シンフォギア異伝 防人れ! 風鳴一族!   作:とりなんこつ

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第12話 心を突き刺す必死の悲鳴

 

 

Project:N。

それは日本政府の所有する第四の聖遺物、『青銅の蛇(ネフシュタン)』の鎧の頭文字を取ったものである。

第一から第三までの聖遺物は、それぞれガングニール、天羽ノ斬、イチイバルだが、それらはいずれも欠片でしかない。

その中で、ネフシュタンの鎧は別格だった。経年劣化の見られない、おそらく世界で数えるほどしか存在しない完全聖遺物。

旧約聖書の伝承からその能力は類推されてはいたが、ひとたび励起すれば強力なエネルギーを発生させることは疑いなかった。

鎧の名を冠する通り、現在全世界を悩ませている特異災害に対する特効も見込まれる、現代では作成不可能な異端技術を用いられた規格外品だ。

少なくとも、現行の科学に対して、新たな叡智、示唆をもたらしてくれることだろう。

 

「よーし、最終チェック終了! こっちも準備万端よん!」

 

櫻井了子の声に、弦十郎は席へ着く。

 

「いよいよだな、了子くん」

 

隣の席へ来た了子に声を向ければ、彼女も興奮していた。

 

「本当にそうね。上手く行けば、これでわたしの長年の研究も報われるってもんよ」

 

「違いない」

 

笑顔で頷いて弦十郎はインカムを起動させる。相手は緒川慎次だ。

 

「そちらも大丈夫か?」

 

『はい、もうすぐ開幕ですね』

 

「では、三人をよろしく頼む」

 

『了解しました』

 

 

 

 

 

通信を切り、緒川はトライウイングを振り返った。

三人ともガウンを脱ぎ捨てており、ミニドレスを模した衣装から健康そうな四肢が伸びている。

 

「間もなく時間です。みなさん、準備はよろしいですか?」

 

緒川の声に三人は頷いた。

すかさず奏が左右の腕に翼とクリスの首を抱え込む。

 

「いよいよだな。二人とも、覚悟はいいな?」

 

「応ッ!」

 

「…うんッ!」

 

「よっしゃ、いい返事だ」

 

笑いながら奏は二人の目を覗き込んで、言う。

 

「あたしたちは双つの翼に大きな尾羽。この三つの翼があれば、空どころか宇宙の果てまでだって飛んで行けるッ!」

 

いつも通りの奏の前口上。

普段のライブなら、大袈裟だよと笑うクリスだったが、今日ばかりは笑わない。

笑顔の中でも真剣な奏の瞳には、歌を唄うことが嬉しくて仕方がない喜びが溢れている。

 

「そうだッ! 私たちは三人で『トライウイング』なんだからなッ!」

 

翼の声に、三人同時にハイタッチ。

もはや、迷いもない。畏れもない。

三つの翼が揃えばどこまでも飛んで行けるという言葉は、決して比喩ではないとクリスは思う。

 

盛大なイントロが鳴り響く。

それぞれが(ウイング)であることを証明するように、三人は次々と宙へと身を躍らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花響は緊張していた。

友人である小日向未来はそばにおらず、大観衆の中でたった一人。右を見ても左を見ても、誰も知らない人ばかり。

加えて、彼女はライブイベントそのものが初体験。

開幕を報せるベルが鳴り響き、場内が一瞬で暗くなったときは、「あ、映画が始まるときみたい」との感想を抱く。

続いて盛大なイントロが流れ始めたことにも、映画館みたいだなあという思いを強くする。

だが、中央にスポットライトが注がれた瞬間、響は目を見張った。

光の柱の中をたくさんの羽が舞い落ちている。

 

「うわあ…ッ!」

 

