記憶の彼方に見えるモノ   作:シュリンプ1012

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崩れ落ちる麦の音《後》

 ––––機械鎧(オートメイル)。その名が世に知れ渡ったのは約5年前に遡る。

 

 活気盛んな日本の都市部に、突如として『災害』が襲い掛かった。

 地面は割れ、建物は崩壊し、瓦礫の山が建ち並ぶ。幸いにも被害地域こそ小さかったが、都心ということもあり犠牲者が100を超えた。

 その中で五体満足で救助された者もいたが、多くの者は瓦礫に埋れた際に手足と離れ離れとなり、いつも通りの生活が送れなくなってしまった。

 

 だがしかし、その厄災は日本だけで留まらなかった。なんと世界各地で『災害』が起きたのだ。しかもその被害は日本の比では無く、犠牲者の数は数億人と跳ね上がる程に。

 これにより、世界総人口の約3%が義手義足の生活を余儀なくされ、世界は混乱の危機に瀕してしまった。

 

 

 そんな人類危機の中、着々と注目を浴びたのが機械鎧(オートメイル)だった。

 従来の義手義足は精密・耐久性が低く、少しの衝撃で不具合を起こしていた。しかし世界各国連携で製作された機械鎧は、耐久性に優れており、長期間による手術とリハビリによって精密性の向上を促進させた。

 

 

 希望を与えた義肢。それを開発し、世に知らしめた者は次にこう語る。

 

 

 

『苦難を乗り越えた先に、希望は待つものだ』…と。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 あまりにも、一瞬だった。

 

 

「うおぉぉぉぉああ!!」

 

 

 敵討ちの為、男がメリケンサックを片手に走り出しても。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 鋼鉄の拳と相討ちとなり、男の得物が真っ二つに割れてしまい。驚愕するその隙を狙われ、逆に拳を顔面に喰らわされて。

 

 

「うっ、うりゃあぁぁぁぁ!!」

 

 

 次々と倒されゆく仲間達を救おうと、武器も無しに駆ける男も。

 

 

 逆に距離を詰められ、下から鋭い蹴りを腹に受け。悶え苦しむ様に追撃として踵を脳天に振り下ろされて。

 

 

「や、ヤベェって…!?コイツヤベェって!!」

 

 

 最後の1人となった男は、敵わないと悟ってなのか、尻を引きずりながら後方に引き下がっていく。その姿を目視すると、ニヤリ、と獲物を見つけたかのように笑い、男の下がる速度と同等の速さで迫った。

 

 あまりにも一瞬の出来事であった。

 武装した男達を数秒で鎮静させ、剰え鎮めた当の本人は、何事もなかったかのようにけろっとしている。

 その様に、残った男も……更に言えば助けられている沙綾も。等しく『恐怖』という感情が浮かび上がっていた。

 

 

「……はっ!?」

 

 

 気づけば男は背中を壁に押し付けていた。嘘だろと思い後方を確認するが、現実を受け入れろと言わんばかりに聳え立つ壁しか無い。

 

 身体から、血の気がすぅっと抜けていく。

 

 

「ま、待ってくれ!!」

 

「……あ?」

 

 

 それは、咄嗟の行動だった。

 

 

「お、俺はあいつらに脅されてたんだ!!一緒にやらなきゃどうなるか分かってんのかって!だから俺は…!」

 

 緊迫した命乞いだった。額から汗を垂らし、震える唇を何とか動かし言葉を吐き出す。

 最早、男にはそれしか出来なかった。身体が屈強そうに見えても、肝心の中身は貧弱。とてもじゃないが立ち向かう勇気は無かった。

 

 

「知るかよ、んなもん」

 

「……へ?」

 

 

 しかし彼の胸に届くことは無く、ただ、冷たい目線を送られている。

 

 スゥ……と一呼吸。

 

 

俺は!!ただお前らに『ドチャクソメチャンコ豆粒』って言われて腹が立っただけなんだよ!!別にお前が脅されたとか…!

 

 

 彼は震える男の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせる。

 憤慨。今の彼は語弊があった事に気づかぬ程に、怒りに満ちて暴れていた。

 

 手ぶらである鋼の拳を振り上げ、一言。

 

 

どーでもいいんだよォォ!!!!

 

ドヘェェェ!!?

 

 

 そう言い放つとともに、彼は最大最高、天を穿つ程のアッパーを男の顎へと命中。勢いで宙を舞う男は、最後には壁にめり込んで弱々しかった意識を手放した。

 

 

「……ふぅ、片付いた片付いたっと」

 

 

 一仕事終えたかのように、パンパン…と手を払う。そんな彼とは裏腹に、未だにへたり込んでいた沙綾は、目の前の光景に阿鼻叫喚していた。

 積み重なって泡を吹く男2名。顔面に拳の跡をつけて伸びる男1人。地面にキスをしながら、白目をひん剥いて寝る男1人。そして最後に、顔を壁にめり込ませて下半身をぶらつかせる男1人……。

 

 なんかもう、色々と凄かった。

 

 

「おい、アンタ。立てるか?」

 

 

 実はこれ夢の中なのでは?と錯覚する彼女に、彼は声をかけて左手を差し伸べる。

 

 

「あ、えっと…ありがと」

 

 

 ずっと座りこんでいるのも何なので、立ち上がる為に差し出された彼の手を掴んだ。

 微かな温もり。手袋越しではあったが、掴んだ手は確かに人の肌…歴とした人間の腕だ。

 

