シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第1話 闇の中 見つめている

西暦2015年 盛夏―――。

 

 

 

広大な屋敷の片隅で、風鳴八紘は息を潜めている。

先ほどから心臓は痛いくらいに鼓動を刻み、脈も乱れに乱れていた。

古書院の押入れと空気が籠る場所にいるにも関わらず、冷や汗が止まらない。

 

―――八紘

 

地の底から響いてくるような声が、武家造りを震わせる。

 

―――八紘 どこにいる―――

 

声が反響して、近くで聞こえるのか遠くで聞こえるのかすら分からない。

ガチガチと歯の鳴る音がすぐ傍でした。

誰のものかと思ったら、自分のものだった。

 

八紘とて、護国の防人一族、風鳴直系の男子である。

肝の据わり方なぞ、そこいらの一般人の比ではない。

 

では、なにゆえに彼がそこまで怯えているのか?

 

答えは、いま彼を捜し求めている人物にある。

 

 

 

風鳴訃堂。

現風鳴家当主にして、八紘の実父。

齢は疾うに70を超えていたが、質実剛健、意気軒昂。

未だ国防の第一線で指揮を取り、その辣腕と怪物ぶりより、周辺諸国、いや、最大の同盟国からすらも、もっとも信頼され、同時にもっとも警戒される男。

 

 

 

護国不動尊 

戦涯仙人 

マスター・サイクロン

日ノ本大鬼

 

 

 

異名を羅列すればまるで武侠小説のような有様で、実態はフィクションの上を行く。

 

そんな破天荒な父が、自分を捜し求めて広大な屋敷を闊歩している。

歯の根をどうにか抑え込み、八紘は冷や汗で濡れた頭を抱え込む。

 

…くそっ、失敗だった! 夏季休暇だとしても、実家になど戻ってくるべきではなかった!

 

風鳴八紘この時二十歳。

旧帝大の法学部へ首席合格してから早二年が経過していた。

合格を機に、首都で借家暮らしをしていたのだが、ここに至り、上の兄たちが揃ってそそくさと実家を出て、盆暮れ正月程度しか戻ってこないことを痛烈に思い出している。

 

だが、後悔は先に立たない。

ここはどうにかやり過ごして―――。

 

声が遠ざかる。

引き換えに、じーじーとアブラゼミの鳴く音が聞こえてきた。

 

―――いったか?

 

ホッと胸を撫で下ろし、八紘は襖の戸を開く。

真夏の昼に関わらず、押し入れ内に比べれば、外気を涼しく感じた。

ゆっくりと立ちあがり、丸めきった腰を伸ばす。

そのまましみじみと背伸びをして、大きく息を吐き出した時だった。

 

「見つけたぞ、八紘ぉ」

 

すぐ耳元でしわがれた声。

驚愕に目を見開けば、白髪の鬼がこちらを覗き込んでいる。

 

「ち、父上…」

 

一瞬で口腔内が干上がり、唇がカサカサにひび割れた。

その息子の様子に、風鳴訃堂は満面の笑みを浮かべて、

 

「儂から逃れられると思うたか? この未熟者め」

 

そのまま八紘の腰を抱え込む。

 

「は、離して下さい!」

 

八紘は暴れるも、まるで鋼鉄の万力で挟まれたようにビクともしない。

息子を小脇に抱えたまま、ドスドスと訃堂は長い廊下を進む。

その足取りは、壮年期の人間の足取りと同じく、力強く安定している。

幾人もの使用人と行き会ったが、誰もが礼儀正しくこちらに背中を向けていた。

それもそのはず、この邸内で訃堂に逆らうどころか苦言を呈することの出来る人間など、ほとんどいない。

 

絶望の色を顔に浮かべる八紘に全く頓着せず、訃堂は嬉々として廊下の突き当たりへと至る。

一見行き止まりに見えるが、赴堂が隠しボタンを押すと、重々しく正面の壁が開いた。

その先には、地下へと至る階段が瘴気を放っている。

 

「父上! どうか御寛恕のほどをッ!」

 

