を付けられた。結果、教授に裏切られる形で論文を握り潰された挙句、盗用されてしまう。
当時の“丸喜拓人”はただの大学生だ。全盛期――現職大臣の獅童正義に太刀打ちする力は持っていない。更に言えば、教授に論文を否定されてスポンサーから総すかんを受けたことが噂になり、大学に残って研究を続けられるような状態ではなくなってしまう。
その後はカウンセラー業をメインにしつつ、時にはタクシー運転手として日銭を稼ぎながら、細々と研究を続けてきた。研究が完成し、嘗ての教授の罪を暴いた直後、“丸喜拓人”はペルソナの力に目覚めた。規格外の力を有するペルソナは、“丸喜拓人”の論文の実証性を100%引き出すことができたのだ。
“明智吾郎”曰く、<“丸喜拓人”のペルソナが目覚めたのは、20XX年の12月頃>だったらしい。論文が完成したのも同時期だろう。
対して、『こちら側』の丸喜さんは、大学を卒業するまでに論文を完成させられなかった。単位を貰えるレベルではあったものの、“丸喜”よりも精度が劣っていたのだろう。本人も満足していなさそうだ。
更には、末端と言えど須藤竜蔵との関りや長期間の休学等で周囲から色々言われたことで、丸喜さんは大学で研究を続ける道を選べなかった。その後は“丸喜”同様、日銭を稼ぎつつ研究を続けて今に至る。
<……論文の進捗、『あちら側』より速いってこと?>
<“『あちら』よりも後ろにあるスタート地点から完成間際まで漕ぎつけた”ことを加味すると、『こちら側』の方が断然速いよ>
<やっぱり、大なり小なり“須藤竜蔵と関わってしまった”ことが理由かなぁ。神取経由でセベク由来の技術も齎されてたみたいだし>
<それ以外にもあると思うけど。何せ、キミのジョーカーは“ペルソナ関係の事件”にどっぷり関わってる。そこからインスピレーションを得たんだろう>
<……なんか不安になってきたな。丸喜先生が生きてるからセーフだよね?>
<“僕”は最初から警戒しろって言ったぞ。今まで無視してきたのはキミの方じゃないか>
僕から向けられた視線を無視するように“明智吾郎”はそっぽを向いた。
予てから『こちら側』の丸喜さんが『あちら側』の“丸喜拓人”のように暴走する可能性を憂慮していたが故に、今更その可能性――下手すれば『あちら側』以上の被害が出るという予感を抱いた僕に対し「対応が遅い」と吐き捨てるのは当然のことなのであろう。
『あちら側』の“丸喜拓人”が【パレス】を有するペルソナ使いとして覚醒した際、僕達と同じ第5世代の要素のみで“明智吾郎”や“ジョーカー”を降す強さを有している。そこに他の世代絡みの知識や技術が組み合わさってしまったら――文字通り、手が付けられなくなってしまう。
今後は丸喜さんの動向にも気を配った方がいいかもしれない。僕がそう考えた途端、“明智吾郎”が満足そうに頷く。<これからでも、気を付けてくれればいいから>と言い残し、それきり沈黙した。
“彼”の視線は僕から外され、黎の方に向けられる。黎を通した別の人間――“彼”が愛した“ジョーカー”の面影を探しているように思えたのは、きっと僕の気のせいではないのだろう。
“彼”は暫し黎を見つめていたが、ややあって、小さくかぶりを振って視線を外す。その一瞬、黎の姿に重なるようにして、黒衣の怪盗――“ジョーカー”の姿が浮かび上がったように見えた。
(――え?)
僕は思わず目を丸くする。次の瞬間、“ジョーカー”が俺の方を向いた。――正確に言うなら、彼女の視線は僕ではなく、俯いてしまったっきり動かない“明智吾郎”に向けられている。“彼”に対して強い慈しみと悲しみを込めた眼差しを注いでいた“ジョーカー”は、決意を新たにしたらしい。小さく頷いて前を向いた。
「吾郎? どうかした?」
「え? あ、いや、なんでもない」
不意に、黎から声をかけられて、僕は慌てて首を振る。途端に、“明智吾郎”と“ジョーカー”の気配が一瞬で掻き消えてしまった。
今日はそれっきり“明智吾郎”の気配を感じなかった。そうして暫く、黎に重なるようにして浮かんでいた“ジョーカー”の姿も見なかった。
◇◇◇
『そういえば、社内でおかしな言動をするようになった人がいたな。その人は【怪盗団】肯定派なんだけど、最近は『【怪盗団】の正義を自分が体現するんだ』って、うわの空でいることが多いよ』
宝条さんが零していた違和感は、少しづつ、世の中にも波及しているようだった。
三島:ウチのクラスに【怪盗団】肯定派の生徒がいるんですけど、そのうち何人かの様子がおかしいんです。
吾郎:具体的には?
三島:『【怪盗団】の正義を自分が体現するんだ』ってうわの空でいることが多くなったかと思えば、他の生徒を『【怪盗団】肯定派になれ』って脅したり、同じ肯定派に対しては『【怪盗団】の信奉者であるならば、真の正義を体現しなければならない』って犯罪行為を強要しようとしたりするんです。俺も危うく、オヤジ狩りへの参加を強要されそうになりました。
吾郎:黎に連絡した? あと、生徒のフルネームは分かる?
三島:はい。連絡は既に済ませてますし、生徒の名前もリストアップして送信済みです。急いだほうがいいですよ! 特にオヤジ狩りを企ててた奴等、野球のバットや彫刻刀なんかを調達しようとしてるみたいで!
吾郎:殺意が高いな!
三島:あと、志帆の学校にいる【怪盗団】肯定派の生徒にも同じようなグループがいるようです。確かそっちは、『迷惑行為を続けるサラリーマンに痴漢冤罪を着せて豚箱送りにする』って息巻いてるらしいですよ! 関係者のリストは既に黎へ送ってますんで、よろしくお願いします!
