シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第6話 その心が熱くなるもの 

雪音クリスが風鳴家に引き取られ一か月ほど過ぎた。

 

外国人を母に持つ彼女の家庭は、ほとんどが洋式だった。

ここに来て純和風建築の風鳴の屋敷と、その広大な敷地に、ただただクリスは驚くだけ。

純国産のイグサの畳や、障子や襖といった紙質に触るのも、最初はおっかなびっくりだった。

 

それでも子供であるクリスの順応性は高い。

最初は難儀していた和服もそれなりに着こなせるようになり、正座にも慣れた。

礼儀作法や言葉遣いといったものは、琴音の起きている時は彼女直々に、彼女が眠っている時は女中頭から仕込まれる。

箸の使い方や食事、特に和食の作法などには困惑させられたけれど、日本舞踊や茶道といった分野はそれほど苦にならなかった。

先生代わりにとなってくれた女中頭の立ち振る舞いは見事だったし、手ずからお茶を淹れてくれた琴音の所作は綺麗だった。憧れて、自分もあんな風に振る舞いたいと思う。

 

そしてもっともクリスの性分に会っていたのは、和弓である。

風鳴邸の敷地内には武道場もあり、隣には弓道場もあった。

そこで訃堂から直々に弓の引き方を習い、筋が良いとの太鼓判を貰っていた。

 

そんなこんなで風鳴家での生活は、やたらとキッチリしていて少し窮屈だったけれど、クリスが不満をいう道理はない。

身寄りのない自分を引き取ってくれたという大恩もあるし、バルベルデに比べれば何百倍もマシだ。あのまま助けられなかったらと思うとゾッとする。

 

実際に、布団に入った途端、その夢を見て跳ね起きたことがある。

眠れずスンスンと泣いていると、音もなく訃堂が現れた。

そのまま真夜中の邸内を歩いてどこに連れていかれるのかと思ったら、例の秘密の地下室。

映画館もかくやと思われる映像設備で、派手な子供向けの特撮DVDを見せられた。

 

「琴音には内緒だぞ」

 

そういって訃堂が渡してくれた駄菓子の味を、クリスは生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

二か月も過ぎた頃、ようやくクリスは地元の小学校へ通うようになる。

勉強の遅れをたちまち取り戻した彼女は、琴音仕込みの立ち振る舞いもあり、清楚で大人しい転校生と思われていた。

幼少の頃はやんちゃな彼女だったけど、恩義のある風鳴家に迷惑はかけられないと分別をつけられるようになっている。

元々ハーフで見た目も良いクリスに、清楚で奥ゆかしい態度が加われば、まさに鬼に金棒。

本人の全く預かり知らぬところで、男子たちからの人気は相当なものがあったようだ。

 

そして、彼女と初めて顔を合わせたのもこの頃だった。

 

「私の娘の翼だ」

 

八紘から紹介された少女を、クリスは見覚えがあった。

たびたび風鳴の本邸で見かけてはいたが、いずれもクリスは習い事の最中で声をかわしたことすらない。

これは、クリスが最低限の礼儀作法を覚えるまでは意図的に遭遇させないようにしていた風鳴家の気遣いだったが、彼女がそのことに気づくのはずいぶん後のことになる。

 

自分より一つ年上だという翼に、仕込まれた礼儀に則り、クリスは丁寧に頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります、翼さま。雪音クリスと申します」

 

返事はない。おそるおそる頭をあげれば翼はきょとんとした表情。

 

「あ、あの…?」

 

何か気に障ったのだろうか。

動揺するクリスに、翼は笑顔で真っ直ぐ手を伸ばしてくる。

 

「翼でいいわよ」

 

「…え?」

 

「わたしもクリスって呼ぶね?」

 

予想外のフレンドリーさに面食らい、クリスは助けを求めるように周囲を見回す。

すると、逞しい大きな手が頭に載せられた。

 

「翼は、親族の中に同年代の子供がいないんだ。だからクリスが友達になってやるといい」

 