続いて、その羽の中を、三つの光が螺旋を描きながら降下してきたのには度胆を抜かれた。

それぞれの光が、天羽奏、風鳴翼、雪音クリス。

どういう仕掛けが分からないが、宙を滑空してきた三人はふわりと空中の特設ステージ上に降り立つ。

ド派手なレーザー演出と共にどよめく観衆。その声を跳ね除けるように高まるBGM。

立体的な音響を浴び、観衆のざわめきは歓声へと変わった。

たちまち三色のサイリウムが煌めく。

響も慌ててサイリウムを灯し、会場のコールに合わせて必死に手を振る。

そうしている間にも、スタジアムの天井ドームは全開。

爽やかな大気で注入されたライブ会場から、今度は逆に三つの歌声が天空へと溢れて行く。

 

「…すごい!」

 

思わず響は呟く。

 

テレビ画面ではない。

同じ空間で、同じ空気の中で、ダイレクトに聞く歌声。

それは、響の感性を大いに揺さぶっていた。

 

CDで聞くのとも、テレビで見るのとも全然違う。

何度も繰り返し聞いたことのある曲のはずなのに、全く新鮮な歌に聞こえる。

 

響は繰り返し呟いていた。

 

「音楽って、すごい…!」

 

だけではない。ステージ上の三人のダイナミックなパフォーマンスにも、響は目を奪われっ放しだ。

 

(ドキドキして、目が離せない…! すごいよ! これがライブなんだ!)

 

会場のボルテージは鰻登りで上昇していく。

響も無我夢中でその熱に身を任せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、スタジアムの下層にある『ネフシュタンの鎧』の起動実験場。

 

 

「フォニックゲイン、想定内の伸び率を示していますッ」

 

「成功、みたいね」

 

了子の声。

 

「…ふー」

 

司令席の弦十郎は胸を撫で下ろす。

 

「お疲れさま~」

 

その様子を苦笑して見やる了子。

それを皮切りに、室内の研究員たちは一斉に歓声を上げている。

 

「やったぁあッ!」

 

「成功だわッ!」

 

喜ぶ部下たちを横目に、弦十郎は正面モニターのライブ映像へと視線を注ぐ。

その傍らで表示されるフォニックゲインのメーターと、映像内の盛り上がりは完全にリンクしている。

 

―――相変わらずうちのクリスは可愛いなッ。

 

などと職務外の感想を抱く弦十郎の眺める映像が切り替わる。

モニター内では奏が額の汗を拭い捨て、片手を高々と上げていた。

 

『よっしゃ、もういっちょ行くぞーッ!』

 

オーディエンスを煽る。

連動して跳ね上がるフォニックゲインのメーター。

 

次の瞬間、盛大なアラート音が鳴り響く。

 

「どうしたッ!?」

 

「じょ、上昇するエネルギー内圧にセーフティが持ちこたえられません!」

 

弦十郎の問い掛けに、職員の声は悲鳴に近い。

 

「なんだとッ!?」

 

「…まさか。想定以上のフォニックゲインが…!?」

 

了子が椅子を蹴立てて立ち上がっていた。

そのままネフシュタンの鎧の方へ走っていく彼女に、

 

「お、おい、了子くん! 待つんだ…!!」

 

弦十郎が呼び止めようとしたその時。

 

「このままでは聖遺物が起動…ッ、いえ、暴走しますッッ!!」

 

研究員の絶叫が響き渡り、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!?」

 

盛大な爆発音がスタジアムを震わせる。

その振動に思わずふらついたクリスを、翼が受け止めてくれた。

 

「あ、ありがとう、翼…」

 

礼を言うクリスの肩を支えながら、翼は険しい表情で周囲に視線を飛ばしている。

 

「おい、何がどうなってるんだッ!?」

 

奏もそばへとやってきた。だが、彼女の疑問に二人も答えられるわけもない。

誰もがスタジアムの中央を吹き飛ばした大爆発に、パニックに襲われている。

爆破の衝撃で吹き飛び、横たわる人々。

その姿を認め、思わず息をのむ翼とクリス両名の隣で、奏はハッと顔を上げた。

 

「…ノイズが来るッ!」

 