【怪盗団】肯定派の古参・三島の周辺でも、自分と同じ考えを持つ過激派の活動っぷりを目の当たりにしているようだ。三島自身は彼や彼女達を諫めようと試みたようだが、危うく犯罪の片棒を担がされそうになったらしい。オヤジ狩りを企てていた連中が調達を試みていた武器のラインナップからして、殺意の高さが伺える。障害で済めば御の字、最悪の結末は殺人事件になりそうだった。
他にも――いつの間に親しくなったのかは不明だが――、転校後も連絡を取り合っていた鈴井志帆からも、過激な動きをしようとする【怪盗団】肯定派の情報を仕入れていたらしい。鈴井志帆も三島同様【怪盗団】肯定派で、遠くから【怪盗団】の活躍を応援している古参ファンの1人だ。彼女の親友である杏以外から、鈴井志帆の名前を聞くとは思っていなかった。
鴨志田の一件後、鈴井志帆は御影町の聖エルミン学園高校に転校している。勿論、彼女が転校してきた理由――鴨志田の被害者――であることは伏せられており、平和な学校生活を送っていたらしい。だが、獅童や奴の『駒』――智明の暗躍によって、聖エルミン学園高校やその周辺を取り巻く空気は淀み始めたようだ。
幾何かの間をおいて、三島は2つの事件の概要を纏めた情報を送ってくれた。
前者のオヤジ狩り計画は、【怪盗団】過激派に所属する生徒の知人の里親が、里子である生徒の知人を虐待している現場に居合わせたことから端を発しているらしい。
後者の痴漢冤罪計画も、【怪盗団】過激派に所属する生徒の身内が、迷惑行為の常習犯であるサラリーマンのせいで大怪我を負ったことから端を発しているのだとか。
(義憤に駆られて、ってヤツか。正当性があるが故に、【精神暴走】の対象者にされたってことだよな)
『このまま放置した場合、無辜の人々が【怪盗団】を陥れるためのスケープゴートにされることになる』――黎の言葉が脳裏をよぎった。
【精神暴走】させられている面々が狙うターゲットは、確かに善人とは言い難い。義憤に駆られて私刑に走ってもおかしくない程度には、ターゲットの悪辣さと【精神暴走】被害者達の正当性が保障されている。特に後者は、『【怪盗団】の活躍や【改心】に勇気を貰った』という動機が成立しても違和感が無かった。
彼や彼女達を野放しにした場合、彼や彼女達はターゲットに対して危害を加えるだろう。事件や裁判に発展した場合、彼や彼女達やその関係者の人生は滅茶苦茶になってしまう。もしかしたら、適当なタイミングで【廃人化】させられて殺されてしまう可能性もあった。どの道、禄でもないことになる。
【パレス】は悪人でなくとも生まれる――それは、双葉の一件で把握済みだ。それが成り立つのなら、共同住居的な異世界・【メメントス】でも、悪人じゃなくても心の歪みを持つ者がいてもおかしくない。
僕は試しに、三島が送ってくれた生徒達のリストを【イセカイナビ】に打ち込んで検索してみた。結果、全員の名前がヒットしたし、全員【メメントス】を根城にしていることが明らかになった。
確かに彼や彼女達は悪人ではないけれど、放置した場合、確実に犯罪へ発展する。犯罪を未然に防げるならその方がいいはずだ。【怪盗団】の仲間達も、彼や彼女達の【改心】を肯定してくれるだろう。
<……おい。あれ>
「? ……あれは、烏丸さんと来栖くん? それに、足立まで……」
何かに気づいた“明智吾郎”に促されて視線を向ければ、足立が烏丸六花と来栖暁の2人と何かを話しているようだった。足立は眉間の皴を深くし、烏丸六花と来栖暁は憂いを帯びた様子で俯いている。見るからに、何かあったことは明白だ。
僕は思わず聞き耳を立てようとし――足立と目が合った。互いに「あ」と零したのは、ほぼ反射。次の瞬間、奴は僕の方にちょいちょいと手招きしてきた。厄介ごとの気配を感じるが、足立と僕は運命共同体である。持ちつ持たれつ、取引関係を結んでいる身だ。逃げるわけにはいかず、僕は渋々奴の手招きに従った。
「明智くん、足立さんの知り合いだったの?」
「昔、一緒に事件解決のために協力したことがあってね」
烏丸六花からの問いかけに、僕は詳細を濁した上で淀みなく返答した。六花は暫し僕を値踏みするような――僕の言葉の真意を見抜こうとするような眼差しを向けてくる。
僕が居心地悪さを感じたのと、六花が「まあいいか」と言い残して暁に向き直ったのはほぼ同時。彼女は暁のことを心配しているようで、その他のことにはあまり関心が無さそうだった。
対して、暁は「俺は大丈夫」と微笑んでいるが、疲労と憂いが色濃くにじみ出ている。相手を心配させまいという気遣いだろう。心の中はもう限界に近いのかもしれない。
足立が僕を巻き込んだのは、「同年代の人間ならば話しやすいのではないか」と思ったためだろう。僕と六花は同じ学校で交流があったし、暁ともハワイで顔を合わせている。
特に後者は、彼と同じ秀尽学園高校に通う黎と一緒にいる姿を見ていた。六花と暁が情報交換をしていたのか、暁が僅かながらに緊張を解く。僕が経緯を問いかければ、暁が事情を説明してくれた。
「先日、里父に部活を辞めるよう強要されて、拒んだら暴力を振るわれたんだ。その場に居合わせた友人達は『理不尽だ』って怒ってくれたけど、俺と同じ【怪盗団】肯定派のうち何人かが物騒なことを言い出した」
秀尽学園に通う生徒が、暁に齎された理不尽に憤った――そこまでなら、まだ問題なかった。問題だったのは、『暁の里父に鉄槌を降そう』や『【怪盗団】の信奉者であるならば、真の正義を体現しなければならない』といきり立ち、里父に対する襲撃計画を立てたことである。
暁は里父に報復するつもりはなかった。勿論、傷つけるつもりも無い。だが、生徒達は話を聞かなかった。挙句の果てには、他の生徒達にも襲撃に加担するよう強要し始めた。特に、暁の恋人である六花には、他校生であるにも関わらず、付きまといと脅迫じみた調子で加担するよう要求しているという。
疲れ切った顔をした暁であるが、彼は憂いを帯びた眼差しを六花に向ける。暁は『養父に天誅を』と暴走する過激派に四六時中付きまとわれただけでなく、彼の拠り所である六花に対しても同じような迷惑行為を働かれているようだ。僕が彼の立場だったら、猫を被り切れなくなってブチ切れてもおかしくない。
というか、この話、つい先程どこかで見た覚えがある。
具体的には、三島とのチャット。
(……三島が言ってたオヤジ狩りのターゲットは、足立の父親のことか……?)
