記憶の彼方に見えるモノ   作:シュリンプ1012

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崩れ落ちる麦の音《中》

 

 ホンット、店に戻って早々、意味が分からない。

 

 仕事の合間の小休憩。俺にとってはその時間がオアシスなのであり、俺の趣味に没頭できる唯一の時間だ。店を開設してまだ数日だからか客の人数が多く、仕事も増えるのでその貴重性が増すばかりだ。

 そんな極楽な時間が終わって、いざ第二陣だ!と気合を入れて仕事場に入って先生とアルベルトさんに挨拶をした……その時だ。

 

 

『……なんでそんな顔するの…!?』

 

 

 どこの馬の骨かも知らない……は失礼か。……()()()()()()が今にも泣きそうな顔で此方に迫ってきたのだ。

 全く知らない人が迫ってくれば誰だって困り果てる。俺もその1人だ。だのに、それが当然ではないと言いたそうに彼女は今さっきの台詞を吐いた。

 

 ここで一つ言っておくが、仕事…強いては接客業というのはストレスが溜まる。人間ってのは一種多様な生物だ、人それぞれに別の対応をしなければならないからな。

 

 

「いや、だってそれは……」

 

 

 まぁ多少休息があったから和らいではいる。けどそれは完全には癒えない。たった1時間ちょいで外傷が治らないように、心のケアも治らない。……言いたいことが分かるだろうか?

 

 

「……てかまず」

 

 

 俺が言いたい事……それはつまり。

 

 

「お前、誰?」

 

 

 多少は()()()()()()…って事だ。

 

 俺の担当は品物の調理と客との接客。調理の方は美味しく作り出せる自信はあるし、それにやってる側としては楽しいと感じれる。でも接客は駄目だ。偶に店の事をああだこうだ喋り出すし、終いには俺の身長の事を弄りだすときた。

 前者はまだ許そう。俺も不満だと思う時もあるし。ただそれを俺に言うなって話だ。

 後者は論外。その台詞言った瞬間値段倍にしてやるぐらいに許せん(本当にするぞ☆)

 

 とまぁこんな風に、日頃の鬱憤が溜まっていてとても危険な状態なのだ。そこにまた、新たな火種が追加されるのは本当にごめんだ。

 

 

「……嘘…でしょ?」

 

「は?」

 

 

 それに気付かない彼女は、信じられないといった顔立ちで俺を見つめる。

 ……あーウザい。なんなんその目。

 

 

「私、だよ?昔よく遊んだ……」

 

「知らん」

 

「……え?」

 

 

 ホンットウザってぇ。しつこすぎて反吐が出る。

 

 

 

「冷やかしかどうかは知らねぇけど、お前の事なんて1ミリも分からんから」

 

 

 俺はそんな台詞を吐いて彼女の横を通り過ぎる。

 何がしたかったかは知らんが、俺には仕事がある。こんなとこで時間を割く程暇じゃなーいの。

 

 

「……蓮司のバカ…!!」

 

 

 俺の態度が気に食わなかったのか、彼女はよくありがちな罵声をか細い声で残して店を飛び出して行った。

 …ここでチビ野郎って一言があったら追いかけてぶっ飛ばしてた。俺をチビとかガキとか言って貶す奴は地獄の果てまで追い詰めてやるからなぁ…?

 

 

「さ、沙綾ちゃん……!?」

 

 

 取り敢えず邪魔者は消えたと息を吐こうとした所で、カウンター席に座っていた同年代ぐらいの女子が俺の横を通り過ぎた。恐らく先程出て行った奴の友達か何かだろう。

 まっ、そんなんどうでもいいけど。

 

 

「さてと、俺もそろそろ仕事に「あの」…あ?」

 

 

 本腰をいれて仕事に移ろうとすると、今度は背格好の高い女子が俺の行手を遮るように立っていた。

 いい加減にしてくれよ…と心の苛立ちを鎮めつつ、自分の事を見下しているであろう彼女の双眼に、俺は目を向ける。

 ……しかしながら、彼女は俺の事は見下してはいなかった。その代わりに少々怒り気味な表情ではあるが。

 

