Life Will Change -Let butterflies spread until the dawn- 作:白鷺 葵
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5系列<無印、R、(S)>、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
名前:
名前:
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。オリキャラ同然になっている人物もいるので注意してほしい。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『Life Will Change』をR・S・グノーシス主義要素を足してリメイクした作品。あちらを読んでいなくとも問題はないが、基本的な流れは『ほぼ同一』である。
・ジョーカーのみ先天性TS。名前は
・徹頭徹尾明智×黎。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
ピアス:
罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
キタロー:
ハム子:
番長:
・一部の登場人物の年齢が、クロスオーバーによる設定のすり合わせによって変動している。
昔の話の続きをしよう。
御影町で発生したセベク・スキャンダルと前後して、圭さん及び南条コンツェルンは普遍的無意識絡みの特殊な物質を発見した。その物質は、人間の手に余る程の力を有したオーパーツだったらしい。悪意を持った人間が手を出せば、簡単に世界を滅ぼせる代物だった。
以前の圭さんだったら、財閥次期当主の矜持とノブレス・オブリーシュ根性を発揮し、1人ですべてを背負おうとしただろう。だが、セベク・スキャンダルでの出来事――宿敵とみなした相手・神取鷹久の末路を考えると、1人ですべてを抱えることは非常に難しいと分かっていた。
『“黄昏の羽”やペルソナに関する研究データを、桐条家に渡すか否かを悩んでいるんだ』
圭さんは、ギリギリまでどうするか――情報を提供するか否かを悩んでいた。そこで、嘗ての仲間で未来の部下(現時点では非公認)である空元兄弟に相談を持ち掛けた。
桐条家は南条家から派生した分家筋である。10年前に新当主が就任し、旧体制の黒い遺産を片付けて回っているらしい。その延長線で、新当主は件のデータの存在を知った。
南条家の次期当主が体験した出来事を知った桐条の新当主は、『先代の犯した罪を償う手段を見つけるために、このデータを提供してほしい』と頭を下げてきたのだ。
だが、下手に一任してしまえば、世界は軽率に危機を迎えてしまう危険性があった。当時の僕や黎でさえ――セベク・スキャンダルに巻き込まれたからだが――そのことを理解していたから、分からないなりに、圭さんと至さんたちの話の行方が気になったのだ。
議論がどう進んだのか、僕はあまり覚えていない。
ただ、議論に決着がついたときの発言者とその内容は、はっきりと覚えている。
『――“調和する2つは、完璧な1つに勝る”んだろ?』
南条家とその分家に伝わる家訓を持ち出して、躊躇う圭さんの背中を押したのは至さんだった。それを聞いた圭さんは静かに笑い、頷き返す。
程なくして、件のオーパーツ――“黄昏の羽”とその研究資料は、南条家の分家・桐条家および桐条グループにも齎された。
最終的には共同研究の相手として選ばれた桐条グループではあったが、懸念要素が無かったわけではない。
先代当主であった桐条
鴻悦氏が亡くなったのとほぼ同時期に、桐条家が開発に着手してきた辰巳ポートアイランド周辺――ムーンライトブリッジで、大規模な事故が発生した。事件発生の中心地であったムーンライトブリッジでは多くの人々が亡くなったし、交通の要が潰れたことによる影響で救急車や消防車の到着が遅れたこともあり、多くの死傷者が出た。
後に明らかになった情報だが、ムーンライトブリッジで発生した事故の直接的な原因は、桐条グループの研究施設で発生した爆発事故だったそうだ。……武治氏は当時のことを非常に気に病んでおり、罪を償おうと粉骨砕身していたらしい。それは、愛娘である桐条美鶴さんに負の遺産を受け継がせないようにするためだった。
『新当主が就任して以後、桐条から悪しき系譜は一掃されつつある。……俺は、武治さんを信じる』
『もしも桐条側が道を踏み外したならば、俺たちが殴って止めてやればいい。逆になったなら、あちらが俺たちを止めてくれるはずだ』
セベク・スキャンダルで得た答えがあったからこそ、圭さんは誰かの手を取ることを選んだ。人に助けを求めるという“強さ”を得たのだ。
尚、事故で死傷した被害者の中には、有栖川家の分家筋であった香月家の人々の名前もあった。香月家の当主夫妻は亡くなり、残ったのは
2人は暫く有栖川家に身を寄せていたが――どんな話し合いがなされたかは不明である――最終的に、母方の親戚によって半ば無理矢理連れていかれたそうだ。以後、姉弟は母方の親戚の都合で各地を転々とすることになったらしい。
それでも有栖川家の集まりには顔を出しており――有栖川家やその分家が絡んだ集まり会への参加は、香月姉弟の扱いを心配した面々がどうにか取り付けたそうだ――、僕と黎は姉弟と交流があった。閑話休題。
それから5年後――2009年。俺と至さんは、南条家の分家筋である桐条グループの本拠地である巌戸台に足を踏み入れることとなった。
『“桐条家当主が
『穏やかな話じゃないな。……了解。共同研究案の言い出しっぺとして、責任もって調査してくる』
『じゃあ、俺もその手伝いがしたい』
『『!!?』』
当時、俺は南条コンツェルンのペルソナ研究部門に所属する調査員見習いだった。福利厚生が破格なアルバイトだと言ってもいい。アルバイト扱いなのは、異形と戦う力がないためだ。それでも充分危ないことは理解している。けれど、どうしても俺は、調査員見習いとして同行したかったのだ。
黎も俺と同じ立場にあったが、彼女の拠点は御影町だった。だが、南条コンツェルンの関連企業に勤めていた両親が暫く海外出張することになり、俺と至さんの元に預けられたのである。嘗て黎が珠閒瑠に同行することになった事件がまた起きるのではないかと危惧した結果だ。
因みに航さんは南条コンツェルンの特殊研究部門の室長に就任。今年の3月に麻希さんと結婚し、有栖川家および至さんの元から独立している。双子の片割れにべったり引っ付いていた頃からは、彼が兄から離れることなど想像できなかった。尚、恋に破れた英理子さんは仕事に邁進しているそうだ。
『年単位で一緒に過ごすの、久しぶりだよね』
『至さんが珠閒瑠に進学してからは、長期休みにしか会えなかったしなぁ』
『不思議。昔はずっと一緒にいたのが当たり前だったんだけど……』
巌戸台へ向かう道すがら、モノレール――あねはづるの車内で、僕と黎は久々の長期同棲――保護者同伴ではある――に浮かれていた。
至さんが珠閒瑠市へ進学し、南条コンツェルンの関連企業及び特殊研究部門所属の調査員になって以来、僕は至さんと一緒に各地を転々としていたのだ。
この頃の俺は、黎に対する好意を恋愛的な意味で捉えていたし、黎も同じ気持ちを返してくれた。第3者から見れば児戯レベルでも、俺たちにとっては真剣な関係だった。
恋愛を理解できる年齢を迎えた後も、男女の線引きが明確になった後も、“お互いにお互いのことが一番大切である”ことは変わらなかった。……まあ、あの地獄絵図を一緒に乗り越えてきたのだから、今更他の誰かに目移りするはずもないのだが。
