シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第9話 Follow The Sun

「きゃッ!」

 

クリスが悲鳴を上げて飛び退る。

半瞬遅れて彼女がいた場所をノイズが襲う。

 

「このッ!」

 

一瞬で間合いを詰めた翼が、そのノイズを横なぎで消し炭に変える。

 

「クリス! 大丈夫ッ!?」

 

「う、うんッ」

 

そう返事をしたものの、クリスの顔色は真っ青だった。

燃える炎。立ち込める黒煙。樹木の焼ける臭い。人工物の焼ける臭い。そして、人の焼ける臭い―――。

それらはクリスの過去の記憶を容赦なく刺激してくる。

両親を失った、数年前のバルベルデの惨状を。

 

『戦えないなら、せめて大声で歌を唄いやがれッ!』

 

ヘッドセットの通信機越しに奏の怒鳴り声。

 

「ッ! そんな言い方ッ!」

 

翼が瞬間沸騰するも、奏は返事をしない。

聞こえてくるのは彼女の激しい息遣いと裂帛の気合。

 

…ここは紛れもない戦場(いくさば)だ。

悠長に構えている暇などないッ!

 

戦士へと立ち戻った翼は、クリスに一瞬だけ心配そうな瞳を向けてから宙へ飛ぶ。

空中で幾つもの小柄を雨のように降らす技は《千ノ落涙》。

親友の後ろ姿を眼に、クリスも自分が出来ることをするべく背筋を伸ばす。

 

戦場に不釣り合いなほど穏やかな旋律。クリスの唇から紡がれる歌。

歌はシンフォギアのバリア・コーティングを高め、装者へのノイズの攻撃をほぼ無効化する。

同時に、歌声の響く範囲内であれば、ノイズそのものを変質させ、炭素転換能力を低減させる効果を及ぼす。

もっともこれは低減であって無効化ではない。普通の人間にとっては致命傷になるリスクを僅かなりでも下げる程度だ。

それでもクリスは声のかぎり唄う。

市街に突如現れたノイズに対し、自衛隊が迎撃に出撃してた。

今までにない数のノイズにシンフォギア装者たちにも出撃要請が下される。

それはクリスにとっての初陣でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

特異災害対策機動部の本部でも、装者たちの活躍はモニターされていた。

オペレーターたちが忙しくアシストの声を飛ばす中、腕組みをして仁王立ちをしている総司令、風鳴弦十郎がそわそわと落ち着かない。

ついにはスッと踵を返し、発令所を出ていこうとするところで、技術主任櫻井了子から肩を掴まれる。

 

「どこに行くのかしら、弦十郎クン?」

 

「い、いや、ちょっと小用に…」

 

「本当は、クリスちゃんを助けにいくつもりなんでしょ?」

 

「…後生だ、了子くん! どうか見逃してくれッ!」

 

大男が卑屈に身体を折り曲げて両手を合わせてくる。

その姿に、了子はやれやれと溜息をつく。

 

「あなたがいっても、ノイズ相手にどうしようもないでしょうに」

 

「し、しかし…!」

 

「いいから黙ってみてなさいな。そもそも、あの子たちはそんなヤワな子たちじゃないでしょ?」

 

「そうかも知れんが…」

 

煮え切らない態度の総司令のケツに、了子はミドルキックを決める。

 

「あなたがあの子たちを信じてやらなくて、誰が信じるのッ!」

 

痛む右足に涙目になりながら了子は一喝。

すると、ようやく弦十郎の背筋がしゃんと伸びた。

 

「…そうだな。その通りだな」

 

「司令ならもっと腰を落ち着けて踏ん反り返ってなさいな」

 

「全くだ。ありがとう、了子くん」

 

何事かと振り返ってくる部下たちに、なんでもないと応じた弦十郎は再びモニターの前に立つ。

その大きな背中を見送り、まったくシスコンなんだから、などと櫻井了子は言わない。

替わりに、誰にも聞こえないような小声でそっと呟く。

 

「…このくらい切り抜けて貰わなきゃ、張り合いがないわよ―――」

 

その瞳は、金色に染まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスは唄う。

彼女の纏うシンフォギアは、狩猟神ウルの弓の欠片が基となったイチイバル。

赤を基調とした艶のある色は、かつて訃堂に貰ったバッヂのレッドエメラルドに似ている。

そして手にもつアームドギアは弓だ。

現在の彼女のもっとも慣れ親しんだ武器。

ノイズ目がけて既に何本が射っていたが、一本として当たらなかった。

 

戦闘シミュレーションは何度も繰り返していたのに、本当の戦場ではわたしは役立たずだ…!