必死の表情で訴える八紘。

 

「往生際の悪いやつじゃのう。観念せい」

 

ニタリと笑い、訃堂は取り合わない。

そのまま矍鑠とした足取りで階段を降りれば、だだっ広い空間が現れた。

地下にも関わらず天井は高く、その中心には幾つかの椅子が据えられただけの殺風景。

ここに至り、八紘の顔はほとんど蝋の如く白くなっている。

幼少から知ったるこの場所での苦行を思い出し、全身を(おこり)のように震わせていた。

その息子の様子に、

 

「ほう、よほど楽しみだったか?」

 

訃堂はニヤニヤといった笑みを絶やさぬまま、中心の椅子へ八紘を据えると、その両手、両足を鉄の枷で戒めて行く。

 

「これも風鳴家に生まれついたものの責務と知れ」

 

訃堂の宣告に、八紘の全細胞が悲鳴を上げていた。

幼少期からの記憶が走馬灯のように駆け巡る。

もはや息も絶え絶えの息子に、訃堂は悪魔のように囁きかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日は初代のウルトラシリーズから始めるか? 

 それとも宇宙刑事三部作で口火を切るか? 

 ううむ、戦隊モノも捨てがたい…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ととと年甲斐もなく、そんなものを見るのは止めてくださいッ!」

 

八紘、魂の叫び。

対して、訃堂の瞳は肉食獣のように細められる。

 

「そんなもの、だとぉッ!?」

 

逆鱗に触れた。悟ったところでもはや八紘に成す術はない。

 

「八紘、貴様ッ!! 護国のために散るらんとする漢たちの物語を、そんなものとはなんとするッ!」

 

八紘は目を瞑る。

もはやこれまで、と観念した。

神仏など信じるタチではないが、心の中で強く強く祈る。

どうか次に生まれくるときは、まともな家の子供に産まれさせてください―――。

 

「あ、父ちゃん! オレが来ないうちに始めないでよー!」

 

能天気な子供の声が割って入り、八紘の心の遺言を中断させた。

 

「おお、弦か」

 

打って変わって優しげな声で、訃堂は少年の方を見る。

少年の名は風鳴弦十郎。訃堂の末子にして、今年で六歳にも関わらず、大柄な体からは逞しさすら感じられる野性児だ。

 

「すまんすまん、姿が見えなんだでの。先刻、國電(くにみつ)の手のものを呼びに行かせたはずだが…」

 

「あ、あの人って、國電爺ちゃんの部下だったの?」

 

バツの悪そうな顔をする弦十郎少年。

 

「ちょうど裏山で特訓していたんだけどさ、怪しそうな気配だったからぶっ飛ばしちゃったよ」

 

古来より、風鳴家を影から守護する緒川忍群。

その棟梁である國電の部下を一蹴してのけた弦十郎は、間違いなく防人の血筋だった。

 

善哉善哉(よきかなよきかな)

 

末子の物言いに、呵々と訃堂は笑う。

 

「國電の部下が未熟だったというだけよ。おまえは良くやった」

 

「うん!」

 

褒められ、上機嫌で弦十郎は八紘の隣のソファーへ腰を降ろす。

 

「どれ、弦。パレードのメロンソーダ味でいいかの?」

 

「うん、上等上等!」

 

父を微塵も恐れぬ言葉づかいで訃堂より飲み物を受け取る弦十郎。

栓抜きも使わず親指で蓋を外し美味そうに飲み物を口に運んでいるが、隣で脂汗を流す兄を気にする風でもない。

八紘を挟んで隣の椅子へと訃堂も腰を降ろす。

老齢にも関わらぬ巨躯の手には、こちらもラムネが握られていた。

 

「さて、いよいよ始まるぞ…」

 

嬉しそうに目を輝かせる訃堂と弦十郎。絶望的な表情で目を血走らせる八紘。

彼らの目前で、壁一面を占めた巨大スクリーンのカーテンが取り払われていく。

続いて、映像に合わせて腹の底まで震えるような盛大な爆発音が、ドルビーサウンドで再生。

軽快なスキャットともに、宙明BGMが流れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風鳴一族は、古来より日本国を守護するために血道を開けてきた防人の末裔。