弦十郎が笑顔で見下ろしてくる。

それから八紘の様子も伺うと、笑顔のまま無言で頷かれた。

 

「…え、と。つ、翼さん?」

 

「つ・ば・さ!」

 

「…翼」

 

「うん。クリス、よろしくね」

 

日本で初めて出来た同年代の友達。

我知らず、頬が柔らかく緩んでいる。

 

それでもクリスは心の中で自分を戒めた。

わたしはこの家に貰われてきた子なんだから、と。

 

少なくとも、この人に対等に接しちゃいけない。

一歩下がって、お仕えするつもりでいなきゃ―――。

 

けれど、ぎゅっと握ってきた掌は、思いのほか温かくて。

 

そんなクリスだったが、翌年の年賀の会で、その覚悟は裏切られる。

翼と揃いの振袖を着せられたのはともかく、クリスのために用意されたのは上座の席。

これには、参列者のほとんどが目を剥いた。

クリスが猶子なことは周知されてはいただけに、ざわめく親族たち。

この扱いは、まるで直系の末子ではないか!

その通りとばかりにクリスの隣には弦十郎が座し、周囲に「俺の妹になんか文句でもあんのかゴルァ」とオーラを振りまいていた。

そのうえ最奥では訃堂が睨みを利かせているものだから、誰も面向かって異論や文句を口にできるはずもなく。

 

実際に何歳なのかよく分からない訃堂夫妻。

年の離れすぎた弦十郎たち義理の兄。

猶子になった自分にとって姪に相当する一歳年上の翼。

 

何とも奇妙な立ち位置にいると自覚しつつ、新年を迎えた風鳴家で、クリスは確かに温かい幸せの中にいた。

 

 

 

 

 

 

あっという間に一年が経ち、クリスも11歳の年。

風鳴家の生活に馴染みはすれど狎れることはなく、日々感謝を胸に学業に励んでいた。

そんな時、訃堂が一人の女の子を連れて帰ってきたらしい。

なぜに仮定形かと言えば、クリスが気づいたとき、その少女は風鳴の屋敷にいたからだ。

後で知ったことだが、どうも例の地下室に一週間ほど籠りっぱなしだったようだ。

そこを出てから、訃堂相手に鍛錬を積んでいた様子。

 

他ならぬ自分を助けたせいで訃堂が隠居に追い込まれたことを、クリスは知っていた。

だけに、活き活きと女の子の相手をしている訃堂の姿を嬉しく思う。

同時に、自分に構ってくれないことに少しだけ焼き餅も焼いている。

ここいらの心の動きは、全く年頃の少女と言うしかない。

 

そしてその日。

クリスは、特異災害対策機動部の本部へといた。

どういう理由か分からないが翼と一緒に連れてこられた。

翼と別れ、別の部屋に案内されれば、そこには弦十郎と訃堂がいてホッとする。

椅子を勧められて、ようやく部屋を見回す余裕が出来た。

幾つものディスプレイが並び、たくさんの人がキーボードを叩いていた。

その中で、白衣を着て頭がチョコファウンテンみたいな眼鏡の女の人が一際目を引く。

クリスの視線に気づいたのか、眼鏡の女の人がこちらにやってきた。

 

「あら? あなたが雪音クリスちゃん?」

 

「は、はい」

 

「わたしは櫻井了子っていうのよん。よろしくね~」

 

手を掴まれてぶんぶん振られながら握手された。

 

「は、はあ」

 

クリスの人生に於いて、こんなテンションの大人は見たことがなかった。

呆気にとられていると、ほっぺたをプニプニと挟まれる。

 

「う~ん、すっごい餅肌なくせに、この銀髪はイタリア系? 絵に描いたみたいな黄金比のハイブリッドね。これは弦十郎くんが自慢するだけのことがあるわ~」

 

クリスがされるがままでいると、眉根を寄せた弦十郎がやってきた。

 