「里母からも『公務員か一流企業に就職しないのなら、里親としての役割を放棄する』って言われたばかりなんだ。今回の話を知られたら……」
暁は酷く怯えた様子で自分の服の袖を握り締めた。里親の足立夫婦から冷遇されても尚、彼や彼女に縋り付こうとしている。「自分の居場所はそこしかない」と思い込んでいるかのように。
「足立さんとの里親制度を解消したら、秀尽から転校しなきゃいけなくなる。近隣の施設からじゃ通えないし、六花に会うのも難しくなるんだ」
暁の視線の先には、哀しそうな面持ちをした六花がいた。互いが互いにとって唯一無二の存在で、自分がどんな苦境に陥っても立ち上がって戦える理由だったのだ。
実母とそのパートナーによって玩具にされそうになった烏丸六花が踏み止まれたように、里親夫婦に冷遇された来栖暁が必死になって耐え忍ぼうとしたのだろう。
暁と六花は顔を見合わせた後、自分達の関係を訥々と語り始めた。
嘗て、暁と六花は巌戸台に住んでいた。2人が出会ったのは長鳴神社で、浮気三昧だった実母からの虐待を受けた六花を、材料の買い出しをしていた来栖兄弟が見つけたことが交流のきっかけだったらしい。当時の六花の父親は仕事が忙しく、妻が浮気していることに気づいていなかったそうだ。
やせ細った六花を来栖兄弟は放っておけず、父と祖父が共同で経営していた喫茶店へ六花を招いた。そこで来栖兄弟は六花に料理を振る舞い、六花の実母が戻ってくる時間帯まで一緒に過ごしていたという。暫くの間、来栖家と烏丸家には穏やかな時間が流れていた。
だが、ある日突然、暁の兄と父が不審な死を遂げてしまう。2人は復讐代行サイトに殺害依頼が書き込まれていた。依頼者は『本当に殺害するとは思わなかった』と警察に自首したが、実行犯は未だに逮捕されていない。結果、暁の母親は心を病んでしまい、いつしか【無気力症】を患ってしまう。
「丁度その頃、お父さんがついにあの女の浮気に気づいてね。離婚調停を始めとしたトラブルが原因で、わたし達一家は巌戸台を離れることになったんだ」
「あの女には苦労させられたよ」と六花が肩を竦める。烏丸家が巌戸台――来栖家から離れたのは、後ろ髪を引かれる思いがあったようだ。恩人一家が苦しんでいるのを見捨てるような形で巌戸台を去った父と子は、どんな気持ちだったのだろう。僕には類推することすら難しい。
烏丸家が巌戸台を離れてから暫くして、奇跡的に、暁の母親の【無気力症】が回復した。
だが、病んでしまった精神の回復までには至らず、情緒不安定な状態が続いたらしい。
「2010年の1月31日。母は突如深夜に外出し、翌日の2月1日の朝に帰って来た。……そのときにはもう、完全におかしくなっていたんだよ」
「おかしくなった、って?」
「インチキ宗教に嵌ったんだ。ニュクス教、って言った方が分かりやすいかな?」
僕は頭を抱えて叫びたい衝動に駆られたが、どうにか踏み止まる。足立は眉間の皴を更に深くした挙句、無言のまま天を仰いだ。
6年越しの置き土産。今はもう形すら残っていない、【影時間】を悪用した殺人を行っていた犯罪集団・ストレガがばら撒いた終末思想――それがニュクス教だ。
制御剤の副作用で長生きできないことを悟っていたストレガの3人――タカヤ、ジン、チドリさんは、人災によって目覚めた死の権化・ニュクスを神格に据えた宗教を作り出した。
『自分達はどうせもうすぐ死ぬのだから、世界がどうなろうと関係ない』、『この世界なんて滅んでしまえばいい』という諦めが、ニュクス教の終末思想に影響を与えている。
1月31日は【放課後課外活動部】がニュクスと最終決戦を行った日だ。あの日、巌戸台だけじゃなく、世界中の人間が【影時間】を視認できる状況だった。ニュクス討伐で【影時間】は消滅し、【放課後特別課外活動部】は戦いに関する記憶を失った。その後、紆余曲折の末に記憶を取り戻している。
僕等以外の一般人は、【影時間】の適性を持たない者が大半である。故に、最終決戦の【影時間】のことを覚えている人間は殆どいない。しかし、来栖暁の母親は【影時間】の出来事を覚えていた。【影時間】中にニュクスの姿を視認したことを覚えていたため、ニュクス教の終末思想に憑りつかれてしまったのだろう。
「周りの人達がニュクス教から興味を失っていく中、母さんだけがその宗教にのめり込んでいった。俺は母さんの宗教狂いを辞めさせようとしたけど、激高した母さんは俺に暴力を振るった。そのときおじいちゃんが俺を庇ってくれたんだ。でも、そのときに負った怪我が原因で亡くなった。母さんは警察に連れていかれて、今では檻付きの病院に入れられてるらしい」
「……お母さんの経過は?」
「音沙汰がないから、特に変わってないと思う。最初の頃は『他の患者にニュクス教を信仰するよう強要してる』って話を聞いたけど……」
僕の問いかけに、暁は淡々とした調子で答えた。話を聞く限り、彼にとって唯一の肉親は檻付きの病院にいる母親だけらしい。他の親戚達は遠方に住んでいたのと、暁の母親の件が理由で、引き取りを拒否されたのだという。結果、暁は巌戸台にある施設で暮らすことになった。
それから暫く経過した頃――おそらく、足立が八十稲羽へ左遷される前後の時期に――、暁は足立夫婦の里子として引き取られ、東京の中学校に転校する。そこで彼は六花と再会して恋人同士となり、今に至るとのことだ。
遠方の檻付き病院に入院している母親と、引き取りを拒否した親戚達。この時点で、来栖暁にとっての安全地帯は里親の足立家と恋人である六花の家に限られる。だが、里親との仲が悪化したことで足立家は安全地帯ではなくなった。六花の家も、過激派の突撃によって安寧が壊されている。
にっちもさっちも行かなくなった暁は、里親の実子で現職警察官の足立に助けを求めた。面倒事の気配を察知した足立だが、凛さんとのアレコレを彷彿とさせるような状況を放っておけなかったのだろう。渋々2人から事情を聞き、今後の立ち回りを考えているときに僕がやって来たらしい。
僕が事情を把握した直後、暁のスマートフォンが鳴り響く。画面に表示された名前は
暁が酷く怯えた面持ちになり、足立と六花が剣呑な顔つきになったのは、暁の里父/足立の実父のフルネームだったからだろう。
助けを求めるように視線を向けてきた暁に対し、足立は視線で応える。暁は小さく頷いて里父の電話に出た。その隣で、足立と六花がスマホを操作する。会話を録音するつもりらしい。
『先程警察から連絡があったぞ。お前、学校で変な生徒と関りを持っているらしいな?』
「あいつ……!」
