シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

12 / 28
第8話 限界チャレンジャー

シンフォギア・システム。

FG式回天特機装束の正式名称である。

 

この世界で発見される異端技術(ブラック・アート)で造られた聖遺物は、そのほとんどが完全な状態で見つかることはない。

発見されるのはその一部、もしくは欠片程度で、かつての能力の残滓を推察する程度が精々である。

しかし、基底状態にあるそれらは、歌の力によって励起することが可能なことが判明。それこそが『櫻井理論』であり、歌の力によって励起した聖遺物の欠片を鎧に変換、歌い手に纏わせることにより、対ノイズ戦闘に特効を発揮できる可能性が高い。

その報告は、特異災害ノイズに成す術がなかった人類にとっての希望の光であり、現憲法に抵触しかねない戦闘力は、日本政府を盛大なジレンマへと陥れる。

結局、シンフォギア・システムの不安定さを逆手に取り、政府は櫻井理論ごと秘匿。

不確かな特殊兵装で未だ実験段階にあり、確かな戦果が実証されていない現時点では世界に対する発表を差し控える、との建前を統一見解としてた。

 

シンフォギア・システムの開発者である櫻井了子自身、この日本政府の玉虫色の態度を責めるつもりはない。

希少な聖遺物の欠片を利用した理論は提唱したものの、そのシンフォギアを纏える人材―――適合者そのものも大変希少なのだ。

資質自体を持ち合わせている者はそれなりにいるが、それがシンフォギアを着装できるレベルまでとなると、ほとんど存在しないと言っても良いレベル。

たまさか先天性の第一種適合者である風鳴翼がいたからこそ、この日本国における櫻井理論の研究は一足飛びで飛躍し、完成を見ている。

しかし、その対象が一人では心元ない。

仕方なく、後天的に適合係数を引き上げる制御薬の開発も同時並行で行っていた櫻井了子だったが、ここにきて新たな適合者の雪音クリスの発見と参入は嬉しい誤算だった。クリスの義兄兼保護者を自認するのが、組織トップの風鳴弦十郎というのも予想外だったけれど。

 

翼とクリスという云わば二本柱を手中にしたことにより、了子の研究体制にも余裕と伸び代が生じた。

おかげで、後天的な適合者のための制御薬『LiNKER』の開発、改修に傾注出来ている。

しかし、改修を重ねたとしても、現時点でこの制御薬は人体にとっての劇薬だ。

いくら本人が望んでいるとはいえ、LiNKERを注入された天羽奏の凄惨な様子に、了子をして顔を背けたくなることもある。

 

『ぐあああああああああッ!』

 

雪音クリスが適合者としての才能を発見された直後。彼女がリディアンに入学する二年前。

翼との対峙を経て、シンフォギアの強大な力と可能性に憑りつかれた奏は、自身を後天的適合者にするよう志願していた。

 

ノイズを殺せる力を。

そのためなら、どんな苦痛も乗り越えてみせる。

 

強化ガラス越しに実験室で展開された酸鼻を極める光景を、翼とクリスも見ていた。

鳴り響く警告アラーム。

職員たちが止めるよう差し伸べる手を振り払い、血を吐き、血の涙を流し、天羽奏は吠える。

文字通りの七孔噴血に、翼とクリスは互いを抱きしめあい脅えていた。

 

『もっとだ! もっと薬を寄越しやがれ!』

 

まだ14歳の彼女の狂態を、弦十郎は腕組みをしたまま凝視している。

爪の食い込んだ腕から流れる血が、彼の心情を代弁していた。

だが、そんな感情を抜きにして、適合者の確保は組織における最優先事項だ。

冷酷なまでの需要と供給の一致。

 

この時点で、奏の壮絶な過去を、翼とクリスも聞いていた。

だけにノイズを憎む気持ちは理解できた。けれど、ここまで強い執念を抱くことは出来るだろうか?

 

翼としては、畏敬を越えて尊敬の想いを抱く。クリスを殴ったことは許してないけれど、そこまでの覚悟を見せられては、身体に流れる防人の血が穏やかではいられない。

 

クリスとしては、ああ、この人も自分と同じだと思う。理不尽に両親を奪われた想いを共有すると同時に、クリス自身も考えるところがある。

天羽奏は、ノイズという明確な復讐の対象者がいる。

では、雪音クリスの復讐の対象は? 