彼女の野性の勘が示した通りに、茜色に染まる空に浮かぶノイズの群れ。

同時に爆発跡からもノイズが溢れ、スタジアム内の恐怖とパニックは軽々と上書きされて行く。

 

「ノイズだーーーッ!」

 

方々で上がる叫び声。

我先に逃げ出そうとする観客へ、ノイズは容赦なく襲い掛かる。

 

「逃げろーッ!」

 

「誰か、助けてーッ!」

 

「嫌だッ、死にたくないーーーッ!」

 

悲鳴と怒号の阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、次々とノイズと人間が炭化していく。

逃げまどう人々を前に、なぜにここにノイズがッ!? などと悠長に詮索している暇はない。

 

「司令ッ!? 叔父さまッ!」

 

即座にインカムに翼は訴えるも不通。

 

「行くぞッ」

 

奏は二人へと顔を向けて、

 

「この場で、やつらと戦える武器を持つのはあたしたちだけだッ!」

 

叫ぶなり、ステージの上から身を躍らせていた。

続いたのはクリス。彼女はノイズに襲われる人々にかつての自分の姿を重ねている。

最後になった翼は、今まで命令されてからの行動に慣れ過ぎていたため。

だが、友が戦うというならば、もはや躊躇うことはない。

 

 

Croitzal ronzell Gungnir zizzl……

 

 

 

奏が纏うガングニールは、北欧神話の主神が振るった戦場における必勝の槍。

彼女が振るえば、トライウイングに於いても比類ない一番槍だ。

 

「うおああああッ!」

 

一振りで三体のノイズを蹴散らし、突進しながら更に数体のノイズを屠る。

その勢いそのままに宙に舞えば、槍の先端の空気が渦を巻く。

 

「喰らいやがれッ!」

 

《LAST∞MEREOR》

 

ガングニールの穂先から旋風が走り、周囲の空間ごとノイズを削り取る。

大技を放って着地した奏に他のノイズが襲いかかるが、背後から飛んできた赤い矢にたちまち射抜かれた。

 

「カナデ! 先走らないでッ!」

 

「わーってるよッ!」

 

クリスの援護に乱暴に応じて、奏の双眸は真っ直ぐ前を見つめている。

一呼吸してる間にも、人々がノイズの犠牲になっていた。

ノイズに秩序ある行動はない。

ただ目前にいる人間に襲い掛かるだけ。

そして襲い掛かる人間は、老若男女関係ない。

 

「嫌! いやあッ! おねえちゃん!!」

 

姉妹らしき女の子の一人がノイズに飲み込まれて消えた。

残された一人にもノイズが迫り、奏が駆けつけるも間一髪で間に合わない。

 

「…やだっ! 死にたくない…ッ!!」

 

目前で、小さな身体が炭へと変わっていく。

伸ばした手がつかめたのは、風に散り行く一欠片の塵だけ。

 

「…ッ!!」

 

視界が真っ赤に染まる。

 

「…うぉおおおおおおおおおッ!」

 

奏は吠えた。

 

クソったれ! 絶対ぶっ殺してやるノイズのクソ虫どもォオオオッ!

 

大きく槍を振りかぶったその時、身体ごと視界に割り込んでくる青いシンフォギア。

 

「落ち着け! 頭に血が昇れば敵の思うツボだぞッ!」

 

天羽ノ斬を横薙ぎに一閃させる翼の登場に、奏の怒りは一時的に行き場を見失う。

 

敵。ああノイズは、皆殺しにするべき敵だ。それで間違いない。

落ち着け、あたし。それで間違いはないんだ。

 

「ありがとよ、翼。おかげで頭が冷えた」

 

フッと笑う翼と交差するように身体を入れ替え穂先を見舞う。

 

「まずは逃げ遅れた連中を避難させるんだ。お楽しみはそれから。だろ?」

 

偽悪的な台詞と一緒に奏は槍を突き出す。

 

「ああ、その通りだッ! 私たちは人々を護る盾! 防人なのだらかなッ!」

 