『『モノレールのオーバーランが発生した余波でダイヤが狂ってる』って聞いたときはどうなることかと思ったけど、今日中に荷解きが終わってよかったね』
『そうだね。……まさか深夜までかかるとは思わなかったけど』
『よく頑張ったな2人とも。今日はとりあえず、風呂入ってそのまま――ッ!?』
巌戸台に越してきてすぐ、俺と黎、至さんの3人は【影時間】を体験する羽目になった。世界が緑色に包まれ、巨大な満月が鎮座する異世界――本来なら誰も知覚できない25時。すべての機器が動きを停止し、悪魔とは違う形の異形が這いずり回る。この奇妙な現象が此度の戦いの中核なのだと理解できたのは、御影町と珠閒瑠市の経験則あってのことだった。
後に僕らは次世代のペルソナ使いたちと接触し、彼らと共同戦線を張ることになった。彼らを率いていたリーダーが、有栖川の親戚である香月姉弟だと知ったときは非常に驚いた。しかも、モノレールのオーバーラン事件が『【影時間】に出現したシャドウが引き起こしたもの』ということも明らかになって頭を抱えた。【影時間】内に発生した異常は、事故や不可解な事象として処理されてしまうらしい。
『【影時間】絡みで事故が発生すれば、整合性を取ろうとした世界のご都合主義作用が発生する』という話を聞いて真っ先に浮かんだのが、『絶対この現象を悪用する輩がいる』だった。後に僕らの予測は大当たりし、犯罪請負人集団――桐条の負の遺産で生まれた人工ペルソナ使い――ストレガと対峙することになる。閑話休題。
今回の世代は、【影時間】内で拳銃型の召喚機を使うことでペルソナを顕現することができるらしい。
『神』から覚醒を促される方法とは違い、現実世界にペルソナ能力を発現することは不可能な様子だった。
しかも、複数のペルソナを付け変えれるのは稀有な存在だという。
『珠閒瑠の一件で、フィレモンは弱体化しちまったからな。ペルソナ能力も、その関係で変質したのかもしれん』
『やっぱりフィレモンは役立たずだったのか……』
『人に試練を与える以外で、あの神様は何をやってるのかなぁ』
フィレモンの株がダダ下がりする程度で終われば、今回の一件は幸せだっただろう。けれどもそれ以上に辛いことが発生した。ダメな大人ども――
人間の傲慢は世界を滅ぼすのだと言うことを、俺は嫌というほど学んだ。けじめはきっちり付けたけれど、課題もたくさん残っている。誰かが犠牲にならないと救えない世界を変えるため、特別課外活動部はシャドウワーカーへと名前を変えて存在していた。
命さんたちは今でも活動していることだろう。テレビの世界で特別捜査隊と共同戦線を張って以後はそれぞれ別の道を歩いているが、またいつか同じ戦場で戦う日が来そうで仕方がない。至さんも何となくその気配を察知しているようで、憂鬱そうにスマホをいじることが増えた。
桐条鴻悦の業が、偶然その場に居合わせただけの命さんと理さんに降り注ぐなんて誰が予想できただろう。そうして、幾月修司が暴走するきっかけとなった研究資料を提供したのは南条コンツェルンであり、圭さんに『桐条と共同研究をすべき』と意見したのは至さんである。酷い玉突き事故を見た。
玉突き事故はそれだけでは終わらない。特別課外活動部の人間関係もとんでもなかった。桐条グループの1人娘、勤務先で発生した事故で死亡したことに伴い汚名を着せられた研究者の娘、ペルソナ能力の暴走によって過失致死事件を起こしてしまった青年、化け物に母親を殺され復讐を誓った少年……。
前者は雨降って地固まった。特別課外活動部を揺らがしたのは後者である。加害者だった荒垣真次郎さんは、被害者の息子である天田乾さんに殺されるためだけに部に復帰した。チームの和を重視した命さんの尽力により、真次郎さんに強い殺意を抱いていた乾さんの態度もやや軟化したように感じる。けど、乾さんの憎しみは別方面で開花した。
『つか、なんで俺なんだよ……。いいだろ、もう』
『決まってるじゃないですか。先輩が好きだからです!』
『……はぁ!?』
『理、あれ! なんかすごいの始まった!!』
『(姉さんが幸せそうだから)どうでもいい』
『弱点にヒット! リーダー、追撃に入りました!』
『おおおお!? 何が始まったのコレ!?』
『そのまま押し倒して攻めるであります、リーダー!』
『こ、これが、この前の映画で見た“逆プロポーズ”というものか!? なんと大胆な……』
『――ッ……!!!』
――寮のラウンジのど真ん中で繰り広げられた珍事を、俺たちは茫然と見つめていた。乾さんだけは、殺意を滲ませながら真次郎さんを睨みつけていた。
後に“ラウンジの攻防”、もしくは“ノンストップ命”と呼ばれる珍事件をきっかけに、命さんと真次郎さんは名実ともに恋人同士になったようだ。楽しそうに、幸せそうにしている姿を見かけた。……同時に、そんな真次郎さんを射殺さんばかりに睨みつける乾さんの姿も。
“自分が復讐しようとしている男に、自分の初恋の人を奪われた”――強い憎しみに駆られる乾さんにシンパシーを抱いたのは――ベクトルが違えども――俺と似たような憎しみを背負っていると感じたからだ。そうして、大事な人をすべて取られてしまった乾さんは、踏み出した。
『やだ……! やだ、やだッ! 荒垣先輩、死なないで!!』
『……泣くな、命……。……ったく、大袈裟な……』
『その傷のどこが大袈裟ですか!! あれ程『姉さんを泣かせるような真似したら許さない』って言ったのに、あんたって人は!』
真次郎さんは、乾さんを守って大怪我を負った。一時は意識を失い生死の境を彷徨ったが、後に意識を取り戻す。
入院中は香月姉弟や真田明彦さんの厳しい監視もあって、『日常生活を無理なく送れる』程に回復したものの、戦線離脱を余儀なくされた。
真次郎さんの怪我が完治して戦線復帰を果たすより、影時間消滅作戦が完了する方が早かったためである。
命さんたちとは別行動――母親の復讐を果たすため、乾さんが母親の命日に荒垣さんを呼び出した――していた2人の前に、ストレガのリーダーが現れた。奴は乾さんを狙撃するも、身を挺して盾となった真次郎さんによって阻まれる。ストレガとしては、こちら側のペルソナ使いが脱落することは非常に喜ばしいことだったので、確実に仕留められる真次郎さんに標的を変更したのだ。
だが、僕ら側だって対策をしていなかった訳じゃない。2人の態度が日に日に剣呑なものへ変わっていくことに、命さんと至さんは気付いていた。だが、命さんは満月の巨大シャドウとの戦いで中核を担っているから、そう簡単に戦場を離れるわけにはいかない。それは、弟で副リーダーを務める理さんも同じであった。そのため、至さんと僕たちが2人を追いかけることにしたのである。
――“嘗て共に戦場をかけた面子への根回し”という保険をかけて。
『さて、俺の指弾とお前の銃――どちらが早いか試してみるか?』
『そちらがそのつもりなら、容赦しない。――超法規的措置だ!』
『俺たちの後輩が世話になったな。出身校は違えど、俺も番長と呼ばれた男だ。――熨斗を付けて返してやろう!』
御影町と珠閒瑠世代のペルソナ使いたちと、巌戸台世代のペルソナ使いたちは、至さんや俺たちを介して交流があった。それを手繰り寄せた結果、真次郎さんは生還したのである。
一時的とはいえ、真次郎さんが生死の境を彷徨っていた時期の乾さんは荒れた。復讐相手たる真次郎さんが“乾さんからの断罪を望んでいた善人だった”ことも、実際に乾さんのことを気にかけていたことも、
彼は自身を責めて責めて責め続けて、寮を飛び出した。自分が死ぬべきだったのだと嘆いた。しかし彼は、真田明彦さんや命さんの説得を受けて戦線に復帰することを選ぶ。――すべては、真次郎さんの想いを受け継ぐために。彼に救われた命を用いて、大事な人々を守り抜くために。