強いて言えば、それはあの戦乱の国で銃を取る大人たちだ。

しかし、風鳴家での教育を経て、戦争とは政治経済文化が絡んだ単一色なものではないことを学んでいる。例え復讐を志しても、相手はあまりにも漠然としてその範疇も捉えどころはない。

両親を殺されたことに復讐心がないとは言わないが、もはやクリスの中では、理不尽は理不尽のまま記憶に収まっているような状態だった。

 

ともあれ、この二人は、天羽奏に同情し、その覚悟に感嘆していた。

元々が優しい娘たちであれば、奏に手を差し伸べて協力するに吝かではない。

ごく自然に仲間と見做した彼女が、血反吐に塗れてとうとう予定された適合係数に達してシンフォギア・システムを稼働させた際には、二人揃って喝采を上げたものだ。

 

これで、特異災害対策機動部に所属する適合者は3名。

アンチ・ノイズ・プロテクター、シンフォギアを纏うことが可能な戦士たち。

年端もいかぬ彼女たちを得て、ようやく計画は次の段階へとシフトしていくことになる。

それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしたちをアイドルデビューさせるなんて、正気かよダンナ?」

 

極秘裏に集められたミーティングで一通りの説明を受けた奏は、開口一番そう言った。

 

「真面目も真面目、大真面目だぞ」

 

弦十郎は全く動じることなく受けて立つ。

 

「そもそもがフォニックゲインが重要なのだ」

 

聖遺物は歌の力によって励起する。その力こそフォニックゲインという形で測定されていた。

ゆえに、翼、クリス、奏の三人には、歌唱の訓練が施されている。

シンフォギアがそのフォニックゲインで力を増す以上、当然のことだろう。

 

「だからといって、私たちはまだ中学生なのですが…」

 

戸惑う声を上げたのは、当時ピカピカのリディアン中等部一回生の翼。

この頃にはだいぶ男性口調が板につき、伸ばした背筋もピンとして古武士のような貫録さえ感じさせる。

 

「ま、中学生でアイドルデビューした前例も多いだろうけどよ」

 

制服のポケットに忍ばせていたあんぱんを取りだして豪快に齧りながら奏。

15歳で中等部三年生となった奏は、一年前と比べて更に身体が大きくなっている。

すらりと伸びた手足も形よく、仄かな色気さえ漂わせる彼女は成長期真っ盛り。このところ腹が減って仕方ないとパンを食べる手を止めない。

 

「なにも今すぐというつもりはない。まずはレッスンに励んでいてくれ」

 

浮かない顔をする翼と奏に、弦十郎は当然だと思う。

少々生臭い話をすれば、彼女たちにかけられている国費は半端ない。

それらの代償に、ノイズ戦という対価が求められているわけだが、それだけでは覚束ないレベル。

そこで発案された苦肉の策が、これら適合者、いや、シンフォギア装者たちにアイドル活動をさせ収益を得ようという手法。

冷静に考えれば芸能活動など博打に近いが、背景には国家権力もある。

それに、翼も奏も、見た目的にはかなりハイレベルの美少女だ。

成功する可能性は高いと関係者たちは見込んでいた。

 

「でもなあ~」

 

なお渋りながら、頭の後ろで腕を組む奏。

同じように渋い表情で考えこんでいた翼だったが、ふと弦十郎の方を向いた。

 

「叔父さま」

 

「ん?」

 

「私は、クリスと一緒だったらやってもいいですッ」

 

これには、わたしは関係ないよね…?とゆっくりお茶を啜っていたクリスが噴きだした。

 

「なななにいっているの、翼ッ!?」

 

紙コップを放り出して詰め寄れば、翼は物凄い笑顔。

 

「うん。私はクリスとやりたい! クリスと一緒にみんなの前で唄ってみたいッ!」

 

思わず絶句するクリスの全身に、奏の声が覆いかぶさってくる。

 

「そりゃあいいなッ! 確かに雪音も一緒なら心強いぜッ!」

 

実はこの三人で、一番歌唱力が高いのはクリスである。

演奏家の父と声楽家の母をもつ音楽家のサラブレッドだから当然のことだろう。

なお、この時点で一番歌唱力が低いというか、一番アレなのは翼だった。

あらゆる歌に妙にコブシを利かせる唄い方をしてしまう彼女は、父である八紘の演歌趣味に染まっている。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、二人とも!」