縦横無尽に刃を展開させながら、翼の進撃は止まらない。

背後ではクリスも無言のうちに頷き、弓に三本もの矢を一気に番える。

放たれた三本は、宙を飛びながらそれぞれが更に細分化し、複数のノイズを消し飛ばす。

まるで櫛の歯が欠けるようにノイズの群れが減少したが、たちまちその隙間に他のノイズが合流する。

三人のシンフォギア装者が死力を尽くしても、一定のラインを維持するので精一杯。

 

「それでもッ! 観客が全員避難できれば私たちの勝ちだ…ッ!」

 

翼はそう勝ち筋を見定めた。

ノイズは出現から一定時間が経過すれば自壊するという特性がある。

いかに膨大な数のノイズとはいえ、周囲に獲物となる人間がいなければ、いたずらに時を費やして消え去るしかない。

自壊して数を減らしたノイズの残りも潰せば、それが勝利だ。

その意図は当然クリスにも伝わっている。

援護に飛来する矢の勢いが増すのを感じながら、最前線で戦う奏の片頬に浮かぶ笑み。

 

翼のやつ、ダンナみたいなこといいやがって! 雪音も頼もしくてたまらねえッ!

 

その弦十郎らと連絡を取れないのも不安だったが、奏は一人別の焦燥に襲われていた。 

身体が重い。

連日のLiNKER断ちは、ここに来て奏の適合係数をじりじりと減退させている。

適合係数を得るために痛みを伴う。

そして、適合係数が足りずにシンフォギアを纏い続けるのも著しい痛みを齎す。

痛みを気力でねじ伏せるも、持ち上げる槍に勢いがない。

まんまと懐に飛び込まれたノイズは、前蹴りを見舞ってどうにか吹き飛ばす。

 

「大丈夫か、奏ッ!?」

 

ヘッドセット越しに心配そうな声を向けてくる翼も、決して余裕があるわけではなかった。

三つの翼が羽ばたき、どうにか持ちこたえている現状。

だが、その一つの翼の力は尽きようとしている。

かつて光の巨人のような時間制限付きと自身を揶揄した奏だったが、この絶体絶命の状況では皮肉にすらなっていない。

奏の勢いが減ずるのを感じ、翼とクリスが手数を増やす。

二人が先天的適合者といえど、無限の体力を持つわけではない。戦えば消耗していく。

このまま行けば、どちらにしろジリ貧だ。

ならば、まだ時間があるうちに、何か手を考えねぇと…!

 

奏は目を凝らす。

相も変わらず討った端からどこからともなく現れるノイズたち。

彼女の焦りと裏腹に、時間はジリジリと過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぐっ、みんな無事か?」

 

弦十郎は身じろぎする。

薄眼を開ければ、もうもうと粉塵の舞う視界に、煤だらけの顔で涙目の研究員たち。

 

「司令こそ…ッ!」

 

女性研究員の声はほとんど泣き声だ。

聖遺物のエネルギーが暴走した瞬間、弦十郎は手近にいる研究員たちを己の影に入るよう引っ張り集めた。

神速の勢いそのままに、押し寄せるエネルギー破に対し渾身の鉄山靠。

自らの肉体を盾として、傘のように気合の防壁を展開し、部下の面々を護り抜いた。

代償に、広い背中は大きく焼けただれている。足腰にも力が入らず、立ち上がれそうもない。

 

「…そうだッ! 了子くん? 了子くんはどこだ!?」

 

見える範囲に、あの特徴的な髪型はいない。

背中の痛みを堪えながら、弦十郎は懸命に首を捻る。

彼の視線の先では、宙に浮いた鎧が発光していた。

 

「あれは…ッ」

 

その呟きは、新たな崩落した天井の中に、弦十郎ごと飲まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタジアムの惨状にフィーネは一人快哉を上げる。

ここまでは全てが予定通りに進んでいた。

 

ネフシュタンの鎧の起動。

起動に伴うエネルギーの暴走。

 

全てが想定内。

 