「了子くん。うちのクリスをあまりからかわないでくれないか?」

 

「んまッ! 清純可憐な可愛い妹に、年増女の毒気をあてるなってことかしらッ!」

 

「いや、そんなことは言ってないが…」

 

「まったく失礼しちゃうわねッ!」

 

ぷりぷりしながら櫻井了子は行ってしまう。

茫然として見送るしかないクリスに、弦十郎は苦笑い。

 

「ちょっと独特なテンションの女性でな。まあ、根は悪い人ではないから安心してくれ」

 

弦十郎に曖昧な笑顔で応じて、クリスはもういちど櫻井了子の背中を追う。

 

「OK。準備は済んだみたいね。さっそく始めましょう」

 

コンソールに向かいあう横顔は、先ほどの軽薄さもない真剣そのもの。言われた通り、オンオフの人格の変化が激しい人らしい。

室内の全員の視線が正面の巨大なガラスに注がれた。

分厚い強化ガラスは、隣室を完全にモニターできるようになっている。

その隣室はトレーニングルームだとのことだが、まるで体育館みたいに天井も高くて広い。

 

その中央に、一人の人影が出てくる。

長い赤髪が燃えるように揺れていた。

身体にフィットしたボディスーツを着た天羽奏だ。

クリスはその顔に見覚えはあったが、彼女の名前を知ったのは、今日この日だった。

 

その対面に、もう一人の人影が姿を現す。

クリスは思わず腰を浮かして叫んでいた。

 

「翼ッ!?」

 

天羽奏と風鳴翼が対峙している。

 

「なんだ、クリスは知らなかったのか? 今日は二人の模擬戦をする手筈になっていたのだが」

 

弦十郎の言に、そんなの聞いていないッ! と叫びたかった。

それでも面向かって口ごたえなどできないクリスは、ハラハラといった視線を翼に注ぐ。

 

相手となる天羽奏は、不敵な笑みを浮かべて長い棍棒を肩に担いでいる。

対する翼は、木刀のようなものを腰に佩いていた。

 

クリスは弓で翼は剣だったが、二人は訃堂に師事するいわば兄弟弟子のようなものだ。

風鳴の道場で一緒に稽古に励んだことも一切ではない。

 

弓を教えられるまでクリスはほとんど武道を学んだことはなかった。

だが、曲りなりにも少しでも齧ってしまえば、それなりに見えてくるものがある。

 

―――翼は強い。

 

幼少の頃から重ねてきた鍛錬のせいか、平素の足運びからして見事なものだ。

剣を振れば重心にブレはなく、その動きは力強く、美しくさえある。

事実、お互いに剣を用いた試合であれば、あの弦十郎にさえ引けを取らない。

おそらく、同年代で日本で彼女に勝てるものはいないのではないか。

 

対する奏の方は若干年上に見えた。伴い、背丈や手足の長さも違う。

けれど、それぐらいの差は、翼の技量が埋めてくれるはず。

 

だからきっと翼は勝つ!

 

クリスは手を握りしめている。

同時に、掌にじっとりと汗を掻いていた。

それはなぜ? 

そう思う意識を、敢えて振り払う。

そんなことはあり得ないはずだ。

天羽奏の方が翼より強そうに見えるなんて。

 

「始めッ」

 

スピーカー越しに弦十郎の声が響く。

 

すかさず翼が仕掛けた。

木刀を抜き放ち、すり足で間合いを詰める。

牽制はない。間合いに入るなり剣風を解き放つ。

 

ガガガガッ! という連打音は、翼の一瞬で放った連撃の数。

同時にそれは、相手に受け止められたことも意味する。

 

「ひょ~! なかなかのスピードじゃん!」

 

棍を振り回し、奏が口笛を吹く。

翼が軽く眉を顰めた。

あっさりと連撃を防がれたためか、それとも奏の軽薄な態度が気に障ったのか。

しかし、気を取り直したように、流れるような足さばきで奏へと肉薄。

そこから振るわれる刃は、圧倒的な鋭さを誇る風にクリスの目には映る。

その証拠とばかりに、奏は捌くのが手一杯という様子で押されていた。

 