 

悔やんでも、泣いても、この場では意味はない。

だからクリスは、奏に言われたとおり、精一杯唄い続ける。

そんな彼女の目前に展開される光景は、控えめにいって地獄絵図だ。

崩壊した建物。傷ついた車両。

そしてその瓦礫に飛び散った血の跡。

戦禍の音に耳を澄ませば、そこには助けを求める人間の声が混じっていただろう。

だが、広大な戦場で、クリスにはその声を全て掬い上げることなど出来やしない。

なのに、燃える炎の向こうに、ゆらりとその人影が現れたのははっきりと見えた。

 

小さな女の子が泣いている。

煤に塗れ、「お父さんお母さん」と叫んでいる口の動きがクリスには分かる。

 

その光景に、クリスの記憶が強烈なフラッシュバック。

 

あれは、わたしだ。

バルベルデでパパとママを失った直後のわたし―――!!

 

しかし、その女の子は幻影ではなかった。証拠とばかりに彼女の背後から一体のノイズが近づいている。

 

「ッ!!」

 

クリスは走る。女の子を救うために。いや、過去の自分を救うために。

けれど、あまりにも距離は離れている。間に合わないッ…!

 

半ば無意識でクリスは弓を番えていた。

脳裏に、訃堂の声が響く。

 

『心を平らにし、息を吸いながら引き絞る。気合とともに狙って放てば、世に外れる道理なし』

 

習った通りに、引き絞る。だが、悠長に狙いを定めている暇などなかった。

 

「お願い、当たってッッ!」

 

クリスは矢を放つ。

赤い流星のように尾を引く軌跡は、女の子に覆いかぶさろうとしていたノイズを見事に射抜いていた。

 

「…やった!?」

 

自分でも信じられない気持ちのまま、クリスは女の子のもとへと達していた。

目の前でノイズを蹴散らされへたり込む女の子を抱き寄せる。

 

「もう大丈夫だよ? 安心して」

 

すると、女の子はクリスの首に腕を回し、盛大に泣きはじめた。

クリスは既視感に襲われていた。

きっとバルベルデで訃堂に助けてもらった自分もこんな風だったのだろう。

ゆっくりと身体を離すと、クリスは女の子へと微笑みかけた。

 

「それじゃ、お姉ちゃんは、もっとノイズをやっつけてくるから」

 

最後に女の子の頭を撫でて、やってきた二課の職員へと手渡す。

そうしてから、クリスは改めて戦場へと向き合う。

 

燃える炎は、まるで空まで焦がすよう。

燃え尽きそうな空に、二人の友の歌が流れ続けている。

彼女たちは唄いながら戦っている。

だったら、わたしも、もう唄うだけじゃいられない!

 

「翼! カナデ! わたしも行くよ! もう足手まといになんかならないッ!」

 

『ッ! 了解クリス! 無理しないでねッ!』

 

『ったりめーだ! おっせえんだよ、おまえはッ!』

 

ヘッドセットから流れてくる友の声を耳に、歌を再開したクリスは流麗な動きで矢を次々と射る。

迷いのない一射は、それぞれが百発百中。

一つの矢で三体のノイズを一気に貫通させる腕前まで披露するも、それでもノイズの数は膨大。

かつてないフォニックゲインの高まりを意識しながら、クリスは弓を燃える空へと目がけて構える。

今なら出来る。きっと出来るはずだ。

平らな心で弓を引き、渾身の歌の力を込めて放つ、クリス初めての必殺技。

 

「《SOUL STEAL BLADE》!!」

 

放たれた矢は空に吸い込まれ見えなくなる。しかし天に光が煌めいた次の瞬間、今度は空から無数の矢が五月雨のように降り注ぐ。

翼の《千ノ落涙》より広範囲かつ、ノイズ以外の生命体は避けて地面に突き立つ超絶技。

 

『ひゅ~♪』

 

奏の称賛の口笛。

 

『よしッ!』

 

弦十郎のガッツポーズを取る声。

 

『こんなの、いつの間に…ッ!?』

 

感嘆と驚愕の声を上げる翼を遠目に見つけ、クリスは笑いかける。

 

「今度はわたしがみんなを守る番だよッ」

 

 

 

 

 

 

 

戦いは終わった。

ノイズは全て駆逐され、ようやく火の粉も収まった街では、生存者の救助が行われている。

運ばれて行くは痛みに悶絶する人。もしくは二度と物言わぬ人たち。

その光景に、クリスは唇を噛む。

…もっと自分が早く戦えていたら…!!