父親の言葉を聞いた足立が小声で舌打ちした。どうやら足立以外に暁の事情聴取をしていた警察官がいたらしく、ソイツが善意――或いは職務の一環として、足立家に今回の件を報告してしまったようだ。
多分、この電話が終わった後、足立は下手人を詰めに行くのだろう。善意で人の背中を撃ってくる連中は、悪意を持って襲い掛かってくる奴等とは別ベクトルで厄介な存在だった。閑話休題。
『引き取ってやった恩を無碍にした挙句、警察の世話になるような問題を起こすとは。お前は何度私達夫婦の期待を裏切れば気が済むんだ?』
「ま、待ってくれ! 俺はただ巻き込まれただけで、誰かを傷つけたり困らせるような真似は何もしてない!」
『今までのことを鑑みるに、お前の言葉など信じるに値しないな。ここまで傷がついたお前には最早何の価値もない。今回の件が片付き次第、里親の解消手続きをしなければな』
顔面蒼白になった暁は必死に弁明したが、足立の父親は暁の言葉を信じようとはしない。彼等が“
このまま電話は切れてしまうのかと思ったが、次の瞬間、足立が暁のスマートフォンをひったくる。そのまま、2人の会話に割り込むようにして足立が声を張り上げた。
「コイツが言ってることは事実だよ。来栖暁は他者に対して、犯罪行為は何1つとして行っちゃいない。タチの悪い連中が一方的に絡んできたせいで被害を被ったんだ。これ以上問題が大きくならないように、今までの被害を警察に相談しに来ただけに過ぎない。一歩間違えれば、アンタの身にも危機が生じることになると判断したからなんだぞ」
『だとしても、暁のせいで私達が被害を被りかねない事態に陥ったのは事実だろう。私達に対して不利益になるようなことしかしていない。我々はもう暁とは無関係だ。私と家内の安全のため、里親制度が解消されるまでの間、暁には荷物を纏めて家を出て貰う』
足立の父親は、電話を切るまでの時間をほんの少し伸ばしただけに過ぎなかった。暁との里親制度を白紙にすることだけでなく、先んじて足立家から暁を追い出すことにしたらしい。
途方に暮れる暁を見て居られなくなったのか、足立は深々とため息をついた。このまま放置しても過激派に追い回されて疲弊するし、暁が安心して心身を休める場所もない。
施設に入るにしたって、手続き等で時間がかかる。ホテル暮らしや部屋を借りるにしたって金が必要だ。生活費を削られていた暁の様子からして、貯金残高も心もとなさそうだった。
「……しょうがない。事態が落ち着くまでの間なら、僕ん所で匿ってあげる。警察官が住んでいるなら手を出しづらくなるだろ」
暫し悩んでいた足立だったが、覚悟を決めたように言い切った。それを聞いた暁が安堵したように表情を和らげた。
他にも、足立は暁の滞在だけでなく、六花が住んでいる家の周辺の巡回を強化するよう手を回すようだ。奴から「仕事が終わるまで暫く待ってて」と言われた暁と六花は頷き、一旦この場から離れていく。
それを見計らい、足立は僕の方に視線を向けた。奴が何を言わんとしているかを察した僕は【イセカイナビ】を起動し、足立利幸の名前を打ち込んでみる。
程なくして、『ヒットしました』というアナウンスが流れた。足立利幸が根城にしている場所は【メメントス】の下層部。【パレス】を有する程ではないが、心に歪みを抱えているらしい。
それを見た足立は何を思ったのか、僕のスマホを勝手に捜査し始めた。【イセカイナビ】に打ち込まれた名前は
僕が文句を告げるより先に、『ヒットしました』というアナウンスが流れる。足立美映子も【メメントス】の下層部――足立利幸と同じフロアを根城にしていた。
「…………」
「…………」
僕と足立は無言のまま、お互いに視線を向け合った。
足立は社会人で警察官。表向きは【怪盗団】を追いかけているが、獅童正義を出し抜くために僕と手を組んでいる。奴はしょっちゅう愚痴を言っているが、それは氷山の一角なのだろう。僕以上に多忙であることは容易に想像がついた。両親と自分自身の関係に思うところがあっても、【怪盗団】と一緒に【メメントス】に乗り込む余裕はない。
僕は今まで、何度か足立に便宜を図ってもらった側の人間である。奴のことはあまり好きではないし腐れ縁みたいな奴だけど、コイツの現状を知っている上で放置することに罪悪感を覚えるレベルには情があった。だから僕は、黎や【怪盗団】とのチャットを開き、現状を報告する。程なくして、足立夫婦の【改心】は全会一致で可決された。
その様子を指し示せば、足立は安堵したように表情を緩める。
「頼んだよ。……ごめんね」――そう零した横顔がどこか申し訳なさそうに見えたのは、僕の気のせいだったのだろうか。
◇◇◇
奥村社長を【改心】させるための下準備――もとい、戦力強化に向けて、僕達は【メメントス】に乗り込んだ。今まで溜まった依頼を解決しながら、奥村社長の関係者を次々【改心】させていく。彼等は比較的浅い階層を徘徊しており、【パレス】を徘徊していたシャドウと同程度の強さだったこともあり、手早く済ませることが出来た。
関係者達はは奥村社長への憤りによって心を歪ませてしまい、奴に対して暴力的な強硬手段に出ようとしていた。最初は『奥村社長に自分の罪を自覚させるには、痛みを伴う措置が必要だ』と主張していたが、【改心】後は正気に戻ったらしい。自分達の短慮さを恥じ、『最悪な結果になる前に止めてくれてありがとう』と感謝の言葉と共に、自らの心へ還っていった。
中には『どうして自分は、暴力的な手段しかないと思っていたんだろう』、『一歩間違ったら死人が出たかもしれないのに、それが正義だと思い込んでしまっていた』と恐れ戦いた人もいる。宝条さんが齎してくれた情報でも、“暴力的な手段を講じるような人間ではない”と太鼓判を押されていた人であった。
『俺達が【メメントス】でたむろしてたとき、声をかけられたんだ』
『会社や社長への不平不満を聞いた彼が、突然、黒い靄みたいなものを生み出したんです。それに飲み込まれた後、急に、会社や社長への強い怒りを抱くようになって……』
『その子、怜極学院高校の制服を着てたの。キミ達と同じくらいの年齢だった。確か、
『変な奴だったよな。そいつは堂々と顔を晒してたのに、
被害者達の証言を纏めると、いつぞや【パレス】で聞いた獅童側のペルソナ使い――【廃人化】の専門家・獅童智明の特徴と一致する。
案の定、オクムラフーズ関係者の様子がおかしくなった原因は“獅童智明による【精神暴走】”が原因だったらしい。
もしも【改心】が遅れていたら、彼や彼女達は獅童達によってスケープゴートにされていただろう。僕等が安堵したのは当然だった。