……尚、真次郎さんが意識を取り戻したのは、乾さんが戦う意思を固めた翌日である。出鼻を挫かれたような心地になったのだろう。乾さんは荒垣さんに対して散々暴言を吐きまくったが、事情を知っている僕たちは生暖かい目で乾さんを見守っていた。閑話休題。
後に、桐条鴻悦と幾月修司の置き土産としてニュクス・アバター及びニュクス本体が顕現した際、真次郎さんは無理を押して戦線に復帰した。
結果、影時間終了後――今までの戦いの記憶が全部消えてしまった状態で――に力尽きて倒れ、そのまま病院へ緊急搬送される。
以後は大人しく入院生活を送っていたが、3月初旬――月光館学園高校の卒業式当日に記憶を取り戻し、病院を飛び出して命さんの元へ馳せ参じた。
彼だけではない。生徒会長であるはずの桐条美鶴さんは卒業生答辞をすっぽかし、明彦さんが後に続き、更に在校生である伊織順平さん、山岸風花さん、岳場ゆかりさんが体育館から飛び出したそうだ。因みに俺と黎も、乾さんと一緒に学校をサボって約束を果たしに行ったクチなので人のことは言えない。至さんはアイギスさんや香月姉弟と一緒に、屋上でみんなを待っていたそうだ。
『私たちが出した答えは、はっきり言って“現状維持”。ニュクスの封印も、完全なモノとは限らないの』
『封印を脅かす存在――“死への興味”を司る化身が、封印を破ってニュクスに触れようとしているんだ。封印が破られれば、今度こそ手の打ちようがなくなる』
『死の権化を封印する』という奇跡を成した双子は、沈痛そうな面持ちで語った。
本来であったら、香月姉弟の命と引き換えに封印が成されていたはずだった。だが、2人の未練――“愛する人と一緒に、限りある命を精一杯生きたい”というささやかな願い――を捨てられなかったせいで、封印が失敗しそうになったらしい。だが、そこへ救世主が現れた。『香月姉弟が生きている間は、自分が2人の身代わりになる』と立候補した人物がいたのだ。
彼――望月綾時さんとファルロスは、香月姉弟に分割封印されたことで心を有した“死の権化”の生態端末だった。彼らは2人の中に封じられていたことで心を持ち、命の尊さを知り、人を愛し、2人と同じ『命のこたえ』に辿り着いた存在となった。それ故に、ニュクスの封印/扉の番人を行う存在としての適性を有したのだという。2人は封印を買って出て、香月姉弟を送り返した。
『これで、良かったのかな。一時的と言えど、あの子たちに全部押し付けてしまって。あの子たちは、『なるべくゆっくりおいでね!』って言ってたけど』
『――それは、お前らだけしかできないのか?』
暗い顔をしていた命さんの言葉に対し、真次郎さんが切り出した。どこまでも真っ直ぐな目をしていた。
『そうじゃないなら、俺もつれてけ。……つーか、ついてく』
ラウンジの攻防で命さんにやり込められた雪辱を晴らすと言わんばかりに、真次郎さんは真正面から命さんと向かい合った。
口調はぶっきらぼうだけど、覇気が宿っている。初めて出会ったときに見せた、不良を縮ませた凄みは健在だ。
『誰にも、何も、文句は言わせない』と叫ぶかの如く、彼はまくし立てた。大分切羽詰まっている感があった。
『お前は“てめえ”を押し付けて、俺を生かしたんだ。――だったら、俺もそうする。俺は命に生きてほしいし、お前が死んだ後に封印を守りにいくってんなら、絶対ついていく。封印の使命とやらが終わるまで、意地でも付き合ってやるからな。……それが俺の責任だし、お前の責任でもあるだろうが』
『――シンジさん。それ、プロポーズみたい』
『―――へっ?』
命さんの指摘に、真次郎さんは呆けた顔をして声を出した。だが、恋人の指摘内容と自分の台詞内容を吟味した結果、とんでもない発言をしたことに気付いたらしい。顔を真っ赤にして声無き悲鳴を漏らした。
『じゃ、じゃあ、私も! 理くんと一緒に、封印を守る!!』
『……本当にいいの? いつ終わるか分からないし、封印を守っている間はどこにも行けないんだよ?』
『いいの! 何があっても一緒にいるって決めたんだから! ――キミと一緒に歩む道だもの。絶対に後悔しない』
次に名乗りを上げたのは、理さんの恋人・ゆかりさんだった。彼女は迷うことなく理さんの手を握り締め、力強く笑い返す。それを見た理さんもまた、釣られて静かに微笑んだ。
大好きだった父親との理不尽な別れを乗り越え、自分を置き去りにして再婚しようとする母への反発心と向き合ったゆかりさんだからこそ、理さんの手を取ったのだろう。
『僕も! 僕も命さんと一緒に行きます!』
『俺も付いていくぜ!』
『手伝おう。元々は、我が桐条家の不手際が招いたことだからな。償いをさせてほしい』
『俺だって!』
『私もお手伝いします!』
『お任せください!』
『ワオーン!』
それを皮切りに、S.E.E.Sメンバー全員が次々と名乗りを上げる。乾さんと順平さん、それに続いて美鶴さんと明彦さん、風花さんとアイギス、コロマルの順に声を上げた。何とも豪華な面子である。
彼らはいつか、限りある命をやり遂げた後、封印の前で綾時さんやファルロスと再会するのだろう。大所帯でやって来た面々を見た2人は、どんな顔をしてS.E.E.Sメンバーを迎えるのだろうか?
香月姉弟に率いられたS.E.E.Sメンバーがいるなら、封印の守護はひとまず問題ないはずだ。……正直な話、あの大所帯を見て何が問題なのか浮かんでこないレベルであった。
――ただ、理さんと至さんが、妙なことを言っていたのが気にかかる。
『綾時とファルロスが言ってたんだ。『本来だと自分たちでは役として力不足だったが、対価を払って補填してくれた人がいた』って』
『ああ、
満面の笑顔でそう語った俺の保護者は、慈しみに満ちていた。同時に、何かを覚悟したように思える。
結局、至さんは何を対価にしたのかは教えてくれなかった。凪いだ湖面のような目を細めるだけだった。
その日から、至さんの周りで金色の蝶をよく見かけるようになった。虫取り網を片手に金色の蝶を追いかけ回す至さんの姿が、どこか寂しそうに見えたのも、この頃からだった。
俺はどうしてか、汚い大人たちが作り上げた違法建築を思い浮かべることが多くなった。生徒を好き放題に甚振る体育教師の王、弟子から作品を盗作し搾取する日本画家の殿様、学生を脅迫して金を搾り取るヤクザの蠅、政界進出を夢見た社長の宇宙飛行士、自分にとって都合のいい人間だけを選定した政治家の船長――どれも見ていて気持ちがいいものではない。
だが、悪意に塗れた大人たちとは違うのに、本能的な嫌悪感を抱いてしまう違法建築があった。文字通りの善人で、誰もが救われますようにと願い、その願いが叶わないことに対して悲嘆し続けた男。人の悪意によって愛する人を壊され、心血を注いだ研究は社会を牛耳っていた連中によってもみ消された。だからこそ、彼は現実を歪ませようと思い至った。すべての哀しみを“無かったことにする”ために。
選んだものがあって、選ばれなかったものがあった。残されたものがあって、消されてしまったものもあった。――消されたくないことがたくさんあった。
選ばれたことに意味はあるのかと、選ばれなかったことに理由があるのかと悩み続けた。今この瞬間に至っても、未来の俺も、きっとずっと悩み続けるのだろう。
いつか、誰かと一緒に/俺1人で、決断する日が来るのかもしれない。何を選んで、何を得て、何を捨てて、何を形にして、何を消してしまうのかを。何を消されてしまうのかを。
――それでも、覚えていたかった。いつか忘れてしまう日が来ても、共に歩んだことは無駄でも無意味でもなかったと。無価値ではなかったのだと、命尽きるまで叫んでいたかったのだ。