 

「これ」

 

 

 その発言と共に此方に差し向けた品は、革製の手提げ鞄。何かを吊す為にある金具には色の付いた星型のキーホルダーが五つぶら下がっている。

 

 

「これ、沙綾の忘れ物」

 

「さ、沙綾…?」

 

 

 いきなり知らない者の名前が出されたので、俺は呆れるようにもう一度、その名を復唱してしまう。

 

 

「……君が泣かせた子」

 

「……あー」

 

 

 確かに、追いかけてった子もその名前呼んでたっけか。苛ついててあんま聴いて無かったわ。……ってそんな事はどうでもいいねん。

 

 

「ソイツの忘れ物届けろってか?ハッ、やなこっ…」

 

「いけませんぞ蓮司殿!!」

 

「……た?」

 

 

 断りの申し立てを彼女に告げる、その前に後ろで見守っていた巨漢の男、アルベルトさんが2人の会話に割って入ってきた。表情こそ変わらないが、どことなく憤怒している雰囲気を醸し出していた。

 

 

「か弱い女性を泣かせ、その後を追いかける者を冷めた目付きで横目に流し、剰えその友の頼みを断ろうとするなど……紳士の風上にもおきませぬ!!」

 

「いや俺紳士でもねぇし。後アルベルトさん、客に迷惑かかるんでもう少し音量下げて」

 

「ぬっ……」

 

 

 俺の指摘を受けて口を籠らせるアルベルトさん。まぁその前から騒がしくなっているのであまり効果は無い。唯一利点があるなら、俺がスムーズに仕事に入れるぐらいだ。……それが目的だけど。

 

 

「いや、お前には行ってもらうぞ」

 

 

 ここでまたしても横槍が入った。見事に俺の耳に刺さった槍の主は、いつの間にか出来上がった品をカウンターテーブルに乗せていた先生だ。アルベルトさんとは打って変わり、その目付きは鋭い物となっている。

 

 だがそんな事を気にせずに、俺は自身の顔で、なんでぇ?と疑問の表情を作ってみせる。それに反応した先生は、手首を動かし此方に来いと手招きした。

 恐らく耳を貸せ、という意味だろう。仕方ないので彼に耳を傾けてみるとする。

 

 

「いいか?ここで彼女の頼みを断ってみろ。他のお客様がこれをネットに拡散して、すぐ様批判殺到。最悪開業数日でオジャンだぞ」

 

 

 ……なる程?つまりは俺の働き口が無くなるって訳か。それはそれで困るが、冷やかし相手の忘れ物を届けるのもなぁ。品性に欠けるっつぅか……。

 ……でもまぁ店の存続の危機だ。ここは仕方なく受けるとしよう。

 

 

「ったくしゃあねぇな……オイそこの……えぇっと…まぁいいや!」

 

 

 名前呼ぼうと思ったが、そういえば教えて貰ってなかったんだわ。それを思い出し、名前を言わずに俺は彼女の抱えていた忘れ物を取り上げて、すぐ様店を出る。

 

 店を出ると、2番目に飛び出して行った筈の女子が、胸の上で手を組み、道の先を眺めていた。

 恐らくだが、彼女の眺める先に俺のターゲットが走っていたのだろう。ならば話は早い。

 

 

「ちょいと失礼!」

 

「えっ…きゃっ!?」

 

 

 俺の一声に反応する彼女だが、振り返るその前に俺はその横を駆け抜ける。急な出来事だったのだろう、可愛らしい声を出して俺の行動に呆気に囚われている。

 

 

 仕方ない緊急な依頼。それに少々苛立ちを爆発しそうになりながら、俺は目的に向かって走り去って行った。

 

 

 

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 

 

 

 

 