ただ、ノワールが身売りさせられる相手・鈴木夏生やその父親に関しては、【イセカイナビ】で検索してもヒットしなかった。奥村社長の【パレス】で対峙した認知存在はノワールを手籠めにしようとしてきたが、現実世界の鈴木はそこまで乗り気ではないらしい。鈴木側は多少舞い上がっただけで、それを見た奥村社長が『政略結婚に乗り気だ』と思い込んだ可能性が出てきた。
奥村社長の関係者を【改心】させるという強行軍を終えた僕達は、【怪盗お願いチャンネル】や関係者から頼まれた依頼の片づけと、【怪盗団】過激派の【改心】に乗り出す。彼等はより下層を根城にしており、徒党を組んで【メメントス】の一角を占拠していた。
【改心】の依頼で戦うシャドウは基本1体/1人で行動していることが多く、たまに複数体――2~3体のグループを組んで現れることが殆どだ。だが、今回僕達が【改心】することになった【怪盗団】過激派は、少なくとも4体以上のシャドウで構成されていた。
『幾ら何でも数が多すぎるだろ!?』
『弱点属性でのダウンから、ホールドアップを狙うわよ! もしくは範囲攻撃で全体にダメージを与えていくのも手だわ!』
『任せて!』
敵の多さに苦言を呈したスカルに対し、ナビから齎された情報を受けたクイーンが戦術の分析を行う。それを聞いたジョーカーが、ペルソナを切り替えて全体攻撃を撃ち放った。
暫しの格闘を繰り返した後、やっとシャドウ達は戦意を喪失したらしい。異形としての姿が弾け飛び、元の人間形態へと変化した。
彼や彼女達は暫くへたり込んでいたが、【怪盗団】の誰かしらが声をかけると驚いたように声を上げる。そして、ぱあっと表情を輝かせた。
『ウワーッ!? ほ、本物の【怪盗団】だァ!』
『わ、私、みなさんのファンなんです! いつも応援してます!』
『あ、ああ……』
『ねえみんな。今までのこと、覚えてる?』
彼等の食いつきに気圧されたフォックスが流されるままになっている。【怪盗団】の中でも僕達を振り回す側になりがちな男の反応にしては、とても新鮮だった。
【怪盗団】過激派は暫し僕等に『ファンです』、『会えて光栄です』、『いつも応援してます』、『みんなから勇気を貰ったんです』等と激励の言葉を向けてくる。
ひとしきりそれらに感謝の言葉を述べた後、ジョーカーは彼や彼女達に今までのことを問いかけた。途端に、過激派の面々は目を丸くして首を傾げる。
『何かあったんですか?』
『みんなは【精神暴走】状態になっていてね。現実世界では、素行のよろしくない人間に対して、犯罪を用いた報復を行おうとしていたんだ。その余波で、私達に襲い掛かって来たんだよ』
『ええッ!!? ぼ、僕達が【怪盗団】に襲い掛かったァ!!?』
ジョーカーから話を聞いた過激派連中は悲鳴を上げてひっくり返った。顔面蒼白になって狼狽する者、誰かしらの前で土下座を繰り返す者、『もう生きていけない』と自害を図ろうとする者等様々だ。文字通りの阿鼻叫喚である。僕等はどうにか彼や彼女達を宥め、話を聞くことにした。
【怪盗団】の過激派達も――先程僕達が【改心】したオクムラフーズの関係者同様――、【メメントス】で
その後も【メメントス】を探索していく間、他の【怪盗団】過激派グループを【改心】させていったが、殆どの面々が同じ証言をした。
彼や彼女達は“報復対象者への義憤はあれど、犯罪に手を染めてでも、相手を破滅させたい”と考えていたわけではない。正当な手段を講じようとしていたのだ。
故に、自分達の過激な行動と【怪盗団】への敵対行為を耳にした面々は大層驚き、あまりの恐怖体験からパニックに陥ってしまった。
自分達が【怪盗団】によって救われたことを悟った過激派一派は、僕達に感謝の言葉を残して心の海へと還っていった。手遅れになる前に【改心】することができて本当に良かった。
「後は、足立さんからの依頼だね」
「“実子や里子に対して、自分の理想の子ども象を押し付けてくる親”か。わたしの【パレス】に巣食っていた、偽物のお母さんみたいなヤツなのかな……」
最後の【改心】対象者――足立利幸と美映子夫婦の話を思い出したのか、ナビが当時の出来事を思い出すようにして目を伏せる。双葉の母親を象った化け物の言葉は、今でも色褪せない。
『親の思い通りにならない子どもは要らない』、『親の言うことを聞かない子どもは死ね』――足立夫婦は直接言葉にしないだけで、内心はそれに近しいことを考えているのだろうか。
「聞いたか? 兄の息子は一流企業の重役に出世したらしい。近々家をリフォームする計画を立てているようだな」
「従姉妹の娘は由緒正しい女子大を卒業し、海外に留学しているんですって。将来は海外で仕事をするのが夢だそうよ」
「姪が外交官の息子と結婚したそうだ。海外の教会で大きな式を挙げたようだな。出席者の中には財界の関係者も多くいたとか」
「叔父の義兄さん、里親制度でまた新しく里子を迎えたそうよ。その子、この前テレビで紹介されていたの。新進気鋭のピアニストですって」
「ヤツが最初に迎え入れた里子、養子縁組をしたようだ。テレビで取り上げられていたぞ。次は優秀な子どもを養子に迎えた方がいいかもしれん」
夫婦が潜んでいると思しき歪みに足を踏み入れる。足立夫婦は僕達が近づいてきたことに気づかず、暫し2人で話を続けていた。
会話内容は全て“親戚縁者による身内自慢”ばかり。誰の噂話も成功談で締めくくられている。夫婦はそれが気に喰わないようで、「それに比べて透は」だの「里子の暁は」だのと愚痴を零していた。僅かに伺えた夫婦の横顔は、薄暗い劣等感が滲んでいる。
足立の一族は身内の肩書で優劣や序列が決まるタイプの家系らしい。常日頃から一族は自分の子々孫々の優秀さを競い合い、自分より劣る者を蔑んでいた。嘗ての利幸と美映子は蔑む側にいたようだが、足立の左遷や暁の成績不振で蔑まれる側に転落しつつあるようだ。
夫婦にとって、足立も暁も“自分達の価値を保証し、底上げするための
左遷された足立の帰る場所を潰したのは宝飾品の処分で、里親制度を利用して暁を迎え入れたのは新しい宝飾品が欲しかったから。
後に足立の価値が上昇したから、夫婦は奴の恋人である凛さんにちょっかいを出した。暁の価値が下落したから、里親を解消しようとした。
「自分の子どもが優秀であることがそんなに大事なの? 肩書だけが人間の価値だって思ってるワケ?」
「アダチも、アダチの恋人であるリンも、里子のアキラも、アキラの恋人であるリッカも、オマエ達夫婦のアクセサリーじゃねえんだ。気軽に付け替えていいモノじゃねえんだよ」