*
巌戸台の事件が解決した後、僕たちは後始末に奔走した。至さんは巌戸台と南条コンツェルン本部を行き来する生活を送り、俺と黎は巌戸台――月光館学園の特別寮を生活の拠点にしていた。本来であったら取り壊される予定だったのだが、地下に遺物――何かの封印に使われたような形跡――が見つかったため、迂闊に取り壊せなくなったためである。
最終的に、特別寮は残され、今後も学生寮として使用されることとなった。後に、美鶴さんから腕を見込まれ、仕事を斡旋してもらった真次郎さんが寮母となり、寮を運営および経営していくことが決まったという。あの旅路の最中、美鶴さんは真次郎さんの料理上手な一面や家庭的な姿を目の当たりにしていた。美鶴さんの審美眼は正しかったようで、彼は名物寮母として有名になっている。閑話休題。
そんなある日のことだった。
コロマルの散歩当番になった僕と黎と至さんは、コロマルの実家――長鳴神社を歩いていた。そこで、僕たちは月光館学園の制服を身に纏っていた女子生徒と出会う。
少女と出会ったのは、日も暮れて薄暗くなり始めた頃。一番星が遠くで瞬き始めている。保護者がいない中学生が出歩くには、少々不安になる時間帯であった。
『キミ、こんな時間に何をしてるんだ? 家に帰らないと、ご両親が心配するぞ?』
遅い時間帯になっても家に帰ろうとしない女子生徒を見かけた場合、何と声をかけるだろう。『どうして家に帰らないのか』と問いかけることは、何もおかしい話ではない。
少なくとも、初対面の人間に“今日の天気”をネタにして話しかけるよりは自然なはずだ。最近は挨拶をしただけで不審者扱いされるらしい。世知辛い世の中である。
……しかし、少女にとって、その方面で話しかけてきた人間は“信用できない人間”カテゴリに分類される存在だったようだ。少女は眉間にしわを寄せて、僕たちから視線を逸らした。
『……あなた、“いい人”なんですね』
『私、“いい人”は嫌いなんです』
よく見れば、少女の髪はボサボサだった。制服や鞄も所々汚れが目立ち、ちらりと覗く肌には赤黒い腫れが見え隠れしている。手足はスレンダーを通り越してガリガリだ。覇気も無ければ精気も無い。
少女が訳ありなことに気付いたときにはもう、彼女は僕たちに対して心を閉じてしまった後だった。以後も少女は長鳴神社にいたが、僕たちがいくら話しかけても無視するようになったのだ。
――“奴”と遭遇したのも、丁度同じ時期だった。
そいつは、所謂キャリア組に属するエリート警察官。外面は充分“立派なお巡りさん”であったが、僕たちが“奴”と遭遇したとき、“奴”は1人で上司と部下への悪態をついていたところだった。愚痴の対象者にこの話が漏れてしまえば、“奴”は即刻エリート街道から外れるだろう。それ程の暴言をまき散らしていたのだ。
不本意ではあるが、至さんたちと一緒に交流を重ねれば重ねる程、“ソイツ”のクズっぷりが明らかになった。出世のためなら幾らでも鎬を削るし、他人の不幸は蜜の味だし、少ない労力で最良の結果を得るために頭を回す。他人を蹴落とすことに対し、一切の迷いもない。……正直な話、須藤竜蔵や幾月修司と張り合っても生き抜けそうな男だと思った。
更に――不本意ながら――至さんたちと一緒に交流を重ねると、『口と態度が悪いだけで悪人ではない』らしいことに気付く。誰かに頼られると、文句を言いながらも最後まで付き合うお人よし。事件を解決して関係者から感謝されると、満ち足りたように、屈託のない笑みを浮かべる。後、軟派なように見えて、実はとんでもない負けず嫌い。
『またサボッてるのか、ヘドロ畑育ちのキャベツ
『煩いぞクソガキ! このポンコツ二重人格! お前みたいなガキんちょはパンケーキでも食ってろ!』
いつの間にか、そんな風に笑いながらじゃれあうことが増えた。お互い、気楽に話ができる程度の関係は築けたと思う。
『長鳴神社に、中学生の女の子が1人でいるみたいなんだ。普通の子とは様子が違うみたいでさ。……もしかしたら、虐待されているかも』
『彼女は“いい人”が嫌いらしくて、俺たちが話しかけても無視されちまう』
『“パイセン”の見た目と本質って、“いい人”から程遠そうじゃん。でも、立場は警察官だろ? なら、何か聞きだせるんじゃないかなぁ』
『……あの様子だと、警察関係者はまだ何も知らないんじゃないかな。手柄の気配が漂ってるとは思わないか?』
至さんがその話を“奴”に零したのも、当然だったのかもしれない。ついでに、手柄の話を出せば動き出すことも予測できるくらいには、相手の行動原理を把握できる仲だ。
案の定、“奴”はグダグダうだうだと文句を零したが、一応、刑事としての適性ありとして公務員試験等を突破した人間だ。市民からの情報提供を受けて、動かないわけにはいかなかった。
“奴”はその後、真面目に職務に取り込んでいたらしい。いつものサボり場には“奴”の姿がなくなっていた。程なくして、長鳴神社で“奴”と少女の姿を見かけるようになった。
至さんや僕らに対する態度とは違い、少女は楽しそうに“奴”と話をしていた。“奴”も、少女と一緒にいるときは、年相応だったり、気取ってみたり、どこか子どもっぽかったりする顔を忙しなく覗かせていた。事態は好転すると信じられるような光景だった。
『あの子、母方の親戚に引き取られることになったんだって』
『……お礼、言われちゃったよ。『貴方が“悪い人”で本当によかった。ありがとう』って、褒めてるのか貶してるのか……』
巌戸台での戦いに関する事後処理にひと段落ついた頃、“奴”はサボり場に戻ってきていた。どこか寂しそうな顔をした“奴”は、少女の顛末をぽつぽつと語ってくれた。
件の少女は、両親を亡くし、生前の両親と交流があった知り合いの家へ引き取られて養子となった。だが、養父母とその家族――特に、養父と実子――から暴力を振るわれていたという。養父母とその実子は外面が非常に良かったため、誰も少女の話を信じてくれなかった。虐待の話を他者にしたことへの報復として、少女の一生及び人生は、養い親とその家族によって使い潰されそうになっていたのだ。
その話を聞いた“奴”は、少女に証拠を残すよう進言した。少女は“奴”の入れ知恵通りに動き、充分すぎる程の証拠を集めてきたという。守秘義務云々の理由で詳細は話してもらえなかったが、証拠を見た“奴”でさえ、口元を押さえて吐いたレベルの代物だったらしい。裏取り調査をしてみた結果、少女が暴行を振るわれている現場に遭遇。養父母とその実子を纏めて現行犯逮捕したそうだ。
その後は事後処理で駆け回りつつ、“奴”は少女の見舞いへ足しげく通っていたらしい。少女が退院し、行き先が決まったのは、丁度先日のことだったという。
僕らが巌戸台で“奴”と話したのは、その会話が最後だった。少女と同じように、僕らもまた、巌戸台を離れることが決まっていたためである。
……このときは、僕らと“奴”の関りは、ここで終わると思っていたのだ。『次』が早く訪れるだなんて、想像すらしていなかったのだ。
◇
『こんにちわー! いつもニコニコ貴方の背後に這いよる混沌、ニャルラトホテプでっす!!』
『止めろ気持ち悪い! 今更そんなキャラにしても遅――おわあああああああああああああああああああああッ!?』
『嘘!? どうしてテレビの中に入って――ッ!?』
『黎! 至さんっ!!』
イラッとするレベルの笑顔を浮かべたニャルラトホテプ(外見:七姉妹学園高校の制服を身に纏った達哉さん)によって、黎と至さんはテレビの中にブチ込まれた。僕もそれを追いかけ、テレビの中へと飛び込んだ。2011年のことだった。