実験を提案して取り仕切ってきたのが櫻井了子なわけだから、試験段階で安全弁(セーフティー)の数値を敢えて低く見積もるなど、いくらでも細工が出来た。

そして爆発が起きたらどうなるか。

こちらばかりは確実性は高くないことを見込んでいたが、不確定要素であるところの風鳴弦十郎は、笑えるほど予想通りの行動を取ってくれた。

部下を護るために己の身を盾にして、著しく戦闘能力を減殺している。

ドサクサまぎれに通信設備も破壊できたから、彼自身も含めて司令塔としての能力はなくなったに等しい。

もう一つの不確定要素である緒川慎次に関しては、独自に観客の避難誘導を展開していたのでフィーネは無視することに決めた。

 

最大の不確定要素である風鳴訃堂は、現在、永田町で広木威椎防衛大臣と個人的な会談の最中である。

この騒ぎに気付いたとて、永田町から距離もある上に、車道は渋滞している。空の移動手段も、裏から手を回して潰していた。広木防衛大臣自身が今回の実験を危険視していたこともあるし、軽々に会談の場を離れられるとも思えない。

仮にこの場に駆けつけられたとして、ノイズ相手では訃堂とて成す術はないはずだ。

 

 

結果として出来上がったのは、フィーネにとってのゲーム盤。

スタジアムは文字通りの彼女のための闘技場。

 

配置する駒は、ノイズの大群。

相対するは、三つのシンフォギア。

 

フィーネの肉体は、あくまで普通の人間の肉体の範疇を越えない。

彼女を永遠の刹那の巫女として足らしめているのは、延々と蓄積された知識と、一つの切り札。

先史文明期に人類が相争い産み出した自律兵器ノイズ。

それはバビロニアの宝物庫という異空間に無数に存在する。

現世界で報告されるノイズの出現は、たまたま宝物庫と世界がつながったことに由来する。

 

フィーネは、その偶然を必然とする超常手段を身に着けていた。

彼女の手にかかれば、任意で何体ものノイズを指定した場所へと出現させることが可能。

ゆえに、シンフォギアが実働を始めた時点で、日本国内に出現したノイズは全てフィーネの手によるもの。

シンフォギアの能力とその限界値を見極めるためのシミュレーションは、櫻井了子の研究者としての探究心と、フィーネの趣味の混合物(ハイブリッド)となる。

 

その成果は、この日の遊戯へと収斂された。

 

際限なく出現させるノイズに、装者たちはどう抗う?

その果てに、どんな予想外の輝きを見せてくれるのだろう?

 

フィーネの黄金色の瞳は、叙事詩の英雄譚に焦がれる乙女のようでいて、大量のお気に入りのオモチャで遊ぶ子供にも似ていた。

それぞれの陣営に玩具を配置し、それらを戦い合わせながら自分なりのストーリーを構築して盛り上げていく。

時には激しく玩具同士をぶつけ合い、破損させてしまうこともあるだろう。

しまった、と思うかも知れない。少しだけ後悔してしまうかも知れない。

だが、決して気に病むことはない。

なぜなら、その玩具を作ったのはフィーネ自身なのだから。

壊れたら直せばいい。もしくはまた作ればいい。

その程度の思い入れと、その程度の認識しか、彼女の中には存在しないのだ。

 

 

先ほど鎧の回収も済ませ、目的の殆どは果たした。

だから、あとはせいぜい私を愉しませて。

追い詰められた人類の、命の輝きを見せてちょうだい―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…絶唱だ」

 

奏のその呟きは、不吉な響きを帯びて翼とクリスの耳朶を打つ。

 

 

 

―――絶唱。

それは装者自身の命を歌と燃やして放つ、シンフォギア最大最高の攻撃手段。

 

過日、三人とも櫻井了子にその説明を受けている。

延々と危険性を説かれて、奏は一言。

 

『ウルトラダイナマイトみたいなもんか』

 

『正直、その例えの意味が良く分からないのだが…」

 

翼のツッコミは相変わらずだったが、意味が理解できたクリスには、十二分すぎるほど危険性は伝わっている―――。

 