 確信を得た彼女は、横目に彼の右腕を見る。

 

 冷え切っている。彼自身見られたくはないのだろう、身体を斜めに向け義手である右腕を少し隠していた。だが、はみ出した部分でわかる。触れていないその腕に、血が通っていないことを。夕焼けを反射する腕に、熱は篭っていないことを。彼女は理解した。

 

 

「……さっきはすまなかった」

 

「……えっ?」

 

 

 突然の謝罪。彼の思いもしなかった発言に、沙綾は少々驚愕し顔を上げる。

 

 

「俺、あん時苛ついててよ。初対面で、しかも客だったアンタに酷い態度しちまったから…」

 

「……」

 

 

 初対面–––その言葉に彼女は心が締められた気持ちになる。そのせいでなのか、初対面じゃないと、そう言いたくても、口は簡単には開かない。

 目の前にいる彼は、昔一緒に遊んで笑い合った蓮司()本人。店の中で再会するまではそう確信していた。

 だが、いざこうして向かい立ってみるとその確証も揺らいでしまう。それもそうだ。今目の前に立つ(蓮司)が、蓮司()だという証拠なんて()()()()()()。今までのはただの直感でしかない。

 

 

「……私も」

 

 

 やっとの思いで、彼女は口を開く。だがそれは今さっき思い描いていた台詞ではなく。

 

 ()()()()()()と呟こうとした……その時。

 

 

 

 彼女の目に何かが留まった。

 話に耳を傾ける彼の後方。そこに泡を吹いていた筈の男が1人、弱々しくも立ち上がっていた。しかもその手に、何か見覚えのある物を持って。

 それは、戦った事のない沙綾でもハッキリと分かった。男の片手で持てる程のサイズで黒光りする武器。ソレが震えながらも、しっかりとこちらを捉えていた。

 

 

「…!!」

 

 

 反射だった。今まさに狙いを付けられているのに、彼女の身体は動いていた。

 戦った事のない者は大抵、恐怖のあまりに身体は動く事はない。女性なら尚更だ。逃れられないと悟り、身体は死を迎え入れる。

 それでも彼女は動いてみせた。自分を見つめる彼を、油断仕切っているであろう彼を助けようとした。

 

 

 だが、彼女は彼を退かす事はなかった。

 無論、途中で諦めた訳ではない。必死になって身体を動かし彼を助けようとした。なのに、彼女の身体は止まってしまった。

 

 その原因は直ぐに分かった。

 なんと彼女が退かそうとした彼が、彼女の肩を抑え静止させたのだ。彼女は思わず、彼の顔を見る。

 

 その顔は、安心しろと言わんばかりに

 

 小さく、笑っていた。

 

 

 パスンッ、と小さく鳴った。

 

 

「ぅえ…!?」

 

 

 男の呻き声、そして武器の落ちる音。それに釣られ彼女は目線を男の方に向ける。

 何故か男は、力を失ったかのように再度倒れたのだ。何故倒れたのか、と理解していない顔になりながら。よくよく見ると、男の首筋に銀に輝く針のような物が刺さっていた。

 

 

「まったく、不意打ちとはやるじゃねぇの。俺には効かんけど」

 

 

 ふぅ、と右の人差し指を吹きかける彼。そこで彼女はある事に気づいた。

 彼の人差し指がなんと、第一関節から折れ曲がっていたのだ。だがすぐに、手首をスナップをきかせてカチンッ、と音を鳴らして元に戻してしまったのだが。

 

 

「い、今のって……」

 

「あ?…あー、今のは麻酔銃だよ。ナウマンゾウ即座に眠らせるぐらいの」

 

「ナウマンゾウ!?」

 

 

 それどっかの名探偵が使うやつじゃん……と内心驚く彼女。それと同時にさっきのアレは麻酔の射出口だったかとも納得する。

 

 

「……しっかし困ったなぁ。こうも抵抗されると一緒に戻れないんだが……」

 

「……えっと、戻る?」

 

「え?……あっ、言って無かったっけ。ちょいとアンタに詫びの品用意してんだよ」

 

 

 詫びの品…と言われて、先程の会話を思い出す。

 確かに彼は酷い態度をとった事に謝罪していた。少し申し訳なくしながら。……それに加えて何か渡してくるのだろうか。

 

 断って帰る……その選択肢を取っても良い。事の発端は自分の勘違い、だから貰うのは言語道断と言っても良い。そう言えるぐらいに、彼女は負い目を感じている。

 

 

「……しゃあない。アンタ、先行っててくんないか?ちょっとこいつらふん縛っておくから」

 

「えっ!?いやでも」

 

「いいっていいって。時間かかるだろうし」

 

 

 自分がいけないので断ろうとした彼女だったが、それを遮るようにして話を進める。……どうやら彼は行くと決めつけて話しているようだ。

 

 

「分かった、じゃあ先行ってるね」

 

「おーう、すぐ行く」

 

 

 仕方なく、彼女は了承し鞄を持って歩き出す。

 

 無理やり連れて来られた路地裏から出ると、まだ沈み切っていない夕日が、彼女を迎え入れる。路地裏にも少しは光が差し込んでいたが、こうも光量に差があると、夕日がいつもよりも輝いているように見える。

 

 新たな発見に少し嬉しく思いつつも、心に少しモヤを抱えて、彼女は歩き出した。

 

 

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