何を言っているか分からないと思うが、初めてテレビの中に突っ込んだときの俺だって、自分が置かれている状態がよく分からなかった。文字通り意味不明だった。
巌戸台のシャドウによく似た連中が湧く異世界から脱出したら、由緒正しい旅館のロビーだったときは血の気が引いた。どうして自宅じゃないのかと焦った。
それなりの都会から旅館――ド田舎に転移したときの恐怖を味わったのは、後にも先にもこれっきりである。以降もこれっきりであってほしいと俺は願っていた。閑話休題。
『きゃああああああ!?』
『な、ななな、何でテレビから人が!?』
『な、なんでお前らがこんな所にいるんだっ!?』
『げぇっ!? 自己中キャベツ刑事!』
『ああっ、お巡りさん! 丁度いい所にお巡りさんがっ! 助けてください足立さん!!』
脱出した俺と黎が初めて見た光景は、呆気にとられる見知らぬ女性と、見たことのある少女ともみ合いをしていた“奴”――足立透の姿だった。
『テレビの中から人間が這い出てきた』という超常現象を目の当たりにし、度肝を抜かれた足立と少女、女性はその場にへたり込んだ。
そのコンマ数秒後、追手を追い払って逃げおおせたであろう至さんがテレビから這い出そうと身を乗り出す。
しかし、彼の足元には見覚えのある触手が巻き付いていた。珠閒瑠市で見かけたニャルラトホテプの触手だった。
『あああああああああああ! 助けてパイセンーッ!!』
『おい馬鹿やめろそんなところを掴んで引っ張るんじゃない! ズボン脱げる! 俺が社会的に死ぬゥゥ!!』
至さんはどうにかして、ニャルラトホテプの触手から逃れようと足掻いた。彼が死に物狂いで伸ばした手は足立の脚を掴む。結果、奴は体勢を崩して転倒した。
僕らも咄嗟に手を伸ばしたが、それよりも自分たちが体勢を崩す方が早かった。何事かと見れば、僕と黎の足元にもニャルラトホテプの触手が巻き付いている。
反射的に、僕は近くにあった物体を掴んだ。足立の腰だった。黎も同じようにして、至さんが掴んでいなかった方の足を掴んでいた。
『足立さん!』
『凛ちゃん駄目だ! 手を放して!!』
少女――
彼女の手に掴まった足立も必死になって足掻いたが、一般人がニャルラトホテプの触手の力に太刀打ちできるはずがない。
案の定、足立含んだ僕たちではどうにもならなかった。僕らは全員、ずるずるとテレビの中へ引きずり込まれていく。
『ま、待ってて! 今、助けを呼んでくるから!』
超常現象を目の当たりにして呆けていた女性は――凛さんの上半身が半分飲まれた時点で――ようやく現実へと帰還したらしい。だが、彼女が『誰かー! 誰か助けてー!』と叫んで背を向けたのを最後に、少女は力尽きてしまったらしい。僕らはテレビの世界へ再び落下した。
『いっけねェ。やっちまったZE☆ しょうがないからスペア使うよう連絡しとこ』という間の抜けた声(CV.アニメ版『鬼〇の刃』手鬼役)が響き、世界は暗転する。再び霧の世界に落とされた俺たちは、シャドウの群れに追い回されることになった。
『――お願い、ヨモツイザナミ!』
その際、凛さんはペルソナ使いだったことが発覚した。現実でもペルソナ能力を行使できた御影町以前及び珠閒瑠世代や、銃型の召喚機を使い死の恐怖へのトラウマからペルソナを顕現した巌戸台世代とは全く違う。眼前に出現したカードを握り潰し、ペルソナを顕現する形式であった。
至さんはその力を見て、しきりに首をかしげていた。しきりに『何か違う』と零していたのだ。
……今思えば、至さんが違和感を訴えていたのは、真実さんたちの力はフィレモンが与えたものではなかったためだろう。
真実さんたちに力を与えたのは、全く別人の同業者だった。しかも土地神さまである。規模がいきなり限定的になって驚いた。閑話休題。
凛さんは巌戸台で遭遇したときとは違い、随分と元気そうだった。身だしなみもきちんと整えられていたし、何よりも表情が明るくなった。相変わらず僕らに対しては警戒心を露わにするものの、巌戸台で自分を助けてくれた足立のことは心から慕っており、淡い感情を寄せている。対する足立も、満更でもなさそうにしていた。
だって、足立が凛さんに守られる度、非常に不服そうな顔をするのだ。凛さんが怪我を負えば心配するし、同じペルソナ使いの至さんに『凛さんの傷を優先的に直してほしい(意訳)』と頻りに要請する。巌戸台の件で複数パターンの恋愛模様を見てきた僕と黎には、“あの2名は既にデキているか、近々デキあがる”という予感があった。閑話休題。
『どうやってこの力を手に入れたんだ?』
『……つい先日、テレビの世界に迷い込んだときに目覚めたんです』
凛さんは、ぽつぽつと経緯を話してくれた。
彼女が八十稲羽の親戚――堂島家に引き取られてからは、多少ぎこちないながらも、穏やかな生活が続いていたそうだ。しかし凛さんは巌戸台での出来事を未だに引きずっており、堂島家や学友との距離感を掴みあぐねていたという。
誰も彼もが『いい人』ばかりだった。だからみんな、心の底から凛さんのことを気遣っていた。トラウマを抱えながらも、凛さんは凛さんなりに、周囲の人を信じ、受け入れようとしたのだろう。
けれど、気付かぬうちに、彼女は心をすり減らしていった。結果、『みんなの善意や優しさを信じられない自分がおかしい。自分は異物だから、ここにいてはいけない』と思い込んだ。
期せずして八十稲羽で再会した恩人――足立透という支えがあっても、彼女の心の中に渦巻く不安の方に軍配が上がったのだろう。不安は脅迫概念へと進化を遂げた。
『そんなとき、【マヨナカテレビ】の噂を聞きました』
『【マヨナカテレビ】?』
『八十稲羽に伝わる都市伝説らしいよ。“雨の日の深夜0時に、1人で消えたテレビを見つめると、『自分の運命の人』が見える”ってヤツ』
首を傾げた至さんに、足立が補足説明をしてくれた。
だが、足立の説明に対し、凛さんは首を振る。
『やり方は一緒ですけど、噂の後半は違います』
『“『あなたに対して、みんなが望んでいること』が見える”って』
凛さんは【マヨナカテレビ】の噂――一般的な噂とは違う内容のもの――を試した。結果、テレビに映った友人・知人・堂島一家から『自分たちの善意を信じ、受け入れられない凛さんがおかしい。そんな人間はここには必要ないから、さっさと死んでくれ』と言われたそうだ。彼女はそれに従い、自らテレビの世界へ身を投げたのである。
だが、凛さんは異世界でペルソナ能力に覚醒した。襲い来る異形を撃退し、異世界を抜け出し、生存してしまった。それでも【マヨナカテレビ】に映った映像を忘れられなかった凛さんは、衝動的に外出。天城旅館のロビーにあったテレビに身投げをしようと試みて、その現場を足立に確保されたのだという。
『自殺を試みていた当初は夢中だったから分からなかったが、今思えば、どうして天城旅館のテレビに身投げしようとしたのか分からない。自宅のテレビに身投げすればよかった』と語った凛さんは、即座に足立からの説教を喰らう羽目になっていた。
足立は凛さんの見た【マヨナカテレビ】の内容に憤りつつ、『僕が見たヤツと全然違う』と零した。
『【マヨナカテレビ】の噂を聞いて、僕も試してみたんだ。……そうしたら、さっきの女性――山野アナが映った』
『僕は彼女のファンだったから、舞い上がっちゃったんだ。噂通りだったら、彼女が僕の運命の人ってことになる』
『だけど、様子がおかしかったんだ。彼女は何かに驚いて、酷く混乱していた』
『僕だって驚いたさ! 山野アナの視線の先に、テレビの中に飛び込もうとする凛ちゃんがいたんだから!』
『山野アナはそのまま、凛ちゃんを見捨ててどこかへ行ってしまった。最後に映ったのは――……』