 

そして国とは、人であり、そこで育まれた風土であり、文化が集積したものである。

 

ゆえに風鳴一族は、人を護り、土地を護り、文化を護る。

 

 

 

―――ただ、風鳴の当代の当主は、文化は文化でも、いささか日本のサブカルチャーに、それは深く深く傾倒していたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息も絶え絶えに八紘が解放されたときには、日はとっぷり暮れていた。

例の秘密階段をどうにか登り切り、四つん這いでぜーぜー言っていれば、背後から暢気な声が上がってくる。

 

「やっぱりレオの特訓シーンは最高だね!」

 

「ほう? ならば今度儂と再現してみるか」

 

笑いあう弦十郎と訃堂を横目に、八紘の受けた衝撃は深刻極まりない。

特撮VTRを立て続けに見せられたのも大概だが、その合間合間に食べさせられたチープな駄菓子群が、彼の味蕾へ強烈なダメージを与えていた。

 

…なんだ、あのベッタリと上あごにへばり付き、サクサクも何も言わない甘いだけのウェハースは!

ひも付き飴なんぞ、ただの着色料の入った砂糖の塊じゃあないか!

それと、ヨーグルとかいう全然名前詐欺のチープすぎる後味と来たら…ッ!!

 

「どれ、少し遅くなったが、晩飯にするか」

 

半死半生の息子に頓着せず、訃堂がのたもう。

 

「うわ、もうこんな時間が。どうりで腹減ったぜ」

 

めしーめしー! と騒ぎ始める弦十郎には、八紘はげんなりを通り越して枯死するかと思う。

 

「…自分は、夕食は遠慮します」

 

掠れ声で言い残し、自室へ引き上げようと試みたが、訃堂がにっかりとした笑みを浮かべている。

 

「今日は馳走ぞ。いま流行りの〝じびえ〟というやつよ」

 

「いえ、私は、肉はあんまり…」

 

「若い者が肉を喰らわんでどうするッ!」

 

断言する訃堂に八紘が尻込みしていると、俄かに屋敷内が騒がしくなる。

 

「活造り用のツキノワグマが逃げたぞッ!」

 

使用人の一人が叫ぶ。

見れば廊下の向こうから、全長160cmに喃々とする巨大な熊が走ってくるではないか。

 

「父ちゃんッ!」

 

弦十郎が腕まくりをして前に出る。

 

「いや、おまえは下がっておれ」

 

赴堂は下がらせた。しかし、これは決して実子を慮ったわけではない。

 

「弦十郎よ、おまえに任せては、せっかくの夕食が粉々になるでのう」

 

言うが早いが、訃堂は迫りくる熊を一睨み。

途端に、熊の巨体は音を立てて廊下に転がる。

訃堂の眼力によって刺激された恐怖心のあまり、心臓を止め自害したのだった。

 

「も、もうしわけありません…」

 

平身低頭の料理長に、訃堂の大喝が落ちる。

 

「たわけめッ! 今日、来客があったとしたらなんとするッ!」

 

至極もっともな意見に思えるが、そもそも客人にクマの活造りを出す方がどうかしている。

いや、それ以前に、平然とそんなゲテモノを夕餉の膳に載せるのはおかしいだろう!?

 

八紘はそう強く思う。

そして外に出て暮らせば、よくよく見えてくる。

この風鳴家の異常性が。

 

もっとも肉体的な超人能力はもたないにせよ、八紘も頭脳的には十二分に常人離れしたものを持つ。

ゆえに、より深くこの一族の非常識に思いを馳せてしまうのは、ある意味負のスパイラルと言えなくもなかった。

 

「さて、さっそく解体を始めろ。せっかくの活きが下がるからのう」

 

訃堂の声に、家人たちが数人がかりでクマを持ち上げようとするも、ビクともしない。

 

「あ、オレが持っていくよ!」

 