「なるほど、大したもんだ」

 

軽口を叩く奏に、翼の剣が鋭さを増す。

 

「だが、綺麗すぎる」

 

「!?」

 

翼の足の甲が踏まれていた。

すかさず踏みつけた足へ棍棒を突き立てようとする奏。

どうにか翼は足を引っこ抜いてそれを回避し、外れた棍棒は床を突く。

 

「くッ、卑怯よッ」

 

翼の口がそう動いたのだろうか。

そうクリスが思った時には、奏の反撃が開始されていた。

目にも止まらぬ棍の乱撃が翼の足もとを襲う。

本来、剣道における足もとへの攻撃は反則行為である。

だが、翼が習っているのは剣術であり、そこは現代スポーツと一線を画くしていた。

ゆえに、足もとの攻撃にも対処する術があるはずなのだが、予想以上の奏の攻勢に躱すので精一杯。

それでも攻撃のパターンや相手の呼吸を把握した翼は、虎視眈々と反撃の隙を伺う。

 

大振りの一撃が地面を穿つ。

その機を逃がしてなるものか、と踏み込んだ翼を、下からの鋭い一撃が襲った。

先の大振りは奏がわざと見せた隙。

空振りして地面に突き立てた棍の先端を、彼女は勢いよく蹴り上げている。

半円を描くように跳ね上がる思いもがけない一撃。

それでもどうにか躱した翼はさすがだが、すぐ目前に奏の顔が迫る。

 

「おるらぁッ!!」

 

容赦のない頭突きが炸裂。

凄まじい威力のそれを額に受けて、翼は仰向けにひっくり返った。

そんな翼に奏は馬乗り。

すかさず素手の拳を叩き下ろす。

どうにか翼も木刀で遮ろうとするが、マウントポジションからの乱打を前に弾き飛ばされてしまう。

 

「くッ…!」

 

翼もある程度の体術は修めていた。しかし、体格差もあり、この体勢に持ち込まれてはどう考えても逆転は不可能。

奏を素人と見くびっていた油断もあるだろが、それ以上に奏自身が強かった。翼が剣の天才だとすれば、天羽奏は鋭い野性の勘を持つ天性的な喧嘩巧者。

 

「おらおらおらッ! 参ったといえ!」

 

容赦なく拳を降ろし続けながら奏が怒鳴る。

 

「…卑怯なあなたに、参ったなんていわないッ!」

 

頬を腫らせて涙を流し、それでも気丈に言い返す翼。

その物言いに奏の顔色が変わる。

 

「ッ! ノイズ相手に卑怯もクソもあるかよッ!!」

 

叩き付ける拳の勢いが増している。

それを眼にした瞬間、クリスは椅子を蹴立てて立ち上がっていた。

勢いそのままにモニタールームを飛び出す。

 

天羽奏がなんでノイズなんて単語を口にしたかなんて分からない。

そんなの知ったことじゃない。

 

ただ見ていられなかった。

自分が美しいと思った存在が、一方的に蹂躙される姿など。

自分の恩人の孫が、ひどい目に合っている姿など。

 

だが、それらも全て雑多な想いだ。

 

クリスは、トレーニングルームの扉を開け放つ。

こちらに気づかず翼を殴り続ける奏の背中へ全力で飛びつく。

同時に、心の底からの想いを、彼女は絶叫していた。

 

()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「な、なんだッ!?」

 

これには奏も面食らったようで、クリスにタックルされたままゴロゴロと転がってしまう。

その結果、幸か不幸か、今度はクリスが奏に馬乗りになる格好に。

躊躇うことなくクリスは拳を振り下ろす。

あっさりと受け止められ、この衝撃だけで殴ることに慣れてない彼女は手首を挫く。

だが、そんな痛みなど知ったことか、とばかりにクリスは更に殴る。引っ掻く。抓る。

とうとう噛み付けば、辟易したように奏は上体を起こす。

体格差もあり、それだけでクリスはあっさりと放りだされ、床にひっくり返った。

しかしすかさず立ち上がり、涙目で奏を睨みつける。

 