足立はそこで一端口をつぐんだ。言葉に出すのを酷く躊躇った後、小さな声で『凛ちゃんの、死体』と零す。例えそれが怪異現象の延長で映ったものだったとしても、現実の凛さんが生きていたとしても、口に出すことを躊躇う程に酷い有様だったのだろう。遺体がどのような状態だったかまでは話さなかった。
凛さんの惨殺(予想)死体を目の当たりにした足立は、いてもたってもいられなくなって、凛さんと山野アナが映っていた場所――天城旅館へ駆けつけた。結果、テレビの中に身を投げようとした凛さんと、その現場に居合わせてしまった山野アナの姿を発見。凛さんを止めようと必死に説得していたという。
後は僕らの知っての通り、凛さんを説得していた足立の元に僕らが這い出してきた。
ニャルラトホテプの触手で拘束された僕たちによって、足立と凛さんはテレビの中へ落下したのだ。
そうこうしている間に、僕らは出口らしき場所を見つけた。やっと脱出できると近づいて、足を止める。
僕たちが出口に辿り着くことを予期し、先回りしていた奴がいたのだ。
『俺はそこにいる男のシャドウだよ』
『な、なに言ってるんだよお前……』
『お前のことは何だって知ってるぞ。何てったって、お前は俺なんだからな!』
そこにいたのは、足立と瓜二つの姿をした男だった。奴は不気味な笑みを湛え、足立の経歴をつらつらと話し始める。
足立は仕事でつまらないミスをしたことで、エリート街道を転がり落ち、この田舎町――八十稲羽へ左遷されてしまったらしい。エリート時代は多くの人々と関りがあったようだが、八十稲羽に左遷されることが決まってからは、誰も足立に寄り付かなくなった。エリートの肩書と出世コースを失った足立に対し、彼らは価値を見出せなくなったのだろう。
元々鎬を削りあっていたライバルや目の上のたん瘤共はともかく、そこそこ親しかった同期や同僚、友人、終いには両親まで足立を見捨てたのだ。――そこまで吐露した足立の自称シャドウは、情けない顔を浮かべ、形振り構わず咆哮した。他者への悪態をばら撒き、些細な失敗1つで積み上げた努力を無価値扱いされたことへの怒りを振るい、居場所が欲しいと悲痛な叫びを響かせる。
終いには、『巌戸台で凛さんに話しかけたのは、手柄が欲しかったから』であることまで暴露した。足立のシャドウ(自称)の話を聞いていた足立の顔色は真っ青である。足立のシャドウ(自称)が話している内容はすべて本当のことであり、足立にとっては『誰にも知られたくなかった事実』だった。
特に、『巌戸台で凛さんに話しかけたのは、手柄が欲しかったから』であることは、この場で暴露されたくはなかったはずだ。
“相手が自分に好意的に接した理由は、善意からではなく打算的なものだった”というだけでも、相手を拒絶し離れていく人間はいる。
同時に、どんな人間にだって、失望されたくない相手の1人や2人くらいは存在しているものだ。僕にとっての黎然り、足立にとっての凛さん然り。
『――お前は俺じゃない!』
それは、シャドウを――ひいては、奴が抱えるコンプレックスそのものを全否定する言葉であった。待ってましたと言わんばかりに、足立のシャドウ(自称)が不気味な笑みを湛える。刹那、そいつは悍ましい異形になって、足立へ襲い掛かったのだ。至さんと凛さんがペルソナを駆使して戦うが、一般人である俺や黎、足立を守りながらの戦いは厳しい。
足立は暫し狼狽していたが、『自分は一般市民を守る公僕である』という矜持を取り戻したようだ。戦えないなりに援護を買って出る。だが――どうしてそうなったのかは未だに分からないが――最後は足立のシャドウ(自称)と一騎討ちして勝利を収めていた。至さんと俺たちは完全に蚊帳の外である。それを見届けた凛さんが、足立のシャドウ(自称)と足立の手を取り、語り掛ける。
『善意のふりをした悪意によって、私の人生は滅茶苦茶にされた。……もしかしたら今でも、私はあの養父母や義兄の玩具にされていたかもしれません』
『打算に塗れた善意の方が、私にとっては救いでした。しかも足立さんは、それを単なる口約束で終わらせないでくれた』
『例えそれが警察官としての職務の一環であっても、出世するための点数稼ぎの一環でしかなくても、咄嗟の行動でも、構わなかったんです』
『――あなたが“悪い人”じゃなければ、私は助からなかったのは事実だから』
長所は短所に成り得るし、短所は長所にも成り得る。凛さんの人生は、足立の打算によって劇的に変貌した。足立の短所が、1人の少女を絶望の淵から救い上げたのだ。それは紛れもない事実。
凛さんの事件に関して、足立は何も語らない。ただ、凛さんの件で地獄絵図めいた光景を目の当たりにしたことは薄々感じていた。交流を重ねていくうちに、足立の打算は本気へと変貌していったのだろう。心の底から、『凛さんの力になりたい』と思うようになったのだろう。
……だから余計に、凛さんにだけは、『打算目的で近づいた』ことを知られたくなかった。自己中キャベツ刑事であっても、凛さんにだけは見捨てられたくなかった。――なんてことはない。僕と黎の関係と、足立と凛さんの関係は非常に似通っている。
凛さんに拒絶されなかったことを知った足立と足立のシャドウ(自称)は安心したように微笑む。後者は満足気に頷いて消え去り――直後、足立がペルソナ能力を覚醒した。
今世代のペルソナ使い――しかも成人済みの人間――が覚醒する現場を目の当たりにした僕たちは呆気にとられたが、今回は脱出を優先することにした。
テレビの外に出れば、そこは由緒ある旅館のロビー。入り口と同じ光景が広がっていた。テレビの中に吸い込まれる直前より、それほど時間は経過していない。
『……そういえば、山野アナはどうしたの?』
黎の問いかけに、全員がハッとした。
僕らがテレビの中に吸い込まれる直前、件の女性――山野真由美アナは『助けを呼びに行く』と言って、ロビーから立ち去っている。
もしかしたら、通りかかった宿泊客や旅館関係者を捕まえて事情を説明しているのかもしれない。場合によっては、警察に通報した可能性だってあり得る。
現職且つ――赴任したばかりとは言えど――地元警官の足立がそれとなく調べてみたところ、予想に反して、女性からの通報――『テレビの中に人が吸い込まれた』――は来ていない様子だった。
……だが、この日以降、山野アナは行方知れずになった。身を寄せていた天城旅館から忽然といなくなってしまったという。自分の荷物を残したまま、だ。
僕らは件の怪異現象を報告するため、一端南条コンツェルンにとんぼ返りした。一応のことも考えて足立と凛さんと連絡先を交換しておいたが、それを使う機会はすぐに訪れた。
『山野アナが見つかった』
『何処にいたんだ?』
『……死んだよ。民家のテレビアンテナに吊り下げられてた』
今にも吐きそうな声色で、足立は付け加えた。あのテレビの世界で異形に襲われ、太刀打ちできなかった場合の末路を知ったためだ。
一歩間違えれば、【マヨナカテレビ】で自殺を図った凛さんが同じ末路を辿っていたかもしれない。足立は話を続ける。
『山野アナの足取りは、僕たちがテレビの世界へ落下した前後で途切れているようだ』
『つまり、現状、最後にガイシャと遭遇したのは僕たちってことになる』
『今はまだバレちゃいない。……けど、このまま放置したままだと、万が一バレたらお前や僕が容疑者にされるぞ!』
『自分たちと山野アナが接触したことが警察関係者にバレるよりも先に、山野アナを手にかけた真犯人を捕まえなければならない』――打算と自己保身に塗れた足立からの要請を受けたことや、八十稲羽の異世界調査と第4世代のペルソナ使いのサポート業務もあって、僕たちは再び八十稲羽へ足を踏み入れることになった。