弦十郎少年が駆け寄って、片手でひょいと200㎏はありそうなクマを持ち上げて、厨房へと運んでいく。

その光景に、使用人たちは低頭するが、決して驚いたそぶりは見せない。

つまりはこれがこの屋敷に於いての日常であり、世間的な非日常のアウターワールドである証明であった。

 

「…私は、クマ肉はあまり…」

 

青ざめた顔で八紘は言う。

仮に食べたところで胃が受け付けない自信があった。

 

「ふむ? ならば先日獲ってきた猪肉と鴨肉もあるぞ?」

 

訃堂は近所に散歩にいくような軽装で山へと入り、狩猟してくることがままある。

この国の山の恵みぞ、と嬉々と笑っているが、素手で取ってくるのはどうなのだろう? 山菜取りでもあるまいし。

 

「いえ、その、肉自体が…」

 

すると訃堂はマジマジと八紘の顔を覗き込み、

 

「少し血が足りぬようだな。やはり都会では山河の恩恵を受けづらいと見える」

 

「普段はちゃんと食事は摂っていますが」

 

「いや、いかんいかん。大和男子たるもの、たまには野卑なものを喰らわねば魂に力が入らぬものよ」

 

全く話が噛みあってないようだが、訃堂なりに息子を気遣っているらしい。

また、常日頃の食事も修行の一つと公言しているからして、老齢にも関わらず頑健そのものの肉体で迫られては、これ以上の説得は無理そうだ。

…観念するしかないのか。

八紘が、ワイルドすぎる夕食の卓に渋々着くことを了承しかけたときだった。

 

「訃堂さん。なんぞ騒がしいですなあ」

 

凛とした声が響く。

声の方を見れば、和装の麗人が立っていた。

年齢は三十歳前後に見えるが、立ち振る舞いは優雅で気品がある。

加えて、所作がいちいちなんとも艶っぽい。

 

「…琴音か」

 

訃堂が呟く。驚くべきことに、その声から威圧的なまでの強靭さは失われていた。

だけでない。その全身から迸っていた膨大な気も、一時的に丸くなっているように思われるではないか。

そんな実父の変化を横目に、ほとんど四つん這いで八紘はその麗人へと駆け寄っていた。

 

「ご無沙汰しています。()()!」

 

「あら、八紘さん。しばらく見ない内に凛々しゅうなられたこと」

 

八紘の手をとって立たせ、麗人はコロコロと笑う。

彼女のフルネームは、風鳴琴音(ことね)

何を隠そう訃堂の妻にして、息子たちの母親だ。

しかし、弦十郎六歳はともかく八紘は二十歳だ。

三十前後の見た目の彼女は、果たして彼の芳春院のように十歳前後で出産したのか。

それともいま流行りの美魔女というやつか?

 

真実を言えば、彼女は本当の魔女であると言えた。

見た目に反し、その実年齢は、なんと訃堂より二歳上である。

途轍もない大恋愛の末に二人が結ばれたとき、琴音二十歳、訃堂十八歳だったことは、子供たちも耳タコのノロケ話だ。

そして彼女は、末っ子の名が弦十郎である通り、十人もの子供を産んでいる。

さしもの訃堂も頭が上がらない、この屋敷で唯一無二の存在であった。

 

「あ、母ちゃん!」

 

厨房から戻ってきたらしい弦十郎が駆けてくる。

受け止めて、琴音はその日焼けした顔に手を添えて微笑む。

 

「弦十郎も、おっきくなりましたなあ」

 

へへへ、と鼻をこする弦十郎。

これで助かったと胸を撫で下ろす八紘。

なんとも言えない表情で佇む訃堂は、おそろしいことに恋女房を前に照れていたのかも知れない。

 

 

国防の要、風鳴一族。

鍛えに鍛えし業と力は、罪なき人と母なる故郷を護るための剣とならん。

 

鉄血の誇りゆえに只人を超越した剛力と視点を持ち、現当主の趣味は少々以上にアレだったが、いまこのとき、確かにこの場には、普通の家庭の団欒が存在した―――。

 

 

 

 

 

 

 

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