 

 

「本気でいっているの!?」

 

先に翼に激昂され、クリスは出遅れてしまう。

 

「本気も本気さ。見ろ」

 

戦いながら、奏はノイズの群れを指し示す。

 

「倒しても倒しても切がねえ。これは明らかにおかしいだろう?」

 

その言い分は、翼もクリスも理解していた。

今日のこれは前代未聞の大量発生だとしても、その波が止まらないことに違和感しかない。

 

「つまりは、このノイズを発生させている何かが、群れの向こうにあるってこった」

 

それが原因であるのなら、取り除くことによってこれ以上のノイズの加勢を防げるはず。

だが、この分厚い層とも見える群れを突破するのは、現状の三人に残された力では不可能。

 

「…それで、絶唱」

 

クリスは呟く。

絶唱は比類ない破壊力を産むと聞いていた。

けれど、一度も誰も使ったこともない技に賭けるなんて…!

 

「このままじゃあたしらは磨り潰されるだけだッ!」

 

クリスの思考を先取りするように奏は叫ぶ。

 

「なら、私が絶唱を使うッ!」

 

翼が負けじと叫び返した。

絶唱を放った際のフィードバックは、装者自身を傷つける。適合係数が低ければ低いほどその値は大きくなることを聞いている。

 

「ううんッ! だったらわたしが!」

 

クリスも声を上げた。

奏は後天的な適合者であり、今の彼女は長期間LiNKERを断っている。そんな状態で絶唱を放てば、間違いなく命は…ッ!

 

「おいおい、二人ともあたしの出番を取るなって」

 

修羅場の最中にも関わらず、奏の暢気な声。

 

「あたしはもうすぐ時間切れだ。仮におまえら二人が絶唱をぶっぱした後で、あたしに原因を突き止める力は残っちゃいねえんだよ」

 

「でもッ!」と翼は叫ぶ。

 

「安心しろ。死ぬつもりはねえよ。…仮に死んでも、あとはおまえらに託せるしな」

 

「そんなこと、冗談でも言わないでッ!」とクリスの悲鳴。

 

「悪ぃ悪ぃ。でも、頼むから撃たせてくれよ。もう、ギアを纏っているのも限界なんだ…ッ!」

 

「………ッッッ!」

 

状況は刻一刻と悪化している。

こんな時、指示を仰ぐ逞しい司令とは音信不通。

ならば、決めなければならない。

彼女ら三人で、決めなければならない―――。

 

 

 

 

「…十秒だけ時間を稼ぐッ! その間に準備をしてッ!」

 

意を決した声で翼の剣が奔る。

 

「! ああ、頼むぜッ!」

 

呼応するように一旦後退して、態勢の立て直しを図る奏。

 

「翼ぁッ!」

 

クリスの抗議の声は悲鳴に似ていた。

しかし、翼は毅然と言い返す。

 

「私は何も諦めていない。三人が一番生き残れる確率が高い手段を選ぶだけッ!」

 

「…ッ!」

 

クリスは、涙目の視線を親友から奏へと移す。

新たに生成した矢を引き絞り、彼女は涙声をもう一人の親友へと向けた。

 

「…絶対に無事じゃなきゃ、もう二度とチーズケーキ焼いてあげないんだからッ!!」

 

「ひゅ~、そりゃおっかねえな!」

 

軽口で応じておいて、奏の内心は泣きそうだ。

こんな自分にも信頼できる仲間がいる。自分の身を案じて、心から心配してくれる仲間がいる。

他にも弦十郎や緒川といった大人たちの顔も脳裏に浮かび、一番最後に浮かんだのは訃堂の姿だった。

 

…悪いな、隊長。特訓が無駄になっちまったよ。あれが使えりゃなんとかなったかも知れないな。

でも、ここにいない隊長も悪いんだぜ…?