“第4世代のペルソナ使いが八十稲羽に現れた”という事実は、“次の戦いの舞台は八十稲羽である”ことを意味している。あの異世界は、第4世代のペルソナ使いが直面する【神の理不尽】だ。
ついでに、ニャルラトホテプによって異世界へ落されたという経緯もあって、僕たち――特に至さん――は、事件の背後にニャルラトホテプが潜んでいると予測したのだ。
俺たちは八十稲羽の天城旅館に拠点を移すことにした。実際はニャルラトホテプの影なんてどこにも存在しなかったのだが、奴のおかげで異変を察知できたから良いとする。
『あれ? どうして至さんたちがここにいるんですか?』
『
『なんで真実がここに!?』
『俺の両親が海外赴任になったのは知ってますよね? 俺は日本に残って叔父さんのお世話になることになったんですけど、住んでいる場所がここなんですよ』
そこで出会ったのは、有栖川の親戚である
霧に覆われた田舎町で真実を探していたのは、やはり個性の強い面々出会った。つい最近田舎町に進出してきた大型スーパー店長の息子、肉が大好きな武術少女、天城旅館の次期女将、田舎にある豆腐店へ帰還した大都会のアイドル、厳つい顔とは裏腹に手先が器用な染物屋の息子、男装の麗人である探偵王子……。
特に、探偵王子はメディアに取りざたされていた。白鐘直斗さんは真っ当な実力一本でここまで成り上がってきたのだろう。彼女を見ていると、なんだか言葉にならない罪悪感が胸を刺してきた。打算も何もなく、己の正義のために真実を追いかける背中に、針の筵になってしまったような気がしたのだ。今でも俺は、その理由が分からない。
結論から言うと、空回りした善意と力を得たことによる欲望が真実を覆い隠していた。本人がいくら善意のつもりで行動したのだとしても、人に害をなしてしまうことがあることを知った。それは最早善意ではないのだと、嫌でも思い知ってしまったのだ。
だって、真実さんたちに力と試練を与えた『神』も善意からの行動だったし、テレビに人を突き落としていた張本人は『テレビの中に人を突き落とせば助かる』と認識したが故の行動――つまり善意――だったし、真実さんを愛した女性は世界と愛する人を守るため――つまり善意で――自分自身に関する記憶を消して消滅しようとしていた。
結局のところ、真実さんたちは『神』から与えられた試練を乗り越えた。そして、真実さんは自分が愛した女性を救ってみせた。八十稲羽の土地神だった彼女は事件解決と共に姿を消したはずなのだけれど、久々に八十稲羽を訪れたら、お天気お姉さんとして活躍する彼女を見かけて飲み物を噴き出したのは記憶に新しい。
彼女に直接話を聞いてみたら、超チートなお天気お姉さんは首を傾げながら教えてくれた。
『蝶の仮面を被ったオジサンが、私がここにいられるように手を貸してくれたの』
『……何か、対価とか請求されなかった?』
『ううん。“我が化身が支払ってくれたから、キミは気にしなくていい”ってオジサン言ってた』
十中八九フィレモンと至さん絡みである。言われてみれば、事件を解決した後、至さんの周囲に飛び回る金色の蝶の数が増えたように感じた。
その後自宅へ戻った俺は、航さんを嗾けて至さんを問い詰めた。……だけれど、至さんは相変らず、静かに微笑んでいるだけだった。
『足立、お前のせいだ! お前があのとき、ちゃぁぁんと山野真由美を殺してれば、僕が犯人にならなくて済んだのに!』
『山野真由美も、小西早紀も、お前が殺すはずだったんだ! ――お前が犯人になる“はず”だったんだよォォォ!!』
【マヨナカテレビ】は、“テレビを見た、又は、テレビに入った人間にとっての『抑圧した心理』や『見たいもの』を映し出す”特性を持つ『心の鏡』。真犯人となった警察官も、その特性によって道を踏み外してしまったのだ。
真犯人が聞いた【マヨナカテレビ】の噂は、凛さんと同じもの――“『あなたに対して、みんなが望んでいること』が見える”――だった。そのため、『自分が嫌いな人間・足立が“何らかの方法”で山野真由美を殺し、真犯人がその犯行を暴いて足立を捕まえる』映像を見た真犯人は、それが自分に対して周囲が望んでいることだと思い込む。真犯人に本庁への栄転話が出ていたことも、奴の英雄願望に拍車をかけた。
自分自身に箔をつけるため、嫌いな足立を潰すために、テレビに映った場所・天城旅館へと急行した。しかし、映像に反して山野アナは生きており、彼女は『足立と至さんたちがテレビの中に吸い込まれた。彼らを助けてほしい』と助けを求めてきたという。真犯人は山野アナの話を無視した。“危険な人間である足立”を見捨て、“その被害者になりそうな山野アナ”を保護しようとしたのだ。
山野アナにとって、真犯人はヤベエ奴としか思えなかったのだろう。彼女は真犯人を振り払い、まともな人間に助けを求めようとした。それが真犯人の逆鱗に触れてしまったのだ。
真犯人は『足立がどれ程のクズ野郎なのか、その目できちんと確かめてこい』と言って、僕たちが吸い込まれたテレビに山野アナを突き落とした。結果、4月12日に彼女の死体が発見される。
次にテレビに映し出されたのは、『足立が【マヨナカテレビ】を用いて小西早紀を殺し、真犯人がそれを暴いて足立を捕まえる』映像だった。
真犯人はうっかり死なせてしまった山野アナの反省を生かし、今度こそ小西さんを保護しようとした。結論から言うと、小西さんも山野アナ同様、真犯人を拒絶した。
特に小西さんは、事前に生田目から『【マヨナカテレビ】にキミが映った。キミが死ぬかもしれない』と警告されていたから、『連続で異常者に絡まれた』と認識していてもおかしくないだろう。
こんな奴と関わり合いになりたくないと思い、逃げようとするのは当然の反応だった。――故に、真犯人は怒り狂い、彼女をテレビの中に突き落としたのである。
『山野真由美も、小西早紀も、僕を信じてくれなかった! 僕が助けようとしたのに、僕を異常者扱いして!』
『おかしいだろう!? 足立はとんでもないクズ野郎なのに! 堂島先輩も、菜々子ちゃんも、凛さんも、みーんな足立に騙されてるんだ!』
『それを証明して、みんなを正気に戻すために頑張ったんだ! 僕は正真正銘、正義の味方なんだぞ!!』
嘗ての真犯人は、期待の新人として堂島さんに可愛がられていたという。栄転話が出たときは、前祝と称してささやかな品物を受け取ったらしい。だが、足立が八十稲羽へ左遷され、堂島の直属部下になってからは、真犯人と堂島さんは疎遠になりつつあったらしい。……最も、堂島さんには、足立と真犯人を差別しているつもりは一切なかったそうだ。
そんな堂島さんと足立、双方への報復のために、奴が目を付けたのが菜々子ちゃんと凛さんだった。真犯人は生田目にあることないことを吹き込み、【マヨナカテレビ】に菜々子ちゃんが映るように仕込みを行った。生田目が出頭した後は、意識不明の菜々子ちゃんと拉致した凛さんを餌にして、足立に“八十稲羽連続殺人事件の犯人として自殺する”よう強要したのである。
大事な人たちを人質に取られた足立は、真犯人の言葉に従った。……従ったフリをした。真犯人を出し抜き、人質になっていた菜々子ちゃんと凛さんを救い、真犯人のクソ野郎を確保するために。そのためだけに自分の本性を曝け出し、真実さんたちを筆頭とした自称特別捜査隊と激突。大立ち回りを演じ、死闘を繰り広げたのだ。
足立は、傍で自分を監視していた真犯人を出し抜き、凛さんを助け出した。ついでに、一矢報いるような形で、奴の確保に貢献した。
焦点の合わぬ目をぎょろぎょろと動かし、不気味に笑い続けるだけの真犯人を見下した足立は、奴の額に拳銃を突きつける。
『……確かに、お前の言う通りだ。何かが違っていれば、連続殺人事件の犯人は俺だったかもしれない』