 

この時ばかりはと意気投合する翼と奏に、クリスは慌てて手を振ってみせる。

 

二人とも、普段はケンカばかりしているくせにッ。

 

不満と困惑の眼差しで弦十郎に助けを求めれば、むしろ義理の兄は力強く頷いていた。

 

「そうだな、クリスも一緒の方が絶対に人気が出るだろうなッ!」

 

彼ほど義理の妹の可愛らしさを確信している人間はいなかっただろう。

 

「ねえ、クリス。一緒にやろう?」

 

親友の懇願。

 

「うむ。それもアリだな。大いにアリだ」

 

敬愛する義兄からの期待の眼差し。 

 

「なー、頼むよー。一緒にやろーぜー」

 

最近得た年上の友人の有無を言わせぬ同調圧力。

 

このトライアングルアタックから、今のクリスがどうして逃げられよう?

 

かくして特機部二の歌姫育成プロジェクトタイトル

『ツヴァイウイング』(仮)

は、

『トライウイング』(仮)へと書き換えられることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

リディアン音楽院は初等部と中等部は給食が提供されている。

あまり食が太くないクリスは、早々に済ませ中庭のベンチにいた。

教室にいれば、いつも周囲に級友たちが絶えない彼女であるが、ベンチには一人きり。

その理由は間もなく判明。

 

「クリスッ!」

 

たったったと翼が駆けてくる。

彼女も昼食を済ませたらしく、軽やかな動作でベンチの隣へと腰を降ろす。

昼食後のひと時を、こうやって二人で過ごすのが通例になっていた。

そして他の生徒たちも、蒼姫と銀姫の邂逅を邪魔するつもりはないようだ。

ただ、中等部のマンガ研究会と美術部の一部が、激しく興奮しながらそんな二人を遠目にスケッチする姿が散見されたが、ただちに影響はない。

 

何をするわけでもなく、二人並んでベンチに座る。

それだけで絵になる光景だったが、今日は翼がうつらうつらしながらクリスの肩へと頭を載せてきた。

 

「…翼?」

 

「肩を貸してもらっていい? 夕べ、あまり寝てなくて…」

 

シンフォギアを纏った翼と奏は、昨年より実戦へと投入されていた。

先日の真夜中過ぎにノイズ発生のアラームを受け、弦十郎がマンションを飛び出していったのをクリスは憶えている。

 

「うん。いいよ。お疲れさま」

 

「ありがとう…」

 

語尾がすーすーといった寝息に変わる。

肩の重さを心地よく感じながら、クリスはゆっくりと空を見上げた。

 

小春日和の陽光は温かく、頬を撫でる風は柔らかい。

ここは平和な日本だけど、空の青さだけは変わらない。

あの南米のバルベルデと。

 

もう二年も経つんだ―――。

 

深い感慨がクリスの中へと去来する。

 

両親を失ったのが二年前。訃堂に救われたのが二年前。

それから、たった二年。されど二年。

 

自分を取り巻く環境は、本当に大きく変わった。

両親を失った悲しみは、今も完全に整理されたわけじゃない。

けれど、今、間違いなくわたしは幸せの中にいる。

風鳴の家の人は優しくて。親友にも恵まれて。

 

―――だけに、クリスは不安になる。

 

未だにクリスは夜中に跳ね起きることがある。

つい先日も、急に飛び起きて、怖くて怖くて朝まで眠れなくなった。

 

すると気づいた弦十郎が音もなくやってきて、一晩中色々な話を聞かせてくれたり、テレビでコメディ映画を一緒に観てくれたりした。

これだけでも、クリスは弦十郎の家に住まわせてもらっていることに深く感謝している。けれど、おそらく弦十郎はクリスが怯えていた本当の理由に気づいていない。

 

クリスが真に怯えているのは、バルベルデでろくでもない大人たちに襲われそうになった体験ではなかった。

 

両親を戦火に奪われ、風鳴訃堂に救われた。

両親を失った悲しみの次に得た、膨大な幸運。

その現実が、クリスの理性に囁きかける。

 

もしかして、パパとママが死んだから、わたしはこんなにも今は幸せなの?