「あ、あたしの友達をいじめるなッ!!」

 

「…なんだ、おまえ?」

 

「あたしが翼を守るんだッ!」

 

呆れたよう表情をしていた奏の顔が一変した。

浮かんでいるのは、誰にでも分かる怒りの形相。

その怒気に、クリスの足が震える。それでも精一杯背筋を伸ばして足に力を込めた。

絶対に逃げないと全身で表現するクリスに、奏の声はいっそ酷薄なまでに冷たく響く。

 

「よわっちいクセに、誰かを守るなんて口にしてんじゃねえッ!」

 

「…ひッ…」

 

「守る力がないなら、敵を相手に立ち塞がっても無駄に死ぬだけだろうがッ!」

 

怒りのままに奏は拳を振るう。

震えながらも、クリスは守るために一歩踏み出す。

たまたまタイミングが悪かった、といえば語弊はあるかも知れない。

相手は動かないかへたり込むと考えていた奏の拳は、ちょうど突っ込む形になったクリスの頬にクリーンヒットしていた。

ハッとした顔つきになる奏の顔を見た瞬間、クリスは鼻血を噴いて宙を飛ぶ。

強烈な痛みに視界は真っ白に染まる。勢いそのままに地面に打ち付けられて、幼い意識が途絶えると思われた寸前―――身体ごと受け止められた。

 

歌が聞こえた。

とても綺麗で艶やかな旋律。そしてその声の主を、クリスは誰よりも知っている。

 

翼が立ち上がっていた。

彼女の全身は、まるで鎧のようなものに覆われている。

抱きかかえられるような格好でその変化を見上げたクリスは、眩しそうに眼を細める。

そうだ。いつだってヒーローは、絶対絶命のピンチに現れるんだ―――。

 

痛みで明滅する視界には、ベソをかいている翼。

ヒーローがそんな顔しないで、大丈夫、とばかりに頷いて見せれば、彼女は涙を拭った。それからそっと床にクリスを横たえる。

 

「へえ、カッコいいじゃん。それ、何のコスプレ…」

 

奏の軽口は途中で中断された。

彼女の目前には、翼が立っている。

いや、出現していた。

尋常なスピードじゃあない。まるで瞬間移動だ。

そう思ったのとほぼ同時に、頬に強烈な平手打ちを喰らい、奏は後方へ吹っ飛ぶ。

 

「…よくもクリスを殴ったわね…ッ!」

 

全身に怒りを滲ませる翼。

倒れずどうにか踏みとどまれたのは、もはや奏の意地に近い。

ただの平手打ちに見えて、身体の芯まで痺れるような凄まじい一撃だった。気を抜けば、腰から膝へと連鎖して砕けてしまいそう。

この圧倒的な力を前に、天羽奏の顔には喜びが浮かんでいる。

 

…そうか。これか。これがそうなんだなッ!?

 

そんな彼女の様子を、交戦の意志ありと翼が見做したのはいわば当然である。

翼が無造作に腕を振るう。

すると、たちまちそこには剣が生成された。

木刀ではなく、抜き身の刃を持つ長刀。

 

「風鳴翼! 推して参るッ!」

 

剣を構え、翼は一歩踏み出す。

友を酷い目にあわせた卑怯者を倒すべく。

 

「いいぜッ、きなッ!」

 

拳を構え、奏は震える足腰に筋金を通す。

目前に迫る巨大な力を我が物にせんと。

 

二つの影がぶつかり合うと思われたその時。

 

「そこまでッ!」

 

訃堂の大喝が二人をその場に釘づけにした。

そして、実際に彼女たちは動けくなっている。

 