そんな彼女の頭がポンと叩かれた。

 

「しけた顔してんじゃねえよ」

 

「カナデ…」

 

「助けられなかった人を悔やむより、助けられた人がいたこと誇れ。そして、今度はもっと上手くやるって気合を入れるんだ」

 

先に戦場に立った戦士としての言葉は重みがある。

 

「うん…」

 

奏なりの励ましを受け止めて頷くクリスに、翼もやってきた。

 

「クリス! 凄かったな、あの技は!」

 

手放しでクリスの弓技を褒めたあと、翼は隣にいる奏を見る。

 

「…あー、奏も凄かったぞ、色々と。特にあの槍から螺旋状の剣風を飛ばすやつなど…」

 

クリスだけ褒めてはバランスが悪いと思ったのだろう。

不器用な翼からの称賛を、奏は苦笑して受け取る。

 

「ありがとよ。でも、おまえたちに比べて、バンバン大技を連発しちゃすぐガス欠になっちまう。いわば制限時間付きで、ウルトラマンと一緒だな」

 

「正直、その例えの意味が分からないのだが…」

 

困惑する翼は、風鳴の直系であるにも関わらず、未だ訃堂の趣味の洗礼を受けていない。

多少はその洗礼を受けていたクリスは奏の言っていることは理解できたけれど、あえて反応せず空を見上げる。

先ほどまでの苛烈な戦闘の空気を洗い流すように、どこまでも青かった。

 

「――と。あたしらも救助と片付けを手伝おうぜ」

 

奏が瓦礫へと走って行く。

半瞬遅れて翼とクリスも彼女の背中を追った。

シンフォギアは、対ノイズにおける防御力が全てではない。纏った人間の身体能力を飛躍的に上昇させる。

クリスだけでも、大の大人の二人分くらいの働きが出来るし、三人協力すれば重機並みの出力が出せる。

巨大な瓦礫が取り除かれ、下から一人の自衛官が救出された。

同僚に肩を支えられながら、その自衛官は三人の装者を眩しげに見上げる。

 

「ずっと歌が聞こえていた。だから、諦めなかった」

 

その言葉にクリスは報われる思いだった。

直接褒められてわけではない。けれど、自分が唄ったことが無駄ではなかったことが分かった。それがなにより嬉しい。

 

「…シンフォギアを使うために歌を唄うってのは当然だと思っていたけどな」

 

ポツリと奏は言う。

 

「でも、その歌が誰かを勇気づけられるってんなら、歌手になるってのも悪くないのかも知れない」

 

「…ああ。そうかも知れない」

 

翼が応じる。

 

「…うん」

 

控えめにクリスも頷く。

すると奏は、二人に背中を向けた。

きっと柄にもないことを言って照れくさいんだろう。

そう推察し、こっそり笑いあう翼とクリス。

だから二人は気づかない。

奏の顔が、一瞬険しく歪んだことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つの初陣―――。

 

 

 

「クリス。まだなの?」

 

ステージ衣装に着替えた翼が試着室へと声を投げる。

 

「雪音ー。早く出て来いよー。こちとらいい加減待ちくたびれたぜー」

 

ソファーに腰を降ろし遠慮なく大あくびをする奏も、煌びやかなステージ衣装を纏っていた。

すると、ようやく試着室のカーテンが動く。

往生際も悪く、胴体を覆って顔だけをクリスが覗かせていた。

 

「だってッ! こんなの…ッ!」

 

「いつまでカマトトぶってんだ、おまえは?」

 

とうとう痺れを切らしたらしく、奏が立ち上がって歩いて行く。

そうして強引にクリスの腕を掴むと、試着室から引っ張りだす。

 

「きゃッ!?」

 

クリスの短い悲鳴に続き、

 

「おお…」

 

と複数の感嘆の声が上がる。

 

「すっごい似合ってるわよ~! 弦十郎クンはどう思う?」

 

櫻井了子にそう振られるも、弦十郎の返事まではタイムラグがあった。

完全に義妹に見惚れていた弦十郎は、ゴホンと軽く咳払いをしてから、なるべく重々しく頷く。

 

「…すこぶる似合っているぞ、クリス」

 

対するクリスは顔を真っ赤にしていたが、決して義兄の称賛に照れていたわけではない。

 

「でも! でも! 太腿が剥き出しで、こんな短いスカート…!」

 

必死でベリーミニのスカートの裾を掴んで下に引っ張るクリスは涙目。

 