 

悪態に載せた別れの挨拶を済ませ、奏は両足に力を入れて大地に立つ。

胸に手を当てて、大きく息を吸い込み―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天羽奏の様子を眺めるフィーネの顔が歓喜に染まる。

彼女はおそらく絶唱を使おうとしている!

人の命の燃え尽きるときの閃光を、いまこそ――――!

 

自身はネフシュタンの鎧に護られたフィーネとって、この光景は映画のクライマックスを見ている感覚に近い。

だが、これが映画であるならば。

彼女の意識(がめん)の外で、小さな小さな不確定要素が動いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花響は逃げ遅れた。

ノイズの出現に観客は我先にと出口へ殺到した。響も一応行こうとはしたのだが、弾き飛ばされ転んでいるうちに、出口はもう一つの修羅場と化している。

一刻も早く逃げようと観客が殺到した結果、無秩序な殴り合いが発生し怪我を負う人間も多数。

シンフォギア装者三人の活躍で、多くの観客が救われた結果であるとすれば、皮肉な話だ。

 

響の眼から見ても、出口からすぐ外に出るのは無理そうだ。

そこでどこかに身を隠してでもいればいいのだが、響は装者たちの戦いを目撃してしまった。

赤い鎧を着た女の子。

あんな小さな子が戦っているのに、わたしは逃げるだけなのッ?

イチイバルの装者が一番推しの雪音クリスだとは露知らず、響は他の取り残された人たちを助けるために奔走。

親とはぐれた女の子の手を引き、ずれた座席に足を挟まれて動けない男の人を引っ張り出す。

怖くないと言えば嘘になる。

けれど、胸にはかつてないほどの勇気が沸いていた。

なぜなら、スタジアム内にずっと歌が響いていたから。

 

そうやって動き回り、いよいよ自分も逃げなくちゃと響は観客席を走る。

不意にその一部分が、爆発の衝撃からか急に崩落。響はスタジアムの広場へと放りだされる形に。

 

「…いたたたッ」

 

立ち上がろうとして痛みが走る。どうやら足を捻ったらしい。

ふと気配を感じて顔を上げれば、無数のノイズがこちら目がけて突進してくる。

 

「ひッ!」

 

胸の勇気も一瞬で蒸発し、硬直する響。

その時、凛とした声が聞こえた。

 

「ばかッ! そこで何やっている!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に観客席から転がり落ちてきた少女に、奏は息を飲む。

気づいたノイズが少女目がけて殺到するのを見て、絶唱の準備を中断して彼女は駆け出していた。

 

「ばかッ! そこで何やっている!」

 

少女を襲おうとしていたノイズをどうにか蹴散らすも、別のノイズの注意を引く結果となってしまう。

複数のノイズが一斉にその矛先を向けてきた。

 

「奏ッ!?」

 

絶唱を撃つ時間を作るために奮闘していた翼とクリスは、すぐに切り替えては動けない。

奏へ向けられる別のノイズグループの一斉攻撃。躱せないことはないが、そうすれば背後の少女は一瞬で死ぬ。

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!」

 

奏は槍のアームドギアを回転させ、その猛攻をどうにか凌ごうと試みる。

だが、その瞬間、ちょうど訪れる時間切れ。

纏うガングニールはその光沢を失う。

もはや鎧の形状の維持も困難なほど脆弱になったシンフォギアは、ノイズの攻撃を弾き返すどころか削られ、砕かれた。

勢いそのままに、砕かれたガングニールの破片が、奏が庇う背後の少女へと突き刺さる寸前―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動くなよ、小娘」

 

響は、背後からその声を聞いた。

次の瞬間、背中の中心から胸をへとふわっとした感触が通り抜ける。

その感触に反し、響の胸から強烈な衝撃波が生じると、迫りくるガングニールの欠片を吹き飛ばす。

 

背中からの浸透勁で命を救ってもらったことも理解できず、響はきょとんとした顔で背後を振り返る。

そこには、巌のような巨躯の老人が立っていた。

 

響は、この老人の名は知らない。

だが、シンフォギア装者たちは知っている。

 

風鳴訃堂がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

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