パンサーとモナから声をかけられたことで、足立夫婦は【怪盗団】の存在に気づいたようだ。劣等感で凝り固まった愚痴を止めた2人は、忌々し気に【怪盗団】を睨みつけた。
「お前達のような賊になど、我々の気持ちは分からないだろうさ。事あるごとに『それに比べて、お宅の透くんは』、『お宅の暁くんは』と、周囲の奴等から憐れみの目で見られることがどれ程惨めだったか!」
「親戚と顔を合わせる度に、『育て方が悪いんじゃないか』、『環境が悪いのではないか』、『親としての努力が足りないのでは』と嫌味を言われ続けるのよ!? 透が左遷されなければ、暁の成績が低迷しなければ、私達ばかりがこんな風に責められることはなかったのに!!」
「肩書は、成功者か否かを判別できる一番分かりやすいステータスなんだよ。成功者であること、成功者で在り続けることを保証する、唯一絶対のモノだ」
「誰からも蔑まれることなく、誰からも否定されることなく、誰からも踏み躙られることなく生きていくためには、成功者で在り続けなければならないの! 勿論、家族全員がね!!」
利幸と美映子は声を荒げると、そのまま異形へと姿を変えた。紫の肌と虚ろな白目が特徴的な小鬼で、手足はがりがりにやせ細っている。ただ、腹部――胃の周辺だけがぽっこりと大きく膨らんでいた。
保険か家庭科の授業で聞いたことがあるが、“手足がやせ細っているのに腹部だけが膨らんでいるのは、飢餓状態を示す典型的な特徴である。腹部が膨らんでいるからと言って安心してはいけない”らしい。
成功者であることを示すステータス――地位と名誉を求め続けた果てに、幾らそれを手に入れても満足できない心理状態に陥ったのだろう。そういう意味では、この夫婦は常に「飢えている」と言えた。
<……馬鹿だな。そんなもの、幾らあったって――>
呆れているのか、憐れんでいるのか、懐かしんでいるのか、そのどれにも当てはまっていないのか。小さく独り言ちた“明智吾郎”が何を考えていたのかは分からない。
しかし、何かに思いを馳せていた時間はほんの僅かだった。“彼”は眦をつり上げて足立夫婦を睨みつけると、即座に戦闘態勢を取った。やる気満々である。
【怪盗団】からは未だに警戒対象にされてはいるものの、やる気満々の“彼”の心意気を無下にするつもりはない。僕はロキを顕現し、万能属性の攻撃を撃ち放った。次はロビンフッドを顕現し、祝福属性を撃ち放つ。それを喰らった夫婦は悲鳴を上げた。
祝福属性以外では、利幸は火炎属性、美映子は打撃攻撃に対しても非常に弱いようだった。火炎属性攻撃を持つパンサーや物理全般を得意とするスカル等が攻撃の中核を担い、足立夫婦を追い詰めていく。
しかし、足立夫婦はしつこかった。元々高い体力を持っているだけでなく、【怪盗団】の体力を吸収して自分達の傷を癒すことで食い下がってきたのだ。並々ならぬ執着が形になったのだろう。
「文字通りの餓鬼だな。だが、その醜悪さ、芸術家として目を惹くモノがある……!」
「スケッチするなら終わってからにしろよオイナリ! ――よーし、これでどうだ!?」
フォックスと軽口を叩き合っていたナビが、ホログラム調のキーボードを叩いた。援護が発動し、【怪盗団】の身体能力が一時的に上昇する。
それを受けたジョーカーの範囲攻撃が直撃し、足立夫婦は崩れ落ちた。異形の姿は爆ぜるように消えて、元の姿に戻った2人がへたり込む。
後は夫婦が心の海に還っていけば、【改心】は完了だ。僕等がほっとして戦闘態勢を解いた瞬間、ナビと“明智吾郎”が鋭く息を飲んだ。
「この反応……奥村の【パレス】のときに出てきたヤツと同じだ! シャドウに干渉しようとしてる!!」
<気を付けろ! 相変わらず居場所は把握できないが、まだ何か仕掛けるつもりだ!>
ナビの警告を聞いた仲間達が慌てて周囲を見回す。“明智吾郎”の声を聞けた僕と、何かを察知したジョーカーは、戦意を失ったはずの足立夫婦に向き直った。
奥村社長の【パレス】を攻略中、僕等は不可解な動きをするシャドウを見かけている。僕等の気配に気づいていなかったはずの係長ロボが突如弾かれたように振り返ったり、離れた位置にいたはずの部長ロボが真っ直ぐ僕等のいる部屋へ入って来たり等、第3者から【怪盗団】の居場所を知らされたような動きを見せたのだ。
シャドウがそんな動きをした2回とも、ナビは『【怪盗団】以外の何者かの気配』を察知していた。ナビゲート特化型のペルソナでも気配を察知することが精一杯の相手――それ程のペルソナ使いは、僕が知っている限り、みんな手練ればかり。だが、【パレス】に直接介入できるという条件を満たす人物は皆無である。
可能性があるとするならば、【メメントス】探索中に何度も耳にした
戦意を失くしたはずの足立夫婦が立ち上がる。しかし、その動き方は、ケースから出された直後のマリオネットを彷彿とさせるような不気味さを孕んでいた。
どこからともなく黒い霧が沸き上がり、足立夫婦を包み込む。それが2人の身体に吸収された途端、足立夫婦は大きく白目を見開いて絶叫した。
再び人間形態が爆ぜるように解け、異形の姿が露わになる。
「傷ついた
「無価値な存在は、消えろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「嘘……。さっきのシャドウと姿が変わった!?」
ノワールが息を飲むのも無理はない。実際に、夫婦の異形の姿は先程の餓鬼ではなくなっていたからだ。
肌の色は紫から土のような黄土色へ変色し、体躯も大柄になった。顔からは目が飛び出し、触覚のような有様となっている。口も更に巨大化し、腰の部分まで広がった。涎をまき散らしながら肩書を欲するその姿は、先程の餓鬼とは比較にならない程の強さと飢えを抱えている様子だ。
弱点も変化し、利幸は火炎属性に対して、美映子は物理攻撃全般に対して高い回避力を有するようになった。唯一変わらなかったのは祝福属性のみ。魔法攻撃が得意なペルソナ使いであるパンサー等は美映子に、物理攻撃を主体にしているスカル等は利幸にターゲットを変更し、攻撃を仕掛ける。
餓鬼の時点で高い耐久力を誇っていた足立夫妻だが、第3者からの干渉によって強化されたことで更に強力なシャドウになっていた。
耐久力だけでなく、攻撃力も上昇している。爪を使った連続攻撃、武器を握る手を狙った攻撃、体力を奪って自分の物にする吸血攻撃。
冷気属性を使わなくなったからといって、戦うのが楽になるとは限らないようだ。一進一退の攻防が続く。
「射殺せ、ロビンフッド!」
「お願い、アルセーヌ!」