 走る。ただひたすらに、走る。

 息を切らし、両脚が悲鳴をあげようとも。心の鞭で己を叩き、一心に走り続ける。

 涙が頰を伝おうとも、その粒すらも置き去りにする程に速く。他人からの視線に晒されようとも、気にせずに駆け抜ける。

 

 もう、何もかもが嫌になった。彼と過ごした出来事も、彼が消えた喪失感も。今にして思うと嫌悪の色で塗りつぶされていた。

 

 

『お前の事なんて1ミリも分からんから』

 

 

 耳に今尚も響く彼の声。いくら忘れようと頭を振っても、決して離れる事はなく、寧ろ思い出すだけで更に重みを乗せてへばりつく。

 

 今まで信じていた人に。また会いたいと再会を望んでいた人に。たった一つの言葉を彼から浴びせられただけで、深く心を抉られた。

 此方は今まで忘れた事はなかったのに…何故、彼方は綺麗さっぱり忘れているのか?何故あんな罵声を述べたのか?

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

 

 ついに限界を迎え、傍に立つ電柱にしがみ付いて態勢を維持しようとする。だが酷使し過ぎた両脚は最早、立つ事を許してはくれず、ついには地に膝をついてしまった。

 

 息を切らし、動かぬ脚を揺らしながら、先程自分で出した疑問を思案する。次第に考えるにつれ、彼への怒りを燃やす。

 

 だが、怒りと言うには弱い灯火だった。フゥッと息を吹きかけてしまえば、静かに消えてしまう程の、ユラユラと揺れる炎だ。

 

 

「なんで……!」

 

 

 電柱を支えに、もう一度立ち上がろうと試みる。だが、糸切れたかのように弱った足腰はそれを許す事は無い。

 

 本当は自身でも分かりきっていた。これが怒りなんかでは無いと。自分のことを忘れた彼への憎しみでは無いと、理解していた。でも、それでも。その事実を受け入れたくなかった。

 受け入れる…つまりは彼と同じように、彼という存在を自身の頭から忘れることに繋がるから。今まで紡いできた記憶を、頭の隅っこに追いやって過ごすことになるから。

 

 だからなのか。彼女はこうしてひたすらに、彼から遠ざかろうとしていた。

 この感情が怒りでは無いと理解し、しかしそれを認めようとはせず。

 要は()()()()()()()()決断するその瞬間から。怒りでは無いと心の底から理解してしまうその瞬間から。彼女は逃げているのだ。

 彼との記憶を消さない為に、彼との記憶から離れる。一見矛盾しているように見えるそれが、今の彼女にとっての最適な手段だった。

 

 しかしその行為が仇となったと、次の瞬間に理解してしまう。

 

 

 

「あっれれ〜?どうしたのカワイコチャ〜ン?」

 

「えっ…?」

 

 

 どうしようも無くへたり込んでいる彼女に、野太い男の声が届いた。ふと顔を上げて見せると、そこには数人の男達が、彼女を取り囲むように立ち塞がっていた。

 

 最近、タチの悪い人達が増えてきていると学校で聞いたのを、彼女は思い出す。紛れもない、彼らのことだった。

 

 

「キミ、ハナジョでしょー?ここからチョット遠くね?こんなとこで何してんのー?」

 

「いや、えっと……」

 

 

 ここで彼女はハッと気づくことがあった。

 勢いのままに店を飛び出して駆け抜けた彼女だったが、運悪くも走り抜けたその道は帰り道とは全くの逆。結果的に花女や我が家から離れていたわけだ。

 重大なことに気付いた彼女は男達の隙間から、辺りに一般人がいないかを確認した。……が、奇しくも人通りは無く、完全に自分達しかこの場にはいなかった。

 

 

「まっそんなことどーでもいいけど。…ヨイッ」

 

「えっちょっ……!?」

 

 

 自分で聞いた質問をそっぽに追いやった男は、へたり込む彼女の手を強引に引いて無理に立たせようとする。だが、先程から脚が棒のように動かない彼女が当然立てるわけもなく。自然と男の方に寄りかかる姿勢となってしまった。

 