じゃあパパとママが生きていたら、わたしは―――。

 

聡いクリスは、そんな仮定は無意味なことだと気づいている。

同時に幼い彼女は、両親を犠牲にしたからこそ今の幸せを手中に出来たのではと思い悩む。

 

ゆっくりと空から視線を隣の親友へと移し、クリスは心の中で問い掛ける。

 

ねえ、翼。

こんなわたしが、あなたの親友でいいの?

 

いきなり頭の上に手を置かれる感触。

思わず首をすくめると、隣にふわりと腰を降ろす赤い髪の上級生。

 

「ようよう、なに難しい顔してるんだい、子猫ちゃん? 」

 

「カナデ…」

 

彼女のこのテンションの高さには、クリスをして辟易してしまうことが多い。

当の奏も、敢えて空気を読まない大胆さで、制服のポケットから菓子パンを取りだしてむしゃむしゃと咀嚼。

 

「いやあ、昼飯に弁当喰ったんだけど、ここに来るまでまた腹減ってさあ!」

 

リディアンの高等部は、中等部とは別の敷地にある。

言っていることは分かるけれど、何を言いたいのか分からない。

 

「そんなこと訊いてないよ…」

 

さすがにクリスが小声で呟けば、ぺろりと菓子パンを平らげた指を舐めて、にいっと奏は笑った。

 

「あたしも昨日は殆ど徹夜でノイズをぶっ飛ばしてたんだけどさ」

 

「それは知っている」

 

「だから、すっげー眠いんだよなー」

 

言うなり、クリスの空いている肩に頭を載せてくる奏。

 

「ちょッ…!」

 

「おまえ、本当にやーらかくて、良い匂いするなあ…」

 

「やめてよ、恥ずかしいよ…!」

 

「翼ばっかりずりーぞー…?」

 

語尾にはもう寝息が重なっていた。

左肩に翼、右肩に奏を載せて、クリスは動けない。

 

…二人とも疲れているのは分かっているけれども―――!

 

だからといって、そこで振り払えないのが今のクリスのクリスたる所以。

遠目にも、驚きやニヤニヤといった視線がこちらを見ているのが分かる。

赤面した顔を伏せて、クリスはどうにかやり過ごすしかない。

 

そして昼休みも終わり、予鈴が鳴った。

 

ガバッと顔を上げる翼に、ようやくこれで解放されるとクリスが胸を撫で下ろしたのも束の間、対面の奏も目を覚ます。

寝起きで余計幼く見えていた翼の表情が、みるみると険しくなる。

クリスの止める間もあらば、

 

「奏! なんであなたがここにいるッ!?」

 

「…うっせーな。そんな怒鳴らなくても聞こえてるって」

 

「いいから私の質問に答えろッ!」

 

「なんだよ、あたしが中等部に遊びに来て悪いってのか?」

 

「それは悪くない。だがッ!」

 

そこで翼はクリスの肩をがばっと抱き寄せて、

 

「クリスは私専用の枕なのだッ!」

 

慎ましやかな胸を張る翼を、奏は鼻で笑う。

 

「あのなあ、せめて有機物で呼んでやれよ」

 

「む? ならば、肉枕…いやいや生き枕…ッ?」

 

「だから枕から離れろやッ」

 

ひたすら頭の悪い不毛な言い争いに、誰よりも早くクリスが悲鳴を上げた。

 

「いい加減にして、二人ともッ!」

 

そのままぷいっと横を向けば、たちまち狼狽える翼と奏がいる。

 

「あ、ごめん、クリス。怒った…?」

 

「悪ぃ悪ぃ。…だから枕じゃなくて別のものに例えろって」

 

「…そういうことじゃない…ッ!」

 

完全に機嫌を悪くしたクリスを、翼と奏は本鈴が鳴っても宥め続ける。

そこには、凛とした蒼姫や剛毅な赤姫の姿は欠片も存在しない。

 

 

しかして、この三人を合わせて、『銀と赤と蒼の三姫』と呼ばれるようになったかと言えば―――それは否。

 

かつて周囲の女学生と近隣の男子学生の憧憬の眼差しを欲しいままにした翼と奏はその株を大暴落させ、相対的にクリスが株を爆上げした結果、彼女たちはこう呼ばれるようになった。

 

『銀姫とリトマス試験紙』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。