「なーに言ってんだよ。下にはスパッツを履いているだろーが」

 

「きゃッ!?」

 

ペロリとスカートをまくり上げられ、クリスは悲鳴を上げる。

 

「だいたいシンフォギアの時は、もっとすげえカッコしてるじゃねーか、お互いに」

 

そういって自分のスカートをバサバサする奏の背中を、

 

「~~~ッッ!!!」

 

涙目で顔を真っ赤したクリスがポカポカと叩く。

 

「だからといって、はしたないぞ奏」

 

クリスのあまりにも可愛すぎる反応に、諌める翼も覇気を欠いている。

それは彼女の叔父も同様で、年甲斐もなく顔を真っ赤にした弦十郎はあらぬ方向に顔を向けていた。

 

「と、とりあえず、みんな衣装の方は問題ないかしら?」

 

場の空気を取りなすように友里あおいが声を上げる。

司令部付きの彼女は、装者のオペレートは勿論、組織の内外の様々なパイプ役も担う貴重な人材だ。

この『トライウイング』プロジェクトは未だ極秘扱いのため、衣装合わせはしても、制作者へのコーディネートやオーダーは今のところ彼女が窓口になっている。

 

「うん。あたしは問題ないな」

 

「私も問題ありません」

 

奏と翼が頷く横で、クリスはおずおずと手をあげている。

 

「あら? クリスちゃん、どうしたのかしら?」

 

友里が訊ねたが、クリスはなぜかモジモジして顔を伏せてしまう。

その様子にピンときた友里は、彼女の肩を抱きかかえるようにして部屋の隅へ。

 

「クリスちゃん、言いづらいことがあるんでしょ?」

 

「…はい。実は…」

 

ぼそぼそとクリスに耳打ちされて、友里は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「胸が苦しいですって!? 確か一週間前に採寸したばかりじゃ…!」

 

「と、友里さん! 声が! 声が…ッ!」

 

「あ、ご、ごめんなさい…」

 

またぞろ真っ赤な顔で涙目になるクリスに友里は謝罪。

 

「…それで? どれくらい育ったのかしら?」

 

「…それは…」

 

再度ぼそぼそと耳打ちされ、友里は魂の絶叫。

 

「…D!? 十三歳でDぃいいいいいッ!?」

 

「友里さんッッッ!!」

 

なおこの時、弦十郎の両耳には、櫻井了子が全力全開で人差し指を突っ込んでいた模様。

 

「ったく、そんなんでガタガタいうないッ」

 

奏が部屋の隅で蹲るクリスの元へとやってきた。

 

「どうしても苦しいってんならよ」

 

いきなりクリスの衣裳のピッチリ閉じた前ボタンを二個ほど外す。

 

「な、なにするのカナデッ!」

 

悲鳴を上げるクリスに奏は取り合わない。

 

「そうやって胸の谷間を見せてヤローどもを誘惑してやればいいのさ」

 

自分自身も豊かな胸を張ってカラカラと笑っている。

 

「それが嫌だったら、せいぜい歌で魅せてやるんだよ。あたしらがどんな格好してようが気にならないほど聞き惚れちまう歌でな」

 

「そう! 奏の言うとおりだぞ、クリス!」

 

拳を握って力説する翼の胸は、悲しいほどに摩擦係数が低かった。

…まだ14歳だし! まだまだ成長期だし!

 

「とにかく、これで戦闘準備が出来たってわけだな」

 

そうのたまう奏にとって、このステージ衣装はシンフォギアと同様の戦闘服なのだろう。

緊張した面持ちで翼が頷けば、どうにか落ち着きを取り戻したクリスも倣う。

 

歌のレッスンに加え、ダンスの振り付けといった猛特訓も終えた彼女ら三人。

後の日本のミュージックシーンを大きく塗り替える新生ユニット。

その名も『トライウイング』は、来週のデビューを控えていた。

 

 

 

「ところでさ、やっぱり決めポーズって必要だと思わないか?」

 

「…は?」

 

「…はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ行くぞ! キシャー!(荒ぶる鷹のポーズ)」

 

 

「くッ! この片手片足を水平に伸ばすポーズは苦しい上に屈辱的! だが、この屈辱、今の私には心地良い…ッ!!」

 

 

「…なんでわたしがバルパンサーなの…?」

 

 

 

 

 

 

 

 




良い子のみんなッ!

「追魂奪命剣」と「サンバルカンのポーズ」をそれぞれ検索してみようッ!

お兄さんとの約束だッ!



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