 鼻を刺激するのような匂い。男からそんな匂いが立ち込めている。

 

 

「やめ…やめて…!」

 

 

 生理的に無理だと身体を捻り抜け出そうとするも、力で勝てるはずもなく、次第に自身の力が弱まる。そんな弱る彼女を見て、男達は不吉な笑みを浮かべた。

 

 

「無駄な抵抗しちゃって…んじゃ連れてこーぜー」

 

 

 息が絶え絶えな彼女を支えていた男は、よっこいしょ…と声を出して別の男に彼女を渡した。

 引き取った男は、彼女から漂う甘美な匂いを嗅ぎ、これまた良いモンだと言いたげな顔をして彼女を肩に背負う。

 その間彼女は何も抵抗もなく、ただ虚な目をして脱力仕切っていた。

 

 この時もう、彼女は考えることを放棄していた。ただ彼から逃げているだけでこんな悲惨な目に遭うなんて。……否、彼から逃げていたからこそこんな事になった。これは逃げてしまった私への罰なのだ……と、自分自身のことを悔やみ、そして何もしたくないという脱力感だけが残されていた。

 

 

 

 

「よっと」

 

 

 野太い声と共に、彼女は薄暗い場所へと放り投げ出される。

 そこは酷い悪臭が漂っていた。生ゴミを袋に入れずにそのまま放置したような、煩い蠅が飛び回るかのような悪臭。これと男達の体臭を比べれば、まだ男達の方を選ぶくらいには臭かった。

 

 

「……あら?どうしたんこの子。なんの反応もないけど?」

 

 

 そんな悪臭の中に放り投げられても尚、彼女は感情を顔に出す事はなかった。それを不思議に思った男達。

 

 

「まぁ良いんじゃねぇの?その方がやり易いしよ」

 

「それもそっか。んじゃ…」

 

 

 一拍置いて、男達は彼女の方を向く。その顔を狡猾な笑みに変え、

 

 

 

「一緒にタノシイこと、しようぜ?」

 

 

 一言、彼女に向けて呟き、そのまま手を彼女へと伸ばしていく。

 

 

 この後に起きることを、彼女は想像することが出来なかった。それはただ無知だからという訳ではなく、もう思考を止めているから。もう何も、考えたくはないから。

 

 

 現実から、目を背きたかったから。

 

 

 彼女の目元から、一粒の滴が流れ落ちた。

 

 いくら思考を放棄しても、いくら考えを止めたとしても、彼女の身体は正直だった。

 今ここで何もかもを放り捨てたら、心配してくれた仲間たちはどうなる?今まで育ててくれた親は?仲の良い友達は?今ここで消えてしまえば、みんなはなんと思う?

 

 思考を止めど、身体は自ずと動いていた。

 まだ終わりたくはないと。みんなに心配かけるわけにはいかないと。男達の間から漏れる光を目指すように、弱々しくも腕を伸ばす。

 

 

 ゆったりと進む時の中、彼女の頭の中で止まっていた思考が徐々に動き出す。

 

 彼とまた、話したい。人違いだったとしても構わない。罵声を浴びせてしまったあの彼に、しっかりと謝罪が––––

 

 

 

 

 

 その瞬間、彼女は何か妙だと感じた。

 男達の伸ばす手。ゆったりと迫るソレの中で異様に早く迫る腕があった。男達の間を縫うように飛び出た腕。その腕は段々と距離を詰め、遂には彼女の腕をがっしりと掴む。

 

 掴まれた……と感じる彼女だったが、そこから更に違う違和感を感じた。

 

 

 

 身体が、宙に浮いている。

 

 そう感じた時には、彼女は浮遊体験を終えて、地面へとダイレクトアタックをかましていた。

 

 

「いっつ〜…?」

 

 

 急な出来事の上、痛みが身体を這いずるので無意識に上体を起こし、特に痛む腰を摩った。

 

 

 

「なぁ、だいじょぶか?」

 

 

 