ロビンフッドとアルセーヌの攻撃を受け、漸く夫婦は膝をついた。
異形の姿は溶けるように消え去り、利幸と美映子の姿へ戻る。
だが、2人はまた先程と同じように立ち上がって奇声を発した。
人間の言葉とは思えない叫び声と、穴と言う穴から黒い液体を垂れ流す形相。
あまりに状況に、思わず僕等は後ずさりする。
「な、なあ。なんか様子、変じゃないか!?」
「マズイな。このまま【精神暴走】が続いたら、アイツ等が【廃人化】で死んじまう!」
「ナビ、反応の場所分かる!?」
「ダメだ! 気配が微弱過ぎて追えない!!」
違和感を感じて身構えたスカルに対し、モナは鬼気迫った顔で警告した。それを聞いたクイーンがナビに解析を頼むも、介入者が潜む場所を見つけることが出来ないでいる。
このままでは足立夫婦が死んでしまう。足立は実の親、暁は里親である利幸や美映子に対して思う所があったのは事実だ。だが、2人は夫婦に死んでほしいとは思っていない。
僕達【怪盗団】だって、2人を死なせたいわけではないのだ。【改心】専門のペルソナ使いとして、この状況を見過ごすことは出来なかった。だから、何とかして現状を打破する方法を探そうとし――
「――よろしくゥ、パラスアテナァ!」
「――Come On、ミカエル!」
聞き覚えのある声と共に、明後日の方向に向かって攻撃が叩き込まれる。前者が物理攻撃、後者が万能属性攻撃だ。次の瞬間、様子がおかしかった足立夫婦はそのまま崩れ落ちた。
何事かと振り返った先にいたのは、声の主――上杉秀彦さんと桐島英理子さんである。2人が駆け寄ってくるのと、ナビが「反応が消えた」と声をあげたのはほぼ同時だった。
「秀彦さんと英理子さんは、どうしてここに?」
「収録帰りに不審な行動をする学生を見かけてな。ペルソナの共鳴現象が発生したから、そいつのことを追いかけたんだ」
「彼をTrackingしていたら、謎の力によるMetastasisに巻き込まれてしまったみたい。気づいたら、この異世界に迷い込んでしまったようですの」
話を聞く限り、秀彦さんや英理子さんはテレビ局で撮影を終えた直後に【メメントス】へ転移してしまったようだ。2人が追いかけていた不審者が何かをした結果、転移に巻き込まれたらしい。鴨志田の【パレス】を攻略していたとき、僕達の【イセカイナビ】に巻き込まれて転移してしまった杏と同じ理屈なのだろう。
【メメントス】に転移してしまった後、秀彦さんと英理子さんはペルソナの共鳴現象を駆使して不審者の行方を捜した。その結果、足立夫婦のシャドウと戦っていた僕達の元に辿り着いたようだ。僕等から見れば明後日の方角であっても、2人にとってはペルソナの共鳴現象の出所に攻撃を仕掛けた形になる。
足立夫婦に介入していたペルソナ使いは、上杉さんと英理子さんの攻撃を受けた途端に撤退してしまったようだ。僕等の周辺や【メメントス】内には反応は見られないという。これ以上の介入――足立夫婦の【精神暴走】が発生しないことに安堵した僕達は、夫婦が目覚めるまで待つことになった。
いつもなら【改心】後にすぐ目覚めるのが普通だ。だが、無理矢理【精神暴走】させられて強化されてしまった足立夫婦の場合、目覚めるまで時間がかかるらしい。
ようやく目を覚ました足立夫婦は、途方に暮れたように項垂れていた。
心なしか、戦う前よりもひどく疲れ切ったように見える。
「我々は常に、見える成果だけで評価されてきた。いくら努力しようが、それが結果に結びつかなければ否定される。その果てに、一族から見捨てられた者を何人も見てきた。私自身も見捨てられそうになったことがある」
「私達が目に見える肩書を手に入れただけでは、安寧は訪れなかったわ。子どもの有無、子どもの成績、子どもの肩書……それがずっと付いて回った」
利幸も、美映子も、肩書を重要視する一族に生まれ育った。そこで育まれてきた価値観こそが、夫婦にとっての絶対であり正義だった。故に、その物差しで息子や里子を推し量ろうとしたのだろう。
最初のうちは“この一族で生まれ育ち、死ぬまで一族の価値観に振り回されるであろう足立が苦労しないように”という善意も混じっていたのかもしれない。
しかし、肩書で優劣を決める一族の環境に晒され続けたことで、足立夫婦は“自分達が成功者で居続けるために、息子や里子に期待を押し付ける”方へ傾いた。
「正直、驚いたよ。我々が見捨てた透が、我々よりも劣っていたはずの透が、我々よりも充実した生活を送っていたことに」
「反発して家を飛び出した姉さんも、貧乏暇なし生活だった。でも、家にいたときよりもずっと楽しそうだったわ。あんな風に笑った姉さんを見たのは初めてだった」
「……私は、何を焦っていたんだろうな。周囲の成功談に振り回されて、肩書ばかりに拘って。挙句の果てには自分の人生だけでなく、透や暁の人生まで滅茶苦茶にして……何も残っていないじゃないか――」
「私達こそが、あの子たちの――
2人の姿が掻き消える。【改心】が成功し、心の海へと還っていったのであろう。残されたのは2人の【オタカラ】の元――古びた参考書と答案用紙だ。超有名大学の過去問題集であるソレには、回答ページには沢山の付箋とマーカーが引いてあり、同じ問題群を解いた解答用紙が何枚もまとまっていた。
だが、僕は足立から聞いている。奴曰く、『両親はこの超有名大学を志望して勉学に励んでいたが、受験に失敗してしまった』らしい。件の大学は肩書としての知名度だけでなく、受験が厳しい方面での知名度が高い超難関大学でもあった。親や一族からの期待――或いは重圧の中、どんな思いで受験勉強に励んでいたのか。
試験勉強をしている間も、受験に失敗した後も、散々周囲から蔑まれたのだろう。『出来損ない』だの『傷ついた
足立夫婦が挫折するのは、今回で2回目だ。一族の価値観から解放されたことが、どう作用するかまでは分からない。
ただ、少なくとも、“足立と暁が2人の価値観に振り回された挙句、人生の危機に陥る”ようなことはもう二度と起こらないだろう。
【オタカラ】の元を回収した僕達は、秀彦さんと英理子さんと共に【メメントス】を後にした。渋谷に戻ってきて早々、僕のスマートフォンにメッセージが入る。
足立:両親が里子に謝罪したみたいだ。『今までの罪滅ぼしとして、高校卒業後も面倒を見る』ことを約束してたらしい。僕と凛ちゃんの関係についても、干渉するのをやめるってさ。
事務的なメッセージだったが、足立にしては随分頑張った方ではなかろうか。このメッセージを入力していたアイツの姿を思い浮かべるだけで笑いが込み上げてきたので、それでチャラにしておこう。