「か、身体が…ッ!?」

 

二人とも肉体には何も物理的な拘束を受けてはいない。

だが、二人の影には、深々とクナイが突き刺さっていた。

近くには、右手の指にクナイを挟みながら立つ青年がいる。

 

「…緒川さん!?」

 

翼が驚きの声を上げたのは、今日初めて緒川慎次の正体を知ったからに他ならない。

 

現代忍法影縫いを行使されて身動きが出来ない二人の前に、訃堂がやってくる。

 

訃堂は翼を見て言う。

 

「翼。ようやく纏えるようになったではないか」

 

「…お爺さま」

 

それから訃堂は奏へ視線を転じた。

 

「役目、ご苦労」

 

「…けッ」

 

そっぽを向く奏。

ここに至り、今日の模擬戦の真意を悟れないほど翼は愚鈍ではない。

目前の赤髪の少女は、自分のシンフォギアシステムの起動させるための当て馬だったのだ。

 

だが、そんなことよりも。

 

「…クリス!」

 

影縫いを振りほどき、翼は友の元へと走る。

翼の勝利を確信した笑顔のままクリスは失神していた。

その様子に翼はたちまち涙目に戻ると、周囲に助けを求め始める。

急いで駆け寄ってきたスタッフとクリスを担架へ乗せると、一緒に医務室へと走っていく。

音もなく緒川もそのあとを追えば、トレーニングルームに残されるは訃堂と奏のみ。

 

「ったく。いくら命令でも後味が悪いぜ、隊長?」

 

馴れ馴れしく隊長呼ばわりしてくる奏に、訃堂は頓着しない。むしろ少し嬉しそうな様子すら見受けられた。

 

「なに、それも修行よ。誰かが鬼軍曹役をこなさねばな」

 

「そりゃそうかも知れないけどよ…」

 

ブツブツいう奏に、大きな影が被さってくる。

見上げた先には風鳴弦十郎がいた。

 

「…親父。いくら黙って見てろと言われてもあれは…」

 

奏と同様の苦言を呈してくる弦十郎を、訃堂は取り合わない。ジロリと一瞥しただけで、奏の方へと声を投げる。

 

「今日から、この愚息に師事せい」

 

「ええ? あたしの修行はまだ中途半端じゃなかったのかよ!?」

 

「おまえには防人の心構えは仕込んだ。あとは実戦と実践あるのみよ」

 

言い置いて、訃堂はそっけないとも思える動作で背を向けた。

遠ざかっていく巨大な背中を眺める奏に、弦十郎の声が降ってくる。

 

「親父の推薦ならば仕方ない。特異災害対策機動部として、改めて君を歓迎しよう」

 

「ああ。こちらこそよろしく頼むぜ。隊長も驚く特訓をして鍛えてくれんだろ?」

 

「そうさなあ。俺の可愛い姪っ子と妹をボコボコにしてくれた礼はせんとなあ…」

 

「は、はは、お手柔らかに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスが目を覚ますと、翼が泣きながらその手を握っていた。

 

「私はもっと強くなる。強くなるから…ッ!」

 

翼の気持ちを嬉しく思いつつ、クリスの脳裏には奏の言葉が棘のように突き刺さっている。

 

『守る力がないなら、敵を相手に立ち塞がっても無駄に死ぬだけだろうがッ!』

 

…わたしも強くなろう。

うん。翼を守れるくらい強くなるんだ―――。

 

二人の少女が互いを掛け替えのない友と認めたこの日。

以降、翼は髪を短く切りそろえ、祖父や叔父の口調を真似するようになる。

 

 

 

 

 

 

そして―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを見て弦十郎くん。翼ちゃんのついでと思ってモニターしていたデータなんだけど…」

 

「ッ! 間違いないのか?」

 

「ええ。データ上は見事な適合係数よ。そのままシンフォギアを起動できそうなくらい」

 

「…そんなバカなッ! クリスも適合者だとぉッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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