 その声に、思わず彼女は息を呑んだ。

 あり得ない事だった。何せ、あの店を飛び出してひたすらに走り続けたのだから。多少のイザコザがあったとはいえ、それを差し引いてもあまりにも時間と距離が合わない。

 

 だから彼が、この場にいるのはとても不自然で、有り得ないことなんだ……と。顔を上げるまではそうして考えていた。

 

 

「……あぁ…!」

 

 

 顔を上げて、目の前に立つ人物を見た瞬間、彼女の口から歓喜の声が漏れた。

 

 橙色に輝く頭髪。自分より少し小さめな背格好。沈みかけた夕陽に照らされ、より一層存在感が増している。

 

 

 今一度、彼の後ろ姿を見れただけで、彼女…沙綾は喜びに満ちていた。

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

「…んだ、テメェ!?いきなりシャシャリ出てきやがって!!」

 

「…いやはや、ただ忘れ物を届けに来ただけなのに…なんでこうなってんの?」

 

 

 「まさかの不良ちゃんだったとは」と肩を揺らして呟く男。そのまま男は小さく一つ溜息をつき、手に持った手提げ鞄を後ろにへたり込む沙綾の方に放り投げた。

 突然の出来事に状況の処理に困っていた彼女だったが、空から降ってくる鞄が迫るのに気付き、慌てふためきながら何とか手中に収める。

 

 

「ホントだったらここでお仕事終了……なんだけど」

 

 

 再度の溜息。それも先程とは比にならない程の

でかでかとしたものである。

 

 

「……そう易々と帰してくれませんよねぇ?」

 

 

 伏せた目に人差し指と親指で抑え、次に起こるであろう出来事に頭を悩ませる彼。悩みに悩んだ末に出たのがこの言葉だった。

 彼は伏せた目を細く開かせ、目の前の人物達を一瞥する。

 

 

「んなもん、当然のこっちゃろうが」

 

 

 彼の前には、筋骨隆々な腕を持つ5人の不良が存在していた。

 一人はサングラスを掛け唇にピアスを付ける者。一人は髪を金に染めてガムを膨らませる者。一人は赤いジャケットを羽織って尻を地面に付けない座り方をする者。一人は拳に煌びやかに光る鈍器を嵌める者。そして一人は豪腕に加えて妖しく輝く鉄パイプを所持する者。

 

 どれもこれも、邪魔者を始末せんと息を巻いていた。

 

 

「……あーあ、これだから日本の不良ってのは嫌で堪んない」

 

「…あ"?」

 

 

 そんな状況にも関わらず、何も持たぬ眼帯の彼は意気揚々と日本の不良について語り出した。

 

 

「この国の不良ってのは、た目立ってカッコいい武器持つだけで俺は最強だと勘違いしやがる。しかもそれに気付かない周りの連中は、怯えに怯えて勘違い野郎を野放しにしてるときたもんだ……全く、どうかしてるよ」

 

「……んだとゴルァ…!?」

 

 

 逆鱗に触れたのだろう、不良達は揃いに揃って怒りを露わにし始め、鉄パイプを持った屈強な男が一人走り出た。

 距離が着実に迫る中、不良は鉄パイプを天高く振りかぶりそのまま加速して勢いを付ける。敵を叩き潰さんとするその顔は、獲物を狩る虎そのもの。

 

 対する彼は何をすること無く、ただ不良が近づくの待つかのようにそこに佇む。その後ろで座る沙綾は、彼のなんの素振りも見せない姿に、密かに焦りを感じていた。

 

 

「死ねぇクソガキィィ!!」

 

 

 十分な距離になった所で、不良は標的の頭蓋目掛けて鉄パイプを振り下ろす。それでも尚動じることのない男。

 完全に命中する–––そう悟った沙綾は次に起こるであろう悲惨な結末から逃れる為に、目を逸らした。

 

 自分が巻き込んだばっかりに……と心中で悔やむ彼女。つい先程、自分が突き放したにも関わらず助けに来てくれた彼を思い嘆いていた

 

 

–––その時だった。

 