***
――そうして、来たる作戦決行日。
予告状は春本人が奥村社長の机に置いておくこととなった。奥村社長の反応は春に任せてある。
僕達は大人しく学生生活をこなし、放課後にルブランへと集まった。
「お父様、警察関係者とつるんでいるみたいなの。誰かに連絡して『警察を動かせ』って命令してた」
「その結果が予告状バレってことか。日時まで報道されてるもんな……」
「ネットでも大騒ぎになってる。誰も彼もが【怪盗団】を支持してるが、その大半の書き込みが面白半分のものばっかりだ」
春が険しい面持ちで、竜司が途方に暮れたような顔をして、双葉が憤りを溢れさせながらため息をつく。
「手段と目的が完全にすり替わったな。民衆は俺たちを娯楽として消費しようとしている。『何でもいいから偉い奴の土下座が見たい』という理由でだ」
「どうしてこうなっちゃったんだろうね。最初はただ単に、苦しんでいる人を勇気づけたかっただけなのに」
祐介は端正な顔を憂いに歪ませ、杏は悲しそうに俯く。僕等の初志と願いは、その対象者たちによって、こんな形で歪ませられてしまった。
『自身の存在が「要らない」ものとなってもいい』と言っていた黎のことが気になり、僕はちらりと彼女に視線を向ける。
透き通った灰銀の瞳には、一切の揺らぎがない。彼女の眼差しはどこまでも真っ直ぐで、自分の為すべきことに対して迷いはなかった。
有栖川黎はこんな状況下にあっても、鴨志田【改心】戦勝会で述べた言葉を忘れていなかった。彼女は最初から最後まで初志貫徹の在り方を貫くつもりらしい。
<こんなときでも民衆に使い潰される覚悟ではなく、正義を貫く覚悟をしていたんだな>
黎の姿を見ていた“明智吾郎”であったが、奴が黎の上に“ジョーカー”の面影を重ねていることは容易に想像がつく。
“彼”が“ジョーカー”の仲間に加わったのは10月後半から11月半ばで、丁度今頃は【怪盗団】を嵌めるために暗躍していた最中だ。
今僕等が直面している状況を重ねた結果、『向こう側』の出来事や当時の“ジョーカー”のことを思い出したくなる気持ちは分からなくもない。
「それでも、私の正義は変わらない。理不尽に苦しんでいる人を助けたいんだ」
「黎……」
「獅童正義を【改心】させ、すべての罪を終わらせる。そのためにも、奴のスケープゴートとして利用されそうになっている奥村社長を放っておくわけにはいかない。彼もまた、獅童の計略によって、理不尽な命の危機を迎えている被害者なんだから」
今回の【改心】は、獅童正義を追いつめるための一歩だ。【廃人化】に係わる連中たちが振りまく理不尽との直接対決である。奴らの標的は【怪盗団】と奥村邦夫で、双方共に超弩級の理不尽が降りかかることだろう。それを止めなくてはならない。
「奥村社長を【改心】させることは、理不尽から彼を救うことに他ならない」――黎の言葉を聞いた春が目を潤ませる。父を助けるのだという決意を固めて、彼女は頷いた。
正しい意味での確信犯を貫く黎の姿を見た仲間達も頷く。俺も微笑み頷き返した。他者の思惑や悪意なんて跳ね除けて、有栖川黎は正義の旅を往くのだろう。
そんな彼女の傍らに――彼女の隣にいられることが誇らしかった。
黎は颯爽とした足取りで歩き出す。俺は当たり前のように彼女の隣に並んだ。
黎と俺を取り囲むようにして、【怪盗団】の面々も続く。
――さあ、【オタカラ】を頂戴するとしようか。俺達は不敵な笑みを湛えて、奥村の【パレス】へと踏み込んだ。
「ごめんね、足立さん。【廃人化】させそびれちゃった。折角提供して貰ったスケープゴートだったのに……」
「あー……別に。どんな結果になろうと、僕にとっては問題ないから」
申し訳なさそうに頭を下げてきた獅童智明に対し、足立は居心地悪さを感じて肩を竦めた。
両親との関係は大分冷え切っているものの、最悪な結末を迎えなかったことに対して内心安堵する。
相変わらず智明の顔は
暫しの雑談の後、智明と別れて帰路につく。脳裏に浮かんだのは、自分の両親の【改心】を任せた二重人格パンケーキ野郎――明智吾郎。
智明が仕える『神』は、奴等をゲームの相手として選びだした。そして、役目が終わったはずの足立を玩具として見出し、舞台装置として使い潰そうとしている。
八十稲羽を駆け回っていた頃、足立は虚無の子候補として見出された過去がある。何かあった場合、【八十稲羽連続殺人事件】の真犯人は足立だったかもしれない。
(……まあ、“使えるものを利用して、ゲームのアレコレを整えていく”ってところが、伊邪那美命に選ばれそうになった理由なんだろうなあ)
“心が歪みきった両親の【改心】依頼を明智へ出して、その上で智明に【精神暴走】と【廃人化】の依頼を出してブッキングさせた”ことを知ったら、【怪盗団】はどんな反応をするのだろう。
足立は最初から“【怪盗団】が勝つ”と思っていたし、“【怪盗団】には勝って貰わなくては困る”とも思っている。【怪盗団】が戦い続ける限り、いずれは『神』の使い走りである獅童智明と戦うことになるはずだ。
智明は【怪盗団】の事情等を把握している様子を見せていたが、明智吾郎の様子からして、【怪盗団】側は智明の情報――特に戦闘関係――を持っていないように見えた。そこで思いついたのが、今回の一件である。
足立の予想通り、【怪盗団】は両親の【改心】に成功した。おそらくだが、智明のヤバさを体感するくらいは出来ただろう。
出題編である今回の依頼を無事に乗り越えたのなら、次に智明と顔を合わせたときが回答編、或いは応用編になる。
……あの程度、軽々と乗り越えて貰わなければ困るのだ。【怪盗団】が勝てなければ、色んな意味で、足立は八十稲羽に帰れなくなるのだから。
「――精々頑張ってよ、【怪盗団】。お前たちが負けたら、本当の意味で世の中クソになっちゃうんだからさ」
―――
今回は奥村パレス攻略直後の出来事――【メメントス】での依頼解決を主軸に置いたお話です。ほぼ新規書下ろしと言ってもおかしくないレベルで加筆修正が行われています。
続編のP5Sを意識した話題が出てきたり、『あちら側』と『こちら側』の丸喜拓人に関する話題が出てきたり、足立絡みの【メメントス】ミッションが発生したりと大忙し。
区切りがいいところまで纏めようとした結果、また文字数がとんでもないことになりました。どんどん増えていますが、長すぎやしないかちょっと心配になって来ました。大丈夫かな……?
本編やあとがきSSでも、獅童智明に関するフラグ描写もちょくちょく増えております。今後の展開を生暖かく見守って頂ければ幸いですね。