『運が良かろうと悪かろうと、そこで踏み止まれたか否か』
『運よく踏み止まれた俺と、運悪く踏み止まれなかったお前。このド田舎に居場所を見出した僕と、故郷に見切りをつけたお前。……差なんて、そんなもんだろう』
……
『それを俺のせいにされただけじゃない。挙句、俺に罪を着せる隠蔽工作の延長線で、堂島さんや菜々子ちゃん、凛ちゃんに危害を加えようとした』
『本当はお前が憎い。お前が許せない。お前みたいなクズなんざ、生かしておくわけにはいかないんだよ』
『――でも、その選択だけは、選べない……!』
足立の腕前――特に隠蔽工作方面――ならば、どさくさに紛れて真犯人を射殺することくらい訳もなかった。この場にいる特別捜査隊の面々を封殺することくらい簡単だった。でも、足立はそれをしなかった。真実さんを始めとした特別捜査隊の意見を反映し、真犯人を生かしてしっかり罪を償わせることを選んだ。
真犯人は逮捕されたが、精神状態がまともではなかった。【マヨナカテレビ】の特性にどっぷり嵌ってしまったことが原因だろう。奴は檻付きの病棟に収容されたそうだ。だが、裁判を行えるだけの証拠――正気だった頃に残していた諸々のモノが残っていたため、心神耗弱で無罪放免だけは回避できるという噂を耳にした。
犯行動機は意味不明。1人目はその気無く死なせ、2人目は死ぬと分かっていて突き落とした。警察に【マヨナカテレビ】関連の通報をしてきた一般市民に対し、悪意を持って扇動・教唆した。終いには、上司の関係者を人質にし、同僚に対して『すべての罪をかぶって自殺しろ』と脅迫したのだ。複数の罪に問われ、重い罰が下されることは確定的である。
後に、黒幕であるイザナミノミコトから『真犯人の言ってたことは本当。真犯人は、足立透の抜けた穴を埋めるための代役だった』ことを知らされ、足立は頭を抱えた。
神様はインスタント感覚で人の人生を滅茶苦茶にする。責任の取り方も非常に雑だ。試練を突破した面子に『おめでとう。これからも頑張ってね』と激励すればまだマシであった。
『あーあ。こんなに努力したの、いつぶりだろう。……今まで報われたことなんてなかったから、報われた後はどうすればいいのかなんて、全然分からないや』
世間が冷たいのは本当のこと。“結果を出さなければ見捨てられる”というのも、人間社会の縮図の1つ。
だけれど、人の手が温かいことも真理である。人を殺すのが人であるように、人を救えるのも人だけだ。
努力が報われると無邪気に信じていられるのは、自分が立っていた場所が恵まれていたから。一歩踏み出した先に、奈落が広がっていないと誰が言えるだろう。
それと同じなのだ。自分が立っていた場所が奈落であるからと言って、一歩踏み出した先も奈落であると証明できるだろうか? いや、できない。
実際、踏み出した先に広がっていたのは、どこまでも温かな場所だった。努力をすればそれ相応――あるいはそれ以上の希望が降り注ぐ、楽園のような場所だった。
八十稲羽を覆っていた霧は晴れた。都合のいい虚構や、不都合な真実に振り回される必要も無い。
『今回の件も、結局は『神』絡みだったか。普遍的無意識の集合体や死の権化から、土地神様にスケールダウンしたのには逆にびっくりしたけど』
『お節介も程々にしてほしいな。俺たちはもう、『神』の手を離れたんだから』
『しかも、まごうことなき善意からってのが厄介だよね。貰いモノも使い方次第ってのがよく分かったし』
『善意で人を破滅させるって、神様だけじゃなくて人間にも言えることじゃないかな。ぞっとする話だけど』
事件解決後――帰りの電車の中、至さんや真実さんと話しながら窓の景色を見つめる。八十稲羽の街並みはどんどん遠くなり、見慣れた都会の街並みが広がり始めた。
『神』から与えられた力で真実を勝ち取った真実さんと、正気さえも失い社会的な破滅に至った件の警官。この対比に、俺は酷く既視感を覚えた。
誰かの為に力を振るい、居場所と仲間を得た仮面の怪盗――『
鏡合わせのように引き合わさった2人の運命は、まるで真実さんと真犯人のように真っ二つに分かれていた。片方には成功と祝福を、片方には破滅と長い刑期が与えられた。真実さんと真犯人の運命は、『神』によって翻弄されたものだ。
彼らだけじゃない。神取や達哉さんと舞耶さんだって、至さんだって、ニャルラトホテプやフィレモン――『神』による作為のせいで様々なものを背負わされた。……だとしたら、『
――俺の視界の端に、毒々しく輝く黄金の杯と、得体の知れぬ触手を這わせる異形がちらついたように見えたのは、果たして気のせいだったのだろうか。
◆
『――危ない、■■■!!』
……
“
『“
――“
「あなたの世界は、確かにすごいと思う。人が決して逃れられない『死の摂理』をひっくり返したんだから」
「決して別れが訪れない世界。自分の一番大切な人と、永遠を夢見ることが出来る世界。……多くの人々が、あなたの理想を『素晴らしい』と称えるんだろうね」
「……でも、僕はそれを認めない。嘗て、彼女や彼の奇跡によって生まれ落ち、2人を愛した命として。死の摂理から生まれた“死の宣告者”として、この世界を認めることはできないんだ」
「そうして何より、あの2人が選び取った【命のこたえ】を踏み躙られた。2人が勝ち取った“限りある命を精一杯生きる権利”を踏み躙られた。見過ごせるはずがない」
「今一度、僕は役目を果たそう。死の摂理から生まれた“死の宣告者”として、この歪んだ楽園に終焉を告げよう」
「分からないなら、教えてあげるよ。――僕の存在自体が、滅びの確約だって」
――ここではないどこかには、凛々しく眦を釣り上げた望月綾時が死神を召喚する世界があったらしい。
「……お前さあ、『解釈違い』って知ってる? もしくは『地雷』でもいいんだけど」
「僕が帰りたい堂島家は、あんな場所じゃないんだよ」
「お前が作った楽園って、退屈極まりないよなァ。しかも超絶つまんない上に、解釈違いも甚だしい」
「そのくせ、人様の地雷を容赦なく踏みつけてくるんだ。『俺がここに存在してる』ってだけで反吐が出る」
「確かに、世の中はクソだ。現実なんて地獄に決まってる。でも、こんな
「優等生面した気色悪い世界なんか要らない。そもそも、嘘と偽物だらけの世界自体に用が無い」
「『“
――ここではないどこかには、不敵な上に凶悪な笑みを浮かべた足立透が宣戦布告する世界があったらしい。
勿論、ここでは関係のない話。
どこかに転がっている、もしもの話だ。
―――
思った以上に長くなりすぎました。リメイク前作品との差異は、3以降の作品から顕著になります。前日譚の時点で、バタフライエフェクトの影響がちらほら出ている模様。
気付いたら救済と恋愛色の強い面子になりました。尚、足立の代役にされた真犯人さんは、男性警察官以外何も決まっていなかったりします。名前とかあった方がいいのでしょうか?
尚、真犯人(足立の代役)の活躍は、たまに取り上げられる程度でしかありません。名前がなくとも問題ないレベルです。一応アンケートを設置してみましたので、気楽に回答して頂けると幸いです。
リメイク版は文字数よりも場面の区切りを優先することにしました。そのため、以後は1話の文字数に大きな差が出ることがあります。どうかご了承ください。
……因みに、前話のあとがきSSと今話のあとがきSSは、没になった“魔改造明智が行くP5Rプロット”のネタを引っ張り出したものです。
件の3人がRの3学期に巻き添えを喰らったら、こんな感じで黒幕に喧嘩を売りそうな気がしてなりません。
真犯人(足立の代役)に名前を付けた方がいい?
-
名無しでも大丈夫
-
名前を付けた方がいい