 

 

 

「……誰が、()()()()()()()()()

 

 

 不意に、彼の低く唸るような声が鳴った。その声と同時に、ガキンッ!と()()()()()()()()()()()()()音も鳴り響く。

 怒りの篭った声。そして、この場には不自然なかんだかい音をトリガーに、沙綾の目は強制的に見開かせられた。

 

 

「な、ななぁ…!?」

 

「…!?」

 

 

 沙綾の視界には、勢いよく振り下ろされたであろう鉄パイプを、なんと彼は()()()()()()()()()()()()のだ。これには不良達は勿論、沙綾も驚きを隠せない。

 

 

「だぁれが……お子様なガキンチョだってぇ!?

 

「ヒブッ!?」

 

 

 怒声とともに、彼は受け止めた武器を払い退けて不良の腹に1発、右拳をめり込ませる。

 拳をモロに受けた不良は呻き声を上げるも、彼の勢いある回し蹴りを顔面に直撃して壁に濃厚なキスをする羽目に。

 その際は声を上げること無く、「お子様なんて言ってねぇ…」と言いたげな顔で意識を手放した。

 

 

「……あっ、手袋破けちった…」

 

「……こんにゃろぉ!!」

 

 

 仲間の1人が脱落、そして敵の余裕ぶった態度に腹を立てた唇ピアスの不良。不良はすぐ様走り出し、懐に仕舞い込んでいた折り畳みナイフを取り出した。

 先程は鉄パイプの振り上げ攻撃だったのに対し、今度はナイフによる突きの攻撃。刃物で攻撃をすれば大抵の者は怯えてしまうだろう。

 

 だが、彼はそんな事では動じない。

 

 

「……はぁ!?」

 

 

 完璧に入ったと思われた攻撃。だが彼は何も臆する事なく、刃を右の手中に収める事で防いだのだ。

 

 

「新しいのに変えたばかりなのに……よっ!!」

 

「ボァ!?」

 

 

 刃を掴んだまま、不良の顔に裏拳を叩き込む。痛みに耐えかねて、ナイフを手放して顔を抑える不良。

 その隙を逃さなかった彼は、先程の不良と同じく、勢いのかかった左回転の回し蹴りを敵対する不良の顔面に直撃させた。

 不良は口の中の歯を飛ばしながら壁に衝突。伸びきっていた1人の仲間の上にひたりと倒れ込んだ。

 

 

「あーあ、今のナイフで完全に破れちった……」

 

 

 斜め上に切り裂かれた手袋を見て、彼は渋々とソレを外した。それにより、隠れていた右の拳が露わになる。

 

 

 その拳を一目見て、沙綾は息を呑んだ。

 

 

「…ハァ、ホントは隠しておきたかったんだけど」

 

 

 先程までの彼の芸当。普通の腕であれば、骨はバラバラに砕け散り、手を切り裂かれ血を流す。もう、痛いだけでは済まされないレベルだ。

 だが、彼は呻き声すら上げず、逆に相手に上げさせた。更に言えばその相手を格闘術で口を開かせなくしている。

 

 

「まぁ起きたことを悔やんでも仕方ない。ついでだ……っと」

 

 

 彼はやれやれといった態度をして、羽織っていた茶色のジャケットを脱ぎ捨てた。それにより拳だけだったのが、肩から伸びる右腕全体が晒されることになる。

 

 全体像を把握した沙綾は、驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「……お前らも、名前ぐらい知ってんだろ?」

 

 

 その腕は、()()()()()()()

 

 肩から伸びるは堅固なる鉄。何層にも鉄の積まれた肩部、細長い空洞のある前腕部、固く握りしめられた輝く拳。

 下り始めた太陽を背に、その腕は銀色に輝く。その様はまるで、()()()()()()()

 

 

「さぁて……ちゃっちゃかと片付けるとするか」

 

 

 機械鎧(オートメイル)。鋼の義手を身につけし彼は、可憐な少女を背に戦わんとしていた。

 

 

 

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